『マイルド・サバイバー』の60秒CM?2022/08/28 20:36

『マイルド・サバイバー』55ページ目
50年前のAKAIのラジオCMを改めて聴いてみて、ああ、こういう仕事をしてみたかったな、という思いがあるのだが、今はもうCM音楽そのものが絶滅危惧種になってしまっている。
このまま死んでいくのも悔しいので、いっそ架空のCM音楽でも作ってみようかな、なんて思った。
「あ、大林製薬」
という一言(女声)から始まるイベルメクチンのCMとか……。

でも、そこまでやるなら、その前に実際のCM作ってみたらどうか、ということで、こんなのを作ってみた↓

で、どうせならもう少しちゃんとした?やつを……ということで、もう1パターン作ってみた↓。


どうせだから、目次部分も再掲しておきますね。

序章 二度の震災被災で学んだこと

  • 揺れ続ける我が家を庭から見ていた
  • よく行くスーパーの隣で原発が爆発した
  • 生死を分ける「正常化バイアス」の怖さ
  • 「同調圧力」が招いた悲劇
 

第一章 間違った「常識」こそが日本を滅ぼすモンスター

  • 「リアル・サバイバル」時代がきた!
  • 日本はもはや「先進国」ではない
  • 思考硬直が命取りになる
  • ノイジー・マイノリティにはならない
  • 「家族保守主義」の落とし穴
  • 抗うよりも柔軟にのりきるという戦略
 

第二章 まずは今の自分の身を守れ

  • 「命あっての物種」
  • 原発爆発が東京湾岸の発電所で起きていたら
  • 危険度がいちばん高いのは高層マンションとゼロメートル地帯
  • 都会人は電動アシスト自転車を買え
  • 誰でもできるリアルサバイバル対策
  • 必需品は「予備」を買っておく
  • 「衣・食・住」ではなく「食・住・通」
  • 若い人たちは「生涯現役」の覚悟が必要
  • リタイアしてから考えるのでは遅い

第三章 都会を脱出せよ

  • 都会に食料が届かなくなる日
  • 東南海地震、富士山噴火、首都直下型地震は必ず起きる
  • 都市ガス、上下水道は災害に弱い
  • 医療・介護も大都市ほど崩壊しやすい
  • 二地域居住という「二股保険」のすすめ
  • キャリアを捨てられないという固定観念
  • 子どもがいるから都会を離れられないという思いこみ
  • 都会の「ミニマリスト」は生き残れない?
  • 一年間暮らせる預金があるなら仕事は後から考えてもよい

第四章 移住するなら北関東

  • 「ほどほど」の田舎がいちばん暮らしやすい
  • 年代別、タイプ別の移住先選び
  • 認知症老人の一人暮らし
  • 年金も預金もない老後の場合
  • 役場と地元のお店に行ってみよう
  • 北関東こそ魅力度ナンバー1
  • 「不人気」地域こそが狙い目
  • 土砂災害・水害の危険性のある土地は絶対ダメ
  • 迷惑施設建設地として狙われる可能性
  • クルマを使えない人は地方移住は無理か?
 

第五章 田舎物件の選び方

  • 今から家を建てようとするな
  • 農家の空き家物件は覚悟が必要
  • 田舎物件の価格は疑ってかかれ
  • リゾート空き家物件の注意点
  • 農村に隣接した新興住宅地は狙い目
  • 道路と玄関の位置関係
  • 設備面でのチェック
  • 建物はまず基礎と屋根を見る
  • 建物内部のチェックポイントと改装
 

第六章 田舎暮らしに必要な技術と道具

  • 高速光回線とWi-Fi環境
  • 田舎暮らしの「足」問題
  • 電動アシスト自転車で得られる幸せ
  • 最強の移動手段は中古自動車
  • 日本には軽自動車がある!
  • 不人気車を狙う
  • 燃費の差についての考え方
  • 田舎暮らしに必要な道具
 

終章 柔軟で持続性のある分散型地域経済を作るには

  • ナチュラリスト思考の移住者と地元民の対立
  • 「ほどほど農業(マイルド・アグリ)」のすすめ
  • 田舎におけるマイルド・サバイバーの立ち位置
  • 一人で始められる商売を考える
  • 「仕事ができる大人」が集まる地域社会に
  • Amazonでビールを買ってはいけない理由
  • 分散型地域社会を構築するためのデジタルサバイバル
  • マイルド・サバイバーになる
 

■おわりに ~ グレート・リセット vs マイルド・サバイバー



「マイルド・サバイバー」 (たくき よしみつ・著、MdN新書)

   
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「マイルド・サバイバー」という生き方2022/07/02 20:11

久しぶりに新書を出す。
一般的な本の出版進行としては相当短期間だったが、とてもていねいに書いた。気も使った。だから、心残りはない。
特にあとがきの部分……かな。このあとがきを書き残せただけでも十分に満足している。
書きながら、俺っていろんなこと経験してきたんだなあ……とも、改めて思った。

PR用のページを takuki.com と note に作ったのだけれど、同じものをここにものせておきます。
予約が増えるとAmazonの仕入れ数も増えるので、ぜひ!
<(_ _)>福助足袋。



「マイルド・サバイバー」 (たくき よしみつ・著、MdN新書)

   
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「マイルド・サバイバー」とは?


コロナパンデミック騒動が勃発した2020年以降の世界は、それまでの常識では考えられないような変貌を続けている。食料やエネルギー資源の供給が危機的状況に陥り、それに異常気象や天変地異も加わって、ゲームや比喩ではない、生きるか死ぬかのリアルなサバイバル時代に入った。
「グレート・リセット」の時代などともいわれるが、端的にいえば「今までの常識が通用しなくなり、多くの人は生き残れず脱落し、まったく新しい秩序の世界になる」ということだ。
戦後生まれの日本人は人生の中で飢餓や戦争の恐怖を経験していないので、食べるものがなくなって飢えるとか、都市が壊滅し、あってあたりまえだったインフラや住む場所さえも失うといった事態を想像できない。「不安な気持ちはあるけれど、どうしていいか分からないし、動けない」「今は厳しいけれど、このまま耐えていればそのうちなんとかなるだろう」と諦めてしまうが、その惰性と「正常化バイアス」こそが命取りだ。
大金持ちや天才ではない「普通の人」は、社会を変えるような力は持っていない。政治や社会体制に怒ったり、間違いを指摘したりしても、それで社会が急によい方向に向かうわけではない。
どんなにひどい社会になっても、従来の生活スタイルや価値観を見直して、合理的な方法を見つけ、自力で生き抜く術を構築していくしかない。
今の生活環境や生活のスタイルを変えることは自力でできる
悪化していく社会環境の中で、正気を保ち、幸福感を維持するためのささやかな方法論。ゆるく、賢く生き抜く「普通の人が普通に生きる」ためのサバイバル術

今まで自分の中で「常識」「絶対」だと思っていた尺度を根底から見直すことから始め、発想の転換と少しの工夫、そしてそれを柔軟かつ合理的に実行していく決断力を持った「マイルド・サバイバー」生き証人が提案する具体策の数々がここに。

内容

序章 二度の震災被災で学んだこと

  • 揺れ続ける我が家を庭から見ていた
  • よく行くスーパーの隣で原発が爆発した
  • 生死を分ける「正常化バイアス」の怖さ
  • 「同調圧力」が招いた悲劇
 

第一章 間違った「常識」こそが日本を滅ぼすモンスター

  • 「リアル・サバイバル」時代がきた!
  • 日本はもはや「先進国」ではない
  • 思考硬直が命取りになる
  • ノイジー・マイノリティにはならない
  • 「家族保守主義」の落とし穴
  • 抗うよりも柔軟にのりきるという戦略
 

第二章 まずは今の自分の身を守れ

  • 「命あっての物種」
  • 原発爆発が東京湾岸の発電所で起きていたら
  • 危険度がいちばん高いのは高層マンションとゼロメートル地帯
  • 都会人は電動アシスト自転車を買え
  • 誰でもできるリアルサバイバル対策
  • 必需品は「予備」を買っておく
  • 「衣・食・住」ではなく「食・住・通」
  • 若い人たちは「生涯現役」の覚悟が必要
  • リタイアしてから考えるのでは遅い

第三章 都会を脱出せよ

  • 都会に食料が届かなくなる日
  • 東南海地震、富士山噴火、首都直下型地震は必ず起きる
  • 都市ガス、上下水道は災害に弱い
  • 医療・介護も大都市ほど崩壊しやすい
  • 二地域居住という「二股保険」のすすめ
  • キャリアを捨てられないという固定観念
  • 子どもがいるから都会を離れられないという思いこみ
  • 都会の「ミニマリスト」は生き残れない?
  • 一年間暮らせる預金があるなら仕事は後から考えてもよい

第四章 移住するなら北関東

  • 「ほどほど」の田舎がいちばん暮らしやすい
  • 年代別、タイプ別の移住先選び
  • 認知症老人の一人暮らし
  • 年金も預金もない老後の場合
  • 役場と地元のお店に行ってみよう
  • 北関東こそ魅力度ナンバー1
  • 「不人気」地域こそが狙い目
  • 土砂災害・水害の危険性のある土地は絶対ダメ
  • 迷惑施設建設地として狙われる可能性
  • クルマを使えない人は地方移住は無理か?
 

第五章 田舎物件の選び方

  • 今から家を建てようとするな
  • 農家の空き家物件は覚悟が必要
  • 田舎物件の価格は疑ってかかれ
  • リゾート空き家物件の注意点
  • 農村に隣接した新興住宅地は狙い目
  • 道路と玄関の位置関係
  • 設備面でのチェック
  • 建物はまず基礎と屋根を見る
  • 建物内部のチェックポイントと改装
 

第六章 田舎暮らしに必要な技術と道具

  • 高速光回線とWi-Fi環境
  • 田舎暮らしの「足」問題
  • 電動アシスト自転車で得られる幸せ
  • 最強の移動手段は中古自動車
  • 日本には軽自動車がある!
  • 不人気車を狙う
  • 燃費の差についての考え方
  • 田舎暮らしに必要な道具
 

終章 柔軟で持続性のある分散型地域経済を作るには

  • ナチュラリスト思考の移住者と地元民の対立
  • 「ほどほど農業(マイルド・アグリ)」のすすめ
  • 田舎におけるマイルド・サバイバーの立ち位置
  • 一人で始められる商売を考える
  • 「仕事ができる大人」が集まる地域社会に
  • Amazonでビールを買ってはいけない理由
  • 分散型地域社会を構築するためのデジタルサバイバル
  • マイルド・サバイバーになる
 

■おわりに ~ グレート・リセット vs マイルド・サバイバー


  • 書名:マイルド・サバイバー
  • 発売:2022年8月8日
  • 著者:たくき よしみつ
  • 種別:新書 256ページ
  • 版元:エムディーエヌコーポレーション
  • ISBN 978-4-295-20410-7
  • 価格:1000円+税
  • 情報戦争、天変地異、食糧危機、エネルギー危機、経済崩壊……「リセット」世界で淘汰されるがままになってたまるか。金も地位もない「普通の人」が無理なくできる生き残り術を具体的に提案。「マイルド・サバイバー」という生き方とは?

用務員・杜用治さんのノート
カタカムナから量子論、宗教哲学、情報戦争まで、現代社会の謎と真相を楽しみながら考える、まったく新しいタイプの文章エンターテインメント  用務員・杜用治さんのノート』 Amazonで購入で買えます


           


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コロナから考える近現代史─「大量死」が起きる構造2021/11/20 19:08

最近読んだ3冊

最近読んだ本

このところ、本を買っても全部は読まないことが多かったのだが、この3冊はすぐにほぼ読了してしまった。
「ひとりも、死なせへん」のことはすでに書いた。2020年1月31日から2021年8月4日までの長尾医師のブログ(日記)をほぼそのまま収録した記録。
この本は10年後くらいに、貴重な現場の記録として資料的な価値が高まるだろう。テレビなどで報道されていることと現場で起きていることがどれだけズレているか、政府や厚労省がいかにデタラメでいい加減で無責任な対応を続けてきたかがよく分かる。
長尾医師が当初から主張している「2類から5類への指定変更」ということを解説してきたメディアは極めて少ない(ほぼ皆無)。政治家や、医師でさえ、今なおきちんと理解していない人が多いのではないだろうか。
散々悪者にされた保健所の人たちも、ほとんどはいい加減な政治、厚労省の身勝手の犠牲者だ。

保健所の所長もこう訴えている↓
第5波までの経験で得られたことは、この新型コロナウイルス感染症対策は、早期発見早期治療、重症化後の対策から重症化させない対策への転換、治療しないで自宅・ホテル宿泊療養(療養とは名ばかりの単なる隔離)から治療して自宅へ。そして、医師の管理下におくことが最適だとわかったのではないか!
新型コロナウイルス感染症の特徴は一過性のウイルス増殖期とそれに引き続く全身に波及した強い炎症期、つまり、重症化。したがって、ウイルス増殖期にウイルスをたたく、つまり早く見つけて、早く治療して全身の強い炎症・重症化へ向かわせないことが肝要、そのための地域連携。それらのことが全く活かされていない。重症化後の対策では、医療資源を大量に消費し、病床等はどれだけ用意しても用意しきれない(スタッフの問題が大きく重症化に対応できる医療資源の更なる確保は困難)。また、それには経口抗ウイルス薬の使用がキーとなるはずなのに、そこに対する記述は乏しい。
(中略)
コロナ対策を真面目にやって疲弊した保健所や医療機関を更に追い詰める対策。数(病床等)が足りなかったからということで、責任逃れの単なる数合わせ! 沢山専門家?もおられるはずなので、少しはこの夏までの経験を活かした総合的な(まともな)な方針をたてて欲しい。
第6波への備え:第5波までの経験を活かさない厚生労働省の方針 「今までも酷かったが、さすがにこれは、、、」 某保健所長 医療ガバナンス学会 (2021年11月9日


早期発見・早期治療ができれば怖くない病気なのに、わざわざ重症化させてから逼迫している入院先を捜すような馬鹿げた対策を続けている。
コロナ専門病床を増やしても、重症化した患者を治療できる人的資源は増やせないのだから、解決にはならない。重症化させないためにはどうしたらいいのか、という方法は、2年近くの現場の臨床経験で分かってきているのに、そこに学ぼうとしない「専門家」と呼ばれる人たち。利権やメンツが最優先で、非合理なルールを現場に押しつける厚労省。その構図がいかにひどいものかを認識できない政治家。
先の選挙でも、与党野党に関係なく、そうした問題を取り上げて訴える候補者はほとんどいなかった。

この救いがたい状況が当面変わりそうもない以上、あとは自力で防衛するしかない。
幸いデルタ株は変異しすぎて自滅してくれたが、ここから先のことは分からない。
食事や運動に気を配り、特にビタミンDや発酵食品の摂取に気を使い、罹患したと思ったときにすぐに「例の薬」を飲めるように所持しておく。
具体的にはそういうことかな。




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子どもに新コロワクチンを打ってはいけない


『新型コロナワクチン 誰も言えなかった「真実」』は、医療系のテーマで多くの記事を書いてきた鳥集(とりだまり) 徹氏が4人の現役医師と1人のウイルス学者に取材したインタビュー記事を集めたものだ。
長尾医師の主張はすでにいろいろ読んで知っていたが、他の4人がそれぞれの立場で、個性を出しながら語っている内容が非常に興味深かった。
京都大学の宮沢准教授の抑え気味ながら淡々と事実やデータをあげていく姿勢は、むしろ説得力がある。
ワクチン接種に最も前のめりの国であるイスラエルで、接種後に超過死亡が増えているのはどう説明すればいいのか?
彼はまた、感染の「現場」と言われた居酒屋、ホストクラブ、風俗店といったところに実際に出かけていき、聞き取り調査もしている。その結果、「要は感染が拡大したり収束したりするのは、気候やウイルスの変異によるもの」という実感を得ている。

この本に登場する5人はそれぞれいろいろな点で主張が違っているが、若い年代への新コロワクチン接種に賛成している人はひとりもいない。
「子どもは誰のために打つんですか? おじいちゃん、おばあちゃんのために打つんですか? その理由もよく分からない。にもかかわらず、頻度は少ないかもしれないけれど、一定の確率で強烈な副反応が起きる。免疫反応は多様で、百人百様だから、誰に何が起こるかわからない。そもそもそこまでして、ワクチンを打たなきゃならない相手ですか? 普通に元気な子どもは、コロナに感染しても死なないでしょ。京都大学の宮沢孝幸先生たちが警鐘を鳴らしているADE(抗体依存性感染増強)が起こる可能性も当然あると思う。なのに、こういう話はマスコミでは封印されていますよね。」(長尾和宏・医師)

「小児もコロナで重症化しているとか、後遺症が残るからなどと言いますが、リスクとベネフィットを十分に比較してほしいと思います。また、欧米のデータを基に、小児も亡くなっている、重症化していると言われていますが、日本のデータではありません。欧米では小児でも肥満率が高い傾向があります。」「今回のワクチンでは、接種対象の大半が健康な人なのに、きわめて例外的に使用を推し進めていると言えます。正直、うしろめたさを除けば、研究者としてはうらやましいですよ。こんなに規制が緩いなら、誰だってもっと楽に新薬や先進的なワクチンの開発ができる。」(宮沢孝幸・京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)

(15歳の少女の例で)「1回目の接種の後、嘔吐が止まらないと言って、夜中に救急外来に来ました。打った直後から吐き気が始まって、家でゲーゲーしながら我慢していたそうです。血液検査をしたら、横紋筋融解症といって筋肉が壊れている所見と、肝障害の所見がありました。」「私も子どもにだけは打つなとずっと言っています。子どもが死んでしまったら、日本の将来はもうないわけですから。ですが、ツイッターを見ていると、高校生の息子に打たせて、もう何週間も熱が下がらないと投稿している親がいる。にもかかわらず、熱が下がったら2回目を打たせると書いていたりします。」(いしいじんぺい・医師)

「若年層はワクチン接種による心筋炎のリスクのあることが指摘されており、長期的な副反応も不明です。今後、mRNAワクチンが改良される可能性や、より安全な遺伝子組み換えタンパクワクチンや経鼻ワクチンが出てくる可能性もあるので、若い人たち、とくに10代の接種は全面的には賛成しません。」(鈴村泰・医師)

「健康な未成年に限っていえば、コロナ感染死はゼロです(2021年10月現在)。(略)若い人、とくに子どもは打つべきではないと思っています。だって子どもはコロナのリスクがほぼゼロに等しいんですよ。リスクがないということは、ワクチンを打ってもメリットがほぼゼロということです。しかも、確率はかなり低いかもしれないけれど、心筋炎のような決して軽くない副反応も報告されている。ロシアンルーレットみたいなものじゃないですか。(略)そもそも子供たちは、自分の免疫でコロナを撃退できている。ならば、コロナにかかって自然免疫を獲得したほうがいいわけで、子どもにワクチンを打つメリットなんて、まったくありません。」(森田洋之・医師)


……それはそうだ。しかしこういう意見をテレビ報道で聞くことがあるだろうか? 新聞記事で読むことがあるだろうか? 普通に考えればあたりまえのことを言えなくなっている今の社会は、戦前戦中の日本のように、すでに異常な状況にある。

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「虐殺」の歴史を考える


上記の本に登場する5人の中で、いしい医師はかなり先鋭的ともいえる世界観・哲学の持ち主だと窺える。しかし、それをもってして、陰謀論者、トンデモと批判するのは安直すぎる。彼の根本にある考え方には、いくつも「なるほどそういう視点もあるか」と思わされるものがあった。
「人類の歴史を振り返れば、強いものが弱い者を支配して、滅ぼした国の国民を皆殺しにするということは頻繁に起こってきた」という指摘はその通りだし、人口が増えるのは戦争の前触れというのもその通りだろう。
この本のインタビュー記事を読んで興味を持ち、彼のブログも読んでみたが、「虐殺論」は特に印象に残った。
無抵抗の相手を一方的に殺すのが虐殺
抵抗する相手と戦って殺すか殺されるのが戦争

……なるほど。あまり考えたことがなかったけれど、確かにそれはそうだ。
では、どういうときに戦争ではなく虐殺が起きるのか。その条件としていしい氏は次のようなものをあげている。
油断(正常性バイアス)
 相手が油断しているところを一方的に攻撃することで成立する。ボスニア内戦で虐殺された都市の市長は、既に街がユーゴスラビア連邦軍の戦車で囲まれているのに「この街で攻撃が始まるとは考えられない」と言っていた。

抵抗力の排除
 相手が気付いても抵抗できないように、虐殺する側はまず抵抗力そのものを奪おうとする。ボスニア内戦でユーゴスラビア連邦軍がイスラム系住民を包囲した時、まず武器を全て手放すように説得した。

恐怖と誘惑
 相手が最も抵抗しないのは「虐殺する側」を自分の「味方」さらには「保護者」だと思い込んでいる場合。ボスニア内戦では、ユーゴスラビア連邦軍はイスラム系住民を「安全区域に送り届ける」と誘惑してトラックやバスに乗せ、そのまま虐殺した。

大義名分と同調圧力
 他人を虐殺する側に参加させるためには、大義名分が必要。ユーゴスラビア連邦軍のムラジッチ将軍は虐殺作戦に臨んで「セルビア人がイスラム教徒に対しオスマン帝国時代からの恨みをはらすべき時が来たのだ」と言って大義名分を与えた。兵士たちは、その大義名分にすがると同時に、異論を唱えれば自分が「される側」に回される恐怖(同調圧力)を感じていた。


ここに実例として出てくるボスニア内戦における虐殺事件(スレブレニツァの虐殺)のことを、私は詳しく知らなかった。1995年といえば私はすでに40歳になっている。現代情報社会に生きていた40歳の大人が、ボスニアで起きていた異常事態にさほど興味を示していなかった、あるいは無意識のうちに深入りして知ることを避けていたのだ。これはかなりショックなことだった。
また、いしい医師があげている「虐殺が成立する条件」は、自然災害で理不尽な死を迎えてしまう事例にもかなりあてはまる。3.11のときの大川小学校の悲劇は、地元の区長が「ここまで水が来るはずはない」と強く主張したことで教頭が避難の決断を下せず、生徒たちは校庭でじっとしていた。裏山へ上りましょうと主張した教師の主張も退けられ、本能的に裏山に走って行った生徒は叱られて呼び戻され、死んだ。
まさに子供が大人の正常性バイアスと同調圧力に飲み込まれた悲劇だ。


理不尽な大量死が起きる要因

いしい医師の「虐殺が成立する条件」という考察を読んで、近現代史ではどうだったのだろうと改めて考えてみた。
近現代史において、大量虐殺をした人物としてまず思い浮かべるのは、スターリン、毛沢東、ヒトラーといったところだろう。「3大大量虐殺者」などとも言われている。
結果として殺された人の数(為政者の施策が原因で餓死などに追い込まれた人も含めて)でいえば、確かにこの3人は「大量虐殺者」になるのだろうが、数だけでなく、方法の非情さ、残酷さや理不尽さなどの要素も含めれば、数え切れないほどの「トンデモ虐殺者」が歴史上存在した。中には「歴史上の偉人」などと祭り上げられている者もいる。
そうしたことも含めて改めて考えてみると、ある時代に大量の人が理不尽に殺されたり見殺しにされたりする事件には、必ず主要原因となる人物(ほとんどの場合は権力者、為政者)がいるが、そのタイプは一様ではない。
虐殺する側の主要人物は広義の「異常者」だが、頭のよさ(単純に脳の性能)という意味では、平均レベルをはるかに超えた者(カリスマ性のあるサイコパス)もいれば、「愚者」(時の運や自己顕示欲、強引さを主要因として権力の座を手に入れた者)も相当数いる。明治以降現在に至るまで、日本では後者のタイプが多い。
東條英機などはどう考えても「頭のいい」人ではなかった。歴史を詳細に検証すれば、極めて無責任で鈍感な愚者だったことが分かる。
実際にはサイコパスと愚者気質のハイブリッド型が多いだろう。スターリンなどはそのタイプではないだろうか。
さらには、権力を手に入れた人物が、歳を取り、認知症を異常な形で発露させ続けるケースも多い。自己保身や、自分の能力が老化で落ちていくことへの恐れから側近を次々に殺したり、一般大衆を自分と同じ人間と見なさず、単なる国家形成のパーツとして扱うことをまったくためらわなくなるという症例……これはほぼすべてのケースにあてはまるように思う。

そういう人物が時の権力者になり、誰もその残虐で愚かな言動を制することができなかったという歴史を、現代に生きる我々はしっかり把握していなければいけない。
サイコパスや気合いだけの愚者を権力者に祭り上げ、その下で高揚感や擬似的な優越感や満足感に酔いしれた大多数の民衆がいたからこそ虐殺や大量見殺し(戦死よりも餓死・病死がはるかに多かった太平洋戦争時の日本軍はその典型)が起きたのだ。
また、サイコパスや愚者によって間違った方向に進んでいく社会の流れを修正する仕組みが機能しなかったことをしっかり検証しなければならない。
危険な権力者を止めることができたかもしれないサブキーマン的人物が必ず複数いたはずだが、そういう人たちが結局は権力者の暴走を止められなかった。

現代の戦争や虐殺は、最新兵器を使った効率的な大量殺人という側面だけでなく、知らないうちに進行する洗脳や感染症、飢餓などの要素が非常に大きい。
権力欲・支配欲依存症、サイコパスといった異常性に加えて、金銭欲依存症の要素が大きい者たちの見えにくい支配力が極めて大きくなった。しかも、始末が悪いことにこの集団は頭はとてもいい。
かつての戦争と同じような構図で歴史が刻まれていても、情報が格段に豊富になっても、庶民はなかなか危険に気づかない。

ウイルスが生物兵器として開発されたかどうかに関係なく、ウイルスが蔓延した後に世界が、特に権力者や超富裕層がどう動いたか、彼らにコントロールされているメディアがどう動いているか、それによって庶民の行動がどう変化させられるのかを冷徹に分析する目を持ちたい。
2020年からの世界の動きは、明らかにそれまで以上におかしなことになっている。爆弾が降ることもミサイルが飛び交うこともない国々で、世相があっという間に異常な方向に進んでいく。その気味悪さ……。

しかしまあ、そこまで考えたところで、民衆の力で世界の流れを変えられるというのは幻想であり、個人ができることは極めて限られている。
自分がたまたま戦争や虐殺や飢餓を逃れた環境(時代、地域)に生まれ、ここまで大きな苦痛も悲劇も経験せずに生きてこられた幸運を、改めて奇跡的なことだなと思う。
そう思うことしかできないのは虚しいのだけれど、人間社会というのはそういうものなのだろう。
現世の向こう側……のようなものを夢想しながら、現世の限界の中で精一杯自分らしく、最大限に生き抜く。それしかないかなぁ。
           




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Amazonでオリジナル書籍を売るまでの道のり2019/09/22 21:28

ISBNコードを振ってA5判からB6判208ページ構成に改定した『新・マリアの父親』
オンデマンド出版なら赤字を抱えずに本が作れる、という時代になった。しかし、赤字にならないのはいいが、とにかく売れない。個人が運営するWebサイトだけでPRするのは限界があるし、カード情報の入力なども抵抗があるからか……。
オンデマンドブックをAmazonで売れたらいいのだがなあ……ということは以前から考えていた。
『狛犬かがみ』は初版と改訂第2版のいずれも売り切って、現在在庫なし状態が続いている。一般書店で数千冊も売れたとは到底考えられないので、ほとんどはAmazon経由ではないかと思う。
現在の版元(トランスビュー)は取次を通さない「一人出版社」の先駈け的存在で、その販売手法はいろいろなメディアで取り上げられている。
哲学思想、宗教、教育などを中心に、日販・トーハンといった取次店を通さず、直接書店に書籍を郵送する方法で卸す独自の営業で注目されている。取次店では太洋社のみ取引があるが、このルートで流通された商品は書店からの返品を認めない。また配本部数も全て書店に一任されており、他の出版社が行う新刊委託(注文がなくても、出版社・取次店側が見計らって送品すること)は一切行わない。
池田晶子「14歳からの哲学」( ISBN 978-4-901510-14-1 )は30万部を超えるベストセラーとなった。
Wikiより

トランスビュー方式とは、「書店に直で卸す本は、送料自社持ちで返品も認めるが、返品するときは送料は書店持ちでね」という方式。
しかし、この方法でも、本はオフセットでまとまった冊数作っておかねばならないし、受注・発送などの作業も全部自分でやらなければならないから、労力も運転資金もかなり必要になる。

ISBN出版者コードを取得する

商業出版では売れないと判断される本を自分で次々に出版しようとする場合、在庫を抱える方式は到底無理なので、オンデマンド出版以外は考えられない。しかし、オンデマンド本をAmazonで売ることは可能なのか?
調べていくと、最初の条件は「ISBNコードをつける」ことだった。
Amazonでは、商品としての本には必ずこれがついていることを条件としている。

ISBNとは何か?
出版業界の人には説明不要だが、一応書いておくと、ISBNは書籍を識別するための世界共通コードで、本の戸籍のようなもの。ISBNコードをつけることで、日本だけでなく、世界中ですぐにその本が何かを特定することができるようになる。
13桁のコードで表され、日本の出版物の場合、通常は、
ISBN978 - 4 - AAAA - BBBB - C
という構成になっている。
最初の978-4は出版元が日本または言語が日本語であることを示している。ちなみに978-0および978-1は英語、978-2はフランス語、978-3はドイツ語……だ。
A部分は「出版者記号」、B部分は「書名記号」で、それぞれの桁数は決まっていないが、合計で8桁になる。
A部分が2桁なら残りは6桁だから、000000から999999までの100万冊分の書名コードが割り振れる。
最後のC部分の1桁は「チェックディジット」といって、検算機能を持っている。ISBNコードが正しいかどうかを決められた数式にあてはめて計算した結果の0 - 9の数字1桁が入る。
『医者には絶対書けない幸せな死に方』には、ISBN978-4-06-291514-4 という13桁のISBNコードがついている。
06が講談社を示し、291514は『医者には絶対書けない幸せな死に方』という本に個別に振られたコードだ。
ちなみに2桁コードを持っている出版社を番号が若い順に並べていくと、
  • 00 岩波書店
  • 01 旺文社
  • 02 朝日新聞社出版
  • 03 偕成社
  • 04 角川書店
  • 05 学研
  • 06 講談社
  • 07 主婦の友社
  • 08 集英社
  • 09 小学館
……である。
これらは計算上は100万タイトルまでは順番にISBNコードを振っていけることになる。

ISBNを取得するには、出版社や発行人となる個人や団体が日本図書コード管理センターに登録申請をして「出版者コード」を決定してもらうことが第一歩となる。

今回、「タヌパック」が取得した出版者コードは910117で、6桁コードなので、その後に使えるのは2桁(00~99)。つまり100冊(100タイトル)分のISBNコードを取得した。死ぬまでに100タイトル使いきるかどうかは分からないが、10タイトルでは不足なのは明らかだから、とりあえずは100タイトル分取得したわけだ。

Amazonで売るための3つの方法

さて、ISBNコードをつけたオンデマンド本をAmazonで売るためには、以下の方法があることが分かった。
  1. Amazon PODという、Amazon自身がやっているオンデマンド本販売システムで売る。ただし、これはAmazonが契約した取次業者を通してしか使えない。
  2. 「e託」という方法で、Amazonに本を預けて売ってもらう。Amazonの仕入れ数はAmazonが決める。売れたら、その分、Amazonから納入依頼が届くので、都度、Amazonに本を納入する。
  3. Amazonに毎月契約料を払って「大口販売業者」となり、マーケットプレイスで販売する。売れても売れなくても契約料は支払わなければならないし、本の発送も自分で行う。

このそれぞれについて、経費やリスク、運営する上での自由度や満足度を調べた結果、3の方法しかないと分かった。
1は本の形式がAmazonで細かく決められており、本を作る上での自由度が制限される。また、取次業者に本を登録(PDFファイル)した後は、訂正が効かない。もちろん、取次業者への手数料がかかる。
2は、Amazonに支払う手数料割合が大きい上、都度、本をアマゾンに納入する手間とコストがハンパない。
3は、自分で配送するから、印刷・製本所から購入者に直送できるので、送料と時間を節約できる。ただし、売れても売れなくても大口取り引き契約者としての契約料(毎月約5000円)は払い続けるし、個別の売り上げにもAmazonへの手数料(15%+80円)はかかるので、赤字は確実に出るであろう……。

ここまで調べて、計算をするのだけでもかなりのエネルギーを使った。しかし、ISBNと出版JANコード取得(これはAmazonでしか売らないなら必要ないのだが、一応、将来どうなるか分からないので取得した)も済んだので、後には戻れない。

最後の壁は、Amazonのカタログに本を新規登録することだった。新たにISBNを振る本だから、当然、どこのデータベースにも存在しない本なわけで、「こういう本を新規に出版しますので、Amazonさんのカタログに登録してください」と申請し、認めてもらわないといけない。
これが実はいちばん不安だった。その不安は的中して、最初にいろいろやりとりがあって、行き違いもあったのだが、数日で解決し、今は自由に「新刊書」をAmazonのカタログに登録できるようになった(今後、システムやポリシー変更などがないことを祈るばかり)。

現在、「タヌパック」がAmazonで売っている本は⇒こちらからどうぞ。

ISBNと出版JANコードのバーコードを規定通りに印刷した本。このバーコード、デザイナーにはとても評判が悪い。これのおかげで本の表4デザインが台なしになってしまうから……。実際、その作業をしてみると、「邪魔だよなあ」という気持ちになる

賢治に比べたら……

……というわけで、なんとかタヌパックの本がAmazonを通じて販売できるようになった。

しかし、これでめでたしめでたしとは当然ならない。
最大の誤算は、「Amazonに出しても売れない」ということだった。
すでに1週間以上経過したが、見事に1冊も売れていないのである。
10月からは消費税も上がり、印刷・製本代、送料、Amazonへの契約料など、すべての経費が上がる。
人々の生活も苦しくなり、本を読む気力も時間も金銭的余裕もなくなる一方だろう。
こうなったら、しっかり覚悟を決めるしかない。
どうせ残された時間はわずかなのだから、生死に関わらない範囲なら、金勘定のことでアッパトッパすることはない。
宮沢賢治は、生きている間は自分の作品がまともに本にさえならなかった。
生前に刊行されたのは、詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』だけだが、どちらも自費出版だ。『春と修羅』は地元花巻の印刷所に持ち込んで1000部を作り、ある人物に500部委託して東京での販売を頼んだものの、「ゾッキ本」(売れない新刊本)として流され、定価2円40銭のところ、古本屋で50銭で売られたという(Wikiより)。
『注文の多い料理店』のほうは、盛岡高農の後輩たちの協力を得てなんとか出版費用を工面して1000部作ったが、まったく売れず、賢治自身が父親から借金して200部を買い取ったそうだ。

まあ、それに比べたら、今の自分ははるかに恵まれた環境にいる。この幸福を味わい尽くしてから死ぬぞ、という前向きな気持ちになれる。

改定の道程も作品?

今回、Wikiの「宮沢賢治」を改めてチェックしていて、
賢治の作品は、一旦完成した後も次から次へ書き換えられて全く別の作品になってしまうことがある。これは雑誌に発表された作品でも同様で、変化そのものが一つの作品と言える。(Wikiより

という一節を初めて読んだ。
ああ、これって、オンデマンドならいくらでもできるんだよな、と思った。ISBNコードの役割からしたら、同じ番号の書物の内容がどんどん書き換えられるのは御法度だろうが、誤字訂正とかなら当然許容範囲だし、デジタル時代の出版物というのは、改訂作業の自由度が高いことも大きなメリットといえる。
Kindleブックなどは、同じ登録書籍のカバーや内容改定をいつでもWEB上の編集ページから行えるしね。

現在、ISBNコードを振りながら、コストの問題もあって、A5の2段組で作った本をB6の1段組に編集し直したりしているのだが、2013年に作ったA5判の『新・マリアの父親』には、だいぶ直したつもりだったが、かなり誤字・脱字が残っていた。細部の表現や間違いなども直しながら、頭からていねいに編集した。
その編集作業をしながら、へえ~、こんな話だったのか、と、感心している「作者」。ラストシーンでは思わず涙ぐんでしまったよ。

1冊も売れていないのに、あれもこれも……と、やりたいことが一気に増えた。楽しい60代を送るための赤字なら、それはもう人生の必要経費でしかない。
しかし、オンデマンド本は1冊も売れなければ、「もの」として存在しなかった本になってしまうわけだから、このままではいかんわなあ……。



AdobeのCC商法につき合わないで済む方法2018/10/12 12:00

ヤクザのみかじめ料まがいのビジネスがまかり通る時代

前回紹介したアジャ博士はTA2020を3ドルで売りに出し、トライパス社は消えてしまった。
発明や新技術を開放して広く世の中に役立てるか、権利を独占して巨利を得るか……天才と呼ばれる人たち、あるいは先駆的な技術を開発した企業は必ずこうした別れ道に立たされる。

MacOS、Windows、Linux、Tron……コンピュータのOSが、作られた後、ライセンスをどのようにしたかを振り返ってみるといい。
コンピュータなしでは成立しない現代において、OSは共通言語といえる。英語やドイツ語にライセンスがあり、「アジア人が英語を使うにはライセンスが必要です」とか「ドイツ政府に無断でドイツ語文献を翻訳してはいけません」なんていう世界になったら、とても不自由だ。
しかし、IT世界ではそれに近いことが普通に行われている。

Adobe社は2013年5月から、Creative Cloudという、月額いくらという使用料を支払い続ける方法でしか製品を使えなくした。
それまで単体でも販売していたIllustratorやPhotoshop、InDesignといったDTP業界御用達のソフトはすべて通常販売を終了。バージョンアップもできなくなった。
すべての製品が使えるライセンスは月額4,980円で年間契約(新規ユーザーの場合)。PhotoshopやIllustratorなど、単体製品のみだと2,180円/月(同)……とまあ、年間で万単位の料金を支払い続けないとソフトが使えないという、ものすごいことになっている。
おかげで、プロの現場からも猛反発が出ている。
クラウドとは名ばかり、ぼったくり殿様商売に気づきましょう
Amazonのカスタマーレビューより

Adobeから完全撤退
自身のPCからAdobe製品/アプリケーションをすべて削除したいのですが、どのようにすれば可能ですか?方法を教えて下さい。
(略)
アプリケーションソフトを先進的に進めて来たのはもう過去の出来事となってしまいました。衰退する事柄を言い表すのに「あぐらをかく」と言うことがありますが、まさにAdobeに対してそれを感じています。残念ながらMicrosoftやApple、Googleのような恒久性のある存在ではないと判断しましたので、PC内のAdobeすべてを削除/アンインストールする方法を教えて下さい。1秒でも早く私の時間からAdobeを無くしたいです。
Adobeフォーラム内での質問より

これって、クラウドアプリっていえるもんなんですかねぇ。
(略)
要するに、1ヶ月で使えなくするタイマー付きのアプリ(いわゆる体験版ですね)をベースにして、契約した者だけに毎月クラウドで認証(タイマーリセット)して継続使用させるというシステムなんでしょう。
クラウドからリセットかけないと、すぐに使えなくなるクラウド管理型ワンマンスアプリ。
(略)
そもそも、Adobe って、ほんとに創造力のある会社なのかというところからして、私は疑問に感じています。
きちんと、オリジナルの技術で作り上げたのは、ポストスクリプト言語と、その応用技術である PDF くらいなんじゃないんでしょうか?(それらも、あくまで技術成果品であって、創造という類いのものではないですし)
アプリケーションに関していえば、Illustrator 以外はほとんど社外からの買取り・買収品のオンパレードだし。
その Illustrator ですら、初期のバージョンから最新の CC に至るまで、ひたすら FreeHand のマネばかりしてきたコピーまがい商品だから、本当にユーザーの期待に応えてくれる創造力のある会社だとは思えないわけで。
(略)
というわけで、私個人的には、Adobe には何も期待していないし、かかわりたくもないので、とりあえずは Creative Cloud 契約を交わす予定はありません。今後新しいアプリが必要になったら、まずは選択肢から Adobe を外して色々探すことになるでしょう。その方が開発環境の独自性も保てるというものです。
ちょっと一言、Creative Cloud と Adobe に想うこと [FreeHandで行こう!] より)


本当に嫌な時代になった。
新しいものを創り出すというエネルギーではなく、既得権益にしがみつき、いかに合法的、強制的に金を巻き上げ続けられるかという方法論が先行するビジネスモデル。
これは明らかに「文化」としては退廃であり、衰退だろう。

僕がAdobe CC商法に気づかず5年以上過ごせたわけ

Tanupackが、電子書籍だけでなく、オンデマンドで紙の本を製作・販売するようになってだいぶ経つ。
印刷所への入稿は印刷所が指定するフォーマットのPDFで入れている。
DTP業界では今でも、入稿はIllustrator(aiかeps)、Photoshop(PSD)、あるいはPDF形式がほとんどだ。すべてAdobeのフォーマット。

Adobeがすべての製品を月額使用料いくらの方式でしか売らなくなったのは2013年5月のことで、すでに5年以上経っている。ところが、僕はAdobeが上記のような商法に切り替えたことについ最近まで気づかなかった。
そんな長い間、僕がそのことに気づかず、Adobe製品を使い続けてこられたのは、運よく使っている製品がすべて古いバージョンだったからだ。
DTPソフトのInDesignはCS5。Photoshop Elementsは 5 を使っている。
使わなくなって久しいが、Illustrator8、Photoshop7、Acrobat9も持っている。
調べてみたら、Illustrator8の発売は1998年、Photoshop7は2002年、Photoshop Elements 5.0は2006年、Acrobat9は2008年、InDesign CS5は2010年だった。
Illustrator8は20年も前のものだったのか。上智大学の非常勤講師になったとき、アカデミックパックを買うなら今だと思って他のものとセットになっているやつを購入したのだった。以後、印刷所に入稿するのに最終的なaiファイルを作るために使うことがあったが、基本的にはまったく使っていない。

先日、何年ぶりかでPhotoshop7を立ち上げた(PCに入っていないと気づき、インストールディスクからインストールした)が、これはPhotoshopの機能を使うわけではなく、Elements 5.0で作成したRGBのPSDファイルを読み込んでCMYKに変換するためだけ、要するに「ファイルコンバーター」としてのみ使った。
以前からその使い方しかしたことがない。印刷所にPDF入稿するのがあたりまえになってからは、PSDファイルでの入稿からも遠ざかっていた。
今回は、6年ぶりに音楽CDを作るのに、ジャケットや盤面印刷のファイルがIllustratorかPSDの指定だったので、IllustratorよりはPhotoshopのPSDファイルのほうが簡単でいいや、ということで立ち上げたのだった。
ちなみにIllustrator8も、購入時から何かの「制作」に使ったことは一度もなく(あんな使いづらいソフトはないと思う)、もっぱらai形式かeps形式のファイルにコンバートするためだけに使っていた。

Acrobat9は、オフセット印刷に回すときの版下をPDF入稿する際、以前使っていた「パーソナル編集長6.5」で作成したファイルを印刷所指定のPDFに出力するために使っていた。つまりこれもファイルコンバーターとしてしか使っていなかった。
今はパーソナル編集長は使っていない(過去に作成したファイルを呼び出して再利用することはある。名刺印刷とか……)。InDesignには細部をカスタマイズした仕様のPDFに出力する機能がついていて、その際、埋め込んだRGB画像をCMYKに変換してくれるので、AcrobatもPhotoshop7も必要なくなった。
そんなわけで、Adobeのあこぎな商法に悩まされることなく、本や印刷物を作ってこられたというわけだ。

旧バージョンで固定してしまえばいいじゃないの

Illustratorはバージョンが新しくなるとファイル形式の仕様が変わってしまうことが多く、新しいバージョンのIllustratorファイルを古いIllustratorで開くことができない。開けたとしてもレイアウトが崩れたりする。しかし、基本的に古い形式のファイルを新しいバージョンのIllustratorで開くことはできる。
ちなみに、これはMicrosoftのワードなどでも同じで、うちにはdocxに対応したワードはないので、テキストファイルで済むような文書がdocx形式で送られてくると腹が立つ。一応docx形式をdoc形式にコンバートしてくれるコンバーターが出ているので、古いワード(うちで使っているのはWord2002)で内容が読めないようなことはまずないのだが、コンバートする時間がかかるのが腹立たしい。(まあ、10秒もかからないけど)

DTP業界では今でもIllustratorのファイルをやりとりするのはあたりまえになっているが、以前一度だけ利用した小さな印刷所では「入稿はバージョン8形式で」と指定していた。賢明な対応だと思う。
ただ、20年前のIllustrator8はWindows7などにはインストールさえできない。インストーラーに16bitコードが含まれているかららしい。
以前、それで困って検索したら、すぐに⇒このページが見つかり、無事インストールできた。以後、パソコンが代わって再インストールする際にも困らないように、内容はメモにしてとってある。

16年前のPhotoshop7は、保存するドライブの空き容量が概ね1TB以上あると「保存先の容量が足りません」といってきてファイルを保存できないバグを抱えている。
バージョン7が出た2002年当時にはテラバイト単位の保存ドライブなど想定外だったのだろうが、なんともお粗末だ。
仕方なく、Photoshop7でCMYK変換したPSDファイルは一旦容量の小さなドライブに保存してから大きなドライブにコピーするなどしていたが、今回は何の問題もなく読み書きできた。ファイル保存に使っている外付けHDDは4TB。3TB以上になるとOKなのか、それとも4TBのドライブも空き容量が1TB以下なっているのでOKだったのかはよく分からない。まあ、ファイルコンバーターとしてしか使うことはない(それも、PDF入稿が増えた今は、滅多なことでは使わなくなった)ので、問題はない。

最初からPhotoshop7を使わず、Photoshop Elements 5.0を使っているのは、16年前のPhotoshop7よりは12年前のElements5のほうがはるかに使いやすく、機能も豊富だからだ。
Photoshop Elementsだけは今も単独パッケージ販売しているようなので、買えるうちに最新バージョンを買っておこうかなともちょっと思うが、入れた途端に古いAdobe製品すべてを検出して、なんやらガチガチにライセンス関連を固めてしまうとか、使用状況を裏で送信するなどのスパイウェアもどきの機能が仕込まれていそうで怖いのでやらない。

CCを使わずに印刷版下を入れるためには

以上のことをまとめると、AdobeのCC商法に関わることなく印刷所にDTP版下を入稿するために最低限必要なAdobe製品は、
  1. InDesignのCS6以前のバージョン
  2. PhotoshopElements
の2つだ。
この2つがあれば、InDesignがRGB画像をCMYKに変換してからPDF出力してくれるので、AcrobatやPhotoshopはいらない。

CS6以前のInDesignが手に入らない場合は、DTPソフトにパーソナル編集長を使うという手もある。今のパーソナル編集長は、たいていの印刷所が対応してくれる「PDF/X-1a」形式のPDFに出力してくれるので、AcrobatがなくてもPDF入稿ができる。

1万円台で買える使いやすいDTPソフト。昔からファンも多い「パソ編」Amazonで購入


印刷所が「PDF/X-1a」PDFに対応しておらず、PSDかIllustrator形式のファイルしか受け付けてくれない場合は、古いPhotoshopがあればファイルコンバーターとして使える。Photoshop形式(PSD)のファイルはバージョンに関係がないので、ファイルコンバーターとして使う限り、古いバージョンで何の問題もない。20年前のPhotoshop7で保存しても大丈夫なのだ。

え? Illustrator? ファイルコンバーターとしてじゃなくて、最初から画像作成に使う?
この際、他のソフトに乗り換えたほうが精神衛生上いいかもしれませんよ。
特に、これからデザイン業界で仕事をしていこうとしている若い人たちには、AdobeのCC商法にはまる前に、CC契約をしなくても仕事ができる方法を模索することを強く勧めたい。
Illustratorに代わるソフトとしては、Inkscapeというフリーソフト(!)がいちばん人気だ。ai形式のファイルも開くことができ、編集もできる(一部形式を除く)。ai形式での保存はできないがeps形式なら保存できるので、eps形式を要求する印刷所にも渡せるのでは?
Windows、MacOS X、Linuxに対応でOSを選ばないのも素晴らしい。

……といっても、自分が使わなくても、最新形式のIllustratorファイルを受け取らなければいけないプロ現場の人たちはどうしようもないか……。
でも、プロはすでに旧バージョンを持っているはずだから、それで開けないようなファイルが送られてきたら「バージョン○以前の形式にして送ってください」と差し戻す運動でも始めたらいいと思う。

DTP業界全体としても、このままAdobe製品に支配されたままでいいのか、考え直す時期が来ているのではなかろうか。
かつてDTPではPost Scriptフォントを使うのが慣例だったが、販売されるフォントセットの高額さに多くの印刷所やデザイン事務所は泣いていた。
今は高品質で安価 or フリーのOpen Typeフォントがいくらでも出回っていて、そういう商売は通用しなくなった。
今後は、Illustratorの入稿ファイルは「Version○形式まで」で止めるとか、PDF入稿をいっそう進めるとかして、Adobe支配に抵抗する業者が増えていくのではないかと思う。