狂った社会を生き抜くために2022/11/27 12:13

NHK名物? まさかの勝利の後のお通夜風景

あるカフェの自然体ホスピタリティ

最近、地元の小さなカフェにたまに遊びに行く。
ジャズトランペッターのマスターがひとりで始めた手作りの店だが、今はバンド仲間だった女性が手伝っていて、その2人がスタッフ総勢。
音楽好きの高齢者が常連になり、すぐにセッションが始まるし、楽器初心者が経験者に手ほどきを受けるために通ってきたりしている。
この店は、私にとっては音楽を楽しむというよりも、今は「人と楽しく会話する」ことができる唯一のお店という点でとてもありがたい。
ここ数年、特に新コロインフォデミックが始まってからは、外食することもなくなったし、スーパーで買い物するのもいちいちマスクのこととか考えるとストレスを感じる。そんな日々の中で、この店は、なんのストレスも感じることなくいられるというだけで貴重なのだ。
家に帰ってきてからも、なんだか少し元気が出て、身体も軽くなったような気がする。
最初は気づかなかったのだが、客も店側の人間も誰一人マスクをしていないときがある。
3年前にはあたりまえのことなのに、そんなことがすごく特別なことになってしまっているのだなあ。国民服と「もんぺ」の社会が再現されてしまっている。

さらによく観察していると、お店の人はお客さんが店の中でマスクを外さなければ自分たちもマスクをして、客のだれもマスクをしていなければ自分たちもそっと外す……という暗黙の行動をしているようだ。それも、いちいち客側に意識させないようにさりげなく。
そういうところが素晴らしいな、と思う。
つまり、どっち方向にもムキにならないのだ。
大人がマスクをするのは自由だ。したければすればいいわけで、それをいちいち論争の火種にしていたら、ただでさえ鬱陶しく閉塞感に満ちた日常生活がさらに耐えがたいものになってしまう。
世界から取り残された今の日本において、このお店の柔軟な姿勢というか自然体のホスピタリティは、店と客の関係という点におけるマイルドサバイバー的な1つの解だと思う。

重曹をkg単位で買う


Amazonで購入でポチした4.7kg入り重曹2袋が到着。
何にでも使える万能選手。キロ単位で買うと安い。
ネットでは重曹とクエン酸をまぜた水が新コロワクチン後遺症の軽減に効くとか、癌細胞の増殖を抑えるとか、いろいろかまびすしい。
その真偽のほどはよく分からないとしても、取りすぎたりしなければ身体に害があるものではないので、変な薬に手を出すよりずっといいだろう。私自身はそこまでの必要に迫られている感じはないので、まだ試してないけれど。
かみさんは食器洗いや洗濯にだいぶ前から使っていて、もう手放せないと言っている。
重曹とクエン酸を水に混ぜたらそれはただのソーダ水だわね。それで癌が治療できるなら、そんなにいいことはないだろうけれど、医薬品メーカーは困ってしまうね。知らんけど。

兆単位の税金を使って人々に臨床試験が済んでいないmRNAワクチンなる薬剤を打ち、その後遺症が騒がれて、解毒には重曹水が効くなんていう話が溢れている現代社会。

そういえば、先日UPした「報じない国・ニッポン」にTwitterで最初に♡マークをつけてくれたのは川田龍平議員だった↓。ちょっと驚いた。


薬の怖さも恩恵も身を持って知っている川田議員。立憲民主党の中では貴重な存在だ。でも、立民も上層部はな~んにも分かってないのか、無意識に逃げているのか、あるいはすでに取り込まれているのか、まったく政権を取れる器ではない。
米国の二大政党制というのも、歴史を見ればどちらも戦争屋、株屋の道具になっているような仕組みだし、「民主主義」なんてものは、最初から存在していないか、詐欺のお題目なのだろうな。

ただ、ほんの少しずつではあるけれど、まともな方向に舵取りしようとする政治家も出てきているのかもしれない。
↓これなどは朗報。トンデモ国になってしまったカナダにも、まともなことを訴える州知事が登場したようだ。




Danielle Smith was sworn in as Alberta’s new premier on Tuesday and in her first news conference, said that vaccine mandates are an "unacceptable" form of discrimination.
"They have been the most discriminated against group that I've ever witnessed in my lifetime," Smith said. "I find that unacceptable - we are not going to create a segregated society," she added.

「ワクチンの強要は受け入れがたい差別形態です。これらは私が生涯見てきた中で最もひどい差別であり、受け入れることはできません。私たちは分断社会を作ってはなりません」


↑子供のマスク問題についても孤軍奮闘の様子

Danielle Smith──彼女は教育委員会委員やコラムニスト、ラジオキャスターなどの経歴を経ているという。
最近は、まともなことを言う人も、巧妙な心理戦の中で仕掛けられた当て馬だったり操り人形だったりすることもあるので、信用できる人物なのかどうかは、言動の他に「顔」をよく見て判断するようにしている。(お、偉そうに……)

Wikiより

日本でも、国政がここまでひどい状況で、簡単には立て直せなくなってしまった以上、地方行政の場でまともなリーダーが登場することを期待したほうがまだ望みがあるのだろうか。
民間レベル、個人レベルでは少しずつ動いている。主要メディアが絶対に伝えようとしないメッセージを、有志たちが諦めることなく、なんとか伝えようと努力している。



「私たちは新コロのデタラメな情報阻止における戦いにおいて、偽情報ばらまき屋と呼ばれながらも勝利しつつあります。しかし、この戦争はまだまだ終わっていません。一緒に戦いを続けると宣言してくれる人はいますか?」

↑こうした声を上げている医師たちは、これで金をもらうわけでもなく、儲かるわけでもない
むしろ、医療業界の中で潰されたり、場合によっては命を狙われかねない危険を承知で訴えている。
一方、打て打てと言い続ける医師たちは、それによって莫大な利益を得ている。新コロ騒ぎを巡る利権は兆単位の巨額。濡れ手に粟のような金を得た体験は簡単に捨てられないだろう。
新型コロナ患者の受け入れのため、病床を確保した病院に交付金を支払う事業について、会計検査院が調べたところ、32病院に対して約55億円が過大に支払われていた。対象外の病床や区分が不適切な病床が計上されて申請され、自治体の審査もすり抜けていた。検査院は過大額について返還を求めたという。
コロナ病床の補助金55億円が過大 病院側「頂けるうちに…」2022/11/7 朝日新聞

これまで講じていた接種費用(2,070円)への時間外・休日加算相当分の上乗せ、時間外・休日のワクチン接種会場への医療従事者派遣に対する財政的支援に加え、今般、診療所ごとの接種回数の底上げと接種を実施する医療機関数の増加の両面からの取り組みにより、接種回数の増加を図るため、新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金を活用し、個別接種促進のための新たな財政支援を行う。
厚労省「ワクチン接種に係る新たな支援策について」

どちらの医師を信用するか、ということ。




とにかく、少しずつでも世界が正常化しますように……!!

いつも通りの正月を迎えられる国と地獄の冬を迎える国

金曜日はいきつけの地元のスーパーが「シルバーデー」と称して65歳以上の客の買い物を5%引きしてくれる。実質、消費税分が半額になるわけで、買い物は金曜日……?
レジのところに「シルバー割引きで」と意志表示するための紙が吊されているのだが、それを取ろうとしたらレジの男性が「(いちいち取らなくても)だいじょうぶですよ」と言ってきた。
容姿を見ただけで高齢者だと分かるというのも、面倒くさくなくていいような、現実を突きつけられるようでガックリくるような……。

入口に正月用品がズラッと並んだドラッグストア。まだ11月だよぉ~
灯油をいつもより多めに買い置きしておく。どのタイミングで値上がりしていくか分からないのでね。

ネコ車はノーパンクタイヤの深底タイプに限る。重い灯油タンクもこうやって運べる

灯油は店頭販売で109円/㍑(税込)だった。
ついに100円超えか~。少し前のレギュラーガソリン並みじゃないか。
あらためて調べてみたら……、

こんな感じだった

これも国が一旦買い支えしているからこの程度で済んでいるわけで、いつまでこんなことが続けられるのか。
ヨーロッパはそろそろ大規模な暴動とか起きて、この冬は大変なことになるんじゃないかしら。特にドイツ、イギリスは、このまま政府が狂気の自爆路線を突き進めば、爆弾が降らなくてもじわじわと死者が増えていくだろう。

マイナンバーカードをめぐる小さな話題

マイナンバーカードによって個人の医療記録や預金口座などすべてを一元化して監視、管理できる社会を作ろうとしている、という話もたくさん飛び交っている。
我が家では情報が抜き取られていることについてはとっくに諦めている。
マイナカードなしではネットでの確定申告ができないだけでなく、原稿料やら出演料を振り込んでくる出版社や放送局がマイナンバーカード情報の提出を求めてくる。当然、その情報は国に自動的に入っているわけで、すでにガッチリと握られてしまっている。もちろん、我が家のような貧乏世帯なんかどうでもいいことだろうけれどね。

出版社や放送局、番組制作会社などからの「マイナンバーカード情報の提出をお願いします」という書面は何年も前からすでに何通も受け取っている。仕方なく応じているが、最近、どうにも理解できない企業(某放送局)からきた。
その放送局の番組出演は10年以上前にあったきりで、もちろん振込も10年以上前に済んでいるので、なんだろうと訝ったまま放っておいた。
そうしたら、今日、その放送局から速達の封書が届いた。
マイナンバーカード情報の提出を早くしろという督促状かと思ったら違った↓


……なんでしょね、これは。
カード情報を扱う企業やら役所やら銀行やらがこんな調子だったら、制度がどうのという以前に、この国のシステムセキュリティのレベル(特に人為的な部分)が危ういよね。

そんなこんなでも、ちゃんとご飯食べて、お風呂も入れる生活が今のところはなんとか保てているだけでも幸せだと思おう。

重曹とかいろいろ
ビタミンD3サプリ
免疫系を正常に保つのに効果があると複数の医師が薦めているビタミンD3。
Amazonで購入で2830円。8円/粒 だったものが円安で高騰中(2022/10/18時点では3499円。10円/粒)  ⇒こちら


マグネシウムサプリ

「マイルド・サバイバー」 (たくき よしみつ・著、MdN新書)

   
Amazonで購入で購入は⇒こちら
以下からもご購入できます(Click)
楽天ブックスで買う    セブンネットで買う(セブンイレブン各店などで受け取り)     Yahoo!ショッピングで買う    hontoで買う


用務員・杜用治さんのノート
カタカムナから量子論、宗教哲学、情報戦争まで、現代社会の謎と真相を楽しみながら考える、まったく新しいタイプの文章エンターテインメント  用務員・杜用治さんのノート』 Amazonで購入で買えます


           


Facebook   Twitter   LINE

50年前のカセットテープに入っていたAKAIのラジオCM2022/08/28 20:29

少しでも断捨離しなくちゃ、と思ってゴミの山に向かったのだが、古いカセットテープの山から、ああ、これは捨てられないよなあと思うようなものが出てきて、また作業が止まってしまった。
大元のテープからダビングを重ねて編集したものばかりだが、一番古そうなのは1972年と記されたもの。
中2の秋に結成したフォークバンド「巨蕭(きょしょう)」も、もうすぐ大学受験だし、最後に録音でもしようか、と、河原君の家に集まって録ったものらしい。
あたしと河原君、石井くん、そして録音係として佐野くんもいるみたいだ。野口くんがいないのは、すでに受験勉強に専念して抜けていたからかな。
聴いてみたいが、カセットテープを再生するプレイヤーがない。
何年か前に買ったUSB出力のついたカセットプレーヤーがあるはずだと思って部屋中捜したが出てこない。数時間後、ようやく見つけたのだが、再生してみたらモケモケの音で、聴けたもんじゃない。
これはテープそのものがダメなのか、それともプレーヤーが劣化してダメになっているのか?
動作はするので、何本か差し替えて試したのだが、どれもひどい音でグニョグニョ。
そこで、どこかにラジカセがあったはずだと、かわず庵に戻って持ってきたが、ラジオは受信できたが、カセット部分は音が出なかった。
悩んだ末に、メルカリやAmazonでカセットテープ再生機を探した末に、Amazonで前に買ったのと同じようなやつをポチした
「残り1点」で2,480円だったが、今確認したら「残り1点」のまま3000円に値上げしていた。「残り1点」はおそらく「釣り」だろう。

翌日届いたのだが、なんと、前に買ったサンワサプライの製品とまったく同じものだった。OEMで何社にもフタと裏のシール部分だけ替えて供給しているようだ。
サンワサプライのは4980円で出ているので、半額で購入できたわけだ。


↑↓左が今回購入したもの。右が数年前に購入したサンワサプライのもの。まったく同じ製品だった


これも最初は苦労したのだが、なんとか今度はマシな音で再生できた。


↑50年前の私の歌声。
一緒に歌っているのは河原君と石井くん。

で、これよりもっと聴きたかったのがこれ↓

1971年頃、ラジオから流れてきたAKAIのオープンリールデッキのラジオCM。
FMの音楽番組を録音していて、たまたま一緒に録音されていたもの。ナベサダの番組か何かだったのかな。
3分45秒の楽曲を2分50秒まではまったくナレーションなしで聴かせてくれるので、そのときも最初はCMだとは思わなかった。
私が師匠と思っている樋口康雄氏さんの作風だが、AKAIだから、作・編曲はおそらく大野雄二さんだろう。
短調とも長調ともつかない、ドレミではとても歌えないような調性感のない?メロディなのだが、違和感などはまったく感じさせず、お洒落で耳に心地よい。
こんな贅沢な放送文化、音楽文化があった時代なのだと、改めて感じさせてくれる名曲。
これをカセットテープに入れてよく車の中で聴いていたのだが、長いことテープを紛失していて聴けなかった。

↑車で聴くために編集したテープ。「My Favorite Melodies」とある。昔はこういうことみんなやってたよね

↑安物のテープなので劣化が心配だったが……
今回はしつこく再生に挑戦した結果、なんとか聴けた。
埋もれさせたままなのはあまりにももったいないので、いろいろ問題はありそうだが、YouTubeにUPしてみた。

凄いよなあ。
50年前の日本はこうだったんだなあ。奇跡のようなかっこよさ。
「グリーン・スリーブズ」みたいなメロディックマイナーのメロディというのともちょっと違うし、かといって、メジャーでもマイナーでもないような調性感の摑みにくい曲。

↑冒頭の部分を譜面に起こしてみただけでも、転調やら変拍子やらテンポチェンジやら……滅茶苦茶凝っている。それなのに嫌みがまったくない。普通に聴いていたら「ああ、きれいなメロディだなぁ」で終わりそうな自然さ。
こういう音楽が50年前には一部の音楽家たちによって量産されていた。樋口康雄、大野雄二……この二人は一体どれだけの劇伴やCM音楽を書いたことだろう。そのすべてがかっこよくて、テレビのイヤホンジャックにコードをつないでテープデッキに録音したりしたものだ。
このメロディが頭から離れず、脳が興奮したままでよく眠れなかった。

50年経った今、こういうのを聴き直すと、自分がいかに中途半端で凡人なのかが分かり、静かなため息が出る。
残りの人生、数をまったく無視した創作活動をしようと、改めて思った。「一人に向かって」どころか、自分だけに向かって。
誰にもおもねない。受け入れられるという計算もしない。
そうして、肉体から抜けて行く準備をしていけないだろうか……。

ああ、やっぱり音楽は魔物だな。

「マイルド・サバイバー」 (たくき よしみつ・著、MdN新書)

   
Amazonで購入で購入は⇒こちら
以下からもご購入できます(Click)
楽天ブックスで買う    セブンネットで買う(セブンイレブン各店などで受け取り)     Yahoo!ショッピングで買う    hontoで買う


用務員・杜用治さんのノート
カタカムナから量子論、宗教哲学、情報戦争まで、現代社会の謎と真相を楽しみながら考える、まったく新しいタイプの文章エンターテインメント  用務員・杜用治さんのノート』 Amazonで購入で買えます


           


Facebook   Twitter   LINE

「陰謀論」を論じる呑み会2022/04/23 11:21

歴史の必然なのか、AIの計算なのか

イシ: さて、吾狼さんがシクシクと泣き出してしまったので、このへんで吾狼さんが喜びそうな陰謀論に入っていきましょうか。データの裏付けとかはあまり関係なく、空想、妄想、推理の領域に。

吾狼: いいですねえ! 待ってました。

幽大: 単純なやつだな。

吾狼: いやいや、陰謀論はむしろ幽大さんの得意分野じゃないですか。

幽大: 余輩のは陰謀論ではなく「予言」だ。

吾狼: はいはい。

イシ: で、陰謀論といっても、話があまりにもとりとめがなくなるのもアレなので、最初に私からひとつ命題を提示してみますね。それは、

 A) 今起きている異常なこと、コロナとかワクチンとかウクライナは互いに連係プレーをしているようにも見えるんですが、これは人類の歴史から見て特に異常なことというわけではなく、人間の(ごう)というか(さが)というか、そういうものがもたらした宿命的なものなのか、

 それとも、

 B) そういう破滅的な計画を立てて実行している何者かによって操られているものなのか、

 ……ということです。

吾狼: え? どういうことですか? 簡単にいうと、自然発生的なものなのか人為的なものなのか、ということですか?

イシ: う~ん、言い方が下手だったな。どう言えばいいかな。
 人間が破滅に向かって異常な行動をしていくのも人間が本来持っている性質であって、その意味では「自然」なことだ、というのが前者のA説。
 そうではなくて、人間の人智を超えた何者か、あるいは極めて少数の権力者や富豪が組織的に計画を立てて実行しているというのが後者のB説、かな。
 一般にはB説的なものを「陰謀論」と呼んで、信用するに足りないと唾棄される傾向があるわけだけど。

幽大: その2つは違うものなのかね。どちらの要素も含んで進んできたのが人類史ではないのか?

イシ: う~ん、そう言われてしまうと……そうなのかも……。

幽大: 例えば、余輩は新コロは人工ウイルスだと思っているが、そういうヤバいものを作りたがる、そして作ってしまうのは、人間が本来持っている欲とか好奇心といった「生物的な特質」によるものだと思っておる。
 古代人が、より破壊力のある武器を作ろうとしたように、科学が進めば、遺伝情報を操作したいとか、ウイルスを作り出したいと思う人間は必ず出てくる。人間というのはそういう性質を持った生き物だと考えれば、人工ウイルスも、広い意味では「自然発生」したともいえるわな。
 人間が自然を破壊して文明の寿命を縮めるのもそうだし、戦争がなくならないのもそうだ。個々の事例は自然発生ではなく人為的なものだが、そういうことをしてしまうのが人間なのだ、といってしまえば、すべては「自然の成り行き」だ、ともいえる。

吾狼: ああ、それはよく分かります。
 ただ、その考え方は広すぎてしまって、いわゆる陰謀論──イルミナティだのディープステートだのが人口削減計画を実行している、みたいな話も、人間はそういう組織もまた作ってしまうものなのだ、と言えてしまいますよね。そうなると、すべてが「人間とはそういうもの」で片づけられてしまいそうです。

幽大: そういうものだろう?
 だから余輩は、以前から「陰謀論」という言葉そのものが気に入らんかったんだ。権力者や金持ちがやることは陰謀に決まっているではないか。陰謀のない歴史などない政治も経済も、陰謀と陰謀がぶつかるゲームだわな。
 春が来れば緑が増えて、冬になれば眠りにつく命が増えるみたいな自然の成り行きで行動している権力者や富豪がいると思うか?
 世界は権力者と富豪が動かしている。つまりは世の中は常に陰謀で動いている。そんなことはあたりまえではないか。

吾狼: そうですよねえ!
 例えば、今起きているウクライナ紛争は、アメリカがロシアのプーチン政権を潰そうとして仕掛けたこと、というのははっきりしていますよね。アメリカの中枢やその回りにいる一部の連中、ヌーランドとかが、CIAとも連携して、東欧の過激思想国粋主義者をテロリストに育て上げていた。イラクのときと同じやり方です。
 ウクライナにロシアとの友好関係を重視する政府ができると、政府に不満を持った市民を扇動し、クーデターで倒して、自分たちが操れる政府に入れ替えた。そして、傭兵や過激思想の兵士を訓練し、高性能な兵器を与え、軍事援助して、ドンバス地方のウクライナ人を虐待、虐殺してきた。
 アメリカはロシアを潰すためにそういう連中を利用しているつもりでも、アメリカから支援を受けた過激思想の連中は、ロシア語を話すウクライナ人はウクライナ人ではない。殲滅してしまえ、という衝動で動く。
 こうした流れが生まれるのは、一部の異常な思想の持ち主が大きな役割を果たしていて、ほとんどの人たちは全体像が見えないまま、いいように操られているわけです。
 こういう現実までも含めて「陰謀論だから信じるな」と言って調べようともしない人たちは、思考放棄ですよね。

幽大: おお、珍しく意見が合ったな。

イシ: ……ああ~、なんだか私が一人浮いちゃいましたね。
 では、こういうのならどうでしょう。
 病的思想を持ったサイコパスみたいな連中と、無能だけどカリスマ性だけはあるような連中が入り乱れて、ランダムな結果が生まれているのが現代社会である、というのがA説。
 そうではなく、極めて統制の取れた少数の頭のいい人間、あるいは人間を超えた何者かがシステマティックにあらゆる場面を操っているというのがB説。

吾狼: それだと、いわゆる「陰謀論」は後者のB説になるわけですね。

イシ: そうなるのかな。

幽大: 余輩はどちらかというと前者だな。超人的な頭脳を持った何者かが集まった、完全に隠された組織が世界を動かしているわけではなく、所詮、大したことのない人間たちが、たまたま調子こいたり、暴走したり、あるいは緻密な悪巧みを大胆に実行している結果が現代社会なのだろう、と思っておる。

吾狼: 幽大さんは神秘主義方向の人かと思ってましたが、実はドライなリアリストなんですね。

幽大: 近現代史を学べば、実につまらん少数の人間が悲惨な歴史を作り出してきたことが分かる。明治以降の日本はまさにそういう歴史を刻んできただろう? 東條英機とかはその典型だな。
 つまらん人間の下で、優秀な頭脳を持った学者・技術者や勤勉で従順な兵隊が動く。あ、兵隊というのは必ずしも鉄砲持った軍隊組織のことではないぞ。一般庶民、特に「組織、集団に縛られて生活せねばならん一般人」のことだ。
 あの悲惨な歴史を作りだしたのは、言ってみれば頭のよくない人間──欲望があり、煩悩があり、自己顕示欲、権力欲、名誉欲、自己防衛本能がある「普通の人間」たちだよ。とびきり頭のいい少数の人間が裏で操ったというわけではないだろう。石原完爾は東條英機の100万倍頭がよかったと思うが、歴史の中では決定的な役割を果たせなかった。最終的には東條のような愚か者が歴史を大きく動かした。そこには何ら合理性や法則性などない。「たまたま」そうなった。それが歴史というものではないかな。

吾狼: でも、そういう「普通の人間」たちを、いかに効率的、かつ、思い通りに動かすかを知っている、頭のいいごく少数の人間の組織がその上に、というか、その裏にあるのかもしれませんよ。

幽大: それがきみたちが言う「ディープステート」とかか?

吾狼: ええ、名称はなんでもいいんですが、国とか既存の宗教とかを超えたエリート意識で結びついているグループですね。例えば世界経済フォーラムとか……。

イシ: あのメンバーがみんな頭のいい連中とは思えないけどね。

吾狼: ええ、そうですね。最近バカっぷりがどんどん露呈している日本のあの若手政治家なんかも関係してますしね。でも、あのレベルのメンバーやパートナーとなっている企業などは全部、利用されている使い捨ての駒にすぎないわけで、その裏側にはほんとうに数人とか十数人くらいの超エリート会議みたいなのがあるんじゃないですかね。

イシ: 習近平も世界経済フォーラムのメンバーじゃなかったっけ? 少し前まではプーチンも。一筋縄ではいかない集団という感じはあるね。

吾狼: ええ。ジョージ・ソロスとかビル・ゲイツとかクラウス・シュワブとか、まあ、いろんな人が入り乱れてます。でも、ぼくはそのさらに上の決定をしている、表には決して出てこない「見えない存在」があるんじゃないかと勘ぐってるんです。

幽大: ほお~。誰だね、それは。

吾狼: 誰……ではなく、AIです。高度な人工知能。AIがネットを通じて得られるありとあらゆるビッグデータを駆使して計算し尽くして、人間はこういうふうに行動すると学習し、そのアルゴリズムに従って様々な計画を打ち出し、その計画を随時修正しながら実行させているんじゃないでしょうか。

イシ: ああ、それは以前から言われている説だね。それこそ「陰謀論」の本命的な説とでもいうか。

幽大: そうなのか? 人工知能が人間に指図しているのか?

吾狼: そう考えれば、ここ数年の異常な状況も説明がつくのかな、と。

イシ: 私はAIが計画を作っているという説は十分にありえると思っているけれど、AIそのものが自主的、というか、自立して計画を立て、指示をしているとまでは思っていないんだよね。やはりそれを使う者がいて、AIはあくまでも道具だろうと。

吾狼: だとしたら、もしもAIを使っている人間が望むのと違う答えをAIが出してきたらどうするんです?

イシ: 多分、AIが出してくる計画なり方法はほぼ絶対なんだと思うよ。問いを入力した人間側が「え? いくらなんでもそれは……」と躊躇するような答えが出てきても、AIの答えには従う。ただ、最終目標はAIが決めているわけじゃないと思う。

吾狼: 最終目標というのは? やはり人口削減とかですか?

イシ: いや、それも手段というか、方法だろう? 最終目標というのは、もっと宗教的な領域に入ることじゃないかな。

吾狼: 宗教的な領域……ですか……?

イシ: うん。一言で言えば、神の意思に従った新世界の建設、みたいなことかな。

吾狼: どんな神です? やはり旧約聖書的な神ですか?

イシ: 既存の宗教を包括したような、モワッとしたものかもしれないね。
 人は必ず死ぬ。でも、死を超えた救済があると信じたい、というのが多くの宗教の共通した核のようなものでしょ。その共通項のためには、いろんなものを削ぎ落としていく。○○教の教義とか、既存の倫理とか常識はどうでもいい。今の世界を塗り替えてくれるような新世界の出現という、その一点だけ。
 その「新世界」というものへのイメージは、集まっているメンバーによってだいぶ違うかもしれない。いや、違うだろうね。育ってきた文化背景が違うんだから。でも、その違いを乗り越えて動くことで、彼らは自分たちは他の人間たちとは違う超エリートなのだという意識を持てる。
 そこに一種無宗教的なリアリストも参加してくる。
 宗教的な要素とは関係なく、現在の数の人間が永続的に科学技術の恩恵を享受できる世界が続くことはありえない。人口を減らすことは必須の条件だ、と考えるリアリスト。彼らはあらゆる計画を数字や計算で処理するから、宗教的な意識の強い連中だけの組織よりも、強力、冷徹な意思を持った組織としてまとまる。
 世界経済フォーラムのサイトを開くと、あちこちに「メタバース(三次元仮想空間)」という言葉が出てくるでしょ。それがいいとか悪いとかではなく、とにかくこれからの世界はコンピュータ上の仮想空間が重要な役割を果たしていく、と言いたいようだね。

幽大: それがすでに一種の宗教だな。すでにコンピュータに支配されている感じだ。

吾狼: AIが支配しているのか、単にAIを使っているだけなのかは分かりませんが、とにかくAIが指令を出していると思うんですよ。
 だって、ここ数年の世界の動きを見ていると、とても人間が計画しているようには思えないほど緻密で、冷徹じゃないですか。
 例えば、中国は今、上海をはじめ、あちこちの都市をロックダウンしていますよね。コロナの蔓延を防ぐためだと言いますけど、実際には今の中国でコロナ死なんてほとんどないと思いますよ。あまりにも理不尽です。中国政府がそこまでバカだとはどうしても思えません。
 じゃあ、なんでそんなことをしているのか。
 アメリカの一国支配を潰すためだと思うんです。上海には西側諸国の大企業が集まってますから、あそこをロックダウンしたらたちまち経済活動ができなくなる。

幽大: だが、それは中国の首を絞めることにもなるだろう? 実際、農村では作付けができなくなり、食糧危機を招いていると聞くが。

吾狼: はい。それで食糧不足になるのを見越して、中国はすごい勢いで小麦などの穀物を世界中から買い集めてます。
 そうすると、食料を輸入している国々、特に西側先進国と呼ばれている国々の食糧危機がますます加速する。西側諸国がロシアの経済制裁とかやっていることで、ただでさえ食糧危機、エネルギー危機に陥るのを、一気に加速させて息の根を止めようとしているんだと思います。
 自国の作付けを阻害しているんだから、中国の国民もある程度餓死するかもしれない。でも、それも中国政府には計算済みなんじゃないですかね。国力を落とさない程度の人口調整は必要だ、くらいに思っているんじゃないか、と。あの政府はそういう冷酷な政府です。

イシ: なるほどねえ。吾狼さんの読みは深いな。
 私も、実はいちばん恐ろしいのはプーチンではなく習近平だと感じているんだ。
 プーチンは冷酷な人間だけれど、基本はロシアという国を守るという意識で動いているところが大きい。世界を支配しようとか、世界を作りかえようとまでは思っていないんじゃないか、と。
 だけど、習近平は、世界を中国中心の経済圏に作りかえるという壮大な野望で動いている気がする。そのためには何でもやるんじゃないかと。

幽大: 余輩の予言も、未来の中心はアメリカでもロシアでもなく、中国ではないかというものだ。そういう未来がぼんやり見えておったんだが、今、いろんな話を聞いていると、あながちハズレではなさそうだな。

吾狼: そのへんは3人ともほぼ同じ予感がしている、ということですかね。

イシ: そうだね。だから、問題は、この全体像をさらに計算して案出し、動かしている意思があるのか、ということかな。
 私はあるような気がしている。
 プーチンや習近平の性格や能力を見越して、彼らを含めた様々な人間や組織を動かしているものが。

吾狼: それはAIではない、というのがイシコフさんの考えですよね。AIではないとすると、一体何者ですか?

イシ: うん、AIそのものではないと思う。AIは機械だから。
 AIを使う者が動かしているんだろうだけど、それは人間とは限らないよね。「生物」ではあると思うけれど……。

吾狼: おお~! 出た~~!!

幽大: おお、すっかり元気になったようだな。吾狼くんが元気を取り戻したところで、今日はそろそろお開きかな?

イシ: そうしましょうか。私も歳で、疲れちゃいました。
 では、また会いましょう。落ちます。

吾狼: 「落ちます」って……古いなあ……。それ、もう死語ですって……。
 あ、もう二人ともいないや。

──プツン──

「人類を養殖している生物がいる」  Kindle版はAmazonで購入で180円


紙の本はAmazonで1408円 ⇒こちら


           


Facebook   Twitter   LINE

スティングレイ~サンダーバード~自衛隊2021/08/19 14:54

海岸にエイがたくさん打ち上げられていたという話が目にとまった。その瞬間、頭の中に「スティングレイ スティングレイ~♪」というフレーズがエコーした。
昔、そんなアニメだか海外ドラマだかがあったなあ。テーマソングだけは覚えている。

♪飛~び交う~ミサ~イル 吹っ飛ぶ陰謀 押~し~寄~せ~る~ 黒い○○を~
打ち砕く○○原子力潜水艦 スティングレイ スティングレイ ああ~ 海底大戦争~♪

……ん? 海底大戦争? そういうドラマだったのか。
というわけで念のためググってみたら、しっかりYouTubeにあった。YouTubeはほんと凄いな。なんでも出てくるわ。


そうそう、これよ!
アニメでもドラマでもなく、人形劇だったのか。サンダーバードと同じ人形じゃないか。同じプロダクションが作ったんだな、これは。
で、○○の部分は「怪物」と「最新」だったのね。でも、メロディは完全に正確に記憶されていた。
しかし、こんなに高いキーで歌っていたのか。子供が歌っているな、これは。

作詞:のぶひろし / 作曲:藤井次郎
歌:服部俊博 / クラウン少女合唱団 / クラウン混声合唱団

……だそうだ(Wikiより)。Wikiもすごいな。
藤井次郎という作曲者をググってみたが、この曲以外には出てこなかった。
歌手としてちょこっとレコードも出していたのかな?

↑オークションに出ていた。作詞作曲は浜口庫之助

同じ人かどうかは分からないけれど……。

で、このテーマソング、GマイナーのAメロはまったく記憶になくて、同名調のGメジャーに転調したサビからを覚えている。それだけ、この転調部分が印象的だったのかな。
そこにちょうど入ってきた助手さん曰く、
「何それ? どこの?」
「イギリスらしい」
「主題歌も?」
「これは日本で作ったらしい」
「でしょうね~。いかにも日本だもの」

なにが「いかにも日本」なのか分からないが、要するに典型的な昔のアニメの主題歌調ってことだな。
スーパージェッターとかマッハGoGoGoとか鉄人28号とかのテイスト。





そこでふと気がついた。
自分の音感を形成している要素の一つに、この手のアニメソング的なメロディがあるのかもしれないと。
あの時代のテレビを見ていない今の若い世代とは音感、というか、メロディに対する感性が違うのは当然かもしれない、と。
自分が大切に思っているメロディの価値なんてものも、実に薄っぺらいものなのかもしれない……。
(いやいやいや、そこまで卑下するのはやめよう。人生の終わりに来て、悲しすぎる)

サンダーバードより前だった

で、スティングレイが人形劇だと分かったとき、すぐに「サンダーバードの二番煎じか」と思ったのだが、Wikiを見たら違っていた。
本作(サンダーバード)は1963年『海底大戦争 スティングレイ』の後番組を構想中のジェリー・アンダーソンが、ドイツのマチルド鉱山で起きた、129人が生き埋めになった浸水落盤事故で、29人が死亡したが懸命な救助の結果100人が救出されたこと(レンゲデの奇跡  Wunder von Lengede)を知り「国際的な協力で、科学的な設備を持って救助すれば被害は食い止められる」と思いつき、企画案『国際救助隊』をまとめた。

……だそうだ。
つまり、スティングレイが先だったのだ。
スティングレイは「飛び交うミサイル」で潜水艦同士が打ち合いをして相手を吹っ飛ばすのだが、サンダーバードでは人を救助するという話に変わっている。
日本の自衛隊はよく「サンダーバードになればいい」と言われる。
憲法で戦争を放棄しているのだから、救助隊に徹すればいいではないか、と。
そういうことを前にも何度か書いた記憶がある。例えば17年以上前に書いた⇒これ
日本の国内で野戦が行われるという可能性は限りなく低い。
仮に日本を本気で攻撃しようとする国や組織があったとして、わざわざ狭い日本に兵隊や物資を投下、あるいは海から侵入させ、都会は避けて山間部を戦場として選び、さあ、ここで戦いましょう、というような戦争をするだろうか。ありえない。
原子力施設にミサイルを撃ち込むとか、人混みに紛れたテロ活動という方法を取ったほうがはるかに現実的だ。
そうした攻撃に対しては、迷彩色に塗られた軍事車両や迷彩服を着た兵隊は無力である。
防衛が目的であるなら、情報戦関連の強化や、生物化学兵器、爆弾処理に強い特殊部隊の養成というほうがずっと納得できる。
デジタルストレス王 「迷彩色の意味」 2004年1月)


日航機が御巣鷹山に墜落したとき、現場の特定は夜が明けてからだった。
そのときの新聞記事で「自衛隊には高性能の大型サーチライトを搭載したヘリがなく、東京消防庁のヘリには搭載されている」ということを読んだときも驚いたものだ。
イチエフが爆発したときも、自衛隊には大型の発電機を運ぶだけの装備がないという記事を読んで呆れ返った。

子供、特に男の子はメカに憧れる。私も子どもの頃は、「ゼロ戦ハヤト」とか「紫電改の鷹」とかに刺激を受け、戦闘機が飛び交う絵を描いたりしていたことがある。
スティングレイもそうした子供の興味をそそるテレビ番組だった。
しかし、製作者のジェリー・アンダーソンは、潜水艦がミサイルを撃ち合う話よりも、人を救助する「国際救助隊」の話のほうがいいとすぐに気づいた。

日本ではどうか。いい大人が『永遠の……』なんて映画を絶賛している。
太平洋戦争末期、米艦に零戦機などで突っ込み、時に〝軍神〟とあがめられたり、時に「無駄死にだった」と切り捨てられたりもした特攻作戦の悲劇。出撃前の特攻隊員には覚醒剤「ヒロポン」が与えられていた。
これだけあった〝特攻隊員に覚醒剤〟外道の証拠 「チョコ包むの見た」証言から元教員が追跡 2021/08/15 共同通信)

書評は⇒こちら

市民の上に爆弾を落とす飛行機や、市街地に侵入する戦車より、被災地で働く重機のほうがカッコいいのだと、子供たちが学べるような社会に、なかなかならないのだなあ。

では、最後にサンダーバードの素晴らしすぎるテーマ音楽を!

作曲はイギリスの作曲家 バリー・グレイ(Barry Gray、1908年7月18日 - 1984年4月26日)。この重厚さと自由なメロディには脱帽だわ。
           




Twitter   LINE

「小原田圭吾『いじめ』問題」から私が学んだこと2021/07/27 11:11

「印象操作」が世界を作る怖さ

小林賢太郎の五輪開会式演出の話を書き終わろうとしていたとき、「こんな記事が出て来ました。」というメッセージが届いた。
リンクURLをクリックすると、百万年書房の北尾修一氏が書いた「いじめ紀行を再読して考えたこと 01-イントロダクション」という記事が出てきた。

「いじめ紀行 小山田圭吾の回」(雑誌『Quick Japan』vol.3:太田出版発行)について、私から一言。
という書き出しで始まるこの記事は、「2021年07月31日 夕方公開終了」とあるので、あと数日でネット上からは削除するつもりらしい。
なので、「後で読もう」ではなく、今すぐ読むなり、ページまるごと保存するなりして、ぜひ最後まで読んでほしい。
極めて重要なことが書いてあるからだ。

その2その3と、全部で3回にわたっているが、まるで謎解き小説を読むようなどんでん返し──それもかなり複雑で微妙で眠れなくなるほど考えさせられる内容になっている。

さらには、問題の発端となった雑誌『Quick Japan』vol.3の「村上清の"いじめ紀行" ゲスト 小山田圭吾の回」全文が、7月22日に公開されている。
当時の原稿そのものが削除も改変もなく公開されていて、解説は一切ない。
これもかなりの長さがあり、ブログページを使っての公開ということもあり、1から17まで分けて掲載している

私は今回の「五輪開会式音楽担当者がいじめ問題で辞任」という事件が派手に報道されるまで、小山田圭吾という人をまったく知らなかった。名前も聞いたことがなければ顔も知らない。もちろん、どんな音楽をやっているのかも知らない。
コーネリアスという芸名を使っていたらしいが、私にとってコーネリアスは、映画『猿の惑星』に出てくるチンパンジーしか思い浮かばない。
そのせいもあって、様々な記事の断片を読んでも、あまり興味が湧かなかった。
他人、特に弱者を苦しめて喜ぶ性癖を持つ人間はいる。この人も、その手のサイコパスなのだろうと思って無視していた。
しかし、違和感のようなものは感じていた。そんな記事が本当に世に出ていたのだろうか、この人はそれを本当に「自慢げに」話していたのだろうか……と。

で、教えてもらったリンクをクリックして、私はこの2つを、どちらも2回以上読んでみた。
そして、マスメディアをはじめとする多くの「小山田圭吾評」に対して、まったく違う印象を持つに到った。

なので、まずは、ぜひ面倒くさがらずに、この2つの「資料」に最後まで目を通してほしいと思う。特に、影響力の強いマスメディアの関係者や、この問題をすでに論じた人たちに。

この問題はかなり複雑で、簡単にこうだ、と断定的なことはいえない。まずは「一次資料」にあたって、自分の生い立ちや今に照らし合わせて、感じたこと、考えたことをゆっくり反芻する時間が必要だと思うのだ。
(ここまでは、7月24日に執筆)

元記事や関係者の証言から真相を探る

2日近く経過して、私自身、いろいろ考えたり、過去のことをチェックしたりしたので、忘れないうちに書き留めておきたい。(なにしろ惚けが急速に進んでいて、数日前のことさえ忘れている。恐怖だ)
まずは、小山田圭吾氏がツイッター上にのせた「謝罪文」全文を読んでみる。
ここに全文引用することはしないが、ネット上で検索すれば簡単に読めるはずだ。

特に注目したいのは、
 記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ、誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。
という部分だ。
  • 発売前の原稿確認ができなかった
  • 事実と異なる内容も多く記載されている
この2点は、謝罪文の中で彼が唯一「言い訳」的なことを述べている部分だが、どちらも本当だろう。
すでに多くの人たちが指摘していることだが、
  • 小山田はリップサービス的に「いじめ」の内容を「盛って」話したのではないか
  • そうすることで自分の記憶の中に巣くう居心地悪さを緩和しようとしたのではないか
  • 編集者・ライターは、それに乗じて、さらに過激な記事に仕立てたのではないか
……ということが想像できる。
もちろん、想像でしかないが、その可能性は高いだろう。特に「ロッキング・オン・ジャパン」のインタビュー記事はそうだと思う。
インタビューの当該箇所は、ページの見出しが「全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして……ごめんなさい」となっているが、この見出しの付け方からして編集部の作為を感じないわけにはいかない↓。
小山田氏が謝罪文の中で書いている「事実と異なる内容も多く記載されて」というのがまさにこのあたりだろう。
だからこそ、当時の記事執筆編集者・編集長である山崎洋一郎氏は、今回の事件(事象?)を引き起こしたことに責任を感じ、謝罪している
その時のインタビュアーは私であり編集長も担当しておりました。そこでのインタビュアーとしての姿勢、それを掲載した編集長としての判断、その全ては、いじめという問題に対しての倫理観や真摯さに欠ける間違った行為であると思います。

……とあるが、この「そこでのインタビュアーとしての姿勢」という言葉に注目したい。
人気のあるミュージシャンから刺激的な言葉を引き出せば記事が注目され、売れるだろうという計算があったはずだ。インタビューの中でも刺激的な言質を引き出そうとする質問者の姿勢が見える。

また、すでに何人かが指摘しているように、「ウンコ食わせて」は完全に「盛った」話であり、事実とは異なる可能性が高い。
全裸にしてオナニーさせて云々は、クイックジャパンの記事を読めば、小山田氏本人ではなく、修学旅行のときに「限度知らないタイプ」の先輩がやったことで、居合わせた小山田少年は「おお、怖え~」と思いながら見ていたということが分かる。

以下、引用部分はすべてクイックジャパンの当該記事からのものだ。
この記事の文章はあまりにも不完全で真意が読み取れない部分が多い。テープに録音された会話を加工せずにそのまま文字起こししているからだろう。つまり、取材(というか、実際には、ライターが小山田氏に企画を説明にいったときに交わした雑談)時の会話そのものだと思われる。
なんかそこまで行っちゃうと僕とか引いちゃうっていうか。
だけど、そこでもまだ行けちゃってるような奴なんかもいたりして。
そうすると、僕なんか奇妙な立場になっちゃうというか。
おもしろがれる線までっていうのは、おもしろがれるんだけど。
『ここはヤバイよな』っていうラインとかっていうのが、人それぞれだと思うんだけど、その人の場合だとかなりハードコアまで行ってて
『オマエ、誰が好きなんだ』とか言って。『別に…』なんか言ってると、パーン! とかひっぱたいたりとかして。
『おお、怖え~』とか思ったりして(笑)。
(『Quick Japan』95年3号 「村上清のいじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」の原文より)

ロッキングオンのインタビューのときでも、おそらくこんなノリで話していたのだろう。
小山田氏本人も「あの頃はほんとヤバかったなあ」という思いがあって、大人になってから、敢えて口にしているのだと思う。
それをロッキングオン編集部が主語(実行者)を曖昧にしたまま、あのような形で記事にしたために、小山田少年本人が首謀者のように伝わってしまったのだと思われる。
この罪は大きい。

不思議な点がいろいろ

……と、ここまで読んで、「おまえは今まで名前も知らなかった人間をなぜそこまで庇うのか」といきりたつ人もいるかもしれない。
別に小山田氏本人を庇っているのではない。純粋に「変だな」「不思議だな」「実際はどうなんだろう」という疑問が次から次へとわいてきて、真相に近づこうとしていくうちに、さらに新たな疑問やら問題にぶちあたってしまうのだ。

まず思ったのは、小山田氏の記憶はどこまで正確なのかということだ。
クイックジャパンの記事を読むと、小山田少年といちばん関わりがあった「沢田(仮名)」くんは、小学校2年生のときに転向してきて、高校卒業まで一緒だったという。
「肉体的にいじめてたっていうのは、小学生ぐらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど……どっちかって言うと仲良かったっていう感じで、いじめっていうよりも、僕は沢田のファンになっちゃってたから。」
……つまり、小山田少年が沢田少年を「肉体的にいじめていた」のは小学生のときだったということになる。
数日前のことさえ忘れてしまう今の私は、小学生のときの記憶はわずかだし、そのわずかな記憶のエピソードも、大人になってから語ったとき、どこまで正確かは自信がない。
小山田氏の記憶も、細部ではかなり実際とはズレていたかもしれない。
自責の念から、実際よりも偽悪的に変化していたという可能性もあるだろう。

次に疑問に思ったのは、当時、なぜこの記事が社会問題として取り上げられなかったのか、ということだ。
問題とされているロッキングオンは1994年1月号、クイックジャパンは1995年3号。この間、1年以上も時間があいている。
ライター志望の村上清氏は、ロッキングオンの記事を読んで「いじめ紀行」という「いじめた側といじめられた側の対談集」という連載企画を立て、その第1回目に小山田氏を登場させようとしたわけだが、ロッキングオンのあのひどい記事が1年以上社会的に問題となっていなかったからこそ、芸能スキャンダルにすらならず、そんな能天気な企画を持ち込もうというライターも現れたわけだ。
1994年の日本では、ロッキングオンの「全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせてバックドロップして……ごめんなさい」というとんでもないインタビュー記事を許容していたということに他ならない。
そこまで時代の空気がおかしなものだったのか、と、改めて驚いてしまう。
もしかすると、あの頃のロッキングオンやクイックジャパンの読者は、いちいち説明をしなくても小山田氏の発言の裏にある「うまくいえないもの」を読み取っていたのだろうか?

いや、よく考えてみると、27年前の雑誌記事の中身やコントの中の1台詞を取り上げて、全国民が見ている前で公開処刑をする今の社会のほうがはるかにおかしく、怖ろしい空気に満たされているのではないか。怒りや攻撃の矛先がおかしい
小山田問題にしても小林賢太郎にしても、こんな騒ぎになったのは東京五輪が強行されるという流れの中でのことで、東京五輪強行問題への抗議がいびつな形で暴走したともいえる。
原発爆発後、「福島のような危険な場所に子供を残しておく親は頭がおかしい」などと騒ぎ立てた人たちの暴走に似たものを感じてしまう。

「沢田」少年と小山田少年の関係性

そもそも、小山田少年は、
  1. いつ
  2. 誰を
  3. どのような形で
「いじめて」いたのだろうか?
元記事をていねいに読み解いてみたい。

クイックジャパンでは、小山田少年は沢田少年とはクラスが別だったが、沢田少年の「デビュー」があまりにも衝撃的だったので、クラスを超えて有名人になっていたと語っている。

「沢田って奴がいて。こいつはかなりエポック・メーキングな男で、転校してきたんですよ、小学校二年生ぐらいの時に
それはもう、学校中に衝撃が走って(笑)。
だって、転校してきて自己紹介とかするじゃないですか、もういきなり(言語障害っぽい口調で)『サワダです』とか言ってさ、『うわ、すごい!』ってなるじゃないですか。
で、転校してきた初日に、ウンコしたんだ。
なんか学校でウンコするとかいうのは小学生にとっては重罪だってのはあるじゃないですか? で、いきなり初日にウンコするんだけどさ、便所に行く途中にズボンが落ちてるんですよ、何か一個(笑)。
そんでそれを辿って行くと、その先にパンツが落ちてるんですよ。
で、最終的に辿って行くと、トイレのドアが開けっ放しで、下半身素っ裸の沢田がウンコしてたんだ(笑)」

……これは確かに衝撃的だ。違うクラスでも、あっという間に有名人になるのは間違いない。
で、「衝撃デビューの沢田くん」の紹介はさらに続く。

「……で、みんなとかやっぱ、そういうの慣れてないから、かなりびっくりするじゃないですか。で、名前はもう一瞬にして知れ渡って、凄い奴が来たって(笑)、ある意味、スターですよ。
別に最初はいじめじゃないんだけども、とりあえず興味あるから、まあ色々トライして、話してみたりするんだけども、やっぱ会話とか通じなかったりとかするんですよ。
おまけにこいつは、体がでかいんですよ。それで癇癪持ちっていうか、凶暴性があって……牛乳瓶とか持ち出してさ、追っかけてきたりとかするんですよ。
で、みんな『怖いな』って。
ノロいから逃げるのは楽勝なんだけど、怒らせるとかなりのパワーを持ってるし、しかもほら、ちょっとおかしいから容赦ないから、牛乳瓶とかで殴られたりとかめちゃめちゃ痛いじゃないですか、で、普通の奴とか牛乳瓶でまさか殴れないけど、こいつとか平気でやるのね。
それでまた、それやられると、みんなボコボコにやられるんだけど」

ここまでは別に、よくある「トンデモな思い出」の類であり、お笑い芸人などがよくネタにしているレベルのことだ。

小山田少年が小学校から通っていた和光学園という学校は、制服なし、自由を尊重し、障害を持った子供も普通の学級に入れて「共生」を生で学ばせるという方針の学校だそうだ。
自分とまったく違う人、想像を超えてる人が目の前にいることで「すげ~な。なんだおまえ」とか「バカじゃね~の」とか、子供が言い合うのはあたりまえのことだ。
それをからかうというレベルを超えて、肉体的にいじめたりするのはまったく別の話だが、子供はその区別がつかないことがある。
だから、共生や自由を基本にして、障害を持った子も一緒の環境で……という教育を目指すなら、大人がものすごく細かく目配りして、自分がどう接するか、教えるか、子供に接している自分はどうなのか……と、一緒になって考えないと、なかなか難しいことになる。下手すると事故死や自殺者が出たり、一生心に傷を負ったまま立ち直れない子も出てくる。

そんなことを考えさせられたのが、次のくだり。

小山田少年と沢田くんは別のクラスだったので、沢田くんの奇行ぶり、「ヤバさ」は知っていたが、二人が直接接することはなかったようだ。
それが、5年生になって「太鼓クラブ」というクラブで一緒になったことで接点ができる。

「……するとなぜか沢田が太鼓クラブにいたんですよ(笑)。
本格的な付き合いはそれからなんですけど、太鼓クラブって、もう人数が五人ぐらいしかいないんですよ、学年で。
野球部とかサッカー部とかがやっぱ人気で、そういうのは先生がついて指導とかするんだけど、太鼓クラブって五人しかいないから、先生とか手が回らないからさ、『五人で勝手にやってくれ』っていう感じになっちゃって
それで音楽室の横にある狭い教室に追いやられて、そこで二時間、五人で過ごさなきゃならなかった
五人でいても、太鼓なんか叩きゃしなくって、ただずっと遊んでるだけなんだけど。
そういう時に五人の中に一人沢田っていうのがいると、やっぱりかなり実験の対象になっちゃうんですよね」

大人(教師)が見ていない密室に小学生が5人。その中に、言葉も上手く喋れない障害を持つ子が1人混じっている。
こうして、いつ事故が起きてもおかしくない、危ない状況ができあがってしまったわけだ。

「段ボール箱とかがあって、そん中に沢田を入れて、全部グルグルにガムテープで縛って、空気穴みたいなの開けて(笑)、『おい、沢田、大丈夫か?』とか言うと、『ダイジョブ…』とか言ってんの(笑)。
そこに黒板消しとかで、『毒ガス攻撃だ!』ってパタパタやって、しばらく放っといたりして、時間経ってくると、何にも反応しなくなったりとかして、『ヤバいね』『どうしようか』とか言って、『じゃ、ここでガムテープだけ外して、部屋の側から見ていよう』って外して見てたら、いきなりバリバリ出てきて、何て言ったのかな……? 何かすごく面白いこと言ったんですよ。……超ワケ分かんない、『おかあさ〜ん』とかなんか、そんなこと言ったんですよ(笑)それでみんな大爆笑とかしたりして。
本人は楽しんではいないと思うんだけど、でも、そんなに嫌がってなかったんだけど。ゴロゴロ転がしたりしたら、『ヤメロヨー』とか言ったけど」

小山田氏が「肉体的にいじめてたのは、小学生ぐらいで、もう中高ぐらいになると、いじめはしないんだけど」と語っていたのは、まさにこれのことだろう。
「本人は楽しんではいないと思うんだけど、でも、そんなに嫌がってなかったんだけど。ゴロゴロ転がしたりしたら、『ヤメロヨー』とか言ったけど」……という語り口からして、その場にいた他の数人も含めて「加害者側」になった少年たちに、それほど悪意のある(あるいは病的で陰湿な)いじめ意識はなかったのだと想像できる。
この手のことは、年齢が低いほど残酷なことになりやすい。
しかし、大人になって思い返せば、あれは明らかにまずかったな、残酷なことをしていたなと理解できる。だから小山田氏も謝罪文の中で、「学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ」ていたから、ロッキングオンなどの記事に対して「誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。」と述べている。

この「小学校のときのエピソード」は、「いじめ問題」というよりも、「教育現場における大人の監督不行き届き問題」として考えるべきだ。
一つ間違えば取り返しのつかない事故が起きているエピソードであり、笑って済まされる問題ではない。
しかし、その責任を「太鼓クラブ」の子供たちだけに押しつけるのは間違いだ。

もう一つ、中学の修学旅行で起きた、別の生徒への暴行事件は、実行者は小山田少年の1学年上の先輩(留年して下りてきた)であって、小山田少年はその現場にいて「おお、怖え~」と、引きながら見ていた、ということだ。
これも、修学旅行に引率した教師は何をやっていたんだ、ということになる。
エスカレートしたのが「ヤバい先輩」であれば、小山田少年が身体を張って止めに入らなかったことを一方的に責めることはできないだろう。

残念すぎるライターの力量不足と心得違い

小山田少年と「衝撃デビューの沢田くん」は、なんだかんだで高校卒業までクラスメイトとして交流している。中学からは席が隣り同士だったこともあったそうだが、二人とも他に友達が少なかったから、とも述べられている。

高校まで行くと、「どっちかって言うと仲良かったっていう感じで、いじめっていうよりも、僕は沢田のファンになっちゃってたから」という言葉に対して、随所で、なるほどなと思わせるエピソードも出てくる。
そしてクイックジャパンの記事、最後の部分。
「卒業式の日に、一応沢田にはサヨナラの挨拶はしたんですけどね、個人的に(笑)。
そんな別に沢田にサヨナラの挨拶をする奴なんていないんだけどさ。僕は一応付き合いが長かったから
『おまえ、どうすんの?』とか言ったらなんか
『ボランティアをやりたい』とか言ってて(笑)。
『おまえ、ボランティアされる側だろ』とか言って(笑)。
でも『なりたい』とか言って。『へー』とかって言ってたんだけど。
高校生の時に、いい話なんですけど。
でも、やってないんですねえ」

これは、沢田くんの家(高級住宅街の立派な邸宅だったそう)に突撃取材しに行ったライター志望の青年・村上清氏から、「沢田くん」が高校卒業後に病気が悪化して、今ではほとんど家族とも話をせず、引きこもってしまっていると聞いた小山田氏の反応だ。
「でも、やってないんですねえ」は、「ボランティアにはなれなかったんだ……」という、ため息のような言葉なのだが、村上氏の文章表現がまずすぎて、おそらく読者には全然伝わっていない。
そもそも、原稿のあちこちに散りばめられている「(笑)」の記述が邪魔で、誤解や曲解を生んでしまっている。これは誰の笑いなのかも分からない。おそらく、録音に入っていた音声をそっくりそのまま文字起こしした際に、笑い声が漏れている部分全部にこれを入れているのだろう。村上氏が一人で笑っているのかもしれない。だから、この「(笑)」はすべて削除した上で読んでみる必要がある。

とにかく、いくら商業出版物への執筆デビュー作だとはいえ、ライター志望の人間としては下手すぎるし、結果としてあまりにも罪作りだ。

このときの村上氏が稚拙で能天気な執筆・編集をしたことは、随所に見て取れる。

最後に、小山田さんが対談するなら一番会いたいと言っていた、沢田さんのことを伝えた。
沢田さんは、学校当時よりさらに人としゃべらなくなっている。

重いわ。ショック

―――だから、小山田さんと対談してもらって、当時の会話がもし戻ったら、すっごい美しい対談っていうか……。

「いや~(笑)。でも俺ちょっと怖いな、そういうの聞くと。でも…そんなんなっちゃったんだ……」

なんだこの能天気な記述は。
ここ、いちばん重要なところだろうが! と、私が編集長なら、この原稿は丸ごと突っ返しているし、当然、採用もしない。

「結局、その深いとこまでは聞けなかった」の意味

このクイックジャパンの記事を何度も読み返してみて、私がいちばん重要だと思ったのは、最後に出てくる小山田氏のこんな言葉だ。
「沢田とはちゃんと話したいな、もう一回。でも結局一緒のような気もするんだけどね。
『結局のところどうよ?』ってとこまでは聞いてないから。聞いても答えは出ないだろうし。『実はさ……』なんて言われても困っちゃうしさ(笑)。
でも、いっつも僕はその答えを期待してたの。『実はさあ……』って言ってくれるのを期待してたんですよね、沢田に関してはね、特に」

これだけでは何を言っているんだか分からない、謎めいた言葉だ。
多分、小山田氏自身、よく分からないまま、考えをまとめられないまま話していたのだろう。
しかし、この言葉が出てくるまでのやりとりを何度も読み返してみると、なんとなく言いたいことが見えてくる。
―――沢田さんに何か言うとしたら……

「でも、しゃべるほうじゃなかったんですよ。聞いた事には答えるけど」

―――他の生徒より聞いてた方なんですよね? 小山田さんは。

「ファンだったから。ファンっていうか、アレなんだけど。どっちかっていうとね、やっぱ気になるっていうかさ。
なんかやっぱ、小学校中学校の頃は『コイツはおかしい』っていう認識しかなくて。で、だから色々試したりしてたけどね。
高校くらいになると『なんでコイツはこうなんだ?』って考える方に変わっちゃったからさ。
だから、ストレートな聞き方とかそんなしなかったけどさ、『オマエ、バカの世界って、どんな感じなの?』みたいなことが気になったから。なんかそういうことを色々と知りたかった感じで。
で、いろいろ聞いたんだけど、なんかちゃんとした答えが返ってこないんですよね」

―――どんな答えを?

「『病気なんだ』とかね」

―――言ってたんだ。

「ウン。……とか、あといろんな噂があって。『なんでアイツがバカか?』っていう事に関して。子供の時に、なんか日の当たらない部屋にずっといた、とか。あとなんか『お母さんの薬がなんか』とか。 そんなんじゃないと思うけど(笑)」

―――今会ったとすれば?

「だから結局、その深いとこまでは聞けなかったし。聞けなかったっていうのは、なんか悪くて聞けなかったっていうよりも、僕がそこまで聞くまでの興味がなかったのかもしれないし。そこまでの好奇心がなかったのかも。かなりの好奇心は持ってたんだけど。今とかだったら絶対そこまで突っ込むと思うんだけど。その頃の感じだと、学校での生活の一要素っていう感じだったから。
でも他のクラスの全然しゃべんないような奴なんかよりも、個人的に興味があったっていうか」


↑私は、この部分を最初に読んだときは、何を言っているんだろうという感じで、引っかかりながらも、深く考えないまま読み進めていた。
しかしこの後の、
『結局のところどうよ?』ってとこまでは聞いてないから。聞いても答えは出ないだろうし。『実はさ……』なんて言われても困っちゃうしさ(笑)。
でも、いっつも僕はその答えを期待してたの。『実はさあ……』って言ってくれるのを期待してたんですよね、沢田に関してはね、特に」
……という部分と合わせて、何度も読み返してみて、ようやく少し見えてきた気がした。

多分、ライターの村上氏も、小山田氏がここで言いたかったことをなんとなく分かっていた。それまでのやりとりや、その場の雰囲気、言葉や声のニュアンスから、小山田氏の不完全な言葉選びを頭の中で修整しながら理解できていたと思う。
しかし、それを読者に伝える力がないので、テープ起こしをそのまま原稿にしてしまった。結果、余計な「(笑)」が誤解・曲解を生んだり、小山田氏の言いたいことがまったく伝わってこない原稿になってしまっている。

小説「ウン吉とあ太郎」

例えば私が、この会話を通して得た情報をネタにして小説を書いたとする。
障害を持った「ウン吉」という子供と、彼と小中高10年以上一緒に過ごした少年「あ太郎」が主人公。
ウン吉は、小学校2年のときに転校してきて、いきなり「ウンコ事件」を起こしたことで学校中で有名になり「ウン吉」というあだ名がついた。
あ太郎は、頭がよく、才能豊かな少年だが、若干、発達障害気味のところもあり、話し始めるときに必ず「あ~、それは……」などと、「あ~」から話し始める癖があったので「あ太郎」とあだ名がついた。
あ太郎少年は「ウン吉」のとんでもなさに引き寄せられ、最初は「美術クラブ」で一緒になったウン吉を、他の部員と一緒になって段ボールに入れてからかうようなことを先導してやっていたが、ウン吉のほうは、自分をかまってくれるあ太郎を友達だと思っていて、毎年、律儀に年賀状を送っていた。
高校を卒業するとき、あ太郎はウン吉に別れの挨拶をしに行く。
「おまえ、これからどうするの?」と訊くと、ウン吉は「将来はボランティアになりたい」と答える。「逆だろ、おまえ」と笑うあ太郎……そんな間柄だった。

あ太郎少年は、高校卒業後、バンクシーのような「街中アート」で有名になり、時代の寵児として注目される。
あ太郎が20代半ばになったとき、ふとしたことで、ウン吉が自分が知っていた当時より病気が悪化して、家族ともほとんど口をきかずに家に閉じこもったままになってしまったことを知る。
ショックを受けたあ太郎青年は、その情報を持ってきた雑誌編集者に、ウン吉との思い出話をポツリポツリと語る。

その最後の部分での独白的台詞として、私なら、こんな風に書くかもしれない。

 あ~、俺はウン吉のこと、小学生くらいのときは「とんでもないやつがやってきた」「こいつヤバい」っていう興味しかなくて、あまりにヤバいから、「すげ~な、こいつ」っていうことで、ファンになったわけよ。
 それで、ファンに「サインしてください」って近づくような感じで、いろいろちょっかい出したりしてさ。相当まずいこともしちゃったんだな。
 でも、中学、高校とつき合っていき、俺の中で、ウン吉との関係性について、少しずつ認識が変わっていったんだ。
 あ~、つまり、なんていうか……俺とウン吉は、結局は『違う世界』に生きているんだよね。一種のパラレルワールドみたいな。
 俺が生きているのが、多くの人間が思っている現実世界だとすれば、ウン吉が生きているのは「バカの世界」とでもいうか……。
 俺以外の生徒は、その頃にはもう誰もウン吉のことなんか気にしなくなっていた。でも、俺はずっとあいつと一緒で、ファン……というか、気になっていたからさ。この「俺とウン吉の違い」って、どこからくるんだろう。何が根本的な原因なんだろう、みたいなことを、ずっと考えてたような気がするんだ。
 それを知りたくて、ウン吉にはいろいろ訊いたような気がする。でも、はっきりした答えは返ってこなかったな。
 あるとき「僕は……病気なんだ」って、ポツンと言ったこともあったかな。でも、そんな答えはあたりまえすぎたし、俺が知りたかったこととは違うんだよね。ちょっと違う……あ~、いや、全然違う、って思った。
 周りでは、いろんなこと勝手に言うやつもいたよ。「ウン吉は子供のとき、日の当たらない部屋にずっといて、あんな病気になったんだ」とか、「ウン吉のお母さんが妊娠中に飲んでいた薬に副作用があって……」とか、そんな感じのこと。
 ああ~、そんなのもみんな、適当な想像で、違うと思うけどね。
 結局、答えが見つからないまま卒業になって、それ以来、ウン吉とは会ってないわけよ。
 今、ウン吉と会えたなら、もっと納得できる答えを聞き出そうとするかもしれない……いや、逆かな。俺も少しは大人としての振るまいが身についているから、そこまで深堀りしてはいけないって制御するか、あの頃みたいに純粋な探究心みたいなものがなくなってて、簡単に無視するかもしれない。

 卒業式のとき、俺、ウン吉とは一応、最後の挨拶みたいなの交わしたのよ。
 で、「おまえ、これからどうすんの?」って訊いたら、「将来はボランティアをしたい」とか言うわけ。笑っちゃったよね。「おまえ、どっちかっていうと、ボランティアされる側だろ」とか言ってさ、そんな感じで別れたんだよな。

 ああ……でも、そうなんだ……ウン吉、あれからもっとひどくなって、そんな感じになっちゃってるのか……重いね……。


インタビュー記事なら、ここまで「改作」はできない。でも、小説なら、せめてこんな風にまとめるはずだ。

小山田圭吾という人間は、ものすごく言葉選びが下手なのだろう。ある意味、発達障害的なところを感じる。
だから、彼が話したことを、しっかり読者に伝えようと思うなら、このくらいまで「翻訳」してやらないと伝わらない。
難しい仕事になるが、そこまでして記事を作る価値はある。
ここで浮かび上がるテーマは、「多様性」とか「共生」という言葉で昨今しきりに語られること、そのものなのだ。
多様性を認めて、同じ社会で共に生きるということが、実はとても複雑で、難しいものなのだということを読者に考えさせる記事になりえる。

「結局、その深いとこまでは聞けなかった」と語った小山田氏の「その深いところ」こそが、多様性と共生というテーマを扱う上で、いちばん重要で、かつ、理解が困難な部分なのだ。
それを浮き彫りにできたような記事になっていたら……。
ライターとしての村上氏の力量不足や能天気な勘違いぶりが残念でならない。

そして、この記事を恣意的に「再編集」して、小山田氏個人をとんでもないサイコパスのように仕立てたブログ主の存在もまた、我々は忘れてはいけない。
沢田少年と小山田少年の不思議で微妙な「友情」の証として記事の最後のページにど~んと単独で掲載されている年賀状までも「障害者を嘲り笑う異常者」を仕立て上げる道具として利用するブログ主──このブログ主にそうさせたものはなんだったのか?
このブログ主は、もしかすると自分ではみじんも疑いのない正義感、使命感からこんなことをしたのかもしれない。しかし、その結果、沢田少年らが受けたいじめ行為以上の残酷な「検証も裁判もない集団リンチ」を引き起こした。
大新聞社やテレビメディアまでもが、簡単にその集団リンチの仕掛けにのせられてしまった。
こうした病巣が深く広く巣くってしまっているネット社会。その「邪気」にマスメディアや国家権力までもが動かされるという恐怖。
幕末から明治にかけて起きた、庄屋打ち壊しや廃仏毀釈にも似た集団ヒステリーが急速に広まっていることを感じる。

小山田事件、小林事件が我々に教えてくれるものは、驚くほど根深く、怖ろしい問題だ。
これらを生きた教科書として、東京五輪後に社会の空気やシステムの欠陥を修整していくことはできるのか?
「ああ、なんだかんだいろいろあったけど終わったね、東京五輪」と済ませてしまうようでは、いよいよこの国は危険領域を超えて、奈落の底に突き進むだろう。

……と、ここで私が長々と書いたところで、まったく無力である。
だから、せめてこんな夢想をしてみる。

小林賢太郎:脚本・演出、小山田圭吾:音楽 で、短編映画『ウン吉とあ太郎』みたいな作品を作って世に出せないだろうか、と。
映像はアートに徹して限りなく美しく。台詞や演技も思いっきりスマートに(小林賢太郎ならできるはず)。
決して、暗さがカッコいいみたいな日本映画特有の隘路にはまらず、かといって、嫌らしいスノッブさを感じさせず……。

そんな「作品」を、私は見てみたい。



Twitter   LINE

タヌパック書店
小説、狛犬本、ドキュメンタリー……「タヌパックブックス」は⇒こちらから


「タヌパックブックス」はAmazonで購入でも買えます
森水学園第三分校 コロナで巣ごもりの今こそ、大人も子供も「森水学園」で楽しもう

『介護施設は「人」で選べ』

親を安心して預けられる施設とは? ご案内ページは⇒こちら

『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』

『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』

(2012/04/20発売 岩波ジュニア新書)…… 3.11後1年を経て、経験したこと、新たに分かったこと、そして至った結論
今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う

立ち読み版は⇒こちら

新・狛犬学
「狛犬本」の決定版!