そして私も石になった(16)計画を悟られず、ゆっくりと進めるための仕掛け2022/02/14 19:50

計画を悟られず、ゆっくりと進めるための仕掛け


<さて、ここからが問題だ。
 ただインフルエンザウイルスを使うだけでは、計画が完璧に進むかどうか分からない。
 というのは、ウイルスは絶えず変異するが、その変異の仕方をGも完全には計算しきれないからだ。
 ウイルスが環境中に放出された瞬間から、ウイルス自身がまるで意志を持ったように変化していく。その変化の仕方は、気温や湿度といった自然環境だけでなく、感染者の体内環境に影響される。
 自然環境はかなり正確に把握できても、人間の体内環境は人それぞれなので、計算しきれない。
 人種や民族による遺伝子の違い、食生活や生活習慣などによる腸内細菌環境の違い、免疫系の構成の違い、筋肉や脂肪のつきかたの違い……人間の数だけ違った体内環境がある。当然、このウイルスに対しても、抵抗力のある者とない者が出てくる。
 様々な人間の体内にウイルスが取り込まれることで、ウイルスの振る舞い方、変異の仕方も違ってくる。
 はっきりしているのは、ウイルスの病毒性が強すぎれば宿主である人間がすぐに死んでしまい、ウイルス自身も繁殖する前に死んでしまうということだ。
 また、人間の免疫力が簡単に勝てる程度の弱いウイルスなら、体内で死に絶えてしまう。
 さらには、水痘帯状疱疹ウイルスのように、体内で眠りにつくような変異もあるかもしれない。
 いずれの場合も、人間の大量死にはならない可能性が高い。
 つまり、ウイルスは相当綿密に設計されてはいても、もしかすると予測しなかった変異をして、Gの望み通りの結果を生まないかもしれない。
 だから、単純にウイルスに頼る作戦はとらないだろうね>

「ややこしいな。どういうことだ?」

<ウイルスだけではない、一種の「合わせ技」のような作戦でいくだろうと、我々は予想している>

「合わせ技?」

<そう。ウイルスは爆弾を起動させる最初のスイッチで、そこから先に長い導火線をつけるだろう。
 おっと、比喩がくどいね。ズバリいえば、「新種のワクチンや治療薬との合わせ技」にするだろう、と、我々は読んでいるんだ>

「よく分からないな。それもまだ比喩に聞こえるが」

<いや、これは比喩ではなく、そのものズバリだ。
 今までの「準備」を考えれば分かる。
 インフルエンザのワクチンは毎年新しいものが出てきて、何度も打つことが普通になっている。そういう習慣を多くの人たちがあたりまえのこととして受け入れている。
 ワクチンを打ってもインフルエンザにかかる人はいるし、ワクチンを打った後に具合が悪くなる人もいる。でも、どちらも大ごとにはならない。そういうケースは数としてはそう多くはないし、何年もそれを繰り返しているうちに、人々はインフルエンザワクチンというのはそういうものだと認識していく。つまり現代社会での「常識」として定着する。
 次の次に出てくる新種のインフルエンザは、これまでのインフルエンザとはかなり性質が違うものになるだろう。
 最初は正体が分かりづらい。相当数の死者も出て、社会に恐怖と不安が蔓延する。政治家も医療者たちも浮き足立つ。
 そこで、このウイルスをこれ以上広げないためには新しいワクチンの開発が急務だ、ということになる。それに反対する者はいない。世界的な合意となって、人々の意識がひとつになる。
 そしてすぐに「画期的なワクチン」が登場するだろう。すでに長い時間研究され、密かに実験を繰り返され、準備されていたものが。
 一刻も早く感染拡大を防がなければいけないということで、そのワクチンは通常の過程を経ずに例外的に使用を許可される。何か問題が起きても、製薬会社は免責されるという条項までつけて>

「画期的とか、新種の、というのが気になるところだな。どういうところが画期的なんだ?」

<おそらく「遺伝子ワクチン」とでも呼べる種類のものだ。これはすでに研究が行われている>

「遺伝子ワクチン?」

<まず、ワクチンとはどういうものか、ということを確認しておこうか。
 ワクチンは「ある特定の病原体に対する免疫をあらかじめ作っておく」ためのものだ。
 人の身体に病原体が入り込み、病気にさせる。このとき、人の身体は病原体と戦うわけだけど、負けてしまえば死んでしまう。しかし、病原体に勝つと、その病原体がまた入り込んできても抵抗できるように免疫というものが作られる。
 この免疫を、病原体が身体に入る前にあらかじめ作っておければ、いざ病原体が入ってきたときにすぐに抵抗でき、感染しない、あるいは軽症で済む。これがワクチンの原理だね。
 今まで開発されたワクチンは、病原体の毒性を弱めたり無毒化させたものだ。身体に入れても発病はしない。しかし、身体はその病原体を記憶して、抗体を作る。ワクチンを接種した後にできる抗体は、特定の病原体に対する抗体だ。つまり、抗体が攻撃するのは標的となる病原体だけだ。
 しかし、「遺伝子ワクチン」は違う。
 「遺伝子ワクチン」は人工合成した遺伝子の一部を人間の細胞に入れて、人間の細胞内で病原体の遺伝子を作るような仕組みだろうね。それだと、病原体そのものを培養したり加工したりする必要がなく、人工的なコピー作業で作れるので、短時間に大量に製造・供給できる。
 しかし、そのタイプのワクチンを接種すると、もともとの人間自身の細胞が病原体の一部分を細胞表面に持つことになる。
 これがどういうことを意味するか……>

「難しすぎて俺にはほとんど分からないな」

<そこで作られた抗体は、標的である病原体だけでなく、それを保有している細胞全体を攻撃するかもしれない。
 他にもいろいろ、これまで人間が経験しなかったことが起きるだろう。
 今まで知られていたウイルスは、抗体に取り囲まれた後、ウイルスを食べる細胞によってとどめを刺されるんだが、このウイルスを食べる細胞から逃げられるウイルスが出てくればどうなるか。
 ウイルスを食べるはずの細胞の中に入り込んでさらに増殖したり、免疫系がいつまでも消えないウイルスに業を煮やして攻撃物質を大量放出してしまい、他の健康な細胞まで殺してしまったり……そういう事態を引き起こすかもしれない。
 人間の免疫系を操作するというのは、一歩間違えば取り返しのつかないことになる。特定の病原体にだけ抵抗するのではなく、無差別に相手を攻撃したり、攻撃すべき時に働かなかったりすれば、最初の原因となった病原体による感染症以外の、様々な病気を引き起こすことになる。
 こうしたことが時間差で生じても、もはや原因が何なのかは分からなくなっている。ウイルス自体はもう消えているし、ワクチンを打ったのは半年、1年、2年も前だ、ということなら、医者にも原因は突きとめられないし、証明もできない>

「なんだかよく分からないな。要するにどうなるというんだ?」

<ものすごく簡単にいえば、時間をかけてじわじわと世界人口は減っていくが、なぜそうなっていくのか、人々はなかなか気づかない。実に巧妙な計画が実行されるだろう、ということだ。
 ウイルスが世界中に広まり、相当数の死者が出る。これが第一段階。
 そこで「遺伝子ワクチン」という、今までにないタイプのワクチンが短期間に大量生産され、緊急使用される。これが第二段階。
 そのワクチンは当初は効果が認められたかに思えたが、どんどん効かなくなり、2度、3度、4度と、何度も追加で打つことになる。
 打ってすぐに人が死んだりするケースが多ければ、さすがにみんな驚いて立ち止まるが、すぐに死んだりおかしくなったりする数は少なく、また、メディアによる報道も控えられるので、人はワクチンを疑うことはしない。
 その間、ウイルスの毒性は弱まっていき、逆に感染力は上がっていく。ウイルスを体内に取り込んでも、大したことはないという人が大方になるけれど、少ないながら一定数は重症化して、死者も出続ける。
 ウイルスによる直接の致死率が10分の1になっても、感染力が20倍になれば、死者の総数は2倍になる。そういう広まり方をするだろう。
 そうしたウイルスの変異に従って、ワクチンはほとんど効かなくなる。効かなくなっているのに、一度ワクチンの誘惑を受け入れた社会は、ワクチンを打ち続ける。打てば打つほど感染しやすくなるという皮肉な結果も出てくる。
 さらに巧妙な仕掛けとして、製薬会社が提供するワクチンが均一ではない、というのも加わるだろう>

「均一ではない? 品質がか?」

<そうだ。膨大な数のワクチンが製造されるわけだが、製造ロットによって中身を細かく変えていくはずだ。
 しかも、本来のワクチンはほんの一部、1%にも満たない数で、その他ほとんどは薄められていたり、中身の構成を変えていたりするだろう。中にはほとんどなんの効果もないプラセボみたいなものもあるはずだ。
 なぜなら、本来の成分100パーセントだと、すぐにぶっ倒れたり、死んでしまう人が続出して大騒ぎになる。こんな危険なものを使うわけにはいかないと、中止されてしまう。だから、効果の程度を何段階にも分けたものを作って、状況に合わせて出荷の割合を調整したりする。そうすることで、「成果」を細かくコントロールできるからね。
 その割合や実施のタイミングなどは、コンピュータが綿密に計算してくれる。
 そうやっていくうちに、ウイルスが直接の原因で死ぬ人は減るけれど、ワクチンによる身体の変化が時間を経ていろいろ出てくる。それまで長い時間かけて人間が体内に獲得した免疫系全体が壊されるので、癌や脳卒中、心臓関連の症例、免疫不全症候群など、様々な症例で死者が増える。
 生殖機能の低下や乳幼児の免疫機能獲得阻害なども起きて、出生数は減り、流産、不正出産、乳幼児死亡率は上がる。
 見えない相手に対する恐怖が広がり、鬱症状や不眠症、発育不全、教育や子どもの人格形成の崩壊といった、社会を混乱、疲弊させる要素がどんどん増えていく。差別や暴力もはびこる。
 そうして世界中で人口減と社会の崩壊が続く>

           


ジャンル分け不能のニュータイプ小説。 精神療法士を副業とする翻訳家アラン・イシコフが、インターナショナルスクール時代の学友たちとの再会や、異端の学者、怪しげなUFO研究家などとの接触を重ねながら現代人類社会の真相に迫っていく……。 2010年に最初の電子版が出版されたものを、2013年に再編。さらには紙の本としても2019年に刊行。
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