長尾和宏医師のテレビ出演シーンを見て2021/09/18 15:31

読売テレビ番組より
長尾和宏医師が読売テレビの『そこまで言って委員会NP』に出演した部分をTVerで見た
YTV My Do でも公開されている。9月20日夕方まで無料配信中。⇒こちら

この番組には私も一度ゲストとして呼ばれたことがあるので、あのスタジオの雰囲気はちょっと懐かしい。

もっと聴きたいのにあまりにもあっけなく終わってしまい、残念な気持ちが残るけれど、地上波番組で発信するってのはこういうことなのよね。突っ込んだことを言ってもカットされるし。
でも、今回は長尾氏を好意的に応援したい門田隆将、厚労省や政府を代弁して長尾つぶしにかかる丸田佳奈、裏をある程度知っていながら言葉を濁して逃げる舛添要一(この人は40年前の『朝生』の原発論争のときからズルく生きるという態度は変わらない)……という構図がはっきり分かる編集で、ある意味、ちゃんと見る力のある視聴者には言外の事情も匂わせられたから、いいんじゃないかな。

このテレビ出演について、長尾氏はブログやメルマガで何度か振り返っているけれど、今日配信されてきたメルマガの最後はこう結んでいた。
早期診断、即治療すれば重症化を防げるのがコロナ。もう正体は割れています。
(有料メルマガからだが、1行だけだから、引用を許してほしい)

本は予約時点で完売、現在増刷中とのこと。ギリギリで予約が間に合い、私のところには昨日届いた。


思っていたより分厚くてビックリ(四六判で400ページ)。この人、一体いつ寝ているんだろう。私も文章を書くスピードは速いほうだと思うけど、それを超えている気がする。

2020年1月31日から2021年8月4日までのWEB日記がまとめられている。

驚くのは、ごく初期からCOVID-19に対して極めて冷徹な観察と適確な意見を述べていたこと。
2020年2月19日の日記では、
感染ルート探しも、接触者捜しも、感染者の入院先探しも、今後は、感染症のピークを小さくすることにどれだけ貢献するのか未知だ。それよりも今、優先することは「重症化」しそうな人の早期発見であろう。つまり「コロナ肺炎」を見逃さないことに尽きる。コロナ肺炎のスクリーニング(選別)に協力する医療機関に手を挙げさせて、国内約10万件ある医療機関を明確に二分して公表してほしい。(同書・20ページ)

……とある。
この部分をWEB上の日記の同日分と比較してみた。WEB上の日記原文?では、こうある。
感染ルート探しも、接触者探しも、感染者の入院先探しも、
今後は、感染症のピークを小さくすることには、利さない。
今、重要なことは「重傷者」(ママ)の早期発見である。
つまり「肺炎」を見逃さない、ことに尽きる。
そのスクリーニングに協力する医療機関を手挙げさせて
国内約10万件ある医療機関を明確に2分し公表するべき。

書籍化するにあたって細部を調整していることが分かる。しかし、主張部分は変えていない。2020年2月19日の時点で、彼はとにかく「重症化しそうな人の早期発見と、その人たちへの医療機関による早期治療が最も重要だ」という主張を続けていたのだ。
現場の医師の目がどれだけ正しかったかがはっきり分かる。

この本の「死なせへん」というタイトルとは裏腹に、長尾氏は「人は必ず死ぬ」ということを大前提として、様々な我欲や願望、煩悩、妄想を排除して思考していることがよく分かる。
彼のもとでコロナが直接の原因で死んだ患者は一人もいないのに対して、癌、老衰、誤嚥性肺炎などで死ぬ人を毎日のように見ている。夜中に携帯に連絡が入って、在宅看取りに出向くことも日常的にある。
そうした医療者としての生活を実践し、それが医師の生き方だという職業観を持っている人が綴ってきた日記。
コロナがどうのこうのという話を超えて、生き方、死に方を深く考えさせられる。
コロナは必要なものと不必要なものをあぶり出した。必要なものは、お酒、エンタメ、娯楽。人は「楽しむ」ために生きている、ともいえる。必要な「楽しみ」を奪うのは、日本もそろそろ終わりにしたい。(同書371ページ 2021年7月11日の記述より)


エビデンスが~、自粛が~、ランセットやネイチャーには~、と言って「評論」している「専門家」たちより、毎日ニコ動で貴重な情報を発信し、合間に本音を吐露し、最後はカラオケで歌謡曲を歌っているこの人の生き様を、私は圧倒的に支持したい。


           




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アベノマスクとスガルワクチン2021/09/02 20:04

SARS-CoV-2に感染した後、病院での診療を受けられないまま自宅で病状急変して死ぬ人の報道が続いている。
ワクチン接種後に急死する若い人のケースも伝えられている。
こういう事態が来るのではないかと、以前、書いたような気がするが、脳の劣化が激しくて、少し前のことは忘れてしまう。
で、改めて過去の日記を確認してみた。

……ああ、こんなことを書いていたのだな、と、確認できたところで、半年後の今の情勢を、分かる範囲で簡単にまとめておこう。

(これに関しては周囲から「消される(殺される)かもしれないから、もうこれ以上書くな」「危ないからやめて」と言われていて、確かに自分でも、どんどん身の危険を感じるようにはなっているので、医師が書いている文章、一次データ、メディアの記事などへのリンクを中心にしておく)

ワクチンと感染力に対する誤解

半年前に書いたことを読み返してみて、現在の認識とそれほどズレているわけではないが、感染力と重症化という点では、自分の中で、若干考え方が修整されてきたかもしれない。
  1. PCR検査で陽性になった人は「感染者」というよりは「陽性者」と呼んだほうがいい。陽性者の実数は発表されているよりはるかに多い。
  2. ウイルスが人間の細胞内にとりつくと「感染」した状態になり、程度の差こそあれ症状が現れるが、人にうつす「感染力」はそうなる直前の時期、即ちウイルスが鼻腔や咽頭に大量に付着している段階が一番強い。
  3. 従って、感染を広げている主力は、発症して寝込んでいるような人ではなく、無症状やごく軽症で動き回っている人たちなので、自分がウイルスをばらまいているという自覚はない。
  4. ワクチンを接種すると人にウイルスをうつさないわけではない。ウイルスをもらっても重症化しにくくなるということであり、自己防衛にはなるが、無自覚な加害者になる可能性は減らない。
  5. 従って、ワクチンを打ったからマスクをしなくてよいとか、安心して里帰りできると考えるのは間違い。メディアはそのことをしっかり伝えるべき。
  6. デルタ株の感染力は凄まじい。ワクチン接種人口が増えても、「無症状陽性者」の数は減らないのではないか。
……ということを強く再認識した。

自宅「療養」になっていない

自宅で治療を受けられないまま死ぬ人が出てきてからは、メディアは「自宅療養」が諸悪の根源で、全員入院させろ、野戦病院を作れ、といった論調になっている。
しかし、まずこの「自宅療養」という言葉が間違いだ。実際は検査も治療もしていないのだから「自宅放置」、いや「自宅幽閉」「自宅監禁」である。
まあ、行政やメディアが「自宅放置」という言葉を使うわけがないだろうから、せめて「自宅隔離」というべきだろう。
問題は自宅に隔離することそのものではなく、治療・観察ができないことが問題なのだ。

冷静かつ合理的に問題を整理していこう。
はっきりしているのは、
  • 陽性者をゼロにすることは不可能なので、
  • 感染者を初期段階でいち早く見つけて、投薬などで重症化を防ぐ態勢作りを急がなければいけない
……ということだ。
そのためには、とにかく、保健所が中に入る体制をやめることが先決だ。
保健所は医者の集団ではない。なぜ保健所に命の選別(トリアージ)をさせるのか。
市民の健康と命を守る最も身近な存在は町の開業医だ。しかし、日本では「かかりつけ医」のシステムがしっかり構築できていないから、いざというときに対応できない。
かかりつけ医の対応を強化するためには、
  • 初診からの遠隔診療を解禁
  • 遠隔での緊急投薬処方も解禁
  • 合わせて、薬局の薬宅配システムを充実させる
  • そのためには、まずCOVID-19を感染症2類相当から外す
……ことが必要だ。
また、訪問診療システムの拡充も重要で、これは5月にも書いたことだが、訪問看護師の訴えにあるように、
医師にコロナ特例での免責を行い、対面なしでも在宅酸素、ステロイド、抗菌薬、解熱薬、点滴を処方できるようにする
これは半年経った今も実現していない。

かかりつけ医(開業医)の意識改革も必要だ。
コロナには関わり合いたくないという態度でクリニックの門戸を閉ざすような医師も少なからずいる。
すでにウイルスに感染して寝込んでいるような患者はウイルスを外部に排出する量は少なくなっているというデータがあるのだから、毒ガスマスクに防護服のような重装備で接する必要はない。むしろ無症状の陽性者のほうが「危険」なのだ。発熱外来をすり抜けてくる患者や院内スタッフのほうが危険因子を多く持っている可能性がある。
冷静にそう考えれば、病院内での対応も変えていけるはずだ(そのためには国がまず2類から外すことが先だが)。
入院設備がないからうちでは扱えません、ではなく、開業医が一人でも多くの患者を初期段階で診療することが必須なのだ。
医療のマンパワーが足りないのだから、今のままで入院人数を一気に増やすことは無理だ。下手にそれをやれば、コロナ以外の患者の治療を圧迫してしまう。自宅隔離がやむを得ないほどウイルス陽性者が増えてしまったのなら、自宅隔離状態でも訪問や遠隔診療でしっかり診療・治療できる開業医や訪問看護師の救急システムを作る必要がある、ということは自明の理ではないか。

以上のことを真剣に考え、未治療のまま死ぬ人を減らす具体的な施策を緊急に整え、実行していかないと、自宅死の事例はなくならない。

「武器」が使えない現場の医師たち

治療薬に関しては、この半年で大きく認識が変わった……というよりも、怖ろしい現実を確信するに至った。

これに関しては目下日本でもかなりきつい情報統制が敷かれていて、よほどしつこく追いかけないと事実が見えてこない。
かなり前から、SNSなどではある種のキーワードを含むコメントや投稿が自動削除やアップロード拒否になっている。
既存薬の名称がひっそりと禁止ワードにされているなど、異常事態である。

それでも、大手のメディアに辛うじて出てくる記事として、2つのインタビュー記事を紹介したい。ご自身で読んで、内容の真偽を推理・判断していただきたい。


前述の読売新聞の取材記事で、東京都医師会・尾崎治夫会長はこう述べている。
「政府はイベルメクチンを供給できる体制も構築せずにいるわけで、推進体制にはなっていない。日本版EUAを早く整備して、現場の医師が使用できる体制になれば、田村厚労大臣が国会で答弁したように、現実的に自宅待機、療養の患者さんにも投与できるわけですが、いまの体制では事実上何もできません。よく『国民の安全のため』と言いますが、このような有事の際にも慎重姿勢を崩さないのでは、国民の安全を犠牲にしているとしか理解のしようがありません」
「今こそイベルメクチンを使え」東京都医師会の尾崎治夫会長が語ったその効能 読売新聞 2021/08/19

長尾和宏医師も、この問題については忌憚ない意見を発している。
僕は、自分自身がやってきたことをテレビで喋っただけだが、政府も医師会もすぐに呼応して頂いたので出た甲斐があった。
しかし、失ったものも大きかった。
全く意識していなかったが、思わぬハレーションがあった。
  1. 政府の無策を明らかにしてしまった。(まさに不都合な真実)
  2. イベルメクチンという巨大な地雷を踏んだ
  3. その結果、ワクチンメーカーと製薬メーカーを怒らせた
  4. 感染症専門家と分科会を怒らせた
  5. 2類利権で稼いでいる病院(一部だが)も敵に回した
  6. コロナを診ていない開業医も敵に回した
つまり、市民以外のすべての団体を敵に回してしまったようだ。
この8月、国と医師会を少し動かしたかな Dr.和 の町医者日記 2021/08/30

長尾医師は認知症の対応や在宅看取りなどに力を入れてきた人で、著書も何冊か読んで、信頼できる人だと思っていた。
彼にとってコロナは専門外で、本来ならコミットする分野ではないのに、否応なく巻き込まれている。避けて通れない問題なので、正直に取り組んでいる。その結果、どんどん理不尽な状況に追い込まれて、替え歌を歌って精神を保つしかないようなことになっている。
そういう人間味を隠さずに見せるところ↓も、信用できる人だなと感じる。
●貧しい人から病気が治った? 長尾和宏の創作・お薬寓話。 長尾和宏コロナチャンネル
他の真面目な医師たちが、どんどん精神的に追い詰められて、余裕を失い、精神が荒れてきているように見える中で、ニコ動でカラオケ歌っているこの人の存在は救いだ。どうか倒れないで、消されないでいてくださいね。ご自愛を!!


ともあれ、今は緊急時だから、治療薬を幅広く緊急認定して、ないものは海外製ジェネリックでもいいから早急に確保することだ。
現場の医師がどれだけ頑張っていても、薬という武器がなければ戦えない。
アベノマスクもひどかったが、今の「スガルワクチン」だけという無策では、事態が好転することはない。

「権力依存症」という怖ろしい病気

この日記でも折に触れ書いてきたように、養父と義母の終末期介護が何年か続いて、その間、私はいろいろなタイプの医師と接してきた。
いわゆる「専門医」は、自分の専門のことに特化して診断し、極力私情を挟まない。患者個人の個性や、現在の生活環境、人間関係、生き甲斐……といったものをいちいち考えていたら仕事ができないと割り切っている。外科手術などでは、そういう医師も必要だ。
一方、訪問診療医は、患者個人の生活、人生を観察し、一緒になって悩むから、とても面倒な仕事になる。
専門分野を作って閉じこもることはできない。総合的に診療しないといけないから、常に勉強する必要がある。そうした苦労の割には儲からない。
同じ「医師」でも、違う世界に生きているように見える。

さらには、診察・治療の現場に立たず、もっぱら研究者としての経歴を積み重ねていく医師もいる。
目下、緊急性の高い改革をことごとく阻止している厚労省の医系技官や「専門家」と呼ばれる学者たちには、このタイプが多い。
そうした「専門家」の中には、何かというと「エビデンスが……」などとしたり顔で語り、現場の悲鳴に近い訴えを平気で無視する人たちもいる。医学という「学問」は現場で実際に行われる「医療行為」よりも崇高で、自分たちは町医者などより上に位置していると勘違いしているのではないかと思えるような人も少なからずいる。

その上には、問題の中身を理解さえしていない政治屋がいて、裏にはメガファーマなどの巨大利権構造世界がある。
メディアはその強大な力にコントロールされながら、庶民の思考を操り、興味の矛先を変えさせたり、同調圧力を仕掛けてくる。

アルコール依存症やギャンブル依存症、やめられないDV気質などと同様に、権力の座を手に入れることに快感を覚え、そのためにはなんでもするという「権力依存症」という病に冒された人たちがいる。
そういう人たちが組織の上に巣くっていると、現場で動く人たちがどれだけ頑張っても効果が出ない。
それだけでなく、社会全体に虚無感が広がって、発揮すべき才能やエネルギーが消されたり、危険な方向に暴走したりする。
そんな社会では、誰もが幸せに一生を過ごせない。

このどうしようもない「構造」を変えるために、最低限の行動をする人たちが増えていかないと、この国は本当に取り返しのつかないところまで落ちていく。

もうすぐ次の選挙がある。
そこでも変わる兆しが見られないようなら……、ほんとにもう「貝になる」しかないかなあ。
           




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パラスポーツの奥深い世界2021/08/29 10:58

パラリンピック東京大会が始まっている。
開会式を見たが、あまりにもひどくて論評する気も失せるほどだった。
とにかく無意味に長い。グダグダ、ダラダラ、中身薄っぺら。ショーをやるなら、もっとカチッとしたものを淡々とやってほしい。
うわべだけの「多様性」とか「偏見や差別のない社会」とか、そういうのを詰め込もうとしているのだが、付け焼き刃、上滑りで、「ショー」としての質を高められないまま、時間切れでご披露しました、という感じ。
内容や演出のあちこちに「これを出しておけばOKだろ」的な安直さが透けて見えて、気持ちが悪かった。
そもそも「障碍」をここまで強調する演出が必要なのか? いろんな人が集まって、普通にやることでこそ「多様性」があたりまえ、という世界が近づくだろうに。
「片翼の飛行機少女」というのも、あまりにも前時代的、ステレオタイプな発想で、ネットで炎上するんじゃないかと思ったら、メディアには「一本筋が通っていて、コンセプトが明確だった」だのなんだのと持ち上げる記事があふれて、駄目押しでやりきれなくなってしまった。

「思いやり」のなさにも腹が立った。
頭にタケコプターつけた人たちはボランティアだと思うが、あの長時間、ずっと手を振り、身体をくねらせ続けて、なんたる苦行か、誰か倒れてしまうんじゃないかと心配になり、見ているだけで疲れてしまった。
ただ並んで、一様に手を振って踊れ、というのは、演出する側がな~んにも考えてない、ってことと同じ。おもてなしでもなんでもない。
踊ってる人たちも、言われたことをやらされているだけでは気持ちが込めにくいだろう。本当に気の毒だった。
こういうことを平気でやらせる無神経さは、スタッフ用弁当を大量廃棄した事件にも通じる。
さらには、この人たちはボランティアとバイトが混じっているのかなあ……などということまで考えてしまう。これまで組織委が重ねてきたあまりにも多くの不始末・不誠実・無責任事件のせいで、素直に見られなくなってしまっているのだ。組織委の上層部や、彼らを引っかき回した政治家や企業は本当に罪深い。

参加者たちに「歓迎」の意を表すにしても、もっとやり方はいくらでもあるだろう。
例えば、入場してくる国・地域ごとに、その国・地域を応援したいと申し出た人とか、つながりのある人が1人あるいは数人で代表して、手作りの応援グッズを持って駆け寄り、一緒に行進するとか。
心の込め方はいくらでも工夫して見せることはできる。

中継放送したNHKのやる気のなさもひどかった。
長い時間かけて選手入場してくる際に、ほとんどの国に対して、どんな競技に参加しているのかとか、何も説明しない。 ギリシャなんか「ギリシャです」で終わり。
心がこもっていないのよ。ここに来るまで大変な努力をしてきた選手たちへの尊敬の念がない。

改めて考えさせられた「クラス分け」の難しさ

この「心のこもっていない入場行進中継」で、ひとつ「え?」と思ったことがあった。
「○○選手の1500mの記録はリオ五輪の優勝記録より速いんです」という一言解説が耳に入ったときだ。
トラック競技で、パラリンピックの記録がオリンピックの記録より速い? それはすごいではないか、と。
で、調べてみた。
9月11日に行われたリオデジャネイロ・パラリンピック、陸上男子1500メートルT13(視覚障碍のクラス)では、アルジェリアの双子ランナーであるアブデラティフ・バカ(Abdellatif Baka)がパラリンピック新記録で優勝した。しかし、このレースでは優勝タイムよりも話題になっているものがある。双子の弟で、4位入賞を果たしたフォーダ・バカ(Fouad Baka)までの4人が、リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得したマシュー・セントロウィッツ(Matthew Centrowitz、米国)を上回るタイムを記録したのだ。
パラ陸上男子1500mで珍しい現象、4位までがリオ五輪優勝タイム上回る AFP BBニュース 2016/09/14)
↑どうやら、これのことらしい。

このときの映像がYouTubeにUPされていたので見てみた。↓

↑Click to play!

パラリンピックの陸上競技の上位4人が、同じ年の五輪の優勝者より速かったということで話題になったが、これは五輪のレースが極端な駆け引きレースで序盤が超スローペースになったための結果だから、障碍者選手が健常者選手より速いという話ではない。
それはそれとして、この動画を見て不思議に思ったのは、「ちゃんと見えてるよね」ということだ。
みんな普通に走っているし、ゴール後、バカ兄が国旗を渡されて受け取るシーンなども、なんの違和感もない。ちゃんと見えているようだ。
で、さらに調べると、このレースは「視覚障碍T13」というクラス。
T13の視覚障碍とは、
視力0.04以上0.1まで、または視野直径10度以上40度未満
だそうだ。
視力0.1というのは私の裸眼視力とほぼ同じだ。だから、私が眼鏡を外したときの状態はこのT13に該当するということだろうか。
であれば、あの違和感のない走り方やゴール後の普通の行動も頷ける。視界はぼやけてはいるが、十分に周囲の状況は確認できるからだ。
視力0.04~0.1よりも、視野が狭いほうがハンディとしてはきつそうだ。
優勝したバカ選手がどの程度の視覚障碍なのかはよく分からないが、「見える」ことには変わらない。
であれば、1500m 3分48秒29という記録は驚くようなものではない。
男子1500mの世界記録は3分26秒00(ヒシャム・エルゲルージ)で、これより22秒遅い。
女子の1500mの世界記録は3分50秒07(ゲンゼベ・ディババ)で、これといい勝負。
先日の東京五輪での女子1500mの優勝記録は3分53秒11(キピエゴン)で、8位入賞という快挙だった田中希実が準決勝で出した日本新記録が3分59秒19。
この記録がどのくらいすごいのかというのを体感するためにユーチューバーのたむじょーが37℃の猛暑の中を田中と同じラップを刻んで走ってみせた動画も見てみた。

たむじょーの1500m自己ベストは3分50秒00だそうだ。この動画では途中までピッタリ同じで走ってみせて、最後は田中の記録を上回る3分57秒でゴールした。男子選手としてのメンツを保ったたむじょーだが、バカ兄の3分48秒29というのは、このレベルの記録に近いということだ。

う~~~ん。どうなんだろう。
視力0.1の選手と一般の選手を「区別」する必要ってあるのだろうか?
例えば、眼鏡をかけると視力1.0だが、外すと0.1になる選手が眼鏡を外して走れば、T13クラスのレース相当になるのだろうか? その場合、眼鏡をかけて走ったときよりも記録が遅くなるのだろうか?
考えれば考えるほど、う~~ん、となってしまう。
何か他に特別な理由があるのなら、ぜひ知りたい。
そのへんが詳しく説明されることがないのも、なんだかタブーになっているような感じもあって、モヤモヤする。

義足の威力?で8m62??

陸上競技の場合、車椅子やスポーツ用義足などの装具によって一般の選手よりもいい記録を出すという現象がある。
車椅子マラソンの世界記録は1時間20分14秒で、キプチョゲ選手のマラソン世界記録(2時間1分39秒)より40分も速い。
走り幅跳びでは、ドイツのマルクス・レーム選手(片脚が義足)が持つ世界記録は8m62で、2021年6月1日パラ陸上ヨーロッパ選手権で出した。
これはその2か月後に行われた東京五輪の走り幅跳び優勝記録8m41をしのいでいる。
レームは健常者と同じようにオリンピックや世界陸上に出場させろと訴えているが、認められていない。
かつて、両脚義足のオスカー・ピストリウス(南アフリカ)がロンドン五輪に出場した例がある。
ピストリウスの自己ベスト記録は、
100m  10秒91(2007年)
200m  21秒30(2012年)
400m  45秒07(2011年)
だ。
ロンドン五輪前の北京五輪のときは、400mで出場を目指していたが、国際陸上競技連盟(IAAF)が義足が有利に働くとして認めず、その後、スポーツ仲裁裁判所(CAS)はIAAFの判断を覆して認めた。ただ、このときは参加標準記録を破れずに出場できなかった。

ピストリウスはその後、殺人容疑で逮捕されたり、ドーピングやDV疑惑が持ち上がったり、とにかく話題を提供するのにいとまがなかった。

で、走り幅跳びのレームだが、今回の東京五輪では出場が認められなかったわけだが、出ていれば優勝していた可能性は高く、これまた議論を呼び起こしただろう。
国際陸連は厚底シューズの規定も厳格に決めて、用具による不公平をなくそうとしている。バネそのもののような義足をつけた選手の記録を一般の記録と同列には見られないというのは仕方のないことだ。

このレベルになると、そもそも「スポーツ選手の頂点」とはなんだろうという疑問にぶち当たる。
柔道やレスリング、重量挙げなどは体重別のクラス分けがあるが、陸上にはない。脚の長さ別のクラス分けなんてあれば、ずいぶん印象が変わるのだろうが、そうなると興味が薄れてしまう面もあるだろう。

そういえば、走り高跳びを「身長差」で競ったら……というのも、誰もが思うけれど、あまり真剣に議論されないなあ。
それをヒントにして小説を書いたこともあったっけ。

両手両脚に欠損がありながら100m自由型1分21秒58

かと思うと、水泳競技ではまたずいぶんと印象が変わる。 今回のパラリンピック東京大会水泳で、自由型100m S4(運動機能障碍)クラスで2008年北京大会以来13年ぶりに優勝した鈴木孝幸選手は、生まれつき四肢が欠損している。
右腕は肘から先がなく、左手はあるが指は3本(うち1本は短い)、右足は根本付近からなく、左足は膝上からない。パッと見、左手一本だけで泳いでいるように見える。
最後まで競り合った2位のイタリアの選手は、映像で見る限り、両脚は動いていないが、長い両手でしっかり水をかいているので、この2人が同じハンディでいいのかな、とも思ってしまう。
水泳でのクラス分けは、Sは自由型、背泳ぎ、バタフライ。SBは平泳ぎ、SMは個人メドレーで、運動機能障碍は1~10まであり、数字が小さいほど障碍が重い。
4は「体幹と両下肢の動きに重度の障碍があり、両手にも障碍があるかまたは手足の欠損がある」というクラスだそうだ。
両肩で大部分の力を出して推進力に変える、ということなのだが、これで100mを1分21秒58で泳ぎ切るのだから驚くしかない。

障碍者「専用」の競技?

水泳競技は装具なども使わないから、純粋にハンディを負った人が健常者と同じ種目に挑戦する、という性格のものだ。
一方で、ボッチャやシッティングバレーボールのように、障碍者のために考案された競技もある。

ボッチャ

こうした競技の場合、健常者が同じことをやって障碍者に負けることはいくらでもありえるだろう。実際にそうした「交流戦」的なものは普通に行われているのだろうか?

また、アーチェリーは、一般のアーチェリー競技のほうに「シッティング(座って矢を射る)」という種目を追加すれば、健常者と車椅子選手が一緒に競い合うことができるはずだ。
そういう方向にも進んでいけたらいいのに、と思う。

……とまあ、こんな風に、パラスポーツというのも、少し考えただけでも、いろいろ複雑で、奥深い問題を含んでいるのだなあ……ということが分かったことが、今回の収穫だろうか。

骨折で夢を諦めたハイジャンパーが出てくる『瞑想教室』も含まれている短編集。
Amazonで購入のKindle版は⇒こちら
紙の本は⇒こちら 

           




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ああ、デルタ株2021/08/24 22:10

worldometers.info 2021/08/11 より
気がつくと、日本は新規感染者数で世界のトップ10入りを果たしているようだ↑
極端に検査数が少ないのに新規感染者が多いというのだから、実際の感染者数は一桁多いだろう。
で、現在、その90%以上がデルタ株だという。

今はデルタ株と呼ばれている変異株(当初は「インド株」と呼ばれていた)が日本に入ってきてしまったのではないか、と一部のメディアが書き始めたのはいつだっただろうと振り返ると、今年の4月終わりくらいだった。

3月は空港検疫(抗原検査)で判明した陽性者157人のうち、インドでの行動歴がある入国者は8人だったが、4月は24日までに、242人中56人。特に先週の増加ペースは激しい。危ぶまれるのは、判明した陽性者以外に検査で「陰性」となっても実は感染している人が相当数入国している可能性があること。空港検疫では入国者の待機時間短縮のため、15~30分で結果が出る「抗原検査」を採用しているからだ。(空港検疫コロナ陽性で「行動歴インド」入国者急増!二重変異株が抗原検査すり抜け日本で蔓延か 日刊ゲンダイDigital 2021/04/26

日本に入国する際の空港や港湾の検疫で、4~5月に確認した新型コロナウイルスの感染者のうち、感染拡大が深刻なインドと隣国のネパール、パキスタンから入国した人が過半数を占めた。(略)3カ国から入国し、検疫で感染を確認した人は4月に176人、5月8日までに81人の計257人。内訳はインド110人、ネパール78人、パキスタン69人だった。検疫で感染が確認された人のうち、4月は57%、5月は80%を占める。(4~5月入国のコロナ陽性者、インド周辺3国が過半数 朝日新聞Digital 2021/05/10
日記にも書いたなあ。⇒これ

要するにこの時点でデルタ株の侵入を防げなかったことが今の惨状を招いている。
苗床を用意してしまった後に、五輪関係者という田植え部隊を招き入れたのだから、なにをかいわんや、だ。
厳格な入国管理や即座のロックダウンなどを実施してきたオーストラリアニュージーランドでさえ、デルタ株の侵入は完全には防げなかったのだから、ましてやザル状態の日本では到底無理だった。
それにしても、もう少しマシな体制は取れただろうに、と悔やまれる。

こうなってしまった以上、もはや緊急事態「宣言」とかを繰り返していても意味がない。
「人と交わるな」という社会が続けば、(学校だけでなく、広い意味での)教育現場や、文化・芸術活動の現場は壊滅的なダメージを受け、今まで作り上げてきた「人間として生きていく価値」が大きく失われてしまう。特に若い世代にとって、それは単純な死よりも怖ろしい結果を招くだろう。

デルタ株に関しては、最近、こんな研究発表があった。
「ウイルスの感染力を高め、日本人に高頻度な細胞性免疫応答から免れるSARS-CoV-2変異の発見」(東京大学、熊本大学、東海大学、宮崎大学、日本医療研究開発機構 6人の研究者による共同研究)

簡単にまとめると、
  • 当初「ファクターX」と呼ばれていた「感染しにくい要因」の1つはやはりHLA型の違いで、日本人の約6割が持っている「HLA-A24」が新型コロナウイルスが細胞表面にくっつくのを阻害していた。
  • しかし、今日本で急速に感染を広げているデルタ株は、この「HLA-A24」を介した免疫から逃れる性質を持つ。
  • 結果、今までは爆発的な感染拡大から免れてきた東アジア諸国も、デルタ株ではそうした幸運は期待できない。
……ということだ。

現状を見る限り、これだけの感染者がいるのに死者は急激に増えていないので、あとはもう、治療体制をしっかり組んでいくしかない。その部分の劇的な改善・改革が必要だが、妨げているのは厚労省と無能な政府。この国の根本的な弱点に巣くう問題だから、すぐには対応できない。
となれば、個人でできる範囲で防衛していくしかない。
では、何を根拠にして防衛策を練ればいいのか?

このウイルスについては、当初から医療現場でさえ正反対の意見がぶつかり合ってきて、今もそれは変わらない。
初期の頃はPCR検査を増やす増やさない論争、今はイベルメクチンを巡る論争などがその代表例だ。
どの情報、主張を信じればいいのか?
その判断ができなければ、同調圧力には最終的に負けてしまうだろうし、「個人の防衛策」も間違った方向にいきかねない。

私の判断基準の一つは、意見や主張の裏に利害関係や保身本能が存在していないか、ということ。
もっと踏み込んで言えば、学術会議的な「業界」に身を置き、役所や製薬会社との結びつきの上で、誰かの論文を根拠にして、したり顔で「エビデンスが……」などと発言している人の主張より、現場で毎日患者を診ている医師たちの生の言葉や感覚を信じたい。
その医師たちの意見も真っ向から対立しているわけだが、最後は「顔」かな。
頭のよさと真剣さを感じられる顔。しかし「真剣」といっても、ファナティックに偏向しているような「熱意」は除外。
問題が長引いてきた今、対立する医師たちも、両極端に寄っていきがちだと感じる。
メディアはその両方を視聴者や読者の食いつき狙いで取り上げ、露出させる。
SNSではその対立がさらに過激化していく。やっかいだから、極力関わりたくない、言葉を発したくない、という自己防衛本能が働いてしまう。

2年半以上経過した今、錯綜する情報や政府の無策、扇情的な報道に疲れ果てながらも、私が、多分こうなんだろうなと思うのは……、
  • 1)感染者は発表されている数よりはるかに多い
  • 2)デルタ株の感染力は凄まじいが、致死率は従来株とさほど変わらないのではないか(死者/感染者数の分母が怪しいので、ちゃんとした分母を入れればかなり低くなるのでは?)
  • 3)要するに「タチが悪く、怖いインフルエンザ」的なものが、これからずっと自分を取り巻いている社会に生きていかなければならない

最重要なのは、被害を最小限に抑えるシステム作りだ。具体的には、軽症のうちに素早く手当てできる体制を早急に、しっかり構築していくこと。ワクチン騒動はこれからずっと続くだろうから、治療薬の開発をしつつ、当面は限られた医療資源の中で、重症化率、死亡率を減らすために既知の薬の適用方針も明確にしていく。その過程では情報を完全公開し、企業や政府の邪念やメンツが入り込まないようにする。
それができない国では、今後も一定数の人は重症化し、死んでいくだろう。
残念ながら、日本では当面できそうにないので、自己防衛しながら生活環境を破綻させないようにするしかない。

まあ、半年後にはまたずいぶん様相が変わっているのだろう。

自分自身はいつ死んでもいいかな、とは思っているが、苦しいのは嫌だ。「地上で溺れているような苦しさが長く続く」なんて言われると、ゾッとする。
まあ、自分の最後がどうなるかは、いくら冷静に考えようとしても、分からないもんなあ……。
           




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「小原田圭吾『いじめ』問題」から私が学んだこと2021/07/27 11:11

「印象操作」が世界を作る怖さ

小林賢太郎の五輪開会式演出の話を書き終わろうとしていたとき、「こんな記事が出て来ました。」というメッセージが届いた。
リンクURLをクリックすると、百万年書房の北尾修一氏が書いた「いじめ紀行を再読して考えたこと 01-イントロダクション」という記事が出てきた。

「いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌『Quick Japan』vol.3:太田出版発行)について、私から一言。
という書き出しで始まるこの記事は、「2021年07月31日 夕方公開終了」とあるので、あと数日でネット上からは削除するつもりらしい。
なので、「後で読もう」ではなく、今すぐ読むなり、ページまるごと保存するなりして、ぜひ最後まで読んでほしい。
極めて重要なことが書いてあるからだ。

その2その3と、全部で3回にわたっているが、まるで謎解き小説を読むようなどんでん返し──それもかなり複雑で微妙で眠れなくなるほど考えさせられる内容になっている。

さらには、問題の発端となった雑誌『Quick Japan』vol.3の「村上清の"いじめ紀行" ゲスト 小山田圭吾の回」全文が、7月22日に公開されている。
当時の原稿そのものが削除も改変もなく公開されていて、解説は一切ない。
これもかなりの長さがあり、ブログページを使っての公開ということもあり、1から17まで分けて掲載している

私は今回の「五輪開会式音楽担当者がいじめ問題で辞任」という事件が派手に報道されるまで、小山田圭吾という人をまったく知らなかった。名前も聞いたことがなければ顔も知らない。もちろん、どんな音楽をやっているのかも知らない。
コーネリアスという芸名を使っていたらしいが、私にとってコーネリアスは、映画『猿の惑星』に出てくるチンパンジーしか思い浮かばない。
そのせいもあって、様々な記事の断片を読んでも、あまり興味が湧かなかった。
他人、特に弱者を苦しめて喜ぶ性癖を持つ人間はいる。この人も、その手のサイコパスなのだろうと思って無視していた。
しかし、違和感のようなものは感じていた。そんな記事が本当に世に出ていたのだろうか、この人はそれを本当に「自慢げに」話していたのだろうか……と。

で、教えてもらったリンクをクリックして、私はこの2つを、どちらも2回以上読んでみた。
そして、マスメディアをはじめとする多くの「小山田圭吾評」に対して、まったく違う印象を持つに到った。

なので、まずは、ぜひ面倒くさがらずに、この2つの「資料」に最後まで目を通してほしいと思う。特に、影響力の強いマスメディアの関係者や、この問題をすでに論じた人たちに。

この問題はかなり複雑で、簡単にこうだ、と断定的なことはいえない。まずは「一次資料」にあたって、自分の生い立ちや今に照らし合わせて、感じたこと、考えたことをゆっくり反芻する時間が必要だと思うのだ。
(ここまでは、7月24日に執筆)

元記事や関係者の証言から真相を探る

2日近く経過して、私自身、いろいろ考えたり、過去のことをチェックしたりしたので、忘れないうちに書き留めておきたい。(なにしろ惚けが急速に進んでいて、数日前のことさえ忘れている。恐怖だ)
まずは、小山田圭吾氏がツイッター上にのせた「謝罪文」全文を読んでみる。
ここに全文引用することはしないが、ネット上で検索すれば簡単に読めるはずだ。

特に注目したいのは、
 記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ、誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。
という部分だ。
  • 発売前の原稿確認ができなかった
  • 事実と異なる内容も多く記載されている
この2点は、謝罪文の中で彼が唯一「言い訳」的なことを述べている部分だが、どちらも本当だろう。
すでに多くの人たちが指摘していることだが、
  • 小山田はリップサービス的に「いじめ」の内容を「盛って」話したのではないか
  • そうすることで自分の記憶の中に巣くう居心地悪さを緩和しようとしたのではないか
  • 編集者・ライターは、それに乗じて、さらに過激な記事に仕立てたのではないか
……ということが想像できる。
もちろん、想像でしかないが、その可能性は高いだろう。特に「ロッキング・オン・ジャパン」のインタビュー記事はそうだと思う。
インタビューの当該箇所は、ページの見出しが「全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして……ごめんなさい」となっているが、この見出しの付け方からして編集部の作為を感じないわけにはいかない↓。
小山田氏が謝罪文の中で書いている「事実と異なる内容も多く記載されて」というのがまさにこのあたりだろう。
だからこそ、当時の記事執筆編集者・編集長である山崎洋一郎氏は、今回の事件(事象?)を引き起こしたことに責任を感じ、謝罪している
その時のインタビュアーは私であり編集長も担当しておりました。そこでのインタビュアーとしての姿勢、それを掲載した編集長としての判断、その全ては、いじめという問題に対しての倫理観や真摯さに欠ける間違った行為であると思います。

……とあるが、この「そこでのインタビュアーとしての姿勢」という言葉に注目したい。
人気のあるミュージシャンから刺激的な言葉を引き出せば記事が注目され、売れるだろうという計算があったはずだ。インタビューの中でも刺激的な言質を引き出そうとする質問者の姿勢が見える。

また、すでに何人かが指摘しているように、「ウンコ食わせて」は完全に「盛った」話であり、事実とは異なる可能性が高い。
全裸にしてオナニーさせて云々は、クイックジャパンの記事を読めば、小山田氏本人ではなく、修学旅行のときに「限度知らないタイプ」の先輩がやったことで、居合わせた小山田少年は「おお、怖え~」と思いながら見ていたということが分かる。

以下、引用部分はすべてクイックジャパンの当該記事からのものだ。
この記事の文章はあまりにも不完全で真意が読み取れない部分が多い。テープに録音された会話を加工せずにそのまま文字起こししているからだろう。つまり、取材(というか、実際には、ライターが小山田氏に企画を説明にいったときに交わした雑談)時の会話そのものだと思われる。
なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。
だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。
そうすると、僕なんか奇妙な立場になっちゃうというか。
おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。
『ここはヤバイよな』っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて
『オマエ、誰が好きなんだ』とか言って。『別に…』なんか言ってると、パーン! とかひっぱたいたりとかして。
『おお、怖え~』とか思ったりして(笑)。
(『Quick Japan』95年3号 「村上清のいじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」の原文より)

ロッキングオンのインタビューのときでも、おそらくこんなノリで話していたのだろう。
小山田氏本人も「あの頃はほんとヤバかったなあ」という思いがあって、大人になってから、敢えて口にしているのだと思う。
それをロッキングオン編集部が主語(実行者)を曖昧にしたまま、あのような形で記事にしたために、小山田少年本人が首謀者のように伝わってしまったのだと思われる。
この罪は大きい。

不思議な点がいろいろ

……と、ここまで読んで、「おまえは今まで名前も知らなかった人間をなぜそこまで庇うのか」といきりたつ人もいるかもしれない。
別に小山田氏本人を庇っているのではない。純粋に「変だな」「不思議だな」「実際はどうなんだろう」という疑問が次から次へとわいてきて、真相に近づこうとしていくうちに、さらに新たな疑問やら問題にぶちあたってしまうのだ。

まず思ったのは、小山田氏の記憶はどこまで正確なのかということだ。
クイックジャパンの記事を読むと、小山田少年といちばん関わりがあった「沢田(仮名)」くんは、小学校2年生のときに転向してきて、高校卒業まで一緒だったという。
「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生ぐらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで、いじめっていうよりも、僕は沢田のファンになっちゃってたから。」
……つまり、小山田少年が沢田少年を「肉体的にいじめていた」のは小学生のときだったということになる。
数日前のことさえ忘れてしまう今の私は、小学生のときの記憶はわずかだし、そのわずかな記憶のエピソードも、大人になってから語ったとき、どこまで正確かは自信がない。
小山田氏の記憶も、細部ではかなり実際とはズレていたかもしれない。
自責の念から、実際よりも偽悪的に変化していたという可能性もあるだろう。

次に疑問に思ったのは、当時、なぜこの記事が社会問題として取り上げられなかったのか、ということだ。
問題とされているロッキングオンは1994年1月号、クイックジャパンは1995年3号。この間、1年以上も時間があいている。
ライター志望の村上清氏は、ロッキングオンの記事を読んで「いじめ紀行」という「いじめた側といじめられた側の対談集」という連載企画を立て、その第1回目に小山田氏を登場させようとしたわけだが、ロッキングオンのあのひどい記事が1年以上社会的に問題となっていなかったからこそ、芸能スキャンダルにすらならず、そんな能天気な企画を持ち込もうというライターも現れたわけだ。
1994年の日本では、ロッキングオンの「全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして……ごめんなさい」というとんでもないインタビュー記事を許容していたということに他ならない。
そこまで時代の空気がおかしなものだったのか、と、改めて驚いてしまう。
もしかすると、あの頃のロッキングオンやクイックジャパンの読者は、いちいち説明をしなくても小山田氏の発言の裏にある「うまくいえないもの」を読み取っていたのだろうか?

いや、よく考えてみると、27年前の雑誌記事の中身やコントの中の1台詞を取り上げて、全国民が見ている前で公開処刑をする今の社会のほうがはるかにおかしく、怖ろしい空気に満たされているのではないか。怒りや攻撃の矛先がおかしい
小山田問題にしても小林賢太郎にしても、こんな騒ぎになったのは東京五輪が強行されるという流れの中でのことで、東京五輪強行問題への抗議がいびつな形で暴走したともいえる。
原発爆発後、「福島のような危険な場所に子供を残しておく親は頭がおかしい」などと騒ぎ立てた人たちの暴走に似たものを感じてしまう。

「沢田」少年と小山田少年の関係性

そもそも、小山田少年は、
  1. いつ
  2. 誰を
  3. どのような形で
「いじめて」いたのだろうか?
元記事をていねいに読み解いてみたい。

クイックジャパンでは、小山田少年は沢田少年とはクラスが別だったが、沢田少年の「デビュー」があまりにも衝撃的だったので、クラスを超えて有名人になっていたと語っている。

「沢田って奴がいて。こいつはかなりエポック・メーキングな男で、転校してきたんですよ、小学校二年生ぐらいの時に
それはもう、学校中に衝撃が走って(笑)。
だって、転校してきて自己紹介とかするじゃないですか、もういきなり(言語障害っぽい口調で)『サワダです』とか言ってさ、『うわ、すごい!』ってなるじゃないですか。
で、転校してきた初日に、ウンコしたんだ。
なんか学校でウンコするとかいうのは小学生にとっては重罪だってのはあるじゃないですか? で、いきなり初日にウンコするんだけどさ、便所に行く途中にズボンが落ちてるんですよ、何か一個(笑)。
そんでそれを辿って行くと、その先にパンツが落ちてるんですよ。
で、最終的に辿って行くと、トイレのドアが開けっ放しで、下半身素っ裸の沢田がウンコしてたんだ(笑)」

……これは確かに衝撃的だ。違うクラスでも、あっという間に有名人になるのは間違いない。
で、「衝撃デビューの沢田くん」の紹介はさらに続く。

「……で、みんなとかやっぱ、そういうの慣れてないから、かなりびっくりするじゃないですか。で、名前はもう一瞬にして知れ渡って、凄い奴が来たって(笑)、ある意味、スターですよ。
別に最初はいじめじゃないんだけども、とりあえず興味あるから、まあ色々トライして、話してみたりするんだけども、やっぱ会話とか通じなかったりとかするんですよ。
おまけにこいつは、体がでかいんですよ。それで癇癪持ちっていうか、凶暴性があって……牛乳瓶とか持ち出してさ、追っかけてきたりとかするんですよ。
で、みんな『怖いな』って。
ノロいから逃げるのは楽勝なんだけど、怒らせるとかなりのパワーを持ってるし、しかもほら、ちょっとおかしいから容赦ないから、牛乳瓶とかで殴られたりとかめちゃめちゃ痛いじゃないですか、で、普通の奴とか牛乳瓶でまさか殴れないけど、こいつとか平気でやるのね。
それでまた、それやられると、みんなボコボコにやられるんだけど」

ここまでは別に、よくある「トンデモな思い出」の類であり、お笑い芸人などがよくネタにしているレベルのことだ。

小山田少年が小学校から通っていた和光学園という学校は、制服なし、自由を尊重し、障害を持った子供も普通の学級に入れて「共生」を生で学ばせるという方針の学校だそうだ。
自分とまったく違う人、想像を超えてる人が目の前にいることで「すげ~な。なんだおまえ」とか「バカじゃね~の」とか、子供が言い合うのはあたりまえのことだ。
それをからかうというレベルを超えて、肉体的にいじめたりするのはまったく別の話だが、子供はその区別がつかないことがある。
だから、共生や自由を基本にして、障害を持った子も一緒の環境で……という教育を目指すなら、大人がものすごく細かく目配りして、自分がどう接するか、教えるか、子供に接している自分はどうなのか……と、一緒になって考えないと、なかなか難しいことになる。下手すると事故死や自殺者が出たり、一生心に傷を負ったまま立ち直れない子も出てくる。

そんなことを考えさせられたのが、次のくだり。

小山田少年と沢田くんは別のクラスだったので、沢田くんの奇行ぶり、「ヤバさ」は知っていたが、二人が直接接することはなかったようだ。
それが、5年生になって「太鼓クラブ」というクラブで一緒になったことで接点ができる。

「……するとなぜか沢田が太鼓クラブにいたんですよ(笑)。
本格的な付き合いはそれからなんですけど、太鼓クラブって、もう人数が五人ぐらいしかいないんですよ、学年で。
野球部とかサッカー部とかがやっぱ人気で、そういうのは先生がついて指導とかするんだけど、太鼓クラブって五人しかいないから、先生とか手が回らないからさ、『五人で勝手にやってくれ』っていう感じになっちゃって
それで音楽室の横にある狭い教室に追いやられて、そこで二時間、五人で過ごさなきゃならなかった
五人でいても、太鼓なんか叩きゃしなくって、ただずっと遊んでるだけなんだけど。
そういう時に五人の中に一人沢田っていうのがいると、やっぱりかなり実験の対象になっちゃうんですよね」

大人(教師)が見ていない密室に小学生が5人。その中に、言葉も上手く喋れない障害を持つ子が1人混じっている。
こうして、いつ事故が起きてもおかしくない、危ない状況ができあがってしまったわけだ。

「段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルにガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、『おい、沢田、大丈夫か?』とか言うと、『ダイジョブ…』とか言ってんの(笑)。
そこに黒板消しとかで、『毒ガス攻撃だ!』ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、『ヤバいね』『どうしようか』とか言って、『じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう』って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな……? 何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、『おかあさ〜ん』とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。
本人は楽しんではいないと思うんだけど、でも、そんなに嫌がってなかったんだけど。ゴロゴロ転がしたりしたら、『ヤメロヨー』とか言ったけど」

小山田氏が「肉体的にいじめてたのは、小学生ぐらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど」と語っていたのは、まさにこれのことだろう。
「本人は楽しんではいないと思うんだけど、でも、そんなに嫌がってなかったんだけど。ゴロゴロ転がしたりしたら、『ヤメロヨー』とか言ったけど」……という語り口からして、その場にいた他の数人も含めて「加害者側」になった少年たちに、それほど悪意のある(あるいは病的で陰湿な)いじめ意識はなかったのだと想像できる。
この手のことは、年齢が低いほど残酷なことになりやすい。
しかし、大人になって思い返せば、あれは明らかにまずかったな、残酷なことをしていたなと理解できる。だから小山田氏も謝罪文の中で、「学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ」ていたから、ロッキングオンなどの記事に対して「誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。」と述べている。

この「小学校のときのエピソード」は、「いじめ問題」というよりも、「教育現場における大人の監督不行き届き問題」として考えるべきだ。
一つ間違えば取り返しのつかない事故が起きているエピソードであり、笑って済まされる問題ではない。
しかし、その責任を「太鼓クラブ」の子供たちだけに押しつけるのは間違いだ。

もう一つ、中学の修学旅行で起きた、別の生徒への暴行事件は、実行者は小山田少年の1学年上の先輩(留年して下りてきた)であって、小山田少年はその現場にいて「おお、怖え~」と、引きながら見ていた、ということだ。
これも、修学旅行に引率した教師は何をやっていたんだ、ということになる。
エスカレートしたのが「ヤバい先輩」であれば、小山田少年が身体を張って止めに入らなかったことを一方的に責めることはできないだろう。

残念すぎるライターの力量不足と心得違い

小山田少年と「衝撃デビューの沢田くん」は、なんだかんだで高校卒業までクラスメイトとして交流している。中学からは席が隣り同士だったこともあったそうだが、二人とも他に友達が少なかったから、とも述べられている。

高校まで行くと、「どっちかって言うと仲良かったっていう感じで、いじめっていうよりも、僕は沢田のファンになっちゃってたから」という言葉に対して、随所で、なるほどなと思わせるエピソードも出てくる。
そしてクイックジャパンの記事、最後の部分。
「卒業式の日に、一応沢田にはサヨナラの挨拶はしたんですけどね、個人的に(笑)。
そんな別に沢田にサヨナラの挨拶をする奴なんていないんだけどさ。僕は一応付き合いが長かったから
『おまえ、どうすんの?』とか言ったらなんか
『ボランティアをやりたい』とか言ってて(笑)。
『おまえ、ボランティアされる側だろ』とか言って(笑)。
でも『なりたい』とか言って。『へー』とかって言ってたんだけど。
高校生の時に、いい話なんですけど。
でも、やってないんですねえ」

これは、沢田くんの家(高級住宅街の立派な邸宅だったそう)に突撃取材しに行ったライター志望の青年・村上清氏から、「沢田くん」が高校卒業後に病気が悪化して、今ではほとんど家族とも話をせず、引きこもってしまっていると聞いた小山田氏の反応だ。
「でも、やってないんですねえ」は、「ボランティアにはなれなかったんだ……」という、ため息のような言葉なのだが、村上氏の文章表現がまずすぎて、おそらく読者には全然伝わっていない。
そもそも、原稿のあちこちに散りばめられている「(笑)」の記述が邪魔で、誤解や曲解を生んでしまっている。これは誰の笑いなのかも分からない。おそらく、録音に入っていた音声をそっくりそのまま文字起こしした際に、笑い声が漏れている部分全部にこれを入れているのだろう。村上氏が一人で笑っているのかもしれない。だから、この「(笑)」はすべて削除した上で読んでみる必要がある。

とにかく、いくら商業出版物への執筆デビュー作だとはいえ、ライター志望の人間としては下手すぎるし、結果としてあまりにも罪作りだ。

このときの村上氏が稚拙で能天気な執筆・編集をしたことは、随所に見て取れる。

最後に、小山田さんが対談するなら一番会いたいと言っていた、沢田さんのことを伝えた。
沢田さんは、学校当時よりさらに人としゃべらなくなっている。

重いわ。ショック

―――だから、小山田さんと対談してもらって、当時の会話がもし戻ったら、すっごい美しい対談っていうか……。

「いや~(笑)。でも俺ちょっと怖いな、そういうの聞くと。でも…そんなんなっちゃったんだ……」

なんだこの能天気な記述は。
ここ、いちばん重要なところだろうが! と、私が編集長なら、この原稿は丸ごと突っ返しているし、当然、採用もしない。

「結局、その深いとこまでは聞けなかった」の意味

このクイックジャパンの記事を何度も読み返してみて、私がいちばん重要だと思ったのは、最後に出てくる小山田氏のこんな言葉だ。
「沢田とはちゃんと話したいな、もう一回。でも結局一緒のような気もするんだけどね。
『結局のところどうよ?』ってとこまでは聞いてないから。聞いても答えは出ないだろうし。『実はさ……』なんて言われても困っちゃうしさ(笑)。
でも、いっつも僕はその答えを期待してたの。『実はさあ……』って言ってくれるのを期待してたんですよね、沢田に関してはね、特に」

これだけでは何を言っているんだか分からない、謎めいた言葉だ。
多分、小山田氏自身、よく分からないまま、考えをまとめられないまま話していたのだろう。
しかし、この言葉が出てくるまでのやりとりを何度も読み返してみると、なんとなく言いたいことが見えてくる。
―――沢田さんに何か言うとしたら……

「でも、しゃべるほうじゃなかったんですよ。聞いた事には答えるけど」

―――他の生徒より聞いてた方なんですよね? 小山田さんは。

「ファンだったから。ファンっていうか、アレなんだけど。どっちかっていうとね、やっぱ気になるっていうかさ。
なんかやっぱ、小学校中学校の頃は『コイツはおかしい』っていう認識しかなくて。で、だから色々試したりしてたけどね。
高校くらいになると『なんでコイツはこうなんだ?』って考える方に変わっちゃったからさ。
だから、ストレートな聞き方とかそんなしなかったけどさ、『オマエ、バカの世界って、どんな感じなの?』みたいなことが気になったから。なんかそういうことを色々と知りたかった感じで。
で、いろいろ聞いたんだけど、なんかちゃんとした答えが返ってこないんですよね」

―――どんな答えを?

「『病気なんだ』とかね」

―――言ってたんだ。

「ウン。……とか、あといろんな噂があって。『なんでアイツがバカか?』っていう事に関して。子供の時に、なんか日の当たらない部屋にずっといた、とか。あとなんか『お母さんの薬がなんか』とか。 そんなんじゃないと思うけど(笑)」

―――今会ったとすれば?

「だから結局、その深いとこまでは聞けなかったし。聞けなかったっていうのは、なんか悪くて聞けなかったっていうよりも、僕がそこまで聞くまでの興味がなかったのかもしれないし。そこまでの好奇心がなかったのかも。かなりの好奇心は持ってたんだけど。今とかだったら絶対そこまで突っ込むと思うんだけど。その頃の感じだと、学校での生活の一要素っていう感じだったから。
でも他のクラスの全然しゃべんないような奴なんかよりも、個人的に興味があったっていうか」


↑私は、この部分を最初に読んだときは、何を言っているんだろうという感じで、引っかかりながらも、深く考えないまま読み進めていた。
しかしこの後の、
『結局のところどうよ?』ってとこまでは聞いてないから。聞いても答えは出ないだろうし。『実はさ……』なんて言われても困っちゃうしさ(笑)。
でも、いっつも僕はその答えを期待してたの。『実はさあ……』って言ってくれるのを期待してたんですよね、沢田に関してはね、特に」
……という部分と合わせて、何度も読み返してみて、ようやく少し見えてきた気がした。

多分、ライターの村上氏も、小山田氏がここで言いたかったことをなんとなく分かっていた。それまでのやりとりや、その場の雰囲気、言葉や声のニュアンスから、小山田氏の不完全な言葉選びを頭の中で修整しながら理解できていたと思う。
しかし、それを読者に伝える力がないので、テープ起こしをそのまま原稿にしてしまった。結果、余計な「(笑)」が誤解・曲解を生んだり、小山田氏の言いたいことがまったく伝わってこない原稿になってしまっている。

小説「ウン吉とあ太郎」

例えば私が、この会話を通して得た情報をネタにして小説を書いたとする。
障害を持った「ウン吉」という子供と、彼と小中高10年以上一緒に過ごした少年「あ太郎」が主人公。
ウン吉は、小学校2年のときに転校してきて、いきなり「ウンコ事件」を起こしたことで学校中で有名になり「ウン吉」というあだ名がついた。
あ太郎は、頭がよく、才能豊かな少年だが、若干、発達障害気味のところもあり、話し始めるときに必ず「あ~、それは……」などと、「あ~」から話し始める癖があったので「あ太郎」とあだ名がついた。
あ太郎少年は「ウン吉」のとんでもなさに引き寄せられ、最初は「美術クラブ」で一緒になったウン吉を、他の部員と一緒になって段ボールに入れてからかうようなことを先導してやっていたが、ウン吉のほうは、自分をかまってくれるあ太郎を友達だと思っていて、毎年、律儀に年賀状を送っていた。
高校を卒業するとき、あ太郎はウン吉に別れの挨拶をしに行く。
「おまえ、これからどうするの?」と訊くと、ウン吉は「将来はボランティアになりたい」と答える。「逆だろ、おまえ」と笑うあ太郎……そんな間柄だった。

あ太郎少年は、高校卒業後、バンクシーのような「街中アート」で有名になり、時代の寵児として注目される。
あ太郎が20代半ばになったとき、ふとしたことで、ウン吉が自分が知っていた当時より病気が悪化して、家族ともほとんど口をきかずに家に閉じこもったままになってしまったことを知る。
ショックを受けたあ太郎青年は、その情報を持ってきた雑誌編集者に、ウン吉との思い出話をポツリポツリと語る。

その最後の部分での独白的台詞として、私なら、こんな風に書くかもしれない。

 あ~、俺はウン吉のこと、小学生くらいのときは「とんでもないやつがやってきた」「こいつヤバい」っていう興味しかなくて、あまりにヤバいから、「すげ~な、こいつ」っていうことで、ファンになったわけよ。
 それで、ファンに「サインしてください」って近づくような感じで、いろいろちょっかい出したりしてさ。相当まずいこともしちゃったんだな。
 でも、中学、高校とつき合っていき、俺の中で、ウン吉との関係性について、少しずつ認識が変わっていったんだ。
 あ~、つまり、なんていうか……俺とウン吉は、結局は『違う世界』に生きているんだよね。一種のパラレルワールドみたいな。
 俺が生きているのが、多くの人間が思っている現実世界だとすれば、ウン吉が生きているのは「バカの世界」とでもいうか……。
 俺以外の生徒は、その頃にはもう誰もウン吉のことなんか気にしなくなっていた。でも、俺はずっとあいつと一緒で、ファン……というか、気になっていたからさ。この「俺とウン吉の違い」って、どこからくるんだろう。何が根本的な原因なんだろう、みたいなことを、ずっと考えてたような気がするんだ。
 それを知りたくて、ウン吉にはいろいろ訊いたような気がする。でも、はっきりした答えは返ってこなかったな。
 あるとき「僕は……病気なんだ」って、ポツンと言ったこともあったかな。でも、そんな答えはあたりまえすぎたし、俺が知りたかったこととは違うんだよね。ちょっと違う……あ~、いや、全然違う、って思った。
 周りでは、いろんなこと勝手に言うやつもいたよ。「ウン吉は子供のとき、日の当たらない部屋にずっといて、あんな病気になったんだ」とか、「ウン吉のお母さんが妊娠中に飲んでいた薬に副作用があって……」とか、そんな感じのこと。
 ああ~、そんなのもみんな、適当な想像で、違うと思うけどね。
 結局、答えが見つからないまま卒業になって、それ以来、ウン吉とは会ってないわけよ。
 今、ウン吉と会えたなら、もっと納得できる答えを聞き出そうとするかもしれない……いや、逆かな。俺も少しは大人としての振るまいが身についているから、そこまで深堀りしてはいけないって制御するか、あの頃みたいに純粋な探究心みたいなものがなくなってて、簡単に無視するかもしれない。

 卒業式のとき、俺、ウン吉とは一応、最後の挨拶みたいなの交わしたのよ。
 で、「おまえ、これからどうすんの?」って訊いたら、「将来はボランティアをしたい」とか言うわけ。笑っちゃったよね。「おまえ、どっちかっていうと、ボランティアされる側だろ」とか言ってさ、そんな感じで別れたんだよな。

 ああ……でも、そうなんだ……ウン吉、あれからもっとひどくなって、そんな感じになっちゃってるのか……重いね……。


インタビュー記事なら、ここまで「改作」はできない。でも、小説なら、せめてこんな風にまとめるはずだ。

小山田圭吾という人間は、ものすごく言葉選びが下手なのだろう。ある意味、発達障害的なところを感じる。
だから、彼が話したことを、しっかり読者に伝えようと思うなら、このくらいまで「翻訳」してやらないと伝わらない。
難しい仕事になるが、そこまでして記事を作る価値はある。
ここで浮かび上がるテーマは、「多様性」とか「共生」という言葉で昨今しきりに語られること、そのものなのだ。
多様性を認めて、同じ社会で共に生きるということが、実はとても複雑で、難しいものなのだということを読者に考えさせる記事になりえる。

「結局、その深いとこまでは聞けなかった」と語った小山田氏の「その深いところ」こそが、多様性と共生というテーマを扱う上で、いちばん重要で、かつ、理解が困難な部分なのだ。
それを浮き彫りにできたような記事になっていたら……。
ライターとしての村上氏の力量不足や能天気な勘違いぶりが残念でならない。

そして、この記事を恣意的に「再編集」して、小山田氏個人をとんでもないサイコパスのように仕立てたブログ主の存在もまた、我々は忘れてはいけない。
沢田少年と小山田少年の不思議で微妙な「友情」の証として記事の最後のページにど~んと単独で掲載されている年賀状までも「障害者を嘲り笑う異常者」を仕立て上げる道具として利用するブログ主──このブログ主にそうさせたものはなんだったのか?
このブログ主は、もしかすると自分ではみじんも疑いのない正義感、使命感からこんなことをしたのかもしれない。しかし、その結果、沢田少年らが受けたいじめ行為以上の残酷な「検証も裁判もない集団リンチ」を引き起こした。
大新聞社やテレビメディアまでもが、簡単にその集団リンチの仕掛けにのせられてしまった。
こうした病巣が深く広く巣くってしまっているネット社会。その「邪気」にマスメディアや国家権力までもが動かされるという恐怖。
幕末から明治にかけて起きた、庄屋打ち壊しや廃仏毀釈にも似た集団ヒステリーが急速に広まっていることを感じる。

小山田事件、小林事件が我々に教えてくれるものは、驚くほど根深く、怖ろしい問題だ。
これらを生きた教科書として、東京五輪後に社会の空気やシステムの欠陥を修整していくことはできるのか?
「ああ、なんだかんだいろいろあったけど終わったね、東京五輪」と済ませてしまうようでは、いよいよこの国は危険領域を超えて、奈落の底に突き進むだろう。

……と、ここで私が長々と書いたところで、まったく無力である。
だから、せめてこんな夢想をしてみる。

小林賢太郎:脚本・演出、小山田圭吾:音楽 で、短編映画『ウン吉とあ太郎』みたいな作品を作って世に出せないだろうか、と。
映像はアートに徹して限りなく美しく。台詞や演技も思いっきりスマートに(小林賢太郎ならできるはず)。
決して、暗さがカッコいいみたいな日本映画特有の隘路にはまらず、かといって、嫌らしいスノッブさを感じさせず……。

そんな「作品」を、私は見てみたい。



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