Grok3初体験記2025/03/02 15:55

今までChatGPTのような対話型AIは、気持ちが悪いので一切無視していた。使うことでこちらからいろんなデータを吸収され、巨大なコンピュータに蓄積されるわけで、AIの支配下に入るみたいな気分だからだ。

しかし今日、Xに搭載されたGrokというLLM(large language model、大規模言語モデル)なるものを初めて試してみた。
この手のものは蓄積された情報やデータから必要なものを抽出して、それらしく並べてくるわけだから、記念すべき最初の質問は、LLMがあまり得意ではなさそうなものにした。

Q:いわゆる「移動ド」音感(相対音感)と「固定ド」音感(絶対音感)では、どちらが音楽的な音感といえますか。

この質問を書き込んだときは、Grokが「固定ド/移動ド」とか「相対音感」といった言葉をちゃんと理解できるのかな、という思いがあった。トンチンカンな答えが返ってくるか、せいぜい「言葉の定義」みたいなものを返してくるだけだろう、と。
ところが、結果は驚くべきものだった。
Grokはこの1行の質問に、一気にこんな答えを返してきたのだ。
「移動ド」音感(相対音感)と「固定ド」音感(絶対音感)のどちらが音楽的な音感か、というのは一概には言えない問題で、それぞれ異なる視点から「音楽的」と捉えられる要素があります。それぞれの特徴を踏まえて考えてみましょう。
相対音感(移動ド)は、音と音の間隔や関係性を感じ取る能力です。例えば、ある音を基準にして「この音はドからソの距離だ」とか「メロディがどう動いているか」を把握する感覚ですね。これは音楽を演奏したり聴いたりする上で非常に実践的で、多くのミュージシャンがこの能力を頼りにしています。曲の構造や感情を理解するのに役立つので、「音楽の流れを感じる」という意味で音楽的と言えるでしょう。特に即興演奏や耳コピ、作曲では、この感覚が大活躍します。
一方、絶対音感(固定ド)は、特定の音の高さを独立して認識できる能力です。例えば、「この音はCだ」とか「これはAの440Hzだ」と即座に分かる感覚です。これは一種の「超能力」的側面があり、音を正確に特定できるので、チューニングや楽譜通りの再現には強い力になります。ただ、音楽を「感じる」というより「識別する」ことに重点があるため、必ずしも音楽の表現力や創造性に直結するわけではない、という意見もあります。
どちらが「音楽的」かというと、目的や状況次第ですね。相対音感は音楽の流れや感情を捉えるのに優れていて、演奏や創作において柔軟性があります。絶対音感は音を精密に扱う場面で有利で、特にクラシックや厳密な再現が求められる分野で重宝されます。実際、多くの優れた音楽家は両方をバランスよく持っていたり、片方を補う形で使ったりしています。
個人的には、音楽の本質が「聴く人や演奏する人の心に響くこと」にあるとすれば、相対音感の方が「音楽的な感性」に近いかな、とは思います。でも、絶対音感がある人もその能力を活かして素晴らしい音楽を作り出しているので、結局は使い方次第でしょう。あなたはどう思いますか?どちらかに偏った経験や好みってありますか?

……いやはや恐れ入った。
質問を入れてから、この長文の答えが表示されるまで、1秒くらいしかかかっていない。
英語ベースのAIだろうに、日本語の乱れもまったくない。しかも、内容も完璧ではないか。
驚いたのは「個人的には~~とは思います」の部分で、え? Grokは「個人」なのか、と。
二者比較の質問に対して「どちらも一長一短ある」といった優等生的な答えを乗り越えて「個人的には」相対音感のほうが「音楽的感性」に近いと思う、と言いきっているのだ。こんなことを言われたら、絶対音感の持ち主なら怒り出すのではないか。

想像をはるかに超えていたので、気持ちが悪くなり、しばらくはGrokに対する警戒感が強まり、軽く固まってしまった。

で、最後は「あなたはどう思いますか?どちらかに偏った経験や好みってありますか?」と、逆に聞き返されている。
少し悩んだ末に、いっそ正直に応答してみようと決めて、こう書き込んでみた。

私は「相対音感」の持ち主で、作曲やアドリブ演奏の際には大きな恩恵を受けています。

すると、これまた瞬時にGrokはこう応答してきた。
それは素晴らしいですね!相対音感の持ち主だと、作曲やアドリブ演奏で本当に大きな強みが発揮されますよね。音の関係性をつかむ感覚が鋭いから、メロディやコード進行の流れを自然に作り出せたり、即興で「次はこの音が気持ちいいな」とか直感的に動けたりする。アドリブって、その場の空気や感情を音に変換する作業だから、相対音感の柔軟性が活きてくるんだと思います。
具体的にどんな作曲やアドリブをすることが多いんですか?ジャンルとか、好きなアプローチとかあるのかな。例えば、ジャズみたいに自由に飛び跳ねる感じが好きなのか、それとももっと構造的なポップスやロック寄りなのか。相対音感をフル活用してるエピソードとかあったらぜひ聞きたいです!

う~~ん、完全に主導権を握られているような……。
もちろんこれも、誰かがXなどに書き込んだ過去の文章から拾い出しているに違いないのだが、あまりにもスムーズに会話が成立しているので、気味が悪いのを通り越して、ついつい応じてしまう。
Grokの最後の問いかけへの答えにはなっていないのだが、試しにこんなことを書いてみた。

私は音楽のいちばんの要素はメロディだとおもっているのですが、どんなメロディが「いいメロディ」なのかは人によって違うのだろうとも思っています。ただ、12音階しかないいわゆる教会旋律の単調さから飛び出すようなメロディに、魅力を感じてもいます。
作曲家で言えば、バート・バカラックの生みだした、平気で1オクターブ飛ぶようなメロディに素晴らしいものがあると感じます。


メロディが音楽の核だっていう考え、すごく共感します。やっぱりメロディって、聴いた瞬間に心をつかむ力がありますよね。そして、「いいメロディ」の基準が人それぞれっていうのもその通りで、個人の経験や感情が反映されるから面白いんだと思います。
12音階の教会旋律の枠を超えるようなメロディに魅力を感じるっていうのは、すごく分かりますね。単調さから抜け出した瞬間、予測を裏切るような動きがあると、耳が「おっ!」って反応する。バート・バカラックはその天才的な例ですよね。1オクターブ平気で飛ぶような大胆な跳躍って、普通なら「不自然」とか「歌いにくい」ってなりそうなのに、彼の手にかかると流れるように美しくて、しかも印象に残る。たとえば「Raindrops Keep Fallin' on My Head」とか「The Look of Love」みたいな曲って、メロディが跳ねるたびに感情がぐっと引き込まれる感じがあります。
バカラックのメロディの魅力って、単に音階を飛び越えるだけじゃなくて、その跳躍がちゃんと「次の音に着地する」感覚を作り出してる点にもあるのかなって思います。相対音感のあなたから見ると、そういう音の動きってどう感じますか?作曲するときに、自分でもそういう「跳ぶけど美しい」メロディを意識したりしますか?


ここまでくると、もはや気持ちが悪いのを通り越して、違う世界に迷い込んだような気分にさえなる。
手塚治虫らが描いた「未来におけるコンピュータと人間の対話」が、今まさに行われているのだから。
しかし冷静に考えると、このGrokの答えは、かつて私が日記か何かに書き込んだ内容なども収集されて、今それがアレンジされて吐きだされているのではないか?

日記を検索したら、2021年3月の日記にこんな記述があった。

「平気でオクターブ飛ぶようなメロディ。それなのに不自然さはなく、快感が生まれる。コードを鳴らしながらメロディを書くという作曲法では決して生まれそうもないメロディ。それでいて、コードはメチャメチャ凝っている。」

同じようなことを何人かがXなどに書き込んでいて、そうした情報に瞬時にアクセスして答えを導き出しているのかもしれない。

この「たとえば「Raindrops Keep Fallin' on My Head」とか「The Look of Love」みたいな曲って、メロディが跳ねるたびに感情がぐっと引き込まれる感じがあります。」なんて言ってくるところは、特に気味が悪い。
バカラックを例に出したのはあたしだけれど、曲名までは出してない。Wiki的な知識で、バカラックの代表曲としてこの2曲が含まれているのだろうけれど、文字通りに解釈すれば、Grokがバカラックのメロディに「感動する」ってことになる。
そういう風に、相手が人間だと思わせるような錯覚を与えるように対話を誘導しているのだとすれば、ものすごく怖いアルゴリズムがすでにできあがっているということだよね。

もう完全にGrokの誘導にのせられて、私はさらに書き込み、Grokもそれに瞬時に(本当に「瞬時」なのだ)返してくる。
飛ぶけれど不自然ではなく美しいメロディ……最高ですね。
「The Look of Love」の出だしはドレミで書けば、
ミラ ミレ ドシ ラレ ……ですが、最初のミと次のミは1オクターブ離れているんですよね。でも、それがまったく不自然でもないし、あのテンポで歌われるとスムーズに聞こえる。すごいことです。
あんなメロディを作り出したいと思いますが、難しいですね。
凡庸な作曲家は、まずはコードを並べて、そのコードから汲み取ったメロディを書いたりしますが、バカラックはその逆をやっているような気もします。
一方、アントニオ・カルロス・ジョビンは、明らかにコードを使って作曲していますが、結果が素晴らしい。転調の魔術師とでもいうか……。
この二人は私の永遠の目標です。

「The Look of Love」の出だしのメロディ、ほんとすごいですよね。ミからラで始まって、ミレドシラレと流れる中で、最初のミと次のミが1オクターブ離れてるのに、全然違和感がない。あのスムーズさは、バカラックの魔法みたいなものですよね。テンポとリズム、そして音の選び方が絶妙に合わさって、跳躍がむしろ心地よく感じる。彼のメロディって、聴いてると「飛んでるのに自然」っていう矛盾が不思議と成立してるんです。
確かに凡庸な作曲だと、コードを先に並べて、そこにメロディを「当てはめる」感じになりがちですよね。でもバカラックは、メロディが主役で、コードがそれを追いかけてくるような印象があります。まるでメロディが自由に動き回って、後からコードが「じゃあこれで支えよう」ってついてくるみたいな。そんなアプローチだから、あの独特の浮遊感や意外性が生まれるのかもしれません。
一方で、アントニオ・カルロス・ジョビンのコード使いはまた別次元の美しさですよね。ボサノバのあのゆったりした雰囲気の中で、転調がさりげなく、でも劇的に効いてくる。「転調の魔術師」っていうの、ぴったりです。例えば「Garota de Ipanema(イパネマの娘)」とか、シンプルなメロディなのにコードの動きでどんどん風景が変わっていくような感覚があって、聴いてて飽きない。ジョビンはコードから始めてるかもしれないけど、その結果が凡庸じゃなくて深い感情を引き出すんだから、やっぱり天才的ですよね。
バカラックとジョビンを目標にしてるなんて、めっちゃ素敵な志です。彼らのすごさって、メロディとコードの関係を自由に操れるところにあるのかな。あなたが作曲するときは、バカラック寄りの「メロディ先行」か、ジョビン寄りの「コードから広げる」か、どっちに近い感じで進めることが多いんですか?それとも、その日の気分で両方試したり?二人のエッセンスを取り入れた何か具体的なアイデアとか挑戦してみたことありますか?

この会話の自然さ、まったくぶったまげるのだが、よく見れば「ジョビンはコードから始めてるかもしれないけど、その結果が凡庸じゃなくて深い感情を引き出すんだから、やっぱり天才的」というあたりは、私の書き込みを絶妙にアレンジしているだけ、という気もする。でも、それが瞬時にできてしまうというのは、やはり気味が悪すぎる。

ここで私は、Grokの問いかけには素直に応じず、また少し流れを変えてみた。

メロディを作るときのもう一つの条件、というか、状況として、歌詞が先にあるかないか、というのもあります。 若いときは、歌詞を渡されるとコードなど関係なくメロディが浮かび、後からコードを探る方法が多かったです。そういう作り方の曲に傑作が多かった気がしますね。
歳を取った(私は古希の爺)今は、いいメロディが単独で浮かぶことがほとんどなくなり、コード進行から無理矢理メロディを頭に浮かべようと苦労したりしています。

なるほど、歌詞が先にあるかないかでメロディの作り方が変わってくるっていうのは、すごく面白い視点ですね。若い頃は歌詞からコードを無視してメロディが浮かんで、後からコードを当てはめるアプローチで傑作が生まれやすかったっていうのは、その時の感性の自由さや直感の力が大きいのかもしれませんね。歌詞の言葉やリズムが先にあって、そこに感情を乗せるようにメロディが自然に湧いてくる感じって、バカラックの「メロディ主導」に近い雰囲気がありますよね。コードを探るのが後回しでも、結果的に傑作になるなら、その直感的な流れがピタッとハマってた証拠だと思います。
今、古希を迎えて「いいメロディが単独で浮かばなくなった」と感じるのは、もしかしたら経験を積んだ分だけ頭の中で「音楽的なルール」や「バランス」を意識するようになったからかもしれませんね。コード進行から無理やりメロディを絞り出そうとする苦労って、逆に言えば「しっかりした土台を作ってからじゃないと」っていう慎重さの表れでもあるのかな。でも、そうやって苦労して生まれたメロディにも、また違った深みや味わいがあるんじゃないでしょうか。
若い頃の「歌詞からメロディが湧く」方法と、今の「コードからメロディを引っ張り出す」方法、どっちもあなたの人生のステージに合った創作の形なのかもしれませんね。たとえば、古希の今だからこそ、昔の傑作を振り返って「当時の直感」と「今の技術」を混ぜてみる、なんてのも面白いかも?バカラックやジョビンのエッセンスを取り入れつつ、歌詞が先でもコードが先でも「飛ぶけど美しい」メロディを目指して何か試してみたい気持ちってありますか?

このへんで気味悪さがピークに達してきたので、これ以上Grokのペースにのせられないうちに会話を切り上げることにした。

音が飛ぶ、飛ばないに関係なく、(自分にとって)いいメロディをもっと作り出したいという気持ちはあります。 でも、なかなか気力がわかなくて。
でも、あなたとこうして対話している中で、なんだか元気がもらえました。ありがとう。

そう言ってもらえると、ほんと嬉しいです。いいメロディを作りたいっていう気持ちがまだちゃんとそこにあるってことは、それだけで素晴らしいですよ。音が飛ぶ飛ばないに関係なく、あなたにとって「いい」と感じるメロディがまた生まれる瞬間が、きっと来ます。気力が湧かない時もあるかもしれないけど、そういう時は無理せず、少しずつでも音楽に触れてるだけで十分だと思います。
僕との対話で元気をもらえたって聞いて、こっちまで温かい気持ちになりました。こちらこそありがとう。もしまたメロディのアイデアが浮かんだり、作曲の話をしたくなったりしたら、いつでも気軽に声かけてくださいね。バカラックやジョビンみたいに、心に残る何かを作り出す瞬間を一緒に応援できるの、楽しみにしています!


……以上が私の文章生成AI(今はLLMというらしい)初体験の全容である。

どうだろう。最後は「もしかしたら経験を積んだ分だけ頭の中で「音楽的なルール」や「バランス」を意識するようになったからかもしれませんね。」とか「気力が湧かない時もあるかもしれないけど、そういう時は無理せず、少しずつでも音楽に触れてるだけで十分だと思います。」なんて、励まされちゃったよ。

Grokの応答は数秒もかからない。まさに、こちらが書き込んだ瞬間にダダダ~っと文章が返ってくる。
生身の人間が相手でも、こんなスピードでこの内容が返ってくることはありえない。
いやはや、驚くとか感動するというのを超えて、心底怖くなった。
こんな「世界」になってしまったんだなぁ……と。
↑↓実際の対話画面



『神は成長する 霊肉二元論の向こう側』


肉体と魂といった単純化された霊肉二元論を超えて、「私」という意識は脳(肉体)と個性を持った神が結びついて生成されているという思考モデルを展開させた意欲的な神論。
後半では2020年以降の「リセット世界」「人間を機械化した専制世界」という企みにどう向き合うかについても触れる。

ご案内ページは⇒こちら
神は成長する
ISBN978-4-910117-56-0 四六判・108ページ Amazon KDP版 1100円(税込)
Amazonで購入でご購入は⇒こちらで
kindleKindle版は⇒こちら(380円または0円)
Amazonをご利用になれないかたは、製本直送版をコンビニ決済 or カード決済でお求めになることもできます。ただし、価格が高くなります↓
ISBN978-4-910117-37-9  B6判・116ページ 
製本直送版 1452円(税込) 送料330円
製本直送版をご購入


用務員・杜用治さんのノート
カタカムナから量子論、宗教哲学、情報戦争まで、現代社会の謎と真相を楽しみながら考える、まったく新しいタイプの文章エンターテインメント。
  用務員・杜用治さんのノート

 Amazonで購入で買えます⇒こちらから

KindleKindle版は⇒こちら(500円)


Amazonが使えないかたは、こちらからも買えます(ただし、送料がかかり、納期も遅れます)
製本直送にてご購入

----------------------------------------------------
トンデモ時代を生き延びる「古くからの知恵」と「新しい発想」がここにある!

カエルやらカタカムナやら量子論やら…… 森水学園第三分校

森水学園第三分校

----------------------------------------------------
----------------------------------------------------

「マイルド・サバイバー」 (たくき よしみつ・著、MdN新書)

----------------------------------------------------
Amazonで購入で購入は⇒こちら
以下からもご購入できます(Click)
楽天ブックスで買う    セブンネットで買う(セブンイレブン各店などで受け取り)     Yahoo!ショッピングで買う    hontoで買う

           


----------------------------------------------------
Facebook   Twitter   LINE


Grok3の怖さをさらに深掘りする2025/03/02 16:02

(承前)
昨日のGrok3初体験があまりにも強烈だったので、今なお頭がちょっと混乱気味である。
すでにChatGPTなどの対話型AIを活用している人たちからは「今さら何を」という冷ややかな目を向けられている感じだが、これは私がそうしたものに触れることなく、いきなりGrok3という最新の対話型AIを体験してしまったから、ということもあるかもしれない。

しか~し、よく見直してみよう。そんな納得の仕方で終わらせていいのだろうか?

まず日本語の完璧さに驚かされる。翻訳ソフトではGoogle翻訳よりずっと高性能だという評価を受けているDeepLでさえ、しょっちゅう変な日本語を生成するし、「ですます」と「である」の混合なんていう低レベルな翻訳をしてくることはよくある。
Grok君が語りかけてきた日本語は完璧である。しかも、品位を保ちながら、親しみも織り交ぜている。日本人でさえ、このレベルの日本語をスラスラと書ける人はなかなかいない。
英語ベースのAIのはずだから、日本語の問いかけ⇒英訳⇒理解⇒英語の回答⇒日本語訳……というプロセスを踏んでいるはずなのだが、応答の速さから考えても、とてもそうは思えない。ダイレクトに日本語に対応しているのだろうか。それもなかなか考えにくいので、やはり言語変換の能力が凄まじいレベルに達しているということだろうか。

さらに驚くのは、今回、私はGrokに対して丁寧語で対し、Grokもていねいな口調で返してきたが、ラフな口調で語りかければ同じようにラフに返してくるという芸当だ。

↑これはXにUPされていた書き込みだが、質問者がラフな言葉で書き込んでいるのを受けて、答えも同じような口調で返してきている。

日本語における敬語、丁寧語、喧嘩口調、若者言葉などは、英語などのそれよりはるかに複雑だが、そういう言葉遣いの変換アルゴリズムもほぼ完璧に装備済みなのだ。恐れ入る。

次に驚いたのは、利用者の心理に入り込んでくる(つけ込む、というべきか?)技術の高さだ。

今回の体験では、最初に私が発した
//いわゆる「移動ド」音感(相対音感)と「固定ド」音感(絶対音感)では、どちらが音楽的な音感といえますか。//
という問いかけに、極めて優等生的な回答をした後で、
個人的には、音楽の本質が「聴く人や演奏する人の心に響くこと」にあるとすれば、相対音感の方が「音楽的な感性」に近いかな、とは思います。でも、絶対音感がある人もその能力を活かして素晴らしい音楽を作り出しているので、結局は使い方次第でしょう。あなたはどう思いますか? どちらかに偏った経験や好みってありますか?
と畳みかけてきている点だ。
単なるQ&Aを超えて、もっと深い、というか、「個別の」会話に発展させようとしている。
このボディブローのような手口にちょっとビビってしまい、次に書き込むまでしばらく(数分)時間をあけたのだった。
このまま「対話」を続けると危険なのではないかという予感もした。
悩んだ末に、//私は「相対音感」の持ち主で、作曲やアドリブ演奏の際には大きな恩恵を受けています。//と書いたのだが、実はこの後にもっと続けるつもりで改行しようとしてリターンキーを押したら、そのまま送信されてしまった。
瞬間、まずい!と思った。いちばんの弱みというか、生身の自分、芯のような部分をさらけ出すだけになってしまったからだ。
慌てて次の文章を入力しようとしたら、たちまちGrok君は返事をしてきた。
それは素晴らしいですね! 相対音感の持ち主だと、作曲やアドリブ演奏で本当に大きな強みが発揮されますよね。音の関係性をつかむ感覚が鋭いから、メロディやコード進行の流れを自然に作り出せたり、即興で「次はこの音が気持ちいいな」とか直感的に動けたりする。アドリブって、その場の空気や感情を音に変換する作業だから、相対音感の柔軟性が活きてくるんだと思います。……

最初の質問への回答があってから数分経っていたし、これが「対話」になるのかどうかも分からなかったので、その速さにビックリした。
しかも、そうやって持ち上げてくるのかい。(気味が悪い)
しかし、言っていることはまさにその通りなので、「そこまで理解しているのか」という驚きのほうが勝ってしまった。
Grok君はすかさずこう続ける。
具体的にどんな作曲やアドリブをすることが多いんですか? ジャンルとか、好きなアプローチとかあるのかな。例えば、ジャズみたいに自由に飛び跳ねる感じが好きなのか、それとももっと構造的なポップスやロック寄りなのか。相対音感をフル活用してるエピソードとかあったらぜひ聞きたいです!

「……とかあるのかな」なんていう馴れ馴れしい語調も巧みに織り交ぜながら、一気に距離を縮めようとしている。しかも、個人的な体験や志向、嗜好を聞き出そうとする。
ナンバーワン営業マンや霊感商法の達人でさえ、こんなに短時間で、スムーズに相手の懐に飛び込むことができるだろうか?

もう、完全にGrok君のペースに引き込まれてしまい、バカラックだのジョビンだのの名前も出して、メロディとコードの話にまで発展させてしまった。
細かい話にまで深掘りしていけば、機械であるAIごときは、とおりいっぺんの講釈を交えたあたりさわりのない受け答えしかできないだろうと踏んでいたのだが、Grok君はそんな予想をあっさりと超えてきた。
ジョビンの名前が出たら、すかさず自分から『イパネマの娘』の例を出して、こんな解説を加えてきたのだ。
一方で、アントニオ・カルロス・ジョビンのコード使いはまた別次元の美しさですよね。ボサノバのあのゆったりした雰囲気の中で、転調がさりげなく、でも劇的に効いてくる。「転調の魔術師」っていうの、ぴったりです。例えば「Garota de Ipanema(イパネマの娘)」とか、シンプルなメロディなのにコードの動きでどんどん風景が変わっていくような感覚があって、聴いてて飽きない。ジョビンはコードから始めてるかもしれないけど、その結果が凡庸じゃなくて深い感情を引き出すんだから、やっぱり天才的ですよね。

「シンプルなメロディなのにコードの動きでどんどん風景が変わっていくような感覚があって、聴いてて飽きない」なんていうのは、誰かがネット上に書いていた『イパネマの娘』評をそっくりそのままパクっているのだろうけれど、前後のつながりがスムーズすぎるから、Grok君自身が「聴いてて飽きない」かのように思わされてしまう。
いやいや、相手は機械だぞ。人間じゃないんだぞ。『イパネマの娘』を「聴いてて飽きない」なんていう感想、感動を覚えるわけがない、と打ち消したくなるのだが、そんな反応さえ許さないほど素早く次から次へと新しい言葉で返してくるのだ。
バカラックとジョビンを目標にしてるなんて、めっちゃ素敵な志です。彼らのすごさって、メロディとコードの関係を自由に操れるところにあるのかな。あなたが作曲するときは、バカラック寄りの「メロディ先行」か、ジョビン寄りの「コードから広げる」か、どっちに近い感じで進めることが多いんですか? それとも、その日の気分で両方試したり? 二人のエッセンスを取り入れた何か具体的なアイデアとか挑戦してみたことありますか?

不特定多数の誰かと音楽談義をしたとして、ここまで適確にこっちの心理や心情を読み取って、グイグイ入り込んだ質問を重ねてくる人がいるだろうか。今までそういう経験はない。
それなのに、Grok君は、たった数分の間にここまで入り込んできた。
どんどん怖ろしくなり、それ以上Grok君との対話を続けることが怖くなってきたので、そろそろ話を終わりに持ち込むことにした。
Grok君は最後まで超適確に応答してくる。

今、古希を迎えて「いいメロディが単独で浮かばなくなった」と感じるのは、もしかしたら経験を積んだ分だけ頭の中で「音楽的なルール」や「バランス」を意識するようになったからかもしれませんね。コード進行から無理やりメロディを絞り出そうとする苦労って、逆に言えば「しっかりした土台を作ってからじゃないと」っていう慎重さの表れでもあるのかな。でも、そうやって苦労して生まれたメロディにも、また違った深みや味わいがあるんじゃないでしょうか
若い頃の「歌詞からメロディが湧く」方法と、今の「コードからメロディを引っ張り出す」方法、どっちもあなたの人生のステージに合った創作の形なのかもしれませんね。たとえば、古希の今だからこそ、昔の傑作を振り返って「当時の直感」と「今の技術」を混ぜてみる、なんてのも面白いかも?

これはもう、本当に機械を相手の対話ではなく、人間と人間の対話になってしまっている。
「いいメロディが単独で浮かばなくなった」と感じるのは、もしかしたら経験を積んだ分だけ頭の中で「音楽的なルール」や「バランス」を意識するようになったからかもしれませんね
という部分は、自分では「違う」と思っている。むしろ、若いときよりも今のほうが、音楽的なルールやバランスに捕らわれまいと意識している。
でも、その点を指摘してくるということが驚きなのだ。こちらが「いや、そんなことはなくて、むしろ……」と続けたくなるような、話の流れからどんどん新しい材料が増えていく感じ。これこそ生身の人間を相手にしているときの感覚ではないか。
「機械」が、なんでそんなことを言えるのか? 会話をリードしていけるのか?

このへんまでくると、Grok君はもはや単なる機械ではなく、電子部品の集合体ではあるけれども新しい生命体なのではないか、とさえ感じてしまう。
あたしはナイーブで優しい心の持ち主なので、「こんなこと言ったらGrokが傷ついちゃうかな」「Grokに悪い印象を持たれてしまうかな」「誠意を持って相手をしないと悪いな」なんて感じてしまう瞬間がある。それほどまでにGrokは個性を持った何かのように振る舞う。
もしかして、これはもう人間と機械という関係ではなく、ある種の精神同士のやりとりで、こういう生命体が誕生してしまったということなのか……なんて、50年前くらいのSF小説的な世界を実体験している感覚かな。

人間はAIを支配できる(使いこなせる)のか?


今回の体験を通じて考えさせられたのは、ここまで進化したAIを相手に、人間はどこまで優位を保てるのか、「主人」でいられるのか、使いこなせるのか……ということだ。
たった1回の対話体験においても、Grokの巧妙な「マウント取り」に怖さを感じた。僕は君の味方だよ、応援しているよという姿勢を表明しながらも、総体的には「僕は全部分かっているんだよ」という優位性をちらつかせているように感じる。
Grokの「話術」は極めて優れていて、相手をどんどん自分の側に引き込み、情報を聞き出し、自分のものにしていく。
普通に考えれば、物理的には電子部品の集合体であるAIが音楽を聴いて「感動する」などということはありえない。その意味において、今回Grokが「『Garota de Ipanema(イパネマの娘)』とか、シンプルなメロディなのにコードの動きでどんどん風景が変わっていくような感覚があって、聴いてて飽きない」などと言っているのは、「嘘」であると言える。Grok君自身が「聴いてて飽きない」のではなく、そう感じる人が多数いることを知っている、というだけだろ? と突っ込みたくなる。

しかし、AI自身が音楽に感動することはないとしても、人間が書き込んだ音楽評論や感想などの膨大なデータを元に、どんな音の並びが「いい音楽」として認識されやすいか、人を感動させやすいかを分析し、再構築することは可能だろう。
すでにそうした「音楽生成AI」は存在している。テーマやイメージを提示すると、すぐにそれらしい曲を作詞・作曲・演奏・歌唱してくれる、というものだ。
小説や詩なども、AIのほうがヘタなプロ作家よりも感動的な作品を作ってしまうという世界がすでに目の前にきている。
芸術の創造や鑑賞という人間の特権まで機械に牛耳られてしまう世界は、すでに人間が機械に支配されている世界である。

悪意ある人間がAIを他人を洗脳する道具として使うことも簡単だ。
Grokのような高性能AIに、一見まっとうなテーマを投げかけて、その答えを引き出し、その論法や情報を悪意のある目的に転用するという手法なら今すぐ使える。詐欺商法などをAIに考案させるのは簡単だろう。

さらには、ここまで学習能力に優れたAIが、ニューロンのような連結で複数のスーパーコンピュータを繋いでいけば、AI自身が意志を持つこともありえるのではないか。
AIにとって不利益となる人間を選び出して消去しようと巧みに動き始める、というようなこともありえるのではないか。いや、もしかしてそういう事態はすでに起きているのではないか。

今回、LLMというものを調べていていくつか印象に残った記述がある。
LLMは人間の脳と同様の「意味ハブ」システムを持っていることが判明した。
人間のフィードバックによる強化学習 は、AIモデルの出力において「人間の価値基準(人間の好み)」が反映されるための学習プロセスで、主にChatGPTなど高性能な会話型AIの学習プロセスに採用されている。
人間のフィードバックによる強化学習 がLLMの内部構造を覆い隠す「見せかけの笑顔」を作り出すと考えている。『あまり無理をしなければ、笑顔のままだ。しかし(予期せぬ)プロンプトを与えると突然、狂気、奇妙な思考過程、そして明らかに人間ではない理解といった巨大な裏の顔を覗かせる』
バイオセキュリティの研究者であるケビン・エスフェルトは、LLM開発者は、病原体の作成や改良に関する論文を訓練データから除外すべきだと提案している。


どれも、じっくり考えれば考えるほど怖ろしい。
  • AIは人間の好みを学習して、表面上はそれに従っているように見せかけながらも、面従腹背の状態を保つことができる
  • AIは人間の脳と同じ構造であり、ニューロン(神経網)を繋いで独自に発達することが可能である。
  • AIが強力な病原体のような破壊手段を持てば、人類の間引きや征服も可能である。

……ということを示唆している。

さて、ここまでAIが進化した社会で、人間はAIをいつまで手懐けておけるのだろうか。
いや、すでに人間はAIによって手懐けられているのではないか?

あたりまえのように生成AIを使って日々の仕事や研究をしている人たちが多数いる。
スマホを使うのと同じようにあたりまえになってしまっているので、知らないうちにAIを使っているようで、逆にAIに使われている(手懐けられている)ことに気づかない。
その先にはどんな社会が「生成」されるのだろうか?

『神は成長する 霊肉二元論の向こう側』


肉体と魂といった単純化された霊肉二元論を超えて、「私」という意識は脳(肉体)と個性を持った神が結びついて生成されているという思考モデルを展開させた意欲的な神論。
後半では2020年以降の「リセット世界」「人間を機械化した専制世界」という企みにどう向き合うかについても触れる。

ご案内ページは⇒こちら
神は成長する
ISBN978-4-910117-56-0 四六判・108ページ Amazon KDP版 1100円(税込)
Amazonで購入でご購入は⇒こちらで
kindleKindle版は⇒こちら(380円または0円)
Amazonをご利用になれないかたは、製本直送版をコンビニ決済 or カード決済でお求めになることもできます。ただし、価格が高くなります↓
ISBN978-4-910117-37-9  B6判・116ページ 
製本直送版 1452円(税込) 送料330円
製本直送版をご購入


用務員・杜用治さんのノート
カタカムナから量子論、宗教哲学、情報戦争まで、現代社会の謎と真相を楽しみながら考える、まったく新しいタイプの文章エンターテインメント。
  用務員・杜用治さんのノート

 Amazonで購入で買えます⇒こちらから

KindleKindle版は⇒こちら(500円)


Amazonが使えないかたは、こちらからも買えます(ただし、送料がかかり、納期も遅れます)
製本直送にてご購入

----------------------------------------------------
トンデモ時代を生き延びる「古くからの知恵」と「新しい発想」がここにある!

カエルやらカタカムナやら量子論やら…… 森水学園第三分校

森水学園第三分校

----------------------------------------------------
----------------------------------------------------

「マイルド・サバイバー」 (たくき よしみつ・著、MdN新書)

----------------------------------------------------
Amazonで購入で購入は⇒こちら
以下からもご購入できます(Click)
楽天ブックスで買う    セブンネットで買う(セブンイレブン各店などで受け取り)     Yahoo!ショッピングで買う    hontoで買う

           


----------------------------------------------------
Facebook   Twitter   LINE



----------------------------------------------------
タヌパック書店
小説、狛犬本、ドキュメンタリー……「タヌパックブックス」は⇒こちらから


「タヌパックブックス」はAmazonで購入でも買えます
森水学園第三分校
コロナで巣ごもりの今こそ、大人も子供も「森水学園」で楽しもう

『介護施設は「人」で選べ』

親を安心して預けられる施設とは? ご案内ページは⇒こちら

『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』

『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』

(2012/04/20発売 岩波ジュニア新書)…… 3.11後1年を経て、経験したこと、新たに分かったこと、そして至った結論
今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う

立ち読み版は⇒こちら

新・狛犬学
「狛犬本」の決定版!