そして私も石になった(19)「複層的世界観」を呼び覚ませ ― 2022/02/14 19:56
「複層的世界観」を呼び覚ませ
量子論のことを思い出したことで少し冷静さを取り戻した俺は、Nにこうリクエストした。
「複層的な世界観とか、単相の物質世界とか……あんたの言いたいことはなんとなくは分かる。いや、分かる気がするが、もう少し分かりやすく説明してくれないか」
俺が拒絶の壁を取り外したと感じたのか、Nも心持ちゆったりした調子で話を続けた。
<今の人間社会は唯物論的世界観に支配されている。
きみたち人間は、この世界は物質のみで構成されていると考え、科学の価値を最上位に持ってきた。思索や感情さえも、心理学やら精神医学といった「科学」で説明しようとする。……違うかな?>
「確かにそういう傾向は強くなってきただろうな」
<物質のみで構成される「物質世界」、科学ですべてが説明できる「物理世界」──そういう世界がすべてなら、自分という存在が肉体の消滅と同時にこの世界から消えることは仕方がない。それ以上でも以下でもない。
自分の存在だけではない。誰にとってもそうなのだから、個人の集合体である「人間社会」が消えることも仕方がない。社会も所詮は「物質」なのだから。
実際、短い人類史においても、絶滅に追い込まれた民族や国家はたくさんあった。
南北アメリカ大陸やオーストラリアの先住民社会は、ヨーロッパからやってきた白人たちによって完全に破壊された。日本でも北東北から北海道にかけて暮らしていた先住民は大量殺戮され、社会が消滅した。人種としてわずかに生き残った者はいるが、それまでに形成されていた社会は消えて……いや、消されてしまった。
社会も形と質量のある「物」にすぎないとすれば、物理社会の必然として、いつかは消滅する。
それ以前に、本来その社会が持っていたであろう寿命よりもずっと短く、人間の意志によって簡単に消されることもある。
世界人口の削減というのは、それと同じことが、複数の民族、複数の国家を含めた「人間社会」という世界規模で起きるということであって、なんら不自然なことではない。
唯物論的世界観では、そういう結論に行き着くはずだ。
ましてや、人間一人一人の寿命はたかだか数十年だ。きみたちができることは、その数十年の中に限られている>
「ひとりの人間が生きている間に成し遂げたことが、その人の死後も、後に続く世代の社会形成に影響を与えたり、価値のあるものを残したりすることはあると思うけどね」
<自分が死んだ後の世代に何かを残したい、なんて考えても、それは自己欺瞞というものだ。
テレビを発明した人間のおかげで、その後の人間社会ではテレビが使えるようになった。でも、テレビを発明した人間はその社会を知ることはできない。テレビをあたりまえのように楽しんでいる人間たちにとっても、テレビを発明した人間の人生なんて関係がない。
唯物論的世界観では、そうなるんじゃないのか?>
「それはちょっと論理の飛躍があるような気もするけれど……」
<じゃあ、もっとズバリと言おうか。
唯物論的世界観や物質主義というのは、Gの世界観であり、思考特性なんだ。
人間はGが遺伝子操作をしてつくりだした生物種だが、もともとは地球型生物だ。今でも地球型生物としての感覚というか本能を完全には失ってはいない。
地球型生物の本能には、唯物論からはみ出した感覚が含まれている。犬も熊も鯨も、草木でさえもね>
「え? 急にスピリチュアリズムみたいなことを言い出すんだな。原始宗教か?」
<宗教というものについては、今はまだ触れないでおこう。視点が混乱するからね。
ここではもっと生物学的な……いや、「感覚的な」話として聞いてほしい。
第六感とか虫の知らせとか、そんな類の話かな、くらいにとらえてもらってもいい。
Gにはそうした感性はない。しかし人間にはそういう感性がもともと備わっている。
Gが人間をつくった際、人間にある種の芸術的感性が芽生えたことは計算外だったという話はすでにしたよね。
Gにとって「物を正確に描写したり、設計図通りに造形する技術」は科学技術を発展させる上で極めて重要な能力だけれど、アブストラクトアートみたいなものを楽しむ能力は必要なかった。だから、もともとは持っていたのかもしれないけれど、次第に失っていったんだろう、というような話。
ついでにいえば、Gには「笑う」という行為もほとんどない。理にかなっていないことを見て苦笑する、馬鹿にするといった感情はあるが、意味もなく大笑いしたりすることはない。
いわゆる「箸が転んでも笑う」なんてことは理解できない。人間はそれを自然なこととして受け入れるが、Gは理由を探ろうとする。成長期の子供がホルモンバランスが崩れて感情表現の神経が狂う一種の病理現象、とか、そんな風にね。
私がここで言いたいのは、今こそきみたち人間には、この「本来の地球型生物としての本能」を呼び覚ましてほしい、ということなんだ。
そうすれば、唯物論を超えた「複層的な世界観」も次第にはぐくめるようになるかもしれないから>

ジャンル分け不能のニュータイプ小説。 精神療法士を副業とする翻訳家アラン・イシコフが、インターナショナルスクール時代の学友たちとの再会や、異端の学者、怪しげなUFO研究家などとの接触を重ねながら現代人類社会の真相に迫っていく……。 2010年に最初の電子版が出版されたものを、2013年に再編。さらには紙の本としても2019年に刊行。
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そして私も石になった(18)緩やかな集団自殺? ― 2022/02/14 19:54
緩やかな集団自殺?
ここまできて、俺はもはやいちいち反論する気力も理由も失っていた。
ただただ虚しさを感じるだけだ。
黙り込んだ俺を哀れに思ったのか、Nはこう言った。
<そんなに落ち込むことはないよ。
人が人を殺すという歴史は太古の昔から今まで、延々と続いてきた。今に始まったことじゃない。
この計画には、殺す側と殺される側の関係が見えてこないという巧妙な仕組みがある。
ウイルスやワクチンが引き金となって、何年か後に心臓麻痺や癌や脳卒中や免疫不全症候群で死んだとしても、自分が殺されたとは思わない。周囲で死んでいく者たちを見送るときも、病気で死んだ、寿命で死んだ、そういう運命だったと思うだろう。
ワクチンを打った医者や看護師も、自分たちがそういう計画に使われたとは思わないから、罪の意識や後悔を感じることはない。むしろ自分は人の命を救うという職務を果たしたと信じる。その結果がこうなら仕方がないと思える。
計画が進んで、多くの人が死んでいくとしても、爆弾を落とされたり、ガス室に送られたりして殺されるよりは抵抗や恐怖を感じない死に方だ。「病死」なのだから。
いっぺんに死ぬ人数の多い少ないが問題なんじゃない。死ぬのは一人一人なんだからね。
大量に病死する中に自分が入っていたら不幸だとか、そういうことにはならないだろう?
人が死ぬことは避けられない。死はあくまでもひとりひとり……「個人」の問題だ。
きみ自身にとっても、自分の死は、社会の問題ではなく、個人の問題なんじゃないか?
苦痛や恐怖を味合わずに、どれだけ楽に死ねるか……それは大問題だよね。自分の問題なんだから。
でも、他人の死に感情を移入しても、無力感を味わうだけだ>
「あんたは何を言っているんだ? そういう問題じゃないだろうが!>
俺は初めてNに怒りを覚えた。
「人間は一人では生きていけない生き物なんだよ。感情というものもある。クラゲやキノコとは違う。
他人の人生との関わり合いの中に幸福や不幸を感じる生き物だ。社会の中での自分の役割を感じることで、生きる気力も生まれる。ただ生まれて、楽に食べて、寝て、娯楽を消費して、苦痛なく死ねればいいとか、そういうものじゃない」
うまく言えなかったが、そこまでを一気に吐き出した。
<うん。分かっているよ。すべて分かっているつもりだよ。
言い方がまずかったね。
きみは今、人間は社会の中でしか生きていけないし、感情も持っている生き物だと言ったね。
まさにそうなんだが、だからこそ、個人がどんなに自分にとっての理想を描いても、世界を変えることはできない。動いていく社会の中で生きるしかない。
効率的に人口を削減させるために、ウイルスやワクチンを使って、抵抗されるどころか自ら死を選ばせるような詐欺的な手法で人を殺していく計画なんて、きみにとってはとんでもない、許しがたいことだ。同じように、そんなことは絶対に許せない、あってはならない、間違っていると思う人間はたくさんいる。
しかし、そう思っている人間が大多数であるにもかかわらず、人間の集合体である社会は大量死の方向に動いていく。
何かおかしいんじゃないかと感じても、結局は流されてしまう。自分にとって都合のいい「常識」に従い、これでいいんだと言いきかせてしまう>
「これだけ多くの人間がいて、優秀な人間もいっぱいいて、その一人一人が真面目な生き方をしていても、そうした力は反映されないのか? 一度社会が動き始めたら誰にも止められないというのか?」
<多分、無理だろうね。歴史がそう言っている。戦争や虐殺という、はっきり目に見える手段でさえ、誰も止められず、何度も繰り返され、人間というのはそういうものだという認識がひとつの「常識」として共有されている。
今から起きることは目に見えにくい、巧妙に仕組まれた虐殺だ。今までの虐殺とはまったく違う、手強いものだ。
戦争や虐殺をよきことだと思っている人間はほとんどいない。大多数の人間は、この世から消すべきものだと思っている。それでもなくせない。
しかし今度の虐殺は、大多数の人間がよかれと思って自ら進めてしまう種類のものだ。そんなものに打ち勝てると思うか?>
「これだけ情報が豊富な時代にも、誰も計画の実相を見抜けないのか?」
<見抜けない。驚くほど簡単に瞞され、従順に従ってしまうだろうね。
人は、自分があまりよく知らない分野のことについては、他の「優秀な人間」とされている者の言動を判断材料にする。
判断材料にされるその「優秀な人間」は、自分を「優秀な人間」だと認めてくれた業界や学界での人生を重視する。しかも、権威や地位を獲得したときは老化で脳の働きが固まってしまっていることが多い。大胆な仮説や自由な発想ができなくなっているから、今まで身につけてきた「常識」の範囲内で予定調和を図る。
真面目な人間は、何よりも社会の「規範」を重視する。真偽がよく分からないことについては、常に現状を大きく乱さない方向を嗅ぎ取り、それに従うことが真面目な生き方だと信じている。そうして社会の変化に従って新たな「常識」が作られ、その常識に従う真面目な生き方が正しい人生だと、次の世代が教育される。
優秀でも真面目でもない多くの人間は、同調圧力、恐怖心、差別意識、正常化バイアスといった、今まで私がくどくど説明してきたものに従って生きている。
そういうものの集合体が人間社会だ。昔も今も変わらない。何人かの人間が「そうではない」と主張しても、黙殺されるか抹殺される。
見方を変えれば、これは人間という生物種にとって、緩やかな集団自殺のようなものなのかもしれない。そういう「因子」が、人間という生物の中に組み込まれている。
その因子を持っていることも「社会的生物」としての一面であり、人間社会の特質なのかもしれない>
「その説は到底認められないな。あんたらの時間感覚からすれば、俺たち人間の歴史は極めて短い歴史かもしれない。でも、人間は今まで何度も修羅場をくぐり抜け、ここまで生き延び、生活の質を向上させてきた。
戦争や虐殺の歴史を繰り返してきたことは確かに愚かなことだし、今もそれは続いている。でも、失敗をするたびに改善されてきたことはたくさんある。さっきの優生保護思想は、今では世界中どこでも許されないことだと認識されている。つまり、俺たちの「常識」は更新され続けている。その方向性は概ねいい方向だと俺は思っている。
あんたらの予想は悪い方向ばかり見ている」
<もちろん、我々は神ではないから、未来を完全に見通せるわけではない。
一人一人が真剣に自分の頭で考え、言葉を発し、行動することがうまく結合していけば、社会の動きを変えていくうねりが生まれるかもしれない。その可能性は低いけれど、ゼロだとは言ってない>
「なんかもう、うんざりだな。あんたは結局何を言いたいんだ? 人間の社会は所詮くだらないものなんだから、運命に従えと言いたいのか?」
<いや、少し違う。
私が言いたかったのは、人間とはどういう生き物なのかということを知ることで、この物質世界での生を受け入れられれば、落ち着いて死んでいけるんじゃないかということだ。
特にきみのような人には、それを知って……いや、少しでも感じてもらえれば、人生の最後の時間を、新しい感覚に包まれて過ごせるんじゃないかと思った。 カタカムナに興味を持った森水生士と交流し、複層的な世界観を持つようになった。最近では、量子のこととか、ずいぶん興味を持って想像を膨らませていたじゃないか>
「今あんたが話してきたことと量子と何の関係があるんだ?」
<直接の関係はない。でも、量子が見せる複相の世界に比べれば、人間が見えている単相のこの物質世界は、個々の肉体に縛られた単純すぎる世界だ。
そのことを肯定して死んでいくのもいいが、それだけではないかもしれないという想いを抱きながら死ぬのも悪くはないんじゃないか?>

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そして私も石になった(17)「常識」とは何か ― 2022/02/14 19:52
「常識」とは何か
「大体のところは分かった。でも、にわかには信じられないな」
俺としては、そう言うのが精一杯だった。
<信じる必要はない。いや、簡単に信じてはいけない。とことん考えてみてほしいんだよ。
人が信じる信じないという言葉を使うときは、背後に「常識」というものが存在している。疑いようのないこと、あるいは疑ってはいけないと認識されている情報や解釈。
でも、この世界に「常識」と呼んでいいものなど、ほとんどないんだよ。
今の私の話をきみが受け入れられないのはよく分かる。億単位の人間がそんなに簡単に殺されるはずはない。同じ人間がそんなとんでもない計画に加担し、粛々と実行しているなど考えられない。そういうことだろう?>
「う~ん。まあ、そうかな。
Gがどんな連中かというのは、話がぶっ飛びすぎていて想像できない。でも、あんたの話の通りなら、ウイルスとワクチンの『合わせ技』で人口削減計画を実行しているのは、殺される側と同じ人間なんだろう? しかも、少数じゃない。ウイルスを研究開発する研究者たち、ワクチンを製造する製薬会社や製造工場の人間、上も下も合わせれば相当な数の人間が関わっていることになる。
そうした人たちがみんな、億単位の人間を間引いていく計画を受け入れるとは思えない」
<そう、まさにそこだよ。億単位の人間を、巧妙な仕掛けで間引いていくなんていうこと自体が「常識」を逸脱しているという認識があるからさ。例の「正常化バイアス」だね。「常識バイアス」といってもいい。
そんなことはあるはずがない。確かに、自分が今やっていること、やらされていることはどこかおかしい。でも、まさかそんなとんでもない話に結びついているはずはない、と思い込もうとする。
そうした「常識バイアス」が働いて、一人一人が疑問に思いながらもやっていくことが積み重なると、常識外れな結果を生み出してしまう。
人口が増える減るという話でいえば……そうだな、例えば、世界中で、年間どのくらいの赤ん坊が堕胎されていると思う?>
「さあ……あまり考えたことがないなあ」
<この日本という国では、統計上は約30万だ。昭和30年には117万人という統計があるので、ずいぶん減ったとも言えるね。これはデマや誇張ではなく、国が出している統計の数だよ。
30万人というと、秋田市、盛岡市、福島市といった東北の都道府県の県庁所在地の人口だ。つまり、毎年その規模の都市の人口が中絶によって消えている。
さらにいえば、毎年癌で死ぬ人の数と大体同じだ。
ということは、もし日本で人工中絶が禁止されて、年間30万人の赤ん坊をすべて養子にして誰かが育てたとしたら、毎年東北の県庁所在地規模の都市が1つずつ増えたり、癌で死ぬ人がいなくなるのと同じだけの人口増になるわけだ。
日本国内でさえこの数字だから、全世界となると数千万人から億の規模の胎児や赤ん坊が殺されている。
途上国では、資格のない闇医者がろくに消毒もしないままに処置したり、妊婦に強力な下剤を飲ませたり、妊婦の腹をグイグイ押したり、乱暴な方法で母親も一緒に死んでしまうケースがかなりある。
生まれた途端に殺されてしまう赤ん坊もたくさんいる。中国では、一人っ子政策の副産物として、女の赤ん坊がたくさん殺されてきた。生まれたばかりの男の赤ん坊とこっそり交換するという商売まである。
さらにいえば、中絶胎児や、産んだ途端に親が捨てる赤ん坊の一部は「商品」として闇売買されている。美肌化粧品などに使われるコラーゲンの抽出から始まり、薬物反応の実験台、つまり生きたままの赤ん坊による生体実験……。新薬開発の裏では、そうしたことがこっそり行われてきた。
さすがにこうした実態は今ではほとんど表に出ることはなくなった。システムが巧妙になっていったからね。
こうしたことは、多くの人たちは「常識」として受け入れない。そんなことがあるはずはない、と思い込む。
しかし、歴史を見直せば、ナチスの「T4作戦」や日本陸軍の「731部隊」など、多くの人の「常識」「良識」からかけ離れたことが歴然と行われてきている。
T4作戦というのは、ナチスが行った優生思想による障碍者の殺害作戦のことだ。7万人以上の障碍者が施設から灰色のバスに乗せられてガス室送りになった。
T4作戦の中止命令が出てからも、いくつかの病院では入院していた障碍者を薬殺や食べ物を与えないで餓死させるなどし続けていた。
さらに、T4作戦はユダヤ人虐殺へとつながっていく。T4作戦で障碍者をガス室に送り込んだ医師、看護師、移送作業に携わった運転士や焼却場などの作業員らの多くは、その後に続いたユダヤ人虐殺でも同じ役割を果たしている。
これが広く知られるようになったのは1945年の終戦後だ>
「またナチスドイツか……」
<いやいや、優生思想による障碍者の排除という政策を実施していたのはドイツだけじゃない。当時、障碍者を殺害まではせずとも、強制断種させるという政策は欧米で普通に実施されていた。アメリカ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、アイスランド、スイス、オーストラリア、日本などで、障碍者の強制断種は国の政策として行なわれていた。
国が政策として押し進めていて、それを国民も受け入れていたということは、優生思想は当時の「常識」になっていたともいえるね。
↑当時のドイツで学校の教材に掲載されていた図。「遺伝病患者は国家に1日あたり5.5マルクの負担をかけている。 5.5マルクあれば遺伝的に健康な家族が1日暮らすことができる」
太平洋戦争後、アメリカは731部隊が得た生体実験のデータを引き渡すことを条件に、関係者たちの罪を問わないことにしたのは広く知られた事実だし、人間の歴史にはこの手の話はいくらでも出てくる>
「そうだな。その時代に俺はすでに生まれて、生きていた。中国大陸で経験したことを、少しずつ思い出してきたよ。人間がそういう虐殺を世界のあちこちで行っていたのは大昔の話じゃない。俺の人生の時間の中で実際に起きていたことだ。これは認めないわけにはいかないな」
<少しずつ自分の頭で考え始めてくれたようだね。
そういうことなんだよ。それが人間の歴史だし、人間という生物の本質の一部でもあるんだ。認めたくないだろうけれどね。
一般に「常識」とされている認識なり感覚は、自分が見たくない現実を見ないようにしている「架空の世界」の話なんじゃないかい?>

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そして私も石になった(15)これから起きること ― 2022/02/14 19:48
これから起きること
「10年後くらいに起きる『本番』について、もう少し具体的に知りたいものだな」
俺はNに言った。
<そうだねえ。我々は神ではないから、未来が見えるわけじゃない。でも、今までの人類史を見てきたから、Gが考えること、仕掛けてくることを予想することはできる。
今から話すことは競馬の予想のようなもので、その通りになるかどうかは分からないという前提で聞いてくれ。もちろん、競馬の予想よりはずっとまともな予想だと思うけれどね>
「分かった分かった。いいから教えてくれ。あんたらが予想するこの世界の近未来を」
<まず、社会の大まかな方向性は変わらない。変わらないというよりも、ますます加速する。
人の思考は唯物論的な方向に突き進む。この世界を構成しているのは自分たちが認識できる物質のみであって、物質を支配することが人間にとっての進化であり、正しい道だという考え方が揺るぎないものになる。哲学、文学、純粋芸術といったものの地位が下がり、科学、工学系の価値が尊重される社会になる。
物と人を支配するためには金がいる。資本主義社会の中で成功を収めた小金持ちたちは、ますます拝金主義に走る。
拝金主義と結びついた権力依存症もますますはびこる。これは大昔から人間が抱えている病理だけれど、そうしたものがかつてより簡単に増殖し、排除・修正しにくい社会になる。
技術革新は主にデジタル技術と生命科学の分野で急速な発展を続ける。情報伝達の手段はほぼ完全にデジタル化され、形というものが失われる。音も映像も文章もすべてデジタルデータに変換され、デジタルデータのまま伝達、保存される。形が残るのは入口と出口だけだ。音声であれば入口にあたるマイクと出口にあたるスピーカー。映像ならば入口のカメラと出口のディスプレイ。その途中は形も質量もないデジタルデータ。この変化がさらに進む。
伝達の手段がデジタル化されたことで、人々の意志疎通もデジタル化される。直接顔を合わせて会話をすることが減り、デジタルデータを介して、ある種バーチャルなやりとりをすることのほうが多くなる。そうしたやりとりではニュアンスが間引かれるため、誤解、曲解、怨嗟、嫉妬、逆恨みといった要素が入り込みやすくなる。
不特定多数を相手にした一斉送信的な情報発信を誰もができるようになったために、欠陥を抱えた情報が大量に飛び交うようになる。
そんな社会が続くと、さすがに社会には閉塞感が充満してくる。
個人がどんな努力をしたところで、不条理や矛盾を抱えたままの社会は変わらない。目の前の手っ取り早い快楽だけを求めて、死なない程度に生きていければいい、といった諦観が支配する社会。
特に若い世代がコントロールしやすくなる。妙に聞き分けがよく、用意された小さな型に収まりやすい。適当な入れ物を与えれば、そこに自分から入り込んでその型どおりのゼリーになる。
一部の能力のある子どもたちは、社会の欠陥を正そうとするのではなく、社会をそのまま受け入れ、その中で自分を最大限に表現できるものを見つけようとする。ある種の芸能分野やスポーツの世界では、10年前、20年前よりはるかにレベルの高いことを成し遂げる子どもが出てくる。しかし、それも結局は、社会に与えられる娯楽の材料として消費されていく>
「なんだかあたりまえのことを聞かされているような気がするな」
俺は少し苛立ちを覚え始めていた。
Nはかまわず続けた。
<さて、そんな世界ができあがったところで、Gの計画はいよいよ最終コーナーに入っていく。
来年か再来年あたり、新種のインフルエンザ騒動が起きて、人間社会が浮き足立つだろうということはすでに言ったね。これはほぼ確実に起きる。
しかしこれは予行練習、リハーサルなので、すぐに騒ぎは収まる。
「本番」はその10年後くらいだろうと我々は踏んでいる。
2020年前後、やはり新種のインフルエンザが出てくるはずだ。
なぜインフルエンザか? それは今までに十分準備を重ね、成功してきたからだ。これがやはりいちばんいい方法だと、Gは確信しているはずだ>
「致死率100パーセントみたいな超強力なやつか?」
<いや、そんなものは出してこない。スペイン風邪を超えるようなものではない。むしろもっと弱いもので、極度に恐れるようなものではないはずだ。
というのは、ウイルス自体が強烈で、人が一気にバタバタ死んでは困るからさ。
そんなことになれば人間はパニックになり、予測不能な事態になりかねないからね。
ウイルスが人為的に作られたものだということもバレてしまい、それを作った国に向けて報復が始まったりする可能性もある>
「どこかの国が作ってばらまくのか?」
<いや、そんな単純な構図ではない。一国の首脳クラスがどうこうできるような話であるはずがないじゃないか。複数の人間、組織、国家が、とてつもなく複雑に絡んでいるんだよ。
計画はGだけでは実行できないから人間に実行させている。でも、実行役が1つの国、あるいは企業や組織だと、Gのコントロールが効かなくなって暴走する可能性が高まる。Gはアダム型生物の時の失敗で懲りているからね。
Gは長い時間をかけ、複雑な関係図を描き、唯物論や資本主義が支配するシステムを構築してきた。その中にいるのは選ばれた少数の人間で、一人一人は強い使命感を抱いて動いているわけだが、そういう連中でさえ、システムの正確な全体像は把握できていない。だからうまくいく。
システムを完全に見通せるほどの人間が現れたら、Gの支配が危うくなりかねないからね>
「はあ~、分かるような分からないような話だけど、まあいいや。
で、そのウイルスはスペイン風邪ほど強烈ではないわけだろ。それなら大量の人間を殺せないんじゃないか?」
<いや、最終的には多くの人間が間引かれることになるんだろうが、時間をかけるんだよ。
単に時間をかけるだけじゃない。その間も、人間がGの計画に気づかないでいることが重要になる。
自分たちが徐々に死んでいくのはあくまでもウイルスという自然災害に近いものによる。それを防ぎきれず、ダラダラと死者が出続けているのは、政治や行政の責任だ。あるいは、平気でウイルスをばらまいている無自覚な感染者のせいだ、と思い込ませる。その状態がなるべく長く続くようにする。
そのためには、ウイルス自体は弱いものでいい、というか、短期間で人が死ぬような性質のものではまずいんだ>

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そして私も石になった(14)戦争より効率のよい手段 ― 2022/02/14 19:46
戦争よりもずっと効率のよい「手段」
<では続けるよ。
Gは、今の世界から人間を大幅に間引きたい。
それにはどうすればいいか?
人間をまとまった数「間引く」のが目的なら、戦争は効率が悪い。
- 戦争では相手が抵抗してくる。やっかいだ。
- 戦争ではそれまで築いてきた社会インフラや環境が破壊される。資源も浪費される。もったいない。
- 戦争では主に若い男子が死ぬ。労働力としていちばん使える世代を減らすのは合理的でない。
- 今までは、戦争によって技術革新が進むというメリットがあったが、第二次大戦以降はその効果も薄れてきた。
「戦争以外に人間を大量に死なせる方法……天災とか伝染病とかか」
<その通りだ。
ここでスペイン風邪のことを思い出してほしい。
第一次大戦で死んだ人間は、兵士、民間人合わせて1700万人。しかし、同時期に世界中で流行したインフルエンザで死んだのは1億人。世界人口19億人から一気に1億人が消えたんだよ。
これはデマでも神話でもなく、歴史上の事実だ。
おっと、「すぐに信じるな」と言ったばかりだったね。すぐには信じなくてもいい。これも、事実かどうかは、しっかり考えてみてくれ>
「あんたも結構面倒なやつだな。そんなこと、いちいち断らなくていい。俺はとりあえずあんたの話を聞いているだけだ。
で、1億人が死んだとして、それもGが仕組んだことだったというのか?」
<そうだ。
1918年に世界的に大流行して1億人を死なせたインフルエンザウイルスは、自然に発生したものではないんだ>
「じゃあ、どこかの研究所で人為的に作られたものだとでもいうのか? ありえないだろ、そんなこと。大正時代だぜ。人間はウイルスというものの存在さえ知らなかったじゃないか。顕微鏡の性能も悪かったから、ウイルスを見ることさえできなかったはずだ」
<そうだね。人間が
「ああ~、それこそ……まあ、いいや。続けてくれ」
<後に、人間は電子顕微鏡も発明して、ウイルスの存在を知るようになった。それで、各国のいろいろな研究機関がスペイン風邪の正体をつきとめようと研究した。
それで分かったことは、あのときのインフルエンザウイルスはそれまで地球上にはなかったタイプのウイルスらしいということだった。
H1N1型と名づけられたそのウイルスは、その後もいろいろ変異して、毎年世界のあちこちでインフルエンザを流行らせた。その母体みたいなものがスペイン風邪のウイルスだったと。
今ではそれが常識となって、毎年インフルエンザが流行りそうな冬が来る前に、製薬会社はインフルエンザ予防ワクチンというものを作って、接種を勧めるようになった。
今度のインフルエンザは多分こんなタイプだと予想できるから、それに効きそうなワクチンを作りましたよ、と宣伝して。
国もそれを援助した。
これは、ひとつにはビジネスという側面がある>
「製薬会社が儲かる、ということか?」
<そう。これは分かりやすいよね。治療薬やワクチンが生み出す利益は莫大なものだからね。
だけど、Gにとって大切なのはそこじゃない。
こういう世界があたりまえだと、世界中の人々に思い込ませることが主目的なんだ。
インフルエンザという流行病が毎年のように出てくる。それで死ぬ人がたくさんいる。死なないように、ワクチンを開発して予防接種をしましょう……という社会が、人道的でありがたい社会だと思わせる。
現代の医学、医療技術、医療システムというものを、自分たちの味方であり、保護者だと信じこませる。
誰も「それってなんかおかしいんじゃないか」とは疑わないようにする。
そのために、病院は命を救う場所で、医者は自分たちの命を守ってくれるありがたい人たちだと、子供のときから教え込ませる>
「違うのか?」
<医者にもいろいろいるだろ。
真剣に病人や怪我人を助けたいという情熱や信念を持って日々働いている医者はもちろんいる。でも、親が医者だったから継いだとか、医学部に入れるだけの学力があったからなんとなく医学部を受験したとか、医者になれば周りから尊敬されて、金にも不自由しなくて、カッコいい人生を過ごせるんじゃないかとか、その程度の動機で医者になってしまったというのもいっぱいいる。
患者を治療するのは面倒だしダサい。最先端の研究だけしたいという者もいる。人体解剖や動物実験は好きだけど、老人のシワシワの身体に触るのは嫌だ、とかね。
病院も同じだ。経営に行き詰まっている病院はたくさんある。利益を生むためには、製薬会社が勧めてくる薬価の高い新薬をどんどん与えていくのが手っ取り早いと考える病院経営者は少なくない。
だから、医者の中にも、新種の病原体の開発こそが世界を激変させる最も有効で効率的な手段だという認識を持っていない者が大勢いる>
「なんだか話がどんどん極論になっていくというか、悪意を込めて歪曲しているように聞こえるなあ」
<そう感じるのは、きみの思考回路に「正常化バイアス」が組み込まれているからだよ。
虐殺が成立する4つの条件を思い出してくれ。
1つめは「相手を油断させること」「正常化バイアスを作ること」だったね。
津波が来るぞ、と警告されても、まさかここまでは来ないだろうと思い込もうとする。
身体に悪いものを与えられても、権威ある者や組織が「これは安全が証明されている」といえば、嘘であるはずがないと思い込む。「いや、危険かもしれない」と警告する者がいても、その意見は無視してしまう。
……もう気づいたかな? インフルエンザワクチンがたとえ身体に悪いものであっても、まさかそんなことがあるはずはないと信じ込ませる。これは周到な「準備」なんだよ>
「だけど、インフルエンザワクチンを打って死んだというニュースなんて聞いたことがないぜ。あったとしても極めて例外だろう? 飛行機はたまには墜落して乗客が死ぬとしても、その確率は極めて低い。飛行機は墜ちることがあるから全面禁止する、とはならない。インフルエンザワクチンだって同じことじゃないのか?」
<そう。まさに今きみが言った論理もまた、準備された「仕掛け」なんだ。
メリットとデメリットを比較したらメリットのほうがはるかに大きい。だからメリットのほうを選ぶのは当然だ──と、そういう論理が理知的でスマートだという風潮を作っておく。自分は人より賢いと思いたい人間ほど、その論理を振りかざし、疑ってかかる者を馬鹿にする。
実際には、ワクチンだけでなく、医薬品にはかなり危険なものがたくさんある。でも、危険性や、薬が引き金となって健康を害したり死んだりした例は、あまり報道されない。メディアは巨大スポンサーである製薬会社に都合の悪い情報は自主規制してしまうからね。政治もそうだ。
これはまさに虐殺の2番目の条件である「抵抗する手段を持たせない」ということだね>
「だけど、大正時代にあったスペイン風邪がすでにGに仕掛けられたものだというなら、世界人口はとっくに激減していてもいいんじゃないのか? ウイルスをばらまけば殺せるんだから、わざわざ製薬会社とか政治なんて面倒な手段を使う必要もなさそうだけれどな」
<いやいや、そんな簡単なことじゃないよ。
スペイン風邪を世界中に流行させた時代は、人間の持っている技術レベルや社会インフラが、まだGが望むようなレベルにまで達していなかった。だからもう少し時間をかけて、技術レベルを上げる必要があった。あれはまだ「予行練習」みたいなものだったんだ。実際に人間社会がどうなるかを確認するためのね。
本番はこれからだよ。それも、いっぺんには来ない。
世界人口がいきなり10分の1に減るような急激な変化を起こしたら、人間はパニックを起こし、何をしでかすか分からない。それこそ核戦争みたいなものが起きたら元も子もない。
だから、じわじわと何回にも分けて仕掛けてくるはずだ。
おそらく数年以内には、Gは次の実験を行うだろう。新型のインフルエンザが出てくる。そのために、今からいろんな情報を流しているだろ。
まず、学界ではスペイン風邪の正体は鳥インフルエンザが変異したものだったという説が定着し始めた。実際、鳥インフルエンザそのものがあちこちで流行している。その度に人間は慌てて、その地域の鳥を大量殺処分する。
だけど、鳥インフルエンザは渡り鳥が世界中に運ぶわけだから、狭い地域のニワトリを一斉に殺処分しても意味がない。そういうことも理解させず、そうすることは「仕方がない」と思わせる。
次は、鳥インフルエンザのウイルスは人間には感染しにくいが、変異はするので、人間に感染するような変異が起きれば、再びスペイン風邪のような億単位で人が死ぬ事態が起きかねないと宣伝する。そうして人々に恐怖心を植えつける。
恐怖を植えつけるのは虐殺の条件の3つ目だったね。
そして、恐ろしい感染症に備えるために、国家規模で抗ウイルス薬を備蓄し、ワクチンの開発研究を進めるべきだという「常識」を作り上げる。恐怖とセットになった「誘惑」だ。
実際、今はここまで「準備」が完了している。
2003年に発生したSARSも「準備」の一環だ。SARSのウイルスは「一本鎖RNAウイルス」という種類のものだが、インフルエンザウイルスや一部の流行性感冒のウイルスと同じ仲間だ。SARSの出現によって、今までのインフルエンザより怖い感染症がいつ出てきてもおかしくないという不安が人々の記憶に植えつけられた。
おそらく数年以内に、新たなインフルエンザウイルスが登場するだろう。そして世界中がまた浮き足立つ>
「そのインフルエンザで億単位の人間が死ぬのか?」
<いや、そうはならないはずだ。これもまだリハーサルだよ。その新型インフルエンザは騒がれるが、大きな被害は出さない。ただし、そのときに各国政府がどう動くのか動かないのか。新薬がどのように受け入れられ、どの程度の利益を生み出すのか、といったことを、Gはしっかり観察するはずだ。
そこで製薬会社などが得た莫大な利益は、「本番」に向けて使われる。
「本番」はそこから10年後くらいから進行していくんじゃないかと思うよ>

ジャンル分け不能のニュータイプ小説。 精神療法士を副業とする翻訳家アラン・イシコフが、インターナショナルスクール時代の学友たちとの再会や、異端の学者、怪しげなUFO研究家などとの接触を重ねながら現代人類社会の真相に迫っていく……。 2010年に最初の電子版が出版されたものを、2013年に再編。さらには紙の本としても2019年に刊行。
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