『阿武隈裏日記』を改題しました。
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原発が壊れるのは靴下が片方なくなるのと同じ2016/05/03 13:41

同じ!
フェイスブックで「大笑いした」というネタが⇒これ。「いったいなぜ?靴下の片方だけが行方不明になってしまう謎が科学者によって解き明かされる」
 洗濯をするたびに靴下の片方が行方不明になってしまう。おかげでタンスの中は片方しかない靴下だらけで、新しく買いなおす出費もバカにならない。だが、この人類を苦しめるミステリーがついに解き明かされた。
 ミステリーの解明を行ったのは心理学者サイモン・ムーア博士と統計学者ジェフ・エリス博士……。


ほお~、そうですか。
心理学者と統計学者が本気で研究したわけですね。

 この調査から、イギリスでは1人当たり月平均1.3足の靴下が消失していることが判明。1年なら15足、一生なら1,264足にもなる。 靴下消失による損害は1人当たりの生涯でおよそ40万円(2,528ポンド)、年間3,158億円(20億ポンド)にも達する。


……というわけで、真面目な調査・研究なのだということは分かった。
で、ニヤニヤしながら読んでいたのはこのへんまで。
次の部分を読んで、急に笑っていられなくなった。

なお、靴下消失に関わる4つの心理的要因は以下の通りだ。

1. 責任の分散
 洗濯する者が自分以外の人間に責任を押し付けることから、誰も失くし物について責任を負わない。結局、靴下は見つからなくなってしまう。

2. 視覚的認識(ヒューリスティック)
 ヒューリスティックとは、暗黙のうちに用いる簡易な解法や法則のことをいう。さっと判断できる反面、必ずしも正しいわけではなく、判断結果にバイアスがあることも多い。このバイアスのせいで、例えば靴下やテレビのリモコンなどがいつもの場所にないと、失くしてしまったと思い込んでしまう。
 
3. 確証バイアス
 人は真実であってほしいと思ったことを真実であると思い込む傾向にある。今回の事例でいうなら、人は両方揃っていない靴下が目に入らなければ、それはないと信じ込みがちということだ。

4. 過失、過怠
 様々な事故や謎の背景にはヒューマンエラーがある。例えば、誰かが床に靴下が落ちているのを見たとしても、それを拾って洗濯物カゴや洗濯機の中に入れなかったりすることがある。この場合は過怠だ。あるいは色の濃い洗濯物の中に白い靴下を入れてしまったり、片方だけ適当な場所に置いてしまったりすることがある。これが過失である。


……これって…………。

もうお分かりだと思うが、少しだけ書き直してみた。

1. 責任の分散
 政府、電力会社、規制委員会それぞれが自分以外の人間に責任を押し付けることから、誰も事故や欠陥について責任を負わない。結局、重大事故は必ず起きてしまう。

2. 視覚的認識(ヒューリスティック)
 ヒューリスティックとは、暗黙のうちに用いる簡易な解法や法則のことをいう。さっと判断できる反面、必ずしも正しいわけではなく、判断結果にバイアスがあることも多い。このバイアスのせいで、例えばパッと見ていつも通りの風景だと、これで大丈夫と思い込んでしまう。
 
3. 確証バイアス
 人は真実であってほしいと思ったことを真実であると思い込む傾向にある。事故は絶対に起きないと言い続けていれば、いつか本当に起きないと信じ込むようになる。

4. 過失、過怠
 様々な事故や謎の背景にはヒューマンエラーがある。例えば、作業現場で誰かが床に小さなボルトが一本落ちているのを見たとしても、それを拾って正体を確かめようとしないことがある。この場合は過怠だ。あるいは微妙に寸法の違うボルトをちょっと緩いかもと感じつつ間違った場所に使ってしまったりすることがある。これが過失である。



靴下が片方だけなくなるのも、原発から放射性物質が漏れ出すのも、人間のやることであるから必ず起きる。原発が絶対に安全だと主張する人は、靴下はなくならない、靴下紛失事故は必ず防げる、と言っているのと同じことだ。

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「フクシマ」を3.11に埋没させないために2016/03/11 19:37

中継をやめさせようとする関電職員と素直に応じる代表取材局のNHK

最大の危険要因は「人間」

関西電力広報担当職員 「いったんこれで今日終わりにします。今日ね、もう、並列(送電開始)なし。は~い。(横の誰かに向かって)タービンうまく並列できへんかった? (記者に向き直って)ちゃんとまた説明しますんで」
代表取材の記者(NHK?) 「はい。分かりました~ぁ」
広報担当 「いったんちょっと終わって、帰りましょうか」
取材記者 「はい」

2016年2月29日。
関西電力は、高浜原子力発電所4号機が送電を開始する瞬間をテレビでPRするために、中央制御室にテレビ代表取材のカメラを入れていた。
そのカメラの前で、職員が送電開始のスイッチを入れた途端にけたたましく警報音が鳴り響き、原子炉が緊急自動停止した。
↑上のやりとりは、同日夜の「報道ステーション」(テレビ朝日)で流れた映像の一部をそっくりそのまま文字起こししたものだ。
元北海道新聞社編集委員の上出義樹氏が関電に電話で確認したところ、代表取材で入っていたテレビ局はNHKだという。ということは、この間延びしたような返事をしているのはNHKの記者なのだろう。

このときの様子は近くの会場に集まっていた報道関係者たちに中継されていたが、そこにいた中日新聞の記者は以下のような記事を書いている
 「投入」。29日午後2時1分26秒、高浜原発4号機近くの関西電力原子力研修センター(福井県高浜町)で、報道関係者向けに中央制御室を映した中継映像から声が聞こえた。発送電を行うため、スイッチをひねって電気を流した合図。その直後から「ファー」という音が断続的に鳴り続けた。
 センターで報道陣に作業内容の説明をしていた関電社員は当初、「異常がなくても鳴る警報もあります」と説明。画面の向こうの作業員らも慌てている様子はなかった。
 しかし警報音は鳴りやまない。異変を感じたのは数分後。映像を前に、関電社員二人が耳打ちしながら指をさし始めた。その先には、上部の警報盤に赤く点滅するボタンがあった。
 「トリップ(緊急停止)したようです」「制御棒が落ちて、原子炉が停止しました」と社員は動揺した様子で話した。トラブルの発生に、センター内の空気が一気に張り詰めた。間もなく関電は中継映像を遮断。詳しい説明を求める報道陣に対し、社員は「確認する」と、慌ただしくその場を離れた。
 (2016年3月1日 中日新聞 米田怜央


関西電力社員が「異常がなくても鳴る」と咄嗟にでまかせ説明をしたという部分で、すぐに思い浮かべたのは、2011年3月12日、福島第一原発1号機が爆発したときに、日本テレビのスタジオにいた東京工業大学原子炉工学研究所・有冨正憲教授とアナウンサーとのやりとりだ。
そのときの録画映像を見ながら、一字一句正確に文字起こししてみた↓
有冨教授 「緊急を要したんだろうと思いますが、爆破弁というものを使って、あたかも先ほどの絵じゃありませんが、全体にこう、なんといいますか、あの~、ちょっと、出るような形で……蒸気が、充満するような形で、出てきました」
アナウンサー 「あれは蒸気ですか?」
有冨 「蒸気だと思います。ちょうど爆破されたような形で、あの~、蒸気が……蒸気だと思いますが、出てきましたねえ」
アナ 「これ、あの、我々が見ると本当に心配するんですが、その爆破弁というものを使って蒸気を『出した』……という……」
有冨 「はい」
アナ 「意図的なものだと考えて……」
有冨 「はい。意図的なものだと思います」

このブラックコメディのようなシーンを覚えているだろうか?
よく分かってもいないことに対して平然と無茶苦茶な説明をする「専門家」たち。
そして、それを検証できず、ツッコミもせずにそのまま流してしまう、あるいは隠してしまうマスメディア。
同じことを5年経った今もやっている。何の反省もなく、当時よりも倫理観や責任感がゆるゆるに欠如した状態で。
「原発爆発の日」である3.12が5年目を迎えたのを機に、私たちはこれをしっかり思い起こし、反省しなければいけない。

巨大地震だの津波がまたやってくる可能性がどうのとかいっている前に、最大の危険要因は人間の愚かさだということを認識するべきだ。
チェルノブイリは天災が引き金ではなく、作業員のアホなミスやそれを起こさせた緩すぎる運営体制が原因だった。
今の日本を見ていると、チェルノブイリを起こした作業員たちより現場やトップが優れているだなんて、到底信じられない。
巨大地震や津波が襲ってこなくても、テロ攻撃されなくても、原発を動かしている、動かせている、それを許している、待ち望んでいる人たちがアホなのだから、「アホ」が原因の過酷事故は必ずまた起きる。
いや、アホが原因の事故というよりは、現代社会における原子力そのものが、アホと狂気のハイブリッドシステムというべきだ。

フェイスブックでこんなことを書いている人がいた。
普通のマンションでも40年で建て替えするのに、こんな50年前の時代遅れシステムを世界一安全という感覚自体が狂っている。政府や電力会社だけでなく、再稼働容認した自治体、住民は、万一の事故時には、被害補償放棄のみならず、他地区住民への賠償責任を負う、と法制化すべきだろう。

そう、まさにこの認識こそが重要なのだ。

「フクシマ」はいわば「裏切られた」「騙された」経験だから、原発立地の住民にも賠償するのは当然だと思うが、「フクシマ」を経験した今はもう違う。
「絶対安全」は嘘だった、ひどい運営状態だったことが分かっている。
今なお、「送電開始!」──警報音ファオンファオン……というお粗末を続けているこの国で、それでも原発政策を進めてほしいという人たちは、将来は自らが賠償責任を負う覚悟でそういいなさいね。

……と、これを書いている今は2016年3月11日。
テレビは「あれから5年」的な番組で一日中埋まるのかと思ったら、全然そうでもなくて、相変わらずご当地グルメだの野球賭博だのといった話題に時間を割いていたりする。まさに「5年間の劣化」だ。

せめて、「フクシマ」を地震や津波の被害と一緒くたに語るのはもうやめよう。
1F(いちえふ)が壊れたのは津波のせい「だけ」ではない。地震の揺れでパイプがあちこち寸断され、水が漏れたし、なによりも必要最低限の対策すら怠っていたための電源喪失だった。地震や津波は天災だが、「フクシマ」は完全な人災。 3.11というくくりで地震・津波被災と「フクシマ」問題を一緒くたに扱うことで、「フクシマ」問題の本質がどんどんごまかされてしまう。
よって、「フクシマ」がなぜ起きたのかを反省する日は3.12「原発爆発デー」とでもして、別問題として思いを新たにしたらどうだろう。

で、狂気の政策を続ける政治を容認している国民ひとりひとりも、程度の差こそあれ、このシステムを作り上げてしまった共犯者なのだという自覚を持つ。
まあ、実際には、我々はすでに「フクシマ」の後始末で、少なくとも十数兆円の「賠償」をしている。税金と電気料金という形で。
この「賠償」はこれからもずっと続けなければならない。
そのこともしっかり認識する日が、3.12。
……3.11とは違った恐怖と悲しみに包まれる……。

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福島第一原発は東北有数の「電力消費地」2016/02/17 21:29

「凍土壁には関心ない」と言い放った田中委員長


1Fの「凍土壁」というの、まだやっていたんだなあ。
いくらなんでももうやめているんじゃないかと思っていたのだが、どれだけ税金や電気料金を無駄に使うのか……。
これに関してはどうも「税金を食い物にしたい」というよりも、今の日本、頭悪すぎる人が上にいることの悪夢、なんだろう。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長は13日、東京電力福島第1原発を視察した。汚染水の増加抑制策として1~4号機建屋周囲の土壌を凍らせ、地下水の流入を減らす凍土遮水壁も視察したが、「少しばかり水が入るのを減らしたからといって、汚染水問題は解決しない。あまり関心はない」と述べた。
 田中委員長は「処理した水は海に捨てるという持続性のある形をつくらないと、廃炉は進まない」と指摘。汚染水の放射性物質を減らした上で海に放出するよう改めて求めた。
時事ドットコム


言葉を穏やかにしているが「関心ない」というのは「バカじゃないの?」と言っているに等しい。
まともな頭の人ならみんなそう思う。
一体これにどれだけの金を使っているのか。
凍らせるのは電力で凍らせるわけだが、今、1Fの現場では一体どれだけの電力を使っているのか。
東電はそれを公表すべきだ。
「私たちは本来電気を作る施設である発電所の不始末を片づけるために、毎日○○の電力を使用しています。これは一般家庭の使用する電力○○戸分に相当します。その分の電気料金はみなさまからいただいている電気料金に上乗せさせていただいております」
……とね。

こういうことがあと何十年続くのか分からない。多分、何十年では済まないだろう。100年後も、1Fを完全に後始末できているとは到底思えない。
これから先、たとえ過酷事故が起きなかったとしても、原発を動かせば放射性廃物が出続けることに変わりはない。
そして、その処分方法を人類は未だに知らない。


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「美味しんぼ騒動」における本当の恐さ2014/05/19 13:05

巷では「美味しんぼ騒動」というのが起きているようだ。
ネットに全ページを転載している人がいたので読んでみたが、まず、内容としては「つまらない」。
普通のことを普通に描いているだけ。新しい情報やら深く考えさせる題材がないので、感想としては「ああ、この程度か……」というもの。
この漫画、若い頃(20代)に読んでいた時期があるが、まだ続いていたということのほうが驚きだった。登場人物は30年前と同じで歳を取っていないし、サザエさんみたいだ。(これは誉めている)

で、その程度の内容のものに省庁やら自治体の長やらがいちいち「遺憾表明」とかやっていることがものすごく馬鹿馬鹿しい。
ついには休載とか、書店が店頭から引き上げとか、編集部が出版前のゲラを環境省に送っていたとか、漫画の内容云々より、こんなことに大騒ぎした挙げ句、ひとつの方向、要するに「お上はこういう方向を望んでいるのだろう」という方向を「民」が先読みして自縛の紐を用意すること、それを一部の人たちが煽り立てること、そういう国になってしまっていることがとてつもなく恐ろしい。

フェイスブックで、こんな書き込みを見つけた。

うちの近くの大型ショッピングモールの中にある、かなり大規模な紀伊國屋書店に問い合わせました。以下は穏やかなやり取りです。

私「今ビッグコミック・スピリッツは店頭で販売されていますか?」
店「今回の分は売り切れました」
私「売り切れたということは、店頭には並んでいたのですか?」
店「いえ、本社からの指示で店頭には並べませんでした」
私「それは何故なのですか?」
店「それはー…本社からのことなので私が答えられることでは…」
私「ではもう入ってこないのですか?」
店「そうですねぇ…この次のはまた内容次第で販売されるかと…」
私「内容次第とはどういうことですか?それは社内的なものですか?それとももっと上の業界単位のことですか?」
店「社内的なことです」
私「ではそれは全国の紀伊國屋さんで行っているわけですね?」
店「そうです」

巷での噂は本当の様でした。


マスメディアだけでなく、出版社も書店も、自ら進んで自縛の紐を用意する。この風潮がどれだけ恐ろしいことか、関心を寄せない人が多すぎることにも戦慄する。

「美味しんぼ騒動」を「鼻血問題」として矮小化する人たちが多いが、問題はそっちじゃない。自分の考えや、お上に都合の悪い情報を自ら引っ込めてしまう社会風潮のほうがはるかに恐ろしいことなのだ。

ちなみに「鼻血問題」に関して言えば、そんなことは「あってもあたりまえ」であって、科学的に立証できるとかできないとかを今頃になって議論するようなことでさえない。
敢えて言えば、汚染された地帯で暮らす人、あのとき汚染された地域にいた人、汚染された場所に行き来している人たちであれば、「まあ、そういうことはあるわな」という感覚だろう。
僕もそのひとりだ。

鼻血までいかなくても、鼻孔に鼻くそがすぐに詰まったり、それに血が混じったり、痰が止まらなかったり、喉が常にいがらっぽくなったり、痛んだり……といったことは「フクシマ」以降、さんざん経験してきたし、今もしている。
でも、それが鼻や喉の粘膜に付着した放射性物質(のついたチリ、微粒子)のせいなのか、単に歳を取ってきて身体がボロくなったからなのか、疲れのせいなのか、ウイルス感染の類なのか、放射能とは別の公害物質のせいなのか……は、分かるはずがない。自分で「そうかもしれないなあ~」と思うことがあっても、「そうなんだ!」と断言することなどできるはずがない。

みんなそういうもやもやを抱えながら生きている。
このもやもやは明らかに生きていく上で心身をまいらせるマイナス要因なのだが、かといって、今暮らしている土地や家を捨ててどこか遠くへ移住するとかという話と比較して、どちらが自分の余生、あるいは家族の幸福な人生にとってマシな選択か……という事情は、個人によって変わってくる。
その土地で築いてきた人や自然とのつながり、生き甲斐のある活動、仕事、親や子供との関係……さまざまな要素を統合的に考えて、もやもやを抱えたままでもこの土地に残ったほうが、移住するよりも「マシ」だと考えるか、どんなに困難を伴ってもこの土地を離れたほうがいいと考えるか……。

で、こういう事態にしてしまったこの国の施策、電力会社の無責任さ、それを今も放置し、なんら改善の努力もしないどころか、開き直って、核燃サイクル計画の継続だの原発再稼働だの輸出だのとたわけたことを言っている政府を支持している国民が半数を超えるという現実。そこがいちばんの問題なのだ。

それでも「真実は……」と叫ぶ人がいっぱいいるので、敢えて、敢えて、敢えて引用すれば、
鼻血論争について     2014年5月14日
         北海道がんセンター 名誉院長  西尾正道
巷では、今更になって鼻血論争が始まっている。事故後は鼻血を出す子どもが多かったので、現実には勝てないので御用学者は沈黙していたが、急性期の影響がおさまって鼻血を出す人が少なくなったことから、鼻腔を診察したこともない放射線の専門家と称する御用学者達は政府や行政も巻き込んで、放射線の影響を全否定する発言をしている。
しかし、こうしたまだ解明されていない症状については、根源的に物事を考えられない頭脳の持ち主達には、ICRPの基準では理解できないのです。ICRPの論理からいえば、シーベルト単位の被ばくでなければ血液毒性としての血小板減少が生じないので鼻血は出ないという訳です。
しかしこの場合は、鼻血どころではなく、紫斑も出るし、消化管出血も脳出血なども起こります。しかし現実に血小板減少が無くても、事故直後は鼻血を出したことがない多くの子どもが鼻血を経験しました。伊達市の保原小学校の『保健だより』には、『1学期間に保健室で気になったことが2つあります。 1つ目は鼻血を出す子が多かったこと。・・・』と通知されています。またDAYS JAPANの広河隆一氏は、チェルノブイリでの2万5千人以上のアンケート調査で、避難民の5人に1人が鼻血を訴えたと報告しています。こうした厳然たる事実があるのです。
(以下略)

……とまあ、そういう話だろう。

それにしても、いまだに外部からの低線量被曝と内部被曝の違いが分かっていないまま議論している人が多いことには辟易する。
さらには、内部被曝でも、食べ物として取り込んだ場合(比較的排出しやすい)より、放射性物質が付着したチリ、埃などの微粒子を吸い込んで、それが肺などに付着したとき(ピンポイントで放射線を受け続ける)のほうが怖い、ということを、3.11直後からずっと言い続けているのだが、そのこともいまだに理解してもらえない。
「除染が怖い」というのはその理由からだ。
せっかく付着してくれている放射性物質を無理矢理剥がして、再び空気中や水中にまき散らしている作業。
1F構内で作業している作業員が「線量管理しているここの仕事より、いい加減にやられている除染作業のほうがずっと怖い」と言うのもある程度頷ける。
僕が川内村を離れたのも、除染作業が始まる直前だった。
県道をひっきりなしにダンプカーが通り、もうもうと砂塵をあげるようになり、この調子で本格的に「除染」が始まったらたまらないな、と恐怖を感じた、というのもひとつの理由だった。

例えば、舗装道路の表面を削って「除染」するなどというのは、付着している放射性物質を細かい粉塵にくっつけたまま再び飛散させることで、恐ろしい作業だと言える。やるのであれば、剥がすのではなく、上からさらにアスファルトを被せてコーティングしてしまったほうがいいのではないか。
また、生活道路で舗装されていない道は、いつまでも放射性物質が土埃、砂埃についたまま舞い上がる環境なので、舗装してくれないと困る。
我が家の前の道を含め、今住んでいる住宅地の中の道路はすべて私道のため、未舗装(正確には造成時の舗装工事が甘かったのですぐに剥がれて土が剥き出しになった)なのだが、そこをもうもうと土埃を巻き上げながら車が通り、小さな子供たちがそれを吸い込んでいる(背の低い子供は大人より土埃を吸い込みやすいのは言うまでもない)。私道であるために土地の所有者全員の了解がとれないと舗装ができないとかなんとか。そうしている間にも、子供たちは放射性物質を含んだ土埃を吸い込み続けている。

鼻血の原因が何か、とか、風評被害だのなんだのと騒ぐよりも、合理的な判断で、費用対効果の大きな対策を安全に、効率的にしていくこと。そういう「今より少しでもマシな方向」に動くことが行政や国の使命だろうに。
現環境相などは、なんにも分かっていない。発言が馬鹿丸出しだ。

最後に、これは以前にも紹介した気がするのだが、もう一度思い起こすために……。
■水俣と福島に共通する10の手口■
  1. 誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する
  2. 被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む
  3. 被害者同士を対立させる
  4. データを取らない/証拠を残さない
  5. ひたすら時間稼ぎをする
  6. 被害を過小評価するような調査をする
  7. 被害者を疲弊させ、あきらめさせる
  8. 認定制度を作り、被害者数を絞り込む
  9. 海外に情報を発信しない
  10. 御用学者を呼び、国際会議を開く
水俣病と異なる点―今はインターネットがある

「小保方事件」スマートガイド2014/04/12 22:48

小保方事件の読み方

「小保方事件」は、マスメディアの騒ぎ方が馬鹿なので、多くの人は「くだらん」と唾棄しているけれど、こないだの佐村河内事件に比べると、ずっと複雑で、興味深い。小説家的には、想像を超えていろいろなことを考えさせられる事件になってきた。
小保方さんのかなり特異なキャラクターと能力、昔からある利権と権力欲、成功への怨嗟などが渦巻く闇世界、その「業界」の中における生命倫理と哲学の欠如、現代デジタル文明がもたらした薄っぺらな慣習(コピペだのレシピだの)に人間が慣らされてしまっているという恐さ……ものすごくいっぱい、違う種類の要素がごった煮になったような事件だ。
僕自身、解釈が二転三転したが、現時点で簡単にまとめると……
  1. 業界(生化学、遺伝子工学、医学界)の中ではすでに真相はほぼ把握できている。今回の騒動は誤認と不正が絡み合ったお粗末な論文が「NATURE」に発表されたというだけの事件。医学的に意味のあることではなかったという結論
  2. 小保方さんが「STAP細胞」と主張しているのは、単なる誤認。それを自分で強く信じ込むところから、都合の悪いものを次々に書き換えたりすり替えたりして、ひどい論文ができあがってしまった。監督する立場の副センター長や、検証作業に協力した第一線の著名研究者もみんな、まさか「インチキデータ」だとは思わなかった
  3. あまりにもお粗末でとんでもない内容だったので、理研は権威失墜、メンツ丸つぶれを畏れて、すっきり説明したがらない(理研が追試するというのも、事実上はゼロからやり直して、何かこれに代わるものを発見・申請したいというかすかな希望からのことだろう)
  4. しかし、小保方さんはただの「おっちょこちょいで未熟で常識を持たないまま育ってしまった研究者」というだけでなく、他人(特に中年男性)を取り込む能力に長けた特殊な才能と(容貌を含めた)個性を持っていた。これがさらに事態を迷走させた

……と、まあこんなところだろう。
彼女が何をしたのか、については、藤沢数希氏がブログに連投している内容が概ね当たっているのだろう。
小保方晴子が200回成功したと言っているのは、このOct4-GFP発現のことだ。これ以外に、あの期間に200回以上できる実験はない。そして、この点に関してだけは、僕は彼女は正直であった、と信じている。
小保方晴子はOct4-GFP発現を観察して、STAP細胞ができたと思い込んだ。PhDを持っておらず、細胞生物学に詳しくない、基本的には医者のハーバード大のバカンティ教授も、これでSTAP細胞ができたと思った。この有望な実験結果に、共同研究者たちは彼女に称賛を送った。しかし、これは見せかけの発光である。実際に、iPS細胞のように初期化が起こったわけではない。これは万能細胞ではないから、テラトーマはできないし、キメラマウスもできない。
「謎はすべて解けた!! それでも、STAP細胞は捏造です」藤沢数希

フェイスブックでいろいろ教えてくれる人がいて、僕もちょこちょこ調べてみたのだが、STAP細胞の特許申請にある「発明者」は、Charles A. Vacanti, Martin P. Vacanti, Koji Kojima, Haruko OBOKATA, Teruhiko Wakayama, Yoshiki Sasai, Masayuki Yamato となっていて、筆頭はバカンティ兄弟。
出願者は The Brigham And Women's Hospital, Inc., Riken, Tokyo Women's Medical University。
バカンティ兄弟は以前から持っていたSTAP細胞の「アイデア」をなんとか実証して特許申請したかった。しかし、その技術や実力がないから、他の研究者にやらせて、その成果に乗っかるしかない。
理研は、この分野で京大や東北大に先を越されてしまったという焦りがあった。エネルギーのある小保方研究員は、「ひょっとしたら万馬券になるかもしれない」カードとして動かしていた
そうした背景があって、小保方晴子という、一筋縄ではいかないというか、普通の人の理解を超えた個性と馬力を持った女性が実際に動き、しかし、これまた普通には理解しがたい行動をしてのけた。
……ということなのだろう。

この特許申請は「すでに別の研究成果が申請されていて、それ以上の新規性が認められない」という意見がつく。その「別の研究成果」というのは、東北大学の出澤真理教授らが発見した「ミューズ細胞」
ミューズ細胞発見のいきさつは、⇒ここにインタビュー形式で出ている。なかなか興味深い。
2003年のことです。いつものように骨髄間葉系細胞を培養していると、汚い細胞塊ができていることに気が付きました。テクニシャンの方から、「この細胞は汚いので捨てましょう」と言われたのですが、よく見ると、ES細胞の胚葉体に似ていて、毛とか色素細胞などが混じった細胞塊でした。そこで捨てないでちょっと調べてみますと、中には3胚葉性の細胞が混在していたので、これはもしかしたらES細胞に似たような性質の細胞が、天然でヒトの骨髄などにもあるのではないかと考えるようになったのです。ただし、ES細胞は腫瘍性の増殖を示しますから、培養していれば無限に増殖をしますが、この細胞塊は数日増えて一定の大きさになると増殖が止まってしまう傾向がありました。ですから、似て非なるものかなとも思っていました。

そこでもしもヒトの骨髄間葉系細胞にこのような多能性幹細胞があるとして、どうやってその細胞を同定できるのか、実験をしましたが、一向に結果が出ませんでした。試行錯誤の日々が続きましたが、2007年ごろ、あることがきっかけで多能性細胞の同定に結び付く足掛かりを得ました。
その日私は、骨髄の細胞を株分けするために、トリプシンという消化酵素をかけて処理していました。その最中に、共同研究者の京都大学大学院理学研究科の藤吉好則教授から、飲みに行こうと電話がかかってきました。そこで、急いで出かけなくてはと思って、大変な間違いをしてしまいました。株分けした細胞を血清の入った培地に入れたつもりだったのが、再びトリプシン消化酵素を入れてしまい、飲みに出かけてしまったんです!

翌日、培養室に戻ってきたら、普通は培地がピンクなのに黄色なんです。細胞は消化酵素の中に12時間以上漬けられていたためほとんど死んでしまっていました。ショックでしたねえ。ただ捨てる前にもう一度チェックする癖があって、のぞいてみたら、わずかに生きている細胞がいたんです。なぜこの細胞は生きているんだろう、なにか発見できるかもしれないと、ダメでもともとと遠心分離器にかけて集めた細胞をゼラチン上で培養したところ、多能性幹細胞だったんです。 共同研究者の藤吉教授とこの細胞を「Muse(ミューズ)細胞」と名付け、2010年4月に発表したところ、「第3の多能性幹細胞」などとマスコミでも取り上げられました。
(この人に聞く 「生命に関わる仕事って面白いですか?」 がん化の可能性が低い多能性幹細胞「Muse細胞」を発見 東北大学大学院医学系研究科 出澤真理教授)
ちなみにこのインタビュー記事の最後には、こんな言葉がある。
私は大学受験をするときに、予備校にも、塾にも行っていません。全部独学で勉強しました。 受験というのは、答はもう決まっていることを勉強することですね。それなのに、他人から解答を導くためのノウハウまで教えてもらっているようでは、とてもクリエイティブな仕事はできません。
私たちの研究は、必ずしも答がないもの、道筋のないものを、自分で道筋をつくり、答をつくりださなければなりません。答がないから、方法がないから研究するんです。
まさに「先輩」が後輩に贈る言葉。

ちなみにMuse細胞発見を報告した2010年4月というと、3.11の1年前だが、僕はこんなニュースがあったこと、記憶にない。
もし出澤教授が小保方さんのように若くて一種コケティッシュな魅力を秘めた容貌と個性の持ち主だったら、マスメディアは今回の「割烹着のリケジョ」と同じように騒ぎ立てたに違いない。

で、まあ、メディアが「割烹着のリケジョ」と大々的に持ち上げたところまでは想定内というか、「ああ、またテレビがやっているよ」と思ったわけだが、彼女がそれを超えた役者だった(女優を超えた女優と評した人もいたし、「女子力がすごい」と論じた人もいた) ことはちょっと予想できなかった。そこにみんなびっくりしたわけだ。

小保方様
この際、余り勝算はなさそうだから、科学者タレントになって化学の普及に活躍して欲しい。そして東電に付いて居る科学者の事実隠匿問題とか暴いて欲しい。
あなた達!私をあんなに持ち上げておいてふざけんな!
とか居直ってその実力を使って欲しい。
何故なら
  1. これ程化学についての老若男女を問わずの国民的興味を作った人物は日本の近代史上稀な人物である。
  2. 化学実験を崇高な世界から「レシピ」だの「コツ」だのと調理感覚にし、
  3. コピペの世間風潮をこれだけ堂々とやった上、問題をあぶり出した功績は大きい。
  4. STAP細胞に対する想いに、思い込みこそ大切と教えてくれる
  5. 日本社会の構造的な利権、科学者間の確執、 伝統的組織保持の様子を炙り出した。
  6. ビジュアルがかわいい。
何処かのプロモーターとか動いてないかな?
オバちゃんはそう思います。
(舛田 麻美子さんのFBの書き込み)

これなどはかなり好意的な見方。
原発関連の事実隠蔽を暴くのはちょっと畑違い、能力違いのような気もするが……。
というより、彼女の能力は自分を弱者の立場に置いて表現するときに発揮されるので、原子力ムラ相手の正義のリケジョという役割は担えそうもない。やれるとしたら、潜入捜査官みたいに、ムラの中に入り込んで、魔性の女と呼ばれながら次々に政治家や官僚や企業経営者を籠絡して……って、どんどん小説的な妄想が膨らむばかりなので、やめておく。

かと思うと、全然別の視点を提示している人もいる。
部分を取り出して、その振る舞いを研究したり解釈することは可能だろう。しかし、その部分が全体とどう関わっているか、わからないことが多い筈だし、それがたとえ90%わかるにしても、残りの10%、いやたった1%の不明瞭なものによって大逆転されるということが、可能性としてあり得る。100%大丈夫ということは、あり得ないのだ。ゲームの世界でも、9回の裏、ツーアウトから逆転されることはあるだろう。問題は、勝ち負けのことではない。原子核や細胞に手を出すことは、大逆転された時の禍いが、想像を絶するスケールに広がる可能性があるということだ。原発の被害は記憶に新しいが、生命の化け学の場合も、おそろしいウィルスを作り出してしまう可能性だってある筈だ。
(「悪意があるかどうかではなく、畏れがあるかどうか。」 佐伯剛)

そう。まさにこれ↑ この「畏れ」の感覚がなくなって、ゲーム感覚で世界の深みを理解できると信じて疑わない人たちが出現している。
医学、生命科学、原子核関連の研究分野だけではない。国を運営する経営学や財務といった分野も、人間社会を根底から変える可能性を持っている。そういう現場で、コピペだのフォトショで切り貼りだのパワポのデータがとっちらかっただのというレベルの問題としてしか物事を考え、処理できない人が出現してきている……ということを知らしめる戦慄すべき事件、それが小保方事件だった、ということは言えるかもしれない。
世の中が「おぼちゃんかわいそう。頑張って!」などとやっている間に、憲法は権力者が解釈の仕方を変えれば運用も変えられるんだなどというトンデモな人物が、まだ暴走をやめていない。メディアもますます大政翼賛体制を固めている。
小保方事件はネットが「エラー訂正機能」を発揮したと言われているが、残念ながら、政治家や官僚のエラー訂正にはほとんど力を発揮していない。
それはネットの責任ではなく、小保方事件を下世話な興味と勘違いした優越感や怨嗟レベルでの娯楽としてしか楽しめない人びとの責任だろう。

代替エネルギーなどというものはない2012/01/04 22:29

ハマウィングの一日における発電変動
■元旦『朝生』──本当はこういうことを話し合いたかったのに…… (3)

(←承前)

「代替エネルギー」なんてものはない



討論の最後には、今後のエネルギー政策をどうするのかというテーマが予定されていた。
これはものすごくストレスを感じるテーマで、この番組では到底まともには議論できないだろうと思っていた。


  • 民主党政権のホンネとは?
  • 再生エネルギーで代替可能か?
  • 送発電分離のメリット、デメリット
  • 省エネの可能性とは?


討論案にはこう書かれている。
それぞれに対する僕なりの見解を書いてみる。

「民主党政権のホンネ」なんてものはない。
なぜなら政党構成員があまりにも未熟で、エネルギー問題に対応できる力がないからだ。
これは自民党も同じなのだが、自民党には民主党よりも利権屋が圧倒的に多く、エネルギーコストとか環境負荷なんかどうでもいいから、儲かるような仕組みを作っていこう、という輩が主導権を握っていた。
民主党はトップにそれだけの悪知恵さえない。だから簡単に騙され、CO2大幅削減とか、「再生可能エネルギー」高額全量買い取りだとか、亡国の政策を正義の御旗のもとに振りかざし、その後、事実が少しずつ分かってきても引っ込みがつかなくなり、ぐずぐずになる。

政治家がどのくらい程度が低いかという例として、『裸のフクシマ』では、昨年5月末に結成された(正確にはずいぶん昔に話が持ち上がったままになっていたグループが「再結成」したということらしい)「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」のメンバーというのをここに記しておく。

たちあがれ日本:
平沼赳夫(会長)、中山恭子
自民党:
谷垣禎一、安倍晋三、山本有二、森喜朗(以上顧問)、山本拓(事務局長)、塩崎恭久、高市早苗
民主党:
鳩山由紀夫、渡部恒三、羽田孜、石井一(以上顧問)
国民新党:
亀井静香(顧問)

よ~く名前を覚えておこう。この人たちは未だに、原発は地下に作れば安全だなどというとぼけたことを真面目に主張しているのである。驚くべき話ではないか。
「今回の福島第一原発の1?4号機の事故ですが、仮に地下に立地していたのなら、地震には絶対強いです。そして、津波も取水口を封鎖してしまえばいいので、問題ありません。仮に地下でメルトスルーが起きても、中に(放射性物質を)閉じ込めることができるので、外には漏れません。それで、ロボットを使って作業をすると。そうすれば、今の福島のように宇宙服を着た作業員が、危険な作業をするということを避けることができます」(山本拓・自民党衆院議員 福井選出)

こういう人たちが日本の政治を動かしているのだ。

ちなみにこの会が昨年7月7日に開いた第二回の勉強会では、会場を震撼させるようなシーンがあったという。
// 会場の空気が凍りついたのは、「原子炉等が想定外の破損事故を起こしても、原子力施設周辺住民に放射線による被害を及ぼさない地下式原子力発電所について」と題して講演した京都大学名誉教授の大西有三氏(地盤工学)が質問を受けた時のことだ。参加議員に国際社会で「核燃料サイクルはどう変わっているか」と問われた際、「核燃料サイクルと言いますと?」と聞き返したのだ。質問議員が慌てて「プルトニウムを取り出してもう一度使うシステム」だと逆に答えると、「私はちょっとあの……我々がやっているのは一番最後に再処理して残った、これ以上は使えない処理です」という珍問答となった。(「核燃料サイクルを知らない専門家 地下原発議連、2回目の勉強会」 週刊金曜日7月15日号 まさのあつこ氏の記事より)//

お笑い作家でもこんな間抜けなやりとりは考えつかない。

……これが政治家の実態だ。
彼らにエネルギー問題を考える能力などあるはずがない。

次に言いたいのは、再生(可能)エネルギーなどというものは存在しないということだ。
エネルギーの総和は一定だし(質量保存の法則~熱力学第1法則)、エネルギーを利用すれば必ず廃物・排熱が出て、それは増える一方で減らせない(エントロピー増大の法則~熱力学第2法則)のだから。
まだ「自然エネルギー」という名称のほうがマシだが、世の中には自然ではないエネルギーというものはない。地球が得ているエネルギーはすべて太陽光由来のものだからだ。
化石燃料は太陽光エネルギーが形を変えて缶詰のように地下に貯蓄されたものだ。エントロピーが低く、とても利用しやすい。今、人類はその貯金を惜しげもなく使い続けている。そこが問題なのだ。
これに対して、原子力は異質で、自然由来のエネルギーとは言いきれないし、自然環境の中に渡して、地球の循環機構により処理することもできない。だからこそ「使えない」「使ってはいけない」と判断しなければいけないのに、処理できないまま、俺たちが生きている間はなんとかなるだろうと無責任に使い始めたことで悲劇が起きた。

で、そういう定義の問題は置いておくとして、風力や太陽光発電で化石燃料(を燃焼することによるエネルギー利用)を代替できるかと言えば、できるはずがない。化石燃料がゼロになれば風車も太陽電池も作れないのだから。
風力発電や太陽光発電が作りだすものは電力だけであって、地下資源のような原材料に相当するものは何も生み出さない。
発電の話に限って言っても、発電コストが高いというのはそれだけ石油などの資源を使うから高いのであって、実に単純な話なのだ。
このへんの話は、『裸のフクシマ』の最後のほうに書いたので、これ以上は繰り返さないでおこう。

もしかしてその議論になるかな、と思い、最低限用意しておいた資料を示しておく。

ひとつは、Googleで「風力発電 解列」というキーワードで検索すると上位に出てくる「風力発電機解列枠の検討について」という経産省が出している資料。
「解列」という言葉は耳慣れないかもしれないが、要するに「外す」「つながない」ということだ。
風力発電からの電力はあまりにも乱高下が激しく、送電系統を乱すため、送電系にその乱れを呑み込む余力がない(つまり、電力消費が少なく、少ない電力量しか流れていない)ときには、停電を避けるために風力発電からの電気を外す(止める)ということだ。これを「解列」という。
ここにはこう解説されている。


  風力発電は,自然条件により出力が変動することから,電力系統への連系量が増大した場合,当該地域内の電力需給バランスが損なわれる可能性があります。
  従って,風力発電機の連系に伴う周波数変動を抑えつつ,風力発電の導入拡大をしていく方策の一つとして,出力変動に対応する調整力が不足する時間帯に風力発電機の解列を条件に,新たな風力発電機の系統連系を募集するものです。



国は風力発電を増やせと言っているが、あんな不安定なものをつないだら停電の恐れが出てくる。
しかし、それでも増やせと言うのだから、送電系が対応できそうもない時間帯には最初から風力発電の電気を除外してしまう(外してしまう)ということにすればいい。大量の電気を消費しているときは、風力以外の発電からの電気がたくさん来ているので、そこにちょっとくらい風力からの変動の大きな電気が混じっても、誤差の範囲で対応できる。そういうことにすれば、風力発電はもう少し増やせますよ、と言っているのだ。
これがどれだけバカげた話か、普通の思考力の持ち主なら分かるだろう。
もともと大した発電量が期待できない風力発電だが、夜間などの電力消費が少ない時間帯に風力発電をつなぐと変動によって送電系が対応できず、停電してしまうから、恐ろしくて使えないと言っているのだ。
ちなみに、この「停電」は、電気が足りないから停電するのではなく、需要量変化に供給量を調整しきれずに送電系の機能が止まってしまうことで起きる。
ちなみに、2006年に欧州全域で発生した大停電では、風力発電が(1)非意図的に一斉解列し周波数低下を招き、(2)さらにその後自動再連係したことで出力調整に困難をきたした、と報告されている(電力系統研究会2007)。

『裸のフクシマ』にも示したが、横浜市が運営している1980kwのウィンドタービン「ハマウィング」の一日における発電変動量をグラフに表したものが最初に示した図である。
突出している時間帯でも定格出力の半分にも達しておらず、しかもその時間帯は真夜中だ。

風力発電推進派の人たちが書く文章には、「設備容量」という言葉が頻出する。
これは、どれだけの電力を発電する能力があるかという意味だが、風力発電の場合、最適な風が吹いた時間だけその発電能力を得られる。それより少しでも強ければ、危険だから止めてしまうし、少しでも風が弱くなれば、極端に発電量は落ちていく。結果として、「設備容量」の数字など意味がない。実際にどれだけ発電し、それによってどれだけの化石燃料が節約できたのかというデータを示さない限り、風力発電や太陽光発電が省資源に寄与したことにはならないが、そういうデータはおろか、もっと基本的な、実質発電量のデータさえ風力発電事業者は出してこない。
中国の風力発電に至っては、


 世界風力エネルギー協会(GWEC)が2011年4月に発表した世界の風力発電集計によると、中国では昨年1年間で1890万kWの風力発電所が新設され、2010年末時点で合計設備容量は4470万kWに達した。
 一方、国家電網公司が4月に公表した「風力発電白書」(「国家電網公司促進風電発展白皮書」)によると、2010年末時点で送電網に接続された風力発電所の合計設備容量は2956万kW。つまり、単純に計算すれば、1514万kWが送電網に接続されていないことになる。





建てただけで、1/3以上の風力発電施設は送電網に接続さえされていない、つまり建っているだけ、という信じがたいことになっている。
これは中国だけの事情ではなく、実は日本でも似たようなものだ。さすがにつないではあるが、解列は頻繁に起きて発電した電気を流していないし、故障や風況不良でまともに発電していないウィンドタービンがたくさんある。コストが合わない(直すとますます赤字になる)ために、事実上修理を断念されているものもある。
設備容量の数字がいかに虚しく、意味がないか、このことからもはっきり分かるだろう。


送発電分離については、是か非か、僕はまだ分からない。
分離しなければ電力会社の地域独占が絶対に解消できないのであればするしかないのではないかと思う。
しかし、送電網配備や電力分配というのは、究極の技術と合理性、コストパフォーマンスの追求が必要な事業だ。競争原理を導入することでそれが進むのならいいが、かえって無駄が出る、不安定要素を増やすのではないかという懸念もある。
本来なら、こういう事業こそ水道事業のように公営にして、国民がしっかり無駄遣いを監視しながら運営することが望ましい。ところが、役人は知恵を働かせてずるをする。無駄を行って私腹を肥やすテクニックばかり追求しているので、結果的に無駄だらけになる。そんなことなら民営化したほうがいい、となり、民営化すると、今度は正常な競争ではなく、国が補助金や許認可権を巡ってどんどん利権構造を作ってしまい、さらにひどいことになっていく……。
原子力ムラはまさにその最たるものだった。
だから、まずは送発電分離よりも前に、10電力会社の独占をどう解消するか、電力事業独占による利権構造をどう解体し、効率的な電力事業運営を組み直せるかという問題をクリアすべきだろう。その方法論の中で、送発電分離も論じられていくはずだ。
現時点では、どっちが完全に正しい、と言うだけの根拠を僕は持ち合わせていない。

省エネの可能性……これはもう、とてつもなくある。
ただし、省エネ製品に買い換えることがいいことだという単純な話にはならない。まだ使えるものをつぶして(ゴミにして)、省エネ新製品を導入したことで、トータルのエネルギー消費は増えることはいくらでもある。
そのへん、どこまで正直に、理想を掲げて産業が進んでいくのか、という問題だろう。
安易に補助金を注ぎ込むことで、この計算が分かりにくくなり、結果的にエネルギー浪費につながることはいくらでもありえる。

こうして書いていくと、結局最後は、各現場の人間がどこまで正直になれるか、タブーをなくして実力を発揮できる職場を保てるか、ということにつきるような気がする。
大量生産、大量消費による金のやりとりという尺度で幸福度や国の序列が決まるという考え方を一掃しない限り、絶対に問題は解決しない。

白河や会津が怒るのは当然 バカの極致「文科省原子力損害賠償紛争審査会」2011/12/14 11:20

賠償金支払い対象の23市町村と汚染度合は一致していない

8万円/40万円の追加賠償金の根拠は何か?

福島第一原発爆発・汚染「事件」をめぐって国や県がやっていることはとことん滅茶苦茶で、『裸のフクシマ』に書いた通りだが、今もまだまだでたらめが続いている。
最近では、12月6日に文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(能見善久会長)が求めた「警戒区域、計画的避難区域などを除く福島県の23市町村を対象に全住民に1人あたり8万円、妊婦と18歳以下の子どもに1人あたり40万円」という賠償金問題。
この賠償金は「自主避難への賠償」ということらしい。30km圏内や「緊急時避難準備区域」、「計画的避難区域」などは命令を下して避難させたのだから、それに対する補償をするが、それ以外の地域では逃げようが留まろうが知ったことではない、というのが今までの国や東電の賠償姿勢だった。
これではいけないので、自主的に避難した人たちにも賠償しましょう、ということらしい。
しかしこの賠償金は、決められた23市町村では、逃げた逃げないに関わらず全住民に一律で支払われる。であれば、支払われる根拠は、避難しなければならないほどの放射能汚染への恐怖心、不安、ストレス、現実の健康被害、そして、経済的打撃(農産物など一次産業への被害はもちろん、放射能汚染によって様々な職場、職業で従来通りの経済活動継続が不可能になったこと)などに対しての損害賠償と考えるのが適切だろう。
であれば、今回の23市町村の選定はまったく実情に合っていない。

該当する23市町村とは、
福島市、二本松市、本宮市、桑折町、国見町、大玉村、郡山市、須賀川市、鏡石町、天栄村、石川町、玉川村、平田村、浅川町、古殿町、三春町、小野町、相馬市、新地町の19市町村と、いわき市、田村市、伊達市、川俣町の4市町(すでに補償金が支払い開始されている緊急時避難準備区域など以外)の合計23市町村だ。
福島県の土地勘がないかたがたにはピンとこないだろうから、文科省が発表している土壌汚染マップに重ね合わせて表示してみる。以下のピンク色の線の内側が該当地域だ。


一目瞭然で分かるが、白河市などは、かなり汚染されているにも関わらず外されていて、汚染の度合いが低い石川町や玉川村、平田村、浅川町、古殿町、小野町などは入っている。
汚染の度合とはまったく合致していないのだ。
白河市がいちばん分かりやすいが、白河市で「自主避難」した市民は、12月1日の時点で126世帯286人。数が少ないから外したとでも言うのだろうか。白河市の鈴木市長は「市内でも放射線量が高い地域がある。子どもの健康被害を心配する親も多いのに、自主避難者が少ないから賠償金が出ないというのはおかしい」と主張している。当然だ。
会津は概ね汚染の度合が低かったが、南会津町の南部などは結構やられていて、石川町、玉川村、平田村、小野町あたりよりひどい。
そもそも、「福島」というレッテルを貼られて農産物などが売れなかったり、浜側からの被災者を受け入れて苦労していることは会津も同じなのだ。
猪苗代町も外されたが、原発立地でさんざん電源交付金などの恩恵を受けてきた人たちを豪華リゾート施設に受け入れ、住民がボランティアで炊き出しをした挙げ句に、一部の「避難者」から「毎日同じものを食わせるな」「飯がまずい」などと文句を言われた猪苗代町の人たちは、今、どう思っているだろうか。
今まで我慢してきた怒りが爆発しているはずだ。
お上や、現場を知らない学者たちがこういうバカな施策を次々に出してくるたびに、福島はずたずたにされる。
子供が3人いる5人家族を例にとれば、賠償金は136万円(40万円×3+8万円×2=136万円)になる。136万円がもらえるもらえないの差は大きい。
もとより、被害の度合は人によって大きく違い、補償の不公平は避けられないのだから、補償するなら福島県内全域というようなくくりでやるしかないのは分かりきったことなのに、この無神経さ、間抜けぶりはなんなのだろう。
無論、放射能汚染被害を被っているのは福島県の住民だけではない。
栃木県、宮城県、群馬県、茨城県などでは、石川町や平田村などよりずっと汚染がひどい地域がある↓。


宮城県丸森町の保科郷雄町長も、「空間放射線量が丸森より低い福島県内の自治体が該当しているのに、福島でないというだけで、我慢しなければならないのは納得できない」と声を上げている(河北新報記事)

あったりまえの話だ。
もう、話題にするのも嫌になる。

こんな「除染」はやってはいけない2011/12/04 11:34

「除染」によって住民の内部被曝危険性が増している

郡山市の市民が、「放射性物質の除染作業による被曝から守るため市民に除染作業をさせない事を求める署名」というのを始めた。⇒こちら

背景には、「除染」を巡って戦時中の隣組的な社会が形成され、子供を含めた多くの市民が「除染活動に参加させられることによる内部被曝の危険性増大」に直面しているという実態がある。
このブログこのブログにも記されているように、除染が大規模にかつ効率的に「儲からない」都市部では、「除染」は市民に丸投げされる傾向があり、それに参加しないと「自己中心的な人間だ」と、隣人たちから糾弾されるという図式ができあがってしまっているのだ。

//お父さんや家族の都合が悪ければ、お子さんを連れて除染に行くのだそうです。行かなければ、協力的でないと後ろ指をさされます。なのでお母さんが行くのだそうです。//

//地域のために皆がんばることなので、手伝わない人は非国民扱いで村八分だそうです。
若いお母さんなどは、乳幼児の我が子から目が離せないのですが、でも参加しなくてはならず、幼い子どもを連れて除染作業に参加するそうです。//


この「みんなと一緒に足並みを揃えない者は非国民」的な空気が形成されてしまうことがいちばんの問題。
福島県内では、3.11以降、あちこちでこうした事態が起きている。
被爆を避けて県外に移住すると「逃げ出すのか」と罵られたり、除染をする、いや、下手に引っかき回すとかえって被曝するからしない、という言い争いもあちこちで起こっている。

何度も書いているように、いちばん怖いのは内部被曝。
「除染」作業の現場というのは、土やアスファルト、コンクリートにこびりついている放射性物質を再び空中や水中に解き放つということをしているわけで、それを吸い込んだり呑み込んだりする危険が一気に増すのは自明のこと。
しかし、「除染」は今やこの国で最大の国策事業、莫大な税金が投入される公共事業になってきており、自治体(地方行政)はもちろんのこと、失業した労働者、建設会社、土建会社、清掃会社、森林組合、商工会……ありとあらゆるところから「雇用が回復できる魅力的な事業」として見られている。
除染作業従事者養成講座的なものに、土建会社や清掃会社、はてはリサイクル業者などが殺到しているが、その講座を仕切っているのが、今までさんざん原発建設を進めてきた原子力ムラの連中だったりするのだからやりきれない。

「除染」現場に駆りだされた母親たちは、重機を使えるわけでもなく、土の削り取りや運搬、草むしり、側溝掃除などを手作業でやらされる。付着して、ある程度安定していた放射性物質は再び拡散するから、それを吸い込んだり呑み込んだりする可能性が増え、除染の現場では普段より余計に被曝する。
水をぶちまけて流せば、水が流れていく場所が新たに汚染を増すだけのこと。
剥ぎ取って集められた土は、公園や空き地の隅に穴を掘ってひっそり埋められる。表土を剥ぎ取った場所の空間線量は下がるが、そこにあった放射性物質はどこかに移動しただけ。
もはや、どこにどれだけの汚染物質が埋められたのか、あるいは流されたのか、分からない状態。

これが都市部の「除染」の実態だ。

では、莫大な税金が投入され、除染実験が始まった農村や森林地帯はどうか。
人が入らない森林を伐採するなどということをしたら、水源が涸れ、かつ、余計な地下水汚染を引き起こしかねない。
ところが、そういうことを理解していないのは素人だけでなく「専門家」と呼ばれる人たちも同様で、「森林を伐採しないと、放射性物質が里に流れ出して汚染を広げる」などと言い、それを恐れた住民が、森林を全部伐採しろと叫んでいるような状況だ。
こうして除染という名の森林伐採が押し進められている。こちらのほうが、人の目につかない場所で大規模に行えるために、関係業者は大きく、効率的に儲けやすい。

川内村の我が家周辺は、今、大量の落ち葉で埋もれているが、線量は少しずつだが確実に減ってきている。もちろん除染などしていない。
雑木林や唐松林など、落葉樹の森林は、3月には葉っぱをつけていなかったので、今の落ち葉にはほとんど放射性物質が付着していないのだ。
一部の「専門家」は、樹木が土中の放射性物質を吸い上げて葉に蓄積させる云々と言っているが、どうやらその話もいい加減で、やはり降り積もった放射性物質のほとんどは、土の表面から5cmくらいの層に溜まっているのだろう。
そこに新しい落ち葉が落ちて、落ち葉の層を形成していくので、多少は放射線がシールされているのかも しれない。
もちろん、ガンマ線はそんなものもろともせず突き抜けるが、毎年これを繰り返していけば、土中の放射性物質は少しずつ地下に潜り込んでいくのだろう。だが、数メートル下には到達しないだろうから、放っておいても地下水脈は無事なはずだ。そこに深い穴を掘って汚染物質を埋めたりしない限りは……。

程度の薄い汚染地帯は、下手に引っかき回さず、何もしないほうがいい。
ベラルーシまで行って、チェルノブイリ事故後の汚染地帯がどうなっているかを実際に見てきた「視察団」の人たちも「森は除染できない。しない」と明確な答えを得てきたはずだ。

それでも無理矢理進めていけば、放射性物質入りの土埃や粉塵を吸い込んで、作業員は確実に内部被曝する。
大変な健康危機と税金と引き替えに森林伐採、表土削り取りが進むと、森が死滅し、農地は使いものにならなくなる。保水力を失った山は土砂崩れ、水害発生源となる。養分の多い表土を剥ぎ取られた農地は荒れ果てる。
もちろん、山の保水能力の低減で渇水も起きる。
放射能汚染に加えて、取り返しのつかない環境破壊の連鎖が、今、人間の手で進められようとしている。

こんなとんでもない国に、我々は住み続けなければならない。自分の命を自分で守りながら。
これは大変なことだ。
みんな、自分の命や暮らしを守ることで精一杯だが、とりあえずは、郡山市など、都市部で起きている「除染隣組」には声を上げないと。
このままでは、人間の余計な所業によって、汚染地帯に住まざるをえない住民の内部被曝の被害がどんどん増えていく。

汚染地帯に暮らす母親たちには、勇気を持って「私は除染作業には加わりません」と、拒否姿勢を貫いてほしい。あなただけでなく、子供たちを守るために。

「除染」は幻想を捨てることから始まる2011/09/26 21:57

■完全な「除染」なんてできない と結論されたリポート

山内知也 神戸大学大学院海事科学研究科教授が、「放射能汚染レベル調査結果報告書 渡利地域における除染の限界」というリポートを発表した。

「渡利小学校通学路除染モデル事業が8月24日に実施されたが、報告された測定結果によれば、各地点空間線量は平均して「除染」前の 68%にしか下がっていない」
「除染作業の実態は側溝に溜まった泥を除去したということであって、コンクリートやアスファルトの汚染はそのままである。道路に面した住宅のコンクリートブロック塀や土壌の汚染もそのままである。一般に、除染は広い範囲で実施しなければその効果は見込めない。今回の計測において通学路の直ぐ側の地表で 20 μSv/h に及ぶ土壌の汚染があった」


などとして、

「文字通りの『除染』は全く出来ていない。Cs-134 の半減期は2年、Cs-137 のそれは30年である。したがって、この汚染は容易には消えず、人の人生の長さに相当する。そのような土地に無防備な住民を住まわせてよいとはとうてい考えられない」

と結論づけている。

渡利地区に人を「住まわせてよいかどうか」という判断は簡単にはできないが、「除染」について多くの人が抱いている幻想を打ち砕く内容であることに間違いはない。

報道では「早く住民が戻れるように国が全力を挙げて除染に取り組むべし」といった論調が目立つ。そう言っておけばいちばんの安全牌だということだろうが、具体的な内容に踏み込まないで、単純化された正義として「除染事業」が暴走することを恐れる。
この問題を論じるためには、大前提として、「放射性物質を消滅させる技術は存在しない」という認識を全国民が持つことから始めなければならない。しつこいようだが、除染というのは、放射性物質を「移動」か「拡散」させることであって、消せるわけではない。
屋根に付着したセシウムを洗い流せば、屋根から流れ落ちたセシウムが付近の地表や排水に流れ込むから、排水枡や雨樋の出口などでは除染後にむしろ線量が高くなるのはあたりまえのこと。前出の「放射能汚染レベル調査結果報告書~」でもそうした結果を報告している。
では、除染──特に都市部の除染が簡単にはできないということを認めた上で、何を優先的にするべきなのか。
このリポートを書いた山内教授のように「そのような土地に無防備な住民を住まわせてよいとはとうてい考えられない」と結論づけるなら、そこから先、具体的にどうすればいいのか。
まず、そのような場所に、

1)住んではいけないので強制的に退去させる
2)住むか住まないかは住人の判断に委ねる

という選択肢がある。

1)の場合は、低線量被曝をしてもいいから今の場所に住み続けるという「権利」を奪うことになる。その結果、ストレスや経済苦で死期を早める人のほうが、放射線が原因で死ぬ人よりはるかに多いことははっきりしている。特に高齢者はそうだ。
それでも住民を強制的に退去させることは正しいことなのか。正しいとするなら、何を基準に線引きをするのか。(空間線量の数値だけでよいのか)

1)の場合も2)の場合も、住民がそこを出て新しい場所で生活をするための支援・賠償をしなければならない。その場合の支援はどうするのか。
例えば、豪邸に住んでいた金持ちと安アパート暮らしの貧乏人に対する支援(賠償)額に差をつけるのか、それともその人が所有していた不動産の価値には関係なく、一律で金を支払うのか、という問題が出てくる。
さらには、子供のいる世帯と大人だけの世帯では差をつけたほうがいいという考え方も当然出てくる。

事業所を失う場合や、移転した場合、事業そのものができなくなる場合の補償はどうするのか。
例えば、何十年もかけてその地区で信用を得て生徒数を増やしてきた学習塾などは、他の場所に移転しても同じ事業をすぐに始めることは不可能だ。温泉宿とかプロパンガス配給、新聞配達店など、その場所でしか営めない事業はたくさんある。
そうした個別の対応は到底不可能だと分かっているからこそ、国は「除染をして戻りましょう」と言っているのではないか。
出ていく決断をした人たちが、「効果が薄い除染などに税金を注ぎ込むくらいなら、移転費用として補償金を出せ」と考えるのは当然のことだ。

あまりにも問題は深刻かつ複雑。本気で検討し始めたらとんでもない金額の話になってしまうし、福島県が消滅しかねない。
その結果と言うべきか、現時点では、都市部の住民に対する補償はほとんどされていない。話題にすることも避けられている印象がある。
このまま「除染」だけが公共事業として進められると、本来、賠償を受けるべき住民たちの財産は踏み倒されたまま、税金が新たなビジネスに注ぎ込まれて、そこで儲ける者が出現するだけということになりかねない。

空間線量というのは、現時点では地表や建造物、植物などに付着したセシウムから出ているガンマ線(正確にはセシウムはベータ線を出して放射性バリウムになり、その放射性バリウムがガンマ線を出して安定バリウムに変わる。その過程で放射されるガンマ線)の数値がほとんどだ。排水溝などで飛び抜けて高い数値が出るという場合は、たいていはベータ線も一緒に計っている。ベータ線は空気中ではせいぜい1メートル程度しか飛ばないので、地表から1メートルの高さで測っている場合はベータ線の影響はほとんど数値に出ない。
これらを外部被曝した場合のことを指して、一部の「専門家」は、安全だ、まったく問題ない、と主張している。
外部被曝だけであれば実際そうかもしれない(そうではないかもしれないが)。
だからこそ、空間線量だけの議論に持ち込まれてはいけないのだ。
問題は放射線を出している物質を体内に取り込んでしまい、体内で被曝し続ける内部被曝。中でもいちばん恐ろしいのはプルトニウムを吸い込んで肺に付着させることだが、プルトニウムが本当に拡散していないのかどうか、信用できそうなデータがなかなか出てこない。このことのほうが問題だ。プルトニウムの検出には高価な機器と手間(長い検査時間)を要するからだが、まずはこれに金を注ぎ込んで徹底した調査をしなければ、どれだけの危険が存在しているのか分からない。
食品の検査態勢がまったく手薄であることも明白で、検査態勢強化のために金を惜しんではならない。
優先順位をつけるとしたら、そっちではないか。
もし、微量であってもプルトニウムやストロンチウムが広範囲に飛び散っているということが分かったら、それらを体内に取り込んで内部被曝するかどうかは、くじ引きのようなものになる。ほとんど防ぎようがない。空間線量が高い場所では放射性物質が多いわけだから取り込んでしまう確率も高くなるが、低いから安全だということにはならない。量の問題以前に、取り込むか取り込まないか、○か×かという問題になってくるからだ。
土やアスファルト、コンクリートの表面を剥いで移動させたりする作業をすれば、何かに付着して動きを止めていたプルトニウムをまた空中に舞い上がらせ、それを吸い込む危険性も増すだろう。
プルトニウムはアルファ線を、ストロンチウムはベータ線を出すが、これらは例の「ホールボディカウンター」でも検出できない。つまり、セシウムよりずっと危険な核種を体内に取り込んでしまっているかどうか、知る術がない。
となれば、それが原因で死んだとしても証明ができない。
何から何まで分からないのであれば、内部被曝の確率を下げるためには、もうもうと粉塵を巻き上げながら道路の表面を大規模に剥がし始めた福島になど暮らしたくない。ひたすら福島から遠くで生活するしかない、という結論に達する。
子供を福島から遠ざけたいと思うのは、親としては当然のことだろう。
この危険回避には金がかかる。つまり、できる人とできない人がいる。
命を守れるかどうかは金次第という世界。

原子力エネルギーを使うのはやむをえないという考え方は、こういう不平等社会を「仕方がない」と思う人たちの考え方だ。そういう考えの人たちが「除染」を熱心に口にするときは、注意したほうがいい。
 
裸のフクシマ

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)

(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。
驚愕の事実とメディアが語ろうとしない本音の提言が満載。
第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛

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福島第一原発で何が起きていたのか、今分かってきたこと2011/04/06 16:08

福島第一原発に使われているアメリカGE社製の原子炉Mark1構造図

2号機、3号機で何が起きたのか? 今、どうなっているのか?

 ここ数日、気になる情報が矢継ぎ早に入ってきました。
 まずは、今中哲二氏(京都大学原子炉実験所助教)がリーダーとなって急遽編成された「飯舘村周辺放射能汚染調査チーム」が3月28日、29日に行った「飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動の暫定報告」というもの。
http://p.tl/RN_n
 ↑PDFでここに発表されていますが、サーバーの能力が低いらしくて、常時重いので、一部内容をそのまま抜粋します。

3月28日と29日にかけて飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動の暫定報告
飯舘村周辺放射能汚染調査チーム

調査メンバー:
今中哲二(代表) 京都大学原子炉実験所
遠藤暁 広島大学大学院工学研究科
静間清 広島大学大学院工学研究科
菅井益朗 國學院大學
小澤祥司 日本大学生物資源科学部
---------------------------------------------------
//3月15日午前の2号炉格納容器破壊または4号炉使用済み燃料プール火災にともない放射能大量放出があり、それが北西方向に流れて『高放射能汚染トレース』が形成されたものと推察される。
放射性ヨウ素がかなりの割合で存在することを考えると、06:10 に発生した2号炉格納容器破壊にともなう大量の放射能放出が北西方向へ向かったと考えるのが妥当であろう。
添付1のデータによると、飯舘村での放射線量率の最大値は、3月15日18:20 の 44.7μSv/h である。
右は、アメダス飯舘ポイントの当時の気象条件である。
3月15 日 06:10 の格納容器破壊で放出された放射能雲が約12 時間かけて飯舘村近辺に達し滞留・沈着したものと思われる。//

//図5に基づくと、3月15 日の沈着から90 日間の積算被曝量は、曲田で95mSv、村役場で30mSvと予想される。
この値は、あくまで牧草地などの土壌の上に常時滞在する場合であり、車中で2/3程度、木造でも家の中では1/2 程度、コンクリート製の建物中では1/10 に軽減されるものと考えられる。
なお、原子力安全員会の『原子力施設の防災対策について』に定める『屋内退避及び避難等に関する指標』においては、外部被曝による予測線量(放射性物質又は放射線の放出期間中、屋外に居続け、なんらの措置も講じなければ受ける線量)が10~50mSv のときは『自宅等の屋内へ退避すること』、50mSv 以上のときは『コンクリート建屋の屋内に退避するか、又は避難すること』と提案されている。飯舘村の放射能汚染状況が深刻なものであることは言をまたないものである。//
----------------------------------------------------


 図や表は転載していませんが、要するにこれを読んで分かることは、

  1. これだけの高濃度汚染があることを国や関係機関は15日時点で分かっていたはずなのに、当該地区への情報伝達をしなかった
  2. (衝撃的映像として放送された)1号機、3号機の水素爆発よりも、むしろ映像としては伝わってこない2号機や4号機からの高濃度の放射性物質漏れが主要な原因と思われる。
  3. 飯舘村付近が突出して汚染されたのはそのときの天候条件による「たまたま」の結果である。つまり、他のどの地域も飯舘村並み、あるいはそれ以上に汚染された可能性がある。風が海側から吹いていた場合などは、首都圏で同様の汚染が起きたことも十分考えられる。飯舘村以外の場所の汚染が軽度だったのは、ものすごく運がよかっただけ。(実際、海洋上ではとてつもない汚染を受けたが、海水が薄めていることと、人がほとんどいないことで結果が出てこないだけ)


 今中チームはどうやら、1号機や3号機の水素爆発よりも、2号機からの放射能漏れを重視しているようです。
 2号機は外から見る限り、建屋があまり壊れていないので、1号、3号、4号機に比べればまともなのかと錯覚しがちですが、実は、3月15日午前6時10分に爆発を起こしています。東電は保安院に「この爆発により、サプレッション・チェンバー(圧力抑制室=上の図で、いちばん下に見えているドーナツ状部分)が損傷している恐れがある」と報告しています。
 圧力抑制室は炉心に直結している部分で、原子炉本体と呼べる「圧力容器」の下部を構成しています。
 タービン(原子炉外部にある蒸気発電機)が停止して原子炉から主蒸気をタービンに送ることができなくなったとき、蒸気をベント管等によりこの圧力抑制室に導いて冷却し、原子炉圧力容器内の圧力を低下させるための設備です。また、非常用炉心冷却設備(ECCS)の水源としても使用されます。
 これが爆発により破壊された(要するに穴が空いて中の水が抜けた)というのです。
 つまり、2号機ではこの時点で炉心内の放射性物質が直接環境中に吹き出したと考えられます。
 1号機や3号機の爆発は、建屋が吹き飛び、めちゃめちゃになったものの、格納容器、そしてその中に収められている圧力容器は概ね無傷で残ったとされています(もちろんタービンと結んでいる配管などは大きく損傷しているでしょうから、そこからは漏れているはずですが)。
 対して、2号機は炉心を構成する圧力容器の一部がすでに壊れているという恐ろしい事態になったわけですから、そこから環境中に出てしまった放射性物質の濃度は桁違いでしょう。
 現地で、その後の冷却作業を2号機中心に切り替えたことも、事態の深刻さを裏付けています。

 今中チームが考えたように、もし飯舘村の放射能汚染の主原因が2号機からの放射性物質拡散であったとすれば、2号機の圧力容器が壊れたままで、炉心に注入している水がだだ漏れである以上、これから先も、何が起きるか分からないということになります。
 炉心の温度は確実に下がってきているので、再臨界などはまず起きないでしょうが、問題は、炉心部分と外界がつながってしまっている、遮る手段がない、ということなのです。
 水を入れなければ燃料集合体が露出して炉内の温度が上昇し、そこから高濃度の放射性物質が空気中に出ていきます。それを防ぐためには水を入れ続けなければいけませんが、圧力容器が壊れて水が漏れるのですから、注入した水は循環することなくそのまま外に出て行きます。この水は炉心を通っている水ですから、とんでもない汚染水です。

 その後の報道によれば、敷地内地下の配管系統やU字溝の類が古くてあちこち損傷していて、汚染水の流出経路もすぐには特定できないという信じがたい状況ですから、敷地内の土壌汚染はすでに致命的です。
 燃料集合体が露出して炉心の放射性物質が空気中に出てしまう(風次第でどこに飛ぶか分からない)よりは、水浸しにして敷地の土壌と海を汚染させたほうがまだマシだという判断の下に、切ない作業が今も進んでいるのです。
 4月6日になって、報道では「高濃度汚染水の漏れが止まった」と報じていますが、漏れが止まったということは、流入口が開いたままでの田圃の排水口を閉めたのと同じですから、これからは敷地内が田植え前の田圃状態になります。超高濃度汚染水でびたびたになった田圃で田植え作業ならぬ復旧作業を強いられるわけで、これはこれで想像を絶する図です。

 ついでに言えば、15日の時点で、政府や東電、関係省庁などは、一気に周辺地域への汚染が進み、そのときの風向きと降雨により、高濃度汚染エリア(いわゆる「ホットスポット」)が飯舘村周辺にできたことを知っていました。
 しかし、気象庁はだんまりを決め込み、日本気象学会理事長・新野宏は、気象学会会員である学者たちに「リサーチを勝手にするな。発表するな」と圧力をかけていのです。
 呆れたことに、この「お達し」は、これを書いている4月6日現在もまだ気象学会のWEBサイトに掲載されています
 消える前に当該部分を抜き出しておきます。

2011 年 3 月 18 日 日本気象学会会員各位
日本気象学会理事長 新野 宏

(~略)この地震に伴い福島第一原子力発電所の事故が発生し、放射性物質の拡散が懸念されています。大気拡散は、気象学・大気科学の1つの重要な研究課題であり、当学会にもこの課題に関する業務や研究をされている会員が多数所属されています。しかしながら、放射性物質の拡散は、防災対策と密接に関わる問題であり、適切な気象観測・予測データの使用はもとより、放射性物質特有の複雑な物理・化学過程、とりわけ拡散源の正確な情報を考慮しなければ信頼できる予測は容易ではありません。
今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省等が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報が提供されることになっています。防災対策の基本は、信頼できる単一の情報を提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたいと思います。


 4月4日には、読売新聞が、気象庁が海外向けには放射性物質拡散予測データを渋々伝えているものの、国内に向けてはまったく発表していない事実を報じました。
 国際原子力機関(IAEA)は、「国境を越える放射性物質汚染が心配されるときには、各国の気象機関が協力して拡散予測を行うこと」を要請しています。
 これに従い、日本の気象庁も、東日本大震災当日の3月11日から毎日1~2回、放射性物質の拡散予測を計算していました。それを海外には伝えており、ドイツやノルウェーなどの気象機関はそのデータにさらに独自の分析を加えて拡散予想を公開していますが、事故の当事者国である日本国内では隠されていたのです。

■3号機の爆発は水素爆発だったのか?

 もうひとつ気がかりなのは、3号機の爆発が1号機と同じ水素爆発だったのか、ということです。
 私自身は今でもそう思っていますが、そうではないと見ている人もいるようです。
 週刊現代4/16号に、福島第一原発の原子炉(米GE社のMark1)設計を担当したGE社のもと設計士・菊地洋一氏という人物のコメントが紹介されています。
「3号機だけが熱でグニャグニャに曲がっているでしょう。アメ状に折れ曲がっている。これは明らかに水素爆発ではありません。何らかの理由で鉄骨を溶かす800度以上の超高熱にさらされ、鉄骨の骨組みが溶けた。水素爆発ではここまでの事態にはならない。何かもっと重大な事態が起き、それがいまだに報告されていないか、誰も正確に事実を把握していないのでしょう」

 3号機の爆発が1号機のときとはまったく違う規模だったことは、爆発映像を流したテレビでも言っていました。
 煙の色も違うし、爆発の瞬間に炎が建屋を包んでいるし、煙も上方向に高く上った、という解説で、両方の爆発シーンを並べて比較した映像も紹介されました。
 しかし、その後3号機も水素爆発だったと発表されてからは、誰もこのことには触れません。
 本当に「何かもっと重大な事態が起き、それがいまだに報告されていないか、誰も正確に事実を把握していない」のであれば、その重大な事態とはなんなんでしょうか。

 私自身は、今の情報だけであれば、3号機の爆発は水素爆発であり、1号機より大きな原子炉だったから溜まっていた水素も多く、爆発も大きかったのだろうと推測しています。
 3号機の爆発が飯舘村のようなホットスポットを作りだした原因だったとすれば、逆に、これから先、爆発が起きなければ放射性物質の空中への大量飛散はないということになるので、むしろ安心できます。
 このへんも、しっかり調査・分析して報告してほしいものです。

 ところでこの菊池氏が同じ週刊現代の記事の中で、過去における驚くべき体験を証言しています。
 1970年代末、彼がGEの設計士として福島第一原発に赴任していたとき、2号機の補修が必要になって作業を開始しようとしたところ、東京電力社内に原子炉工事をしたときの図面が残されていなかった、というのです。
 福島第一原発の歴史を見ると、

1967年9月29日:1号機を着工する。
1968年(昭和43年)3月29日:国が2号機の原子炉設置を許可する。
1969年(昭和44年)4月4日:福島県と東京電力の間で「原子力発電所の安全確保に関する協定」が締結される。
7月1日:3号機の原子炉設置許可申請を提出する。
1970年(昭和45年)1月23日:国が3号機の原子炉設置を許可する。
7月4日:1号機において核燃料を初めて装荷する。
11月17日:1号機の試運転を開始する(翌年5月11日に記念式典を実施する)。
1971年(昭和46年)2月22日:5号機の原子炉設置許可申請を提出する。
3月26日:1号機の営業運転を開始する。


 ……となっています(Wikipedia参照)。
 71年に営業運転を開始した原子炉の建設図面が、70年代末には東電社内に残っていなかった??
 そんなバカな話があるでしょうか。
 いくらなんでもこの記事は信用できないのではないかと私は思ったのですが、4月5日、高濃度汚染水が海に漏れだしていた件は、パイプやトンネルからではなく、その下の「砕石層」を通って流れ出していたという報道に接し、考えが変わりました。そこまでいい加減な工事をしていて、老朽化にも気づかなかったのであれば、最初から杜撰だった、気が緩んでいたということもありえるだろうと。
 少し詳しく説明すれば、当初、汚染水が噴き出しているのを目視できた場所の上流には、電線などが通る管路や電源ケーブル用のトンネルなどがあって、汚染水はこれらを通ってきていることが分かりました。もちろんこれらは「水路」や「排水管」ではなく、ケーブル類をまとめて這わせたり、人間が点検しやすいように作っているトンネルですから、決して水が入ってはいけない通路です。
 そこに高濃度汚染水が流れ込んできていること自体が大問題なのですが、その経路を遮断しても汚染水の海への流入は少しも止まりません。そこでさらに調べると、そうした通路の下に土台として埋めた砕石層(要するに土の中)を通っていることが分かったので、そこに直接止水剤を注入したというのです。
 私は越後の家で「土壌浄化層」「土壌トレンチ」という土壌バクテリアを利用して排水を浄化するシステムを自分で作ったことがあるので、砕石層が水の通路になることは体感的にもすぐ分かるのですが、ここに通っているのは炉心を通過して高濃度に汚染された水なのです。これが、U字溝やパイプではなく、地面の下の土壌そのものに流れ出しているというのですから、もはや冗談にもなりません。
 ここに止水剤を注入したとしても、今なお汚染水はだだ漏れ状態なのですから、敷地内はどんどん汚染水で水浸しになっているのです。

 福島第一原発が今後どうなっていくのか、現時点では誰にも分かりません。
 分かってきたのは、「想定外」の堕落、怠惰、無責任、無能力が、電力会社と政府、そしてアカデミズムの世界で構成される「原子力村」にて蓄積されていたことです。
 今まで大きな事故が起きなかったことのほうが奇跡的と思わざるをえません。

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