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『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(2012/04/20発売 岩波ジュニア新書本)…… 3.11後1年を経て、経験したこと、新たに分かったこと、そして至った結論■今すぐご注文できます 立ち読み版は⇒こちら |
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『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。■今すぐご注文できます 立ち読み版は⇒こちら |
「斑目スケール」だといくつでしょう ― 2012/05/09 11:19
日本では珍しい竜巻被害で、久しぶりに「藤田スケール」という言葉を聞いた。
Wikiで確認すると、ものすごいことが書いてある。
F5:ありえないほどの莫大な壊滅的被害。強固な建造物も基礎ごと吹き飛んでいってしまい、自動車大の物がミサイルとなって数百メートルを超過して空を飛び交い、どこからともなく大型トラックが降ることもあるという。樹木も根こそぎ宙を舞い、とにかく信じられないような大惨事になる。
ちなみに、今回の北関東での竜巻被害はF2に相当するらしい。
藤田教授には失礼だが、これにならって「斑目スケール」というのを考えてみた。
F0:被害は比較的軽微。煙突の損傷、木の枝が折れる、根の浅い木が傾く、道路標識等の損傷など。
M0:被害は比較的軽微。パイプの損傷、少量の冷却水漏れなど。うまくやれば隠蔽できる。
F1:中程度の被害。屋根がはがされたり、自動車で引く移動住宅などは壊れたりひっくり返ったりする。移動中の自動車は道から押し出される。壁続きのガレージは破壊される。
M1:中程度の被害。もんじゅの燃料装填クレーンの部材が炉心に落ちたりする。隠しきれないが、莫大な金を注ぎ込んで何度でも挑戦すれば収拾できるかもしれない。
F2:大きな被害。家の壁ごと屋根が飛び、強度の弱い木造住宅や移動住宅などは破壊され、貨車は脱線したりひっくり返ったりし、大木でも折れたり根から倒れたりする。軽いものはミサイルのように飛び、車は横転したり数十メートル程度飛んだりする。
M2:大きな被害。JCO事故のように強力な放射線が施設の外に漏れ、住民が被曝する。作業員は急性放射線障害で悲惨な死に方をする。しばらくは騒がれるが、やがて人々の記憶からは消えていく。
F3:重大な被害。建て付けの良い家でも屋根と壁が吹き飛ぶ。列車は脱線転覆、森の大半の木は引っこ抜かれ、ダンプカーなどの重い車でも地面から浮いて飛んだりする。
M3:重大な被害。建て付けが良いと思っていた建屋も水素爆発で屋根と壁が吹き飛ぶ。汚染水はだだ漏れ。敷地内の「野鳥の森」の木は伐採され、汚染水を貯めたタンクの貯蔵場所に変わる。それでも原子力ムラは解体されず、地位や利権構造はしっかり守られ、除染ビジネスという新たな利権を生み出すこともできるので、そうそう悲観することはない。
F4:深刻な大被害。建て付けの良い家でも基礎が弱いものはちょっとした距離を飛んでいき、車は大きなミサイルのように飛んでいく。
M4:深刻な大被害。どうも単純な水素爆発ではなさそうだぞというような大爆発が起き、使用済み核燃料プールに貯蔵されていた燃料棒がミサイルのように飛んでいく。海外の専門家からは「即発臨界による爆発ではないか」と指摘されるが、一般の人たちには知られないように情報隠蔽はできる。
F5:ありえないほどの莫大な壊滅的被害。強固な建造物も基礎ごと吹き飛んでいってしまい、自動車大の物がミサイルとなって数百メートルを超過して空を飛び交い、どこからともなく大型トラックが降ることもあるという。樹木も根こそぎ宙を舞い、とにかく信じられないような大惨事になる。
M5:ありえないほどの莫大な壊滅的被害。強固な圧力容器ごと吹き飛んでいってしまい、原発を構成していたあらゆる構造物がミサイルとなって数百メートルを超過して空を飛び交い、世界中どこにいてもどこからともなく放射性物質が大量に降ることもあるという。土も水も根こそぎ放射能汚染され、とにかく信じられないような大惨事になる。
F6:もし発生するようなことがあるならば、未曾有(みぞう)の超壊滅的な被害が予想される。この階級以上の竜巻の発生率は全体から見てもごくごくまれな割合である。
M6:もし発生するようなことがあるならば、未曾有(みぞう)の超壊滅的な被害が予想される。この階級以上の原子力事故の発生率は全体から見てもごくごくまれな割合である。そんなことになるまで自分は生きていないと思うので、知ったことではない。
「今まで(壊滅的な事故にならなくて)よかったよかったで来ています。ただし、よかったじゃないシナリオもあるでしょうね。そのときは原子力発電所とまっちゃいます」
「安心なんかできるわけないじゃないですかぁ、あんな不気味なもの~」
「最後の処分地の話は……最後は結局お金でしょ」(by 斑目春樹)
この人が今でも原子力安全委員会のトップなのである。
本当の「危険物」は人間。こういう危険物を取り除く「除染」をまっ先にやらなければいけないのは、議論するまでもないだろうに。
Wikiで確認すると、ものすごいことが書いてある。
F5:ありえないほどの莫大な壊滅的被害。強固な建造物も基礎ごと吹き飛んでいってしまい、自動車大の物がミサイルとなって数百メートルを超過して空を飛び交い、どこからともなく大型トラックが降ることもあるという。樹木も根こそぎ宙を舞い、とにかく信じられないような大惨事になる。
ちなみに、今回の北関東での竜巻被害はF2に相当するらしい。
藤田教授には失礼だが、これにならって「斑目スケール」というのを考えてみた。
藤田スケール F(竜巻被害の度合を示す指数)と斑目スケール M(原子力事故被害の度合を示す指数)の比較
F0:被害は比較的軽微。煙突の損傷、木の枝が折れる、根の浅い木が傾く、道路標識等の損傷など。
M0:被害は比較的軽微。パイプの損傷、少量の冷却水漏れなど。うまくやれば隠蔽できる。
F1:中程度の被害。屋根がはがされたり、自動車で引く移動住宅などは壊れたりひっくり返ったりする。移動中の自動車は道から押し出される。壁続きのガレージは破壊される。
M1:中程度の被害。もんじゅの燃料装填クレーンの部材が炉心に落ちたりする。隠しきれないが、莫大な金を注ぎ込んで何度でも挑戦すれば収拾できるかもしれない。
F2:大きな被害。家の壁ごと屋根が飛び、強度の弱い木造住宅や移動住宅などは破壊され、貨車は脱線したりひっくり返ったりし、大木でも折れたり根から倒れたりする。軽いものはミサイルのように飛び、車は横転したり数十メートル程度飛んだりする。
M2:大きな被害。JCO事故のように強力な放射線が施設の外に漏れ、住民が被曝する。作業員は急性放射線障害で悲惨な死に方をする。しばらくは騒がれるが、やがて人々の記憶からは消えていく。
F3:重大な被害。建て付けの良い家でも屋根と壁が吹き飛ぶ。列車は脱線転覆、森の大半の木は引っこ抜かれ、ダンプカーなどの重い車でも地面から浮いて飛んだりする。
M3:重大な被害。建て付けが良いと思っていた建屋も水素爆発で屋根と壁が吹き飛ぶ。汚染水はだだ漏れ。敷地内の「野鳥の森」の木は伐採され、汚染水を貯めたタンクの貯蔵場所に変わる。それでも原子力ムラは解体されず、地位や利権構造はしっかり守られ、除染ビジネスという新たな利権を生み出すこともできるので、そうそう悲観することはない。
F4:深刻な大被害。建て付けの良い家でも基礎が弱いものはちょっとした距離を飛んでいき、車は大きなミサイルのように飛んでいく。
M4:深刻な大被害。どうも単純な水素爆発ではなさそうだぞというような大爆発が起き、使用済み核燃料プールに貯蔵されていた燃料棒がミサイルのように飛んでいく。海外の専門家からは「即発臨界による爆発ではないか」と指摘されるが、一般の人たちには知られないように情報隠蔽はできる。
F5:ありえないほどの莫大な壊滅的被害。強固な建造物も基礎ごと吹き飛んでいってしまい、自動車大の物がミサイルとなって数百メートルを超過して空を飛び交い、どこからともなく大型トラックが降ることもあるという。樹木も根こそぎ宙を舞い、とにかく信じられないような大惨事になる。
M5:ありえないほどの莫大な壊滅的被害。強固な圧力容器ごと吹き飛んでいってしまい、原発を構成していたあらゆる構造物がミサイルとなって数百メートルを超過して空を飛び交い、世界中どこにいてもどこからともなく放射性物質が大量に降ることもあるという。土も水も根こそぎ放射能汚染され、とにかく信じられないような大惨事になる。
F6:もし発生するようなことがあるならば、未曾有(みぞう)の超壊滅的な被害が予想される。この階級以上の竜巻の発生率は全体から見てもごくごくまれな割合である。
M6:もし発生するようなことがあるならば、未曾有(みぞう)の超壊滅的な被害が予想される。この階級以上の原子力事故の発生率は全体から見てもごくごくまれな割合である。そんなことになるまで自分は生きていないと思うので、知ったことではない。
「今まで(壊滅的な事故にならなくて)よかったよかったで来ています。ただし、よかったじゃないシナリオもあるでしょうね。そのときは原子力発電所とまっちゃいます」
「安心なんかできるわけないじゃないですかぁ、あんな不気味なもの~」
「最後の処分地の話は……最後は結局お金でしょ」(by 斑目春樹)
この人が今でも原子力安全委員会のトップなのである。
本当の「危険物」は人間。こういう危険物を取り除く「除染」をまっ先にやらなければいけないのは、議論するまでもないだろうに。
原発のない社会を実現させるためにまず必要なこと ― 2012/04/30 19:33
槌田敦さんと室田武さんから同時に本と原稿のコピーが届いた。
エネルギーとエントロピーの問題に気がつかせてくださったお二人には、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』を謹呈した。その返礼としてお送りいただいたもの。
むさぼるようにして読んだ。
『福島原発多重人災 東電の責任を問う 被害者の救済は汚染者負担の原則で』(日本評論社)は かなり衝撃的な内容も含まれていて、今さらながらびっくり。
いくつか興味深い記述を抜き出してみる。
原発は運転を停止している間であっても、核燃料や使用済み燃料の冷却を続けるためのポンプなどの動力、制御用のシステム、回収工事などの動力として電力を大量に必要とする。これを「所内電力」という。その量は1基あたり約4~5万キロワットにも上る。(中略)
2007年、柏崎刈羽原発が中越沖地震で7基全部止まったときには、約40万キロワットもの電力を東京から送らなければならなかった。それは柏崎刈羽原発が新潟県最大の「電力消費地点」になったことを意味する。そのためにも東電は、1日も早く柏崎刈羽原発を1基でも動かしたかった。
3.11後の今も同じことが起きている。(中略)1ワットも電気を生まない福島第一と第二で、これだけの電力(約50万キロワットと推定)が消費されている。(中略)私たちが節電しているのは、福島第一と第二を冷やすためなのかといいたくなるような実態だ。
(第5章冒頭 P49 担当・山崎久隆)
原発は、一度止まってしまえば、どんなに早くとも安全点検などで1週間程度は再稼働できない。これほど不安定な電源にいつまで依存するつもりなのだろうか。
「脱・原発依存」という言葉は、計画停電で生産活動に支障があったと主張している経団連などがまっさきにいうべきであろう。
(第5章の最後 P57 担当・山崎久隆)
かつて、東電の勝俣恒夫会長が総務部長だった頃、東電が自然エネルギーに取り組むことについて「自然エネルギーではだめだということをわかってもらうためです」と語ったことがある。今回もそのやり方で自然エネルギーに資金が投じられる。この資金に人々が群がって大騒ぎするが、結局は勝俣会長のいったように自然エネルギーは失敗する。これを原子力(推進側)は狙っている。
(挿入コラム「エネルギー問題」という大ウソ P135 担当・槌田敦)
2号機、4号機の破壊がどういう経過で起きたのかという点、また、福島県を中心とした汚染の実態を踏まえた上で、被曝してしまった我々が今後どのように生きていけばいいのかという点について、山崎氏と槌田氏の意見は食い違っているが、二人とも3号機が単なる水素爆発ではないという見解では一致している。
同時に手紙と資料を送ってくださった室田武さんも、やはり3号機が水素爆発などではないという見解ではガンダーセン氏、槌田敦氏らの見解は正しいだろうとおっしゃっている。
まあ、僕が生きている間には、本当のことは分からないのだろう。
何がどうなっていたのかということを正確に分析・認識することはもちろん大切なのだが、今、まっ先にしなければいけないことは、エネルギー行政、原子力事故の後始末を、引き続き犯罪者たちの手で行わせてはならないということだ。一旦、原子力ムラを完全解体して、まともな人間、組織にしてから始める。それができないところに最大の問題があり、危険が存在している。
もうひとつ、出版されているものとして『原発廃炉に向けて ──福島原発同時多発事故の原因と影響を総合的に考える』(エントロピー学会編、日本評論社)の中から、室田武さんが担当した「原発廃炉の経済学」の最後の部分を抜き書き。
再生可能エネルギーとされているもののうち、たとえば太陽光発電、風力発電は、全面的に天候に依存する技術です。送配電網のないところではそうした発電技術は大いに役立ちます。しかし、送配電網が整備されている地域では大きな意味はありません。むしろ高速回転する風車による低周波公害が問題ですし、太陽光パネルも寿命が尽きればゴミの山です。原発を廃炉にしてその代わりに再生可能エネルギーを、といってしまうと、それは幻想に終わります。
太陽や風力は特殊電源として有用なのであって、常用電源としては、石炭、石油、天然ガスを中心に考え、そのうえで節電、省エネルギー、そして公害対策を進めればいいのです。
室田さんは、脱原発社会を実現するための最大の障壁は、多くの人たちが「CO2温暖化説」に洗脳され、その結果「低炭素社会」を実現せねばと勘違いしていることであって、人々がこの間違った思いこみから一刻も早く抜け出すことが必要だと説いている。
まったくもってこの呪縛はやっかいで、相当なインテリでさえ簡単に引っかかって、しかもその後ずっと強い呪縛にとらわれている。
この呪縛が続く限り、人々の「よき社会を実現したい」という思いは空回りするどころか、原子力ムラの妖怪たちに利用され、税金を吸い取られ続け、自然環境はますます破壊されていく。これではどうにもならない。
僕自身、悪人たちの所業に怒りを覚えるのは当然なのだが、それよりも、善人たちが洗脳されていることへの絶望のほうが大きい。
悪党に殺されるより、善良な人たちに殺されるほうがはるかに哀しい。阿武隈の生活で、実際にそれを経験してきた。これは太平洋戦争に突入していったときと同じような構図だろう。
権力を間違った方向に行使させないためには、善良なる人々の「数」で勝負するしかない。しかし、現代社会では、その「数の力」を、利権にあぐらをかく少数権力者たちがいいようにコントロールし続けている。
原発は、本来やってはいけない事業、成立しえない事業に莫大な税金を投入してごり押ししてきた。まったく同じことが、「再生可能エネルギー」の高額買い取りという形で始まってしまった。
今、この国が全力でやるべきことは、すべての原発を確実に安全に廃炉にしていくことであり、金と人材はそこに注ぎ込まなければならない。これ以上、税金を無駄に捨て、自然破壊を続けてどうする。
これだけひどいことになりながらもまだ目が醒めないこの国に未来はない。
エネルギーとエントロピーの問題に気がつかせてくださったお二人には、拙著『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』を謹呈した。その返礼としてお送りいただいたもの。
むさぼるようにして読んだ。
『福島原発多重人災 東電の責任を問う 被害者の救済は汚染者負担の原則で』(日本評論社)は かなり衝撃的な内容も含まれていて、今さらながらびっくり。
いくつか興味深い記述を抜き出してみる。
原発は運転を停止している間であっても、核燃料や使用済み燃料の冷却を続けるためのポンプなどの動力、制御用のシステム、回収工事などの動力として電力を大量に必要とする。これを「所内電力」という。その量は1基あたり約4~5万キロワットにも上る。(中略)
2007年、柏崎刈羽原発が中越沖地震で7基全部止まったときには、約40万キロワットもの電力を東京から送らなければならなかった。それは柏崎刈羽原発が新潟県最大の「電力消費地点」になったことを意味する。そのためにも東電は、1日も早く柏崎刈羽原発を1基でも動かしたかった。
3.11後の今も同じことが起きている。(中略)1ワットも電気を生まない福島第一と第二で、これだけの電力(約50万キロワットと推定)が消費されている。(中略)私たちが節電しているのは、福島第一と第二を冷やすためなのかといいたくなるような実態だ。
(第5章冒頭 P49 担当・山崎久隆)
原発は、一度止まってしまえば、どんなに早くとも安全点検などで1週間程度は再稼働できない。これほど不安定な電源にいつまで依存するつもりなのだろうか。
「脱・原発依存」という言葉は、計画停電で生産活動に支障があったと主張している経団連などがまっさきにいうべきであろう。
(第5章の最後 P57 担当・山崎久隆)
かつて、東電の勝俣恒夫会長が総務部長だった頃、東電が自然エネルギーに取り組むことについて「自然エネルギーではだめだということをわかってもらうためです」と語ったことがある。今回もそのやり方で自然エネルギーに資金が投じられる。この資金に人々が群がって大騒ぎするが、結局は勝俣会長のいったように自然エネルギーは失敗する。これを原子力(推進側)は狙っている。
(挿入コラム「エネルギー問題」という大ウソ P135 担当・槌田敦)
2号機、4号機の破壊がどういう経過で起きたのかという点、また、福島県を中心とした汚染の実態を踏まえた上で、被曝してしまった我々が今後どのように生きていけばいいのかという点について、山崎氏と槌田氏の意見は食い違っているが、二人とも3号機が単なる水素爆発ではないという見解では一致している。
同時に手紙と資料を送ってくださった室田武さんも、やはり3号機が水素爆発などではないという見解ではガンダーセン氏、槌田敦氏らの見解は正しいだろうとおっしゃっている。
まあ、僕が生きている間には、本当のことは分からないのだろう。
何がどうなっていたのかということを正確に分析・認識することはもちろん大切なのだが、今、まっ先にしなければいけないことは、エネルギー行政、原子力事故の後始末を、引き続き犯罪者たちの手で行わせてはならないということだ。一旦、原子力ムラを完全解体して、まともな人間、組織にしてから始める。それができないところに最大の問題があり、危険が存在している。
もうひとつ、出版されているものとして『原発廃炉に向けて ──福島原発同時多発事故の原因と影響を総合的に考える』(エントロピー学会編、日本評論社)の中から、室田武さんが担当した「原発廃炉の経済学」の最後の部分を抜き書き。
再生可能エネルギーとされているもののうち、たとえば太陽光発電、風力発電は、全面的に天候に依存する技術です。送配電網のないところではそうした発電技術は大いに役立ちます。しかし、送配電網が整備されている地域では大きな意味はありません。むしろ高速回転する風車による低周波公害が問題ですし、太陽光パネルも寿命が尽きればゴミの山です。原発を廃炉にしてその代わりに再生可能エネルギーを、といってしまうと、それは幻想に終わります。
太陽や風力は特殊電源として有用なのであって、常用電源としては、石炭、石油、天然ガスを中心に考え、そのうえで節電、省エネルギー、そして公害対策を進めればいいのです。
室田さんは、脱原発社会を実現するための最大の障壁は、多くの人たちが「CO2温暖化説」に洗脳され、その結果「低炭素社会」を実現せねばと勘違いしていることであって、人々がこの間違った思いこみから一刻も早く抜け出すことが必要だと説いている。
まったくもってこの呪縛はやっかいで、相当なインテリでさえ簡単に引っかかって、しかもその後ずっと強い呪縛にとらわれている。
この呪縛が続く限り、人々の「よき社会を実現したい」という思いは空回りするどころか、原子力ムラの妖怪たちに利用され、税金を吸い取られ続け、自然環境はますます破壊されていく。これではどうにもならない。
僕自身、悪人たちの所業に怒りを覚えるのは当然なのだが、それよりも、善人たちが洗脳されていることへの絶望のほうが大きい。
悪党に殺されるより、善良な人たちに殺されるほうがはるかに哀しい。阿武隈の生活で、実際にそれを経験してきた。これは太平洋戦争に突入していったときと同じような構図だろう。
権力を間違った方向に行使させないためには、善良なる人々の「数」で勝負するしかない。しかし、現代社会では、その「数の力」を、利権にあぐらをかく少数権力者たちがいいようにコントロールし続けている。
原発は、本来やってはいけない事業、成立しえない事業に莫大な税金を投入してごり押ししてきた。まったく同じことが、「再生可能エネルギー」の高額買い取りという形で始まってしまった。
今、この国が全力でやるべきことは、すべての原発を確実に安全に廃炉にしていくことであり、金と人材はそこに注ぎ込まなければならない。これ以上、税金を無駄に捨て、自然破壊を続けてどうする。
これだけひどいことになりながらもまだ目が醒めないこの国に未来はない。
福島第一だからまだ助かったという話 ― 2012/04/23 13:53
■こんな場所に建てた時点で稼働させる資格なし■
元東電社員という人たちが、次々に原発犯罪を告発している。
木村俊雄さんに続いて、医師・小野俊一さんも積極的に発言している。
遅ればせながら、小野医師の講演動画を見てみた(※下のほうに貼り付けました)。
それはちょっと誇張では? と思うような箇所もあったが、いろいろな視点を提示してくれる有意義な内容だ。
例えば、玄海原発、美浜原発の立地図を見せて、「こんなところで連鎖事故が起きたら人が近づけないから対処不能でしょ。福島第一はそういう意味では海岸に一列に並んでいて(陸側から容易にどの号機にもアクセスできるから)理想的な配置」と述べているところ。
まったくその通りだ。
美浜にしても玄海にしても、進入路である橋が落ちたり、半島の付け根が高濃度汚染されて人が近づけなくなればまったくのお手上げ状態。1Fのような同時進行形事故が起きたら離れたところからなす術なく見ているしかない。
ということは暴走するに任せるまま。その後どうなるかは想像したくもない。
こんな場所に作ってしまったということ自体がダメなわけで、ストレステストだのなんだのと言っている以前に、ロケーションからして失格。
小野医師に言わせれば「いちばんきれいに建てられている」福島第一があんなことになったのだから、他の原発は論外ということになる。どの原発も再稼働なんてありえないでしょ、と。
再稼働を議論していること自体がおかしい。

↑美浜原発の立地(Google Maps より クリックで拡大)

↑玄海原発の立地(Google Maps より クリックで拡大)
どちらも根っこが細い半島の先に位置している。1Fのような同時進行事故が起きた場合、高線量に汚染された場所を通らないと原子炉に近づけなくなるため、お手上げになる。
そもそも、地震大国日本に原子力発電所を建ててはいけないということを福島第一の事故は教えている。
↓これは小出裕章氏の著書『子どもたちに伝えたい──原発が許されない理由』のカバーだが、巨大地震の巣の上に原発を平気で建てている国は日本くらいだということを如実に示している。

↑クリックで拡大
地震大国日本に原発を建て続けてきて、まともな保守管理もしなかったことは「国家犯罪」だが、全世界に放射能をばらまいてしまった今、日本は「犯罪国家」になったのだ。
木村俊雄さんに続いて、医師・小野俊一さんも積極的に発言している。
遅ればせながら、小野医師の講演動画を見てみた(※下のほうに貼り付けました)。
それはちょっと誇張では? と思うような箇所もあったが、いろいろな視点を提示してくれる有意義な内容だ。
例えば、玄海原発、美浜原発の立地図を見せて、「こんなところで連鎖事故が起きたら人が近づけないから対処不能でしょ。福島第一はそういう意味では海岸に一列に並んでいて(陸側から容易にどの号機にもアクセスできるから)理想的な配置」と述べているところ。
まったくその通りだ。
美浜にしても玄海にしても、進入路である橋が落ちたり、半島の付け根が高濃度汚染されて人が近づけなくなればまったくのお手上げ状態。1Fのような同時進行形事故が起きたら離れたところからなす術なく見ているしかない。
ということは暴走するに任せるまま。その後どうなるかは想像したくもない。
こんな場所に作ってしまったということ自体がダメなわけで、ストレステストだのなんだのと言っている以前に、ロケーションからして失格。
小野医師に言わせれば「いちばんきれいに建てられている」福島第一があんなことになったのだから、他の原発は論外ということになる。どの原発も再稼働なんてありえないでしょ、と。
再稼働を議論していること自体がおかしい。

↑美浜原発の立地(Google Maps より クリックで拡大)

↑玄海原発の立地(Google Maps より クリックで拡大)
どちらも根っこが細い半島の先に位置している。1Fのような同時進行事故が起きた場合、高線量に汚染された場所を通らないと原子炉に近づけなくなるため、お手上げになる。
そもそも、地震大国日本に原子力発電所を建ててはいけないということを福島第一の事故は教えている。
↓これは小出裕章氏の著書『子どもたちに伝えたい──原発が許されない理由』のカバーだが、巨大地震の巣の上に原発を平気で建てている国は日本くらいだということを如実に示している。

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地震大国日本に原発を建て続けてきて、まともな保守管理もしなかったことは「国家犯罪」だが、全世界に放射能をばらまいてしまった今、日本は「犯罪国家」になったのだ。
線量の高い場所に「避難」している意味 ― 2012/04/19 11:52
ようやく線量の低い場所に戻ってきた役場と学校
文科省WEBサイトに「全国及び福島県の空間線量測定結果」というページができた。今までは地名と数値がずらずら並んでいるPDFなどで出していたが、原発が爆発して1年以上経ってから、ようやくこのように多少は視覚的に分かりやすいものが出てきた。
今までPDFの資料をダウンロードしてまで読もうと思わなかった人たちも、これで少しは見る気が起きて、現状を分かってもらえるようになるかもしれない。
川内村の村長が「帰村宣言」をしたことに対して「子供たちを汚染された村に戻そうなんて、とんでもない話だ」と憤っている人が未だにたくさんいるようなのだが、事実は逆なのだ。
川内村の村民の多くは、郡山ビッグパレットそばの仮設住宅、あるいは郡山市内のマンションやアパート、戸建て住宅を「借り上げ」て仮設と同じにみなしてもらう制度(入居者数により最高月額9万円まで家賃補助)を使って郡山市内に「避難」しているのだが、空間線量のことだけをいうなら、川内村から郡山市に「避難」する意味はまったくないことがよく分かる。
ビッグパレットからいちばん近い計測ポイントを抜き出してみると、
日出山公園
0.518μSv/h
虹保育園
0.520μSv/h
……といった数値が出てくる。
一方、川内村の中心部を見ると、
川内村立川内小学校
0.110μSv/h
川内村立川内中学校
0.129μSv/h
かわうち保育園
0.168μSv/h
川内村役場
0.146μSv/h
……となっている(2012年4月19日時点)。この0.1xμSv/hというのは、首都圏とあまり変わらない。柏市あたりよりはよほど低い。
その他、ざっと見たところでも、郡山市内のほうが川内村中心部より、どう考えても線量は高い。
郡山市に「避難」している子供たちが川内村に戻って川内小学校や川内中学校、かわうち保育園に通うことは、被曝線量を下げることになる。
川内村中心部の線量(0.1xμSv/h)でも十分に高いから危険だと主張する人がたくさんいる。となると、郡山市、福島市、二本松市、本宮市、伊達市といった福島県の都市部は、問題外で住めないということになる。
中心都市部に居住できないなら、福島県は廃県にするしかない。
そういう議論を仕掛けていることになる。
壇上に上がって「帰村宣言などとんでもない!」と声高に叫ぶ人が、川内村の名称すら正しく言えない(かわうちちょう、とか、かわまたむら、とか言っている)というシーンも見たことがある。
考え方がいろいろあることは分かるが、少なくとも単純な事実誤認は避けてほしいものだ。
30km圏の住民が、線量の高い都市部に「避難」していていつまでも戻って来ないのは、被曝が怖いからではないのだ。

↑郡山市内の学校は除染でかなり線量が下がった。こういう場所からピンポイントで除染していくことは必須。

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尾米タケル之一座 ガンバレ 「スイシンジャー」! ― 2012/04/17 12:17
これがまともな日本の姿
3.11以降、日本のテレビから原発ネタのお笑いがまったく出てこない。
北朝鮮のことを言えない国になってしまっている。
ようやくほっと一息つけるものを見つけて嬉しいな。
まだまだ再生回数が少なすぎる。
ネットの力、フル稼働だ。
細かいことだけど、テーマソングの字幕の worry のスペルが間違ってるよ。
北朝鮮のことを言えない国になってしまっている。
ようやくほっと一息つけるものを見つけて嬉しいな。
まだまだ再生回数が少なすぎる。
ネットの力、フル稼働だ。
細かいことだけど、テーマソングの字幕の worry のスペルが間違ってるよ。
長野県県立高校入試問題数学の問題はよい問題 ― 2012/03/30 16:18
放射能問題ばかり続いて、このブログも内容的にかなり辛くなってきたので、ここでちょっと頭の体操というか、息抜きの話題をひとつ。
こんな算数?の問題。
問1 「周囲が12cmの丸い蓋があります。この縁のスタート地点Aからアリが毎秒2cmの速さで蓋の周縁をぐるっと回り、10秒後に止まりました。この10秒の間に、出発点から直線距離でいちばん離れた地点(蓋を隔ててちょうど正面の地点)を2回通過しました。2回目に正面地点に来たのは何秒後で、そのとき何cm動いたことになるでしょうか?」
……図にするとこんな感じ↓

簡単ですよね?
円周が12cmで、秒速2cmで動くのだから、1周は6秒。正面の位置(時計の6時地点から見れば12時の位置)に来るのは半分の6cmだから3秒後と9秒後ですね。
では次の問題。
問2 「今のアリの動きをグラフで表すと下図のようになります。y は進んだ距離(cm)、x は経過時間(秒)です。このグラフ上で、アリが2回目に出発点からいちばん離れた地点(正面地点)を通過するときの時間と進んだ道のりを表す点の座標を求めなさい」
こういうことですね↓(赤い点線が2回目に出発点の正面に来るポイントを表している)

中学生になると、算数から数学というものに変わるんですが、多くの場合、数学教師が算数と数学の違い、考え方の違いをきちんと教えないまま、ただ教科書に出てくる例題を解いて見せて、丸暗記させるということをします。その結果、一気に数学嫌いの生徒が増えます。
数学は代数と幾何に大別できますが、代数の考え方というのは、文字通り「数」の代理をさせる言葉を学ぶというか、数学という言語の文法を教えるものだと僕は思っています。
定数とか変数という概念。式の中に数を「代入する」という方法論。
上の問2は、小学生までに習っていた算数とは違う世界にこれから入っていきますよ、という、優しいオリエンテーションのような問題ですね。
中学に行って最初に習った代数が一次関数でした。
y=ax あるいは y=ax+b という式で表せる、斜めに一直線に伸びるグラフと一緒に学んだあれ。
こんな基本的なことさえも、今の僕は忘れていますが、これを書きながら少し思い出してきました。
で、平面の座標というのは、x軸とy軸の二次元で表せる、なんてことも一緒に学びました。
今までは「ここから東の方向に200mくらいのところかなあ」なんていう言い方しかできなかったのを、「この地点をx,y=0 として、北がy,東がx、単位をmとすれば、x=202,y=3の地点」なんて言い方ができるようになる。これも、算数から数学に進んだ証だったわけですね。
この問題はそれを思い出させているような問題。
答えは「9秒後に6mの位置」なので、 x=9,y=6 です。
問3 「上の図で、xが6以上10以下のとき、つまりアリが2周目に入って10秒後に止まるまでの間のy(スタート地点からの道のり)をx(スタートしてからの時間)で表しなさい」
どんどん数学っぽく?なってきました。
アリは毎秒2cmで動いているので、動いた道のり(y cm)と時間(x 秒)は y=2x で表せます。
ただし、円周上を回っていて、y(出発点からの道のり)は元に戻るとゼロリセットするということなので、6秒でゼロに戻されます。だから、2周目に入ったときのy(出発点からの道のり)は、x(時間)から6秒の分を引けばいい。
つまり、xを「x-6」にすれば2周目の式になります。毎秒2cmは変わらないから、xの代わりに(x-6)を入れて y=2(x-6) 。カッコを外すと、y=2x-12 ですね。
……数学をすっかり忘れている僕も、このへんまではなんとなく思い出せました。
問題はさらに続きます。
問4 問1のアリと同時に、同じ場所からテントウムシがアリとは逆方向に毎秒3cmの速さで動き始め、アリと同じように10秒後に止まりました。このとき、テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの「残りの道のり」を y とします。例えば、1秒後には 3cm 進んでいて、残りは 12-3 で 9cm ですから、x=1 のとき、y=9 です。
図で表せばこんな感じですね↓
さて、このとき、テントウムシの1周目、つまりテントウムシがスタートして4秒後までの間の、yとxの関係式を表しなさい。
これも簡単ですね。y はさっきのアリとは違って、出発点からの道のりではなくて、出発点に戻るまでの残りの道のりですから「12-3x」です。y=12-3x をきれいにして、答えは y=-3x+12
よく覚えていないのですが、確か、y=ax+b という形が一次関数の基本だったような……。だから、これが美しい形で書いた答えでしょう。
問5 「アリとテントウムシは10秒後に止まるまでに4回すれ違います。4回目にすれ違うのは出発して何秒後でしょうか」
小学校でやった(今はやらないのかも?)「旅人算」の一種ですね。
A地点とB地点を互いの出発点に向かって同時に出発した太郎と花子が何秒後にすれ違うか、という問題。ここではさらに凝っていて、太郎も花子も、相手が出発した場所まで行ったらそのまま戻ってくるという往復運動を続ける……と。
円周上を逆方向に回る二人がすれ違うというのは、直線上を行ったり来たりしている二人がすれ違うのと似ています。すれ違う場所はちがってきますが、すれ違う時間ポイントは同じ。
でも、こういうのを算数で考えるととてもやっかいなので、数学(この場合は一次関数)という便利な方法でやれば簡単ですよ……ということを教えている問題ですね、これは。
さて、この問題では、アリもテントウムシも10秒後には止まります。
アリは最初に見たように、1周6秒なので、10秒で1周と3分の2動きます。テントウムシは1周4秒なので、10秒で2周半するわけです。
で、「すれ違う」というのはどういうことかというと、アリにとっての出発点からの道のりと、テントウムシにとっての出発点までの残りの道のりが一致したとき、ということだと気がつきます。
それを気づかせるために、わざわざ1つ前の問題で「テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの残りの道のりを y とします」というのが出てくるではないですか。嬉しいヒントがあったんですね。出題者はとっても親切な人のようです。
テントウムシにとっての「残りの道のり」は、逆方向に進んでいるアリにとっては進んでいる道のりだから、これが一致するときがすれ違うときになります。
これをグラフで表すと、こんな感じになります↓

黒の直線がアリで、緑の線がテントウムシです。これらが交わる点(ピンクの○で囲った点)でアリとテントウムシはすれ違うわけです。
グラフにすると、なるほど、確かに10秒後に両方が止まるまでの間に4回すれ違うことになっています。
文系の僕としては、いきなり4回目を考えるのは怖いので、1回目から順番に見ていきます。
テントウムシが最初に1周するまでにアリとすれ違う時間を考えると、この前の設問で出した y=-3x+12(テントウムシ) と アリの y=2x を並べて、yが一致したときのxが答えになるはずです。
-3x+12=2x だから、5x=12 x=12/5 つまり2.4秒後に最初にすれ違う……と。
次は2回目。
グラフを見ても分かるように、テントウムシの2回目の出発点は4秒後で、そこから最初と同じ下降線を描きます。この線をy軸まで伸ばしていくと12の2倍の24のところで交わるはずですから(上の三角形が相似形なので)、式を書くなら、
y=-3x+24 でしょうか。
これと1回目のy=2x(アリ)をイコールで結ぶと、2x=-3x+24 5x=24 x=24/5 で、4.8秒後だ~、っと。
次、3回目。
テントウムシはまだ2周目の途中で、今の y=-3x+24 のまま。しかし、アリは1周終えてゼロリセットされています。最初の設問で問われた6秒後から10秒で止まるまでのアリの式は y=2x-12 でした。これをイコールで結ぶから、-3x+24=2x-12 ⇒ 36=5x ⇒ x=36/5 で、7.2秒後です。
いよいよ4回目。
テントウムシは3周目に入っています。y=-3x+36 ですね。アリは変わらず2周目です。y=2x-12。これをイコールで結んで、2x-12=-3x+36 ⇒ 5x=48 ⇒ x=48/5 で、9.6秒後。
……ほんとかしらと、グラフと照合してみると、大体全部合っていそうです。多分、合っているだろう……というのが文系人間の僕が精一杯考えた解答であります。
問6 「アリが出発してから7秒後にテントウムシとすれ違うためには、テントウムシは秒速何cmで動けばいいですか」
テントウムシが秒速3秒で動いたとき、7.2秒後に3回目のすれ違いをすることはすでに計算済みです。これを7秒後に修正すればよさそうですから、やはり3回目のすれ違いでしょう。
すれ違い3回目の式は、アリは y=2x-12 でした。テントウムシは y=-3x+24 でした。
この 「3x」の 3(毎秒3cmの3)をa(毎秒a cm)にして、x(経過時間)が7(秒)になるときのa(秒速)を出せばいいわけです。
そのように代入すると、14-12=-7a+24 ⇒ -7a=-22 a=22/7 小数にすると、3.1428571428571428571428571428571 ……ほぼ円周率に同じ。
おお~、ちょっとお洒落な答えですね。
……以上が、今年長野県の県立高校入試数学で出題された問題の一部を、言い方を変えて表したものです。
元の問題は冒頭の図のようになっていますが、よく読むと、この問題は円柱など必要なく、また「平行になる」は、「この円柱を真上から見たときに2点が重なる、一致するということと同じ」であることはすぐに分かります。
円柱も平行も一種の「引っかけ」というか、数学的な表現に変換されているだけで、基本は時計算とか旅人算。つまり、「数学的な表現」を読み解けば、ここに書いたような小学生の算数の問題になるわけです。
算数で解こうとすれば難しいのですが、数学の基礎をちゃんと学び取っていれば、誰でも解ける問題です。(問題量が多すぎてじっくり解いている時間がない、というような批判は別。全体の問題量が適切かまでは見ていません。あくまでもこの問題が難しすぎるのかどうかということだけを考察しています)
簡単に言える内容なのに、わざわざ円柱だの平行だのという言い方に変えているのは難問奇問を作為的に作っていてけしからん、という批判が出るかもしれません。しかし、それは「数学的表現とはどういうものか」という基本的なことを学んでいるかどうかを見るにはとてもいい方法です。
例えば、将来、何かの装置を作るとき、このような円筒状の両端で逆方向に違う速度で回るベアリングとか歯車とかの設計をすることがあるかもしれません。そのとき、計算上、円柱を考える必要はないのだ、と分かるかどうかというのはものすごく基本的なことで、技術者や設計者に問われる基礎力です。
そんなことも気がつかないような頭の人に、重要な装置や機械を設計し、運用させることはできません。
ここで話を放射能事故に戻します。
東電や保安院の記者会見を見ていて、多くの人は「この人たちって、難しい入試を突破して、偏差値の高い大学に入って、優秀な成績で卒業してこの仕事に就いたんでしょうに、なんでこんなにバカなのかしら」と不思議に思ったに違いありません。
昨日、たまたまフェイスブックで「長野県の県立高校入試問題における数学の問題が超難問で、受験生が泣いている」という話題を見つけたのですが、すでにネット上では、教科書に載っていないようなこんな難問を出すべきではないという論がたくさん書き込まれているようです。
あげくは、 //県教組では、現行の学習指導要領を逸脱していると判断し、15日になって県教委に抗議し、外部評価を行うよう申し入れた// なんて記事まで出てきました。
バッカじゃなかろか。
そんなとんでもない問題ではないことは、ここに説明したとおり。むしろこれは、 y=ax+b という一次関数の基本さえ理解していれば誰でも解ける「いい問題」なのです。しかも、「数学的表現」を一般的な意味合いに読み替えて直観的に把握する能力も問われています。
この問題を評して「数学の問題というよりは国語の問題」と言っている人がいましたが、ある意味そうかもしれません。
つまり、数学とはどういう学問なのか、その「精神」を知らせることが本当の教育ではないのか、というテーマを表現しているのですね。
数学って、一見難しいように思えても、噛み砕いて考えればどうということのないことも多いんだよ。しかも、一度数式を作ってしまうと後はあてはめるだけで簡単に答えが出てくるから便利なんだよ、ということを教えている。
しっかりした教育哲学を持った人が作った問題だと思います。
数学が苦手な生徒でも、頭を使えば必ず解けるということがすごく重要です。その意味において、この問題はとてもいい問題なのです。
ちなみに僕は高校生ですでに数学を捨ててしまい、大学は数学が入試科目にない私立文系のみを受けました。
実は、この問題を解いているときも、y=ax+b なんて忘れていたし、このaがマイナスになるとグラフが右下がりのグラフになるという超基本的なことさえすっかり忘れていました。問題を解きながら、そういえばそんなことを教わっていた気がするなあ……という程度の記憶がゆるやかに甦ってきてちょっと嬉しくなったりもしました。理系の人からはバカにされそうですが、ほんとにそれほどひどい落ちこぼれなのです。
そんな僕でさえ、考えれば解けるのですから、ましてや現役で数学を学んでいた中学生が解けないはずはありません。
教科書の例題を丸暗記して定期試験で点を取るタイプの生徒、定期試験の点を取る要領だけを身につけた生徒は面食らうかもしれません。しかし、そういう生徒、「想定内の問題だけ勉強すればいい」という根性の生徒が点を取れるようなパターン化した試験問題こそ、官僚バカ、学者バカ、バカ政治家たちを量産する、悪い試験問題といえるでしょう。
頭の使い方を鍛えないで、「想定外でした」なんていう嘘を平気でつくような図太さだけは身につける。日本の将来を背負う子供たちが、そんな大人に育っていくのではたまったものではありません。
この問題を見て、考える前に泣き出すだとか、この後の科目を投げちゃうなんていうのは、数学以前に、人間の芯の強さとか、根性とかが足りないわけで、それもまた問題だと思います。
入試を楽しむくらいの力量、余裕を持ってくれよ。これから先の人生、いっぱい大変なことがあるんだから、この程度のことでめげてたらやっていけないよ、と言いたいのです。
……あ~、何十年ぶりかで数学のエッセンスを楽しませてもらった気分です。この問題の作者に感謝!
もしかして、この問題の作者は、ヤマゲン先生みたいな人かもしれないなあ。
こんな算数?の問題。
問1 「周囲が12cmの丸い蓋があります。この縁のスタート地点Aからアリが毎秒2cmの速さで蓋の周縁をぐるっと回り、10秒後に止まりました。この10秒の間に、出発点から直線距離でいちばん離れた地点(蓋を隔ててちょうど正面の地点)を2回通過しました。2回目に正面地点に来たのは何秒後で、そのとき何cm動いたことになるでしょうか?」
……図にするとこんな感じ↓

簡単ですよね?
円周が12cmで、秒速2cmで動くのだから、1周は6秒。正面の位置(時計の6時地点から見れば12時の位置)に来るのは半分の6cmだから3秒後と9秒後ですね。
では次の問題。
問2 「今のアリの動きをグラフで表すと下図のようになります。y は進んだ距離(cm)、x は経過時間(秒)です。このグラフ上で、アリが2回目に出発点からいちばん離れた地点(正面地点)を通過するときの時間と進んだ道のりを表す点の座標を求めなさい」
こういうことですね↓(赤い点線が2回目に出発点の正面に来るポイントを表している)

中学生になると、算数から数学というものに変わるんですが、多くの場合、数学教師が算数と数学の違い、考え方の違いをきちんと教えないまま、ただ教科書に出てくる例題を解いて見せて、丸暗記させるということをします。その結果、一気に数学嫌いの生徒が増えます。
数学は代数と幾何に大別できますが、代数の考え方というのは、文字通り「数」の代理をさせる言葉を学ぶというか、数学という言語の文法を教えるものだと僕は思っています。
定数とか変数という概念。式の中に数を「代入する」という方法論。
上の問2は、小学生までに習っていた算数とは違う世界にこれから入っていきますよ、という、優しいオリエンテーションのような問題ですね。
中学に行って最初に習った代数が一次関数でした。
y=ax あるいは y=ax+b という式で表せる、斜めに一直線に伸びるグラフと一緒に学んだあれ。
こんな基本的なことさえも、今の僕は忘れていますが、これを書きながら少し思い出してきました。
で、平面の座標というのは、x軸とy軸の二次元で表せる、なんてことも一緒に学びました。
今までは「ここから東の方向に200mくらいのところかなあ」なんていう言い方しかできなかったのを、「この地点をx,y=0 として、北がy,東がx、単位をmとすれば、x=202,y=3の地点」なんて言い方ができるようになる。これも、算数から数学に進んだ証だったわけですね。
この問題はそれを思い出させているような問題。
答えは「9秒後に6mの位置」なので、 x=9,y=6 です。
問3 「上の図で、xが6以上10以下のとき、つまりアリが2周目に入って10秒後に止まるまでの間のy(スタート地点からの道のり)をx(スタートしてからの時間)で表しなさい」
どんどん数学っぽく?なってきました。
アリは毎秒2cmで動いているので、動いた道のり(y cm)と時間(x 秒)は y=2x で表せます。
ただし、円周上を回っていて、y(出発点からの道のり)は元に戻るとゼロリセットするということなので、6秒でゼロに戻されます。だから、2周目に入ったときのy(出発点からの道のり)は、x(時間)から6秒の分を引けばいい。
つまり、xを「x-6」にすれば2周目の式になります。毎秒2cmは変わらないから、xの代わりに(x-6)を入れて y=2(x-6) 。カッコを外すと、y=2x-12 ですね。
……数学をすっかり忘れている僕も、このへんまではなんとなく思い出せました。
問題はさらに続きます。
問4 問1のアリと同時に、同じ場所からテントウムシがアリとは逆方向に毎秒3cmの速さで動き始め、アリと同じように10秒後に止まりました。このとき、テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの「残りの道のり」を y とします。例えば、1秒後には 3cm 進んでいて、残りは 12-3 で 9cm ですから、x=1 のとき、y=9 です。
図で表せばこんな感じですね↓
さて、このとき、テントウムシの1周目、つまりテントウムシがスタートして4秒後までの間の、yとxの関係式を表しなさい。
これも簡単ですね。y はさっきのアリとは違って、出発点からの道のりではなくて、出発点に戻るまでの残りの道のりですから「12-3x」です。y=12-3x をきれいにして、答えは y=-3x+12
よく覚えていないのですが、確か、y=ax+b という形が一次関数の基本だったような……。だから、これが美しい形で書いた答えでしょう。
問5 「アリとテントウムシは10秒後に止まるまでに4回すれ違います。4回目にすれ違うのは出発して何秒後でしょうか」
小学校でやった(今はやらないのかも?)「旅人算」の一種ですね。
A地点とB地点を互いの出発点に向かって同時に出発した太郎と花子が何秒後にすれ違うか、という問題。ここではさらに凝っていて、太郎も花子も、相手が出発した場所まで行ったらそのまま戻ってくるという往復運動を続ける……と。
円周上を逆方向に回る二人がすれ違うというのは、直線上を行ったり来たりしている二人がすれ違うのと似ています。すれ違う場所はちがってきますが、すれ違う時間ポイントは同じ。
でも、こういうのを算数で考えるととてもやっかいなので、数学(この場合は一次関数)という便利な方法でやれば簡単ですよ……ということを教えている問題ですね、これは。
さて、この問題では、アリもテントウムシも10秒後には止まります。
アリは最初に見たように、1周6秒なので、10秒で1周と3分の2動きます。テントウムシは1周4秒なので、10秒で2周半するわけです。
で、「すれ違う」というのはどういうことかというと、アリにとっての出発点からの道のりと、テントウムシにとっての出発点までの残りの道のりが一致したとき、ということだと気がつきます。
それを気づかせるために、わざわざ1つ前の問題で「テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの残りの道のりを y とします」というのが出てくるではないですか。嬉しいヒントがあったんですね。出題者はとっても親切な人のようです。
テントウムシにとっての「残りの道のり」は、逆方向に進んでいるアリにとっては進んでいる道のりだから、これが一致するときがすれ違うときになります。
これをグラフで表すと、こんな感じになります↓

黒の直線がアリで、緑の線がテントウムシです。これらが交わる点(ピンクの○で囲った点)でアリとテントウムシはすれ違うわけです。
グラフにすると、なるほど、確かに10秒後に両方が止まるまでの間に4回すれ違うことになっています。
文系の僕としては、いきなり4回目を考えるのは怖いので、1回目から順番に見ていきます。
テントウムシが最初に1周するまでにアリとすれ違う時間を考えると、この前の設問で出した y=-3x+12(テントウムシ) と アリの y=2x を並べて、yが一致したときのxが答えになるはずです。
-3x+12=2x だから、5x=12 x=12/5 つまり2.4秒後に最初にすれ違う……と。
次は2回目。
グラフを見ても分かるように、テントウムシの2回目の出発点は4秒後で、そこから最初と同じ下降線を描きます。この線をy軸まで伸ばしていくと12の2倍の24のところで交わるはずですから(上の三角形が相似形なので)、式を書くなら、
y=-3x+24 でしょうか。
これと1回目のy=2x(アリ)をイコールで結ぶと、2x=-3x+24 5x=24 x=24/5 で、4.8秒後だ~、っと。
次、3回目。
テントウムシはまだ2周目の途中で、今の y=-3x+24 のまま。しかし、アリは1周終えてゼロリセットされています。最初の設問で問われた6秒後から10秒で止まるまでのアリの式は y=2x-12 でした。これをイコールで結ぶから、-3x+24=2x-12 ⇒ 36=5x ⇒ x=36/5 で、7.2秒後です。
いよいよ4回目。
テントウムシは3周目に入っています。y=-3x+36 ですね。アリは変わらず2周目です。y=2x-12。これをイコールで結んで、2x-12=-3x+36 ⇒ 5x=48 ⇒ x=48/5 で、9.6秒後。
……ほんとかしらと、グラフと照合してみると、大体全部合っていそうです。多分、合っているだろう……というのが文系人間の僕が精一杯考えた解答であります。
問6 「アリが出発してから7秒後にテントウムシとすれ違うためには、テントウムシは秒速何cmで動けばいいですか」
テントウムシが秒速3秒で動いたとき、7.2秒後に3回目のすれ違いをすることはすでに計算済みです。これを7秒後に修正すればよさそうですから、やはり3回目のすれ違いでしょう。
すれ違い3回目の式は、アリは y=2x-12 でした。テントウムシは y=-3x+24 でした。
この 「3x」の 3(毎秒3cmの3)をa(毎秒a cm)にして、x(経過時間)が7(秒)になるときのa(秒速)を出せばいいわけです。
そのように代入すると、14-12=-7a+24 ⇒ -7a=-22 a=22/7 小数にすると、3.1428571428571428571428571428571 ……ほぼ円周率に同じ。
おお~、ちょっとお洒落な答えですね。
……以上が、今年長野県の県立高校入試数学で出題された問題の一部を、言い方を変えて表したものです。
元の問題は冒頭の図のようになっていますが、よく読むと、この問題は円柱など必要なく、また「平行になる」は、「この円柱を真上から見たときに2点が重なる、一致するということと同じ」であることはすぐに分かります。
円柱も平行も一種の「引っかけ」というか、数学的な表現に変換されているだけで、基本は時計算とか旅人算。つまり、「数学的な表現」を読み解けば、ここに書いたような小学生の算数の問題になるわけです。
算数で解こうとすれば難しいのですが、数学の基礎をちゃんと学び取っていれば、誰でも解ける問題です。(問題量が多すぎてじっくり解いている時間がない、というような批判は別。全体の問題量が適切かまでは見ていません。あくまでもこの問題が難しすぎるのかどうかということだけを考察しています)
簡単に言える内容なのに、わざわざ円柱だの平行だのという言い方に変えているのは難問奇問を作為的に作っていてけしからん、という批判が出るかもしれません。しかし、それは「数学的表現とはどういうものか」という基本的なことを学んでいるかどうかを見るにはとてもいい方法です。
例えば、将来、何かの装置を作るとき、このような円筒状の両端で逆方向に違う速度で回るベアリングとか歯車とかの設計をすることがあるかもしれません。そのとき、計算上、円柱を考える必要はないのだ、と分かるかどうかというのはものすごく基本的なことで、技術者や設計者に問われる基礎力です。
そんなことも気がつかないような頭の人に、重要な装置や機械を設計し、運用させることはできません。
ここで話を放射能事故に戻します。
東電や保安院の記者会見を見ていて、多くの人は「この人たちって、難しい入試を突破して、偏差値の高い大学に入って、優秀な成績で卒業してこの仕事に就いたんでしょうに、なんでこんなにバカなのかしら」と不思議に思ったに違いありません。
昨日、たまたまフェイスブックで「長野県の県立高校入試問題における数学の問題が超難問で、受験生が泣いている」という話題を見つけたのですが、すでにネット上では、教科書に載っていないようなこんな難問を出すべきではないという論がたくさん書き込まれているようです。
あげくは、 //県教組では、現行の学習指導要領を逸脱していると判断し、15日になって県教委に抗議し、外部評価を行うよう申し入れた// なんて記事まで出てきました。
バッカじゃなかろか。
そんなとんでもない問題ではないことは、ここに説明したとおり。むしろこれは、 y=ax+b という一次関数の基本さえ理解していれば誰でも解ける「いい問題」なのです。しかも、「数学的表現」を一般的な意味合いに読み替えて直観的に把握する能力も問われています。
この問題を評して「数学の問題というよりは国語の問題」と言っている人がいましたが、ある意味そうかもしれません。
つまり、数学とはどういう学問なのか、その「精神」を知らせることが本当の教育ではないのか、というテーマを表現しているのですね。
数学って、一見難しいように思えても、噛み砕いて考えればどうということのないことも多いんだよ。しかも、一度数式を作ってしまうと後はあてはめるだけで簡単に答えが出てくるから便利なんだよ、ということを教えている。
しっかりした教育哲学を持った人が作った問題だと思います。
数学が苦手な生徒でも、頭を使えば必ず解けるということがすごく重要です。その意味において、この問題はとてもいい問題なのです。
ちなみに僕は高校生ですでに数学を捨ててしまい、大学は数学が入試科目にない私立文系のみを受けました。
実は、この問題を解いているときも、y=ax+b なんて忘れていたし、このaがマイナスになるとグラフが右下がりのグラフになるという超基本的なことさえすっかり忘れていました。問題を解きながら、そういえばそんなことを教わっていた気がするなあ……という程度の記憶がゆるやかに甦ってきてちょっと嬉しくなったりもしました。理系の人からはバカにされそうですが、ほんとにそれほどひどい落ちこぼれなのです。
そんな僕でさえ、考えれば解けるのですから、ましてや現役で数学を学んでいた中学生が解けないはずはありません。
教科書の例題を丸暗記して定期試験で点を取るタイプの生徒、定期試験の点を取る要領だけを身につけた生徒は面食らうかもしれません。しかし、そういう生徒、「想定内の問題だけ勉強すればいい」という根性の生徒が点を取れるようなパターン化した試験問題こそ、官僚バカ、学者バカ、バカ政治家たちを量産する、悪い試験問題といえるでしょう。
頭の使い方を鍛えないで、「想定外でした」なんていう嘘を平気でつくような図太さだけは身につける。日本の将来を背負う子供たちが、そんな大人に育っていくのではたまったものではありません。
この問題を見て、考える前に泣き出すだとか、この後の科目を投げちゃうなんていうのは、数学以前に、人間の芯の強さとか、根性とかが足りないわけで、それもまた問題だと思います。
入試を楽しむくらいの力量、余裕を持ってくれよ。これから先の人生、いっぱい大変なことがあるんだから、この程度のことでめげてたらやっていけないよ、と言いたいのです。
……あ~、何十年ぶりかで数学のエッセンスを楽しませてもらった気分です。この問題の作者に感謝!
もしかして、この問題の作者は、ヤマゲン先生みたいな人かもしれないなあ。
『フクシマの嘘』ドイツZDFの30分番組 ― 2012/03/21 16:31
東電品川火力が福島第一だったら ― 2012/03/20 13:56
もしも東電品川火力発電所が福島第一原発だったら
23区内はすべて立ち入り禁止、横浜、さいたま、千葉も生活不能
前にも出したが、「もしも東電品川火力発電所が福島第一原発だったら」という地図の分かりやすいやつがようやくできたので公開したい。(上の図 クリックで拡大)
4月20日に出版する『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)の冒頭で使うために岩波の編集部に作っていただいたものを元に着色した。
3.11後1年以上経った今でも、事故原発20km圏内は立ち入り禁止の「警戒区域」で、入ると罰せられる。
30km圏では学校や病院が再開できていないから、事実上生活ができない。
また、30km圏までの住民には、「避難中の精神的損害補償」として1人あたり10万円/月の賠償金が支払われているが、これを首都圏でやったら完全に日本は破産する。
ざっと2000万人が該当するとして、1年で、これだけで24兆円なのだから。
★3月24日の富士見市の講演会用に項目まとめを作ったので、それも併せて公開。
まだ空きはたくさんあるそうです。申し込みは
tel:049-261-5371 (ふじみ野交流センター)までお願いします。
■ あの日何が起きたのか + 最近分かったこと
●もしも1Fが東電品川火力の位置だったら……富士見市は最も汚染された津島の位置
●絶対に停電してはいけない場所でのお粗末すぎる備え
●津波が来る前に壊滅状態……2Fは今でも相当ひどい
●見捨てられた人たち・見捨てた人たち……県は国より先に知っていた
●徹底して隠された汚染の事実……ヨウ素131は南に流れていた
●最も危険な場所に避難誘導された……津島で何が起きていたか
●川内村全村避難劇の裏側……東電と富岡町長は最後まで避難を渋った
●線量計で汚染状況をいち早く検証……最初に情報が流れたのはmixi
■ 放射能とつき合うしかなくなった
●放射能汚染の基礎知識……ベータ線、アルファ線源はほとんど検査していないという実情
●外部被曝と内部被曝……怖いのは内部被曝
●テレビが放射能被害を拡大させた……警戒すべきときに安全といい、安全になってから煽る
●放射能とどこまで「共存」できるのか……福島の農家、さまざまなスタンス
■ 壊されたコミュニティ
●わざわざ線量の高い学校に通わされた子供たち
●30km圏の我が家に帰ったときの気持ちとその後の展開
●テレビで伝えられる映像とのギャップ
●義援金はどこにどう渡ったのか……津波被害地域にもっと配るべき
●家に戻ると補償金がもらえない……「帰れない」の本当の理由
●同じ福島県民同士がいがみ合う……飲み屋、パチンコ屋、タクシーは儲かるけれど
●汚染していないコメを捨てさせる……農家から誇りや生き甲斐を奪うことの怖ろしさ
■ 放射能より怖いもの
●「除染」によって危険が広がることもある……除染は単純な正義ではない
●森の除染は「儲かる」……優先順位もやり方もおかしい
●除染作業は内部被曝が心配……わざわざ再拡散~粉塵を吸い込んで内部被曝
●「国策」に潜む大きな危険……税金投入がなければそもそも原発はなかった
●命にとって本当の「危険」とは……生き甲斐、楽しさのない人生こそ危険
■ これからの時代の「自治力」「地域力」
●中越地震が教えてくれたこと……土地に根ざして生きることの大切さ
●永遠に成長し続けることはできない……石油が涸渇すれば「自然エネルギー」も使えない
●価値観の多様な世界に生きたい……マイナス成長時代を楽しむ
●「田舎で起業」「熟年王国建設」の勧め……発想を変えて生き抜く工夫。本当に住みたい土地、住みやすい町とは?
いわき市民のヨウ素内部被曝が隠されていたわけ ― 2012/03/14 17:49
いわき市はヨウ素131で汚染された
隠された「福島最大の都市」の初期被曝
『裸のフクシマ』(講談社)に詳しく書いたが、私は3月26日に避難先の川崎市から川内村の自宅に「自主一時帰宅」した。避難が長期化しそうなのと、いつ立ち入りができなくなるか分からないので、重要な荷物などを回収してくることが目的だった。守谷SA:0.33μSv/h。(川崎市の仕事場の倍以上だが、まだまだどうということはない)
日立北IC付近、通過している車の中で1.08μSv/h(このへんはトンネルが続くのだが、トンネルに入ると一気に下がり、0.1~0.5μSv/hくらいに一気に下がる)
関本PA:1.6μSv/h
いわき湯ノ岳PA通過:2μSv/h(時速80kmくらいで走行中の車の中でこれだけ上がった。その後、いわきジャンクションから磐越道に入るところまでは高かったが、磐越道を西に折り返すように進むにつれ、線量はどんどん下がっていった)
差塩PA:0.5μSv/h
小野ICで降りると線量は一気に下がり、町の中では0.3μSv/hくらい(驚くほど低くて拍子抜けした)
……とこんな状況だった。
その後、何度も常磐道を通ったが、他の地域の線量に比べると、いわき市はぐんぐん下がって、数か月後には首都圏とあまり変わらない程度になっていた。
3月下旬のときに高かったのはなんだったのだろうと、ずっと気になっていたのだが、1年経って放送されたNHKのETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』を見てその謎が解けた。
セシウムとヨウ素では、汚染地帯が正反対だったというのだ。
↑青いのがセシウム、赤いのがヨウ素131
これは文科省データだけで証明できている。ただ、文科省データは別々に計測地点と数値だけを出しているから、このようにきれいに可視化されず、気がつく人は少なかった。
番組では、独立行政法人海洋研究開発機構の2人の研究者などがまとめたヨウ素131の拡散状況が公開されていた。
いわき市を通過して茨城、栃木、群馬方向に流れていったという。
セシウムとヨウ素の拡散状況がこれだけ違ったのは、放出時期とそのときの風向きによるものだろう。あのとき、風は大半が東に、つまり海側に流れていったので、放射性物質もほとんどが太平洋に流れていってくれたが、ちょっと風向きが変わっていただけで首都圏が飯舘村並みに汚染されていた可能性もあるのだ。
で、問題はいわき市などに降ったヨウ素131による内部被曝だ。
ヨウ素131は半減期が8日だから、もはや痕跡は残っていない。今からホールボディカウンターを使ったところで出ない。
空中を流れていったのだから、風下にいた人たちは微粒子ごと体内に吸い込んでいる。
その初期被曝でどれだけ健康に問題が出るのかは分からない。ヨウ素の放射能がすでに消えてしまっているのだから、今からできることはない。
1年前にDNAが壊されたとすれば、その後の自然修復に期待するしかない。
いわき市は今はもうほとんど汚染されていないと言ってもいいので、今から避難してもあまり意味はないだろう。くよくよせず前向きに行動し、栄養のあるものを食べて、よく眠り、傷ついたDNAを修復することがいちばんかと思う。
いわき市民に避難地区と同レベルの「精神的損害補償」を支払うと4000億円/年
いわき市は福島県最大の都市だから、ここでシビアなヨウ素131被曝があったと認めてしまうと、賠償問題などが今とは桁違いに膨れあがる。避難していた精神的障害への賠償という名目で避難区域の人たちには10万円/月が支払われているが、同様にいわき市の人たちに、「状況を知らされないまま初期被曝をさせられ、その恐怖を今後ずっと抱え続けることへの精神的障害」への賠償を行ったらどれくらいの金額になるのだろうか。
いわき市の人口は約34万人。避難地域並みに1人10万円/月の「精神的損害補償」を支払ったら、ひと月で340億円。1年で4000億円を超える。
当然、セシウム汚染がひどかった福島市や郡山市など、中通りの人たちの精神的苦痛も無視できないから、その人たちにも全員10万円/月を支払えば、軽く兆を超える賠償金が必要になる。
福島県全体なら約200万人だから、月に2000億円、年2兆4000億円……。
だから国も東電もひたすら都市部の汚染には目を向けないようにさせているのだろう。
都市部の汚染は数値的に明らかなのに、国民やマスコミの目を都市部よりも原発周辺の過疎地に向けることで、賠償問題が大きくなることを防ごうとしている。
せめて今からできることは、これから出てくるかもしれない子供の甲状腺癌の兆候を見逃さないようにしっかり見守る態勢を作ること。兆候が出たらすぐにできうる限りのケアを施せるように準備すること。せめてそのくらいはしっかりやってもらわないと。

青がセシウム汚染、赤がヨウ素131汚染。はっきり分かれている

(独)海洋研究開発機構の研究者がまとめたヨウ素131の流れ

ヨウ素131の拡散シミュレーション(1)

その2 まず南方向に流れ出した

その3 いわき市を直撃してさらに南へ

風が東寄りに代わり、茨城・栃木へ

宇都宮あたりもヨウ素131はかなり飛んできた

日光や南会津もかなりやられた。そして群馬に……
※いずれもNHK 『ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』 より
■講演会 「災害とコミュニティ ~震災後、原発30km圏内で起きたこと」
●日時 2012年3月24日 午後1.30~3.30●場所 富士見市立ふじみ野交流センター(最寄り駅 ふじみ野)
●講師 たくき よしみつ
●参加費 無料
●定員50人・要申込 tel:049-261-5371 (ふじみ野交流センター)
原発運命共同体が壊す福島の和 ― 2012/02/19 14:37
原発運命共同体が壊す福島の和
俺たちは賭けに勝った……?
2つ前のトピックで「『運命共同体』という賭けに破れた人たち 」 という文章を載せた。原発を誘致した人たちは、原発誘致という賭けに負けたという意味のタイトルだったが、最近、彼らは本当に「賭け」に負けたのかどうか、疑問に思うようになっている。
立地4町の富裕層は一時的には財産を失ったし、収入基盤もなくなったかもしれない。しかし、川内村の人たちのように、事故前より実質収入が増えて、予想外の都市生活を家賃ただで始めているケースを見ていると、この人たちは買った記憶もないくじを当てたのかもしれないと思えてくる。
多くの村民は仮設や借り上げ住宅を手続きして「避難中」という証明を担保した上でちょこちょこ自宅に戻っている。どっちが別荘なのか分からないが、家賃ただの都市生活をしながら、仕事をしないことで収入補償を得られる根拠としての30km圏の自宅を維持するという、新種の二地域居住をしている。
「今日はどっちに泊まるんだ?」
「今日は郡山に戻る。明日また来て草取りの続きすっから」
……村にいると、こんな会話が毎日交わされているのに出くわす。統計上は「避難中」で家に戻っていないことになっているし、それによって東電からの「避難生活等による精神的損害」補償(1人あたり月額10万円)もしっかり受け取っている人たちの会話だ。
庭の草むしりや家の周囲での畑作業は以前と同じようにしているが、田んぼは放置したまま。下手にいじると農業補償が減らされかねないという恐れからだ。
おかげで村中の田んぼは草ボウボウになった。夏にはメマツヨイグサが、秋にはセイタカアワダチソウが人の背丈ほども生えた。
この草が刈られたのは冬が迫ってからだった。村から日当が出た。自分の田んぼの草刈りをするのに日当が出たというので、ずいぶん話題になった。
作業中、マスクをしている人はほとんどいない。みんな「放射能なんて大したことねえっぺ」と高をくくっている。
村は、田んぼは荒れ果てたので今期も作付けは無理であるから全面補償をしてほしいと願い出ている。
おそらくそうなるのだろう。2年続けて農業補償。それだけなら米を普通に作って売っていたときより安いかもしれないが、ほとんどの家は兼業農家で、給与収入分は全額就労不能損害補償されているし、失業保険をもらえる人はそれももらっているから二重に補償され、仕事をしないほうがしていたときより収入増になった。
金のことだけを考えれば、彼らは賭けに負けたとは言えない。「想定外」の金を得て、戸惑いながらも都会生活の中で虚しく使っているように見える。
福島県人同士が憎しみ合う構図
今、福島市、郡山市、いわき市などの都市部では、市民が原発立地や周辺自治体(「30km圏利権」が生じたエリア)から来ている人たちへの憎悪が激化している。県外の人たちもようやくそのことに気づき始めたようだ。都市部の市民は、放射能汚染された自宅を捨ててどこかに行きたくても補償されない。仕方なく、ものすごいストレスを抱えたまま、今日も黙々と、普通に生活している。
タクシーの運転手は客が増えた。「避難」してきている人たちが毎晩飲み屋で遊ぶから。飲み屋に呼ばれて客を乗せ、行き先を訊くと「○○の仮設住宅へ」とか、借り上げしているアパートの場所を告げられる。
3.11前、毎日うちに宅急便を届けてくれていた村の人は、郡山の借り上げ住宅に一家で避難したまま戻って来ない。代わりに、富岡やいわきで、津波で家を流された人が毎日山を越えて届けてくれていた。
事故後ひと月で再開した川内郵便局の局員には、津波で家を流されたいわき市の人もいた。
彼らは自分たちの仕事の公益性を十分に承知していて、仕事をすることが当然と思い、誇りも持っていた。
彼らのおかげで物流を確保できた村の人たちはどうしていたか……。
仕事に復帰すれば就労不能損害補償がなくなるからと、避難したまま遠巻きに村の様子を見ているだけだった。
働けば働いた分だけ補償が減らされるのだから、厳しい仕事に戻ろうなどと思うはずがない。なんとか理由をつけて「失業中」を維持しようとするだろう。そのことを非難できる人がいるだろうか。後は「恥」とか「尊厳」の問題になってくる。
郡山やいわきのパチンコ屋、飲み屋は連日繁盛している。
パチンコ屋の駐車場には、日が経つにつれ、ピカピカの新車が目立つようになった。補償金や義援金で潤った人たちが車を買い換えたからだ。
前双葉町長・岩本忠夫氏(昨年、避難先の福島市で死去)が、双葉地方原発反対同盟委員長を務めていた1972年に造られた「原発落首」(「落首」=世相を風刺した狂歌の類)を再掲したい。
このごろ双葉に流行るもの、飲み屋、下宿屋、弁当屋。
のぞき、暴行、傷害事件。汚染、被曝、ニセ発表。
飲み屋で札びら切る男、魚の出どころ聞く女。
起きたる事故は数あれど、安全、安全、鳴くおうむ。
なりふりかまわずバラまくものは、粗品、広報、放射能。
運ぶあてなき廃棄物、山積みされたる恐ろしや。
住民締め出す公聴会、非民主、非自主、非公開。
主の消えたる田や畑、減りたる出稼ぎ、増えたる被曝。
避難計画作れども、行く意志のなき非避難訓練。
不安を増したる住民に、心配するなとは恐ろしや。
原発運命共同体は賭けに負けたのだろうか? 勝ったのだろうか?
麻薬中毒は立ち直ることが難しい。
人間、みな弱い。金を目の前にぶら下げられて拒否できる人は少ない。
しかも、家と土地を見えない汚物で汚され、仕事も失っている身となれば、「こんな金はいらん。俺は仕事をする!」と宣言する意志力を持てる人は極めて少ないだろう。
「ありがとうございました。またどうぞ」
今夜も福島のどこかで、飲み屋のマスターやタクシーの運転手が、原発30km圏からの「避難者」たちにこう挨拶している。
心の中では、その客への憎しみをまたひとつ増大させて。
福島で今起きている本当のことを、日本中の人に知ってほしい。
この国は、こういう手口で我々を手懐けてきたのだということを。
そして、その手口に使われた金は、我々が仕事をして、なけなしの稼ぎから納めた税金であり、せっせと節電に協力しながらも支払わなければならない電気料金から出ているのだということを。
放射能より怖いもの……それは「フクシマ」のような惨劇を経験しながらも何の反省もなく、こうした「手口」を今もってこの国は使い続けていること。そして、国民がそれを許し続けているということだ。








