菅正剛氏スキャンダルで浮かび上がった「電波利権」とは何か2021/02/27 22:20

テレビが言えない地デジの正体(2009年刊)
 菅首相の長男・菅正剛氏が総務省幹部らを接待していたというスキャンダルで、メディアは連日騒いでいる。
 しかし、そもそもなぜそういうことが起きるのかという「電波利権」の構造について解説してはくれない。テレビ局や新聞社にとって、いちばん公にしたくないことだからだ。
 電波利権とはどういうものなのか?
 2009年に上梓した『テレビがいえない地デジの正体』という本(ベスト新書)を読み返してみた。
 元原稿がファイルとして残っていないのだが、下書き段階のものがあった。出版されたときの文章はかなり変わっているし、データ(数字)も十数年前のものになっているので、ポイントをおさらいしながらまとめてみる。

田中角栄と電波利権の始まり

 地上波(UHFやVHF電波)放送は、電波が一定範囲しか届かない、あるいは、隣接する放送局は混信を避けるために十分に間隔をあけた帯域の電波を使うと決められている「不便さ」が、むしろ特別な権益を生み出す。特定地域の視聴者を簡単に「囲い込む」手段になるからだ。
 これにより、地方局は地元企業のテレビ広告を一手に独占できるだけでなく、ローカルニュース送信によって、情報を意のままにコントロールすることもできる。
 テレビ創生期、各地の有力者たちは、こぞってテレビ局を開設したがった。一度、放送免許を得てしまえば、半永久的に、莫大な権益を持つことになるからだ。
 地方テレビ局の誕生には、田中角栄が大きく関係している。
 田中は1957年、39歳の若さで岸内閣の郵政大臣に就任した。
 このとき、日本のテレビ局は、NHKが11局。民放は日本テレビ、ラジオ東京(TBS)、北海道放送、中部日本放送、大阪テレビの5局しかなかった。他にフジテレビとNET(現テレビ朝日)に予備免許が下りていたが、放送はまだ始まっていなかった。
 こんな状況で郵政大臣に就任した田中は、各県ごとに利権を一本化し、一気に34の地方局に放送免許を出した
 一旦開局すれば、テレビというメディアは巨大な利権を生む。かくして、政界と放送局は当初から密接な関係を保ってきた。錦の御旗のように使われる「報道の自由」というスローガンだが、テレビ放送においては、スタート時点からすでに危ういものだったのだ。なにせ、お上から免許が下りないと放送事業は始められないのだから。
 今では考えられないが、地方局のニュースでは、地元出身の政治家が「お国入り」するたびに映像付きで紹介した。これほど強力な選挙運動はない。
 一時期、田中は選挙区のある新潟放送で、「国政報告」の形を取った30分のテレビ番組を2つも持っていた。これに類したことは、田中だけでなく、全国で普通に行われていた。

4大ネットワークはこうしてできた

 現在の4大ネットワーク(JNN、NNN、FNN、ANN)の編成にも政治が大きく関与している。
 1972年、首相になった田中角栄は、全国のテレビ局を大胆に再編成することに乗り出した。これは、無視できない巨大メディアに成長したテレビを傘下におさめたいという大手新聞社の戦略に応えるものだった。
 1973年12月、朝日、読売、毎日の3大新聞社が首脳会談を行い、テレビ局ネットワークと新聞資本を再編成・統一することで合意した。これにより、東京放送(TBS)の新聞資本は毎日新聞社のみに。それまで東京放送(TBS)の準キー局だった大阪の朝日放送は朝日新聞社系列下に。その代わり、毎日放送(MBS)がTBS系列(JNN)に。毎日放送とネットワーク提携していたNET(日本教育テレビ。現テレビ朝日)は朝日放送のネット(ANN)に……といった大幅な再編成が成立した。
 現テレビ朝日の前身であるNETは、設立した1957年時点では、日本経済新聞社、東映、旺文社などが中心株主で、免許交付の条件は「教育番組を50%以上、教養番組を30%以上放送する」というものだったが、1973年には「総合局」の免許が交付され、朝日新聞社が大幅に株式を買い増しして、事実上「朝日系列」に組み入れることに成功した。
 新聞社とテレビ局が完全に系列化することは、ニュース配信時などには情報をすばやく共有でき、取材も連携が取れるといったメリットもあるが、複数の視点による報道、報道が政治権力から独立するという観点からはデメリット、危険性もはらんでいる。
 テレビの不正を新聞社が暴く、あるいはその逆のことができにくい
 放送免許という首根っこを押さえられている放送局が追及しづらい政府のスキャンダルを、新聞社が先陣を切って報道するということもしづらくなる。
 地デジ化を巡る報道などはその端的な例だった。テレビ局の利権に直接関わる問題だけに、新聞も大きく扱わないし、扱ったとしても、問題の核心には迫らず、表面的な報道に終始する。
 新聞社とテレビ局の完全系列化は、報道の基本精神を脅かす危険なものだったと言えるだろう。

携帯電話料金がテレビ局を支えている

 放送局や携帯電話会社にとって、特定の電波帯域を使える権利は大変な資産であり、莫大な利権が発生する。
 では、一旦電波帯を割り当てられた放送局にとって、電波は「ただ」なのだろうか?
 日本では、1993年5月までは実質「ただ」だった。
 1993年5月からは、「電波利用料」というものが導入され、すべての「無線局」は、電波を利用するための利用料金を支払わなければならなくなった。
 この「無線局」というのは、放送局も入れば、携帯電話の利用者(携帯電話端末)も該当する。携帯電話の電波利用料は1台あたり年間140円(当初は540円。その後420円になり、2008年10月より250円、現在は140円)。携帯電話会社が利用料金に組み入れて徴収し、まとめて支払っている。
(2017年度に携帯電話事業者が支払った電波利用料の総額はNTTドコモが167億円、KDDIが114億円、ソフトバンクが150億円だった)。
   一方、テレビ局が使っている電波帯域は非常に広いが、2005年度以前には、年額わずか2万3800円だった。これに対して、携帯電話は当初一律1台540円で、個人で使う携帯電話機1台とテレビ局の電波使用料が44倍しか違わない。つまり、テレビ局の電波使用料が携帯電話機利用者44人分でしかないという、とんでもない料金制度になっていた。
 2005年度からは、使用する電波の帯域幅や地域の人口密度、出力などを考慮した算出法になったが、それでも全国のテレビ・ラジオ局が支払っている電波利用料は携帯電話事業者が支払っている電波利用料に比べれば極端に安い。
 2015年の電波使用料内訳を見ると、携帯電話キャリアのNTTドコモ 201億円、KDDI 131億円、ソフトバンク 165億円に対して、公共放送のNHKが約21億円、日本テレビ系列は約5億円、TBS系・フジテレビ系、テレビ朝日系、テレビ東京系は約4億円で、テレビ局が支払った電波利用料は利益に対して1%未満という微々たるものだった(Wikiより)。

電波利用料がどう使われているのかも不透明

 電波利用料は、「総合無線局監理システムや電波監視システムの整備・運用、周波数逼迫対策のための技術試験事務、携帯電話の過疎地での基地局維持・設置」などに使われることになっているが、2001年度からは地デジ化のために巨額が使われた。テレビ局のことを、なぜ携帯電話利用者が負担しなければいけないのかという疑問の声があったが、結局は押し切られた。
 ついでに言えば、電波利用料の一部は、総務省の出先機関で、美術館のチケット代や野球のボール代など、職員のレクリエーション費にも使われていた。2008年5月、民主党の調査で分かったものだが、民主党の指摘を受けて調査した総務省の発表によれば、計11ある地方総合通信局のうち6つの通信局で、チケット代、ボール代、ボーリングのプレー代などが支出されていたという。民主党の調査では、他にもラジコン購入費や職員のレクリエーションに使った貸し切りバス費用などもあるという。
 これに対して、増田寛也総務相(当時)は、「法律上書いてある」ことで、法的には問題がないとの考えを強調した。

英国BBCを蹴ってグリーンチャンネルを入れた総務省

 BSの電波帯再編における利権争奪戦にまつわる話をさらにまとめると、2009年、BSのアナログハイビジョン放送(NHKが2チャンネル、WOWOWが1チャンネル持っていた)を廃止して、空いた帯域にデジタル放送を入れるという再編時、フルハイビジョンなら6チャンネル分、標準画質なら24チャンネル分が空くことになった。それに加えて新規にBS19という「空き地」へ、18企業・団体から合計22チャンネル分の応募があったが、総務省は英国BBCや米国ディズニー社を落として、スターチャンネル、アニマックス、グリーンチャンネル、Jスポーツなどを「合格」とした
 グリーンチャンネルは「財団法人競馬・農林水産情報衛星通信機構」というところが運営しているが、これは農水省、総務省共同管轄委託放送事業者。日本中央競馬会の関連法人でもある。
 グリーンチャンネルはすでにスカパー!で放送をしていたが、このBS格上げによって、一気に価値の高い「BS委託放送事業者」になった。
 その一方で、英国BBCが「家族層向けのドキュメンタリーやドラマなど娯楽番組の有料チャンネル放送をしたい」という申請は蹴ったのだ。
 これによってどれだけの日本国民が良質の番組を見る機会を失ったことか! ああ、BBC!! 『モンティパイソン』や『グレートブリテン』見たかったよ!! BBC制作のドキュメンタリーが東京五輪問題をどう扱ったのか見たかったよ!!

 今回話題になった菅正剛氏関連のスキャンダルでは、東北新社傘下の「囲碁将棋チャンネル」のBS入りに疑惑の目が向けられたが、こうした不透明な決定は今に始まったことではないのだ。

地上波はローカル放送にして全国ネット番組はBSやネット経由で流せ

 放送事業者選定の不公正感もひどいが、電波帯域の無駄使いも目に余る。
 現在、BSでは広帯域を使う4K放送が始まっているが、内容をしっかり見てほしい。通販番組やら大昔のドラマの再放送(当然画質は粗い)を平気で流している。
 そもそも4K放送など必要なのか? NHKの朝ドラなどはハイビジョン画質と4K放送を同時に流しているので、BSの4Kチャンネル対応チューナーを内蔵したテレビがあるなら見比べてみてほしい。画質の差など分からないし、目を凝らして多少の差が分かったとしても、それがなんだ、という話だ。大切なのは番組内容の質だろうが。
 今回、菅正剛氏が関わる接待スキャンダルで注目された「囲碁将棋チャンネル」は、かつての標準画質のままの番組を流しているので、最後に余ったスロットに割り当てられたのはある意味当然なのだが、それだってもっと違う活用法がある。
  BSのハイビジョン画質1チャンネル分の帯域は、昔の標準画質なら3チャンネル分送信できるのだから、4対3画面時代の再放送をしているのはもったいない。かつての標準画質番組を再放送する専用の狭い帯域のチャンネルとして設けてくれたほうが「囲碁将棋チャンネル」よりは多くの視聴者が喜ぶだろう。囲碁将棋番組はネットでのオンデマンド配信に向いている内容であり、BSでリアルタイム放送する意味はない。

 長くなってきたのでそろそろまとめたい。

 この拙著で私が主張したかったのは、
  • テレビ放送をデジタル放送に移行するのはいいとして、なぜ「地上波」でやる必要があるのか。BSやケーブルテレビ、インターネット回線を使えば全国どこでも同じ数のテレビ局が見られるのに、わざわざ「地上波」にして地域格差をつけるのは利権保守以外の目的は考えられない。
  • 電波は公共財なのだから、裏で変な取り引きをせず、入札や電波利用料をすべて公開して、視聴者の利益を守れ
 ……ということだ。
 10年以上経っても、何にも変わっていない。

 7万円の接待で何を食ったかなんてどうでもいい。総務省とメディアのズブズブ関係によって、我々はもっと大きな損失を被っているのだ。

オマケ:顛末記

 この本は、校了して、印刷所で印刷が始まる直前の部数決定会議で、出版社の社長が突然「なんでこんなくだらない本を出すことになったんだ?」と激怒し、いまさら出版停止にはできないならと、部数を極端に減らした。2000だったか3000だったか忘れたが、とにかく当時の新書の刷り部数としてはありえないような数。書店にまともに並ぶのも難しい数で、まるで「売れては困る」というような異様な決定だった。
 さらには、担当編集者は出版直後に編集部を外されて異動になり、その後、退職してしまった。
 私のせいで熱心な若手編集者の人生まで狂わせてしまい、その後は本を出版することがすごく怖くなったものだ。
 担当編集者は、「何か圧力があったとは思いません。単純にこんなものは売れない、という言われかたでした」と説明していた。
 そうかもしれない。内容を知った政府筋から社長に圧力がかかった、などということはないだろう。単純に「なんでこんな売れそうもない本を出すんだ」ということだったのだと思う。

 10年以上経っても、人々が「与えられたもの」だけを受け入れ、消費していくという社会風潮は変わっていないわけで、電波利権の闇をどうにかしよう、などという本よりも、ゲームの攻略本や有名人のゴシップとか、金儲けの本とか、健康法の本とか、韓国・中国憎しみたいな本が売れる。
 ただでさえ本が売れなくなった時代に、物書きはどう生き延びるか……。そういうことも、今はもう深刻に悩んではいない。
 「一人に向かって」。一人が見えなければ「自分に向かって」、やれることをやる、という心境かなあ。



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