『阿武隈裏日記』を改題しました。
たくきの日記はこちらからお入りください

「デブリを取り出して廃炉」という幻想2018/03/12 12:11

2018/03/10『報道ステーション』(テレビ朝日)より

言えない立場の増田尚宏氏と言える立場の田中俊一氏



↑2018年3月10日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日)の特集コーナーより(以下同)

今日、3月12日は1F1号機が水素爆発を起こした「原発爆発記念日」である。
その映像をテレビで見てすぐに、僕たちは川内村の家から逃げ出し、川崎市の仕事場に避難した。あの日からちょうど7年が経った。
今ではメディアも特集などを組むことは少なくなり、今年は森友文書書き換え問題などに食われている(あれもまた国家の根幹を揺るがすとんでもない事件だが)。

一昨日の『報道ステーション』で、1Fの廃炉がいかに困難かという問題を特集していた。
久しぶりに見る増田尚宏氏の苦渋に満ちた顔。この人がこの日記に登場するのは何回目だろうか。まずは2015年の⇒この日記を読んでいただきたい。
2015年3月、NHKの海外向け放送にてインタビューに答える増田尚宏氏
2015年、このインタビューで増田氏はこう語っている。
溶融燃料についてはわからない。形状や強度は不明。
30メータ上方から遠隔操作で取り除く必要があるが、そういった種類の技術は持っておらず、存在しない

(政府は廃炉作業を2020年に始める意向だとしているが)それはとてつもないチャレンジと言える。正直に言って、私はそれが可能だとは言えない。でも不可能だとも言いたくない。

どのくらいの被ばく線量なら許容されるのか? 周辺住民ににはどんな情報が必要なのか? どうすればよいか教えてくれる教科書はない。
私は、ステップごとに決定を下さなければならないわけだが、正直に申し上げて、私が正しい決定をするということは約束できない

国内で放送されないと知っていたからか、かなり正直に胸の内を吐露している。
それが、3年経った現在では、こう答えている。


使用済み燃料を取り除くことは責任を持ってやらなくてはならないやればできるものだと思っている

この言葉の間にはいくつかの言い訳や説明が挟まれていたが、要するに「できる」「やらなければならない」と言いきっている。
3年前には「溶融燃料(デブリ)についてはわからない。形状や強度は不明」と言っていたが、今ではデブリの状態が想像以上にひどい状況だということが分かってきている。
優秀な専門家である彼には、デブリの取り出しなどとうていできないと分かっている。しかし、組織人として「取り出さなければならない」「やればできると信じている」などと答えなければならない立場に置かれていることの苦しさが、最後には悲鳴にも聞こえるような大きな声での叫びとなって絞り出されたように見えた。

増田氏は東電にとって、いや、日本の原子力業界にとってかけがえのない人材だ。彼のスーパーマン的な活躍がなければ、1F同様、2Fも爆発していただろう。7年前、彼が2Fの所長だったことは本当に幸運だった。
が、その彼も、この数年で顔つきがだいぶ変わったように感じる。どれだけ辛い人生を歩んでいることか、察するに余りある。

デブリは取りだしてはいけない

一方で、その直後に登場した田中俊一・原子力規制委員会前(初代)委員長は、相変わらずのシニカルな表情でこう言ってのけた。









廃炉現場の最高責任者に任命され、今も現場を指揮している増田氏と、規制委員長を辞めた田中氏の立場の違いがはっきり見て取れる。
人間としては増田氏のほうを信頼したいが、この点に関しては、田中氏の言うことが正しい。
「そういうことを言うこと自体が国民に変な希望を与える」という発言のときは、「幻想」と言いかけたのを、少し考えてから「変な希望」と言い換えていた。

圧力容器を突き破って底まで全量溶け落ちたデブリを遠隔操作で取り出すなどという技術は存在しない
そもそも、取り出せたとしても、置き場所がないのだ。きちんと形のある使用済み核燃料でさえ保管場所がないのに、不定形になったデブリをどこでどうやって保管するというのか。これ以上、デブリの取り出しにこだわるのは、莫大な金をかけてリスクを拡大するだけの愚行だ。
つまり、デブリは取り出せないし、今は取り出そうとしてはいけない
では、どうすれば今よりひどい状態にならないで長期間、ある程度の安全を得られるかを、合理的に考えなければいけない。そんなことは、誰が考えたって自明の理だ。

できないことを「そのうちできるだろう」「なんとかなるんじゃないか」といって無理矢理金を投入して始めてしまい、取り返しのつかないことに追い込まれるのは原子力発電事業そのものの構図だ。出てくる核廃物の処理や保管技術がないままに原子力発電所を作り、今なお、この根本的な解決方法は存在しない。日本国内だけでも、行き場のない使用済み核燃料が発電所内にごっそり置かれたままだ。
技術が存在しないどころか、エントロピー増大則に従うしかない物理世界(我々が生きているこの地球上)では、核廃物の根本的な処分方法は今後も見つからないだろう。
できないことをしてはいけない──このあたりまえのことを無視するとどんな結果になるか、すでに手痛く体験したことなのに、なぜこの期に及んでまで、謙虚になれない、合理的に判断できないのだろう。

3年前の増田氏の言葉と今の増田氏の言葉を比較すると、絶望的な状況はますますはっきりしてきたのに、逆に正直に答えることはできなくなったという悲しい現実が見える。
増田氏の「組織人」としての苦悩は痛いほど分かるが、とにもかくにも、彼の上で命令を下す人たちがきちんとした判断を下さず逃げてばかりいる限り、増田氏の高い能力も、今後変な方向に向かいかねない。
それこそ、3年前の彼が漏らした「私は、ステップごとに決定を下さなければならないわけだが、正直に申し上げて、私が正しい決定をするということは約束できない」という言葉の重みが、ますます深刻なものになっているのだ。
その闇の深さ、問題の大きさを、現場の人たちだけに押しつけず、我々一般人も、少しは共有すべきではないか。
次の選挙のときには、このことをぜひ思い出してほしい。
どうしようもない破局が訪れる前に、どうせ自分は死んでしまうだろう、という「食い逃げ」の人生でいいのか、と自問自答してみようではないか。


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大化の「改新」と明治「維新」のトリック2018/02/16 01:49

最近読んだ3冊

「聖徳太子はいなかった」説

聖徳太子という人物はいなかった、という学説が複数出てきて、もうすぐ日本史の教科書からこの名称が消えるだろうといわれている

まず、聖徳太子というのは後世でつけられた名で、当時の名前は「厩戸王(うまやとおう)」、より正確には「厩戸豊聡耳皇子(うまやとのとよとみみのみこ)」といい、574~622年に実在した人物とされている。用明天皇(518~587年)の皇子で、母は蘇我稲目(そがのいなめ)の孫にあたる穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)。19歳で推古天皇(554~628年)の摂政となって政治にあたった……と、このことについては極端な異論はないようだ。
しかし、彼が「冠位十二階の制定」「憲法十七条の制定」「国史編纂」「遣隋使の派遣」「仏教興隆(三経義疏、法隆寺・四天王寺の建立)」など、従来の歴史教科書に書かれていたことをすべてやったということに対しては、証拠となる資料がなく、大いに疑問視されるようになった。
聖徳太子というのは、いろんな偉業を成し遂げたから「聖徳太子」(聖なる徳を持つ偉大な皇子)なのであり、その実体(実在の人物)とされる厩戸王がそれらを成し遂げたのではない、とすれば、「聖徳太子」なるスーパーヒーローは存在しなかったといえる……という論法が出てきたのだ。

厩戸王の死後23年経った645年、中大兄皇子、中臣鎌足らが、宮中で蘇我入鹿を暗殺して、当時権勢を誇っていた蘇我氏(蘇我本宗家)を滅ぼした。
僕らが小学生、中学生のときは、たしかこれを「大化の改新」として習った。
これを習ったときも、よくある政治クーデターなのに、なぜこれだけ「改新」と呼ぶのだろう、と疑問を抱いたのを覚えている。
倒される蘇我氏の側の人名が、稲目、馬子、蝦夷、入鹿……と、なんか悪者イメージになっていて、倒した側は中大兄皇子……って、なんか名前からして後世で書き換えられているんじゃないかとも思った。
今はこのクーデターのことは「乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)」と呼び、その翌年646年に出された「改新の詔」を皮切りに、それまでの豪族支配から天皇中心の律令国家成立の流れを「大化の改新」と呼んでいるらしい。(ただし、改新の詔の内容は日本書紀編纂のときに書き換えられ粉飾されている)

で、この「大化の改新」後、すんなり天皇中心の律令政治が始まったかというとそうはいかず、672年には天皇家内部で後継者争いによる内乱(壬申の乱)が起きる。
その後、720年に日本書紀が編纂され、そこで初めて聖徳太子なる人物像が登場する。
血で血を洗うようなドロドロした抗争が続いた後、ようやく安定しかけた政権にとって、天皇家による統治を正当なものであるという印象を与える必要があった。そのために、聖徳太子というスーパーマンを「創作」する必要があったのではないか……というのが、いくつかある「聖徳太子創作説」の中でも主流となっているようだ。

政権を握りたい勢力が対抗勢力や邪魔者、ときには先住民を殺して権力を握る──これは古今東西、常に繰り返されてきたことで、少しも珍しいことではない。武力やテロ、暗殺、密殺などの手段で権力の座についた者たちが、その行為を正当化するために歴史を都合よく書き、「正史」「国史」として定着させるのも同様だ。
日本史ではよく「○○の乱」「○○の変」という名称の戦争やテロが登場するが、これが○○「征伐」とか「平定」なんて名称になっているときは要注意だ。
悪いやつを鎮圧したのだ(征伐)、乱れていたのを沈静化させて平和にしたのだ(平定)、という印象操作だからだ。

大化の「改新」の時代は1400年近く前のことで、当時の権力者闘争の実相や庶民の暮らしぶりなどは正確には「分からない」というのが学術的には正直な態度だろう。
少なくとも「聖徳太子」という人物が数々の改革を行ったというような記述を日本史から外すことは正しい。

明治「維新」と大化の「改新」

大化の「改新」同様、明治「維新」という言葉にも、子供の頃からずっと違和感を抱いていた。
武力クーデターなのに、なぜ「乱」とか「戦争」といわずに「維新」というのだろう、と。
当然、その後の政権、権力者たちにとって、あれを「正しいものだった」「旧悪を一新するものだった」というイメージ戦略が必要だったのだろうな、ということは感じていたが、恥ずかしながら、この歳になるまで真剣に調べたり学んだりしてこなかった。
あまりにも生々しくて、知ることが楽しくないという理由もある。もっと楽しく、苦しまずに生きていたほうが楽だもの……。

遅ればせながら、ここにきて近現代史を少しずつ勉強し始めたのは、小説版『神の鑿』を書くための準備という意味合いが強い。
利平・寅吉・和平の年表を作成しているのだが、明治初期の作品記録がまったく空白なのだ。
明治に入る前、最後に分かっている作品は、慶應元(1865)年、沢井八幡神社に奉納された狛犬で、このとき利平61歳、寅吉は21歳だった。
利平が亡くなるのは明治21(1888)年8月1日で83歳。明治に入っても20年以上生きていて、その時期、弟子の寅吉は20代~40代だから、石工として存分に腕をふるえる時期だった。
寅吉の作と思われるものが登場するのは明治20(1887)年 関和神社(白河市)の狛犬(銘なし)で、このとき寅吉はすでに43歳になっている。
この間、利平と寅吉の師弟がほとんど作品を作っていないというのはどういうことなのか?
その答えの一つが廃仏毀釈だろう。
明治になってから世の中の空気がガラッと変わってしまった。江戸末期までは盛りあがっていた庶民の文化創造力が一気に押しつぶされていた……そう考えるしかない。
そこで、当時の空気を知るために、幕末から明治にかけての日本史を勉強し直しているという次第だ。

冒頭に写っている3冊はいずれも「明治維新」についての通説に疑問を呈し、今の日本近代史は「薩長史観」で歪曲されていると主張している本だ。
しかし、著者たちの立ち位置は少しずつ違う。
また、主観的な表現や断定論調が多くて、そのまま鵜呑みにするとまずいな、と感じる箇所がまま見うけられるのも共通している。
ただ、3人とも「テロ行為を美化してはいけない」ということを明言している。
維新の精神的支柱とまでいわれる吉田松陰が、事あるごとにどれほど暗殺を主張したか、それゆえに当の長州藩がいかにこの男に手を焼いたか、はたまたどういう対外侵略思想をもっていたか、もうそろそろ実像を知っておくべきであろう。(略)私はテロリズムは断固容認しない。テロを容認しないことが、当時も今も正義の一つであると信じている。
(『三流の維新 一流の江戸』 原田伊織、ダイヤモンド社、2016)

江戸時代を無批判に称揚するのは危険だろう。しかし、あの265年間が、高く評価すべき実績を残したということは、いかにしても否定できない。そのなかで最も重要なものは、平和であり、治安のよさであり、それらを支えた道徳である。
もし慶喜がロッシュの意見に動かされ、抗戦を開始していたら、(略)旧幕府軍の主力となったフランスと、新政府軍の主力となったイギリスが、日本を二つに分割していた可能性が高い。
(『明治維新という幻想 暴虐の限りを尽くした新政府軍の実像』 森田健司、洋泉社歴史新書y、2016)

卑劣な暗殺をも正当化するような「物語」がまかり通ってしまえば、日本をふたたび亡国に導かざるを得ないと、著者は真剣に危惧する。実際、「物語」の枠組みに従って、薩摩や長州のテロ行為をも正当化し続けてきたことが、昭和になって軍部や右翼によるテロリズムの横行を生んだのではなかったか。戦後においてもなお、(略)立憲主義もないがしろにするという、現在の政府与党の姿勢を許すことにつながっているのではないのか。
(『赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた立憲主義の夢』 関良基、作品社、2016)


奇しくも3冊とも2016年に刊行されている。この3冊だけでなく、ここ数年、「明治維新」という「薩長史観」を見直すべきだ、と主張する本がいろいろ出版されている。
今の日本が極めて危うい状況にあることを知っている人たちが、声を上げている。

明治「維新」の時代は、わずか150年前である。大化の「改新」の飛鳥時代とは違い、一次資料も豊富に残っている。
それなのに、明治政府による歴史改変粉飾イメージ戦略が今なお日本人の心を支配している。これは国としても極めて恥ずかしいことだ。

関氏は『赤松小三郎と~』の中で、こう述べている。
 日本には、太平洋戦争以前にも、世界を相手に戦争をして敗北したという経験を持つ人びとがいた。他でもない、維新政府の長州の元勲たちだ。長州は下関戦争で、英仏蘭米の四か国と戦い、散々に敗北した。外では覇権国に従属しつつ、内では専制的にふるまうというレジームは、1945年の太平洋戦争の敗戦によって生じたものではなく、1864年の下関戦争の敗戦によって発生したのである。それは「長州レジーム」と呼ぶべき、明治維新以来の特質なのだ。
(略)
 安倍首相は、「戦後レジーム」によって日本が汚されたと悲観する必要はないのである。GHQが行った「改革」など、明治維新がつくりあげた官尊民卑の官僚支配、覇権国の要求に従いながら、国内的には、万機公論に決しない上意下達の専制支配を行う長州レジームに、小手先の修正を加えたにすぎなかったからだ。それほどまでに、長州の元勲たちがつくりあげた官僚支配の長州レジームは強固だった。GHQですら、それを崩せなかったという事実について、安倍首相は誇るべきであろう。全く卑下する必要はないのである。
(『赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた立憲主義の夢』 関良基、作品社、2016)


ちなみに、太平洋戦争後もこの国は「国家的敗北」を経験している。それは原発爆発だ。国を挙げて押し進めてきた「安全神話」が完全に吹き飛ばされた。
しかし、その「敗戦処理」においても、政府は見事に「官尊民卑の官僚支配、万機公論に決しない上意下達の専制支配」を成功させている。
国民もまた、この大きな過ちを単なる「東北で起きた悲劇」として矮小化し、見て見ぬふりをしている。
このツケは間違いなく近い将来、取り返しのつかない負債として国民全体に襲いかかるだろう。


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森鴎外と原発2018/02/15 14:44

最近読んだ3冊

関良基『赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた立憲主義の夢』を読了した。
本書とほぼ同時に、森田健司氏の『明治維新という幻想 暴虐の限りを尽くした新政府軍の実像』(洋泉社)と原田伊織氏の『三流の維新 一流の江戸 「官賊」薩長も知らなかった驚きの「江戸システム」』(ダイヤモンド社)も読んだのだが、この3冊の中でも関氏の『赤松小三郎と~』は力作で読み応えがあった。
その中で、つい先日書いた「森鴎外と脚気」にまつわる記述もあったので、以下、前々回の日記の続編?として紹介してみたい。
本書の中で深く同意したのは以下の部分だ。
 日露戦争後、陸軍における脚気惨害の真相を追及する声が国会であがり、陸軍省も脚気の原因を究明するため「臨時脚気病調査会」を組織せざるを得なくなる。しかし、あろうことか、第三者の立場で脚気被害の原因を究明しなければならないはずの委員会の委員長に就任したのは、問題を引き起こした当事者である森鴎外(当時、陸軍省医務局長)であった。(略)問題を起こした当事者であるところの森鴎外は、真相究明委員会の委員長になって問題をもみ消した。
 これは「利益相反」であり、今日も引き続く構造である。福島第一原発事故後に諸外国から直ちに問題視されたのは、原子力の安全性をチェックするべき原子力安全保安院が、原子力を推進する主体である経済産業省の中にあったという事実であった。推進機構の下部組織に規制機関が存在するのでは、安全審査がなおざりにされるのは当然であった。
 明治維新以来の日本の政治システムにおいては、巨大な人災が発生しても、真相の究明はなされないまま、誰も責任を取らず、同じことが繰り返されていく。(略)このシステムは、やがて無責任態勢をさらに肥大化させて、太平洋戦争にまで突き進み、滅亡に至った。
 (略)その巨大無責任態勢によって、福島第一原発事故に行き着いたと言えるだろう。

『赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた立憲主義の夢』 関良基 作品社)


イチエフ爆発の後、2012年(平成24年)9月、野田佳彦内閣の下で、従来の「原子力安全・保安院」に代わるものとして「原子力規制委員会」が環境省の外局として誕生した。
初代委員長に就任した田中俊一氏は、日本原子力研究所副理事長、独立行政法人日本原子力研究開発機構特別顧問、社団法人日本原子力学会会長(第28代)、内閣府原子力委員会委員長代理、財団法人高度情報科学技術研究機構会長、内閣官房参与……という経歴を持ち、国の原子力推進政策の中枢を渡り歩いてきた人物だ。
発足時の同委員会の職員は455名で、うち351名が経産省出身者。原子力安全・保安院から横滑りした者も多かった。

2年後、政権は第二次安倍晋三内閣になっていた2014年9月、島崎邦彦・委員長代理と大島賢三委員が退任となり、代わりに田中知(さとる)氏と石渡明氏が委員に任命され、田中知氏は委員長代理に就任した。
田中知氏は、2004年度から2011年度までの8年間に、原子力事業者や関連の団体から760万円超の寄付や報酬を受け取っていたことが就任前から報じられていた
原子力規制委員会発足時、野田政権は「直近3年間に同一の原子力事業者等から、個人として一定額以上の報酬等を受領していた者」は委員に就任できないというガイドラインを定めていて、田中知氏はまさにこれに該当したが、当時の石原伸晃環境相は衆議院環境委員会で、民主党政権時代のガイドラインについては「考慮していない」と答弁。菅義偉官房長官も記者会見で「田中氏は原産協理事としての報酬を受けていなかったので、委員就任の欠格要件には該当しない」と強弁した。

森鴎外「臨時脚気病調査会」委員長就任と同じ構図だ。
その結果がどうなっているかは説明不要だろう。

鴎外の不勉強と開き直り、つまらぬプライドのおかげで陸軍内で数万人の脚気死者が出た時代、この国はその悪しきシステムや慣習を是正できないどころか、ますます増長させ、太平洋戦争へと突入していった。
原発爆発後の日本は、同じ歴史を繰り返そうとしているのではないか。


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日光杉並木街道が「ソーラー街道」に2017/05/22 22:06

このノウサギが跳びはねていた野原はもうない

2017年4月 初めてじっくり見ることができたノウサギ
前回の「ナガミヒナゲシ騒動考」で、
「人間が作ったソーラーパネルが里山エリアの山の斜面や草原を根こそぎ消滅させ、草花だけでなく動物も地域絶滅させていることのほうが外来種がどうのこうのよりはるかに大問題なのだが、それはまた次のトピックで……」と書いて終わったが、ここに続きを書く。

いちばん怖いのは人間だが、さらにやっかいなのは……


先月の13日、日光に引っ越してきて6年目にして初めてノウサギを見た。越後時代にも阿武隈時代にもノウサギというのはほとんど見た記憶がない。一瞬、横切るのを見たとか、その程度ならあったようにも思うが、まじまじと観察できるほど近くで見た記憶はない。
それが、日光で、しかもすぐそばを車が通っているような原っぱで悠々と飛び回っているのを長い時間見ていられたのだから感激した。
その原っぱにはこのところいつ行ってもキジの夫婦がいて、そのときもキジを撮っていた。そうしたら目の前を何か違うものが横切っていったのだ。

もう一度見たいと思って、その後も何度か出かけたが、キジの夫婦は毎回いたが、ノウサギは現れなかった。

で、翌月の5月20日、主に別の目的で出かけたついでに横を通ったのだが、なんと、原っぱ全体が完全に消滅していた。


4月13日にノウサギを見たとき。矢印のところにノウサギ

5月20日、すっかり草むらが消え、重機が作業中



間違いなくメガソーラー建設だろう。すでに周辺の草むらがことごとくつぶされてソーラーパネルだらけになっているので、ここも狙われているのではないかと危惧していた矢先だ。
ここは草むらだけでなく、そこそこの水たまりを含む湿地もあった。そこにはオタマジャクシ(おそらく時期的に見てアカガエル)が泳ぎ、ヤゴなどもたくさんいた。通年、水が完全には抜けず、湿地を保っている場所というのはこのへんにはもうほとんど残っていない。ツチガエルなどがオタマジャクシのまま越冬するためにも必要だし、鳥や野生生物にとっても貴重な水場になっていたはずだ。
それがつぶされてしまったのは本当に痛い。

オタマジャクシやヤゴがいた水たまりも埋められていた



日光に引っ越してきた直後、町内の集まりで「自然環境を……」と口にした途端、「人間は自然を壊して生きているんだからしょうがない」と反論する人がいた。めんどくさいやつが引っ越して来やがった……と警戒の目を向けられたようだ。
俺たちは環境を壊して金を稼ぎ、よりマシな生活を営んできた。これからもそれは続くんだから、きれいごとを言うな……というわけだ。

しかし、こうした犠牲に見合うだけのメリットが人間にあるのか? 太陽光発電バブルはすでにはじけている。中小の業者はあちこちで倒産しているし、大手は最初から「建て逃げ」作戦だから、あと10年もすればあちこちで事業者不在ソーラーパネルが増えるだろう。
20年もすれば、ゴミとなって放置されたソーラー設備の撤去で、各自治体は苦労するに違いない。

すでに我々は高額な「再エネ賦課金」を電気料金に上乗せさせられている。金がかかる発電方式というのは、それだけエネルギーを使っているということだ。太陽光発電パネルを製造する過程で、すでに膨大な電気や資源を使っているからこそ高くつくのだ。それを回収できるだけの発電ができない、見込めないからこそ電気料金や税金を投入して無理をしている。

原資が税金や公共料金だから、そこに生じる利権にたかれば確実に儲かる。人の金で非合理な商売をして儲ける……この構図は原発を推進してきた国策と同じだ。問題が起きても誰も責任をとらないし、負の遺産を押しつけられ、つけを払わされるのは若い世代。これのどこが「クリーン」なのか。
発電にかかっただけ電気料金に上乗せしていいですよという「総括原価方式」をやめれば、必然的に、最も合理的で省エネの発電方法をとらざるをえなくなるから、原発も大型ウィンドタービンも無茶なソーラー発電もなくなり、日本の環境破壊は緩まる。
でも、総括原価方式をやめれば、利権も薄まるから絶対になくならないだろう。

日光杉並木は国の特別天然記念物に指定されているわけだが、その両側はすでにソーラーパネルだらけになっており、杉並木を通っていても杉の間から異質な光景が見える。

ナガミヒナゲシが危険生物だの駆除しろだのなんだのと言っている場合ではない。植物も動物も巻き込んだ大規模環境破壊が猛スピードで進んでいるのだ。すでに大変なダメージを受けているが、今からでもなんとか歯止めをかけないと、気がついたときには取り返しのつかないことになる。いや、すでになっている。

ノウサギとの再会を願って、「兎が原」とでも名づけようかと思っていた草原はもうない。
「兎が原」の横は通学路だが、これから先、子供たちはノウサギやキジではなく、ソーラーパネルに埋め尽くされた土地を横目に見ながら通学することになる。その子たちは「再生可能エネルギー」は増やすべき重要なもので絶対的な「善」だと刷り込まれているから、これは「自然にとっていいもの」だと信じて成長するかもしれない。……やるせない……。

道路(通学路)側から見た光景。もうすぐここに黒いパネルが敷き詰められるはずだ


このままでは日光杉並木は「ソーラー街道」になる

このへんを散歩するたびに、オセロゲームのコマようにソーラーパネルが増えていく。「え? ついこないだ通ったときにはなかったのに……」と呆気にとられるのだが、だんだん麻痺してくるのが怖い
日光杉並木は、日本で唯一、国の特別史跡および特別天然記念物の二重指定を受けているのだが、そのすぐ脇をソーラーパネルで埋めていくことになんの制約もかからないのか? 
今日も重機が稼働中。ここはもうすぐパネルで覆われるだろう



消滅した「ウサギが原」のすぐ横。住宅や農地に隣接してすでに設置されたパネル



例幣使街道。杉の間から見えているのは牧場なのだが……



なにやらパネルを載せるフレームがすでに組み上がっているようだ。ここも牛からソーラーに転換か……



杉並木を挟んで反対側の草地。ここなどもすでに「予約済み」なのかもしれない



その先、日光山内に近づくにつれ、杉並木の間から見えるパネル群は増える



これだけ増えると植生や生態系も影響を受けないわけにはいかない。ただでさえ毎年倒れる杉が増えているのに、大丈夫なのか……



手前が例幣使街道の杉並木。そこに隣接して作られたメガソーラー。道を渡って見ると……↓



こういう規模のものがあっという間に作られている



国も県も市も、何を考えているのか?



ここを通って日光山内や奥日光をめざすハイカーやライダーたちは多いが、こうした風景に迎えられてどんな気分になるだろうか



ソーラーパネルを敷き詰められた側と街道を挟んで反対側。見えているのが杉並木(この向こう側が例幣使街道)。こちら側にもこうした草原があちこちあるが、この調子だとどんどんパネルが敷き詰められ、日光杉並木街道はソーラーパネルに挟まれた「ソーラー街道」になってしまいそうだ



ここも狙われそうだなあ。すでに「予約済み」なのかもしれない……




悩みながらもこんな動画を作ってみた(↑Clickで再生)
↑これを作りながら「プロテストソング」という言葉を思い出した。ずいぶん前に消えた言葉のような気がする。まさか人生の終わりにさしかかってこういうものを作るとは思わなかった

プロテストというよりも、ただただ悲しい、虚しい。

この地でノウサギに再会することは、もう一生ないかもしれない。

   

森水学園第三分校を開設

森水学園第三分校

↑BGMに使った『Uguisu 2017』の全曲はこちらでどうぞ(↑Clickで再生)



タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



「避難賠償」から「移転補償」への転換を2017/03/14 21:08

2014年の避難指示区分けと2017年の区分け

「居住制限」からいきなり「解除」

今年は3.11関連番組がぐっと少なかった気がする。また、中身も薄くなっているように思う。
僕にとっては3.11よりも3.12のほうが重要な日だ。
地震や津波による直接被害はなかったのに、原発が爆発して家を捨てることになった日なのだから。
あのときの日記を読み直しながら、今こうして日光での生活があるのも、すべてはあの日から始まったことなのだなあと思い返す。

2011年の日記を読み返すと、気持ちや状況の変化が正確に分かる。
僕らは原発爆発をテレビで見てすぐに逃げたのに他の村民は残っていた。そして、みんな避難して空っぽになった村に僕らは戻っていき、11月まで生活した。
その間は、人よりも野良猫や残された犬たちとつき合っていた。
結構放射線量が高い村に、なぜわざわざ戻っていったのか……今思えば、ずいぶん無謀だったかもしれないが、同時期、福島市内や郡山市内ではもっと汚染がひどい中、人々はみんな普通に生活していたのだ。
内部被曝の程度も、川内村に戻った僕らよりも郡山市内で暮らしていた人たちのほうがひどかったのではなかろうか。

……さて、政府は今月末に、飯舘村の大部分や富岡町、浪江町の一部「居住制限区域」の指定を外す。
これについて考えてみる。


2017年3月末に白い部分は全部制限なしになる(福島民報記事より)


↑この図を見るとよく分かるが、「居住制限区域」から一足飛びに「制限なし」になる区域がある。
居住制限⇒解除準備⇒解除 ではなく、いきなり居住制限⇒解除 だ。
居住制限を一気に解除する理由は、避難による賠償金を支払わないようにするためだろう。
浪江町の解除区域を見ればよく分かる。解除になる区域は面積ではわずかだが、人口だと83%にものぼる。
(残る「帰還困難区域」の人口は3137人だが、解除区域の人口は1万5327人もいる)
この83%の人たちに支払ってきた一人毎月10万円の「避難による精神的苦痛への賠償金」がなくなれば、国にとっては大きな負担減となる。

飯舘村も同じ。全村民6122人のうち、居住制限区域に住んでいた5097人を一気に片づけてしまおうということだ。避難指示解除準備区域の762人を合わせれば5859人。全村民の96%を補償対象外にできる。

今回の解除区域に住んでいた人たちは合計約3万2000人。10万円×3万2000人は320億円。毎月320億円。年間3840億円。これが消えてくれるだけで、国としてはとても助かるし、同時に「復興が進んでいる」とPRできるのだから一石二鳥だ。

飯舘村では、菅野村長の指揮下、
認定こども園と小中学校を飯舘中敷地内に集約した新学校は30年4月に開校する。村は特色ある授業を導入し、通学者確保を目指す。 (福島民報 2017/03/02
のだそうだ。
数百万個の除染廃棄物のフレコンバッグが積み上げられた村で、どういう「特色ある授業」を導入するというのだろう。子供をフレコンバッグだらけのふるさとに戻せてよかったよかったという親がいるはずもない。

戻っても以前と同じ生活はできない

制限解除はまだいい。自分の家があって、そこに戻る戻らないは個人の決断・意志を尊重すべきだろうから。しかし、「解除」したから戻りなさい、とは絶対にいえないはずだ。
戻らないと決めた人たちの今後をどうサポートしていけるのか、というのがいちばん大きな問題。
どんなに想い出のあるふるさとであっても、先祖代々からの土地であっても、汚されただけでなく、人も含めた環境が変わっている。原発爆発前までそこで暮らしてきたようには暮らせない。
高齢者はまだいい。放射能への恐怖も薄いだろうし、家からあまり遠くまで出歩かなければ、嫌な景色を目にすることもそれほどないかもしれないから。
自分でやれるだけの畑を少し復活させて、以前のような四季折々の風景を見ながら死んでいけるかもしれない。
しかし、働き盛りの世代はそうはいかない。子供がいれば、内部被曝の影響を考えないわけにはいかない。
子供がいなかったとしても、現実には戻って生活を再開することは難しい。同じ土地に戻って同じ家で暮らし始めても、以前とは全然違う生活が待っているからだ。
デリケートな問題なのでどの報道でも触れないが、難しいのは「賠償金なしの生活に戻るための心の切り替え」なのだ。
避難指示が出ていた期間、ずっと出ていた賠償金は大変な金額になっていて、それを拠り所にしてきた生活から以前のように自力で生計を立てる生活に戻っていかなければいけない。
5人家族であれば、精神的賠償金だけで毎月50万円、年間600万円が入ってくる。その状態がずっと続いていけば、生活感覚や人生観、生き様も狂ってくる。どこかでキッパリと決別して「普通の生活」を始めたいと思う人も多いだろう。
そのためにも汚染された土地には戻れない。戻れば仕事がないし、今まで生き甲斐にしてきたのと同じ仕事もできないからだ。
そのことをしっかり理解している人たちは、賠償金を貯めて、新生活への準備を進めてきたと思う。しかし、漫然と使ってしまい、その生活に慣れてしまった人たちもいるだろう。

国は、もっと早い段階で、土地を汚し、そこでの生活を不可能にさせたことへの賠償方法をどうすべきかを真剣に考えるべきだったと思う。除染に使った莫大な金を別の方法で被害者の生活再建サポートに回すべきだったのではないか。

「自主避難」家族への住宅補助も打ち切り

いちばんやりきれない思いをしているのは、賠償金ももらえず、ただただ被害だけを被り、家族離散や生活破綻に直面した人たちだ。
福島県内の避難指示区域以外から県外へ移った「自主避難者」への住宅支援も今月いっぱいで打ち切られる。
それを巡って裁判もあちこちで起こされているが、このことについて、弁護士の井戸謙一氏が重要な指摘をしている。
どの裁判でも大きな争点になっているのが「長期低線量被ばくによる健康被害の有無」である。福島第一原発事故では,被ばくによる確定的影響は生じなかったとされている。しかし,確率的影響については,深刻な対立がある。もし,国や東京電力が主張するように,年100ミリシーベルト以下の被ばくでは確率的影響が生じないのであれば,区域外避難者(避難指示を受けずに自分の判断で避難をした人たち)は,無意味な行動をしたのであって,そのことを理由に,国や東京電力に損害賠償を請求することはできないことになってしまう。
(略)
区域外避難者の損害賠償請求訴訟における争点は,福島原発事故と区域外避難をしたことの間に相当因果関係があるか否かである。長期低線量被ばくのリスクについて確定的な見解は存在しない。他方で,子どもたちの健康を守る営みには迅速な判断が迫られ,科学的見解が確立することを待つ時間はない。そして,子育てはやり直しがきかない。後に判断の誤りに気付いても,取り返しがつかないのである。
そうすると,裁判所が判断するべきことは,「長期低線量被ばくによる健康リスクの有無」ではなく,「長期低線量被ばくによる健康被害の有無や程度について確定的な見解が存在しない状況下において,子どもの健康への悪影響を恐れて区域外避難を選択したことの合理性」であるはずである。
岩波書店「科学」2014年3月号巻頭エッセイ「避難者訴訟の争点」より)

これはその通りだろう。
分からない、はっきりしないなら、少しでも子供の一生にリスクをかけないほうを選ぶのは親として当然のことだ。

「避難賠償」から「移転補償」への転換を

「避難」という言葉は、今は仮の状態であり、「いずれは戻る」という意味合いである。
もはやその発想では生活は取り戻せない人たちが大勢いる。戻らないと決めている人たちには、「避難しているからその分を賠償」ではなく、新たな生活を始めるための「移転補償」という形でサポートすべきだ。そうしないと、いつまで経っても異常な生活が終わらない。
移転補償は避難指示区域の人たちだけでなく、区域外で実際に被害を受けた人たちにも行わなければおかしい。いわき市の北部などは、相当な汚染があったにもかかわらず、市が早々に「避難指示区域から外してくれ」といったために見捨てられた地域になってしまった。
栃木、千葉、茨城、群馬、宮城などにもホットスポット的な汚染地域はあるが、「福島」ではないために、これまた無視されている。

最近「復興」という言葉に嫌悪感を覚えるようになってきた。
被害を受けた地域や人たちに金を回して「元のように」しましょうという意味になっているが、そういう発想がまずダメだ。
復興の名のもとに、被災地に不合理なものを建てたりして東京の企業が儲けているケースが多すぎる。
なぜこんなことになったのか、システムの欠陥や心の歪みの問題をまずは反省し、それを改善する努力をすることから始めなければいつまで経っても事態はいい方向に向かわない。反省どころか開き直って、原発を輸出するだの再稼働だのと言っている政治。それを許す国民の無関心・無責任。
賠償金は我々の税金や電気料金に組み込まれている。つまり、俺たちも金払っているんだからいいじゃん。それ以上何ができるのか……という姿勢で「自分とは関係のない土地の問題」にしてしまう。
そういう形で「元のように」したら、前よりももっとひどい社会になってしまうではないか。
あれだけのことを起こしておいて、なんの反省も改善もなく、以前よりひどい状況を作りだしながらの「復興」なんてありえない。


タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



原発が壊れるのは靴下が片方なくなるのと同じ2016/05/03 13:41

同じ!
フェイスブックで「大笑いした」というネタが⇒これ。「いったいなぜ?靴下の片方だけが行方不明になってしまう謎が科学者によって解き明かされる」
 洗濯をするたびに靴下の片方が行方不明になってしまう。おかげでタンスの中は片方しかない靴下だらけで、新しく買いなおす出費もバカにならない。だが、この人類を苦しめるミステリーがついに解き明かされた。
 ミステリーの解明を行ったのは心理学者サイモン・ムーア博士と統計学者ジェフ・エリス博士……。


ほお~、そうですか。
心理学者と統計学者が本気で研究したわけですね。

 この調査から、イギリスでは1人当たり月平均1.3足の靴下が消失していることが判明。1年なら15足、一生なら1,264足にもなる。 靴下消失による損害は1人当たりの生涯でおよそ40万円(2,528ポンド)、年間3,158億円(20億ポンド)にも達する。


……というわけで、真面目な調査・研究なのだということは分かった。
で、ニヤニヤしながら読んでいたのはこのへんまで。
次の部分を読んで、急に笑っていられなくなった。

なお、靴下消失に関わる4つの心理的要因は以下の通りだ。

1. 責任の分散
 洗濯する者が自分以外の人間に責任を押し付けることから、誰も失くし物について責任を負わない。結局、靴下は見つからなくなってしまう。

2. 視覚的認識(ヒューリスティック)
 ヒューリスティックとは、暗黙のうちに用いる簡易な解法や法則のことをいう。さっと判断できる反面、必ずしも正しいわけではなく、判断結果にバイアスがあることも多い。このバイアスのせいで、例えば靴下やテレビのリモコンなどがいつもの場所にないと、失くしてしまったと思い込んでしまう。
 
3. 確証バイアス
 人は真実であってほしいと思ったことを真実であると思い込む傾向にある。今回の事例でいうなら、人は両方揃っていない靴下が目に入らなければ、それはないと信じ込みがちということだ。

4. 過失、過怠
 様々な事故や謎の背景にはヒューマンエラーがある。例えば、誰かが床に靴下が落ちているのを見たとしても、それを拾って洗濯物カゴや洗濯機の中に入れなかったりすることがある。この場合は過怠だ。あるいは色の濃い洗濯物の中に白い靴下を入れてしまったり、片方だけ適当な場所に置いてしまったりすることがある。これが過失である。


……これって…………。

もうお分かりだと思うが、少しだけ書き直してみた。

1. 責任の分散
 政府、電力会社、規制委員会それぞれが自分以外の人間に責任を押し付けることから、誰も事故や欠陥について責任を負わない。結局、重大事故は必ず起きてしまう。

2. 視覚的認識(ヒューリスティック)
 ヒューリスティックとは、暗黙のうちに用いる簡易な解法や法則のことをいう。さっと判断できる反面、必ずしも正しいわけではなく、判断結果にバイアスがあることも多い。このバイアスのせいで、例えばパッと見ていつも通りの風景だと、これで大丈夫と思い込んでしまう。
 
3. 確証バイアス
 人は真実であってほしいと思ったことを真実であると思い込む傾向にある。事故は絶対に起きないと言い続けていれば、いつか本当に起きないと信じ込むようになる。

4. 過失、過怠
 様々な事故や謎の背景にはヒューマンエラーがある。例えば、作業現場で誰かが床に小さなボルトが一本落ちているのを見たとしても、それを拾って正体を確かめようとしないことがある。この場合は過怠だ。あるいは微妙に寸法の違うボルトをちょっと緩いかもと感じつつ間違った場所に使ってしまったりすることがある。これが過失である。



靴下が片方だけなくなるのも、原発から放射性物質が漏れ出すのも、人間のやることであるから必ず起きる。原発が絶対に安全だと主張する人は、靴下はなくならない、靴下紛失事故は必ず防げる、と言っているのと同じことだ。

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新電力業者の選び方&再エネ賦課金制度の悪夢2016/03/24 11:22

いい機会だから、「電気ご使用量のお知らせ」をよく見てみよう
いよいよ4月から電力自由化で、10電力会社以外の業者からも電気を買うことができる。
3月末までに契約すると割引きやキャッシュバックがある業者も多いので、そろそろ決め時なのだが、なんだかスッキリしない。
テレビCMをしている業者も、雰囲気でワイワイやっているだけ。中にはWEBサイトを見ても、肝心の料金設定表が3月半ばになってもまだのせていなかったりするひどいところもあった。
実は、この料金比較がとても複雑で、多くの人はしっかり計算できずに、なんとなく選んでしまうのではないかと思う。

新電力業者の料金比較例(40A契約の場合)

業者基本料金(円)~120kWh~300kWh301kWh~300kWh500kWh600kWh
東電1123.219.4325.9129.9381181410417097
エネオス1123.220.7623.2625.7578011295015526
ミツウロコ129620.2422.826.3178281309015721
東燃たっぷり1123.219.5226.024.6281451306915531
東燃まとめて4001123.2(400kWhまで定額8874円。400kWh~ 28.82円)99971287915761
エネワン108019.5226.0026.4281021338616028

単位は円。~120kWhなどは1kwhあたりの料金。300kwhなどは合計額。再エネ賦課金や燃料費調整額はどの業者も同額なので除外している

上の表は東京電力管内で40A契約をしている場合の比較例。
これを見るとまず分かることは、電気使用量が(極端に)少ない家庭(単身赴任でほとんど夜寝に戻るだけで月に100kWhくらいしか使わないようなケース)では、従来の東電との契約を続けたほうが安いということだ。
つまり、新電力業者に乗り換えたほうがいいのは、ある程度(普通に?)電気を使っている場合に限る。
それも、月に300kWhくらい使う場合、500kWhくらいの場合、800kWhとか1000kWhとかガンガン使っている場合で違ってくる。
東電の一般的な契約(従量電灯B)では、120kWhまで、300kWhまで、それ以上、の3段階で1kWhあたりの料金が違う。普通に考えればいっぱい使ったほうが割り引かれるような気がするが、電気料金は逆に使えば使うほど単価が高くなるという料金制度になっている。
東電の従量電灯Bの場合、120kWhまでの料金は19.43円/kWhだが、300kWhを超えると29.93円と、ぐ~んと割高になる。
必要最低限の電気しか使っていない家庭には安く設定するということなのだろう。税金と同じ発想で、それはそれでいい。

で、新電力業者もそれに倣って3段階に分けていることが多いのだが、中にはさらに600kWh以上という区分を作って4段階にしたり、400kWhや500kWhまでは定額で、それを超えた分に加算するという契約を設定しているところもある(東燃ゼネラルの「まとめて400」「まとめて500」)。

それだけでもややこしいのだが、夏場と冬場では使用量が大きく違うという家庭もあるだろうし、平均値を出して計算してもなかなか「ここがいちばんいい」というのを見つけるのが難しい。
上の例でいえば、毎月400kWh前後で月によってばらつきがないという家庭なら、東燃の「まとめて400」がいちばん安い。
その契約で500kWh使ってしまった月があったとしても、やはりいちばん安い。しかし、300kwhしか使わなかったり、600kWh使ってしまった月があると、今度はエネオスでんきのほうが安い。
料金シミュレーションができるサイトがあるが、あるひと月の金額や1年の平均値だけでシミュレーションしても、確実にいちばん安くなる業者が分かるわけではない。毎月のバラツキがあるかないか、最低の月と最高の月の差がどれくらいあるかなども考慮に入れたほうがいい。

そんなことよりこれに腹を立てよう! 再エネ賦課金


いつのまにかこんなに膨れあがっている再エネ賦課金

新電力業者に切り替えて料金を下げられるのは、一般的な家庭ならせいぜい月に数百円がいいところだろう。その数百円も、年にすれば1万円を超えることだってあるから、庶民は真剣に業者選びをするわけだが、そんなことよりもっと注目してほしいのは、知らないうちに再エネ賦課金がとんでもない金額に膨れあがって我々の電気料金にのせられていることだ(上図)。
上のケースは相当安い(ほとんど電気を使っていない)請求書だと思うが、総額3584円のうち6%に相当する221円が加算されているのだ。
633kWh使ったら1000円を超える。
633kwhを超えると再エネ賦課金は1000円を超える!
↑40A契約で633kwhを超えるようなケースでは、再エネ賦課金も1000円を超えてしまう

これは太陽光、風力、地熱、水力、バイオマスの発電で作った電気を高い固定価格で買い取るためのものだ。国が定めている。
これらの発電方法は自由競争にしたら火力発電などに負けてしまうため、国がてこ入れして高く買い取ることを保証しますよ、その分は電気料金に上乗せしていいですよ、という法律だ。
「再生可能エネルギー」というが、どんな発電方式も石油がなければ不可能になる。
例えば、太陽光発電に使うパネルはシリコンが一般的な材料だが、薄く散らばるケイ素を集めて精製し、最終的に発電パネルを作るまでに大変なエネルギーを使っている。原材料を集めるのもそれを精製するのも、石油がなかったらできない。
エネルギー事業はエネルギーと資源を使ってエネルギーを作りだす事業だ。100のエネルギーを作りだすために120のエネルギーを使うようなことになったら馬鹿げているし採算が合わないからやらないわけだが、そこに高額の税金を投入して優遇措置をとれば、本来成立しない事業が逆に儲かってしまうこともある。
そういう狂った事態にならないよう、政府は汚染や危険性、環境への負荷や悪影響をしっかり監視した上で(これが非常に重要)基本的に自由競争にさせればよい。極端な優遇措置がなく、全部事業者負担で発電しなければならないとすれば、事業者は最も合理的で安全、安定した発電方法を選ぶ
しかし、そこに税金を投入したり、電気料金にどんどん余計なコストを上乗せしてよいという法律を作るから、原発のようなものがまかり通り、巨大な利権構造を作り上げてしまう。一度作られた利権構造は、それを失うまいとする勢力が必死で維持しようとするから、どんどんひどい方向に進み、元に戻れなくなる。核燃サイクルなどはその最たるものだ。

「高い電気」というのは、他の発電方法よりも余計にエネルギーを使うから、効率が悪くて無駄が多いから、高価な資源(レアメタルなど)を使うから高くなる。自由競争にしたら負けてしまうからと、無理矢理高く買い取って優遇すれば、エネルギーを無駄に使うことになる。
おかげで狭い日本のあちこちに巨大風車やメガソーラーができて、山は切り拓かれ、農地は減り、土壌が弱る。巨大風車の低周波で身体を壊して苦しむ人が増え、日光が届かない土地が増えて生物層も弱体化し、数十年後には処理困難な粗大ゴミがあふれることになる。
「原発に反対だから、高くてもクリーンな発電方法をしている業者から電気を買う」などと言っている能天気な人たちがいっぱいいるが、それは原発を無理矢理押し進めてきた間違った国策と同じことを応援しているのだと気づくべきだ。
ちなみに再エネ賦課金は現在1kwあたり1.58円である。これは段階制ではなく一律なので、電気を節約している家庭にほど比率は高くのしかかっている。

再エネ賦課金制度、特に風力と太陽光の優遇はとんでもない利権であり、国土・自然環境の破壊を意味する。原発でさんざん利権をむさぼってきた企業や、それを支えてきた官僚・政治家たちが、新たな利権の巣として再エネに群がっている図を見抜いてほしい。
再エネ賦課金制度や総括原価方式を廃止すれば、原発はなくなり、電力業者は真剣に日本にいちばん向いている合理的な発電方法を追求する
再エネと呼ばれている発電方法で日本に向いているのは地熱と小水力(流水型)だろうが、それも基本的には自由競争のもとでやっていくべきだ。
実際問題、流水型小水力などは買い取り価格が低く抑えられているので、なんの優遇にもなっていない。
技術開発や研究に援助することは必要だが、現段階で高くついている電気を優遇して高く買い取るのは、原発政策と同じで大きな間違いだ。

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「フクシマ」と福島2016/03/20 22:04

2011年5月10日。立ち入り禁止地区への制限付き「一時帰宅」に同行する記者団

「フクシマ」をカタカナでしか知らない人たちへのメッセージ

映画『Threshold: Whispers of Fukushima』の上映会がアメリカ・ミネソタ州の大学で開催されるにあたり、映画の中にも登場する僕に、何かメッセージを書いてほしいという依頼があった。
少し前に日本語で書いたものを渡した。英訳されて使われるはずだが、そのときの元原稿をここにも残しておこうと思う。


 2011年3月に福島県にある4基の原子力発電プラントが壊れて大量の放射性物質をばらまくという事件から5年が経ちました。
 「フクシマ」はヒロシマ、ナガサキと並んで、世界的に有名な地名になりました。今、みなさんは「フクシマ」という地名に対してどんなイメージを持っているでしょうか。
 悲劇の原発事故が起きた場所、放射性物質で汚染され、人が住めなくなった土地……おそらくそうした類のものだと思います。
 それは基本的には間違っていませんが、現実のごくごく一部にすぎません。
 せっかくの機会ですから、もう少しだけ想像を広げてみてください。そのためのヒントをいくつかあげてみます。


1)福島は広い
 チェルノブイリのときもそうでしたが、壊れた原子炉から流れ出した放射性物質によって汚染された地域というのは、現場からの距離よりも、そのときの天候(風向き、雨や雪が降ったかどうか)によって決定づけられました。チェルノブイリのときに、遠く離れた北欧やドイツ南部などがかなり汚染されたように、「フクシマ」でも、汚染された場所は広範囲に点在しています。
 福島県は日本の本州で2番目に広い県です。福島県内でも会津と呼ばれる西側のエリアはほとんど汚染されませんでしたし、一方では福島県以外のエリアでも深刻な汚染を受けた場所がいろいろあります。それらの地域の人たちは「福島県外」であるということで、十分な補償を受けることもできないという理不尽な状況も生まれました。
 福島県内、とくに都市部では、多額の賠償金をもらった一部の避難者と、十分な賠償を受けていない県民との間で深刻な軋轢が生まれています。
 汚染状況や賠償の格差などはとても複雑な問題であり、簡単に「フクシマ」という一言でくくれないということをまず理解してください。
 

2)とにかくこれからも生きていかなければならない
 福島にはもう住めない、それなのに子供と一緒に住んでいる親は無責任だとか、危険なのに安全だと言って無理矢理住民を帰そうとしているといった批判が渦巻いています。これも、一部は正しいのですが、福島県内で今も暮らしている多くの人たちは、迷惑この上ないと感じています。
 放射性物質がばらまかれたのですから、それ以前よりも危険が増したことは間違いありません。しかし、人が生きていく上で、危険や困難はたくさんあります。うっすら汚染された場所で生活を続けていく危険より、家族がバラバラになったり、収入が途絶えたり、生き甲斐をなくしたりすることによる危険、あるいは不幸になる度合や加速度のほうがはるかに大きいと判断することは間違いではありません。人はそれぞれの状況において、複雑な要素を比較した上で、取り得る最良の選択をしていくしかないのです。事情も条件もさまざまですから、一概に「それは間違っている」「正気じゃない」などと非難することはできません。
 そう非難する人たちの中には、あのとき風向き次第では東京が壊滅していたかもしれないということを想像できず、無意識のうちに、自分たちは安全地帯にいるインテリ層だと勘違いをしている人も少なくありません。
 自分たちがそうなっていたときにどんな選択肢が残されているか、まずはそこから考えてみるべきでしょう。

 私は原発が爆発するシーンを見てすぐに逃げましたが、1か月後には自宅周辺の汚染状況を把握できたので、敢えて全村避難している村に戻って生活を再開しました。その後、やはり村を出て移住したのは、放射能汚染が理由ではなく、村の人々の心や生活環境がそれまでとは変わって(変えられて)しまい、私がこれ以上村に残っていても、地域のためにも自分のためにも、もう意味のあることができないだろうと判断したからです。その決断をするに至った背景はあまりにも複雑で、とても簡単には説明できません。
 

3)「フクシマ」は人間社会の構造的、精神的問題
 壊れた原発内で放射線測定をする仕事を続けている20代の青年と話をする機会がありました。彼は使命感でその仕事をしているわけではなく、嫌だけれど他に仕事がないから辞められないだけだと言っていました。
 いちばんの望みは、被曝線量が限度になると他の原発でも働けなくなるので、そうなる前に他の原発に異動できることだそうです。
 いちばんショックだったのは「この村に生まれた以上、原発で働くしかない。そうした運命は変えようがない。仕方がない」という言葉でした。
 まだ20代の若さでありながら、転職する気力もなければ、ましてや起業して自立するなどというのは「無理に決まっている」というのです。
 おそらく、子供の頃は彼にも将来の夢があったでしょう。それがなぜそうなってしまったのか。大人になるにつれ「仕方がない」「これが運命だ」と諦めて、自分からは何もしなくなってしまう。人をそうさせてしまう風土や社会の空気、仕組み(システム)こそが、「フクシマ」が抱える最大の問題です。

 「フクシマ」後初めての福島県知事選挙では、県民の半数以上が投票に行きませんでした。圧倒的多数で当選した県知事は、原発を誘致・推進してきた前知事の政策を継承すると言った元官僚で、与党ばかりか野党もみんな相乗りして支持していました。
 地方が過疎化して、老人ばかりになる。残った人や自治体が苦し紛れに豊かな自然環境を金に換えてしまうために、森が消え、水や空気が汚染される。不合理なことに税金が使われ、その金に人びとが群がり、さらに問題が悪化する。……そうしたことは日本中、世界中で起きていることです。福島でも同じです。原発が壊れる前からありました。その背景にある問題は「フクシマ」を引き起こした問題と同じです。
 そのことを深く考えないまま、核問題やエネルギー問題、経済問題を論じようとしても、正しい答えは得られないと思います。

 「フクシマ」は決して「特別な問題」「特別な場所」ではありません。「不幸な事故」という認識も間違いです。政治や経済といった社会システムの欠陥、人の心の弱点が生み出したひとつの結果です。
 この地球に生まれ、死んでいく私たちすべてが内にも外にも抱えている共通問題なのだ、ということを、私は「フクシマ」の現場にいたひとりとして、はっきりと証言いたします。

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「フクシマ」を3.11に埋没させないために2016/03/11 19:37

中継をやめさせようとする関電職員と素直に応じる代表取材局のNHK

最大の危険要因は「人間」

関西電力広報担当職員 「いったんこれで今日終わりにします。今日ね、もう、並列(送電開始)なし。は~い。(横の誰かに向かって)タービンうまく並列できへんかった? (記者に向き直って)ちゃんとまた説明しますんで」
代表取材の記者(NHK?) 「はい。分かりました~ぁ」
広報担当 「いったんちょっと終わって、帰りましょうか」
取材記者 「はい」

2016年2月29日。
関西電力は、高浜原子力発電所4号機が送電を開始する瞬間をテレビでPRするために、中央制御室にテレビ代表取材のカメラを入れていた。
そのカメラの前で、職員が送電開始のスイッチを入れた途端にけたたましく警報音が鳴り響き、原子炉が緊急自動停止した。
↑上のやりとりは、同日夜の「報道ステーション」(テレビ朝日)で流れた映像の一部をそっくりそのまま文字起こししたものだ。
元北海道新聞社編集委員の上出義樹氏が関電に電話で確認したところ、代表取材で入っていたテレビ局はNHKだという。ということは、この間延びしたような返事をしているのはNHKの記者なのだろう。

このときの様子は近くの会場に集まっていた報道関係者たちに中継されていたが、そこにいた中日新聞の記者は以下のような記事を書いている
 「投入」。29日午後2時1分26秒、高浜原発4号機近くの関西電力原子力研修センター(福井県高浜町)で、報道関係者向けに中央制御室を映した中継映像から声が聞こえた。発送電を行うため、スイッチをひねって電気を流した合図。その直後から「ファー」という音が断続的に鳴り続けた。
 センターで報道陣に作業内容の説明をしていた関電社員は当初、「異常がなくても鳴る警報もあります」と説明。画面の向こうの作業員らも慌てている様子はなかった。
 しかし警報音は鳴りやまない。異変を感じたのは数分後。映像を前に、関電社員二人が耳打ちしながら指をさし始めた。その先には、上部の警報盤に赤く点滅するボタンがあった。
 「トリップ(緊急停止)したようです」「制御棒が落ちて、原子炉が停止しました」と社員は動揺した様子で話した。トラブルの発生に、センター内の空気が一気に張り詰めた。間もなく関電は中継映像を遮断。詳しい説明を求める報道陣に対し、社員は「確認する」と、慌ただしくその場を離れた。
 (2016年3月1日 中日新聞 米田怜央


関西電力社員が「異常がなくても鳴る」と咄嗟にでまかせ説明をしたという部分で、すぐに思い浮かべたのは、2011年3月12日、福島第一原発1号機が爆発したときに、日本テレビのスタジオにいた東京工業大学原子炉工学研究所・有冨正憲教授とアナウンサーとのやりとりだ。
そのときの録画映像を見ながら、一字一句正確に文字起こししてみた↓
有冨教授 「緊急を要したんだろうと思いますが、爆破弁というものを使って、あたかも先ほどの絵じゃありませんが、全体にこう、なんといいますか、あの~、ちょっと、出るような形で……蒸気が、充満するような形で、出てきました」
アナウンサー 「あれは蒸気ですか?」
有冨 「蒸気だと思います。ちょうど爆破されたような形で、あの~、蒸気が……蒸気だと思いますが、出てきましたねえ」
アナ 「これ、あの、我々が見ると本当に心配するんですが、その爆破弁というものを使って蒸気を『出した』……という……」
有冨 「はい」
アナ 「意図的なものだと考えて……」
有冨 「はい。意図的なものだと思います」

このブラックコメディのようなシーンを覚えているだろうか?
よく分かってもいないことに対して平然と無茶苦茶な説明をする「専門家」たち。
そして、それを検証できず、ツッコミもせずにそのまま流してしまう、あるいは隠してしまうマスメディア。
同じことを5年経った今もやっている。何の反省もなく、当時よりも倫理観や責任感がゆるゆるに欠如した状態で。
「原発爆発の日」である3.12が5年目を迎えたのを機に、私たちはこれをしっかり思い起こし、反省しなければいけない。

巨大地震だの津波がまたやってくる可能性がどうのとかいっている前に、最大の危険要因は人間の愚かさだということを認識するべきだ。
チェルノブイリは天災が引き金ではなく、作業員のアホなミスやそれを起こさせた緩すぎる運営体制が原因だった。
今の日本を見ていると、チェルノブイリを起こした作業員たちより現場やトップが優れているだなんて、到底信じられない。
巨大地震や津波が襲ってこなくても、テロ攻撃されなくても、原発を動かしている、動かせている、それを許している、待ち望んでいる人たちがアホなのだから、「アホ」が原因の過酷事故は必ずまた起きる。
いや、アホが原因の事故というよりは、現代社会における原子力そのものが、アホと狂気のハイブリッドシステムというべきだ。

フェイスブックでこんなことを書いている人がいた。
普通のマンションでも40年で建て替えするのに、こんな50年前の時代遅れシステムを世界一安全という感覚自体が狂っている。政府や電力会社だけでなく、再稼働容認した自治体、住民は、万一の事故時には、被害補償放棄のみならず、他地区住民への賠償責任を負う、と法制化すべきだろう。

そう、まさにこの認識こそが重要なのだ。

「フクシマ」はいわば「裏切られた」「騙された」経験だから、原発立地の住民にも賠償するのは当然だと思うが、「フクシマ」を経験した今はもう違う。
「絶対安全」は嘘だった、ひどい運営状態だったことが分かっている。
今なお、「送電開始!」──警報音ファオンファオン……というお粗末を続けているこの国で、それでも原発政策を進めてほしいという人たちは、将来は自らが賠償責任を負う覚悟でそういいなさいね。

……と、これを書いている今は2016年3月11日。
テレビは「あれから5年」的な番組で一日中埋まるのかと思ったら、全然そうでもなくて、相変わらずご当地グルメだの野球賭博だのといった話題に時間を割いていたりする。まさに「5年間の劣化」だ。

せめて、「フクシマ」を地震や津波の被害と一緒くたに語るのはもうやめよう。
1F(いちえふ)が壊れたのは津波のせい「だけ」ではない。地震の揺れでパイプがあちこち寸断され、水が漏れたし、なによりも必要最低限の対策すら怠っていたための電源喪失だった。地震や津波は天災だが、「フクシマ」は完全な人災。 3.11というくくりで地震・津波被災と「フクシマ」問題を一緒くたに扱うことで、「フクシマ」問題の本質がどんどんごまかされてしまう。
よって、「フクシマ」がなぜ起きたのかを反省する日は3.12「原発爆発デー」とでもして、別問題として思いを新たにしたらどうだろう。

で、狂気の政策を続ける政治を容認している国民ひとりひとりも、程度の差こそあれ、このシステムを作り上げてしまった共犯者なのだという自覚を持つ。
まあ、実際には、我々はすでに「フクシマ」の後始末で、少なくとも十数兆円の「賠償」をしている。税金と電気料金という形で。
この「賠償」はこれからもずっと続けなければならない。
そのこともしっかり認識する日が、3.12。
……3.11とは違った恐怖と悲しみに包まれる……。

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「いるだけ支援」のアニメを見て考えた2016/02/17 22:54

アニメ「いるだけなんだけど」より

「道を造りましたから通ってください」ではなく……


福島県が、『みらいへの手紙~この道の途中から~』というアニメーション動画を作って公開した。

一応全部見てみた。
8つ目の「いるだけなんだけど」がいちばん印象に残った。
(↑脚本・浅尾芳宣、演出・CGアニメ・佐藤貴雄)

このアニメーション制作にしても税金で作っているわけだが、いろんなプロジェクトが「支援」ていうことにしておかないと認められないようなところがある。
ちょっと調べてみると、この「いるだけ支援」というのは福島大学災害支援ボランティアセンターが企画したものらしい。

アニメでは、本当に「いるだけ」みたいな感じで、なんかいいなあ、と思ったのだが、実際にはどうなっているのか分からない。
まずは自分の名前を覚えてもらえるように大きく書かれた名前カードを首にかけて挨拶まわりを実施。後は普段通りに生活を送っていきます。
ここから大学に通い、アルバイトにも出かけていきます。
時間が空けば、庭先で日向ぼっこしながらおじいちゃんおばあちゃんと世間話にはなをさかせ、草が抜けないと聞けば代わりに草むしりに精を出す。頼まれたら快く引き受けます。
その姿は孫に近いものに見えました。
Spotlight の記事より)

……なんていうリポートを読むと、なんだ、「いるだけ」じゃないじゃないの。相当大変なんじゃないの? と思ったりもする。

アニメから感じたことは、必要なのは「支援」じゃなくて「開放」だということ。
とりあえず「開放」して、後は放っておくだけでもいいんじゃないか、と。

仮設住宅に空き家がいっぱいあるから、とりあえず学生に「ここに入ってきてもいいよ」と「開放」する。
お金のない学生が、アパートより家賃が安いならいいかな……というノリでやって来る。
ノルマはなんにもない。
無理にイベントやったり、笑顔を作って話しかけたりする必要はない。普通に生活をするだけでいい。
積極的には何もしなくても、コミュニティに変化が生まれる(かもしれない)。
アニメの中で描かれているのはそんな情景だった。
そういうやつならいいんじゃないかなあ、と思ったのだが、実際にはお上からの許可を得るために、いろいろな名目やらなにやらを上奏しなければいけないのだろう。(結構大変だったと思う)

しかし、この「いるだけ」というフレーズは、とかく勘違いや余計なお節介ばかりになる公的「支援」策に一石を投じる可能性を秘めている気がする。

要するに、目的は村だの町だのじゃなくて、個人なのだ。
いろんな状況、立場、考え方の個人が、相対的に見て、より幸せになっていくようなシステム再構築。
映画『Threshold:Whispers of Fukushima』の中でマサイさんが言っていた言葉。

「ここに道を造りましたから通ってください、じゃなくて、一人二人とそこを通って行く人がいて、気づいたら自然に道ができていた──そういうのが好き」

……これ、すごく大切なことなんだよね。


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