『阿武隈裏日記』を改題しました。
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詐欺的320億円施設「海水揚水発電所」お払い箱事件をなぜ追及しない2016/07/31 14:37

2つめの「唖然」はこの記事 「国頭村の揚水発電所廃止 電源開発、世界初の海水利用施設 沖電への売電交渉不調」
世界初の海水を利用した揚水発電所として、電源開発(本社・東京、Jパワー)が沖縄県国頭村安波で運転してきた「沖縄やんばる海水揚水発電所」が、19日付で発電所として廃止されたことが25日分かった。同発電所は国が建設費320億円を投じて1999年に完成。離島など海洋地域に適した再生可能エネルギーシステムとして実用化を目指してきたが、沖縄電力との売電交渉が不調に終わるなど商業ベースに乗せることが見通せず、電源開発は施設の継続を断念した。

 発電所を管理する電源開発石川石炭火力発電所(うるま市)は「試験レベルの役割を終え、営業運転として活用できないかを沖縄電力とも話してきたがまとまらなかった」と説明。2014年に国から払い下げを受けた敷地や施設の跡利用については未定とした。(琉球新報 2016年7月26日)


琉球新報の記事で、全国的にはほとんど報じられていないのではないかと思うが、こんなふざけたものが建設されていたこと自体が驚きだ。

Wikiを見ると、
「火力発電所の夜間余剰電力を使用して揚水が行われていた」とある。
この火力発電所とは同じ電源開発の石川石炭火力発電所(うるま市)のことらしい。
で、信じがたいのは「火力発電所の夜間余剰電力」という言葉がサラッと使われていることだ。
火力発電や貯水型水力発電というのはそもそも出力調整可能な発電方式であって、電力消費が減る夜間は出力を落とすなり止めるなりすればいいだけのこと。本来「余剰電力」など出るはずがない。
揚水発電所というのは、出力調整や頻繁な運転のON/OFFができない原子力発電所の付帯設備として考案されたものだ。
原発は一度動かしたら24時間定格出力で動かしっぱなし。下手にON/OFFを繰り返すのは危険。夜間に発電しすぎてしまう(余剰電力)場合は捨てる(発電機をつながない=「解列」という)のはもったいないので、その電力で真水を高い場所に汲み上げて貯めておき、電力消費が増えた時間帯にその水を落として水力発電にする、というもの。
沖縄やんばる海水揚水発電所はそれを石炭火力でやろうとしていたわけだ。
つまりこれは極端に効率の悪い火力発電であって、「再生可能エネルギーシステム」でもなんでもない。
火力発電の電力を使うならそのまま送電すればいいだけのこと。わざわざその電気を使って水力発電に変換することでどれだけ燃料を無駄に使うことになるかは小学生でも理解できる。
また、原発付設の揚水発電所が真水を使うのは、海水を使えば塩分で施設が腐食したりすることが分かっているからだ。
それなのに、わざわざ火力発電の電気を使って海水を使った揚水発電施設を作るなど、頭がおかしいとしかいいようがない。
「世界初」って、あたりまえだろうが。こんなものを作る国が他にどこにあるか。

要するにこれは国からの予算を使いたいためのバカ施設。発電が目的ではなく、予算を使いたいがための詐欺であり、ネズミ講と同じで犯罪である。
犯罪者が処罰されることもなく、ただ「ダメになったからやめます」で終わらせていいはずがない。
こういう国家ぐるみの犯罪を追及できないどころか、報じることもしないメディアの劣化ぶりもひどい。
それともメディアは、「もんじゅや核燃サイクル施設計画に比べればおままごとのようなもので、どうということもない」とでも思っているのか?
いや、おそらくそこまでも理解していないのだろう。その無知ぶりが本当に怖ろしい。


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「フクシマ」を3.11に埋没させないために2016/03/11 19:37

中継をやめさせようとする関電職員と素直に応じる代表取材局のNHK

最大の危険要因は「人間」

関西電力広報担当職員 「いったんこれで今日終わりにします。今日ね、もう、並列(送電開始)なし。は~い。(横の誰かに向かって)タービンうまく並列できへんかった? (記者に向き直って)ちゃんとまた説明しますんで」
代表取材の記者(NHK?) 「はい。分かりました~ぁ」
広報担当 「いったんちょっと終わって、帰りましょうか」
取材記者 「はい」

2016年2月29日。
関西電力は、高浜原子力発電所4号機が送電を開始する瞬間をテレビでPRするために、中央制御室にテレビ代表取材のカメラを入れていた。
そのカメラの前で、職員が送電開始のスイッチを入れた途端にけたたましく警報音が鳴り響き、原子炉が緊急自動停止した。
↑上のやりとりは、同日夜の「報道ステーション」(テレビ朝日)で流れた映像の一部をそっくりそのまま文字起こししたものだ。
元北海道新聞社編集委員の上出義樹氏が関電に電話で確認したところ、代表取材で入っていたテレビ局はNHKだという。ということは、この間延びしたような返事をしているのはNHKの記者なのだろう。

このときの様子は近くの会場に集まっていた報道関係者たちに中継されていたが、そこにいた中日新聞の記者は以下のような記事を書いている
 「投入」。29日午後2時1分26秒、高浜原発4号機近くの関西電力原子力研修センター(福井県高浜町)で、報道関係者向けに中央制御室を映した中継映像から声が聞こえた。発送電を行うため、スイッチをひねって電気を流した合図。その直後から「ファー」という音が断続的に鳴り続けた。
 センターで報道陣に作業内容の説明をしていた関電社員は当初、「異常がなくても鳴る警報もあります」と説明。画面の向こうの作業員らも慌てている様子はなかった。
 しかし警報音は鳴りやまない。異変を感じたのは数分後。映像を前に、関電社員二人が耳打ちしながら指をさし始めた。その先には、上部の警報盤に赤く点滅するボタンがあった。
 「トリップ(緊急停止)したようです」「制御棒が落ちて、原子炉が停止しました」と社員は動揺した様子で話した。トラブルの発生に、センター内の空気が一気に張り詰めた。間もなく関電は中継映像を遮断。詳しい説明を求める報道陣に対し、社員は「確認する」と、慌ただしくその場を離れた。
 (2016年3月1日 中日新聞 米田怜央


関西電力社員が「異常がなくても鳴る」と咄嗟にでまかせ説明をしたという部分で、すぐに思い浮かべたのは、2011年3月12日、福島第一原発1号機が爆発したときに、日本テレビのスタジオにいた東京工業大学原子炉工学研究所・有冨正憲教授とアナウンサーとのやりとりだ。
そのときの録画映像を見ながら、一字一句正確に文字起こししてみた↓
有冨教授 「緊急を要したんだろうと思いますが、爆破弁というものを使って、あたかも先ほどの絵じゃありませんが、全体にこう、なんといいますか、あの~、ちょっと、出るような形で……蒸気が、充満するような形で、出てきました」
アナウンサー 「あれは蒸気ですか?」
有冨 「蒸気だと思います。ちょうど爆破されたような形で、あの~、蒸気が……蒸気だと思いますが、出てきましたねえ」
アナ 「これ、あの、我々が見ると本当に心配するんですが、その爆破弁というものを使って蒸気を『出した』……という……」
有冨 「はい」
アナ 「意図的なものだと考えて……」
有冨 「はい。意図的なものだと思います」

このブラックコメディのようなシーンを覚えているだろうか?
よく分かってもいないことに対して平然と無茶苦茶な説明をする「専門家」たち。
そして、それを検証できず、ツッコミもせずにそのまま流してしまう、あるいは隠してしまうマスメディア。
同じことを5年経った今もやっている。何の反省もなく、当時よりも倫理観や責任感がゆるゆるに欠如した状態で。
「原発爆発の日」である3.12が5年目を迎えたのを機に、私たちはこれをしっかり思い起こし、反省しなければいけない。

巨大地震だの津波がまたやってくる可能性がどうのとかいっている前に、最大の危険要因は人間の愚かさだということを認識するべきだ。
チェルノブイリは天災が引き金ではなく、作業員のアホなミスやそれを起こさせた緩すぎる運営体制が原因だった。
今の日本を見ていると、チェルノブイリを起こした作業員たちより現場やトップが優れているだなんて、到底信じられない。
巨大地震や津波が襲ってこなくても、テロ攻撃されなくても、原発を動かしている、動かせている、それを許している、待ち望んでいる人たちがアホなのだから、「アホ」が原因の過酷事故は必ずまた起きる。
いや、アホが原因の事故というよりは、現代社会における原子力そのものが、アホと狂気のハイブリッドシステムというべきだ。

フェイスブックでこんなことを書いている人がいた。
普通のマンションでも40年で建て替えするのに、こんな50年前の時代遅れシステムを世界一安全という感覚自体が狂っている。政府や電力会社だけでなく、再稼働容認した自治体、住民は、万一の事故時には、被害補償放棄のみならず、他地区住民への賠償責任を負う、と法制化すべきだろう。

そう、まさにこの認識こそが重要なのだ。

「フクシマ」はいわば「裏切られた」「騙された」経験だから、原発立地の住民にも賠償するのは当然だと思うが、「フクシマ」を経験した今はもう違う。
「絶対安全」は嘘だった、ひどい運営状態だったことが分かっている。
今なお、「送電開始!」──警報音ファオンファオン……というお粗末を続けているこの国で、それでも原発政策を進めてほしいという人たちは、将来は自らが賠償責任を負う覚悟でそういいなさいね。

……と、これを書いている今は2016年3月11日。
テレビは「あれから5年」的な番組で一日中埋まるのかと思ったら、全然そうでもなくて、相変わらずご当地グルメだの野球賭博だのといった話題に時間を割いていたりする。まさに「5年間の劣化」だ。

せめて、「フクシマ」を地震や津波の被害と一緒くたに語るのはもうやめよう。
1F(いちえふ)が壊れたのは津波のせい「だけ」ではない。地震の揺れでパイプがあちこち寸断され、水が漏れたし、なによりも必要最低限の対策すら怠っていたための電源喪失だった。地震や津波は天災だが、「フクシマ」は完全な人災。 3.11というくくりで地震・津波被災と「フクシマ」問題を一緒くたに扱うことで、「フクシマ」問題の本質がどんどんごまかされてしまう。
よって、「フクシマ」がなぜ起きたのかを反省する日は3.12「原発爆発デー」とでもして、別問題として思いを新たにしたらどうだろう。

で、狂気の政策を続ける政治を容認している国民ひとりひとりも、程度の差こそあれ、このシステムを作り上げてしまった共犯者なのだという自覚を持つ。
まあ、実際には、我々はすでに「フクシマ」の後始末で、少なくとも十数兆円の「賠償」をしている。税金と電気料金という形で。
この「賠償」はこれからもずっと続けなければならない。
そのこともしっかり認識する日が、3.12。
……3.11とは違った恐怖と悲しみに包まれる……。

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池上彰緊急スペシャル 2/12版のすごさ2016/02/16 20:59

東条英機の演説をヒトラーの演説と並べて放送した

メディアも戦争で利益を上げているのではないか? という池上彰氏の指摘







2016年2月12日(金) 19:57~22:52 に放送された『池上彰緊急スペシャル なぜ世界から戦争がなくならないのか』はなかなかすごかった。
フジテレビ地上波の金曜ゴールデンタイムに3時間の特番。その内容がここまでストレートだとは、正直びっくりした。
これはテレ東でも難しいだろうし、今のNHKならBSやEテレでも無理じゃないかと思うような気合いの入り方だった。
前回(2015年6月5日放送)の『知ってるいるようでよく知らない韓国のナゾ!』(第12回)において、韓国人へのインタビューの訳が間違っていたミス*があって批判されたことから、今回は池上氏が相当気合いを入れてスタッフを指導したのだろうか。
*「(日本は)嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」と字幕を出した部分で、実際には「文化が多様で、外国人も大勢訪れている」というような発言だった、などのミス
イスラム国の野望、というような切り口だけなら他番組でもやっているが(内容がどこまで事実に迫れるかは別として)、ドイツでの「二度とファシズムや間違ったナショナリズムを台頭させない」という強い決意と、学校教育におけるその実践ぶり、ロシアのカラシニコフ銃の製造工場やアメリカの田舎町でジーンズメーカーが戦闘用ズボンを製造し始めて売り上げを伸ばし、地域でも軍需産業が不可欠になっていく仕組み、湾岸戦争前にアメリカで行われた大手広告代理店が仕組んだ嘘の被害者リポートなどなど、よくここまでやれたなあという取材ぶり、そして番組の構成力の巧みさは、(正常だった頃の)NHKでも舌を巻くような出来だった。
ヒトラーの演説と東条英機の演説を並べて放送したのもびっくりした。
しかも、ナレーションは、
「日本は、アメリカからの石油輸出禁止などを打開し、自存自衛、つまり、日本の存続をかけ、日本を守るために戦う、と、東条は訴えます」
……と、太平洋戦争を始めた日本も「自衛のための戦争だ」と国民にPRしたことを強調した。
東条英機の演説をヒトラーの演説と並べて紹介した
なによりも、これがフジテレビの地上波、金曜夜のゴールデンタイムに3時間番組として放送されたことに驚いた。
ここまでやり通すのに、現場ではいろいろな圧力との戦いがあったはずだ。それを押し切って、あるいはうまく懐柔して放送までこぎ着けた人たちの「志」と勇気に敬意を表したい。
NHKのBSあたりでやるのとはわけが違う。芸能人のひな壇を作り、絵面としてはバラエティ番組を装い、NHKのドキュメンタリー番組や歴史教養番組であればまず絶対に見ないであろう多くの視聴者をも取り込んで放送された、ということがとりわけ重要なことなのだ。
イスラム国の話から始めて(検閲したい人たちを少し安心させておいて)、最後に「戦争ビジネスで金儲けをしている組織にはメディアも含まれているのではないか?」というところまで持っていく手腕も素晴らしかった。

番組最後に池上氏が「まとめ」として発言した短いメッセージの内容をほぼそのまま文字起こししてみた。↓
「報道機関が政治に左右されてはいけない。
昔も今も、勝手な思想を他人に押しつけようとする勢力がいる。それによって戦争が起きる。あるいはそれに対して、二度と戦争を起こすまいとする努力も続けられている。
しかし、戦争で利益を得る組織がある、ということも事実。
そこにはメディアも含まれているのではないか

メディアによって実体が歪められたり隠されたりすると、私たちは戦争について正しく認識することができない。あるいは正しく反省することが難しくなる。
この戦争はどちらに非があるのかということを、客観的に評価できなくなることは大変危険。
戦時中の日本の新聞のように、受け手の気分がよくなるようにという報道ばかりしていると、私たちは現実を見失ってしまう怖れがある。
だからこそメディアは、戦争報道のあり方について自らを戒め、権力に利用されずに、きちんと事実を伝える役割を果たさなければいけない

これだけスッキリ言い切ってもらえて、拍手を送りたい。

さて、あとは我々視聴者が、こうした番組がつぶされないように、権力を監視し、頑張っている人たちを応援することだ。


★YouTubeなどに(違法)UPされているものは次々に消されているが、これを書いている2月16日夜の時点でも、まだデイリーモーションに上がっている動画だけは消えていないようだ。



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水害報道もうひとつの重大な問題──テレビが必要な映像を流さなかったこと2015/09/15 22:40

■もうひとつの重大な問題──テレビが必要な映像を流さなかったこと

なぜ逃げない人があんなに多かったのか?

今回の洪水浸水被害報道で、忘れてはいけない問題がある。
それは「浸水域の拡大はゆっくり進行した」ということ。
すでにまとめたように、若宮戸地区ソーラーパネル設置場所で最初の越水が起きたのは10日の早朝6時頃。
上三坂地区で堤防が決壊したのは午後12時50分頃。
司令塔となるべき常総市役所までが浸水したのは10日午後10時過ぎから。
つまり、最初の越水(早朝6時)から、市役所浸水(夜10時過ぎ)までは17時間かかっている。
堤防決壊の午後1時頃からでも9時間。
その間、鬼怒川から流れ込んだ水は毎時1kmくらいのゆっくりしたスピードで広がっていった。3.11の東北沿岸での津波被害のときとは比べものにならないゆっくりした速度なわけで、まだ浸水していない地区の住民が避難する時間は十分にあった。

それなのに、堤防決壊から何時間も経って、あるいは翌日になってから浸水によって孤立した家に閉じ込められた人が続出した。
避難指示がしっかり伝わっていなかったことはもちろん問題だが、住民の多くはテレビで浸水被害の映像を見ても「小貝川の氾濫のときもここまでは来なかったから大丈夫」と、安心していたのがいちばんの原因だ。

逃げ遅れて浸水家屋に孤立した人たちの一部(少なくない)は家でテレビを見ていたわけで、もし各局が堤防決壊現場付近でのスリリングな救出劇の映像に終始することなく、上空からの映像を逐一流して「今ここまで来ています」「まだまだ浸水域が広がっています」と伝えていれば、さすがに気がついて避難を始めるなり、重要なものを二階に持ち上げるなりといった対応をしていたはずだ。

早川由起夫氏らの重大な指摘 「なぜテレビは浸水か所前線を映さないのか?」

このことを指摘していたのは、原発爆発のときの放射能汚染マップ作成で有名になった早川由起夫教授(群馬大学、専門は地質学)。
ツイッターでこう指摘している。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-12 17:10:46
津波の前進速度の1/10以下だ。ゆっくりすぎて報道ヘリからの撮影対象としては魅力が足りなかった。空中から見ても、前進してるのがわからなかったのだろう。どの報道ヘリもそこにカメラを向けることなく、破堤箇所からあふれ出す水と自衛隊ヘリによる吊り上げ救出に集中した。

早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-12 17:13:40
NHKは災害対策基本法が定める指定公共機関なのだから、吊り上げ救出場面の報道は民放に任せて、洪水の先端がいまどこにあるかをヘリから捜して遅延なく国民に知らせる責務があったのではないか。

早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-12 17:15:14
吊り上げ救出場面を報道しても、だれも助からない。だれの財産も救われない。洪水の先端を報道すれば、多額の財産が水没から守られた(はずだ)。
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-13 06:54:42
10日14時から15時、どのテレビ局の報道ヘリも次の二つの観点にカメラを向けなかった。
・若宮戸から越流してアピタ石下店が浸水している、
・堤防が決壊した三坂から流入して前進を続ける洪水の先端がいまどこにあるか、

吊り上げ救出場面を全局そろって生中継している場合ではなかった。

早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-13 06:57:41
ヘリに乗ったすべての局のカメラマンと記者が、素人だったわけだ。たとえば、NHKのスタジオで解説した二人はこの種の災害のプロだった。的確な解説をしていた。彼らがヘリにカメラを向けるべき先を積極的にアドバイスしたらよかった。

早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-13 07:10:10
自衛隊ヘリによる吊り上げ救出場面を延々と生中継したあのときのテレビ局(在京キー局全局)は災害報道をしたのではなく、視聴率稼ぎの娯楽放送に熱中していた。恥ずべきことだ。

早川由紀夫 @HayakawaYukio 2015-09-13 07:19:46
10日15時、洪水フロントは決壊地点から4キロにあって時速1キロで南下していた。5時間後には9キロ地点の常総市役所に届く計算だった(午前に発表された破堤シミュレーション通り)。さて、5時間で何ができたか。何人がそこから脱出できたか。研究されねばならない。

NHKは多少は引きの映像も入れていたようだが、やはり救出劇映像は民放に任せて、しっかり「警報役」を果たすべきだった。

昨今のNHKの劣化ぶりは極めて深刻だ。
「安倍テレビ」と揶揄される政府御用メディアぶりはもちろんだが、こうした災害報道や各種ドキュメンタリー、科学番組でも、以前のような「さすがNHK」と思わせる作りができていない。
今回の災害はなぜ起きたか、これからの課題は……というテーマであったはずの『NHKスペシャル』でも、危機管理、防災研究の第一人者・片田敏孝教授(群馬大学)が重要な話をしている最中に、話を寸断する形で無意味な(まったく中身のない)「現場からの中継」を挟んでいた。
夜になって何も映っていない役場前とか、そんなところに記者が立って「こちらは……」とやってもなんの意味もない。なんのための『Nスペ』なのか。
こういう媚びかたというか、民放並みの「こういう絵作りをしておけ」的な軽さにうんざりさせられる。





「小4なりすまし事件」雑感2014/11/30 12:13

なりすましや絵作りの手法と技術について

「10歳の中村」を名乗るネットユーザーが作った「どうして解散するんですか?」というサイトが「小学4年生が作ったとは思えない」と疑惑の目で見られ、すぐに「偽装」がばれて、書いた本人(20歳の大学生)が陳謝するという騒動があった。
書いたのはNPO法人「僕らの一歩が日本を変える」の代表・青木大和氏(20歳)。
彼は、「僕の軽率な言動により、関係のない多くの方に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」と謝罪し、「僕らの一歩が日本を変える」の代表を辞任した。
これに対しては、多くの人たちが様々な反応をしている。
中でも、
「文章は世の中を動かせない」 (小田嶋 隆)
と、
「青木大和の焦りなどについて」 (宇佐美典也)
は、対照的で興味深い。
愛があるかないか、あるいは文章に表れるストレス指数のサンプルとでもいうか……。

ちなみに、僕は青木大和という名前に見覚えがあった。最初にこの事件を知ったとき、「あれ? もしかしてあの彼?」と気づいた。
今年出した『デジタル・ワビサビのすすめ 「大人の文化」を取り戻せ』(講談社現代新書)の中に、彼と「スーパーIT高校生」(当時)Tehuくんの対談(東洋経済ONLINE)(2014年1月2日)の一部を引用したのだった。
元記事は⇒ここ(前編)⇒ここ(後編)に今でもあるので読める。
一部を紹介すると……、
青木:(略)オレはデモなんかしても社会は変わらないと思っています。

Tehu:ホント、意味のあるデモって何?

青木:オレもそれがわからないから、デモが起きると絶対見に行くんだけど、参加者の年齢層がめちゃくちゃ高いんだ。見た感じ、定年すぎた人たちっぽくて、そのあたりって世代的に叫びたい世代じゃん。みんな時間を持てあましていて、鬱憤を晴らしに来てるんじゃないのかなって思う(笑)。

Tehu:政治家からそう見なされてもおかしくないよね。だからこそ、石破さんが「テロ行為だ」と言ったわけで。

青木:若い人にもぜんぜん響いてない。友達と「デモのニュース見た」という話はするけど、実際に行こうってヤツはやっぱりいなくて、結局、そこ止まり。少数の中で回していて、果たして意味があるのかな。そこを自分は変えていきたいんです。
でも、若い人はデモには行かないけど、ツイッターで思いを書く人はたくさんいるよね。

Tehu:いるいる。

青木:ということは、若者は政治に関心がまったくないわけじゃなくて、関心はあるんだけど、その発散場所がたぶんわからないんです。とくに、オレたち10代なんてまだ選挙権がないから、「選挙権を行使しろ」と言われてもできないし、「政治家になれば」って言われても、被選挙権もないわけで。それなら、そういう環境を自分たちがつくっていくしかない。

Tehu:(略)そもそも20歳未満は選挙権もないから、議員さんにとっては無視したって何の影響もない。それについてはどう思う?

青木:めちゃくちゃ憤りがある。結局、選挙に勝つためには、選挙権を持っている人に会ったほうがいいわけです。でも、政治ってその場その場ではなくて、10年後、20年後、30年後の社会を描いていくために、コツコツ積み上げないといけないものでしょ。若い人の意見をないがしろにするのは、先を見ていないってことだよね。

Tehu:だね。

青木:ただ、そういう現実を嘆いているだけでは仕方がないから、政治家が若者の話を聞いてくれるような環境を自分たちでつくらないといけない。自分たちも若者の意見をきちんと言わないといけない。それがいますごく求められていると思います。

Tehu:ボクは何か発言すると、大人から「若造のくだらない意見だ」とdisられることもあるんだけど、一方で、活発な若者の多くが団塊の世代を敵視しているのも違和感がある。「老害廃絶」って。

青木:オレらが求めていることはそうじゃないんだよね。よく「世代間対立」といわれるんだけど、別にオレらはオレらで思いがあるし、お年寄りはお年寄りで思いがあるわけだから、お互いに意見を出し合って妥協点を探ればいいと思う。
また、メディアも世代間対立を煽りたがるんだ。オレが「高校生100人×国会議員」の討論会を開いたときも、記事のタイトルで“若者が老人にモノ申してる”感を出そうとする。あれはやめてほしい。
いろいろな大人と接してきて感じるのは、60代以上のおじいちゃん、おばあちゃん世代って、意外とオレたちに優しいんですよ。孫世代だから。逆にオレらの親世代や30代ぐらいの人たちのほうが厳しい目を持っている。

Tehu:ボクらを「ゆとり世代」というのも、そこらへんな気がする。50歳ぐらいまでかな。
とはいえ、お年寄りと仲良くしても、ボクらとは意見がぜんぜん違うんだから、お年寄りに政治を任せてしまってはいけないわけです。

青木:いやあ、そうです。

……こんな感じの対談。読んでいてとても面白かった。
こんな高校生たちがいるのだと知って、かなりびっくりしたものだ。

ちなみに、『デジタル・ワビサビのすすめ』に引用したのは次の箇所だ。
Tehu:いま政治的に不安定なこともマズいですよね。総理は「若者がんばれ」って言うけどさ。

青木:政治がうまくいかなかったら、みんなバイバイじゃないですか。「おまえら、がんばれ」ってオレら背中叩かれるだけ。え? もう手札ないじゃん、みたいな。

Tehu:もちろん、ボクらもがんばるけどね。

青木:むちゃくちゃがんばりますよ、オレらは。

Tehu:だけど、あなたたちもがんばりなさいよって。50代、60代の逃げ切り世代にも、ちょっと責任を負わせたいわけです。

Tehu:でも、いまの10代は自分の意見を堂々と言う人が多いけど、大人とコネクションを作らないよね。ボクらは作ってるけど、ほかの10代は大人と手をつなぎにいくヤツがあんまりいない。

青木:横のつながりばっかり意識して、縦のつながりを持とうとしないよね。横のつながりのまま、ステップアップしていこうとしている。オレは横と縦がマッチングして、初めて先が見えてくると思っているんですよ。横だけでつながっていても前に進まないけど、大人と組んで縦にもつながると、三角形になって一気に進む。

──10代が横だけでつながるのは、目的よりも仲間意識が最優先ということ?

青木:そうです。だから、学生の間で発展途上国支援が異様に流行るんです。それって、横のつながりだけでできるから。縦につながらずに横でグループになって、発展途上国に行って「手伝います」って言えばできちゃう。しかも、それって上から目線なんです。「オレらがやってやる」って。
 そういう活動を就活でアピールしたりするのが、もうナンセンスで……。本質的に社会を変える意識がないんですよ。学生団体も横だけのつながりでサークル化しちゃってる。
(略)何かしたいという意識はあるんだけど、小さいコミュニティの中でちょっと有名になればそれでいい。ツイッターのフォロワーが1000人ぐらいだと、「あの人、マジすげえ」みたいな。オレは10年後、20年後の社会をオレらが担っていくんだから、社会をどうしたいかという話をしたいのに、みんなそういうことは考えていない。本当に社会を変えたいと思っている人がなかなかいない分、Tehu君と話が合うんです。

Tehu:やっぱり大人と手をつながないとダメですよ。

本にも書いたが、二人がこんなふうに自分たちの世代へのダメ出しもしていたことがとても新鮮だった。
横に(同世代の仲よしサークル的に)つながっているだけではダメで、世代を超えた縦のネットワーク作りが必須だ、というのだ。

これを読んでいて「予備知識」があったために、今回の事件は「ああ、あの子がやらかしたか~」という印象で、僕自身は、彼をぼろくそに言うなどという気持ちはまったく抱かなかった。
だって、まだ20歳になったばかりなのだ。自分が20歳のときはどうだったかを思い出せば、とても偉そうなことは言えない。

一方で、僕と同い年の安部晋三首相が、自身のフェイスブックで「批判されにくい子供になりすます最も卑劣な行為」と取り上げたことで、「一国の首相が20歳の一個人に対してわざわざコメントするようなことか」「大人げない」「首相のほうがよほど子供っぽい」などなど、これまた批判が噴出した。
複数のメディアでもこのことが取り上げられた後は、この書き込みを削除してしまったが、その後も、安部晋三アカウントのフェイスブックでは、
意見の内容や意見を述べる人の立場に嘘や偽りがあってはなりません。このことは、大人でも子供でも、どのような世界のどのような場面にあっても変わらぬ普遍の原則です。いっとき人を欺き出し抜くようなことはできても、結局『詭道は正道にかなわぬ』ものです。
それでも、好奇心や見栄に負けて過ちを犯してしまったら、行動を改めればよい。
小学4年生と偽った大学生も「そのアイディアやエネルギーを強くて明るい将来に向けてほしい」と心から願います。
などと書いている。

あ~、やってらんないなあ~。

……なんか、引用しているだけでアホらしくなってきたので、このへんでやめよう。
それでも一言だけ言うなら……:

この「安部晋三」というアカウントのフェイスブックを、安部晋三自身がキーボード叩いて書いていると思っている人って、どれくらいいるのかなあ……。

「なりすまし」っていっても、いろんなレベルのがあるよね。
僕は若い頃タレントや脚本家のゴーストライターとしての仕事をいくつかやったが、その中の一人は今、政治家になっている。
イザヤ・ベンダサン という「ユダヤ人」が書いた『日本人とユダヤ人』という本が300万部という驚異的なベストセラーになったこともある。
このイザヤ・ベンダサンという「筆名」を「さあ、ウンコをしよう、という意味だ」と看破したのは故・遠藤周作氏だったかな。
あの当時、親父が山本七平氏に講演依頼をしにいくというので、3畳くらいのスペースに古書を積み上げた「山本書店」についていったこともある。「絵作り」ってこういうことなのかと、感心したものだ。

若い青木大和くんはなりすましの手法や絵作りの技術が未熟だった。でも、少なくとも彼は、小学4年生として書いた「どうして解散するんですか?」という文章も、それが引き起こした騒動に対するお詫び文も、自でキーボードを叩いて書いている(と、僕は信じている)。

もう一度言うよ。
「安部晋三」というアカウントのフェイスブックを、安部晋三自身がキーボード叩いて書いていると思っている人って、どれくらいいるのかなあ……。

『花子とアン』をきっかけにして知る「時代」の真相・深層2014/09/27 12:26

あの時代が今にそのまま重なる

NHKの連続テレビ小説『花子とアン』。なんだかんだで毎日見ているのだが、戦争に突入するあたりからのグダグダになっていく程度がひどかった。
ネット上でも多くの人が違和感を表明しているが、例えば、あの時代、庶民が簡単に家から電話をかけて用事を伝えるなんてことがあったはずがない。

同じ連続テレビ小説でいえば、

『おしん』 おしん 明治34年(1901)生まれ
『ごちそうさん』 め以子 明治38年(1905)生まれ
『カーネーション』 糸子 大正2年(1913)年生まれ

よりさらに昔、明治26年(1893)に村岡花子は生まれている。
……という指摘を読んで、改めて「そうだよなあ~」と思った。
昭和30年(1955年)生まれの僕でさえ、子供時代は家に電話など引けなかった。ものすごい贅沢品だったから。
若い脚本家とは、そのへんからしてもう時代感覚がそうとうずれてしまっているのだなあ。

登場人物たちのメイクなどにしても、放送第1回では、3時間かけた特殊メイクによって、あごの下にはたるみ、手の甲に皺まで入れたリアルな52歳に変身した主演の吉高由里子をして「さすがNHKさんとも思いました」と言わせた気合いの入り方だったが、その52歳の花子が出てくる同じ空襲で逃げ惑うシーン(9月13日放送の第144回)では、顔はファンデーションを塗ってつやつやピカピカ。ネット上でも、ずいぶん突っ込みが入った
戦争の描き方も淡泊で、大阪制作の『ごちそうさん』などがそれなりに頑張って伝えようとしていたのに比べると、完全に「逃げた」印象だけが残った。

それにもまして気持ちが悪いのは、実在の人物をモデルにして、しかも主人公は実際の筆名(村岡花子)で登場しているのに、登場人物たちの描き方が、史実とかけ離れていることだ。
そのへんの指摘は、北海道大学大学院法学研究科准教授 中島岳志氏のツイッターが話題になった。簡潔かつとてもまとまっているので、一部、紹介してみたい。

●村岡花子は、時代の流れに逆らえず大政翼賛会に参加し、子供を戦場に駆り立てるような言動をしたのではなく、児童文学作家として「主体的に関与」し、自分の信念に従っていた
1938年1月1日の『婦女新聞』誌上に掲載された座談会「事変下に於ける子供の導き方」で、村岡花子は「戦争は国家の意思」であり、「個人的心理的な観方」を滅却せよと訴えています。同時代のナチスに対しても好意的。
『婦女新聞』1941年9月21日号に寄せた文章では、「大日本婦人会」の活動に対して強く「協同一致」を求め、「自我を滅した御奉公であるやう」求めています。
「児童読物の浄化」(『婦女新聞』1938年1月20日号)では、「今度政府が幼少年の読物の浄化運動に乗り出したことは大変結構なことだと思います」と思想的検閲による発禁処分を肯定し、「今までどうして放つておいたのだと叱りたいところです」と述べています。
『婦女新聞』1938年1月1日号には「時変下に於ける子供の導き方」という座談会が掲載され花子も参加していますが、議論の中心テーマは「児童の本能的な発動力の善導」です。そこで花子は「戦争は国家の意志ですからね」と言い、国民が一つになることを訴えています。
花子は「今度の事変は思想戦といはれるやうに、赤い思想に対しても考へられることです」とも言い、全体主義的団結を説いています。また子供については「戦傷に対しては、感謝するようにすべきですね」と言い、「感謝の気持ちで恐怖を抑へ」よと述べています。
花子は戦争で負傷した兵士について「有難いと思へと、何時も子供等に話して居りますわ」とも言っています。

●白蓮の姑・槌子(龍介の母、滔天の妻)の描き方はあまりにも嫁姑問題の一般受け狙いで、史実と違う
槌子は白蓮を宮崎家に温かく迎え、黒龍会による攻撃から守った人物です。宮崎家では家事と育児は槌子が一手に引き受け、白蓮は病に臥す龍介に代って小説を書き、家計を支えました。
姑の槌子は中国革命に献身した夫・滔天を支え、時に危険を顧みず革命家を匿った女性です。家事・育児も白蓮に代ってほとんど引き受けた人……

●宮崎龍介の描き方があまりにもいい加減で、視聴者は話が見えない
宮崎龍介が逮捕されたのは、日中戦争勃発時に近衛文麿の密使として中国に渡ろうとした際、それを阻止したい陸軍の介入によるものでした。場所は神戸港。家族の目前で逮捕されたわけではありません。また、陸軍の意図には反していましたが、内閣総理大臣の意図に従って動いた結果でした。
宮崎龍介が1940年に書いた『世界新秩序の創造と我が新体制』(大有社)という本がありますが、ここではヒトラーのもと「ドイツ民族の芸術的に見事に出来上つた民族国家の姿」を絶賛しています。政治は「国家民族を理想的に造り上げる芸術である」というのが龍介の持論でした。
日中戦争期の龍介の中心的議論は「国家のために国民がある」という国家有機体論であり、ヨーロッパ・アメリカ・アジアという3つのブロックに世界が分割されるという「天下三分論」です。龍介は日本を盟主とするアジアブロックが、他の二つを抑えることを構想しました。
龍介は言います。「若し日本民族が八紘一宇を為さんとするならば、三つのブロックの中で最も速くそのブロックを完成し、而も之を最も強力に最も高度に作り上げなければならないのであります」
「花子とアン」では龍介一家と花子一家が思想的に対立し、絶縁状態になるように描かれていますが、龍介と花子の立場は、極めて近接していました。


さらに興味深いのは、中島岳志氏は、村岡花子が全体主義的思想に傾倒していくきっかけは、息子の死を経験し、キリスト教の信仰をより強めたことと結びついている、と洞察していること。
こういう考察は、単なる史実を超えて、人間の本質というか、性(さが)というか、弱さというか……そういう哲学的な探求の入り口ともなるので、小説家的には、こうしたレベルの話のほうに反応してしまう。

村岡花子のエッセイに「どうして」(『若き母に語る』池田書店、1960年)という名文があります。息子を亡くした時のことを書いたものですが、「血を吐く思い」の中でキリスト教の信仰を確かにした様子が描かれています。「自分の祈りがきかれなかったところに、神の意志のはたらきがある」。
しかし、この時「服従の平安」を得たことが、のちに軍国主義を追随し、時代の空気に飲み込まれていくことにつながるのだと、私は考えています。息子の死は、彼女の後半生に大きな影響を与えることになりました。

……他にも、今年の7月に登場した新メディア「リテラ」にあった、あの時代の女性たち、母親でもあった文化人たちがなぜ国家全体主義に傾倒したのか……そこには婦人参政権運動との連動があったからだ、という文章も読んだ。
ここでも、花子がしぶしぶ、あるいは受け身的に国家全体主義に流されていったのではなく、積極的に発言していることが紹介されている。
これも抜粋してみる。

 さらに、『女たちの戦争責任』(岡野幸江、長谷川啓、渡辺澄子、北田幸恵・共編/東京堂出版)には、花子が、
「私は戦争の文化性を偉大なものとして見る。平時には忘れがちになつてゐる最高の道徳が戦争に依つて想起され、日常の行動の中に実現される」
「母は国を作りつつある。大東亜戦争も突きつめて考へれば母の戦である。家庭こそは私どもの職場、この職場をとほしての翼賛こそ光栄ある使命である」
 などと随筆集に書き綴っていたことが明かされている。加えて、内閣情報局と大政翼賛会の指導のもとに結成された文学者組織である日本文学報国会のイベント・大東亜文学者大会で、花子は「子供たちの裡にこそ大東亜精神を築き上げるべき」と述べているのだ。
しかし、戦争に積極的だったのは、もちろん花子だけではない。ドラマのなかでも売れっこ作家の宇田川満代(山田真歩)が従軍記者となって気炎を揚げるようすが描かれているが、実際、少女たちに絶大な支持を得ていた人気作家・吉屋信子や、『放浪記』で有名な林芙美子も従軍記者として戦地に赴いている。その上、日露戦争時には「君、死にたまふことなかれ」と歌った与謝野晶子や、日本のフェミニストの先駆者である平塚らいてう、市川房枝といった人物たちでさえ、先の戦争に協力的だったのだ。
(リテラ 田岡 尼)

こうした複雑な時代背景を知るきっかけを与えてくれたことが、『花子とアン』の功績と言えるのかもしれない。

まあ、今の日本では、テレビドラマにリアリティや人間性への洞察を求めるのは無理だから、事典の目次みたいなものだと思えばいいのだろう。テーマの入り口を見つけたら、あとは自分で探索していかないとね。そうしないと、懸命に生き抜いた人たちに対しても失礼なことになるだろうから。

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