「チェルノブイリの○倍/○分の一」というトリック2011/06/12 16:30

チェルノブイリ事故の重度汚染地域は北欧三国やオーストリアにまで及んだ
 時事ドットコムに、モスクワ支局長がチェルノブイリの報道陣用見学ツアーに参加したときの報告記事が出ている。
 それによれば、石棺に近づくと5.24μSv/h、原発職員ら約5万人が住んでいたプリピャチでは、「コンクリートやアスファルトの割れ目に盛り上がるコケに線量計をかざすと、毎時2マイクロシーベルトを超え、土壌の放射能汚染をうかがわせた」とある。
 このプリチャチは、最近ではよくテレビでも映像が出るが、完全なゴーストタウンになっていて、事故後25年が経った今でも立ち入りは禁止されている。そこでコンクリートやアスファルトの割れ目に線量計をかざすと2μSv/h超、大元の現場である石棺のすぐそばで5μSv/h超だったというわけだ。
 これを読んで、「なんだ、その程度なのか」という印象を持ってしまうようになっている自分が怖い。
 今、福島第一原発周辺では、それよりずっと高い線量を示すホットポイントがたくさん存在する。福島市や郡山市内では、県や文科省が公式発表している空間線量においても1μSv/h超はあたりまえで、線量計を地表に近づければ5μSv/hくらい軽く超える場所はいくらでもある。我が家の周りにだってその程度のホットスポットはある。例えば、うちから獏原人村に行くルートの途中には、車で通過する際、車内でも5μSv/hを超える線量を示す場所がある。そこはいわき市のはずれだが、何の制限区域にもなっておらず、普通に人が暮らしている。
 それよりも「低い」チェルノブイリ周辺が、今なお立ち入り禁止、居住禁止処置になっているという現実に、日本政府、福島県、周辺自治体はどう対処するつもりなのか。我々周辺住民はどう向き合えばいいのか。

 メディアでは今でも「外部に放出された放射性物質はチェルノブイリの10分の1」とか「チェルノブイリの○倍の汚染!」などという文言がよく見うけられる。
 一見矛盾するようだが、どちらもそう間違ってはいないだろう。放出された放射性物質の「総量」は福島のほうが少ないとしても、影響を受けたエリアでの汚染度合はチェルノブイリ並み、あるいはより深刻な場所がある、ということだ。
 旧ソ連と日本では土地の広さがまったく違う。
 チェルノブイリ事故では、汚染は北欧三国やオーストリアに及んで、長期間の農作物出荷制限を余儀なくされた。その範囲の広さを考えたら、日本列島などいくつも丸ごと呑み込まれてしまう。

 原子力発電環境整備機構(NUMO)フェローで、前理事の河田東海夫氏が、2011年5月24日の第16回原子力委員会で「土壌汚染問題とその対応」というリポートを「資料」として発表している。
 この河田氏は、核燃料サイクル開発機構の理事も務めたバリバリの原子力推進派だが、この人が上記の「資料」をもとに、以下のような指摘をした。

1)チェルノブイリ原発事故では、1平方メートル当たり148万ベクレル以上の土壌汚染地域約3100平方キロを居住禁止、同55万~148万ベクレルの汚染地域約7200平方キロを農業禁止区域とした。
2)福島県内で土壌中の放射性物質「セシウム137(半減期30年)」の蓄積量を算定したところ、上記に相当する1平方メートル当たり148万ベクレル以上の地域は、東京23区の面積に相当する約600平方キロ、同55万~148万ベクレルの地域は約700平方キロあり、それぞれ複数の自治体にまたがっている。

 国策としての原子力、特に、狂気とも言える核燃料サイクル構想を本気で推進してきた人物が「チェルノブイリのときの規制を福島にあてはめると、東京23区と同面積が居住禁止に、それ以上の面積が耕作禁止になる」と認め、積極的に公表しているのだ。

 

 ↑チェルノブイリ周辺の汚染マップ(クリックで拡大)

   
 ↑汚染はヨーロッパ全土に及んだ。4万~18万5000ベクレル/平米の汚染を表すピンク色の部分が
北欧三国やオーストリアにも及んでいることに注目(クリックで拡大)
 

 彼はそう指摘した後に、「避難者を地元に帰し、生活を取り戻させるためには、大規模な土壌修復計画が不可欠であり、それらと連動した避難解除計画、長期モニタリング、住民ケアを含む包括的な環境修復事業(ふるさと再生事業)に国は強い決意で臨む必要があり、そのためにしっかりした体制を構築することが望まれる」と提言している。
 この発言の真意は、放射線量による規制で住民を強制退去させることによる負担のほうが、放射線による健康被害よりはるかに大きいだろうから、チェルノブイリのような厳しい規制を踏襲することは利口ではない、ということだろう。
 この主張そのものはあながち批判されるべきものとは言えない。現実に、今、避難生活のストレスに耐えきれずに、多くの住民が避難や強制退去後に命を落としたり、入院したりしている。
 しかし、その前に、日本が今、従来の基準をあてはめたら福島県丸ごとプラスαくらいの規模で国土を喪失している事態になっているということを、国やマスコミは率直に認め、こういう事態になった責任について語らなければならない。
 河田氏が提言するように、チェルノブイリのときの基準をあてはめたら放射能汚染による健康被害とは比較にならないほどひどい実質的なダメージを国民に与えることになるから、柔軟迅速な対応をして、避難住民を早く元の場所に戻れるようにするべきなのか、それともあくまでも「基準」を厳守して福島には人が住めず、作物も作れないように国が強権発動すべきなのかの議論をするなら、その後にやっていただきたい。
 福島県から遠くで暮らしている人たちが「福島県全体を立ち入り禁止区域にしないのは殺人行為だ」などと主張しても、当の殺される側の我々はそんな簡単な理屈で動けるわけはない。福島に暮らし続け、放射線の影響で将来死ぬ(かもしれない)人の数より、福島から追い出されることで今日明日にでも死ぬ人の数のほうが桁違いに多いことは明白だ。
 30km圏内にある医療施設や福祉施設は、事故直後、浮遊している放射性物質が最も多いときに無理矢理移動させられ、その途中や避難先で何人も死んでしまった。3か月経った今、30km圏内にあった医療施設・福祉施設の中には、郡山市や福島市内より低い線量の場所のところがあるが、無人になっている。
 一方、放射性物質が高濃度に降りそそいでしまった飯舘村では、村営の特養老人ホームは避難させずに残している。そのことの是非は議論の的になるだろうが、特養にいる老人たちにとっては被曝よりも無理に移動させることによって命を縮めるリスクのほうがはるかに高いことは誰にでも分かる。無論、その介護にあたる若いスタッフはどうなるのかという話になるわけだが、「汚されてしまった福島」でどう生きていくかという問題は、こういうレベルでの判断力、葛藤の問題になってくる。
 
 今のままでは、あらゆることがいい加減にされたまま、住民は放置され、解決策を見いだせないまま疲弊していく。
 1ミリシーベルトだの20ミリシーベルトだのという机上の議論を闘わせているよりも、まずは汚染された地域の全世帯に線量計を配布し、自分の生活環境がどの程度放射線に晒されているのかを知らせることだ。水や土壌の汚染状況を細かく測定して公表することだ。自治体単位で線引きをして命令を下していたのではあまりにも現実に合っていない。
 飯舘村の人たちはいちばん危険なときに情報を隠されて高い線量を被曝させられた。さんざん被曝させられた挙げ句に、今度は強制的に退去である。村を出て行く人たちは、もう戻ってきて元の暮らしを再開することはできないと分かった上で出て行っている。
 そのすぐ隣の南相馬市北部エリアは、今も相当な線量があるにも関わらず何の区域にも指定されていないため、東電の補償仮払金も支払われず、避難したくても場所や資金援助をしてもらえない。今も不安と絶望の中で被曝に耐えているのだ。
  
 ↑ガイガーカウンターメーカーのWEBサイトに出ている「異常な注文殺到のため最低でも4か月待ち」という表示

 諸外国から寄附された大量の線量計は、被害地域に配られず、長い間、成田の倉庫に留め置かれていたという。我々は入手困難な線量計を求めて、法外な金を支払わされている。机上の議論より先に、こうした馬鹿げた状況を少しでも改善してほしいのだ。
 数値論争をする前に、まずは住民が自分たちの生活している環境の汚染度を知る手立てを、国や東電は責任を持って用意せよ。