「避難賠償」から「移転補償」への転換を2017/03/14 21:08

2014年の避難指示区分けと2017年の区分け

「居住制限」からいきなり「解除」

今年は3.11関連番組がぐっと少なかった気がする。また、中身も薄くなっているように思う。
僕にとっては3.11よりも3.12のほうが重要な日だ。
地震や津波による直接被害はなかったのに、原発が爆発して家を捨てることになった日なのだから。
あのときの日記を読み直しながら、今こうして日光での生活があるのも、すべてはあの日から始まったことなのだなあと思い返す。

2011年の日記を読み返すと、気持ちや状況の変化が正確に分かる。
僕らは原発爆発をテレビで見てすぐに逃げたのに他の村民は残っていた。そして、みんな避難して空っぽになった村に僕らは戻っていき、11月まで生活した。
その間は、人よりも野良猫や残された犬たちとつき合っていた。
結構放射線量が高い村に、なぜわざわざ戻っていったのか……今思えば、ずいぶん無謀だったかもしれないが、同時期、福島市内や郡山市内ではもっと汚染がひどい中、人々はみんな普通に生活していたのだ。
内部被曝の程度も、川内村に戻った僕らよりも郡山市内で暮らしていた人たちのほうがひどかったのではなかろうか。

……さて、政府は今月末に、飯舘村の大部分や富岡町、浪江町の一部「居住制限区域」の指定を外す。
これについて考えてみる。


2017年3月末に白い部分は全部制限なしになる(福島民報記事より)


↑この図を見るとよく分かるが、「居住制限区域」から一足飛びに「制限なし」になる区域がある。
居住制限⇒解除準備⇒解除 ではなく、いきなり居住制限⇒解除 だ。
居住制限を一気に解除する理由は、避難による賠償金を支払わないようにするためだろう。
浪江町の解除区域を見ればよく分かる。解除になる区域は面積ではわずかだが、人口だと83%にものぼる。
(残る「帰還困難区域」の人口は3137人だが、解除区域の人口は1万5327人もいる)
この83%の人たちに支払ってきた一人毎月10万円の「避難による精神的苦痛への賠償金」がなくなれば、国にとっては大きな負担減となる。

飯舘村も同じ。全村民6122人のうち、居住制限区域に住んでいた5097人を一気に片づけてしまおうということだ。避難指示解除準備区域の762人を合わせれば5859人。全村民の96%を補償対象外にできる。

今回の解除区域に住んでいた人たちは合計約3万2000人。10万円×3万2000人は320億円。毎月320億円。年間3840億円。これが消えてくれるだけで、国としてはとても助かるし、同時に「復興が進んでいる」とPRできるのだから一石二鳥だ。

飯舘村では、菅野村長の指揮下、
認定こども園と小中学校を飯舘中敷地内に集約した新学校は30年4月に開校する。村は特色ある授業を導入し、通学者確保を目指す。 (福島民報 2017/03/02
のだそうだ。
数百万個の除染廃棄物のフレコンバッグが積み上げられた村で、どういう「特色ある授業」を導入するというのだろう。子供をフレコンバッグだらけのふるさとに戻せてよかったよかったという親がいるはずもない。

戻っても以前と同じ生活はできない

制限解除はまだいい。自分の家があって、そこに戻る戻らないは個人の決断・意志を尊重すべきだろうから。しかし、「解除」したから戻りなさい、とは絶対にいえないはずだ。
戻らないと決めた人たちの今後をどうサポートしていけるのか、というのがいちばん大きな問題。
どんなに想い出のあるふるさとであっても、先祖代々からの土地であっても、汚されただけでなく、人も含めた環境が変わっている。原発爆発前までそこで暮らしてきたようには暮らせない。
高齢者はまだいい。放射能への恐怖も薄いだろうし、家からあまり遠くまで出歩かなければ、嫌な景色を目にすることもそれほどないかもしれないから。
自分でやれるだけの畑を少し復活させて、以前のような四季折々の風景を見ながら死んでいけるかもしれない。
しかし、働き盛りの世代はそうはいかない。子供がいれば、内部被曝の影響を考えないわけにはいかない。
子供がいなかったとしても、現実には戻って生活を再開することは難しい。同じ土地に戻って同じ家で暮らし始めても、以前とは全然違う生活が待っているからだ。
デリケートな問題なのでどの報道でも触れないが、難しいのは「賠償金なしの生活に戻るための心の切り替え」なのだ。
避難指示が出ていた期間、ずっと出ていた賠償金は大変な金額になっていて、それを拠り所にしてきた生活から以前のように自力で生計を立てる生活に戻っていかなければいけない。
5人家族であれば、精神的賠償金だけで毎月50万円、年間600万円が入ってくる。その状態がずっと続いていけば、生活感覚や人生観、生き様も狂ってくる。どこかでキッパリと決別して「普通の生活」を始めたいと思う人も多いだろう。
そのためにも汚染された土地には戻れない。戻れば仕事がないし、今まで生き甲斐にしてきたのと同じ仕事もできないからだ。
そのことをしっかり理解している人たちは、賠償金を貯めて、新生活への準備を進めてきたと思う。しかし、漫然と使ってしまい、その生活に慣れてしまった人たちもいるだろう。

国は、もっと早い段階で、土地を汚し、そこでの生活を不可能にさせたことへの賠償方法をどうすべきかを真剣に考えるべきだったと思う。除染に使った莫大な金を別の方法で被害者の生活再建サポートに回すべきだったのではないか。

「自主避難」家族への住宅補助も打ち切り

いちばんやりきれない思いをしているのは、賠償金ももらえず、ただただ被害だけを被り、家族離散や生活破綻に直面した人たちだ。
福島県内の避難指示区域以外から県外へ移った「自主避難者」への住宅支援も今月いっぱいで打ち切られる。
それを巡って裁判もあちこちで起こされているが、このことについて、弁護士の井戸謙一氏が重要な指摘をしている。
どの裁判でも大きな争点になっているのが「長期低線量被ばくによる健康被害の有無」である。福島第一原発事故では,被ばくによる確定的影響は生じなかったとされている。しかし,確率的影響については,深刻な対立がある。もし,国や東京電力が主張するように,年100ミリシーベルト以下の被ばくでは確率的影響が生じないのであれば,区域外避難者(避難指示を受けずに自分の判断で避難をした人たち)は,無意味な行動をしたのであって,そのことを理由に,国や東京電力に損害賠償を請求することはできないことになってしまう。
(略)
区域外避難者の損害賠償請求訴訟における争点は,福島原発事故と区域外避難をしたことの間に相当因果関係があるか否かである。長期低線量被ばくのリスクについて確定的な見解は存在しない。他方で,子どもたちの健康を守る営みには迅速な判断が迫られ,科学的見解が確立することを待つ時間はない。そして,子育てはやり直しがきかない。後に判断の誤りに気付いても,取り返しがつかないのである。
そうすると,裁判所が判断するべきことは,「長期低線量被ばくによる健康リスクの有無」ではなく,「長期低線量被ばくによる健康被害の有無や程度について確定的な見解が存在しない状況下において,子どもの健康への悪影響を恐れて区域外避難を選択したことの合理性」であるはずである。
岩波書店「科学」2014年3月号巻頭エッセイ「避難者訴訟の争点」より)

これはその通りだろう。
分からない、はっきりしないなら、少しでも子供の一生にリスクをかけないほうを選ぶのは親として当然のことだ。

「避難賠償」から「移転補償」への転換を

「避難」という言葉は、今は仮の状態であり、「いずれは戻る」という意味合いである。
もはやその発想では生活は取り戻せない人たちが大勢いる。戻らないと決めている人たちには、「避難しているからその分を賠償」ではなく、新たな生活を始めるための「移転補償」という形でサポートすべきだ。そうしないと、いつまで経っても異常な生活が終わらない。
移転補償は避難指示区域の人たちだけでなく、区域外で実際に被害を受けた人たちにも行わなければおかしい。いわき市の北部などは、相当な汚染があったにもかかわらず、市が早々に「避難指示区域から外してくれ」といったために見捨てられた地域になってしまった。
栃木、千葉、茨城、群馬、宮城などにもホットスポット的な汚染地域はあるが、「福島」ではないために、これまた無視されている。

最近「復興」という言葉に嫌悪感を覚えるようになってきた。
被害を受けた地域や人たちに金を回して「元のように」しましょうという意味になっているが、そういう発想がまずダメだ。
復興の名のもとに、被災地に不合理なものを建てたりして東京の企業が儲けているケースが多すぎる。
なぜこんなことになったのか、システムの欠陥や心の歪みの問題をまずは反省し、それを改善する努力をすることから始めなければいつまで経っても事態はいい方向に向かわない。反省どころか開き直って、原発を輸出するだの再稼働だのと言っている政治。それを許す国民の無関心・無責任。
賠償金は我々の税金や電気料金に組み込まれている。つまり、俺たちも金払っているんだからいいじゃん。それ以上何ができるのか……という姿勢で「自分とは関係のない土地の問題」にしてしまう。
そういう形で「元のように」したら、前よりももっとひどい社会になってしまうではないか。
あれだけのことを起こしておいて、なんの反省も改善もなく、以前よりひどい状況を作りだしながらの「復興」なんてありえない。


タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



『阿武隈梁山泊外伝』デジタル版を出版2016/09/27 01:32

阿武隈梁山泊外伝 


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「フクシマ」と福島2016/03/20 22:04

2011年5月10日。立ち入り禁止地区への制限付き「一時帰宅」に同行する記者団

「フクシマ」をカタカナでしか知らない人たちへのメッセージ

映画『Threshold: Whispers of Fukushima』の上映会がアメリカ・ミネソタ州の大学で開催されるにあたり、映画の中にも登場する僕に、何かメッセージを書いてほしいという依頼があった。
少し前に日本語で書いたものを渡した。英訳されて使われるはずだが、そのときの元原稿をここにも残しておこうと思う。


 2011年3月に福島県にある4基の原子力発電プラントが壊れて大量の放射性物質をばらまくという事件から5年が経ちました。
 「フクシマ」はヒロシマ、ナガサキと並んで、世界的に有名な地名になりました。今、みなさんは「フクシマ」という地名に対してどんなイメージを持っているでしょうか。
 悲劇の原発事故が起きた場所、放射性物質で汚染され、人が住めなくなった土地……おそらくそうした類のものだと思います。
 それは基本的には間違っていませんが、現実のごくごく一部にすぎません。
 せっかくの機会ですから、もう少しだけ想像を広げてみてください。そのためのヒントをいくつかあげてみます。


1)福島は広い
 チェルノブイリのときもそうでしたが、壊れた原子炉から流れ出した放射性物質によって汚染された地域というのは、現場からの距離よりも、そのときの天候(風向き、雨や雪が降ったかどうか)によって決定づけられました。チェルノブイリのときに、遠く離れた北欧やドイツ南部などがかなり汚染されたように、「フクシマ」でも、汚染された場所は広範囲に点在しています。
 福島県は日本の本州で2番目に広い県です。福島県内でも会津と呼ばれる西側のエリアはほとんど汚染されませんでしたし、一方では福島県以外のエリアでも深刻な汚染を受けた場所がいろいろあります。それらの地域の人たちは「福島県外」であるということで、十分な補償を受けることもできないという理不尽な状況も生まれました。
 福島県内、とくに都市部では、多額の賠償金をもらった一部の避難者と、十分な賠償を受けていない県民との間で深刻な軋轢が生まれています。
 汚染状況や賠償の格差などはとても複雑な問題であり、簡単に「フクシマ」という一言でくくれないということをまず理解してください。
 

2)とにかくこれからも生きていかなければならない
 福島にはもう住めない、それなのに子供と一緒に住んでいる親は無責任だとか、危険なのに安全だと言って無理矢理住民を帰そうとしているといった批判が渦巻いています。これも、一部は正しいのですが、福島県内で今も暮らしている多くの人たちは、迷惑この上ないと感じています。
 放射性物質がばらまかれたのですから、それ以前よりも危険が増したことは間違いありません。しかし、人が生きていく上で、危険や困難はたくさんあります。うっすら汚染された場所で生活を続けていく危険より、家族がバラバラになったり、収入が途絶えたり、生き甲斐をなくしたりすることによる危険、あるいは不幸になる度合や加速度のほうがはるかに大きいと判断することは間違いではありません。人はそれぞれの状況において、複雑な要素を比較した上で、取り得る最良の選択をしていくしかないのです。事情も条件もさまざまですから、一概に「それは間違っている」「正気じゃない」などと非難することはできません。
 そう非難する人たちの中には、あのとき風向き次第では東京が壊滅していたかもしれないということを想像できず、無意識のうちに、自分たちは安全地帯にいるインテリ層だと勘違いをしている人も少なくありません。
 自分たちがそうなっていたときにどんな選択肢が残されているか、まずはそこから考えてみるべきでしょう。

 私は原発が爆発するシーンを見てすぐに逃げましたが、1か月後には自宅周辺の汚染状況を把握できたので、敢えて全村避難している村に戻って生活を再開しました。その後、やはり村を出て移住したのは、放射能汚染が理由ではなく、村の人々の心や生活環境がそれまでとは変わって(変えられて)しまい、私がこれ以上村に残っていても、地域のためにも自分のためにも、もう意味のあることができないだろうと判断したからです。その決断をするに至った背景はあまりにも複雑で、とても簡単には説明できません。
 

3)「フクシマ」は人間社会の構造的、精神的問題
 壊れた原発内で放射線測定をする仕事を続けている20代の青年と話をする機会がありました。彼は使命感でその仕事をしているわけではなく、嫌だけれど他に仕事がないから辞められないだけだと言っていました。
 いちばんの望みは、被曝線量が限度になると他の原発でも働けなくなるので、そうなる前に他の原発に異動できることだそうです。
 いちばんショックだったのは「この村に生まれた以上、原発で働くしかない。そうした運命は変えようがない。仕方がない」という言葉でした。
 まだ20代の若さでありながら、転職する気力もなければ、ましてや起業して自立するなどというのは「無理に決まっている」というのです。
 おそらく、子供の頃は彼にも将来の夢があったでしょう。それがなぜそうなってしまったのか。大人になるにつれ「仕方がない」「これが運命だ」と諦めて、自分からは何もしなくなってしまう。人をそうさせてしまう風土や社会の空気、仕組み(システム)こそが、「フクシマ」が抱える最大の問題です。

 「フクシマ」後初めての福島県知事選挙では、県民の半数以上が投票に行きませんでした。圧倒的多数で当選した県知事は、原発を誘致・推進してきた前知事の政策を継承すると言った元官僚で、与党ばかりか野党もみんな相乗りして支持していました。
 地方が過疎化して、老人ばかりになる。残った人や自治体が苦し紛れに豊かな自然環境を金に換えてしまうために、森が消え、水や空気が汚染される。不合理なことに税金が使われ、その金に人びとが群がり、さらに問題が悪化する。……そうしたことは日本中、世界中で起きていることです。福島でも同じです。原発が壊れる前からありました。その背景にある問題は「フクシマ」を引き起こした問題と同じです。
 そのことを深く考えないまま、核問題やエネルギー問題、経済問題を論じようとしても、正しい答えは得られないと思います。

 「フクシマ」は決して「特別な問題」「特別な場所」ではありません。「不幸な事故」という認識も間違いです。政治や経済といった社会システムの欠陥、人の心の弱点が生み出したひとつの結果です。
 この地球に生まれ、死んでいく私たちすべてが内にも外にも抱えている共通問題なのだ、ということを、私は「フクシマ」の現場にいたひとりとして、はっきりと証言いたします。

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「フクシマ」を3.11に埋没させないために2016/03/11 19:37

中継をやめさせようとする関電職員と素直に応じる代表取材局のNHK

最大の危険要因は「人間」

関西電力広報担当職員 「いったんこれで今日終わりにします。今日ね、もう、並列(送電開始)なし。は~い。(横の誰かに向かって)タービンうまく並列できへんかった? (記者に向き直って)ちゃんとまた説明しますんで」
代表取材の記者(NHK?) 「はい。分かりました~ぁ」
広報担当 「いったんちょっと終わって、帰りましょうか」
取材記者 「はい」

2016年2月29日。
関西電力は、高浜原子力発電所4号機が送電を開始する瞬間をテレビでPRするために、中央制御室にテレビ代表取材のカメラを入れていた。
そのカメラの前で、職員が送電開始のスイッチを入れた途端にけたたましく警報音が鳴り響き、原子炉が緊急自動停止した。
↑上のやりとりは、同日夜の「報道ステーション」(テレビ朝日)で流れた映像の一部をそっくりそのまま文字起こししたものだ。
元北海道新聞社編集委員の上出義樹氏が関電に電話で確認したところ、代表取材で入っていたテレビ局はNHKだという。ということは、この間延びしたような返事をしているのはNHKの記者なのだろう。

このときの様子は近くの会場に集まっていた報道関係者たちに中継されていたが、そこにいた中日新聞の記者は以下のような記事を書いている
 「投入」。29日午後2時1分26秒、高浜原発4号機近くの関西電力原子力研修センター(福井県高浜町)で、報道関係者向けに中央制御室を映した中継映像から声が聞こえた。発送電を行うため、スイッチをひねって電気を流した合図。その直後から「ファー」という音が断続的に鳴り続けた。
 センターで報道陣に作業内容の説明をしていた関電社員は当初、「異常がなくても鳴る警報もあります」と説明。画面の向こうの作業員らも慌てている様子はなかった。
 しかし警報音は鳴りやまない。異変を感じたのは数分後。映像を前に、関電社員二人が耳打ちしながら指をさし始めた。その先には、上部の警報盤に赤く点滅するボタンがあった。
 「トリップ(緊急停止)したようです」「制御棒が落ちて、原子炉が停止しました」と社員は動揺した様子で話した。トラブルの発生に、センター内の空気が一気に張り詰めた。間もなく関電は中継映像を遮断。詳しい説明を求める報道陣に対し、社員は「確認する」と、慌ただしくその場を離れた。
 (2016年3月1日 中日新聞 米田怜央


関西電力社員が「異常がなくても鳴る」と咄嗟にでまかせ説明をしたという部分で、すぐに思い浮かべたのは、2011年3月12日、福島第一原発1号機が爆発したときに、日本テレビのスタジオにいた東京工業大学原子炉工学研究所・有冨正憲教授とアナウンサーとのやりとりだ。
そのときの録画映像を見ながら、一字一句正確に文字起こししてみた↓
有冨教授 「緊急を要したんだろうと思いますが、爆破弁というものを使って、あたかも先ほどの絵じゃありませんが、全体にこう、なんといいますか、あの~、ちょっと、出るような形で……蒸気が、充満するような形で、出てきました」
アナウンサー 「あれは蒸気ですか?」
有冨 「蒸気だと思います。ちょうど爆破されたような形で、あの~、蒸気が……蒸気だと思いますが、出てきましたねえ」
アナ 「これ、あの、我々が見ると本当に心配するんですが、その爆破弁というものを使って蒸気を『出した』……という……」
有冨 「はい」
アナ 「意図的なものだと考えて……」
有冨 「はい。意図的なものだと思います」

このブラックコメディのようなシーンを覚えているだろうか?
よく分かってもいないことに対して平然と無茶苦茶な説明をする「専門家」たち。
そして、それを検証できず、ツッコミもせずにそのまま流してしまう、あるいは隠してしまうマスメディア。
同じことを5年経った今もやっている。何の反省もなく、当時よりも倫理観や責任感がゆるゆるに欠如した状態で。
「原発爆発の日」である3.12が5年目を迎えたのを機に、私たちはこれをしっかり思い起こし、反省しなければいけない。

巨大地震だの津波がまたやってくる可能性がどうのとかいっている前に、最大の危険要因は人間の愚かさだということを認識するべきだ。
チェルノブイリは天災が引き金ではなく、作業員のアホなミスやそれを起こさせた緩すぎる運営体制が原因だった。
今の日本を見ていると、チェルノブイリを起こした作業員たちより現場やトップが優れているだなんて、到底信じられない。
巨大地震や津波が襲ってこなくても、テロ攻撃されなくても、原発を動かしている、動かせている、それを許している、待ち望んでいる人たちがアホなのだから、「アホ」が原因の過酷事故は必ずまた起きる。
いや、アホが原因の事故というよりは、現代社会における原子力そのものが、アホと狂気のハイブリッドシステムというべきだ。

フェイスブックでこんなことを書いている人がいた。
普通のマンションでも40年で建て替えするのに、こんな50年前の時代遅れシステムを世界一安全という感覚自体が狂っている。政府や電力会社だけでなく、再稼働容認した自治体、住民は、万一の事故時には、被害補償放棄のみならず、他地区住民への賠償責任を負う、と法制化すべきだろう。

そう、まさにこの認識こそが重要なのだ。

「フクシマ」はいわば「裏切られた」「騙された」経験だから、原発立地の住民にも賠償するのは当然だと思うが、「フクシマ」を経験した今はもう違う。
「絶対安全」は嘘だった、ひどい運営状態だったことが分かっている。
今なお、「送電開始!」──警報音ファオンファオン……というお粗末を続けているこの国で、それでも原発政策を進めてほしいという人たちは、将来は自らが賠償責任を負う覚悟でそういいなさいね。

……と、これを書いている今は2016年3月11日。
テレビは「あれから5年」的な番組で一日中埋まるのかと思ったら、全然そうでもなくて、相変わらずご当地グルメだの野球賭博だのといった話題に時間を割いていたりする。まさに「5年間の劣化」だ。

せめて、「フクシマ」を地震や津波の被害と一緒くたに語るのはもうやめよう。
1F(いちえふ)が壊れたのは津波のせい「だけ」ではない。地震の揺れでパイプがあちこち寸断され、水が漏れたし、なによりも必要最低限の対策すら怠っていたための電源喪失だった。地震や津波は天災だが、「フクシマ」は完全な人災。 3.11というくくりで地震・津波被災と「フクシマ」問題を一緒くたに扱うことで、「フクシマ」問題の本質がどんどんごまかされてしまう。
よって、「フクシマ」がなぜ起きたのかを反省する日は3.12「原発爆発デー」とでもして、別問題として思いを新たにしたらどうだろう。

で、狂気の政策を続ける政治を容認している国民ひとりひとりも、程度の差こそあれ、このシステムを作り上げてしまった共犯者なのだという自覚を持つ。
まあ、実際には、我々はすでに「フクシマ」の後始末で、少なくとも十数兆円の「賠償」をしている。税金と電気料金という形で。
この「賠償」はこれからもずっと続けなければならない。
そのこともしっかり認識する日が、3.12。
……3.11とは違った恐怖と悲しみに包まれる……。

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「いるだけ支援」のアニメを見て考えた2016/02/17 22:54

アニメ「いるだけなんだけど」より

「道を造りましたから通ってください」ではなく……


福島県が、『みらいへの手紙~この道の途中から~』というアニメーション動画を作って公開した。

一応全部見てみた。
8つ目の「いるだけなんだけど」がいちばん印象に残った。
(↑脚本・浅尾芳宣、演出・CGアニメ・佐藤貴雄)

このアニメーション制作にしても税金で作っているわけだが、いろんなプロジェクトが「支援」ていうことにしておかないと認められないようなところがある。
ちょっと調べてみると、この「いるだけ支援」というのは福島大学災害支援ボランティアセンターが企画したものらしい。

アニメでは、本当に「いるだけ」みたいな感じで、なんかいいなあ、と思ったのだが、実際にはどうなっているのか分からない。
まずは自分の名前を覚えてもらえるように大きく書かれた名前カードを首にかけて挨拶まわりを実施。後は普段通りに生活を送っていきます。
ここから大学に通い、アルバイトにも出かけていきます。
時間が空けば、庭先で日向ぼっこしながらおじいちゃんおばあちゃんと世間話にはなをさかせ、草が抜けないと聞けば代わりに草むしりに精を出す。頼まれたら快く引き受けます。
その姿は孫に近いものに見えました。
Spotlight の記事より)

……なんていうリポートを読むと、なんだ、「いるだけ」じゃないじゃないの。相当大変なんじゃないの? と思ったりもする。

アニメから感じたことは、必要なのは「支援」じゃなくて「開放」だということ。
とりあえず「開放」して、後は放っておくだけでもいいんじゃないか、と。

仮設住宅に空き家がいっぱいあるから、とりあえず学生に「ここに入ってきてもいいよ」と「開放」する。
お金のない学生が、アパートより家賃が安いならいいかな……というノリでやって来る。
ノルマはなんにもない。
無理にイベントやったり、笑顔を作って話しかけたりする必要はない。普通に生活をするだけでいい。
積極的には何もしなくても、コミュニティに変化が生まれる(かもしれない)。
アニメの中で描かれているのはそんな情景だった。
そういうやつならいいんじゃないかなあ、と思ったのだが、実際にはお上からの許可を得るために、いろいろな名目やらなにやらを上奏しなければいけないのだろう。(結構大変だったと思う)

しかし、この「いるだけ」というフレーズは、とかく勘違いや余計なお節介ばかりになる公的「支援」策に一石を投じる可能性を秘めている気がする。

要するに、目的は村だの町だのじゃなくて、個人なのだ。
いろんな状況、立場、考え方の個人が、相対的に見て、より幸せになっていくようなシステム再構築。
映画『Threshold:Whispers of Fukushima』の中でマサイさんが言っていた言葉。

「ここに道を造りましたから通ってください、じゃなくて、一人二人とそこを通って行く人がいて、気づいたら自然に道ができていた──そういうのが好き」

……これ、すごく大切なことなんだよね。


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