「ナガミヒナゲシ騒動」考2017/05/22 21:28

これが悪魔の大魔王のように言われているやつ?

我が家の周りではむしろ減っているような気がするが……

最近、よく聞く「ナガミヒナゲシ」という名前。「異常繁殖して周囲の草花を枯らす悪魔のような花なので駆除してください」というような話として出てくる。
鮮やかなオレンジ色の花はよく見る。でも、うちの周囲ではたまに見る程度で、少なくともハルジオンやフランスギクのように群生しているのは見たことがない。
暴力的に増えるというのだが、むしろ、今年はめっきり見なくなった気がする。

それでなんとなく気になってググり始めたところ、興味深いページを見つけた。
東京農工大学大学院農学府教授(国際生物生産資源学教育研究分野・国際環境農学専攻)という肩書きを持ち、アレロパシーの専門家である藤井義晴教授とのやりとりを紹介している。
教授、「個人で作られているサイトに大学から情報をだしてもよいものかどうかわかりませんが、とりあえず個人的な情報として……」と、いろいろ書いてくださったそうで、親切だなあ……藤井教授。ちなみに僕と同い年らしい。

かなり詳しく⇒こちらに情報がまとめてあるので、興味のある方はそちらを読んでいただくとして、目にとまった部分をちょっとだけ引用させてもらうと……。
交差点でよく見かけるのはなぜ?

実ができるのがちょうど梅雨どきで、その雨で車のタイヤにくっついて道路沿いに広がっていると推定しています。
このような特性が都市の道路沿いに広がっている原因と思われます。


ナガミヒナゲシのアレロパシーについて

アレロパシーは私の専門分野で、その活性を自分達が開発した「プラントボックス法」や、「サンドイッチ法」という方法で検定しましたところ、相対的には強い活性がありました。
ただ、この話が一人あるきして、周辺の植物をアレロパシーでばたばた枯らすように思われているようですが、それほど強い現象ではなく、生育を少し阻害する程度と考えています。
たしかに、ナガミヒナゲシや、他のアレロパシーが強い植物で、周囲に他の植物が少ない現象が見られますが、それは、ほとんどが光の競合によるもので、アレロパシーの寄与はその一部と考えています。
ただ、このような光の競合が強い被覆植物で、アレロパシー活性が強いものは、他の植物の生育を抑制する可能性があると考えています。
ナガミヒナゲシが在来種に及ぼす影響については、今後研究しないとわかりませんが、個人的にはそれほど影響がないのではないかと考えています。
ぐにらぼ 「ナガミヒナゲシは本当に駆除したほうがいいの!?危険外来種って何なのだ!」 より)

ちなみに「光の競合」というのは、「日光が当たる箇所を植物同士で遮光してしまい、光合成がうまくできなくなってしまう現象」だそうだ。

アレロパシーは単純に「悪」と決めつけられない


さらに興味深かったのは、アレロパシー(他感作用)とは、「ある植物が他の植物の生長を抑える物質(アレロケミカル)を放出したり、あるいは動物や微生物を防いだり、あるいは引き寄せたりする効果の総称」ということで(Wikiより)、単純に悪いとかいいとかいえない、ということ。
ぐにらぼのページでも紹介されていた「日光種苗株式会社」のサイトによれば、クローバーなどのアレロパシー作用を活用して、雑草除去作業の軽減や、緑肥として利用することで化学肥料や除草剤の使用を減らすという無農薬農業の発想もある、とのこと。
なるほど、簡単にいいとか悪いとか悪魔だとか、決めつけられないのだなあ。


半ば都市伝説化している?

で、改めて我が家の周囲をナガミヒナゲシを探して歩いてみたのだが、なぜか見つからない。今までちょこちょこ目にしていたものはなんだったのか?
似て非なるものだった可能性もある?

改めて隣の草むらを丹念に探してみたが、一昨日あたり見たと思ったのに、今日は全然見つからなかった



こんなのとか……ニガナ……



こんなのとか……オッタチカタバミ?



こんなのとか……サギゴケ



ほぼ一日中陽があたらず、コンクリートで固められているカーポートのわずかな割れ目からタンポポが頑張って生えている。ここでもナガミヒナゲシの姿はない


やはり、我が家の周辺を見ている限りは、ナガミヒナゲシの脅威というのは感じられない。
「この話が一人あるきして、周辺の植物をアレロパシーでばたばた枯らすように思われているようですが(略)個人的にはそれほど影響がないのではないかと考えています」……という藤井教授の話は頷ける。
群生しているのはナガミヒナゲシではなくハルジオンやフランスギクで、それも他の草花と混在している。
滅茶苦茶生存が厳しそうな陽当たりの悪いコンクリートの隙間から生えてくるのもナガミヒナゲシではなく、タンポポやスミレだったりする。
大魔王ナガミヒナゲシがやってきて、他の草花をバタバタと死に追いやる……なんて図は、少なくとも我が家の周囲には展開していない。


改めてフランスギクやハルジオンの群生ぶりのほうがすごいと分かる



耕作地の縁に生えると危ないともいうが、ハルジオンばかりでナガミヒナゲシは見つからない。存在しないということではない。何度か見かけてはいるので、入り込んでは来ているのだが、その後、勢力を広げた気配はないということだ



ここではシロツメクサが優勢。これもアレロパシー植物だが、緑肥効果を狙って意図的に育てられることもある。ここは道端だから違うけどね



ここはシロツメクサとハルジオンが競合している



他にもこんなのも見つかるが、ナガミヒナゲシは……ない



ん? あった!



でもたった一本だけ。ハルジオンに囲まれていて、ハルジオンのほうがはるかに強いことが分かる



う~~む。
ナガミヒナゲシが目立つ場所というのは概ね都会で、ナガミヒナゲシが出現する前にすでにほかの野草が消えてしまっている場所なのではなかろうか。だからナガミヒナゲシばかりが目につくのではないか……?
なんだか、考えれば考えるほど、一種の都市伝説みたいなものに多くの人が乗せられているんじゃないかとも思えてくる。学識者や自治体までが「危険だ」と主張するわけだから、いわゆる(嫌いな言葉だが)ちょっと「意識高い系」の人たちが連鎖反応的に「美しさに瞞されないで! 抜いて!」と叫ぶ……。少しでも異論を挟めないような雰囲気が形成されていく。
CO2温暖化説やピロリ菌の恐怖……みたいなものかもしれないなあ……と。

そもそもこの「騒動」はなぜ起きたのか?

で、さらに調べていくと、想像以上に「騒動」というか「事件」になっていたようで、改めて興味がわいてしまった。
この「ナガミヒナゲシ事件」の経緯をまとめてみると……:
  • 2009年 国立研究開発法人農業環境技術研究所というところが、「平成21年度 研究成果情報」という刊行物の中で「ナガミヒナゲシはアレロパシー活性が強く、雑草化リスクが大きいので、広がらないようにする必要があります」というトピックを発表。
  • 2011年3月 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)というところが出している「農環研ニュース」90号に、前出の藤井義春教授が「春に気をつける外来植物:ながみひなげし」と題するトピックスを発表。ナガミヒナゲシの全国への分布状況やアレロパシーの研究成果を発表。この文章、ナガミヒナゲシについてやすたけまりさんが詠んだ歌なども紹介されていて、かなり面白い。「六月の信号待ちのトラックの濡れたタイヤにはりつく未来」
  • 2016年5月 作家・寮美千子氏がフェイスブック上で「ナガミヒナゲシ退治2016」というタイトルでナガミヒナゲシのアレロパシーなどについて書き、さらには「危険外来植物のナガミヒナゲシ。駆除の理解を促すチラシを作りました。ダウンロードして、ご自由にご利用ください」としてチラシPDFを配布。これがネット上を駆け回ることに。
  • 2017年5月 慶應義塾大准教授・有川智己氏(理学博士、経済学部)が、「このチラシは「デマ」と言って良い.「危険外来生物」という用語やカテゴリーがあるかのような書き方だし,「特定外来種よりも「危険」な植物なんだ!」というような「誤解」を巻き起こしている」と注意喚起

この騒動に対して、ツイッターやフェイスブック上では活発にコメントが寄せられていた
ナガミヒナゲシの外来種駆除キャンペーンに違和感がある。
その場所に、ナガミヒナゲシに駆逐されそうな日本在来種があるなら仕方がないが、そもそも外来種だらけの町なかの草むらなら、何を守ろうとしているのか分からない。
凶暴な植物とレッテルを貼り、全国的に指名手配する方法はヘイトに似る。

だから外来種でも抜くな、駆除するな、と言いたいのではない。

けれど、
これは凶暴な、日本に生えていてはいけない植物だ!
と指名手配的に叫ばれると、
そもそも連れてきたのは誰で、在来種を駆逐したのは誰?
と思ってしまう。

いちばん凶暴な生きものは人間だなあ、と悲しくなる。

そしてさ
たとえ外来種でも
わたしたちが気づくころには
もう五十年も日本にいるんだよ

そこには
日本の虫たちも含めた
小さな宇宙が出来上がっている
こともある

特定外来種の花に
希少昆虫を見つけることだってある

自然って
一筋縄ではゆかない
澤口 たまみさん

そもそも在来種は絶対的に守られるべきなのかとか、他の植物の成長を阻害するアレロパシーもナガミヒナゲシにかぎった話ではないとか、ナガミヒナゲシが繁殖しやすい環境を人間が作っている点とか、そういうことを一切抜きにしてナガミヒナゲシを邪悪な存在であるかのごとく喧伝するって、どうなの?
黒川 巌さん


くどいようだが拡散されてる「ナガミヒナゲシは危険外来植物」というのは個人による造語であり実際は要注意外来種にも指定されていない。確かに近年場所によっては繁殖は目立つが、外来種が繁殖している場所であって在来種とは競合していない。在来種と外来種の区別さえつかない人は騒いでいるが
もも さん


どれも頷ける。
これらのコメントに共感するのは、ここ数日で僕自身が自分の目で、自分が住んでいる場所、道路の脇、農地のすぐそば、コンクリートの隙間、農地の中……など、あらゆる環境を観察してみたからだ。
ナガミヒナゲシなんかよりハルジオンのほうがよほど強烈じゃないかと学んだし、むしろ今年のほうが去年までより数が少なくなった気がするからだ。
「一時的にわっと繁殖しても、放っておけば落ち着く。騒ぐほどのものじゃない」「ナガミヒナゲシが目立つ場所はそもそもすでに在来種などは消えていた厳しい環境」といった説のほうがはるかに納得できる。

そんなことよりもっとやっかいなのは……

中にはこんな意見もあった。

内容に誤りがあり、行きすぎているのは問題だが、一般市民が外来種に問題意識を持つのはとてもいいこと。根本的な大間違いではないし、駆除そのものが悪影響をもたらすわけでもないので、学者が市民に「デマ」と断罪するのは言い過ぎではないかと。もっと優しい言い方で啓発して欲しいと思った。
丸山宗利ω? さん


これも考えさせられるコメントだった。

内容には問題があっても、それがきっかけで問題意識を持つ人が増えるのはいいことだ、という論にはときどきでくわすのだが、実際には、自分がそれを知らなかったことに気づいて、きちんと情報を追って、自分の頭で考え、判断できる人はとても少ない。圧倒的に多くの人たちは、鵜呑みにしてしまい、死ぬまで情報修正できない。これは高等教育を受けている人、社会的地位の高い人でもそうした落とし穴にはまってしまう危険性を妊んでいる。というか、そういう人ほど、自分に自信があるから気づきにくい。

これは自戒を込めて言っている。
僕自身、先入観を持っていい加減に書いてしまうことがかなりあるし、なんとなく疑問に思っていたことに対してそれらしい答えが提示されると飛びついてしまうことがある。そうであってほしい結論に整合する情報だけ選択し、不都合な情報は排除してしまうという傾向は、多かれ少なかれ誰もが持っているのではなかろうか。
だからこそ気をつけなければいけないし、一度広まってしまった間違い情報を訂正するのは容易ではない。

こうした危険性の最たるものは「自然エネルギー」礼賛だろうか。
これは本当にやっかいだ。
人間が作ったソーラーパネルが里山エリアの山の斜面や草原を根こそぎ消滅させ、草花だけでなく動物も地域絶滅させていることのほうが外来種がどうのこうのよりはるかに大問題なのだが、それはまた次のトピックで……。





日光杉並木街道が「ソーラー街道」に2017/05/22 22:06

このノウサギが跳びはねていた野原はもうない

2017年4月 初めてじっくり見ることができたノウサギ
前回の「ナガミヒナゲシ騒動考」で、
「人間が作ったソーラーパネルが里山エリアの山の斜面や草原を根こそぎ消滅させ、草花だけでなく動物も地域絶滅させていることのほうが外来種がどうのこうのよりはるかに大問題なのだが、それはまた次のトピックで……」と書いて終わったが、ここに続きを書く。

いちばん怖いのは人間だが、さらにやっかいなのは……


先月の13日、日光に引っ越してきて6年目にして初めてノウサギを見た。越後時代にも阿武隈時代にもノウサギというのはほとんど見た記憶がない。一瞬、横切るのを見たとか、その程度ならあったようにも思うが、まじまじと観察できるほど近くで見た記憶はない。
それが、日光で、しかもすぐそばを車が通っているような原っぱで悠々と飛び回っているのを長い時間見ていられたのだから感激した。
その原っぱにはこのところいつ行ってもキジの夫婦がいて、そのときもキジを撮っていた。そうしたら目の前を何か違うものが横切っていったのだ。

もう一度見たいと思って、その後も何度か出かけたが、キジの夫婦は毎回いたが、ノウサギは現れなかった。

で、翌月の5月20日、主に別の目的で出かけたついでに横を通ったのだが、なんと、原っぱ全体が完全に消滅していた。


4月13日にノウサギを見たとき。矢印のところにノウサギ

5月20日、すっかり草むらが消え、重機が作業中



間違いなくメガソーラー建設だろう。すでに周辺の草むらがことごとくつぶされてソーラーパネルだらけになっているので、ここも狙われているのではないかと危惧していた矢先だ。
ここは草むらだけでなく、そこそこの水たまりを含む湿地もあった。そこにはオタマジャクシ(おそらく時期的に見てアカガエル)が泳ぎ、ヤゴなどもたくさんいた。通年、水が完全には抜けず、湿地を保っている場所というのはこのへんにはもうほとんど残っていない。ツチガエルなどがオタマジャクシのまま越冬するためにも必要だし、鳥や野生生物にとっても貴重な水場になっていたはずだ。
それがつぶされてしまったのは本当に痛い。

オタマジャクシやヤゴがいた水たまりも埋められていた



日光に引っ越してきた直後、町内の集まりで「自然環境を……」と口にした途端、「人間は自然を壊して生きているんだからしょうがない」と反論する人がいた。めんどくさいやつが引っ越して来やがった……と警戒の目を向けられたようだ。
俺たちは環境を壊して金を稼ぎ、よりマシな生活を営んできた。これからもそれは続くんだから、きれいごとを言うな……というわけだ。

しかし、こうした犠牲に見合うだけのメリットが人間にあるのか? 太陽光発電バブルはすでにはじけている。中小の業者はあちこちで倒産しているし、大手は最初から「建て逃げ」作戦だから、あと10年もすればあちこちで事業者不在ソーラーパネルが増えるだろう。
20年もすれば、ゴミとなって放置されたソーラー設備の撤去で、各自治体は苦労するに違いない。

すでに我々は高額な「再エネ賦課金」を電気料金に上乗せさせられている。金がかかる発電方式というのは、それだけエネルギーを使っているということだ。太陽光発電パネルを製造する過程で、すでに膨大な電気や資源を使っているからこそ高くつくのだ。それを回収できるだけの発電ができない、見込めないからこそ電気料金や税金を投入して無理をしている。

原資が税金や公共料金だから、そこに生じる利権にたかれば確実に儲かる。人の金で非合理な商売をして儲ける……この構図は原発を推進してきた国策と同じだ。問題が起きても誰も責任をとらないし、負の遺産を押しつけられ、つけを払わされるのは若い世代。これのどこが「クリーン」なのか。
発電にかかっただけ電気料金に上乗せしていいですよという「総括原価方式」をやめれば、必然的に、最も合理的で省エネの発電方法をとらざるをえなくなるから、原発も大型ウィンドタービンも無茶なソーラー発電もなくなり、日本の環境破壊は緩まる。
でも、総括原価方式をやめれば、利権も薄まるから絶対になくならないだろう。

日光杉並木は国の特別天然記念物に指定されているわけだが、その両側はすでにソーラーパネルだらけになっており、杉並木を通っていても杉の間から異質な光景が見える。

ナガミヒナゲシが危険生物だの駆除しろだのなんだのと言っている場合ではない。植物も動物も巻き込んだ大規模環境破壊が猛スピードで進んでいるのだ。すでに大変なダメージを受けているが、今からでもなんとか歯止めをかけないと、気がついたときには取り返しのつかないことになる。いや、すでになっている。

ノウサギとの再会を願って、「兎が原」とでも名づけようかと思っていた草原はもうない。
「兎が原」の横は通学路だが、これから先、子供たちはノウサギやキジではなく、ソーラーパネルに埋め尽くされた土地を横目に見ながら通学することになる。その子たちは「再生可能エネルギー」は増やすべき重要なもので絶対的な「善」だと刷り込まれているから、これは「自然にとっていいもの」だと信じて成長するかもしれない。……やるせない……。

道路(通学路)側から見た光景。もうすぐここに黒いパネルが敷き詰められるはずだ


このままでは日光杉並木は「ソーラー街道」になる

このへんを散歩するたびに、オセロゲームのコマようにソーラーパネルが増えていく。「え? ついこないだ通ったときにはなかったのに……」と呆気にとられるのだが、だんだん麻痺してくるのが怖い
日光杉並木は、日本で唯一、国の特別史跡および特別天然記念物の二重指定を受けているのだが、そのすぐ脇をソーラーパネルで埋めていくことになんの制約もかからないのか? 
今日も重機が稼働中。ここはもうすぐパネルで覆われるだろう



消滅した「ウサギが原」のすぐ横。住宅や農地に隣接してすでに設置されたパネル



例幣使街道。杉の間から見えているのは牧場なのだが……



なにやらパネルを載せるフレームがすでに組み上がっているようだ。ここも牛からソーラーに転換か……



杉並木を挟んで反対側の草地。ここなどもすでに「予約済み」なのかもしれない



その先、日光山内に近づくにつれ、杉並木の間から見えるパネル群は増える



これだけ増えると植生や生態系も影響を受けないわけにはいかない。ただでさえ毎年倒れる杉が増えているのに、大丈夫なのか……



手前が例幣使街道の杉並木。そこに隣接して作られたメガソーラー。道を渡って見ると……↓



こういう規模のものがあっという間に作られている



国も県も市も、何を考えているのか?



ここを通って日光山内や奥日光をめざすハイカーやライダーたちは多いが、こうした風景に迎えられてどんな気分になるだろうか



ソーラーパネルを敷き詰められた側と街道を挟んで反対側。見えているのが杉並木(この向こう側が例幣使街道)。こちら側にもこうした草原があちこちあるが、この調子だとどんどんパネルが敷き詰められ、日光杉並木街道はソーラーパネルに挟まれた「ソーラー街道」になってしまいそうだ



ここも狙われそうだなあ。すでに「予約済み」なのかもしれない……




悩みながらもこんな動画を作ってみた(↑Clickで再生)
↑これを作りながら「プロテストソング」という言葉を思い出した。ずいぶん前に消えた言葉のような気がする。まさか人生の終わりにさしかかってこういうものを作るとは思わなかった

プロテストというよりも、ただただ悲しい、虚しい。

この地でノウサギに再会することは、もう一生ないかもしれない。

   

森水学園第三分校を開設

森水学園第三分校

↑BGMに使った『Uguisu 2017』の全曲はこちらでどうぞ(↑Clickで再生)



タヌパックスタジオで生まれた音楽の1つ『アンガジェ』(↑Clickで再生)



前川喜平という人物2017/05/28 22:06

前川氏を誹謗する菅官房長官(テレビ番組の画面より)
森友学園問題に続く「本命」加計学園スキャンダルも、メディアや野党のていたらくでこのままうやむやにされるのかと思っていた矢先、渦中にいた文科省の元事務方トップの人物が勇気ある告発証言をした。
最初に見たのは夕方の地上波ニュースで、すでに編集済みだったため、全編を見られないかと探していたら、CSのニュースバード(TBS系)でノーカット録画放送をやっているところだった。食い入るように見た。

概要はすでにあちこちに報じられているので、ここでは地上波や新聞ではなかなか報じない部分をまとめてみる。

文書が本物かどうか、とか、探せとかないとか←意味がない

この会見後も、野党は「問題となっている文書が本物かどうか、文科省内に保存されているはずだから確認しろ」というようなことを言い続け、官邸や文部科学大臣は「存在は確認できなかった」「再調査の必要はない」などとやりあっている。
……バッカじゃなかろか。
「私が目にした文書は、文科省の専門教育課が作ったものでありまして、専門教育課の職員が内閣府の藤原(豊)審議官のもとを訪れて、藤原さんがおっしゃったことを書き留めた。そういう性格の文書です。
私は部下だった職員が書いてあることを聞いてきたのだと。100%信じられると思っておりますので、藤原さんがそういうことをご発言になったということは私は確かなことであろうと思っております」(25日の記者会見より

当時の事務方トップが「この文書は私が説明を受けたときのレク文書に間違いない。作成した人物(部下)もまだ省内にいる」と言っているのだから、文書が本物であることはもはや議論の余地はない。
前川氏が事務次官として、この「総理のご意向」「官邸の最高レベルの……」という文書をもとに説明を受けたことは分かったのだから、それでも官邸や内閣府は関係ないというのであれば、「このレク文書を作成した文科省職員は上司を納得させるためにありもしないこと(内閣府、官邸側からの圧力示唆)を書いた」ということになる。官邸サイドは「我々はなんの指示も示唆もしていない。文科省の職員が勝手に忖度してそのようなレク文書を作成して上司に説明した」と証明する必要がある。
これを本気でやれば、板挟みの職員は確実に消されてしまうだろうが……。

なぜ京産大は排除されたのか?

そもそも「国家戦略特区」とは、
経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点の形成を促進する観点から、国が定めた国家戦略特別区域において、規制改革等の施策を総合的かつ集中的に推進します。(首相官邸WEBサイト)

というもので、国がまず決めて、そこに事業者や自治体が応募するという形のものだ。
「普通はできないことを特別にそこだけは認めますよ」というのだから、競争相手を排除した独占的な事業が展開できる可能性がある他、
課税の特例
認定区域計画に定められている特定事業(内閣府令で定めるもの等に限る。)を実施する法人(国家戦略特別区域担当大臣が指定するものに限る。)の所得については、租税特別措置法で定めるところにより、課税の特例の適用があるものとすること。
国家戦略特別区域法の一部を改正する法律要綱 より)
など、様々な特典も与えられる。

この「特区」、いろいろある中で「教育」という分野には「公立学校運営の民間への開放(公設民営学校の設置)」(2015年特区法成立)というのがあっただけだったところ、「獣医学部の新設」が加わった(2017年1月告示 適用は今治市)。
この「獣医学部の新設」が加わった経緯もかなり不透明だが、そこに京都産業大学が名乗りを上げたのに、それを排除するためととられてもおかしくないような条件を加えた(2016年11月)。

文科省は、獣医学部新設で「既存の大学・学部では対応が困難な獣医師養成の構想が具体化」など内容に条件を課す修正を求めた。修正理由には「(加計学園が計画する)今治市の構想が適切であることを示す」とも指摘した。だが、実際の決定文では要求は却下され、逆に原案の「獣医師系養成大学等の存在しない地域」との地域的条件に「広域的に」「限り」の二つの文言が挿入された。(東京新聞 2017/05/23朝刊「加計学園に有利に加筆 獣医学部設置決定案に」

この「広域的に」「限り」が加えられた結果、京産大は隣の大阪府にすでに獣医学部を持つ大学があるため「該当せず」になってしまった。
その結果、
(6)名称:獣医師の養成に係る大学設置事業
内容:獣医学部の新設に係る認可の基準の特例
(国家戦略特別区域法第 26 条に規定する政令等規制事業)
学校法人加計学園が、獣医学部の設置の認可を受けた上で、愛媛県今治市において、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するための獣医学部を新設する。【平成 30 年4月開設】
首相官邸WEBサイトにある「広島県・今治市 国家戦略特別区域 区域計画(案)」平成29年1月20日 より)


……となり、この時点で「平成30年4月開設」と、開校の年月まで明記されている。同時に手をあげていた京産大の関係者でさえ「そんな早く開校できるはずがない。加計学園さんはその条件でよく手をあげたものだ」と驚いていたという。

この状況で「加計学園ありき」ではなかったという説明には到底無理がある。

(そもそも京産大にしろ加計学園にしろ、なぜそこまで「動物実験に特化した獣医学部」を開設したかったのか。製薬業界との関係はないのか……という疑問を抱いてしまうのだが、その問題は別だてで考えたい)

いちばんの問題は「国家が恣意的に個人を抹殺できる」という現状況

テレビメディアなどでは「最初から加計学園ありきで行政が歪められたということがあったのかなかったのか」が問題の本質だという論で報道しているが、ここにきてさらに恐ろしい、重大な問題が浮き彫りになっている。
それは、国家権力が自分たちに都合の悪い個人を、嘘や偽情報、自分たちの意のままになるマスメディアを使って貶め、社会的に抹殺するという恐怖だ。

読売新聞が「辞任の前川・前文科次官、出会い系バーに出入り」と題した記事を掲載したのは2017年5月22日のことだった。
文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。
教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ。
関係者によると、同店では男性客が数千円の料金を払って入店。気に入った女性がいれば、店員を通じて声をかけ、同席する。
女性らは、「割り切り」と称して、売春や援助交際を男性客に持ちかけることが多い。報酬が折り合えば店を出て、ホテルやレンタルルームに向かうこともある。(以下略)

この記事が掲載されたのは週刊誌や新聞、テレビの取材などに前川氏が応じる姿勢を見せた時期であり、なぜこのタイミングで退職して一私人となっている人間のスキャンダル記事を全国紙が大きく報じるのか、メディアや政界を少しでも知る人たちは仰天した。

鮫島浩? @SamejimaH 5月22日
このニュースからは以下の可能性が読み取れる。
①前文科次官には公安の尾行がついていた
②国家権力はこの情報を読売にリークした
③それは加計学園問題で情報を流出させた文科省への報復と脅しである。
共謀罪成立後に到来するのはこのような監視社会だ。
(ジャーナリスト・鮫島浩氏のツイート


一読して驚嘆した。
とてもではないが、全国紙が配信する記事とは思えなかったからだ。
(略)
「批判が上がりそうだ」
というこの書き方は、新聞が時々やらかす煽動表現のひとつで、「批判を浴びそうだ」「議論を招きそうだ」「紛糾しそうだ」という、一見「観測」に見える書き方で、その実批判を呼びかけている、なかなかに卑怯なレトリックだ。
書き手は、「批判を浴びそうだ」という言い方を通じて、新聞社の文責において批判するのではなく、記者の執筆責任において断罪するのでもなく、あくまでも記事の背後に漠然と想定されている「世間」の声を代表する形で対象を攻撃している。しかも、外形上は、「世間」の空気を描写しているように見せかけつつ、実際には「世間」の反発を促す結果を狙っている。
真意は
「な、こいつヤバいだろ? みんなでどんどん批判して炎上させようぜ」
といったあたりになる。
実に凶悪な修辞法だ。
「出会い系バーに出入りした人の“末路”」小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明 日経ビジネスオンライン 2017/05/26


……まあ、普通の感覚ならこうとらえる。この国はすでに恐怖政治体制の国になってしまったのか。権力者が世界一の発行部数を誇る新聞社を使って個人をつぶすような国になったのか……と。

一方、こうした卑怯な個人人格攻撃に追い打ちをかける輩もわんさと出てくる。
代表的なものを一つあげれば、同日付の「アゴラ」には、元通産省大臣官房情報管理課長で、現在は徳島文理大学大学院教授という肩書きを持つ人物がこんな文章を載せている。

この人の思考経路はやはり異常だし、普通の思考回路の人だと思って議論することはナンセンスだ。そんな理屈、家族の中でも通用しないだろう。また、「昨年秋、(出会い系バーへの 出入りに関し)、杉田和博官房副長官からご指摘を受けた」と述べている。怪しげなバーに政府高官が出入りしているという情報があれば調べるのは、政府中枢として当たり前の活動だろうし、それは、かなり噂になっていたのではないか。
(略)
しかも連れ出してお金を渡している。別に問題ないという人もいるが、これが他省庁の次官ならまだしも文部科学事務次官だとまったく別の問題だ。いわば全国の学校の先生のトップに立っている人なわけだ。警察庁長官が酔っ払い運転したみたいなもの。そして、そういう常識のない人がいっている話が普通の元官僚のいっていることと同等の信用性はない。
「前川文書と出会い系バーの「真相」を推理する」 八幡和郎 2017/05/26)


まさに官邸の思惑通りの援護射撃だ。

「思考経路が異常」「普通の思考回路の人だと思って議論するのはナンセンス」「そんな理屈、家族の中でも通用しない」と言いきっているが、この「そんな理屈」の内容を前川氏の発言から正確に拾うとこうなる。

「出会い系バーというものがありまして、読売新聞で報じられたが、そういったバーに私が行ったことは事実です。
経緯を申し上げれば、テレビの報道番組で、ドキュメント番組で、いつどの局だったかは覚えていないが、女性の貧困について扱った番組の中で、こういったバーでデートの相手を見つけたり、場合によっては援助交際の相手を見つけたりしてお金をもらうという女性がいるんだという、そういう女性の姿を紹介する番組だった。
普通の役人なら実際に見に行こうとは思わないかもしれないが、その実態を、実際に会って話を聞いてみたいと思って、そういう関心からそういうお店を探し当て、行ってみた。
その場で話をし、食事したり、食事に伴ってお小遣いをあげたりしながら話を聞いたことはある。
その話を聞きながら、子供の貧困と女性の貧困はつながっているなと感じていたし、そこで話を聞いた女性の中には子供2人を抱えながら、水商売で暮らしている、生活保護はもらっていないけれど、生活は苦しい。就学援助でなんとか子供が学校に行っているとか、高校を中退してそれ以来ちゃんとした仕事に就けていないとか。あるいは通信制高校にいっているけどその実態が非常にいい加減なことも分かった。
いろいろなことが実地の中から学べた。その中から、多くの人たちが親の離婚を経験しているなとか、中学・高校で中退や不登校を経験しているという共通点を見いだした。
ある意味、実地の視察調査という意味合いがあったわけですけれど、そこから私自身が文部科学行政、教育行政をやる上での課題を見いだせた。ああいうところに出入りしたことは役に立った。意義があったと思っている」
25日の会見より


この発言に対して「思考回路が異常」「家族の中でも通用しない」というわけだが、そう決めつける根拠は何も示されていない。
ましてや、「警察庁長官が酔っ払い運転したみたいなもの」であるはずもない。
組織暴力団員でもない「一般人」が犯罪も何も冒していない時点で密かに身辺を調査され、プライバシーを侵害され、結果、なんの犯罪も出てこないのに新聞にほのめかしに満ちた記事が出て「批判が上がりそうだ」などと印象誘導される
これこそまさに今いちばんの懸念となっている「共謀罪」への恐怖そのものであり、すでにそういう国になってしまっているという実例ではないか。
ちなみに記者会見で前川氏は、「これは権力の脅しだと思うか」と問われて、「私はそんな国だとは思いたくない」ときっぱり答えている姿は、多くの人が見たとおりだ。

まずは正確な情報を──「ガールズバー」でも「風俗店」でもない

多いときは週に1度のペースで店に通い、女性たちの身の上話に耳を傾けた。女性たちの多くが、両親の離婚や学校の中退を経験していることを知った。
「この状態を何とかしなければという思いは、仕事の姿勢にも影響した。高校無償化や大学の給付型奨学金などに積極的に取り組んだ。私は貧困問題が日本の一番の問題だと思っている」(「Aera」(前川喜平はウソつきか? インタビューで答えた“総理と加計の関係”)


正直に言えば、僕自身最初は「貧困の実態調査」のために通ったというのはやや無理があるのではないかと思っていた。しかし、調べていけばいくほど、そう思い込んでしまう自分の品性・品行のほうに問題があるのかもしれないと思い始めた。

まず正確を期すために前川氏が通っていた店とはどんな店なのか、情報を探ってみた。
複数の情報はすべて歌舞伎町にあるバーを示している。その店は女性客は無料で入店できるが、男性客は60分3500円(1ドリンク付き)、120分4800円(2ドリンク付き)というバーで、営業時間は20.30~5.00。
様々なブログやツイッターの書き込みなどには「ガールズバー」とか「風俗店通い」などという記述も見られるが、どちらも間違いだ。ガールズバーというのは「バーテンダーが女性中心のショットバー」であり、まったく別業態。また、店に性的なサービスを提供する女性を控えさせている風俗店ともまったく違う。
夜しか開いていないので、公務員が勤務時間中に入店することはありえない。
また、女性が入店無料(ドリンクチケット付き)ということで、売春目的で入店する女性も多いのは事実だが、当然のことながら、男女問わず、客のすべてが売買春目的で来るわけではない。
実際、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(扶桑社、2012年)の著者である荻上チキ氏は、自身のラジオ番組内で、「本を書くために自分も100回くらいそういう店に通ったし謝礼も渡した」と説明している


ついでにこの本を読んだ感想を書いているブログに分かりやすい、かつ印象的なまとめがあったので引用したい。
3.11以降の取材で福島に住み昼間は工場勤務、夜はワリキリの女性の言葉が切なかった。放射線量は気にならないとし「はい、病気になったらどうせ死ぬのだし。それよりお金のほうが心配」 これって彼女に限らず、いま3.11以降を生きるこの国の多くの人たちの心情に共通しているように思えてならない。
荻上チキの取材力、問題認識力に敬意を表したい。荻上チキはまとめた「n個の社会問題の数だけn個の処方箋、n個の排除の数だけn個の包摂を。買春男に彼女たちを抱かせることをやめたいなら、社会で彼女を抱きしめてやれ。そうすれば事態は幾分マシになる。彼女たちの売春、それは僕たちの問題でもあるのだ」
「ポポロの広場」より



前川喜平氏の人物像

前川氏が「女性は入場無料のバー」に通っていたこと自体はなんの違法行為でもないし、加計学園問題に対する「証言」とはまったく関係がない。そのことをまずはっきりさせておかなければならない。
しかし、すでに官房長官や世界一の発行部数を持つ大新聞が彼を「いかがわしい人物」「ポストに恋々としがみつく人物」だとほのめかしている異常事態が起きている今、そのほのめかしにどれだけのリアリティがあるのかを検証するために、いくつかの情報をまとめてみる。

地位に恋々としてしがみついているのは誰か?

まず、菅官房長官が語った「責任者として自ら辞める意向をまったく示さず、地位に恋々としがみついていた」という誹謗については、前川氏自身が25日の記者会見でかなり詳細に述べた経緯とまったく違っている。
私の退職、辞職の経緯は、誰に恨みを持つようなものでもなく、私は文科省のいわゆる天下り問題、再就職規制違反の問題について責任ある立場におりましたから、これは再就職等監視委員会からも違法行為を指摘されましたし、私自身も自分自身が行った違法行為、それから違法行為を行った職員に対する監督責任、そういったものが問われたわけでありまして。私が引責辞職したのは、自らの意思です。

1月5日だったと覚えてますけれども、私の方から松野文科大臣に監視委員会の調査の状況、文科省としての対応の状況などをご報告した際に、かなり多くの処分が不可避です、こういった事態にいたったことについては私が責任を取らざるを得ないと思いますと。従って、責任ある形で、辞職させていただきたいと申し入れた記憶がございます。私の方が、大臣に。

事務次官の辞職というのは勝手にはできない。辞職を承認する辞令をいただかなければならないので。辞職を承認していただきたいと私の方から大臣に申し上げた。大臣は慰留してくださいました。
しかし、私はこれは辞めるしかないということで、官邸とご相談したいとうことで、官邸にも大臣のお許しを得て、ご相談にまいりました。

ご相談の相手は、杉田(和博)官房副長官です。杉田副長官にも、これから起こるであろう文科省の職員に対する処分がどのようなものになるかの概略を説明しながら、私自身の引責辞職についても、お許しをいただきたいと申し上げたところ、『いいだろう』というお話を承りまして、それを持ち帰り、大臣に官邸からもご了解をいただきましたということで、事実上、私の辞職がそこで決まったということです。
5月25日の記者会見にて


菅官房長官の「恋々と地位にしがみつく」という誹謗中傷に少しでも分があるというのなら、前川氏のこの発言内容はことごとく嘘だということになるわけで、それを証明してほしいものだ。でなければ、菅官房長官の発言は、極めて悪質な嘘、でっち上げによる名誉毀損という犯罪になるだろう。

辞任後は夜間中学などでボランティア活動

国家権力がなりふり構わず個人攻撃を続ける一方で、前川氏の人物像を知る情報がいくつも浮上してきた。
前川さんは辞任後、二つの夜間中学校の先生、子どもの貧困・中退対策として土曜日に学習支援を行う団体の先生として、三つのボランティア活動をしている。

と報じたのは「Aera」(前川喜平はウソつきか? インタビューで答えた“総理と加計の関係”)だ。
これを裏付ける証言も出てきた。ボランティアしていたという「キッズドア」の理事長・渡辺由美子氏は自身のブログの中でこう語っている。

実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。

担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。
「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」
と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。
今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。

なんで、前川氏が記者会見をされたのか?
今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。
これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?

大人は嘘をつく。
自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。
子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。
小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。
「あったものをなかったものにできない。」
前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、
「正義はある」
ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」
そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。

子どもたちとって、これほど心強いことはない。
「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気 キッズドア 渡辺由美子 オフィシャルブログ より)


さらに時代を遡ってみると、前川氏は今から12年前の2005年、小泉政権下で「三位一体改革」という名のもとに行われようとした義務教育費削減政策に真っ向から立ち向かい、個人的にブログまで立ち上げて反論を堂々と展開していた。
このブログは今もまだWEB上に残っていて読めるので一部を紹介してみる。
義務教育費はなぜ狙われたのか?
義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
(略)
公共事業のように政・官・業のもたれ合い体質の強い分野よりも、義務教育や児童福祉のような分野の方が政治の世界からの抵抗をかわしやすい。特に義務教育や児童福祉の直接の受益者である子どもたちは選挙権を持っていないから、どんな目にあっても、彼ら自身には政治を変える力がない。地方6団体が平成17年7月20日に発表した補助金・負担金の廃止リストの中には児童養護施設の負担金も含まれている。身寄りのない子どもたちには彼らに代わって権利を主張する親もいない。政治的に完全に無力な存在だと言ってよい。そういう政治的弱者が狙われているのだ。
義務教育費国庫負担金には、徒党を組んで削減反対を唱え、「票」や「金」で政治を動かせるような圧力団体がいないのが現実の姿だ。
また、民間部門に比べると公立部門は政治力が弱い。だから私立所よりも公立保育所の方が、私立学校よりも公立学校が狙われるのだ。
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その1)義務教育費はなぜ狙われたのか? より)


このブログ、赤裸々で大変読み応えがある。例えばこんな部分。
 義務教育費国庫負担金の堅持を求める文教関係議員を、「既得権益」だとか「利権」だとかいうもののために動いているかのように新聞が書くのは、私に言わせれば、無礼千万な話である。

(略)

義務教育費国庫負担金は「票」や「金」には結びつかない。純粋に義務教育が大切だと信じる人だけがこれを本気で守ろうとしているのだ。

中でもその真剣さにおいて際だっているのは保利耕輔氏である。

保利氏は、文部大臣だけでなく自治大臣も経験された方だ。総務省(旧自治省)は当初さかんに保利氏を味方につけようと工作した。我々が氏のもとにうかがうたびに「総務省はこう言っている。文部科学省はどう反論するのだ」と説明を求められた。生半可な説明では決して納得されなかった。氏は、両省の言い分をとことん聞き取り、熟慮に熟慮を重ねた末、義務教育費国庫負担制度は堅持する必要があるという結論に達せられたのだ。義務教育においては「教育の機会均等」は至上命題だ。然るに義務教育費国庫負担金を税源移譲に回せば、都道府県ごとの税収には大きな格差がでる。文部科学省の試算では、国庫負担金に比べて税収が上回るのが七都府県、それ以外の四〇道県では財源不足になる。地方交付税が不足を補填するから大丈夫だと総務省は言うが、地方交付税は削減の一途を辿っているではないか。そのような状態では、義務教育費の財源を交付税で保障することはできないはずだ。そうなれば、義務教育の機会均等は保障できなくなる。…保利氏はそのように結論を出されたのだと思う。

(略)

平成17年6月9日号の週刊新潮に奇っ怪な記事が載った。タイトルは「次は『文科省役人』のクビを狙う『小泉』」。この記事は郵政民営化法案に反対の動きをした総務省幹部の更迭人事を紹介した上で、「文科省関係者」の言葉として「次の生け贄」は文部科学省の結城事務次官と銭谷初等中等教育局長だと書いている。

(略)

「郵政民営化に目を奪われていますが、国と地方の税財政関係を見直す、いわゆる三位一体改革も小泉政策の大きな柱です。その中には、義務教育費の国庫負担制度改革も含まれている。独自財源を増やすことを狙って小泉改革に賛成する地方と、自らの権益を失うことに繋がるため制度維持を狙う文教族・文科省が対立しています。小泉は、結城と銭谷を反対派の象徴と見ているんです」(官邸関係者)
 そしてこの記事は、こう締め括られている。
「この“反対派”の二人に小泉首相はこう言い放った。『もうこれ以上、反対しないでくれ。分かってるね』二人は震え上がったという。」

この記事は完全な捏造である。誰よりもまず小泉総理に対する中傷である。官邸に呼ばれた事実もないのに「震え上がった」などと嘘を書かれた次官と局長も堪ったものではない。週刊新潮がこんなデタラメを記事にする雑誌だとは知らなかった。
一体誰がこんな記事を週刊新潮に書かせたのだろう。義務教育費国庫負担金の廃止・削減を狙う「誰か」であることは間違いない。極めて卑劣な行為である。

(略)

この記事が出てから間もない6月5日の日曜日、中教審義務教育特別部会は異例の日曜セッションを青山の公立学校共済施設で開いた。その会議終了後、会場から地下鉄の駅へ向かっていた私は、総務省自治財政局の務台調整課長が、見城美枝子委員に路上で話しかけているところに出くわした。

務台課長は、見城委員が義務教育費国庫負担金の廃止に賛成するよう説得を試みていた。私はその話に加わり、務台課長の主張に反論した。しばらく議論をしたあとで、務台氏が私に向けて最後に投げつけた言葉がこれだ。「前川さん、そんなこと言ってると、クビ飛ぶよ」
 クビと引き換えに義務教育が守れるなら本望である。週刊新潮は、文科省が「権益」のために制度を持しようとしていると書いたが、義務教育費に「権益」などというものは無い。仮にそんなものがあったとして、「権益」にしがみつく人間が「クビ」を賭けるようなまねをするだろうか。
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その15)義務教育費に利権はない より)


ずいぶん端折ったが、それでも相当長くなってしまった。全文は元のブログで。

ちなみに最後に出てくる務台調整課長というのは、福島を訪れた際に長靴がなくて、おぶわれて水溜りを渡ったことで一躍名をはせた務台俊介・元内閣府大臣政務官のことだ。

さらには、前川氏はこのブログ内で、近未来小説「義務教育崩壊!」なるものの構想まで書いている。
 「義務教育崩壊!」。私が書きたいと思っている近未来小説だ。第一章の書き出しは、200X年3月下旬の参議院本会議。義務教育費国庫負担法廃止法案が可決成立する場面である。
「起立多数。よって本件は可決されました」議長の声が響く。文部科学大臣がひな壇から議場の外へ出てくる。大臣を待っていた文部科学事務次官以下の幹部にまじって、義務教育費国庫負担制度の所管課長である後山悲平財務課長が佇立している。疲れ切った表情で赤絨毯の上を歩き始めた大臣に、後山は一つの書類を差し出す。表には黒々と「辞表」と書いてある。……
前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その3)近未来小説「義務教育崩壊!」より)


後山というのは前川の対意文字を連ねた洒落だろうが、辞表覚悟でこのブログを書いているという決意のようなものが滲んでいる。

事務次官就任後にも、こんな記事があった。

埼玉の夜間中学運動31周年を記念した集会が29日、JR川口駅東口にある複合施設「キュポ・ラ」で開かれ、文部科学省の事務方トップとして集会に初参加した前川喜平事務次官が「(夜間中学は)教育の場で重要な役割を果たしてきた」と評価し、文科省として公立夜間中学設置を推進する考えを示した。
1979年に文部省(現文科省)に入り、初等中等教育局長などを経て今年6月に次官になった前川次官は「教育は人権保障の中核。国籍に関わらず、全ての国民は等しく教育を受ける権利がある」と語り、卒業証書を受け取るだけの「形式卒業」や義務教育未修了者、不法滞在の外国籍の親を持つ子どもたちなど、教育を受ける権利を制限されてきた人たちに学びの場を提供してきた「夜間中学」を高く評価した。
文科省として公立夜間中学設置を推進するに当たっては、「多様な学習機会を確保する観点」から、不登校の生徒についても本人の希望を尊重して受け入れていく方針を明示。半世紀近く夜間中学運動に関わってきた元教師からは「大変大きな前進」と歓迎する声が聞かれた。
(以上、「夜間中学 埼玉の運動31周年集会 「重要な役割」 初参加、文科省事務次官が評価」 2016/10/31 毎日新聞埼玉地方版 より)

この記事には、
「個人的見解」としながら「夜間中学設置について、組織としての文科省はこれまで見て見ぬふりをしてきた。(夜間中学設置に賛同する)自分は(省内では)異端。居心地が悪かった」と吐露した。

……という興味深い箇所もあった。

前川さんの今回の反撃が、単に、前川さんが次官飛ばされて、でも、俺は食うに困んないで金はあるから一発爆弾落としてやるか、というんじゃなくて、前川さんに同情的な霞が関の官僚ってけっこう多いんですよ。人事をいじられて、政策も今まで自分たちが霞が関で積み上げてきたものを曲げられて、今の安倍政権はやっていると思っている人、多いですからね」(TBSラジオ・武田一顯記者 5月27日のMBSテレビ「ちちんぷいぷい」での解説より)


権力集中型の政権と対立し、「前川さん、そんなこと言ってると、クビ飛ぶよ」と脅されながらも、上に立たなければ行政を動かせない、と、仕事は有能にこなして、ついにトップに立った人。
どこをどう読んでも「恋々と地位にしがみつく」ような人物像は浮かんでこない。

ここまで調べてきて、僕は当初「貧困実態調査」のために出会い系バー通いはさすがに苦しいのでは……と疑っていた自分の狭量さを恥じた。
もちろん事実は知るよしもない。しかし、こんな人物であれば、「貧困実態の調査」のためにお忍びで出会い系バーに潜入して話を聞いていたという説明は、その通りだったのではないかと、最後は思うようになった。

ネット上では「出会い系バー通いの変態がボランティアで子供に近づいたとしたらもっと危ない」などというバカ丸出しのコメントが乱れ飛んだりしているが、ネットにバカがあふれるのはまあしょうがない。恐ろしいのは、巨大メディアが悪質な権力誘導型デマ発生装置にまで堕している現実だ。

文科省の元官僚として前川氏の先輩にあたる寺脇 研氏(現・京都造形芸術大学 教授)は、フェイスブックでこう報告している

某全国紙から、27日朝刊のために前川さんの記者会見についてコメントを求められ、以下のように述べた(文章は記者がまとめてくれたもの)。
その数時間後、その記者から暗い声で電話が…
「このコメントは載せるな、と上からの命令があり掲載見送りになりました」
なのでここに出します。
いやはや、この国の既成メディアの状態はひどい。
今回の一件でそのことも明らかになりつつあります。

前川前文科次官の会見は堂々たるもので、信念の人だと改めて感じた。覚悟を決めて証言したのだろう。
(以下略)


ずいぶん長くなってしまった。
しかし、大新聞があれだけいい加減な誹謗記事を出してくるのだ。それに対して検証する努力を怠れば、印象操作の餌食になってしまう。
散歩の途中ですれ違った中学生がこんなことを口にした。
「あの人って大金持ちの家に生まれてお金には全然困ってないんだって」
……おいおいおい。それはさらにどうでもいいことなんだよ。
あの人が踏ん張らなければ、今頃地方の小中学校はかなり厳しい状況に追い込まれていたかもしれないんだよ。あ~、それを僕も今の今まで知らなかったんだけどね……。

ナチス体制下のドイツで開かれたベルリンオリンピック。水泳女子200m平泳ぎの中継でNHKのアナウンサーは「前畑がんばれ!」と20回以上絶叫した。80年以上たった今、一強独裁政権に怯えるメディアの代わりに、僕らは「#前川がんばれ!」と言い続けよう。

   

森水学園第三分校を開設

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