ノーベル賞は「偉い」のか?2018/10/04 20:52

ノーベル物理学賞発表直前のテレビはこんな感じだった

「教科書を信じない」の波紋

一番重要なのは、何か知りたい、不思議だと思う心を大切にする。教科書に書いてあることを信じない。本当はどうなっているのかという心を大切にする。自分の目でものを見る、そして納得する。そこまであきらめない。

先日、ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑氏のこの言葉が話題になった。
NHKのニュースでのインタビューでも同じことを言っていた↓


この「教科書を信じない」発言は、かなりのインパクトがあったようで、ネット上にはさまざまな反応コメントが飛び交った

この発言を鵜呑みにするな的な反応をまとめると、
「教科書を信じない」を真に受けて教科書も読まないような馬鹿は論外。「教科書を勉強しなくていい」ではない。教科書は信じておいたほうがいい
……となるだろうか。
でも、この手のコメントをムキになって書き込んでいる輩がいっぱいいる時点で、今の日本はかなりダメなんじゃないかと思う。


小学生向けの教科書副読本「わくわく原子力ランド」 2010年11月、文部科学省発行 中学生向けには「チャレンジ!原子力ワールド」という同様の副読本が配布されていた


これは副読本だが、国が作っていた「教科書」だ。
2011年の原発爆発後にすべて回収されたらしいが、「歴史的資料」として、今でもネット上にはあちこち残されている。「わくわく原子力ランド」で検索すれば簡単に見つけられる。こういうものが、ついこの前まで国が作った教科書副読本として小中学生に与えられていたという「歴史的事実」をしっかり記憶に刻んでおきたい。



国会図書館での検索結果



↑「トンデモ本」と呼んでもいい内容なだけでなく、子供たちにトンデモなことを信じ込ませる、巧妙な誘導に終始していた↓



↑火力発電を悪者に仕立てるために、イラストもこんな風にアレンジされているなど、随所にあからさまな「誘導」「洗脳操作」がある


この「副読本問題」については、福島大学放射線副読本研究会というグループが「放射線と被ばくの問題を考えるための副読本」という興味深いものを出しているので、ついでに紹介しておきたい。

学校で使う「教科書」は、国が「検定」している。その時点で、時の政治権力の意向が入っていると考えるほうが自然なことだろう。

ノーベル賞は「偉い」のか?

毎回嫌になるのが、日本人がノーベル賞をとった、とらないということに焦点を絞って報道しているメディアの低俗さだ。
本庶さんがノーベル医学・生理学賞を受賞したことで、翌日、物理学賞もいけるんじゃないかと、ニュース番組では「物理学賞をとれそうな日本人学者リスト」なるものをデカデカとパネルにして待ち構えていたが、日本人以外が受賞と決まった瞬間「残念でした」とだけ伝えて終わってしまった。受賞した学者はどんな人で、どんな研究成果をあげたのかという肝心な部分にまったく触れないのだから、どうしようもない。

↑とれるか? と騒がれた人たちはとんだ迷惑だったのでは?


本庶さん流に言うなら、そもそも

ノーベル賞ってそんなにすごいのか?
ノーベル賞をとることに価値があるのか?

という疑問を持つべきだろう。
ノーベル賞の中でも、平和賞と文学賞は、「西欧社会が世界をどうみているか、どうあるべきだと考えているか」というメッセージ発信ツールになっているという指摘がかねてからされてきた。
特に平和賞の受賞者に関しては常に議論が巻き起こる。
佐藤栄作、金大中、ヘンリー・キッシンジャー、イツハク・ラビン、シモン・ペレス、ヤーセル・アラファト、アル・ゴア……みんなノーベル平和賞受賞者だ。
バラク・オバマは2009年の大統領就任当初(候補者推薦の締切が就任12日後)に受賞しており、大統領として何かを成し遂げたからではなく「黒人がアメリカ大統領に就任したこと自体に意味がある」という解釈しかできない。

平和賞はスウェーデンではなくノルウェーで授与される。選考を司るノルウェー・ノーベル委員会は、ノルウェーの国会が指名する5人の委員と1人の書記で構成されている。つまり授与主体はノルウェー国家である、といってもいい。
西欧先進国社会を代表してノルウェーが、この人に平和賞を与えることが我々が考える世界平和のメッセージだ、と発信している、といえるだろう。

日本人の頭には「ノーベル賞受賞者=歴史に名を残す=偉人」という刷り込みがあるようだが、それは大間違いだ。
今年は金正恩とドナルド・トランプが平和賞の候補ではないかなどと冗談のような噂が飛び交ったが、実際、2000年には「史上初の南北首脳会談を実現させた」という理由で、当時の金大中大韓民国大統領が平和賞を受賞しているし、さらに遡れば、アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、ヨシフ・スターリンといった名だたる独裁者らが候補にあがっていたことも判明している。(ヒトラーは皮肉を込めて推薦されたというが……)


文学賞に関しても同様だ。
例えば、2006年のノーベル文学賞はトルコのオルハン・パムクが受賞したが、これも西欧世界からイスラム社会へのメッセージだという人たちがいる。
彼の受賞にスウェーデン・アカデミーの、選考過程で政治的状況は考慮していないとの公式発表は 全く信じない。『第二次世界大戦回顧録』で受賞したチャーチルがいい例だが、文学賞であれ政治的状況が強く反映されるのは知られている。たとえ優れた作品 をいくら書いたところで、パムク氏がアルメニア人大量殺害を認めない姿勢ならば、受賞は絶対出来なかっただろう。
トーキング・マイノリティ トルコ初のノーベル文学賞受賞

「トルコは東西の懸け橋、と形容されることが多いが、重要なのはパムク氏がヨーロッパ側に橋を渡ってきた人だということ。彼への受賞には、イスラム教徒が固有文化の障壁を自ら越えて西欧的価値観を共有してほしいという、西欧知識人のメッセージが読み取れる」と池内(恵)氏は見る。
(2006/10/17 読売新聞)


2016年は音楽畑のボブ・ディランが受賞して話題になったが、あれも穿った見方をすれば、トランプを大統領にして、乱暴粗雑低教養を加速させているアメリカに対してのヨーロッパ側からの嫌みかもしれない。

その視点で考えれば、日本国内で何年もの間「村上春樹がノーベル文学賞を取れるか」と騒いでいるのは能天気な勘違いであり、昨年、日本で生まれたがイギリス国籍を取得して「イギリス人」になったカズオ・イシグロが受賞したことも頷ける。
ちなみに、日本の文部科学省は、南部陽一郎氏(2008年、物理学賞。アメリカ国籍)、中村修二氏(2014年、物理学賞。アメリカ国籍)は「ノーベル賞を受賞した日本人」としているが、イギリス国籍のカズオ・イシグロ氏は数に入れていない。

NHK大河ドラマの罪

教科書に出てくる武将だの政治家だのは「歴史上の人物」かもしれないが、ほとんどの場合「偉人」ではない。直接間接を問わず、彼らのせいで死んだり殺されたりした人がどれだけいるか考えてみればよい。
人びとにまともな歴史観をもたせなくさせている元凶がテレビの「歴史ドラマ」、映画、歴史小説の類だ。
今年のNHK大河ドラマは西郷隆盛が主人公。それにあやかったわけでもなかろうが、2019年版の中学道徳教科書にこんな題材が入ることになった。
2019年度版の中学3年生向け教科書「中学道徳3 とびだそう未来へ」(教育出版)に、150年前の戊辰戦争で激しく敵対した薩摩藩の西郷隆盛と庄内藩の菅実秀の戦後の深い交流を紹介したコラム「徳の交わり―西郷(せご)どんと菅(すげ)はん」が掲載されている。敗れた庄内藩に対する西郷の寛大な処分と、西郷の人柄に引かれた菅ら庄内藩士と西郷の交わり、西郷の教えを基にした松ケ岡開墾、菅らによる「南洲翁遺訓」の編さんに触れ、郷土の復興に尽くした先人の姿を通じて、郷土の発展のために寄与することの意義を伝えている。
荘内日報 2018/06/25 西郷隆盛と菅実秀「徳の交わり」 中3生の道徳教科書に


これに対して異を唱えているのが「ワッパ騒動義民顕彰会」。⇒こちらのブログにその内容が詳しく出ている。
複数の資料から検証される西郷、菅の実像を紹介した上で、結論部にはこう記されている。
(菅はん」こと菅実秀が、1890(明治23)年に出した)『南洲翁遺訓』に見られる「徳」は、「君子」つまり支配者、治政者、上司としての在り方や心構えの「徳」であり、民主主義の現代社会における価値とは相いれないのではないかと考えられます。
教科書掲載を機に、地域の歴史を学び地域を知り地域を創るきっかけになれば幸いですが、史実に目を閉ざし情緒的な「美談」が流布してしまうことにならないか懸念しています。
道徳教科書への「徳の交わり~西郷どんと菅はん」掲載についての意見書 結び部分)


今年(2018年)から、道徳が小学校の正式な教科として加わった。中学は来年度からだ。↑これは、その教科書の話である。

3.11後、「わくわく原子力ランド」は回収されたが、教育界全体をみると、歴史的大失敗に学ぶどころか、以前にも増して危ない方向に突き進んでいる。
柴山昌彦文部科学相は2日の就任会見で、教育勅語に関し「同胞を大切にする、国際的協調を重んじるといった基本的な記載内容について現代的にアレンジして教えていこうと検討する動きがあると聞いており、検討に値する」と述べた。
日本経済新聞 2018/10/03


新しい文科相は、教育勅語はその中身よりも、それが歴史の中でどのように使われたかということが問題だという認識がまったくできていないようだ。
今、この国のトップには戦前回帰志向という極めて特殊な思考傾向の人たちが集まって、歴史を作ろうとしている。
一方で、「難しいことはよく分からないけど、私の回りではみんなこう言っている」という人が増えている。
そのレベルに合わせて、メディアが「日本人ノーベル賞受賞者」が出るか出ないかで騒いでいていいのか。
そうではないよ、本当はこうなんだよ、こういう考え方もあるんだよ、と分かりやすく教えてあげるのがメディアの仕事ではないのか。


続・大坂なおみ優勝で考える「人種」「国籍」問題2018/09/14 14:24

大坂なおみ(以下、なおみん)の全米オープンテニス優勝は、実に様々なことを考えさせてくれるいいきっかけになった。
続編として、二重国籍問題を中心にいくつかのことをまとめてみる。

「単一人種」であるという「日本人」の錯覚

イギリスのGuardianが面白い記事を書いていた。
世界のテニス界が全米オープンでセリーナ・ウィリアムズが主審のカルロス・ラモスに対して執拗な抗議をしたことについて議論している一方で、日本では大坂なおみの初めてのグランドスラム優勝で沸き上がっていた。

While the tennis world debated the merits of Serena Williams’ tirade against umpire Carlos Ramos during Saturday’s US Open final, Japan heaped praise on its first grand slam winner, Naomi Osaka.
'A new heroine': Japan celebrates first grand slam winner amid Serena row  Guardian 2018/09/10

おお、のっけからかなりシニカルな書きだし。

競技場に派遣された日本の記者たちの多くはウィリアムズとラモス主審のバトルにはほとんど言及せず、代わりに彼女の多国籍的な出自のことや、優勝が決まった今、まっ先に食べたいものは何かなんてことを訊いていた。彼女はそんな質問にも「カツカレー」なんて、しっかり一般受けするように答えていた。
The large contingent of Japanese journalists at Flushing Meadows largely ignored the Williams-Ramos spat, choosing instead to ask Osaka about her multicultural heritage, and what she would like to eat for her first meal as US Open champion. To which she gave the crowd-pleasing answer: katsu curry.
(同記事より)


イギリスらしい皮肉たっぷりの記事だが、世界は日本人や日本のジャーナリズムをこんな目で見ているということが学べる、いいサンプルだ。

ところで、今、サクッと「日本人」と書いたが、「○○人」とはなんだろうか。
同記事にはとても鋭いことが書いてある。
日本の社会は、そこで暮らす人びとが日本人という「単一人種」で構成されているという認識を持ちがちで、異人種との混血の人はあたりまえのように「ハーフ」と呼ばれてしまう。彼女の今回の優勝は、彼女の出身国である日本が、「日本人」というものの定義をより緩く、曖昧なものにしていくのではないかという期待を膨らませた。
Her victory has raised hopes that the country of her birth will adopt a more inclusive definition of Japanese identity in a society that often sees itself ? with increasing imprecision ? as racially homogenous, and where mixed-race people are routinely referred to as haafu (half).

終始皮肉たっぷりの言い回しの記事だが、いやはや、しっかり見ているなあと思う。

「二重国籍」問題の複雑さ

なおみんは現在、アメリカと日本の「二重国籍」状態である、といわれている。
いい機会(?)なので、国籍とはなんなのかについて、改めていろいろ調べてみた。

「国籍」というのは、法的には国家が認めるものだが、その考え方が国によってまちまちなのでややこしい。
まず、「血統主義」(親のどちらかの国籍が子の国籍となる方式。日本、ドイツ、イタリア、中国、韓国など)と「出生地主義」(出生した国の国籍が付与される。アメリカ、カナダ、フランス、ブラジルなど)という2つのまったく違う考え方、法体系が存在しているので、矛盾が生じる。
なおみんの場合は、父親がアメリカ国籍、母親が日本国籍だから、日本のような「血統主義」ではアメリカ人か日本人、ということになる。一方、アメリカのような出身地主義の考え方では、生まれたのは日本なのだから日本人、ということになる。
では、自動的に日本人ということになるのか、というと、そう簡単でもない。アメリカの法律では、両親のいずれかがアメリカ人で、アメリカ、アメリカンサモア、スウェインズ諸島に合計5年以上居住していれば、アメリカ国外で生まれていてもアメリカ国籍を取得できる。大阪の場合はこの例にあてはまるので、アメリカ国籍も持っている。
そもそも、4歳からずっとアメリカで生活しているわけだから、アメリカ国籍を持っていないと生活にも不便が生じる。アメリカ国籍を持つのは当然のことだろう。
というわけで、現在は「二重国籍」*1という状態なわけだ。

二重国籍に寛容なアメリカ

在日アメリカ大使館領事館の日本語WEBサイトに「二重国籍」について説明しているページがあるが、その冒頭にはこうある。
はじめに。。。
米国の最高裁判所は、二重国籍を“法律上認められている資格”であり、“二カ国での国民の権利を得、責任を負うことになる”と述べています。一国の市民権を主張することで他方の国の権利を放棄したことにはなりません。(Kawakita.v.U.S., 343 US 717 [1952]参照)

現行の法と方針
米国法は、出生により二重国籍を取得したアメリカ人や、子供の時に第二の国籍を取得したアメリカ人に対して、成人したらどちらかの国籍を選択しなければならないという特別な決まりを設けていません。(Mandoli v. Acheson, 344 US 133 [1952]参照) つまり、現行の米国国籍法は二重国籍について特に言及していません。

なおみんの場合、上の「子供の時に第二の国籍を取得したアメリカ人」に相当する。
そういう二重国籍状態*1で、アメリカではそれが特に問題にされることはないのだが、日本の法律では22歳までにどちらの国籍にするのか選ばなければならないということになっている。
その方法は2つあり、
  1. 日本以外の国の国籍を離脱する届け出をすることにより、自動的に日本国籍だけになる
  2. 日本の役所に日本国籍を選択する内容の「国籍選択届」を提出する
の2つだ。
(1) 日本の国籍を選択する場合
ア 外国の国籍を離脱する方法
  当該外国の法令により,その国の国籍を離脱した場合は,その離脱を証明する書面を添付して市区町村役場または外国にある日本の大使館・領事館(外務省ホームページへ)に「外国国籍喪失届」をしてください。離脱の手続については,当該外国の政府または日本に駐在する外国の公館(外務省ホームページへ)に相談してください。  
イ 日本の国籍の選択を宣言する方法
  市区町村役場または外国にある日本の大使館・領事館(外務省ホームページへ)に日本の国籍を選択し,外国の国籍を放棄する旨の「国籍選択届」をしてください。
  なお,この日本国籍の選択宣言をすることにより,国籍法第14条第1項の国籍選択義務は履行したことになりますが,この選択宣言により外国の国籍を当然に喪失するかについては,当該外国の制度により異なります。この選択宣言で国籍を喪失する法制ではない外国の国籍を有する方については,この選択宣言後,当該外国国籍の離脱に努めなければなりません(国籍法16条第1項)。
法務省WEBサイトより)

日本とアメリカの二重国籍者の場合、ほとんどの場合、(2)の方法を選ぶらしい。
というのも、日本の役所に「日本国籍を選びます」という届けを出しても、それは一種の「宣言」であり、アメリカ側で特に手続きをしない限り、アメリカ側では「二重国籍を“法律上認められている資格”であり、一国の市民権を主張することで他方の国の権利を放棄したことにはならない」といっているわけだから、アメリカ国内でアメリカ人として暮らす権利は維持できるからだ。
なおみんのように、生活の拠点がアメリカである以上、アメリカ国籍をわざわざ手続きまでして放棄することは考えられない。

*1 父親のレオナルド・フランソワ氏は出生地がハイチのジャクメル。出生地主義のアメリカ的にはハイチで生まれたのだからハイチ人でもあるということになるが、ハイチの国内法では日本同様に二重国籍を認めていないそうで、アメリカ国籍を取得した時点で自動的にハイチ国籍は喪失しているという解釈らしい。

二重国籍のメリットとデメリット

二重国籍状態は「いいとこどり」のようにとらえられることが多いが、実際にはデメリットも多い。
例えば税金。
アメリカの法律では、アメリカ市民は米国で源泉される所得だけでなく、外国源泉での所得もアメリカでの所得税対象になる
一方、日本の法律では、
 租税条約では、わが国と異なる規定を置いている国との二重課税を防止するため、個人、法人を含めた居住者の判定方法を定めています。
 具体的には、それぞれの租税条約によらなければなりませんが、一般的には、次の順序で居住者かどうかを判定します。
 個人については、「恒久的住居」、「利害関係の中心的場所」、「常用の住居」そして「国籍」の順に考えて、どちらの国の「居住者」となるかを決めます。
国税庁WEBサイト より)

我が国の所得税法では、個人の納税義務者を「居住者」と「非居住者」に、法人を「内国法人」と「外国法人」とに分けた上で、「非居住者又は外国法人(以下「非居住者等」といいます。)」に対する課税の範囲を「国内源泉所得に限る」こととされています。

?また、「国内源泉所得」を有する「非居住者等」がどのような「国内源泉所得を有するか、支店や事業所などの「恒久的施設」を有するか否か、「国内源泉所得」が「恒久的施設に帰せられる所得」か否かにより、課税方法が異なります。

?したがって「非居住者等」に該当した場合の課税がどのようになるかを考えるときは、「非居住者等」の収入がどの種類の「国内源泉所得」に該当するか、国内に「恒久的施設」を有するかどうか、さらに「国内源泉所得」が「恒久的施設に帰せられる所得」かどうかを確認することが必要です。
国税庁WEBサイト より)

……ということで、かなりややこしいことになりそうだ。
例えば、なおみんは今回全米オープンに優勝し、優勝賞金380万ドル(約4億2200万円)を得たが、アメリカの居住者として35%の所得税がかけられ、約1億4800万円はアメリカに納税しなければならない。
それだけでなく、アメリカの法律では「アメリカ国外で発生した収入」に関しても所得税をかけるというのだから、東レパンパシフィックなど日本国内の大会での獲得賞金、日本のテレビなどへの出演料、日本企業とのスポンサー契約料や広告出演料などなど、すべての収入にアメリカで税金をかけられる。
これはたとえなおみんがアメリカ国籍を捨てて、日本国籍のみにするという手続きを両国側にしたとしても、今の生活スタイル(フロリダが生活拠点)のままであれば「アメリカ居住者」として、アメリカの国籍所有者同様にかけられる税金なので、避けられない。
一方、日本国籍を選んだ場合、日本で「非居住者」とみなされれば日本側にはまったく税金を納めなくてもいいかというと、そう簡単ではない。非居住者と認められても「課税の範囲を国内源泉所得に限る」とされるだけだから、日本で稼いだ金は日本とアメリカとで二重に課税させられる可能性がありそうだ。
税金に関していえば「二重国籍」であろうがあるまいが、アメリカの「居住者」である限りは逃れられないということだろう。

「国籍」の意味が薄れていく現代社会

今回のなおみんの優勝や、少し前に話題になった蓮舫議員の「二重国籍」問題などで、「日本の法律では22歳までに国籍選択をしなければならない」ということはかなり知れ渡ったのだが、実際にはこの法律はほとんど機能していないようだ。
現外務大臣河野太郎氏は、かつて自身のブログでこの問題を取り上げた。
国籍法は、国籍に関するルールを決めているにもかかわらず、現実には正直者が馬鹿を見ることになっている。
自己の意思で外国籍を取得したら日本国籍は自動喪失するという規定も形骸化している。
きちんと法を運用するか、あるいは二重国籍を認めるように国籍法を改正するか、政治として結論を出す必要がある。
ごまめの歯ぎしり 「二人の日本人」 2008/10/8)

これに関連した国会答弁もあり、「法務省が2008年に行ったサンプル調査から割り出した推定では、22歳に達するまでに国籍選択をした人の割合は約1割。さらに、この期限までに国籍選択をしていないものに対して、法務大臣から催告が出された例は1件もない」そうだ。

この現状を鑑みても、「日本人」かどうか、なんてことを騒いでいることのほうがアホらしいというか、現代社会に合っていないといえるのだろう。

ちなみに、過去のノーベル賞受賞者のうち、南部陽一郎氏(2008年、物理学賞。アメリカ国籍)、中村修二氏(2014年、物理学賞。アメリカ国籍)、カズオ・イシグロ氏(2017年、文学賞。イギリス国籍)の3人は、日本の法律に従えば、外国籍を取得した時点で日本国籍は失っているはずだが、なぜか文科省は南部氏、中村氏は「日本人受賞者」として数に入れ、イシグロ氏は入れないという、これまた不可解なダブルスタンダードを使っている。
海外で活躍するためには、その国の国籍(市民権)を得られるのならそのほうが便利なので、合理的判断で海外国籍を取得する「日本人」は数多い。
2018年3月には、欧州在住の元日本国籍保持者らを含む「国籍法第11条改正を求める有志の会」が、国籍回復などを求める訴訟を東京地裁に起こした
今となっては、G8のなかで重国籍を認めていない先進国は日本だけであり、あのナショナリズムの権化のような韓国でさえ、2011年、限定的に重国籍を認める改正国籍法を公布したという。
韓国も日本同様、少子高齢化に悩む国の一つである。1997年からの10年間で韓国籍を離脱した人の数は17万人。韓国籍に帰化した人は5万人なので、差し引きで12万人が韓国外へ流出したという計算になる。さらに韓国国外で暮らす韓国系の人は700万人と言われており、この人たちを「よそ者」と排除するより積極的に呼び込んだほうが国家戦略的に有益だと判断したらしい。
国籍法について ほぼ毎日、やけっぱち君

大坂なおみをめぐる日米国籍争奪戦があった

なおみんはすでに「日本選手」としてテニスをプレーすることを選択し、そのように届け出ている。
しかし、その直前にはなおみんを自国選手にしたい日本とアメリカで「争奪戦」が展開されていたという。
日米両方の国籍を持つ世界127位の大坂なおみ(18)をめぐって、日米の争奪戦が勃発した。ツアーでは、日本選手として転戦。本人も日本代表を希望しているが、米国テニス協会(USTA)が今大会の活躍で強力なアプローチを仕掛けているという。
大坂なおみ日米争奪戦 両方の国籍、日本に秘策も 日刊スポーツ 2016/01/24)

↑これは2016年1月の記事。なおみんはすでに「日本人選手」として届け出を出して、ツアー転戦をしていたが、彼女の才能と将来性を見抜いた全米テニス協会が、今からでもアメリカ人選手として登録し直せないかと動いていたらしい。
古豪米国は世界女王のセリーナ、4大大会7度の優勝を誇るビーナスのウィリアムズ姉妹を除けば、スターが育っていない。USTAは、女子代表のフェルナンデス監督が大坂の父レオナルドさんに、すべての面倒を見ると約束したと伝えられる。
(同上の記事より)

しかし、日本側もバカではない。ちゃんと手を打っていた。
13年9月に有明で開かれた東レ・パンパシフィックで、予選に出場していた大坂に日本テニス協会(JTA)が手を差し伸べた。
今大会で大坂に同行する吉川真司代表コーチが「すごい才能」と報告。来日の度に、練習などの場を提供している。JTAの畔柳会長も「日本を代表する選手。全力でサポートする。彼女も日本を気に入っている」と説明。レオナルドさんも13年間、日本居住経験があり、無名の時から協力を惜しまなかったJTAに、恩義を感じている。
(同上の記事より)

吉川真司代表コーチがしっかり動いていなかったら、今頃なおみんはアメリカ選手としてプレイしていたかもしれない。
また、全米オープン優勝セレモニーでのアダムズ会長の失礼極まりない態度も、このときの恨み(全米テニス協会がなおみんにアプローチしたのに、なおみんが日本を選んだこと)があったのかもしれない、などと勘ぐってしまう。

ちなみに、今回なおみんの優勝で一躍脚光をあびたサーシャ・バジン(Aleksandar 'Sascha' Bajin)コーチはセルビア系ドイツ人だが、彼も現在はアメリカとドイツの二重国籍状態だと思われる。彼についてもいろいろ興味深いことがあるのだが、長くなったので、それは次回に譲ろう。

大坂なおみの快挙で改めて考えさせられたこと2018/09/12 11:11

ブーイングが起き、帽子で顔を隠す大坂とほくそ笑むアダムズ会長(白い服の女性)
テニスの全米オープン2018は、女子シングルスで大坂なおみ選手が「日本人初」のグランドスラム優勝という快挙を成し遂げ、世界中をわかせた。
まさかここまで強くなっていたとは! と驚かされると同時に、勝負以外のところで様々なことを考えさせられたので、雑感としていくつかまとめておきたい。

名前の付け方は難しいし、大事だね

優勝後の記者会見の中で、スペイン訛りの強い記者が大坂にこんな質問をした。
「あなたは大阪生まれで、姓がOsakaだけれど、なんかおかしくないですか? 父親はハイチ人*でしょう? 父親の姓を名乗るべきでは?」
 *実際にはハイチ出身のアメリカ人
これに対してなおみんは笑ってこう答えた。
「じゃあ、2014年から使い古しているジョークを言うわね。いいかしら。大阪で生まれた人はみんなOsakaっていう姓なのよ。いぇ~い!」
記者はビックリして「え? 本当に?」と応じたので、今度はジョークが通じなかったと知ったなおみんのほうがビックリして、
「ノ~~~~~! そんなわけないでしょ。母親の姓が大坂なのよ。母親の姓を名乗っているだけ」と真面目に答えなければならなくなった。
そのときの動画と記事は⇒こちら
大坂なおみといえば「日本に住んでいないし、日本語も話せない日本人選手」としてよく話題にされるが、名前にはカタカナが入っておらず、浪花のおばちゃんのような堂々とした名前だ。
逆に、陸上のサニブラウン・アブドル・ハキームは福岡県生まれで日本で育った*1ので日本語ネイティブだが、名前は全部カタカナ*2で日本の片鱗がまったくない。
*1その後、都内の城西大学附属城西中学校・高等学校に進学している
*2姓はサニブラウンで、アブドル・ハキームはガーナ人の祖父がつけた。アブドルは「司る人」、ハキームは「賢い」という意味だという

サニブラウンは英語がうまく喋れないまま渡米して、2017年9月からフロリダ大学に留学しているが、なおみんとサニーの名前と日常言語の逆転現象を考えるととても興味深い。

ちなみに、大坂なおみには「まり」という姉がいるが、まりもなおみも父親(レオナルド・フランソワ氏)がつけたという。先見の明があったというか、妻が強かったのか、これは大きなポイントだったと思う。

おじいちゃん登場

なおみんの母親・大坂環(たまき)さんは北海道根室出身で、環さんの父親・大坂鉄夫さんは現在根室漁協の組合長。鉄夫じいちゃんは4歳で渡米した娘一家との交流は普段あまりないようだが、なおみんがBNPパリバ・オープンの女子シングルスでツアー大会初優勝を果たした後、メディアの前で会見に応じた。
それまでは人前に出てこなかったのだが、出てきたのは「孫が可哀想になった」からだという。
大坂氏は、孫であるなおみ選手が大活躍している一方で、ネット上では「日本語が喋れない」「日本人選手には見えない」などのコメントが散見されることに「日本にルーツがあるということを知ってほしいという思いがあった」と語った。
大坂なおみの祖父が記者会見を開いた「憂慮すべき」理由 Asa-jo

今回、全米オープンの表彰式でなおみんが受けた理不尽な扱いの裏には、父方がハイチ、母方が日本であることに対しての差別意識が存在していたと思うが、日本でも同様の攻撃をする人たちが少なからずいたことも忘れてはいけないだろう。

ネット上でもテレビでも何度も登場したこの家族写真はとてもいい雰囲気だ。姉は誰かに似ているなあと思っていたが、福士加代子だと気づいた。父親はなんとなくベン・ジョンソンに似ている

全米オープンを制した後でも、日本のテレビ局はなおみんの言葉にカタカナのテロップ表示をつけるなどして、批判を受けている
今回の事件を批評する前に、まずは日本にいる我々の側にもこうした意識が隠れているのではないかと自戒しておきたい。

表彰式スピーチでの「I'm sorry」の意味は?


うちではWOWOWの生中継を録画しておき、数時間後にすべてを見たので、一体何が起きたのかは分かっている。
しかし、報道で切り取られた画面や寸評にしか接していない人も多いと思うので、簡単にことの流れをまとめておく。

  1. 第1セットを6-2という予想外の差で取られたセリーナがどんどん苛立っていく
  2. 第2セット序盤、セリーナのコーチが観客席でサインを送るような仕草をしていたのを主審が見て、セリーナ側に警告を出した(禁止されているコーチング違反)
  3. それに対してセリーナがぶち切れして、主審に食ってかかる
  4. その後もゲームを落として、ラケットをコートに叩きつけてぐにゃぐにゃに破壊
  5. それに対して主審が再び警告を出し、この時点で警告累積(2回目)でセリーナに1ポイントペナルティ。次の大坂のサービスゲームを15-0から始めさせる
  6. これに対してセリーナがさらにぶち切れて、主審に執拗に詰め寄る。会場からもブーイングの嵐。大坂のサービスゲームがなかなか始められない。
  7. その後もコートチェンジの際にセリーナは主審に抗議を続けて、「You are liar!」という叫び声が会場にまで聞こえる。
  8. 主審を侮辱する行為に対して、主審は1ゲームペナルティを与える。セリーナはさらにぶち切れで、試合を監督する主任レフェリーや運営責任者までコートに呼ばれる。その間、大坂はじっと待っている。
  9. 大坂のサービスゲーム1つがセリーナへのペナルティでやらずに勝ちとされ、スコアが5-3となる。次がセリーナのサービスゲームだったが、会場が異様な雰囲気に。大坂はこのゲームでの勝負を避けて、セリーナに40-0で勝たせる。
  10. その後の大坂のサービスゲームで勝って、6-4で第2セットも取り、優勝。
  11. セリーナは大坂をハグして勝利をたたえるも、主審とは握手を拒否し、まだ「私に謝れ」と言い放つ。
  12. 異様な雰囲気のまま始まった優勝セレモニーでは、司会者は顔をこわばらせたままで、ブーイングを収めようとしない。
  13. しかも、あろうことか、マイクの前に立った全米テニス協会(USTA)のカトリーナ・アダムズ会長*3は、「今回は私たちが期待していた終わり方ではありませんでしたね。でも、セリーナ、あなたはチャンピオンの中のチャンピオンです。母親となった彼女はすべての人びとから尊敬されるべき模範です」と、なおみんへの賛辞ではなく、セリーナへの賛辞でスピーチを始めた*4
  14. ブーイングが収まらない観客を前に、なおみんは「すみません。みんなが彼女(セリーナ)を応援していたのは分かっています。こんな終わり方でごめんなさい」*5と謝る羽目になった。
……本当に腹立たしいが、こういうことが現実に起きていたのだ。

*350歳、シカゴ出身。プロ選手時代の最高順位は67位。全米オープンでの最高成績は3回戦
*4“Perhaps it’s not the finish we were looking for today, but Serena, you are a champion of all champions. This mama is a role model and respected by all.”
*5“I’m sorry, I know that everyone was cheering for her and I’m sorry it had to end like this.”

このなおみんの「I'm sorry」の訳をめぐって、日本ではちょっとした論争が起きた。
試合後のインタビューでは涙ながらに「みんな彼女(ウィリアムズ)を応援していたのは知っていた。勝ってごめんなさい。セリーナとプレーするのが夢だった」と話した。ウィリアムズ選手は「なおみ、おめでとう」とたたえた。
「勝ってごめんなさい」大坂冷静さ貫く 悲願の全米初制覇  日本経済新聞 2018/09/09

これに対して、フリーアナウンサーの草野満代氏は、ラジオ番組の中で「勝ってごめんなさい、は日本メディアの誤訳だ」と指摘した。

他にも、英語に堪能な人たちから、このI'm sorry. は、「ごめんなさい」ではなく「残念です」「ガッカリです」と訳すべきだというコメントがネット上にはあふれた。
「残念です」であれば、謝罪ではなく、むしろこんなひどい試合にしてしまった人たちにがっかりさせられたという抗議のニュアンスが強まる。
普通に考えれば、この場面でのsorryは当然そうなるだろう。しかし、実際の場面を何度見ても、また、試合後のいくつかのインタビューでの受け答えを聞いても、なおみんのsorryには抗議のニュアンスは一切なく、むしろ「ごめんなさい」に近いsorryだったのだろうと判断できる。
なおみんは試合前から、優勝インタビューでのスピーチ草稿を用意していたという。もしかすると、セリーナファンが多いことが分かっている観客席に向けて、ジョークっぽく「みんなセリーナを応援していたんでしょ。知ってるよ。でも勝っちゃって、ごめんねごめんね~」と、U字工事のノリで言うつもりだったのかもしれない。まったく同じ言葉でも、まともな優勝セレモニーなら、笑顔でこの言葉を言えたはずだった。
セリーナがあんな風にみっともなく自滅(英語メディアは「メルトダウン」と表現していた)しなくても、あの試合内容だったら、間違いなくあのままなおみんの圧勝だっただろう。
その権利を奪ったセリーナ、アダムズ会長、観客らの罪はとてつもなく深い。

セリーナよりも罪が重いアダムズ全米テニス協会会長

セリーナの行動があまりにも子どもっぽくて礼儀知らずなのは当然だが、それ以上に許せないのはカトリーナ・アダムズ全米テニス協会会長の態度だ。
スピーチの冒頭が「Perhaps it’s not the finish we were looking for today.」なのだ。最初はセリーナの態度を諫めてこう言ったのかと思ったが、その後、セリーナを散々持ち上げたあげく、なおみんにはほんの数秒の「おめでとう」という言葉だけで優勝トロフィーを渡したひどい態度を見て驚いた。
これがテニス協会の会長? どうなっているんだ、と。
これについては、日本のメディアはほとんど触れていない。アメリカのメディアがしっかり非難していることが救いではある。
これほどまでにスポーツマンシップに反した事件があっただろうか。
(略)
全米テニス協会会長カトリーナ・アダムズは、表彰式を勝利者を軽んじ、ウィリアムズを持ち上げることで始めた。彼女のエゴイズムこそ厳しく糾弾されるべきなのに。
NEW YORK POST 2018/09/08 It's shameful what US Open did to Naomi Osaka, Maureen Callahan
It’s hard to recall a more unsportsmanlike event.

Here was a young girl who pulled off one of the greatest upsets ever, who fought for every point she earned, ashamed.

At the awards ceremony, Osaka covered her face with her black visor and cried. The crowd booed her. Katrina Adams, chairman and president of the USTA, opened the awards ceremony by denigrating the winner and lionizing Williams ── whose ego, if anything, needs piercing.

あろうことか、アダムズ会長はその後もUS Openの公式ツイッターアカウントで、セリーナが表彰式で観客に「ブーイングはもうやめよう」と呼びかけた行動を褒め称えるコメントを出している。
盗っ人猛々しいとはまさにこのことだ。
セリーナがこのときに発した言葉を一言一句たがわず書いておこう。
"I don’t want to be rude, but I don’t want to interrupt. I don’t want to do questions. I just want to tell you guys, she played well, this is her first Grand Slam.
I know you guys were here rooting and I was rooting too, but let’s make this the best moment we can and we’ll get through it. But let’s give everyone the credit where credit is due and let’s not boo anymore. We’re going to get through this and let’s be positive.
Congratulations Naomi. No more booing"

「野暮なことは言いたくないし、みなさんの気持ちに水を差すようなこともしたくない。物議を醸すこともしたくない。でも、みなさん、聞いて。彼女はよくやったわ。しかもこれは彼女にとって初めてのグランドスラム優勝なのよ。
みなさんが私の応援のためにここに来てくれたってことは分かってる、私もそのつもりだった。でも、この場をベストな瞬間にしましょうよ。収めて先に進みましょう。
誰に対しても、お手柄はお手柄として認めてあげましょう。
ブーイングはダメ。私たちはこれを乗り越えていける。前向きになりましょう。もうブーイングはなしよ」

なんという傲慢さ。
自分が頂点に立ち、賞賛されるのが当然だったけれど、そうならなかった。でも私たち(we)はこれを乗り越えて前に進みましょう、と言っているのだ。とてもスポーツの話とは思えない。
これをアダムズ会長は「すばらしい」と褒めあげているのだ。
表彰式が始まったときにブーイングが起こり、なおみんが泣きだしたとき、アダムズ会長は少し顔を背けてニヤッと笑っている。下の動画でも確認できる。

そして、全世界を驚かせたシーン……。
She turned to Williams. “I’m really grateful I was able to play with you,” Osaka said. “Thank you.” She bowed her head to Williams, and Williams just took it ─ no reciprocation, no emotion.

大坂はウィリアムズに向き直り言った。「あなたと試合ができて本当に感謝しています。ありがとうございます」
彼女はウィリアムズに向かってお辞儀をしたが、それに対してウィリアムズはなんの感情も反応も示さなかった。
It's shameful what US Open did to Naomi Osaka , Maureen Callahan

差別問題は日本でもアメリカでも悪化している?

今回の事件についてかなり分かりやすく紹介・解説しているブログがあった。
そこにこんな記述がある。
今回のセレモニーを見て、私の好きなアメリカはどこにいってしまったんだ!?と率直に悲しくなってしまったのです。

私が小学校から高校まで向こうで生活していた時は「有色人種や異国民に対する差別や区別の意識が完全になくなるまで、まだ何十年もかかるだろうけど、良い方向に来ている」と感じていました。毎年少しずつ改善していたからです。
特に努力を重ねて成功を収めた者には惜しみない賞賛の拍手を送るのがアメリカ人の素晴らしいところでした。
それは一体どこにいってしまったのでしょう。
まるで時代が後退しているかのようです。

最近、米国に住む2世、3世の友人からも「差別的な問題が増えた。子どもが酷いことを言われた」と聞くことが多くなってきました。その肌感を証明するかのような出来事が今回のトロフィーセレモニーだったのではないかと危惧しています。

全て政治につなげる訳ではありませんが、やはり世の中の風潮というのは政治やリーダーの考え方に染まっていくのかと憂いを抱いてしまうのです。
松田公太 to the next satage 「大坂なおみ 全米オープン 優勝!日本選手初の偉業!」 2018/09/10)

そう。まさにそれ。いちばん気になったのは「それ」なのだ。
今回のことも、もしセリーナの相手がハレプ(ルーマニア、白人)、ウォズニアツキ(デンマーク、白人)、ケルバー(ドイツ、白人)らであったら、ここまでひどい表彰式にはならなかったのではないだろうか。
ビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹にしても、テニス界で強くなっていくまでにどれだけの差別を受けたか分からない。アダムズ会長も黒人の血が入っており、ウィリアムズ姉妹よりずっと前の時代にプロテニス選手としてやっていた。成績もパッとしていないし、そんな黒人女性が全米テニス協会の会長(女子だけではなく、男女合わせての協会)に成り上がるまでの苦労は大変なものだっただろう。
子供のときにDVを受けた人が大人になって同じようにDVを行う親になりやすいという説はよく聞くが、差別を受けて苦労した人が大人になって成功し、権力や名声を得たときに、自分よりもっと弱い立場の人間を差別する人間になっているというのでは悲しすぎる。

性差別? それを主張したいなら別の場でやれ

一部では、セリーナがあれだけ切れたのは、最初のコーチング警告について、男子プレーヤーなら咎められないのに、女子プレーヤーだから警告を受けた。性差別だという主張をしたのだ、と擁護している。
往年の名選手ビリー・ジーン・キングまでもが、
When a woman is emotional, she’s “hysterical” and she’s penalized for it. When a man does the same, he’s “outspoken” & and there are no repercussions. Thank you, @serenawilliams, for calling out this double standard. More voices are needed to do the same.

女性が感情的になると「ヒステリック」だといわれ、罰を受ける。男性が同じことをすると「ずけずけものを言う」と評され、問題にされない。このダブルスタンダードに声を上げてくれてありがとう、セリーナ・ウィリアムズ。彼女に続くことが必要よ。

ツイッターに書き込みワシントンポスト紙に寄稿までしている。
I understand what motivated Williams to do what she did. And I hope every single girl and woman watching yesterday’s match realizes they should always stand up for themselves and for what they believe is right. Nothing will ever change if they don’t.

私はウィリアムズがなぜああいう行動を取ったか理解できる。そして、昨日の試合を観ていたすべての女性たちに、自分が正しいと信じるもののために立ちあがるべきだと分かってほしい。そうしなければ何も変わらないのだから。
Billie Jean King: Serena is still treated differently than male athletes Washington Post 2018/09/09

何を言っているんだと思う。
それをやるなら試合の外でやりなさい。
昨日のセリーナの行動はそういう問題以前のことであり、こんな低次元の主張を繰り返していたら、本当に性差別と戦っている人たちにとってもマイナスにしかならない。
傲慢になって正しいことが見えなくなる人間は、人種や性に関係なく存在しているということを思い知らされる。

同じ女子テニス界のレジェンドでも、マーガレット・コートはこう言っている。
"It's sad for the sport when a player tries to become bigger than the rules.

選手がルールより偉くなろうとすることほど、スポーツにとって悲しいことはない
Serena Williams tried to become bigger than the rules - Margaret Court Sporting News 2018/09/09

少し補うなら、セリーナやアダムズ会長のひどい傲慢さに比べ、なおみんの言動は本当に素晴らしかったが、それを「日本人らしさ」だとことさら持ち上げるのも危険なことだ。魅力的な性格の人間は、人種に関係なく存在する。
「なおみは素晴らしい」だけでいいのだ。

口直しにこんなのを

ここで終わるとほんとに残念すぎるので、最後、口直しにこんな動画も貼り付けておこう。
今年5月に公開された日清のCM。これには元ネタがある。↓これ


上の動画は現在再生120万回超え。下の動画は661万回超え。
日清が「おおさか」と「おおさこ」をかけてパロディ動画のCMを作ったときは、「大迫」のほうが圧倒的に知れ渡っていたわけだが、これからは逆転するだろう。
それにしても、この高校サッカーチームの監督やなおみんのコーチ陣はいいよなあ。昨今、日本スポーツ界の話題といえばパワハラ問題ばかりだったから、この動画を見てホッとしましょうか。

「そんなコト考えたことなかったクイズ」のダメなトコ2018/09/01 12:14

番組放送画面より
「平成生まれ3000万人!そんなコト考えた事なかったクイズ」(朝日放送)というのが8月28日のゴールデンタイムに3時間枠を使って放送され、物議を醸した。
ネットでさんざん取り上げられているので、今さら書くのもアホらしいと思いつつ、「いや、突っ込むのはそこじゃない」というところばかりが批判されている気がするので、モヤモヤを吐き出してみる。

結論を先に言えば、この番組がひどいものになった原因は、
  • 「そんなコト考えたことなかった」という着眼点はいいのに、無理矢理「平成生まれは~」ともっていった制作姿勢がダメだった
  • 制作側にも「そんなこと考えたことないし、考えてもしょうがない。私は言われた仕事をこなすだけ」というスタッフが多かった
  • 企画した上のほう(昭和生まれのPやD)が「それは視聴者には難しすぎるからカット」を連発したので、問題の練り込みは雑に、解説部分は間違いだらけでグダグダになった
……ということだと推察する。
言い換えれば、無気力・無教養・傲慢の合わせ技だ。
以下、具体的に見ていきたい。

この番組の意図と見どころについて、番組紹介サイトにはこう書かれている。
昭和生まれにとっての当たり前は平成生まれに通用するのか?
それを検証するため、昭和生まれの芸能人たちが「平成生まれでもさすがに知っているだろう」ということをクイズで出題していくバラエティ!

で、どんなクイズ(質問)が出されたかというと、
  • (1)牛肉は牛の肉。豚肉は豚の肉。ではトリ肉は何の肉?
  • (2)ご飯に梅干しが乗った弁当を一般的に何と呼ぶ?
  • (3)車はガソリンで動いているが、電車は何で動いている?
  • (4)家庭で使うガスは元々地球上のどこにあるもの?
  • (5)トイレのウンチはどこを通り、どこへたどり着く?
  • (6)雲から降る雨は、そもそもどこの水?
  • (7)夜に輝く月。どうして光ってる?
  • (8)1年に366日ある年を何という?

……というもの。

で、ネットで叩いていた人たちの代表的ないい分をまとめると、
  1. 常識のない人は年齢に関係なくいる。「平成生まれは常識がない」という括りが先にある番組制作意図が許せない
  2. 鶏肉と漢字で書けばいいものをわざと「トリ肉」と表記して「鳥の肉」という答えを誤答だとするのはおかしい
  3. あんな常識問題を間違えるはずがない。台本があるヤラセだ

というのが代表的だった。
1 は至極ごもっとも。「こういう子どもに育てた昭和世代の親こそ恥ずかしい」という声もあった。それもごもっとも。
2 は……どうでもいい。この問題を見たら普通、出題者の意図が分からないはずはないし、「鳥」と答えている子はムキになって「スズメとかニワトリとかツバメとかいっぱいいて、その全般みたいな……」と答えていた。別の子は「焼き鳥屋さんとか行ったらスズメとか出てくるじゃないですか」と言っていた。さらに別の子は「一種類なんですか?」とムキになって反論していた。
ネットにいっぱい出てくる「問題が悪い」の声は、まさにこの子と同じで、ニワトリと答えさせたいならちゃんと「鶏肉」と書くなり、「スーパーやコンビニで売っている唐揚げに使われている肉は」と、限定した問いかたにしない番組制作者のほうがバカだ、というもの。それも分かるけれど、まあ、大した問題じゃない。問題の作り方が雑だな~、で終わり。
多分、この人は番組制作側の思惑通りの答えを出したのだと思う
3 については微妙なところ。見直してみても、台本があって、わざとウケ狙いの答えを書かせていたと思えるシーンは少なかった。反論していた子たちの表情や声のトーンで分かる。

番組制作側のスタッフに教養がない

僕がこの番組を見ていて心底ガックリきたのは、解答席に座っていた若い世代(現役大学生や大学合格歴のある人たち)の解答内容がひどかったことよりも、番組を制作している側の教養のなさと、仕事の雑さだ。

ここで改めて、各問題と番組内で「正しいとされた答え」を見てみる。
  • (1)牛肉は牛の肉。豚肉は豚の肉。ではトリ肉は何の肉? ──A:ニワトリ
  • (2)ご飯に梅干しが乗った弁当を一般的に何と呼ぶ? ──A:日の丸弁当
  • (3)車はガソリンで動いているが、電車は何で動いている? ──A:電気
  • (4)家庭で使う都市ガスは元々地球上のどこにあるもの? ──A:地中
  • (5)トイレのウンチはどこを通り、どこへたどり着く? ──A:下水道を通り下水処理場へ
  • (6)雲から降る雨は、そもそもどこの水? ──A:海
  • (7)夜に輝く月。どうして光ってる? ──A:太陽の光を反射している
  • (8)1年に366日ある年を何という? ──A:閏(うるう)年

これを見て、明らかにおかしいのは「雲から降る雨は、そもそもどこの水?」という問題。「どこの水」という問いかたがおかしいし、答えが「海」なのもおかしい。


言うまでもなく、上空に上がっていく水蒸気の元は海の水だけではない。海は広大だから、その割合は大きいとしても、陸から立ち上るものもある。
そもそもこの問題は「水循環」「物質分解」という、地上のあらゆる生命活動を支えているシステムを理解するために重要な問題であり、「雨は海の水が蒸発してまた戻ってくる」と単純に思い込まれたら困る。
地上で行われる生命活動、生産活動、自然現象などで増えたエントロピーが、生態系や大気の循環、水循環によって最終的には熱に変わり、その熱が水蒸気にのって上空に運ばれ、冷やされて水蒸気(水)だけが雨や雪になって戻ってくる際に、エントロピーが熱として宇宙に捨てられている、という仕組みを理解できていないから、間違ったエコロジー信仰、自然エネルギー信仰、リサイクル神話が生まれる。
世代に関係なく、現代人が最も知らなければならない「雨が降る」仕組みこそが「地球で生きていくことを可能にしているシステム」なのだということをないがしろにして、単純に「雨の元は海の水」などという解説にしてもらっては困る。

↑これは正しい

5の「ウンチの行方」にしても、下水道がなかった時代のトイレはどうだったのか、下水道がない地域で水洗トイレを実現するにはどうすればいいのか、下水処理場で使われるエネルギーはどこから得ているのか、といった重要な話が全然出てこない。
トイレのウンチはみんな下水道に流れていく、その後は処理場でうまく処理してくれているはず……という思考こそが、「そもそもの原理、仕組み、道筋を知ろうとしないダメ頭」ではないのか。

せっかくの派生問題解説の内容がひどかった

3時間枠の番組で「クイズ」の問題数が8つだけだったのは、そこから派生する様々な問題、疑問を解説するコーナーに時間を取っていたからだ。
それ自体はいいのだが、内容がひどかった。
例えば、
「車はガソリンで動いているが、電車は何で動いている?」という問題の答えは「電気」でまあいいだろう。「石炭」と答えた人が多数いたが、これなどは確かにヤラセくさかった。だから、問題によってはヤラセがあったのでは? わざと間違えてウケを狙うタレントがいたのでは? という疑惑は残る。
でも、電気の解説のところで、直流・交流という言葉を敢えて避けていたり、日本の東と西で周波数が違うとか、そういう身近なことは説明しようとしていなかった。「電気はプラスからマイナスに流れます」だけでは、かえって理解が難しい。
また、電車は電気で動くが、その電気はどうやって得られるのかというエネルギー政策の話こそ、現代人が今いちばん知らなければいけないことだが、そういうことはまったく触れない。石炭を燃やす火力発電で得られている電気であれば、「電車は石炭で動く」ともいえるのだから。
なんのために「追加解説」の時間を取っているのか。

「夜に輝く月。どうして光ってる?」という問題では、月が自分で光っているという答えを期待しての出題だということはすぐに分かる。実際、そう答えた子が何人かいた。

ああ、我が母校……

しかし、「あたたかいから」「家の光が集まって光ってる」「白いから」といったすごい答えは、番組制作サイドも想定外の「収穫」だったのではないか。
これにも「構成作家がウケけそうな答えを考えて渡してる」「『恒星』って漢字をちゃんと書ける子が、月を恒星だと思っているわけがない」といったヤラセ説をたくさん見た。
そうだろうか? 「家の光が集まって光ってる」は「地球上の照明が月に反射して光っている」といいたいらしいのだが、文になっていないくらいひどい答えで、構成作家が考えた答えとは思えない。「白いから」「あたたかいから」も、発想の次元が違うというか、いわゆる「ウケ狙い」の答えとは違う種類(想定外のトンデモ)のものだと感じる。
ただし、國學院大學の男性タレント(らしい)の「月にいる微生物が光っている」はウケ狙いだろう。さすがに見抜かれたのか、しっかりスルーされていた。収録時にはいじってみたものの、受け答えや演技が下手すぎて白けたから編集でカットされたのかもしれない。
で、それはそうとして、説明で「月は1か月に1度地球の周りを回る」はいくらなんでも雑すぎる。

いくらなんでもこれはまずいでしょ

ここでも太陽暦と太陰暦の話は出てこなかったし、月の自転周期が約27.3日といった解説はしない。それだと視聴者には難しすぎると思っているのか。

このあまりにも雑すぎる番組構成にこそ、いちばんガックリさせられた。
おそらく……、
  1. 今の若い世代は常識がない、と、昭和世代のプロデューサーあたりが考えてこの番組を企画した。平成も終わってしまうことだし、こんなのはどうだ、というノリで思いついたのかもしれない。かつての「クイズ!年の差なんて」(フジテレビで1988年~1994年に放送)のアイデア元である「おっちゃんVSギャル」(朝日放送で1986年~2000年まで放送)あたりの焼き直し企画として浮上したのだろう
  2. 制作にあたっては、「平成」=常識がない 「昭和」=理屈っぽい といったパターンに組み込める絵作りをすればいいくらいに考えていたが……
  3. それだけだと一方的だから、保険として「昭和世代でも考えたことがなかったそこから先の……」的な部分を付け加えておこうか、と編成会議で決まる
  4. しかし、ごくあたりまえの解説でさえ、上のほうから「それは視聴者には難しすぎるから」とストップがかかり、解説部分はポイントがぼけてしまい、かえって分かりづらくなる
  5. そもそも番組を作ったのは外注の制作会社で、スタッフはむしろ平成生まれの若い世代が多かった
  6. 若いスタッフは、エキストラの仕出しやモデル事務所、タレント養成所などに声を掛けて大学生、大学卒の平成生まれをかき集めるといった「作業」や「手配」はできるが、番組の内容については上から与えられた仕事をこなすだけで、自分の頭で裏どりとか、校閲ができない。そこまでやってはいけないとさえ思っている
  7. かき集められた解答者の中には、ただ目立ちたいだけでわざとボケ解答を書くようなタレント志望のお調子者もいた
  8. 番組を企画した昭和世代のテレビ局正社員は無責任で、きちんと最後まで番組の出来を見ていない
……というようなことではないのかな。
結果、テレビ番組を作る現場の無知・無責任・傲慢の三重構造を見せつけられ、今の日本の劣化を証明したような怖ろしい番組になっていた。
繰り返すが、「そんなこと考えたことない」という視点はよかったのだ。ちゃんと考えるくせをつけようよ、と促す番組になっていれば、評価はガラリと変わっただろう。でも、「そんなこと考えたことない」人は世代に関係なくいる。制作スタッフにも結構いた。
ネットでは「平成生まれをひとくくりにして馬鹿にしたいトリ頭の昭和世代こそ、時代に合わせられない可哀想なやつら」みたいな炎上の仕方だったが、世代の断絶感を無用に煽るだけ、あるいは、昭和世代が築いた不正義・不条理の社会に生きていかなければならないストレスを抱えている若い世代の神経を逆なでしただけの結果になっていてやりきれない。

2000年の上智大学でのテスト


ここまで書いて、昔作った「現代の常識チェックテスト」というのを思い出した。
最初は百合丘時代、近所の母親たちに依頼されて、小学校でエコロジー教室的な講演をしたときに用意したものだが、同じものを、数年後、上智大学(外国語学部英語学科)の非常勤講師を引き受けたとき、最初の授業で教室の学生たちに配ってやらせた。
こんな内容だった。

■現代の「常識」チェックテスト


※まず、現時点での自分の知識、感覚だけで答え、( )に書き込みなさい。次に、少しでも自信がなかった項目については、インターネットや本などの資料で調べ、その結果分かった答えをその右に別の色で書き込みなさい。


 ◆次の命題に、「その通り=○」「それは違う=×」「分からない=△」で答えなさい。

1)洗剤は植物性原料のものが安心である。(  )
2)原子力発電は蒸気でタービンを回し発電する。(  )
3)紙おむつは高級パルプでできている。(  )
4)牛乳パックは再生紙原料としては不向きである。(  )
5)石油はやがて枯渇するから、その前に太陽光発電や風力発電など、非化石燃料で得た電気エネルギーを使う文明に切り替える必要がある。(  )
6)地球が温暖化すると南極の氷が増える。(  )
7)豆腐に「消泡剤」を入れると長持ちする(  )
8)「洗濯用」石鹸と「洗顔用」石鹸では製造方法が違う。(  )
9)味噌汁1杯を台所の流しに捨てると風呂桶7杯分の水で薄めなければ海が汚れる。(  )
10)一般に、合成洗剤を使っている家の生活排水と石鹸を使っている家の生活排水では、合成洗剤を使っている家の生活排水のほうがBOD値は低い。(  )


 ◆次のものを知っていますか? 「ある程度説明できる=○」「単語として見たこと(聞いたこと)がある=△」「今初めて目にする=×」

1)グリセリン脂肪酸エステル (  )
2)ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸塩 (  )
3)ソルビトール(ソルビット)(  )
4)亜硫酸塩 (  )
5)亜硝酸塩 (  )
6)脂肪酸カリウム (  )
7)エデト酸塩(  )
8)MOX燃料 (  )
9)モンサント(  )
10)エントロピー (  )


これは2000年よりも前、つまり「前世紀」に作った問題だ。当時は、こういうテーマに興味を持つ主婦層もいたのだが、今はどうだろう。
まあ、こういう内容だと、地上波テレビでは使えないってことは分かる。……いろんな意味でね。
電力会社やケミカル会社はテレビにとって安定したスポンサーだし、「専門的すぎて一般視聴者には分からない」とはねつけられるからね。

「ボラG」尾畠春夫さんフィーバー雑感2018/08/19 10:48

トンボにも祝福されるボラG (テレビの画面より)
スーパーボランティア爺さん、略して「ボラG」──尾畠春夫さんの登場で、テレビ局スタッフが色めき立つ、の図。
昨日(15日)、起きて階下に降りていくと、妻がいきなりこう言った。
「あの子、見つかったのよ」
「え? 見つかったって、無事だったの?」
「そうなの。で、見つけたのがなんかすごいキャラの人で、しばらくテレビは大変よ」

そのときは当然、状況を呑み込めなかったが、午後、テレビに登場したど派手な格好の爺さんを見て納得。なるほど、これはしばらくはテレビが追いかけ回すことになるな、と。

発見までの経緯を簡単にまとめると、
  • 12日 10.30amくらい:藤本理稀くん(1歳)が、滞在中の曽祖父宅から祖父(66歳)と兄(3歳)で出発したが、途中でぐずったため、祖父は一人で戻らせた。その後、後発の母親たちとすれ違わなかったということで行方不明になったことが判明。
  • 12日 11.30:山口県警柳井署が山口県周防大島町役場を通じて行方不明の通報を受ける。ただちに90人態勢で捜索開始するが見つからず。
  • 13日 140人態勢に増やして朝から捜索。溜池、側溝、古井戸、空き家などに重点を置く。ヘリコプターや、体温を感知するセンサーが付いたドローンを使って上空からも捜索。ちなみにこの日が失踪児の2歳の誕生日。以後、マスコミでは「2歳児」と報じられる。
  • 14日 周囲のすべての山にまで捜索範囲を広げ、数十人ずつの捜索班で捜索。しかし手がかりさえも得られず。
  • 14日 9.30am頃、ボラGが大分県日出(ひじ)町の自宅を軽バンで出発。夜遅く、現地入り。すぐに失踪児の母親などに状況を訊く。その際、「私が見つけた場合は必ずしっかり抱きしめて、この手でご家族に手渡しします」と約束。母親らから聞いた話も入れて、翌朝からの捜索ルートを策定。車中泊。
  • 15日 6.30am頃、ボラG、車中泊した愛車軽バンを出発。すぐに失踪児の祖父に会ったので「私が見つけた場合は必ずしっかり抱きしめて、この手でご家族に手渡しします」と昨夜、母親にしたのと同じ約束をし、山へ向かう。そのおよそ20分後、700mほど離れた山中で失踪児を発見する。

……と、こういう経過だった。
その後は、
  • 15日 失踪児を抱きかかえて下山する途中で警察の捜索隊と行き会う。驚いた警官が引き渡しを求めるも「嫌です。私が直接手渡しすると約束した。口約束も契約だ。罪に問われようが、なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」と拒否。その後、ど派手な服装の爺さんが警察の捜索隊を引き連れたまま毛布にくるまれた子どもを抱いて下山した姿を見たマスコミが大騒ぎ。
  • 失踪児を母親の手に引き渡した後は、ずっとマスコミの取材攻勢に答える。
  • 「家に入って、風呂に入って食事をしてください」という家族の申し出を断る。
  • 15.59頃 地元柳井警察署長から感謝状を手渡される。その後、愛車に乗って一般道を運転し、大分の自宅へ。16日未明に到着。
  • 16日 朝からテレビの生中継ハシゴに応える。息つく暇もなく、午前と午後のほぼすべてのワイドショーに登場。

発見した15日午後1時過ぎからインタビューが始まるが、名前と生年月日を書いた紙を横に掲げて映すなど、ほとんど容疑者のような失礼な扱い



15日、ボラGが現地を出ると、各局テレビクルーがボラGの自宅に先回りして留守宅を映し出すという異常さ



朝から各局のワイドショーにずっと出ずっぱりのボラG。それなのに「グッディ」(フジ)は、昨日から続いている同じ質問を繰り返す。ボラG、連日ほとんど寝ておらず、自らの運転での長距離移動の後なのに、文句も言わずに同じ質問に答え続ける。それでも合間にちょっとずつ違うジョークを入れるサービス精神も



その他、概要はほぼ語り尽くされているので、あとは雑感を箇条書きしておく。こんな事件だった、メディアはこうだったということを後になって思い出すための備忘録として。

  • 13日の140人態勢に増員しての捜索。制服を着た捜索隊は、5人も6人も固まって藪を棒でつついたりしている。側溝や海を捜索というのは「遺体発見」前提のやり方でしょ。なぜ先に山へ入らない?
  • 14日の捜索で、ようやく山に入ったらしいが、ますます「遺体発見」を想定しているように思える。ボラGのように呼びかけながら捜索したのか?
  • で、テレビメディアは母親が拡声器で呼びかけるシーンに群がり、最重視で流す。
  • 15日、3日目となり、生きて見つかるとは思っていなかったのだろう、各局ワイドショーも別のネタを用意してた。発見されたとしても遺体発見なら番組の中では引っ張れないからと、気を抜いて構えていたに違いない。
  • そこにまさかの発見の報。慌てて「成人男性と一緒にいるところを発見」などと誤報を打つ記者もいたらしい。
  • ボラGが警察官らを引き連れて下山したときの映像は、テレビクルーや記者たちがあまりに失礼だったので、一瞬しか流れなかった。
  • 15日、午後いちばんで始まったボラGへのインタビュー。ボラGは最初のほうで何度も「マサく~ん、マサく~んと呼びながら」など、名前を間違えていた。そのとき、振り回していた右手の先にトンボがしばらくとまるという奇跡のシーンがあったが、せっかくのこのシーンを「マサく~ん」をカットしたいために切ってしまった局があった。くだらん忖度だ。
  • 15日、始まったインタビューを生中継できたワイドショー番組はテレ朝だけだったのに、せっかくの独占生映像チャンスを、中途半端にぶつ切りにして、スタジオで用意していた「煽り運転への対処」などというネタを続けた。ディレクターはセンスがないな。
  • 「警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」の名言を、わざわざカットして編集していたワイドショーが多かったが、Abema TVだけがそれをトップタイトルにした。同じテレ朝系でも、こっちはセンスあるなあ。
  • あれだけしつこい取材攻勢に嫌な顔をせずに答え続けたボラG。その姿に「あれは非難の嵐に晒されるであろう失踪児の祖父や、父親が出てこない複雑な事情を抱えているらしい家族への配慮だ。自分がマスコミの取材を一手に受けることで、失踪児の家族の負担を激減させた。アフターケアまで万全で、まさにスーパーボランティア」という賞賛の声が上がっていた。本当にそこまで計算していたのかもしれない。すごい人だ。
  • 1歳児の手を放しただけでなく、来た道を通り過ぎているのを見ているのに、その先を左に曲がって家に戻るだろうと思って見届けなかった祖父は、やはり軽度認知症か一種の発達障害なのだろう。しかし、普段は人畜無害の人。それを全部見抜いて、ボラGは家族のことまで「あの子はいい家庭に育っていると感じた」などと言って予防線を張っていた。
  • 失態の警察にも「みんな清い人たちばかりだった」とフォロー。とことんアフターサービスが完璧。
  • 失踪児の祖父(ちょっと顔が宋猛に似ている)は66歳。78歳(10月には79歳)のボラGより一回りも年下なのだなあ。
  • ボラGの78歳は、あの「山根明は歴史の男です」「世界でカリスマ山根と呼ばれている」と自画自賛したあの人と同い年なんだなあ。
ネット上の呟きで印象に残ったものもいくつか拾ってみた。
マザー・テレサも星野仙一も天に召されて 尊敬する人がいなくなってたけど
出てきた
(ぬん)

神隠しみたいだねって話したら母が
「居らんくなったのが12日で見つかったのが15日でしょ? 盆さんで還ってきたひとたちと遊んで盆が終わるけんお前は帰れって帰して貰ったじゃないだあか」 って言ったのすごい納得した。
(詞葉)

インタビュー中、手にトンボがとまってるのを見て、今まで良い行いをされてるから自然界のいろんな神様がこの人を導いたんかな?って思った。
(ぽん)

尾畠さんがインタビューを受け始めた時、尾畠さんの手にトンボがとまりました。きっとご先祖様がありがとうと来られたのですね。
(Mahalo)

「周防の国で、神隠しにあい3日間行方がわからなくなった童を、噂を聞きつけ海を越えてやってきた翁が、わずか半刻で見つけた」と書くと、まるで昔話のようだ。
(村上賢司)

人のために何かしたいな?って思いはあるけど。
自己満足の域を超えてなかったなぁって気づかされる。
人のためにが駄目なんだな。
自分のためにやっていると言う精神
(らぴたん@お気楽主婦)

ボラG、警察に引き渡さなかった本当の理由を、ミヤネヤではチラッと吐露したらしい。かつて、同じように失踪した子が発見されたとき、母親が追いかけるのを振り返りもせず、警察がさっさと連れ去ったのを見ていたようなことを。なるほどなあ。
納得。
ブルーシートで隠す、感謝状の用意とかはものすごく早いんだよね。警察は。そういう風にマニュアル化されてしまっているんだろう。
そのくせ、大声で呼びながら探すとかはしないで、何人も固まって黙々と藪を棒で突っついたりしている。
でも、ボラGは警察を非難しない。むしろ、警察はだらしないですねと言いたげなマスコミに対して「現場にいた人たちはみんな清い心の人たち」だったとフォローする。
あらゆる点で、自分ではなく他人が幸せになるために、という行動原理で動いている。知れば知るほど、ほんとにすごい。

今何がいちばん大切なのか。自分の頭で考え、合理的に判断し、自分の責任で行動する。そして無私の精神。あらゆる現場で忘れられていることを、ボラGは1人で強烈に見せてくれた。
日大アメフト部事件のMくん単独記者会見の姿と並んで、今年テレビを通じて日本中の人に感動を与えた、数少ないすばらしいシーンだった。

日大アメフト部事件が教える「破滅寸前の日本」2018/05/31 22:44

Googleで「日大理事長」を検索しようとすると……

日大アメフト部事件は、「監督がひどい」という問題にとどまらず、日本大学という「企業」が抱える驚くべき構造欠陥を浮き彫りにさせた。
テレビや新聞を見ているだけでは分からなかったことが、ネットでは次々に出てきている。
例えば、Googleの検索ボックスに「日大理事長」と入れただけで、たちまちこんな予測検索が出てくる。
パチンコ、ヤクザ、裏社会……。何も入力する前からこう出るのだ。

内田正人氏は、日大アメフト部監督というよりは、日本大学グループという企業体の経営陣ナンバー2だという。
ではナンバー1は誰かというと、理事長の田中英寿氏。
この理事長、相当なギャンブル依存症らしい。あろうことか内田監督、井上コーチのトンデモ会見があった翌日にもパチンコに興じていたという。
パチンコを終えて出てきた理事長に直撃取材を試みた記者に対して「俺知らないもん、全然。フットボールなんてルールも知らないし。それでも何か?」と答える映像には、見た誰もが驚愕した。
テレビのワイドショー「グッディ」に出ていた土田晃之は、「これ、日大の理事長だって知らされた上で見ていなければ、ナニリョク団のかた? って思いますけどね」と漏らしていたが、それこそ「普通の人」の感覚だろう。
間違いではない。この人物が日本一のマンモス大学のトップなのだ。

しかし「日大理事長ヤクザ」の検索予測ワードの意味は、「ヤクザっぽい風貌」「ヤクザのような言動」ということではなく、実際にヤクザとの深い関係を示すものだった。
2014年秋、田中理事長と山口組6代目組長がどこかの倶楽部で並んで一緒に笑っている写真が流出した。この写真は今ではネット上に数多く露出しているので、誰でも簡単に見ることができる。
2014年10月10日の「東京アウトローズWEB速報版」では、こう報じている。
司忍6代目山口組組長と田中英寿・日大理事長の2人を撮った写真が、複数の出版社に郵送されているのはほぼ間違いないことが本誌取材で分かった。しかし、ある週刊誌に送られてきた写真は何故か背景が黒く塗りつぶされており、日時・場所などの特定が難しく掲載は見合わされたという。この他、写真週刊誌にも郵送されており、実際に取材に動いたようだが、今のところ掲載されるかは不明だ。


実際にはほとんどのメディアは沈黙した。
2014年11月、米国VICE誌のWEB版が、Jake Adelstein記者名で「This May Be the Most Dangerous ? and Most Costly ? Photo in Japan(これは日本で最もヤバくて高くつく写真かもしれない)」というおどろおどろしいタイトルでトップ記事を発表(2015年1月に更新?)した。
この記事の内容はほぼ⇒このサイトにまとめられている
要点だけ抜き出すと、
  • この写真(山口組組長と日大田中理事長との2ショット)は、警察によれば2005年に撮られているが、匿名で各メディアに送られてきた
  • 一部には「私は日大職員だが、田中理事長は反田中派の職員を威圧するためにこの写真を利用してきた」という内容のメモも添えられていた
  • 写真を送りつけられたメディアの1つである右翼系の「敬天新聞」記者が、日本大学と田中氏に真相を確かめようとしたところ、同記者は正体不明の2人組に金属バットで襲撃され、その翌日には各メディアに、写真を公表すれば同じ目に合うぞという脅しの電話がかかってきた

……というもの。
さらに興味深かったのは、
同誌によれば、日本の警察当局の考えでは、山口組と敵対する住吉会がこの写真を流出させ、襲撃事件をセットアップすることで、これを山口組の仕業であると当局に思わせ、(少なくとも5千億円にのぼると言われる)2020年東京オリンピックに関連する建設ビジネスから山口組勢力下にある建設業者を追い出すことが目的だとしているという。(ロサンゼルス発 ジャパラマガジン)

という部分だ。
本当にそんなことが書かれていたのかとVICEの当該記事を確認してみたが、その通りのことが書いてあった。
Questions remain about who exactly attacked the journalists and threatened harm to other magazines if the pictures were published. The police are currently operating on the theory that the Sumiyoshi-kai may have released the photos and staged the attacks to make people believe the Yamaguchi-gumi was responsible. This could initiate a crackdown on all Yamaguchi-gumi front companies in the construction industry, forcing them out of the lucrative Olympic racket. The remaining pie could then be divided among other yakuza.
This May Be the Most Dangerous ? and Most Costly ? Photo in Japan VICE NEWS


このことを日本では、日刊ゲンダイなど一部のメディアが、海外で2020東京五輪が「ヤクザオリンピック」になるのではないかと危惧しているといった内容を報じたりはしていたが、メジャーメディアは黙殺した。
(海外メディアの記事は)JOC副会長の田中英寿氏(日大理事長)と指定暴力団住吉会の福田晴瞭会長の関係。〈田中英寿氏は福田会長と過去においてよい友人であった。また彼が山口組のボスの少なくとも1人、さらにはほかの暴力団の構成員とも友人関係を維持していることを示す書類もあった〉と紹介している。
また、組織委員会会長に就任した森喜朗元首相についても、〈以前にヤクザとつながりがあったと日本の報道機関(毎日新聞、週刊文春など)が報じている〉〈森氏は犯罪組織のボスの息子の結婚式に出席したし、ヤクザが支援する右翼団体のリーダーと親しかった〉と指摘。〈警察筋によると、この両名が過去にどの程度ヤクザと関わりを持っていたか、そして犯罪組織と現在つながりがあるかについて、調査中であるとのことだ〉と書いた。
さらに、2020年のオリンピックの建設費用が38億ドルと推定されているとした上で、〈田中氏、あるいは森氏さえもが犯罪組織を五輪へつなげる口利きの役割を果たしているかも知れない、と警察は心配している〉と続けている~。
米メディアが衝撃報道 「東京五輪はヤクザ・オリンピック」 日刊ゲンダイDIGITAL 2014年2月14日)

この報道の影響か、田中氏はその後JOC副会長職をひっそり辞任している。
2015年末にはトヨタ自動車社長・豊田章男氏がJOC組織委副会長を突然辞任しているが、これも、JOCの裏側を知って嫌気がさしたのだろうかと勘ぐってしまう。

国全体を支配する「いじめ体質」


内田前監督が問題の試合後、記者たちの囲み取材に答えている録音でいちばん印象に残っているのは、
「宮川はよくやったと思いますよ。もっといじめますけどね」
という部分だ。
宮川選手は、自らの謝罪会見の立派さを見ても分かるように、非常に優秀な人間である。その人間性に対して、内田氏は嫉妬し、いじめを開始した。
内田氏自身気づいていないのかもしれないが、これは病的な「マウンティング」なのだ。
俺のいうことを気に入らないと思っているらしい選手がいる。あいつをとことん屈服させてやる、というマウンティング。
そのいじめの結果、自分の理不尽な命令に素直に従った宮川選手を「よくやった」としながらも、これからも「もっといじめる」と口にしているのだ。
戦時中、軍隊で行われていた陰湿、凄惨ないじめと同じだ。頭の悪い人間が、自分より優秀な人間を権力で屈服させることに快感を覚え、常軌を逸したことが行われる。
特攻を命じた上官たちの一部が、終戦後は口をつぐみ、自分たちはのうのうと長生きしたという図式にも通じる。

テレビに出てくるアメフト業界関連のコメンテイターたちがみんな及び腰な中で、ひとりスポーツライターの小林信也(のぶや)氏は日大問題の核心を臭わせる発言をしている。(それでも相当慎重な口調でだが)
その中に「私はむしろ、宮川選手は内田監督から見込まれて、(手下候補として)試されたんじゃないかと思う」というような内容があった。
忠実な自分の手下として育てるためにいじめ抜き、それに従わせて、ゆくゆくは井上コーチのように、なんでもいうことを聞く便利な手下にしようとしていた、というわけだが、これはあたらずも遠からずだろう。
ただ、宮川選手は井上コーチとは比較にならないほど優秀で、立派な人間性を持っていた。内田氏もそのことはうすうす気づいていただろう。だから、手下にすることは無理だとしても、徹底的にいじめ抜いて、宮川選手の人間性が崩壊していくのを見るのを楽しもうとしていたのだと思う。
完全なサイコパス、しかもいざとなれば逃げ回り、平気で嘘をつく最低のサイコパスだが、こういう人物が巨大大学のナンバー2の地位にまでのし上がっていたという現実に改めて戦慄を覚える。

そして、この構図とまったく同じ、怖ろしいほど同じなのが今の日本の政体だ。

2018年5月29日に行われた関東学生連盟の会見で、内田監督、井上コーチの除名(永久追放)などが発表された。その理由を述べた部分を一部抜き出してみる。
学校法人日本大学の常務理事、人事担当でもある内田氏の言うことは絶対であり、誰も何も言えない状況でありました。(略)コーチですら何も言えないのであるから、選手が内田監督に物申すとか、指示、指導に従わないというのはあり得ないことでありました。どんな理不尽であっても、はい、と返事して実行するのが、内田フェニックスの当然のおきてでありました。
内田監督および井上コーチの供述は、内田監督を守ろうとしての、事実をねじ曲げていることが明らかであり、まったく信頼性に乏しい
内田監督は規律委員会のヒアリングでも記者会見でも一貫して私からの指示は一切ないと供述し、(略)発言については(略)不自然極まりない供述をしています。
本件に関する内田氏の発言は、自身の関与に関連するものについては、おおよそすべてに信用性がないと規律委員会は判断します。


↑この説明での「内田監督」を「官邸の司令塔」と置き換え、「コーチ」を「官僚や与党議員」と置き換え、「選手」を「現場の実働部隊職員」と置き換えて読んでみるといい。そっくりそのままあてはまると感じる人は少なくないだろう。
首相官邸の司令塔から発せられる命令は絶対であり、誰も何も言えない状況でありました。閣僚や政務次官ですら何も言えないのであるから、現場の実働部隊官僚らが官邸に物申すとか、指示、指導に従わないというのはあり得ないことでありました。どんな理不尽であっても、はい、と返事して実行するのが、安倍政権の当然のおきてでありました。
閣僚、官僚らの供述は、安倍首相を守ろうとしての、事実をねじ曲げていることが明らかであり、まったく信頼性に乏しい
↑このような説明を、いつか国民は耳にすることができるのだろうか?

日大問題においてようやくメディアも矛先を向け始めた田中理事長は、現政権の構造欠陥問題においては安倍総理に相当するだろう。
組織が崩壊寸前になっているのに最高責任者が「俺は知らないもん」と開き直る、理解を超えた異次元レベルの言動も重なる。
しかし、内田監督に相当する「官邸司令塔」の名前も顔も、メディアの人間ならみんな知っているが、モリカケ疑惑に対して未だにほとんど報じられることはない。

結局は「個人の資質」の問題

Aera Dotに掲載されている「政治学者・白井聡が語る〈安倍政権の支持率が下がらない理由とその背景〉」というインタビュー記事がとても考えさせられる内容なので一読をお勧めしたい。
前後編になっているが、最後のほうのこの部分、
結局は個人の質にかかっている」ということです。森友・加計問題では、特定のメディアが追及を続けています。これは、組織で動いているというよりも、一人一人の記者が頑張っている。官僚からのリークもあると推察しますが、そうした行動は、「これではダメだ」という個人の信念に基づくものでしょう。伊藤詩織さんのように、レイプ事件を安倍政権によってもみ消されたという疑惑を、あらゆる嫌がらせに遭いながら訴え続けている人もいる。
 魔法の薬はないのです。今日の社会の歪みを修正できるかどうかは、こうした筋を通すことのできる個人がどれくらいいるかにかかっているでしょう。
政治学者・白井聡が語る〈日本を再び破滅に導く「戦後国体」の正体〉

宮川選手の記者会見を見終わったとき、このインタビュー記事のこの部分を思い浮かべた。
彼は自分の間違いと罪を悔やみ、しっかり筋を通そうと勇気を持って全国生放送のカメラの前に立った。
記者たちが、何度も何度もしつこく監督やコーチへの恨み言を引き出そうと「誘導尋問」したにも関わらず、毅然とした口調で「やらないという決断ができなかった自分が悪い」と言いきった。
これこそ「個人の質」だ。物事の正邪を判断し、間違いに気づいたときはそれを認めるという資質を兼ね備えているだけではなく、実行する勇気。
少なくとも彼は、嘘を平気でつき、責任を下のものに押しつけ、逃げ回るような大人にならずにすむだろう。

それにしても、20歳の青年がたった一人で立ち向かった巨悪の正体を想像すると身がすくむ。
彼の勇気ある単独会見がきっかけで、いろんなものが引っぱり出された。
田中英壽、山口組、住吉会、森喜朗、亀井静香、阿佐ヶ谷のちゃんこ屋女将、ちゃんこ屋での日大「最高会議」といったキーワード的なものはもちろん、果ては、ハードゲイポルノ、村上幸史、DV、舞の海、グルコサミン、琴光喜、野球賭博、バウムクーヘンなんてことまで検索するはめになった。
いやはや、一人の青年の力はすごいなあと、改めて感心してしまった。

日大事件から日本の国全体が壊れかけているという怖い構図に気づく人は少ないのかもしれない。実際、安倍政権の支持率は全然下がらないどころが微増しているという。
しかし、宮川選手の正直さと勇気に心打たれた人はたくさんいるはずだ。そこだけは唯一の救いだと思うことにしよう。
フェイスブックやツイッターには賞賛の声が多数書き込まれたが、1つだけ紹介してみる。
20歳頃の自分を思い浮かべると、到底あんな立派な態度を取れなかったし、一歩間違えば犯罪者になっていたかもしれないな、と思う。
60代の今でも、全国生放送のカメラの前であんな風に語れる自信はまったくない。
せいぜい、こんな駄文を日記に残しておく程度のことしかできないのだが、何も書かないよりはいいと思って、気が重い中で書いてみた次第だ。

ホリエモン、籠池夫妻、貴乃花の共通点と相違点2018/02/06 14:30

12年前の戌年の今頃、メディアはホリエモン逮捕のニュースで埋め尽くされていた。ワイドショーは連日そのことを大きく取り上げて、人びとは嫌でも彼の顔を見せられた。
そのときAIC(朝日新聞デジタル版のコラム)に書いたものが⇒ここに残っていたので読んでみた。
一部抜粋してみる。
今回の逮捕につながった直接の違法行為は、主に「粉飾決算」と「風説の流布」ということらしい。
粉飾決算というのは、まずいことになっている実態をごまかして、大丈夫ですよ、心配いりませんよと思い込ませるために嘘をつくことである。
例えば、国民年金を破綻させた社会保険庁がさんざんやってきたこともこの類のことであろう。
風説の流布というのは、自分の都合のいいように嘘の情報を流して世の中の流れをミスリードすること。アメリカ政府がやった「イラクには大量破壊兵器が……」という嘘情報などはまさにそれだろう。
「気持ち悪さの正体」 2006年1月31日にAICに掲載)
どう考えてもおかしいよな、と分かっていても、相手が大きすぎると、自分の日々の生活には関係のない話のように感じて、いちいちムキになって反応しない……これは仕方のないことかもしれない。
で、このコラムではこう続く。
昔から「ひとり殺せば殺人犯だが、千人殺せば英雄」という言葉がある。
ホリエモン逮捕のニュースと、それを報道する姿勢に対して我々が抱く気持ちの悪さの正体は、そこにあるような気がする。
つまり、「小物がスケープゴートにされた」ことをみんな内心では感じているのだが、日頃の鬱憤を晴らすために、ついつい「そらみたことか」「真面目に生きなきゃダメだよ」と反応してしまう。今のホリエモンは、ガス抜きの「安全弁」なのだ。

もっともっと巨大数のインチキ、大規模で悪質な嘘を操る力には所詮逆らえない
嘘のうまい大統領や総理大臣は、そのことで罪を問われることはない。
国民から強制的に集めた金を滅茶苦茶に運用し、とんでもない損失を出した役人のトップもまた、そのことで罪に問われることはなく、死ぬまで使い切れないような巨額の退職金をもらって老後を暮らしている。
この国には、そこにズバッと切り込むメディアも存在しない。これから先も、期待できない。
だから、せいぜいホリエモン逮捕で憂さを晴らしておく。そんな自分の矮小さを、みんな心のどこかでは分かっている。
「やっぱりね」「遅すぎたよね」「こんなことが許されていいはずがないよね」などと言いながらも、いまひとつカタルシスを得られない理由はそこにある。

二宮清純氏がこう言っていた。
「ホリエモンは、すべての人の心の中に存在している負の姿。彼を見ていると、見たくない自分自身の嫌な部分を見せつけられているようで、気持ちが悪くなる」
まさにその通りだろう。
ざまあ見ろ、と言えば言うほど、じゃあ自分はどうなの、という心の声が聞こえてくる。

あれから時が一回り。12年後の今はどうだろう。
テレビをつければ相撲協会の不祥事と貴乃花の理事選落選なんて話に異常な時間を使って垂れ流している。ホリエモンと貴乃花ではまったく性格は違うが、人びとに一種のガス抜きショーを与えるスケープゴートにされている点では似ている。
その意味では籠池夫妻も同じ役割をしていた。
常人とは違う特異なキャラクターの持ち主が、倫理観をなくした権威集団、利権集団に刃向かった末につぶされる図を見て面白がる。
でも、そのドラマは鞍馬天狗や水戸黄門や仮面ライダーみたいなシンプルな構造ではない。
下世話な興味で見てしまうが、どう展開したところでカタルシスは得られない。

「これだけテレビが食らいついてアンチキャンペーンを張るということは、相撲協会には強力な安倍友がいないということだ」という卓見を聞いた。
なるほど。
ホリエモンにも政権内に友達はいなかった。籠池夫妻は途中から切り捨てられ、今は危険な邪魔者として留置所に異常な長期間拘留されている。ちなみに貴乃花親方が
「国家安泰を目指す角界でなくてはならず“角道の精華”陛下のお言葉をこの胸に国体を担う団体として組織の役割を明確にして参ります」(AERA dot.「貴乃花親方が池口恵観氏にあてたメール全文」より)
などと書いた手紙を送った相手である池口恵観氏は、安倍晋三はじめ多くの政治家と親交があることから「永田町の怪僧」と呼ばれているそうだ。
貴乃花と安倍官邸は直接のつながりはないかもしれないが、共通のお友達(師匠?)はいるということなのだろうか。
さらには、貴乃花親方が理事選で二票しかとれずに落選した直後、笑顔で節分の豆まきをする姿がテレビに映し出されていたが、あの豆まきをしていた場所は宇治市の龍神総宮社という宗教法人だ。
「龍神総宮社は、天のご使命を持って御誕生された辻本源冶郎祭主先生により、作られた宗教法人です。平成6年3月に祭主先生が天上界に御帰魂された後も、その御尊志は御長子である辻本公俊 祭主先生に継承され、祭事が執り行われております。」(同社WEBサイトでの紹介文)

その少し前は、弟子の貴公俊が十両昇進を決め、一足早く十両になっている貴源治とともに「史上初の双子関取」が誕生したことも報じられたが、この二人の四股名は、先の龍神総宮社の紹介文にも書かれているように、同社の創始者と現祭主の名前からとっている。
貴乃花は昔から霊能者だの占い師だの教祖だのといった人たちへの傾倒が激しく、右傾化、カルト化しやすいことでいろいろ話題を提供してきたが、その危うさは今も変わらない。
その点で、単純なお金信奉者のホリエモンの時よりも全体の関係図が少し複雑になって、モヤモヤ感が増してはいる。
ともあれ、「安倍友パワー」がないらしい相撲協会でさえ、結局は守旧派温存、誰も責任を取らないで済んでしまうということが分かって、ドラマを見させられていた国民はますます白けてしまった。

思えば、ロッキード事件とかハチの一刺しの頃は、政界ドラマも派手だった。
今は、籠池夫妻のような格好のテレビ向きトリックスターが出てきても、存分に活躍?させることなく、ちょろちょろと水をかけて消火してしまう。
どれだけまずい証拠が出てきても政権は安泰。逮捕状が出ている容疑者を逮捕寸前に上からの命令でもみ消す。
誰の目にも「悪」「不正」「不条理」であると映ることが、大した知恵も実行力もない権力機構に取り込まれ、かき混ぜられ、薄められ、なんとなくうやむやのままになっていく。そんな国であることを、国民が選んでいる。
その貧乏くささや張りのなさが、今の弱った日本の姿そのものなのだなあと思うと、どうしても気が滅入るのだよなあ。



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続・前川喜平という人物2017/06/01 01:51

ビデオニュースドットコムでインタビューに応じる前川喜平氏

「常識」とか「一般人」ってなんなの?


「共謀罪」が強行採決された。これからはこんなTシャツ↑を着て歩かなくちゃ、と呟いている人がいた。
ビールと弁当を持っていたら「花見」、地図と双眼鏡を持っていたら「犯行現場の下見」――。「共謀罪」の成立に必要な「準備行為」の判断基準について、金田勝年法相は28日の衆院法務委員会でこんな例示で説明した。
朝日新聞 2017/04/28


僕は年がら年中カメラを持って誰もいない神社の境内やら他人様の田圃の周辺をウロウロしているわけで、「一般人」と書いたTシャツを着ていてもすぐに通報されて捕まりそうだ。

これはもはや冗談ではなくなっている。
先日の日記でも書いたが、「貧困層の女性が出入りする出会い系バーというものに実際行ってみた」と説明する前川喜平前文科省政務次官の話に、「この人の思考経路はやはり異常だし、普通の思考回路の人だと思って議論することはナンセンスだ」と断じる人もいる。
この滅茶苦茶な決めつけは論外としても、テレビのワイドショーなどに出てくるキャスターやコメンテイターにも「あの言い訳は残念だった」「お小遣いを渡したというのを聞いて引いてしまった」「もっと常識を持ってほしかった」などと論評する人たちがかなりいる。
しかし、そういうことを言う人の神経や思考回路のほうがよほど問題がある。
前川氏の説明を整理すれば、
  • 貧困から抜け出せない女性が、売春を覚悟した金銭目的で女性客無料のバーに行って金を持っている男性から声をかけられるのを待つ……という世界があることをテレビのドキュメンタリー番組で知った
  • どういうところなのか、どんな人たちがどんな風にしているのか、実際に行ってみた
  • そこで何度か女性と話したり食事をしたりした。その際、お小遣いも渡した

……ということだ。
つまり、「そういう店」に来る女性は金銭目的であることがはっきりしているわけで、「そういう店」で女性から話を聞いて時間をとらせたら、謝礼を出さないほうが非常識だし、まともな大人といえないでしょ。
これが仮に新聞社やテレビ局が取材で「そういう店」に潜入して、店内で見つけた女性を連れ出して話を聞いた後、なんの謝礼も出さなかったら、なんちゅう非常識な大人だ、と僕は思う。

前川氏が退任後にボランティアをしていたNPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長のブログを読んでも、前川氏の行動パターンは、文科省の外での行動については徹底して一私人として、自費で、身分を伏せてやっていたことが分かる。
5月30日放送の「直撃LIVEグッディ!」(フジテレビ)では、前川氏が出入りしていたバーに取材して、店員の証言などもとっていたが、「偽名を使っていた」「領収書はとっていなかった」「たいていは一人で悠然と食事をしたり飲んだりしていただけで、女性と話をしている時間は少なかった」「女性と一緒に店を出たのは1、2回」などと報じていた。それがまるで犯罪であり、会見での説明と大きく食い違うかのような伝え方だったが、どれもおかしなことではない。
最初は店の様子を見るために一人で店内を観察していたわけだし、話を聞かせてくれる女性がいれば店内で長々とするわけがない。ましてや領収書を求めないのはあたりまえではないか。(もっとも、政務活動費でSMバー……というすごい大臣もいたが……)
むしろ「たいていは一人で悠然と食事をしたり飲んだりしていただけで、女性と話をしている時間は少なかった」という店員の証言から、ああ、やはり前川氏は本当に本当のことを言っていただけなのではないかという思いが強くなった。

「それは楽しいですよ、女性と話をするのは」

前川氏は大手メディアだけでなく、個人ジャーナリストのインタビューなどにも応じている。

↑神保哲生氏のビデオニュースドットコムでも長時間インタビューに応じているが、その中で神保氏も前川氏が「貧困調査のために行った」という説明を「あの言い訳だけは残念だった」というようなことを言って「本当にそれだけですか?」と食い下がっている。
それに対して前川氏は「そりゃあ、女性と話すのは楽しいですよ。それが何割かと言われても……」と笑って答えている。なんて正直で自然体なんだと感心してしまった。
「そういう店に行って女性を連れ出したら絶対にホテルに連れ込んでやっているに決まっている」と思い込む人たちがネット上でワイワイ騒いでいるが、本当に、前川氏の言葉じゃないけれど「気の毒だ」と思う。

↑まさにその通り。
自分の思考回路、価値観、世界観以外の、もっと広くて深い世界が外側に広がっていることを死ぬまで知ることがない、知ろうとしない人たち。

僕が驚いたのは、教養も品性もない人たちではなく、メジャーメディアに登場する「識者」とか「知識人」と呼ばれるような人たちまでもが、社会の底辺、あるいは底辺とまではいかなくても「庶民感覚」「普通の生活感」について「常識」がないことだ。
自分たちもメディアから取材を受けたらその場の食事代やコーヒー代は出してもらってあたりまえだと思っているはずだし、場合によっては「お車代」ももらっているだろう。内容に比べて高額な「講演料」なんかもね。
ところが、相手が貧困にあえいでいる底辺の女性だと、「そんな場所でそんな子たちに金を渡すなんて非常識」「引いてしまった」となる。これって、無意識のうちに底辺の女性たちを差別していることにならないか。

国を動かしている政治家たちは、自分で電車や飛行機の切符を手配したり、ホテルを予約したり、スーパーに行って晩ご飯の食材を買ったり、どこのガソリンスタンドに行けば安いか調べたり、切れた電球を交換したり……そういう「普通の生活」を知らないまま、経験しないまま今の職に就いていないか。そんな「常識のない人びと」が国民を幸せにできるのか。
前川氏もそういう階層にいる一人だが、彼はそれでも自分の頭で考え、自分の意志で行動し、「現場」を見ようとした……それを犯罪者や変質者のように報道する官邸やメディア。
「引いてしまいました」というキャスターの笑顔を見て、僕はまさに「引いてしまった」のだった。

現職中にやるべきだった

菅官房長官は、「なぜ現職中に言わないのか」と言ったが、それに対して「こんな冷酷な言葉はない。首切り役人が刀を持っている前で『さあ、言いたいことがあるなら言ってみろ』と言っているのと同じ」と評した人がいた。本当にそうだ。
しかし、前川氏は上記の神保氏のインタビューでこう語っている。
「私に続け!」と言うつもりであれば、やっぱり現職中にやるべきだった。そこは私の忸怩たる思いの部分ですね。
現職中は「これは無理だ。抵抗できない」と(なってしまった)。せめて文部科学省の範囲内でもちゃんとやること(はやろうと思った)。これは特区制度全体の中での話ですから。
文部科学省は特区制度に関する限りは相談にあずかるというか協議にあずかる側。「それはおかしいじゃないですか。おかしいじゃないですか」と、担当の高等教育局専門教育課はず~っと言い続けてきた。しかし、結局押し切られちゃったわけですから、そこまではもうしょうがないんじゃないかな、と。
私が現職のときに、そこでもっと声をあげていれば(よかった)。今のように、こんな文書があるじゃないかと、内閣府はこんな無理を言っているじゃないですか、と、もっとオープンに言えば、もっとはっきりしていただろうし、私に続くという人も続々と出てきたかもしれない。
今の私は、何言っても平気じゃないか、と。「何言っても平気な人が何言っても、我々現職は、同じことはできませんよ」と言われてしまったら、私も、それはそうだよね、と言わざるをえない。

そう悔恨の念を吐露した上で、さらにこう続けている。
ただ、それでもね、後輩たちに言いたいのはね、役人には面従腹背というものがあるんだ、ということ。
とにかく、身も心も捧げるな、と。
身も心も「貸す」ことはあっても、取り返すときには取り返せ、と。
……こういう生き方は役人にはどうしても必要だと思うんですね。
とにかく、完全に権力のロボットになるようなことはしないで、自分の座標軸を持って、これはおかしいと思うことは思いながら仕事をする。その中で粘り強く、強靱に、機を見て、方向転換できるときには方向転換するとかですね、そういう術(すべ)ってのが必要だろうなと思うんです。
上の動画の42分あたりからの書きおこし)

これを聞いて、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』のあとがきに書いた一節を思い出した。
 最後に二つ、繰り返しになるかもしれませんが、重要なことを書いて終わります。
 ひとつは、人生において、すっきりとこちらが正解だという決断ができる場面は意外と少ないということです。
 例えば、あなたが大きなメディア(新聞社やテレビ局)の社員だとします。あなたは社会の不正を告発し、正義を伝えたいという理想を持ってその会社に就職しました。しかし、上司はあなたと考えが合わないだけでなく、事実を隠蔽しようとします。それがさらに上の人たちからの指示であり、意志でもあることが分かってきます。
 絶望したあなたには、「こんな会社は辞めてやる」と辞表を叩きつけることもできますし、その場はぐっと堪えてぎりぎりの妥協をしつつ、次のチャンスを待つという選択もできます。こんなとき、どちらを選ぶのが正解かは、簡単に言えません。
 そこに所属して働けば働くほど世の中を悪い方向に向かわせると確信できれば、辞めて不正を告発する努力をすることが正しいかもしれません。でも、巨大メディアを辞めてひとりで伝えられる力は極めて弱いので、なんとかメディアに残って、他の同じ志を持った仲間と一緒にじわじわ闘っていくほうがずっと効果的かもしれません。
 そういうとき、安易に逃げずに、命がけで考え、行動してほしいのです。そうした強い意志が集まれば、世の中は少しずつ変わっていくかもしれません。

(『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』 岩波ジュニア新書 2012 あとがきより) 



官僚を辞めて、自分自身の言葉を発し続けている人たちは何人かいるし、メディアの世界でも、NHKを退社して、今はBSスカパー!の番組や自身が立ち上げたニュースサイト「8bitNews」などで活動している堀潤氏などにもあてはまることかもしれない。

私は公僕であって「国民の代表者」ではない

前川氏はさらにこうも言っている。
一旦大学が作られれば、毎年億の単位の私学助成を出して行くことになります。国民からあずかっている税金をその大学に注ぎ込むことになるわけですね。ずっと。その大学が存在する限り。
やはり、国民からあずかっている税金を正当に使うという意味でも、安易な大学の設置認可はできない。

公僕として、国民からあずかっている税金をいい加減に使うことはできないという信念を表明した上で、こう続けた。
私は事務方のトップではあるけれど、文部科学省のトップではないわけです。私は公務員として全体の奉仕者という自覚はあるけれども、「国民の代表者」ではない。
内閣総理大臣をはじめ、内閣を構成する大臣は、自ら国民の代表として選ばれた国会議員でもあり、その議院内閣制の下で、国会から選出された内閣総理大臣の下で任命された大臣ですから、国民の代表者ですよ。
国民の代表者として仕事をしているかたがたの決定には従わざるをえない。


……これは国民に向けた皮肉とも、精一杯のお願いともとれる言葉だ。
自分は公僕(全体への奉仕者)ではあるが、国民によって選ばれた「国民の代表」ではない。しかし、大臣たちは国会議員であり、国民が投票で選んだ代表である。公僕は「国民の代表」の決定に従わざるをえない……。
つまり、前川氏を理不尽な命令に従わざるをえないように追い込んでいるのは我々国民なのだ。間違った代表を選出している愚かな国民なのだ。
彼のような超優秀な人材を殺しているのは、この期に及んでも安倍政権を支持し続けている国民なのだ。
こうした絶対的な孤立を噛みしめながら、前川氏は行動している。
口先だけではなく、身体を張って行動している。


   

森水学園第三分校を開設

森水学園第三分校

タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



前川喜平という人物2017/05/28 22:06

前川氏を誹謗する菅官房長官(テレビ番組の画面より)
森友学園問題に続く「本命」加計学園スキャンダルも、メディアや野党のていたらくでこのままうやむやにされるのかと思っていた矢先、渦中にいた文科省の元事務方トップの人物が勇気ある告発証言をした。
最初に見たのは夕方の地上波ニュースで、すでに編集済みだったため、全編を見られないかと探していたら、CSのニュースバード(TBS系)でノーカット録画放送をやっているところだった。食い入るように見た。

概要はすでにあちこちに報じられているので、ここでは地上波や新聞ではなかなか報じない部分をまとめてみる。

文書が本物かどうか、とか、探せとかないとか←意味がない

この会見後も、野党は「問題となっている文書が本物かどうか、文科省内に保存されているはずだから確認しろ」というようなことを言い続け、官邸や文部科学大臣は「存在は確認できなかった」「再調査の必要はない」などとやりあっている。
……バッカじゃなかろか。
「私が目にした文書は、文科省の専門教育課が作ったものでありまして、専門教育課の職員が内閣府の藤原(豊)審議官のもとを訪れて、藤原さんがおっしゃったことを書き留めた。そういう性格の文書です。
私は部下だった職員が書いてあることを聞いてきたのだと。100%信じられると思っておりますので、藤原さんがそういうことをご発言になったということは私は確かなことであろうと思っております」(25日の記者会見より

当時の事務方トップが「この文書は私が説明を受けたときのレク文書に間違いない。作成した人物(部下)もまだ省内にいる」と言っているのだから、文書が本物であることはもはや議論の余地はない。
前川氏が事務次官として、この「総理のご意向」「官邸の最高レベルの……」という文書をもとに説明を受けたことは分かったのだから、それでも官邸や内閣府は関係ないというのであれば、「このレク文書を作成した文科省職員は上司を納得させるためにありもしないこと(内閣府、官邸側からの圧力示唆)を書いた」ということになる。官邸サイドは「我々はなんの指示も示唆もしていない。文科省の職員が勝手に忖度してそのようなレク文書を作成して上司に説明した」と証明する必要がある。
これを本気でやれば、板挟みの職員は確実に消されてしまうだろうが……。

なぜ京産大は排除されたのか?

そもそも「国家戦略特区」とは、
経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点の形成を促進する観点から、国が定めた国家戦略特別区域において、規制改革等の施策を総合的かつ集中的に推進します。(首相官邸WEBサイト)

というもので、国がまず決めて、そこに事業者や自治体が応募するという形のものだ。
「普通はできないことを特別にそこだけは認めますよ」というのだから、競争相手を排除した独占的な事業が展開できる可能性がある他、
課税の特例
認定区域計画に定められている特定事業(内閣府令で定めるもの等に限る。)を実施する法人(国家戦略特別区域担当大臣が指定するものに限る。)の所得については、租税特別措置法で定めるところにより、課税の特例の適用があるものとすること。
国家戦略特別区域法の一部を改正する法律要綱 より)
など、様々な特典も与えられる。

この「特区」、いろいろある中で「教育」という分野には「公立学校運営の民間への開放(公設民営学校の設置)」(2015年特区法成立)というのがあっただけだったところ、「獣医学部の新設」が加わった(2017年1月告示 適用は今治市)。
この「獣医学部の新設」が加わった経緯もかなり不透明だが、そこに京都産業大学が名乗りを上げたのに、それを排除するためととられてもおかしくないような条件を加えた(2016年11月)。

文科省は、獣医学部新設で「既存の大学・学部では対応が困難な獣医師養成の構想が具体化」など内容に条件を課す修正を求めた。修正理由には「(加計学園が計画する)今治市の構想が適切であることを示す」とも指摘した。だが、実際の決定文では要求は却下され、逆に原案の「獣医師系養成大学等の存在しない地域」との地域的条件に「広域的に」「限り」の二つの文言が挿入された。(東京新聞 2017/05/23朝刊「加計学園に有利に加筆 獣医学部設置決定案に」

この「広域的に」「限り」が加えられた結果、京産大は隣の大阪府にすでに獣医学部を持つ大学があるため「該当せず」になってしまった。
その結果、
(6)名称:獣医師の養成に係る大学設置事業
内容:獣医学部の新設に係る認可の基準の特例
(国家戦略特別区域法第 26 条に規定する政令等規制事業)
学校法人加計学園が、獣医学部の設置の認可を受けた上で、愛媛県今治市において、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するための獣医学部を新設する。【平成 30 年4月開設】
首相官邸WEBサイトにある「広島県・今治市 国家戦略特別区域 区域計画(案)」平成29年1月20日 より)


……となり、この時点で「平成30年4月開設」と、開校の年月まで明記されている。同時に手をあげていた京産大の関係者でさえ「そんな早く開校できるはずがない。加計学園さんはその条件でよく手をあげたものだ」と驚いていたという。

この状況で「加計学園ありき」ではなかったという説明には到底無理がある。

(そもそも京産大にしろ加計学園にしろ、なぜそこまで「動物実験に特化した獣医学部」を開設したかったのか。製薬業界との関係はないのか……という疑問を抱いてしまうのだが、その問題は別だてで考えたい)

いちばんの問題は「国家が恣意的に個人を抹殺できる」という現状況

テレビメディアなどでは「最初から加計学園ありきで行政が歪められたということがあったのかなかったのか」が問題の本質だという論で報道しているが、ここにきてさらに恐ろしい、重大な問題が浮き彫りになっている。
それは、国家権力が自分たちに都合の悪い個人を、嘘や偽情報、自分たちの意のままになるマスメディアを使って貶め、社会的に抹殺するという恐怖だ。

読売新聞が「辞任の前川・前文科次官、出会い系バーに出入り」と題した記事を掲載したのは2017年5月22日のことだった。
文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。
教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ。
関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。
女性らは、「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある。(以下略)

この記事が掲載されたのは週刊誌や新聞、テレビの取材などに前川氏が応じる姿勢を見せた時期であり、なぜこのタイミングで退職して一私人となっている人間のスキャンダル記事を全国紙が大きく報じるのか、メディアや政界を少しでも知る人たちは仰天した。

鮫島浩? @SamejimaH 5月22日
このニュースからは以下の可能性が読み取れる。
①前文科次官には公安の尾行がついていた
②国家権力はこの情報を読売にリークした
③それは加計学園問題で情報を流出させた文科省への報復と脅しである。
共謀罪成立後に到来するのはこのような監視社会だ。
(ジャーナリスト・鮫島浩氏のツイート


一読して驚嘆した。
とてもではないが、全国紙が配信する記事とは思えなかったからだ。
(略)
「批判が上がりそうだ」
というこの書き方は、新聞が時々やらかす煽動表現のひとつで、「批判を浴びそうだ」「議論を招きそうだ」「紛糾しそうだ」という、一見「観測」に見える書き方で、その実批判を呼びかけている、なかなかに卑怯なレトリックだ。
書き手は、「批判を浴びそうだ」という言い方を通じて、新聞社の文責において批判するのではなく、記者の執筆責任において断罪するのでもなく、あくまでも記事の背後に漠然と想定されている「世間」の声を代表する形で対象を攻撃している。しかも、外形上は、「世間」の空気を描写しているように見せかけつつ、実際には「世間」の反発を促す結果を狙っている。
真意は
「な、こいつヤバいだろ? みんなでどんどん批判して炎上させようぜ」
といったあたりになる。
実に凶悪な修辞法だ。
「出会い系バーに出入りした人の“末路”」小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明 日経ビジネスオンライン 2017/05/26


……まあ、普通の感覚ならこうとらえる。この国はすでに恐怖政治体制の国になってしまったのか。権力者が世界一の発行部数を誇る新聞社を使って個人をつぶすような国になったのか……と。

一方、こうした卑怯な個人人格攻撃に追い打ちをかける輩もわんさと出てくる。
代表的なものを一つあげれば、同日付の「アゴラ」には、元通産省大臣官房情報管理課長で、現在は徳島文理大学大学院教授という肩書きを持つ人物がこんな文章を載せている。

この人の思考経路はやはり異常だし、普通の思考回路の人だと思って議論することはナンセンスだ。そんな理屈、家族の中でも通用しないだろう。また、「昨年秋、(出会い系バーへの 出入りに関し)、杉田和博官房副長官からご指摘を受けた」と述べている。怪しげなバーに政府高官が出入りしているという情報があれば調べるのは、政府中枢として当たり前の活動だろうし、それは、かなり噂になっていたのではないか。
(略)
しかも連れ出してお金を渡している。別に問題ないという人もいるが、これが他省庁の次官ならまだしも文部科学事務次官だとまったく別の問題だ。いわば全国の学校の先生のトップに立っている人なわけだ。警察庁長官が酔っ払い運転したみたいなもの。そして、そういう常識のない人がいっている話が普通の元官僚のいっていることと同等の信用性はない。
「前川文書と出会い系バーの「真相」を推理する」 八幡和郎 2017/05/26)


まさに官邸の思惑通りの援護射撃だ。

「思考経路が異常」「普通の思考回路の人だと思って議論するのはナンセンス」「そんな理屈、家族の中でも通用しない」と言いきっているが、この「そんな理屈」の内容を前川氏の発言から正確に拾うとこうなる。

「出会い系バーというものがありまして、読売新聞で報じられたが、そういったバーに私が行ったことは事実です。
経緯を申し上げれば、テレビの報道番組で、ドキュメント番組で、いつどの局だったかは覚えていないが、女性の貧困について扱った番組の中で、こういったバーでデートの相手を見つけたり、場合によっては援助交際の相手を見つけたりしてお金をもらうという女性がいるんだという、そういう女性の姿を紹介する番組だった。
普通の役人なら実際に見に行こうとは思わないかもしれないが、その実態を、実際に会って話を聞いてみたいと思って、そういう関心からそういうお店を探し当て、行ってみた。
その場で話をし、食事したり、食事に伴ってお小遣いをあげたりしながら話を聞いたことはある。
その話を聞きながら、子供の貧困と女性の貧困はつながっているなと感じていたし、そこで話を聞いた女性の中には子供2人を抱えながら、水商売で暮らしている、生活保護はもらっていないけれど、生活は苦しい。就学援助でなんとか子供が学校に行っているとか、高校を中退してそれ以来ちゃんとした仕事に就けていないとか。あるいは通信制高校にいっているけどその実態が非常にいい加減なことも分かった。
いろいろなことが実地の中から学べた。その中から、多くの人たちが親の離婚を経験しているなとか、中学・高校で中退や不登校を経験しているという共通点を見いだした。
ある意味、実地の視察調査という意味合いがあったわけですけれど、そこから私自身が文部科学行政、教育行政をやる上での課題を見いだせた。ああいうところに出入りしたことは役に立った。意義があったと思っている」
25日の会見より


この発言に対して「思考回路が異常」「家族の中でも通用しない」というわけだが、そう決めつける根拠は何も示されていない。
ましてや、「警察庁長官が酔っ払い運転したみたいなもの」であるはずもない。
組織暴力団員でもない「一般人」が犯罪も何も冒していない時点で密かに身辺を調査され、プライバシーを侵害され、結果、なんの犯罪も出てこないのに新聞にほのめかしに満ちた記事が出て「批判が上がりそうだ」などと印象誘導される
これこそまさに今いちばんの懸念となっている「共謀罪」への恐怖そのものであり、すでにそういう国になってしまっているという実例ではないか。
ちなみに記者会見で前川氏は、「これは権力の脅しだと思うか」と問われて、「私はそんな国だとは思いたくない」ときっぱり答えている姿は、多くの人が見たとおりだ。

まずは正確な情報を──「ガールズバー」でも「風俗店」でもない

多いときは週に1度のペースで店に通い、女性たちの身の上話に耳を傾けた。女性たちの多くが、両親の離婚や学校の中退を経験していることを知った。
「この状態を何とかしなければという思いは、仕事の姿勢にも影響した。高校無償化や大学の給付型奨学金などに積極的に取り組んだ。私は貧困問題が日本の一番の問題だと思っている」(「Aera」(前川喜平はウソつきか? インタビューで答えた“総理と加計の関係”)


正直に言えば、僕自身最初は「貧困の実態調査」のために通ったというのはやや無理があるのではないかと思っていた。しかし、調べていけばいくほど、そう思い込んでしまう自分の品性・品行のほうに問題があるのかもしれないと思い始めた。

まず正確を期すために前川氏が通っていた店とはどんな店なのか、情報を探ってみた。
複数の情報はすべて歌舞伎町にあるバーを示している。その店は女性客は無料で入店できるが、男性客は60分3500円(1ドリンク付き)、120分4800円(2ドリンク付き)というバーで、営業時間は20.30~5.00。
様々なブログやツイッターの書き込みなどには「ガールズバー」とか「風俗店通い」などという記述も見られるが、どちらも間違いだ。ガールズバーというのは「バーテンダーが女性中心のショットバー」であり、まったく別業態。また、店に性的なサービスを提供する女性を控えさせている風俗店ともまったく違う。
夜しか開いていないので、公務員が勤務時間中に入店することはありえない。
また、女性が入店無料(ドリンクチケット付き)ということで、売春目的で入店する女性も多いのは事実だが、当然のことながら、男女問わず、客のすべてが売買春目的で来るわけではない。
実際、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(扶桑社、2012年)の著者である荻上チキ氏は、自身のラジオ番組内で、「本を書くために自分も100回くらいそういう店に通ったし謝礼も渡した」と説明している


ついでにこの本を読んだ感想を書いているブログに分かりやすい、かつ印象的なまとめがあったので引用したい。
3.11以降の取材で福島に住み昼間は工場勤務、夜はワリキリの女性の言葉が切なかった。放射線量は気にならないとし「はい、病気になったらどうせ死ぬのだし。それよりお金のほうが心配」 これって彼女に限らず、いま3.11以降を生きるこの国の多くの人たちの心情に共通しているように思えてならない。
荻上チキの取材力、問題認識力に敬意を表したい。荻上チキはまとめた「n個の社会問題の数だけn個の処方箋、n個の排除の数だけn個の包摂を。買春男に彼女たちを抱かせることをやめたいなら、社会で彼女を抱きしめてやれ。そうすれば事態は幾分マシになる。彼女たちの売春、それは僕たちの問題でもあるのだ」
「ポポロの広場」より



前川喜平氏の人物像

前川氏が「女性は入場無料のバー」に通っていたこと自体はなんの違法行為でもないし、加計学園問題に対する「証言」とはまったく関係がない。そのことをまずはっきりさせておかなければならない。
しかし、すでに官房長官や世界一の発行部数を持つ大新聞が彼を「いかがわしい人物」「ポストに恋々としがみつく人物」だとほのめかしている異常事態が起きている今、そのほのめかしにどれだけのリアリティがあるのかを検証するために、いくつかの情報をまとめてみる。

地位に恋々としてしがみついているのは誰か?

まず、菅官房長官が語った「責任者として自ら辞める意向をまったく示さず、地位に恋々としがみついていた」という誹謗については、前川氏自身が25日の記者会見でかなり詳細に述べた経緯とまったく違っている。
私の退職、辞職の経緯は、誰に恨みを持つようなものでもなく、私は文科省のいわゆる天下り問題、再就職規制違反の問題について責任ある立場におりましたから、これは再就職等監視委員会からも違法行為を指摘されましたし、私自身も自分自身が行った違法行為、それから違法行為を行った職員に対する監督責任、そういったものが問われたわけでありまして。私が引責辞職したのは、自らの意思です。

1月5日だったと覚えてますけれども、私の方から松野文科大臣に監視委員会の調査の状況、文科省としての対応の状況などをご報告した際に、かなり多くの処分が不可避です、こういった事態にいたったことについては私が責任を取らざるを得ないと思いますと。従って、責任ある形で、辞職させていただきたいと申し入れた記憶がございます。私の方が、大臣に。

事務次官の辞職というのは勝手にはできない。辞職を承認する辞令をいただかなければならないので。辞職を承認していただきたいと私の方から大臣に申し上げた。大臣は慰留してくださいました。
しかし、私はこれは辞めるしかないということで、官邸とご相談したいとうことで、官邸にも大臣のお許しを得て、ご相談にまいりました。

ご相談の相手は、杉田(和博)官房副長官です。杉田副長官にも、これから起こるであろう文科省の職員に対する処分がどのようなものになるかの概略を説明しながら、私自身の引責辞職についても、お許しをいただきたいと申し上げたところ、『いいだろう』というお話を承りまして、それを持ち帰り、大臣に官邸からもご了解をいただきましたということで、事実上、私の辞職がそこで決まったということです。
5月25日の記者会見にて


菅官房長官の「恋々と地位にしがみつく」という誹謗中傷に少しでも分があるというのなら、前川氏のこの発言内容はことごとく嘘だということになるわけで、それを証明してほしいものだ。でなければ、菅官房長官の発言は、極めて悪質な嘘、でっち上げによる名誉毀損という犯罪になるだろう。

辞任後は夜間中学などでボランティア活動

国家権力がなりふり構わず個人攻撃を続ける一方で、前川氏の人物像を知る情報がいくつも浮上してきた。
前川さんは辞任後、二つの夜間中学校の先生、子どもの貧困・中退対策として土曜日に学習支援を行う団体の先生として、三つのボランティア活動をしている。

と報じたのは「Aera」(前川喜平はウソつきか? インタビューで答えた“総理と加計の関係”)だ。
これを裏付ける証言も出てきた。ボランティアしていたという「キッズドア」の理事長・渡辺由美子氏は自身のブログの中でこう語っている。

実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。

担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。
「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」
と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。
今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。

なんで、前川氏が記者会見をされたのか?
今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。
これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?

大人は嘘をつく。
自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。
子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。
小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。
「あったものをなかったものにできない。」
前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、
「正義はある」
ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」
そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。

子どもたちとって、これほど心強いことはない。
「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気 キッズドア 渡辺由美子 オフィシャルブログ より)


さらに時代を遡ってみると、前川氏は今から12年前の2005年、小泉政権下で「三位一体改革」という名のもとに行われようとした義務教育費削減政策に真っ向から立ち向かい、個人的にブログまで立ち上げて反論を堂々と展開していた。
このブログは今もまだWEB上に残っていて読めるので一部を紹介してみる。
義務教育費はなぜ狙われたのか?
義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
(略)
公共事業のように政・官・業のもたれ合い体質の強い分野よりも、義務教育や児童福祉のような分野の方が政治の世界からの抵抗をかわしやすい。特に義務教育や児童福祉の直接の受益者である子どもたちは選挙権を持っていないから、どんな目にあっても、彼ら自身には政治を変える力がない。地方6団体が平成17年7月20日に発表した補助金・負担金の廃止リストの中には児童養護施設の負担金も含まれている。身寄りのない子どもたちには彼らに代わって権利を主張する親もいない。政治的に完全に無力な存在だと言ってよい。そういう政治的弱者が狙われているのだ。
義務教育費国庫負担金には、徒党を組んで削減反対を唱え、「票」や「金」で政治を動かせるような圧力団体がいないのが現実の姿だ。
また、民間部門に比べると公立部門は政治力が弱い。だから私立所よりも公立保育所の方が、私立学校よりも公立学校が狙われるのだ。
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その1)義務教育費はなぜ狙われたのか? より)


このブログ、赤裸々で大変読み応えがある。例えばこんな部分。
 義務教育費国庫負担金の堅持を求める文教関係議員を、「既得権益」だとか「利権」だとかいうもののために動いているかのように新聞が書くのは、私に言わせれば、無礼千万な話である。

(略)

義務教育費国庫負担金は「票」や「金」には結びつかない。純粋に義務教育が大切だと信じる人だけがこれを本気で守ろうとしているのだ。

中でもその真剣さにおいて際だっているのは保利耕輔氏である。

保利氏は、文部大臣だけでなく自治大臣も経験された方だ。総務省(旧自治省)は当初さかんに保利氏を味方につけようと工作した。我々が氏のもとにうかがうたびに「総務省はこう言っている。文部科学省はどう反論するのだ」と説明を求められた。生半可な説明では決して納得されなかった。氏は、両省の言い分をとことん聞き取り、熟慮に熟慮を重ねた末、義務教育費国庫負担制度は堅持する必要があるという結論に達せられたのだ。義務教育においては「教育の機会均等」は至上命題だ。然るに義務教育費国庫負担金を税源移譲に回せば、都道府県ごとの税収には大きな格差がでる。文部科学省の試算では、国庫負担金に比べて税収が上回るのが七都府県、それ以外の四〇道県では財源不足になる。地方交付税が不足を補填するから大丈夫だと総務省は言うが、地方交付税は削減の一途を辿っているではないか。そのような状態では、義務教育費の財源を交付税で保障することはできないはずだ。そうなれば、義務教育の機会均等は保障できなくなる。…保利氏はそのように結論を出されたのだと思う。

(略)

平成17年6月9日号の週刊新潮に奇っ怪な記事が載った。タイトルは「次は『文科省役人』のクビを狙う『小泉』」。この記事は郵政民営化法案に反対の動きをした総務省幹部の更迭人事を紹介した上で、「文科省関係者」の言葉として「次の生け贄」は文部科学省の結城事務次官と銭谷初等中等教育局長だと書いている。

(略)

「郵政民営化に目を奪われていますが、国と地方の税財政関係を見直す、いわゆる三位一体改革も小泉政策の大きな柱です。その中には、義務教育費の国庫負担制度改革も含まれている。独自財源を増やすことを狙って小泉改革に賛成する地方と、自らの権益を失うことに繋がるため制度維持を狙う文教族・文科省が対立しています。小泉は、結城と銭谷を反対派の象徴と見ているんです」(官邸関係者)
 そしてこの記事は、こう締め括られている。
「この“反対派”の二人に小泉首相はこう言い放った。『もうこれ以上、反対しないでくれ。分かってるね』二人は震え上がったという。」

この記事は完全な捏造である。誰よりもまず小泉総理に対する中傷である。官邸に呼ばれた事実もないのに「震え上がった」などと嘘を書かれた次官と局長も堪ったものではない。週刊新潮がこんなデタラメを記事にする雑誌だとは知らなかった。
一体誰がこんな記事を週刊新潮に書かせたのだろう。義務教育費国庫負担金の廃止・削減を狙う「誰か」であることは間違いない。極めて卑劣な行為である。

(略)

この記事が出てから間もない6月5日の日曜日、中教審義務教育特別部会は異例の日曜セッションを青山の公立学校共済施設で開いた。その会議終了後、会場から地下鉄の駅へ向かっていた私は、総務省自治財政局の務台調整課長が、見城美枝子委員に路上で話しかけているところに出くわした。

務台課長は、見城委員が義務教育費国庫負担金の廃止に賛成するよう説得を試みていた。私はその話に加わり、務台課長の主張に反論した。しばらく議論をしたあとで、務台氏が私に向けて最後に投げつけた言葉がこれだ。「前川さん、そんなこと言ってると、クビ飛ぶよ」
 クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望である。週刊新潮は、文科省が「権益」のために制度を持しようとしていると書いたが、義務教育費に「権益」などというものは無い。仮にそんなものがあったとして、「権益」にしがみつく人間が「クビ」を賭けるようなまねをするだろうか。
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その15)義務教育費に利権はない より)


ずいぶん端折ったが、それでも相当長くなってしまった。全文は元のブログで。

ちなみに最後に出てくる務台調整課長というのは、福島を訪れた際に長靴がなくて、おぶわれて水溜りを渡ったことで一躍名をはせた務台俊介・元内閣府大臣政務官のことだ。

さらには、前川氏はこのブログ内で、近未来小説「義務教育崩壊!」なるものの構想まで書いている。
 「義務教育崩壊!」。私が書きたいと思っている近未来小説だ。第一章の書き出しは、200X年3月下旬の参議院本会議。義務教育費国庫負担法廃止法案が可決成立する場面である。
「起立多数。よって本件は可決されました」議長の声が響く。文部科学大臣がひな壇から議場の外へ出てくる。大臣を待っていた文部科学事務次官以下の幹部にまじって、義務教育費国庫負担制度の所管課長である後山悲平財務課長が佇立している。疲れ切った表情で赤絨毯の上を歩き始めた大臣に、後山は一つの書類を差し出す。表には黒々と「辞表」と書いてある。……
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その3)近未来小説「義務教育崩壊!」より)


後山というのは前川の対意文字を連ねた洒落だろうが、辞表覚悟でこのブログを書いているという決意のようなものが滲んでいる。

事務次官就任後にも、こんな記事があった。

埼玉の夜間中学運動31周年を記念した集会が29日、JR川口駅東口にある複合施設「キュポ・ラ」で開かれ、文部科学省の事務方トップとして集会に初参加した前川喜平事務次官が「(夜間中学は)教育の場で重要な役割を果たしてきた」と評価し、文科省として公立夜間中学設置を推進する考えを示した。
1979年に文部省(現文科省)に入り、初等中等教育局長などを経て今年6月に次官になった前川次官は「教育は人権保障の中核。国籍に関わらず、全ての国民は等しく教育を受ける権利がある」と語り、卒業証書を受け取るだけの「形式卒業」や義務教育未修了者、不法滞在の外国籍の親を持つ子どもたちなど、教育を受ける権利を制限されてきた人たちに学びの場を提供してきた「夜間中学」を高く評価した。
文科省として公立夜間中学設置を推進するに当たっては、「多様な学習機会を確保する観点」から、不登校の生徒についても本人の希望を尊重して受け入れていく方針を明示。半世紀近く夜間中学運動に関わってきた元教師からは「大変大きな前進」と歓迎する声が聞かれた。
(以上、「夜間中学 埼玉の運動31周年集会 「重要な役割」 初参加、文科省事務次官が評価」 2016/10/31 毎日新聞埼玉地方版 より)

この記事には、
「個人的見解」としながら「夜間中学設置について、組織としての文科省はこれまで見て見ぬふりをしてきた。(夜間中学設置に賛同する)自分は(省内では)異端。居心地が悪かった」と吐露した。

……という興味深い箇所もあった。

前川さんの今回の反撃が、単に、前川さんが次官飛ばされて、でも、俺は食うに困んないで金はあるから一発爆弾落としてやるか、というんじゃなくて、前川さんに同情的な霞が関の官僚ってけっこう多いんですよ。人事をいじられて、政策も今まで自分たちが霞が関で積み上げてきたものを曲げられて、今の安倍政権はやっていると思っている人、多いですからね」(TBSラジオ・武田一顯記者 5月27日のMBSテレビ「ちちんぷいぷい」での解説より)


権力集中型の政権と対立し、「前川さん、そんなこと言ってると、クビ飛ぶよ」と脅されながらも、上に立たなければ行政を動かせない、と、仕事は有能にこなして、ついにトップに立った人。
どこをどう読んでも「恋々と地位にしがみつく」ような人物像は浮かんでこない。

ここまで調べてきて、僕は当初「貧困実態調査」のために出会い系バー通いはさすがに苦しいのでは……と疑っていた自分の狭量さを恥じた。
もちろん事実は知るよしもない。しかし、こんな人物であれば、「貧困実態の調査」のためにお忍びで出会い系バーに潜入して話を聞いていたという説明は、その通りだったのではないかと、最後は思うようになった。

ネット上では「出会い系バー通いの変態がボランティアで子供に近づいたとしたらもっと危ない」などというバカ丸出しのコメントが乱れ飛んだりしているが、ネットにバカがあふれるのはまあしょうがない。恐ろしいのは、巨大メディアが悪質な権力誘導型デマ発生装置にまで堕している現実だ。

文科省の元官僚として前川氏の先輩にあたる寺脇 研氏(現・京都造形芸術大学 教授)は、フェイスブックでこう報告している

某全国紙から、27日朝刊のために前川さんの記者会見についてコメントを求められ、以下のように述べた(文章は記者がまとめてくれたもの)。
その数時間後、その記者から暗い声で電話が…
「このコメントは載せるな、と上からの命令があり掲載見送りになりました」
なのでここに出します。
いやはや、この国の既成メディアの状態はひどい。
今回の一件でそのことも明らかになりつつあります。

前川前文科次官の会見は堂々たるもので、信念の人だと改めて感じた。覚悟を決めて証言したのだろう。
(以下略)


ずいぶん長くなってしまった。
しかし、大新聞があれだけいい加減な誹謗記事を出してくるのだ。それに対して検証する努力を怠れば、印象操作の餌食になってしまう。
散歩の途中ですれ違った中学生がこんなことを口にした。
「あの人って大金持ちの家に生まれてお金には全然困ってないんだって」
……おいおいおい。それはさらにどうでもいいことなんだよ。
あの人が踏ん張らなければ、今頃地方の小中学校はかなり厳しい状況に追い込まれていたかもしれないんだよ。あ~、それを僕も今の今まで知らなかったんだけどね……。

ナチス体制下のドイツで開かれたベルリンオリンピック。水泳女子200m平泳ぎの中継でNHKのアナウンサーは「前畑がんばれ!」と20回以上絶叫した。80年以上たった今、一強独裁政権に怯えるメディアの代わりに、僕らは「#前川がんばれ!」と言い続けよう。

   

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日光杉並木街道が「ソーラー街道」に2017/05/22 22:06

このノウサギが跳びはねていた野原はもうない

2017年4月 初めてじっくり見ることができたノウサギ
前回の「ナガミヒナゲシ騒動考」で、
「人間が作ったソーラーパネルが里山エリアの山の斜面や草原を根こそぎ消滅させ、草花だけでなく動物も地域絶滅させていることのほうが外来種がどうのこうのよりはるかに大問題なのだが、それはまた次のトピックで……」と書いて終わったが、ここに続きを書く。

いちばん怖いのは人間だが、さらにやっかいなのは……


先月の13日、日光に引っ越してきて6年目にして初めてノウサギを見た。越後時代にも阿武隈時代にもノウサギというのはほとんど見た記憶がない。一瞬、横切るのを見たとか、その程度ならあったようにも思うが、まじまじと観察できるほど近くで見た記憶はない。
それが、日光で、しかもすぐそばを車が通っているような原っぱで悠々と飛び回っているのを長い時間見ていられたのだから感激した。
その原っぱにはこのところいつ行ってもキジの夫婦がいて、そのときもキジを撮っていた。そうしたら目の前を何か違うものが横切っていったのだ。

もう一度見たいと思って、その後も何度か出かけたが、キジの夫婦は毎回いたが、ノウサギは現れなかった。

で、翌月の5月20日、主に別の目的で出かけたついでに横を通ったのだが、なんと、原っぱ全体が完全に消滅していた。


4月13日にノウサギを見たとき。矢印のところにノウサギ

5月20日、すっかり草むらが消え、重機が作業中



間違いなくメガソーラー建設だろう。すでに周辺の草むらがことごとくつぶされてソーラーパネルだらけになっているので、ここも狙われているのではないかと危惧していた矢先だ。
ここは草むらだけでなく、そこそこの水たまりを含む湿地もあった。そこにはオタマジャクシ(おそらく時期的に見てアカガエル)が泳ぎ、ヤゴなどもたくさんいた。通年、水が完全には抜けず、湿地を保っている場所というのはこのへんにはもうほとんど残っていない。ツチガエルなどがオタマジャクシのまま越冬するためにも必要だし、鳥や野生生物にとっても貴重な水場になっていたはずだ。
それがつぶされてしまったのは本当に痛い。

オタマジャクシやヤゴがいた水たまりも埋められていた



日光に引っ越してきた直後、町内の集まりで「自然環境を……」と口にした途端、「人間は自然を壊して生きているんだからしょうがない」と反論する人がいた。めんどくさいやつが引っ越して来やがった……と警戒の目を向けられたようだ。
俺たちは環境を壊して金を稼ぎ、よりマシな生活を営んできた。これからもそれは続くんだから、きれいごとを言うな……というわけだ。

しかし、こうした犠牲に見合うだけのメリットが人間にあるのか? 太陽光発電バブルはすでにはじけている。中小の業者はあちこちで倒産しているし、大手は最初から「建て逃げ」作戦だから、あと10年もすればあちこちで事業者不在ソーラーパネルが増えるだろう。
20年もすれば、ゴミとなって放置されたソーラー設備の撤去で、各自治体は苦労するに違いない。

すでに我々は高額な「再エネ賦課金」を電気料金に上乗せさせられている。金がかかる発電方式というのは、それだけエネルギーを使っているということだ。太陽光発電パネルを製造する過程で、すでに膨大な電気や資源を使っているからこそ高くつくのだ。それを回収できるだけの発電ができない、見込めないからこそ電気料金や税金を投入して無理をしている。

原資が税金や公共料金だから、そこに生じる利権にたかれば確実に儲かる。人の金で非合理な商売をして儲ける……この構図は原発を推進してきた国策と同じだ。問題が起きても誰も責任をとらないし、負の遺産を押しつけられ、つけを払わされるのは若い世代。これのどこが「クリーン」なのか。
発電にかかっただけ電気料金に上乗せしていいですよという「総括原価方式」をやめれば、必然的に、最も合理的で省エネの発電方法をとらざるをえなくなるから、原発も大型ウィンドタービンも無茶なソーラー発電もなくなり、日本の環境破壊は緩まる。
でも、総括原価方式をやめれば、利権も薄まるから絶対になくならないだろう。

日光杉並木は国の特別天然記念物に指定されているわけだが、その両側はすでにソーラーパネルだらけになっており、杉並木を通っていても杉の間から異質な光景が見える。

ナガミヒナゲシが危険生物だの駆除しろだのなんだのと言っている場合ではない。植物も動物も巻き込んだ大規模環境破壊が猛スピードで進んでいるのだ。すでに大変なダメージを受けているが、今からでもなんとか歯止めをかけないと、気がついたときには取り返しのつかないことになる。いや、すでになっている。

ノウサギとの再会を願って、「兎が原」とでも名づけようかと思っていた草原はもうない。
「兎が原」の横は通学路だが、これから先、子供たちはノウサギやキジではなく、ソーラーパネルに埋め尽くされた土地を横目に見ながら通学することになる。その子たちは「再生可能エネルギー」は増やすべき重要なもので絶対的な「善」だと刷り込まれているから、これは「自然にとっていいもの」だと信じて成長するかもしれない。……やるせない……。

道路(通学路)側から見た光景。もうすぐここに黒いパネルが敷き詰められるはずだ


このままでは日光杉並木は「ソーラー街道」になる

このへんを散歩するたびに、オセロゲームのコマようにソーラーパネルが増えていく。「え? ついこないだ通ったときにはなかったのに……」と呆気にとられるのだが、だんだん麻痺してくるのが怖い
日光杉並木は、日本で唯一、国の特別史跡および特別天然記念物の二重指定を受けているのだが、そのすぐ脇をソーラーパネルで埋めていくことになんの制約もかからないのか? 
今日も重機が稼働中。ここはもうすぐパネルで覆われるだろう



消滅した「ウサギが原」のすぐ横。住宅や農地に隣接してすでに設置されたパネル



例幣使街道。杉の間から見えているのは牧場なのだが……



なにやらパネルを載せるフレームがすでに組み上がっているようだ。ここも牛からソーラーに転換か……



杉並木を挟んで反対側の草地。ここなどもすでに「予約済み」なのかもしれない



その先、日光山内に近づくにつれ、杉並木の間から見えるパネル群は増える



これだけ増えると植生や生態系も影響を受けないわけにはいかない。ただでさえ毎年倒れる杉が増えているのに、大丈夫なのか……



手前が例幣使街道の杉並木。そこに隣接して作られたメガソーラー。道を渡って見ると……↓



こういう規模のものがあっという間に作られている



国も県も市も、何を考えているのか?



ここを通って日光山内や奥日光をめざすハイカーやライダーたちは多いが、こうした風景に迎えられてどんな気分になるだろうか



ソーラーパネルを敷き詰められた側と街道を挟んで反対側。見えているのが杉並木(この向こう側が例幣使街道)。こちら側にもこうした草原があちこちあるが、この調子だとどんどんパネルが敷き詰められ、日光杉並木街道はソーラーパネルに挟まれた「ソーラー街道」になってしまいそうだ



ここも狙われそうだなあ。すでに「予約済み」なのかもしれない……




悩みながらもこんな動画を作ってみた(↑Clickで再生)
↑これを作りながら「プロテストソング」という言葉を思い出した。ずいぶん前に消えた言葉のような気がする。まさか人生の終わりにさしかかってこういうものを作るとは思わなかった

プロテストというよりも、ただただ悲しい、虚しい。

この地でノウサギに再会することは、もう一生ないかもしれない。

   

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↑BGMに使った『Uguisu 2017』の全曲はこちらでどうぞ(↑Clickで再生)



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