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『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(2012/04/20発売 岩波ジュニア新書本)…… 3.11後1年を経て、経験したこと、新たに分かったこと、そして至った結論■今すぐご注文できます 立ち読み版は⇒こちら |
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『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。■今すぐご注文できます 立ち読み版は⇒こちら |
原発のない社会を実現させるためにまず必要なこと ― 2012/04/30 19:33
槌田敦さんと室田武さんから同時に本と原稿のコピーが届いた。
エネルギーとエントロピーの問題に気がつかせてくださったお二人には、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』を謹呈した。その返礼としてお送りいただいたもの。
むさぼるようにして読んだ。
『福島原発多重人災 東電の責任を問う 被害者の救済は汚染者負担の原則で』(日本評論社)は かなり衝撃的な内容も含まれていて、今さらながらびっくり。
いくつか興味深い記述を抜き出してみる。
原発は運転を停止している間であっても、核燃料や使用済み燃料の冷却を続けるためのポンプなどの動力、制御用のシステム、回収工事などの動力として電力を大量に必要とする。これを「所内電力」という。その量は1基あたり約4~5万キロワットにも上る。(中略)
2007年、柏崎刈羽原発が中越沖地震で7基全部止まったときには、約40万キロワットもの電力を東京から送らなければならなかった。それは柏崎刈羽原発が新潟県最大の「電力消費地点」になったことを意味する。そのためにも東電は、1日も早く柏崎刈羽原発を1基でも動かしたかった。
3.11後の今も同じことが起きている。(中略)1ワットも電気を生まない福島第一と第二で、これだけの電力(約50万キロワットと推定)が消費されている。(中略)私たちが節電しているのは、福島第一と第二を冷やすためなのかといいたくなるような実態だ。
(第5章冒頭 P49 担当・山崎久隆)
原発は、一度止まってしまえば、どんなに早くとも安全点検などで1週間程度は再稼働できない。これほど不安定な電源にいつまで依存するつもりなのだろうか。
「脱・原発依存」という言葉は、計画停電で生産活動に支障があったと主張している経団連などがまっさきにいうべきであろう。
(第5章の最後 P57 担当・山崎久隆)
かつて、東電の勝俣恒夫会長が総務部長だった頃、東電が自然エネルギーに取り組むことについて「自然エネルギーではだめだということをわかってもらうためです」と語ったことがある。今回もそのやり方で自然エネルギーに資金が投じられる。この資金に人々が群がって大騒ぎするが、結局は勝俣会長のいったように自然エネルギーは失敗する。これを原子力(推進側)は狙っている。
(挿入コラム「エネルギー問題」という大ウソ P135 担当・槌田敦)
2号機、4号機の破壊がどういう経過で起きたのかという点、また、福島県を中心とした汚染の実態を踏まえた上で、被曝してしまった我々が今後どのように生きていけばいいのかという点について、山崎氏と槌田氏の意見は食い違っているが、二人とも3号機が単なる水素爆発ではないという見解では一致している。
同時に手紙と資料を送ってくださった室田武さんも、やはり3号機が水素爆発などではないという見解ではガンダーセン氏、槌田敦氏らの見解は正しいだろうとおっしゃっている。
まあ、僕が生きている間には、本当のことは分からないのだろう。
何がどうなっていたのかということを正確に分析・認識することはもちろん大切なのだが、今、まっ先にしなければいけないことは、エネルギー行政、原子力事故の後始末を、引き続き犯罪者たちの手で行わせてはならないということだ。一旦、原子力ムラを完全解体して、まともな人間、組織にしてから始める。それができないところに最大の問題があり、危険が存在している。
もうひとつ、出版されているものとして『原発廃炉に向けて ──福島原発同時多発事故の原因と影響を総合的に考える』(エントロピー学会編、日本評論社)の中から、室田武さんが担当した「原発廃炉の経済学」の最後の部分を抜き書き。
再生可能エネルギーとされているもののうち、たとえば太陽光発電、風力発電は、全面的に天候に依存する技術です。送配電網のないところではそうした発電技術は大いに役立ちます。しかし、送配電網が整備されている地域では大きな意味はありません。むしろ高速回転する風車による低周波公害が問題ですし、太陽光パネルも寿命が尽きればゴミの山です。原発を廃炉にしてその代わりに再生可能エネルギーを、といってしまうと、それは幻想に終わります。
太陽や風力は特殊電源として有用なのであって、常用電源としては、石炭、石油、天然ガスを中心に考え、そのうえで節電、省エネルギー、そして公害対策を進めればいいのです。
室田さんは、脱原発社会を実現するための最大の障壁は、多くの人たちが「CO2温暖化説」に洗脳され、その結果「低炭素社会」を実現せねばと勘違いしていることであって、人々がこの間違った思いこみから一刻も早く抜け出すことが必要だと説いている。
まったくもってこの呪縛はやっかいで、相当なインテリでさえ簡単に引っかかって、しかもその後ずっと強い呪縛にとらわれている。
この呪縛が続く限り、人々の「よき社会を実現したい」という思いは空回りするどころか、原子力ムラの妖怪たちに利用され、税金を吸い取られ続け、自然環境はますます破壊されていく。これではどうにもならない。
僕自身、悪人たちの所業に怒りを覚えるのは当然なのだが、それよりも、善人たちが洗脳されていることへの絶望のほうが大きい。
悪党に殺されるより、善良な人たちに殺されるほうがはるかに哀しい。阿武隈の生活で、実際にそれを経験してきた。これは太平洋戦争に突入していったときと同じような構図だろう。
権力を間違った方向に行使させないためには、善良なる人々の「数」で勝負するしかない。しかし、現代社会では、その「数の力」を、利権にあぐらをかく少数権力者たちがいいようにコントロールし続けている。
原発は、本来やってはいけない事業、成立しえない事業に莫大な税金を投入してごり押ししてきた。まったく同じことが、「再生可能エネルギー」の高額買い取りという形で始まってしまった。
今、この国が全力でやるべきことは、すべての原発を確実に安全に廃炉にしていくことであり、金と人材はそこに注ぎ込まなければならない。これ以上、税金を無駄に捨て、自然破壊を続けてどうする。
これだけひどいことになりながらもまだ目が醒めないこの国に未来はない。
エネルギーとエントロピーの問題に気がつかせてくださったお二人には、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』を謹呈した。その返礼としてお送りいただいたもの。
むさぼるようにして読んだ。
『福島原発多重人災 東電の責任を問う 被害者の救済は汚染者負担の原則で』(日本評論社)は かなり衝撃的な内容も含まれていて、今さらながらびっくり。
いくつか興味深い記述を抜き出してみる。
原発は運転を停止している間であっても、核燃料や使用済み燃料の冷却を続けるためのポンプなどの動力、制御用のシステム、回収工事などの動力として電力を大量に必要とする。これを「所内電力」という。その量は1基あたり約4~5万キロワットにも上る。(中略)
2007年、柏崎刈羽原発が中越沖地震で7基全部止まったときには、約40万キロワットもの電力を東京から送らなければならなかった。それは柏崎刈羽原発が新潟県最大の「電力消費地点」になったことを意味する。そのためにも東電は、1日も早く柏崎刈羽原発を1基でも動かしたかった。
3.11後の今も同じことが起きている。(中略)1ワットも電気を生まない福島第一と第二で、これだけの電力(約50万キロワットと推定)が消費されている。(中略)私たちが節電しているのは、福島第一と第二を冷やすためなのかといいたくなるような実態だ。
(第5章冒頭 P49 担当・山崎久隆)
原発は、一度止まってしまえば、どんなに早くとも安全点検などで1週間程度は再稼働できない。これほど不安定な電源にいつまで依存するつもりなのだろうか。
「脱・原発依存」という言葉は、計画停電で生産活動に支障があったと主張している経団連などがまっさきにいうべきであろう。
(第5章の最後 P57 担当・山崎久隆)
かつて、東電の勝俣恒夫会長が総務部長だった頃、東電が自然エネルギーに取り組むことについて「自然エネルギーではだめだということをわかってもらうためです」と語ったことがある。今回もそのやり方で自然エネルギーに資金が投じられる。この資金に人々が群がって大騒ぎするが、結局は勝俣会長のいったように自然エネルギーは失敗する。これを原子力(推進側)は狙っている。
(挿入コラム「エネルギー問題」という大ウソ P135 担当・槌田敦)
2号機、4号機の破壊がどういう経過で起きたのかという点、また、福島県を中心とした汚染の実態を踏まえた上で、被曝してしまった我々が今後どのように生きていけばいいのかという点について、山崎氏と槌田氏の意見は食い違っているが、二人とも3号機が単なる水素爆発ではないという見解では一致している。
同時に手紙と資料を送ってくださった室田武さんも、やはり3号機が水素爆発などではないという見解ではガンダーセン氏、槌田敦氏らの見解は正しいだろうとおっしゃっている。
まあ、僕が生きている間には、本当のことは分からないのだろう。
何がどうなっていたのかということを正確に分析・認識することはもちろん大切なのだが、今、まっ先にしなければいけないことは、エネルギー行政、原子力事故の後始末を、引き続き犯罪者たちの手で行わせてはならないということだ。一旦、原子力ムラを完全解体して、まともな人間、組織にしてから始める。それができないところに最大の問題があり、危険が存在している。
もうひとつ、出版されているものとして『原発廃炉に向けて ──福島原発同時多発事故の原因と影響を総合的に考える』(エントロピー学会編、日本評論社)の中から、室田武さんが担当した「原発廃炉の経済学」の最後の部分を抜き書き。
再生可能エネルギーとされているもののうち、たとえば太陽光発電、風力発電は、全面的に天候に依存する技術です。送配電網のないところではそうした発電技術は大いに役立ちます。しかし、送配電網が整備されている地域では大きな意味はありません。むしろ高速回転する風車による低周波公害が問題ですし、太陽光パネルも寿命が尽きればゴミの山です。原発を廃炉にしてその代わりに再生可能エネルギーを、といってしまうと、それは幻想に終わります。
太陽や風力は特殊電源として有用なのであって、常用電源としては、石炭、石油、天然ガスを中心に考え、そのうえで節電、省エネルギー、そして公害対策を進めればいいのです。
室田さんは、脱原発社会を実現するための最大の障壁は、多くの人たちが「CO2温暖化説」に洗脳され、その結果「低炭素社会」を実現せねばと勘違いしていることであって、人々がこの間違った思いこみから一刻も早く抜け出すことが必要だと説いている。
まったくもってこの呪縛はやっかいで、相当なインテリでさえ簡単に引っかかって、しかもその後ずっと強い呪縛にとらわれている。
この呪縛が続く限り、人々の「よき社会を実現したい」という思いは空回りするどころか、原子力ムラの妖怪たちに利用され、税金を吸い取られ続け、自然環境はますます破壊されていく。これではどうにもならない。
僕自身、悪人たちの所業に怒りを覚えるのは当然なのだが、それよりも、善人たちが洗脳されていることへの絶望のほうが大きい。
悪党に殺されるより、善良な人たちに殺されるほうがはるかに哀しい。阿武隈の生活で、実際にそれを経験してきた。これは太平洋戦争に突入していったときと同じような構図だろう。
権力を間違った方向に行使させないためには、善良なる人々の「数」で勝負するしかない。しかし、現代社会では、その「数の力」を、利権にあぐらをかく少数権力者たちがいいようにコントロールし続けている。
原発は、本来やってはいけない事業、成立しえない事業に莫大な税金を投入してごり押ししてきた。まったく同じことが、「再生可能エネルギー」の高額買い取りという形で始まってしまった。
今、この国が全力でやるべきことは、すべての原発を確実に安全に廃炉にしていくことであり、金と人材はそこに注ぎ込まなければならない。これ以上、税金を無駄に捨て、自然破壊を続けてどうする。
これだけひどいことになりながらもまだ目が醒めないこの国に未来はない。
現実主義のリベラル、理想主義の保守 ― 2011/08/09 12:58
9月、10月に出るはずの本の原稿書きと校正戻しが重なっていて、しばらくWEBには書いていなかった。
さて、本日(2011年8月9日)の日経ビジネスに、池上彰と加藤陽子の対談が掲載されている。
原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?
加藤陽子・東京大学文学部教授に聞く【第1回】
……というもの。
内容はすべてもっともなのだが、それだけに、今頃こういう正論を読んでも……という虚しさがある。
ただ、忘れられがちなポイントをいくつか指摘しているので、その中のひとつを抜き出してみたい。
(※対談なので、原文は会話の「ですます調」で書かれているが、「ですます」は刈り取って転載)
池上:
2005年にインドネシアを震源とする大震災と大津波があった。あのとき救援や復旧活動のために、自衛隊が派遣されたが、陸上自衛隊に配備されているヘリコプターを海上自衛隊の護衛艦に載せて運ぼうとしたら、船に載らない。陸上自衛隊のヘリコプターは、プロペラを折り畳めないタイプ。艦載するには折り畳めるタイプでなければダメで、結局、陸自のヘリを改造するまで出艦できなかった。つまり、いざというときにすぐに役に立たないムダな投資をしていたことになる。でも、「いざ」が来るまで誰も指摘しなかった。 ---------------(略)----------------
加藤:
(原発)反対派の論じ方にも問題があったと思う。現実的な反対論というのは、本当に難しい。すぐに「絶対反対」の理想論に走り、神学論争を仕掛けてしまう。すると、先ほど池上さんがお話しされた自衛隊のヘリコプター問題のような「現実」がないがしろにされてしまう。今の原発だって、止めるにしろ続けるにしろ、「原発が実際にある」という「現実」を見据えないと、対応はできない。廃炉に至るまでの工程では、まさに原子炉工学の粋が必要になってくる。専門家と技術者と運営主体は今後も欠かせない。(そこを無視すると、ただの)理想を掲げた反対運動に殉じてしまう。これでは「現実」は動かない。
個人的にはリベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁してほしい。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したい。
※文体を「である」に統一変更。( )部分はこちらで補足した。
原文は⇒こちら
自衛隊の装備の話は、実は『裸のフクシマ』にも少し書いた。
日航機墜落事故のとき、本州のど真ん中に落ちた巨大な飛行機を、夜明けまで見つけられなかった。このときの新聞報道でびっくりしたのは、「いちばん明るいサーチライトを搭載したヘリは東京消防庁にあり、自衛隊のヘリはそこまで明るいサーチライトを搭載していない」という記述だった。
なんじゃそりゃ? と呆れ返った。
自衛隊の装備に注ぎ込まれる金(税金)は、東京消防庁の装備に注ぎ込まれる金とは桁がいくつも違う。国民としては、当然、国内最高の性能を持った装備があると思うが、そうではなかったわけだ。
島国日本では絶対に活躍しようがない戦車などという装備にもとんでもない金をかけている。
陸自のヘリが海自の船に乗せられないのであれば、戦車の海外輸送もできないのかもしれない。そもそも他国を武力威圧してはいけないと憲法で定められているのだから、自衛隊の戦車は日本国内で使うということになるが、その砲を向ける相手は誰なのか? 日本国民しかいない。
今回、東電福島第一原発の電源全喪失にあたり、電源車が周囲にまったく配備されていなかったという恐ろしい事実を知らされたわけだが、あのとき、首相官邸では「電源車を自衛隊のヘリで釣り上げて現地に運べないか」という提案がなされた。しかし、すぐに、「重すぎて持ち上げられない」と判明し、諦めたという。
そもそも、そんなことをしなくても「電源ヘリ」というものを配備しておくべきであることは常識ではないのか。車輌が入り込めない災害地などで緊急に救助・復旧活動をするために電源は必須なのだから。
「電源ヘリ」のようなものは当然何機もあるものだと思っていたが、どうやら日本国内のどこにもないらしいということがこれで分かった。技術的にも金銭的にもなんの問題もない装備だろうに。どう考えても、戦車より高いとも思えない。
……こんな風に、少し考えただけでも、日本国民全体が思考停止しているテーマはたくさんある。
戦争や原発は、「負け」たら国全体がなくなってしまいかねない「重要事項」だが、そういう生き死にの問題でも、日本人は思考停止してしまうのだ。
加藤教授が言う「リベラルによる現実主義、保守による理想主義」はとても重要だ。
一部の反原発グループと呼ばれる人たちは、知識のないアジテーターを教祖のように盲信して間違いだらけの講演会や集会を開いている。これは原発を推進してきた人たちにとっては好都合で、「反対している人間のレベルはこんなに低い」という証左をわざわざ提供してしまっている。
原発は全廃するべきだと僕は強く主張しているが、現存する施設を廃炉にしていくには、気の遠くなるような時間と、優秀な原子力工学の技術者が必要。もちろんとんでもない金がかかる。すでに抱えている負の遺産を処理するための金と人材はケチってはいけない。命に関わるからだ。
また、すでに広範囲に薄く大量の放射性物質がばらまかれ、汚染されてしまったわけだから、ここから先は「汚染された国でいかにリスクを少なく生きていけるか」という現実的な対策をとるしかない。
例えば「徹底的に除染をしろ」と言うのは簡単だが、どう「除染」したところで、放射性物質は消えてくれるわけではない。中和とか消滅は無理なのだ。
除染の実態は「拡散」(一か所に大量に固まっていると怖いので、ホットポイントをつぶしながら薄く広く拡散させる)か「移動」(ここは子供が長時間いる場所だから、ここにあるよりは他の人が寄りつかないような場所に持っていく……というような「移動」)にすぎないのだ。
土壌汚染に対しても、汚染された現場では、「表土を10cm剥ぐべきか30cm剥ぐべきか」とか「土を剥ぎ取っても持っていき場がないから、30cm掘ってひっくり返せばいいのではないか」といった現実論で悩んでいるのだ。「除染」の号令ひとつで放射性物質が消えてくれるわけではないのだから、外野で無責任なシュプレヒコールを上げられるだけならノイズにしかならない。そこにつけ込んで新たな利権ビジネスを作りだそうとしている人たちがたくさんいること、その人たちにとって、アジテーターやそれに乗せられて気勢を上げる人たちは利用価値のある都合のいい存在であることに気づいてほしい。
これだけひどい目に合わされ、この先さらにいいように利用され、徹底的に汚されていくフクシマを見ているのは耐えられない。
汚染された地域の首長や議員たちは、本当はみんな逃げ出したいはずだ。責任ある立場にある人ほど逃げるわけにいかず、今後もずっと地域に関わって責任をとらなければならない。お上から提示される「除染後の汚染物貯蔵のために谷を一つ提供せよ」といった条件をはねつけられず、お家とりつぶしよりはこっちのほうがまだマシ……という苦渋の選択を続けていかなければならない。
その窓口になり続ける人生……心ある者ほど、この苦悩は大きい。
子供たちを城から逃がして負け戦の戦場に出て行く武将……より悲劇かもしれない。死ぬこともできないのだから。
これがフクシマの現実である。
この状況をしっかり見ることをせず、頭の中だけで理論上の正義を構築し、放射能の恐怖をいたずらに煽ったり、再生可能エネルギー賛美をして新たな利権政治を推進させるようなことをしていては、安全な廃炉計画も国民の幸福もどんどん遠のいてしまう。
エネルギーをぶつけるなら、不正告発に注ぎ込んでほしい。もちろん、相手は「原子力ムラ」を築き上げた連中だ。彼らの罪を徹底的に暴いて償わせることにエネルギーを注ぎ込むなら、それは十分に意味がある。
福島第一2号機では、2010年6月17日、原子炉自動停止→非常用ディーゼル発電機起動→原子炉への給水が停止→原子炉の水位が低下→原子炉隔離時冷却系を起動して給水……という、3.11事故とまったく同じ経緯をたどる重大事故を起こしたが、原因は中央制御室で記録計の交換作業をしていたときに、作業員が10センチ隣にあった「発電所内の送電線系統安定化装置電源切り替え用補助リレー」なるものに触れてしまったことだった。その結果、リレーが誤作動し、2系統ある所内の送電系が同時に遮断。さらに外部電源にも切り替わらずすべての外部電源喪失→原子炉自動停止となったのだ。なんですか、これは。
また、その直後の2010年7月15日には、5・6号機に接続されている夜ノ森線という送電線が保護装置の異常で送電が停まるという事故も起きている。
さらには、地震が起きる10日前の2011年3月1日、地元紙の福島民友がこんな記事を小さく載せている。
福島第1原発で新たに33機器点検漏れ
保守管理の規定の期間を超えても点検を実施していない点検漏れの機器が見つかった問題で、東京電力は2月28日、経済産業省原子力・安全保安院に調査結果を最終報告した。報告では福島第1原発で新たに33機器で点検漏れが見つかった。県は「信頼性の根本に関わる問題」と東電に再発防止策の徹底を求めた。
東電によると、福島第一原発で見つかった点検漏れは定期検査で行われる機器ではなく、東電の自主点検で定期点検が行われている機器。しかし、最長で11年間にわたり点検していない機器があったほか、簡易点検しか実施していないにもかかわらず、本格点検を実施したと点検簿に記入していた事例もあった。
先日運転を停止した浜岡原発では、5月14日に停止操作をした途端に5号機の細管が破断して復水器に400トンの海水が流入し、そのうち5トンは圧力容器内(原子炉本体)に流入した(2011年5月15日 毎日新聞、産経新聞、他)。
浜岡の5号機は「改良型沸騰水型」(ABWR)と呼ばれ、出力138万キロワットは日本最大。2005年に運転開始したばかりの新しい国産原子炉だ。それが、地震も何も起きないうちから「壊れていた」のだ。原因は近くのパイプキャップの溶接ミスだという。
……こうした驚くべき事実を、マスメディアはなぜか大きく報じない。
反原発をテーマにする民間団体は、こういう部分の告発や調査、追及こそ力を入れてやるべきだ。実際やっている立派なグループもたくさん存在するのだが、メディアが無視するため、なかなか情報が露出してこない。代わりに恐怖や空論賛美アジテーター型の声ばかりが露出しているのは、本当に困ったことだ。
大東亜共栄圏構想、原発推進、自衛隊のあり方と米軍基地の存在……近代以降の日本が抱えてきたこうした問題に対して、僕を含めて多くの人たちは、「正論」は持っていても、疲れるだけだから表だって動くことはせず、坐視してきた。「フクシマ」はそうした日本人の体質に対しての答えだ。
「リベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁してほしい。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したい」という加藤教授の言葉に、全面的に賛同する。
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さて、本日(2011年8月9日)の日経ビジネスに、池上彰と加藤陽子の対談が掲載されている。
原発もあの戦争も、「負けるまで」メディアも庶民も賛成だった?
加藤陽子・東京大学文学部教授に聞く【第1回】
……というもの。
内容はすべてもっともなのだが、それだけに、今頃こういう正論を読んでも……という虚しさがある。
ただ、忘れられがちなポイントをいくつか指摘しているので、その中のひとつを抜き出してみたい。
(※対談なので、原文は会話の「ですます調」で書かれているが、「ですます」は刈り取って転載)
池上:
2005年にインドネシアを震源とする大震災と大津波があった。あのとき救援や復旧活動のために、自衛隊が派遣されたが、陸上自衛隊に配備されているヘリコプターを海上自衛隊の護衛艦に載せて運ぼうとしたら、船に載らない。陸上自衛隊のヘリコプターは、プロペラを折り畳めないタイプ。艦載するには折り畳めるタイプでなければダメで、結局、陸自のヘリを改造するまで出艦できなかった。つまり、いざというときにすぐに役に立たないムダな投資をしていたことになる。でも、「いざ」が来るまで誰も指摘しなかった。 ---------------(略)----------------
加藤:
(原発)反対派の論じ方にも問題があったと思う。現実的な反対論というのは、本当に難しい。すぐに「絶対反対」の理想論に走り、神学論争を仕掛けてしまう。すると、先ほど池上さんがお話しされた自衛隊のヘリコプター問題のような「現実」がないがしろにされてしまう。今の原発だって、止めるにしろ続けるにしろ、「原発が実際にある」という「現実」を見据えないと、対応はできない。廃炉に至るまでの工程では、まさに原子炉工学の粋が必要になってくる。専門家と技術者と運営主体は今後も欠かせない。(そこを無視すると、ただの)理想を掲げた反対運動に殉じてしまう。これでは「現実」は動かない。
個人的にはリベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁してほしい。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したい。
※文体を「である」に統一変更。( )部分はこちらで補足した。
原文は⇒こちら
自衛隊の装備の話は、実は『裸のフクシマ』にも少し書いた。
日航機墜落事故のとき、本州のど真ん中に落ちた巨大な飛行機を、夜明けまで見つけられなかった。このときの新聞報道でびっくりしたのは、「いちばん明るいサーチライトを搭載したヘリは東京消防庁にあり、自衛隊のヘリはそこまで明るいサーチライトを搭載していない」という記述だった。
なんじゃそりゃ? と呆れ返った。
自衛隊の装備に注ぎ込まれる金(税金)は、東京消防庁の装備に注ぎ込まれる金とは桁がいくつも違う。国民としては、当然、国内最高の性能を持った装備があると思うが、そうではなかったわけだ。
島国日本では絶対に活躍しようがない戦車などという装備にもとんでもない金をかけている。
陸自のヘリが海自の船に乗せられないのであれば、戦車の海外輸送もできないのかもしれない。そもそも他国を武力威圧してはいけないと憲法で定められているのだから、自衛隊の戦車は日本国内で使うということになるが、その砲を向ける相手は誰なのか? 日本国民しかいない。
今回、東電福島第一原発の電源全喪失にあたり、電源車が周囲にまったく配備されていなかったという恐ろしい事実を知らされたわけだが、あのとき、首相官邸では「電源車を自衛隊のヘリで釣り上げて現地に運べないか」という提案がなされた。しかし、すぐに、「重すぎて持ち上げられない」と判明し、諦めたという。
そもそも、そんなことをしなくても「電源ヘリ」というものを配備しておくべきであることは常識ではないのか。車輌が入り込めない災害地などで緊急に救助・復旧活動をするために電源は必須なのだから。
「電源ヘリ」のようなものは当然何機もあるものだと思っていたが、どうやら日本国内のどこにもないらしいということがこれで分かった。技術的にも金銭的にもなんの問題もない装備だろうに。どう考えても、戦車より高いとも思えない。
……こんな風に、少し考えただけでも、日本国民全体が思考停止しているテーマはたくさんある。
戦争や原発は、「負け」たら国全体がなくなってしまいかねない「重要事項」だが、そういう生き死にの問題でも、日本人は思考停止してしまうのだ。
加藤教授が言う「リベラルによる現実主義、保守による理想主義」はとても重要だ。
一部の反原発グループと呼ばれる人たちは、知識のないアジテーターを教祖のように盲信して間違いだらけの講演会や集会を開いている。これは原発を推進してきた人たちにとっては好都合で、「反対している人間のレベルはこんなに低い」という証左をわざわざ提供してしまっている。
原発は全廃するべきだと僕は強く主張しているが、現存する施設を廃炉にしていくには、気の遠くなるような時間と、優秀な原子力工学の技術者が必要。もちろんとんでもない金がかかる。すでに抱えている負の遺産を処理するための金と人材はケチってはいけない。命に関わるからだ。
また、すでに広範囲に薄く大量の放射性物質がばらまかれ、汚染されてしまったわけだから、ここから先は「汚染された国でいかにリスクを少なく生きていけるか」という現実的な対策をとるしかない。
例えば「徹底的に除染をしろ」と言うのは簡単だが、どう「除染」したところで、放射性物質は消えてくれるわけではない。中和とか消滅は無理なのだ。
除染の実態は「拡散」(一か所に大量に固まっていると怖いので、ホットポイントをつぶしながら薄く広く拡散させる)か「移動」(ここは子供が長時間いる場所だから、ここにあるよりは他の人が寄りつかないような場所に持っていく……というような「移動」)にすぎないのだ。
土壌汚染に対しても、汚染された現場では、「表土を10cm剥ぐべきか30cm剥ぐべきか」とか「土を剥ぎ取っても持っていき場がないから、30cm掘ってひっくり返せばいいのではないか」といった現実論で悩んでいるのだ。「除染」の号令ひとつで放射性物質が消えてくれるわけではないのだから、外野で無責任なシュプレヒコールを上げられるだけならノイズにしかならない。そこにつけ込んで新たな利権ビジネスを作りだそうとしている人たちがたくさんいること、その人たちにとって、アジテーターやそれに乗せられて気勢を上げる人たちは利用価値のある都合のいい存在であることに気づいてほしい。
これだけひどい目に合わされ、この先さらにいいように利用され、徹底的に汚されていくフクシマを見ているのは耐えられない。
汚染された地域の首長や議員たちは、本当はみんな逃げ出したいはずだ。責任ある立場にある人ほど逃げるわけにいかず、今後もずっと地域に関わって責任をとらなければならない。お上から提示される「除染後の汚染物貯蔵のために谷を一つ提供せよ」といった条件をはねつけられず、お家とりつぶしよりはこっちのほうがまだマシ……という苦渋の選択を続けていかなければならない。
その窓口になり続ける人生……心ある者ほど、この苦悩は大きい。
子供たちを城から逃がして負け戦の戦場に出て行く武将……より悲劇かもしれない。死ぬこともできないのだから。
これがフクシマの現実である。
この状況をしっかり見ることをせず、頭の中だけで理論上の正義を構築し、放射能の恐怖をいたずらに煽ったり、再生可能エネルギー賛美をして新たな利権政治を推進させるようなことをしていては、安全な廃炉計画も国民の幸福もどんどん遠のいてしまう。
エネルギーをぶつけるなら、不正告発に注ぎ込んでほしい。もちろん、相手は「原子力ムラ」を築き上げた連中だ。彼らの罪を徹底的に暴いて償わせることにエネルギーを注ぎ込むなら、それは十分に意味がある。
福島第一2号機では、2010年6月17日、原子炉自動停止→非常用ディーゼル発電機起動→原子炉への給水が停止→原子炉の水位が低下→原子炉隔離時冷却系を起動して給水……という、3.11事故とまったく同じ経緯をたどる重大事故を起こしたが、原因は中央制御室で記録計の交換作業をしていたときに、作業員が10センチ隣にあった「発電所内の送電線系統安定化装置電源切り替え用補助リレー」なるものに触れてしまったことだった。その結果、リレーが誤作動し、2系統ある所内の送電系が同時に遮断。さらに外部電源にも切り替わらずすべての外部電源喪失→原子炉自動停止となったのだ。なんですか、これは。
また、その直後の2010年7月15日には、5・6号機に接続されている夜ノ森線という送電線が保護装置の異常で送電が停まるという事故も起きている。
さらには、地震が起きる10日前の2011年3月1日、地元紙の福島民友がこんな記事を小さく載せている。
福島第1原発で新たに33機器点検漏れ
保守管理の規定の期間を超えても点検を実施していない点検漏れの機器が見つかった問題で、東京電力は2月28日、経済産業省原子力・安全保安院に調査結果を最終報告した。報告では福島第1原発で新たに33機器で点検漏れが見つかった。県は「信頼性の根本に関わる問題」と東電に再発防止策の徹底を求めた。
東電によると、福島第一原発で見つかった点検漏れは定期検査で行われる機器ではなく、東電の自主点検で定期点検が行われている機器。しかし、最長で11年間にわたり点検していない機器があったほか、簡易点検しか実施していないにもかかわらず、本格点検を実施したと点検簿に記入していた事例もあった。
先日運転を停止した浜岡原発では、5月14日に停止操作をした途端に5号機の細管が破断して復水器に400トンの海水が流入し、そのうち5トンは圧力容器内(原子炉本体)に流入した(2011年5月15日 毎日新聞、産経新聞、他)。
浜岡の5号機は「改良型沸騰水型」(ABWR)と呼ばれ、出力138万キロワットは日本最大。2005年に運転開始したばかりの新しい国産原子炉だ。それが、地震も何も起きないうちから「壊れていた」のだ。原因は近くのパイプキャップの溶接ミスだという。
……こうした驚くべき事実を、マスメディアはなぜか大きく報じない。
反原発をテーマにする民間団体は、こういう部分の告発や調査、追及こそ力を入れてやるべきだ。実際やっている立派なグループもたくさん存在するのだが、メディアが無視するため、なかなか情報が露出してこない。代わりに恐怖や空論賛美アジテーター型の声ばかりが露出しているのは、本当に困ったことだ。
大東亜共栄圏構想、原発推進、自衛隊のあり方と米軍基地の存在……近代以降の日本が抱えてきたこうした問題に対して、僕を含めて多くの人たちは、「正論」は持っていても、疲れるだけだから表だって動くことはせず、坐視してきた。「フクシマ」はそうした日本人の体質に対しての答えだ。
「リベラルや左派こそ、オタクと称されるほどに、軍事や科学や技術に通暁してほしい。リベラルによる現実主義、保守による理想主義。この、あまり見かけない、たすき掛けの組合せを追求したい」という加藤教授の言葉に、全面的に賛同する。
今こそ読んでおきたい「原発震災前の文章」 ― 2011/05/02 21:18
このゴールデンウィークが明けると、もうすぐ原発震災から2か月になります。
連休中、あまり遠出もしないで家で読書……という人も多いかと思いますので、ネット上で読めるいくつかの読み物をご紹介します。
すべて、過去において原発震災への警告を発していたり、原子力を国策として推進することの根本的な間違いについて指摘したものです。以下の各タイトルをクリックすると読めます。
●『原発事故──その時あなたはどうするか!?』(日本科学者会議福岡支部核問題研究委員会・編、1989年、合同出版)
……執筆・編纂したのは、森茂康九州大学名誉教授をはじめ、九州大学、九州工業大学、佐賀大学などの7人。
20年以上昔に書かれたものですが、現在福島第一原発で起きている原発災害にそのままあてはまる内容です。今読むと、なぜこうした真摯な警告を生かせなかったのかと、改めて残念に思います。
//原子力発電所に事故が起きて放射能が漏れるような事態になったとき、国および地方自治体(知事や市町村長)には住民を被害から守る責任があります//
……という書き出しで始まるこの本は、「原発事故が起きたらどうすべきか」「原発事故とはどのようなものか」「放射線障害とはどのようなもので、どうすれば身を守れるか」「原発重大事故はどのようにして起こりうるか」「原発事故に対する法整備の提言」という内容を70ページ弱に収めてあり、非常に読みやすく、分かりやすい説明には感心させられるばかりです。
「あとがき」は、奇しくもこのように結ばれています。
//本書を作成する作業を進めている間にも、原発事故をめぐるさまざまなニュースが入ってきました。その中でも、福島原発の再循環ポンプの羽根の破損事故に際して警報が鳴っているのにそのまま運転を続けた、というニュースに、私たちは戦慄をおぼえると同時に、本書を作成する意義を重ねて確認することにもなりました。しかし、私たちは、本書が実際に使われるような原発事故がけっして起こらないことを願っています。//
●原発震災 ~破滅を避けるために (石橋克彦、『科学』(岩波書店) Vol.67, No.10 1997年10月号)
…… 今年の流行語大賞候補にもなりそうな「原発震災」という言葉を、おそらく日本で初めて使い、警告を発した文章。筆者は神戸大学名誉教授(地震学、震災論)
同じ石橋克彦氏の文章として、
●「原発に頼れない地震列島」(『都市問題』(東京市政調査会) Vol.99, No.8 2008年8月号)
●迫り来る大地震活動期は未曾有の国難-技術的防災から国土政策・社会経済システムの根本的変革へ-
……第162回国会衆議院予算委員会公聴会(2005年2月23日)での公述の様子を収録
も併せてどうぞ。
●原発がどんなものか知ってほしい (平井憲夫)
……「私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います」
──と始まるこの文章は、一級プラント技能士の資格を持ち、実際に日本国中の原発建設現場で作業を指揮してきた人の「遺書」です。平井氏は1997年1月、癌で亡くなりました。
●終焉に向かう原子力と温暖化問題(京都大学原子炉実験所 小出 裕章、2010年1月)
……還暦を超えていてなお肩書きは「助教」(かつての呼称なら「助手」)。反原発を貫き、長いことメディアからも抹殺されていた「原子力の専門家」が福島原発事故が起きる前年に淡々と述べた、非常に読み応えのある文章。
CO2温暖化説の嘘についても、はっきりと告発しています。
//一番ひどい主張は、二酸化炭素の放出を減らすためには、化石燃料への依存をやめ、二酸化炭素を出さない原子力に切り替えなければいけないという宣伝です。今日の報告はそれが如何にでたらめかを述べるものですが、現在の二酸化炭素悪者説には、それだけでないたくさんの嘘があります。まず、地球温暖化の原因は多様であり、二酸化炭素だけが原因ではありません。そして本当に大切なことは、生命環境を守るためにはエネルギー浪費を減らすことこそ必要なのに、それがむしろ見えなくされてしまっています。//
「ウラン残土すら始末できなかった日本」という話も非常に参考になります。
連休中、あまり遠出もしないで家で読書……という人も多いかと思いますので、ネット上で読めるいくつかの読み物をご紹介します。
すべて、過去において原発震災への警告を発していたり、原子力を国策として推進することの根本的な間違いについて指摘したものです。以下の各タイトルをクリックすると読めます。
●『原発事故──その時あなたはどうするか!?』(日本科学者会議福岡支部核問題研究委員会・編、1989年、合同出版)
……執筆・編纂したのは、森茂康九州大学名誉教授をはじめ、九州大学、九州工業大学、佐賀大学などの7人。
20年以上昔に書かれたものですが、現在福島第一原発で起きている原発災害にそのままあてはまる内容です。今読むと、なぜこうした真摯な警告を生かせなかったのかと、改めて残念に思います。
//原子力発電所に事故が起きて放射能が漏れるような事態になったとき、国および地方自治体(知事や市町村長)には住民を被害から守る責任があります//
……という書き出しで始まるこの本は、「原発事故が起きたらどうすべきか」「原発事故とはどのようなものか」「放射線障害とはどのようなもので、どうすれば身を守れるか」「原発重大事故はどのようにして起こりうるか」「原発事故に対する法整備の提言」という内容を70ページ弱に収めてあり、非常に読みやすく、分かりやすい説明には感心させられるばかりです。
「あとがき」は、奇しくもこのように結ばれています。
//本書を作成する作業を進めている間にも、原発事故をめぐるさまざまなニュースが入ってきました。その中でも、福島原発の再循環ポンプの羽根の破損事故に際して警報が鳴っているのにそのまま運転を続けた、というニュースに、私たちは戦慄をおぼえると同時に、本書を作成する意義を重ねて確認することにもなりました。しかし、私たちは、本書が実際に使われるような原発事故がけっして起こらないことを願っています。//
●原発震災 ~破滅を避けるために (石橋克彦、『科学』(岩波書店) Vol.67, No.10 1997年10月号)
…… 今年の流行語大賞候補にもなりそうな「原発震災」という言葉を、おそらく日本で初めて使い、警告を発した文章。筆者は神戸大学名誉教授(地震学、震災論)
同じ石橋克彦氏の文章として、
●「原発に頼れない地震列島」(『都市問題』(東京市政調査会) Vol.99, No.8 2008年8月号)
●迫り来る大地震活動期は未曾有の国難-技術的防災から国土政策・社会経済システムの根本的変革へ-
……第162回国会衆議院予算委員会公聴会(2005年2月23日)での公述の様子を収録
も併せてどうぞ。
●原発がどんなものか知ってほしい (平井憲夫)
……「私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います」
──と始まるこの文章は、一級プラント技能士の資格を持ち、実際に日本国中の原発建設現場で作業を指揮してきた人の「遺書」です。平井氏は1997年1月、癌で亡くなりました。
●終焉に向かう原子力と温暖化問題(京都大学原子炉実験所 小出 裕章、2010年1月)
……還暦を超えていてなお肩書きは「助教」(かつての呼称なら「助手」)。反原発を貫き、長いことメディアからも抹殺されていた「原子力の専門家」が福島原発事故が起きる前年に淡々と述べた、非常に読み応えのある文章。
CO2温暖化説の嘘についても、はっきりと告発しています。
//一番ひどい主張は、二酸化炭素の放出を減らすためには、化石燃料への依存をやめ、二酸化炭素を出さない原子力に切り替えなければいけないという宣伝です。今日の報告はそれが如何にでたらめかを述べるものですが、現在の二酸化炭素悪者説には、それだけでないたくさんの嘘があります。まず、地球温暖化の原因は多様であり、二酸化炭素だけが原因ではありません。そして本当に大切なことは、生命環境を守るためにはエネルギー浪費を減らすことこそ必要なのに、それがむしろ見えなくされてしまっています。//
「ウラン残土すら始末できなかった日本」という話も非常に参考になります。
民主主義の構造的危機……という話 ― 2011/04/08 17:30
先日、『そうだったのか! 池上彰の学べるニュース』(テレビ朝日系)を見ていました。
原発に代わる代替エネルギー、新エネルギーの話をするというので、私は「ああ、またか」と暗い気持ちになったのですが、池上さんはいわゆる「再生可能エネルギー」「自然エネルギー」「新エネルギー」と呼ばれ、今さかんに持ち上げられているものがいかに脆弱で非効率な発電方法かということをまず説明していました。中でも、風力発電についてはっきりと「低周波による健康被害が問題になってきています」と解説し、「有望視されている次世代エネルギー」として、ガスハイドレートやオイルシェールを紹介したところに、他番組との違い、地上波でもようやく正直な情報を出そうとする動きが出てきたことを感じました。
一方、メディアがきちんとした情報を出そうとしないこと、いつまで経っても東電に牛耳られたような報道しかできていないことについては、ものすごく深く暗い裏があることも見えてきました。
このところ、CSの朝日ニュースターをよく見ています。BSチューナー内蔵のテレビや録画機を持っているかたなら、スカパー!e2の無料試聴期間が2週間あり、ネットなどから申し込んだ数時間後から見られますので、ぜひチェックしてください。
いくつかYouTubeの動画を貼り付けておきます。
↑敢えて6分割の2つめを貼り込んであります。時間に余裕のある方は1/6からご覧ください
↑これを最後に上杉隆氏は活動を半ば休止宣言して番組を降りました
さらに過去に遡ると、こんな番組をやっていたこともありました↓
テレビに出て福島第一原発「人災」の解説をしている人たちの様子が最近になって変わってきたことも、ネット上で話題になっています。
言論統制がひどくなってきているという情報源のまとめが⇒ここにあります。そこのトップに書いてあるまとめが⇒これ。
意外だったのは、通称「赤眼鏡」で一躍有名になった澤田哲生東工大助教が、去年9月に「原子力政策円卓会議2010」のメンバーとして、商業原子力発電の段階的縮小も視野に入れた、原子力政策の大幅見直しを提言していたことです。
主な内容は、
1)商業原発の段階的縮小を含む複数の政策選択肢の検討をせよ
2)核燃料サイクルについての議論が不十分である
3)原子力委員会の頭越しに政策決定が行われていることが問題
4)原子力事業自体が停滞している中での政策見直しが必要である
……といったことだったようですが、皮肉にも、その半年後に、恐れていた最悪の事態が、いともあっさりと起きてしまったわけです。
(実際の提言書は⇒こちら)
ちなみに、この「円卓会議」の世話人を務めた吉岡斉・九州大学副学長が、元原子力資料情報室代表・高木仁三郎氏(故人)のことを語っているインタビュー記事も、非常に興味深い内容です。
このインタビューは2003年1月に行われていて、「市民科学」、市民が科学や政治にどういう形で参加していくかというテーマだと思いますが、それに近い話題として、三重県の歯科医師・武田恵世さんが書かれた著書『風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか?』(アットワークス刊)をご紹介します。
武田さんは歯学博士で、大阪大学、天理病院を経て現在は伊賀市で開業。中学生時代から野鳥観察などを通じて自然環境の調査活動を続けており、日本生態学会、日本鳥学会に所属、環境省の希少動植物種保存推進員もつとめているかたです。
多くの日本人同様、彼も当初は「風力発電は、石油などの化石燃料を使わないので排気ガスを出さず、CO2を排出しない環境に優しい自然エネルギーだ」と信じ、大きな期待を抱き、出資しようと思っていたひとりでした。しかし、目の前で展開される事業のあまりの杜撰さ、でたらめぶりに疑問を抱き、ひとつひとつ「本当のところはどうなっているのか」と調べていきます。
そうして11年かけて調査し、検討した結果「現状では風力発電は決して推進してはならない」という結論に達し、本書を書くまでに至った、ということがまえがきに書かれています。
新エネルギーの話題では最近必ず出てくる、スマートグリッド、NAS電池、揚水発電所との併用の話も紹介しています。ヨーロッパや中国での風力発電の現状にも触れています。おそらく、多くのかたがたが想像している内容とは違うことが書かれています。
例えば、こんな一節があります。
//現在、日本では風力発電で発電した電気は、開閉器、変圧器などを介して電力会社の電力系統に直接入れられています。
日本全国の電力会社は、強い風が吹いて風力発電所が稼働すると、火力発電所の出力をその分落とすという運用はしたことがありません。
また、火力発電所が廃止されたこともありません。電力系統に大量の電気が急に入ったり、入らなくなったりすると電力系統全体が不安定になり、停電することもあるのですが、まだ風力発電所からの電気は系統全体の1~2%以下で誤算の範囲なので不安定にはならないので何もしていません。
風力発電所が結構増えた北海道電力、東北電力では、風力発電所の発電量が増えると、既存の火力発電所の出力は落とさずに、風力発電所からの送電を止めています(接続制限)。なぜかというと、風は一定の強さで吹き続けるものではないので、それに合わせて火力発電所などの出力を調整するのは難しいからです。
つまり、現状では、風力発電所ができたことで、火力発電所の出力も、数も減らしてはいないので、化石燃料の消費量をまったく減らしてはいないのです。//(37ページ)
このことは、no-windfarm.netでもさんざん書いてきたことですが、未だにきちんと裏をとらずに感情的な反論をしてくる人たちが後を絶ちません。反論には正確なデータが必要です。私もぜひ見たいので、みなさんの力で、事業者や政府にしっかりしたデータを出させてください。お願いします。
さて、いちばん大切なことがあとがきに書いてあります。
以下、「おわりに」の一部を抜粋します。
----------------------------------------------------
この問題で注意したいのは、最初は悪意を持って風力発電を進めた人はおそらくいなかったであろうということです。化石燃料を使わない自然エネルギーとして誰もが期待したものだったのです。
それがなぜこれほどの惨状を招いているのか? 問題点がわかった時点で、素早く適切な対応をしなかったからだと言えましょう。
そして、手厚い、ノーチェックの補助金政策、優遇政策がなされるとともに、それだけを目当てに成り立つ産業構造ができあがってしまいました。産業として補助金なしで成り立つように育成するための補助金であるはずが、補助金がないと成り立たない産業構造を造ってしまう従来の失敗がまたしても繰り返されました。
特別会計によるノーチェックの補助金制度は、全廃するべきです。
また、この風力発電の問題は、住民合意のあり方、環境影響評価のあり方、補助金政策や優遇政策のあり方など、国の民主主義や政策の問題点の縮図でもあります。
(略)
今度こそ、風力発電の問題だけにとどまらず、民主主義や政策の根本を改めないと、同じような問題が今後次々に起こってくるでしょう。この問題をきっかけに、今度こそなんとか改めていきましょう。
----------------------------------------------------
これを読んで、あれっ? と思った人は多いはず。
そう、今、福島第一原発で起きていることに、そっくりそのままあてはまるのです。
----------------------------------------------------
この問題で注意したいのは、最初は悪意を持って原子力発電を進めた人はおそらくいなかったであろうということです。化石燃料を使わない未来のエネルギー産業として誰もが期待したものだったのです。
それがなぜこれほどの惨状を招いているのか? 問題点がわかった時点で、素早く適切な対応をしなかったからだと言えましょう。
そして、国策として強引に進められ、数々の優遇政策がなされるとともに、それだけを目当てに成り立つ「原子力村」という官産学複合体構造ができあがってしまいました。
原子力発電の問題は、住民合意のあり方、環境影響評価のあり方、補助金政策や優遇政策のあり方など、国の民主主義や政策の問題点の縮図でもあります。
今度こそ、原発の問題だけにとどまらず、民主主義や政策の根本を改めないと、同じような問題が今後次々に起こってくるでしょう。この問題をきっかけに、今度こそなんとか改めていきましょう。
----------------------------------------------------
たったひとつだけでもいい。例えば、日本の商用風力発電施設の発電実績データをひとつでもいいから提示し、その分、火力発電が燃料をセーブできていることを示してほしいのです。
プロのジャーナリストでも多分できません。なぜなら、どの風力発電所も発電実績データを公表しないからです。
こうならいいな、という願望のもと、「電力村」(電力会社や国)がお金をかけてPRしてきたことだけを信じていたら、今福島第一原発で起きている悲劇と同じことを繰り返すことになってしまいます。
今の日本には、そんなことをしている余裕はありません。
本当に、今度こそなんとかこの腐った連鎖を断ちきり、改めないと、この国に未来はないのです。
原発に代わる代替エネルギー、新エネルギーの話をするというので、私は「ああ、またか」と暗い気持ちになったのですが、池上さんはいわゆる「再生可能エネルギー」「自然エネルギー」「新エネルギー」と呼ばれ、今さかんに持ち上げられているものがいかに脆弱で非効率な発電方法かということをまず説明していました。中でも、風力発電についてはっきりと「低周波による健康被害が問題になってきています」と解説し、「有望視されている次世代エネルギー」として、ガスハイドレートやオイルシェールを紹介したところに、他番組との違い、地上波でもようやく正直な情報を出そうとする動きが出てきたことを感じました。
一方、メディアがきちんとした情報を出そうとしないこと、いつまで経っても東電に牛耳られたような報道しかできていないことについては、ものすごく深く暗い裏があることも見えてきました。
このところ、CSの朝日ニュースターをよく見ています。BSチューナー内蔵のテレビや録画機を持っているかたなら、スカパー!e2の無料試聴期間が2週間あり、ネットなどから申し込んだ数時間後から見られますので、ぜひチェックしてください。
いくつかYouTubeの動画を貼り付けておきます。
↑敢えて6分割の2つめを貼り込んであります。時間に余裕のある方は1/6からご覧ください
↑これを最後に上杉隆氏は活動を半ば休止宣言して番組を降りました
さらに過去に遡ると、こんな番組をやっていたこともありました↓
テレビに出て福島第一原発「人災」の解説をしている人たちの様子が最近になって変わってきたことも、ネット上で話題になっています。
言論統制がひどくなってきているという情報源のまとめが⇒ここにあります。そこのトップに書いてあるまとめが⇒これ。
意外だったのは、通称「赤眼鏡」で一躍有名になった澤田哲生東工大助教が、去年9月に「原子力政策円卓会議2010」のメンバーとして、商業原子力発電の段階的縮小も視野に入れた、原子力政策の大幅見直しを提言していたことです。
主な内容は、
1)商業原発の段階的縮小を含む複数の政策選択肢の検討をせよ
2)核燃料サイクルについての議論が不十分である
3)原子力委員会の頭越しに政策決定が行われていることが問題
4)原子力事業自体が停滞している中での政策見直しが必要である
……といったことだったようですが、皮肉にも、その半年後に、恐れていた最悪の事態が、いともあっさりと起きてしまったわけです。
(実際の提言書は⇒こちら)
ちなみに、この「円卓会議」の世話人を務めた吉岡斉・九州大学副学長が、元原子力資料情報室代表・高木仁三郎氏(故人)のことを語っているインタビュー記事も、非常に興味深い内容です。
このインタビューは2003年1月に行われていて、「市民科学」、市民が科学や政治にどういう形で参加していくかというテーマだと思いますが、それに近い話題として、三重県の歯科医師・武田恵世さんが書かれた著書『風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか?』(アットワークス刊)をご紹介します。
武田さんは歯学博士で、大阪大学、天理病院を経て現在は伊賀市で開業。中学生時代から野鳥観察などを通じて自然環境の調査活動を続けており、日本生態学会、日本鳥学会に所属、環境省の希少動植物種保存推進員もつとめているかたです。
多くの日本人同様、彼も当初は「風力発電は、石油などの化石燃料を使わないので排気ガスを出さず、CO2を排出しない環境に優しい自然エネルギーだ」と信じ、大きな期待を抱き、出資しようと思っていたひとりでした。しかし、目の前で展開される事業のあまりの杜撰さ、でたらめぶりに疑問を抱き、ひとつひとつ「本当のところはどうなっているのか」と調べていきます。
そうして11年かけて調査し、検討した結果「現状では風力発電は決して推進してはならない」という結論に達し、本書を書くまでに至った、ということがまえがきに書かれています。
新エネルギーの話題では最近必ず出てくる、スマートグリッド、NAS電池、揚水発電所との併用の話も紹介しています。ヨーロッパや中国での風力発電の現状にも触れています。おそらく、多くのかたがたが想像している内容とは違うことが書かれています。
例えば、こんな一節があります。
//現在、日本では風力発電で発電した電気は、開閉器、変圧器などを介して電力会社の電力系統に直接入れられています。
日本全国の電力会社は、強い風が吹いて風力発電所が稼働すると、火力発電所の出力をその分落とすという運用はしたことがありません。
また、火力発電所が廃止されたこともありません。電力系統に大量の電気が急に入ったり、入らなくなったりすると電力系統全体が不安定になり、停電することもあるのですが、まだ風力発電所からの電気は系統全体の1~2%以下で誤算の範囲なので不安定にはならないので何もしていません。
風力発電所が結構増えた北海道電力、東北電力では、風力発電所の発電量が増えると、既存の火力発電所の出力は落とさずに、風力発電所からの送電を止めています(接続制限)。なぜかというと、風は一定の強さで吹き続けるものではないので、それに合わせて火力発電所などの出力を調整するのは難しいからです。
つまり、現状では、風力発電所ができたことで、火力発電所の出力も、数も減らしてはいないので、化石燃料の消費量をまったく減らしてはいないのです。//(37ページ)
このことは、no-windfarm.netでもさんざん書いてきたことですが、未だにきちんと裏をとらずに感情的な反論をしてくる人たちが後を絶ちません。反論には正確なデータが必要です。私もぜひ見たいので、みなさんの力で、事業者や政府にしっかりしたデータを出させてください。お願いします。
さて、いちばん大切なことがあとがきに書いてあります。
以下、「おわりに」の一部を抜粋します。
----------------------------------------------------
この問題で注意したいのは、最初は悪意を持って風力発電を進めた人はおそらくいなかったであろうということです。化石燃料を使わない自然エネルギーとして誰もが期待したものだったのです。
それがなぜこれほどの惨状を招いているのか? 問題点がわかった時点で、素早く適切な対応をしなかったからだと言えましょう。
そして、手厚い、ノーチェックの補助金政策、優遇政策がなされるとともに、それだけを目当てに成り立つ産業構造ができあがってしまいました。産業として補助金なしで成り立つように育成するための補助金であるはずが、補助金がないと成り立たない産業構造を造ってしまう従来の失敗がまたしても繰り返されました。
特別会計によるノーチェックの補助金制度は、全廃するべきです。
また、この風力発電の問題は、住民合意のあり方、環境影響評価のあり方、補助金政策や優遇政策のあり方など、国の民主主義や政策の問題点の縮図でもあります。
(略)
今度こそ、風力発電の問題だけにとどまらず、民主主義や政策の根本を改めないと、同じような問題が今後次々に起こってくるでしょう。この問題をきっかけに、今度こそなんとか改めていきましょう。
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これを読んで、あれっ? と思った人は多いはず。
そう、今、福島第一原発で起きていることに、そっくりそのままあてはまるのです。
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この問題で注意したいのは、最初は悪意を持って原子力発電を進めた人はおそらくいなかったであろうということです。化石燃料を使わない未来のエネルギー産業として誰もが期待したものだったのです。
それがなぜこれほどの惨状を招いているのか? 問題点がわかった時点で、素早く適切な対応をしなかったからだと言えましょう。
そして、国策として強引に進められ、数々の優遇政策がなされるとともに、それだけを目当てに成り立つ「原子力村」という官産学複合体構造ができあがってしまいました。
原子力発電の問題は、住民合意のあり方、環境影響評価のあり方、補助金政策や優遇政策のあり方など、国の民主主義や政策の問題点の縮図でもあります。
今度こそ、原発の問題だけにとどまらず、民主主義や政策の根本を改めないと、同じような問題が今後次々に起こってくるでしょう。この問題をきっかけに、今度こそなんとか改めていきましょう。
----------------------------------------------------
たったひとつだけでもいい。例えば、日本の商用風力発電施設の発電実績データをひとつでもいいから提示し、その分、火力発電が燃料をセーブできていることを示してほしいのです。
プロのジャーナリストでも多分できません。なぜなら、どの風力発電所も発電実績データを公表しないからです。
こうならいいな、という願望のもと、「電力村」(電力会社や国)がお金をかけてPRしてきたことだけを信じていたら、今福島第一原発で起きている悲劇と同じことを繰り返すことになってしまいます。
今の日本には、そんなことをしている余裕はありません。
本当に、今度こそなんとかこの腐った連鎖を断ちきり、改めないと、この国に未来はないのです。
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風力発電の不都合な真実 風力発電は本当に環境に優しいのか? 武田恵世・著三重県で長年自然環境調査活動を続けてきた著者は、当初は広くPRされているように「風力発電は化石燃料を使わない、CO2を排出しない「環境に優しいエネルギー」だと信じていたが、目の前で展開される巨大風力発電施設建設のでたらめぶりに驚き、調査を開始。11年を経て、この事業が以下に欺瞞に満ちた詐欺的なビジネスであるかを知って戦慄する。風力発電はCO2排出を増加させ、健康被害を引き起こし、補助金制作に頼り切る「使いものにならない」事業だった。原発震災に揺れている今こそ全国民が「正しいエネルギー政策」を考える第一歩として必読の書。 アットワークス刊、2000円+税 |
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iPaD(のiBOOK)で無料電子書籍を読む方法 ― 2010/08/11 21:56
iPaD(のiBOOK)で無料(がほとんどの)電子書籍を読む方法をまとめておきます。
最初に、
実は、iPaDを入手した直後、この初期設定段階で相当数のかたが躓くと思うのですが、この部分の説明は他のサイトで説明やトラブル解決体験談などを参照してください。
ここまでできているという前提で話を進めます。
最初に、
- iPaDは無線LANでインターネットにつながっている
- iPaDに最新版のiBOOKをダウンロードしてインストール済みである
- 使っているパソコン(PCでもMacでもいい)にiTunes最新版がインストールされている
- iPaDとパソコンをUSBケーブルでむすび、パソコンのiTunesとiPaDを同期させておく
実は、iPaDを入手した直後、この初期設定段階で相当数のかたが躓くと思うのですが、この部分の説明は他のサイトで説明やトラブル解決体験談などを参照してください。
ここまでできているという前提で話を進めます。
Pubooで本を選ぶ
iBOOKを立ち上げると、「本棚」と「ストア」という2つのインターフェイスしかないことに愕然とするかたもいらっしゃると思います。私もそのひとりでした。
「本棚」には、無料提供サンプルの英語の絵本が1冊入っているだけ。「ストア」はアップルストアの電子ブック売り場のことですが、2010年夏現在、日本語の本はほとんど見あたりません。
アップルストア以外から電子書籍を入手してiPaDで読むためにはどうすればいいのか?
epub形式の電子書籍を配布・販売するサイトはまだ少ないのですが、私はPubooを使っています。
Pubooのシステムを使って本を作るほうが、現時点で入手可能なepub対応のオーサリングソフト(Sigilなど)を使うより、よほど速く、確実にepub形式の電子書籍が作れるからです。
とりあえず⇒ここにアクセスしてみてください。
私の本以外、いろいろ面白いものが見つかります。
「本棚」には、無料提供サンプルの英語の絵本が1冊入っているだけ。「ストア」はアップルストアの電子ブック売り場のことですが、2010年夏現在、日本語の本はほとんど見あたりません。
アップルストア以外から電子書籍を入手してiPaDで読むためにはどうすればいいのか?
epub形式の電子書籍を配布・販売するサイトはまだ少ないのですが、私はPubooを使っています。
Pubooのシステムを使って本を作るほうが、現時点で入手可能なepub対応のオーサリングソフト(Sigilなど)を使うより、よほど速く、確実にepub形式の電子書籍が作れるからです。
とりあえず⇒ここにアクセスしてみてください。
私の本以外、いろいろ面白いものが見つかります。

Pubooの書籍リストから、読みたい本を選んでクリック↑

「ダウンロード」の形式はPDFとePubの2つありますが、ePubを選びます。

右クリックして出る「名前をつけてリンク先を保存」
(Firefoxの場合)でファイルをダウンロードします。
Internet Explorerでは「対象をファイルに保存」と
出ると思いますので、それでダウンロードします。

このとき、ファイル名が数字なので、分かり
やすく本のタイトルに変更しておきましょう

↑このようにファイル名を書き換えておくと、
後からファイルを見失うことがなくなります
iTunesを使ってファイルをiPaDに転送する
パソコンにダウンロードしたファイルの場所(ドライブとフォルダ名)はしっかり覚えておきます。というより、今後、電子書籍ファイルを置いておくフォルダを事前に作っておくとよいでしょう。
iPaDとパソコンをiPaD付属のUSBケーブルで接続し、iTunesを起動して「同期」させます。
パソコン側のiTunesで「デバイス」の中に同期中のiPaDが表示されているはずなので、その中の「ブック」をクリックして開き、iPaDにインストールされているiBOOKの本棚リストを表示させます。
そこに、エクスプローラからダウンロード済みの電子書籍ファイルをドラッグ&ドロップします。
これで、電子書籍ファイルがiPaDに転送され、iBOOKの本棚リストに加わりました。
そこで、iPaDでiBOOKを立ち上げると……
iPaDとパソコンをiPaD付属のUSBケーブルで接続し、iTunesを起動して「同期」させます。
パソコン側のiTunesで「デバイス」の中に同期中のiPaDが表示されているはずなので、その中の「ブック」をクリックして開き、iPaDにインストールされているiBOOKの本棚リストを表示させます。
そこに、エクスプローラからダウンロード済みの電子書籍ファイルをドラッグ&ドロップします。
これで、電子書籍ファイルがiPaDに転送され、iBOOKの本棚リストに加わりました。
そこで、iPaDでiBOOKを立ち上げると……

今までのリストに、iTunes経由で「同期」させた本が追加されているはずです↓

これで晴れてiPaDで本が読める……という具合です。
こんな面倒なことをせずとも、iPaD(のSafari)で直接Pubooにアクセスし、ePubファイルをダウンロードすればよさそうなものですが、どういうわけか、ダウンロードしたファイルはiBOOKに関連づけされず、iBOOKで開けないのです。

iPaDで直接ePubファイルをダウンロードすると、こんなことになります↑

このファイル、GoodReaderがインストールされているiPaDではこんな表示が出ますが、実際にはGoodReaderはepubに対応していませんので開けません。epubを読むためのソフトがiBOOKであるはずなのに、なぜかiBOOKのリストには加えられないのです。こんな馬鹿なことがあるでしょうか?
アップルストアやiTunesでの縛りもここまでくると常軌を逸していますね。
多分これは、ファイルを簡単にコピーさせないための戦略なのだろうと思います。
これでアップルの寡占状態が築けるのか、それともiPaDやiBOOK普及が遅れるのか……。
どちらの方向にも進むと思いますが、現時点ではiPaDでアップルストア以外からのepubファイルダウンロードが意味をなさないというふざけた状態が解除されない以上、このように、一旦パソコンでダウンロードして、iTunesを介してiBOOKの「本棚」に追加していくしかなさそうです。
もしかすると、iPaDで直接ダウンロードしてiBOOKに加えていく方法があるのかもしれませんが、なにしろ昨日iPaDが届いたばかりなので、今はまだ方法が分かりません。お分かりのかたは教えてください。
ちなみに、Pubooはアップルストアやアマゾンとの連携(販売提携仲介?)を予定しているようですが、早く実現させてほしいものです。
こんな面倒なことをせずとも、iPaD(のSafari)で直接Pubooにアクセスし、ePubファイルをダウンロードすればよさそうなものですが、どういうわけか、ダウンロードしたファイルはiBOOKに関連づけされず、iBOOKで開けないのです。

iPaDで直接ePubファイルをダウンロードすると、こんなことになります↑

アップルストアやiTunesでの縛りもここまでくると常軌を逸していますね。
多分これは、ファイルを簡単にコピーさせないための戦略なのだろうと思います。
これでアップルの寡占状態が築けるのか、それともiPaDやiBOOK普及が遅れるのか……。
どちらの方向にも進むと思いますが、現時点ではiPaDでアップルストア以外からのepubファイルダウンロードが意味をなさないというふざけた状態が解除されない以上、このように、一旦パソコンでダウンロードして、iTunesを介してiBOOKの「本棚」に追加していくしかなさそうです。
もしかすると、iPaDで直接ダウンロードしてiBOOKに加えていく方法があるのかもしれませんが、なにしろ昨日iPaDが届いたばかりなので、今はまだ方法が分かりません。お分かりのかたは教えてください。
ちなみに、Pubooはアップルストアやアマゾンとの連携(販売提携仲介?)を予定しているようですが、早く実現させてほしいものです。
BS17(難視聴対策用BS)のスクランブルは即刻解除せよ ― 2010/03/07 15:11
BS17(BS291,BS292,BS294,BS295,BS296,BS297,BS298)はスクランブルをかけるな!
↑録画機が自動的に検出した、BS17(難視聴対策用BS)チャンネルの放送番組表
番組録画予約しようとしていて気がついた。録画機が今まで見たことのないチャンネルの番組をピックアップしている。BS294ってなんだ?
調べてみたら、ああ、BS17が放送開始しているのだね。
BS17とは、地デジ難視聴地域のために、首都圏のチャンネル(NHK総合、教育、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレ朝、テレ東の7チャンネル分)の放送をBSデジタルで放送するというもの。
で、このBS17というのは帯域を表す記述で、個別チャンネル番号でいうと、
BS291 NHK-G東京
BS292 NHK-E東京
BS294 日本テレビ
BS295 テレビ朝日
BS296 TBS
BS297 テレビ東京
BS298 フジテレビ
……となる。これがすでに放送開始しているようなのだ。
ただし、わざと画質はハイビジョンではなく、標準画質に落としている。さらにはB-CASによるスクランブル(暗号化処理)をかけて、スクランブルを解除されたB-CASカードを使わないと受信できない。つまり、「難視聴地域住民」と認定されたテレビ以外では受信できないようにしている。
↑このように、スクランブルがかかっていて見られない
PSE法騒動のときも、頭おかしいんじゃないのかと思ったものだが、相変わらず彼らの頭はおかしいままだ。
「難視聴対策」の放送にスクランブルをかけてどうするのか!
さらに許し難いのは、このスクランブルは、放送エリアによって解除できるチャンネル数(見られるチャンネル)を変えているということだ。
例えば、ここ福島県をはじめ、全国の多くの県ではテレビ東京系を見られなくしている。
テレ東の分を受信できないようにB-CASカードのスクランブル解除に制限を加えているのだ。

都道府県別ネットワーク一覧↑(クリックで拡大)
上の図は都道府県別でネットワークしているテレビ局一覧だが、このネット状況と同じように、BS17で視聴できるチャンネルが限定される。
例えば、山梨県民は日テレとTBSは見てもいいが、フジ、テレ朝、テレ東は受信してはいけないというのである。
秋田、福井、徳島、佐賀県ではTBSを見てはいけないので、世界陸上は見られない。
こんな差別政策を許していいはずがない。
地方局の利権保護が目的だが、よく考えてほしい。テレビ山梨=TBS(東京放送)ではないし、山梨放送=日テレではない。系列局であるというだけのことで、番組編成も違えば、流れているCMも違う。
それなのに、BS17でスクランブル解除を申請した山梨県民は日テレとTBSを見てもいいが、フジテレビは見てはいけないというのである。どんな理屈も通るはずがない。
そもそも、BSデジタルやCSデジタル、インターネットを使えば、地デジなど使わなくても、全国津々浦々、どこにいても鮮明なデジタル放送が受信できる。それをやると地上波の電波が遠くまで届かないことで地域利権を形成してきたテレビ放送業界を再編成しなければならなくなるため、総務省はひた隠しにしたい、国民にそのことを気づかせたくないから、地デジなどという無駄なことを推し進めている。
PSE法(中古家電を売ってはいけないという悪法)は、国民の一部が異を唱えたために改正された。BS17のスクランブル解除も、多くの国民が声を上げればいいのだが、いかんせん、都会に住む人たちにはほとんど関係ない。地方に住む人、過疎地や山間部の電波弱者という、少数派の権利が蹂躙されている問題なので、結局は政府や業界のいいようにされてしまう。
しかし、「自分には関係がないから……」と思っている都会の人たちにも言いたい。この国は平気で国民を差別する法律を施行しているのである。憲法の下の平等などない。
BSやCSという、すべての国民が平等に享受できる権利を区分けして、地域によって格差をつける。使えるインフラをわざわざ制限して、一部の企業利益を優先させる。
そういう国なのである。
例えば、山梨県民は日テレとTBSは見てもいいが、フジ、テレ朝、テレ東は受信してはいけないというのである。
秋田、福井、徳島、佐賀県ではTBSを見てはいけないので、世界陸上は見られない。
こんな差別政策を許していいはずがない。
地方局の利権保護が目的だが、よく考えてほしい。テレビ山梨=TBS(東京放送)ではないし、山梨放送=日テレではない。系列局であるというだけのことで、番組編成も違えば、流れているCMも違う。
それなのに、BS17でスクランブル解除を申請した山梨県民は日テレとTBSを見てもいいが、フジテレビは見てはいけないというのである。どんな理屈も通るはずがない。
そもそも、BSデジタルやCSデジタル、インターネットを使えば、地デジなど使わなくても、全国津々浦々、どこにいても鮮明なデジタル放送が受信できる。それをやると地上波の電波が遠くまで届かないことで地域利権を形成してきたテレビ放送業界を再編成しなければならなくなるため、総務省はひた隠しにしたい、国民にそのことを気づかせたくないから、地デジなどという無駄なことを推し進めている。
PSE法(中古家電を売ってはいけないという悪法)は、国民の一部が異を唱えたために改正された。BS17のスクランブル解除も、多くの国民が声を上げればいいのだが、いかんせん、都会に住む人たちにはほとんど関係ない。地方に住む人、過疎地や山間部の電波弱者という、少数派の権利が蹂躙されている問題なので、結局は政府や業界のいいようにされてしまう。
しかし、「自分には関係がないから……」と思っている都会の人たちにも言いたい。この国は平気で国民を差別する法律を施行しているのである。憲法の下の平等などない。
BSやCSという、すべての国民が平等に享受できる権利を区分けして、地域によって格差をつける。使えるインフラをわざわざ制限して、一部の企業利益を優先させる。
そういう国なのである。
↑録画機が自動的に検出した、BS17(難視聴対策用BS)チャンネルの放送番組表
スクランブルをかけていなければ、全国でこのチャンネル(首都圏で放送している無料地上波放送)は見られるのである。
「なんだ。最初からこうすればいいだけのことじゃないか」と気づかれてはまずいので、必死に隠している。BS17というものがある、ということを知っている国民がどれだけいるだろうか。スクランブルを解除するだけで、全国民が首都圏で無料放送している地上波テレビ放送を、今すぐに、どこにいても見ることができるのに、わざわざスクランブルをかけて見られないようにしている。
「なんだ。最初からこうすればいいだけのことじゃないか」と気づかれてはまずいので、必死に隠している。BS17というものがある、ということを知っている国民がどれだけいるだろうか。スクランブルを解除するだけで、全国民が首都圏で無料放送している地上波テレビ放送を、今すぐに、どこにいても見ることができるのに、わざわざスクランブルをかけて見られないようにしている。
↑ スクランブルがかかっていなければ、この番組が画面に映るのである。国民はもっと怒ってよい
総務省のサイトには、「地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)」なるものがある。このリストに含まれている地域の住民はBS17を見ることを許可するので、申請して、BS17のスクランブルを解除する手続きをしなさい、というものである。
福島県のリストを見ると真っ白だった。
問い合わせ先の電話番号にかけてみると、お姉さんが出て「現時点では都内のホワイトリストができたばかりで、福島県はじめ、他の道府県のリストはこれから順次発表されていきますのでお待ちください」という。
なぜそんな馬鹿げたことをやっているのか。
BS17は標準画質に落とした放送だから、地デジを見られる人はBS17など見ずに、地デジを見るに決まっている。地デジを見られない人のための「地デジ難視対策衛星放送」なのだから、暗号化などせず、誰もがどこでも受信できるようにすればいいだけのことだ。
「見てはいけない」という根拠はなんなのか。
同じ日本国民でありながら、見ていい人といけない人を作りだす根拠はなんなのか。
同じ県民でも、地デジの電波が入らない場所では首都圏の地上波を見てもよくて、すぐそばの電波が入る家では見てはいけないというのだ。しかも、県別に、見てもいい放送局といけない放送局を決めて、厳密にスクランブルをかける。
福井県民は日テレを見てもいいが、TBSを見てはいけない。沖縄県民はTBSを見るのはいいが日テレは見てはいけない。……そういうことを国が決めて押しつけるのである。
私「こんな馬鹿な話はないですよね?」
係のおねえさん「そうですよねえ。私もそう思います。誰でも見られるようにすればいいと思うんですけれどもねえ。もう決まってしまったことで、今から変わることはないんだそうです」
問い合わせ先のおねえさんでさえ「変ですよねえ」と認めているわけで、なんだか気の毒になってきた。
理不尽な仕事に従事しているなあ。これから先、たくさんの人からお叱りを受けるんだろうなあ。
福島県のリストを見ると真っ白だった。
問い合わせ先の電話番号にかけてみると、お姉さんが出て「現時点では都内のホワイトリストができたばかりで、福島県はじめ、他の道府県のリストはこれから順次発表されていきますのでお待ちください」という。
なぜそんな馬鹿げたことをやっているのか。
BS17は標準画質に落とした放送だから、地デジを見られる人はBS17など見ずに、地デジを見るに決まっている。地デジを見られない人のための「地デジ難視対策衛星放送」なのだから、暗号化などせず、誰もがどこでも受信できるようにすればいいだけのことだ。
「見てはいけない」という根拠はなんなのか。
同じ日本国民でありながら、見ていい人といけない人を作りだす根拠はなんなのか。
同じ県民でも、地デジの電波が入らない場所では首都圏の地上波を見てもよくて、すぐそばの電波が入る家では見てはいけないというのだ。しかも、県別に、見てもいい放送局といけない放送局を決めて、厳密にスクランブルをかける。
福井県民は日テレを見てもいいが、TBSを見てはいけない。沖縄県民はTBSを見るのはいいが日テレは見てはいけない。……そういうことを国が決めて押しつけるのである。
私「こんな馬鹿な話はないですよね?」
係のおねえさん「そうですよねえ。私もそう思います。誰でも見られるようにすればいいと思うんですけれどもねえ。もう決まってしまったことで、今から変わることはないんだそうです」
問い合わせ先のおねえさんでさえ「変ですよねえ」と認めているわけで、なんだか気の毒になってきた。
理不尽な仕事に従事しているなあ。これから先、たくさんの人からお叱りを受けるんだろうなあ。

↑2009年7月22日付 福島民友
この問題については以前から機会があるたびに訴えてきた。YomiuriPCの巻頭ニュース記事で書いたものが読売新聞にも掲載されたし、昨年夏には共同通信社から依頼を受けて、BS17の許されざる格差政策問題点について書いたコラムが全国の新聞社に配信された。
しかし、これを原文のまま掲載したのは福島民友ただ一社だった。その他数十社の地方紙はことごとく無視を決め込んだ。地方局との関係から、掲載にはある程度の勇気がいるだろうとは予測してはいたものの、ここまで腰が引けているとは、がっかりさせられた。
以下、そのときの原稿を丸ごと再掲してみる。
テレビをつければ毎日「エコ」の大合唱である。ところが、そのテレビの画面右上には「アナログ」の文字が出て、早く買い替えろと促す。
アナログテレビは、今なお1億台以上あるという。この「普通に使えている」テレビが、2011年7月24日を境に、そのままでは映らなくなるという国策が進められている。
巨額の税金を投入して国民の財産を奪い、大量の粗大ゴミを生じさせる「国策」が許されるのか。それに見合うメリットがあるのか。そうした当然の疑問に対する納得のいく答えが示されないまま、ここまできてしまっている。
さて、今回は、別の視点の問題を提起したい。
地デジとは「地上波デジタル放送」のことだが、実は、テレビの総デジタル化を強行する総務省自身が、地上波だけでデジタル放送を行き渡らせることはあきらめている。
地上波(UHF波)が届かない空白地域は、ケーブルテレビ、高速通信回線、衛星放送を使って埋めていくという。
衛星放送については、BS17チャンネルを使い、首都圏で放送されているNHK(総合・教育)と民放5局の放送を同時送出することがすでに決まっている。
しかし、BS17チャンネルは、現在のBSチューナーやデジタルテレビ(BS1から15までの奇数番号チャンネルに対応)で受信できるのか分からない。しかも、この放送は暗号化され、暗号を解除して受信を許される世帯は、あらかじめ地上波デジタル放送が受信できないと認定された地域だけだという。
さらには、受信地域に系列局を開局していない放送局の番組は受信させない方針らしい。例えば、北海道は首都圏と同じ5系列をネットしているので全局受信が許されるが、山梨県はJNN(TBS系)とNNN(日テレ系)の2系列しかネットしていないので、今のままでは他の3局(フジ、テレ朝、テレ東系)は「見てはいけない」というのだ。
こんな差別が許されていいはずはない。明らかな憲法違反である。
使えるかどうか分からないBSチャンネルで言い訳のような「難視聴対策」をし、そこにまで情報格差を押しつける差別をする。電波行政を担う者たちの感覚がここまでおかしくなっていることに慄然とする。
既存のBSデジタル放送を使ってキー局が地上波同様の内容を放送すれば、日本全国、どこにいても同じ情報を得られ、テレビの情報格差は解消する。それをせず、デジタル衛星放送を通販番組で埋め尽くしているのは、地方局の電波利権保護が主たる理由だ。
しかし、地方局も、従来のように電波による地域住民囲い込みに固執しているだけでは生き残れない。地方局連合を組織し、自局の制作番組をCSやBSで全国送出するといった前向きな戦略に転じるべきだろう。
利権保護第一の電波行政をやめ、BSデジタルでのキー局番組再送出、インターネットを利用したIPテレビ放送の完全開放をするだけで、地デジはそもそも不要だった。地方局にはアナログ放送を一部残して、より濃密な「地域型放送」の道を探らせることもできたのではないか。
今からでも遅くはない。これ以上の地デジの設備拡張は中止し、BS、CSの有効利用とIPテレビ放送の完全開放により、視聴者が自分のニーズに合わせて、多くのコンテンツを自由に享受できるようにすべきである。
……この原稿が配信されて8か月経った今でも、ほとんどの国民はBS17問題を知らない。なるべく知られないように、ひっそりと放送開始され、さらにひっそり、こっそりと、B-CASカードによるスクランブル解除受付を始めているのである。
毎日見ているテレビの裏側には、こんなふうに暗黒の世界が潜んでいることを、少しでも多くの国民に知ってほしい。
しかし、これを原文のまま掲載したのは福島民友ただ一社だった。その他数十社の地方紙はことごとく無視を決め込んだ。地方局との関係から、掲載にはある程度の勇気がいるだろうとは予測してはいたものの、ここまで腰が引けているとは、がっかりさせられた。
以下、そのときの原稿を丸ごと再掲してみる。
テレビをつければ毎日「エコ」の大合唱である。ところが、そのテレビの画面右上には「アナログ」の文字が出て、早く買い替えろと促す。
アナログテレビは、今なお1億台以上あるという。この「普通に使えている」テレビが、2011年7月24日を境に、そのままでは映らなくなるという国策が進められている。
巨額の税金を投入して国民の財産を奪い、大量の粗大ゴミを生じさせる「国策」が許されるのか。それに見合うメリットがあるのか。そうした当然の疑問に対する納得のいく答えが示されないまま、ここまできてしまっている。
さて、今回は、別の視点の問題を提起したい。
地デジとは「地上波デジタル放送」のことだが、実は、テレビの総デジタル化を強行する総務省自身が、地上波だけでデジタル放送を行き渡らせることはあきらめている。
地上波(UHF波)が届かない空白地域は、ケーブルテレビ、高速通信回線、衛星放送を使って埋めていくという。
衛星放送については、BS17チャンネルを使い、首都圏で放送されているNHK(総合・教育)と民放5局の放送を同時送出することがすでに決まっている。
しかし、BS17チャンネルは、現在のBSチューナーやデジタルテレビ(BS1から15までの奇数番号チャンネルに対応)で受信できるのか分からない。しかも、この放送は暗号化され、暗号を解除して受信を許される世帯は、あらかじめ地上波デジタル放送が受信できないと認定された地域だけだという。
さらには、受信地域に系列局を開局していない放送局の番組は受信させない方針らしい。例えば、北海道は首都圏と同じ5系列をネットしているので全局受信が許されるが、山梨県はJNN(TBS系)とNNN(日テレ系)の2系列しかネットしていないので、今のままでは他の3局(フジ、テレ朝、テレ東系)は「見てはいけない」というのだ。
こんな差別が許されていいはずはない。明らかな憲法違反である。
使えるかどうか分からないBSチャンネルで言い訳のような「難視聴対策」をし、そこにまで情報格差を押しつける差別をする。電波行政を担う者たちの感覚がここまでおかしくなっていることに慄然とする。
既存のBSデジタル放送を使ってキー局が地上波同様の内容を放送すれば、日本全国、どこにいても同じ情報を得られ、テレビの情報格差は解消する。それをせず、デジタル衛星放送を通販番組で埋め尽くしているのは、地方局の電波利権保護が主たる理由だ。
しかし、地方局も、従来のように電波による地域住民囲い込みに固執しているだけでは生き残れない。地方局連合を組織し、自局の制作番組をCSやBSで全国送出するといった前向きな戦略に転じるべきだろう。
利権保護第一の電波行政をやめ、BSデジタルでのキー局番組再送出、インターネットを利用したIPテレビ放送の完全開放をするだけで、地デジはそもそも不要だった。地方局にはアナログ放送を一部残して、より濃密な「地域型放送」の道を探らせることもできたのではないか。
今からでも遅くはない。これ以上の地デジの設備拡張は中止し、BS、CSの有効利用とIPテレビ放送の完全開放により、視聴者が自分のニーズに合わせて、多くのコンテンツを自由に享受できるようにすべきである。
……この原稿が配信されて8か月経った今でも、ほとんどの国民はBS17問題を知らない。なるべく知られないように、ひっそりと放送開始され、さらにひっそり、こっそりと、B-CASカードによるスクランブル解除受付を始めているのである。
毎日見ているテレビの裏側には、こんなふうに暗黒の世界が潜んでいることを、少しでも多くの国民に知ってほしい。
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なぜ地デジにしないといけないの? もやもやの正体はこれだった! 『テレビが言えない地デジの正体』(ベスト新書 発売中) ハイクオリティメディアのBSを通販番組のゴミ捨て場にしたのは誰か? 欧米は「地デジ化」したのではなく、「デジタル放送化」したのである。地デジ化で困る人たちはこんなにいる。地デジテレビでアナログ画質を見続けなければならない人たちとは……? 伝えられていない驚くべき真実がいっぱい。テレビに騙されることなく「仕組み」を知って、賢く対処するための本。 すでに買い換えた人も、これからの人も必読。 地デジの嘘、錯覚、思いこみから、現実的な現代テレビ購入術まで、巷で言われている曖昧な情報を一掃し、クリアな見通しを提示。これで「テレビへのもやもや」が消える。 ■今すぐご注文できます |
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総務省が言う「地デジ化は電波の有効活用」は本当か? ― 2009/08/24 10:49
郵便受けにこんなものが入っていた。
実にものものしい。
差出人は総務省。
「全国全世帯を対象に配布」しているのだそうだ。一体、いくらかかっているのだろうか。
2011年までにアナログテレビ放送を中止するという政策については、さんざん批判が出ているにもかかわらず、今日まで強引に進められてきた。現在、アナログ地上波放送は画面の右上に「アナログ」と表示され、一日に何回も、脅迫まがいのスポット広告が流れる。言っている内容は、「このままだとテレビが見られなくなるぞ、早くテレビを買い換えろ」ということに等しい。
アナログ地上波テレビ放送を完全廃止することの主な理由は「電波の有効活用」なのだという。
しかし、地上波テレビが出ていった跡地利用の詳細は、よく分からないことばかりだ。
デジタルラジオ、道路交通情報システム、警察無線、地方行政防災無線、5000万人分の次世代携帯電話などの他、ワンセグの発展形のようなモバイル向けマルチメディアコンテンツ放送が予定されているらしいが、総務省としても本音は「予定されているとはいうものの、具体的な内容については未だによく分からない」というのが本音らしい。
例えば、「道路交通情報システム」には、走行中の自動車から電波を発信して他の車の位置を確かめ、衝突しそうになったら音声で警告したり、自動的にブレーキをかけるなどという仕掛けも含まれているらしいのだが、果たしてどれだけ有効なのか。有効だとしても、今後も長期に続きそうな自動車不況の中で、採用率が上がるのか、ちょっと想像してみても大きな疑問符がつく。
「ワンセグの発展形のようなモバイル向けマルチメディアコンテンツ放送」に至っては、もっと分からない。しょーもないものである可能性は大きい。
総務省と放送局はすでに何度も「電波の有効活用」精神に反することをしている。
典型的なのはBSデジタル放送における「電波の無駄遣い」だ。
最初は2000年12月のBSデジタル放送開始時。このとき、BSでの放送に参入した民放キー局は、ネット傘下にある地方局の利権をそのまま持続させるため、地上波で放送している「金のかかった番組」は一切BSに乗せず、通販番組やらどうでもいいような番組を並べた。これこそ電波の無駄遣いだが、総務省はなんら指導をしなかった。
このときにBSデジタルを地上波の高画質同時放送中心にしていれば、BSデジタルは一気に普及していただろう。未だに日本全国に残る難視聴地域も一掃されていたはずだ。
次はNHKのアナログハイビジョン(BS9)が終了した2007年。NHKアナログハイビジョンが出て行った後の48スロット分(「スロット」は伝送容量を表す。標準画質なら6スロットで1チャンネル分だから、48スロットは8チャンネル分もある)の「空き地」には、BS11デジタル、スターチャンネル、TwellV(トゥエルビ)という3つのチャンネルが入居したが、これらがどれだけ国民の利益になっているだろうか。
最も許せないのはTwellV(親会社は三井物産)で、24時間通販チャンネルのQVCをワイド/高画質化したものをほとんど1日中サイマル(同時)放送している。
QVCはスカパー!、スカパー!e2でも無料放送されており、それを貴重なBS電波資源を使って高画質で同時放送する意味はまったくない。こんなことを許すくらいなら、NHKの地上波をハイビジョンで完全同時放送させたほうがはるかによかった。
さらに許し難いのは、2011年、アナログのNHK BS1と2、アナログWOWOWが終了した跡地(144スロット分=標準画質なら24チャンネル分)および追加で設置するBS19の新規48スロット分についての放送事業者選定のいかがわしさだ。2009年6月に発表されたが、英国BBCや無料放送すると言っていたディズニーを排除し、WOWOWの追加チャンネル分、スターチャンネルの追加(映画・13スロット×2)、アニマックス(アニメ・16スロット)、FOX(16スロット)、スカパー!系のスカチャン804(スポーツ中継など・16スロット)、放送大学(16スロット)、グリーンチャンネル(競馬中継など・16スロット)、Jスポーツ(スポーツ番組・16スロット×2)……という結果だった。
WOWOWが今の視聴料を据え置いてチャンネルを増やすというならこれは歓迎だ。今も他の有料チャンネルに比べればはるかにまともな番組を放送している。
しかし、べた塗りのアニメや放送大学の教授の顔をハイビジョンで見る必要性はまったくない。さらには、競馬情報中心の有料チャンネルである「グリーンチャンネル」をハイビジョン可能なスロット数で採用するというのはまったく理解しがたい。
このチャンネルは、「財団法人競馬・農林水産情報衛星通信機構」というところが運営しているが、これは農林水産省・総務省共管の委託放送事業者であり、日本中央競馬会の関連法人でもある。民主党政権に変わる直前の、滑り込み天下り先対策かと疑ってしまう。
BSデジタルは、少ない投資で全国民が平等に高画質放送を視聴できる貴重な資源だ。それをこのように馬鹿な使い方をさせて荒れ地にしている総務省が言う「電波の有効活用」を、鵜呑みにできるわけがない。特に、英国BBCを拒否したことは許し難い。放送先進国の文化に日本国民が触れるチャンスだったのに。
……というような話も含めて、昨年末にはほぼ書き上げていた原稿がようやく出版される。
このテーマは、放送局、および放送局と提携関係にある新聞社、出版社にとってはタブーであり、まず無視する。
例えば、BS17計画(地デジの完全普及は無理だと判断している総務省が、BS17チャンネルを使って難視聴対策に首都圏のキー局5局+NHK2局の番組をスクランブルをかけて同時放送する計画)における地方情報格差、差別問題について論じた私の文章を、共同通信社が全国地方紙に向けて配信したが、全文をそのまま掲載したのは福島民友一社だけで、他社はことごとく無視してくれた。
となると、残る情報発信の手段は、放送メディアと関係の薄い出版社から本を出版することだが、独立系出版社も、「たかがテレビのことを、一般大衆はいちいち本を買ってまで知ろうとはしない」という理由で、次々に断ってきた。
テレビや新聞が報じない内容だからこそ、出版メディアが伝えなければ、という気概を持った版元はなかなか現れなかった。
しかし、出版界は広い。まだまだ捨てたものではない。
去年の年末に原稿を書き上げていたものの、版元が決まらず、ほとんど諦めていた7月、これを最後にしようと持ち込んだ出版社が「ぜひやりたい」と快諾、即決してくれた。編集者が私と同じ問題意識を持っていたことも嬉しかった。
『テレビが言えない地デジの正体』(ベスト新書)、2009年9月10日発売。
この本を書くにあたって、様々なことを調べ、知識を得たが、その内容は驚くべきものだった。日本の電波行政はここまで腐りきっていたのか。テレビにまつわる様々な疑問、「もやもや」は解明されたが、怒りと絶望感は残った。
読んで楽しい本ではないかもしれない。しかし、37型未満の液晶テレビのほとんどはフルハイビジョン放送画質をそのまま映し出すだけの解像度を持っておらず、画素を半分間引いている、とか、ケーブルテレビへの接続方法のあれこれ、とか、ブルーレイディスクレコーダーは市販のソフトを見る以外には当面いらないのではないか、とか、NHKのBS1とBS2は今なお標準画質であり、通販番組より画像が粗い、といった実用的な情報も網羅したので、「とにかく分からないことが多い」「今のテレビはなんだか面倒くさい」と感じている人(私を含めてほとんどすべての日本人はそうだと思う)は、読んで得をするはずだ。
これ以上、総務省や家電メーカーに好き放題させていてはいけない。
実にものものしい。
差出人は総務省。
「全国全世帯を対象に配布」しているのだそうだ。一体、いくらかかっているのだろうか。
2011年までにアナログテレビ放送を中止するという政策については、さんざん批判が出ているにもかかわらず、今日まで強引に進められてきた。現在、アナログ地上波放送は画面の右上に「アナログ」と表示され、一日に何回も、脅迫まがいのスポット広告が流れる。言っている内容は、「このままだとテレビが見られなくなるぞ、早くテレビを買い換えろ」ということに等しい。
アナログ地上波テレビ放送を完全廃止することの主な理由は「電波の有効活用」なのだという。
しかし、地上波テレビが出ていった跡地利用の詳細は、よく分からないことばかりだ。
デジタルラジオ、道路交通情報システム、警察無線、地方行政防災無線、5000万人分の次世代携帯電話などの他、ワンセグの発展形のようなモバイル向けマルチメディアコンテンツ放送が予定されているらしいが、総務省としても本音は「予定されているとはいうものの、具体的な内容については未だによく分からない」というのが本音らしい。
例えば、「道路交通情報システム」には、走行中の自動車から電波を発信して他の車の位置を確かめ、衝突しそうになったら音声で警告したり、自動的にブレーキをかけるなどという仕掛けも含まれているらしいのだが、果たしてどれだけ有効なのか。有効だとしても、今後も長期に続きそうな自動車不況の中で、採用率が上がるのか、ちょっと想像してみても大きな疑問符がつく。
「ワンセグの発展形のようなモバイル向けマルチメディアコンテンツ放送」に至っては、もっと分からない。しょーもないものである可能性は大きい。
総務省と放送局はすでに何度も「電波の有効活用」精神に反することをしている。
典型的なのはBSデジタル放送における「電波の無駄遣い」だ。
最初は2000年12月のBSデジタル放送開始時。このとき、BSでの放送に参入した民放キー局は、ネット傘下にある地方局の利権をそのまま持続させるため、地上波で放送している「金のかかった番組」は一切BSに乗せず、通販番組やらどうでもいいような番組を並べた。これこそ電波の無駄遣いだが、総務省はなんら指導をしなかった。
このときにBSデジタルを地上波の高画質同時放送中心にしていれば、BSデジタルは一気に普及していただろう。未だに日本全国に残る難視聴地域も一掃されていたはずだ。
次はNHKのアナログハイビジョン(BS9)が終了した2007年。NHKアナログハイビジョンが出て行った後の48スロット分(「スロット」は伝送容量を表す。標準画質なら6スロットで1チャンネル分だから、48スロットは8チャンネル分もある)の「空き地」には、BS11デジタル、スターチャンネル、TwellV(トゥエルビ)という3つのチャンネルが入居したが、これらがどれだけ国民の利益になっているだろうか。
最も許せないのはTwellV(親会社は三井物産)で、24時間通販チャンネルのQVCをワイド/高画質化したものをほとんど1日中サイマル(同時)放送している。
QVCはスカパー!、スカパー!e2でも無料放送されており、それを貴重なBS電波資源を使って高画質で同時放送する意味はまったくない。こんなことを許すくらいなら、NHKの地上波をハイビジョンで完全同時放送させたほうがはるかによかった。
さらに許し難いのは、2011年、アナログのNHK BS1と2、アナログWOWOWが終了した跡地(144スロット分=標準画質なら24チャンネル分)および追加で設置するBS19の新規48スロット分についての放送事業者選定のいかがわしさだ。2009年6月に発表されたが、英国BBCや無料放送すると言っていたディズニーを排除し、WOWOWの追加チャンネル分、スターチャンネルの追加(映画・13スロット×2)、アニマックス(アニメ・16スロット)、FOX(16スロット)、スカパー!系のスカチャン804(スポーツ中継など・16スロット)、放送大学(16スロット)、グリーンチャンネル(競馬中継など・16スロット)、Jスポーツ(スポーツ番組・16スロット×2)……という結果だった。
WOWOWが今の視聴料を据え置いてチャンネルを増やすというならこれは歓迎だ。今も他の有料チャンネルに比べればはるかにまともな番組を放送している。
しかし、べた塗りのアニメや放送大学の教授の顔をハイビジョンで見る必要性はまったくない。さらには、競馬情報中心の有料チャンネルである「グリーンチャンネル」をハイビジョン可能なスロット数で採用するというのはまったく理解しがたい。
このチャンネルは、「財団法人競馬・農林水産情報衛星通信機構」というところが運営しているが、これは農林水産省・総務省共管の委託放送事業者であり、日本中央競馬会の関連法人でもある。民主党政権に変わる直前の、滑り込み天下り先対策かと疑ってしまう。
BSデジタルは、少ない投資で全国民が平等に高画質放送を視聴できる貴重な資源だ。それをこのように馬鹿な使い方をさせて荒れ地にしている総務省が言う「電波の有効活用」を、鵜呑みにできるわけがない。特に、英国BBCを拒否したことは許し難い。放送先進国の文化に日本国民が触れるチャンスだったのに。
……というような話も含めて、昨年末にはほぼ書き上げていた原稿がようやく出版される。
このテーマは、放送局、および放送局と提携関係にある新聞社、出版社にとってはタブーであり、まず無視する。
例えば、BS17計画(地デジの完全普及は無理だと判断している総務省が、BS17チャンネルを使って難視聴対策に首都圏のキー局5局+NHK2局の番組をスクランブルをかけて同時放送する計画)における地方情報格差、差別問題について論じた私の文章を、共同通信社が全国地方紙に向けて配信したが、全文をそのまま掲載したのは福島民友一社だけで、他社はことごとく無視してくれた。
となると、残る情報発信の手段は、放送メディアと関係の薄い出版社から本を出版することだが、独立系出版社も、「たかがテレビのことを、一般大衆はいちいち本を買ってまで知ろうとはしない」という理由で、次々に断ってきた。
テレビや新聞が報じない内容だからこそ、出版メディアが伝えなければ、という気概を持った版元はなかなか現れなかった。
しかし、出版界は広い。まだまだ捨てたものではない。
去年の年末に原稿を書き上げていたものの、版元が決まらず、ほとんど諦めていた7月、これを最後にしようと持ち込んだ出版社が「ぜひやりたい」と快諾、即決してくれた。編集者が私と同じ問題意識を持っていたことも嬉しかった。
『テレビが言えない地デジの正体』(ベスト新書)、2009年9月10日発売。
読んで楽しい本ではないかもしれない。しかし、37型未満の液晶テレビのほとんどはフルハイビジョン放送画質をそのまま映し出すだけの解像度を持っておらず、画素を半分間引いている、とか、ケーブルテレビへの接続方法のあれこれ、とか、ブルーレイディスクレコーダーは市販のソフトを見る以外には当面いらないのではないか、とか、NHKのBS1とBS2は今なお標準画質であり、通販番組より画像が粗い、といった実用的な情報も網羅したので、「とにかく分からないことが多い」「今のテレビはなんだか面倒くさい」と感じている人(私を含めてほとんどすべての日本人はそうだと思う)は、読んで得をするはずだ。
これ以上、総務省や家電メーカーに好き放題させていてはいけない。
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なぜ地デジにしないといけないの? もやもやの正体はこれだった! 『テレビが言えない地デジの正体』(ベスト新書 9月8日発売!) ハイクオリティメディアのBSを通販番組のゴミ捨て場にしたのは誰か? 欧米は「地デジ化」したのではなく、「デジタル放送化」したのである。地デジ化で困る人たちはこんなにいる。地デジテレビでアナログ画質を見続けなければならない人たちとは……? 伝えられていない驚くべき真実がいっぱい。テレビに騙されることなく「仕組み」を知って、賢く対処するための本。 すでに買い換えた人も、これからの人も必読。 地デジの嘘、錯覚、思いこみから、現実的な現代テレビ購入術まで、巷で言われている曖昧な情報を一掃し、クリアな見通しを提示。 ■今すぐご注文できます ★「ある力」が働き、初版部数が極端に抑えられてしまいました。このままですと葬り去られる可能性があります。ぜひ予約をお願いいたします!! |
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