長野県県立高校入試問題数学の問題はよい問題2012/03/30 16:18

これが元の問題
放射能問題ばかり続いて、このブログも内容的にかなり辛くなってきたので、ここでちょっと頭の体操というか、息抜きの話題をひとつ。
こんな算数?の問題。
問1 「周囲が12cmの丸い蓋があります。この縁のスタート地点Aからアリが毎秒2cmの速さで蓋の周縁をぐるっと回り、10秒後に止まりました。この10秒の間に、出発点から直線距離でいちばん離れた地点(蓋を隔ててちょうど正面の地点)を2回通過しました。2回目に正面地点に来たのは何秒後で、そのとき何cm動いたことになるでしょうか?」

……図にするとこんな感じ↓



簡単ですよね?
円周が12cmで、秒速2cmで動くのだから、1周は6秒。正面の位置(時計の6時地点から見れば12時の位置)に来るのは半分の6cmだから3秒後と9秒後ですね。
では次の問題。

問2 「今のアリの動きをグラフで表すと下図のようになります。y は進んだ距離(cm)、x は経過時間(秒)です。このグラフ上で、アリが2回目に出発点からいちばん離れた地点(正面地点)を通過するときの時間と進んだ道のりを表す点の座標を求めなさい」

こういうことですね↓(赤い点線が2回目に出発点の正面に来るポイントを表している)


中学生になると、算数から数学というものに変わるんですが、多くの場合、数学教師が算数と数学の違い、考え方の違いをきちんと教えないまま、ただ教科書に出てくる例題を解いて見せて、丸暗記させるということをします。その結果、一気に数学嫌いの生徒が増えます。
数学は代数と幾何に大別できますが、代数の考え方というのは、文字通り「数」の代理をさせる言葉を学ぶというか、数学という言語の文法を教えるものだと僕は思っています。
定数とか変数という概念。式の中に数を「代入する」という方法論。
上の問2は、小学生までに習っていた算数とは違う世界にこれから入っていきますよ、という、優しいオリエンテーションのような問題ですね。
中学に行って最初に習った代数が一次関数でした。
y=ax あるいは y=ax+b という式で表せる、斜めに一直線に伸びるグラフと一緒に学んだあれ。
こんな基本的なことさえも、今の僕は忘れていますが、これを書きながら少し思い出してきました。

で、平面の座標というのは、x軸とy軸の二次元で表せる、なんてことも一緒に学びました。
今までは「ここから東の方向に200mくらいのところかなあ」なんていう言い方しかできなかったのを、「この地点をx,y=0 として、北がy,東がx、単位をmとすれば、x=202,y=3の地点」なんて言い方ができるようになる。これも、算数から数学に進んだ証だったわけですね。
この問題はそれを思い出させているような問題。
答えは「9秒後に6mの位置」なので、 x=9,y=6 です。

問3 「上の図で、xが6以上10以下のとき、つまりアリが2周目に入って10秒後に止まるまでの間のy(スタート地点からの道のり)をx(スタートしてからの時間)で表しなさい」


どんどん数学っぽく?なってきました。
アリは毎秒2cmで動いているので、動いた道のり(y cm)と時間(x 秒)は y=2x で表せます。
ただし、円周上を回っていて、y(出発点からの道のり)は元に戻るとゼロリセットするということなので、6秒でゼロに戻されます。だから、2周目に入ったときのy(出発点からの道のり)は、x(時間)から6秒の分を引けばいい。
つまり、xを「x-6」にすれば2周目の式になります。毎秒2cmは変わらないから、xの代わりに(x-6)を入れて y=2(x-6) 。カッコを外すと、y=2x-12 ですね。

……数学をすっかり忘れている僕も、このへんまではなんとなく思い出せました。

問題はさらに続きます。

問4 問1のアリと同時に、同じ場所からテントウムシがアリとは逆方向に毎秒3cmの速さで動き始め、アリと同じように10秒後に止まりました。このとき、テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの「残りの道のり」を y とします。例えば、1秒後には 3cm 進んでいて、残りは 12-3 で 9cm ですから、x=1 のとき、y=9 です。
図で表せばこんな感じですね↓

さて、このとき、テントウムシの1周目、つまりテントウムシがスタートして4秒後までの間の、yとxの関係式を表しなさい。


これも簡単ですね。y はさっきのアリとは違って、出発点からの道のりではなくて、出発点に戻るまでの残りの道のりですから「12-3x」です。y=12-3x をきれいにして、答えは y=-3x+12 
よく覚えていないのですが、確か、y=ax+b という形が一次関数の基本だったような……。だから、これが美しい形で書いた答えでしょう。

問5 「アリとテントウムシは10秒後に止まるまでに4回すれ違います。4回目にすれ違うのは出発して何秒後でしょうか」

小学校でやった(今はやらないのかも?)「旅人算」の一種ですね。
A地点とB地点を互いの出発点に向かって同時に出発した太郎と花子が何秒後にすれ違うか、という問題。ここではさらに凝っていて、太郎も花子も、相手が出発した場所まで行ったらそのまま戻ってくるという往復運動を続ける……と。
円周上を逆方向に回る二人がすれ違うというのは、直線上を行ったり来たりしている二人がすれ違うのと似ています。すれ違う場所はちがってきますが、すれ違う時間ポイントは同じ。
でも、こういうのを算数で考えるととてもやっかいなので、数学(この場合は一次関数)という便利な方法でやれば簡単ですよ……ということを教えている問題ですね、これは。

さて、この問題では、アリもテントウムシも10秒後には止まります。
アリは最初に見たように、1周6秒なので、10秒で1周と3分の2動きます。テントウムシは1周4秒なので、10秒で2周半するわけです。
で、「すれ違う」というのはどういうことかというと、アリにとっての出発点からの道のりと、テントウムシにとっての出発点までの残りの道のりが一致したとき、ということだと気がつきます。
それを気づかせるために、わざわざ1つ前の問題で「テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの残りの道のりを y とします」というのが出てくるではないですか。嬉しいヒントがあったんですね。出題者はとっても親切な人のようです。

テントウムシにとっての「残りの道のり」は、逆方向に進んでいるアリにとっては進んでいる道のりだから、これが一致するときがすれ違うときになります。
これをグラフで表すと、こんな感じになります↓



黒の直線がアリで、緑の線がテントウムシです。これらが交わる点(ピンクの○で囲った点)でアリとテントウムシはすれ違うわけです。
グラフにすると、なるほど、確かに10秒後に両方が止まるまでの間に4回すれ違うことになっています。

文系の僕としては、いきなり4回目を考えるのは怖いので、1回目から順番に見ていきます。
テントウムシが最初に1周するまでにアリとすれ違う時間を考えると、この前の設問で出した y=-3x+12(テントウムシ) と アリの y=2x を並べて、yが一致したときのxが答えになるはずです。
-3x+12=2x だから、5x=12 x=12/5 つまり2.4秒後に最初にすれ違う……と。
次は2回目。
グラフを見ても分かるように、テントウムシの2回目の出発点は4秒後で、そこから最初と同じ下降線を描きます。この線をy軸まで伸ばしていくと12の2倍の24のところで交わるはずですから(上の三角形が相似形なので)、式を書くなら、
 y=-3x+24 でしょうか。
これと1回目のy=2x(アリ)をイコールで結ぶと、2x=-3x+24 5x=24 x=24/5 で、4.8秒後だ~、っと。
 次、3回目。
 テントウムシはまだ2周目の途中で、今の y=-3x+24 のまま。しかし、アリは1周終えてゼロリセットされています。最初の設問で問われた6秒後から10秒で止まるまでのアリの式は y=2x-12 でした。これをイコールで結ぶから、-3x+24=2x-12 ⇒ 36=5x ⇒ x=36/5 で、7.2秒後です。
 いよいよ4回目。
 テントウムシは3周目に入っています。y=-3x+36 ですね。アリは変わらず2周目です。y=2x-12。これをイコールで結んで、2x-12=-3x+36 ⇒ 5x=48 ⇒ x=48/5 で、9.6秒後。

……ほんとかしらと、グラフと照合してみると、大体全部合っていそうです。多分、合っているだろう……というのが文系人間の僕が精一杯考えた解答であります。

問6 「アリが出発してから7秒後にテントウムシとすれ違うためには、テントウムシは秒速何cmで動けばいいですか」

テントウムシが秒速3秒で動いたとき、7.2秒後に3回目のすれ違いをすることはすでに計算済みです。これを7秒後に修正すればよさそうですから、やはり3回目のすれ違いでしょう。
すれ違い3回目の式は、アリは y=2x-12 でした。テントウムシは y=-3x+24 でした。
この 「3x」の 3(毎秒3cmの3)をa(毎秒a cm)にして、x(経過時間)が7(秒)になるときのa(秒速)を出せばいいわけです。
そのように代入すると、14-12=-7a+24 ⇒ -7a=-22 a=22/7  小数にすると、3.1428571428571428571428571428571 ……ほぼ円周率に同じ。
おお~、ちょっとお洒落な答えですね。

……以上が、今年長野県の県立高校入試数学で出題された問題の一部を、言い方を変えて表したものです。
元の問題は冒頭の図のようになっていますが、よく読むと、この問題は円柱など必要なく、また「平行になる」は、「この円柱を真上から見たときに2点が重なる、一致するということと同じ」であることはすぐに分かります。
円柱も平行も一種の「引っかけ」というか、数学的な表現に変換されているだけで、基本は時計算とか旅人算。つまり、「数学的な表現」を読み解けば、ここに書いたような小学生の算数の問題になるわけです。
算数で解こうとすれば難しいのですが、数学の基礎をちゃんと学び取っていれば、誰でも解ける問題です。(問題量が多すぎてじっくり解いている時間がない、というような批判は別。全体の問題量が適切かまでは見ていません。あくまでもこの問題が難しすぎるのかどうかということだけを考察しています)

簡単に言える内容なのに、わざわざ円柱だの平行だのという言い方に変えているのは難問奇問を作為的に作っていてけしからん、という批判が出るかもしれません。しかし、それは「数学的表現とはどういうものか」という基本的なことを学んでいるかどうかを見るにはとてもいい方法です。
例えば、将来、何かの装置を作るとき、このような円筒状の両端で逆方向に違う速度で回るベアリングとか歯車とかの設計をすることがあるかもしれません。そのとき、計算上、円柱を考える必要はないのだ、と分かるかどうかというのはものすごく基本的なことで、技術者や設計者に問われる基礎力です。
そんなことも気がつかないような頭の人に、重要な装置や機械を設計し、運用させることはできません。

ここで話を放射能事故に戻します。

東電や保安院の記者会見を見ていて、多くの人は「この人たちって、難しい入試を突破して、偏差値の高い大学に入って、優秀な成績で卒業してこの仕事に就いたんでしょうに、なんでこんなにバカなのかしら」と不思議に思ったに違いありません。
昨日、たまたまフェイスブックで「長野県の県立高校入試問題における数学の問題が超難問で、受験生が泣いている」という話題を見つけたのですが、すでにネット上では、教科書に載っていないようなこんな難問を出すべきではないという論がたくさん書き込まれているようです
あげくは、 //県教組では、現行の学習指導要領を逸脱していると判断し、15日になって県教委に抗議し、外部評価を行うよう申し入れた// なんて記事まで出てきました。

バッカじゃなかろか。

そんなとんでもない問題ではないことは、ここに説明したとおり。むしろこれは、 y=ax+b という一次関数の基本さえ理解していれば誰でも解ける「いい問題」なのです。しかも、「数学的表現」を一般的な意味合いに読み替えて直観的に把握する能力も問われています。
この問題を評して「数学の問題というよりは国語の問題」と言っている人がいましたが、ある意味そうかもしれません。
つまり、数学とはどういう学問なのか、その「精神」を知らせることが本当の教育ではないのか、というテーマを表現しているのですね。
数学って、一見難しいように思えても、噛み砕いて考えればどうということのないことも多いんだよ。しかも、一度数式を作ってしまうと後はあてはめるだけで簡単に答えが出てくるから便利なんだよ、ということを教えている。
しっかりした教育哲学を持った人が作った問題だと思います。
数学が苦手な生徒でも、頭を使えば必ず解けるということがすごく重要です。その意味において、この問題はとてもいい問題なのです。

ちなみに僕は高校生ですでに数学を捨ててしまい、大学は数学が入試科目にない私立文系のみを受けました。
実は、この問題を解いているときも、y=ax+b なんて忘れていたし、このaがマイナスになるとグラフが右下がりのグラフになるという超基本的なことさえすっかり忘れていました。問題を解きながら、そういえばそんなことを教わっていた気がするなあ……という程度の記憶がゆるやかに甦ってきてちょっと嬉しくなったりもしました。理系の人からはバカにされそうですが、ほんとにそれほどひどい落ちこぼれなのです。
そんな僕でさえ、考えれば解けるのですから、ましてや現役で数学を学んでいた中学生が解けないはずはありません。

教科書の例題を丸暗記して定期試験で点を取るタイプの生徒、定期試験の点を取る要領だけを身につけた生徒は面食らうかもしれません。しかし、そういう生徒、「想定内の問題だけ勉強すればいい」という根性の生徒が点を取れるようなパターン化した試験問題こそ、官僚バカ、学者バカ、バカ政治家たちを量産する、悪い試験問題といえるでしょう。
頭の使い方を鍛えないで、「想定外でした」なんていう嘘を平気でつくような図太さだけは身につける。日本の将来を背負う子供たちが、そんな大人に育っていくのではたまったものではありません。

この問題を見て、考える前に泣き出すだとか、この後の科目を投げちゃうなんていうのは、数学以前に、人間の芯の強さとか、根性とかが足りないわけで、それもまた問題だと思います。
入試を楽しむくらいの力量、余裕を持ってくれよ。これから先の人生、いっぱい大変なことがあるんだから、この程度のことでめげてたらやっていけないよ、と言いたいのです。

……あ~、何十年ぶりかで数学のエッセンスを楽しませてもらった気分です。この問題の作者に感謝!

もしかして、この問題の作者は、ヤマゲン先生みたいな人かもしれないなあ。

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