自殺者が出た相馬市玉野地区の場合2011/06/14 14:36

相馬市玉野地区はグレーの矢印
昨日(6月13日)午後、某大手新聞社の記者さんがわざわざタクシーで川内村の我が家まで来て取材をしていた。
ちょうど飯舘村の話をしていたところに、上司からケータイに電話が入った。
「飯舘村で酪農をやっておられたかたが自殺したそうで、今から急遽取材に向かうことになりました。すみません、ここで」……と、我が家を後にした。
ネットで検索したが、まだニュースにはなっていないらしくて分からなかった。唯一見つけたのが⇒こちらのブログ
これのことだとすると、飯舘村ではなく「飯舘村に隣接した相馬市の玉野地区で酪農を営むKさん(55歳)」ということになる。
一夜明けて、各報道機関が記事を配信し始めていた。やはりこのことだったらしい。

このKさんが置かれていた状況については上記のブログに、報道記事よりずっと詳しく、正確に書かれているのでそちらを参照していただくとして、ここでは、もっと基礎的な情報を補完しておきたい。

まず、この相馬市玉野地区の場所だ。
本ブログでも以前に紹介した「汚染マップ」で示すと、グレーの矢印のところだ(上の図。クリックで拡大)。
飯舘村に隣接、というより、「霊山の東側」と言ったほうが福島県民には分かりやすいだろう。
3月14日の2号機、3号機から出た大量の放射性物質が北西に流れたことにより大汚染があったわけだが、この高濃度被害エリア北端あたりになる。すぐ北には宮城県丸森町があり、そのへんまでかなりの濃度で放射性物質が降下した。
しかし、ここは第一原発30km圏のはるかに外だから、東電の補償仮払金(二人以上の世帯は100万円、単身世帯には75万円)の対象外。計画的避難区域にも指定されていないので、義援金も渡りにくい。
相馬市のサイトを見たところ、義援金の分配方法は、

国の義援金:死亡者、行方不明者ともに一人あたり35万円
     :家屋の全壊・全焼:35万円、半壊・半焼:18万円
県の義援金:1世帯5万円

……とあった。おそらくKさん一家は、最後の県からの義援金5万円しか受け取っていないと思われる。
あまりにも高濃度の汚染をしているため、相馬市では玉野地区で避難を希望していた数世帯には、福島市内に避難先の住宅を用意したようだが、Kさんの場合、妻子はフィリピンに逃げてしまっていたし、一人だけこの地に残って、毎日搾った牛乳を捨てていたというのだから、そうした対応のレベルをはるかに超えた地獄を見ていた。疲弊しきってしまうのは当然だ。

僕がいちばん納得がいかないのは、こうした人たちに東電から一銭も払われていないことだ。
東電が補償金仮払いの基準を決めたのは4月下旬で、対象は第一原発から半径30km圏内の世帯。
単身世帯は75万円、それ以外は一律100万円。
これをめぐっては興味深い話がたくさん出ているが、ほとんどニュースになっていない。
例えば、親・子・孫の3世代10人家族が一世帯を形成していた場合も、子供のいない夫婦一世帯も、同額の100万円というのはどういうことか、という苦情が出る。当然だ。
さらには、10人家族でも、5人の子供が全員独立して別世帯を形成していた場合はその世帯別に100万円だから、10人家族全体に支払われる総額は600万円になる。一緒に住んでいると100万円で別々に暮らしていれば600万円とはどういうことか、という苦情が出る。これまた当然だ。
さらに興味深いのは「30km圏内」をめぐる攻防だ。
田村市の一部では、集落の一部、数世帯だけが30km圏内に入り、残りの世帯は30km圏外になった。被災状況において何が変わっているわけでもないご近所同士が、かたや100万円もらえてかたやもらえないことになるとは何事か、というクレームが出て、30km圏の外にはみ出したエリアが30km圏内の「緊急時避難準備区域」に組み込まれた。
一方、いわき市の一部は30km圏内に含まれているが、いわき市では風評被害対策からか、この30km圏の部分を外してくれと言って、緊急時避難準備区域から外させた。このエリアはそこそこ線量が高いのだが、現在は無指定地域だ。
その結果、現在、「○○区域」という区分けは下の図のようになっている。
(↑クリックで拡大)

赤い矢印部分は「30km圏内に入れてくれ」エリア(田村市の一部)、青い矢印部分は「30km圏から外してくれ」エリア(いわき市の一部)である。
赤い矢印の出っ張ったエリアも、青い矢印の引っ込んだ部分も、東電仮払金の対象になっているし、避難用住宅の用意などもしてもらえているという。
そもそも、福島県内の避難者用住宅、施設などは現在余っている。汚染が軽く、地震被害もなかった無傷の家に戻って生活しながら、ときどき避難用住宅(戸建てや民間アパート、あるいは温泉旅館など)に出向いては別荘代わりに気分転換を図ったり、無料の食事を楽しんだりしている「被災者」もいる。
自宅は「緊急時避難準備区域」にあって避難場所の市街部よりも低線量。家は無傷だから、いつでも帰れる。個別の避難者用住宅も空いている。それなのに、「ここにいれば食費や光熱費がかからないから」という理由で集団避難所から出て行こうとしない人たちもいる。
それに対して、南相馬市や相馬市の西側、汚染がかなりひどいエリアは、仮払金ももらえていないし、避難や引っ越しの援助もほとんどないまま、毎日、高濃度被曝に耐えながら、搾った牛乳を捨てたり、農作物を処分したりといった虚しい作業に追われているのだ。
今回の自殺者は、そうした「無視された高濃度汚染地域」で起きたということを知っておいてほしい。
このエリアが、飯舘村や葛尾村同様、今まで原発の恩恵を受けずに自力で頑張ってきた地域であるということもぜひ覚えておいてほしい。

その後、この記事は削除されていた。おそらく、これ以上、地域がマスコミやネットに引っかき回されることにうんざりしたのだろう。無指定地区にとっては、何の援助もないことに加えて、現状以上の風評被害、メディア報道による興味本位な視線に晒されるストレスなど、二重三重に苦しめられる。ここにこう書いていることもとても心苦しいが、やはり、東電事故の実態を多くの人に知ってもらうことは必要なことだと思うので、悩みながらも書いている。