伊藤アキラさんの想い出2021/05/24 15:31

伊藤アキラさんから届いた2019年の年賀状

人生の師がまた一人……

今朝(2021/05/22)は、ネットニュースを見ていてショックを受けた。
「この木なんの木」「パッ!とさいでりあ」など多くのCMソングや歌謡曲を生み出した作詞家、伊藤アキラ(いとう・あきら、本名・伊藤皓)さんが15日、急性腎不全で死去した。80歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
(読売新聞 2021/05/22)

先日、伊藤さんの盟友ともいえるかたからの手紙で、「1月15日に恒例の“勉強会”終了後の夜中、伊藤さんが就寝中に身体が動かせず悪銭苦闘しているのに奥様が気づかれて、救急車で病院へ搬送され、脳梗塞とてそのまま入院。現在もリハビリ治療中」と書かれていて心配していた。
脳梗塞としては軽いほうらしいが、長期戦になるのではないかとも書かれていた。

今、確認したら、その手紙の消印は3月3日だった。「長期戦」という言葉をなんとなくそのまま鵜呑みにしていたかもしれない。まさかこんなに急なことになるとは……。

コピーライター養成講座

伊藤さんと初めて言葉を交わしたのは大学生(多分1年生)のときだから、50年近く前のことだ。
ソングライターとして身を立てようとしていた私は、大学に入るとすぐ、ヤマハの作曲教室と宣伝会議のコピーライター養成講座の受講を始めた。
コピーライター養成講座は、作詞の力を伸ばしたいと思ってのことだったが、講師陣の中に伊藤アキラさんの名前があったことが大きい。樋口康雄さんの作品にいくつか詞を書いていて名前を知っていた。当時は伊藤さんがCMソングの作詞で超有名な作詞家だということは知らなかったのだ。
授業は輪講で、伊藤さんの授業は1回だけだった。
伊藤さんは講師としてはサービス精神がなくて、「どうせ私の授業など明日になれば誰も覚えていないでしょう」「質問は? などと言っても、毎年、手を上げる人はいませんし」などと、かなりつっけんどんな授業だった。
そこで私は、授業が終わっても教室に残り、伊藤さんに一人で話しかけた。
樋口康雄さんのファンで、樋口さんがいると思って上智に入ったら、すでに中退した後でガックリした、とか、樋口さんのデビューアルバムにも作詞されてますよね、『ABC』とか……と言ったら、すかさず「あれは私じゃなくて岡田冨美子さんです。私は『愛のひとこと』と『アダムとイブも』です」と言われ、あ~、いきなりやっちまった!と焦ったのを覚えている。
その後も、しつこく地下鉄の駅までくっついて話しかけ続けた。
伊藤さんはちょっと迷惑そうな顔をしながらも、話にはつき合ってくださった。

津田沼の自宅に帰るというので方向は正反対。駅で別れて、そのままになった。

再会は15年くらい経ってから。ニフティの電子会議室でだった。
1990年くらいだろうか。まだWindowsは3.1で、インターネットもほとんど普及しておらず、電話回線に2400bpsくらいのモデムをつないでピーガーと「ダイヤルアップ接続」して文字だけをやりとりするもの。
誰かが書き込んで、それに誰かがコメントして、コメントツリーが続くというのはツイッターなどと同じだが、なにせピーガー接続の時代だから、今のSNSのような即応性はない。
そこで、「森トンカツ」を作ったのは私だ、というようなことを書いたことがあって、それを見つけた伊藤さんがコメントをつけてきた。
私は「森トンカツ」誕生秘話を細かく書いて、伊藤さんはしっかり信じてくださった。
それで「一度、私の事務所に遊びに来ませんか」という流れになったように記憶している。
それが30年くらい前のこと。
伊藤さんの事務所は当時、銀座にあって、ものすごく立派なオフィスだった。
そこで再会した私は、コピーライター養成講座のときのことを話して「あのときは失礼しました」と詫びたのだが、伊藤さんは「そんなことありましたか。覚えてないなあ。私、そんなに怖い印象でしたか? まあ、あの頃はそうだったかなあ……」と苦笑していた。
養成講座の講師時代とはうってかわって、終始柔和な笑顔の紳士という印象で、ほんとに同じ人なのかと思ったほどだった。

Homework~しゅくだい

それからは伊藤さんのほうからもときどき声をかけていただき、私に音楽出版社の人を紹介するためにミニ食事会のようなものを用意してくださったり、なぜそこまで? と、不思議に思うほどよくしていただいた。
川内村時代にも一度、「東京に出てくることがあれば一献」と、わざわざお店を予約してごちそうしていただいたこともある。

KAMUNAの『Homework』という曲も、伊藤さんに「これは現代の童謡にもなるようなメロディを意識したんです」と聴かせたところ、「これは素晴らしい。ぜひ、歌詞をつけて子供でも歌える歌にして」と言われ、その際、子供が歌うには一か所難しいところがあるから、そこを直して……などともアドバイスをいただいた。
部分転調のところだな、と、すぐに分かった。KAMUNAはジャズテイストだから、その部分転調はワンポイントのお洒落だけど、確かに子供が歌うには難しいかな、と思って、その部分を修正したものを送った。
「歌詞は?」と言われたので、「実は、伊藤さんにつけていただけないかなあ……なんて図々しい思いがちょこっとありまして……」と、自分の助平心を白状したところ「そうですか。じゃあ、宿題ということにさせてください」と、サラリとかわされてしまった。
ああ、やっぱり言い出すのではなかった、と後悔したものだ。

何年かして、自戒の念も込めて(?)自分で歌詞を書いた。↓


ドミソの歌

『ドミソの歌』を作ったときは、「これはすごい。すでにスタンダードナンバーの風格があります。しかし2番の歌詞が難しそうですね。特にファとラが。たくきさんのことだからもうできているでしょうが」と言われ、
「え? 1番だけでいいと思っているんですが」
と返信したら、
「1番だけじゃもったいないでしょ。ぜひ2番を作ってください。たくきさんならできる!」とティモンディ高岸みたいな励まされ方をして、予定外の2番まで作ったのだった。
そのときの日記がどこかに残っていたはず……と思って捜したら、⇒これだった。

伊藤さんに「2番も!」と言われなければ、『ドミソの歌』は1番だけで終わっていたのである。
日記にも書いたように、2番の歌詞はちょっと「教条的」な感じもあって好きではない。伊藤さんも同じことをおっしゃっていたけれど「こっちのほうがウケはいいでしょうね」とも。

2番がついた『ドミソの歌』↓

固定ド音感の人には、Cスケールの譜面でGスケールの演奏が流れて「ドミソドシラソファ……」と歌っているのが耐えられないほど気持ちが悪いらしいが、ドレミというのは「階名」なのだから、移動ドがあたりまえなのだ。ジュリー・アンドリュースが映画の中で歌っている『ドレミの歌』もCスケールじゃないしね。

このときのやりとりを読み返したいと思ってメールボックスの「friends」というフォルダを遡ったら、2015年6月前半より前のメールは全部消えてしまっていた。
その後、最後のメールは……と捜していたら、どうやら2018年の10月26日付けのものが最後かもしれない。
「たくきさん。ご無沙汰しています。この度は最新CDをお送りいただき、ありがとうございました。」
……と始まる、結構長いメール。
「ONアソシエイツの大森昭男さんが今年3月になくなり、少人数での偲ぶ会をやり、やれやれと思ったら、井上鑑さんが「みんなで追悼文集をつくろう」と言い出し、先月限定100部が発行できました。結局、なんやかんやで半年かかりました。 これが今年の「主な仕事」かなあ? いやはや。」
……という一節があって、本当に高齢者にとっての時間の流れは切ないと痛感した。

ドックマン

そういえば、伊藤さんの作詞で、僕が曲をつけたCMソングがあったはず……と捜してみたら、見つかった↓。

↑これはニフティがきっかけで伊藤さんと再会する前に作った。音源もそのときのものだ。MIDIが登場して間もない頃で、ローランドのD50というシンセサイザーとMT32という安い音源だけで作っている。「小説すばる新人賞」受賞より前だから、30代前半くらいだろうか。30年以上前。
当時、レコードデビューに失敗してどん底にいた私は、CMソングの仕事がしたくて、あちこちのCMソング制作会社にデモテープを送りまくっていた。
そんな中で、ある会社から連絡があって、小田急線・南新宿駅そばの雑居ビルを訪ねた。
古くて、半分廃墟みたいなビルで、そこの一室が事務所だったが、約束の時間に訪ねていってドアベルを鳴らしても反応がない。
何度もベルを鳴らし、ドアをノックし、声をかけ続けたら、ようやく中から呻くような声で「ああ~?」と声が聞こえた。
「今日、○時にお約束いただいたたくきです」と告げても、数秒はねぼけて分かっていないようだった。
廊下で10分くらい待たされた後にようやく中へ通された。狭くて散らかった部屋には、着替えや食器も見えていて、どうも社長はここに寝泊まりしているらしかった。
そこで「これに曲つけてみて」と渡されたのがこれ。「詞:伊藤アキラ」とあって、ああ、伊藤さんの詞だ、とすぐに気づいた。
こんな事務所とはつき合わないほうがいいな、と思ったのだが、伊藤さんの詞だったので、なんとか作ってみた。
ドックマンという栄養剤のCMソング。
結局、このデモテープを渡した後、社長からの連絡は途切れてしまい、知らないうちに会社ごと消えていたようだ。

その話も、伊藤さんと交流するようになってから話したことがあったが、「へえ~、そんなことがありましたか。それはそれは……」と笑ってらした。

なんだかな~、の出来だし、テープからファイルに起こすこともせず、ずっと忘れていたけれど、考えてみると、伊藤さんの歌詞に僕がメロディをつけた唯一の作品なのだなあ、しかも幻の……。
そう思って、昨日はこれがどこかに残っていないかと何年も放置したままのDATテープラックから捜しだして、苦労してファイルに書き出して、何度か聴いていた。

シンプル イズ ベスト

伊藤さんから学んだ最大のことは「詞は考えすぎちゃいけない」かな。
直接そう言われたわけではないのだが、伊藤さんのお仕事ぶりを見ていて、そう学んだのだった(もちろんいい意味で言っている)。
私の最大の欠点は、何事も考えすぎて、ダラダラ長くなり、かえって伝わる力が弱くなっていくこと。
平衡を求めて修正作業を続けていくと、つまらない着地になりがちで、感動として伝わらない。
メロディは瞬発力がなくなった分、ひたすら細かく修正していく作業に切り替えているけれど、歌詞はやりすぎないほうがいい。
なんか文章としては変だけど、シラッと歌ってしまえば分からないかも……ま、いっか……という感じでやめておく。そのくらいのほうが言葉の鮮度が落ちずに、人に伝わっていくのかもしれない。
難しいバランスだけど……ね。

私の「年末状」を受け取っている人は知っているように、小さな紙面にギッチギチに写真と文字が詰め込まれている。
一方、伊藤さんから毎年届く年賀状は正反対で、余計なものが一切ない。それでいてインパクトがある。
例えば2016年は申(さる)年だったが、伊藤さんから届いた年賀状は秀逸だった。

↑これだけ。余計なことは一切書いてない。

2019年の年賀状はこうだった↓

軽妙洒脱というのはまさにこういうことを言うのだろうなあ。

私には死ぬまで真似できないだろう。
死に方くらいは、パッとさいでりあ~♪ と逝きたいところだが……。
そんなことを今からウダウダ悩んでいるようでは、到底無理そうだ。

月と流れ星

結局、伊藤さんとは一度も仕事をしたことがない。
それなのに、伊藤さんは一方的に私を気にかけてくださり、何度もさりげなく助け舟を出してくださった。
分厚い御著書や作品集CDも送っていただいたし、2011年夏の最後のKAMUNA上智ライブにも来てくださった。
あのときは樋口康雄さんもいらして、席でバッタリ顔を合わせて「あれ?」「あ……」なんてぎこちなく挨拶を交わしたとのこと。(というのも、樋口さんが美女と一緒だったので、気を使って離れた席に座ったのだそう)

伊藤さんに年齢を尋ねたことはなかったが、今回、記事で14歳しか離れていなかったことを知り、ちょっと驚いた。もう少し上の年代だと思っていたのだ。
創作をする者にとって、加齢との闘いはきつい。
歳を取ってから名曲を残した作曲家というのはいるだろうか。ベートーベンは聴力を失った晩年に交響曲第9番『運命』を書いたというが、没年は56歳で、今の私より10歳も若い。

文筆は、時間をかけてていねいに何度も何度も書き直すことで対応できるが、それでも最近は、誤字脱字、書き間違い、おかしな文章などが頻発して、見直し、書き換えをしているだけで1日が終わる。
音楽はスポーツのような瞬発力が必要なので、肉体(脳も含めて)の劣化は致命的にきつい。
メロディが浮かんだときには無理をしてでも(早朝トイレに起きたときとかでも)なんとか書き留めて、その後、譜面に少し書いては休み、しばらく寝かせて、数日後にまた気力がちょっとでもあるときに見て、しつこく書き直す、という方法に切り替えている。
バカラックも、何度も何度も書き直しながら曲を書いていたというので、そういう方法ならまだやれるのではないかと思って。

ひと月くらい前から「ミレミファソーファーミー」というモチーフから始まる曲を作るべく、少しずつ作業している。
伊藤さんのことを思い出しながら、「歌詞が先にあったほうが楽なんだよなあ」なんて、詞も同時につけていた。
『流れ星の歌』というタイトルを仮でつけて、ほぼできあがったかな、なんて思っていたタイミングで飛び込んできた伊藤さんの訃報だったので、なおさらショックを受けたのだった。
『流れ星の歌』はこれから仕上げるつもりだが、これが最後の作品、なんてことにならないよう、もう少しあがいていくつもり。

伊藤さんが、私たちの身近にあり、誰もが知っている「月」だとすれば、私は曇り空の向こう側を地球に向かって落ちていく宇宙の塵のようなものだろう。塵でも地球に落ちるときは一瞬光を放つ。でも、その光は一瞬で消えるし、その瞬間を見ている人は少ない。ましてや太陽が出ている時間や、曇りや雨の夜には見ている人もいない。そんな人生であっても、卑屈にならず、精一杯燃えながら落ちていきたい。……そんなことを考えながら、最後の仕上げにかかろうと思う。

伊藤アキラ先生。
こんな私と長い間つき合ってくださり、ご指導くださり、ほんとうにありがとうございました。



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新型コロナワクチン狂想曲の実像 厚労省データをもとにまとめてみた2021/05/16 14:15

同調圧力で煮込まれることがいちばん怖い
ワクチン関連のことは、東京五輪関連以上に、何か書くと総攻撃を受ける気配が濃厚だし、デリケートな問題を数多く含んでいるので、身を守るためには黙っていたいのだが、知らないうちにとんでもない事態に進みそうなので、敢えて書く。
最初にお断りしておくが、私は「ワクチンを打つ、打たない論争」に火をつけるつもりは毛頭ない。これから書くことはすべて厚生労働省が公表しているデータに基づいた数値や内容である。厚労省のWEBサイトで丹念に捜せば元データや資料が直接見られる。
個々の記事は新聞記事に絞っており、個人のコラムなどからの引用ではない。
これらのデータが、あまりにも細切れに、散発的にしか表に出てこないので、ただでさえ分かりづらいCOVID-19やワクチンの現状が見えにくい。
なんとか全体像や最新の状況が見えるようにまとめてみたい、判断するための正しい材料を整理してみたい。そうした思いでこれを書いている。

「ワクチン報道」の危うい過熱ぶり

メディアの「ワクチン待望論」的な煽りや視点の持ち方が相当おかしい。
分かっているデータがあるのに、妙に及び腰で、わざと見えにくくしているフシがある。一方で、ウケ狙いの記事ばかり飛ばしてくる。
市長が医療従事者枠でワクチンを打ったのはけしからんとか、どうでもいい。むしろ、ワクチンを早く打たないと大変なことになると脅したり、ワクチンに少しでも不安があるという言葉を発する者を総攻撃したりする同調圧力が暴走することのほうが怖ろしい。

ワクチンについては、多くのことがまだ未解明であり、副反応や将来にわたっての影響がよく分からないまま打っている「見切り発車」であることは間違いない。
毎日数千人単位で死者が出ているような国・地域では、とりあえずワクチンでなんとかしろ、となるのは仕方がないだろう。しかし、当初から死者の割合が極端に低かった東アジアでは、まずはウイルスの侵入を防ぐ、感染を広げずに抑えるというやり方が先だったはずだ。
実際、他の国々はそれに概ね成功している。台湾などは見事なお手本だ。
台湾でCOVID-19での死者は100万人あたり0.5人、日本は同・91人で182分の1(worldmeters.infoのデータより)だが、ワクチン摂取率を比較すると、5月13日現在、台湾は100人あたり0.5回であり(日本経済新聞社作成のデータより)、日本の同・4.4回のおよそ10分の1である。
アジア・オセアニアの国々を人口あたりのCOVID-19死者数の少ない順に、100人あたりワクチン接種回数を併記して並べてみると、
国:100万人あたりの死者数、100人あたりの接種回数
  • ベトナム:0.4人、0.9回
  • 台湾:0.5人、0.5回
  • ブータン:1人、63.1回
  • 中国:3人、25.3回
  • シンガポール:5人、55.0回
  • ニュージーランド:5人、7.9回
  • タイ:8人、2.9回
  • 香港:28人、24.4回
  • オーストラリア:35人、11.1回
  • 韓国:37人、8.6回
  • マレーシア:58人、5.9回
  • ミャンマー:59人、3.3回
  • モンゴル:62人、72.8回
  • 日本:91人、4.4回
  • ネパール:169人、8.6回
  • フィリピン:173人、2.4回
  • インドネシア:174人、8.3回
  • インド:197人、12.9回
(↑青字は日本よりワクチン摂取率が低い)
……となり、日本よりワクチンを打っていない国で日本よりはるかに死んでいない国が多数あることが分かる。
つまり、単純に、ワクチンを打てば死ななくなる、というわけではない

ワクチンを巡るドタバタについては、いろいろな問題が指摘できるのだが、一番気になるのは安全性についての情報発信が頼りなさすぎることだ。
頭痛や倦怠感といった副反応はほぼ「ある」と思っていいようだが、その情報がほとんど出てこない。
仕事を休めない人やプロアスリートなどにとっては、たとえ数日間のことであったとしても重大な問題だ。

現役の医療従事者がワクチン接種後に急死している

接種後に急死した人が若い人も含めてすでに二桁いることも、あまり報道されていない。個別のケースが地方紙で散発的に記事が出るだけで、全国紙やテレビが包括的に報道しているのを見たことがない。
厚生労働省は5月12日、「新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要」として、「令和3年2月17日から令和3年5月2日までに報告された死亡事例は計 28 件となった。なお、上記に加え、令和3年5月3日から令和3年5月7日までに、医療機関又は製造販売業者から死亡として報告された事例が 11 件あった。」と報告した。
つまり、厚労省が把握しているだけで5月7日までに39件の死亡例があった。

画像は厚労省発表のデータより

厚労省が公開している「新型コロナワクチン(コミナティ筋注、ファイザー株式会社)接種後に死亡として報告された事例の一覧(令和3年2月17日から令和3年5月7日までの報告分)」から60代以下の死亡例だけ拾ってみると……、
  • 61歳 女 2021年2月26日接種 3月1日死亡 基礎疾患なし 死因:くも膜下出血
  • 46歳 男 2021年3月19日接種 3月20日死亡 基礎疾患なし 急性大動脈解離心タンポナーデ
  • 26歳 女 2021年3月19日接種 3月23日死亡 基礎疾患なし 脳出血(小脳)、くも膜下出血
  • 69歳 女 2021年3月17日接種 3月26日死亡 基礎疾患なし 脳出血
  • 65歳 男 2021年3月9日接種 3月28日死亡 基礎疾患不明 急性心不全(心臓死以外の原因となる所見なし)
  • 62歳 男 2021年4月1日接種 4月2日死亡  基礎疾患不明 風呂場で溺死
  • 51歳 男 2021年3月25日接種 4月8日死亡 基礎疾患なし 心室細動
  • 37歳 男 2021年4月5日接種 4月8日死亡 基礎疾患花粉症 死因不明
  • 55歳 男 2021年4月17日接種 4月19日死亡 既往症高血圧など 急性心筋梗塞
  • 44歳 女 2021年4月21日接種 4月25日死亡 基礎疾患なし  くも膜下出血
  • 45歳 女 2021年4月21日接種 4月26日死亡 基礎疾患なし 死因不明
  • 40歳 女 接種日不明 2021年4月26日死亡 死因不明
  • 26歳 男 2021年4月28日接種 5月3日死亡 基礎疾患片頭痛 死因不明
  • 63歳 女 2021年4月30日接種 5月3日死亡 基礎疾患なし 死因:脳底動脈瘤破裂、くも膜下出血
  • 51歳 女 2021年4月23日接種 5月7日死亡 基礎疾患:肺胞低換気症候群、肥大型心筋症、肺高血圧、腎不全(透析中)
  • 69歳 男 2021年4月29日接種 5月7日死亡 基礎疾患:大動脈解離、前立腺がん 死因:胸部大動脈解離
……となる。
その後も、
愛媛県は5月13日、医療従事者の50代女性が新型コロナウイルスのワクチン接種後に死亡したと明らかにした。2回の接種を受けたが、心不全や呼吸困難など副反応が疑われる症状があったという。(新型コロナ ワクチン接種後に50代女性死亡 医療従事者 副反応疑い症状あり 毎日新聞 2021/05/14

長崎県は13日、医療従事者を対象とした新型コロナウイルスワクチンの優先接種を受けた60代女性が、接種から数日後の今月上旬に死亡したと発表した。死因は脳底動脈瘤(りゅう)破裂とくも膜下出血で、現時点でワクチン接種との因果関係は不明。医療従事者の接種後の死亡確認は、県内で2例目。(ワクチン接種から数日後に死亡 長崎県の60代医療従事者 西日本新聞 2021/05/13

新型コロナウイルスのワクチン接種を巡り、神奈川県は14日、県内でこれまでに接種後に3人が死亡したと明らかにした。(ワクチン接種後、神奈川で3人死亡 2人の因果関係を分析中 神奈川新聞 2021/05/14

三重県は14日、県内で新型コロナウイルスワクチンの接種を受けた40代女性が接種から5日後の今月2日に死亡したと発表した。(新型コロナワクチン 40代女性、接種後に死亡 因果関係は不明 伊勢新聞 2021/05/15

……など、ここ数日だけでも、現役医療従事者を含むワクチン接種後死亡例が次々に報告されている。
65歳未満の死亡例はほぼ全員が現役の医療従事者だろう。つまり、健康体で毎日医療機関で働いていた人たちである。
わずか2か月あまりで健康体の現役医療従事者がワクチン接種後にこれだけの人数急死していることをどう捉えればいいのか。

二桁の急死例は「無視できる範囲」なのか?

これに対して、「現時点で医療従事者や高齢者などに行われたワクチン接種は合計400万回以上。接種後に死亡したのが39人なら、数百万人のうちの数十人だから無視していい」という論法がよく聞かれる。
厚労省も、2021年4月9日に公開した審議会資料の中で、「ワクチン接種後の出血性脳卒中死亡率は、0.12件/100万人・日であり、一般人口における出血性脳卒中死亡率0.97件/100万人・日と比較すると少ないので、問題ない」という論旨を記載している。
しかし、これはおかしいのではないか。ワクチン接種後に急死した人の中には現役の医療従事者が数多く含まれているのだ。病人や高齢者も含めた一般人口での出血性脳卒中の死亡率と比較するのは適当ではないだろう。
↑厚労省が2021/04/09に公開した審議会資料より。

インフルエンザワクチンの接種後の副反応疑いの死亡例と比較するなら分かる。これは過去10年以上にわたって、年間0件~4件程度である(厚労省「インフルエンザQ&A」より)。

さらには、ワクチン接種後の死亡例は厚労省に報告されている数十例がすべてではなさそうだ。
3月20日死亡の46歳の男性は旭川赤十字病院の事務職員である。3月19日に接種したが、翌20日に体調が急変し死亡。しかし、死亡原因がワクチン接種との関連性が証明できないとして、当初は報告されていなかった。それを、遺族が「報告してほしい」と要望し、4月になってから報告された(接種後に死亡、報告悩む医療機関…遺族は「国に伝えて」2021/05/09 読売新聞)。
他にも報告されていないケースがあるのではないだろうか。
さらには、これは死亡例だけであり、重篤な状態に陥ったケースは入っていない。数百例あるとも聞こえてくるが、そのデータもあるのかないのかよく分からない。
ワクチン接種後に重篤な状態になった人をしっかり病院が受け入れて治療できる体制が整っているのか、余裕があるのかも不安である。

打ちたくない人の人権を守れ

COVID-19感染での死者の年代別割合では、依然として若年層は低く、10代以下はほぼゼロである。


(画像は日本経済新聞社作成より)
それを踏まえると、若年層がワクチンを打って具合が悪くなったり、最悪死んでしまう確率と、ワクチンを打たずにCOVID-19になって重篤化したり死んでしまう確率と、どちらが高いのか……と疑いたくなる。
医療従事者がワクチン接種後に死亡した例では、40代、50代の女性が比較的多いように見える。
現段階で医療従事者で2回のワクチン接種を終えた割合は25%くらいらしいが、現場を知る医療従事者ほどワクチンの副反応には不安を抱えているのではないだろうか。しかし、口には出せないし、接種を拒否すると同調圧力で職場に居づらくなる。ただでさえストレス漬けの日々に、ワクチンストレスも加わって悲惨なことになっているのではないかと危惧する。

政府や厚労省は高齢者へのワクチン投与をとにかく急がせていて、まだワクチンが1箱も届いていない自治体にまで「7月末までに高齢者へのワクチン投与を完了させよ」と圧力をかけている。
新型コロナウイルスの高齢者へのワクチン接種をめぐる国の全国調査で、「7月末に完了できない」と回答していた兵庫県内の複数の市町に対し、国や県が強い働きかけをして完了時期を変更させていたことが神戸新聞の取材で分かった。国の12日の発表では、県内の全41市町が「7月末に完了」と回答しているが、実現に疑問を抱く市町も多く、調査の信頼性が問われる。(高齢者ワクチン接種完了時期 国が圧力「7月末で」 神戸新聞 2021/05/14

首都圏のある市長は4月下旬、総務省幹部から電話を受けて「7月に終わらせるにはどんな手伝いができるか」と繰り返し聞かれたという。医療従事者の確保が見通せず、8月以降と回答した市長は「『7月中にできる』と言わせたい様子だった。達成できなければ、自治体のせいにするつもりかもしれない」と憤る。同様の照会を厚生労働省から受けた首都圏の町長は「数字だけでも接種が進むように見せたくて、圧力をかけているのでは」と語った。(高齢者のワクチン接種「7月完了」に躍起の政府 自治体へ働き掛け強める 東京新聞 2021/05/13

しかし、今までも何度か書いてきたが、特養などの介護施設に入っている認知症の超高齢者に「機械的に」ワクチンを打つのは人道に反するのではないか
上記の厚労省が出している「死亡例」の中には、
  • 102歳 女 2021年4月12日接種 4月16日死亡 基礎疾患:誤嚥性肺炎、慢性心不全(大動脈弁狭窄症兼閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症)、マインベース・テオロング・アムロジピン・テルミサルタン(を内服) 死因:誤嚥性肺炎、気管支喘息、心不全
  • 90歳 女 2021年4月20日接種 4月22日死亡 基礎疾患:心臓病、高血圧、大動脈解離(H24)、心房細動(R3)、脳梗塞、骨粗しょう症、バイアスピリン、リセドロン等内服 死因:急性心不全、心筋梗塞等
  • 101歳 女 2021年4月23日接種 4月26日死亡 基礎疾患:高齢、高度アルツハイマー型認知症 死因:心肺停止
  • 90歳台 女 2021年4月19日接種 4月20日死亡 基礎疾患:不明 死因:老衰
  • 92歳 女 2021年4月26日接種 4月28日死亡 基礎疾患なし 死因:老衰
  • 91歳 女 2021年4月27日接種 4月27日死亡 基礎疾患:アルツハイマー型認知症、慢性心不全・陳旧性心筋梗塞(3年以上前)、胆のうドレナージ術後(2021年1月) 死因:心肺停止
……といった、どう考えても本人がワクチン接種に対する理解ができていたとは思えないケースも載っている。
心臓病や脳梗塞の既往症のある90代以上の認知症高齢者にワクチンを打ってしまっているのだ。
しかも、死因が「心肺停止」とか「老衰」というのも多い(「心肺停止」が「死因」?)。この人たちは、介護スタッフや医療者以外、家族とも面会禁止で接触していなかったはずで、施設外で感染することも人に感染させることもありえない人たちだ。
そういう超高齢者に機械的にワクチンを投与して、数日後に亡くなったときの死因は「老衰」とか書いているのだ。余計なことをして終末期の苦しみや不安を増加させただけではないのか。
ただでさえ(コロナ以前から)、終末期の近い高齢者(特に認知症が進んでいる高齢者)への医療をどうするかは、医療者も家族も介護スタッフも、ものすごく悩みながら対応している。そうした苦労を無視するかのように、「国が早くワクチンを打てと言っているから打つ」という姿勢はどうなのか。介護や医療現場の思考停止につながりかねないのではないか。
「接種後に老衰で亡くなることがある」と伝える? m3.com
最後のケースの91歳女性の報告には、「接種当日の朝の食事は全量摂取するなど著変なし。(ワクチン接種との)因果関係あり」と記されている。

こういう状況の中で、厚労省から各自治体へ、高齢者向けのワクチンが間に合わない場合、医療者用に配布した分を回すようにとの指示があったという(「ワクチン足りず、医療従事者用を回せ」国が高齢者接種の7月末完了で“脅し” 自治体が反発 2021/05/13 AERA DOT)。

厚労省からの指示書。画像はAeraドット より

何がなんでも高齢者へのワクチン接種を完了させたことにしたいのだろう。
都心に大規模ワクチン接種会場を設営というが、感染を恐れて家に籠もっていた高齢者たちがゾロゾロと長距離移動して東京に集まってくることのほうがよほど感染リスクが高いのではないか?
……もう、滅茶苦茶である。

とにかく、「現状の各種データを分かりやすく可視化して示してくれ」と言いたい。
判断するための正しい材料を提示してくれ。
データや情報を出さないまま、ウケ狙いや前のめりの報道はやめてほしい。
同調圧力鍋の中で国民がグツグツと煮込まれていくような社会には大きな悲劇が待っている。それは歴史が何度も証明してきた。
この調子では、1年後、2年後、この国はどうなっているのか。


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還暦を超えたら「かけ足教」に入信せよ?2020/12/14 14:14

森水学園 用務員・杜用治さんのノートより

(1974年4月26日)
村の中でもあちこちに桜が咲き始めた。
天気もいいので、校庭のベンチに座ってボ~ッとしていたら、白衣(といってもかなり汚れていてねずみ色に近い)を着た婆さまがとぼとぼと歩いてきて、黙って俺の隣りに座った。

婆さん婆さま: あんたはここのセンセイかね?

俺俺:  いや、ただの居候ですよ。村のみんなは用務員さん、って呼ぶけどね。そういう婆さまは何者なんですか。この村の者じゃないみたいだけど。
婆さん あたしゃ宗教家じゃよ。

俺 宗教家? 布教して回ってるってことですか? 仏教系? キリスト教系? 
ずいぶん疑問文が多いねぇ。あたしが説いて回る教えは、何系でもない。「かけ足教」というのを説いて回ってる。

俺  かけあし教? 聞いたことないなあ。面白そうだけど……。
聴くかね? 教理は簡単じゃよ。

俺  長くならないなら、聴いてもいいですよ。
じゃあ、簡潔に伝えようかね。
あんたは還暦を迎えたかね?

俺  いや、まだですね。
これは還暦を迎えてからの生き方を説く教えじゃ。

俺  それなら、俺にはまだ早いか……。
いやいや、還暦を迎えてから知るより、今から知っておいたほうが無駄な時間が減らせるじゃろ。せっかくだから聞きなさい。

俺 じゃあ、お願いします。
還暦というのは、干支が一回りして元に戻るってことじゃろ。本卦還りともいうな。
この世に生まれて、60年生きて、生まれた年の干支に戻るわけじゃな。
昔は人生50年というて、人が60年生きるなんてことは贅沢じゃった。
じゃから、60年生きたら、もう一度生まれて、それまでの60年の人生を踏まえて、残りの人生をじっくり生きよ、という教えじゃな。
じゃけんども、60を過ぎた人間は、脳みそも身体もガタガタぼろぼろじゃでな。それまでの60年のような時間をそれまでの時間感覚で生きることはできん。時間が過ぎる速さもどんどん短くなる。
じっくりとじゃが、駆け足で生きることを求められるわけじゃな。

俺 それで「駆け足教」っていうわけですか?
それもある。だが、かけ足教の「かける」は、もう一つの「かける」にもかけちょる。……かけ算じゃ。

俺 かけ算?
そう……歳をな、十の位の数と一の位の数で、かけ算をするんじゃ。
60歳は6と0。6かける0は0じゃろ。だから、60になったときは、もう一度別の人生を生きるつもりで0歳児として生まれ変わる気持ちになる。

俺 0歳児じゃ、何も考えられないし、言葉も使えないですよね。
そういうことではない。新しい人生におけることはゼロから始める、ということじゃ。それまで60年生きた経験は、そのまま残って、次の人生への架け橋になる。その架け橋の「かける」でもあるな。

俺 ……う~ん。……それで?
61歳になったら、6かける1で6歳じゃ。つまり、還暦を過ぎたら1年が6年の速さで過ぎていくんじゃな。かけ足で過ぎていくわけじゃな。
だから、それまでの人生の0歳から6歳までに身につけたこと、世の中のあらゆるものを、見て、聞いて、触って……という五感をもう一度研ぎ澄ませる。ものへの認識をゼロから見直してみる。言葉の意味も、音の聴き方も、基本を全部ゼロから見直してみる1年間じゃ。

俺 ……なんか面白そうですね。となると、62歳は6かける2で12歳か。小学校6年間で学んだことを見直す1年ってことですか?
おお、出来のいい生徒じゃな。その通りじゃ。小学校で学んだことを、もう一度、根本から考え直してみる。科学も歴史も……全部な。特に歴史なんてものは、時の権力者の都合でどんどん書き換えられている物語にすぎないからな。どこまでが本当にあったことか、偏見や脚色をとことん削ぎ落として、裸にしてみることじゃ。そうすれば、違う世界が見えてくる。

俺  それは分かる。俺もそれは常々思っていますよ。
じゃあ、63歳は6かける3で18歳。思春期ですね。これはどうやり直すんです?
やり直す、とは言っておらんじゃろ。振り返るのはええことじゃがな。あの頃のドキドキした時間をそのままやり直しはできんから、あれは一体なんだったんじゃろ、と思い直す時間じゃな。
十代のときにときめいた美しさとはなんだったのか。生殖本能によって歪められていた美感覚だったんじゃないか……とか。そういうことじゃな。
おまえさん、十代のときに心ときめいた女の子がおったじゃろ? 今、その子がそのときのままの姿で目の前に現れたらどう感じるかね。あの頃と同じような目では見られんじゃろ?

俺  それはそうだろうけど、ちょっと話がズレている気もしますね。同じようにはときめかなくても、何か特別な想いはこみ上げるんじゃないかなあ。それをどうしろと?
それをどうするか、どう考えて、新しい人生に生かすかは、おまえさんが63歳になったときに考えるんじゃな。

俺  じゃあ、64歳は24歳。その頃の俺は……。
何かを求めてあがいておったんじゃないかね。その求めたものは、技術だったり、人からの信頼や尊敬だったり、金だったり、性欲のはけ口だったり……。それは手に入ったかね?

俺  入ったものもあったけれど、手に入ったと思ったら、思っていたのと違っていてがっかりしたり、絶望したり、怒ったり……。
それが、最初の60年の人生で手に入れた「土台」じゃな。60からの人生は、その土台に種を蒔き、耕す人生なんじゃ。どんなにいい土台があっても、土台は土台にすぎん。放っておけば干からびるだけじゃな。

俺  なるほど。少し宗教……というより、人生訓みたいになってきましたね。
で、その調子で69歳までいくと、6かける9で54歳。まだ15歳若いけれど、だいぶ近づいてきましたね。
で、70歳になると、今度は7かける0で、また0歳に戻るんですか?
そこから先は、あんたが運よくその歳まで生きられたら、自分で答えを探すことじゃな。ただで教えられるのはここまでじゃ。

俺  え~? なんかちょっと……。まあ、いいや。ここまでの話でも十分面白かったから。
じゃあ、お布施代わりにお茶でも出しましょうか。待っててください。

俺はそう言って「用務員室」に戻り、湯を沸かし、茶を入れた。
あいにく、お茶菓子代わりになりそうなものはなかったので、茶わんと急須を乗せた盆を持って校庭のベンチに戻ると、婆さまの姿はもうなかった。
かけ足教の教祖はかけ足で消えてしまったのだろうか。

その後しばらく、村の人に会うたびに、汚れた白衣を着た婆さまのことを訊いてみたが、誰一人、そんな婆さまを見た者はいなかった。


フェイスブックのnoteアプリ機能とWEBサイトのnoteを混同していました。フェイスブックのnoteは10月で終了しましたが、note.com のほうは健在なのですね。
動画の発信なども、YouTubeから直接やツイッター経由より、noteを介したほうがよさそうな気がしてきたので、改めてnote を始めてみました。
https://note.com/tanupack です。

この「用務員・杜用治さんのノート」シリーズは、「森水学園第三分校」(https://nikko.city/morimizu/)の中の1コーナーですが、今後はnote.comのタヌパックページでも並行して掲載していくつもりです。


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25年間で4000回以上のWEB日記を書いていた2020/10/02 21:39

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煩悩は続くよどこまでも

思うところあって、2002年からAIC(朝日新聞のWEBコラムサイト Asahi Internet Caster)火曜日に連載していたコラム『デジタルストレス(キング)』から拾ったものを中心にして、エッセイ集を5冊まとめた。
すでにAmazonでも販売している

森トンカツ

エッセイ集を作ったことで、過去のWEB日記も見直してみた。
いちばん古いのは1996年で、まだデジカメもなかった時代。インターネット黎明期で、確かアナログ電話回線でピーガーって音を出すモデムで2400bpsとかでつないでいた。それが4800bpsになり、9600bpsになり……。
使っていたパソコンはIBMのPS-V Visionというやつ。メインメモリが8MBで内蔵HDDが170MBだった(GBじゃないよ)。
プロバイダはインターリンクというしょぼい回線のところから始まって、biglobeに移って、その後はAsahi-Net。1996年だと、biglobeに移ったあたりかな。
当然、写真画像なんて入れられなくて、入れるとしても画像ファイルは30KB以下なんてのが常識だった。30KBのちっちゃな粗いJPEGファイルでも、開くのに時間がかかって、プログレッシブJPEGなんて形式もあって……。

この頃は精神的にはものすごく追い込まれていて、日記に書いている内容もやたらと暗い。

それからなんとなく続いて、気がつくと25年も経っている。

以前のWEBページは、文字コードはShift-JISで、フェイスブックにリンクを張ると拾ったテキストが文字化けする。
ヘッダ情報のタイトルにトピックを入れてなかったので、目次を作るのに内容を拾えなくて苦労する。
それを今回、できうる限り直した。
文字コードをShift-JISからutf-8に変換し、ヘッダにはタイトル情報を全部入れていき、スマホで開いてもなんとか読めるように
<meta name="viewport"  content="width=device-width,initial-scale=1.0" />
というおまじないも入れた。

結果、日記の目次ページが4000行を軽く超えるというすごいことになった。つまり、25年間で軽く4000ページ以上のWEB日記を書いてきたことになる。

さらに困ったのは、何年か前にサーバーを移転したとき、画像ファイルの縦横情報が消えてしまったらしくて、多くの縦位置写真が横に表示されてしまったことだ。
ただ、寝てしまうだけならまだしも、縦横比も入れ替わるのでひどいことになる。それを一つ一つ見つけ出してIrfanViewに読み込み、写真を90度回転させて保存し直してサーバーにアップロードし直す……という、気が遠くなる作業をやった。

リンク切れや、今となっては意味のないリンクはなるべく消したが、まだまだいっぱい変なリンクやらミスが残っているはず。

でもまあ、だいぶよくなっただろう。

それにしても4000ページ以上の日記か……。何やってるんだか。
こういうのも煩悩のなせるわざだなあ。
それを自分の死後にも残したいと思って本にする。どこまでも深き煩悩よ。

  1. この世における自分の人生を嘆く⇒煩悩
  2. この世における自分の人生は諦めるが、自分の死後のこの世に思いをはせる⇒煩悩
  3. この世のことはすべて幻想だと割り切り、別の次元の世界に思いをはせる⇒煩悩

そろそろ第3段階の煩悩へと移行していきたい。

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コロナが教える「つぶされない生き方」2020/06/17 11:41

墓地にある石仏が、かつては墓そのものだったらしいと気づいたのは最近のことだ。その時代の人たちの死生観や生活ぶりはどうだったのか。今とは相当違うものだったのだろうとは思うが、具体的なイメージはなかなかわかない。

医学界でも言われ始めた「アジアの幸運」

COVID-19の感染率や重症化に関しては、やはりいくつかの要因があって、アジア諸国では死者が少ない。そのことは医学界でもようやく認知され始めてきたようだ。
この生死を分ける「要因」は何か、という研究が進めば、今のような、すぐ都市封鎖だのソーシャルディスタンスだのマスクだのっていう対策ではない、もっと根本的な「考え方」が形成されていくのだろうか。早くそうならないと、世界はどんどんまずい方向に進んでいきそうで、そのことのほうがウイルスそのものよりもはるかに怖い。

コロナという教師

ともあれ、ここにきて、コロナは、我々に多くのことを教えてくれている「教師」なのではないかという気がしてきている。
今まで見過ごされてきたことに目が向けられるようになって、そこから改めて学ぶことが増えた。
例えば、金は必要以上に持ってはいけないのだなあ、と思う。
負け惜しみではない。「前田ハウス」だの、「安倍首相のお友達」山口敬之氏、有名企業から偽名で月80万円だの、「兜町の風雲児」の最期だのという記事を読むにつけ、心からそう思える。
特に、人が稼いだ金(税金)を使える立場にいるというのは、本来なら大変な責任を背負い、ストレスを抱えるはずなのに、なあなあで(たが)が外れまくっている。開き直ればなんでも通ると思っている(実際そうなってしまっている)。
そうなったら、もうおしまい。壊れた乗り物を運転する薬漬けの廃人と同じなのだろうな……と。

人は必ず死ぬ。この世は夢の世界と同じで、一瞬で消えるバーチャルなもの。そのかりそめの時間の中でさえ、想像力を働かせず、煩悩まみれの生き方に閉じ込められるつまらなさ。永田町の人たちはともかく、霞が関の人たちは、「脳」の可能性という点では、平均よりずっと可能性を持っていた人たちだろうに。
ギャンブル依存症になっている芸人が、それを自虐的に「芸」に取り込もうとするような探究心さえも持てない人たち。可哀想だな、と思うけれど、そういう人たちが、他人の生死を握るような立場にいる、というのが困るし、恐ろしい。

「歴史を学ぶ」のではなく「歴史に学ぶ」

そんなこんなのコロナ疲れもあって、社会の理不尽さを嘆いたり憤ったりする体力もなくなってきた。

先人たちは、様々な失敗体験に基づいて、たとえば「三権分立は大事ですよ」とか「ルールにそって物事を決めましょう」ということを大切にしてきました。こうした知恵が憲法や法律に書き込まれています。
今を生きている人だけで物事を決めてしまうと、大変な悲劇を受けます。
(略)
たとえ「多数派が支持していること」でも「やってはいけないこと」があると考えるのが立憲主義であり、政治的リーダーの本質的な務めではないでしょうか。
安倍首相は「戦後民主主義のあだ花」か?  政治学者中島岳志が分析する「本質を忘れたリーダー」とは HUFFPOST 2020/06/10

「死者の声」に耳傾ける、という言い方をしなくても、要するに「歴史に学ぶ」ことが大切だという話だ。
ただ、その「歴史」は学校で教えてくれるわけじゃない。あれはすでに「編集済み」の読み物だからだ。

出発点は、疑問を持つこと。想像力を働かせること。そして、なるべく自分好みの期待値や裏読みを排除して、実際はどうだったのかと判断していく姿勢だろう。

社会全体がどう動いたのか、そうなっていった要因にはどんなものがあったのかは、ていねいに調べていけば見えてくる。
645年に起きたとされる「乙巳(いっし)の変」(私たちの世代はその年号は「大化の改新」と丸暗記したが、今はこう教えているらしい)が実際にはどんな背景をもち、どのようなものだったのかは、今となっては分からないし、それほど重要だとも思えない。
しかし、幕末から明治にかけての動き、日中戦争から太平洋戦争に至るまでの世相……そういうものはかなりはっきり見えてくるし、今の社会にも大きな影響や因果関係を持っている。これは為政者だけでなく、すべての人が知っておかなければならない事実だ。
しかし、学校の歴史の授業ではそこを教えてくれない。何年に何が起きたか、そのときの人物の名前は、事件の名称は……そんなことを暗記するだけで終わる受験勉強。
歴史を学ぶというよりも「歴史学ぶ」ことが大切なのだ。
しかし、受験生時代にはそんな余裕はまったくなかった。時間的余裕も、精神的な成熟度も足りなかった。
また、「この子は歴史に何を学んだのか」をはかる入学試験などというものはなかったし、今もない。

少し前、勝ち組・負け組という言葉が流行ったけれど、そんな単純なものではないなあ、というのが、人生終盤にきて分かってきた。
大切なのは社会の理不尽に「つぶされない」生き方だと。

私の周囲には「つぶされない生き方」を続ける達人がたくさんいる。その「技術」や「哲学」はそれぞれだけれど、その「それぞれである」という「個性」が守られることが大切なことだ。
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