『阿武隈裏日記』を改題しました。
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都知事不要論──タレントに無給でやらせて政治は副知事がやれ2016/06/21 15:44

  • 2002年6月に道路関係四公団民営化推進委員会委員に就任し、多くの委員が脱落する中で、道路公団民営化に奔走。
  • 旧道路公団は債務超過だから民営化できないという既得権者の抵抗を信じず民営化を進め、毎年、道路公団に導入されていた国費3000億円をなくす。
  • 2007年4月、地方分権改革推進委員会委員に就任し、国の出先機関を整理合理化。
  • 2007年6月。副知事就任後は、参議院議員宿舎建設差し止め、北海道夕張市への職員派遣、周産期医療体制整備、少子高齢化対策、東京都水道局の海外展開、地下鉄一元化、首都直下地震対策、尖閣諸島購入の寄付金募集、東日本大震災への対応(消防庁ヘリ出動、ツイッター情報提供)、天然ガス発電所建設、東電への株主提案。
  • 特定のプロジェクトを設定し、そのために組織を横断的に活用する手法で都職員のノウハウをうまく使った。

……以上、猪瀬直樹氏の「政治家」としての実績(と言われている事例)。元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一氏の評価より)
この評価に対しては異論もあるだろうが、とにかく猪瀬直樹氏は副知事時代、「仕事をしていた感」がとてもあった。
これに対して、高慢で嫌われる人間性は似ていると思うが、舛添要一氏は都知事就任後に何をしたのか。全然印象に残っている「仕事」がない。
辞任が決まって彼の都知事としての評価をするなら「異様ともいえる巨額の海外出張費をはじめとする都の放漫経営ぶりを知らしめた」ことだろうか。

ところで、猪瀬氏にしても、石原都政の副知事時代にこそ仕事をしていた感があったが、都知事に就任してからはなんだかパッとしない。
どうも、都知事になると、セレモニー出席のような名誉行事が増えてお殿様気分になり、惚けてしまうのではないか。
都庁内部でも「知事には偉そうにふんぞり返ってもらっていて、仕事をしない人のほうがやりやすい」なんていう空気が充満する。だから馬鹿げた海外出張費も通る。このままでは知事だけでなく、都の職員、特に上層部の精神が軒並み腐敗していく一方だ。

東京都には副知事というのが4人まで就任できる。舛添辞任と同時に、今まで3人だった副知事に「オリンピック担当副知事」を増やして4人枠目一杯体制で行くことになったらしい。
副知事の給料は約122万円なので、4人だと約488万円だ。ちなみに都知事の給与は約134万円だそうだ。
であれば、実質の都政は全部副知事がトップで指揮することにして、都知事というのは警察の一日署長さんみたいなものにしたらどうか。
副知事は都職員以外のオンブズマンで構成する第三者委員会が認定する「責任感と実行力のある仕事人」を選出。
都知事は無給の名誉職で、タレントとか文化功労者みたいな人が3か月交代でやるとかにすればいい。
海外出張でのセレモニー出席、イベントでの挨拶、賞の授与式で表彰状を渡すなどなど、政治家としての資質に関係のない仕事はもちろんのこと、各施設の視察もその「名誉都知事」が無給でやる。
視察といっても、たかだか1時間かそこいらでよそ行き顔で出迎える施設を覗いたところで問題の本質は見えてこない。本当に必要な視察は、副知事以下、担当部署の責任者たちがしっかりやればいい。
名誉都知事はテレビに絵作りとして露出するから、無給であっても、タレントなどでやりたい人はいっぱいいるだろう。

東京都は他の自治体とは違って、自治体というよりは「日本国の中核システム」のようなものだ。だからこそ「知名度がないと当選できない」なんていう知事はいらないんじゃないかね。

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舛添要一氏は認知症なのか──という考察2016/06/16 22:15

「舛添おろし」というよりは、一種の憂さ晴らしショーは、辞任であっさり終了らしい。
このお祭り騒ぎを、我が家では「あの人は軽度の認知症になってしまったのではないか」という見立てで眺めていた。
  • 一つのことに執着する(権力の座にしがみつく)
  • 善悪の判断がつかない(極端な公私混同)
  • 異常行動(視察の大半が美術館めぐり)
  • 脇が甘い(少額の出費をバレバレの名目で落とそうとする)
……認知症っぽいよなあ……だって、あれだけ頭のいい人間がやることにしてはあまりにもアホすぎるし……。

果たしてそうなのか? もう一度分析してみることにする。

最初に、2014年2月に、ある人から受けた質問に対して、かなりイライラしながら書いた返信のことを思い出して読み返してみた。
こんな内容だった。

舛添氏は本物の悪党、というよりも、悪党組織に魂を売り渡している小物ですね。
そのことを僕は四半世紀以上前の『朝まで生テレビ』で感じました。
原発の是非を巡って討論しているとき、彼は推進「寄り」に位置していました。自分はすべて理解している知恵者なんだという素振りで。
そのとき彼がさらっと口にした言葉がきっかけでした。
舛添氏は、反原発の論客として呼ばれていた槌田敦氏に対して、
「槌田さんのエントロピー論は本来ならノーベル賞級の、日本が世界に誇れる物理学者の仕事だと私は認めていますが……」と言ったのです。
この時点では、僕はまだ槌田敦のエントロピー論というのを知りませんでした。ですが、この舛添氏の「槌田さんはノーベル賞級の~」という一言が引っかかって、彼は何を知っているのだろうと思い、『資源物理学入門』(NHKブックス)を買って読んでみたのです。
槌田敦氏と一緒に出ていた室田武教授の『エネルギーとエントロピーの経済学』(東洋経済新報社)も併せて読みました。

とてつもない衝撃を受けました。
そうだったのか! と。
それまでもやもやしていたものがすべて、さ~~っと霧が晴れるように理解できました。

そして改めて知ったのです。舛添要一という男は、これを読んで、内容を理解した上で、ああいう行動(権力側に常につくという行動原理)をとっている人間なのだと。

彼は、「他の馬鹿な連中とは違って、俺は原発の闇を知っている。でも、現実社会ではほとんどの人間がそのことを理解できない。結果、巨大な力に利用され、呑み込まれていく。それが社会というものなんだよ。あんたがどんなに正しい論を構築して訴えても、社会はそれを理解できないんだ。正論を言えば言うほど社会の中では排除され、出世できなくなる。俺はそういう生き方はしない」と、暗に言いたかったのでしょう。
悪党に徹すればいいものを「本当は分かっているんだぜ。俺は他の連中と違って馬鹿じゃないからな」とアピールしたいというスノッブ根性が、「私は槌田敦さんはノーベル賞級の~」という余計な一言になって現れたのです。(おかげで僕は重要なことを学ぶきっかけをもらったわけですが)

つまり、彼は「分かった上で」やっている。
正義や合理性を訴えても、所詮、現実の世の中では力を持っている悪党集団に勝てるわけがない。民主主義なんてのはお題目で、民衆は馬鹿の集団なのだから、頭のいい人間は、最初から力のある悪党集団の側にたてついて一生を棒に振るようなことはしない──という行動理念で生きている。
物事の道理を理解できない政治家が悪行を働いているのとは違って、分かっているのに正しいことをしない、そういう人間なのです。

だから、今度の都知事選でも、彼は、本音としては「馬鹿ども相手で疲れるなあ」と思いつつも、都知事という権力者の椅子は悪くない、と思って出てきたのでしょう。そんな人物を都知事の椅子に座らせたらどういうことになるか……。
それでも、多くの都民は「舛添が安全牌かな」という程度の意識で舛添氏に投票する。その「安全牌」という臭いは、自分たちのせこい保守意識から出てくるわけですが、長い間瞞され、利用されてきた「自分にはなにもできない。世の中なるようにしかならない」という「おこぼれちょうだい主義」の性癖がどんどん劣化して、今や自分たちのささやかな日常さえ吹っ飛ばされる危機に面していることが察知できなくなっている。
……これが現実です。

政治の世界に最低限度まともな品格や理性を持った人間を送り込まないと、一気に最悪の道を突っ走る。「今はもう戦前ではなく戦時中だ」という警告はその通りです。
構造を変えない限り、よい方向には進まないのです。
構造を変える方向に進ませるには、現時点でどうすることがいちばん「マシ」なのか。
何が最悪なのか。
その最悪を避けるためには何をしてはいけないのか。

それをしっかり考えられないと、社会運動、市民運動も、うまく取り込まれ、権力者の延命に利用されてしまいます。

勉強しない人が熱心な運動をしているのをよく見ます。
そういう人は、読むべき本を読まず、情報を自ら分析しようとせず、自分の感性に合った(要するに「好きな」)人の言葉を直接聞こうとします。
ネット上でも「これは(自分が尊敬する)○○さんに訊いてみよう」というような書き込みをよく目にしますが、ばっかじゃないのかと言いたい。
甘い! 
それではカルト宗教信者と変わらないではないですか。

敵は物理学だけじゃなくて、人心掌握方法や扇動技術、権力への取り入り方、世の中の泳ぎ方と、あらゆることを勉強しているのですよ。すべて知り尽くした上で悪行を行っている、そういうモンスターたちなのですよ。
勉強しないウブな人間が瞞され、うまく利用されてしまうのはあたりまえではないですか。


これが2年半くらい前までの僕の舛添氏に対する評価だ。
舛添要一氏が普通のレベルからすれば相当に勉強ができるし、頭のいい人だということはほぼ万人が認めるところだろう。
ここまでうまく成り上がったのだから、世渡り術もすごい、と。
そんな人物があそこまで杜撰なことをして墓穴を掘るのだろうか? 認知症になったとしか考えられないよね……というのが我が家での会話だったのだが、考えてみると、彼がやっているような政治資金の公私混同、異常な浪費行動というのは、石原慎太郎氏や麻生太郎氏、あるいは現首相と比べてみみっちいレベルであり、そんなことで権力の座を追われるなど想像できなかったのだろう。
また、彼にとっては、自民党を離党した段階で首相への道はなくなったので、都知事というのは権力者ゲームの「上がり」であり、これ以上は頑張る必要がない。あとはこの権力の座をおいしく味わい、楽しく生きればいい。友達はいないから、趣味と家族との時間を楽しもう……そう考えての、彼にとっては正しい老後生活だったのかもしれない。となると、認知症ではなく、ただの慢心だったのかな。
法律論なんか出したって大衆は反発するだけだということくらい分かっていると思ったけれど、あれだけ滅茶苦茶な言い訳を重ねるとは、よほどの慢心、老化現象か。
「ああいえば上祐」ってのがあったけれど、「よういうよ要一」か。

認知症という病名はともかく、「病気」としか思えない政治家が多すぎる。もちろん、病人たちに政治を任せている人たちも無責任すぎる。

ここで忘れてはいけないのは、清原にしても舛添にしても、悪の本丸から目をそらせるためのツールになってしまったこと。
東京五輪誘致の贈賄事件は? 甘利氏の贈収賄事件は? パナマ文書は? ……

いちばん重い病気にかかっているのは、やはりマスメディアだなあ。


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ものを大切に長く使うと「罰せられる」国2016/05/14 22:37

都知事の公用車として有名になった黒塗りのトヨタアルファード(トヨタのサイトより)
舛添都知事の「公用車」として有名になった黒塗りのトヨタアルファード (トヨタのサイトより)

家とか自動車のような「長期にわたって使用される商品」を耐久消費財という。高価な物だし、貴重な資源とエネルギーを使って作るものだから、性能はもちろんのこと、長く使えるかどうかが重要になる。長く使うことで初期投入の資源やエネルギーの「元を取る」わけだ。
まだ使えるけれど、飽きたから買い換える、というようなものではない。そういう消費行動をする人は「ものを大切にしない」「資源を無駄遣いする」ということで軽蔑される(はずだ)。
しかし、日本という国は、いつの間にか「使い捨ててどんどん買い換えることこそがよい国民の行動である」「ものを大切に長く使う人は経済発展の足を引っ張るので企業や富裕層にとっては都合が悪い。よって罰を与える」という法律を作り、実施するというとんでもない国になってしまった。

先日、自動車税を支払った。
登録後約17年を経ている我が家の1台(スズキの1600cc乗用車。2003年に中古を37万円で購入した)は、「車齢13 年超のガソリン車」ということで重課税され、本来なら1600ccガソリン車は39500円のところ、45400円である。去年までも約10%の重課税で腹を立てていたが、今年はさらに5%上乗せされた。
「車齢 11 年超のディーゼル車、車齢 13 年超のガソリン車・LPG車の自動車税重課割合を概ね 10%重課から概ね 15%重課に引き上げる」という税制改悪を国土交通省が要望し、認められたからだ。
軽自動車や原動機付き自転車など、田舎では日常生活の足として欠かせない車も今年度から自動車税を上げられた。軽(660cc以下)の自家用車は従来7,200円の自動車税だったが、今年からは13年超の車は12,900円で、なんと約80%も引き上げられた。原付バイクは1000円から2000円に、100%増税だ。

一方で、「エコカー減税」はさらに拡充させた。
折りしも、舛添東京都知事が法外な出張費を使いまくり、正月に家族でホテル滞在した費用を公費で支払い、公用車で湯河原の別荘までほぼ毎週行き来していたことが報じられているが、舛添知事の公用車とはトヨタのアルファードという車だ(写真↑)
平成26年型というから、都知事就任後に購入させたのだろう。
アルファードのHYBRID Executive Loungeという上級グレードのお値段は約700万円(希望小売価格7,036,691円 税込)である。特別仕様の「ロイヤルラウンジSP」というカスタマイズを施すと約1500万円である。
運転手付きの「走る知事室」がどのグレードなのかは知らないが……。

旬な話題だったのでつい都知事の公用車に話を振ってみたが、問題は「公用車」の車種やお値段ではない。車両総重量が2.6トンあるこの巨大な車がハイブリッド仕様で「エコカー」であると認定されていて、税金を大幅免除されていることだ。
アルファードのHYBRID Executive Loungeはエコカー減税対象車であり、自動車重量税も自動車取得税も100%免除(合計約17万5000円)、自動車税も翌年は3万3500円減税になる。
「合計24万6800円も税金が免除されますよ」と、トヨタも胸を張って売り込んでいる。

トヨタといえば「いつかはクラウン」という名コピーがあった高級車クラウンも思い浮かぶが、この最上級グレード「マジェスタ“Fバージョン"」(車両総重量約2.1トン。約700万円)もエコカー減税対象車で、自動車重量税、自動車取得税、自動車税を合わせて約24万7200円の税が免除される

こういう車を1台製造するのに、一体どれだけの資源とエネルギーを使っていることか。その結果、移動させているのは公共交通機関を使わなくていい強者ひとりだったりする。これこそ「環境負荷の高い車」ではないのか?

いうまでもなく、この手の車をポンと買える人というのは相当な富裕層だろう。自分で運転せず、専用の運転手付きで乗っている人も多い。そういう車はエコカー減税だのグリーン税制だので何十万円も税が免除され、田舎での生活必需品として軽自動車やバイクに乗っている人たち(一般の納税者)には増税や重課税という「罰」を与えてむしり取る。
しかも「古い車は環境に負荷をかけるから」という大ウソをついて、車重が1トンもない軽自動車は増税し、2トンを超えるような高級車でも「エコカー」だと言い張って自動車重量税さえ免除する。そんな国が他にあるのだろうか?
どうしてもむしり取りたいのなら、正々堂々と「増税したいが、政権を支えてくれる富裕層ではなく、騙しやすくおとなしい大衆から取ったほうが楽だから」と言ったらどうだ。

毎年、この時期が来るたびに何度でも言おう。
こんな国でいいのか、と。

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原発が壊れるのは靴下が片方なくなるのと同じ2016/05/03 13:41

同じ!
フェイスブックで「大笑いした」というネタが⇒これ。「いったいなぜ?靴下の片方だけが行方不明になってしまう謎が科学者によって解き明かされる」
 洗濯をするたびに靴下の片方が行方不明になってしまう。おかげでタンスの中は片方しかない靴下だらけで、新しく買いなおす出費もバカにならない。だが、この人類を苦しめるミステリーがついに解き明かされた。
 ミステリーの解明を行ったのは心理学者サイモン・ムーア博士と統計学者ジェフ・エリス博士……。


ほお~、そうですか。
心理学者と統計学者が本気で研究したわけですね。

 この調査から、イギリスでは1人当たり月平均1.3足の靴下が消失していることが判明。1年なら15足、一生なら1,264足にもなる。 靴下消失による損害は1人当たりの生涯でおよそ40万円(2,528ポンド)、年間3,158億円(20億ポンド)にも達する。


……というわけで、真面目な調査・研究なのだということは分かった。
で、ニヤニヤしながら読んでいたのはこのへんまで。
次の部分を読んで、急に笑っていられなくなった。

なお、靴下消失に関わる4つの心理的要因は以下の通りだ。

1. 責任の分散
 洗濯する者が自分以外の人間に責任を押し付けることから、誰も失くし物について責任を負わない。結局、靴下は見つからなくなってしまう。

2. 視覚的認識(ヒューリスティック)
 ヒューリスティックとは、暗黙のうちに用いる簡易な解法や法則のことをいう。さっと判断できる反面、必ずしも正しいわけではなく、判断結果にバイアスがあることも多い。このバイアスのせいで、例えば靴下やテレビのリモコンなどがいつもの場所にないと、失くしてしまったと思い込んでしまう。
 
3. 確証バイアス
 人は真実であってほしいと思ったことを真実であると思い込む傾向にある。今回の事例でいうなら、人は両方揃っていない靴下が目に入らなければ、それはないと信じ込みがちということだ。

4. 過失、過怠
 様々な事故や謎の背景にはヒューマンエラーがある。例えば、誰かが床に靴下が落ちているのを見たとしても、それを拾って洗濯物カゴや洗濯機の中に入れなかったりすることがある。この場合は過怠だ。あるいは色の濃い洗濯物の中に白い靴下を入れてしまったり、片方だけ適当な場所に置いてしまったりすることがある。これが過失である。


……これって…………。

もうお分かりだと思うが、少しだけ書き直してみた。

1. 責任の分散
 政府、電力会社、規制委員会それぞれが自分以外の人間に責任を押し付けることから、誰も事故や欠陥について責任を負わない。結局、重大事故は必ず起きてしまう。

2. 視覚的認識(ヒューリスティック)
 ヒューリスティックとは、暗黙のうちに用いる簡易な解法や法則のことをいう。さっと判断できる反面、必ずしも正しいわけではなく、判断結果にバイアスがあることも多い。このバイアスのせいで、例えばパッと見ていつも通りの風景だと、これで大丈夫と思い込んでしまう。
 
3. 確証バイアス
 人は真実であってほしいと思ったことを真実であると思い込む傾向にある。事故は絶対に起きないと言い続けていれば、いつか本当に起きないと信じ込むようになる。

4. 過失、過怠
 様々な事故や謎の背景にはヒューマンエラーがある。例えば、作業現場で誰かが床に小さなボルトが一本落ちているのを見たとしても、それを拾って正体を確かめようとしないことがある。この場合は過怠だ。あるいは微妙に寸法の違うボルトをちょっと緩いかもと感じつつ間違った場所に使ってしまったりすることがある。これが過失である。



靴下が片方だけなくなるのも、原発から放射性物質が漏れ出すのも、人間のやることであるから必ず起きる。原発が絶対に安全だと主張する人は、靴下はなくならない、靴下紛失事故は必ず防げる、と言っているのと同じことだ。

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私の「現役」カメラ4台 2016年版2016/05/02 12:10

これをこんな風にぶら下げてお散歩している

1000万画素以下のカメラがほしい

デジカメの本を最初に書いたのは岩波アクティブ新書の『デジカメ写真は撮ったまま使うな!―ガバッと撮ってサクッと直す』 だった。アマゾンで確認したら2004年7月発売ってなっているから、もう干支が一回りした昔、中越地震前のことなのだなあ。
それから「ガバサク理論」なるものを主張し続けて、「ガバサク談義」(http://gabasaku.com/)なるサイトも作って、たまに記事をUPしているけれど、実際にはカメラ談義の内容もすべて「のぼみ~日記」に含まれている。
というわけで、よく訊かれる「どんなカメラを使っているのか?」に答えます。
ポイントは「お金がないので高いカメラは買えない」「室内撮りや狛犬撮影が多いのでレンズが明るいのが第一条件」「画素数は極力少ないものを選ぶ」……ですかね。

オリンパス XZ-10


1/2.3型 CMOS。3968×2976(約1181万画素)。F1.8-2.7/4.7mm~23.5mm(26~130mm)。30~1/2000秒。221g(カード、電池込み)


常にこの状態
1日中この状態で腰にぶら下がっている


朝起きてから夜寝るまで、常に腰にぶら下がっているカメラ。あ、これ面白そうと思ったらすぐに取りだしてサクッと撮る。
最大の長所はF1.8-2.7と、レンズが非常に明るいこと。望遠端(130mm相当)でもF2.7なのだからすごい。
欠点は動作がもっさりしていること(連射速度も驚くほど遅い)とコンパクト機としてはボディが分厚く、見た目が野暮ったいこと。いいカメラなのに売れなかった(多分)のは、商品をパッと見た感じの印象がダサいからだろう。コンパクト機は見た目で売れる商品だろうからね。
こういう真面目なコンパクト機はもうなくなってしまった。製造終了してずいぶん経つが、まだ新品在庫が売られているようだ。オリンパスはこれの後継機種を出すつもりはないらしいので、これが壊れたらかなり困るだろうなあ。
☆紹介記事は⇒こちら

XZ-10で撮影 1/640秒、F3.5 クリックで拡大


オリンパス Stylus1


1/1.7型 CMOS。4000x3000(1200万画素)。F2.8(全域)/6-64mm(28~300mm)。1/2000~60秒。402g(カード、電池込み)
28-300mm相当で全域F2.8という使いやすさが最大の魅力。画質もXZ-10よりは上。連写速度などもはるかに上。マクロから野鳥までなんでもこれ1台でこなせる万能カメラ。
正確な電子ファインダーがついているのもいい。いざとなればマニュアルでピント合わせがしっかりできる。
ただ、基本的には1/1.7型CMOSのコンパクト機だから、背景はぼけないし、画質もAPS-Cサイズのカメラには負ける。
☆紹介記事は⇒こちら

Stylus1で撮影。1/640秒。F3.5  クリックで拡大


ソニー NEX-5R+ソニー50mm/F1.8


APS-Cサイズ CMOS。4912 x 3264(約1610万画素)。F1.8/50mm(75mm)。 バルブ or 30~1/4000秒。276g(本体とカード、電池込み。レンズ含まず)


コンパクト機の小さなCMOSではどうしても物足りない、あるいは背景をしっかりぼかして撮りたいという場合は撮像素子を大きくするしかない(そうしないと物理的にレンズの焦点距離が伸びないから)。
それでもなるべくコンパクトにいきたい、ということで、レンズ交換式ミラーレスカメラの登場。これがまあ、中途半端な規格のものが多くて、もはや1200万画素クラスのCMOSを使ったAPS-Cサイズカメラは見つからない。仕方なく、その次の1600万画素クラスから選ぶ。
NEX-5Rはファインダーがついていないのが失敗だった。このクラスのカメラになるとやっぱりファインダーは必要だなあ。というわけで、ファインダーのついているNEX-6をお勧め。
これは動画撮影と狛犬写真集用に使っている。レンズはもっぱらSony製の50mm/F1.8。このレンズは安くて助かる。セット販売のズームレンズ F3.5-5.6/16-50mm(24~75mm)だと背景がしっかりぼけてくれないので、今ではしまい込んで忘れている。
動画がいい感じで撮れるし、内蔵マイクの音もそこそこよい。これ以上音質を求める場合は、かなり高価な録音機を別に買う必要がある。
☆紹介記事は⇒こちら


↑NEX-5R+50mm/F1.8で撮った動画


ペンタックス K-r+シグマ18-50mm/F2.8


APS-Cサイズ CMOS。4288×2848(約1221万画素)。F1.8(全域)/18-50mm(28-75mm)。30秒~1/6000秒。約598g(専用電池、SDカード込み、レンズ含まず)


これは最近購入。
昔撮った狛犬写真を見ていると、これはそこそこきれいに撮れているなと思う写真のほぼすべてがペンタックスK-100Dで撮ったものだった。APS-Cサイズで600万画素CCDの一眼レフ。画像が明るく、発色も階層が深くてきれい。画像ソフトによる後処理でも、1画素あたりの光が多い分、反応がいい(きれいに変化してくれる)。この前はニコンのD70で、この後はソニーのα300を購入したのだが、どちらもK-100Dで撮った写真よりも画質がよろしくなかった。
しかし、K-100Dは設計が古いせいか、最近の大容量SDカードを使うとデータがとんでしまうということが2度あった。1000枚超えたあたりで一気にデータが飛ぶなんて、怖くて使えない。それで半隠居させたのだが、K100Dのためにと購入したペンタックス用のレンズが何本かあるので、もう一度ペンタックスを使ってみようと思い立ち、いろいろ考えた末にこのK-rがいちばんバランスがよさそうだと判断。
画素数が少ない分、NEX-5Rより画質がよい。
ペンタックスはレンズが豊富で、安く手に入るのがありがたい。シグマやタムロンなどのレンズメーカーのAPS-Cサイズ用レンズは、ニコン、キヤノン用と同時にたいていペンタックスのKマウント用も出ている。
欠点は液晶モニターが固定式であること。ペンタックスはバリアングルモニターをつける意志がないらしい。
それと動画はほぼ使いものにならないので、静止画専用になる。

K-rで撮影。1/60秒、F1.8 クリックで拡大



以上の4台が目下「現役」のガバサクチーム。お金がないし、このところ魅力的な新機種がずっと出てこないので、当分このラインアップでやりくりすると思う。
ここに紹介した4機種はすべて製造終了している。同じものを今から買おうとすれば、新品ではStylus1の後継機種Stylus1sしか製造されていない。
XZ-10はぎりぎり新品が売られている。よほど在庫が残っていたのだろう。
NEX-6もK-rもずいぶん前に製造終了で、今はもう新品ではまず入手できないと思う。程度のよい中古を探すしかない。アマゾンで確認してみたら、ほとんどのカメラは中古も含めればまだ入手可能のようだ↑(2016年5月現在)
なぜ中古を探さなくてはいけないのか。それは、CMOS製造の最大手であり技術的にも他社を引き離しているソニーが、今なお高画素数追求路線をやめないからだ。1/2.3型で1600万画素だなんて馬鹿げている。いいことはひとつもない。
カメラ本体の設計がソニーよりうまいメーカーも、撮像素子だけはソニー製にかなわない。だからソニー製CMOSを使う。結果、画素数を抑えたCMOSがこの世に出てこない。
乏しい光量の小さな画素をいくらたくさん集めてもきれいな写真にはならない。映像エンジンなるコンピュータ処理でどれだけごまかして「脚色」しても、不自然な色味のものができあがるだけだ。
ソニーが今の技術で600万画素~800万画素くらいのCMOSを出せば、デジカメの画質は一気によくなり、世界中の人が幸せになれるはず。
それがなぜできないのか、不思議でしょうがない。




日本で「犬」に狂犬病予防注射をするということ2016/05/02 11:41

ご近所の老犬(13歳くらいらしい)のお散歩係に就任して数か月。
いつも僕の顔を見るたびに狂喜乱舞して、リードをつける間もなくグイグイ引っ張って暴走するのに、数日前から突然元気がなくなり、日増しにひどくなっていた。
ついには腰も立たず、立ちあがろうともしない。
「どしたの? お散歩行かなくていいの?」と、しゃがみ込んで3分くらい話しかけてみたが、動かない。
諦めてそのまま帰った。
翌日、買い主さんに「様子がおかしい」と話したところ、「そういえば先週、狂犬病の予防注射打ったんですよ」と言われた。
それが原因なのだろうか……と、ネットでいろいろ検索してみたら、ほぼ間違いなくそれが原因らしいと分かった。
今までも、なぜ何十年も発生していない日本で狂犬病の予防接種が義務化されているのか疑問に思ってはいたが、子供の頃しか犬を飼っていないので、あまり深く考えたことがなかった。
「たぬ」にはフィラリアの薬だけはきちんきちんと飲ませていたけれどね。

「狂犬病」とは何か?

  • 狂犬病は人間も含めてほぼすべてのほ乳類に感染する。英語ではRabies または hydrophobia(恐水症)で、「犬」という単語は出てこない
  • ラブドウイルス科リッサウイルス属のウイルスを病原体とするウイルス性の人獣共通感染症の1つで、遺伝子型で7種に分けられるうちの1種。他の6種は主にコウモリが感染源
  • 感染した動物が噛みついたり引っ掻いたりして唾液などの体液が体内に入ることが主な感染原因。
  • ヒトからヒトへの感染例はないが、感染した人間が他人に噛みついたりすれば、理論上は感染する可能性はある
  • 潜伏期は数日から数年と幅が広い。一旦発症すると致死率はほぼ100%で、治療法はない
  • 全世界では毎年5万人くらいが死んでいる(うち約3万人はインド)。主な流行地はアジア、南米、アフリカ。北米ではアライグマなどの野生動物による感染が多い
  • 日本では1956年以降は感染報告はゼロで、根絶されている。他にもイギリス、ノルウェー、スウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ……などなど、島国を中心に、根絶されたとされる地域は多い
  • 日本で狂犬病ウイルスが根絶された後の日本人の死者は、1970年にネパールを旅行中に犬に噛まれて帰国後に発症、死亡が1名。2006年に京都と神奈川在住の60代の男性2名(フィリピンに2年間滞在)がフィリピンで犬に噛まれた後、日本に帰国後に発症して死亡の合計3名
  • アメリカでは人への感染は年間数名程度。スカンク、コウモリ、アライグマ、キツネなどの野生動物で毎年6,000~8,000件。ネコが200~300件。イヌが20~30件の感染報告がある

こうしてまとめてみると、まず第一に「狂犬病」という名称がまずいだろうということが分かる。そういう名称にしているのは日本だけだ。
東南アジアなどでは犬を放し飼いにしているのがあたりまえで、しかも特定の飼い主がいない(なんとなく地域の人たちが餌をあげている)ような状況が多いので、ワクチン投与がなかなか進まない。だからアジアでは犬に噛まれて感染するケースが多い。
南米ではコウモリがいちばん多いし、アメリカではアライグマなどの野生動物がいちばん多い。
犬猫をペットとして飼っている環境が日本と近いと思われるアメリカでは、犬よりネコのほうが感染例は1桁多い。

アメリカの例では、こんな記事を見つけた。
 米国ではアライグマ、狐、スカンク、コウモリが狂犬病ウイルスの宿主となっていて、動物での狂犬病の87%を占めるといわれています。コウモリによる狂犬病は急には拡がらないので、流行の原因とはみなされていません。最近、問題になっているのはアライグマの狂犬病です。

 アライグマの狂犬病は以前は米国南東部フロリダ州に限局していました。しかし1989年10月にニュージャーシイ州でアライグマの狂犬病がみつかり、1990年だけで37例がみつかっています。地図を見るとフロリダからノースカロライナを飛び越して狂犬病が拡がったことがよく分かります。
この理由としては、ハンターが狩猟用のアライグマの数を確保するためにフロリダから3500頭のアライグマを1977年にバージニアに放したためと考えられています。人為的な流行の拡大です。
公益社団法人日本獣医学会 連続講座第17回「野生動物の狂犬病」 より)


以上のことから分かるのは、日本に再び狂犬病ウイルスが持ち込まれる可能性があるとすれば、海外から持ち込まれた動物を介して以外はまず考えられないということだ。
日本にいる犬が感染するとしたら、海外から感染した動物が持ち込まれ、その動物に咬まれたり引っ掻かれたりした場合だ。室内飼いされている犬、つながれている犬にそんな可能性があるだろうか?
それよりも、海外から持ち込まれる動物の徹底的な検疫体制を作ることが先ではないか。
「人間を噛む可能性がある動物は犬がいちばん多い」というが、そもそも、まずは飼っている犬が感染している動物(人間を含む)に接触しなければ感染することはありえない。
ワクチン注射は、すでにウイルスが存在している場所で、感染動物を根絶させるためには最も効果的な方法だ。これは間違いない。しかし、一旦根絶した後は、感染していない動物、しかも犬だけを選んでワクチン注射を続ける意味が見つけられない。
感染の可能性が高いのはむしろ海外渡航した人間である。ワクチンを打つ必要性があるとすれば、人間のほうだ。
海外で感染した人間が帰国後に犬に噛みつくことはまずないだろうから、日本の犬に注射しても意味がない。
また、検疫体制の不備を突いて海外から感染動物(可能性が高い例としてはフェレットなど)がペットなどとして持ち込まれてしまった場合も、最初に感染するのはその動物と接する機会がない犬ではなく、そのペットの飼い主である人間だろう。
ロシア船にのせられた犬が港で放されて云々という話もあるが、それとて、もしその犬が感染していたら、最初に噛まれるのは犬ではなく人間だろう。港に日本で飼われている犬が放されていることはまずないが、人間はいっぱいいるのだから。
ましてや、都会の犬のように室内飼いされている犬、放されていない犬がアライグマやフェレットに噛まれて感染する可能性は限りなくゼロだ。
一方で、狂犬病のワクチン注射をすることで老犬や幼犬が体調を崩し、下手をすればそのまま死んでしまうというケースはいくらでもある。

誤解しないでほしいのは、ここで言いたいのは、まずは海外から入ってくる動物の検疫を徹底せよ、ということだ。それをしないで、限りなく安全な国内の犬にせっせと毎年注射しているのはおかしいでしょ、と。
そもそも、野生動物をペットとして輸入・販売することを全面禁止にすれば、どれだけ狂犬病再侵入の危険を減らせることか。なぜできないのか。

オーストラリアでは狂犬病のワクチン注射は「禁止」されているという。犬への負担もさることながら、ワクチン注射で下手に抗体を作ってしまうと、ウイルスが国内に入り込んだときにすぐに発見できなくなる可能性があるから、ウイルスがワクチンへの適応性を持って変異してしまうこともあるかもしれないから、ということらしい。
すぐに発見できればすぐに処置できるので、感染が広がる前にブロックできる……と。
なるほど、そのほうがはるかに合理的な考え方だ。
酪農大国オーストラリアでは、ウイルスの侵入を防ぐことは国の産業を守る上で最上位重要項目だ。真剣に考えてそうしているのだ。

日本では、一旦決めてしまったことを変更するのは怖い、面倒だ、責任を取りたくない……という精神が、行政のあちこちで不合理を生じさせている。それによって被害を被るのはいつも弱者だ。
要するに、意味のないことは明白だけれど、「犬のことだ(注射で死ぬとしても犬のほうで、人間は死なない)し、費用は飼い主の全額負担だからいいや」「やめたら製薬会社や獣医師界から猛烈な突き上げが来るから放っておこう」ということなのだろう。

ご近所の犬はその後少しずつ回復し、昨日あたりはほぼ以前と同じように元気に歩けるようになった。一安心。でも、来年はどうなのか……。
犬を連れて散歩していると、いろんな人に声をかけられる。すると、「ああ、うちでもそうです。狂犬病の予防注射をした数日後に急にご飯を食べなくなって、何日かぐったりしていました」とか「前に飼っていた犬は狂犬病の予防注射をした翌週に突然ぐったりして死んでしまったので、今の犬にはこわごわさせている」といった話を聞く。
なんという理不尽な、そしてひどい話だろうか。

ちなみに、獣医さんによっては「病弱なので狂犬病予防接種は避けたほうがよい」というような証明書を出してくれるらしい。

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再エネ比率の高い新電力と契約したい……という無知無理解2016/04/17 11:48

我が家もスマートメーターになったが……
我が家の電気メーターも新電力契約のためスマートメーターになった


どんな電気を使うかを選べると思うのは誤解

新電力への契約切り替え率はまだ1%に満たないらしい。
うちでは3月中にいちばん安くなりそうな(年間で1万円くらいは安くなりそうな)新電力事業者と契約を交わした。といってもネットで必要事項を書き込んで送信しただけで、紙の書類などは1枚たりともやりとりしていない。気持ちがいいほど簡単だった。
それにともない、東京電力の関係事業者が電気メーターの取り替え作業にやってきた。送電網は東電のものをそっくりそのまま使うわけで、メーターの交換も当然東電がやる。

さて、ここでヒステリックな反論を予想しつつも、重要なことを書いてしまおう。

東京新聞に、電力自由化「発電方法示して」声拡大 地方議会、政府内にもという記事が掲載された。
 東京都武蔵野市議会は3月28日、事業者に電源構成などの開示を義務付けるよう国に求める意見書を全会一致で可決し、安倍晋三首相や林幹雄経産相ら宛てに郵送で提出した。
 電源構成は原子力や再生可能エネルギー、火力など各電源からどんな比率で電力調達しているかを示す情報。意見書では「消費者は電気料金の抑制のみを望んでいるわけではなく、より安全で持続可能なエネルギーを望んでいる」と指摘する。
 電源構成が分かれば、消費者は「環境を汚染しない再生エネを選びたい」「原子力は嫌だ」「二酸化炭素(CO2)排出量の多い石炭は避けたい」など、自分の考えに合った多様な選択が可能になる。


……これは東京新聞の意見ではない。武蔵野市議会に意見書を提出したという市議会議員の意見だ。
これに類する意見はずいぶん前からネット上でもいっぱい読まされたが、最初にはっきり言おう。そんなことは妄想であり、単純な誤解、無理解だ。




上の円グラフは日本の電力がどのように発電・調達されているかの構成比だ。平成23年というのは福島第一原発が爆発した2011年。全国でまだ動いている原発があったから、原発は10%残っている。
それが2014年には原発はゼロ。その分、増えたのはLNG(液化天然ガス)と石炭。火力でも石油は減っている。水力が変わらないのは、全国の発電用ダムは増えていないし、既存の水力発電所はフル稼働しているということだろう。
水力を除く再エネ(太陽光、風力、地熱、バイオマスなど)は1.4%から3.2%に増えているが、これは政府が高額な買い取り価格を約束して、その分を電気料金に上乗せすることを合法化したからだ。それでも3.2%にすぎない。
その結果、全国あちこちでメガソーラーやら巨大風車がどんどん建ち、自然破壊や低周波による健康被害が増えたわけだが、日が照らなければ発電しない太陽光発電や、風がいつ吹くか分からないから発電予測すら立たない風力発電だけで電力を安定供給することなど不可能だし、かえって資源の無駄遣いになるということはさんざん書いてきた通りだ。風のない雨の日や夜間には、風力発電や太陽光発電の発電量はゼロである。こうしたものを増やせば増やすほど、同じ発電能力を持つ火力発電所を別に作らなければいけなくなる。
で、問題の「新電力業者の電源構成」を公開しろという話だが、例えば、自社が売る電力の6割が再生可能エネルギーであるということをPRしている事業者がある。
再エネの比率がそこまで高いということは、言い換えれば、その事業者が自社で発電している電気の総量はわずかであり、多くは提携先である大電力会社(例えば東京電力)に依存しているということを意味している。

公開すべきは「電源構成比」ではなく「自前の発電能力」

Clickで拡大
自社での発電実績が乏しくても「再エネ比率」が高いとPRする事業者を選ぶとこうなる。ちなみに再エネ比率で謳っている数字は「設備容量」だから、実際にはその数分の1しか発電できない。


上の図(クリックで拡大)は、電源構成比で再エネ比率が5%の事業者Aと60%の事業者Bがいたとして、実際にはどういうことになっているのかということを説明するために作成した。
事業者Aは一般家庭に電気を売ることができるようになった今年4月以前からPPS(新電力事業者)として企業や自治体などに電力を供給している実績があり、自社の発電所も所有して実際に発電事業をしている業者だ。この事業者Aの売電実績を100とする(事業者Aの下のグラフ)。
事業者Aの売電実績は100だが、自社発電所の発電能力は82(上のグラフ)で、足りない分の18は提携事業者(大手電力会社など)から買っている。
事業者Aが所有している発電設備のうち再エネと呼ばれるもの(ほとんどは太陽光発電)の比率は5だが、この数字は発電実績ではなく設備容量なので、実際にはその15%程度しか電気は作れない(太陽光なら夜間や曇りの日は発電できないから、当然そうなる=「設備利用率」)。発電実績のグラフで、自社の発電能力のうち再エネの分(水色の部分)が減っているのはそういう意味だ。

一方、再エネ比率が60%ですよと謳っている事業者Bは、実際には自社での発電能力は10しかない。しかし、「自然エネルギーを大切にしている事業者から電気を買いたい」という人たちからの契約を増やして、売電実績は事業者Aの倍の200に達しているとする。
となると、足りない190以上の分はすべて提携他社から供給される電気なわけで、全売電量に占める再エネの比率は5%を切ることになる。

つまり、原発の電気を使うのは嫌だから、電気代が高くついても再生可能エネルギーを中心とした事業者と契約するという「意識の高い」人が増えれば増えるほど、その新電力事業者が提携している(原発を抱えている)大電力会社が発電している電気が契約者に回されることになる。

中には、契約した新電力事業者の「電源構成比」通りの電気が自分の家に届くと思い込んでいる人もいる。送電網が今までと同じ(東京電力管内なら東電の送電網)なのだから、そんなことありえないことくらい、ちょっと考えれば分かりそうなものだろうに。
送電網に入る電気はあらゆる発電所から送られてくる電気が混ざっている。どう配分するかは発電所と消費地の距離や天候の変化などによって決まる。どの事業者と契約しようが、契約者の家に届く電気の発電元は選べない
だから、公開するべきなのは、新電力事業者がどれだけの発電実績(能力)を持っているのかというデータだ。トータルの発電能力が小さいのに「うちは再生可能エネルギーで発電しています」などと売り込んでいる業者は、PR材料としてあちこちに(優遇措置で)メガソーラーや大型ウィンドタービンを建てて、実質はほとんど提携先の大電力会社の電気を転売しているだけということになる。
もっと穿った見方をすれば、そういう業者は最初から本気で発電する気はなく、提携先の大電力会社の経営を黒子のように裏で支える取引をしたいのではないか……。

公開するべきなのは、新電力事業者がどれだけの発電実績(能力)を持っているのかというデータだというのは、こういう意味である。

火力発電施設を持たない新電力会社は無責任だ

ここでさらに注意したいのは、自社の発電能力といっているものがどんなものなのかということだ。
実際に自社で所有している発電所のことなのか、それとも全国のソーラー発電事業者などから「1円高く」買い取った電気をも「自社の発電能力」といっているのか。そこをはっきりさせてほしい。

⇒ここに、「東京電力エリアで電力供給サービスを提供している新電力事業者(PPS)の一覧(25社)」という資料がある。
数字は自己申告のようだし、いつの時点でのデータなのかもいまひとつはっきりしないが、非常に興味深い。
例えば、最新月実績で990,300 MWhを誇る「株式会社エネット」は、「直近の1年間で約12,033GWhの供給実績」があるとされているが、同時に「年間自社発電量は0 MWh」とある。これが間違いでなければ、要するに多くの提携事業者から電力を買い取ってそれを再販している大手ということだろうか。

年間1,578,674 MWhで第4位のエネオスでんきは、年間自社発電量:786,135 MWhとなっているから、それなりの規模の発電所を自己所有しているということなのだろう。

何かと話題の多いソフトバンクでんきは、年間供給力:14,356 MWhで自社発電量は0 MWh。目下、自社傘下の企業が全国にメガソーラーをどんどん建設しているようだが、例の「国が決めた買い取り価格より1円高く買い取りますよという商法」でも有名になった。

ここで「買い取る」とか「再販」といった言葉を使ってみたが、実際には各ソーラー発電設備は従来通りの送電網(10電力会社)につながれていて、例えばそれまで東電に売電していたのをソフトバンクでんきのような「1円高く買い取ります」という新電力業者に売ることにしたとしても、設備関係になんら変化はない。コンピュータ上で数字をやりとりしている中での契約変更なのだ。
これは、「一般家庭がどの事業者と契約しようが、契約者の家に届く電気の発電元は選べない」というのと同じことだ。

昨年(2015年)、 日経BP社のエネルギー専門誌「日経エネルギーNext」が「第1回 新電力実態調査」というのを実施して、その結果を発表した。
回答企業122社のうち、「送受電実績がある」と回答したのが38社、「これまで送受電実績はない」と回答したのが84社。
このうち、「自社で発電所を持っている」と答えたのは送受電実績のある38社のうちの31社(81.6%)。実績なしの84社のほうは59社(70.2%)でそれほどの差はなかったが、実績なしの59社のほうはほとんどが太陽光発電で、火力発電所はほとんど持っていなかった。
自社発電所の中身は「実績あり」と「実績なし」では大きく異なる。「実績あり」の新電力の場合、55.3%が太陽光発電を持っている一方で、石炭火力(10.5%)や石油火力(10.5%)、ガス火力(23.7%)、バイオマス発電(15.8%)、廃棄物発電(10.5%)といった火力系の発電所を併せ持っているケースが多い。
これに対して、「実績なし」の新電力は67.9%が太陽光発電を持っているものの、火力系の発電所はほとんど持っていない。つまり、電力市場に新たに参入を検討している新電力の多くは、極端な太陽光依存の状態にある。
再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の導入で、全国に太陽光発電所が急拡大した。つまり、新電力が急増している背景にFITがある。現在は太陽光で発電している電力を大手電力会社に買い取ってもらっているが、全面自由化を契機に自社での販売を検討する太陽光発電事業者が増えているのだ。
(2015年3月25日 日本経済新聞「本番前に淘汰開始、太陽光バブルが生んだ「新電力バブル」 」)


要するに、自分では1kwも発電をせず、株取引や為替レートのように、単に数字のやりとりだけで儲ける企業がいっぱい出てきたわけだ。

5月18日の第6回買取制度運用ワーキンググループにて、FIT電源の買取制度の一部変更が決定されました。

事の発端は、買い集めてきた太陽光発電の電気を卸電気市場に「転売」するだけで、数億円もの利益を出した企業が現れたことです。
これは、自社の火力発電の電気を市場に売るのとは訳が違います。

FIT(固定価格買取)の認定を受けた太陽光発電の電気の買い取りには、その買い取り量に応じて、新電力が負担調整機関から交付金を受け取ることができ、また、この交付金は「再生可能エネルギー発電促進賦課金」という税金を原資としています。

そのため、太陽光発電を卸電力市場に横流しするだけでは、再生可能エネルギーの普及には寄与していないため、交付金を給付する趣旨とは外れているということで、問題視されたのです。

スマートエネルギー研究会のブログ「プレミアム買取ビジネスが危うい!FIT買取制度の変更について!」より)


太陽光や風力は、日が照らない時間、風が吹かない時間は発電量ゼロである。その時間帯は火力発電からの供給を増やして調整しなければいけないから、太陽光や風力の電源構成比を上げれば上げるほど、火力発電の設備を余分に用意しなければいけないし、頻繁に火力側の出力調整をしなければならなくなる。変動幅が大きいと調整しきれずに停電する。
問題児の太陽光や風力には税金原資の再エネ賦課金をたっぷりつけて損をしないように甘やかし、実力のある火力発電には援助しない。つまり、太陽光や風力メインで参入しようという新電力会社は、税金にたかっておいしいところだけ持っていき、責任のある運用はしない。提携先の大電力会社の火力発電に頼りっぱなしという無責任経営をめざしていることになる。

健全で合理的な電気事業の再構築こそ原発廃絶への唯一の道

こういう基本的な構造を理解せず、勘違いしている人が多いのであれば、このまま新電力事業者の契約数が増えないのも、別にいいんじゃないかとさえ思う。
自前の発電所をあまり持たず、コンピュータで数字(金)をやりとりして従来の(提携業者の)発電所が作った電気を看板を変えて再販しているだけのような業者が増えていけば、健全な電力事業、電力インフラは望めない。どんどん歪んだ方向に流れていく危険性がある。

現在、日本の電気の約9割は火力発電で賄っている。そのうちの9割近くはLNGと石炭。これは、もし日本が原発を使わないという選択をした場合、当面はこういう電源構成でやっていくことになるだろうということを意味する。
2014年は原発ゼロだったが、それで困った、危機的状況になったわけではない。であれば、そのやり方をベースにして、あとはいかに効率を上げるか、環境負荷を減らしていくかという努力をすればいい。

ガス火力の効率は技術革新でどんどん上がっている。天然ガスの確認埋蔵量、可能採掘量も増えている。石炭の脱硫技術も日本は世界のトップレベルを誇っている。石油は貴重だからただ燃やしてしまうのは惜しいと思うだろうが、原油を精製すれば必ず一定の割合で出てくる重油は熱源に使う以外あまり使い道がない。
原発を輸出するなどというたわごとを言っているよりも、すでに実績のある火力発電系の技術革新にさらに磨きをかけて世界をリードしていこう、と、堂々と言えばいいではないか。
火力発電を悪者にして、二酸化炭素温暖化説などという全世界的経済詐欺手法のお先棒を担いできた背景には、原発ビジネスをなにがなんでも守るという意図があったことを忘れてはいけない。

原子力ムラの利権族は、反原発運動を原発維持や再生エネルギー詐欺という新たな利権構築に利用することに成功している。
これ以上騙されてはいけない。
本気で原発をやめさせるには、こうした間違いだらけのシステムをひとつひとつ正していくことが必須なのだ。
何度もいってきたように、総括原価方式と再エネ賦課金などの不公正な補助金をやめさせれば、原発は維持できず、なくなる。
あとは、現在の再エネ賦課金同様に、電気料金の領収書・計算書には「原発後始末負担金」として廃炉や事故賠償金の分を我々がどれだけ負担しているかを明示すればよい。そうすることで、ようやく日本国も日本人も、自分たちが犯した間違いを認識し、将来の世代への責任を果たしていく意識を少しでも持つようになるかもしれない。


神様Aはベジタリアンだった ──あなたの知らない創世記──

たくき よしみつ・著 第4回「小説新潮新人賞」候補作の『ざ・びゃいぶる』を改訂・改題。あなたの人生観・世界観が変わるかも?
B6判・76ページ オンデマンド 580円(税別・送料100円) 



年金破綻は確実 どうすればいい?2016/04/07 22:55

松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授がダイヤモンドオンラインに書いている文章のまとめ、ついに3回目に突入。未曽有の人口減少がもたらす 経済、年金、財政、インフラの「Xデー」は、マイナス成長時代に日本経済が破綻しないようにするためにはどう考え、どう行動すべきかという話と、確実になった年金制度の破綻を中心に、これからの社会保障制度はどうあるべきか、どのようなライフスタイルを探るべきかという話の2本柱になっているが、この2本目の柱のほうをまとめてみる。

松谷氏はまず、年金制度について、
  • 現在の年金制度は早晩破綻する。もともと年金制度は、急速かつ大幅に高齢化する日本には不向きな制度だった。
  • 他の先進国では、2030年代の中頃にはおおむね高齢化が止まるので、その時点の高齢者と現役世代の比率をメドとして、長期安定的な年金制度をつくることができるが、日本では急速な高齢化がいつまでも止まらない。
  • 米国、英国、フランスなどは、将来的に年金を負担する人が7割、もらう人が3割の水準で安定するのに対し、日本は負担する人が5割を切るので、年金制度そのものが不可能
  • 破綻は確実なのに政府は年金制度に固執し、それ以外の社会保障制度を考えようとしない。このままだと大量の「高齢者難民」が出現し、社会が一気に不安定化する。リスクの大元は、高齢化でも少子化でもなく、政府の政策姿勢

……と指摘する。
また、財政危機についても、

  • 財政赤字は拡大し続けるが、怖いのは財政赤字そのものではなく、それに対する政府の対応策の誤り。
  • 政府は財政赤字の対応策として「増税」を選択したが、増税に次ぐ増税となって国民が離反している。
  • 人口減少によって財政を取り巻く環境が一変したのに、依然として高度成長時代の政策手段である増税で対応しようとする政府の政策選択が真のリスク原因。
  • 人口増加時代には、労働人口の割合が増え、収入と支出の変化方向が同じなので、増税すれば財政収支は均衡するが、高齢化によって労働人口の割合が低下する今後はその手法は使えない。
  • 1人あたりの租税収入が横這いなのにトータルでの財政支出が増大の一途ということは、際限なく増税を続けざるを得ないことになり、そんなことは不可能。
  • 1人あたりの租税収入が横這いなら、1人当たりの財政支出も横這いにして、収入と支出の変化方向を一致させなければならない。つまり、人口の減少に合わせて財政支出総額を縮小しなければならないのは自明の理。


と断じている。
これは誰が考えてもあたりまえのことで、なんら疑問の余地はない。それなのに現政権の明らかに間違った経済政策に淡い期待を寄せている国民の無知・思考停止こそが最大のリスクといえる。

で、松谷氏の主張でいちばん興味深かったのがここからだ。
彼は、年金破綻と経済政策の失敗で都市部がスラム化する危険性を指摘する。

  • 経済が縮小するのだから、インフラの維持・更新に回せる金も減少する。急速な高齢化で貯蓄率も大幅に低下する。
  • インフラの整備や維持更新には年間収入であるGDPから消費を差し引いた残り、つまり「貯蓄」が必要なのだから、貯蓄率が低下すれば、インフラの維持更新に回せるお金は経済の縮小以上に小さくなる。
  • 結果、公共・民間の社会インフラを良好な状態に維持できなくなり、特に都市部でスラム化が進行する。
  • それを避けるためには、先々の維持補修に回せるお金に合わせて公共・民間の社会インフラの総量を規制することが必要。
  • しかし、現政府がやっていることは逆で、景気対策といって公共投資をどんどん増やし、オリンピック招致でさらに公共インフラを積み上げてしまっている。民間のビル建設ラッシュも止まらない。
  • このままでは都市部では多くのビルが老朽化したままメンテナンスされず、放置される恐れがある。そうなるとスラム化や治安の悪化が起き、快適な都市生活が崩壊していく。それを防ぐためになんらかの建設規制が必要。


これはバブル崩壊ですでに経験していることだ。
今、我が家がある分譲地もそうだ。バブル期に調子にのって雑木林を切り拓いてリゾート分譲地もどきを作ったままデベロッパーが倒産。貸し付けていた住宅金融会社も倒産。我が家は数千万円の抵当権がついたままオーナー(地元の個人不動産屋)が夜逃げして、裁判所で競売にかけられたという過去を持つ物件だ。
原発爆発後、移転先を探しているうちに、僻地の農家物件のようなものより、リゾート分譲地の放置物件などのほうがはるかに安く売りに出されていることに気がついた。
「負け組が老後に住めるのは苗場のスラム・マンションだけ」なんていう話もあるが、苗場だけではない。茨城の大洋村しかり、信州のリゾート分譲地しかり。
同じことが都市そのもので起きれば、問題の深刻さは計り知れない。
そのリスクを少しでも軽減するためにはどうすればいいのか?

  • インフラの崩壊を食い止めるには、欧米先進国のように、耐用年数が長い丈夫で汎用性のある躯体を作り、状況の変化に応じて間仕切りや内装を変えて行く「リノベーション」などが有効。
  • しかし、個々のビル単位の対応だけでは、都市のスラム化は避けられないので、インフラのストック管理を徹底することが必須。
  • 一定以上の規模のビルや公共構造物の台帳を作る。どこにどれだけのビルや構造物があるのか、向こう何年にどれだけが耐用年数を迎え、その建て替えあるいは取り壊しの費用はいくらかかるかという情報を集めた上で、新規建設を規制・平準化したり、早期の建て替えや取り壊しを指導する。

こうした指導や管理・規制こそが政治や行政の役割なのに、今の政府は前時代的な妄想で、税金を間違った方向にばらまいている。

松谷氏は「世代間の所得移転というフローでは高齢者を支え切れないことは明らかなので、社会的ストックによって高齢者の生活コストを下げようという新たな発想が必要」だと説く。
その具体策の一つとして、こんな提案もしている。
高齢者の生活コストで圧倒的に大きいのは、住居費です。そこで、比較的良質で低家賃の「公共賃貸住宅」(低所得者向けの公営住宅ではなく、入居に所得制限がない公共住宅)を大量につくるのです。ポイントは、家賃補助、利子補給などの財政負担なしに家賃を引き下げるスキームを考えること。
たとえば、200年使える公共住宅をつくり、建築費は200年かけて家賃で回収します。民間にはとてもできませんが、国や地方自治体なら200年の借金も可能だから、財政負担なくして家賃は相当下がります。
用地は、区役所をはじめとする公共施設の上や遊休公用地を活用します。土地代がゼロなので、最終的に月額の家賃を2~3万円程度に抑えることも可能でしょう。
(略)
そして、公共賃貸住宅に介護施設を併設し、若い人の入居も可能にすれば、財政の効率化やマンパワーの確保も図れます。


……これは正しい施策だと思う。

加えて、地方にも同じ発想で人を呼ぶことだ。
地方では、まだ使える公共の建物がどんどん壊されているが、それを堅牢かつ周囲の環境に美的に溶け込む形でリフォームして、住環境、文化環境を向上させる。
高齢者は車の運転ができなくなるので地方や山間地での生活が困難になるが、無駄な箱ものへの投資を抑えた分の金を、小規模で柔軟性のある公共交通システムへの援助にあてる。
例えば、住民が自家用車で高齢者の脚代わりを務められるような法整備をした上での乗合自動車システム。スクールバスの時間外活用(登下校時以外の時間、スクールバスを住民の買い物や外出に利用できるようにする)、などなど。
体力はないが、技術や経験を持っている高齢者と、経験や金はないが、意欲や向上心のある若い世代が補い合い、助け合いながら、互いの生活を成立させるコミュニティモデルをめざす地方自治体が現れてもよさそうなものだ。
働き口がないから若者が流出するといって、工場の誘致に奔走するような政策では、地方の過疎化はとても止まらないだろう。国の財政もどんどんじり貧になるのだから、地方交付税に頼り切る生き延び方も続かない。

松谷氏は、財政崩壊を回避するには「小さな財政」を目指すしかないと主張する。しかし、「小さな政府」は、行政の責任分野を縮小して国民の自己責任を拡大することにつながる。高度化した都市国民生活は、もはや高度な行政サービスなしには成り立たないので、実際にはとても困難な命題だ。
  • スウェーデンには、民間人が近所の高齢者のケアをすると、国から費用と報酬が支給されるという制度がある。国民の相互扶助を有償で活用することにより、行政サービスの水準を維持しながら、行政コストを縮小するうまい方法だ。
  • こうした発想を生かせば、国や自治体はケアのためのハコモノや、関係する行政組織を大幅に縮小することができるはずだ。
  • そのためにはさらに、民間取引価格より5割から倍も高い、業者優遇の政府調達価格、いわゆる「官庁価格」は即刻廃止すべき。
  • 目的とする「人」や「モノ」に予算が届くまでの経路迂回(政府機関、関係法人、関係団体を経由することによる「目減り」)も、根絶すべき。
  • 「天下り」も当然廃止。
  • 増税する前に、税の捕足率(いわゆるクロヨン)を正常化し、税の公平性を確保する。それだけで税収は増える。

そしてこう結んでいる。
確かに言えることは、日本人はこれから、人口減少を前提に考えて生きて行かなくてはならないということです。人口減少を阻止しようと考えるのではなく、人口が減っても子どもが減っても、引き続き安心して豊かに暮らせる社会をつくっていくほうに目を向けるべきなのです。


……まったくその通りだ。

さて、ここ何回か、学者たちの意見を参考にして、今の日本の惨状を分析し、今後、よりマシな方向に舵を切るための方法論を考えてきた。
日本の企業は優秀だ、技術大国だという幻想を捨て、現状を直視せよ。企業なんてものは今も昔も相当いい加減なことをしてきている、という認識から始まり、高齢化と人口減少による年金制度崩壊は確実であり、経済のマイナス成長時代に突入することも避けられない、ということを見てきた。
それを乗り切るには発想の転換が必要だが、企業のトップは惚け老人か、若いのに志も倫理観もない金の亡者みたいなのが目立つ。
政府は、惚けた経営者には麻薬を、金の亡者には覚醒剤を配るかのような施策を続けている。
それなのに内閣支持率が50%???
繰り返してしまうが、この国にとっていちばんのリスクは現政権を放っておく国民の無知と思考停止だ。
次の選挙でも同じことを繰り返すなら、いよいよ非常事態に突入したと覚悟して、サバイバル生活を始めるしかないだろう。
あ~あ、そんな元気も体力もないよ。
困った困った。

奇跡の「フクシマ」──「今」がある幸運はこうして生まれた

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経済マイナス成長時代を生き抜くには2016/04/07 22:49

前回紹介した松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授がダイヤモンドオンラインに書いている文章の後半、未曽有の人口減少がもたらす 経済、年金、財政、インフラの「Xデー」のまとめその1。
この文章では、低成長、あるいはマイナス成長時代に日本経済が破綻しないようにするためにはどう考え、どう行動すべきかという話と、確実になった年金制度の破綻を中心に、これからの社会保障制度はどうあるべきか、どのようなライフスタイルを探るべきかという話の2本柱になっている。
話が同時進行しているので、これを「経済編(企業の戦い方)」「社会保障制度編(庶民の暮らしかたと行政のあり方)」に分けてまとめてみる。
まずは「経済編」から。

  • 経済成長率は、労働者数の増減率と労働生産性の上昇率で決まるが、労働生産性上昇率は先進国ならどこもほぼ同じだから、残る労働者数の増減が経済成長率の増減を決定する。
  • 日本は、どの先進国よりも労働者の減り方が大きい。結果、日本の経済成長率は世界で一番低くなる。これは変えようがない。
  • 具体的には、現在の実質1.0~1.5%の成長率が年々低下し、2020年過ぎにはマイナスに転じる。先進国でマイナス成長となるのは日本だけ。労働者の減り方があまりにも大きいため、技術の進歩をもってしてもカバーし切れない。
  • 労働人口が少ない国の経済規模が小さくなるのは当たり前のこと。マイナス成長そのものがリスクなのではない。日本よりGDPの小さい先進国はいくらでもある。
  • 恐れるべきは、経済の縮小が経済の「衰退」に発展すること。他の先進国と異なり、従来の日本経済は、製品の量産効果による価格の安さで勝負してきた。しかし、マイナス成長になって生産規模が縮小すれば、量産効果が逆に働き、価格競争に負ける。
  • 競争力が落ちる⇒国際収支が赤字に転落⇒需要抑制政策や円安・原料不足により生産はますます低迷⇒経済は衰退の一途……というのがいちばんのリスク。
  • このリスクを招いているのは日本のビジネスモデルが古いままであること。他の先進国が日本のような労働者の減少に見舞われて経済が縮小しても、衰退にまでは至らないだろう。なぜならマイナス成長、人口縮小に合ったビジネスモデルに切り替えられるから。

……ということを理解した上で、では日本経済にとっての真のリスクである「古いビジネスモデルから脱却できない」ことをさらに分析すると……。

  • 人口減少による労働力の減少を、女性・高齢者などの余剰労働力や外国人労働力などで補填すれば、経済成長が確保できて経済は衰退しない、というのが安部政権の考えだが、生産能力の維持だけでは健全な経済は保てない。作った製品が売れなければならないが、実際には日本製品は世界市場でどんどん売れなくなっている。その理由を考えなければ解決しない。
  • 日本製品が売れない原因は、新興国・途上国の台頭にある。彼らは、従来の日本と同じビジネスモデル(欧米先進国が開発した製品をロボットを使って大量に安くつくるというモデル)で世界市場に価格破壊をもたらした。賃金水準が10分の1程度の国を相手に同じビジネスモデルで勝負できるはずがない。
  • これに対して、欧米先進国のビジネスモデルは、自分たちで開発した製品を適量作って高く売るというモデル。新興国・途上国との価格競争が起きない。
  • 日本も先進国モデルに転換すべき。日本製品に付加価値をつけて今より高く売れれば、少なくなった労働力でも適正なGDPを確保することができる。
  • しかし、先進国モデルへの転換は、世界第一級の製品開発力があって初めて可能になること。残念ながらそれを日本人だけの努力で達成することは不可能。
  • 現在先進国間で進行中の製品開発競争とは「人材獲得競争」である。世界中から優秀な人材を集めることができた国や企業が勝ち組になる。そこにはもはや国境はない。
  • しかし、今の日本は「開発水準の低い国」と見られているので、優秀な外国人は日本に来ない
  • 残された道は、有力な外国企業を企業ごと大量に誘致すること。欧米先進国では3分の1から半数近くが外国企業。そこまで徹底して国際化しないと、先進国モデルのための製品開発力は得られない(シンガポールモデル?)。自分たちの「本体」には影響のないような「国際化の真似事」では、日本は世界から遅れるばかり。


……と言っている。
現状分析については概ねその通りだろう。ただ、解決策として、人材を個別に引き抜いてくるのは無理だから、企業ごと誘致してしまうしかないという論はどうなのか。
これに近いことを主張する経済学者は多い。シンガポールが経済政策の上では成功例としてみなされているからかもしれない。
シンガポールは東京23区とほぼ同じ面積(約716平方キロ)に約547万人(うちシンガポール人・永住者は387万人。2013年9月)が住む国だが、それを日本全体と一緒に比較するのは無理がありそうだ。東京だけをシンガポール化するというような話ならまだありえるのかな、とも思うのだが。
しかし、それができたとしても、では日本という国の実体はどこにいってしまうのか……といった疑問が当然わいてくる。
東京を世界の経済基地の一つとしてリファインしたとして、地方はどうなるのか。そんな国に魅力があるのか?

で、松谷氏は、この方法論とは別に、もうひとつの方向性も示している。「職人大国」として、高度な物作りの国というブランド価値を復活させるというものだ。
例えば、かつて白物家電の生産現場では、溶接工程や鍍金工程など様々な工程に職人技が効果的に使われ、それが製品の魅力や性能を高め、強い競争力を得ていたが、1990年代以降のコスト削減最優先の中でそれらをロボットによる大量生産に置き換えたために労働賃金の安い新興国・途上国の製品と大差がなくなり、競争力が急速に失われた、という。
今でも職人技が残って成功している数少ない例は、北陸三県の万能工作機産業。刃物や金属加工における職人技と、コンピュータを駆使した最新技術の融合による精密な製品づくりで、圧倒的に高い国際競争力を持っている。こうしたビジネスモデルをもっと追求すべきだという。
問題点としては、多くが部品生産の段階にとどまっていたり、完成品でもデザイン力に欠けることなど。これを改善できればさらに競争力が高められる。
まとめると、

  • 日本が誇る職人技と近代工業技術を融合し、ロボット生産ではできない「高級品」や「専用品」づくりを目指す。
  • 既存の製品分野であっても、日本にしかできない付加価値をつけた高級品を適量作って高く売る
  • 商品開発力やデザインセンスを向上させ、今まで以上の競争力をつける。

……といったところだ。
これはまったくその通りで、異論はない。
デザインがダサいというのは簡単には乗り越えられないかもしれないから、そういう部分にこそ海外からの人材を投入すべきかもしれない。
あるいは、才能のある人材が適材適所に配置されるよう、企業の経営者が意識改革することが必要だろう。
若い人たちは熟年世代の職人魂を馬鹿にせず、いかにその技術と精神力をデジタル技術と融合させて「新しい商品価値」を作り出せるかを考えてほしい。
ITを上っ面だけ使ってただ金が儲かればいいという気持ちでは、一時あぶく銭を手にすることができたとしても、永続性はない(ホリエモン的ビジネス価値観)。
また、企業のトップは、自分ができること、知っていること以外のことを、提灯持ちや詐欺師連中にアウトソーシングするのではなく、本当に「よりよいもの」を作ろうとしている若い人たちに委ねることだ。それができない経営者は、どんな巨大企業であろうが、衰退の一途をたどるだろう(東芝やソニーの例)。とことん壊れる前に死んじゃえば、後のことは知らん……というのでは、企業の経営者として根本的な責任を果たしていない。自信がないならさっさと席を譲りなさい、と言いたい。

もうひとつ。ここでは「物作り」にしか触れられていないが、職人技が価値を発揮するのは「物作り」──新しい製品を作ることだけではない。中古品を再生させたり、より価値の高いものに作りかえたりすることにも発揮される。
高級なものを高く売るのは結構だが、それを買えるのはごく一部の富裕層だけだ。庶民は、その商品の価値や魅力を十二分に知っていても、金がないから買えない。
しかし、金持ちが飽きて手放したり、死んで残した物が再流通するときには、修理やリファインの技術が大いに価値を発揮する。
新しいものを作るには資源とエネルギーが消費されるが、中古品の再生であればどちらもぐっと消費量を減らせる。ゴミも減らせるから環境悪化も減速させられる。
車や家屋のような大きなものは特にその効果が高い。
そうした分野での金のやりとりも立派に「経済」だし、流通の多様化によって貧困層が幸福感を得られる機会も増える。
人口減少社会では、新たな生産よりも中古品の再生、再利用といった経済モデルのほうが無理がない。
また、ゴミ処理技術、汚染物質を減らす技術、エネルギー効率を上げる省エネ技術といった分野も日本の得意とするところのはずだ。
アメリカ人が好みそうな車をトヨタが大量に作り続けることだけが「日本の産業」ではない。
原発や兵器を輸出したいとか考えるよりも、原発の廃炉技術に真剣に取り組んで、その技術を世界に輸出して儲けようと考えるほうがよほどまともで合理的だと思うのだが、この国は官も民も狂ったように合理性から逆行し、破滅の道を突き進んでいる。
いつまでもバブル惚けしている政治家や企業トップに早く退いてもらうことこそ、いちばんの経済救済策なんじゃないかな。

……というわけで、社会保障制度編については、また次回にしましょう。

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少子化問題・人口減少社会の正しい?解釈とは2016/04/07 22:41

ダイヤモンドオンラインの、日本劣化は避けられるか? 「人口減少社会」の誤解と真のリスク ――松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授
同氏の 未曽有の人口減少がもたらす 経済、年金、財政、インフラの「Xデー」 がとても示唆に富んでいたので、自分のための備忘録として内容をまとめてみる。

最初の「人口減少社会」の誤解と真のリスクでは、まず、現在、日本の人口が減っていることに対する多くの国民の誤解についてまとめている。

  • これまでの人口減少の主因は「少子化」ではなく、「死亡者の急増」。日本が戦争に向かって突き進んでいた1920~40年頃の「産めよ、殖やせよ」政策で生まれてきた人たちが1980年代後半以降、死亡年齢に達し、年を追って大量に亡くなったことが主原因。
  • 戦争や疫病などの社会的事件によって若い世代が亡くなっているわけではないので、ある意味それほど深刻な人口減少ではない。
  • 地方の人口減少も、「東京に若者がどんどん出て行ってしまうため」というより、地方に大量にいる高齢者が次々と亡くなっているから。
  • 「少子化」が人口減少の「主因」ではない以上、今の人口減少現象は避けようがない。
  • 高齢化の「主因」も少子化ではない。「長寿化」が主因。出生率が低下しなくても、高齢化は進行する。これを止める手立てはない。

……こう指摘した上で、しかし、「団塊世代」が死に終わった後の死亡者数はピークを越えて横ばいになるので、それ以降の人口減少は出生数が減少し続けることで起きる、と説明している。

ちなみに長寿化の説明で、
1950年の平均寿命は61.3歳(男女平均)でしたが、2010年の平均寿命は83.01歳と、たった60年の間に20歳以上も寿命が延びています。
とあるけれど、1950年(戦後5年目)の平均寿命が61歳だったというのは、戦争でとてつもない数の人が死んでしまったからだから、一概に「異常な長寿化」とも言えないと思う。

また、松谷氏は次に、日本が中絶大国になったことが子供を産める女性人口の激減につながったといった主旨のことを書いているが、これもすべて鵜呑みにはできない。
現在の日本の中絶率は、医学界の推計によると52%にも上ると言われます。

という記述にしても、裏付けられる資料などは見つけられなかった。
ただ、この裏付け資料を探している中で、非常に興味深いデータを見つけた。
僕が生まれた1955年の出生数は173万0692人。中絶数は117万0143件。生まれてくる可能性のあった胎児は約290万人で、そのうち117万が中絶されているのだから、割合は約40%にもなる。闇の中絶はカウントされていないだろうから、実際には半数以上の胎児が中絶されたと考えられる。
僕が生まれた1955年当時は、母親の胎内に宿っても「親に生んでもらえる確率」は半分しかなかったのだ。
これが2009年だと、出生数が106万9000人に対して中絶数は22万6878件。約21%。闇中絶の数は1955年当時に比べれば激減しているだろうから、多く見積もっても22%くらいだろう。だから、50年あまりの間に中絶率は半分(以下?)に減ったことになる。それでも、出生数の2割以上の中絶が「正式に」カウントされているというのは驚きだが……。
中絶件数のデータは総務省統計局のものを見て確認したので、間違いはないと思う。

性の乱れが進んでいると言われるが、実際には戦後まもなくのほうがはるかに妊娠に対する考え方が緩かったというか、罪の意識が薄かったのではないか。
実際に、母親の話なんかを聞いていてもそう感じる。
かつては「足入れ婚」と言って、婚姻届を出さない前に夫の家に女性が入るような習慣が全国的にあった。嫁を即家庭内労働力として必要とした農家に多かったという話もあるが、「1年しても子供ができなかったら婚約解消」「嫁としてちゃんと仕事をこなせるかどうか試す」といった「お試し期間」を設ける意味合いも強かった。
その結果、婚姻届を出す前に妊娠したものの、夫(になるべき男性)が逃げてしまって母子家庭になったり、中絶したりといったケースも多かった。親戚にもそうした実例がある。

現代では「できちゃった婚」が増えていて(これはデータとして確か)、これも若い世代の性の乱れだのなんだのと言われるが、むしろ逆じゃないかという見方もできる。出生率が低下している中でできちゃった婚の赤ん坊が増えているだけ。しかも、中絶しないで、経済的に苦しくても結婚しようというのだから、むしろ親として人間としてはまともではないか、と。

話がだいぶ脱線してきたが、松谷氏のこのコラムの最後には注目すべき指摘がある。

  • 合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの数)が2を割ると人口減少につながるが、日本では2013年時点で1.4台。しかしこれは「女性が子どもを生まなくなったせい」ではない。
  • 既婚女性(有配偶者女性)だけに限った出生率は足もとで2.0台で、1970年代から変わっていない。既婚女性は生涯に平均2人の子どもを産んでいて、むしろ微増傾向にある。
  • なのに女性全体の出生率が下がるのは、結婚をしない女性や「子どもを持たない」と決めた女性が増えているから。実際、2010年の国勢調査によれば、女性の生涯未婚率(49歳を越えて未婚の女性が対象)は10.61.%に上っている。
  • この傾向がどんどん進んで、仮に「2040年には3割の女性が未婚」という事態になれば、残り7割の既婚女性が生涯3人の子供を産まなければ女性全体の合計特殊出生率2台は実現できない。これはおそらく不可能。

……と説明した上で、
日本人はこれから、人口減少社会を前提に考えて生きて行かなくてはならない。人口が減っても、子どもが減っても、引続き安心して豊かに暮らせる社会をつくっていくほうに、目を向けるべきなのです。

……と結論づけている。

途中の解釈や説明に??という箇所がいくつかあるものの、「人口が減っても、子どもが減っても、安心して豊かに暮らせる社会を作らなければいけない」という結論はその通りだ。

で、その方法について、別稿で論じていて、そっちのほうが興味深かったのだが、長くなるのでそれはまた次の項で……。

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