中古住宅物件の選び方(1) 立地面での注意点2021/01/18 11:19

豊かな自然環境の中に住めると思ったら……

地方移住のススメ(5)

さて、ここまで地方移住の考え方として、地域選びや災害危険度についてまとめてみましたが、いよいよ個別の中古住宅物件の選び方について、私の経験をまとめてみます。
よくある「こんな物件は買ってはいけない」編ですが、すべてに満足のいく物件がビンボー人に購入可能な価格で見つかることはまずないので、多少の欠点にどう対処するかについても触れていきます。

車を使えない人は地方移住は無理なのか?

 都市部やその近郊での住まい選びでは、交通の便という要素が非常に重視されますし、不動産価格にも直接跳ね返ってきます。
 駅まで徒歩圏なのか、バスを使わなければならないのか、バス便は多いのか……といったことですが、田舎物件では、まず、電車やバスという交通手段をほぼ諦めなければならないような物件も多数あります。
 となると、車を使えない(免許を持っていない、高齢で運転が不安といった)人は田舎暮らしはハナから諦めなければいけないのでしょうか?
 ある意味そうとも言えるのですが、ここで少し考え方を変えてみましょう。
 田舎といっても、タクシーを呼べるくらいの場所であれば、車を持たない生活も不可能ではありません
 例として、地方都市郊外で、最寄り駅、あるいは大型スーパーや病院まで2.5kmほどの場所を考えてみます。
 2.5kmというのは、健脚なら徒歩30分くらいですから、歩けないとは言いきれません。しかし、雨の日も風の日も雪の日もあります。歳を取って足腰が弱ってくれば、2.5km歩くのはかなりの重労働ですし、ましてや荷物を持っていたら……。
 しかし、駅前にタクシーが常駐していて、家からでも呼べばタクシーがすぐに来てくれるような環境であれば話は別です。
 タクシー料金は地域によって違いますが、例えば栃木県では、普通車は全域で、
  • 距離制運賃 初乗運賃 1100mまで500円
  • 加算運賃 以後271mごとに100円
  • 時間距離併用制運賃※ 1分40秒ごとに100円加算
 です(2020年12月25日改定)。
 ※時間距離併用制運賃:時速10km以下になると時間を距離に換算する方式が併用される。

 神奈川県の小田原・泉地区では、
  • 距離制運賃 初乗運賃 1800mまで780円
  • 加算運賃 以後243mごとに90円
  • 時間距離併用制運賃※ 1分30秒ごとに90円加算
です。

 群馬県A地区(太田市、館林市、桐生市、みどり市など)では、
  • 距離制運賃 初乗運賃 1452mまで600円
  • 加算運賃 以後274mごとに90円
  • 時間距離併用制運賃※ 1分40秒ごとに90円加算
です。

 家から駅やスーパーなどまでの2.5kmをこれにあてはめると、栃木県(例えば宇都宮市)の場合、初乗りの1.1kmを超えて残り1.4kmを271mで割ると5.17なので、およそ6UPとなり、500円+100円×6で1100円となります。
 小田原市では1050円、群馬県A地区(例えば太田市)では、960円です。
 この中でいちばん高い宇都宮市の場合でも、往復で2200円。ひと月に5回利用すると、年間で60回。2200円×60回=13万2000円です。
 太田市だと往復で1920円。ひと月に5回利用すると年間で11万5200円です。
 これを高いと考えるか安いと考えるか……。
 自家用車を所有すると、まったく使わなくても、自動車税、重量税などの税金、車検代、保険料……と、維持費だけで年間20万円は下りません。これに燃料代や修理代、タイヤなどの消耗品代などが加わります。
 車を運転すれば事故を起こす危険性がありますし、間違って人を傷つけたりしたら大変なことになります。
 タクシーを月に5回使って駅やスーパーまで往復するのに年間十数万円は安いのではないでしょうか。

 地方のスーパーマーケットやショッピングモール、ホームセンターなどには、入口にタクシーの案内表示があります。これは、タクシーで買い物をしている人たちが相当数いることを示しています。都会人はこうした発想の転換がなかなかできませんが、一度実践してみれば「なんでもっと早く気づかなかったのだろう」と思うかもしれません。

道路と玄関の位置関係

 玄関前に車が直接つけられない家というのがあります。車が入れる道から少し歩かないといけないような立地です。
 また、家の前に道路があっても、そこから玄関まで階段になっている家もあります。これらは田舎物件ではそれほど多くはないのですが、リゾート物件などにはよくあります。
 さて、ここで問題です。
  1.  物件Aは、車が入っていける道路の終点から十数mほど緩い坂道を歩かなければなりませんが、家自体は平坦な土地にある庭も広い平屋。
  2.  物件Bは、車が横付けできる道に面していて、立派な地下車庫(大型車が3台も余裕で入る電動シャッター付き)がありますが、家の玄関まではかなり急な階段がおよそ20段。
  3.  物件Cは、車が直接つけられる道に面していますが、斜面に建っており、玄関が二階でメインの生活空間であるLDKは一階(玄関から屋内階段を降りる)。庭はさらにその下。
 あなたならこの3つの物件のどれがいちばん住みやすいと思いますか?

物件A:十数メートル緩やかな坂道を歩くが、平坦地の平屋で庭も余裕がある


物件B:立派な電動シャッター付き地下車庫があるが、玄関までは階段


物件C:車はつけられるが、玄関が2階で斜面に建つ
※コンプラ上、上記画像B、Cは実際の物件とは違う外観に加工してあります。

 どれも欠点を抱えていますが、まず、前述の「タクシー生活」をするなら物件Aがお勧めです。
 車が直接つけられないのが決定的な弱点のように思えますが、これはタクシー生活にはほとんど関係ありません。
 アプローチはそれほど長くはなく傾斜も緩やかですし、大きな荷物を運び込むのもさほど問題ありません。配送業者や引っ越し業者のプロにとって、こうした場所よりずっと嫌なケースが都市部にはたくさんあります(マンションなど)。
 平坦な土地に建つ平屋なので、災害時にも安全ですし、大工さんなどの職人さんが入ったときの作業スペースも十分です。
 緊急時にも、消防車や救急車はすぐそばまで入れるので問題ありません。
 しかし、言うまでもなく、すでに車を使っている生活や、自家用車が必須の生活スタイルを考えている場合は対象外です。

 物件Bは、一見立派な豪邸ですが、玄関までの急な階段が最大の問題です。車から荷物を運び込むのも大変ですし、足腰が弱った老人や病人、怪我人はひとりでは無理です。
 雪が降ったり凍結したりしたときの危険度も高いので、事故の可能性もあります。
 建物は1階と2階に25畳くらいの広い部屋があり、大変立派なのですが、夫婦二人暮らしなどでは広すぎてもてあますでしょうし、冬季の暖房も大変です。
 しかし、若い人が広い部屋を生かす生活スタイル(アトリエにするとか教室にするとかスタジオにするなど)を考えた場合、これだけの広さの物件が1000万円以下なら魅力的です。

 物件Cはリゾート分譲地などによくある「斜面物件」です。車は玄関横のカースペースにつけられるのですが、玄関が2階で、主たる居住空間が階段を下りた場所にあるため、なんとなくモグラ生活のような雰囲気があります。慣れれば問題ないのですが、階段を必ず上り下りしないといけないので、歳を取って足腰が弱ったときや、大きな荷物の運び入れ、運び出しには苦労します。また、斜面なので、地震に襲われたときの土砂崩れや地盤の沈下なども心配です。
 このタイプの物件は、一階のさらに下側斜面にも土地所有分が伸びている場合が多いのですが、この部分は斜面なので庭としてもほとんど利用できず、役に立ちません。ただ草が生えるままになり、管理が面倒なだけになりがちです。
 しかし、子供のいる若い家族などであれば、こういう立地のために価格が安くなっていることが魅力でしょう。室内階段も、運動になると考えれば悪い面ばかりでもありません。終の棲家ではなくても、人生のうちのいちばん充実しそうな30代~50代あたりを過ごす家として、安く手に入るなら悪くないかもしれません。

 このように、欠点を持つ物件は、その欠点を包み込める生活ができるかどうかで魅力度が変わります
 なんらかの欠点がある物件は、高い価格をつけても売れないために、相場より相当安く売られていることが多いです。ビンボー生活者にとって「安い」ということは大変重要なことなので、無視できません。
 しかし、いくら安くても、前項で説明したように、河川のそばや崖下、崖上の物件は避けましょう。

設備面でのチェック

 生活に欠かせないライフラインは、個人の力ではどうにもできないものもあります。都会生活しか経験していない人は見落としがちですので注意してください。
 自治体が運営している公営水道が引かれていればそれほど問題ないとは思いますが、水源の健全性は重要な問題です。公営水道だから安心とは言いきれません。現代は、自然災害だけではなく、人災や犯罪によっても水源の健全性が損なわれることが増えています。ゴミの不法投棄や、塩谷町のように、国の政策によって、ある日突然、水源地が放射性ゴミを含んだ処分場予定地にされるという青天の霹靂のような事態も起きます。
栃木県塩谷町は原発爆発で出た放射性ゴミの処分場建設地として狙われ、町全体が騒然となった。時間と共に、誘致によって金が入りそうな地元の業者と、環境を死守したい住民が対立して、住民間の関係がズタズタに引き裂かれるという悲劇も起きる。
 水道には、地域の管理組合や集落の自治会が管理している私設水道に近いようなものもあります。その場合の運営費負担額や管理状態はチェックしておかなければなりません。中には「水道」と名がついていても、水源がたまに涸れてしまうとか、大雨の後では水が濁ることがあるといったものもあります。
 水道が引かれていない場合は、井戸か沢水利用しかありませんが、これは田舎ではごく普通のことです。私が7年暮らしていた福島県の川内村は、東京都千代田区の17倍の面積を持つ村でしたが、村に一切水道がない村でした。学校や役場も井戸水で、村の中心部でも水は井戸を掘るしかありません。
 井戸がすでにある物件でも、それが浅井戸なのか深井戸なのか、自噴するほど水量・水圧がある井戸なのか、ポンプで組み上げないといけない井戸なのかなど、井戸の品質を確認しなければなりません。もちろん井戸水の水質も大切で、中には飲料に適さない水しか出ない井戸もあります。
 私が購入した家は、不動産屋の説明では深井戸とのことでしたが、実際には浅井戸で、しかも水源がほぼ沢水であることが分かったので、後から業者に依頼して別途深井戸を掘ることになりました。しかし、掘削業者は「ここなら間違いなく出る」と言っていたのに、50m以上掘っても出ず、2本目でようやくなんとかなる程度の水が出るという、ひやひやの挑戦でした。岩盤地盤だったために掘り進むのが大変で、日数はひと月、費用は軽く100万円以上かかりました。
 なんとか水が出たからいいものの、出なければ100万円以上が無駄になるところでした。
場所を変えて2本目を掘っているところ(2008年12月)
 ポンプで吸い上げないといけない井戸では、停電になったりポンプが壊れたりすると水が使えないことも覚えておいてください。寒冷地では井戸ポンプが凍結で壊れることはよくあります。
 しかし、良質の地下水が豊富に出る井戸があることは大変贅沢なことで、1年中美味しい水がただで飲めますし、災害時にも最低限のライフラインとなります。
排水
 田舎物件では、本下水がついていない物件は普通にあります。その場合は浄化槽と簡易下水が普通ですが、浄化槽には合併浄化槽(トイレも生活排水も一緒に浄化)と単独浄化槽(トイレのみの浄化槽)があり、現在は多くの自治体で単独浄化槽は基本的に新規設置を認めていません。生活排水が浄化されずに垂れ流しになるからです。
 単独浄化槽であっても、合成洗剤やシャンプーリンスを使わない(石鹸や重層だけ使う)、台所排水に油を一切流さない(吸い取るか拭き取ってゴミとして処理する)生活であれば問題は起きませんが、そうでない場合は生活排水で下水が汚染されることになり、周辺住民とのトラブルのもとにもなります。
 本下水が来ていれば問題ないかというと、そう簡単ではなく、大地震などで下水が壊滅的に破壊されたときなどは、復旧ができず、大問題になります。
 私が12年二地域居住をしていた新潟県の川口町では、山奥の限界集落に水道、都市ガス、本下水があるという信じられない環境でしたが、皮肉なことにこれが仇となり、震災後は道路が簡単に復旧できなくなりました。町は住民に「ガスや本下水を放棄するならすぐに道路復旧に取りかかれるが、そうでなければすぐには無理だ」と告げ、住民はすぐにガスと下水の放棄を選びました。その後、住民は「元の土地を諦め、もう住まないと約束するなら、代替地を斡旋する」という条件をのみ、集落は完全消滅しました。中には新築したばかりで、地震にも耐えた家もあったのに、そこに住めなくなってしまったのです。
 普通の田舎の集落のように、プロパンガス、浄化槽排水、井戸水なら、建物を直せば生活が続けられたので、状況は全然違っていたでしょう。  本下水、都市ガスというのは、災害には弱いライフラインなのです。
中越地震で本下水のマンホールが浮き上がった道路。ガス管や下水管の再埋設には金も時間もかかるため、道路復旧を急ぐためには下水を諦めるしかなかった。

ガス
 田舎物件では都市ガスが引かれていることは稀で、プロパンガスがあたりまえです。
 プロパンガス自体は災害時にも止まることがないですし、火力も強いのでいいのですが、プロパンガス業者がしっかりしていないとガス切れになったり、後継者がいなくて店が廃業したりということがあります。
 また、都市ガスと違って、プロパンガスは同一地域でも業者によって販売価格が違います。また、同じ業者でも顧客別に価格を違えていることもあります。古くからの顧客や飲食店などには安く販売し、別荘の住民には高く販売するということは珍しくないので、そのへんも事前にしっかり調べておく必要があります。
 どうしてもガスが使えない場合、炊事は電気で、お湯は灯油のボイラーでという方法もありえますが、田舎暮らしで火を使わない生活というのも味気ないですし、災害時、停電時にはどうにもなりません。
通信
 田舎では、特に山間部でなくともテレビの地上波が入らない地域というのはよくあります。しかし、インターネット高速回線が引けるのであれば、テレビはひかりテレビなどを利用すればいいので大きな問題ではありません。
 ケータイの電波も、届いたほうがいいに決まっていますが、届かなくてもネットの高速回線があれば家庭内Wi-Fiで家にいるときはケータイが使えます。
 つまり、何よりも、ネットの高速回線(光回線)が引けないというのは大問題です。
 元より、田舎ほどネットを使いこなす生活は必須といえますが、これからのウィズコロナ時代ではますます重要です。
電気
 ほとんどの場合、電気は心配ないでしょう。よほどの山の中でも、電力会社はしっかり電線を引いてくれますし、現代で電気が来ていない家が売りに出されているということはまずありませんから。(もっとも、川内村で暮らしていたときは、電気が来ていない獏原人村で暮らす友人や、わざと電気を引かないという友人もいましたが)
 ただ、電線が切れやすい場所とか、そうした事故が起きたときにすぐに修理に駆けつけてもらえなさそうな場所というのはあります。また、家にどのような形で電線が引き込まれているかもチェックしましょう。引き込み線が道路を横切っている場合、大型車が引っ掛けたり、木の枝がかかりやすかったりしていないか、という点です。
進入路
 道路と家との位置関係などについては最初に解説したとおりですが、家までの進入路が公道なのか私道なのか、私道の場合は他人の土地になっていないか、他人の土地になっている場合、共益権などの通行権利が保証されているかといったことが重要です。
 また、道が細くなっていたり、急なカーブがあったり、橋やトンネルがあったり、道の上を大木の大枝が横切っているような場合、大型トラックが通れるかも重要です。引っ越し業者や配送業者が入って来れないようだと、大変な苦労をします。

迷惑施設建設地として狙われる可能性
 現代では、ある日突然襲ってくる災害は自然災害だけではありません。自然環境の素晴らしい田舎ほど、大型風力発電施設、廃棄物処分場、メガソーラーといった迷惑施設、環境破壊施設の建設地として狙われやすいのです。
伊豆の大瀬漁港から見た風景。大型風車のせいで風景が一変。(2010年1月)

↑2000kw級の大型風車のブレード(羽根)。今は3000kw級以上にさらに大型化している。(2010年6月。川内村にて


静かな環境を求めて都会から引っ越して来たのに、風力発電のおかげで人生がすっかり狂ってしまった……と嘆く男性。妻は大型風車からの低周波健康被害で身体を壊し、別居しながらの病院通い生活になってしまった(2010年1月。南伊豆にて


奈良県の例。大量のソーラーパネルを山を伐採して急斜面にいい加減に設置。下の集落の生活は、土砂崩れの危険度が一気に上がっただけでなく、水質汚染、田畑への泥水流入、そして何よりストレス増大による健康被害が深刻。

住宅地の空き地に設置されたソーラーパネル。小規模であってもこんな風にシートで覆われてしまうと下の土は死ぬ。今まで熱を吸っていた緑地が消えて、逆にその面積分が熱を持つので、隣接する住宅の環境も変わる。設置面積が大規模だとシートで被うこともできず、草ぼうぼうになると除草剤を撒いたりするので、水質汚染や薬剤吸引による健康被害も心配。いずれにしてもこういうものが隣地などに設置されると住環境が破壊される。また、天候次第で急に発電したり止まったりするので、周囲の電力線の電圧状態が不安定になり、精密機器が狂ったり、瞬間停電を起こしたりすることもある。

 田舎の自然環境やのんびりした雰囲気に惹かれて移住してきたのに、その直後にこうした悲劇に襲われるケースを私はたくさん見てきました。何より、私自身がそうです。川内村から日光に移った最大の理由は、原発爆発よりも大型風力発電施設建設による周囲の山の破壊でした。
 これはなかなか予測がつかないのでやっかいですが、引き起こされる被害(特にストレスによる精神的な被害)は大変なものです。
 不愉快なことですが、田舎暮らしにはこうしたリスクもあるということは覚えておいてください。

 これら様々な立地環境をまずは調べた上で、次に建物のチェックとなるわけですが、それは次の項に分けます。


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移住先の災害時危険度を考える2021/01/14 16:18

地方移住のススメ(4)

都市部から地方へ移住する理由の一つとして、災害に遭う確率を減らしたいから、というものがあります。
大都市に住んでいるだけで、大地震などが起きたときに命を落としたり財産を一瞬のうちに失う確率は上がります。
しかし、どれだけの人がその危険度を冷静に計算できているでしょうか?
ここでは、真の災害危険度を、大きなものから小さなものまで含めて、冷徹に考えていきます。

都市部の災害危険度が高いのは明白

 最初に指摘したいのは、都市部で暮らすことの危険性が年々上昇しているという点です。
 国は、今後30年の間に、関東から九州の広い範囲で強い揺れと高い津波が発生するとされる南海トラフ地震と、首都中枢機能への影響が懸念される首都直下地震が70%の確率で発生すると予測しています(内閣府「防災情報のページ」)。
 この数字を冷静に見つめ直してみてください。東京、名古屋、大阪などの大都市圏で大規模地震が発生した場合、「仕事が」とか「学校が」とか言っていられません。人口密集地帯でライフラインが破綻すれば、間違いなく地獄絵になるでしょう。
 これからの時代、いちばんの安全要素は「空間の広さ」です。人口密度が低いこと。住居の周囲や建物の生活空間にゆとりがあること。電気や水道が止まってもなんとかしばらくは生き延びられる環境こそが最大の「保険」です。
 それは都市部では望めません。どんなにお金を持っていても、コンビニで食べ物や水を買うこともできません。豪華なタワーマンションの部屋も、一瞬にして空中牢獄のような場所になりえます。
 命を落とすことがなかったとしても、職場も、学校も、商業施設も、長期間にわたり使えません。
 そうした危険の度合いが、空間にゆとりがある地方の生活では、ぐっと低くなります。
 もちろん、目下問題になっている新型コロナウイルスなどの感染症へのリスクも、人口密度の低い地域ほど感染の確率が下がることは言うまでもありません。

自然災害に遭う確率と生き延びる確率

 中越地震で家を失った経験からは、多くのことを学びました。
 まず、地震災害については予測が不可能だ、ということです。
 前述のように、国は南海トラフと首都直下型地震が今後30年の間に70%(!)の確率で発生すると警告しているわけですが、ここ数十年に起きた大きな地震を思い起こしてみると、ほぼ「想定外」の場所で起きています。
 中越地震は2004年10月23日に起きました。最大M(マグニチュード)6.8、最大震度7という規模の地震が連続して起きたのですが、これは日本で計測震度計が震度 7を観測した初めての地震でした。
 私の家があった川口町の地震計は2,516ガルを記録しましたが、これは当時、世界最高の数値(世界新記録)です。そういう激烈な揺れが襲ったのですから、震源地ドンピシャにあった我が家が潰れるのも当然です。
↑地震で滅茶苦茶になった我が家。2004年11月5日撮影)
中越地震で家を失った記録は⇒こちら
 この地震による死者は68人でした。
 68人?
 こう言うと怒られるかもしれませんが、地震の規模に比べて奇跡のように少ないと思いませんか?
 ここで、平成に起きた大きな地震を振り返ってみましょう。
阪神・淡路大震災
   平成7(1995)年1月17日。震源:淡路島北部。震度7(当時は計測震度計の適用外。後の現地検証で震度7とされた)、M7.3
   死者・行方不明者:6,437人

鳥取県西部地震
   平成12(2000)年10月6日。震源:鳥取県西部。震度6強、M7.3
   死者:0人

新潟県中越地震
   平成16(2004)年10月23日。震源:新潟県中越地方(川口町など数か所)。震度7、M6.8
   死者:68人

新潟県中越沖地震
   平成19(2007)年7月16日。震源:新潟県中越地方沖。震度6強、M6.8
   死者:15人(直接死11人、災害関連死4人)

岩手・宮城内陸地震
   平成20(2008)年6月14日。震源:岩手県内陸南部(仙台市の北約90km)。震度6強、M7.2
   死者・行方不明者:23人(内、宮城県内が18人。岩手・秋田軒が各2人、福島県が1人)

東日本大震災
   平成23(2011)年3月11日。震源:三陸沖。震度7、M9.0
   死者・行方不明者:18,428人(内、宮城県内が10,760人。死因の9割は津波による溺死)

熊本地震
   平成28(2016)年4月14日。震源:熊本地方。震度7、M6.5
   死者:273人(内、関連死が218人)

 ……これを見て分かることは、大地震における危険度=震度ではない、ということです。
 阪神・淡路大震災における死者数が多いのは、いうまでもなく神戸という大都市が被災したからです。都市部が大地震に襲われれば、火災に巻き込まれる可能性が高まりますし、建物が密集しているので逃げ場もありません。
 過疎地であれば、大地震に襲われても、命を落とす確率は都市部に比べればはるかに低いのです。
 首都直下型地震が発生したときの東京の被害は想像したくありません。南海トラフ地震でも、大阪や名古屋などの大都市での被害が大きいことは容易に想像できます。
土砂災害・水害
 東日本大震災での死者の多くは、津波に呑まれての水死です。
 津波に呑まれるという危険性は、言うまでもなく海岸に近い場所にあるわけですが、東日本大震災クラスの大規模地震で津波が発生した場合は、海岸からかなり遠くても、海抜が低い場所では水没してしまう可能性があります。
 水に飲まれて死ぬ危険性は、津波だけでなく、台風や大雨による河川氾濫でも引き起こされます。
 近年は「100年に1度の」異常気象災害という言い方が毎年のようにされています。
 大雨では、川の氾濫だけでなく、土砂崩れによって生き埋めになるという危険もあります。
 これらの危険度は地域というよりは「地勢」に関係します。端的に言えば、海岸や川、崖や斜面に近い場所は潜在的に危険なのです。
 津波や高潮の被害は海岸からの距離はもちろん、海抜で危険度がはっきり分かります。海抜50m以上ある土地で津波被害を受けることはまずありません。
 しかし、川の氾濫は海抜とは関係がありません。普段は穏やかに見える河川があふれる事態は、その土地に長く住んでいる人でもなかなか想像できません。
 また、都市部では、川がすぐそばになくても、下水があふれて浸水する被害もあります。
 2019年10月の台風19号で、川崎・武蔵小杉の47階建てタワーマンションが浸水し、全棟停電になった事例は記憶に新しいところです。643世帯、1500人以上の住民が、長期間、電気も水道もエレベーターも長期間使えず、陸の孤島状態に置かれました。
 私が住む日光市では、2015年9月の集中豪雨被害で、我が家の周囲でも川があふれて家が水没したり道路や橋が流されて通行不能になる被害が出ました。
 このときの雨は確かに凄まじかったのですが、我が家は丘の上にあるので無事でした。下を流れる川が氾濫して道路のアスファルトが剥がされ、田圃の中にまで運ばれた凄まじい光景を見たのは何日も後になってからです。
 今の家を選ぶとき、川との位置関係などまったく考慮に入れていなかったのですが、非常に重要なことなのだと痛感させられました。
我が家の近所の川も豪雨で決壊し、川沿いの道はその後1年近く不通状態だった↑
↓氾濫した水が道路のアスファルト舗装を深くえぐり取り、道の反対側の田圃の中にまで運んだ凄まじい光景(2015年9月)

 異常気象という言葉があまりにも陳腐になってしまった近年、この程度の災害はいつどこで起きてもおかしくありません。
 移住先の物件を選ぶときには、最低限、海岸、川、斜面からは離れている物件を選びましょう。また、いざというときの避難路が十分広く、周囲に建物が密集していない立地を優先させてください。


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田舎暮らし初心者が陥りやすい失敗2021/01/14 16:15

地方移住のススメ(3)

私が田舎物件を探し始めたのは30代からですが、この30年で大きな災害に2度遭遇し、その度に新たな物件探しをして移住したので、実際に現地に足を運んで見て回った田舎物件は100物件はあるでしょう。データを見て検討した数を入れれば1000件近いかもしれません。
また、実際に都会から田舎に移住して暮らしている人たちとも数多く交流してきましたので、都会人が田舎暮らしに抱く幻想や、その幻想・錯覚から生まれる失敗もいろいろ知っているつもりです。
ここでは、そんな私が知っている「田舎暮らしの失敗例」や「田舎不動産物件探しの注意点」をまとめてみます。

土地だけの物件はどんなに魅力的でも諦める

 最近、コロナ禍で観光地などに遊びに行くことが難しくなり、都会の人たちが自分専用の遊び場として「山」を買って「Myキャンプ場」を持つことが流行っている、などとテレビで報道されているのを何度か見ました。
 「山を買った人たち」が楽しそうにキャンプしたり、バンガローもどきのようなものを作って「ここに住めるようにします」なんて言っている絵作りをして、「こんな生き方も夢があっていいですね」なんてナレーションをかぶせるわけですが、少しでも田舎暮らしを経験した人が見れば「だみだこりゃ~」です。
 そもそもよく聞くと、買ったのは「山」丸ごとではなく、山の中の狭い土地で、周囲は他人の土地だったりします。そのうちに隣接する土地の所有者や現地の住民たちとトラブルを起こすんじゃないかなと心配します。「そこはうちの村の里山だ。何を勝手なことしている」などと怒られないといいのですが。
「この土地、300坪で150万円でした。この車より安かったです」なんて自慢している人を見ると「バカじゃないの」と同情してしまいます。ただの山の中の300坪なんて、ほとんど値段がつくようなものではないのです。
 すぐに飽きて、あるいは虫に刺され、ヒルに血を吸われ、猪や鹿に荒らされているうちに飽きてしまい、放置することになるでしょう。
 150万円あるなら、10万円かけた贅沢な国内旅行を15回楽しんだほうがずっといい思い出になります。

 ……と嘲笑している私自身、かつては「山を買う」ことを真剣に考えた時期があります。
 越後の280万円の家を買う前、宮城県の丸森町にある山一つを見に行ったことがあります。確か価格は1200万円くらいでした。払える金額ではなかったのですが、ローンを組んででも手に入れる価値があるかもしれないと思ったのです。
 その山は7町歩くらいあったでしょうか。どこからどこまでというのもよく分からないような代物で、本当に「ただの山」でした。広葉樹が茂る自然は魅力でしたが、まず、家を建てられそうな平坦地に入るまでの道がない。短い距離ですが、自分で道を造らなければなりません。当然、電気も水道も来ていません。電気は引いてもらえるでしょうが、水は井戸を掘らなければなりません。どちらも百万円単位の費用がかかります。
 それだけの土台作りをして、さらにゼロから建物を建てるとなると、たちまち数千万円の費用がかかります。当然、そんな金はないので、即、諦めました。

 ビンボー人にとって、買ってもいい田舎物件の第一条件は、すでにすぐに住める家が建っていること、です。

 土地だけの物件は、いくら安くても、そこに新たに家を建てるだけで千万円単位の金がかかります。田舎のほうが人件費は安いですが、資材などは都会に家を建てるのとあまり変わりません。下手すれば、資材運搬が困難で、想定外の輸送代がかかるかもしれません。
 電気はよほどの僻地でなければ電力会社が引いてくれますが、ブロードバンド回線が引けなければネットを使えず、これからの時代は生きていけません。田舎暮らしほど、ネット環境は必須なのです。
 水も自分でなんとかしなければいけません。井戸を掘るとなれば、それだけで100万円超は覚悟しなければなりませんし、掘っても水が出るかどうかは分かりません。博打です。
 ガスはプロパンガスを使えるでしょうが、プロパンガス業者がボンベを運んできてくれないような場所なら、灯油などの燃料は自分で運ばなければなりません。
 建物が建っていない土地というのは、どんなに魅力的な自然環境であっても、そこにこれから住むことは極めて難しいのです。
 もちろん、大富豪でいくらでもお金をつぎ込めるのであればすべて解決しますが、ビンボー人には「土地だけの物件」は諦めるしかないのです。
田舎物件は3種類ある
 では、すぐに住める家(もちろん中古)のついた物件ならいいかというと、そう簡単ではありません。
 田舎の中古住宅物件は、大きく分けて3種類あります。どの種類なのかによって、そこで暮らすスタイルが違ってくるのです。  その3種類とは、
  1.  古くからある集落にある空き家
  2.  バブル期にできたリゾート物件の空き家
  3.  田舎に新たに造成された新興住宅地の空き家
 の3種類です。
 田舎物件初心者は、この3種類の違いをしっかり認識することから始めなければいけません。

 まず1の「古くからある集落にある空き家」というのは、農家物件などがその代表例で、今までその土地の人が住んでいた物件です。
 私が最初に買った越後の家はこれに該当します。売り主さんは農家ではなく、地元の工務店勤務のかたでしたが、十数軒ほどの限界集落の一員としてそこに何十年も住んでいました。「ほしば」という屋号もついていて、近所の人に説明をするときは、「○○さんが住んでいた家を買った者です」と言っても通じないのが、「ほしばの……」と言えば一発で「ああ、あそこか」と理解してもらえました。その地域は「○○さん」だらけだったので、「○○さんの家」では通じなかったのです。
 こういう家を買って住むということは、その地域の一員になるということを意味します。都会から引っ越して来て何も分かっていない人、という認識はされても、そこに住み始めた瞬間から、否応なくその地域社会、集落の住民として扱われます。
 集落の自治会の細かい決まりや、土地に伝わる風習・因習にも多かれ少なかれ従わないと、摩擦を起こしかねません。
 越後の家の場合、家が集落の外れにあって、普段目に入る家は一軒だけでしたし、夏場しか住んでいなかったので、私は最後までその地域の一員という扱いは受けませんでしたが、自治会費だけは毎年払っていました(別荘の人、ということで半額でした)。
 幸い、越後の人たちは穏やかで、よそ者に対しても優しく接してくれたので、嫌な思いをすることは一度もありませんでしたが、場所によってはそう簡単ではないでしょう。
 農家物件などを購入して移住する場合は、そのへんをしっかり調べた上で、その地区の住民になった後の生き方まで覚悟を決めておく必要があります。
 これは無理にその土地の人間になれ、というのではなく、自分のポジションを地域住民に宣言し、それを受け入れてもらった上で、お互いのプラスになるようないい関係を築く努力を惜しむな、ということです。私はそういうのがかなり苦手なので、偉そうなことは言えないのですが、田舎暮らしで失敗する人の多くは、「地域社会に溶けこめなかった」ことが原因になっています。
 自然農法で自給自足の生活をしたいと思って農家物件を買って移住した人が数年で断念して引き上げた例を知っていますが、その原因は近所の人たちとの「水争い」でした。
 なんとも笑えない話です。

 農家物件は、不動産価値としての相場が定まりにくいという特徴もあります。都会人には信じられないほど安い値段で売りに出されている場合があるかと思えば、こんな不便な場所でこんな強気な価格? と、疑問に思う場合もあります。
 地元の人にしてみれば、ただでさえ過疎化が進んで自分の家を維持していけるかどうかも分からないのに、家を買うどころではないので、どんなに安くても買いません。つまり、地元の人には売れない物件なのです。
 一方、都会の人は、広い土地、古くても大きな家(人によっては古ければ古いほど魅力的に映る?)がこんなに安く手に入るのかと心が動かされます。価値観がまったく違うので、相場価格というものが定まりにくいのです。
 自分の価値観に合う物件が安く手に入れば幸運でしょうが、農家物件は古い建物が多く、趣はあっても、水回りや電気関係の配線などをやり直さないと使えないということがあります。
 主人が亡くなった後に売りに出された物件では、荷物が片付いていないことも多く、中には先祖の写真が壁に掛かったまま、などという物件もあります。売り主である相続人が地元を離れている場合も多く、後始末や売り主との交渉だけで嫌になるかもしれません。

 2の「リゾート物件空き家」も特殊な物件といえます。
 これはものすごく数が増えていて、長野や山梨の別荘地などは、今や空き家だらけです。日光でも霧降高原の別荘地などには空き家がいっぱいあり、家を建てるだけでも軽く数千万円かけたであろう瀟洒でカッコいいデザインの別荘が数百万円から売られています。
 中には贅沢を尽くした建物などもあり、初心者は「え? 総檜造りのこの立派な家が800万円?」などと驚くのですが、800万円でも売れない理由はちゃんとあるのです。
 まず、別荘地は林の中や山の斜面、冬は寒くて水道が凍結するような場所にあることが多く、通年居住する場合、冬場がかなり厳しいのです。それなのに都会人がかっこつけて吹き抜けや広いリビング空間などを持つ建物の設計を都会の建築士に発注するので、暖房が効かず、ますます寒い冬を過ごさなければなりません。
 また、農家物件とは違い、土地が狭く、隣の別荘との距離があまりないので、都会の住宅地とあまり変わらないような住環境といえます。
 さらには、そこに通年居住している人たちの多くは、「元都会人」であり、その土地の人ではありません。感覚は都会人のままなので、近所づきあいも、農村の空き家に移住するのとはまったく違う空気感になります。それが居心地よく、住みやすいと感じるかどうかは人によります。田舎の大らかなイメージに憧れて移住したのに、都会暮らしのときと同じようなせこせこした空気に嫌気がさすかもしれませんし、田舎特有の因習などがなく、芸術家や知的な会話ができる人もいて楽しいという人もいるでしょう。
 別荘地によっては、全戸に温泉が引かれていたり、プールやテニスコートのあるレクリエーションセンター的な建物を持っていたり、敷地内にお洒落なレストランやブティックがあったりという、一見豪華な場所もありますが、それがいいのかどうかも、よく考えてみてください。バブル期に開発されたリゾート地では、施設の管理維持が難しくなって、見た目とは裏腹に、どんどん廃墟化しているところが多いのです。
 とにかく、基本的には冬場に厳しい気象条件のところが多いので、ぜひ、真冬に見に行くことを勧めます。
 開発したデベロッパーがすでに倒産しているような別荘地もあります。管理状態が悪い別荘地では、家のそばの木が倒れたり、斜面が崩れたり、道路が陥没したり、私設水道や簡易下水道が壊れたりした場合、敷地内がすべて私有地であるため、自治体は面倒をみてくれません。全部自腹、自力で対応しなければならないこともあります。自力で手当てしようと思っても、今度は管理組合のルールがあって、勝手には修繕もできないかもしれません。それでは都会のマンション暮らしと同じタイプの不自由さがついてまわることになってしまいます。
 古いリゾート分譲地の物件が寂れて、価格が安くなるのは、それなりの理由があるのです。

 3の「田舎に新たに造成された新興住宅地の空き家」というのは、2のリゾート開発地ほどではないけれど、元は原野や野山だったような土地をデベロッパーが開発して住宅地にした土地のことです。私が今住んでいる環境はまさにこれです。
 周囲は農村で、地元の人の多くは農家ですが、私が住んでいる小さな分譲地はバブル期に造成されたもので、造成後、そのデベロッパーは倒産してしまいました。
 売り出した当初は、都会の人が投資目的で買うケースも多く、そうした不在地主の土地は今では空き地のままで、草や木が生え放題です。もちろん、地価はどんどん下がり、今では売り出したときの価格の半額どころか、一桁違う価格でも売れません。地元の不動産屋が「ただでくれると言われても、売れないし、固定資産税が出ていくだけだからいらない」というような土地も多いのです。
 1区画は100坪弱くらいで、そこに家を建てて通年居住している人たちの多くは、栃木県の他の場所から引っ越して来た人たちです。宇都宮市のような都市部は地価が高くて手が出ないけれど、このへんまで引っ込めばなんとか買える。宇都宮に通勤するのも、車で30分くらいなのでなんの問題もない。静かな環境でゆったり暮らしたい、という合理的な考え方の人たち。
 この種類の住宅地、分譲地での生活は、1と2の中間くらいの雰囲気です。つまり、昔からそこに住んでいた人たちが作る地域社会のような因習・伝統はなく、純粋な別荘地のように都会から来た人たちの社会でもない。なんともゆる~い雰囲気の土地です。
 購入を決めたときはそこまで理解していなかったのですが、結果的にはとても暮らしやすい環境でした。
 今の家は、この新興住宅地を売るために地元の個人不動産屋がモデルハウス兼自分の別荘として建てた家で、登記簿の記録を見ると、当初、2700万円の抵当権がついていました。それを融資した住宅ローン会社数社は、調べたところ、バブル後にすべて倒産していました。
 持ち主の不動産屋も倒産して、夜逃げしたようです。その後、裁判所で競売にかけられていたのを別荘代わりに購入した人がいて、その人がもてあまし気味になって売りに出したのを私たちが買ったのでした。
 地方にはこんな物件がいっぱいあります。裁判所が公示する競売物件の中には驚くような価格の掘り出し物物件が見つかることもあります。一般の人でも入札でき、ネットで会員登録(無料)すると定期的に情報提供されるので、チェックしてみるといいでしょう。

 このように、一口に田舎不動産物件といっても、どういう状況で売られている物件なのかによって、その後の対応や生活環境が大きく違ってくるということを、まずはしっかり理解してください。その上で、これから自分が望む生き方、生活スタイルに向いているかどうかを判断する必要があります。
 100%理想的な物件というのはまずないので、ある程度は新しい環境に自分が合わせていく覚悟も必要ですが、無理に合わせようとしてもストレスが溜まるだけで失敗します。



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北関東のダサい地域こそ移住の狙い目2021/01/14 16:10

地方移住のススメ(2)

地方へ移住すれば住居費が軽減できて、ゆとりのある生活ができる?
そうであったとしても、具体的にどのへんの「地方」がいいのか──それが問題ですね。
好き嫌いや様々な事情があって一概にはいえないでしょうから、ここではザックリと基本的な「考え方」をまとめてみます。

どうしても年に数回は行かなければならない場所からの距離

 私が最初に購入した田舎暮らし物件は、新潟県の中越地方、川口町(当時は北魚沼郡。現在は長岡市に併合)にある280万円の古民家でした。
 今から30年ほど前、36歳のときで、当時はまだブロードバンドもなく、東京から完全に離れて生活するのは無理だったので、別荘として購入しました。
 夏の間はほとんどそこにいたのですが、このときに分かったのは、他に生活拠点がある「二地域居住」や、仕事などでどうしても頻繁に移動しなければならない場合の移動距離の上限はせいぜい200kmだということです。
 越後の家は、民家が20軒ほどしかない山奥の限界集落の外れにありましたが、関越自動車道越後川口ICから車で10分ほどの場所で、車で移動する分には便利な場所でした。
 土地は500坪弱くらいだったでしょうか。裏手は土手状の斜面で、その下に川が流れているという地形でしたが、売り主さんは「このへんは地盤がしっかりしていて、新潟地震のときも、新潟市内は滅茶苦茶になったが、このへんでは被害はゼロだった」と言っていました。
 それが、2004年の中越地震で完全に潰れました。なんと、震度7の震源の真上でしたから、ひとたまりもありません。人生、何が起きるか分からないものです。

 この家を購入した最大の決め手は価格でした。280万円ならローンを組むなどしなくても支払えましたから、田舎暮らしの「お試し」としては、失敗してもそれほど後悔しないだろう、せいぜい楽しんでやろう、というような気持ちでした。まだ30代でしたから、気力も体力もあったのですね。
 それでも「移動距離は200kmが限度」というのは実感しました。それ以上になると、頻繁に行き来するのは難しくなり、購入しても放置する羽目になります。
 いざというときのために、自動車(自家用車)以外の交通手段が無理なく使えるかどうかも大切です。
280万円で購入した越後の家(2000年4月撮影)

豪雪地帯や寒い地方はお勧めしない

 越後の家は、約12年かけて、自分で壁を杉板張りにしたり、浴槽を交換したり、和室を洋室に改造したりといったリフォームを繰り返し、ようやくこれ以上はやることがない、となったときに2004年の中越地震でつぶれてしまいました。
自分の手で家の中の壁をほぼすべて杉板張りに替えたりもした。(1998年5月撮影)
 購入自体は280万円でしたが、屋根を全部葺き替えたりもしたので、12年の間になんだかんだで1000万円近く投入したと思います。
 新潟県内の不動産価格、特に山間部の物件は相当安いのですが、これは豪雪地帯だからです。冬は一晩で1m積もるなどということも普通で、屋根に積もった雪をそのままにしておくと家が潰れます。
 越後の家を維持している12年間は、冬は行けないので、冬季の雪下ろし依頼だけで毎年10万円かかっていました。(ちなみにこの地方の人たちは「雪下ろし」ではなく「雪掘り」と言います。家全体が雪の下に埋まるので、屋根の雪も「下ろす」というよりは「掘り下げる」わけです)
 地震でつぶれるまでは、終の棲家に、と思っていましたが、今にして思えば、老後にあの環境で暮らすのは到底無理でした。
 今ははっきり言えます。豪雪地帯はやめましょう。寒すぎる地域もやめましょう。歳を取ると共に、自然を満喫するとか悠々自適どころではなくなります。下手すると落雪事故や寒さによる心臓発作で死にます。
 夏場に現地を見て「なんて美しい自然環境だ」と感激し、衝動買いするようなことのないようにしてください。
ゴールデンウィークでもこれ
中越地震後の写真。4月になってもまだこれだけ雪が残り、潰れた家はこの雪の下。左に少し見えているのは、中越地震の直前にようやく建てた耐雪仕様のかまぼこ形車庫の屋根部分。皮肉なことに、この車庫だけは完全無傷で残った。(2005年4月5日)

 雪はそれほどでなくても、冬に極度に気温が下がる地域も、歳をとるにつれ辛くなります。
 夏場だけ利用する別荘代わりならいいのでは、と思う人もいるかもしれませんが、寒冷地で冬場に人がいない状態で締めきっていると、凍結により、水回りなどが傷みます。次に行ったときに破れた水道管から水が噴き出して室内が水浸しになっていたり、井戸の汲み上げポンプが壊れて水が出なくなっていたりという事態が続くと、その家を維持するのが嫌になり、結局は放棄してしまうということになりかねません。

 では、暖かい地方がいいのかというと、そう簡単な話ではなく、南は台風被害が多いという問題があります。
「地域ブランド」に惑わされるな
 大まかな地域選びをする上で確実にいえることは、地域の「ブランド」「人気度」にはなんの意味もないということです。
 ブランド総合研究所が毎年行っている「地域ブランド調査」による「都道府県魅力度ランキング」などは愚の骨頂で、アホなメディアが面白がって取り上げていますが、あれはそもそも「住みやすさ」のランキングではありません。
第15回「地域ブランド調査2020」(ブランド総合研究所)より
 ブランド総合研究所によれば、この調査は「全国約3万人の消費者からの回答を集める調査」であり、「各都道府県と市区町村の魅力度やイメージ、観光・居住・産品購入の意欲など」を調査した結果だそうです。
 本来は地域や地名が持つ「ブランド力」の調査であり、住みやすさとは直接の関係はありません。それにしても、2020年度最下位となった栃木県は確かにブランド発信力が弱いかもしれませんが、それでも47都道府県の中で最下位というのは理解不能です。
 上位の北海道、京都、沖縄というのは、旅行に行くなら考えてみたいくらいの地域であって、決して「そこで暮らしたい」と思える地域とはいえないでしょう。
 例えば東京に住んでいる人が移住先として考えた場合、北海道⇒「寒い、遠い、見渡す限り何もない、冬は雪で真っ白」、京都⇒「人が本音を言わずに面倒くさそう。因習がものすごそう。観光客でごった返しそう。ただの湯豆腐が何千円とか食べ物屋でぼったくられそう」、沖縄⇒「台風被害必至、米軍基地で騒音がひどい、生活のリズムが違いすぎて戸惑いそう」……というマイナスイメージのほうが先行しそうな気がします。

 いわゆる地域名ブランドというのも、住むのには何の関係もありません。
 例えば、高級別荘地として有名だった軽井沢は今でも「ブランド力」が強いかもしれませんが、あそこに通年住むとしたら、寒さや交通の不便さという面で、日本中にある「ただの田舎町」と何ら変わりがありません。
 その軽井沢を有する長野県も、信州ブランドとしていいイメージを抱かれがち(上記の「都道府県魅力度ランキング」でも長野県は全国8位)ですが、長野と比べて茨城(同・42位)や群馬(同・40位)や栃木(同・47位)は住みにくいのかといえば、まったくそんなことはないわけです。
 ちなみに「北軽井沢」は群馬県ですね。群馬県吾妻郡長野原町の大字(おおあざ)で、人口は約1500人。私が6年ちょっと住んでいた福島県の川内村(人口約3000人)の半分くらいの山村です。
「不人気」地域こそが狙い目だ
 私は2011年に1F(いちえふ=東京電力福島第一原発)が爆発して大量の放射性物質を世界中にばらまいた後、移住先を捜して関東周辺のかなり広いエリアで物件探しをしましたが、長野県、福島県、山梨県、埼玉県などの不動産価格が理不尽に高いのではないかと思ったものです。
 最終的に、今の日光市に総費用1000万円以下で(私たちにとっては想定外に立派な)家を見つけて移り住むことができたわけですが、その価格では福島県(県南エリア)、長野県、山梨県(大月周辺)や秩父エリアの山村など、東京からの交通の便が極端に悪い場所にさえ、住みたいと思える物件を見つけることはできませんでした。
 なぜ日光市の不動産価格はこんなに安いのか? 今でも不思議でなりません。
 我が家は日光宇都宮道路のICから車で約10分。鉄道はJR日光線(駅まで2.8km)と東武日光線(駅まで3.2km)の2箇所が使えて、東京に出るのも苦労しません。住んでみて、その交通の便のよさに驚いたほどです。
 これも「ブランド力」のマジックなのでしょう。どんなに不便で住みにくい場所でも、長野や福島というだけで妙な人気があるのです(原発爆発前まで、福島は移住先としてはかなり人気のある県でした)。

 言い換えれば「ブランド力の弱い地域こそ狙い目である」ということです。

 私は今でも「お住まいはどちらですか」と訊かれたら、「栃木県です」とは答えず、「日光です」と答えます。日光は世界的なブランドだと思っているからです。横浜市民が「神奈川です」ではなく「横浜です」と答えるのと同じ感覚ですね。
 私が住んでいる場所は日光市でも南端に近いところで、かつては「今市市」でした。「イマイチ」という音からしてブランド力は弱そう(笑)ですが、面白いことに、地元の人たちにとっては「今市」は「街」であり、「日光」は「田舎」なのです。今市市が日光市になったときも、抵抗する人たちが結構いたと聞きます。
 車のナンバーは「宇都宮」ナンバーですが、私は当初、これに相当抵抗がありました。「日光」ならカッコいいのに……と思うわけです。ところが、地元の人たちにそれを言うと「とんでもない! 宇都宮だからいいんだ。日光ナンバーなんかになったら、田舎者だと思われてしまう」と言います。

 私が住んでいる地区は、宇都宮市と鹿沼市に隣接していますが、宇都宮市に入った途端、風景は変わらないのに地価がグンと上がります。ほんとに理解不能なほどの違いなのです。つまり、栃木県人にとっては「日光」よりも「宇都宮」のほうがブランド力が高いので、「宇都宮市」というだけで地価が上がるのです。

 栃木県人になった私が栃木県が最下位にランクされているのでムキになっていると思われると心外なのですが、正直なところ、北関東でダサいと思われている地域は移住先として最大の狙い目ではないかと思っています。


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生活スタイルの変化2021/01/14 16:05

地方移住のススメ(1)

コロナと共に生きていかなければならなくなった2020年以降、いやが上にも生活スタイルや従来の価値観を見直さざるをえなくなりました。
政治や社会体制に絶望したり怒ったりしているだけではどうにもなりません。ひどい社会でも、自力で生き抜く術を構築していくしかないのです。
まずは生活の場である居住地や生活スタイルを考え直してみませんか。
都会暮らしのかたがたに提案したいのは、ズバリ「地方への移住」です。
そんなのは無理だ、と考えるかたが多いでしょうが、今までの生活スタイルが難しくなっていることや、これから起こりうる様々なリスクのことを冷徹に計算してみましょう。考えが大きく変わるかもしれません。

都会暮らしを愛する老人の「住み替え」

 地方への移住というと、都会暮らしに慣れた人は、深く考える前にまず拒絶感を抱きます。
 しかし、「地方」というのは、必ずしも不便な田舎のことではありません。
 今の日本には、東京と変わらないような「都会」が各地にあります。
 まずは、都会派お洒落爺を自称するBさんの移住例をご紹介します。
都会生活をやめたくない
 Bさんは65歳のときに妻に先立たれ、その後、ひとりで気ままに暮らしたいと、それまで住んでいた都下の持ち家を売り、都内に家賃12万円のマンションを借りてひとり暮らしを始めました。
 Bさんはお洒落で新しいもの好き。毎日のように街に出ては買い物を楽しむという浪費生活をしていました。
 ひとり暮らしになってからは浪費を諫める者もいなくなり、5年後、気がつくと約3000万円あった預金が残り500万円になっていました。
 大手企業に勤めていたBさんの年金は手取りで月額約20万円あり、年金生活者の中でもかなり恵まれているといえます。
 しかし、その20万円のうち12万円が毎月の家賃に消えていきます。
 さらに水道光熱費、通信費、交際費(Bさんの場合これがかなりありました)などを引くとあっという間に年金分は出ていくため、残り500万円の預金がさらに月10万円ペースで減っていきます。
 このままではすぐに家賃も払えなくなりますし、動けなくなったときの蓄えもないのでは危険すぎます。
 娘がひとりいますが、イギリス人と結婚して3人の子供と一緒にロンドン郊外に住んでいます。最後に会ったのは5年前ですが、今はもう、コロナ禍で日本に来ることもできなくなりました。
 そんなBさんへのアドバイスは「地方都市へ引っ越す」です。
 Bさんは私のように田舎暮らしが好きではありませんから、街から離れて暮らすのは苦痛ですし、一気に老け込んで、命を縮めてしまうかもしれません。
 最大の問題は月12万円の住居費です。これを半分にできれば、月額20万円もの年金をもらい続けているBさんなら、年金だけで楽しく暮らせるはずです。
 例えば栃木県の県庁所在地である宇都宮市には、宇都宮駅から徒歩10分以内のマンションでもワンルーム(20㎡以上)3万円台の家賃から物件があります。
 徒歩圏にコンビニやスーパー、郵便局などがあり、バスに乗れば郊外の美術館や博物館などに遊びに行くのも簡単。
 Bさんは趣味人で、友人作りもうまいので、都内の生活でも、俳句や写真のサークルに入って楽しんでいました。地方へ移住となるとそうしたサークル仲間との交流も途絶えてしまうと恐れていましたが、コロナ禍で、(特に高齢者は)人との接触を減らさなくてはならなくなり、事情が変わってきました。
 サークル仲間との交流も、SNSやリモートミーティング的なものが増えたのです。それならどこに住んでいても関係ありません。
 また、宇都宮程度の地方都市には東京と同じものが全部揃っていて、しかもコンパクトで人が多すぎない分、老人には街歩きがしやすいはずです。
 店を覗いているうちに欲しいものがあるとつい買ってしまう悪い病気は、おそらく死ぬまで治らないでしょうが、いよいよ預金が底をつけば、年金の範囲内で楽しむしかないので、少しずつ適応していくかもしれません。
 これは、都会が持つ魅力と住居費の相対価値を考えた末のサバイバル案です。
認知症老人のひとり暮らし
 Cさんは70代半ばの女性で、5年前に夫と死別して、都下郊外の持ち家に一人で暮らしています。夫と共に公務員で共稼ぎをしていたため、年金額は企業サラリーマンだったBさんよりも多い月額約25万円です。
 息子と娘がひとりずついますが、息子は地方赴任で、ほとんど会うことがありません。娘は実家(Cさんの居宅)から電車とバスを乗り継いで2時間半ほどの場所(Cさんの家から見れば田舎と言えるような、農村に近い環境)に一家4人で暮らしています。
 Cさんは身体は動き、普通に生活ができていますが、最近認知症が進んで、「絶対に引っかからない」と言っていた詐欺に引っかかって大金を騙し取られました。しかも、男二人組が警察官を名乗って直接家まで来て銀行カードを取るという大胆な手口。
 この事態を受けて、子供たちは緊急会議を開き、これ以上Cさんを一軒家でひとり暮らしさせておくのは危険すぎるのでどこかに移したい、ということになりましたが、Cさんは住み慣れた家を離れたくないと主張します。
 Cさんだけでなく、多くの軽度認知症老人は、身体は動いて日常生活はひとりでできるため、介護老人ホームのような施設に入れられることを極度に恐れ、拒否します。
 かといって、Cさんのケースでは、すでに詐欺師グループに家まで知られているわけで、このままひとり暮らしを続けるのは危険でしょう。
 私がCさんに与えたアドバイスは、娘さん一家のそばに老人専用マンションを借りて引っ越す、です。
 ネットで探すと、娘さん一家の家から数キロ圏に、大手住宅メーカーのグループ企業が運営している高齢者向けマンションがありました。
 これは老人ホームとは違い、基本的には普通の住居用マンションですが、老人向けに24時間体勢でヘルパーが待機し、部屋には人感センサーがあって、一定時間以上人の動きがないと通報が入り、管理人やヘルパーが様子を見に行くなどのシステムが完備されています。
 趣味サークルの紹介や食事のケア(食堂でも宅配でも注文によって)などもあります。ペットもネコや室内犬なら同居可能です。
 当然、そうしたサービスの分、一般のマンション家賃よりはかなり高額ですし、入居時の審査もあります。介護老人ホームと違って、基本的には完全介護が必要な人は入れません。
 ただ、一旦入居すれば、身体が弱っていく段階によって介護保険で外部から訪問介護や訪問看護、訪問診療を依頼することも可能ですし、いよいよ動けなくなった場合はグループ企業が経営する介護付き老人ホームへの斡旋もしてくれます。
 入居時の費用が最低でも数十万円かかりますが、それはCさんの貯蓄範囲内で支払い可能ですし、月々の費用も年金の範囲内で支払い可能です。家賃はかかりますが、食費などはむしろひとり暮らしで宅配サービスなどを使っていたときより安く済むかもしれません。なにより、安全性は一気に上がりますし、娘さんとの物理的距離が縮むので、ひとり暮らしをしているときよりも会える時間は増えます。
 あとはCさんが「思い出のつまった家」への執着と環境の変化への恐怖心をどう克服するかにかかっています。
 このケースでは、Cさんがまだ身体が動くうちだから選択可能な解決策であり、あまり悩んでいると不可能になります。
年金も預金もない老後の場合
 さて、BさんやCさんは、かなりの年金を受給できている人たちで、少しもビンボーではありません。
 どこが「幸せビンボー術」なんだ、と怒られそうです。
 というわけで、ここまではマクラだと思ってください。ここからいよいよ、私のように、年金などもらえないビンボーさんのケースを考えていきます。

 国民年金のみで、年金だけでは暮らせない人、あるいは年金がゼロの人の多くは、自営業や独立した職人さんなどです。フリーランスのライター、イラストレーター、カメラマンといった人たちも厚生年金とは縁がありません。私はまさにそうですし、私の周囲にはそういう人たちがたくさんいます。
 自営業やフリーランサーで生きてきた人たちは、歳を取ってから初めて人に雇われる生活を始めるのは無理ですし、精神的に耐えられないでしょう。
 となると、稼げなくなった後は預金を切り崩して生き延びるしかありません。
 その場合、いちばん大変なのは住居費ですから、稼げるうちに借家ではなく自分の持ち家を持っておくことが必須でしょう。
 それが無理なら、極端に安い借家、親が残してくれた家、住み込み賄い付きの仕事先などなど、とにかく住居費を使わずに暮らす方法を探すしかありません。
 それでも、光熱費や食費、交通費(田舎暮らしの場合は自動車の維持費とガソリン代が大きい)、通信費などはどうしてもかかります。出費をひと月10万円に収めたとしても、年間120万円。10年で1200万円。月額20万円かかる生活なら10年で2400万円が消える計算です。
 これを全部、稼げなくなるまでに貯めた預金を切り崩しながら生きていくとなれば相当大変です。そもそも何年生きられるか、いつまで身体と脳がまともに動くかは分かりませんから、どれだけ蓄えがあればいいかも計算しきれません。
 そこで、預金の切り崩し分を少しでも減らすために、完全な無収入状態ではなく、小銭程度でも稼ぎ続ける努力をすることになります。預金がない場合は、なんとか生活費分だけでも収入がないと現状維持できませんから、仕事をしないわけにはいきません。
 ここで大切なのは「雇ってもらう」という発想を完全に捨てることです。老人を雇ってくれるところはないですし、あっても労働に対する対価が低すぎるものばかりでしょう。ただでさえ体力や頭の働きが落ちているのに、低賃金労働に時間を取られて疲れるなどという老後生活は悲惨です。

 では、どうすればいいのか?
 私のように社会に出てからずっとフリーランスで生きてきた人たちは、世の中の「隙間」を見つけて金を稼ぐノウハウを賃金労働者よりも持っていると思います。
 また、現代のようなネット社会、デジタル時代では、そうした「金に換えられるアイデア」が隠れている隙間は昔よりもずっと増えました。
 ネットオークションで安く仕入れて高く売るというサイドビジネスだけで、月に10万円以上の利益を得ている人はけっこういますし、円高だった時期には、高級カメラやレンズなどを海外で安く買って日本国内で高く(それでも日本での店頭価格より安く)転売するという商法も通用しました。
 高級オーディオのジャンク商品を安く仕入れて修理し、新品時の価格より高く売るといった商売も成立します。
 大工、左官、配管工などの職人さんは、体力が落ちてきて現役を退いた後も今までやってきた仕事しかできないと思い込むかもしれませんが、手先の器用さや長年培った経験を生かして、体力を使わず、マイペースでできる新しい仕事があるかもしれません。
 チープな大量生産品がはびこる現代ですから、職人技が生きる質感の高い小物類を高い価格で少量売るという作戦がいいでしょう。いわゆる一点豪華主義や、他人が持っていないものを所有する喜びに訴えるわけです。
 例えばiphoneの充電器と外部スピーカーを組み込んだ木製や金属製のかっこいいクレドール(充電時などにポンと置いておくドック)などを作れば、iphone本体より高い値段をつけても買ってくれる人はいるはずです。
 さらには、受注があって初めて商品を作ったり調達したりするオンデマンド方式であれば、在庫を抱えるリスクもないので、資金ゼロから始められます。
 私は出版流通に乗せられない過去の絶版本やマニアックな内容の本を「オンデマンド出版」という方法で売っています。1冊単位で注文があってから印刷・製本するので、赤字になりません。本は数日で注文者に届きます。価格もなんとか常識的な範囲で設定できます。

 売るのは必ずしも「物」である必要はありません。サービスや形のない商品を売る商売はいくらでもあります。
 前述のオンデマンド本はモバイル端末などで読む電子書籍としても販売していますが、これも在庫を持つ必要がないので、一度登録してしまえば放っておいても売れただけお金が振り込まれてきます。
 どれも少額の商売であって、それだけで食べていくことはできませんが、継続が容易で、負担がかからないのが利点です。

 特別な技術がないという人でも、身体が動いて、車の運転などもできるうちは、独居高齢者を相手にした便利屋的な商売などが可能ではないでしょうか。これは都市部よりもむしろ田舎のほうが需要があります。
 ネット通販で買い物をする代行なども考えられます。依頼者への配送は通販業者がしてくれますから、自分で動く必要もありません。
 私は川内村に住んでいたとき、近所の独居老人のためにBSアンテナをAmazonで取り寄せ、設置してあげたことがあります。アンテナの購入代金、設置の作業代も含めて1万円を請求したところ「そんなんでいいのか?」と感謝されました。商売でやるとすればもう少し上乗せするところですが、例えばこの一連の作業の報酬として1万円の利益をのせて2万円を請求したとしても、依頼者から「高すぎる」とは言われないでしょう。このくらいの仕事が毎日1つあれば、20日で20万円の利益が出るわけです。

 他にも、「スキマ的商売」はいくらでも発掘できると思います。要はやる気と知恵です。
「死ぬまで現役」生活のために地方の一軒家に住む
 大きく稼げないことがはっきりしている以上、生き延びるためには生活費を減らすしかありません。
 その「生活費」の中に住居費が含まれている場合は、かなり悲惨なことになります。家賃を払った後に残る金額がごくわずかであれば、衣食住の衣・食の部分を大幅に削らなければならず、最低限の生活も危うくなります。
 預金がない、年金もない、しかし家がなくて毎月家賃を払っているという人は、都市部から出て、不動産価格の低い場所に移住するしかないです。
 Bさんのケースで説明しましたが、都内と地方都市では家賃が倍くらい違います。
 さらにいえば、地方「都市」である必要があるのかどうか、ということも考えてみましょう。
 フリーランスで通勤が必要ないなら、公共交通機関が充実した都市部に住む必要性は低いはずです。
 私は栃木県の日光市に住んでいますが、同じ栃木県でも宇都宮市の都市部に住むつもりはまったくありません。それはもう、東京や神奈川に住むのと同じだからです。また、そうしようとしてもそんな金がありません。
 同様に、首都圏からどんなに離れていても、仙台、郡山、札幌といった都市に住むのは、首都圏に住むのと環境はあまり変わりません。それなりに地価や家賃相場は高いですし、生活費も高くつきます。

 さらにいえば、私が勧める地方移住は、賃貸生活ではなく一軒家を持つということです。
 地方であっても、都市部で家を持とうと思ったら百万円の単位ではなく千万円の単位になりますが、そこから少し離れた郊外には、立派な土地付き一軒家が数百万円のゾーンでたくさん存在します。
 500万円の物件であれば、10年住んだとして年間50万円。月に4万円ちょっとです。15年住めば、年間33万3000円。月額2万7800円。
 地方でも、月額2万円台の賃貸住宅は見つけるのが困難ですし、あったとしてもボロボロ物件でしょう。しかし、500万円の土地付き一戸建ての中には、驚くほど立派な建物、広い土地の物件があります。
新築かと見まごうようなこんな家が、日光市では600万円台で売られていた(2011年10月)

 私が今暮らしている家も1000万円はせず、数百万単位で購入したものです。この家があるおかげで、いわゆる「住居費」というものはかかりません。
広い庭のあるこの家は500万円ちょうど。日光市。土地:241㎡、建物:80㎡。(2013年3月)

 余裕のある土地に自分の家を持つことで、どれだけ心にゆとりが生まれるかは説明するまでもないでしょう。
 自己所有であっても、集合住宅では修繕費積み立て金だの駐車場代だのがかかり、自治会の決まり事や管理会社のルールに縛られて、何かあったときも自分だけの決断で対処することができません。大災害がいつ襲ってくるか分からない現代では、これは大きな不安材料です。マンションの基礎部分に欠陥工事が判明して建物が歪み始め、建て替えが検討されたが、住民間で意見が合わずに何年も紛糾してストレスが溜まる……などということもありえます。そんなことで残りの人生を過ごすのは悲しすぎます。
 地方の広々とした土地に建つ一戸建てであれば、ある程度のトラブルや災害なら、迅速、柔軟に対応できます。壁に穴を開けようが、屋根を葺き替えようが、玄関前を整地しようが自由なのです。
 すでに述べたような様々なフリーランスの仕事の拠点としても、都市部の住宅よりずっと対応力があります。
 現役を引退した職人さんが、自分の体力に合わせて無理のない便利屋的商売を始める場合なども、都市部から適度に離れた田舎のほうがずっと楽です。例えば、私が住む日光市は、軽自動車の車庫証明が不要な地域です。土地はいくらでも空いてますから、隣の空き地の所有者に頼み込んでちょっとした資材を置かせてもらうとか、空き地をただで借りて自家農園を始めるといったことも、ごく普通に行われています。宇都宮の都市部ではそうはいきません。その宇都宮の中心部に行くにしても、車で30分程度ですから、都市部の生活者からの依頼に応えることも簡単です。

 こうした生活拠点を、早い時期に安価に手に入れておくことが、最大の老後対策ではないかと思います。

 ……というわけで、ここから先は、地方に安価で住みやすい家を手に入れるための具体的なアドバイスへと進みます。


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