『阿武隈裏日記』を改題しました。
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続・前川喜平という人物2017/06/01 01:51

ビデオニュースドットコムでインタビューに応じる前川喜平氏

「常識」とか「一般人」ってなんなの?


「共謀罪」が強行採決された。これからはこんなTシャツ↑を着て歩かなくちゃ、と呟いている人がいた。
ビールと弁当を持っていたら「花見」、地図と双眼鏡を持っていたら「犯行現場の下見」――。「共謀罪」の成立に必要な「準備行為」の判断基準について、金田勝年法相は28日の衆院法務委員会でこんな例示で説明した。
朝日新聞 2017/04/28


僕は年がら年中カメラを持って誰もいない神社の境内やら他人様の田圃の周辺をウロウロしているわけで、「一般人」と書いたTシャツを着ていてもすぐに通報されて捕まりそうだ。

これはもはや冗談ではなくなっている。
先日の日記でも書いたが、「貧困層の女性が出入りする出会い系バーというものに実際行ってみた」と説明する前川喜平前文科省政務次官の話に、「この人の思考経路はやはり異常だし、普通の思考回路の人だと思って議論することはナンセンスだ」と断じる人もいる。
この滅茶苦茶な決めつけは論外としても、テレビのワイドショーなどに出てくるキャスターやコメンテイターにも「あの言い訳は残念だった」「お小遣いを渡したというのを聞いて引いてしまった」「もっと常識を持ってほしかった」などと論評する人たちがかなりいる。
しかし、そういうことを言う人の神経や思考回路のほうがよほど問題がある。
前川氏の説明を整理すれば、
  • 貧困から抜け出せない女性が、売春を覚悟した金銭目的で女性客無料のバーに行って金を持っている男性から声をかけられるのを待つ……という世界があることをテレビのドキュメンタリー番組で知った
  • どういうところなのか、どんな人たちがどんな風にしているのか、実際に行ってみた
  • そこで何度か女性と話したり食事をしたりした。その際、お小遣いも渡した

……ということだ。
つまり、「そういう店」に来る女性は金銭目的であることがはっきりしているわけで、「そういう店」で女性から話を聞いて時間をとらせたら、謝礼を出さないほうが非常識だし、まともな大人といえないでしょ。
これが仮に新聞社やテレビ局が取材で「そういう店」に潜入して、店内で見つけた女性を連れ出して話を聞いた後、なんの謝礼も出さなかったら、なんちゅう非常識な大人だ、と僕は思う。

前川氏が退任後にボランティアをしていたNPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長のブログを読んでも、前川氏の行動パターンは、文科省の外での行動については徹底して一私人として、自費で、身分を伏せてやっていたことが分かる。
5月30日放送の「直撃LIVEグッディ!」(フジテレビ)では、前川氏が出入りしていたバーに取材して、店員の証言などもとっていたが、「偽名を使っていた」「領収書はとっていなかった」「たいていは一人で悠然と食事をしたり飲んだりしていただけで、女性と話をしている時間は少なかった」「女性と一緒に店を出たのは1、2回」などと報じていた。それがまるで犯罪であり、会見での説明と大きく食い違うかのような伝え方だったが、どれもおかしなことではない。
最初は店の様子を見るために一人で店内を観察していたわけだし、話を聞かせてくれる女性がいれば店内で長々とするわけがない。ましてや領収書を求めないのはあたりまえではないか。(もっとも、政務活動費でSMバー……というすごい大臣もいたが……)
むしろ「たいていは一人で悠然と食事をしたり飲んだりしていただけで、女性と話をしている時間は少なかった」という店員の証言から、ああ、やはり前川氏は本当に本当のことを言っていただけなのではないかという思いが強くなった。

「それは楽しいですよ、女性と話をするのは」

前川氏は大手メディアだけでなく、個人ジャーナリストのインタビューなどにも応じている。

↑神保哲生氏のビデオニュースドットコムでも長時間インタビューに応じているが、その中で神保氏も前川氏が「貧困調査のために行った」という説明を「あの言い訳だけは残念だった」というようなことを言って「本当にそれだけですか?」と食い下がっている。
それに対して前川氏は「そりゃあ、女性と話すのは楽しいですよ。それが何割かと言われても……」と笑って答えている。なんて正直で自然体なんだと感心してしまった。
「そういう店に行って女性を連れ出したら絶対にホテルに連れ込んでやっているに決まっている」と思い込む人たちがネット上でワイワイ騒いでいるが、本当に、前川氏の言葉じゃないけれど「気の毒だ」と思う。

↑まさにその通り。
自分の思考回路、価値観、世界観以外の、もっと広くて深い世界が外側に広がっていることを死ぬまで知ることがない、知ろうとしない人たち。

僕が驚いたのは、教養も品性もない人たちではなく、メジャーメディアに登場する「識者」とか「知識人」と呼ばれるような人たちまでもが、社会の底辺、あるいは底辺とまではいかなくても「庶民感覚」「普通の生活感」について「常識」がないことだ。
自分たちもメディアから取材を受けたらその場の食事代やコーヒー代は出してもらってあたりまえだと思っているはずだし、場合によっては「お車代」ももらっているだろう。内容に比べて高額な「講演料」なんかもね。
ところが、相手が貧困にあえいでいる底辺の女性だと、「そんな場所でそんな子たちに金を渡すなんて非常識」「引いてしまった」となる。これって、無意識のうちに底辺の女性たちを差別していることにならないか。

国を動かしている政治家たちは、自分で電車や飛行機の切符を手配したり、ホテルを予約したり、スーパーに行って晩ご飯の食材を買ったり、どこのガソリンスタンドに行けば安いか調べたり、切れた電球を交換したり……そういう「普通の生活」を知らないまま、経験しないまま今の職に就いていないか。そんな「常識のない人びと」が国民を幸せにできるのか。
前川氏もそういう階層にいる一人だが、彼はそれでも自分の頭で考え、自分の意志で行動し、「現場」を見ようとした……それを犯罪者や変質者のように報道する官邸やメディア。
「引いてしまいました」というキャスターの笑顔を見て、僕はまさに「引いてしまった」のだった。

現職中にやるべきだった

菅官房長官は、「なぜ現職中に言わないのか」と言ったが、それに対して「こんな冷酷な言葉はない。首切り役人が刀を持っている前で『さあ、言いたいことがあるなら言ってみろ』と言っているのと同じ」と評した人がいた。本当にそうだ。
しかし、前川氏は上記の神保氏のインタビューでこう語っている。
「私に続け!」と言うつもりであれば、やっぱり現職中にやるべきだった。そこは私の忸怩たる思いの部分ですね。
現職中は「これは無理だ。抵抗できない」と(なってしまった)。せめて文部科学省の範囲内でもちゃんとやること(はやろうと思った)。これは特区制度全体の中での話ですから。
文部科学省は特区制度に関する限りは相談にあずかるというか協議にあずかる側。「それはおかしいじゃないですか。おかしいじゃないですか」と、担当の高等教育局専門教育課はず~っと言い続けてきた。しかし、結局押し切られちゃったわけですから、そこまではもうしょうがないんじゃないかな、と。
私が現職のときに、そこでもっと声をあげていれば(よかった)。今のように、こんな文書があるじゃないかと、内閣府はこんな無理を言っているじゃないですか、と、もっとオープンに言えば、もっとはっきりしていただろうし、私に続くという人も続々と出てきたかもしれない。
今の私は、何言っても平気じゃないか、と。「何言っても平気な人が何言っても、我々現職は、同じことはできませんよ」と言われてしまったら、私も、それはそうだよね、と言わざるをえない。

そう悔恨の念を吐露した上で、さらにこう続けている。
ただ、それでもね、後輩たちに言いたいのはね、役人には面従腹背というものがあるんだ、ということ。
とにかく、身も心も捧げるな、と。
身も心も「貸す」ことはあっても、取り返すときには取り返せ、と。
……こういう生き方は役人にはどうしても必要だと思うんですね。
とにかく、完全に権力のロボットになるようなことはしないで、自分の座標軸を持って、これはおかしいと思うことは思いながら仕事をする。その中で粘り強く、強靱に、機を見て、方向転換できるときには方向転換するとかですね、そういう術(すべ)ってのが必要だろうなと思うんです。
上の動画の42分あたりからの書きおこし)

これを聞いて、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』のあとがきに書いた一節を思い出した。
 最後に二つ、繰り返しになるかもしれませんが、重要なことを書いて終わります。
 ひとつは、人生において、すっきりとこちらが正解だという決断ができる場面は意外と少ないということです。
 例えば、あなたが大きなメディア(新聞社やテレビ局)の社員だとします。あなたは社会の不正を告発し、正義を伝えたいという理想を持ってその会社に就職しました。しかし、上司はあなたと考えが合わないだけでなく、事実を隠蔽しようとします。それがさらに上の人たちからの指示であり、意志でもあることが分かってきます。
 絶望したあなたには、「こんな会社は辞めてやる」と辞表を叩きつけることもできますし、その場はぐっと堪えてぎりぎりの妥協をしつつ、次のチャンスを待つという選択もできます。こんなとき、どちらを選ぶのが正解かは、簡単に言えません。
 そこに所属して働けば働くほど世の中を悪い方向に向かわせると確信できれば、辞めて不正を告発する努力をすることが正しいかもしれません。でも、巨大メディアを辞めてひとりで伝えられる力は極めて弱いので、なんとかメディアに残って、他の同じ志を持った仲間と一緒にじわじわ闘っていくほうがずっと効果的かもしれません。
 そういうとき、安易に逃げずに、命がけで考え、行動してほしいのです。そうした強い意志が集まれば、世の中は少しずつ変わっていくかもしれません。

(『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』 岩波ジュニア新書 2012 あとがきより) 



官僚を辞めて、自分自身の言葉を発し続けている人たちは何人かいるし、メディアの世界でも、NHKを退社して、今はBSスカパー!の番組や自身が立ち上げたニュースサイト「8bitNews」などで活動している堀潤氏などにもあてはまることかもしれない。

私は公僕であって「国民の代表者」ではない

前川氏はさらにこうも言っている。
一旦大学が作られれば、毎年億の単位の私学助成を出して行くことになります。国民からあずかっている税金をその大学に注ぎ込むことになるわけですね。ずっと。その大学が存在する限り。
やはり、国民からあずかっている税金を正当に使うという意味でも、安易な大学の設置認可はできない。

公僕として、国民からあずかっている税金をいい加減に使うことはできないという信念を表明した上で、こう続けた。
私は事務方のトップではあるけれど、文部科学省のトップではないわけです。私は公務員として全体の奉仕者という自覚はあるけれども、「国民の代表者」ではない。
内閣総理大臣をはじめ、内閣を構成する大臣は、自ら国民の代表として選ばれた国会議員でもあり、その議院内閣制の下で、国会から選出された内閣総理大臣の下で任命された大臣ですから、国民の代表者ですよ。
国民の代表者として仕事をしているかたがたの決定には従わざるをえない。


……これは国民に向けた皮肉とも、精一杯のお願いともとれる言葉だ。
自分は公僕(全体への奉仕者)ではあるが、国民によって選ばれた「国民の代表」ではない。しかし、大臣たちは国会議員であり、国民が投票で選んだ代表である。公僕は「国民の代表」の決定に従わざるをえない……。
つまり、前川氏を理不尽な命令に従わざるをえないように追い込んでいるのは我々国民なのだ。間違った代表を選出している愚かな国民なのだ。
彼のような超優秀な人材を殺しているのは、この期に及んでも安倍政権を支持し続けている国民なのだ。
こうした絶対的な孤立を噛みしめながら、前川氏は行動している。
口先だけではなく、身体を張って行動している。


   

森水学園第三分校を開設

森水学園第三分校

タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



前川喜平という人物2017/05/28 22:06

前川氏を誹謗する菅官房長官(テレビ番組の画面より)
森友学園問題に続く「本命」加計学園スキャンダルも、メディアや野党のていたらくでこのままうやむやにされるのかと思っていた矢先、渦中にいた文科省の元事務方トップの人物が勇気ある告発証言をした。
最初に見たのは夕方の地上波ニュースで、すでに編集済みだったため、全編を見られないかと探していたら、CSのニュースバード(TBS系)でノーカット録画放送をやっているところだった。食い入るように見た。

概要はすでにあちこちに報じられているので、ここでは地上波や新聞ではなかなか報じない部分をまとめてみる。

文書が本物かどうか、とか、探せとかないとか←意味がない

この会見後も、野党は「問題となっている文書が本物かどうか、文科省内に保存されているはずだから確認しろ」というようなことを言い続け、官邸や文部科学大臣は「存在は確認できなかった」「再調査の必要はない」などとやりあっている。
……バッカじゃなかろか。
「私が目にした文書は、文科省の専門教育課が作ったものでありまして、専門教育課の職員が内閣府の藤原(豊)審議官のもとを訪れて、藤原さんがおっしゃったことを書き留めた。そういう性格の文書です。
私は部下だった職員が書いてあることを聞いてきたのだと。100%信じられると思っておりますので、藤原さんがそういうことをご発言になったということは私は確かなことであろうと思っております」(25日の記者会見より

当時の事務方トップが「この文書は私が説明を受けたときのレク文書に間違いない。作成した人物(部下)もまだ省内にいる」と言っているのだから、文書が本物であることはもはや議論の余地はない。
前川氏が事務次官として、この「総理のご意向」「官邸の最高レベルの……」という文書をもとに説明を受けたことは分かったのだから、それでも官邸や内閣府は関係ないというのであれば、「このレク文書を作成した文科省職員は上司を納得させるためにありもしないこと(内閣府、官邸側からの圧力示唆)を書いた」ということになる。官邸サイドは「我々はなんの指示も示唆もしていない。文科省の職員が勝手に忖度してそのようなレク文書を作成して上司に説明した」と証明する必要がある。
これを本気でやれば、板挟みの職員は確実に消されてしまうだろうが……。

なぜ京産大は排除されたのか?

そもそも「国家戦略特区」とは、
経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点の形成を促進する観点から、国が定めた国家戦略特別区域において、規制改革等の施策を総合的かつ集中的に推進します。(首相官邸WEBサイト)

というもので、国がまず決めて、そこに事業者や自治体が応募するという形のものだ。
「普通はできないことを特別にそこだけは認めますよ」というのだから、競争相手を排除した独占的な事業が展開できる可能性がある他、
課税の特例
認定区域計画に定められている特定事業(内閣府令で定めるもの等に限る。)を実施する法人(国家戦略特別区域担当大臣が指定するものに限る。)の所得については、租税特別措置法で定めるところにより、課税の特例の適用があるものとすること。
国家戦略特別区域法の一部を改正する法律要綱 より)
など、様々な特典も与えられる。

この「特区」、いろいろある中で「教育」という分野には「公立学校運営の民間への開放(公設民営学校の設置)」(2015年特区法成立)というのがあっただけだったところ、「獣医学部の新設」が加わった(2017年1月告示 適用は今治市)。
この「獣医学部の新設」が加わった経緯もかなり不透明だが、そこに京都産業大学が名乗りを上げたのに、それを排除するためととられてもおかしくないような条件を加えた(2016年11月)。

文科省は、獣医学部新設で「既存の大学・学部では対応が困難な獣医師養成の構想が具体化」など内容に条件を課す修正を求めた。修正理由には「(加計学園が計画する)今治市の構想が適切であることを示す」とも指摘した。だが、実際の決定文では要求は却下され、逆に原案の「獣医師系養成大学等の存在しない地域」との地域的条件に「広域的に」「限り」の二つの文言が挿入された。(東京新聞 2017/05/23朝刊「加計学園に有利に加筆 獣医学部設置決定案に」

この「広域的に」「限り」が加えられた結果、京産大は隣の大阪府にすでに獣医学部を持つ大学があるため「該当せず」になってしまった。
その結果、
(6)名称:獣医師の養成に係る大学設置事業
内容:獣医学部の新設に係る認可の基準の特例
(国家戦略特別区域法第 26 条に規定する政令等規制事業)
学校法人加計学園が、獣医学部の設置の認可を受けた上で、愛媛県今治市において、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するための獣医学部を新設する。【平成 30 年4月開設】
首相官邸WEBサイトにある「広島県・今治市 国家戦略特別区域 区域計画(案)」平成29年1月20日 より)


……となり、この時点で「平成30年4月開設」と、開校の年月まで明記されている。同時に手をあげていた京産大の関係者でさえ「そんな早く開校できるはずがない。加計学園さんはその条件でよく手をあげたものだ」と驚いていたという。

この状況で「加計学園ありき」ではなかったという説明には到底無理がある。

(そもそも京産大にしろ加計学園にしろ、なぜそこまで「動物実験に特化した獣医学部」を開設したかったのか。製薬業界との関係はないのか……という疑問を抱いてしまうのだが、その問題は別だてで考えたい)

いちばんの問題は「国家が恣意的に個人を抹殺できる」という現状況

テレビメディアなどでは「最初から加計学園ありきで行政が歪められたということがあったのかなかったのか」が問題の本質だという論で報道しているが、ここにきてさらに恐ろしい、重大な問題が浮き彫りになっている。
それは、国家権力が自分たちに都合の悪い個人を、嘘や偽情報、自分たちの意のままになるマスメディアを使って貶め、社会的に抹殺するという恐怖だ。

読売新聞が「辞任の前川・前文科次官、出会い系バーに出入り」と題した記事を掲載したのは2017年5月22日のことだった。
文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。
教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ。
関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。
女性らは、「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある。(以下略)

この記事が掲載されたのは週刊誌や新聞、テレビの取材などに前川氏が応じる姿勢を見せた時期であり、なぜこのタイミングで退職して一私人となっている人間のスキャンダル記事を全国紙が大きく報じるのか、メディアや政界を少しでも知る人たちは仰天した。

鮫島浩? @SamejimaH 5月22日
このニュースからは以下の可能性が読み取れる。
①前文科次官には公安の尾行がついていた
②国家権力はこの情報を読売にリークした
③それは加計学園問題で情報を流出させた文科省への報復と脅しである。
共謀罪成立後に到来するのはこのような監視社会だ。
(ジャーナリスト・鮫島浩氏のツイート


一読して驚嘆した。
とてもではないが、全国紙が配信する記事とは思えなかったからだ。
(略)
「批判が上がりそうだ」
というこの書き方は、新聞が時々やらかす煽動表現のひとつで、「批判を浴びそうだ」「議論を招きそうだ」「紛糾しそうだ」という、一見「観測」に見える書き方で、その実批判を呼びかけている、なかなかに卑怯なレトリックだ。
書き手は、「批判を浴びそうだ」という言い方を通じて、新聞社の文責において批判するのではなく、記者の執筆責任において断罪するのでもなく、あくまでも記事の背後に漠然と想定されている「世間」の声を代表する形で対象を攻撃している。しかも、外形上は、「世間」の空気を描写しているように見せかけつつ、実際には「世間」の反発を促す結果を狙っている。
真意は
「な、こいつヤバいだろ? みんなでどんどん批判して炎上させようぜ」
といったあたりになる。
実に凶悪な修辞法だ。
「出会い系バーに出入りした人の“末路”」小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明 日経ビジネスオンライン 2017/05/26


……まあ、普通の感覚ならこうとらえる。この国はすでに恐怖政治体制の国になってしまったのか。権力者が世界一の発行部数を誇る新聞社を使って個人をつぶすような国になったのか……と。

一方、こうした卑怯な個人人格攻撃に追い打ちをかける輩もわんさと出てくる。
代表的なものを一つあげれば、同日付の「アゴラ」には、元通産省大臣官房情報管理課長で、現在は徳島文理大学大学院教授という肩書きを持つ人物がこんな文章を載せている。

この人の思考経路はやはり異常だし、普通の思考回路の人だと思って議論することはナンセンスだ。そんな理屈、家族の中でも通用しないだろう。また、「昨年秋、(出会い系バーへの 出入りに関し)、杉田和博官房副長官からご指摘を受けた」と述べている。怪しげなバーに政府高官が出入りしているという情報があれば調べるのは、政府中枢として当たり前の活動だろうし、それは、かなり噂になっていたのではないか。
(略)
しかも連れ出してお金を渡している。別に問題ないという人もいるが、これが他省庁の次官ならまだしも文部科学事務次官だとまったく別の問題だ。いわば全国の学校の先生のトップに立っている人なわけだ。警察庁長官が酔っ払い運転したみたいなもの。そして、そういう常識のない人がいっている話が普通の元官僚のいっていることと同等の信用性はない。
「前川文書と出会い系バーの「真相」を推理する」 八幡和郎 2017/05/26)


まさに官邸の思惑通りの援護射撃だ。

「思考経路が異常」「普通の思考回路の人だと思って議論するのはナンセンス」「そんな理屈、家族の中でも通用しない」と言いきっているが、この「そんな理屈」の内容を前川氏の発言から正確に拾うとこうなる。

「出会い系バーというものがありまして、読売新聞で報じられたが、そういったバーに私が行ったことは事実です。
経緯を申し上げれば、テレビの報道番組で、ドキュメント番組で、いつどの局だったかは覚えていないが、女性の貧困について扱った番組の中で、こういったバーでデートの相手を見つけたり、場合によっては援助交際の相手を見つけたりしてお金をもらうという女性がいるんだという、そういう女性の姿を紹介する番組だった。
普通の役人なら実際に見に行こうとは思わないかもしれないが、その実態を、実際に会って話を聞いてみたいと思って、そういう関心からそういうお店を探し当て、行ってみた。
その場で話をし、食事したり、食事に伴ってお小遣いをあげたりしながら話を聞いたことはある。
その話を聞きながら、子供の貧困と女性の貧困はつながっているなと感じていたし、そこで話を聞いた女性の中には子供2人を抱えながら、水商売で暮らしている、生活保護はもらっていないけれど、生活は苦しい。就学援助でなんとか子供が学校に行っているとか、高校を中退してそれ以来ちゃんとした仕事に就けていないとか。あるいは通信制高校にいっているけどその実態が非常にいい加減なことも分かった。
いろいろなことが実地の中から学べた。その中から、多くの人たちが親の離婚を経験しているなとか、中学・高校で中退や不登校を経験しているという共通点を見いだした。
ある意味、実地の視察調査という意味合いがあったわけですけれど、そこから私自身が文部科学行政、教育行政をやる上での課題を見いだせた。ああいうところに出入りしたことは役に立った。意義があったと思っている」
25日の会見より


この発言に対して「思考回路が異常」「家族の中でも通用しない」というわけだが、そう決めつける根拠は何も示されていない。
ましてや、「警察庁長官が酔っ払い運転したみたいなもの」であるはずもない。
組織暴力団員でもない「一般人」が犯罪も何も冒していない時点で密かに身辺を調査され、プライバシーを侵害され、結果、なんの犯罪も出てこないのに新聞にほのめかしに満ちた記事が出て「批判が上がりそうだ」などと印象誘導される
これこそまさに今いちばんの懸念となっている「共謀罪」への恐怖そのものであり、すでにそういう国になってしまっているという実例ではないか。
ちなみに記者会見で前川氏は、「これは権力の脅しだと思うか」と問われて、「私はそんな国だとは思いたくない」ときっぱり答えている姿は、多くの人が見たとおりだ。

まずは正確な情報を──「ガールズバー」でも「風俗店」でもない

多いときは週に1度のペースで店に通い、女性たちの身の上話に耳を傾けた。女性たちの多くが、両親の離婚や学校の中退を経験していることを知った。
「この状態を何とかしなければという思いは、仕事の姿勢にも影響した。高校無償化や大学の給付型奨学金などに積極的に取り組んだ。私は貧困問題が日本の一番の問題だと思っている」(「Aera」(前川喜平はウソつきか? インタビューで答えた“総理と加計の関係”)


正直に言えば、僕自身最初は「貧困の実態調査」のために通ったというのはやや無理があるのではないかと思っていた。しかし、調べていけばいくほど、そう思い込んでしまう自分の品性・品行のほうに問題があるのかもしれないと思い始めた。

まず正確を期すために前川氏が通っていた店とはどんな店なのか、情報を探ってみた。
複数の情報はすべて歌舞伎町にあるバーを示している。その店は女性客は無料で入店できるが、男性客は60分3500円(1ドリンク付き)、120分4800円(2ドリンク付き)というバーで、営業時間は20.30~5.00。
様々なブログやツイッターの書き込みなどには「ガールズバー」とか「風俗店通い」などという記述も見られるが、どちらも間違いだ。ガールズバーというのは「バーテンダーが女性中心のショットバー」であり、まったく別業態。また、店に性的なサービスを提供する女性を控えさせている風俗店ともまったく違う。
夜しか開いていないので、公務員が勤務時間中に入店することはありえない。
また、女性が入店無料(ドリンクチケット付き)ということで、売春目的で入店する女性も多いのは事実だが、当然のことながら、男女問わず、客のすべてが売買春目的で来るわけではない。
実際、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(扶桑社、2012年)の著者である荻上チキ氏は、自身のラジオ番組内で、「本を書くために自分も100回くらいそういう店に通ったし謝礼も渡した」と説明している


ついでにこの本を読んだ感想を書いているブログに分かりやすい、かつ印象的なまとめがあったので引用したい。
3.11以降の取材で福島に住み昼間は工場勤務、夜はワリキリの女性の言葉が切なかった。放射線量は気にならないとし「はい、病気になったらどうせ死ぬのだし。それよりお金のほうが心配」 これって彼女に限らず、いま3.11以降を生きるこの国の多くの人たちの心情に共通しているように思えてならない。
荻上チキの取材力、問題認識力に敬意を表したい。荻上チキはまとめた「n個の社会問題の数だけn個の処方箋、n個の排除の数だけn個の包摂を。買春男に彼女たちを抱かせることをやめたいなら、社会で彼女を抱きしめてやれ。そうすれば事態は幾分マシになる。彼女たちの売春、それは僕たちの問題でもあるのだ」
「ポポロの広場」より



前川喜平氏の人物像

前川氏が「女性は入場無料のバー」に通っていたこと自体はなんの違法行為でもないし、加計学園問題に対する「証言」とはまったく関係がない。そのことをまずはっきりさせておかなければならない。
しかし、すでに官房長官や世界一の発行部数を持つ大新聞が彼を「いかがわしい人物」「ポストに恋々としがみつく人物」だとほのめかしている異常事態が起きている今、そのほのめかしにどれだけのリアリティがあるのかを検証するために、いくつかの情報をまとめてみる。

地位に恋々としてしがみついているのは誰か?

まず、菅官房長官が語った「責任者として自ら辞める意向をまったく示さず、地位に恋々としがみついていた」という誹謗については、前川氏自身が25日の記者会見でかなり詳細に述べた経緯とまったく違っている。
私の退職、辞職の経緯は、誰に恨みを持つようなものでもなく、私は文科省のいわゆる天下り問題、再就職規制違反の問題について責任ある立場におりましたから、これは再就職等監視委員会からも違法行為を指摘されましたし、私自身も自分自身が行った違法行為、それから違法行為を行った職員に対する監督責任、そういったものが問われたわけでありまして。私が引責辞職したのは、自らの意思です。

1月5日だったと覚えてますけれども、私の方から松野文科大臣に監視委員会の調査の状況、文科省としての対応の状況などをご報告した際に、かなり多くの処分が不可避です、こういった事態にいたったことについては私が責任を取らざるを得ないと思いますと。従って、責任ある形で、辞職させていただきたいと申し入れた記憶がございます。私の方が、大臣に。

事務次官の辞職というのは勝手にはできない。辞職を承認する辞令をいただかなければならないので。辞職を承認していただきたいと私の方から大臣に申し上げた。大臣は慰留してくださいました。
しかし、私はこれは辞めるしかないということで、官邸とご相談したいとうことで、官邸にも大臣のお許しを得て、ご相談にまいりました。

ご相談の相手は、杉田(和博)官房副長官です。杉田副長官にも、これから起こるであろう文科省の職員に対する処分がどのようなものになるかの概略を説明しながら、私自身の引責辞職についても、お許しをいただきたいと申し上げたところ、『いいだろう』というお話を承りまして、それを持ち帰り、大臣に官邸からもご了解をいただきましたということで、事実上、私の辞職がそこで決まったということです。
5月25日の記者会見にて


菅官房長官の「恋々と地位にしがみつく」という誹謗中傷に少しでも分があるというのなら、前川氏のこの発言内容はことごとく嘘だということになるわけで、それを証明してほしいものだ。でなければ、菅官房長官の発言は、極めて悪質な嘘、でっち上げによる名誉毀損という犯罪になるだろう。

辞任後は夜間中学などでボランティア活動

国家権力がなりふり構わず個人攻撃を続ける一方で、前川氏の人物像を知る情報がいくつも浮上してきた。
前川さんは辞任後、二つの夜間中学校の先生、子どもの貧困・中退対策として土曜日に学習支援を行う団体の先生として、三つのボランティア活動をしている。

と報じたのは「Aera」(前川喜平はウソつきか? インタビューで答えた“総理と加計の関係”)だ。
これを裏付ける証言も出てきた。ボランティアしていたという「キッズドア」の理事長・渡辺由美子氏は自身のブログの中でこう語っている。

実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。

担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。
「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」
と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。
今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。

なんで、前川氏が記者会見をされたのか?
今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。
これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?

大人は嘘をつく。
自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。
子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。
小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。
「あったものをなかったものにできない。」
前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、
「正義はある」
ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」
そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。

子どもたちとって、これほど心強いことはない。
「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気 キッズドア 渡辺由美子 オフィシャルブログ より)


さらに時代を遡ってみると、前川氏は今から12年前の2005年、小泉政権下で「三位一体改革」という名のもとに行われようとした義務教育費削減政策に真っ向から立ち向かい、個人的にブログまで立ち上げて反論を堂々と展開していた。
このブログは今もまだWEB上に残っていて読めるので一部を紹介してみる。
義務教育費はなぜ狙われたのか?
義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
(略)
公共事業のように政・官・業のもたれ合い体質の強い分野よりも、義務教育や児童福祉のような分野の方が政治の世界からの抵抗をかわしやすい。特に義務教育や児童福祉の直接の受益者である子どもたちは選挙権を持っていないから、どんな目にあっても、彼ら自身には政治を変える力がない。地方6団体が平成17年7月20日に発表した補助金・負担金の廃止リストの中には児童養護施設の負担金も含まれている。身寄りのない子どもたちには彼らに代わって権利を主張する親もいない。政治的に完全に無力な存在だと言ってよい。そういう政治的弱者が狙われているのだ。
義務教育費国庫負担金には、徒党を組んで削減反対を唱え、「票」や「金」で政治を動かせるような圧力団体がいないのが現実の姿だ。
また、民間部門に比べると公立部門は政治力が弱い。だから私立所よりも公立保育所の方が、私立学校よりも公立学校が狙われるのだ。
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その1)義務教育費はなぜ狙われたのか? より)


このブログ、赤裸々で大変読み応えがある。例えばこんな部分。
 義務教育費国庫負担金の堅持を求める文教関係議員を、「既得権益」だとか「利権」だとかいうもののために動いているかのように新聞が書くのは、私に言わせれば、無礼千万な話である。

(略)

義務教育費国庫負担金は「票」や「金」には結びつかない。純粋に義務教育が大切だと信じる人だけがこれを本気で守ろうとしているのだ。

中でもその真剣さにおいて際だっているのは保利耕輔氏である。

保利氏は、文部大臣だけでなく自治大臣も経験された方だ。総務省(旧自治省)は当初さかんに保利氏を味方につけようと工作した。我々が氏のもとにうかがうたびに「総務省はこう言っている。文部科学省はどう反論するのだ」と説明を求められた。生半可な説明では決して納得されなかった。氏は、両省の言い分をとことん聞き取り、熟慮に熟慮を重ねた末、義務教育費国庫負担制度は堅持する必要があるという結論に達せられたのだ。義務教育においては「教育の機会均等」は至上命題だ。然るに義務教育費国庫負担金を税源移譲に回せば、都道府県ごとの税収には大きな格差がでる。文部科学省の試算では、国庫負担金に比べて税収が上回るのが七都府県、それ以外の四〇道県では財源不足になる。地方交付税が不足を補填するから大丈夫だと総務省は言うが、地方交付税は削減の一途を辿っているではないか。そのような状態では、義務教育費の財源を交付税で保障することはできないはずだ。そうなれば、義務教育の機会均等は保障できなくなる。…保利氏はそのように結論を出されたのだと思う。

(略)

平成17年6月9日号の週刊新潮に奇っ怪な記事が載った。タイトルは「次は『文科省役人』のクビを狙う『小泉』」。この記事は郵政民営化法案に反対の動きをした総務省幹部の更迭人事を紹介した上で、「文科省関係者」の言葉として「次の生け贄」は文部科学省の結城事務次官と銭谷初等中等教育局長だと書いている。

(略)

「郵政民営化に目を奪われていますが、国と地方の税財政関係を見直す、いわゆる三位一体改革も小泉政策の大きな柱です。その中には、義務教育費の国庫負担制度改革も含まれている。独自財源を増やすことを狙って小泉改革に賛成する地方と、自らの権益を失うことに繋がるため制度維持を狙う文教族・文科省が対立しています。小泉は、結城と銭谷を反対派の象徴と見ているんです」(官邸関係者)
 そしてこの記事は、こう締め括られている。
「この“反対派”の二人に小泉首相はこう言い放った。『もうこれ以上、反対しないでくれ。分かってるね』二人は震え上がったという。」

この記事は完全な捏造である。誰よりもまず小泉総理に対する中傷である。官邸に呼ばれた事実もないのに「震え上がった」などと嘘を書かれた次官と局長も堪ったものではない。週刊新潮がこんなデタラメを記事にする雑誌だとは知らなかった。
一体誰がこんな記事を週刊新潮に書かせたのだろう。義務教育費国庫負担金の廃止・削減を狙う「誰か」であることは間違いない。極めて卑劣な行為である。

(略)

この記事が出てから間もない6月5日の日曜日、中教審義務教育特別部会は異例の日曜セッションを青山の公立学校共済施設で開いた。その会議終了後、会場から地下鉄の駅へ向かっていた私は、総務省自治財政局の務台調整課長が、見城美枝子委員に路上で話しかけているところに出くわした。

務台課長は、見城委員が義務教育費国庫負担金の廃止に賛成するよう説得を試みていた。私はその話に加わり、務台課長の主張に反論した。しばらく議論をしたあとで、務台氏が私に向けて最後に投げつけた言葉がこれだ。「前川さん、そんなこと言ってると、クビ飛ぶよ」
 クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望である。週刊新潮は、文科省が「権益」のために制度を持しようとしていると書いたが、義務教育費に「権益」などというものは無い。仮にそんなものがあったとして、「権益」にしがみつく人間が「クビ」を賭けるようなまねをするだろうか。
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その15)義務教育費に利権はない より)


ずいぶん端折ったが、それでも相当長くなってしまった。全文は元のブログで。

ちなみに最後に出てくる務台調整課長というのは、福島を訪れた際に長靴がなくて、おぶわれて水溜りを渡ったことで一躍名をはせた務台俊介・元内閣府大臣政務官のことだ。

さらには、前川氏はこのブログ内で、近未来小説「義務教育崩壊!」なるものの構想まで書いている。
 「義務教育崩壊!」。私が書きたいと思っている近未来小説だ。第一章の書き出しは、200X年3月下旬の参議院本会議。義務教育費国庫負担法廃止法案が可決成立する場面である。
「起立多数。よって本件は可決されました」議長の声が響く。文部科学大臣がひな壇から議場の外へ出てくる。大臣を待っていた文部科学事務次官以下の幹部にまじって、義務教育費国庫負担制度の所管課長である後山悲平財務課長が佇立している。疲れ切った表情で赤絨毯の上を歩き始めた大臣に、後山は一つの書類を差し出す。表には黒々と「辞表」と書いてある。……
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その3)近未来小説「義務教育崩壊!」より)


後山というのは前川の対意文字を連ねた洒落だろうが、辞表覚悟でこのブログを書いているという決意のようなものが滲んでいる。

事務次官就任後にも、こんな記事があった。

埼玉の夜間中学運動31周年を記念した集会が29日、JR川口駅東口にある複合施設「キュポ・ラ」で開かれ、文部科学省の事務方トップとして集会に初参加した前川喜平事務次官が「(夜間中学は)教育の場で重要な役割を果たしてきた」と評価し、文科省として公立夜間中学設置を推進する考えを示した。
1979年に文部省(現文科省)に入り、初等中等教育局長などを経て今年6月に次官になった前川次官は「教育は人権保障の中核。国籍に関わらず、全ての国民は等しく教育を受ける権利がある」と語り、卒業証書を受け取るだけの「形式卒業」や義務教育未修了者、不法滞在の外国籍の親を持つ子どもたちなど、教育を受ける権利を制限されてきた人たちに学びの場を提供してきた「夜間中学」を高く評価した。
文科省として公立夜間中学設置を推進するに当たっては、「多様な学習機会を確保する観点」から、不登校の生徒についても本人の希望を尊重して受け入れていく方針を明示。半世紀近く夜間中学運動に関わってきた元教師からは「大変大きな前進」と歓迎する声が聞かれた。
(以上、「夜間中学 埼玉の運動31周年集会 「重要な役割」 初参加、文科省事務次官が評価」 2016/10/31 毎日新聞埼玉地方版 より)

この記事には、
「個人的見解」としながら「夜間中学設置について、組織としての文科省はこれまで見て見ぬふりをしてきた。(夜間中学設置に賛同する)自分は(省内では)異端。居心地が悪かった」と吐露した。

……という興味深い箇所もあった。

前川さんの今回の反撃が、単に、前川さんが次官飛ばされて、でも、俺は食うに困んないで金はあるから一発爆弾落としてやるか、というんじゃなくて、前川さんに同情的な霞が関の官僚ってけっこう多いんですよ。人事をいじられて、政策も今まで自分たちが霞が関で積み上げてきたものを曲げられて、今の安倍政権はやっていると思っている人、多いですからね」(TBSラジオ・武田一顯記者 5月27日のMBSテレビ「ちちんぷいぷい」での解説より)


権力集中型の政権と対立し、「前川さん、そんなこと言ってると、クビ飛ぶよ」と脅されながらも、上に立たなければ行政を動かせない、と、仕事は有能にこなして、ついにトップに立った人。
どこをどう読んでも「恋々と地位にしがみつく」ような人物像は浮かんでこない。

ここまで調べてきて、僕は当初「貧困実態調査」のために出会い系バー通いはさすがに苦しいのでは……と疑っていた自分の狭量さを恥じた。
もちろん事実は知るよしもない。しかし、こんな人物であれば、「貧困実態の調査」のためにお忍びで出会い系バーに潜入して話を聞いていたという説明は、その通りだったのではないかと、最後は思うようになった。

ネット上では「出会い系バー通いの変態がボランティアで子供に近づいたとしたらもっと危ない」などというバカ丸出しのコメントが乱れ飛んだりしているが、ネットにバカがあふれるのはまあしょうがない。恐ろしいのは、巨大メディアが悪質な権力誘導型デマ発生装置にまで堕している現実だ。

文科省の元官僚として前川氏の先輩にあたる寺脇 研氏(現・京都造形芸術大学 教授)は、フェイスブックでこう報告している

某全国紙から、27日朝刊のために前川さんの記者会見についてコメントを求められ、以下のように述べた(文章は記者がまとめてくれたもの)。
その数時間後、その記者から暗い声で電話が…
「このコメントは載せるな、と上からの命令があり掲載見送りになりました」
なのでここに出します。
いやはや、この国の既成メディアの状態はひどい。
今回の一件でそのことも明らかになりつつあります。

前川前文科次官の会見は堂々たるもので、信念の人だと改めて感じた。覚悟を決めて証言したのだろう。
(以下略)


ずいぶん長くなってしまった。
しかし、大新聞があれだけいい加減な誹謗記事を出してくるのだ。それに対して検証する努力を怠れば、印象操作の餌食になってしまう。
散歩の途中ですれ違った中学生がこんなことを口にした。
「あの人って大金持ちの家に生まれてお金には全然困ってないんだって」
……おいおいおい。それはさらにどうでもいいことなんだよ。
あの人が踏ん張らなければ、今頃地方の小中学校はかなり厳しい状況に追い込まれていたかもしれないんだよ。あ~、それを僕も今の今まで知らなかったんだけどね……。

ナチス体制下のドイツで開かれたベルリンオリンピック。水泳女子200m平泳ぎの中継でNHKのアナウンサーは「前畑がんばれ!」と20回以上絶叫した。80年以上たった今、一強独裁政権に怯えるメディアの代わりに、僕らは「#前川がんばれ!」と言い続けよう。

   

森水学園第三分校を開設

森水学園第三分校

タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



「ナガミヒナゲシ騒動」考2017/05/22 21:28

これが悪魔の大魔王のように言われているやつ?

我が家の周りではむしろ減っているような気がするが……

最近、よく聞く「ナガミヒナゲシ」という名前。「異常繁殖して周囲の草花を枯らす悪魔のような花なので駆除してください」というような話として出てくる。
鮮やかなオレンジ色の花はよく見る。でも、うちの周囲ではたまに見る程度で、少なくともハルジオンやフランスギクのように群生しているのは見たことがない。
暴力的に増えるというのだが、むしろ、今年はめっきり見なくなった気がする。

それでなんとなく気になってググり始めたところ、興味深いページを見つけた。
東京農工大学大学院農学府教授(国際生物生産資源学教育研究分野・国際環境農学専攻)という肩書きを持ち、アレロパシーの専門家である藤井義晴教授とのやりとりを紹介している。
教授、「個人で作られているサイトに大学から情報をだしてもよいものかどうかわかりませんが、とりあえず個人的な情報として……」と、いろいろ書いてくださったそうで、親切だなあ……藤井教授。ちなみに僕と同い年らしい。

かなり詳しく⇒こちらに情報がまとめてあるので、興味のある方はそちらを読んでいただくとして、目にとまった部分をちょっとだけ引用させてもらうと……。
交差点でよく見かけるのはなぜ?

実ができるのがちょうど梅雨どきで、その雨で車のタイヤにくっついて道路沿いに広がっていると推定しています。
このような特性が都市の道路沿いに広がっている原因と思われます。


ナガミヒナゲシのアレロパシーについて

アレロパシーは私の専門分野で、その活性を自分達が開発した「プラントボックス法」や、「サンドイッチ法」という方法で検定しましたところ、相対的には強い活性がありました。
ただ、この話が一人あるきして、周辺の植物をアレロパシーでばたばた枯らすように思われているようですが、それほど強い現象ではなく、生育を少し阻害する程度と考えています。
たしかに、ナガミヒナゲシや、他のアレロパシーが強い植物で、周囲に他の植物が少ない現象が見られますが、それは、ほとんどが光の競合によるもので、アレロパシーの寄与はその一部と考えています。
ただ、このような光の競合が強い被覆植物で、アレロパシー活性が強いものは、他の植物の生育を抑制する可能性があると考えています。
ナガミヒナゲシが在来種に及ぼす影響については、今後研究しないとわかりませんが、個人的にはそれほど影響がないのではないかと考えています。
ぐにらぼ 「ナガミヒナゲシは本当に駆除したほうがいいの!?危険外来種って何なのだ!」 より)

ちなみに「光の競合」というのは、「日光が当たる箇所を植物同士で遮光してしまい、光合成がうまくできなくなってしまう現象」だそうだ。

アレロパシーは単純に「悪」と決めつけられない


さらに興味深かったのは、アレロパシー(他感作用)とは、「ある植物が他の植物の生長を抑える物質(アレロケミカル)を放出したり、あるいは動物や微生物を防いだり、あるいは引き寄せたりする効果の総称」ということで(Wikiより)、単純に悪いとかいいとかいえない、ということ。
ぐにらぼのページでも紹介されていた「日光種苗株式会社」のサイトによれば、クローバーなどのアレロパシー作用を活用して、雑草除去作業の軽減や、緑肥として利用することで化学肥料や除草剤の使用を減らすという無農薬農業の発想もある、とのこと。
なるほど、簡単にいいとか悪いとか悪魔だとか、決めつけられないのだなあ。


半ば都市伝説化している?

で、改めて我が家の周囲をナガミヒナゲシを探して歩いてみたのだが、なぜか見つからない。今までちょこちょこ目にしていたものはなんだったのか?
似て非なるものだった可能性もある?

改めて隣の草むらを丹念に探してみたが、一昨日あたり見たと思ったのに、今日は全然見つからなかった



こんなのとか……ニガナ……



こんなのとか……オッタチカタバミ?



こんなのとか……サギゴケ



ほぼ一日中陽があたらず、コンクリートで固められているカーポートのわずかな割れ目からタンポポが頑張って生えている。ここでもナガミヒナゲシの姿はない


やはり、我が家の周辺を見ている限りは、ナガミヒナゲシの脅威というのは感じられない。
「この話が一人あるきして、周辺の植物をアレロパシーでばたばた枯らすように思われているようですが(略)個人的にはそれほど影響がないのではないかと考えています」……という藤井教授の話は頷ける。
群生しているのはナガミヒナゲシではなくハルジオンやフランスギクで、それも他の草花と混在している。
滅茶苦茶生存が厳しそうな陽当たりの悪いコンクリートの隙間から生えてくるのもナガミヒナゲシではなく、タンポポやスミレだったりする。
大魔王ナガミヒナゲシがやってきて、他の草花をバタバタと死に追いやる……なんて図は、少なくとも我が家の周囲には展開していない。


改めてフランスギクやハルジオンの群生ぶりのほうがすごいと分かる



耕作地の縁に生えると危ないともいうが、ハルジオンばかりでナガミヒナゲシは見つからない。存在しないということではない。何度か見かけてはいるので、入り込んでは来ているのだが、その後、勢力を広げた気配はないということだ



ここではシロツメクサが優勢。これもアレロパシー植物だが、緑肥効果を狙って意図的に育てられることもある。ここは道端だから違うけどね



ここはシロツメクサとハルジオンが競合している



他にもこんなのも見つかるが、ナガミヒナゲシは……ない



ん? あった!



でもたった一本だけ。ハルジオンに囲まれていて、ハルジオンのほうがはるかに強いことが分かる



う~~む。
ナガミヒナゲシが目立つ場所というのは概ね都会で、ナガミヒナゲシが出現する前にすでにほかの野草が消えてしまっている場所なのではなかろうか。だからナガミヒナゲシばかりが目につくのではないか……?
なんだか、考えれば考えるほど、一種の都市伝説みたいなものに多くの人が乗せられているんじゃないかとも思えてくる。学識者や自治体までが「危険だ」と主張するわけだから、いわゆる(嫌いな言葉だが)ちょっと「意識高い系」の人たちが連鎖反応的に「美しさに瞞されないで! 抜いて!」と叫ぶ……。少しでも異論を挟めないような雰囲気が形成されていく。
CO2温暖化説やピロリ菌の恐怖……みたいなものかもしれないなあ……と。

そもそもこの「騒動」はなぜ起きたのか?

で、さらに調べていくと、想像以上に「騒動」というか「事件」になっていたようで、改めて興味がわいてしまった。
この「ナガミヒナゲシ事件」の経緯をまとめてみると……:
  • 2009年 国立研究開発法人農業環境技術研究所というところが、「平成21年度 研究成果情報」という刊行物の中で「ナガミヒナゲシはアレロパシー活性が強く、雑草化リスクが大きいので、広がらないようにする必要があります」というトピックを発表。
  • 2011年3月 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)というところが出している「農環研ニュース」90号に、前出の藤井義春教授が「春に気をつける外来植物:ながみひなげし」と題するトピックスを発表。ナガミヒナゲシの全国への分布状況やアレロパシーの研究成果を発表。この文章、ナガミヒナゲシについてやすたけまりさんが詠んだ歌なども紹介されていて、かなり面白い。「六月の信号待ちのトラックの濡れたタイヤにはりつく未来」
  • 2016年5月 作家・寮美千子氏がフェイスブック上で「ナガミヒナゲシ退治2016」というタイトルでナガミヒナゲシのアレロパシーなどについて書き、さらには「危険外来植物のナガミヒナゲシ。駆除の理解を促すチラシを作りました。ダウンロードして、ご自由にご利用ください」としてチラシPDFを配布。これがネット上を駆け回ることに。
  • 2017年5月 慶應義塾大准教授・有川智己氏(理学博士、経済学部)が、「このチラシは「デマ」と言って良い.「危険外来生物」という用語やカテゴリーがあるかのような書き方だし,「特定外来種よりも「危険」な植物なんだ!」というような「誤解」を巻き起こしている」と注意喚起

この騒動に対して、ツイッターやフェイスブック上では活発にコメントが寄せられていた
ナガミヒナゲシの外来種駆除キャンペーンに違和感がある。
その場所に、ナガミヒナゲシに駆逐されそうな日本在来種があるなら仕方がないが、そもそも外来種だらけの町なかの草むらなら、何を守ろうとしているのか分からない。
凶暴な植物とレッテルを貼り、全国的に指名手配する方法はヘイトに似る。

だから外来種でも抜くな、駆除するな、と言いたいのではない。

けれど、
これは凶暴な、日本に生えていてはいけない植物だ!
と指名手配的に叫ばれると、
そもそも連れてきたのは誰で、在来種を駆逐したのは誰?
と思ってしまう。

いちばん凶暴な生きものは人間だなあ、と悲しくなる。

そしてさ
たとえ外来種でも
わたしたちが気づくころには
もう五十年も日本にいるんだよ

そこには
日本の虫たちも含めた
小さな宇宙が出来上がっている
こともある

特定外来種の花に
希少昆虫を見つけることだってある

自然って
一筋縄ではゆかない
澤口 たまみさん

そもそも在来種は絶対的に守られるべきなのかとか、他の植物の成長を阻害するアレロパシーもナガミヒナゲシにかぎった話ではないとか、ナガミヒナゲシが繁殖しやすい環境を人間が作っている点とか、そういうことを一切抜きにしてナガミヒナゲシを邪悪な存在であるかのごとく喧伝するって、どうなの?
黒川 巌さん


くどいようだが拡散されてる「ナガミヒナゲシは危険外来植物」というのは個人による造語であり実際は要注意外来種にも指定されていない。確かに近年場所によっては繁殖は目立つが、外来種が繁殖している場所であって在来種とは競合していない。在来種と外来種の区別さえつかない人は騒いでいるが
もも さん


どれも頷ける。
これらのコメントに共感するのは、ここ数日で僕自身が自分の目で、自分が住んでいる場所、道路の脇、農地のすぐそば、コンクリートの隙間、農地の中……など、あらゆる環境を観察してみたからだ。
ナガミヒナゲシなんかよりハルジオンのほうがよほど強烈じゃないかと学んだし、むしろ今年のほうが去年までより数が少なくなった気がするからだ。
「一時的にわっと繁殖しても、放っておけば落ち着く。騒ぐほどのものじゃない」「ナガミヒナゲシが目立つ場所はそもそもすでに在来種などは消えていた厳しい環境」といった説のほうがはるかに納得できる。

そんなことよりもっとやっかいなのは……

中にはこんな意見もあった。

内容に誤りがあり、行きすぎているのは問題だが、一般市民が外来種に問題意識を持つのはとてもいいこと。根本的な大間違いではないし、駆除そのものが悪影響をもたらすわけでもないので、学者が市民に「デマ」と断罪するのは言い過ぎではないかと。もっと優しい言い方で啓発して欲しいと思った。
丸山宗利ω? さん


これも考えさせられるコメントだった。

内容には問題があっても、それがきっかけで問題意識を持つ人が増えるのはいいことだ、という論にはときどきでくわすのだが、実際には、自分がそれを知らなかったことに気づいて、きちんと情報を追って、自分の頭で考え、判断できる人はとても少ない。圧倒的に多くの人たちは、鵜呑みにしてしまい、死ぬまで情報修正できない。これは高等教育を受けている人、社会的地位の高い人でもそうした落とし穴にはまってしまう危険性を妊んでいる。というか、そういう人ほど、自分に自信があるから気づきにくい。

これは自戒を込めて言っている。
僕自身、先入観を持っていい加減に書いてしまうことがかなりあるし、なんとなく疑問に思っていたことに対してそれらしい答えが提示されると飛びついてしまうことがある。そうであってほしい結論に整合する情報だけ選択し、不都合な情報は排除してしまうという傾向は、多かれ少なかれ誰もが持っているのではなかろうか。
だからこそ気をつけなければいけないし、一度広まってしまった間違い情報を訂正するのは容易ではない。

こうした危険性の最たるものは「自然エネルギー」礼賛だろうか。
これは本当にやっかいだ。
人間が作ったソーラーパネルが里山エリアの山の斜面や草原を根こそぎ消滅させ、草花だけでなく動物も地域絶滅させていることのほうが外来種がどうのこうのよりはるかに大問題なのだが、それはまた次のトピックで……。





「籠池劇場」の正しい見方2017/04/01 19:36

なぜこんなことが起きるのか?
今となっては、この騒動のスタートがどこだったのかよく分からなくなってしまった感がある。それほど3月は「籠池劇場」で腹一杯になってしまった。
発端は豊中市議会の木村真議員が、市内にあった国有地に何やら建物が建設されていて、フェンスに生徒募集のポスターが掲示されているのを目にしたことだった。
「瑞穂の國小学院」と書かれたそのポスターには、教育勅語が印刷されていた。以前に市が国に、公園にしたいから売ってくれといったときには断られたこの土地にとんでもない小学校が建設されている。なんだこれは……と、財務省近畿財務局に情報開示を求めたところ断られ、さらに食い下がると土地の売却価格などが真っ黒に塗りつぶされた、いわゆる「のり弁」が出てきただけ。
この市議が食い下がらなければ、今頃、あの赤い木造校舎は完成し、この4月には小学校が開校していた。

2月9日:朝日新聞が記事に。「学校法人に大阪の国有地売却 価格非公表、近隣の1割か」
財務省近畿財務局が学校法人に払い下げた大阪府豊中市内の国有地をめぐり、財務局が売却額などを非公表にしていることが分かった。朝日新聞が調査したところ、売却額は同じ規模の近隣国有地の10分の1だった。国有地の売却は透明性の観点から「原則公表」とされており、地元市議は8日、非公表とした財務局の決定の取り消しを求めて大阪地裁に提訴した。


それからのドタバタはいまさら解説するまでもないだろう。

ポイントポイントをざっと振り返ると……、

3月10日:渦中の人・籠池泰典氏が長男の佳茂氏を伴って記者会見。「絶縁状態」と言われていた長男が突然現れて雄弁にカットインする姿にみんなびっくり。

3月14日:日本外国特派員協会での記者会見を突如キャンセルした籠池氏が長男と一緒に、宿敵ともいえる『日本会議の研究』著者・菅野完氏の自宅を訪ねる。「自宅で会いましょう」の意味を籠池氏の自宅だと思っていた菅野氏は大阪にいて、急遽帰宅。マンション前に群がる報道陣を前に堂々と説教。日本中が「この男は何者?」と驚くと同時に、きちんと自分たちの足で取材できないメディアの能力低下に唖然。
長男の佳茂氏は実際この会見の日まで約5年間父親とは会っていなかったらしい。また、父親のもとに菅野氏を連れて行って単独インタビューさせたのも佳茂氏だった)
★この劇的状況変化の裏側は、菅野氏の取材にずっと同行していた赤澤竜也氏の手記でよく分かる。
大阪府の私学審議会は誰が見てもおかしな認可のプロセスを踏んでいる。その部分の闇が解明されぬまま、「籠池ファミリーという風変わりな人達の引き起こした学園事件」というフレーミングされた形での幕引きを図ろうとするのは許されない。


このへんから、この事件の核心部分が少しずつ見えてくる。

もともと、この事件の核心部分は土地の不明朗な払い下げとかではなく、「教育問題」だった。
菅野氏や赤澤氏もそれを追っていた
公有財産の不明朗な取引や教育機関の新設認可についての疑惑ということでは、森友学園などより加計学園のほうがはるかに規模が大きいのだが、そちらは今のところ放置されたままだ。
⇒これ や ⇒これ 
人口減少の地に赴き、自治体に土地と補助金の面倒をみてもらうことがビジネスモデルとなっている加計学園の場合、安倍氏との近さが自治体や官界の配慮と忖度を生んだのではないか。
(略)
千葉科学大学は、銚子市に約15ヘクタールを無償譲渡されたうえ、校舎建設費として93億円の補助を受けた。宮崎県延岡市では、九州保健福祉大学の新設と学部増設に際し、110億円弱の補助金を受けている。
また、兵庫県淡路島の南あわじ市では、吉備国際大学が県立高校の廃校後の校舎を居抜きで譲渡を受けた。リフォーム費と合わせた補助金額は約23億円にのぼる。
(略)
加計氏は、家族ぐるみのつきあいの友人であるとともに、日本会議の別働隊といわれる育鵬社の教科書発行の支援団体「教科書改善の会」の賛同者に名を連ねており、そういう意味では安倍首相の「右派人脈」であり「昭恵人脈」でもある。
「加計学園と安倍首相の深い関係を示す、一枚の写真を公開しよう」伊藤 博敏


稲田朋美や安倍昭恵の言動をきちんと読み解け

3月16日:参議院予算委員会の調査チームが建設地を調査。迎え入れた籠池理事長が「安倍総理からの寄付金を受けた」と発言して大騒ぎに。
その日の夕方、野党議員たちが籠池宅を訪問。面接している最中に、安倍昭恵氏から籠池夫人のケータイに「祈ります」というショートメールが届き、議員たちも唖然。
報じるテレビ各局はいずれも勉強不足で、間違った情報やテロップを垂れ流し。

森裕子議員の所属政党(自由党)さえ分かっていないというお粗末


この頃から安倍総理夫人安倍昭恵氏の異常な行動が話題に。
夫人が口利きするとすぐに予算がつくとか、
「理事長と私が首相官邸のところに行きました。あの人(安倍昭恵)すごいですね。その晩に首相に話してくれて、 首相からすぐに連絡が入ってですね、ぐるっと回って今年に予算がつきました。 8000万円くらい入りました。あのご夫婦のホットラインすごいですね」


遅ればせながら読んでみた『日本会議の研究』黒塗り版



★このへんから、もう完全にこれは単なる公有財産不法売却事件などではなく、カルト集団がこの国を動かしているという恐るべき実態を知るまたとない「チャンス」なのだと分かってくる。
例えば、⇒これなどはぜひ読んでみるべきだ。
(稲田朋美のスピーチ)「あのぉ、私はですね、ほんとにもうこのぉ、谷口雅春先生のぉ教えをですねえ、ずっと自分の生き方のぉ、根本に置いて参りました。えー、今日、私、あのぉ、古文書のような本を持ってきたんですけれども、この、「生命の実相」というこのボロボロになったぁ本ですね……」
「だいたい弁護士とか裁判所とか検察官とか特に、弁護士会ってとても左翼的な集団なんですね。なぜかというと憲法教、まぁ憲法が正しい、今の憲法が正しいと信じている憲法教という新興宗教(会場爆笑)がはびこっているんですねぇ


生長の家創始者・谷口雅春氏(故人)を神のように信奉する人たち。それを源流として、今では神道系だけでなく、一部の仏教系やキリスト教系の新宗教などまで取り込んでいる「日本会議」という集団。
この集団のことがなぜ今まで報道されなかったのかという菅野氏の分析は実に興味深い。
「ここ10年ほど、日本会議が主要な行動フィールドとしているのは、学校現場です。性教育反対しかり、親学しかり、江戸しぐさしかり、そして日の丸君が代しかり。しかし『子供の話』として、これをどこか軽く扱ってるところありませんか?」(「なぜメディアは日本会議を報道してこなかったのか」


言い換えれば、日本会議は一枚岩でもなんでもない、ということであり、誰の心の中にも大なり小なり潜んでいる可能性がある部分に焦点をあてたことで異様な成果をあげてしまっている、ということになる。

このへんで、森友問題の背景と本質はかなりはっきりしてきた。
しかし、テレビではもっぱら、「100万円寄附が問題なのではない。問題の本質に立ち戻れ」的な解説が流行り始める。
それこそ世論の誘導操作だ。
「忖度」がすっかり流行語になってしまったが、忖度では法律違反が問いにくいし、時間が経てばうやむやにされてしまう。
そもそもなんでトンデモ忖度が出てくるのか?という背景が本質だ。
そんたくん


自民党の二階幹事長は「我々が首相の発言を信頼するのは当たり前。首相とあんな人(籠池氏)を一緒にしないでください」と言ったが、首相も「あんな人」も、思考の背景にあるものが同じだから怖いのだ。
「ちょっと頭の怪しそうなカルトな人たち」がトップのポジションに集まっている今の日本では、真面目に法律を守るより、「忖度」(正しい言葉の使い方としてはむしろ「斟酌」だと思うが)しておいたほうが自分の身が安全だと役人たちが感じてしまうからこんなことになっているのではないか。
その「背景」ってなんなんだ……というのを考える材料を国民に与える、国民に考えさせるように、事実や映像をありのまま伝えるのが、テレビをはじめ、マスメディアの仕事だろう。
マスメディアは事件を正論でさばく必要はない。ありのままを映しだして、大衆に「なんでこんなことになるのか」という背景を見せる、想像させるのが仕事だ。同様に、法を遵守し、司法に仕事をさせるのが議員のつとめであり、与党の国対委員長が「総理に対する侮辱だ」と言って一民間人を証人喚問するなどという国は、もはや民主国家とはいえない。

国会では連日野党からの追及が続くが、今ひとつピリッとしない。
そんな中、民進党の福島伸享議員は少しだけ核心に近いことに触れた。
「役人というのは、すぐ責任を隣に転嫁しなきゃダメなんです。自分が、もし課長補佐が受けたら、すぐ課長に相談し、課長はすぐ局長に相談し、局長はすぐ次官に相談して、って行って、リスクヘッジをしていくんですよ。でもそうやっていくうちに、だんだんだんだんですね、大げさになっていっちゃう可能性もあるんです。
何がシロとかね、何がクロじゃないんです。ただ、明らかに国民の納得を得られがたい取引が行われていたというのは、これは事実なんです。(略)籠池さん1人を悪者にしたって、多分国民は納得しないんですよ。とかげの尻尾を切ってるだけだと。(略)でも、本質はそこじゃない。尻尾のほうではありません。いかに、どういう力が働いて、このような…確かに麻生大臣のおっしゃるように、手続きは合法かもしれません。合法かもしれないけれども、異例の、役人が大きな裁量をもって判断をしなければ、リスクを抱えて、裁量をもって判断しなきゃならないことが、どういう力学で行われたかということが解明されないと、この問題は火が消えることがないという風に思っております。
そして、それを明らかにするのは国会の役割でありますし、それを明らかにすることに積極的に協力するのは、私は安倍総理自らの責任であるという風に思っております。(略)総理ご自身が関わってたらお辞めになるほどの問題だと言って、まさに根幹に関わるからであります」


……でもこのへんが精一杯。
一方で、市民メディアは結構頑張る。
安倍晋三首相が2015年9月に大阪を訪問する直前に、自民党山口県第4選挙区支部から安倍首相側に対して100万円の資金移動があった(情報速報ドットコム)


一連の騒動を「教育問題」としてとらえていたのは横路孝弘議員。
稲田防衛大臣を出来の悪い生徒にていねいに物事を教えるような口調で再教育しようとした?⇒これはすばらしい。
教育勅語というのは治安維持法の基に、国民教育の思想的な基礎として神聖化されていったんです。教育勅語の写しはですね、御真影(天皇の写真)とともに奉安殿に保管されて、生徒には全部暗唱することが強く求められたんですね。
特に1938年に国家総動員法が制定されますと、その体制を正当化するために利用される形で軍国主義の教典として利用されてきたんですよ。


防衛大臣に歴史の基礎から教えなければならないという異常事態。

3月23日:籠池理事長が国会証人喚問。さらなる爆弾炸裂。
文字おこしは⇒こちらなどで読める。
★その数日前に、菅野氏の旧知の人物が菅野氏にインタビューをしていた動画↓

Confess Tokyo フェイスブックより)
この9分くらいから言っていることは、まさに僕がずっと感じていたこと。「本当に怖いもの」はなにか……。

カルト宗教に動かされている日本

この時期には、ありとあらゆる日本会議人脈の人たちが籠池とは無関係と言い始める。
実際、籠池氏は加計学園人脈などに比べれば取るに足らない下っ端で、金も持っていなかった。
ほんの少しのツテを頼りに、それこそ安倍首相が言うように「しつこく」食い下がる。そのエネルギーと行動力は並外れている。
籠池氏と政界との関係については、2014年6月から教育再生首長会議の会長を務める松浦正人・山口県防府市長が、政治団体・大阪維新の会の中川隆弘府議に紹介したと認めた。
 松浦氏によると、2014年10~12月ごろ、豊中市選出の中川氏や同市の会社経営者の知人数人に籠池氏を紹介。「私も応援しているから、応援してやってくれ」と電話で伝え、協力を依頼した。籠池氏とは面識がなかったが、月刊誌で松浦氏の名前を知った籠池氏から手紙が届き、小学校の開設計画を知ったという。
ZAKZAK by 夕刊フジ 2017/03/08


それでも物事が進んでしまうことが恐ろしい。


この頃には「この騒動をここまで大きくした張本人は安倍昭恵」という認識が広まっていたが、本当にそうだろうか?
安倍総理夫人と籠池夫人との間のショートメールのやりとりが自民党から公開された。籠池氏側(?)からも「アキエリークス」なる暴露サイトが新設されて、こちらは籠池夫人のケータイ画面をそのまま撮った画像がズラズラと公開された。
籠池夫人が感情や日本語をきちんと操れない人物であることはすでに周知され始めていたが、このメールのやりとりを読んでゾッとさせられたのはむしろ昭恵氏が送信した部分だ。
「全ては必然です」「今回のことは私たちにとっても学びの場です」
「琵琶湖の竹生島に行き、祈りました。籠池先生のお役割もわかったような気がします。お辛いでしょうが、頑張って下さい。ありがとうございます」
「今はじっと我慢の時です。私もまだまだ追い詰められるのかもしれませんが、お互い頑張りましょう」
「心の垢を落とす、本当にそうだなあと思います。この国のために命を懸ける夫を思う気持ちは一緒です」
「なんでこんなことになってしまったのか、神様は何を望んでいるのでしょう」
「祈ります」「私には祈ることしかできません」
「神様はどこに導こうとしているのか。とにかく祈っています。自分たちの保身ではありません。日本の将来のためです」


……何度も出てくる「祈る」や「神様」といった言葉。自分たち(自分だけでなく、籠池夫妻も含めて)には神様から与えられた役割があり、「すべては必然」であり、祈ることしかできない。この国のために、神様の導く通りに自分たちは動いていくしかない……そうした「信仰心」のようなものが彼女の思考や行動の根底にあることは間違いない。
勘違いしている人たちの「信仰心」でこの国が動かされている、という恐怖。
「籠池劇場」などといって面白がっている場合ではない。この国は「すでに」カルト信者たちが動かしているという現実。
普通に見れば「あちゃ~、いっちゃってるわ」と思えるカルトな人たちの下で、超優秀な官僚たちが一糸乱れず動いている。こんな恐怖があるだろうか。

3月25日:菅野氏が埼玉で講演した。今回の事件が発覚する前から受けていた仕事らしい。動画はこちら↓


時間がない人は、1時間過ぎたあたりからだけでも聴いてみるといい。

  • 森友問題を疑獄事件としてだけ追及してもしょうがない。あれは「教育問題」
  • 「差別をやめろ」と声を上げなければいけない。放置すると今回のような醜悪なことに帰結する。その具体例を今我々は見せられている。
  • 倒閣運動には興味がない。構造を変えないと、誰が権力を握っても全自動忖度機が暴走してしまうことは止められない。
  • 具体的には、内閣人事局と小選挙区制の廃止・解体をしないと同じことになる。
  • 半年時間をください。必ず籠池のおっさんを転向させます。でも、転向には時間がかかるんです。(会場大喝采)
  • 2006年の教育基本法改正で、籠池のおっさんは「これは時代の風が吹いてきた」と考えて、今なら先代ができなかったこと(小学校設立)を成し遂げられると思い、突っ走った。その信号を送ったのは安倍晋三であり、安倍は自分があのときやったことの当然の結果が森友学園だと認識している。
  • レイシストを首相にいただく国になってしまい、その権力への対抗手段がしょぼい金を巡る疑獄事件告発でしかないという、この「構造」こそが恐ろしい。

……この人はちゃんと問題の本質を理解している。
「構造」を変えないとダメだと主張する菅野氏。僕もよく「システムの問題」という言い方をするが、同じことだ。
例えば、原発問題も同じ。「原発反対!」と叫んでも、原発や自然エネルギー利権で儲けようとする勢力にとっては屁でもないから事態は変わらない。「総括原価方式をやめろ!」と声を上げるのが正しいやり方だ。

「官邸主導」であることは明らか

財務省の官僚たちは、官僚の中でも超エリートが集まっていて、いちばん威張っているといわれる。その財務省ができる前の大蔵省時代(1998年)に「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」というのがあった。
総会屋が証券会社の株を大量購入して不正取引を要求。その資金の出所は第一勧業銀行(現みずほ銀行)。第一勧銀の社員は大蔵官僚をノーパンしゃぶしゃぶなどで接待して銀行への検査に手心を加えてもらっていた……という事件。
この事件は東京地検特捜部によって捜査され、大蔵官僚ら7名が逮捕、起訴された。
あれから20年。
ノーパンしゃぶしゃぶの現場を仕切っていた若手官僚たちが、今は財務省のトップエリートになり、森友事件では重要登場人物になっている。彼らは日本会議系の政治家たちの顔色を窺いながら動くことで「安倍一強時代」を生き抜こうとしている。
金や色で買収されるのではなく、権力者への上目遣いだけで動く。贈収賄なら告発できるが、目に見えない「斟酌」や保身原理での行動は法的に裁きにくい。実際、平気で逃げ切れると踏んで「書類は残っていない」「まったく知らない」などと開き直っている。ここまで国のシステムが劣化してしまったのだ。


ここまで籠池劇場を見てきても、大衆は劇のテーマが理解できていない。おもろいおっさんや頭のおかしいおばさんたちが繰り広げるドタバタ劇だと思っている。
このままでは逃げ切られてしまうだろう。
しっかり思い起こしてほしい。
籠池証言をそのまま読み解けば、100万円を渡したのは安倍昭恵ではなく安倍晋三なのだ。
「ひとりでさせてすみません」「どうぞお使いください」「安倍晋三からです」……なのだ。
昭恵氏は夫の使いであって、自分の金を寄附したわけではない。
「内閣総理大臣夫人付」という正式役職名を持つ谷査恵子氏の部屋は首相官邸にある。
「首相官邸には内閣総理大臣夫人付の部屋があります。机もあって2人の公務員は国家公務員・役人は常駐をしております。つまり、谷査恵子さんは財務省との交渉を官邸の中にいて官邸から電話をしたわけです。そうすればそれを受ける役所の人たちがいったいどう思うか、官邸から来た、まぁ当たり前ですが、官邸から電話をしているわけですから、その意味は大変大きいというふうに思います。」
福島みずほ(希望の会=自由・社民) 2017年3月24日 参議院予算委員会)


だから財務省に電話するときも首相官邸からのラインだし、籠池氏に送った資料なども「内閣総理大臣官邸」の名入り封筒で送っている
官邸に常駐している谷査恵子氏の実質上の上司は内閣総理大臣秘書官・今井尚哉(たかや)氏であり、谷査恵子氏と同じ経産省出身。
第1次安倍内閣のときから内閣総理大臣秘書官になり、アベノミクスの「新三本の矢」政策、原発再稼働など、安倍政権の政策を主導していると言われる人物。
今井氏と森友学園問題の接点は2015年9月4日の食事会で、森友学園に関する重要な話し合いがあったと言われているこの時期に首相と接触……(情報速報ドットコム)


この大阪での食事会の会場となった海鮮料理店「かき鐵」は、公明党の故・冬柴鉄三元国土交通相の次男・冬柴大(まさる)氏が経営し、大氏も食事会に同席。
冬柴大氏はりそな銀行高槻支店次長という経歴を持ち、退社後に「冬柴パートナーズ株式会社」を設立し、現在は同社代表取締役。冬柴パートナーズ株式会社は業務内容にコンサルティング、助成金申請援助を含み、人脈紹介や助成金の申請援助を得意としている会社だという。
同日(2015年9月4日)、国土交通省「平成27年度サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)の採択プロジェクトの決定について」で、森友学園の瑞穂の國記念小學院(=安倍晋三記念小学校)」の校舎及び体育館が選出され、6200万円の補助金交付が決定された。
「徹底検証不可欠アベ友事案2015年9月3-5日動静」植草一秀の『知られざる真実』


キーパーソンが冬柴元国交相の息子では、公明党の議員は国会でも大阪府議会でも質問する気にはなれないでしょう。これで「不可解なこと」の一つへの疑問は氷解します。問題の土地の評価を民間の不動産会社ではなく、国土交通省の出先機関、大阪航空局が行ったことも「冬柴人脈」を考慮に入れれば、納得がいきます。
「森友学園問題で公明党が沈黙する理由」長岡 昇



↑今は削除されているが、塚本幼稚園のWEBサイトに掲載されていたりそな銀行との提携宣言

森友学園塚本幼稚園のホームページにりそな銀行歌島橋支店の広告が掲載されている。森友学園のメインバンクはりそな銀行だと推定される。建設費用21億円を融資した銀行はりそな銀行か?
(2015年9月4日安倍総理は「りそな銀行」出身者の冬柴大議員の経営する「かき鉄」で会食を行っている わんわんらっぱー)

「ひとりでさせてすみません」の意味

ちなみにこの9月4日午前10時から正午までの間、近畿財務局9階会議室で、森友学園の小学校建設工事を請け負った設計会社所長、建設会社所長が近畿財務局の統括管理官、大阪航空局調査係と会合している。また、前日の9月3日には安倍首相は官邸で財務省の岡本薫明官房長、迫田英典理財局長と会っている。
翌、9月5日には安倍昭恵氏が塚本幼稚園で講演し、「ひとりでさせてすみません。どうぞお使いください。安倍晋三からです」と100万円を渡したと籠池泰典氏が証言している。
100万円に関する籠池証言の中で最も注目しなければいけないのは「ひとりでさせてすみません」という言葉だ。こんな台詞を籠池氏が創作するとは思えない。
籠池氏は「寄付金」と言っているが、おそらく出した側は寄付金だという認識はなく、「金もなく、地位もないのによく頑張っているから少し小遣いを渡しておくか」というくらいの気持ちだったのではないだろうか。だからこその「ひとりでさせてすみません」なのだ。加計学園に比べれば森友学園など雑魚も雑魚。100万円程度のはした金で騒がれるなど迷惑だ、という思いが今でもあるに違いない。
「籠池は雑魚だし籠池の妻は言動がいかれていてちょっと危ないから表だってベッタリとバックアップすることは難しいが、今のところ小学校教育の場ではあの夫婦以外には愛国教育を熱心に実践しようとしている人材がいない。熱心さは本物だから、お駄賃くらいは与えて、もう少し頑張らせておこうか」くらいの気持ちがあるのだろう。その空気はもちろん安倍昭恵氏も共有しているから、自然に「ひとりでさせてすみません」といった言葉が出るのだろう。
言うまでもないが、昭恵氏のフェイスブックでの反論は官邸側が書いたものだし(文字遣いや言葉の選び方が典型的な官僚文章。昭恵氏はあのような文章は書かないし書けない)、彼女は「渡していない」とは言っていない。「記憶がない」と逃げているだけだ。

……と、ここまで見えてきていても、おそらく100万円授受を証明することは難しいだろう。結果、現政権は支持率を大きく下げることはないだろうし、日本会議人脈の権力支配構造の中で動いた政治家や官僚たちが処罰されることもないのだろう。
松井一郎大阪府知事が追い詰められ、同族嫌悪の感情を剥き出しにして首相官邸と本気で内輪喧嘩を始めて暴露合戦になるといった状況にでもならない限りは、もうすぐ忘れられてしまうだろう。
しかし、今ここで政府の暴走を止めないと、本当に取り返しがつかないことになる。
このスキャンダルが出てきている間にも、共謀罪は閣議決定され、教育勅語を「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」と閣議決定され、成績をつける「特別の教科」に格上げ(2019年4月から)される小学校の道徳では、教科書の中の「パン屋」が「国や郷土を愛する態度などを学ぶという観点で不適切」として和菓子屋に修正され、中学校で習う武道に「銃剣道」が追加され……と、着々と「愛国教育改革」が進められている。



教育現場の愛国主義化、全体主義国家への動きはどうにも止まらないし、多くの国民はそれを止めようともしていない。

繰り言を重ねても、未来を切り開くことはできません。どんな社会も、一人ひとりの人間が集まってできています。一人ひとりが、今いる場所でできることを積み重ねて、この社会を変えていくしかありません。森友学園問題は「今、あなたにできることは何か」と問いかけているとも言えます。
「森友疑惑は思想事件である、という卓見」長岡 昇

↑これはまったく同感だ。
「一人ひとりが、今いる場所でできることを積み重ねる」しかないと思うから、僕も吐き気と絶望感をこらえながらこんな長い文章を書いている。こんなことをしても非力だし、なんの得にもならないどころか、ますます仕事を失い、どん底状態にいる今の自分をさらに苦しめることになるかもしれないと分かった上でやっている。

3月20日:籠池泰典氏が理事長を辞任した後に引き継いだ娘の籠池町浪(ちなみ)氏名による「再出発への声明」ともいうべき文書が公開された。

籠池町浪 新理事長名で出された「声明」の一部


「2006年改正の教育基本法に基づく前理事長の教育理念と方針および指導法を批判的に総括し」と言いきっている点に特に注目したい。
日本会議が成功させた教育基本法の愛国主義化を真っ向から否定し、「今後は教育基本法が1947年に制定された際に示された『われらは個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない』との指針を常に念頭に置き……」と宣言している。
ただのお為ごかしでは書けない文章だと思う。

菅野氏が講演で語った「必ず転向させます」という約束が、いち早く実現しそうな期待を抱かせる文章だ。(彼が書いたのではないかという推測もできるだろうが)

これを読み、思わず、近い将来、こんな宣言(↓)が日本政府からも出ないだろうかと夢想してしまった。

再出発するにあたり、前総理時代の政治手法を批判的に総括し、なによりも生命と人権の尊重を基本におき、その上で、国民の健やかな幸福のために、過度の道徳・規範の押しつけにならない、特定の思想信条に拘束されない、そして国民に対して、健康、安全で幸福な生活のために必要な基本的な社会インフラと環境を守りつつ、憲法に明示された「平和のうちに生存する権利」をめざす政治をしなければならないとの指針を常に念頭に置きつつ、諸問題に対応してまいります。




タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



ガラケー族生き残りへの道2017/01/31 14:57

家の中に残っているガラケーたち

FOMAガラケーが買えなくなる

昨年11月、docomoが「ガラケーは出荷終了です」と宣言した。
こうなると、FOMAの停波とかもいずれは避けられないのだろう。
今でもガラケーユーザーは相当数いるわけで、これから先、中古端末などに高値がつくことになるのかもしれない。
すでにAmazonでも新品は「残り1点」とか表示されているのがあるし、そもそも種類が少ない。値段は、今はまだ1万円台で買えるのもあるが、すでに3万円台以上になっているのもある。
端末が入手できなくなるのを恐れて今から予備機を買っておくという手もあるかもしれないが、それを使う前に停波になったりしたら目もあてられないし……。
そんなわけで、「スマホは嫌いだ」というガラケー族が生き延びていく道をいくつか探ってみた。
はたしてどこまで頑張れるのか、ガラケー族。
 
 
今ならまだ買える……?↑

なぜガラケーじゃなければ嫌なのか?


FOMA(iモード)ガラケーは入手困難


ガラケー族がスマホを拒否する理由はなんだろうか。

  • 1)基本料金が安くないと困る
  • 2)モバイルSuicaは絶対に必要
  • 3)端末形状として液晶画面剥き出しで重たいスマホを常時身につけていたくない
  • 4)スマホはバッテリーがすぐに減っていくので煩わしい
……とまあ、こんなところだろう。
このうち1)については、MVNO(Mobile Virtual Network Operator=仮想移動体通信事業者)なるものが群雄割拠し、格安スマホがどんどん出てきたから、みっちり調べればdocomoのガラケー契約(FOMA契約)と同等、あるいはそれ以下の料金でスマホを使うこともできるかもしれない。
2)も、最近ではiPhoneもApple Payというのが出てきて、モバイルSuicaが使える新モデルが出てきた。
となると、3)と4)あたりがいちばんの理由になるのだろうか。特に僕の場合は3)が大きい。生理的に嫌なのだ。

で、docomoもauも、ガラケー族がみんなスマホに移行することはありそうもないと気づいて、アンドロイドOSのガラケー風端末(「ガラホ」)を作っている。
docomoだとSH-01JとP-01Jというのが最新モデルで、どちらもOSはアンドロイドなのだが、外見も使い勝手も従来のガラケーそのもの。
高速通信のXiで通信できて(FOMAも拾うようだ)、音声も明瞭になったという。一般のアンドロイドスマホのようにアプリをダウンロードしてインストールすることはできず、メールやWEBブラウザ関連以外はLINEと地図アプリくらいしかインストールされていないが、ガラケー族にはそれで十分だろう。
Felicaには対応しているからモバイルSuicaは使える。
で、料金も「カケホーダイ」(月額2200円)か「カケホライト」(1回5分以内の通話は無制限定額で月額1200円)のどちらかを選び、それにケータイパック(通信データ量によって300円~上限4200円)を組み合わせればいいので、税込でも月額1944円から維持できる。
これなら現在うちで支払っている通信費(僕は約2000円、助手さんは2500円~3000円弱)と比べても、むしろ安いくらいだ。
この端末が、新規加入か乗換だと実質0円(総務省の指導もガラケーには緩いらしい)。機種変更でも約2万円。
となると、FOMA契約者の端末が壊れた場合、新たなFOMA端末が中古でもかなりの値段を出さないと買えなくなってしまった以上、これに契約変更するほうが現実的だと思える。

というわけで、自分用や助手さん用にFOMAガラケーの予備を買っておくのは見合わせた。
今の端末をできるだけ使い続けて、壊れたときに考えよう。

義母用にFOMAらくらくホン最後の1台を注文

FOMAがじり貧になるとはいえ、契約変更などの手続きが難しい認知症老人名義のガラケーなどは、なるべく今のまま使わせたい。
義母がガラケー(らくらくホン)の裏蓋を紛失してしまい、今は裏が剥き出しのままなんとか使っているらしい。そこで、とりあえずFOMA用のらくらくホンが1台だけ新品で某ショップに残っていたのをAmazonで注文した。
約2万円。
SPモードへの契約変更などは、本人をdocomoショップに連れて行かないと、委任状やらなにやらで面倒そうだし、今のSIMカードをそのまま挿せばいいだけの方法を選んだのだ。
ただ、親父のNTT回線解約ができなくて苦労させられた体験を踏まえると、義母のケータイも早めに子供名義で再契約しておいたほうがいいかもしれない。身体が動かなくなってからでは、解約させるのも面倒なことになりそうだから。

義母用に購入したFOMA仕様のらくらくホン。もうすぐ入手困難になるはず

FOMAの停波はいつか?

FOMA端末を大切に使っていたとしても、FOMAそのものが終わってしまったらどうにもならない。
docomoの例でいうと、FOMAになる前にはmovaという一世代前の通信規格の時代があり、2008年12月に新規利用申込が終了し、2012年3月31日に停波したという歴史がある。うちでも一時期、FOMAとmova両方を自動切り替えで受信できるケータイなんてのを使っていたことがある。
FOMAはまだ契約は可能だが、端末が入手できない以上、新規契約申込み終了は目前だろう。
2012年から契約者数は減少していて、今後は周波数帯再編もあり、FOMAが使っていた帯域の一部が段階的にXi用に転換されているそうだ。しかし、キャリア会社が思っていた以上にガラケーユーザーはしぶとく残っていて、端末もなかなか壊れないし、海外のケータイとの関係(ローミング)もあるから、完全停波できるのはまだまだずっと先、という話も聞く。

au回線で格安スマホを新たに購入してみる

そんな面倒なことをしているのなら、さっさと格安スマホに乗り換えればいいのに、という人は多いと思う。
僕はスマホを常時持つのは嫌だが、上京するときなどは乗換案内アプリは必須なので、iPod touch6とモバイルルーターを別に持っていく。
これは助手さんも同じスタイルなのだが、助手さんのiPod touchは6ではなく4のままなので、使えるアプリはどんどん減っていき、ネット接続も遅くて、しょっちゅう落ちるという。
格安スマホが出てきた今は、敢えてiPod touch+モバイルルーターである必要はない。助手さんと僕が別々に家を出ているときは1つしかないモバイルルーターを共有できないし、助手さん用には新たに格安スマホを持ったほうがいい。
調べると、MVNOではおかわりSIMのb-mobileはとっても速度テストの成績が悪い
ここでいい成績を出しているmineoのサイトを見ると、arrows M02という富士通製の1つ古いモデルを24000円で売っていて、データ通信だけなら月額700円から。
もっと安い端末もあるのだが、オサイフ機能がない。当面、モバイルSuicaはガラケーで使うとしても、将来、助手さんが完全にスマホに乗り換えることもありそうなので、端末にはやはりおサイフケータイ機能はほしいから、このモデルあたりが最低ラインだろうか。

arrows M02


で、ここで「ん? 待てよ」と気づいた。
mineoはdocomo回線にもau回線にも対応していて、どちらも選べる。
そこで、ここは敢えてau回線のほうを選ぶという手があるな、と気づいた。
3.11直後に痛感したのは、いざというときに通信手段は複数持っていたほうがいい、ということ。
FOMAがつながらなくなったとき、auやmova端末はつながったとか、いろいろな事例があったようだ。あのときは川内村にいて、翌3月12日に原発爆発をテレビで知ってすぐに避難したのだが、前日地震直後、ケータイが瞬時に不通になった中で、まだバックアップ電源で動いていたひかり電話回線から親父のauへはつながった。また、隣町に出たら、持っていたauから神宮寺(白河市)のdocomoへはつながって、一夜泊めてもらえたので助かった。いざというときにdocomoだけでなくau回線端末を持っているのは意味がある。
しかも、都内の速度テストでもauのほうが速いというのだから、ここはauを選んでおけば、我が家では、固定光回線(NTTのフレッツ光)、Xi回線(モバイルルーター用に契約しているb-mobile)、docomoのFOMA回線(従来のガラケー)、auのLTE……と、4種類の通信回線を使えることになる。大災害が起きたときなども、どれか1つはつながる、ということはあるかもしれない。
arrows M02はWi-Fiのルーター代わりにもなる(テザリング機能)ので、docomoやフレッツ光が不通になってauだけ生きているというような状況がもしうまれたときは、このスマホをルーター代わりにしてMacBOOKやiPadを使うことも可能だろう。

mineoの契約はいちばん安いauのデータのみの契約にするつもりだが、月額100円プラスで050電話もつけられるようだし、普段家にいるときはWi-Fi接続で使えばいいので通信料はかからない。外出時だけなら、月に500MBも使わないだろう(超過しても低速ならつながる)。

↑Amazonでこの「クーポン番号」を買ってから申し込むと、初期費用3240円がかからないので2200円くらい得になる

そんなわけで、助手さんだけもうすぐスマホデビューする。その後も、しばらくは通話はdocomoのFOMAガラケー(カケホーダイ)で、モバイルSuicaもガラケーでやるはずだけれど。

ちなみに、docomoのスマホユーザーがガラケー(ガラホ)契約に切り替えたい場合などは、auの新規契約をしたほうがdocomoに違約金を払ってでも安くつくケースが多いともいう。auではガラホの新規契約では端末代が実質無料になるからだとか。
なんだかなあ……。
通信関連のことはパソコン環境よりはるかに複雑で、変化の速度も凄まじく、裏技の裏技みたいなのが次々に出てきて、とてもついていけない。
こんなことを考えなければならないために、時間が奪われていくのが腹立たしい。





ブレーキとアクセルの踏み間違い事故は「踏み替える」から起きる2016/11/16 14:50

AT車ではこれが「基本」ポジション

「踏み直す」から起きる「踏み間違い」


動画で説明↑
連日、高齢者ドライバーによる事故報道が続いている。そのほとんどは「アクセルとブレーキの踏み間違い」。
テレビのワイドショー番組では「踏み間違い事故を起こすのが怖いのでAT車からマニュアル車に買い換えたという高齢者もいました」と紹介していて、「え? 何それ?! かえって危険では?」と思った。
で、思い当たった。教習所ではAT車全盛の今でも、MT車時代からの教え方をしているんじゃないか……と。
AT車というのは、放っておいても車は前に進む。ノッキングして止まったりもしないから、足は基本ブレーキペダル位置を「ホームポジション」にして、アクセルを踏むときは足を右に傾ける、とするのが合理的。
多分、プロドライバーの多くは誰から教わるでもなくAT車を運転するときはそうしているんじゃないだろうか。
このごく単純なことを明示するために、こんな動画を作ってみた↓



この「かかとは浮かすな!」は、自動車メーカーなどでは新入社員にまっ先に叩き込むという話も聞いた。
同じような理屈で、「ワンペダル」なるものも売られているのだが↓

アクセルは足を右に倒す方式の「ワンペダル」


これだと普通の車を運転したときに困る。運転の癖を変えるだけで対応したほうがずっといい。



B6判・128ページ フルカラー オンデマンド 1280円(税別) 送料160円
ご案内ページは⇒こちら




4Kテレビ商法は「老人詐欺商法」か2016/07/05 18:14

総務省のサイトに掲載された「お知らせ」

4K放送が地上波で始まることはない

総務省が6月30日付けで
現在市販されている4Kテレビ・4K対応テレビ※1を利用して、衛星基幹放送による超高精細度テレビジョン放送を視聴するためには、平成30年の実用放送開始にあわせて発売予定の機器が別途必要になります。

……という注意喚起を掲載したことで、ネット上では一騒動起きているようだ。
なにを今さら、と思う。
4Kテレビ放送についてまとめれば、
  • 4Kテレビ放送が地上波デジタルで実現する可能性はほぼない(少なくとも熟年世代が生きているうちにはありえない)
  • 現在「4Kテレビ」と銘打っている、4K放送対応チューナーを内蔵したテレビで4K放送を見る方法は、①スカパー!プレミアムサービスで見る ②ひかりTVなどインターネット経由で見る ③4K対応のケーブルテレビで専用セットトップボックスを使って見るの3つしかない
  • スカパー!プレミアム放送は「スカパー!4K総合(Ch.596)」「スカパー!4K映画(Ch.595)」の2つだが、これはBSアンテナでも受信できる110度CSではなく、専用アンテナが必要。しかも有料放送
  • 今年夏以降にBS-17(いままでデジタル地上波の難視聴地域対策に使っていた帯域)で試験放送が始まるが、「試験放送」なので内容はあまり期待できない

……と、これだけ知るだけでも「じゃあ、そんなもの買う必要はないじゃん」ってことはすぐ分かる。
BSとCSで4K実用放送が開始されるのは2018年の予定だが、これは従来の放送とは仕様が違うために、まだ製造もされていない専用外付けチューナーが必要で、しかもアンテナも従来のBS/CSアンテナでは受信できない可能性が高い。特にマンションなどで共用アンテナを使っている家庭では、個人では対応できない可能性がある。

……という、どうにもならない代物なのだが、すでに薄型テレビ販売において4分の1が4Kテレビになっているという(JEITA 一般社団法人 電子情報技術産業協会調べ 2016年5月度調査結果)。

老人詐欺商法が日本経済を救う?

高額な商品だけに、買えるのは熟年層以上だろう。デジタル家電に強い(多分)若い世代が4Kテレビを買っているとは思えない。となると、購入している人たちのどれだけが「4Kテレビの実態」を知って買っているのかは極めて疑問だ。これを買えば、今までのテレビよりきれいに映ると単純に思いこんで買っているいる人が相当数いるはずだ。
「オリンピックも始まるし、ここは思いきって買い換えようか」なんて人もいるのだろう(そういう人たちに限って、地上波しか見ていなかったりする)。

となると、もはやこれは「シニア世代詐欺商法」と呼べるのではないか? 
前回の「NTTが「コラボ契約」に切り替えた客の回線障害対応は門前払いする件」でも書いたが、養父は使えなくなった光回線の利用料(月額1万円弱)を何年にもわたって自動引き落としで払い続けていた。「ルーターの電源を抜いているから使用料はかかっていない」と思い込んでいたらしい。
デジタルライフの進歩、複雑さについていけない熟年世代は多い。そういう人たちからうまく金を巻き上げる商法だけでも、現在の日本国内の経済はずいぶん支えられているのだろう。
それでいいのか?
こんなことを続けていたら、日本はますます世界から取り残され、本当の技術革新や合理的な国家運営から外れた外道な道を進むことになるだろう。

4Kテレビは買ってはいけない

スポーツの生中継とかでない限り、テレビ番組をリアルタイム視聴するなんて考えられない。(そういうテレビの視聴方法をしていると馬鹿になる)
テレビを買う場合にいちばん重要なのは録画・再生機能だろう。
  • 外付けHDDで録画でき、HDDが複数台増設できる
  • 内蔵チューナーが最低でも地上波・BSともに複数基あり、W録画(同じ時間帯の2つの番組を同時録画)以上ができる

この2つの機能が最重要だ。
ところが、50V型の大型テレビなのに内蔵チューナーが1つしかなくてシングル録画しかできない(録画している間は他のチャンネルが見られない)、なんていうテレビが存在する。そんなものは役に立たない。
4Kなどというものに金をかけているために、最重要である録画機能がおろそかになっている機種も見うけられる。そんなものを買ってはいけない。
さらには、デジカメの無意味な高画素化と同じで、液晶パネルを高画素化することで、色再現能力などが犠牲になる可能性があることも忘れてはいけない。
現行のデジタル放送でさえ、多くの人は2.5メートル離れると720pと1080pの区別ができないといわれている。ましてや私のように老眼&近視の人間は、4Kの高精細映像を認識するにはとてつもなくでかい画面を間近に見るといった視聴方法しかないだろう。

例えば、NHKの連続テレビ小説や大河ドラマは、地上波では1440×1080iで、BSでは1920×1080iで放送されているので、地デジで見るよりもBSで見たほうが「きれい」なはずだが、その差を感じられる人、気づいている人がどれだけいるだろうか。
オフセット印刷も同じで、200DPI以上なら精細さの差は肉眼ではほとんど区別できない。オフセット印刷の標準DPI(解像度)は350DPIなので、これを400DPIや600DPIに上げても意味がない。
なんでもかんでも解像度を上げればいいというものではないのだ。最重要なのは見ているもの(作品や情報)の質なのであって、解像度ではない。

4Kテレビが出てきた唯一のメリットは、従来解像度のテレビの値段が下がっていることくらいだろう。ただし、これも、メーカーが4Kテレビに力を入れているため、2Kテレビで基本性能を重視したよいモデルはどんどん消えていっている。その意味では、「テレビを買い換えるなら今」なのかもしれない。もちろん、複数チューナー内蔵、録画用複数HDDを接続可能な高性能2Kテレビを買うのである。

よいお買い物

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ものを大切に長く使うと「罰せられる」国2016/05/14 22:37

都知事の公用車として有名になった黒塗りのトヨタアルファード(トヨタのサイトより)
舛添都知事の「公用車」として有名になった黒塗りのトヨタアルファード (トヨタのサイトより)

家とか自動車のような「長期にわたって使用される商品」を耐久消費財という。高価な物だし、貴重な資源とエネルギーを使って作るものだから、性能はもちろんのこと、長く使えるかどうかが重要になる。長く使うことで初期投入の資源やエネルギーの「元を取る」わけだ。
まだ使えるけれど、飽きたから買い換える、というようなものではない。そういう消費行動をする人は「ものを大切にしない」「資源を無駄遣いする」ということで軽蔑される(はずだ)。
しかし、日本という国は、いつの間にか「使い捨ててどんどん買い換えることこそがよい国民の行動である」「ものを大切に長く使う人は経済発展の足を引っ張るので企業や富裕層にとっては都合が悪い。よって罰を与える」という法律を作り、実施するというとんでもない国になってしまった。

先日、自動車税を支払った。
登録後約17年を経ている我が家の1台(スズキの1600cc乗用車。2003年に中古を37万円で購入した)は、「車齢13 年超のガソリン車」ということで重課税され、本来なら1600ccガソリン車は39500円のところ、45400円である。去年までも約10%の重課税で腹を立てていたが、今年はさらに5%上乗せされた。
「車齢 11 年超のディーゼル車、車齢 13 年超のガソリン車・LPG車の自動車税重課割合を概ね 10%重課から概ね 15%重課に引き上げる」という税制改悪を国土交通省が要望し、認められたからだ。
軽自動車や原動機付き自転車など、田舎では日常生活の足として欠かせない車も今年度から自動車税を上げられた。軽(660cc以下)の自家用車は従来7,200円の自動車税だったが、今年からは13年超の車は12,900円で、なんと約80%も引き上げられた。原付バイクは1000円から2000円に、100%増税だ。

一方で、「エコカー減税」はさらに拡充させた。
折りしも、舛添東京都知事が法外な出張費を使いまくり、正月に家族でホテル滞在した費用を公費で支払い、公用車で湯河原の別荘までほぼ毎週行き来していたことが報じられているが、舛添知事の公用車とはトヨタのアルファードという車だ(写真↑)
平成26年型というから、都知事就任後に購入させたのだろう。
アルファードのHYBRID Executive Loungeという上級グレードのお値段は約700万円(希望小売価格7,036,691円 税込)である。特別仕様の「ロイヤルラウンジSP」というカスタマイズを施すと約1500万円である。
運転手付きの「走る知事室」がどのグレードなのかは知らないが……。

旬な話題だったのでつい都知事の公用車に話を振ってみたが、問題は「公用車」の車種やお値段ではない。車両総重量が2.6トンあるこの巨大な車がハイブリッド仕様で「エコカー」であると認定されていて、税金を大幅免除されていることだ。
アルファードのHYBRID Executive Loungeはエコカー減税対象車であり、自動車重量税も自動車取得税も100%免除(合計約17万5000円)、自動車税も翌年は3万3500円減税になる。
「合計24万6800円も税金が免除されますよ」と、トヨタも胸を張って売り込んでいる。

トヨタといえば「いつかはクラウン」という名コピーがあった高級車クラウンも思い浮かぶが、この最上級グレード「マジェスタ“Fバージョン"」(車両総重量約2.1トン。約700万円)もエコカー減税対象車で、自動車重量税、自動車取得税、自動車税を合わせて約24万7200円の税が免除される

こういう車を1台製造するのに、一体どれだけの資源とエネルギーを使っていることか。その結果、移動させているのは公共交通機関を使わなくていい強者ひとりだったりする。これこそ「環境負荷の高い車」ではないのか?

いうまでもなく、この手の車をポンと買える人というのは相当な富裕層だろう。自分で運転せず、専用の運転手付きで乗っている人も多い。そういう車はエコカー減税だのグリーン税制だので何十万円も税が免除され、田舎での生活必需品として軽自動車やバイクに乗っている人たち(一般の納税者)には増税や重課税という「罰」を与えてむしり取る。
しかも「古い車は環境に負荷をかけるから」という大ウソをついて、車重が1トンもない軽自動車は増税し、2トンを超えるような高級車でも「エコカー」だと言い張って自動車重量税さえ免除する。そんな国が他にあるのだろうか?
どうしてもむしり取りたいのなら、正々堂々と「増税したいが、政権を支えてくれる富裕層ではなく、騙しやすくおとなしい大衆から取ったほうが楽だから」と言ったらどうだ。

毎年、この時期が来るたびに何度でも言おう。
こんな国でいいのか、と。

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再エネ比率の高い新電力と契約したい……という無知無理解2016/04/17 11:48

我が家もスマートメーターになったが……
我が家の電気メーターも新電力契約のためスマートメーターになった


どんな電気を使うかを選べると思うのは誤解

新電力への契約切り替え率はまだ1%に満たないらしい。
うちでは3月中にいちばん安くなりそうな(年間で1万円くらいは安くなりそうな)新電力事業者と契約を交わした。といってもネットで必要事項を書き込んで送信しただけで、紙の書類などは1枚たりともやりとりしていない。気持ちがいいほど簡単だった。
それにともない、東京電力の関係事業者が電気メーターの取り替え作業にやってきた。送電網は東電のものをそっくりそのまま使うわけで、メーターの交換も当然東電がやる。

さて、ここでヒステリックな反論を予想しつつも、重要なことを書いてしまおう。

東京新聞に、電力自由化「発電方法示して」声拡大 地方議会、政府内にもという記事が掲載された。
 東京都武蔵野市議会は3月28日、事業者に電源構成などの開示を義務付けるよう国に求める意見書を全会一致で可決し、安倍晋三首相や林幹雄経産相ら宛てに郵送で提出した。
 電源構成は原子力や再生可能エネルギー、火力など各電源からどんな比率で電力調達しているかを示す情報。意見書では「消費者は電気料金の抑制のみを望んでいるわけではなく、より安全で持続可能なエネルギーを望んでいる」と指摘する。
 電源構成が分かれば、消費者は「環境を汚染しない再生エネを選びたい」「原子力は嫌だ」「二酸化炭素(CO2)排出量の多い石炭は避けたい」など、自分の考えに合った多様な選択が可能になる。


……これは東京新聞の意見ではない。武蔵野市議会に意見書を提出したという市議会議員の意見だ。
これに類する意見はずいぶん前からネット上でもいっぱい読まされたが、最初にはっきり言おう。そんなことは妄想であり、単純な誤解、無理解だ。




上の円グラフは日本の電力がどのように発電・調達されているかの構成比だ。平成23年というのは福島第一原発が爆発した2011年。全国でまだ動いている原発があったから、原発は10%残っている。
それが2014年には原発はゼロ。その分、増えたのはLNG(液化天然ガス)と石炭。火力でも石油は減っている。水力が変わらないのは、全国の発電用ダムは増えていないし、既存の水力発電所はフル稼働しているということだろう。
水力を除く再エネ(太陽光、風力、地熱、バイオマスなど)は1.4%から3.2%に増えているが、これは政府が高額な買い取り価格を約束して、その分を電気料金に上乗せすることを合法化したからだ。それでも3.2%にすぎない。
その結果、全国あちこちでメガソーラーやら巨大風車がどんどん建ち、自然破壊や低周波による健康被害が増えたわけだが、日が照らなければ発電しない太陽光発電や、風がいつ吹くか分からないから発電予測すら立たない風力発電だけで電力を安定供給することなど不可能だし、かえって資源の無駄遣いになるということはさんざん書いてきた通りだ。風のない雨の日や夜間には、風力発電や太陽光発電の発電量はゼロである。こうしたものを増やせば増やすほど、同じ発電能力を持つ火力発電所を別に作らなければいけなくなる。
で、問題の「新電力業者の電源構成」を公開しろという話だが、例えば、自社が売る電力の6割が再生可能エネルギーであるということをPRしている事業者がある。
再エネの比率がそこまで高いということは、言い換えれば、その事業者が自社で発電している電気の総量はわずかであり、多くは提携先である大電力会社(例えば東京電力)に依存しているということを意味している。

公開すべきは「電源構成比」ではなく「自前の発電能力」

Clickで拡大
自社での発電実績が乏しくても「再エネ比率」が高いとPRする事業者を選ぶとこうなる。ちなみに再エネ比率で謳っている数字は「設備容量」だから、実際にはその数分の1しか発電できない。


上の図(クリックで拡大)は、電源構成比で再エネ比率が5%の事業者Aと60%の事業者Bがいたとして、実際にはどういうことになっているのかということを説明するために作成した。
事業者Aは一般家庭に電気を売ることができるようになった今年4月以前からPPS(新電力事業者)として企業や自治体などに電力を供給している実績があり、自社の発電所も所有して実際に発電事業をしている業者だ。この事業者Aの売電実績を100とする(事業者Aの下のグラフ)。
事業者Aの売電実績は100だが、自社発電所の発電能力は82(上のグラフ)で、足りない分の18は提携事業者(大手電力会社など)から買っている。
事業者Aが所有している発電設備のうち再エネと呼ばれるもの(ほとんどは太陽光発電)の比率は5だが、この数字は発電実績ではなく設備容量なので、実際にはその15%程度しか電気は作れない(太陽光なら夜間や曇りの日は発電できないから、当然そうなる=「設備利用率」)。発電実績のグラフで、自社の発電能力のうち再エネの分(水色の部分)が減っているのはそういう意味だ。

一方、再エネ比率が60%ですよと謳っている事業者Bは、実際には自社での発電能力は10しかない。しかし、「自然エネルギーを大切にしている事業者から電気を買いたい」という人たちからの契約を増やして、売電実績は事業者Aの倍の200に達しているとする。
となると、足りない190以上の分はすべて提携他社から供給される電気なわけで、全売電量に占める再エネの比率は5%を切ることになる。

つまり、原発の電気を使うのは嫌だから、電気代が高くついても再生可能エネルギーを中心とした事業者と契約するという「意識の高い」人が増えれば増えるほど、その新電力事業者が提携している(原発を抱えている)大電力会社が発電している電気が契約者に回されることになる。

中には、契約した新電力事業者の「電源構成比」通りの電気が自分の家に届くと思い込んでいる人もいる。送電網が今までと同じ(東京電力管内なら東電の送電網)なのだから、そんなことありえないことくらい、ちょっと考えれば分かりそうなものだろうに。
送電網に入る電気はあらゆる発電所から送られてくる電気が混ざっている。どう配分するかは発電所と消費地の距離や天候の変化などによって決まる。どの事業者と契約しようが、契約者の家に届く電気の発電元は選べない
だから、公開するべきなのは、新電力事業者がどれだけの発電実績(能力)を持っているのかというデータだ。トータルの発電能力が小さいのに「うちは再生可能エネルギーで発電しています」などと売り込んでいる業者は、PR材料としてあちこちに(優遇措置で)メガソーラーや大型ウィンドタービンを建てて、実質はほとんど提携先の大電力会社の電気を転売しているだけということになる。
もっと穿った見方をすれば、そういう業者は最初から本気で発電する気はなく、提携先の大電力会社の経営を黒子のように裏で支える取引をしたいのではないか……。

公開するべきなのは、新電力事業者がどれだけの発電実績(能力)を持っているのかというデータだというのは、こういう意味である。

火力発電施設を持たない新電力会社は無責任だ

ここでさらに注意したいのは、自社の発電能力といっているものがどんなものなのかということだ。
実際に自社で所有している発電所のことなのか、それとも全国のソーラー発電事業者などから「1円高く」買い取った電気をも「自社の発電能力」といっているのか。そこをはっきりさせてほしい。

⇒ここに、「東京電力エリアで電力供給サービスを提供している新電力事業者(PPS)の一覧(25社)」という資料がある。
数字は自己申告のようだし、いつの時点でのデータなのかもいまひとつはっきりしないが、非常に興味深い。
例えば、最新月実績で990,300 MWhを誇る「株式会社エネット」は、「直近の1年間で約12,033GWhの供給実績」があるとされているが、同時に「年間自社発電量は0 MWh」とある。これが間違いでなければ、要するに多くの提携事業者から電力を買い取ってそれを再販している大手ということだろうか。

年間1,578,674 MWhで第4位のエネオスでんきは、年間自社発電量:786,135 MWhとなっているから、それなりの規模の発電所を自己所有しているということなのだろう。

何かと話題の多いソフトバンクでんきは、年間供給力:14,356 MWhで自社発電量は0 MWh。目下、自社傘下の企業が全国にメガソーラーをどんどん建設しているようだが、例の「国が決めた買い取り価格より1円高く買い取りますよという商法」でも有名になった。

ここで「買い取る」とか「再販」といった言葉を使ってみたが、実際には各ソーラー発電設備は従来通りの送電網(10電力会社)につながれていて、例えばそれまで東電に売電していたのをソフトバンクでんきのような「1円高く買い取ります」という新電力業者に売ることにしたとしても、設備関係になんら変化はない。コンピュータ上で数字をやりとりしている中での契約変更なのだ。
これは、「一般家庭がどの事業者と契約しようが、契約者の家に届く電気の発電元は選べない」というのと同じことだ。

昨年(2015年)、 日経BP社のエネルギー専門誌「日経エネルギーNext」が「第1回 新電力実態調査」というのを実施して、その結果を発表した。
回答企業122社のうち、「送受電実績がある」と回答したのが38社、「これまで送受電実績はない」と回答したのが84社。
このうち、「自社で発電所を持っている」と答えたのは送受電実績のある38社のうちの31社(81.6%)。実績なしの84社のほうは59社(70.2%)でそれほどの差はなかったが、実績なしの59社のほうはほとんどが太陽光発電で、火力発電所はほとんど持っていなかった。
自社発電所の中身は「実績あり」と「実績なし」では大きく異なる。「実績あり」の新電力の場合、55.3%が太陽光発電を持っている一方で、石炭火力(10.5%)や石油火力(10.5%)、ガス火力(23.7%)、バイオマス発電(15.8%)、廃棄物発電(10.5%)といった火力系の発電所を併せ持っているケースが多い。
これに対して、「実績なし」の新電力は67.9%が太陽光発電を持っているものの、火力系の発電所はほとんど持っていない。つまり、電力市場に新たに参入を検討している新電力の多くは、極端な太陽光依存の状態にある。
再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の導入で、全国に太陽光発電所が急拡大した。つまり、新電力が急増している背景にFITがある。現在は太陽光で発電している電力を大手電力会社に買い取ってもらっているが、全面自由化を契機に自社での販売を検討する太陽光発電事業者が増えているのだ。
(2015年3月25日 日本経済新聞「本番前に淘汰開始、太陽光バブルが生んだ「新電力バブル」 」)


要するに、自分では1kwも発電をせず、株取引や為替レートのように、単に数字のやりとりだけで儲ける企業がいっぱい出てきたわけだ。

5月18日の第6回買取制度運用ワーキンググループにて、FIT電源の買取制度の一部変更が決定されました。

事の発端は、買い集めてきた太陽光発電の電気を卸電気市場に「転売」するだけで、数億円もの利益を出した企業が現れたことです。
これは、自社の火力発電の電気を市場に売るのとは訳が違います。

FIT(固定価格買取)の認定を受けた太陽光発電の電気の買い取りには、その買い取り量に応じて、新電力が負担調整機関から交付金を受け取ることができ、また、この交付金は「再生可能エネルギー発電促進賦課金」という税金を原資としています。

そのため、太陽光発電を卸電力市場に横流しするだけでは、再生可能エネルギーの普及には寄与していないため、交付金を給付する趣旨とは外れているということで、問題視されたのです。

スマートエネルギー研究会のブログ「プレミアム買取ビジネスが危うい!FIT買取制度の変更について!」より)


太陽光や風力は、日が照らない時間、風が吹かない時間は発電量ゼロである。その時間帯は火力発電からの供給を増やして調整しなければいけないから、太陽光や風力の電源構成比を上げれば上げるほど、火力発電の設備を余分に用意しなければいけないし、頻繁に火力側の出力調整をしなければならなくなる。変動幅が大きいと調整しきれずに停電する。
問題児の太陽光や風力には税金原資の再エネ賦課金をたっぷりつけて損をしないように甘やかし、実力のある火力発電には援助しない。つまり、太陽光や風力メインで参入しようという新電力会社は、税金にたかっておいしいところだけ持っていき、責任のある運用はしない。提携先の大電力会社の火力発電に頼りっぱなしという無責任経営をめざしていることになる。

健全で合理的な電気事業の再構築こそ原発廃絶への唯一の道

こういう基本的な構造を理解せず、勘違いしている人が多いのであれば、このまま新電力事業者の契約数が増えないのも、別にいいんじゃないかとさえ思う。
自前の発電所をあまり持たず、コンピュータで数字(金)をやりとりして従来の(提携業者の)発電所が作った電気を看板を変えて再販しているだけのような業者が増えていけば、健全な電力事業、電力インフラは望めない。どんどん歪んだ方向に流れていく危険性がある。

現在、日本の電気の約9割は火力発電で賄っている。そのうちの9割近くはLNGと石炭。これは、もし日本が原発を使わないという選択をした場合、当面はこういう電源構成でやっていくことになるだろうということを意味する。
2014年は原発ゼロだったが、それで困った、危機的状況になったわけではない。であれば、そのやり方をベースにして、あとはいかに効率を上げるか、環境負荷を減らしていくかという努力をすればいい。

ガス火力の効率は技術革新でどんどん上がっている。天然ガスの確認埋蔵量、可能採掘量も増えている。石炭の脱硫技術も日本は世界のトップレベルを誇っている。石油は貴重だからただ燃やしてしまうのは惜しいと思うだろうが、原油を精製すれば必ず一定の割合で出てくる重油は熱源に使う以外あまり使い道がない。
原発を輸出するなどというたわごとを言っているよりも、すでに実績のある火力発電系の技術革新にさらに磨きをかけて世界をリードしていこう、と、堂々と言えばいいではないか。
火力発電を悪者にして、二酸化炭素温暖化説などという全世界的経済詐欺手法のお先棒を担いできた背景には、原発ビジネスをなにがなんでも守るという意図があったことを忘れてはいけない。

原子力ムラの利権族は、反原発運動を原発維持や再生エネルギー詐欺という新たな利権構築に利用することに成功している。
これ以上騙されてはいけない。
本気で原発をやめさせるには、こうした間違いだらけのシステムをひとつひとつ正していくことが必須なのだ。
何度もいってきたように、総括原価方式と再エネ賦課金などの不公正な補助金をやめさせれば、原発は維持できず、なくなる。
あとは、現在の再エネ賦課金同様に、電気料金の領収書・計算書には「原発後始末負担金」として廃炉や事故賠償金の分を我々がどれだけ負担しているかを明示すればよい。そうすることで、ようやく日本国も日本人も、自分たちが犯した間違いを認識し、将来の世代への責任を果たしていく意識を少しでも持つようになるかもしれない。


神様Aはベジタリアンだった ──あなたの知らない創世記──

たくき よしみつ・著 第4回「小説新潮新人賞」候補作の『ざ・びゃいぶる』を改訂・改題。あなたの人生観・世界観が変わるかも?
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少子化問題・人口減少社会の正しい?解釈とは2016/04/07 22:41

ダイヤモンドオンラインの、日本劣化は避けられるか? 「人口減少社会」の誤解と真のリスク ――松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授
同氏の 未曽有の人口減少がもたらす 経済、年金、財政、インフラの「Xデー」 がとても示唆に富んでいたので、自分のための備忘録として内容をまとめてみる。

最初の「人口減少社会」の誤解と真のリスクでは、まず、現在、日本の人口が減っていることに対する多くの国民の誤解についてまとめている。

  • これまでの人口減少の主因は「少子化」ではなく、「死亡者の急増」。日本が戦争に向かって突き進んでいた1920~40年頃の「産めよ、殖やせよ」政策で生まれてきた人たちが1980年代後半以降、死亡年齢に達し、年を追って大量に亡くなったことが主原因。
  • 戦争や疫病などの社会的事件によって若い世代が亡くなっているわけではないので、ある意味それほど深刻な人口減少ではない。
  • 地方の人口減少も、「東京に若者がどんどん出て行ってしまうため」というより、地方に大量にいる高齢者が次々と亡くなっているから。
  • 「少子化」が人口減少の「主因」ではない以上、今の人口減少現象は避けようがない。
  • 高齢化の「主因」も少子化ではない。「長寿化」が主因。出生率が低下しなくても、高齢化は進行する。これを止める手立てはない。

……こう指摘した上で、しかし、「団塊世代」が死に終わった後の死亡者数はピークを越えて横ばいになるので、それ以降の人口減少は出生数が減少し続けることで起きる、と説明している。

ちなみに長寿化の説明で、
1950年の平均寿命は61.3歳(男女平均)でしたが、2010年の平均寿命は83.01歳と、たった60年の間に20歳以上も寿命が延びています。
とあるけれど、1950年(戦後5年目)の平均寿命が61歳だったというのは、戦争でとてつもない数の人が死んでしまったからだから、一概に「異常な長寿化」とも言えないと思う。

また、松谷氏は次に、日本が中絶大国になったことが子供を産める女性人口の激減につながったといった主旨のことを書いているが、これもすべて鵜呑みにはできない。
現在の日本の中絶率は、医学界の推計によると52%にも上ると言われます。

という記述にしても、裏付けられる資料などは見つけられなかった。
ただ、この裏付け資料を探している中で、非常に興味深いデータを見つけた。
僕が生まれた1955年の出生数は173万0692人。中絶数は117万0143件。生まれてくる可能性のあった胎児は約290万人で、そのうち117万が中絶されているのだから、割合は約40%にもなる。闇の中絶はカウントされていないだろうから、実際には半数以上の胎児が中絶されたと考えられる。
僕が生まれた1955年当時は、母親の胎内に宿っても「親に生んでもらえる確率」は半分しかなかったのだ。
これが2009年だと、出生数が106万9000人に対して中絶数は22万6878件。約21%。闇中絶の数は1955年当時に比べれば激減しているだろうから、多く見積もっても22%くらいだろう。だから、50年あまりの間に中絶率は半分(以下?)に減ったことになる。それでも、出生数の2割以上の中絶が「正式に」カウントされているというのは驚きだが……。
中絶件数のデータは総務省統計局のものを見て確認したので、間違いはないと思う。

性の乱れが進んでいると言われるが、実際には戦後まもなくのほうがはるかに妊娠に対する考え方が緩かったというか、罪の意識が薄かったのではないか。
実際に、母親の話なんかを聞いていてもそう感じる。
かつては「足入れ婚」と言って、婚姻届を出さない前に夫の家に女性が入るような習慣が全国的にあった。嫁を即家庭内労働力として必要とした農家に多かったという話もあるが、「1年しても子供ができなかったら婚約解消」「嫁としてちゃんと仕事をこなせるかどうか試す」といった「お試し期間」を設ける意味合いも強かった。
その結果、婚姻届を出す前に妊娠したものの、夫(になるべき男性)が逃げてしまって母子家庭になったり、中絶したりといったケースも多かった。親戚にもそうした実例がある。

現代では「できちゃった婚」が増えていて(これはデータとして確か)、これも若い世代の性の乱れだのなんだのと言われるが、むしろ逆じゃないかという見方もできる。出生率が低下している中でできちゃった婚の赤ん坊が増えているだけ。しかも、中絶しないで、経済的に苦しくても結婚しようというのだから、むしろ親として人間としてはまともではないか、と。

話がだいぶ脱線してきたが、松谷氏のこのコラムの最後には注目すべき指摘がある。

  • 合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの数)が2を割ると人口減少につながるが、日本では2013年時点で1.4台。しかしこれは「女性が子どもを生まなくなったせい」ではない。
  • 既婚女性(有配偶者女性)だけに限った出生率は足もとで2.0台で、1970年代から変わっていない。既婚女性は生涯に平均2人の子どもを産んでいて、むしろ微増傾向にある。
  • なのに女性全体の出生率が下がるのは、結婚をしない女性や「子どもを持たない」と決めた女性が増えているから。実際、2010年の国勢調査によれば、女性の生涯未婚率(49歳を越えて未婚の女性が対象)は10.61.%に上っている。
  • この傾向がどんどん進んで、仮に「2040年には3割の女性が未婚」という事態になれば、残り7割の既婚女性が生涯3人の子供を産まなければ女性全体の合計特殊出生率2台は実現できない。これはおそらく不可能。

……と説明した上で、
日本人はこれから、人口減少社会を前提に考えて生きて行かなくてはならない。人口が減っても、子どもが減っても、引続き安心して豊かに暮らせる社会をつくっていくほうに、目を向けるべきなのです。

……と結論づけている。

途中の解釈や説明に??という箇所がいくつかあるものの、「人口が減っても、子どもが減っても、安心して豊かに暮らせる社会を作らなければいけない」という結論はその通りだ。

で、その方法について、別稿で論じていて、そっちのほうが興味深かったのだが、長くなるのでそれはまた次の項で……。

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