スティングレイ~サンダーバード~自衛隊2021/08/19 14:54

海岸にエイがたくさん打ち上げられていたという話が目にとまった。その瞬間、頭の中に「スティングレイ スティングレイ~♪」というフレーズがエコーした。
昔、そんなアニメだか海外ドラマだかがあったなあ。テーマソングだけは覚えている。

♪飛~び交う~ミサ~イル 吹っ飛ぶ陰謀 押~し~寄~せ~る~ 黒い○○を~
打ち砕く○○原子力潜水艦 スティングレイ スティングレイ ああ~ 海底大戦争~♪

……ん? 海底大戦争? そういうドラマだったのか。
というわけで念のためググってみたら、しっかりYouTubeにあった。YouTubeはほんと凄いな。なんでも出てくるわ。


そうそう、これよ!
アニメでもドラマでもなく、人形劇だったのか。サンダーバードと同じ人形じゃないか。同じプロダクションが作ったんだな、これは。
で、○○の部分は「怪物」と「最新」だったのね。でも、メロディは完全に正確に記憶されていた。
しかし、こんなに高いキーで歌っていたのか。子供が歌っているな、これは。

作詞:のぶひろし / 作曲:藤井次郎
歌:服部俊博 / クラウン少女合唱団 / クラウン混声合唱団

……だそうだ(Wikiより)。Wikiもすごいな。
藤井次郎という作曲者をググってみたが、この曲以外には出てこなかった。
歌手としてちょこっとレコードも出していたのかな?

↑オークションに出ていた。作詞作曲は浜口庫之助

同じ人かどうかは分からないけれど……。

で、このテーマソング、GマイナーのAメロはまったく記憶になくて、同名調のGメジャーに転調したサビからを覚えている。それだけ、この転調部分が印象的だったのかな。
そこにちょうど入ってきた助手さん曰く、
「何それ? どこの?」
「イギリスらしい」
「主題歌も?」
「これは日本で作ったらしい」
「でしょうね~。いかにも日本だもの」

なにが「いかにも日本」なのか分からないが、要するに典型的な昔のアニメの主題歌調ってことだな。
スーパージェッターとかマッハGoGoGoとか鉄人28号とかのテイスト。





そこでふと気がついた。
自分の音感を形成している要素の一つに、この手のアニメソング的なメロディがあるのかもしれないと。
あの時代のテレビを見ていない今の若い世代とは音感、というか、メロディに対する感性が違うのは当然かもしれない、と。
自分が大切に思っているメロディの価値なんてものも、実に薄っぺらいものなのかもしれない……。
(いやいやいや、そこまで卑下するのはやめよう。人生の終わりに来て、悲しすぎる)

サンダーバードより前だった

で、スティングレイが人形劇だと分かったとき、すぐに「サンダーバードの二番煎じか」と思ったのだが、Wikiを見たら違っていた。
本作(サンダーバード)は1963年『海底大戦争 スティングレイ』の後番組を構想中のジェリー・アンダーソンが、ドイツのマチルド鉱山で起きた、129人が生き埋めになった浸水落盤事故で、29人が死亡したが懸命な救助の結果100人が救出されたこと(レンゲデの奇跡  Wunder von Lengede)を知り「国際的な協力で、科学的な設備を持って救助すれば被害は食い止められる」と思いつき、企画案『国際救助隊』をまとめた。

……だそうだ。
つまり、スティングレイが先だったのだ。
スティングレイは「飛び交うミサイル」で潜水艦同士が打ち合いをして相手を吹っ飛ばすのだが、サンダーバードでは人を救助するという話に変わっている。
日本の自衛隊はよく「サンダーバードになればいい」と言われる。
憲法で戦争を放棄しているのだから、救助隊に徹すればいいではないか、と。
そういうことを前にも何度か書いた記憶がある。例えば17年以上前に書いた⇒これ
日本の国内で野戦が行われるという可能性は限りなく低い。
仮に日本を本気で攻撃しようとする国や組織があったとして、わざわざ狭い日本に兵隊や物資を投下、あるいは海から侵入させ、都会は避けて山間部を戦場として選び、さあ、ここで戦いましょう、というような戦争をするだろうか。ありえない。
原子力施設にミサイルを撃ち込むとか、人混みに紛れたテロ活動という方法を取ったほうがはるかに現実的だ。
そうした攻撃に対しては、迷彩色に塗られた軍事車両や迷彩服を着た兵隊は無力である。
防衛が目的であるなら、情報戦関連の強化や、生物化学兵器、爆弾処理に強い特殊部隊の養成というほうがずっと納得できる。
デジタルストレス王 「迷彩色の意味」 2004年1月)


日航機が御巣鷹山に墜落したとき、現場の特定は夜が明けてからだった。
そのときの新聞記事で「自衛隊には高性能の大型サーチライトを搭載したヘリがなく、東京消防庁のヘリには搭載されている」ということを読んだときも驚いたものだ。
イチエフが爆発したときも、自衛隊には大型の発電機を運ぶだけの装備がないという記事を読んで呆れ返った。

子供、特に男の子はメカに憧れる。私も子どもの頃は、「ゼロ戦ハヤト」とか「紫電改の鷹」とかに刺激を受け、戦闘機が飛び交う絵を描いたりしていたことがある。
スティングレイもそうした子供の興味をそそるテレビ番組だった。
しかし、製作者のジェリー・アンダーソンは、潜水艦がミサイルを撃ち合う話よりも、人を救助する「国際救助隊」の話のほうがいいとすぐに気づいた。

日本ではどうか。いい大人が『永遠の……』なんて映画を絶賛している。
太平洋戦争末期、米艦に零戦機などで突っ込み、時に〝軍神〟とあがめられたり、時に「無駄死にだった」と切り捨てられたりもした特攻作戦の悲劇。出撃前の特攻隊員には覚醒剤「ヒロポン」が与えられていた。
これだけあった〝特攻隊員に覚醒剤〟外道の証拠 「チョコ包むの見た」証言から元教員が追跡 2021/08/15 共同通信)

書評は⇒こちら

市民の上に爆弾を落とす飛行機や、市街地に侵入する戦車より、被災地で働く重機のほうがカッコいいのだと、子供たちが学べるような社会に、なかなかならないのだなあ。

では、最後にサンダーバードの素晴らしすぎるテーマ音楽を!

作曲はイギリスの作曲家 バリー・グレイ(Barry Gray、1908年7月18日 - 1984年4月26日)。この重厚さと自由なメロディには脱帽だわ。
           




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小林賢太郎はむしろ日本の危機を救った2021/07/24 17:45

これぞ小林賢太郎ワールド
1か月前くらいからは、さすがに誰もが「今から中止はもうないんだろうな」と思っていただろうが、本当に東京五輪が強行開催されてしまった。
しかも、開会式の音楽作曲担当者が辞任したり、息つく間もなく次から次へと問題噴出。トドメは、開会式前日に、開会式の演出総監督的立場にいた小林賢太郎が電撃解任されるというトンデモな事件まで起きた。

昨夜、開会式を見た。
以下、長い文になりそうなので、最初にひとつ結論的なことをいえば、

開会式に関しては、バッハと橋本聖子の中身の薄っぺらな長演説とIOCがねじ込んできたPR動画さえなければ、ほぼ満点といえる出来のものだった。
まさかこれほどのものを小林賢太郎の指揮の下に用意していたとは、想像できなかった。

以下、私がそうした気持ちになるまでのことを、なるべくていねいにまとめておきたい。(文中敬称略)

「言葉選び」を間違えた、はまさにその通り

まずは開会式前日に起きた、総合演出担当・小林賢太郎の電撃解任劇について触れないわけにはいかない。

ラーメンズのファンである私は、小林賢太郎の才能や作風については一通り知っている。人格や人生哲学まではよく知らないが、それでも「反ユダヤ主義者」とか「ナチのホロコーストを揶揄したコント」という報道はにわかに信じられなかった。
件のコントは20年以上前のもので、まだDVDもなく、VHSビデオテープで売られていたものの中に収録されていたという。
ネット上に出回っていたのですぐに確認した。
当時NHKの子供向け番組として有名だった『できるかな』の登場人物、ノッポさんとゴン太くんに分したラーメンズの二人が、番組のネタを考える企画会議風の会話をしている、という構成。

文字おこしすれば、こうだ。
片桐仁(ゴン太くん風):来週、何やるか決めちゃおうね。そういうことはちゃんとやんなきゃダメだから。何やる、何やる?

小林賢太郎(ノッポさん風):ああ、じゃあ、トダさんがさ……ほらプロデューサーの。「作って楽しいものもいいけど、遊んで学べるものもつくれ」って言っただろ?

片桐:ああ、ああ(頷く)。

小林:そこで考えたんだけど、野球やろうと思うんだ。今までだったらね、新聞紙を丸めたバット。ところが今回は、ここに「バット」っていう字を書くんだ。今までだったら、ただ丸めた紙の球。ここに「球」っていう字を書くの。そしてスタンドを埋め尽くす観衆。これは人の形に切った紙とかでいいと思うんだけど、ここに「人」って字を書くんだ。つまり文字で構成された野球場を作るっていうのはどうだろう?

片桐:ああ、いいんじゃない?

小林:ねえ!

片桐:じゃあ、ちょっとやってみようか。ちょうどこういう人の形に切った紙いっぱいあるから……

小林:あ、本当? ああ~! あの「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」やろうって言ったときのな。

片桐:そーうそうそうそうそう! トダさん怒ってたなあ。

小林:「放送できるか!!」ってな。

コントはこの後も続いて、二人は実際に紙で作った小道具を使った「野球」を始める。つまり、このコントのテーマはホロコーストとは何の関係もない。
文字や言葉で世界を構築する、というような実験に、子供の心を持った二人が挑んでいくという構成の中で、何か笑いが生まれないかという実験的なコントだった。
コントの出来そのものは、他の小林作品に比べてよくないし、それこそ小林がアドリブ的に口にしてしまった「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」というフレーズが致命的だったこともあるだろうが、ラーメンズの公式な(?)作品集には収録されていない。
小林がこの台詞を挟み込んだのは、子供というのは時としてとんでもなく無知で残酷なことを言う、ということから笑いが生まれるのではないか、という計算からだ。だからこのフレーズに対するオチでも、プロデューサーが「放送できるか!」と怒鳴ったということにしている。

もちろん「子供の無邪気さと残酷さは紙一重で、笑えないこともあるよね」というこのネタにこのフレーズを使ったことは大きな間違いで、他にもっといい「言葉選び」ができたはずだ。
元NHKプロデューサーは、自身のフェイスブックの中で「1995年に起きたマルコポーロの廃刊事件からヒントを得たのかもしれない」と書いていたが、小林がそこまで計算してこのフレーズを口にしたとも思えない。おそらく反射神経的な、瞬間的な判断ミスだったのだと思う。

確信は持てないのだが、私は過去にこれを見ているような気もする。
はっきりした記憶ではないのだが、そのときも「え? なんでそんな台詞をここで入れる?」と驚き、観客から笑い声が上がることにも違和感を感じたように思う。小林賢太郎ともあろう才人が、そんな大きなミスをするのか、残念だな、と。
全然違う! と突っ込まれることを承知で喩えてみれば、ボルトが2011年の世界陸上100m決勝で派手にフライングしたときの残念さにも似ている。おいおい、ここでそれはないだろ! という残念さと後味の悪さが。

……と、長々と説明してきたが、今回の「事件」に関しては、あまりにも事実を知らないまま得意げに論評している人たちが多いので、敢えて、こうして検証してみた。

怖ろしい時代になった

このミスがどれだけ致命的で、情けないものだったのかを誰よりも知っているのは小林自身だろう。
しかし、今回の「事件」の本質はそこじゃない。20代のエネルギーに満ちた時期に犯した一度のミスで、人生を丸ごとつぶされる公開処刑のようなものを見せられた我々の恐怖のほうだ。

五輪組織委の橋本聖子会長が小林賢太郎の解任を発表したのは7月22日昼前だが、そこに至るまでの経緯があまりにも急、かつ不透明だ。
様々な情報を整理してみると、
  • 21日夜:ネット上で芸能ニュースサイトなどがラーメンズの件のコントを取り上げ「五輪開会式演出・小林賢太郎にホロコーストいじりの過去」という論調で配信
  • 22日1時過ぎ:ツイッター上で、あるユーザーが「東京五輪競技大会開会式及び閉会式制作・演出チームのメンバーに選出された【小林賢太郎氏】の【ユダヤ人】に関する過去の発言について……中山防衛副大臣@iloveyatchanに相談させて頂きました。すぐにご対応くださるとのことです」と投稿
  • 22日2時17分:中山泰秀防衛副大臣がこれに対して「ご連絡頂きありがとうございました。早速サイモンウィーゼンタールセンターと連絡を取り合い、お話をしました。センターを代表されるクーパー師から、以下のコメントがありましたので、ご報告します」と返信
  • 22日3時10分 中山防衛副大臣がサイモン・ウィーゼンタール・センターの抗議文を掲載
  • 22日未明 サイモン・ウィーゼンタール・センター(以下SWC)が「SWCは東京五輪開会式ディレクターによる反ユダヤ主義の台詞に抗議する」と題した抗議文を掲示
  • 22日昼前 五輪組織委橋本聖子会長が会見を開き、小林解任を発表。その際「関係者からの指摘を受けて、早朝に確認した。すぐに協議するように指示したが、それまでは申し訳ないがまったく情報が取れていなかった」と述べる
  • 22日午後 菅総理が記者団からの取材に対して「言語道断。まったく受け入れることはできない」などと答える

(以下、ニュースソースの一部)

橋本会長は会見の際、記者から「それは中山氏の指摘か」と問われ、「違います」と否定したそうだし、中山副大臣は、自分がSWCに伝えたときはSWC側はすでにこの問題を知っていて、抗議文を作成していた、と言っている。
どちらの言葉にも嘘はないとしても、防衛副大臣が政府や組織委に確認もとらず、一民間人からのツイッターを受け、独断で米国の一民間団体に「通報」したことは間違いないのだ。
これこそ「言語道断」であり、国の信用・イメージを失わせる行為だろう。
この国は一体どうなっているのか。
さらに言えば、今回のことで「国際的な認識がない」としたり顔で論評している人たちにも、裏返しの薄っぺらさを感じる。
それは、言葉にできないほどひどい形で殺された人たちの気持ちを「自分がそうだったら」という想像力を持って、共感して発言しているのか、と言いたくなるのだ。
単に「ユダヤ人虐殺問題は国際的にはこうこうで……」という「知識」を持っている自分は教養人で、おまえとは違うんだ、みたいな上から目線、優越感で発言しているんじゃないかと感じることがある。
人の心は、単純には分析できない。どんな人も、心の奥には、自分でも制御できない悪魔的なもの、愚かなもの、未熟なものがある。
問題はそれをどう扱うか。制御するための教養や技術を持っているか、ということ。
20代の自分を振り返ってみれば、とてもそこまでの教養や技術を持ち合わせていなかったし、いっぱい地雷を踏んできた。無名の人間だったから、地雷の爆発も小さくてすんだというだけのことだ。

小林賢太郎が演出チーフになるまでの経緯

そもそも小林賢太郎は、いつどういう経緯で五輪開会式の総合ディレクターという役割を担うことになったのだろう。
発端は2019年12月のことだった。
2020年に開催される『東京パラリンピック』の開会式の演出をケラリーノ・サンドロヴィッチ、閉会式を小林賢太郎が手掛けることと、式の出演者を一般公募することが発表された。
出演者の募集は12月10日からスタート。式の「主役」となるリーディングキャスト、演出内容にあわせてパフォーマンスするオリジナルキャスト、集団群舞のパートでパフォーマンスするマスキャストをオーディションで選出する。審査員には佐々木宏、栗栖良依、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、小林賢太郎、中井元らが名を連ねる。
東京パラリンピック開会式の演出はKERA、閉会式は小林賢太郎 出演者募る ぴあニュース 2019/12/09

このときはオリンピックではなく、パラリンピックの閉会式担当で起用されたということが分かるが、すでに、その後「オリン『ピッグ』問題」で辞任することになる佐々木宏の名前がある。
佐々木が小林の才能を買って、自分が率いるチームに引き入れようとしたことが分かる。

そこで、さらに前まで遡って確認していくと、次のような流れが見えてきた。

  • 2018年7月 東京五輪開閉会式演出の総合統括に狂言師の野村萬斎の就任が決定
  • ⇒野村の下、演出チームとして映画監督の山崎貴、映画プロデューサーの川村元気らが参加
  • ⇒これに森喜朗が注文をつけ、2016年リオ五輪閉会式で安倍マリオを仕掛けた佐々木宏や椎名林檎ら、リオのメンバーをねじこむ
  • ⇒その後、実質チームリーダーが山崎貴→野村萬斎→MIKIKOとコロコロ代わる。野村萬斎を降ろしたのは森が主導
  • ⇒2019年6月 MIKIKOが実質上の総合演出責任者になる
  • ⇒2019年12月 東京パラリンピックの開会式の演出をケラリーノ・サンドロヴィッチ、閉会式を小林賢太郎が手掛けることが発表される。二人を誘い入れたのは佐々木宏
  • ⇒2020年 東京五輪がコロナで1年延期が決まる
  • ⇒2020年4月 組織委がMIKIKOによる開会式演出案をIOCに提示。IOCは大満足であると伝える
  • ⇒2020年5月11日 MIKIKOが電通の代表取締役から責任者の交代を通告される。後任は佐々木宏
  • ⇒2020年12月 当初の演出チーム解散を発表。組織委は「コロナ禍に伴う式典の簡素化を短期間で進めるため権限を一本化する」として佐々木体制を認める
  • ⇒佐々木はMIKIKOを排除し、IOCが絶賛したMIKIKO案を自分の手柄のようにパクリ、音楽担当に小山田を呼ぶ
  • ⇒2021年3月 佐々木が「オリンピッグ」発言で辞任。その直後、開会式演出の実質的責任者だったMIKIKOが、自身に連絡がないまま、新たな責任者が任命されていたとして辞任
  • ⇒残った小林賢太郎が演出リーダーに押し上げられる?

……という流れだったらしい。



つまり、小林が総合演出の立場に押し出されたのは今年の春以降で、わずか3か月ほどで、ゴタゴタ続きの現場を立て直し、グチャグチャになっていたであろう開会式演出をまとめ上げなければならなかったわけだ。
しかも、この時期にはすでに「五輪はできないだろう」という見方が強く、世論も五輪中止・再延期が7割を超え、再延期が事実上不可能なことを踏まえれば、中止の可能性が非常に高かった。
短期間で演出案をまとめ上げても、MIKIKO案がすっ飛んでしまったように、闇に葬られる可能性があったのだ。

そんな状況でまともな演出などできるはずはない、と、私を含め、多くの人が思っていただろう。
無観客が決まったのもギリギリだったし、これはもう、世界からのリモート映像をつなぎ合わせて「ゆく年くる年」みたいな構成にするとか、アニメのキャラを総動員したチャラいものになるのがオチだろう……と。

こんな感じかな? と思っていた(画像はワシントンポスト紙のWEBサイトより)


想像をはるかに超えていた開会式演出

7月14日、五輪開会式、閉会式の制作・演出チームが発表された。
スタッフのトップに「Show Director 小林賢太郎」の名があった。

私は小林が開会式演出を引き受けたことを知って、複雑な思い……いや、正直にいえば、ちょっとガッカリした。
小林は、ラーメンズが実質活動を終了した後も、NHKのBSで毎年、オリジナル作品を発表する特番を持たせてもらったり、いろいろな公演の演出や脚本を手がけたりしていた。しかし、私としては「なんだか偉くなってしまい、つまらなくなってしまったな」という感想を持っていた。
ラーメンズの相方・片桐仁も、テレビ番組にちょこちょこ出ていたが、やはり小林と組んでいたときのような爆発的な魅力は失せていた。彼らの名前や姿を見るたびに、ラーメンズはもう復活しないのか……という思いだけが残る。
で、挙げ句の果てには、佐々木宏の後始末を引き受けたのか……と、残念な気持ちになったのだった。

しかし、開会式が始まった途端「え?!」と目を凝らした。

オープニングシーンからして、これはもう小林賢太郎ワールド全開ではないか。しかも、とても思想性があり、これはどういう意味が込められているのだろう、と、何度も見直したくなる。

オープニングで、一人黙々とランニングマシーンでトレーニングする女子アスリートを演じたのは、現役の看護師・津端ありさ。ボクシング女子ミドル級で五輪出場を目指していたが、コロナ禍で世界最終予選が1年延期された末に中止になり、チャンスを失ったという。
諦めてうなだれる彼女の回りで乱舞する赤い衣装のダンサーたちと、赤いリボンでの表現──赤い筋がアスリートの体内を流れる血潮にも、人々を襲うコロナウイルスにも見える。心の葛藤と身体の葛藤をこんな風に表現できるのかと唸ってしまった。

後半で登場したパントマイムの が~まるちょば(HIRO―PON)とGABEZ(ガベジ)が演じた「動くピクトグラム」も、これこそまさに小林賢太郎のアイデアに違いないと分かる演出。コバケンがいなければあのシーンは生まれなかっただろう。

これぞ小林賢太郎の世界! と思わせた「動くピクトグラム」


よくもまあ、あれだけの短時間、ゴタゴタ、バカな介入の嵐という多重苦を乗り越えてここまでやれたものだと、感動するしかなかった。

小林賢太郎がいなかったら

ここで「もし、小林賢太郎がいなかったらこの開会式はどうなっていたのだろう」と想像してみた。
ある程度、形はできても、心に訴えるものがない、空疎なものになっていたのではないか。
世界中から「ああ、やっぱりね」「アニメキャラにダンス? ハイハイ。今の日本がオリンピックやると、こういう感じなんだろね。分かる分かる」的な評価をされていたのではないか。
開会式の前に散々傷つけられた日本人の誇りや自信が、開会式の中身でさらに決定づけられてしまったのではないか。
また、防衛副大臣らの愚かな破壊工作のおかげで、ショー部分は全部カット、入場行進とスピーチと聖火点灯だけ、となっていたら、いくつも開いた傷口に塩を塗り込まれるような結果になっていたのではないか。
選手たちも白けに白け、自棄を起こしてつまらぬ問題を起こす輩が出てきたりしたかもしれない。

しかし、蓋を開けてみたら、そういう開会式ではなかった。
IOCの図々しいPRビデオと、橋本、バッハ両会長の薄っぺらな上に長いだけの演説がなければ、ほぼ満点をつけてもいいような演出内容だった。

国民の7割以上が疑義を感じているオリンピック。開会式まで3か月もないというタイミングで演出を指揮するように言われた小林はどんな気持ちでこれを引き受けたのだろう。
どんなに頑張っても、大会は中止になって、仕事は闇から闇へと葬り去られるかもしれない(実際、MIKIKO案がそういう運命をたどったことを小林は見ているはずだ)。
やれたとしても、かつてのファンから「ラーメンズも権力側に囲われたか。がっかりだぜ」と背を向けられるかもしれない。

中止にならなかった以上、関係者ができることは、残された時間と金と一人一人の努力で傷を最小限にすることしかない。
こんな現場は嫌だと言って逃げることはできる。そして多くの人たちと一緒になって、五輪ヤクザや政治家たちによって汚しに汚されたこのイベントを冷ややかに見ていることもできる。
しかし、別の解があるのではないか?
どんな理由であれ、これだけ問題を抱えた五輪の開会式は世界中から注目される。そんなステージはこれからさき二度と訪れないかもしれない。
であれば、自分が持っている力を全力でぶつけてみるのも、表現者としての「解」ではないか。
この葛藤は参加する選手たちも同じだろう。
小林はそう思って、この困難極まりない仕事に取り組んだのかもしれない。

その結果、日本のボロボロになった誇りと精神状況が、かなり救われた。ギリギリのところで「防衛」できた。
私はそう思う。
実際、この私は、開会式を見て、様々なことを改めて学ばされた。

何よりも、必死に仕事をした若者を平気で見殺しにする国家権力者……という図式を生々しく学ばせてもらえた。
「人生の一時期不適切な冗談をネタにしていたけれど、その後それを改め、人を傷つけないお笑いの道を歩み、事が起こってこのコメントを出す人を、言語道断と言って叩ける人はどれほど立派なのかと思います。またこの人を多少なりとも擁護しない日本政府は何なのかと思います」
(米山元知事 小林賢太郎氏解任に怒り「この人を多少なりとも擁護しない日本政府は何なのか」 スポニチアネックス 2021/07/22
……という、米山元新潟知事の言葉は、もっともである。

文化とか芸術とかとほど遠い「別の地平」にいる権力者が「言語道断」などと言っているが、あんたは彼に「救命された」ってこと、死ぬまで分からないんだろう。

長くなったので、このへんでキーボードから離れよう。

最後に一言だけ。
ラーメンズのファンとしては、あの黄金コンビが復活して、「無観客開会式ごっこしようぜ」みたいなコントをしてくれることを夢想している。

「ここに新聞紙を人形に切ったやつがあるから、これを来賓席に並べてさ」
「会長にはお菓子のおもてなしを忘れないようにしないとな」
「甘露飴ならあるよ」
「おお、それはいいな。あと、コカコーラは全種類用意な」
……

(文中敬称略)



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伊藤アキラさんの想い出2021/05/24 15:31

伊藤アキラさんから届いた2019年の年賀状

人生の師がまた一人……

今朝(2021/05/22)は、ネットニュースを見ていてショックを受けた。
「この木なんの木」「パッ!とさいでりあ」など多くのCMソングや歌謡曲を生み出した作詞家、伊藤アキラ(いとう・あきら、本名・伊藤皓)さんが15日、急性腎不全で死去した。80歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
(読売新聞 2021/05/22)

先日、伊藤さんの盟友ともいえるかたからの手紙で、「1月15日に恒例の“勉強会”終了後の夜中、伊藤さんが就寝中に身体が動かせず悪銭苦闘しているのに奥様が気づかれて、救急車で病院へ搬送され、脳梗塞とてそのまま入院。現在もリハビリ治療中」と書かれていて心配していた。
脳梗塞としては軽いほうらしいが、長期戦になるのではないかとも書かれていた。

今、確認したら、その手紙の消印は3月3日だった。「長期戦」という言葉をなんとなくそのまま鵜呑みにしていたかもしれない。まさかこんなに急なことになるとは……。

コピーライター養成講座

伊藤さんと初めて言葉を交わしたのは大学生(多分1年生)のときだから、50年近く前のことだ。
ソングライターとして身を立てようとしていた私は、大学に入るとすぐ、ヤマハの作曲教室と宣伝会議のコピーライター養成講座の受講を始めた。
コピーライター養成講座は、作詞の力を伸ばしたいと思ってのことだったが、講師陣の中に伊藤アキラさんの名前があったことが大きい。樋口康雄さんの作品にいくつか詞を書いていて名前を知っていた。当時は伊藤さんがCMソングの作詞で超有名な作詞家だということは知らなかったのだ。
授業は輪講で、伊藤さんの授業は1回だけだった。
伊藤さんは講師としてはサービス精神がなくて、「どうせ私の授業など明日になれば誰も覚えていないでしょう」「質問は? などと言っても、毎年、手を上げる人はいませんし」などと、かなりつっけんどんな授業だった。
そこで私は、授業が終わっても教室に残り、伊藤さんに一人で話しかけた。
樋口康雄さんのファンで、樋口さんがいると思って上智に入ったら、すでに中退した後でガックリした、とか、樋口さんのデビューアルバムにも作詞されてますよね、『ABC』とか……と言ったら、すかさず「あれは私じゃなくて岡田冨美子さんです。私は『愛のひとこと』と『アダムとイブも』です」と言われ、あ~、いきなりやっちまった!と焦ったのを覚えている。
その後も、しつこく地下鉄の駅までくっついて話しかけ続けた。
伊藤さんはちょっと迷惑そうな顔をしながらも、話にはつき合ってくださった。

津田沼の自宅に帰るというので方向は正反対。駅で別れて、そのままになった。

再会は15年くらい経ってから。ニフティの電子会議室でだった。
1990年くらいだろうか。まだWindowsは3.1で、インターネットもほとんど普及しておらず、電話回線に2400bpsくらいのモデムをつないでピーガーと「ダイヤルアップ接続」して文字だけをやりとりするもの。
誰かが書き込んで、それに誰かがコメントして、コメントツリーが続くというのはツイッターなどと同じだが、なにせピーガー接続の時代だから、今のSNSのような即応性はない。
そこで、「森トンカツ」を作ったのは私だ、というようなことを書いたことがあって、それを見つけた伊藤さんがコメントをつけてきた。
私は「森トンカツ」誕生秘話を細かく書いて、伊藤さんはしっかり信じてくださった。
それで「一度、私の事務所に遊びに来ませんか」という流れになったように記憶している。
それが30年くらい前のこと。
伊藤さんの事務所は当時、銀座にあって、ものすごく立派なオフィスだった。
そこで再会した私は、コピーライター養成講座のときのことを話して「あのときは失礼しました」と詫びたのだが、伊藤さんは「そんなことありましたか。覚えてないなあ。私、そんなに怖い印象でしたか? まあ、あの頃はそうだったかなあ……」と苦笑していた。
養成講座の講師時代とはうってかわって、終始柔和な笑顔の紳士という印象で、ほんとに同じ人なのかと思ったほどだった。

Homework~しゅくだい

それからは伊藤さんのほうからもときどき声をかけていただき、私に音楽出版社の人を紹介するためにミニ食事会のようなものを用意してくださったり、なぜそこまで? と、不思議に思うほどよくしていただいた。
川内村時代にも一度、「東京に出てくることがあれば一献」と、わざわざお店を予約してごちそうしていただいたこともある。

KAMUNAの『Homework』という曲も、伊藤さんに「これは現代の童謡にもなるようなメロディを意識したんです」と聴かせたところ、「これは素晴らしい。ぜひ、歌詞をつけて子供でも歌える歌にして」と言われ、その際、子供が歌うには一か所難しいところがあるから、そこを直して……などともアドバイスをいただいた。
部分転調のところだな、と、すぐに分かった。KAMUNAはジャズテイストだから、その部分転調はワンポイントのお洒落だけど、確かに子供が歌うには難しいかな、と思って、その部分を修正したものを送った。
「歌詞は?」と言われたので、「実は、伊藤さんにつけていただけないかなあ……なんて図々しい思いがちょこっとありまして……」と、自分の助平心を白状したところ「そうですか。じゃあ、宿題ということにさせてください」と、サラリとかわされてしまった。
ああ、やっぱり言い出すのではなかった、と後悔したものだ。

何年かして、自戒の念も込めて(?)自分で歌詞を書いた。↓


ドミソの歌

『ドミソの歌』を作ったときは、「これはすごい。すでにスタンダードナンバーの風格があります。しかし2番の歌詞が難しそうですね。特にファとラが。たくきさんのことだからもうできているでしょうが」と言われ、
「え? 1番だけでいいと思っているんですが」
と返信したら、
「1番だけじゃもったいないでしょ。ぜひ2番を作ってください。たくきさんならできる!」とティモンディ高岸みたいな励まされ方をして、予定外の2番まで作ったのだった。
そのときの日記がどこかに残っていたはず……と思って捜したら、⇒これだった。

伊藤さんに「2番も!」と言われなければ、『ドミソの歌』は1番だけで終わっていたのである。
日記にも書いたように、2番の歌詞はちょっと「教条的」な感じもあって好きではない。伊藤さんも同じことをおっしゃっていたけれど「こっちのほうがウケはいいでしょうね」とも。

2番がついた『ドミソの歌』↓

固定ド音感の人には、Cスケールの譜面でGスケールの演奏が流れて「ドミソドシラソファ……」と歌っているのが耐えられないほど気持ちが悪いらしいが、ドレミというのは「階名」なのだから、移動ドがあたりまえなのだ。ジュリー・アンドリュースが映画の中で歌っている『ドレミの歌』もCスケールじゃないしね。

このときのやりとりを読み返したいと思ってメールボックスの「friends」というフォルダを遡ったら、2015年6月前半より前のメールは全部消えてしまっていた。
その後、最後のメールは……と捜していたら、どうやら2018年の10月26日付けのものが最後かもしれない。
「たくきさん。ご無沙汰しています。この度は最新CDをお送りいただき、ありがとうございました。」
……と始まる、結構長いメール。
「ONアソシエイツの大森昭男さんが今年3月になくなり、少人数での偲ぶ会をやり、やれやれと思ったら、井上鑑さんが「みんなで追悼文集をつくろう」と言い出し、先月限定100部が発行できました。結局、なんやかんやで半年かかりました。 これが今年の「主な仕事」かなあ? いやはや。」
……という一節があって、本当に高齢者にとっての時間の流れは切ないと痛感した。

ドックマン

そういえば、伊藤さんの作詞で、僕が曲をつけたCMソングがあったはず……と捜してみたら、見つかった↓。

↑これはニフティがきっかけで伊藤さんと再会する前に作った。音源もそのときのものだ。MIDIが登場して間もない頃で、ローランドのD50というシンセサイザーとMT32という安い音源だけで作っている。「小説すばる新人賞」受賞より前だから、30代前半くらいだろうか。30年以上前。
当時、レコードデビューに失敗してどん底にいた私は、CMソングの仕事がしたくて、あちこちのCMソング制作会社にデモテープを送りまくっていた。
そんな中で、ある会社から連絡があって、小田急線・南新宿駅そばの雑居ビルを訪ねた。
古くて、半分廃墟みたいなビルで、そこの一室が事務所だったが、約束の時間に訪ねていってドアベルを鳴らしても反応がない。
何度もベルを鳴らし、ドアをノックし、声をかけ続けたら、ようやく中から呻くような声で「ああ~?」と声が聞こえた。
「今日、○時にお約束いただいたたくきです」と告げても、数秒はねぼけて分かっていないようだった。
廊下で10分くらい待たされた後にようやく中へ通された。狭くて散らかった部屋には、着替えや食器も見えていて、どうも社長はここに寝泊まりしているらしかった。
そこで「これに曲つけてみて」と渡されたのがこれ。「詞:伊藤アキラ」とあって、ああ、伊藤さんの詞だ、とすぐに気づいた。
こんな事務所とはつき合わないほうがいいな、と思ったのだが、伊藤さんの詞だったので、なんとか作ってみた。
ドックマンという栄養剤のCMソング。
結局、このデモテープを渡した後、社長からの連絡は途切れてしまい、知らないうちに会社ごと消えていたようだ。

その話も、伊藤さんと交流するようになってから話したことがあったが、「へえ~、そんなことがありましたか。それはそれは……」と笑ってらした。

なんだかな~、の出来だし、テープからファイルに起こすこともせず、ずっと忘れていたけれど、考えてみると、伊藤さんの歌詞に僕がメロディをつけた唯一の作品なのだなあ、しかも幻の……。
そう思って、昨日はこれがどこかに残っていないかと何年も放置したままのDATテープラックから捜しだして、苦労してファイルに書き出して、何度か聴いていた。

シンプル イズ ベスト

伊藤さんから学んだ最大のことは「詞は考えすぎちゃいけない」かな。
直接そう言われたわけではないのだが、伊藤さんのお仕事ぶりを見ていて、そう学んだのだった(もちろんいい意味で言っている)。
私の最大の欠点は、何事も考えすぎて、ダラダラ長くなり、かえって伝わる力が弱くなっていくこと。
平衡を求めて修正作業を続けていくと、つまらない着地になりがちで、感動として伝わらない。
メロディは瞬発力がなくなった分、ひたすら細かく修正していく作業に切り替えているけれど、歌詞はやりすぎないほうがいい。
なんか文章としては変だけど、シラッと歌ってしまえば分からないかも……ま、いっか……という感じでやめておく。そのくらいのほうが言葉の鮮度が落ちずに、人に伝わっていくのかもしれない。
難しいバランスだけど……ね。

私の「年末状」を受け取っている人は知っているように、小さな紙面にギッチギチに写真と文字が詰め込まれている。
一方、伊藤さんから毎年届く年賀状は正反対で、余計なものが一切ない。それでいてインパクトがある。
例えば2016年は申(さる)年だったが、伊藤さんから届いた年賀状は秀逸だった。

↑これだけ。余計なことは一切書いてない。

2019年の年賀状はこうだった↓

軽妙洒脱というのはまさにこういうことを言うのだろうなあ。

私には死ぬまで真似できないだろう。
死に方くらいは、パッとさいでりあ~♪ と逝きたいところだが……。
そんなことを今からウダウダ悩んでいるようでは、到底無理そうだ。

月と流れ星

結局、伊藤さんとは一度も仕事をしたことがない。
それなのに、伊藤さんは一方的に私を気にかけてくださり、何度もさりげなく助け舟を出してくださった。
分厚い御著書や作品集CDも送っていただいたし、2011年夏の最後のKAMUNA上智ライブにも来てくださった。
あのときは樋口康雄さんもいらして、席でバッタリ顔を合わせて「あれ?」「あ……」なんてぎこちなく挨拶を交わしたとのこと。(というのも、樋口さんが美女と一緒だったので、気を使って離れた席に座ったのだそう)

伊藤さんに年齢を尋ねたことはなかったが、今回、記事で14歳しか離れていなかったことを知り、ちょっと驚いた。もう少し上の年代だと思っていたのだ。
創作をする者にとって、加齢との闘いはきつい。
歳を取ってから名曲を残した作曲家というのはいるだろうか。ベートーベンは聴力を失った晩年に交響曲第9番『運命』を書いたというが、没年は56歳で、今の私より10歳も若い。

文筆は、時間をかけてていねいに何度も何度も書き直すことで対応できるが、それでも最近は、誤字脱字、書き間違い、おかしな文章などが頻発して、見直し、書き換えをしているだけで1日が終わる。
音楽はスポーツのような瞬発力が必要なので、肉体(脳も含めて)の劣化は致命的にきつい。
メロディが浮かんだときには無理をしてでも(早朝トイレに起きたときとかでも)なんとか書き留めて、その後、譜面に少し書いては休み、しばらく寝かせて、数日後にまた気力がちょっとでもあるときに見て、しつこく書き直す、という方法に切り替えている。
バカラックも、何度も何度も書き直しながら曲を書いていたというので、そういう方法ならまだやれるのではないかと思って。

ひと月くらい前から「ミレミファソーファーミー」というモチーフから始まる曲を作るべく、少しずつ作業している。
伊藤さんのことを思い出しながら、「歌詞が先にあったほうが楽なんだよなあ」なんて、詞も同時につけていた。
『流れ星の歌』というタイトルを仮でつけて、ほぼできあがったかな、なんて思っていたタイミングで飛び込んできた伊藤さんの訃報だったので、なおさらショックを受けたのだった。
『流れ星の歌』はこれから仕上げるつもりだが、これが最後の作品、なんてことにならないよう、もう少しあがいていくつもり。

伊藤さんが、私たちの身近にあり、誰もが知っている「月」だとすれば、私は曇り空の向こう側を地球に向かって落ちていく宇宙の塵のようなものだろう。塵でも地球に落ちるときは一瞬光を放つ。でも、その光は一瞬で消えるし、その瞬間を見ている人は少ない。ましてや太陽が出ている時間や、曇りや雨の夜には見ている人もいない。そんな人生であっても、卑屈にならず、精一杯燃えながら落ちていきたい。……そんなことを考えながら、最後の仕上げにかかろうと思う。

伊藤アキラ先生。
こんな私と長い間つき合ってくださり、ご指導くださり、ほんとうにありがとうございました。



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総務省とテレビ局の共犯による「地上波地獄」から抜け出せない日本の悲劇2021/04/19 20:13

東芝テレビのリモコン
↑これは我が家のテレビのリモコンである。
テレビのリモコンに最初からNetflixやhulu、YouTube、AbemaTV(現在はAbema)、U-NEXT、dTVといったインターネットテレビ放送のボタンがついている。
テレビがネットに接続されていれば、YouTubeとAbemaは無料で見られる。他のチャンネルも契約すればもちろん見られる。
接続はWi-Fiで行えるので、家庭内Wi-Fiがある家ならLANケーブルを接続する必要もない。
ネット経由だから、電波を受信するのと違って荒天で映像が乱れるようなこともない。
テレビの電源がOFFになっていても、リモコンのNetflixのボタンを押せば、テレビの電源が入り、Netflixに接続して、前回見ていた途中からサクッと再生を始める。いちいち番組を探し出す必要もない。

……もう、テレビはこれでいいではないか、いや、こうあるべきだろう、と思う。
視聴者が自由に選ぶ。よいと思うものには金を出す。くだらないものを押しつけられる義理はない。
無料で視聴できるものに広告がついてくるのは仕方がない。
しかし、録画できる放送にいくら広告をつけても、見る側は録画して広告をスキップしながら見る。我が家ではマラソンや駅伝の生中継でさえ、録画して、30分か1時間遅れくらいで「追っかけ再生」して、広告をスキップしながら見ている。これでは広告主にとっても意味がないのではないか。もっと安い費用でターゲティング広告ができるネット広告のほうがはるかに有効だろう。
その点でも、録画できる地上波放送は廃れていく運命にあるはずなのだが、日本ではいっこうにそうならないのが不思議だ。

地上波テレビは地方局だけでいい


テレビ放送がアナログからデジタルに切り替わったとき、私は「テレビ放送を地上波でやる必要はない。衛星放送やケーブルテレビ網でやれば、全国どこでも同じ番組を同時に見られる。受像器やアンテナを総入れ替えする大変革を強行するのに、地上波での放送に固執するのは、電波利権を死守しようという総務省とテレビ局の悪行に他ならず、国民は大変な損害を被る」という主張をした。詳しくは⇒こちら
テレビ放送のデジタル化は、テレビ文化の地域格差を解消する大きなチャンスだったのに、総務省はテレビ局と結託し、敢えてそれをせず、電波利権構造を死守した
衛星放送をメインにすれば、全国に新たな送信アンテナを建てる必要はない。つまり、送信側の費用はほぼゼロである。
受信側としても、アナログ停波となれば、どっちみちテレビそのものを買い換えなければいけないし、今までの地上波(VHS)アンテナもゴミになる。弱いUHF電波を受信するために屋根の上に高いマストを立てて不細工なアンテナをつけるよりも、家の外壁やベランダの柵にBSアンテナを取り付けるほうが、たいていの場合、作業が楽だし、費用も安い。
今売られているテレビ受像器にBS、CSを受信できない製品はまずない。地上波が届かない場所でもBS、CSなら受信できるというケースはたくさんある。実際、建物や山が邪魔して地上波の電波(UHF波)は届かないので、BS、CSだけ受信しているという人は多い。
現在、衛星放送(BS)にはすべての民放キー局がチャンネルを持っていて無料放送している。110度CSも合わせれば、チャンネルはありあまっている。衛星放送をメインに使えば全国どこでも衛星放送で同じ番組を見られるが、わざとそうしていない
そのBSでは、各放送局が金をかけて制作している人気番組はわざと放送せず、通販番組やら大昔の再放送しかやっていない。
こんな馬鹿げた話があるだろうか?

地上波(UHF帯)は遠くまで届かないし、遮蔽物に弱い。地上波は地方局が使って、その地域独自の情報をメインに放送すればいい。地上波はもともとそうした使い方が向いているのだ。

国はテレビの視聴環境地域格差を恣意的に温存した

テレビ放送をアナログからデジタルに切り替えるという大変革のとき、国と放送会社は結託して、国民に、まるで地上波でなければテレビを見られないかのような呪縛をかけ、巨額の税金を投入し、全国の地上波放送局の利権を守った
結果、放送文化の地域格差は解消されなかった、というより恣意的に「格差が温存された」というべきだろう。
現在も、青森・秋田・富山・鳥取&島根・山口・高知・大分・沖縄は民放局が3局、山梨・福井・宮崎は2局、徳島・佐賀には1局しか民放テレビ局が存在していない。
民放の地上波テレビ放送は、いわゆる4大ネット(日本テレビ系列、テレビ朝日系列、東京放送系列、フジテレビ系列)+1(テレビ東京系列)と、独立系地方局(テレビ神奈川やとちぎテレビなど十数局)で成り立っている。
例えば世界陸上は東京放送(TBS)系列の独占生中継だが、TBS系列局がない秋田県と福井県では見られない。
山梨県は日テレ系の山梨放送とTBS系のテレビ山梨の2つしか民放局がないので、多くの家庭ではケーブルテレビに加盟してフジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京の番組を周回遅れで見ている。
TBS系列以外の系列は「クロスネット」と呼ばれる方式で、相乗り放送を認めている。例えばテレビ宮崎(宮崎県)は、TBS系列以外のフジ、テレ朝、日テレ系列の番組をまぜこぜにして放送している「クロスネット」どころか「トリプルネット」と呼ばれる放送局だが、当然、同時間帯に放送できる番組は1つなので、人気番組は日時をずらして放送するしかない。テレビ宮崎ではフジ系列の月曜夜9時台のドラマ(いわゆる「月9」)は5日遅れの土曜日の夕方に放送して、月曜夜9時にはテレ朝系の「月曜ワイド劇場」を放送している。

契約者が700人しかいないチャンネル

ちなみに、総務省幹部が東北新社の「菅首相の長男」を交えた会食をしていた問題が露見した後、芋づる式に表沙汰になってしまった外資規制法違反で、東北新社の衛星チャンネルであるザ・シネマ4Kが放送事業者として認定取消になり、サービス終了となった。
そこでさらに明るみになったのは、このザ・シネマ4Kの契約者数が全国で約700人しかいなかったことだ。
700人のために日本の放送衛星の貴重な帯域(4K放送が送信できる広い帯域!)が1つ埋められていたというのだ。

ザ・シネマ4Kが割り当てられていたのは「BS・左旋」と呼ばれる新しい放送衛星によるもので、従来のアンテナ、ケーブル、ブースター、コネクターなどの設備を対応した製品に交換する必要がある。そこまでして4K(ハイビジョン画質の4倍)、8K(ハイビジョン画質の16倍)の映像を見たい人がどれだけいるだろうか。
4K対応テレビを持っている人は、NHKの朝ドラや大河ドラマを従来のBSと4Kチャンネルの両方で見比べてみるといい。ほとんど差を感じないはずだ。8K映像に至っては畳1畳分とか、壁いっぱいくらいの面積に映し出さない限り、解像度の差が分からないはずだ。
BS左旋で契約者数700人のザ・シネマ4Kが免許取り消しになって消えた後、残るチャンネルはNHK BS8K、WOWOW 4K、ショップチャンネル4K、4K QVCの4つだが、通販専門チャンネルが2つも入っている。4Kで通販放送を見る必要がどこにあるのか? そもそもこうしたチャンネルが運営可能であることに疑問がわく。

『テレビが言えない地デジの正体』でも取り上げたが、競馬専門チャンネルといえる「グリーンチャンネル」は農林水産省とJRAが深く関係しているが、2019年度での放送サービス契約数は24万2887件(前年より-6,326 件)で、インターネット配信契約数が81,806 件(同、+14,003 件)だという。
こんなものはネット配信だけでよいではないか。そもそも地方競馬全国協会(NAR)はライブ映像配信サイトを開設し、全国各地の地方競馬の競馬場から、パドック、返し馬、レース映像のすべてを無料で同時配信している。スマホ時代の今、なぜJRAだけBSの有料チャンネルでしか見られないようにしているのか?
(2017年6月に柿沢未途衆院議員が「一般財団法人グリーンチャンネルの競馬中継放送に関する質問主意書」として質問しているが、政府の回答は「政府としてお答えする立場にない」というものだった。同時に質問した「グリーンチャンネルの理事長および役員に農水省、JRAのOBは何人いるか」という質問には、「8人のうち農水省OBが1人、JRAのOBが5人」という回答だった)。
日本における電波行政がいかにデタラメで不透明なものであるかという問題を、日本のマスメディアはほとんど報じていない。同じ利権構造の中にいるからだろう。
放送電波は公共インフラではないのか? 視聴者はもっと怒らなければいけない。

Netflixの前に日本の娯楽業界は為す術なしか?


最近、WOWOWで『The Sinner』の第3シーズンを全話一挙放送していたので、録画して数日かけて一気に見た。
恥を忍んでいえば、アメリカでここまでのレベルのドラマを制作しているとは思わなかった。こうした人間の複雑な深層心理まで掘り下げ、なおかつリアルな描写をするサスペンスドラマは、欧州ものばかりだと思っていたのだ。
アメリカのテレビドラマでは、今までCSのスーパードラマチャンネルで『メンタリスト』や『ブラックリスト』などを全話録画して見ていたが、あのレベルというか、ああいうテイストがアメリカのドラマで、『ブリッジ』や『キリング』のようなドラマはイギリスや北欧でしか作られていないと思っていた。
しかし、それは知らないだけだった。
『The Sinner』のシーズン1と2を見たいと思って捜したところ、Netflixで見られることが分かった。というよりも、シーズン2以降は、Netflixが主体となって制作しているらしい。
Netflixの契約者は2020年末時点で2億370万人だそうだ。日本でも2020年8月末時点での有料会員数が前年比200万人増の500万人を突破したという。
この500万人というのはまだまだ少ないと感じる。
Netflixでしか見られない作品は多数あり、しかも『The Sinner』のような一級品も多い。
作品の質の高さもさることながら、技術の先進性や安定度にも感嘆させられる。
わざと本番障害を起こしてすぐ復旧させることを繰り返して実際の障害発生に備える、という「カオスエンジニアリング」を実践したり、低いビットレートでも高画質で見られる技術を追求したりと、純粋な技術面でのレベルの高さはいうまでもなく、ソフト的な技術追求のレベルも極めて高い。
Netflixが持つ視聴嗜好のプロファイルデータは3億人分に上り、常にどんな作品が好まれるかを分析し、作品の制作指針を立てているという。万人にうけるものはえてして俗悪なものになりがちなので一概に誉められたことではないが、未だに前世紀の遺物である「視聴率」に頼っている日本のテレビ業界が太刀打ちできるはずもない。
Netflixの昨年度の年間収益250億ドル(前年比24%増)。営業利益は76%増の46億ドルだそうだ。
利益率約18%というのはネット事業としては少ないほうだという。2019年度は年間収益201億5,600万ドルに対して利益は26億ドルで、利益率は12.9%とさらに低かった。
これは、同社が利益の大半を作品制作費に投入しているからだという。
オリジナル作品制作費は2018年度が120億ドル(1兆3,200億円)、2019年度は153億ドル(1兆6,830億円)で、これは日本の民放キー局1社あたりの番組制作費(多くて年間1000億円程度)の10倍以上だ。日本国内5社の制作費を合計しても5000億円には届かないから、その3倍以上。
これだけ金のかかったオリジナル作品を、定額の契約料(画質と同時視聴人数によって、月額税込990円~1980円)だけで見放題になるのだから、日本でも契約者数がWOWOWやスカパー!を抜いたのは当然だろう。
ちなみにWOWOWの2020年度末の契約者総数は約279万件スカパー!の契約者数は約310万件である。
WOWOWは1984年「日本衛星放送」として、スカパー!は1985年に日本通信衛星(JCSAT)として出発して、どちらも35年以上の歴史がある。それが日本進出して6年に満たない(2015年9月から日本でのサービス開始)Netflixに大敗している。
契約者数の推移を見ると、WOWOWは2018年12月時点で290万人を超えていたのが2020年12月には278万人と、2年で12万人ほど減らし、スカパー!は2018年に325万人だったのが2020年には310万人と、2年で15万人減らしている。
ステイホームだの巣ごもりだのといわれて「おうち時間」が増えたはずの2020年度に契約者が離れていったというのはどういうことか。おうち時間が増えてじっくりテレビを見るようになった契約者が「なんだ、NetflixがあればWOWOWやスカパー!はいらないし高すぎるじゃん」と気づいたからだろう。
我が家ではWOWOWもスカパー!(110度CSの基本契約パック)も契約していたが、Netflix加入後、即、スカパー!は解約した。
スーパードラマチャンネルで見ていたドラマはほぼすべてNetflixでいつでも見られるし、ニュース番組もネットで24時間生配信している。残るはMusic Airでやっているアメリカのスタジオセッションや日本の無名ジャズバンド、アーティストたちの演奏録画あたりだが、それも滅多に「当たり」に巡り会うことはないので……。
スカパー!はもう「オワコン」だろう。スカパー!は2012年度には383万人の契約者がいたが、それから8年で72万人が契約解除している。
慣れというものは怖ろしいもので、今まで月額4389円を垂れ流していたのだなあ。
WOWOWはまだ解約まではしていない。WOWOWでしか見られないものの代表がテニスの4大大会生中継だが、これだけのために月額2530円はちょっと……と考えてしまう。
ついでにいえば、NHKは現在受信契約料金が月額2170円(クレジット・口座引き落とし払い)だが、地上波だけだと1225円である。せめてこれの逆バージョン、つまりBSだけの契約コースというのを設定してほしいものだ。地上波NHK、特に地上波のNHK総合は月額1000円以上の金を払ってまで見なければならないようなコンテンツがないからだ。

まあ、それは個々人の価値観や経済事情に関わることなので、ここでは深入りしないでおこう。
ただ、ひとつ言えるのは、
ドラマや映画、コンサートの映像など、リアルタイムで見る必要のないものを「放送」で視聴する時代は終わった ……ということだろう。
時間に縛られる上に、だらだらと広告を見せられる。それだけでも地上波放送は弱点だらけであり、番組の提供形態としてはネットのオンデマンド配信に勝てない。
Netflixは他のネット配信サービスに比べて、ユーザーインターフェースが優れていることにも感心させられる。サクッと間髪を入れずつながるし、途中で止めても、次に見るときはなんの前触れもなくそこから続きを視聴できる。
テレビのリモコンでほぼすべての操作がサクサクできる。
モバイル端末には作品を丸ごとダウンロードすることもできる。
これだけできて、月額1490円(税込/スタンダードコース)。
このスタンダードコースというのは1080pの解像度で再生でき、同時に2画面で再生できる。アカウントを共有すれば、離れた場所に住んでいる家族などが、同じ時間、違う場所で、別々に視聴できる。家の居間で妻と子供がNetflixのドラマを視聴中、出張先のホテルで夫が別の番組を見る、などということが同一アカウントで可能なのだ。このシステムは、受像器1台ごとに契約しなければならないWOWOWなどとは大違いだ。
ダウンロードもできるNetflixは、電車内で、通信料金ゼロでドラマや映画を観ることもできる。
番組の質と数だけでなく、システムの上からも、WOWOWやスカパー!がNetflixに勝てる可能性はない。

このままでは日本全体が完全に「オワコン」になる

アメリカは今混乱のただ中で、ひどい面ばかりが目につく。しかし、GAFAにしろNetflixにしろ、腐ってもアメリカだなあ、とつくづく思う。
アメリカも日本も格差社会であり、その格差がどんどん広がっているが、アメリカはあらゆる面で「できる人たち」が活躍できる仕組みが生きている。
日本の格差社会は、金持ちがルールを逸脱してどんどん資産を増やし、庶民の生活が圧迫され、その結果、教育や文化が廃れていくという格差であって、本当に救いがない。
もう手遅れかもしれないが、完全に社会が崩壊する前に、なんとか教育をはじめとする社会制度を根本から改革していき、個人の才能や努力がしっかり花開き、他者の幸福に寄与するような社会に変えていかないといけない。
Netflixの社員の半数はエンジニアだという。技術者といってもいろいろで、システム開発だけでなく、ソフトウェアの解析や、より高いレベルの作品を生み出すための環境作り、発想やデザインを提供するという「技術者」も含まれる。日本の企業のように、上司からハンコもらうために書類の山と格闘したり、実りのない会議のために満員電車で出社したりする社員はいないのだろう。そういう部分をまずは変えていかないと、どうにもならない。

私たちジジババ世代はもう人生の残り時間がないので、なんとか今をやり過ごしながらうまく死んでいくことを考え、なけなしの金で工夫しながら生活を続けている。
でも、若い人たちは、このままの日本では本当に悲惨な将来しか待っていない。
ネトフリあればテレビなんかいらね~、と喜んでいるだけではダメなのだ。若い人たちが、ただ与えられ、消費させられるだけのゾーンに組み込まれてしまったら、社会は進化しないし、文化は廃退する。どんな分野でもいいから、自分たちが主役になる人生を勝ち取ってほしいのだ。



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江戸時代の元号を語呂合わせで覚える2021/03/21 15:42

文化13(1816)年のキツネ
狛犬を見ていると、江戸の元号の順番や、西暦だとどのあたり?というのが分からず、モヤモヤすることが多い。
我々の感覚だと慶長も慶應も十把一絡げに「江戸時代」という感じになりがちだが、江戸時代は長い。慶長と慶應では250年くらい違う。
天変地異や時の為政者の政策で、10年違えば世相や食糧事情がガラッと変わっていることもあるはずだ。
江戸時代の元号をしっかり覚えておきたいものだなあ。でも、生まれつき記憶力が弱いのに、今は老化で脳みそがボロボロだから、無理だよなあ。

なんとか今からでも元号の切り替わりの西暦を語呂合わせで覚えられないものか……。
「鳴くよウグイス平安京」みたいな暗記法で。

……ということで、挑戦してみる。
まずは1600年代。関ヶ原の戦いの1600年は「一路雄々しく関ヶ原」って、小学校のとき覚えたなぁ。
その後、家康という「おっさん」(1603)が江戸に徳川政権を樹立した……と。ここからが江戸時代だね。
  • 慶長元(1596)年 「けいちょうふはく(軽佻浮薄)な殿様、いご、くろう(以後、苦労)する」
  • 元和元(1615)年 「きげんなおして、ひろいこころ(広い心)で」
    げんなりするぜ。16ひこう(非行)」(小さいときは可愛かったのに、やっぱりグレたか)
  • 寛永元(1624)年 「かんえいじ(寛永寺)なら いちろにし(一路西)へ」
  • 正保元(1644)年 「しょうほう(商法)を学べ、ヒロシよ
  • 慶安元(1648)年 「慶安の変で由井正雪、いちむしゃ(一武者)として死す」
    けいあんずるな(刑案ずるな)、ヒロシやらかしたけど」
  • 貞応元(1652)年 「じょうおう(女王)さまと言え、ヒロコには」(ドSなの)
  • 明暦元(1655)年 「頭脳めいれき(明晰)、ヒロコご立派 」(SMの女王は頭もいい)
    めいれかないヒロコご立派」(Sだもの。命令はする側だぜ)
  • 万治元(1658)年 「まんじ休す(万事休す)。ヒロコやらかした。」(そんなヒロコ女王も失敗はする)
  • 寛文元(1661)年 「かんぶん読むならヒロムいちばん」(勉強家の弘くん)
  • 延宝元(1673)年 「えんぽう(遠方)よりいちろ(一路)なみ(波)越え船きたる」
  • 天和元(1681)年 「じゅうろくはい(16杯)も蕎麦くってんな
    テンイン・エイト……カウントダウンイベントでひろばいっぱい」
  • 貞享元(1684)年 「じょうきょう(状況)次第で ひろうはし(拾う箸)」(汚いとか言ってらんない)
  • 元禄元(1688)年 「げんろくおきらく 色ババア」(遊郭のお局様?)

……1600年代だけで13個もあるのかよ。改元しすぎだろ。
小学生のときなら覚えられたかもしれないけど、今からだと無理だなあ、きっと。
ヒロシやヒロコは、やらかしたりご立派だったり……一体どういうやつなんだ? という難しさもある。
あと、天和が相当ヤバいな。

めげずに1700年代、いってみよ~!!(いかりや長介)

  • 宝永元(1704)年 「ほうえいご(英語)得意なのね、
  • 正徳元(1711)年 「しょうとく太子はいないひと?」(架空の人物説も)
  • 享保元(1716)年 「きょうほの選手、いないね、だね」(苦しい競技だからねえ)
  • 元文元(1736)年 「げんぶん一致だ、さぶろう(三郎)」
  • 寛保元(1741)年 「かんぽの勧誘、ひとなしいちばん」(ひどかったねえ、あの保険のやり口は)
  • 延享元(1744)年 「えんきょう(月の家 圓鏡)人気でなしよ
  • 寛延元(1748)年 「かんちゃんえんちゃん、なしや
  • 宝暦元(1751)年 「イナゴいっぴき」(どういうカレンダーやねん)
  • 明和元(1764)年 「めいわく千万、ひなんむし(避難無視)」(Jアラート? あれは迷惑だったわ)
  • 安永元(1772)年 「アンエイカップ、じゅうしちなつ(夏)」
  • 天明元(1781)年 「テンめいわく(迷惑)、ひなんばい」(火の不始末で森林火災。避難ばい~博多弁のテン?)
  • 寛政元(1789)年 「かんせいど(完成度)高いなっぱくれ」(最上級の菜っ葉しかいらん)

円鏡って、あたしらの世代だと、後の橘家圓蔵だけど、若い人は知らんだろうな。で、「かんちゃん、えんちゃん」は関西の人気漫才コンビってことでいいかな?
アイドルのアンちゃんは貧乳で夏は水着に苦労する? いや、17歳で巨乳は不自然だから、むしろそれでいい(ペコパ)

1700年代も12個もある。もう一息だ。1800年代に突入!

  • 享和元(1801)年 「きょうはいい天気、はれいちばん
  • 文化元(1804)年 「ぶんか勲章逃して、いや~、おしい!」
  • 文政元(1818)年 「みぶんせいどなんて、いやいや~」
  • 天保元(1830)年 「天保の飢饉ではさん(破産)。貯金ゼロだわ」
  • 弘化元(1844)年 「こうかい(後悔)したくない。いやよ、し(死)ぬのは」
  • 嘉永元(1848)年 「かえい(カレー?)作らせたら、いっぱしやね」(ココイチでバイトしてたからね)
  • 安政元(1854)年 「あんせいにして、こしを治す」
  • 万延元(1860)年 「いちまんえんで、ハムを買う」
  • 文久元(1861)年 「なにぶんきゅう(なにぶん、急)で、ハローワークへった」(いきなりリストラされた?)
  • 元治元(1864)年 「げんじてんでは、無視してよろしい」
  • 慶応元(1865)年 「慶應卒のむこ(婿)がきた」

……いやぁ、最後は息切れですね~。
幕末は安政が「安静にして腰を治す」で1854年と覚えたら、そこからはめまぐるしく変わるから、「あんまんぶん、げんけい」(餡饅を賄賂に差し出したら、その分、減刑された)と覚えておけばいいかな。この順番でわずか10年ちょっとの間に元号が5つも並んでいる。
そんなこんなで、1800年代も11個あるのか。

というわけで、なんとか語呂合わせ暗記を考えたわけだが、改めて全部を見てみると、「寛」がつく元号が5つもあるのがややこしい。
寛永元(1624)年、寛文元(1661)年、寛保元(1741)年、寛延元(1748)年、寛政元(1789)年。
寛永と寛政では160年以上離れている。でも、「寛」がつけば1700年代以前だと分かるので、台座に「寛」の文字があればテンションが上がるかな。

それにしても、である。
関ヶ原の戦い(1600年)で家康が勝利してから戊辰戦争(1868年)で徳川政権がつぶされるまで、実に268年ある。
戊辰戦争から現在(2021年)までは153年。
寛永と寛政を読み間違えると、それより長い時間を間違えることになる。

太平洋戦争で日本が敗戦(1945年)からはまだたったの76年。
我々が「戦後」と呼んでいる時代は江戸時代の3分の1以下しかないわけだ。
江戸時代って、気が遠くなるほど長かったのだなあ、と、改めて思う。
これも一助になるかな?



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