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「道徳教育」が日本を滅ぼす2018/06/04 12:47

「育鵬社」の次に「よ」と入力しただけで、Google検索ではこんな予測検索ワードが表示された

教育現場破壊の問題では地方自治体の首長がいちばん怖い

imidasの「時事オピニオン」コーナーに、前文科省事務次官・前川喜平氏のロングインタビューが掲載されている。主に2020年から導入される予定の新しい学習指導要領についてのQ&Aだが、その内容がとても興味深く、かつ怖ろしいので少し紹介してみたい。

まず、学習指導要領の改定、見直しにあたっては、その前に「政治的な議論」や「圧力」があるという。
小中と同じように「高校でも道徳教育が必要だ」という議論。中には「徴兵制を導入して高校生も鍛え直すべきだ」なんてことを真顔で言う人もいるぐらいで、高校生のための道徳教育、あるいは日本人としての自覚を持たせる教育、愛国心教育みたいな内容を高校教育に織り込ませたいという声が、常に自民党の中にあるわけです。
新しい高校学習指導要領で導入される「公共」という教科などは、まさにそういう議論の中から出てきたものです。

質問者が、「前川さんご自身が愛知県の公立中学で講演をされた際に、自民党の国会議員が文科省に圧力をかけ、名古屋市教育委員会に講演内容などに関して質問し報告を要請したという事件がありましたよね」と話を向けると、こう答えている。
政治が教育に手を突っ込むというのは、大抵、こういうやり方なんですね、要するに「騒ぎ立てる」。今回のように国会議員が騒ぎ立てる場合も多いのですが、怖いのは地方議会ですよ。あと、もっと怖いのが地方自治体の首長です。教育委員会に圧力をかけて「右の教科書」を採用しようとしたりしますからね。
防府市の松浦正人市長が会長を務める「教育再生首長会議」という団体があるのですが、彼らは教育、特に教科書の採択は教育委員会でも、現場の教員でもなく、選挙で選ばれた自分たちが決めるべきだと主張しています。「新しい歴史教科書をつくる会」から分派した団体で、安倍首相直属の諮問機関「教育再生実行会議」の有識者委員でもある八木秀次・麗澤大学教授が理事長を務める「日本教育再生機構」とともに、育鵬社の教科書採択を広める活動を積極的に展開しています。

……と述べている。
公立学校というのはほとんどが県立や市立なのだから、自治体の長が国粋主義者だったりすれば、その地域全体の公教育がガラリと変わることもありえるわけだ。
名古屋市の教育委員会のように毅然とした態度をとれればいいが、そうではない自治体がたくさんあるだろう。

「育鵬社」の次に「よ」と入力しただけで、Google検索ではこんな予測検索ワードが表示された。中田前市長の「功績」だそうだ


ここでも出てきた「育鵬社の教科書」だが、ネットでこのキーワードを検索すると、ヒットするページの多くは、「育鵬社の教科書を採用しないのはけしからん」「日本の未来を引っ張っていく大人に育てるのは育鵬社の教科書しかない」といった主張を展開している。
どうも、この問題に関しては、冷静で具体的な議論がされず、右が~、左が~、というののしり合いになってしまっている印象を受ける。
そんな中で、ああ、これは冷静な議論だなあと感じたのは⇒この東洋経済ONLINEの記事だ。
2001年、いち早く育鵬社の教科書を採択して注目された東京都大田区教育委員会で委員長を務めた経験を持つ櫻井光政弁護士へのインタビュー。
櫻井氏はまず、

歴史教科書を選ぶ際に私が大事だと思うことがいくつかあります。まず、何が歴史を動かしたのかを客観的に観察していること。特に、誤りがなぜ起きたのかきちんと分析することが大事です。

という大前提を述べた上で、育鵬社の歴史教科書にはその視点が欠けていると、いくつかの例を挙げて説明している。

沖縄の問題に関しては、書いてある内容が正反対という印象を受けました。帝国書院は、日本軍によって食料を奪われたり、安全な場所から追い出されたりして犠牲になった住民の様子が書かれています。「最後の一兵まで戦え」という命令を残して自害した日本軍司令官の話もあり、犠牲者が増え続けた理由や責任の所在が分かります。
一方、育鵬社は、沖縄県民の献身的な働きや戦争の悲惨さを描いてはいます。しかし、命令が残っていたために被害が拡大したことには触れられていません。
私は、その戦争の中で立派に行動した人がいた、ということに触れるだけではいけないと思います。負けることが分かった時にどういう指揮を取るか、というのがとても大事で「最後まで戦え」という命令を残して自決するのはリーダーとしては失格ではないでしょうか。自分の美学に殉じるのはよいですが、残った者の命をどう考えるのか。特に非戦闘員の命をどう守るのか考えられない人は、指導者としては批判の対象になるものだからです。そういうことを学ぶのが「歴史」だと私は思います。
[採択相次ぐ!「育鵬社教科書」本当の問題点  「右・左」だけでなく、グローバル視点で課題] 東洋経済ONLINE 2015年6月3日


「自分で考える力」をつけさせるのが教育

話を前川氏のインタビュー記事に戻す。
前川氏も櫻井氏同様に、誤りがなぜ起きたのかきちんと分析することの重要性を強調している。
例えば「ワイマール憲法」という当時では世界で最も民主的な憲法の中から、なぜヒトラーのような独裁者が生まれたのか? こういう愚かなことを日本人だって繰り返さないとは限らないよという、そのことを学ぶってものすごく大事だと思うんです。(略) つまり害虫の巣を残しちゃった国(今の日本)と、完全に駆除した、あるいは、それを常に駆除し続けなきゃいけないと思っている人たち(今のドイツ)との違い。 それだけの痛恨の歴史を持っている国。ワイマール憲法がヒトラーを生み、ヒトラーがホロコーストをしでかして、とんでもない戦争で何千万人もの人を殺したと。そういうとんでもないことを、しかしそれに迎合し支持した国民がいたという……。それだけシビアな歴史観、民主主義観というのが常に彼らの中にはあって、その運用をいかに間違えないかということに対する意識が、常に一定のブレーキというか、必ず考えなければいけないプロセスとして残っているということなんですね。
imidas 前川喜平さんロングインタビュー

しかし、今の日本の教育は、子供に「なぜそうなったのかを考えさせない」「間違いを繰り返さないためにはどうするべきなのかを自分の頭で考える力をつけさせない」方向にどんどん進んでいると危惧している人は多いはずだ。
日大アメフト部事件はまさにそのことをはっきりした形で突きつけた。

こんなツイートを見つけた。

↑まさにこれ!

前川氏のインタビューでも、こう続く。
一方で、政治の側にはそういう「目覚めた主権者」は困ると言う人もいるわけです。(略) 最近の「公文書問題」などを見ても象徴的ですが、現実には「民はよらしむべし。知らしむべからず」みたいな社会に戻ろうとしていますよね。とにかく、真実を国民に伝えないようにしようと。その一方で、他国の脅威とか、ヘイトのような国民のネガティブな感情に訴えて、支持を勝ち取ろうという、ポピュリズム的な政治手法です。 基本的に、国民はバカだと思っているんですよ。だませると、最後までだまし通せると思っている。


日大事件でも、前監督や現理事長の言動を見ていると、まさに「国民はバカだ。最後までだまし通せると思っている」としか思えない。
今は騒いでいても、どうせそのうち忘れる、と。
実際、そうなっている。森友事件では、まだ渦中にありながら、佐川・財務相前理財局長らはさっさと全員不起訴になった。
こんなことが続けば、この国は間違いなく壊れ、また悲惨な状態に陥る。
そうならないように、人を育てるのが教育なのに、教育現場がどんどん壊されていくのは本当に怖ろしいことだ。

前川氏のインタビュー記事はこう結ばれている。
公教育は「国」のためではなく、一人ひとりの「個人」のためにあるはずです。ひたすら強いものに付き従うのではなく「自分で考える力」を身に着けた「目覚めた主権者」の存在なしに、本当の民主主義などありえないのですから。




↑これは私の「遺言」です

日大アメフト部事件が教える「破滅寸前の日本」2018/05/31 22:44

Googleで「日大理事長」を検索しようとすると……

日大アメフト部事件は、「監督がひどい」という問題にとどまらず、日本大学という「企業」が抱える驚くべき構造欠陥を浮き彫りにさせた。
テレビや新聞を見ているだけでは分からなかったことが、ネットでは次々に出てきている。
例えば、Googleの検索ボックスに「日大理事長」と入れただけで、たちまちこんな予測検索が出てくる。
パチンコ、ヤクザ、裏社会……。何も入力する前からこう出るのだ。

内田正人氏は、日大アメフト部監督というよりは、日本大学グループという企業体の経営陣ナンバー2だという。
ではナンバー1は誰かというと、理事長の田中英寿氏。
この理事長、相当なギャンブル依存症らしい。あろうことか内田監督、井上コーチのトンデモ会見があった翌日にもパチンコに興じていたという。
パチンコを終えて出てきた理事長に直撃取材を試みた記者に対して「俺知らないもん、全然。フットボールなんてルールも知らないし。それでも何か?」と答える映像には、見た誰もが驚愕した。
テレビのワイドショー「グッディ」に出ていた土田晃之は、「これ、日大の理事長だって知らされた上で見ていなければ、ナニリョク団のかた? って思いますけどね」と漏らしていたが、それこそ「普通の人」の感覚だろう。
間違いではない。この人物が日本一のマンモス大学のトップなのだ。

しかし「日大理事長ヤクザ」の検索予測ワードの意味は、「ヤクザっぽい風貌」「ヤクザのような言動」ということではなく、実際にヤクザとの深い関係を示すものだった。
2014年秋、田中理事長と山口組6代目組長がどこかの倶楽部で並んで一緒に笑っている写真が流出した。この写真は今ではネット上に数多く露出しているので、誰でも簡単に見ることができる。
2014年10月10日の「東京アウトローズWEB速報版」では、こう報じている。
司忍6代目山口組組長と田中英寿・日大理事長の2人を撮った写真が、複数の出版社に郵送されているのはほぼ間違いないことが本誌取材で分かった。しかし、ある週刊誌に送られてきた写真は何故か背景が黒く塗りつぶされており、日時・場所などの特定が難しく掲載は見合わされたという。この他、写真週刊誌にも郵送されており、実際に取材に動いたようだが、今のところ掲載されるかは不明だ。


実際にはほとんどのメディアは沈黙した。
2014年11月、米国VICE誌のWEB版が、Jake Adelstein記者名で「This May Be the Most Dangerous ? and Most Costly ? Photo in Japan(これは日本で最もヤバくて高くつく写真かもしれない)」というおどろおどろしいタイトルでトップ記事を発表(2015年1月に更新?)した。
この記事の内容はほぼ⇒このサイトにまとめられている
要点だけ抜き出すと、
  • この写真(山口組組長と日大田中理事長との2ショット)は、警察によれば2005年に撮られているが、匿名で各メディアに送られてきた
  • 一部には「私は日大職員だが、田中理事長は反田中派の職員を威圧するためにこの写真を利用してきた」という内容のメモも添えられていた
  • 写真を送りつけられたメディアの1つである右翼系の「敬天新聞」記者が、日本大学と田中氏に真相を確かめようとしたところ、同記者は正体不明の2人組に金属バットで襲撃され、その翌日には各メディアに、写真を公表すれば同じ目に合うぞという脅しの電話がかかってきた

……というもの。
さらに興味深かったのは、
同誌によれば、日本の警察当局の考えでは、山口組と敵対する住吉会がこの写真を流出させ、襲撃事件をセットアップすることで、これを山口組の仕業であると当局に思わせ、(少なくとも5千億円にのぼると言われる)2020年東京オリンピックに関連する建設ビジネスから山口組勢力下にある建設業者を追い出すことが目的だとしているという。(ロサンゼルス発 ジャパラマガジン)

という部分だ。
本当にそんなことが書かれていたのかとVICEの当該記事を確認してみたが、その通りのことが書いてあった。
Questions remain about who exactly attacked the journalists and threatened harm to other magazines if the pictures were published. The police are currently operating on the theory that the Sumiyoshi-kai may have released the photos and staged the attacks to make people believe the Yamaguchi-gumi was responsible. This could initiate a crackdown on all Yamaguchi-gumi front companies in the construction industry, forcing them out of the lucrative Olympic racket. The remaining pie could then be divided among other yakuza.
This May Be the Most Dangerous ? and Most Costly ? Photo in Japan VICE NEWS


このことを日本では、日刊ゲンダイなど一部のメディアが、海外で2020東京五輪が「ヤクザオリンピック」になるのではないかと危惧しているといった内容を報じたりはしていたが、メジャーメディアは黙殺した。
(海外メディアの記事は)JOC副会長の田中英寿氏(日大理事長)と指定暴力団住吉会の福田晴瞭会長の関係。〈田中英寿氏は福田会長と過去においてよい友人であった。また彼が山口組のボスの少なくとも1人、さらにはほかの暴力団の構成員とも友人関係を維持していることを示す書類もあった〉と紹介している。
また、組織委員会会長に就任した森喜朗元首相についても、〈以前にヤクザとつながりがあったと日本の報道機関(毎日新聞、週刊文春など)が報じている〉〈森氏は犯罪組織のボスの息子の結婚式に出席したし、ヤクザが支援する右翼団体のリーダーと親しかった〉と指摘。〈警察筋によると、この両名が過去にどの程度ヤクザと関わりを持っていたか、そして犯罪組織と現在つながりがあるかについて、調査中であるとのことだ〉と書いた。
さらに、2020年のオリンピックの建設費用が38億ドルと推定されているとした上で、〈田中氏、あるいは森氏さえもが犯罪組織を五輪へつなげる口利きの役割を果たしているかも知れない、と警察は心配している〉と続けている~。
米メディアが衝撃報道 「東京五輪はヤクザ・オリンピック」 日刊ゲンダイDIGITAL 2014年2月14日)

この報道の影響か、田中氏はその後JOC副会長職をひっそり辞任している。
2015年末にはトヨタ自動車社長・豊田章男氏がJOC組織委副会長を突然辞任しているが、これも、JOCの裏側を知って嫌気がさしたのだろうかと勘ぐってしまう。

国全体を支配する「いじめ体質」


内田前監督が問題の試合後、記者たちの囲み取材に答えている録音でいちばん印象に残っているのは、
「宮川はよくやったと思いますよ。もっといじめますけどね」
という部分だ。
宮川選手は、自らの謝罪会見の立派さを見ても分かるように、非常に優秀な人間である。その人間性に対して、内田氏は嫉妬し、いじめを開始した。
内田氏自身気づいていないのかもしれないが、これは病的な「マウンティング」なのだ。
俺のいうことを気に入らないと思っているらしい選手がいる。あいつをとことん屈服させてやる、というマウンティング。
そのいじめの結果、自分の理不尽な命令に素直に従った宮川選手を「よくやった」としながらも、これからも「もっといじめる」と口にしているのだ。
戦時中、軍隊で行われていた陰湿、凄惨ないじめと同じだ。頭の悪い人間が、自分より優秀な人間を権力で屈服させることに快感を覚え、常軌を逸したことが行われる。
特攻を命じた上官たちの一部が、終戦後は口をつぐみ、自分たちはのうのうと長生きしたという図式にも通じる。

テレビに出てくるアメフト業界関連のコメンテイターたちがみんな及び腰な中で、ひとりスポーツライターの小林信也(のぶや)氏は日大問題の核心を臭わせる発言をしている。(それでも相当慎重な口調でだが)
その中に「私はむしろ、宮川選手は内田監督から見込まれて、(手下候補として)試されたんじゃないかと思う」というような内容があった。
忠実な自分の手下として育てるためにいじめ抜き、それに従わせて、ゆくゆくは井上コーチのように、なんでもいうことを聞く便利な手下にしようとしていた、というわけだが、これはあたらずも遠からずだろう。
ただ、宮川選手は井上コーチとは比較にならないほど優秀で、立派な人間性を持っていた。内田氏もそのことはうすうす気づいていただろう。だから、手下にすることは無理だとしても、徹底的にいじめ抜いて、宮川選手の人間性が崩壊していくのを見るのを楽しもうとしていたのだと思う。
完全なサイコパス、しかもいざとなれば逃げ回り、平気で嘘をつく最低のサイコパスだが、こういう人物が巨大大学のナンバー2の地位にまでのし上がっていたという現実に改めて戦慄を覚える。

そして、この構図とまったく同じ、怖ろしいほど同じなのが今の日本の政体だ。

2018年5月29日に行われた関東学生連盟の会見で、内田監督、井上コーチの除名(永久追放)などが発表された。その理由を述べた部分を一部抜き出してみる。
学校法人日本大学の常務理事、人事担当でもある内田氏の言うことは絶対であり、誰も何も言えない状況でありました。(略)コーチですら何も言えないのであるから、選手が内田監督に物申すとか、指示、指導に従わないというのはあり得ないことでありました。どんな理不尽であっても、はい、と返事して実行するのが、内田フェニックスの当然のおきてでありました。
内田監督および井上コーチの供述は、内田監督を守ろうとしての、事実をねじ曲げていることが明らかであり、まったく信頼性に乏しい
内田監督は規律委員会のヒアリングでも記者会見でも一貫して私からの指示は一切ないと供述し、(略)発言については(略)不自然極まりない供述をしています。
本件に関する内田氏の発言は、自身の関与に関連するものについては、おおよそすべてに信用性がないと規律委員会は判断します。


↑この説明での「内田監督」を「官邸の司令塔」と置き換え、「コーチ」を「官僚や与党議員」と置き換え、「選手」を「現場の実働部隊職員」と置き換えて読んでみるといい。そっくりそのままあてはまると感じる人は少なくないだろう。
首相官邸の司令塔から発せられる命令は絶対であり、誰も何も言えない状況でありました。閣僚や政務次官ですら何も言えないのであるから、現場の実働部隊官僚らが官邸に物申すとか、指示、指導に従わないというのはあり得ないことでありました。どんな理不尽であっても、はい、と返事して実行するのが、安倍政権の当然のおきてでありました。
閣僚、官僚らの供述は、安倍首相を守ろうとしての、事実をねじ曲げていることが明らかであり、まったく信頼性に乏しい
↑このような説明を、いつか国民は耳にすることができるのだろうか?

日大問題においてようやくメディアも矛先を向け始めた田中理事長は、現政権の構造欠陥問題においては安倍総理に相当するだろう。
組織が崩壊寸前になっているのに最高責任者が「俺は知らないもん」と開き直る、理解を超えた異次元レベルの言動も重なる。
しかし、内田監督に相当する「官邸司令塔」の名前も顔も、メディアの人間ならみんな知っているが、モリカケ疑惑に対して未だにほとんど報じられることはない。

結局は「個人の資質」の問題

Aera Dotに掲載されている「政治学者・白井聡が語る〈安倍政権の支持率が下がらない理由とその背景〉」というインタビュー記事がとても考えさせられる内容なので一読をお勧めしたい。
前後編になっているが、最後のほうのこの部分、
結局は個人の質にかかっている」ということです。森友・加計問題では、特定のメディアが追及を続けています。これは、組織で動いているというよりも、一人一人の記者が頑張っている。官僚からのリークもあると推察しますが、そうした行動は、「これではダメだ」という個人の信念に基づくものでしょう。伊藤詩織さんのように、レイプ事件を安倍政権によってもみ消されたという疑惑を、あらゆる嫌がらせに遭いながら訴え続けている人もいる。
 魔法の薬はないのです。今日の社会の歪みを修正できるかどうかは、こうした筋を通すことのできる個人がどれくらいいるかにかかっているでしょう。
政治学者・白井聡が語る〈日本を再び破滅に導く「戦後国体」の正体〉

宮川選手の記者会見を見終わったとき、このインタビュー記事のこの部分を思い浮かべた。
彼は自分の間違いと罪を悔やみ、しっかり筋を通そうと勇気を持って全国生放送のカメラの前に立った。
記者たちが、何度も何度もしつこく監督やコーチへの恨み言を引き出そうと「誘導尋問」したにも関わらず、毅然とした口調で「やらないという決断ができなかった自分が悪い」と言いきった。
これこそ「個人の質」だ。物事の正邪を判断し、間違いに気づいたときはそれを認めるという資質を兼ね備えているだけではなく、実行する勇気。
少なくとも彼は、嘘を平気でつき、責任を下のものに押しつけ、逃げ回るような大人にならずにすむだろう。

それにしても、20歳の青年がたった一人で立ち向かった巨悪の正体を想像すると身がすくむ。
彼の勇気ある単独会見がきっかけで、いろんなものが引っぱり出された。
田中英壽、山口組、住吉会、森喜朗、亀井静香、阿佐ヶ谷のちゃんこ屋女将、ちゃんこ屋での日大「最高会議」といったキーワード的なものはもちろん、果ては、ハードゲイポルノ、村上幸史、DV、舞の海、グルコサミン、琴光喜、野球賭博、バウムクーヘンなんてことまで検索するはめになった。
いやはや、一人の青年の力はすごいなあと、改めて感心してしまった。

日大事件から日本の国全体が壊れかけているという怖い構図に気づく人は少ないのかもしれない。実際、安倍政権の支持率は全然下がらないどころが微増しているという。
しかし、宮川選手の正直さと勇気に心打たれた人はたくさんいるはずだ。そこだけは唯一の救いだと思うことにしよう。
フェイスブックやツイッターには賞賛の声が多数書き込まれたが、1つだけ紹介してみる。
20歳頃の自分を思い浮かべると、到底あんな立派な態度を取れなかったし、一歩間違えば犯罪者になっていたかもしれないな、と思う。
60代の今でも、全国生放送のカメラの前であんな風に語れる自信はまったくない。
せいぜい、こんな駄文を日記に残しておく程度のことしかできないのだが、何も書かないよりはいいと思って、気が重い中で書いてみた次第だ。

3万円の手作りクッキー2018/04/22 18:42

「ナイナイのお見合い大作戦!」という番組を見た。最後に女性たちが手に手に小さな包みや箱を持ち、「私が焼いたクッキーです。受け取ってください」みたいな感じで男性に差し出すシーンで、微妙な違和感を覚えた。男性が女性に、のときは全員が花束だったなあ。女性が男性に、の場合はクッキーとかなのか……。

手作りクッキーは特別なものである。愛情を込めて、大切な人のために焼く。
手作りクッキーを「食べてください」と渡される人は幸せだが、世の中には手作りクッキーをもらえない人もいっぱいいる。
そういう人はお金を出して市販のクッキーを買ったりする。地位のある人は、自分が買わずとも、人が高価なクッキーを買ってくれることもある。
でも、市販のクッキーは大量生産のコピーで、手作りクッキーとは違う。味がどうのという問題ではなく、「違う」。
だからみんな、手作りクッキーが好きだし、手作りクッキーを欲しがる。

ケースF:
「お忙しそうですね……」
「いろいろ大変だったけど、これからがウンコだから。手作りクッキーちょうだい」
「ダメですよ。ここはお仕事の場ですから」
「そんなに仕事したいんだ~。じゃあ、おうち行っていい?」
「そういうの、ほんとやめてください」
「きみんち行って、手作りクッキー食べて、ウンコして、クローズアップ現代見て、寝るか~?」

ケースY:
「手作りクッキー、お好きなんですか?」
「そうだね。でも、焼いてくれる人いなくてね」
「お寂しいですね」
「きみが焼いてくれる?」
「材料費と手間代で3万円いただければ」
「いいよ。じゃあ、それでお願いするよ」

さて、この2つのケースを、同じ「手作りクッキー」の話として同列に語っている人がいるが、全然違う話だと思うよ。



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ホリエモン、籠池夫妻、貴乃花の共通点と相違点2018/02/06 14:30

12年前の戌年の今頃、メディアはホリエモン逮捕のニュースで埋め尽くされていた。ワイドショーは連日そのことを大きく取り上げて、人びとは嫌でも彼の顔を見せられた。
そのときAIC(朝日新聞デジタル版のコラム)に書いたものが⇒ここに残っていたので読んでみた。
一部抜粋してみる。
今回の逮捕につながった直接の違法行為は、主に「粉飾決算」と「風説の流布」ということらしい。
粉飾決算というのは、まずいことになっている実態をごまかして、大丈夫ですよ、心配いりませんよと思い込ませるために嘘をつくことである。
例えば、国民年金を破綻させた社会保険庁がさんざんやってきたこともこの類のことであろう。
風説の流布というのは、自分の都合のいいように嘘の情報を流して世の中の流れをミスリードすること。アメリカ政府がやった「イラクには大量破壊兵器が……」という嘘情報などはまさにそれだろう。
「気持ち悪さの正体」 2006年1月31日にAICに掲載)
どう考えてもおかしいよな、と分かっていても、相手が大きすぎると、自分の日々の生活には関係のない話のように感じて、いちいちムキになって反応しない……これは仕方のないことかもしれない。
で、このコラムではこう続く。
昔から「ひとり殺せば殺人犯だが、千人殺せば英雄」という言葉がある。
ホリエモン逮捕のニュースと、それを報道する姿勢に対して我々が抱く気持ちの悪さの正体は、そこにあるような気がする。
つまり、「小物がスケープゴートにされた」ことをみんな内心では感じているのだが、日頃の鬱憤を晴らすために、ついつい「そらみたことか」「真面目に生きなきゃダメだよ」と反応してしまう。今のホリエモンは、ガス抜きの「安全弁」なのだ。

もっともっと巨大数のインチキ、大規模で悪質な嘘を操る力には所詮逆らえない
嘘のうまい大統領や総理大臣は、そのことで罪を問われることはない。
国民から強制的に集めた金を滅茶苦茶に運用し、とんでもない損失を出した役人のトップもまた、そのことで罪に問われることはなく、死ぬまで使い切れないような巨額の退職金をもらって老後を暮らしている。
この国には、そこにズバッと切り込むメディアも存在しない。これから先も、期待できない。
だから、せいぜいホリエモン逮捕で憂さを晴らしておく。そんな自分の矮小さを、みんな心のどこかでは分かっている。
「やっぱりね」「遅すぎたよね」「こんなことが許されていいはずがないよね」などと言いながらも、いまひとつカタルシスを得られない理由はそこにある。

二宮清純氏がこう言っていた。
「ホリエモンは、すべての人の心の中に存在している負の姿。彼を見ていると、見たくない自分自身の嫌な部分を見せつけられているようで、気持ちが悪くなる」
まさにその通りだろう。
ざまあ見ろ、と言えば言うほど、じゃあ自分はどうなの、という心の声が聞こえてくる。

あれから時が一回り。12年後の今はどうだろう。
テレビをつければ相撲協会の不祥事と貴乃花の理事選落選なんて話に異常な時間を使って垂れ流している。ホリエモンと貴乃花ではまったく性格は違うが、人びとに一種のガス抜きショーを与えるスケープゴートにされている点では似ている。
その意味では籠池夫妻も同じ役割をしていた。
常人とは違う特異なキャラクターの持ち主が、倫理観をなくした権威集団、利権集団に刃向かった末につぶされる図を見て面白がる。
でも、そのドラマは鞍馬天狗や水戸黄門や仮面ライダーみたいなシンプルな構造ではない。
下世話な興味で見てしまうが、どう展開したところでカタルシスは得られない。

「これだけテレビが食らいついてアンチキャンペーンを張るということは、相撲協会には強力な安倍友がいないということだ」という卓見を聞いた。
なるほど。
ホリエモンにも政権内に友達はいなかった。籠池夫妻は途中から切り捨てられ、今は危険な邪魔者として留置所に異常な長期間拘留されている。ちなみに貴乃花親方が
「国家安泰を目指す角界でなくてはならず“角道の精華”陛下のお言葉をこの胸に国体を担う団体として組織の役割を明確にして参ります」(AERA dot.「貴乃花親方が池口恵観氏にあてたメール全文」より)
などと書いた手紙を送った相手である池口恵観氏は、安倍晋三はじめ多くの政治家と親交があることから「永田町の怪僧」と呼ばれているそうだ。
貴乃花と安倍官邸は直接のつながりはないかもしれないが、共通のお友達(師匠?)はいるということなのだろうか。
さらには、貴乃花親方が理事選で二票しかとれずに落選した直後、笑顔で節分の豆まきをする姿がテレビに映し出されていたが、あの豆まきをしていた場所は宇治市の龍神総宮社という宗教法人だ。
「龍神総宮社は、天のご使命を持って御誕生された辻本源冶郎祭主先生により、作られた宗教法人です。平成6年3月に祭主先生が天上界に御帰魂された後も、その御尊志は御長子である辻本公俊 祭主先生に継承され、祭事が執り行われております。」(同社WEBサイトでの紹介文)

その少し前は、弟子の貴公俊が十両昇進を決め、一足早く十両になっている貴源治とともに「史上初の双子関取」が誕生したことも報じられたが、この二人の四股名は、先の龍神総宮社の紹介文にも書かれているように、同社の創始者と現祭主の名前からとっている。
貴乃花は昔から霊能者だの占い師だの教祖だのといった人たちへの傾倒が激しく、右傾化、カルト化しやすいことでいろいろ話題を提供してきたが、その危うさは今も変わらない。
その点で、単純なお金信奉者のホリエモンの時よりも全体の関係図が少し複雑になって、モヤモヤ感が増してはいる。
ともあれ、「安倍友パワー」がないらしい相撲協会でさえ、結局は守旧派温存、誰も責任を取らないで済んでしまうということが分かって、ドラマを見させられていた国民はますます白けてしまった。

思えば、ロッキード事件とかハチの一刺しの頃は、政界ドラマも派手だった。
今は、籠池夫妻のような格好のテレビ向きトリックスターが出てきても、存分に活躍?させることなく、ちょろちょろと水をかけて消火してしまう。
どれだけまずい証拠が出てきても政権は安泰。逮捕状が出ている容疑者を逮捕寸前に上からの命令でもみ消す。
誰の目にも「悪」「不正」「不条理」であると映ることが、大した知恵も実行力もない権力機構に取り込まれ、かき混ぜられ、薄められ、なんとなくうやむやのままになっていく。そんな国であることを、国民が選んでいる。
その貧乏くささや張りのなさが、今の弱った日本の姿そのものなのだなあと思うと、どうしても気が滅入るのだよなあ。



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めいどの土産の赤い月2018/02/02 21:53

2018/01/31 日光より

廃仏毀釈のことを調べているうちに、明治維新っていうのは跳ね上がりの若造たちによるとんでもないテロだったんじゃないか、というような話を読み始めることになり、ふむふむ……と読んでいるところに、母親の介護で実家に行っている助手さんからメールが入った。

皆既月食始まってるよ。逗子は快晴

ん? 天気予報ではくもりで見えなそうということだったけど、見えてるのか?
窓から見たが見えない。バルコニーに出ると、少し欠けた月が煌々と輝いていた。

21時05分。外に出て空を見たら、すでに欠け始めていた

じゃあ、写真撮っておくか……とFZ1000を持ち出したら電池切れ。あれやこれややっているうちに身体が冷え切って耐えられない。
何度も部屋の中と往復しながら撮ってみた。
せめてAPS-Cサイズのα6000で撮ればいいのだろうが、望遠レンズがないから、とっかえひっかえやるだけの気力がない。なにしろ寒い。

でも、凍えながら撮ったので、ここにまとめておきますね。(大きな画面で見ている人は、各写真をClickすると拡大します)

21時15分。ゆっくりと欠けていく。こんなに時間かかるんだっけ?



35mm相当で撮る。まだ月が明るすぎて、回りの星はほとんど写らない



21時23分。800mm相当。F4、1/1600秒、ISO 125。なんか普通の月の写真になってしまうな



21時28分。回りの星を写し込もうとすると、月の欠けが分からなくなってしまう。まだまだ普通の月



21時42分。だいぶ感じが変わってきた。欠けた部分がぼんやり見えているが、明暗差がありすぎて、欠けてない部分のクレーターは写し込めない



21時47分。欠けた部分がはっきり見えてくる。なるほど赤い



21時48分。月の明るさが落ちてきたので、周囲の星も見えてきた



21時49分。もうすぐ完全に隠れる。これは見たことのない月だわ



21時49分。なんとか地上の風景も写し込めないかと踏ん張る。コンパクト機のXZ-10で撮ってみた。F1.8、1/2秒、5mm(26mm相当)



21時54分



21時56分。周囲の星が一緒に見えているという、この夜空の感じがすごかった



21時57分。絵みたいだねえ



22時42分。寒くて部屋に入っていたけれど、風呂に入る前にもう一度……と思って外に出たら、まだ赤いままだった



生きているうちに、こんなのをもう一度見られるだろうか? これはもう、冥土の土産レベルの風景だったかもしれないねえ。



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矢部宏治の憲法観2017/10/15 15:35

■矢部宏治の憲法観(オレンジ本よりまとめ) 『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(オレンジ本)のP.184-186部分を要約

「日本国憲法の真実」を極限まで簡略化すると、
  1. 占領軍が密室で書いて、受け入れを強要した。
  2. その内容の多く(とくに人権条項)は、日本人にはとても書けない良いものだった。

  • 占領軍が敗戦国の憲法草案を書いて、それを日本人自身が書いたことにしたことで、憲法という国家の根幹に大きな闇が生まれてしまった。
  • もしあのとき日本人の手で憲法を作ったら、その内容が現在の日本国憲法に比べてすぐれたものになる可能性はゼロだっただろう。
  • しかし、独立時に一度、GHQ憲法草案の良い点をできるだけ生かしながら、自分たちの手で作っておけば、少なくとも現在のように、立憲主義を否定する、まるで18世紀に戻ったような改正案を掲げた与党が選挙で圧勝するという、信じられないような状況は避けられたはず。
  • 近代憲法とは、いくら内容が良くても、権力者から与えられるものではない。(政府が作成してもいけない)
  • 憲法についての日本の悲劇は、「悪く変える」つまり「人権を後退させよう」という勢力と、「指一本触れてはいけない」という勢力しかいないこと。「良く変える」という当然の勢力がいない。もちろんそれは、変えるとかならず悪くなってしまうという現実があったから。
  • 密約のせいで、戦争ができるようになった「日本軍」を、自分たちの指揮の下で使いたいというのは米軍の過去60年の欲求。それを食い止めるために「指一本触れてはいけない」という護憲神話がこれまで戦術論として有効だったことは事実。しかし、そうして問題を先送りできる時期は過ぎた。
  • 2014年7月、安倍政権は歴代自民党政権が自粛してきた「集団的自衛権の行使容認」という解釈改憲を強行した。このままでは、おそらく日本が海外で、アメリカの侵略的な戦争に加担することを止められないだろう。

結論:
問題は、私たち日本人は1946年も、そして2012年(自民党改憲案)も、国際標準のまともな憲法を自分たちで書く力がなかったということ。個人でいくら正しいことを言っている人がいても意味がない。そうした意見をくみあげ、国家レベルでまともな憲法を書く能力が、今も昔も日本にはない。その問題を、これから解決していく必要がある。(p.190の結び)


枝野幸男らが主張する「改憲に反対するわけではない。しかし、安倍政権のもとでの改憲には絶対反対」というのも、結局はこういうことなのだろう。
















矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読んだ2017/10/15 12:36

矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読んだ。
筆者の頭のよさと勇気に脱帽である。

あとがき部分が特に印象に残ったので、一部を抜粋・要約してみる。


野田首相の自爆解散によって民主党が壊滅し、安倍政権が誕生してから、日本はふたたび戦前のような全体主義国家にもどろうとしているかのように見える。
(略)

GHQが日本国憲法の草案を書く3か月前(1945年11月)、当時42歳だったマイロ・ラウエル陸軍中佐は憲法改正のための準備作業として、大日本帝国憲法(明治憲法)を分析するよう命じられる。
1か月後、彼は「日本の憲法についての準備的研究と提案」というレポートを司令部に提出した。その結果は次の通り。

「過去の日本における政治権力の運用を分析した結果、数多くの権力の濫用があったことがわかった。そうした濫用が軍国主義者たちに日本政府を支配させ、国政を私物化することを可能にしてきた。
 日本に民主主義的な傾向がしっかりと根づくためには、次のような悪弊を是正することが必要である。

  • 国民に、きちんとした人権が認められていない
  • 天皇に直結し、国民の意思を反映する責任のない憲法外の機関がある
  • 裁判所が裁判官ではなく検察官によって支配されている。両者はともに天皇の意志の代理人である
  • 政府のあらゆる部門に対して、憲法によるコントロールが欠けている
  • 政府が国民の意思を政治に反映させる責任を負っていない
  • 行政部門が立法行為をおこなっている


↑この「軍国主義者たち」あるいは「天皇」を「安倍一強」に替えれば、そのまま今の日本の状況を表しているのでは?

政治権力の濫用が安倍たちに日本政府を支配させ、国政を私物化することを可能にしてきた。
  • 安倍に直結し、国民の意思を反映する責任のない憲法外の機関がある(官邸による官僚支配)
  • 政府のあらゆる部門に対して、憲法によるコントロールが欠けている(憲法解釈変更による集団的自衛権容認)
  • 行政部門が立法行為をおこなっている(「私は立法府の長です」)

……で、矢部氏の憲法に対するスタンスは、枝野幸男氏にとても近いのではないか、とも感じた次第。
とにかく今の状況を「すこしでもまともな方向に」向かわせるよう、国民も努力しなければいけない。
衆院選2017。こんどこそ「最後のチャンス」だろう。


















日光東照宮の修復作業がひどいという話(2) 眠り猫2017/09/02 20:20

眠り猫の修復では目よりも毛が嫌だ



↑修復前の眠り猫(2013年9月) ↓再修復後(2017年4月)


三猿の「修復」があまりに雑でひどいというクレームは多かったが、眠り猫についても一悶着あった。
2016年11月に修復後の姿がお披露目されたが、それを見た来訪者たちから「眠り猫なのに起きているじゃないか」というクレーム?が相次いだので、年を越して1月になってから再修復させたという。
僕が見たのは4月だったので、11月からひと月半ほどの間「薄目を開けて」いたという眠り猫は見ていないのだが、写真を見る限り、「薄目」に関しては違和感がないなあ。パッチリ開いたら大ごとだろうけれどねえ。
もともと小さな彫刻だから、生で見ても、閉じているのか薄目なのかなんて分からないんじゃないだろうか。
それよりも金色の絵の具でチャカチャカっと毛を描き込んでいるほうがはるかに気になる。
猿の毛の描き方以上に雑だし、そもそもこういう毛の描写がオリジナルにあったのだろうか? この毛を描き込んだことで、作品全体のクオリティが一気に下がったような印象を与えてしまっている。クレームをつけるなら目よりもこの毛のほうではないかな。

ちなみに、日光東照宮では、本殿、石の間及び拝殿、正面及び背面唐門、東西透塀、陽明門、東西回廊は国宝に指定されており、眠り猫は回廊の一部だから、自動的に「国宝の一部」ということになる。
回廊にはたくさんの彫刻が施されており、そのほとんどは見事なものなのだから、この際、眠り猫の彩色修復はむしろおとなしめに、地味にやっておけばよかったのではないかと思ったりもする。


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日光東照宮の修復作業がひどいという話(1) 神厩舎の猿2017/09/02 20:00

東照宮の修復作業がひどすぎるとクレーム続出




日光東照宮の大規模修復作業が進み、今年は陽明門、三猿、眠り猫といった知名度トップ3が全部修復が終わったというので参拝客(観光客?)で賑わっている。原発爆発後、日光への観光客が落ち込んでいたことを思うと大変結構なことだ。
で、最近になって、三猿や眠り猫の修復がおかしいんじゃないか、下手すぎるんじゃないかという批判が続出して、新聞記事にまでなっている。

我が家から東照宮までは車で30分くらいで行けるので、日光市民になってから2回訪れているが、正直なところ、陽明門、三猿、眠り猫などにはほとんど興味がないので、写真もあまり熱心に撮らない。
彫刻であれば廻廊の彫刻のほうが陽明門よりずっと出来がいいし、三猿、眠り猫に至っては、アートとしてはなんの価値もないとさえ思っている。
でもまあ、ここまで話題になっていると「そんなにひどいの?」と、手元にある写真を見直してみた。
陽明門や三猿、眠り猫が修復される前の2013年の写真と、今年の4月に行ったときの写真を比べてみよう。

「聞か猿」のbefore after。毎回「三猿はどうでもいいや」と、サラッと遠くから撮だけなので、同じ角度のものが揃っていないのだが、まあ、どっちもどっちだよなあ。もともとがそんなにアート性の高いものではないと思うし



修復前の言わ猿。これも睫が「マスカラかよ!」と突っ込みたくなるほどで、とても誉められたものではないが……

修復後の言わ猿。睫は薄くなった代わりに、赤いアイシャドウ?が三重に加えられた。で、黒目の大きさが左右で違うっていうのは、いくらなんでも雑すぎる



で、よく見ると修復後の目の輪郭の内側にうっすらと以前の目の輪郭が見えている。つまり、今回の修復で、目は意識的に前よりも大きくしたことが分かる




さらに、睫を強調するのは前のバージョンで顕著で……



赤いシャドウも今回からというわけではなく、前のバージョンにもあったのだね



で、目は今回急に大きくしたのかというと、前のバージョンでは目の輪郭の外側に輪郭が残っているのが見て取れるので……

前のバージョンで意識的に小さくした可能性もある。元々の目の輪郭がもはや分からなくなっているのだ



印象が変わったことは事実なのだけれど……




修復技術が下手なのではなく、何度も修復されていて、オリジナルはどうだったのかが分からなくなっているのだという擁護論も出ているが、上の写真を見て思うのは、毛の描き方なんか、明らかに「下手」だよなあ、ということ。
前のバージョンでは一応毛の流れというか、どの方向に生えているかが分かる。腕の毛ならば肩から手先方向に生えているように描かれているのが見て取れるのだが、今回のはただ線を等間隔に描き込んだだけで、毛の流れなどまったく分からない。
これを見ても下手だ、センスがないと感じない人は、それこそ「ピカソより普通にラッセンが好き~」な人と同レベルだろう。
もしもこういう絵が描かれた掛け軸がなんでも鑑定団に出てきたら、鑑定する以前に一笑に付されと思う。

今回の「修復」では、一旦下の塗料を全部落として真っ白に塗りつぶしてから新たに描いたということなので、彩色職人がゼロから描いたことになる。そういう方法を採ったとしても、だったら「よりよい出来」にだってできたはずだ。前回の修復の出来が結構ひどいのだから。

三猿は神厩舎にある8面あるレリーフの1つが有名になりすぎたわけだが、この際、「彫刻」として、アートとして、そもそもどれだけのものだったのかという、根本的な問いかけをしてみたほうがいいんじゃないだろうか。
猿は馬を守る動物であるという伝承から猿のレリーフが施されたというが、場所からいっても、それほど気合いの入った作品だったとは思えない。
はっきり言えば、動物園の看板のようなものだろう。家光の大号令の下、大急ぎで作られた中で、担当の職人がどれだけ力を入れたのか疑問だし、実際、出来からしても大したものではない。東照宮全体が歴史的建造物であり、神厩舎も重要文化財になっているため、自動的にそこに付随している猿のレリーフも重文ということになるが、これが無名の寺社にあったならばどうか。観光資源としては活用されただろうが、少なくとも「芸術作品」として評価されることはなかったのではないか。

もちろん、東照宮自体を価値がないと言っているわけではない。同じ彫刻群でも透塀や廻廊に施されたものはアート性が高いと思うし、奥の院参道にある石造り狛犬や鋳抜門などは貴重な文化財であると同時にアートとしても素晴らしいものだと思う。
じっくり鑑賞して回ればたっぷり1日かかる場所であることに間違いはない。そこは間違えてはいけない。

眠り猫や陽明門についてはまた後ほど……。大江 新太郎(1876~1935)や伊東忠太(1867~1954)らが東照宮修復の歴史にどのように関わっていたかなどについてまで、ちょっとだけ探ってみたい。

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続・前川喜平という人物2017/06/01 01:51

ビデオニュースドットコムでインタビューに応じる前川喜平氏

「常識」とか「一般人」ってなんなの?


「共謀罪」が強行採決された。これからはこんなTシャツ↑を着て歩かなくちゃ、と呟いている人がいた。
ビールと弁当を持っていたら「花見」、地図と双眼鏡を持っていたら「犯行現場の下見」――。「共謀罪」の成立に必要な「準備行為」の判断基準について、金田勝年法相は28日の衆院法務委員会でこんな例示で説明した。
朝日新聞 2017/04/28


僕は年がら年中カメラを持って誰もいない神社の境内やら他人様の田圃の周辺をウロウロしているわけで、「一般人」と書いたTシャツを着ていてもすぐに通報されて捕まりそうだ。

これはもはや冗談ではなくなっている。
先日の日記でも書いたが、「貧困層の女性が出入りする出会い系バーというものに実際行ってみた」と説明する前川喜平前文科省政務次官の話に、「この人の思考経路はやはり異常だし、普通の思考回路の人だと思って議論することはナンセンスだ」と断じる人もいる。
この滅茶苦茶な決めつけは論外としても、テレビのワイドショーなどに出てくるキャスターやコメンテイターにも「あの言い訳は残念だった」「お小遣いを渡したというのを聞いて引いてしまった」「もっと常識を持ってほしかった」などと論評する人たちがかなりいる。
しかし、そういうことを言う人の神経や思考回路のほうがよほど問題がある。
前川氏の説明を整理すれば、
  • 貧困から抜け出せない女性が、売春を覚悟した金銭目的で女性客無料のバーに行って金を持っている男性から声をかけられるのを待つ……という世界があることをテレビのドキュメンタリー番組で知った
  • どういうところなのか、どんな人たちがどんな風にしているのか、実際に行ってみた
  • そこで何度か女性と話したり食事をしたりした。その際、お小遣いも渡した

……ということだ。
つまり、「そういう店」に来る女性は金銭目的であることがはっきりしているわけで、「そういう店」で女性から話を聞いて時間をとらせたら、謝礼を出さないほうが非常識だし、まともな大人といえないでしょ。
これが仮に新聞社やテレビ局が取材で「そういう店」に潜入して、店内で見つけた女性を連れ出して話を聞いた後、なんの謝礼も出さなかったら、なんちゅう非常識な大人だ、と僕は思う。

前川氏が退任後にボランティアをしていたNPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長のブログを読んでも、前川氏の行動パターンは、文科省の外での行動については徹底して一私人として、自費で、身分を伏せてやっていたことが分かる。
5月30日放送の「直撃LIVEグッディ!」(フジテレビ)では、前川氏が出入りしていたバーに取材して、店員の証言などもとっていたが、「偽名を使っていた」「領収書はとっていなかった」「たいていは一人で悠然と食事をしたり飲んだりしていただけで、女性と話をしている時間は少なかった」「女性と一緒に店を出たのは1、2回」などと報じていた。それがまるで犯罪であり、会見での説明と大きく食い違うかのような伝え方だったが、どれもおかしなことではない。
最初は店の様子を見るために一人で店内を観察していたわけだし、話を聞かせてくれる女性がいれば店内で長々とするわけがない。ましてや領収書を求めないのはあたりまえではないか。(もっとも、政務活動費でSMバー……というすごい大臣もいたが……)
むしろ「たいていは一人で悠然と食事をしたり飲んだりしていただけで、女性と話をしている時間は少なかった」という店員の証言から、ああ、やはり前川氏は本当に本当のことを言っていただけなのではないかという思いが強くなった。

「それは楽しいですよ、女性と話をするのは」

前川氏は大手メディアだけでなく、個人ジャーナリストのインタビューなどにも応じている。

↑神保哲生氏のビデオニュースドットコムでも長時間インタビューに応じているが、その中で神保氏も前川氏が「貧困調査のために行った」という説明を「あの言い訳だけは残念だった」というようなことを言って「本当にそれだけですか?」と食い下がっている。
それに対して前川氏は「そりゃあ、女性と話すのは楽しいですよ。それが何割かと言われても……」と笑って答えている。なんて正直で自然体なんだと感心してしまった。
「そういう店に行って女性を連れ出したら絶対にホテルに連れ込んでやっているに決まっている」と思い込む人たちがネット上でワイワイ騒いでいるが、本当に、前川氏の言葉じゃないけれど「気の毒だ」と思う。

↑まさにその通り。
自分の思考回路、価値観、世界観以外の、もっと広くて深い世界が外側に広がっていることを死ぬまで知ることがない、知ろうとしない人たち。

僕が驚いたのは、教養も品性もない人たちではなく、メジャーメディアに登場する「識者」とか「知識人」と呼ばれるような人たちまでもが、社会の底辺、あるいは底辺とまではいかなくても「庶民感覚」「普通の生活感」について「常識」がないことだ。
自分たちもメディアから取材を受けたらその場の食事代やコーヒー代は出してもらってあたりまえだと思っているはずだし、場合によっては「お車代」ももらっているだろう。内容に比べて高額な「講演料」なんかもね。
ところが、相手が貧困にあえいでいる底辺の女性だと、「そんな場所でそんな子たちに金を渡すなんて非常識」「引いてしまった」となる。これって、無意識のうちに底辺の女性たちを差別していることにならないか。

国を動かしている政治家たちは、自分で電車や飛行機の切符を手配したり、ホテルを予約したり、スーパーに行って晩ご飯の食材を買ったり、どこのガソリンスタンドに行けば安いか調べたり、切れた電球を交換したり……そういう「普通の生活」を知らないまま、経験しないまま今の職に就いていないか。そんな「常識のない人びと」が国民を幸せにできるのか。
前川氏もそういう階層にいる一人だが、彼はそれでも自分の頭で考え、自分の意志で行動し、「現場」を見ようとした……それを犯罪者や変質者のように報道する官邸やメディア。
「引いてしまいました」というキャスターの笑顔を見て、僕はまさに「引いてしまった」のだった。

現職中にやるべきだった

菅官房長官は、「なぜ現職中に言わないのか」と言ったが、それに対して「こんな冷酷な言葉はない。首切り役人が刀を持っている前で『さあ、言いたいことがあるなら言ってみろ』と言っているのと同じ」と評した人がいた。本当にそうだ。
しかし、前川氏は上記の神保氏のインタビューでこう語っている。
「私に続け!」と言うつもりであれば、やっぱり現職中にやるべきだった。そこは私の忸怩たる思いの部分ですね。
現職中は「これは無理だ。抵抗できない」と(なってしまった)。せめて文部科学省の範囲内でもちゃんとやること(はやろうと思った)。これは特区制度全体の中での話ですから。
文部科学省は特区制度に関する限りは相談にあずかるというか協議にあずかる側。「それはおかしいじゃないですか。おかしいじゃないですか」と、担当の高等教育局専門教育課はず~っと言い続けてきた。しかし、結局押し切られちゃったわけですから、そこまではもうしょうがないんじゃないかな、と。
私が現職のときに、そこでもっと声をあげていれば(よかった)。今のように、こんな文書があるじゃないかと、内閣府はこんな無理を言っているじゃないですか、と、もっとオープンに言えば、もっとはっきりしていただろうし、私に続くという人も続々と出てきたかもしれない。
今の私は、何言っても平気じゃないか、と。「何言っても平気な人が何言っても、我々現職は、同じことはできませんよ」と言われてしまったら、私も、それはそうだよね、と言わざるをえない。

そう悔恨の念を吐露した上で、さらにこう続けている。
ただ、それでもね、後輩たちに言いたいのはね、役人には面従腹背というものがあるんだ、ということ。
とにかく、身も心も捧げるな、と。
身も心も「貸す」ことはあっても、取り返すときには取り返せ、と。
……こういう生き方は役人にはどうしても必要だと思うんですね。
とにかく、完全に権力のロボットになるようなことはしないで、自分の座標軸を持って、これはおかしいと思うことは思いながら仕事をする。その中で粘り強く、強靱に、機を見て、方向転換できるときには方向転換するとかですね、そういう術(すべ)ってのが必要だろうなと思うんです。
上の動画の42分あたりからの書きおこし)

これを聞いて、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』のあとがきに書いた一節を思い出した。
 最後に二つ、繰り返しになるかもしれませんが、重要なことを書いて終わります。
 ひとつは、人生において、すっきりとこちらが正解だという決断ができる場面は意外と少ないということです。
 例えば、あなたが大きなメディア(新聞社やテレビ局)の社員だとします。あなたは社会の不正を告発し、正義を伝えたいという理想を持ってその会社に就職しました。しかし、上司はあなたと考えが合わないだけでなく、事実を隠蔽しようとします。それがさらに上の人たちからの指示であり、意志でもあることが分かってきます。
 絶望したあなたには、「こんな会社は辞めてやる」と辞表を叩きつけることもできますし、その場はぐっと堪えてぎりぎりの妥協をしつつ、次のチャンスを待つという選択もできます。こんなとき、どちらを選ぶのが正解かは、簡単に言えません。
 そこに所属して働けば働くほど世の中を悪い方向に向かわせると確信できれば、辞めて不正を告発する努力をすることが正しいかもしれません。でも、巨大メディアを辞めてひとりで伝えられる力は極めて弱いので、なんとかメディアに残って、他の同じ志を持った仲間と一緒にじわじわ闘っていくほうがずっと効果的かもしれません。
 そういうとき、安易に逃げずに、命がけで考え、行動してほしいのです。そうした強い意志が集まれば、世の中は少しずつ変わっていくかもしれません。

(『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』 岩波ジュニア新書 2012 あとがきより) 



官僚を辞めて、自分自身の言葉を発し続けている人たちは何人かいるし、メディアの世界でも、NHKを退社して、今はBSスカパー!の番組や自身が立ち上げたニュースサイト「8bitNews」などで活動している堀潤氏などにもあてはまることかもしれない。

私は公僕であって「国民の代表者」ではない

前川氏はさらにこうも言っている。
一旦大学が作られれば、毎年億の単位の私学助成を出して行くことになります。国民からあずかっている税金をその大学に注ぎ込むことになるわけですね。ずっと。その大学が存在する限り。
やはり、国民からあずかっている税金を正当に使うという意味でも、安易な大学の設置認可はできない。

公僕として、国民からあずかっている税金をいい加減に使うことはできないという信念を表明した上で、こう続けた。
私は事務方のトップではあるけれど、文部科学省のトップではないわけです。私は公務員として全体の奉仕者という自覚はあるけれども、「国民の代表者」ではない。
内閣総理大臣をはじめ、内閣を構成する大臣は、自ら国民の代表として選ばれた国会議員でもあり、その議院内閣制の下で、国会から選出された内閣総理大臣の下で任命された大臣ですから、国民の代表者ですよ。
国民の代表者として仕事をしているかたがたの決定には従わざるをえない。


……これは国民に向けた皮肉とも、精一杯のお願いともとれる言葉だ。
自分は公僕(全体への奉仕者)ではあるが、国民によって選ばれた「国民の代表」ではない。しかし、大臣たちは国会議員であり、国民が投票で選んだ代表である。公僕は「国民の代表」の決定に従わざるをえない……。
つまり、前川氏を理不尽な命令に従わざるをえないように追い込んでいるのは我々国民なのだ。間違った代表を選出している愚かな国民なのだ。
彼のような超優秀な人材を殺しているのは、この期に及んでも安倍政権を支持し続けている国民なのだ。
こうした絶対的な孤立を噛みしめながら、前川氏は行動している。
口先だけではなく、身体を張って行動している。


   

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