90歳認知症老人の大腿骨骨折記録(5)2019/02/16 17:11

2019/01/11

退院前日の搬送予行練習

病院から、12日午前10時に退院という知らせがあった。血液中の酸素濃度が足りないとのことで(これは骨折以前からだったが)、輸血や酸素吸入もしている。
入院前にはなかった臀部の褥瘡と左脚(手術しないほうの脚)臑の皮膚の損傷(包帯が擦れて弱っていた皮膚がこびりついて剥がれたらしい)という2つの外傷が加わっていて、それに対する治療の指示なども受ける。


手術後、手術していないほうの脚に巻いた包帯を取ったら、皮膚が大きく剥がれていて浸出液が出ていた



手術直後から車椅子は可能で、腰を曲げても大丈夫ということだったので、乗用車で迎えに行くつもりで、病院側ともやりとりし、了承されていたのだが、ここにきてまた「介護タクシーの手配を」といわれた。どうも、院内での情報共有がうまくいっていないらしい。
介護タクシーは、近所の病院に運ぶときにも手配を試みたが、日光市内では、当日に「今からお願い……」などという依頼はほぼ無理だということが分かっている。それを説明し、その後も何度かやりとりしたが、結局、また、施設のリフト付きハイエースをまた借りることになった。
車椅子をリフトに固定して昇降させるのはやったことがないので、前日に副施設長の指導を受ける。

車椅子用リフトの使い方を教えてもらっているところ。副施設長の娘さんが「乗る~」とやってきてダミーモデルに↑。

まあ、こういう経験はしておいたほうがいいかもね。

で、親父は退院後はベッドと車椅子の生活になるので、昇降式電動ベッドを実費レンタル。その業者が一緒に持ってきた中古の車椅子は大きすぎて、施設のスタッフから却下されたため、フルリクライニングできる別の車椅子の中古出物も探しているところ。24時間、事実上施設にいるので、ベッドも車椅子も介護保険適用にはしてもらえないのだという。その他に、新たに寝具類やら防水シーツの追加やら水のみとかの器具類やらの調達が必要といわれ、リフトの使い方を予習した後はすぐにまた家に戻り、家にあるもので調達できるものと買わなければならない物のリスト仕分け。
雛人形搬入で忙しい時期に、金も時間も気力もどんどん奪われていく。

施設に家から持ち込めるものをまた運ぶと、義母が「よしみつさん、車に乗せて上まで連れていって」とか、意味不明のことを言い出す。
「上ってどこ?」と訊くと「薬局」と答える。どうも夢の中の地図(夢の中でよく見る、非現実の世界)が起きている間にも錯綜していて、妄想と現実の境目がなくなってしまっているようだ。認知症そのものの状態は義母のほうが親父より進んできているかもしれない。骨粗鬆症も抱えているので、義母もいつ骨折するか予断を許さない。
施設長は「お義母さんのほうがずっと心配。骨折するときは一気に骨盤骨折するタイプだから、悩む間もなく病院行きになる」と心配している。
頼むからそうならないでね。親父の大腿骨頸部骨折とアスペルガー症候群+認知症への対応だけで、僕らも施設スタッフも手一杯なのだから。
「車に乗せてって」という義母に「無理だよ」というと、今度は「じゃあ、ちょっとそこまで行ってくる」と、ヨタヨタと玄関を出て行ってしまった。
それを後ろからついていって、適当なところで連れ戻すスタッフ。
「動きたいというのを無理に抑制するとさらにパニックになるから、適度に発散させて……」と。ほんとに大変。申し訳ない。

興味深いのは、親父も義母も「帰る」というその先は、ぼける前に住んでいた自分の家ではなく、子どものころに住んでいた家なのだ。そんな家はとっくの昔にないし、もしかすると実在したことのない架空の家(夢の中の地図世界にだけ存在している家)を思い描いているのかもしれない。
近い過去のことから先に忘れていく。10分前のことはすっかり忘れていて、昨日のことは断片的に覚えていたとしても「一年前くらい」のことになる。
時間も空間も認識がおかしくなっている。寝ていても起きていても、夢の中の世界を彷徨っている感じなのだろう。

2019/01/12

退院


なんとかハイエースの後ろに車椅子ごと乗せた。「帰るよ~」「はいはい~」……ふうう

助手さんと一緒に朝9時半前に施設に行き、車椅子を積んだ福祉車両のハイエースを運転して宇都宮へ。
ほとんどマイクロバス並みの大きさの車を運転するのはこれが人生で二度目だが、一度目がつい先日なので、今回はかなり落ち着いて運転できる。

この病院は土・日・祝祭日と年末年始(12/29~1/3)はお休みなので、駐車場もガラガラ。入り口ロビーに並んだ窓口もすべてカーテンが閉まっている。
売店に入院衣料セットレンタル解約の届けを出し、車椅子を押して病棟へ。
親父はすでに服を着替えさせてもらってベッドに寝ていた。
看護師さんから入院中にできた褥瘡の治療や、主治医、地元整形外科医、訪問看護センター、施設あての引き継ぎ連絡書やら薬やらを受け取り、説明を受ける。
持ち込んだ大型車椅子になんとか親父を抱え上げて座らせ、そのまま病院玄関口へ移動。
さて、ここでどうすればいいの? 窓口はすべて閉まっているし、入院費の精算はどうすればいいの?
持ち込んだ車椅子に乗せた親父を玄関で待たせて、玄関ロビーの中をあちこちウロウロきょろきょろ。ロビーを出て、外のドアとの間の横にあった「夜間非常受付」という、唯一開いている小さな窓口を見つけて中を覗き込むと人がいた。
「退院なんですけど」と告げると、名前を訊かれ、請求書を渡された。
そこに印字されたバーコードをロビー内に設置された自動支払機に読み取らせて、カードで支払い。
窓口に戻って「精算しました」と告げると、そのままあっさり外へ。
診療費・入院費を踏み倒してしまう家族がいっぱいいるらしいが、こういうシステムだと、それも簡単だろうなと思った。
年金もほとんどないような高齢者世帯では、万単位の突然の出費は命取りだろうし、引き取りに来る家族も高齢者で、多少ボケていたりすればなおさらのことだろう。

ハイエースのリフトを使って親父を車椅子ごと乗せていたら、ケータイが鳴った。さっき別れた看護師からで「病室にコップが1つ忘れられていたのですが」という。入院する場合に用意するものとして売店で買ったものだが、プラスチックのコップ一つを取りに長い長い(本当に長い)渡り廊下を戻る気がしないので、そのまま処分してください、と告げた。

3泊4日の手術入院で100万円超は高いか安いか


今回の診療費・入院費の精算書。手術を含む診療費の合計は104万4620円。

ちなみに、3泊4日の手術入院での診療費は合計104万4620円。
他に食事療養費3990円(保険外)と入院に必要な寝間着・オムツセットみたいなやつとバスタオル一枚、歯ブラシ歯磨きセット、コップ、保湿剤やらなにやらの購入……で、合計約7万円の負担だった。
後期高齢者医療保険で1割負担、しかも負担限度額(年収156万円~約370万円の70歳以上は月額上限が57,600円)があるから7万円で済んでいるが、実際には100万円以上軽くかかっているわけで、これでは保険制度が持ちこたえられないだろうなあ、と改めて思った。
この病院のWEBサイトを見ると、整形外科の手術実績は年間約1000件。土日祝日年末年始は休みだから、1日4件くらい手術があることになる。午前に2件、午後に2件というペースで手術をするチームを組んでいて、それ以外に外来を受け付けて診療しているわけだ。
今回の大腿骨頸部骨折というのは、高齢者ではよくある骨折。火曜日に搬送したときも、処置室には救急車で次から次へと高齢者が運び込まれていた。
つまり、今回の親父の大腿骨骨折レベルの患者も毎日のように手術を受けているわけで、手術・入院をこなしていく病院側も大変だ。

90歳の認知症老人に大腿骨骨頭置換手術を施し、手術の翌々日には退院させることや、その数日間の費用が軽く100万円を超えることに驚く人も多いだろうが、どちらもやむをえないことだ。
手術代100万円超を「高い」と感じるのは、国民皆保険のこの国で生活している我々の感覚が、若干麻痺しているからだろう。
冷静に考えれば、これだけの医療を施すのに100万円超かかるのはあたりまえ。
数年前、雹が降って車の屋根やボンネットに凹みができたとき、保険会社の判定は「全損」で、修理代見積もりは軽く100万円を超えていたことを思い出す。
走行が12万kmを超えている車を100万円以上かけて直すなんて考えられないので、結局、全損相当の保険金をもらって37万5000円で売られていたもっと新しい中古車に買い換えたのだった。
車の屋根とボンネットの凹みを直すだけで100万円超なのだから、人間の大腿骨を取りだして金属の人工関節を埋め込む手術が100万円超なのは、むしろ安いんじゃないかとも感じる。これだけの処置をするのに延べどれだけの技術者、専門職が動員され、技術を駆使し、最先端の医療機器や装具を使ったことか。手術に使う道具類も、高価だが使い回しのできないものはきっちり使い捨てるわけだし。
……と考えれば、そりゃあ100万円はかかるだろうなあ、と納得するしかない。

人工股関節の「パーツ」としてのお値段 2018年4月現在。( )内は特殊なタイプの最高額(「人工関節の広場」より転載


「人工骨頭置換手術 費用」で調べてみたら、「部品代」が標準で合計61万1700円。手術代は37万6900円(ナビゲーションを使うとプラス2万円)と決まっているので、単純に部品代と技術料を足しただけでも98万8600円。
入院・手術にかかる費用は、人工股関節の例では、初回・片側の手術で入院期間が2~3週間の場合は約200~250万円
「人工関節の広場」
今回はそれに手術前検査やら輸血やらなにやらが加わっての104万4620円だから、高いどころか最低価格であることが分かる。

それでも100万円超という金額は庶民感覚からすれば「高い」。車の修理であれば「そんなにかかるなら修理はやめて車を買い換える」と即決できるけど、人間の修理はそういうわけにはいかない。
手術が成功しても数年しか生きられないことが分かっている超高齢患者に対しても、保険を使ってきっちり手術をしてくれる。
こうした手厚い手当てを10万円以下の直接負担で受けられる今の高齢者たちは、歴史上初の、極めて稀なる、超厚遇福祉受益者世代といえる。

問題は、この国民皆保険という制度が、今、脅かされているということ。お金がなければ医療を受けられない国になろうとしていること。
そのうち、水道事業みたいに、医療保険や介護保険も自由化して外資系企業に委ねるなんてことになって、金持ち以外はまともな医療を受けられない国になるのだろう。

……なんてことを考えながら運転すると事故を起こしかねないので、極力機械的に動いて、淡々と作業をこなし、親父を施設にまで戻した。

親父は受け答えはなんとかできるが、言っていることは滅茶苦茶。
手術を受けたのは自分ではなく「よしみつ」で、自分も手術を受けたが、その手術をしたのは医者ではなく「よしみつ」で……というようなことを繰り返し言っている。俺は今まで骨折したことはないし、外科医でもないよ~。
病院と施設の場所認識もできていない。移動したことも忘れている。
しかし、食欲はあり、動くことに対しても貪欲。たえず「○○してくれ」「○○がほしい」と、何かを訴えている。これから先が思いやられる。

⇒続く



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