福島第一原発で何が起きていたのか、今分かってきたこと2011/04/06 16:08

福島第一原発に使われているアメリカGE社製の原子炉Mark1構造図

2号機、3号機で何が起きたのか? 今、どうなっているのか?

 ここ数日、気になる情報が矢継ぎ早に入ってきました。
 まずは、今中哲二氏(京都大学原子炉実験所助教)がリーダーとなって急遽編成された「飯舘村周辺放射能汚染調査チーム」が3月28日、29日に行った「飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動の暫定報告」というもの。
http://p.tl/RN_n
 ↑PDFでここに発表されていますが、サーバーの能力が低いらしくて、常時重いので、一部内容をそのまま抜粋します。

3月28日と29日にかけて飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動の暫定報告
飯舘村周辺放射能汚染調査チーム

調査メンバー:
今中哲二(代表) 京都大学原子炉実験所
遠藤暁 広島大学大学院工学研究科
静間清 広島大学大学院工学研究科
菅井益朗 國學院大學
小澤祥司 日本大学生物資源科学部
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//3月15日午前の2号炉格納容器破壊または4号炉使用済み燃料プール火災にともない放射能大量放出があり、それが北西方向に流れて『高放射能汚染トレース』が形成されたものと推察される。
放射性ヨウ素がかなりの割合で存在することを考えると、06:10 に発生した2号炉格納容器破壊にともなう大量の放射能放出が北西方向へ向かったと考えるのが妥当であろう。
添付1のデータによると、飯舘村での放射線量率の最大値は、3月15日18:20 の 44.7μSv/h である。
右は、アメダス飯舘ポイントの当時の気象条件である。
3月15 日 06:10 の格納容器破壊で放出された放射能雲が約12 時間かけて飯舘村近辺に達し滞留・沈着したものと思われる。//

//図5に基づくと、3月15 日の沈着から90 日間の積算被曝量は、曲田で95mSv、村役場で30mSvと予想される。
この値は、あくまで牧草地などの土壌の上に常時滞在する場合であり、車中で2/3程度、木造でも家の中では1/2 程度、コンクリート製の建物中では1/10 に軽減されるものと考えられる。
なお、原子力安全員会の『原子力施設の防災対策について』に定める『屋内退避及び避難等に関する指標』においては、外部被曝による予測線量(放射性物質又は放射線の放出期間中、屋外に居続け、なんらの措置も講じなければ受ける線量)が10~50mSv のときは『自宅等の屋内へ退避すること』、50mSv 以上のときは『コンクリート建屋の屋内に退避するか、又は避難すること』と提案されている。飯舘村の放射能汚染状況が深刻なものであることは言をまたないものである。//
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 図や表は転載していませんが、要するにこれを読んで分かることは、

  1. これだけの高濃度汚染があることを国や関係機関は15日時点で分かっていたはずなのに、当該地区への情報伝達をしなかった
  2. (衝撃的映像として放送された)1号機、3号機の水素爆発よりも、むしろ映像としては伝わってこない2号機や4号機からの高濃度の放射性物質漏れが主要な原因と思われる。
  3. 飯舘村付近が突出して汚染されたのはそのときの天候条件による「たまたま」の結果である。つまり、他のどの地域も飯舘村並み、あるいはそれ以上に汚染された可能性がある。風が海側から吹いていた場合などは、首都圏で同様の汚染が起きたことも十分考えられる。飯舘村以外の場所の汚染が軽度だったのは、ものすごく運がよかっただけ。(実際、海洋上ではとてつもない汚染を受けたが、海水が薄めていることと、人がほとんどいないことで結果が出てこないだけ)


 今中チームはどうやら、1号機や3号機の水素爆発よりも、2号機からの放射能漏れを重視しているようです。
 2号機は外から見る限り、建屋があまり壊れていないので、1号、3号、4号機に比べればまともなのかと錯覚しがちですが、実は、3月15日午前6時10分に爆発を起こしています。東電は保安院に「この爆発により、サプレッション・チェンバー(圧力抑制室=上の図で、いちばん下に見えているドーナツ状部分)が損傷している恐れがある」と報告しています。
 圧力抑制室は炉心に直結している部分で、原子炉本体と呼べる「圧力容器」の下部を構成しています。
 タービン(原子炉外部にある蒸気発電機)が停止して原子炉から主蒸気をタービンに送ることができなくなったとき、蒸気をベント管等によりこの圧力抑制室に導いて冷却し、原子炉圧力容器内の圧力を低下させるための設備です。また、非常用炉心冷却設備(ECCS)の水源としても使用されます。
 これが爆発により破壊された(要するに穴が空いて中の水が抜けた)というのです。
 つまり、2号機ではこの時点で炉心内の放射性物質が直接環境中に吹き出したと考えられます。
 1号機や3号機の爆発は、建屋が吹き飛び、めちゃめちゃになったものの、格納容器、そしてその中に収められている圧力容器は概ね無傷で残ったとされています(もちろんタービンと結んでいる配管などは大きく損傷しているでしょうから、そこからは漏れているはずですが)。
 対して、2号機は炉心を構成する圧力容器の一部がすでに壊れているという恐ろしい事態になったわけですから、そこから環境中に出てしまった放射性物質の濃度は桁違いでしょう。
 現地で、その後の冷却作業を2号機中心に切り替えたことも、事態の深刻さを裏付けています。

 今中チームが考えたように、もし飯舘村の放射能汚染の主原因が2号機からの放射性物質拡散であったとすれば、2号機の圧力容器が壊れたままで、炉心に注入している水がだだ漏れである以上、これから先も、何が起きるか分からないということになります。
 炉心の温度は確実に下がってきているので、再臨界などはまず起きないでしょうが、問題は、炉心部分と外界がつながってしまっている、遮る手段がない、ということなのです。
 水を入れなければ燃料集合体が露出して炉内の温度が上昇し、そこから高濃度の放射性物質が空気中に出ていきます。それを防ぐためには水を入れ続けなければいけませんが、圧力容器が壊れて水が漏れるのですから、注入した水は循環することなくそのまま外に出て行きます。この水は炉心を通っている水ですから、とんでもない汚染水です。

 その後の報道によれば、敷地内地下の配管系統やU字溝の類が古くてあちこち損傷していて、汚染水の流出経路もすぐには特定できないという信じがたい状況ですから、敷地内の土壌汚染はすでに致命的です。
 燃料集合体が露出して炉心の放射性物質が空気中に出てしまう(風次第でどこに飛ぶか分からない)よりは、水浸しにして敷地の土壌と海を汚染させたほうがまだマシだという判断の下に、切ない作業が今も進んでいるのです。
 4月6日になって、報道では「高濃度汚染水の漏れが止まった」と報じていますが、漏れが止まったということは、流入口が開いたままでの田圃の排水口を閉めたのと同じですから、これからは敷地内が田植え前の田圃状態になります。超高濃度汚染水でびたびたになった田圃で田植え作業ならぬ復旧作業を強いられるわけで、これはこれで想像を絶する図です。

 ついでに言えば、15日の時点で、政府や東電、関係省庁などは、一気に周辺地域への汚染が進み、そのときの風向きと降雨により、高濃度汚染エリア(いわゆる「ホットスポット」)が飯舘村周辺にできたことを知っていました。
 しかし、気象庁はだんまりを決め込み、日本気象学会理事長・新野宏は、気象学会会員である学者たちに「リサーチを勝手にするな。発表するな」と圧力をかけていのです。
 呆れたことに、この「お達し」は、これを書いている4月6日現在もまだ気象学会のWEBサイトに掲載されています
 消える前に当該部分を抜き出しておきます。

2011 年 3 月 18 日 日本気象学会会員各位
日本気象学会理事長 新野 宏

(~略)この地震に伴い福島第一原子力発電所の事故が発生し、放射性物質の拡散が懸念されています。大気拡散は、気象学・大気科学の1つの重要な研究課題であり、当学会にもこの課題に関する業務や研究をされている会員が多数所属されています。しかしながら、放射性物質の拡散は、防災対策と密接に関わる問題であり、適切な気象観測・予測データの使用はもとより、放射性物質特有の複雑な物理・化学過程、とりわけ拡散源の正確な情報を考慮しなければ信頼できる予測は容易ではありません。
今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省等が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報が提供されることになっています。防災対策の基本は、信頼できる単一の情報を提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたいと思います。


 4月4日には、読売新聞が、気象庁が海外向けには放射性物質拡散予測データを渋々伝えているものの、国内に向けてはまったく発表していない事実を報じました。
 国際原子力機関(IAEA)は、「国境を越える放射性物質汚染が心配されるときには、各国の気象機関が協力して拡散予測を行うこと」を要請しています。
 これに従い、日本の気象庁も、東日本大震災当日の3月11日から毎日1~2回、放射性物質の拡散予測を計算していました。それを海外には伝えており、ドイツやノルウェーなどの気象機関はそのデータにさらに独自の分析を加えて拡散予想を公開していますが、事故の当事者国である日本国内では隠されていたのです。

■3号機の爆発は水素爆発だったのか?

 もうひとつ気がかりなのは、3号機の爆発が1号機と同じ水素爆発だったのか、ということです。
 私自身は今でもそう思っていますが、そうではないと見ている人もいるようです。
 週刊現代4/16号に、福島第一原発の原子炉(米GE社のMark1)設計を担当したGE社のもと設計士・菊地洋一氏という人物のコメントが紹介されています。
「3号機だけが熱でグニャグニャに曲がっているでしょう。アメ状に折れ曲がっている。これは明らかに水素爆発ではありません。何らかの理由で鉄骨を溶かす800度以上の超高熱にさらされ、鉄骨の骨組みが溶けた。水素爆発ではここまでの事態にはならない。何かもっと重大な事態が起き、それがいまだに報告されていないか、誰も正確に事実を把握していないのでしょう」

 3号機の爆発が1号機のときとはまったく違う規模だったことは、爆発映像を流したテレビでも言っていました。
 煙の色も違うし、爆発の瞬間に炎が建屋を包んでいるし、煙も上方向に高く上った、という解説で、両方の爆発シーンを並べて比較した映像も紹介されました。
 しかし、その後3号機も水素爆発だったと発表されてからは、誰もこのことには触れません。
 本当に「何かもっと重大な事態が起き、それがいまだに報告されていないか、誰も正確に事実を把握していない」のであれば、その重大な事態とはなんなんでしょうか。

 私自身は、今の情報だけであれば、3号機の爆発は水素爆発であり、1号機より大きな原子炉だったから溜まっていた水素も多く、爆発も大きかったのだろうと推測しています。
 3号機の爆発が飯舘村のようなホットスポットを作りだした原因だったとすれば、逆に、これから先、爆発が起きなければ放射性物質の空中への大量飛散はないということになるので、むしろ安心できます。
 このへんも、しっかり調査・分析して報告してほしいものです。

 ところでこの菊池氏が同じ週刊現代の記事の中で、過去における驚くべき体験を証言しています。
 1970年代末、彼がGEの設計士として福島第一原発に赴任していたとき、2号機の補修が必要になって作業を開始しようとしたところ、東京電力社内に原子炉工事をしたときの図面が残されていなかった、というのです。
 福島第一原発の歴史を見ると、

1967年9月29日:1号機を着工する。
1968年(昭和43年)3月29日:国が2号機の原子炉設置を許可する。
1969年(昭和44年)4月4日:福島県と東京電力の間で「原子力発電所の安全確保に関する協定」が締結される。
7月1日:3号機の原子炉設置許可申請を提出する。
1970年(昭和45年)1月23日:国が3号機の原子炉設置を許可する。
7月4日:1号機において核燃料を初めて装荷する。
11月17日:1号機の試運転を開始する(翌年5月11日に記念式典を実施する)。
1971年(昭和46年)2月22日:5号機の原子炉設置許可申請を提出する。
3月26日:1号機の営業運転を開始する。


 ……となっています(Wikipedia参照)。
 71年に営業運転を開始した原子炉の建設図面が、70年代末には東電社内に残っていなかった??
 そんなバカな話があるでしょうか。
 いくらなんでもこの記事は信用できないのではないかと私は思ったのですが、4月5日、高濃度汚染水が海に漏れだしていた件は、パイプやトンネルからではなく、その下の「砕石層」を通って流れ出していたという報道に接し、考えが変わりました。そこまでいい加減な工事をしていて、老朽化にも気づかなかったのであれば、最初から杜撰だった、気が緩んでいたということもありえるだろうと。
 少し詳しく説明すれば、当初、汚染水が噴き出しているのを目視できた場所の上流には、電線などが通る管路や電源ケーブル用のトンネルなどがあって、汚染水はこれらを通ってきていることが分かりました。もちろんこれらは「水路」や「排水管」ではなく、ケーブル類をまとめて這わせたり、人間が点検しやすいように作っているトンネルですから、決して水が入ってはいけない通路です。
 そこに高濃度汚染水が流れ込んできていること自体が大問題なのですが、その経路を遮断しても汚染水の海への流入は少しも止まりません。そこでさらに調べると、そうした通路の下に土台として埋めた砕石層(要するに土の中)を通っていることが分かったので、そこに直接止水剤を注入したというのです。
 私は越後の家で「土壌浄化層」「土壌トレンチ」という土壌バクテリアを利用して排水を浄化するシステムを自分で作ったことがあるので、砕石層が水の通路になることは体感的にもすぐ分かるのですが、ここに通っているのは炉心を通過して高濃度に汚染された水なのです。これが、U字溝やパイプではなく、地面の下の土壌そのものに流れ出しているというのですから、もはや冗談にもなりません。
 ここに止水剤を注入したとしても、今なお汚染水はだだ漏れ状態なのですから、敷地内はどんどん汚染水で水浸しになっているのです。

 福島第一原発が今後どうなっていくのか、現時点では誰にも分かりません。
 分かってきたのは、「想定外」の堕落、怠惰、無責任、無能力が、電力会社と政府、そしてアカデミズムの世界で構成される「原子力村」にて蓄積されていたことです。
 今まで大きな事故が起きなかったことのほうが奇跡的と思わざるをえません。

電源車も用意できなかった東電とはなんなのか2011/04/06 21:43

■原発事故にまつわるお金の話

ざっくりとした金額でしか書けませんので、その点はご了承の上でお読みください。

1)原発一基あたりの新設には3千億円。廃炉に1千億円かかる
2)今回の事故の後始末。周辺住民への補償だけで10兆円
3)東京電力が東大に提供している「寄付講座」総額は5億円
4)電源車と接続ケーブル費用:不明
5)東京電力が原発推進PR広告に使った費用:不明

金額参照資料:
  1)AERA 2011/4/11号記事「東電『原子力村』の大罪」参照
  2)週刊現代2011/4/16号記事「国にカネはあるのか」
  3)東京大学寄付講座・寄付研究部門設置調(部局別)
    「東電のカネに汚染した東大に騙されるな!」(純丘曜彰)


今回の原発事故がここまでぐちゃぐちゃになってしまったのは、地震と津波が襲った3月11日午後から夜までの半日に、適切な処置ができなかったことが大きな原因です。
11日に起きたことを時系列でまとめると、

11日
14:46 地震発生。福島第一原発で稼働中の1~3号機が自動停止
15:23 津波の第一波が来る
15:41 津波による設備の流出・喪失と地下の予備電源設備冠水により、すべての非常用ディーゼル発電機が使えなくなったことが判明
19:03 首相が原子力緊急事態宣言発令
21:23 首相が第一原発から半径3km圏内の住民に避難指示
22:00過ぎ 電源車が到着したが、ケーブルが短くて届かず、かつ、プラグが合わないことが判明。使えず


この時点で、電源完全喪失という恐怖のシナリオがスタートしました。
陸側に東北電力からのバックアップ電源ケーブルを二重三重に敷いておけば、電源喪失は起きませんでした。
バックアップ電源設備を海側、しかも防水もしていないただの地下に置いておくなどという馬鹿げたことをしていなければ、自前のディーゼル発電は動いていたでしょう。
さらには、7時間もかけて到着したという電源車が「ケーブルの長さが足りず」「プラグの形状が合わず」使えなかったなどという間抜けな結果になっていなければ、冷却機能は回復していたはずです。
到着まで7時間もかかったということは、原発周辺に電源車さえ置いていなかったのです。接続ケーブルすら準備していなかったのです。施設の外側に、非常用送電受け口さえつけていなかったのです。ましてや、「プラグが合わなかった」というのはなんの冗談でしょうか。東電って電気屋さんではなかったでしたっけ?
これらの設備、電源ケーブルや電源車を用意するお金はいくらでしょう。東大の寄付講座への5億円では足りませんか?
原発推進広告に出演させたタレントたちへのギャラを足しても足りませんか?
住民への保障費が10兆円。その他にこの、電気をもう作りださない巨大な放射性ゴミの後片づけをするのにかかる費用も兆の単位でしょう。30年はかかります。今不誠実な言い訳をしている人たちはみんな死んでいますね。無論、汚染された土壌や海洋は金では復活しません。
電源車やケーブルにかかる金をケチって、原発推進CMや原発村を構成する御用学者の養成には金を惜しまなかった企業に、日本の基本インフラを任せておいていいはずがありません。

もっと強い揺れと高い津波が襲った女川原発では、今、原発敷地内にある東北電力所有の体育館が津波被災者の避難所になっているそうです。原発施設が避難所になっているのです。「絶対安全だ」と言い張っていたのですから、原発施設がいちばん安全=避難するなら原発へ……は当然のことではあるんでしょうが。
女川原発が無事だったことを見れば「未曾有の天災」だから仕方がないなどという言い訳は一切通用しないことは歴然です。
どうも電力会社のいかれ具合、ボケ具合は、会社の規模に比例しているようです。

今すぐやるべきこと2011/04/06 22:57

■当面何をすべきか?

ああすればよかったのに、誰それが悪いというのは後回しにして、とりあえず今何をすべきなのかを考えてみます。

●福島第一原発現場での処理

1)放射線量が高すぎて作業員が近づけない、瓦礫が散乱してとても本来の冷却系を復活(修理)することはできないので、外部で新しい冷却水循環装置を組み立て上げて現地に大きなユニットのまま運び、各原子炉につなぐ
2)瓦礫処理にはロボットや遠隔操作重機を投入。
3)使用済み核燃料プールの水循環はディーゼルポンプなどでとりあえず回し、その間にやはり外部で冷却水循環装置を組み立てておく。ある程度冷えたところで鉛投入やプールのみの応急密閉を検討。
4)そうした作戦を指揮するしっかりした指揮官を選出し、保安院や東電とは切り離した緊急対策組織を作る。
5)緊急対策組織に事故処理の全権を与える。東電経営陣などの上層部はただちに作業から切り離し、権限を剥奪する。
6)緊急対策組織には、電力会社、プラントメーカー、自衛隊、消防、警察、海外からの専門家、米軍特殊部隊などから選りすぐりのメンバーを集めて「オール人類」体制で作業にあたる。東電からは本当に実力のある現場メンバーのみを選抜してその新組織に強制的に迎え入れる。

●気象庁、国土地理院、文科省、各大学研究室チームなどの連携

1)周辺地域および日本全国の放射線量測定体制の強化。土壌、海洋汚染状況の把握と速やかな発表体制を構築
2)周辺地域の現時点での放射線量だけでなく、蓄積線量や原発からの汚染物質飛散ルート予測を逐一発表

●農水省、厚労相などの連携

1)農作物、水、水産物の放射能汚染安全基準を「暫定」ではなく確定制定する
2)各自治体とも連携して、放射能汚染状況調査施設を増強。サンプル調査の頻度を上げると同時に、安全証明の発行システムを速やかに構築する

●原発被災地住民救済・救援・復興対策

1)20~30km圏内の「屋内待避」「自主避難」は効力も意味も不鮮明なので白紙に戻し、より細かな放射能汚染情報の発信と、付近に残っている住民へのバックアップ態勢を強化する
2)距離に関係なく、放射能汚染が著しいエリアには直接国が組織した「健康被害管理組織」が出向いて避難場所を提供した上で避難させる。
3)避難区域を指定する方法を、半径○kmではなく、はっきりと地図上に区画線を引いた指定に変える
4)原発周辺の物資が届かないエリアでは、無人になった民間のガソリンスタンドやインフラ関連店舗(燃料店、設備工事業者など)を、経営者との合意契約の上で、臨時に国の直轄下に置き、基本的な物資供給を滞らせないようにする
5)汚染が低いエリアは原発からの距離に関係なく、自治体の主導に委ね、早期の正常化を図る

民主主義の構造的危機……という話2011/04/08 17:30

 先日、『そうだったのか! 池上彰の学べるニュース』(テレビ朝日系)を見ていました。
 原発に代わる代替エネルギー、新エネルギーの話をするというので、私は「ああ、またか」と暗い気持ちになったのですが、池上さんはいわゆる「再生可能エネルギー」「自然エネルギー」「新エネルギー」と呼ばれ、今さかんに持ち上げられているものがいかに脆弱で非効率な発電方法かということをまず説明していました。中でも、風力発電についてはっきりと「低周波による健康被害が問題になってきています」と解説し、「有望視されている次世代エネルギー」として、ガスハイドレートやオイルシェールを紹介したところに、他番組との違い、地上波でもようやく正直な情報を出そうとする動きが出てきたことを感じました。

 一方、メディアがきちんとした情報を出そうとしないこと、いつまで経っても東電に牛耳られたような報道しかできていないことについては、ものすごく深く暗い裏があることも見えてきました。
 このところ、CSの朝日ニュースターをよく見ています。BSチューナー内蔵のテレビや録画機を持っているかたなら、スカパー!e2の無料試聴期間が2週間あり、ネットなどから申し込んだ数時間後から見られますので、ぜひチェックしてください。
 いくつかYouTubeの動画を貼り付けておきます。


↑敢えて6分割の2つめを貼り込んであります。時間に余裕のある方は1/6からご覧ください
 

↑これを最後に上杉隆氏は活動を半ば休止宣言して番組を降りました

さらに過去に遡ると、こんな番組をやっていたこともありました↓


 テレビに出て福島第一原発「人災」の解説をしている人たちの様子が最近になって変わってきたことも、ネット上で話題になっています。
 言論統制がひどくなってきているという情報源のまとめが⇒ここにあります。そこのトップに書いてあるまとめが⇒これ

 意外だったのは、通称「赤眼鏡」で一躍有名になった澤田哲生東工大助教が、去年9月に「原子力政策円卓会議2010」のメンバーとして、商業原子力発電の段階的縮小も視野に入れた、原子力政策の大幅見直しを提言していたことです。
主な内容は、

1)商業原発の段階的縮小を含む複数の政策選択肢の検討をせよ
2)核燃料サイクルについての議論が不十分である
3)原子力委員会の頭越しに政策決定が行われていることが問題
4)原子力事業自体が停滞している中での政策見直しが必要である

 ……といったことだったようですが、皮肉にも、その半年後に、恐れていた最悪の事態が、いともあっさりと起きてしまったわけです。
実際の提言書は⇒こちら
 
 ちなみに、この「円卓会議」の世話人を務めた吉岡斉・九州大学副学長が、元原子力資料情報室代表・高木仁三郎氏(故人)のことを語っているインタビュー記事も、非常に興味深い内容です。
 
 このインタビューは2003年1月に行われていて、「市民科学」、市民が科学や政治にどういう形で参加していくかというテーマだと思いますが、それに近い話題として、三重県の歯科医師・武田恵世さんが書かれた著書『風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか?』(アットワークス刊)をご紹介します。
 武田さんは歯学博士で、大阪大学、天理病院を経て現在は伊賀市で開業。中学生時代から野鳥観察などを通じて自然環境の調査活動を続けており、日本生態学会、日本鳥学会に所属、環境省の希少動植物種保存推進員もつとめているかたです。
 多くの日本人同様、彼も当初は「風力発電は、石油などの化石燃料を使わないので排気ガスを出さず、CO2を排出しない環境に優しい自然エネルギーだ」と信じ、大きな期待を抱き、出資しようと思っていたひとりでした。しかし、目の前で展開される事業のあまりの杜撰さ、でたらめぶりに疑問を抱き、ひとつひとつ「本当のところはどうなっているのか」と調べていきます。
 そうして11年かけて調査し、検討した結果「現状では風力発電は決して推進してはならない」という結論に達し、本書を書くまでに至った、ということがまえがきに書かれています。

 新エネルギーの話題では最近必ず出てくる、スマートグリッド、NAS電池、揚水発電所との併用の話も紹介しています。ヨーロッパや中国での風力発電の現状にも触れています。おそらく、多くのかたがたが想像している内容とは違うことが書かれています。

 例えば、こんな一節があります。

//現在、日本では風力発電で発電した電気は、開閉器、変圧器などを介して電力会社の電力系統に直接入れられています。
 日本全国の電力会社は、強い風が吹いて風力発電所が稼働すると、火力発電所の出力をその分落とすという運用はしたことがありません。
 また、火力発電所が廃止されたこともありません。電力系統に大量の電気が急に入ったり、入らなくなったりすると電力系統全体が不安定になり、停電することもあるのですが、まだ風力発電所からの電気は系統全体の1~2%以下で誤算の範囲なので不安定にはならないので何もしていません。
 風力発電所が結構増えた北海道電力、東北電力では、風力発電所の発電量が増えると、既存の火力発電所の出力は落とさずに、風力発電所からの送電を止めています(接続制限)。なぜかというと、風は一定の強さで吹き続けるものではないので、それに合わせて火力発電所などの出力を調整するのは難しいからです。
 つまり、現状では、風力発電所ができたことで、火力発電所の出力も、数も減らしてはいないので、化石燃料の消費量をまったく減らしてはいないのです。//(37ページ)


 このことは、no-windfarm.netでもさんざん書いてきたことですが、未だにきちんと裏をとらずに感情的な反論をしてくる人たちが後を絶ちません。反論には正確なデータが必要です。私もぜひ見たいので、みなさんの力で、事業者や政府にしっかりしたデータを出させてください。お願いします。

 さて、いちばん大切なことがあとがきに書いてあります。
 以下、「おわりに」の一部を抜粋します。

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 この問題で注意したいのは、最初は悪意を持って風力発電を進めた人はおそらくいなかったであろうということです。化石燃料を使わない自然エネルギーとして誰もが期待したものだったのです。
 それがなぜこれほどの惨状を招いているのか? 問題点がわかった時点で、素早く適切な対応をしなかったからだと言えましょう。
  そして、手厚い、ノーチェックの補助金政策、優遇政策がなされるとともに、それだけを目当てに成り立つ産業構造ができあがってしまいました。産業として補助金なしで成り立つように育成するための補助金であるはずが、補助金がないと成り立たない産業構造を造ってしまう従来の失敗がまたしても繰り返されました。
 特別会計によるノーチェックの補助金制度は、全廃するべきです。
 また、この風力発電の問題は、住民合意のあり方、環境影響評価のあり方、補助金政策や優遇政策のあり方など、国の民主主義や政策の問題点の縮図でもあります。
 (略)
 今度こそ、風力発電の問題だけにとどまらず、民主主義や政策の根本を改めないと、同じような問題が今後次々に起こってくるでしょう。この問題をきっかけに、今度こそなんとか改めていきましょう。
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 これを読んで、あれっ? と思った人は多いはず。
 そう、今、福島第一原発で起きていることに、そっくりそのままあてはまるのです。
 
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 この問題で注意したいのは、最初は悪意を持って原子力発電を進めた人はおそらくいなかったであろうということです。化石燃料を使わない未来のエネルギー産業として誰もが期待したものだったのです。
 それがなぜこれほどの惨状を招いているのか? 問題点がわかった時点で、素早く適切な対応をしなかったからだと言えましょう。
 そして、国策として強引に進められ、数々の優遇政策がなされるとともに、それだけを目当てに成り立つ「原子力村」という官産学複合体構造ができあがってしまいました。
 原子力発電の問題は、住民合意のあり方、環境影響評価のあり方、補助金政策や優遇政策のあり方など、国の民主主義や政策の問題点の縮図でもあります。
 今度こそ、原発の問題だけにとどまらず、民主主義や政策の根本を改めないと、同じような問題が今後次々に起こってくるでしょう。この問題をきっかけに、今度こそなんとか改めていきましょう。
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 たったひとつだけでもいい。例えば、日本の商用風力発電施設の発電実績データをひとつでもいいから提示し、その分、火力発電が燃料をセーブできていることを示してほしいのです。
 プロのジャーナリストでも多分できません。なぜなら、どの風力発電所も発電実績データを公表しないからです。
 こうならいいな、という願望のもと、「電力村」(電力会社や国)がお金をかけてPRしてきたことだけを信じていたら、今福島第一原発で起きている悲劇と同じことを繰り返すことになってしまいます。
 今の日本には、そんなことをしている余裕はありません。
 本当に、今度こそなんとかこの腐った連鎖を断ちきり、改めないと、この国に未来はないのです。


風力発電の不都合な真実

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細かいことですが……2011/04/17 21:12

理論と実際

このブログの一部や、表の日記(阿武隈日記)に、現在、「福島原発事故対策用臨時リンク集」というのを貼り付けています↓。

⇒文科省提供、周辺の空間線量率の測定結果

⇒上と同じものを出しているYahoo!のミラーサイト(こっちのほうが軽いですが、更新が文科省サイトより少し遅いです)

⇒全国の放射能(第一原発各号機の状態や世界各国で発表している放射性物質拡散予想なども見られます)

⇒アメダスの風向き情報

⇒大熊町の天気予測(風向き予報がよく分かります)

⇒ラジオ福島 ネット配信中

⇒ラジオ福島ホームページ(放射線量計測速報などリンク多数) ⇒福島第一原発周辺の各種数値計測リポート(東京電力提供)

⇒阿武隈(から避難中)裏日記

⇒武田邦彦氏の緊急発言

この最後の武田邦彦氏のブログへのリンクが気に入らないというかたから、何度もクレームが来ていますので、前にも書いたと思いますが、もう一度説明しておきます。

私は、武田氏の書いていることをすべて正しいと言っているわけではなく、そこに含まれる主張や考え方に、非常に重要な事実が含まれているので、参考になる、と思っています。
例えば、

原発深層流001 信用できる人、できない人 その1
原発深層流002 危険な原発? 安全委員会速記録(1)
原発深層流003 危険な原発・登場の瞬間

……というのがありますが、ここでは彼が原子力安全委員会の委員をしていたときに経験したことが書かれており、そうした「事実」を私たちが知っておくことはとても重要なことです。
彼はテレビに出てきたときも何度も繰り返しこのことを語っています。(ニコニコしながら言うので、多くの視聴者は違和感を抱くのですが、それはまあ個性ということで……)

//福島原発は「方針通りの結果」で、「想定外だから、大量の放射線が出て何が悪い」というのが保安院の態度に出ています.また、知事さんも市長さんもこのことはご存じです.
もし、電力会社の社長さん、知事さんが自ら「自分のところの原発は不安全だ」と宣言して、情報を出し、地元に説明をしたら、これからの日本は繁栄し、安全な社会になるでしょう。
その点で、今は正念場です.//(一部誤字を訂正させてもらいました)


こういう指摘は貴重です。
保安院がいかにでたらめなことをしてきたか。知事が原発の危険性を知っていないはずがないこと(知らなかったと言い張るのであれば職務怠慢)。こうした事実は、何度でも繰り返し発信してもらわないと。
マスコミが報じないだけに、彼の証言は重要です。

しかし、一方では、数値の扱いや仮定のし方、仮定の話での計算方法、危険性についての説明が、現実や実際とかなり乖離していて、一般の人がそれだけを読むと正しく判断できない面があります。

例えば、「原発深層流001 信用できる人、できない人 その1」の中で彼は、

//原発の近くの海から基準値の3355倍の放射性ヨウ素が検出されたとき、保安院は記者会見で「健康に影響がない」と言いました。
このような「真っ赤なウソ」が白昼堂々とテレビで放映され、ニュースで流れるという現状を「信用しろ」と言っても無理です.
(略)
たとえば、一般の人の被曝線量の限界は1年間に1ミリシーベルトになっていますが、その3355倍というと、3シーベルトを越え、50%の人が即死(急性疾患で死亡)するような放射線量になります。//


と書いていますが、海水中の放射性ヨウ素の基準値が3355倍というのと、3シーベルトで50%の人が死ぬというのを並べて書くのは、比較の対象が違うので意味がありません。彼が何度も指摘している「内部被曝と外部被曝を区別していない」というトリックと同じで、年間の累積被曝量と瞬間で被曝したときの放射線量とを比較するのは正しくないからです。「3000倍が問題でないという言い方はおかしい」と訴えたいのは分かるのですが、こういう書き方をすることで、彼の言わんとすること全体が信用性を失ってしまうことが残念です。

また、

//政府の発表は空間線量も含めてまったく信用できません。
空間線量はできるだけ計測器を持っている人がネットで発表し、それを使いたいと思います.1時間で0.6マイクロシーベルトより高いところには近づかず、1時間で0.11マイクロシーベルト以下のところは安心して生活するという「ケジメ」をハッキリつけたいと思います.//


とも書いていますが、現実問題として、私が今これを書いている部屋(川崎市)は、0.11μシーベルト/h以上あります(低いときで0.09、高いときで0.18マイクロシーベルトくらい)。
「1時間で0.6マイクロシーベルトより高いところには近づかず」などということを実践したら、日本国中自由に移動することもできません。
提示する数値があまりにも実態(現状)とかけ離れていることも、混乱を不必要に増やしてしまいます。
そうしたことから、一応、
(↑考え方の参考、メディア報道を見極める助けとして。数値や仮定の計算などは鵜呑みにしないでください。時間と共にどんどん冷静さがなくなっている感じがしますが、考え方の出発点としては参考になると思っています)
……という但し書き付きでリンクを表示しています。
ご理解いただけましたでしょうか。

まあしかし、武田氏も乱暴ですが、テレビのでたらめぶりは相変わらずです。
昨晩見ていた報道番組では、双葉町の精密機械工場社長が口にした「(線量計の数値が)5くらいだ」という言葉を受けて「5ミリシーベルトは一般人の年間許容線量基準の5倍を1時間で浴びてしまう計算だ」などと解説していましたが、どう考えてもこれは「マイクロシーベルト」でしょう。双葉町の中で、今も5000μシーベルト/hの放射線量が計測されているとは到底思えませんから。そのくらいはちゃんとチェックしてから番組を編集してください、とお願いしておきましょう。

私はもうすぐ川内村に戻るつもりです。
26日に東京で用事があるため、往復するのが大変なので、それまではここにいる予定ですが、原発が今のレベルをなんとか保っていてくれるならば、川内村が安全であることははっきりしているからです。

……と書いている今、机の上に置いてあるガイガーカウンターが警告音を鳴らすようになりました(瞬間的にでも0.3マイクロシーベルト/hを超えると警告音が出る)。今日から明日にかけて風向きが海から内陸側に吹く予報だったので嫌だなあと思っていたのですが……。こういうことを気にしながら生活していく日々になってしまったのですねえ。まったく。

20km圏を危険区域指定した政府の犯罪2011/04/22 15:52

放射能汚染状況はこんなにばらついている

20km圏内一律を「警戒区域」指定した国家犯罪

上の図は、昨日(4月21日)に発表された最新版の放射線量測定マップです。
この図を見ても分かるように、3月15~16日の放射性物質大量漏出(主に2号機から。3号機、4号機からのも加わった)で、汚染されてしまった地域はほぼ固定しています。放射性ヨウ素(半減期8日)はすでにほとんど消えているはずなので、今放射線を出しているのはセシウムが主体でしょう。ストロンチウムもあるかもしれませんが、だとすれば相当恐ろしいことです。
図中、1マイクロシーベルト以上のポイントはピンク、2マイクロシーベルト以上のポイントはオレンジ色で示しました。
逆に、20km圏内でも1マイクロシーベルト未満のポイントは緑色で示してあります。
これを見れば一目瞭然ですが、放射能汚染の度合は距離と連動していません。これはとっくに分かっていることです。
いちばんひどい漏出のときにたまたま吹いていた風、そして降り出した雨によって決まってしまったのです。結果、飯舘村や浪江町津島周辺がひどい汚染を受けましたが、これはたまたまそのときの気象条件による結果であり、条件次第では首都圏が同じレベルで汚染されていた可能性もあるのです。

もちろん、今も放射性物質は出続けていますし、今後も3月15~16日のような、あるいはもっとひどい濃度の放射性物質の大量空中放出が起きないとは言いきれません。そのための警戒区域指定だと政府は言うのでしょうが、そうした危険性は、距離では決まりませんし、爆死の危険とは違いますから、万が一起きてから行動しても遅くはありません(政府が情報を隠さない限り)。
そもそも、避難しろと言うのであれば、飯舘村や津島の人々をもっともっと早く移動させていなければなりません。今頃何を言っているのでしょうか。

ちなみに、私の住む川内村には、役場前(第一原発から22kmくらい)と、複合医療施設「ゆふね」(同19kmくらい)の二か所に定点計測器があり、毎日、放射線量を記録しています。ここ数日の結果は、

■ 測定地:川内村役場
(測定日時/測定値)
4/13 17:00/0.30マイクロシーベルト/h
4/10  9:30/0.34マイクロシーベルト/h
4/08 13:00/0.38マイクロシーベルト/h
4/06 12:30/0.39マイクロシーベルト/h
4/04  6:00/0.45マイクロシーベルト/h
4/03  9:30/0.46マイクロシーベルト/h
4/02 12:30/0.47マイクロシーベルト/h
4/01 11:00/0.51マイクロシーベルト/h

■測定地:ゆふね
(測定日時/測定値)
4/13 17:00/0・97マイクロシーベルト/h
4/10 13:15/1.03マイクロシーベルト/h
4/08 12:50/1.09マイクロシーベルト/h
4/06 12:20/1.15マイクロシーベルト/h
4/05 14:00/1.17マイクロシーベルト/h
4/04 11:00/1.25マイクロシーベルト/h
4/03  9:00/1.25マイクロシーベルト/h
4/02 11:30/1.30マイクロシーベルト/h
4/01 14:00/1.34マイクロシーベルト/h


……となっています。

4月14日以降のデータがまだ掲載されていませんが、文科省のモニタリングカーによる計測では、役場のそばで4月21日10時58分に0.6マイクロシーベルト/hでした。
今週の風(主に海側から吹きました)と雨で少し増えていますが、それでも1マイクロシーベルトには達していません。

一方、文科省のモニタリングカー調査最新版(21日夜発表)によれば、

福島市杉妻町(約60km北西) 1.8マイクロシーベルト/h
伊達市霊山町石田彦平(約45km北西) 2.9マイクロシーベルト/h
郡山市大槻町長右エ門林(約55km西 1.2マイクロシーベルト/h
郡山市豊田町(約60km西) 1.7マイクロシーベルト/h

……などなど、30km圏外の都市部のほうが川内村より高い数値を記録しています。
放射能汚染の危険性という観点からは、20km圏内一律立ち入り禁止措置にする理由はまったくありません。
肝心の20km圏内エリアでの放射線量測定値を、政府はずっと発表しませんでした。発表したのは、20km圏内を危険区域にしてからです。こんなバカな話がありますか。
そのデータ(⇒ここ)によれば、案の定、ものすごくばらつきがあります。
原発から6~9km圏内という非常に近いエリアでも、

80 浪江町大字酒井【北西約7km】 2011/4/18 12:45  20.0μSv/h
81 浪江町大字高瀬【北北西約8km】 2011/4/18 12:51  0.55μSv/h
82 浪江町大字藤橋【北約8km】 2011/4/18 13:31  0.86μSv/h
83 浪江町大字幾世橋【北北西約9km】 2011/4/18 13:48  0.60μSv/h
84 浪江町大字高瀬【北北西約6km】 2011/4/18 13:56  0.93μSv/h

……などとなっていて、6kmの近さでも1マイクロシーベルト以下、つまり福島市や郡山市以下のところがあります。この事実を知られると、20km圏内危険区域指定の正当性がないことがはっきりするために隠していたとしか思えません。

そもそも20kmで線引きするといいますが、どこから20kmと言っているのかが不明です。第一原発の敷地は広いのです。端から端まで数キロあります。敷地境界線から20kmを指定するなら、その区域は正確な円形になりません。ここが原発の中心点ですという杭が打ってあるわけでもないでしょう。かなりいい加減なのです。
実際には、幹線道路の適当なポイントに警官を配備して立ち入り禁止にしています。ちょうどこのへんに交差点があるから、ここの内側ってことにしよう……というノリなのですね。しかも、抜け道も通れないようにと、すでにバリケードを築いています。

私の住む川内村の場合、下川内交差点(国道399号が県道36号小野富岡線にぶつかる場所)がチェックポイントで、ここから富岡側を20km圏内と決めたようです。
川内村は、この20km圏危険区域指定により、村が分断されてしまいました。
主な施設では、「いわなの郷」という村内最大の複合施設(宿泊施設、食堂、会議室、多目的ホールなどがある大きな施設)と複合医療施設「ゆふね」が20km境界線ぎりぎりに引っかかって立ち入り禁止にされました。
家に戻ってきた村民にとって、この2つが使えないことは大きな痛手です。特に「ゆふね」は最新医療施設であり、大量の医薬品や医療検査機器があります。血液検査などもその場でできるくらいの新しい施設です。ここが使えないとなると、医師がボランティアを名乗り出ても働く場所が封鎖されていて活動ができません。
ゆふねの放射線量は福島市や郡山市となんら変わらず、危険性はまったくありません。逆に、村唯一の医療施設を封鎖されることによる危険は計り知れません。村に戻っている家の多くは、老人がいるために避難所生活が続けられないということで戻っているのです。独居老人も多く、彼らにとっては「ゆふね」を奪われることは命綱を切られるのと同じです。

また、村を再興するためには外から様々な人材を呼び込み、イベントを開催したりすることが重要になってきますが、いわなの郷が使えないとそれも難しくなります。ここには大きなイワナの生け簀がありますが、その管理もできなくなります。
20km境界という意味のない線引きをすることで村の機能を寸断し、復興を困難にさせることに、なぜ村長が同意したのか、理解に苦しみます。
双葉郡町村連合のリーダーとして「抜け駆け」できないという思いからか、県や国から交換条件で密約を持ちかけられたか、あるいはその両方でしょう。しかしこの判断は、村に後々ダメージを与える大きな傷を作ってしまいました。
このままなし崩しに「原発汚染地域被害者同盟」に加わり、自力復興の意欲を押さえ込み、ひたすら補償金を待ち続けるみじめな自治体になりはてることは目に見えています。今まで以上に原発依存体質が強化され、原発抜きでは何もできない村になりかねません。
村の機能ごと避難所に移転し、村長はじめ、スタッフがみな相当疲れていることはよく分かります。政治的判断が難しくなっていることも分かります。しかし、今が正念場です。ここで判断を間違えると、それこそこれから100年、間違いを修正できなくなるかもしれないのです。

国や県には、もはやこの事態を正しく収拾・解決する能力がないのです。
いわば平時は終わり、戦時になったのですね。
放射性物質という爆撃からいかに身を守りながら生活していくか、結局のところ、自分で決め、行動していくしかありません。

今回のことでいろいろ勉強させられましたが、いちばん驚いたのは「~なんて放射線量は全然大したことがない。米ソ中が核実験していた時代にはもっとずっと高い数値でプルトニウムもセシウムも、ストロンチウムでさえ世界中にばらまかれていたのだから」という「専門家」の弁でした。
……本当なのか、調べてみました。

気象研究所地球化学研究部というところが、1950年代後期から40年以上にわたって大気圏での人工放射性核種の濃度変動の観測をしていて、データが公開されています⇒ここ

このグラフは衝撃的ですね。
縦軸の数値が等比ではないことに注意してください。左には10の階乗が記されています。
10の2乗レベルの2000年前後と10の5乗レベルの1960年代では1000倍違います。等比で描けば、極端な上下になるためにこういう階乗目盛りのグラフにしているわけです。

1000倍違うということは、マイクロシーベルトがミリシーベルトに変わるのと同じレベルで変動したのです。
あの時代(1960年代)、毎日土の上を走り回って遊んでいた我々は、すでにとんでもない内部被曝をしていることでしょう。

「Fukushima」以降、原発周辺に住む人間が一般人の年間被曝量基準値1ミリシーベルト以下で暮らすことは無理になりました。これはいい悪いではなく、現実です。
であれば、あとは実際に自分の生き方をどう決めるかという問題になってきます。
今回の放射能ばらまき事件(事故ではなく、犯罪事件)の犯罪者であるお上や御用学者たちに、我々の生き方まで邪魔してほしくありません。
人の家に勝手に下痢ウンコをばらまいておいて、自分たちは臭いからとそこに近づこうともせず、「おまえんちはウンコまみれだから、もう使えないぜ。近づいたら罰金だぜ」と言っているわけです。なんとタチの悪い犯罪者どもでしょう。説教泥棒よりはるかにタチが悪い。

ウンコをばらまかれても、我々は死にません。ウンコが臭いから土地を捨てるなんてこともしません。
いや……ウンコは土が分解してくれますが、あいつらがばらまいたのは分解不能な毒物。
これがただのウンコだったらどれだけよかったことか……。

来週、村に戻ってきた人間が集まり、これからどう生きていくかについて話し合います。
私の中での結論はもう出ています。
「今まで通り、楽しみながらここで暮らす」
です。
一緒に遊びたいと思うかたは、川内村にどうぞ引っ越してきてください。
土地はいっぱいあります。自分で食べるくらいのコメを作るのもよし、毎日木工に明け暮れるのもよし、ムササビ用の巣をかけて観察するのもよし……楽しいですよ。ほんとうに。
私はカエルやオタマとの遊び方をお教えします。

山からは風車の低周波、海からは原発の放射能。誰がそんなとんでもない村に行くかと言われそうですが、今のところは大丈夫。地震のおかげで風車は止まりましたし、原発もこのまま収束していけばなんとかなるでしょう。あの地震でさえびくともしなかった固い岩盤に守られた村です。地下水汚染さえ起きなければ、東京よりずっと安全ですよ。
1950年代末から現在までの大気中の放射性物質量の推移
1950年代末から現在までの大気中の放射性物質量の推移
核実験による汚染状態はあのチェルノブイリ以上だった

(2011/04/22夜 追記)
先ほど、「ゆふねといわなの郷を区域外にするために、オフサイトセンターに交渉して検問所を移動させた」という情報が入りました。まあ、その程度のいい加減さでやっているのですから、他のところでもどんどん現状に合わせてほしいものです。(それにしても、オフサイトセンターが検問所の場所決定に関係していたとは知りませんでした……)
(2011/05/29 追記)
メールで、
//いま産経新聞あたりがしきりに主張している「1960年代の方が、現在よりも放射性降下物は多かった」。 これは、典型的な(極めて悪質な)数字のトリックです。//
……というご指摘をいただきました。
私は産経新聞の記事は読んでいません。上記の内容を書いた4月22日の時点では、大きなメディアには記事として出ていなかったのではないかと思います。
1960年代、この世界がかなりの放射能汚染をしていたことは間違いないでしょう。しかし、このときと福島原発事故後の汚染度合が似たようなものだ、……とはなりません。
気象研究所によれば「米ソの大規模実験の影響を受けて1963年の6月に最大の降下量となり(90Sr 約170Bq/m2、137Cs 約550 Bq/m2)、その後徐々に低下した」とあります。過去の「月間」最大値がセシウム137で約550ベクレル/m2であれば、文科省が発表した「3月22日に東京に降下したセシウム137は5300ベクレル/m2」は、1日の降下量が、過去の「月間」降下量最高値のざっと10倍ということになり、「今(福島の事故後)と同じレベル」とは到底なりません。
また、5月6日に発表されている「文部科学省及び米国エネルギー省航空機による航空機モニタリングの測定結果」によると、原発から北西に延びるホットポイントにおける4月6日~29日までの24日間のセシウム137蓄積量は、300万~1470万ベクレル/m2という桁違いの数値です。これを60年代の核実験時代と比較しても意味がないことは明白です。

20km圏内危険区域指定で殺される人たち2011/04/22 17:21

南相馬市原町区堤谷根田【北約17km】 2011/4/18 13:00  0.44μSv/h
南相馬市原町区米々沢【北約19km】 2011/4/18 13:00  0.57μSv/h
南相馬市原町区雫塔場下【北約21km】 2011/4/18 13:00  0.4μSv/h

まったく問題のない放射線量である南相馬市原町区で今起きていること

「福島第1原発:突然「出ろ」と言われても 20キロ圏封鎖 -(毎日新聞)

↑この毎日新聞の記事、非常によい記事でした。
そのうち読めなくなると思いますので、要点を抜粋しておきます。

●飼い犬の世話をするため避難せず、家族6人で残っていた飲食店店員の女性(37)
 ……電気、水道、ガスも使える。数百メートルしか離れていないコンビニ店は対象外で、客も多い。
「突然、今日出ろと言われても、今は家族みんなが仕事に出ていて、夜にならないと何も決められない。父は『俺らはもう年だから放射能は怖くねえ。若いお前らだけで離れろ』などと言ってるし、日が変わるまでに避難先を決めて、荷物を運ぶなんてできるのだろうか」

●50代の女性
 ……夫は第1原発の下請け企業に勤務。長男の会社は南相馬市内。2人の通勤の利便を考え、最近家族全員で自宅に戻ったところだった。
 「ニュースを聞いて、とりあえず避難に必要な物だけはまとめたが、どこに行ったらよいのか。夫と息子が帰ってきたら相談するが、あまりにも唐突すぎる」

●高台にある円明院の住職(57)
 ……「原発事故の当初、円明院は屋内退避にとどまる30キロ圏内だったが、その後、集落単位で線引きがなされると、今度は20キロ圏に組み込まれた。避難は安全のためのはずだが、境目はどこにあるのか」

斎藤友子さん(47/農家)
 ……高齢の両親に代わって衣類、貴重品を取りに戻ったところ空き巣に入られていた。
「親は戻りたがってるが、体調も悪いし、ここで暮らせるかどうか。私たちの思い出も置いていくしかないだろう」

 これを国家の犯罪と言わずしてなんと言うのでしょう。せめて何にもしなければ、理不尽に苦しむ人、命の危険にさらされる人が増えずに済むのに。
 どこまで愚かなのか!

20km圏内の放射線量データが隠されていた理由2011/04/23 14:39

20km圏内放射能汚染状況はなぜ公表されなかったか?

文科省のモニタリングカーによる原発周辺地域放射能測定値は、今まで20km圏内についてはデータが出ていませんでした。
これが突然発表されたのは、4月21日のことです。
内容は、
A.3月30日から4月2日にかけて計測された50箇所分
B.4月18日から19日にかけて計測された120箇所分
の2つで、Aについては調査後、20日も公表せず隠し持っていたことになります。
それを問い質したガジェット通信の記事によれば、文科省は「最初の調査は、測定ポイントが少なく、情報を面として捉えるには不十分だった。そのため、測定ポイントを増やした次の調査を待って一緒に公開した」と答えたとのことですが、3月15日の第1回調査ではたった3地点のデータでしたがすぐに公表しています。その後も、20km圏外のデータは随時即時公開しているのですから、まったく理由になっていません。
20km圏内を一律危険区域指定して立ち入りをさせないようにしたい福島県や国の意向を汲んだものと疑われても仕方がないでしょう。
あるいは、文科省のモニタリングカーチームは頑張って事実を外に出したいと思っていても、「上」から圧力がかかり、20km圏内は測定をさせなかったとも考えられます(むしろその可能性が高そうです)。

ちなみに、一部マスメディアに発表された20km圏内の「汚染状況」も極めて恣意的です。
数値の高いところだけを記入してあるのです。

発表された20km圏内の測定値マップ


文科省の発表データを見れば、20km圏内でも数値が低いところが多数あります。その一部を書き加えてみたのが以下の図です。

↑放射線量が低い場所も書き加えた図


110μSv/hの大熊町夫沢(西南西約3km)が強調的に記されていますが、同じ大熊町でも、野上(西約14km)は1.43μSv/hしかなく、非常にばらつきがあります。
南相馬市や浪江町の海岸線一帯が概して線量が低いことも分かります。自衛隊が大袈裟に防護服を身につけて遺体捜索している映像が流れていますが、1μSv/h以下は首都圏とそう変わりませんから、そんな必要はないのです。福島市や伊達市のほうがずっと数値は高いのですから、1μSv/h以下の場所で重装備しなければならないとすれば、福島市民はみんなあの格好をしなければいけなくなります。
汚染がひどかった飯舘村、葛尾村、浪江町津島周辺が30kmにさえ入っていないことは当初から分かっていました。分かっていたからこそ、文科省のモニタリングカーも測定の初回、まっ先に北西方向に走っていったのです。そして実際に高い線量を確認したのに、政府も県も、いちばん危険だった最初の1か月、これらの地区を放置しておき、今頃になって「計画的避難区域」などというとぼけたことを言っています。
緊急性や住民の健康被害を考えるなら、20km圏内を危険区域にして立ち入り禁止にすることよりも、飯舘村周辺の住民を一刻も早く避難させなければならなかったことは言うまでもありません。

本当に危険な地域にいた人たちに情報を伝えず放置し、ある程度安全が分かった今になって住民の一時帰宅さえ排除して苦痛を増やす。でたらめぶりもここまでくると戦慄を覚えます。

20ミリシーベルト論争の虚しさ2011/04/30 12:38

SPEEDIによる1歳児の放射性ヨウ素による甲状腺内部被曝積算値

■今頃基準値論争をしても遅い

4月26日午後、ようやく首都圏での用事が済んだので、川内村の自宅(第一原発から約25km。緊急時避難準備区域)に戻ってきました。
村は一見なんの変わりもなく、ご近所を散歩しながら顔なじみの老人たちと挨拶を交わしています。
子供たちの姿がなく、放された犬が寄ってきたりするのが変わった点でしょうか。
そのへんのことは本来の「阿武隈日記」に綴っていますので、興味のある方は覗いてみてください。
⇒こちら

ここ「裏日記」では、広く知ってほしいこと、メディアでなかなか報じられない問題点などに絞ってときどき書いていくつもりです。
さて、今日は「年間20ミリシーベルト論争」について書きます。

福島市、郡山市などの都市部の幼稚園、保育所、小中学校などで、相当高い放射線量が計測されています。
そんな場所に子供たちが集まっていいのか、と誰もが心配します。
文科省が4月19日に発表した「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」という文書を読むと、

1)国際放射線防護委員会(ICRP)は、「事故継続等の緊急時の状況における基準」として20~100mSv/年、「事故収束後の基準」として1~20mSv/年という放射線量を提示している。
2)ICRPは、2007年勧告を踏まえ、本年3月21日に、改めて「今回のような非常事態が収束した後の一般公衆における「参考レベル」として、1~20mSv/年の範囲で考えることも可能」とする内容の声明を出している。
3)このようなことから、児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とする。

という論旨のことを言っています。

で、この年間被曝線量を文科省はどう算出するかという計算式も示されていて、

児童生徒が、1日のうち、木造建築物の中で16時間、屋外で8時間生活すると想定し、屋内では屋外の線量の半分程度被曝するだろうから、屋外の線量が3.8μSv/時間であれば屋内では1.52μSv/時間と考え、3.8μSv/h×8時間×365日 + 1.52μSv/h×16時間×365日 = 11096μSv+8877μSv=19973μSv=19.9mSv(ミリシーベルト)だから、年間20ミリシーベルトを超えない目安は3.8μSv/hである、というわけです。

ここで注意しなければいけないのは、

1)屋内の被曝量が屋外の半分であるという仮定のもとの計算である
2)内部被曝についてはまったく加算されていない

ということです。
相当無理矢理な計算ですが、この20ミリシーベルト/年という数値でさえ、小佐古敏荘東大大学院教授は「とんでもなく高い数値で、容認したら私の学者生命は終わり」と述べて内閣官房参与を辞任したことはすでに報道されているとおりです。
そもそも、一般人の年間被曝量限度は1ミリシーベルトということになっています。
原発作業員でさえ年間50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトを超えないと決められているのですから、子供の被曝量が年間20ミリシーベルトでもよいという今回の見解が批判を受けるのは当然です。

しかし、実際に今、福島原発周辺ではどうなっているのかといえば、子供も大人もとっくにその規模の線量を被曝しているのです。
ようやくデータを公開するようになった「SPEEDI」のデータを、WEB上で見ることができます
上の図(クリックすると拡大)は、3月12日から4月24日までに1歳児が受けたと推定される内部被曝(甲状腺、ヨウ素に限定)の総計推定を示したマップですが、いちばん外側の「最も低い」エリアが100ミリシーベルトです。いわき市の海側、南相馬市の半分、飯舘村のほぼ全域、葛尾村、川俣町の大半が含まれています。
その内側は500ミリシーベルト、その内側は1シーベルト(=1000ミリシーベルト=100万マイクロシーベルト)ですが、このエリアにも双葉町や浪江町が含まれています。
ひと月ちょっとで(実際には3月15日からの数日が決定的)、すでに20ミリシーベルトなどという数値はとっくに超えているわけですが、注意してほしいのは、この値は甲状腺に溜まったヨウ素による内部被曝のみをシミュレートしたものであり、セシウムやストロンチウムは含まれていませんし、外部被曝の数値も加わっていません。実際には、外からの被曝やセシウムからの被曝も相当量加わりますから、この数値よりずっと高い被曝を受けてしまったということなのです。
また、スポット的に飯舘村や浪江町、葛尾村の一部が突出して高い汚染を受けたことははっきり分かっていますから、そうした場所での数値はこの数値より一桁違うでしょう。
最初の段階で飯舘村、浪江町、葛尾村、南相馬市、川俣町に避難命令を出していれば、どれだけの人が被曝から逃れられただろうと思うと、返す返す残念でなりません。北西方面の人たちが被曝することを分かっていながら、国や県はなんの警告も発しなかったのです。これは未必の故意による殺人に等しい犯罪行為です。

こうした現実を前にして、今になっての年間20ミリシーベルト論争が非常に空しく聞こえるのは私だけではないでしょう。

これを書いている現在、福島のテレビでは、地上波放送の画面にL字型の情報枠を設けて、県内の放射線量を刻々と知らせています。

例えば、郡山市合同庁舎前の昨日(4月29日)の計測値は、

4月29日17:00 1.63
4月29日16:00 1.56
4月29日15:00 1.57
4月29日14:00 1.48
4月29日13:00 1.52
4月29日12:00 1.53
4月29日11:00 1.50
4月29日10:00 1.58
4月29日 9:00 1.54
4月29日 8:00 1.55
4月29日 7:00 1.54
4月29日 6:00 1.52
4月29日 5:00 1.63
4月29日 4:00 1.54
4月29日 3:00 1.55
4月29日 2:00 1.56
4月29日 1:00 1.56
4月29日 0:00 1.58

……となっています。
3月13日 13:00 には 0.06μSv/hでした。
急変したのは3月15日で、

3月15日 14:30 4.14
3月15日 13:00 0.06

↑……と、いきなり上がっています。
それからはずっと2~3μSv/h台を記録し続け、4月9日くらいからようやく2をぎりぎり切るくらいになり、現在に至っています。
郡山市合同庁舎前にずっと立っていれば、3月15日から現在(4月30日)までの47日間、ざっと2μSv/h被曝し続けていると考えられますが、この期間だけですでに 2×24×47=2256μSv/h 2ミリシーベルト以上になります。
これは外部被曝だけですから、実際には鼻や口から吸い込んだ放射性物質による内部被曝がこれに加わっています。それを加味して、1年間4μSv/h被曝し続けたとしたら、4×24×365=35040マイクロシーベルト=35ミリシーベルトですので、軽く20ミリシーベルト/年を超えます。
1.5μSv/hという数値は空中での計測値で、現在の放射線は、地表や建物、植物などに付着したセシウムから出ているものがほとんどですので、地面や水たまりなどではずっと高い数値を示します(このことは、すでに私は川内村の中であらゆるところをガイガーカウンターで測って実証済みです)

郡山市という都会でもこうなのです。
桁違いに汚染された浪江の津島や飯舘周辺に今も残っている人たちは、今から逃げたとしても、すでに確実に年間許容量を超えています。風評被害やパニックを呼ぶようないい加減なことを書くな、と怒られそうですが、これはどうしようもない現実であり、直視しなければならないことなのです。

政府にできることは、とにかく正直になること。
すべて正直に告白し、報告した上で、「数値上ではこんなに大変なことになっていますが、私たちはこの現実を受け入れた上で、具体的にどうしていくのがいちばんいいことなのかを考えていかなければなりません」と声明すべきです。
知恵を出して、やれることをやっていくしかないではありませんか。
規制値を変更するなどというごまかしをしている場合ではないのです。
規制値、基準値、安全値は超えてしまっています。ですから、ここから先は、杓子定規なことを言っているだけではどうにもなりません。具体的にどうしていけばいちばんいいのか。つまり、多くの人が今より幸せな状態になり、今より不幸にならないかを考えていきましょう、ということでしかないのです。
私は、汚染が低かった川内村に戻って、今まで通り生活することが幸せであると判断して戻ってきました。この一月半、自分でできる限りの情報収集をして、勉強し、考えた末の結論です。もちろん、事態が急変すればまたどこかに逃げなければならないかもしれませんが、今はこうすることがいちばんストレスのない生活を送れると考え、村に戻ってきた仲間たちと、新生川内村、本来の魅力的な阿武隈を取り戻すことをめざして生きています。

原子力を国策にして、莫大な税金を投入し、嘘の上に嘘を塗り重ねてきた結果が今目の前で起きている原発震災です。
これ以上嘘を重ねることだけはやめてください。

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