90歳認知症老人の大腿骨骨折記録(3)2019/02/16 16:51

2019/01/07

仕切り直し……しかし二転三転


朝、主治医のクリニックに電話して、手術は見合わせたいと告げると、事務の人が「すでに提携の病院には連絡して、入院と手術のスケジュールを確認してもらっていたところです」という。
昨日の親父の様子を説明し「絶対に嫌だと言っているんですよね」というと、一瞬、声を上げて笑われた。
それで一旦手術の予約はキャンセルにしてもらうことにした。
念のため、今日、容体が変化していないかどうか施設に電話した。
施設長は1日完全な休みで、中堅のスタッフが電話に出て、不安そうな声で親父の様子を説明してくれた。
動けるはずがないと思ってベッドに寝かせていたら、夜中に背中とお尻だけで動いて、今にも落ちそうになっていたという。何度も元に戻しても、また動く。普通ならありえないような行動に出るので、怖くて仕方がない、と。
彼女の声のトーンからは、明らかに、手術を回避する方向になったことへの不安と苛立ちが読み取れた。
「もし手術をしないなら、このままでは介護できないので、昇降式のベッドをレンタルしてもらってほしい」と言われ、そのむねをケアマネさんに電話。
すると、ケアマネさんからは、本当に手術しなくていいのかと何度も念を押された。
このままでは介護するスタッフの負担が半端じゃなくなるし、いつどうなるか分からない、どうしていいのか分からないという不安を抱えたまま、ストレスフルな介護を続けることになるだろう、と。
そこでまた心が揺れた。
そうか。親父のことばかり考えていたけれど、いちばん心配しなければいけないのは、介護しているチームの人たちの心や体力的負担ではないか、と。

悩んだが、またクリニックに電話して、やはり手術させたいと告げた。
本当に申し訳ない。怒られて当然だが、事務の人も院長も本当にやさしく、真摯に接してくれた。
院長も「う~ん。難しいところですね」と悩みきっている。一緒になってとことん悩んでくれる。本当に感謝してもしきれない。
手術しない決断をしたときは「手術をしたことで精神がさらに壊れてしまって死なせた場合と、手術をしないで肉体的に苦しませてしまった場合と、どちらが後悔の度合が大きいかと考えたら、手術をさせて苦しませたほうだと思うんです」と説明した。
院長はうんうん、なるほど、と電話の向こうで頷きながら、一緒に悩んでいた。
しかし、これはよく考えると、自分の気持ちを最優先させているのではないか。
なんだかんだいって、自分がいちばん苦しまない方向を探っているのではないか。
その選択をした結果、介護しているスタッフの苦しさが増大するのであれば、それは避けなければならない。
彼らはいちばん若い。これからずっと生きていかなければいけない人たちだ。その人たちのエネルギーを奪い、心を追い込んでいいわけがない。

……そう気づいたことで、再度、気持ちを変えることになったのだった。

そのことも院長には簡単にだが告げた。
「それでいいんですね?」
と念を押された。
「はい。そのように決めます」
「分かりました」

……というわけで、再度、病院へは手術受け入れの依頼をしてもらったのだが、悩んでいるうちに最短予定日に別の手術が入ってしまったという。
これは仕方がない。

9日搬送、10日に手術ということになった。

忙しくなる前に、ちょうど切れてしまったオムツと薬を買いに一人で今市へ。

ドラッグストアの店員に「カートに積む技術がすごい」と感心された


買った大量のオムツを持って施設に行くと、親父はちょうど副施設長から夕食を食べさせてもらっているところだった。
副施設長は施設長の娘さんなので、性格はとても明るい。
ポンポンと自虐ギャグが飛び出すし、認知症老人たちにも言いたいことをバンバン浴びせる。それが刺激になって、みんなのボケが悪化しない効果があるように見える。

昨日とはまた様相が変わり、親父は両手とお尻だけでベッドの上を動き回り、このままではまた骨折箇所を増やしそう。
一昨日、僕に病院へ連れられていったことも、昨日、僕が写真や図まで見せてていねいに説明したこともすっかり忘れていて「骨折のこと聞いた?」なんて言ってくる。これには本当にガックリきた。僕が昨日説明したことだけでなく、僕が一人で運転して病院に連れて行ったこともすっかり忘れているのだ。
天井に人が三人見えるとか、福島に帰る電車賃がないとか(福島には家はない。住んでいたのは60年前まで)、滅茶苦茶なことを朝からずっと言っているらしい。
そんな親父に、スタッフは今日もスプーンでおかゆと煮魚を食べさせている。食事介助だけで小一時間はかかる。
親父本人は瞬間瞬間で感情のまま訴えている。それをケアする周囲の人たちの健康やストレス軽減を優先させるべきだと、改めて思った。
それともう一つ。これはかなりの長期戦になるのではないかという気もしてきたのだ。であれば、手術はしておいたほうがいいわけで……。


これを読んだ医療関係者の多くは、「これだから知ったかぶりの素人は困るんだ」と呆れたり、怒ったりすると思う。
そういわれても仕方がないが、超高齢者や認知症患者を相手にした場合、万能な解などない、ということはいえるだろう。
手術する外科医は、患者のそれまでの生活やもともとの性格を知っているわけではないし、退院後、どういう生活になって、どう死んでいったかまで見届けることはまずないだろう。そこをずっと見てきているのは、家族であり、介護スタッフであり、主治医だ。
また、患者の生活や性格をよく知っている家族や介護スタッフにしても、どうすれば当人がいちばん苦しまないかを考えるにあたって、あらゆる要因を考慮した上での「想像力」が必要だ。
認知症老人にはだまされる。ものすごくしっかりしたことをハキハキ受け答えしているかと思うと、翌日はそんなことすべて忘れて滅茶苦茶なことを言ったり、予測不能なことをしでかしたりする。
だから、介護する側は、やり甲斐がない、悩んだ甲斐がないという徒労感にも襲われる。

……なんてことを、運転しながら考えてしまう。まずい、まずい。
事故だけは起こさないように、気を張って乗り越えなくちゃだわ。

⇒続く



コメント

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://gabasaku.asablo.jp/blog/2019/02/16/9036827/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。

医者には絶対書けない幸せな死に方
「医者には絶対書けない幸せな死に方」(講談社プラスα新書)
2018年1月18日発売  内容紹介は⇒こちら

以下のいずれからでもご購入できます(Click)
Amazonで買う   hontoで買う    7ネットで買う  bookfanで買う  LOHACOで買う  Yahoo!ショッピングで買う  楽天ブックスで買う


タヌパック書店
たくき よしみつのオリジナル出版物販売 「タヌパック書店」は⇒こちらから



『So Far Away たくき よしみつSONGBOOK1』

原発が爆発する前の2010年、阿武隈山中のスタジオにこもって制作した自選ベスト曲アルバム
「メロディの価値」を信じての選曲。20代のときの幻のデビュー曲から阿武隈時代に書いた曲まで、全13曲
iPhone、iPadのかたはiTunesストアから、アマゾンmoraでも試聴可能


iTunesで!    アマゾンで!   
   

『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』
『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』 (2012/04/20発売 岩波ジュニア新書)…… 3.11後1年を経て、経験したこと、新たに分かったこと、そして至った結論
今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う

立ち読み版は⇒こちら
裸のフクシマ 『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著) (2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。
今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う

立ち読み版は⇒こちら

Amazon Prime会員なら無料で読めます↓