バッテリー交換をしながら考えた日本の将来2021/06/06 15:41

パナソニックから「超納豆」に交換

その「国産ブランド」はどこ製?

17万円のラパンにつけているパナソニックのバッテリーがすぐに放電してしまうので、思いきってサイズの大きい韓国製バッテリーに交換した。
今までは60B19L。今度はバッテリー受け皿からはみ出る65B24L。 サイズがでかくなった分、バッテリーが上がりにくくなったはず。能力も60から65にちょっと上がっているし、これでだいぶ安心できるかな。

SuperNatto(「超納豆」??笑)という怪しげなブランドに不安を感じる人も多いかもしれないが、プジョーにつけたやつがもう3年くらい問題ないので、信用している。
ネットショッピングでは、韓国電池という会社が作っているアトラスというブランドのバッテリーがよく売れていて、評判もいい。自動車メーカー、農耕機メーカーなどが採用している例も多く、今や世界的なブランドなのだが、値段は国産ブランドのものよりずっと安い。
自動車用バッテリーといえば、昔はGSバッテリーが圧倒的な「一流」ブランドだったが、知らないうちにYUASAに吸収合併されていて、その後、パナソニックも吸収された。

GSバッテリーの歴史
  • 1895年 島津源蔵、日本で初めての鉛蓄電池を製造
  • 1908年 商標「GS」使用開始
  • 1912年 蓄電池工場(新町今出川)を建設
  • 1917年 日本電池(株)を設立、電気自動車「デトロイト号」を2台アメリカから輸入
  • 2004年 日本電池とユアサコーポレーションが株式移転により、持株会社である株式会社ジーエス・ユアサコーポレーションを設立
  • 2016年 パナソニック(株)の鉛蓄電池事業を譲受し、商号を(株)GSユアサ エナジーに変更

今はもう、GSもYUASAもパナソニックも、同じ経営母体になってしまったわけだ。株式会社GSユアサエナジーは、パナソニックというブランド名はそのまま残している。出光ZAXIAはそのOEM製品。

タイヤもそうだが、日本以外のアジアンブランド製品が「安かろう悪かろう」という時代は完全に終わっている。
我々高齢者世代は、なかなか頭の切り替え、というか、一度植えつけられた「国産=高品質・高性能」というイメージを捨てることが難しいのだが、東芝もパナソニックも、今ではブランド名だけが残り、実体は外国企業資本だったり、ほぼ中国製だったりする。
昔のブランドイメージは一旦リセットして考えないといけない時代なのだなあ。

「政治主導」でますますじり貧になる「技術大国」

最近、自動車製造業界では、半導体不足で工場生産がストップする事態が起きている。
今や世界的戦略物質である半導体の業界においても、日本はまた失敗を重ねようとしている。
5月21日、自民党は「半導体戦略推進議員連盟」(甘利明会長)なるものを設立した。
税金を投入し、「政治主導」で半導体産業を強くしていくというのだが、それがそもそも日本の「経済安全保障」を危うくさせているという指摘がある。
「日の丸半導体」はひいき目で見ても、世界を制する兆しは見えない。
 白物家電と同じく80年代には世界市場シェア50%を占めていたが、韓国や台湾に次々と追い抜かれ、今や2021年第1四半期の売上高ランキングにおいても、日本企業は15位にキオクシアが入るのみ。
自民党・半導体議連設立の10日後、経産省は、半導体受託製造で世界最大手の台湾企業TSMCが日本で実施する先端半導体の研究開発を支援し、5年間で190億円を拠出すると発表した。
税金ももらえるし、日本企業の技術に対して情報収集やリクルートもできる。うまくいけば、鴻海がシャープを傘下にしたように、技術力がありながらも経営に苦しむような日本企業を手中におさめることができるかもしれない。韓国としのぎを削るTSMCにとって何かしらのメリットがあると判断したということだ。いずれにせよ、彼らの頭には、「日本の半導体の国際競争力を高めてやろう」なんて発想が1ミリもないことは間違いない。
世界では「保守系政治家」は国益や国内企業の保護がまず第一なので、アメリカなど大国からの介入を嫌うのが普通だが、日本では「親米保守」という、愛国なんだか売国なんだかよくわからない人々が政治を動かしている。
そうなると当然そのしわ寄せは経済、つまり民間企業に押しつけられる。

これまで日本が半導体産業にやってきたことや、コロナのワクチン政策を見れば明白だが、「やることなすこと日本を衰退させていく政策」が量産されていくという今の政治システムを変える必要がある
DIAMOND ONLINE 2021/06/03 台湾TSMCを巻き込む「日の丸半導体復活」構想が、日本の衰退を早める理由 窪田順生

韓国や中国の大手半導体メーカーの中には、複数の企業が、東京やその周辺(川崎や横浜)に半導体関連の「研究所」を既に設置している。日本で研究を行う建前になってはいるが、実際の目的は、日本国内の企業や大学研究室からの技術情報収集(あるいは少額の研究資金を提供した協業)、装置・材料の調達、日本企業に勤務する技術者のリクルートのいずれかあるいはすべてだろう。
日経XTWECH 2021/03/02 TSMCの日本工場は幻、日本企業の自助努力なくして半導体再興なし 服部 毅
 
どれだけ失敗すれば分かるのだろう、と呆れる。

日本を代表する企業である東芝が今のような惨めな状況になった最大原因はなんだったのか。
みんな忘れてしまっている。というか、メディアもしっかり報道しなかったから、国民のほとんどはその問題を知ってもいない。
東芝が2006年に社運をかけて傘下に収めた原発プラント大手、米ウエスチングハウス(WH)。その決断は10年余りの時を経て、日本を代表する名門電機メーカーとしての東芝を債務超過に転落させるという惨憺たる結果を招いた。東芝は2年間で1兆円近い原発関連の損失を計上、昨年の医療機器子会社の売却では事足りず、看板のフラッシュメモリー事業まで手放す可能性が現実味を帯びている。
ロイター 2017/02/15 原発で誤算、東芝の「失われた10年」 優良事業相次ぐ身売り

1兆円をどぶに捨てた米ウェスチングハウス(WH)の失敗をきっかけに東芝の凋落は始まり、何かといえば官僚が無責任に口先介入、資金不足につけ込んで侵食した外資が揺さぶりをかけ、経営陣に当事者責任が見られないまま、医療、半導体と付加価値の高い事業分野から切り売りしていった。その結果、鉄道インフラ、水力・火力発電、エレベーター、レジシステムなど多彩だが成長分野の核になる事業がない、という将来に展望を描けない企業となった。
現代ビジネス 2021/04/29 東芝の悲惨すぎる末路…なぜ“外資の草刈り場”となってしまったのか 伊藤博敏

……これがかつて「技術大国日本」と呼ばれた日本の姿だ。

庶民ができるせめてもの防衛術とは?

私たち世代はこの悲惨な状況に心を痛めながらも、もうすぐ死んでしまうので、地獄の底までは見届けないで済むかもしれない。
しかし、若い世代の人たちは、真剣に自分の将来を見据えて生き残り作戦を練らなければならない。

Super Nattoブランドのバッテリーを企画・輸入・販売している南進貿易株式会社は、福岡市にある自動車整備工場社長の息子が2010年にオートバイ用バッテリーの輸入販売をしようと設立した。創業してすぐ、海外から直接、独自ブランドでバッテリーを仕入れようと決意して今に至るという。この10年で確実に成長し、経営も軌道に乗っているようだ。
しかし、今は国産ブランド品より、中国や韓国、台湾製の製品のほうが概ね安いが、そのうち逆転するのではないか。円安で、日本の労働賃金はどんどん下がり、アジアの他の国々が日本の工場で製品を生産したほうが安くつく、なんてことになるだろう。
いや、すでにそうなってきているのだ。
アニメの制作現場なんかは、急速に中国に乗っ取られつつあるという。日本の職場があまりにも低賃金の地獄環境だから。
既に「日本のトップ級以外のスタジオは、単価が安いけど質が悪いので発注できない」(中国の配信大手)という声も出始めている。中国の求人サイトによると、アニメーターの平均月収は杭州が3万4062元(約52万円)で、北京では約3万元(約45万円)だった。
「これまでは中国が日本アニメの下請けだったが、もはや逆転している」
プレジデントオンライン 2021/04/06 「日本人なら中国人の3分の1で済む」アニメ制作で進む"日中逆転"の深刻さ 日本が中国の下請けになっている 中藤 玲

IT関連もそうだ。力のある者は、さっさと日本に見切りをつけて、仕事の場を海外に移している。ネット時代の現代では、別に移住しなくても、日本にいながら海外企業の下で働くことはできるしね。

若い人たちにアドバイスできるとすれば、とにかく英語と技術力を磨くことだ。ボ~ッと生きていたら、地獄のような人生しか待っていないよ。








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東京五輪2020契約書のトンデモ度2021/05/27 16:02

「ぼったくり男爵」が強気なわけ

今月初め、米国ワシントンポスト紙に掲載されたサリー・ジェンキンス氏(スポーツジャーナリスト)のコラム "Japan should cut its losses and tell the IOC to take its Olympic pillage somewhere else" が話題になった。
「国際オリンピック委員会(IOC)のフォン・ボッタクリ男爵と金ぴかイカサマ師たちの間では、いつの間にやら、日本を自分たちの足置き台として使おうということで決まっていたようだ。」と始まるこのコラム、日本では「ぼったくり男爵」という言葉だけが広まった感があるが、そこに書かれている内容を、アスリートも含めて、多くの人が読むべきだと思う。
原文は⇒こちらだが、幸い、クーリエジャポンのサイトに日本語での全訳が載っている。⇒こちら
ごく一部だけ抜き出してみる。
東京での夏季五輪開催が国益を脅かすのなら、日本の指導者たちはIOCに対し、略奪(plunder)はよその公国(duchy=公爵が支配する領土)へ行ってしてくれと言うべきである。
フォン・ボッタクリ男爵、別名トーマス・バッハIOC会長とそのお供の者たちには悪癖がある。それは自分たちをもてなすホストに大散財をさせることだ。まるで王族が地方にお出ましになったとき、そこの小麦が食べ尽くされ、あとに残るのが刈り株だけになるときのような話だ。
五輪マスト・ゴー・オンと横柄に言い張れるIOCの神経はいったいどうなっているのか。
その答えは、IOCの権力の源泉であるオリンピックの開催都市契約にある。これはIOCがいかに高圧的な組織であり、なぜ五輪開催都市が深刻な負債を抱えることになるのかを明らかにする文書である。
こんな「不平等条約」があっていいのか? その契約書全文も、今は日本語訳で全文が読める。⇒こちら

2013年9月7日にブエノスアイレスにおいて締結されたこの契約書は、IOC(ジャック・ロゲ会長、リチャード・キャリソン財務委員会委員長)と東京都(猪瀬直樹・都知事)、JOC(竹田恆和・会長)の間に交わされたもので、この4名の署名がある。

この契約書は80ページ以上にも上るので、そんなものは読んでいられないと言われそうだが、序文だけでも読んでみてほしい。
序文を読むだけでも、この契約の中身が相当危険なものであることを感じ取れるだろう。
オリンピック憲章に基づき、IOC は、オリンピック・ムーブメントの最高の権威であって、これを主導し、また、オリンピック競技大会は、IOC の独占的な財産であって、IOC はこれに関するすべての権利とデータ(特に、組織、運営、利用、放送、記録、表現、複製、アクセス、流布に関する、あらゆる形態、手法またはメカニズムのすべての権利であるが、これらには限定されるわけではない)を、 既存のものか将来開発されるものかを問わず、全世界を通して永続的にこれを所有する。

全てのオリンピック資産に関するあらゆる権利、およびそれらを使用する全ての権利は、営利目的、商業目的、または宣伝目的のための使用を含むがそれのみに限らず、独占的に IOC に帰属する。IOC はその権利の全部あるいは一部を、単独または複数の当事者に対して、IOC の定める条件および条項により、自ら単独の裁量にて使用の許諾をすることができる。

こんな文言を含んだ長い序文の後に、契約内容がズラッと書かれているのだが、開催都市・開催国がいかに屈辱的な立場を呑まされているかが、これでもか、というくらい並んでいて、目眩がする。

前述のコラムの筆者サリー・ジェンキンス氏は、一例としてこう述べている。
「医療サービス」に7ページが割かれており、開催国は五輪関係者として資格認定を受けた人全員に対し、「無料」で医療を提供しなければならないとされている。現地の病院に五輪関係者専用の病室を用意することもそこには含まれる。東京の組織委員会によれば、IOCの要求に応じるために約1万人の医療スタッフを振り向けなければならないという。

契約書には確かにこう書かれている。
保健サービス:開催都市、NOC、および OCOG は、開催都市および開催国の関係当局を通じて、本大会に関連する医療/保健サービスのあらゆる事項について責任を負うものとする。
開催都市、NOC、および OCOG は、IOC から受けたすべての指示に従い、本国への送還を含む必要かつ適切な医療/保健サービスのすべての施策の確実な実施について責任を負う。
医療サービスは、本大会のために開催国に滞在中発生したあらゆる症状について、IOC が指定する一部カテゴリーの資格認定を受けた人々(選手、チーム役員、その他のチームスタッフ、技術委員、メディア、放映権を持つ放送機関、オリンピックのスポンサー/サプライヤー/ライセンシーのほか、IOC、IF、各国の国内オリンピック委員会の代表および職員が含まれるが、これらには限定されない)に対し、無料で提供するものとする。これらのサービスの範囲とレベルは IOC の書面による事前承認を必要とする。医療/保健サービスに関するさらなる詳細は、「医療サービスに関するテクニカルマニュアル」および「財務に関するテクニカルマニュアル」に示されている。

日本では、大会期間中に選手村で感染が広がったら、とか、選手だけの特権のように報じられているが、この契約書を読む限り、選手やチーム役員だけでなく、オリンピックのスポンサー、サプライヤー、メディアスタッフも含まれ、さらに念押しのように「これらには限定されない」とまで記されている。ものすごく曖昧かつ広範囲の「関係者」すべてが、五輪開催に関係して日本国内に滞在していたときの「あらゆる症状」について、無料で医療提供されることを保証しなければいけない。しかもその細かな内容についてはIOCが決定権を持っているというのだ。
これはもう、IOCは開催国の法律や国内事情に関係なく超法規的権力を握っていると言っているようなものだ。

これだけではない、例えば選手村の規定では、
OCOG(大会組織委員会)は、OCOG 単独の費用負担により、オリンピック選手村とその他の適切な宿泊施設を、IOC がその単独の裁量にて決定する期間中、すべての必要なサービスと共に提供する。
OCOG は、IOC がその単独の裁量にて決定する正式に資格認定を受けた選手およびチーム役員に対して、オリンピック選手村とその他の適切な宿泊施設における部屋と食事を、それらが利用可能な期間中、無料で提供するものとする。

となっていて、これが「お・も・て・な・し」ということか……と思うわけだが、その後にはさらに、
OCOG は、「オリンピック競技大会におけるアクレディテーション(資格認定)-ユーザーズ・ガイド」および「宿泊に関するテクニカルマニュアル」にて示されるように、放映権を持つ放送機関とオリンピックのスポンサーを含む、資格認定を受けたすべての者に十分かつ適切な宿泊施設を提供する責任を負い、かつ提供するものとする。
これらの資格認定を受けた者へのホテルまたはその他のタイプの宿泊施設の割当ては、大会基本日程に従い、IOC の書面による事前承認を必要とする。

新しく計画され建設されたホテルなど、本契約に基づき、IOC またはその他 IOC が承認した取決めによって具体的な価格が設定されていない場合には、本大会に参加する資格認定を受けた者のホテル客室、会議室、メディア村の部屋や関連するサービスの上限価格は、開催都市の申請書または立候補ファイルに記載された同等の品質、立地、サービスを持つホテルおよび部屋の料金を超えないものとする。開催都市の申請書または立候補ファイルに具体的な料金が記載されている場合で、これらの料金が上昇した場合、OCOG がその上昇分を支払う財務上の責任を負う
……などと事細かに書かれている。
要するにホテルの料金も「IOCが認定した価格以上になったら、差額は大会組織委員会が支払うこと」になっているのだ。

この調子で、大会開催に関して外国から入ってくる物品、機材、動物などには、「専属の入国・関税局、またはそれと同様の組織の創設を含む、必要なあらゆる手段を取る」とか、「開催国において支払われるべき関税、その他の税、または類似の金銭的負担を課せられることなく、迅速かつ簡易な方法で適切かつ必要な就労許可を得られるようにする」(12. 一定の人物、物品、動物に関する入国手続)

税金についても、
「開催都市および/または OCOG は、それらが源泉徴収税、関税、付加価値税、その他の間接税であるかにかかわらず、また現在あるいは将来のものであるかにかかわらず、本大会に関連して生じた収益に関して、(略)IOCまたは上記の当該第三者のいずれかが受け取った支払いについて、開催国、スイス、その他の管轄地域に支払わなければならない場合、IOC または上記の第三者が、適用される税金の支払後、当該税金が課せられないとしたら受け取れたはずの金額相当額を受け取れるように、開催都市または OCOG(あるいは、該当する債務者)が金額を上積みして支払うものとする。」
「開催都市および OCOG は、IOC または当該第三者が開催国で直接税および/または間接税の支払いを義務付けられる場合、当該直接税および/または間接税が請求されなかった場合と同じ状況になるように、状況に応じて、IOC または当該第三者に対して、彼らが開催国で負担されうる直接税および/または間接税を補償するものとする。」

……と、日本国内だけでなく、IOCがスイス(IOCの本部はスイス、ローザンヌにある)に支払うべき税金分も日本の五輪組織委員会が負担しろ、と言っている。

もっと驚くのは、オリンピック以外のイベント開催に関してまで口を出していることだ。
「IOC の書面による事前承認なしに、本大会期間中と本大会の前後の1週間に、開催都市自体、その近隣、あるいは他の競技会場で、本大会の計画、組織、資金調達および運営の成功、または本大会の一般公開やメディア報道に影響を与える可能性のある主要な公的または民間のイベント、会議、その他の会合を開催しない。」

組織委員会は、運営を進めるために何をやるにしても、いちいちIOCに事前の許可を得る必要があることも明記している。

「IOC の書面による事前承認なしに、本大会に関連して、OCOG と(政府組織または非政府組織かを問わず)国内、地方、または地元の組織との間でいかなる契約も締結しない。」
「IOC の書面による事前承認なしに、本大会に関連して、OCOG と(政府組織または非政府組織かを問わず)国際的組織、超国家的組織、あるいは外国政府との間で、交渉を実施したり、契約を締結したりしない。」

……とまあ、何様のつもりだ的内容が、これでもかこれでもか、と並んでいるのだ。

そして、駄目押しのように、
理由の如何を問わず IOC による本大会の中止または IOC による本契約の解除が生じた場合、開催都市、NOC および OCOG は、ここにいかなる形態の補償、損害賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄し、また、ここに、当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断から IOC 被賠償者を補償し、無害に保つものとする。OCOGが契約を締結している全ての相手方に本条の内容を通知するのは OCOG の責任である。

……と記している。
要するに、どんな事態になってもIOCは責任をとらない。開催国側がすべて後始末しろ。IOCには絶対に損をさせるな、という内容である。
こんな内容の契約書が21世紀の現代に存在しうるのか? と驚いてしまった。

これが「ぼったくり男爵」の中身である。

「切る」べきは代々木公園の木ではない

この内容を踏まえた上で、改めてジェンキンス氏のコラム全文を読んでほしい。すべて理解できるようになるはずだ。

コロナがあってもなくても、こんなオリンピックを「平和の祭典」と呼ぶことはできない。
ジェンキンス氏が言うように、
オリンピックは前々から深刻な病弊を抱えており、いまの東京の窮状も、その病弊の表れと言っていい。五輪は、関係者全員を痛みと疲労の極限まで追い込むイベントと化しており、
強欲と法外なコストのせいで、五輪は開催国にとって重大災害と同じくらいの負担を強いられるイベントになっている
のだ。

最後に、このところIOCと東京五輪についてはキレッキレのコメントを連発しているデーブ・スペクター氏のツイッター。


そう。どんなに苦しくても、痛みを伴っても、「IOCを切れ」。
日本はぼったくり男爵の「duchy」(貴族が支配する領土)ではない! とIOCと世界に向かって宣言し、行動するしかない。
これが唯一の答えだ。



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伊藤アキラさんの想い出2021/05/24 15:31

伊藤アキラさんから届いた2019年の年賀状

人生の師がまた一人……

今朝(2021/05/22)は、ネットニュースを見ていてショックを受けた。
「この木なんの木」「パッ!とさいでりあ」など多くのCMソングや歌謡曲を生み出した作詞家、伊藤アキラ(いとう・あきら、本名・伊藤皓)さんが15日、急性腎不全で死去した。80歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
(読売新聞 2021/05/22)

先日、伊藤さんの盟友ともいえるかたからの手紙で、「1月15日に恒例の“勉強会”終了後の夜中、伊藤さんが就寝中に身体が動かせず悪銭苦闘しているのに奥様が気づかれて、救急車で病院へ搬送され、脳梗塞とてそのまま入院。現在もリハビリ治療中」と書かれていて心配していた。
脳梗塞としては軽いほうらしいが、長期戦になるのではないかとも書かれていた。

今、確認したら、その手紙の消印は3月3日だった。「長期戦」という言葉をなんとなくそのまま鵜呑みにしていたかもしれない。まさかこんなに急なことになるとは……。

コピーライター養成講座

伊藤さんと初めて言葉を交わしたのは大学生(多分1年生)のときだから、50年近く前のことだ。
ソングライターとして身を立てようとしていた私は、大学に入るとすぐ、ヤマハの作曲教室と宣伝会議のコピーライター養成講座の受講を始めた。
コピーライター養成講座は、作詞の力を伸ばしたいと思ってのことだったが、講師陣の中に伊藤アキラさんの名前があったことが大きい。樋口康雄さんの作品にいくつか詞を書いていて名前を知っていた。当時は伊藤さんがCMソングの作詞で超有名な作詞家だということは知らなかったのだ。
授業は輪講で、伊藤さんの授業は1回だけだった。
伊藤さんは講師としてはサービス精神がなくて、「どうせ私の授業など明日になれば誰も覚えていないでしょう」「質問は? などと言っても、毎年、手を上げる人はいませんし」などと、かなりつっけんどんな授業だった。
そこで私は、授業が終わっても教室に残り、伊藤さんに一人で話しかけた。
樋口康雄さんのファンで、樋口さんがいると思って上智に入ったら、すでに中退した後でガックリした、とか、樋口さんのデビューアルバムにも作詞されてますよね、『ABC』とか……と言ったら、すかさず「あれは私じゃなくて岡田冨美子さんです。私は『愛のひとこと』と『アダムとイブも』です」と言われ、あ~、いきなりやっちまった!と焦ったのを覚えている。
その後も、しつこく地下鉄の駅までくっついて話しかけ続けた。
伊藤さんはちょっと迷惑そうな顔をしながらも、話にはつき合ってくださった。

津田沼の自宅に帰るというので方向は正反対。駅で別れて、そのままになった。

再会は15年くらい経ってから。ニフティの電子会議室でだった。
1990年くらいだろうか。まだWindowsは3.1で、インターネットもほとんど普及しておらず、電話回線に2400bpsくらいのモデムをつないでピーガーと「ダイヤルアップ接続」して文字だけをやりとりするもの。
誰かが書き込んで、それに誰かがコメントして、コメントツリーが続くというのはツイッターなどと同じだが、なにせピーガー接続の時代だから、今のSNSのような即応性はない。
そこで、「森トンカツ」を作ったのは私だ、というようなことを書いたことがあって、それを見つけた伊藤さんがコメントをつけてきた。
私は「森トンカツ」誕生秘話を細かく書いて、伊藤さんはしっかり信じてくださった。
それで「一度、私の事務所に遊びに来ませんか」という流れになったように記憶している。
それが30年くらい前のこと。
伊藤さんの事務所は当時、銀座にあって、ものすごく立派なオフィスだった。
そこで再会した私は、コピーライター養成講座のときのことを話して「あのときは失礼しました」と詫びたのだが、伊藤さんは「そんなことありましたか。覚えてないなあ。私、そんなに怖い印象でしたか? まあ、あの頃はそうだったかなあ……」と苦笑していた。
養成講座の講師時代とはうってかわって、終始柔和な笑顔の紳士という印象で、ほんとに同じ人なのかと思ったほどだった。

Homework~しゅくだい

それからは伊藤さんのほうからもときどき声をかけていただき、私に音楽出版社の人を紹介するためにミニ食事会のようなものを用意してくださったり、なぜそこまで? と、不思議に思うほどよくしていただいた。
川内村時代にも一度、「東京に出てくることがあれば一献」と、わざわざお店を予約してごちそうしていただいたこともある。

KAMUNAの『Homework』という曲も、伊藤さんに「これは現代の童謡にもなるようなメロディを意識したんです」と聴かせたところ、「これは素晴らしい。ぜひ、歌詞をつけて子供でも歌える歌にして」と言われ、その際、子供が歌うには一か所難しいところがあるから、そこを直して……などともアドバイスをいただいた。
部分転調のところだな、と、すぐに分かった。KAMUNAはジャズテイストだから、その部分転調はワンポイントのお洒落だけど、確かに子供が歌うには難しいかな、と思って、その部分を修正したものを送った。
「歌詞は?」と言われたので、「実は、伊藤さんにつけていただけないかなあ……なんて図々しい思いがちょこっとありまして……」と、自分の助平心を白状したところ「そうですか。じゃあ、宿題ということにさせてください」と、サラリとかわされてしまった。
ああ、やっぱり言い出すのではなかった、と後悔したものだ。

何年かして、自戒の念も込めて(?)自分で歌詞を書いた。↓


ドミソの歌

『ドミソの歌』を作ったときは、「これはすごい。すでにスタンダードナンバーの風格があります。しかし2番の歌詞が難しそうですね。特にファとラが。たくきさんのことだからもうできているでしょうが」と言われ、
「え? 1番だけでいいと思っているんですが」
と返信したら、
「1番だけじゃもったいないでしょ。ぜひ2番を作ってください。たくきさんならできる!」とティモンディ高岸みたいな励まされ方をして、予定外の2番まで作ったのだった。
そのときの日記がどこかに残っていたはず……と思って捜したら、⇒これだった。

伊藤さんに「2番も!」と言われなければ、『ドミソの歌』は1番だけで終わっていたのである。
日記にも書いたように、2番の歌詞はちょっと「教条的」な感じもあって好きではない。伊藤さんも同じことをおっしゃっていたけれど「こっちのほうがウケはいいでしょうね」とも。

2番がついた『ドミソの歌』↓

固定ド音感の人には、Cスケールの譜面でGスケールの演奏が流れて「ドミソドシラソファ……」と歌っているのが耐えられないほど気持ちが悪いらしいが、ドレミというのは「階名」なのだから、移動ドがあたりまえなのだ。ジュリー・アンドリュースが映画の中で歌っている『ドレミの歌』もCスケールじゃないしね。

このときのやりとりを読み返したいと思ってメールボックスの「friends」というフォルダを遡ったら、2015年6月前半より前のメールは全部消えてしまっていた。
その後、最後のメールは……と捜していたら、どうやら2018年の10月26日付けのものが最後かもしれない。
「たくきさん。ご無沙汰しています。この度は最新CDをお送りいただき、ありがとうございました。」
……と始まる、結構長いメール。
「ONアソシエイツの大森昭男さんが今年3月になくなり、少人数での偲ぶ会をやり、やれやれと思ったら、井上鑑さんが「みんなで追悼文集をつくろう」と言い出し、先月限定100部が発行できました。結局、なんやかんやで半年かかりました。 これが今年の「主な仕事」かなあ? いやはや。」
……という一節があって、本当に高齢者にとっての時間の流れは切ないと痛感した。

ドックマン

そういえば、伊藤さんの作詞で、僕が曲をつけたCMソングがあったはず……と捜してみたら、見つかった↓。

↑これはニフティがきっかけで伊藤さんと再会する前に作った。音源もそのときのものだ。MIDIが登場して間もない頃で、ローランドのD50というシンセサイザーとMT32という安い音源だけで作っている。「小説すばる新人賞」受賞より前だから、30代前半くらいだろうか。30年以上前。
当時、レコードデビューに失敗してどん底にいた私は、CMソングの仕事がしたくて、あちこちのCMソング制作会社にデモテープを送りまくっていた。
そんな中で、ある会社から連絡があって、小田急線・南新宿駅そばの雑居ビルを訪ねた。
古くて、半分廃墟みたいなビルで、そこの一室が事務所だったが、約束の時間に訪ねていってドアベルを鳴らしても反応がない。
何度もベルを鳴らし、ドアをノックし、声をかけ続けたら、ようやく中から呻くような声で「ああ~?」と声が聞こえた。
「今日、○時にお約束いただいたたくきです」と告げても、数秒はねぼけて分かっていないようだった。
廊下で10分くらい待たされた後にようやく中へ通された。狭くて散らかった部屋には、着替えや食器も見えていて、どうも社長はここに寝泊まりしているらしかった。
そこで「これに曲つけてみて」と渡されたのがこれ。「詞:伊藤アキラ」とあって、ああ、伊藤さんの詞だ、とすぐに気づいた。
こんな事務所とはつき合わないほうがいいな、と思ったのだが、伊藤さんの詞だったので、なんとか作ってみた。
ドックマンという栄養剤のCMソング。
結局、このデモテープを渡した後、社長からの連絡は途切れてしまい、知らないうちに会社ごと消えていたようだ。

その話も、伊藤さんと交流するようになってから話したことがあったが、「へえ~、そんなことがありましたか。それはそれは……」と笑ってらした。

なんだかな~、の出来だし、テープからファイルに起こすこともせず、ずっと忘れていたけれど、考えてみると、伊藤さんの歌詞に僕がメロディをつけた唯一の作品なのだなあ、しかも幻の……。
そう思って、昨日はこれがどこかに残っていないかと何年も放置したままのDATテープラックから捜しだして、苦労してファイルに書き出して、何度か聴いていた。

シンプル イズ ベスト

伊藤さんから学んだ最大のことは「詞は考えすぎちゃいけない」かな。
直接そう言われたわけではないのだが、伊藤さんのお仕事ぶりを見ていて、そう学んだのだった(もちろんいい意味で言っている)。
私の最大の欠点は、何事も考えすぎて、ダラダラ長くなり、かえって伝わる力が弱くなっていくこと。
平衡を求めて修正作業を続けていくと、つまらない着地になりがちで、感動として伝わらない。
メロディは瞬発力がなくなった分、ひたすら細かく修正していく作業に切り替えているけれど、歌詞はやりすぎないほうがいい。
なんか文章としては変だけど、シラッと歌ってしまえば分からないかも……ま、いっか……という感じでやめておく。そのくらいのほうが言葉の鮮度が落ちずに、人に伝わっていくのかもしれない。
難しいバランスだけど……ね。

私の「年末状」を受け取っている人は知っているように、小さな紙面にギッチギチに写真と文字が詰め込まれている。
一方、伊藤さんから毎年届く年賀状は正反対で、余計なものが一切ない。それでいてインパクトがある。
例えば2016年は申(さる)年だったが、伊藤さんから届いた年賀状は秀逸だった。

↑これだけ。余計なことは一切書いてない。

2019年の年賀状はこうだった↓

軽妙洒脱というのはまさにこういうことを言うのだろうなあ。

私には死ぬまで真似できないだろう。
死に方くらいは、パッとさいでりあ~♪ と逝きたいところだが……。
そんなことを今からウダウダ悩んでいるようでは、到底無理そうだ。

月と流れ星

結局、伊藤さんとは一度も仕事をしたことがない。
それなのに、伊藤さんは一方的に私を気にかけてくださり、何度もさりげなく助け舟を出してくださった。
分厚い御著書や作品集CDも送っていただいたし、2011年夏の最後のKAMUNA上智ライブにも来てくださった。
あのときは樋口康雄さんもいらして、席でバッタリ顔を合わせて「あれ?」「あ……」なんてぎこちなく挨拶を交わしたとのこと。(というのも、樋口さんが美女と一緒だったので、気を使って離れた席に座ったのだそう)

伊藤さんに年齢を尋ねたことはなかったが、今回、記事で14歳しか離れていなかったことを知り、ちょっと驚いた。もう少し上の年代だと思っていたのだ。
創作をする者にとって、加齢との闘いはきつい。
歳を取ってから名曲を残した作曲家というのはいるだろうか。ベートーベンは聴力を失った晩年に交響曲第9番『運命』を書いたというが、没年は56歳で、今の私より10歳も若い。

文筆は、時間をかけてていねいに何度も何度も書き直すことで対応できるが、それでも最近は、誤字脱字、書き間違い、おかしな文章などが頻発して、見直し、書き換えをしているだけで1日が終わる。
音楽はスポーツのような瞬発力が必要なので、肉体(脳も含めて)の劣化は致命的にきつい。
メロディが浮かんだときには無理をしてでも(早朝トイレに起きたときとかでも)なんとか書き留めて、その後、譜面に少し書いては休み、しばらく寝かせて、数日後にまた気力がちょっとでもあるときに見て、しつこく書き直す、という方法に切り替えている。
バカラックも、何度も何度も書き直しながら曲を書いていたというので、そういう方法ならまだやれるのではないかと思って。

ひと月くらい前から「ミレミファソーファーミー」というモチーフから始まる曲を作るべく、少しずつ作業している。
伊藤さんのことを思い出しながら、「歌詞が先にあったほうが楽なんだよなあ」なんて、詞も同時につけていた。
『流れ星の歌』というタイトルを仮でつけて、ほぼできあがったかな、なんて思っていたタイミングで飛び込んできた伊藤さんの訃報だったので、なおさらショックを受けたのだった。
『流れ星の歌』はこれから仕上げるつもりだが、これが最後の作品、なんてことにならないよう、もう少しあがいていくつもり。

伊藤さんが、私たちの身近にあり、誰もが知っている「月」だとすれば、私は曇り空の向こう側を地球に向かって落ちていく宇宙の塵のようなものだろう。塵でも地球に落ちるときは一瞬光を放つ。でも、その光は一瞬で消えるし、その瞬間を見ている人は少ない。ましてや太陽が出ている時間や、曇りや雨の夜には見ている人もいない。そんな人生であっても、卑屈にならず、精一杯燃えながら落ちていきたい。……そんなことを考えながら、最後の仕上げにかかろうと思う。

伊藤アキラ先生。
こんな私と長い間つき合ってくださり、ご指導くださり、ほんとうにありがとうございました。



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ルクセンブルク、モンゴルに学ぶCOVID-19最新情勢と対策2021/05/19 22:06

COVID-19を巡る世界の情勢は去年と今年では大きく変わった。
最新データから読み取れることは主に、
  • 今年初めくらいから欧米や中東の一部を中心にワクチン接種が始まったことで、欧米では感染者数や死者数が徐々に減ってきた
  • 変異株が多数現れて「ファクターX」の内容も微妙に変わり、今では感染の主舞台がアジアに移ってきた感がある
  • 医療体制をしっかり建て直した国と崩壊したままの国で、「死亡率」に開きが出ている
……といったことだ。
以下、いくつかの国をモデルに、最新のCOVID-19状況を把握してみたい。

ルクセンブルク

最近、Netflixで『カピタニ』という刑事ドラマを見て、制作国であり、ドラマの舞台となっているルクセンブルクという国に興味を持った。
Wikiによれば、
  • 神奈川県や佐賀県くらいの面積に人口は約50万人。(同じくらいの面積の神奈川県は約870万人、佐賀県でさえ87万人)
  • 首都ルクセンブルクは、ベルギー、ドイツ、フランスに囲まれ、ブリュッセルやストラスブールと並んで、ヨーロッパのど真ん中に位置する世界都市
  • 道路や空路(航空貨物大手のカーゴルックス航空が本拠地を置く)といった交通網がよく整備されていて、オランダ(国際的な海運業の中核)にも近い「欧州における物流の要所」
  • 国民1人あたりのGDPは世界第1位
  • 税金が安く、英語やフランス語、ドイツ語といった「欧州の主要言語がすべて通じる」理想的な環境にあるため、欧州圏にビジネス展開しようとする世界企業にとっては魅力的な立地条件を有している
  • IT先進国で、アップル、eBay、Skypeなど数多くの世界的IT企業が本社機能を移転している
  • 高度に発達した工業と豊かな自然(特に田園風景)とが共存。その自然の豊かさから「欧州における緑の中心地(Green heart of Europe)」と称される
  • 情報通信分野(放送メディア産業)の振興に力を入れてきた結果として、現在はRTLグループ(欧州随一の規模を誇る放送メディアの企業複合体)とSES S.A.(欧州のみならず世界有数の規模を誇る衛星放送事業者)の二大メディア複合体を擁し、欧州における同分野の中核を担っている
……のだそうだ

未だにワクチン接種予約方法が超アナログで混乱をきたしている日本から見るといろいろな点で羨ましい限りだ。
しかし、ルクセンブルクは世界の中でもCOVID-19感染が相当厳しい地域に位置している。様々な国に囲まれ、交通の要所でもあるということは、感染予防の点からは極めて不利な条件下にあると言えるだろう。

感染地域のまっただ中の小国。さぞ死者も出ているのではないかと思ってチェックしてみると、

↑ルクセンブルクのCOVID-19死者数の推移(worldometers.info より)
↑ルクセンブルクでは昨年3月に第1波がきて死者がかなり出た後はかなり踏みとどまり、年末年始にかけて大きな波がきて、今も増えたり減ったりしているが、感染者数に比べると死者は概ね少ない。
昨年11月のピーク時、感染者が1日1万人を超えていたが、死者は10人/日が最高で、それ以上にはならなかった。医療崩壊していなかった証拠だろう。

感染者数の推移を見ると、

↑ルクセンブルクの感染者(検査陽性者)数の推移(worldometers.info より)
やはり昨年末に急増している。
ルクセンブルクでのワクチン接種は今年1月から始まり、現在はおよそ国民の32%ということらしい。
これはヨーロッパ諸国としては平均的な数字だろう。
ちなみに、日本は2月末あたりから始まって、現在はおよそ3.5%。だいぶ違う。
↑ルクセンブルク、ヨーロッパ平均、日本のワクチン接種率の推移(Our World in Data より クリックで拡大)

ワクチン接種率が3割を超えたのが今年の3月半ばで、それ以降、徐々に新規感染者数も死者数も減っている。
次のグラフはルクセンブルクの感染者が無事に回復・退院した割合と死亡に至った割合の推移だ。

↑オレンジの線が死者の割合、緑が回復した人の割合(worldometers.info より)
昨年3月13日に最初の死者が出て以来、一気に下がり、以後は新規感染者数に比例して死者も増減しているが、「死亡率」は低いまま抑え込んでいることが分かる。

これはとても重要なデータで、医療崩壊をしたかどうかの指標になる。

日本

日本ではどうかというと、こうなる↓

↑日本の場合。回復者(緑色)と死者(オレンジ色)の割合の推移(worldometers.info より)
昨年3月~5月にかけては医療現場が混乱していたことが窺える。その後も夏にかけての死亡率は一気には下がらず、秋になってなんとか踏みとどまったことが分かる。

これは「感染した後に死亡した割合」であり、「死者数」ではない。感染者数と死者数の推移はこうなる↓

日本の場合。↑新規感染者数 と ↓死者数の推移(worldometers.info より)


死亡率は低く抑え込めているものの、感染者数に比例して死者数も増えていることが分かる。

↑新規感染者数(オレンジ色)と回復者数の推移(worldometers.info より)

インド

これが、目下医療崩壊が深刻なインドの場合だとこうなる↓。


↑インドの感染者数推移。今年4月に一気に上がり、今はなんとか減る傾向を見せているように見えるが……。(worldometers.info より。以下同)
↑インドの死者数推移。感染者数は減る傾向を見せているが、死者数はまだ下がっていない。


↑インドでの回復者と死者の割合の推移。割合にすると低いままだが、感染者数が多いので死者数は下がっていない。

インドでは医療崩壊が起きていると思われる。新規感染者数が減っているというのも、医療現場がパンクしているため検査が追いついていないだけではないだろうか。死者数についても、実際にはもっとずっと多いのではないかと疑われている。
日本がこうなるかならないかは、今が正念場だろう。その緊張感が、政府からまったく伝わってこないのは悲劇だ。

モンゴル

目下、私が最も注視している国がモンゴルである。
モンゴルは、昨年はずっと新規感染者が毎日一桁、二桁で続き、死者も出さないという、アジアの中でもCOVID-19被害が極端に少ない国だった。
それが今年3月に突然、感染者が1万6000人を超えるという急増に見舞われた。

↑モンゴルの感染者数↑ と 死者数↓

1日の死者数はずっとゼロだったが、今年4月以降には最多で12人という日もあった


↑5月19日現在の累積死者数は227人(worldometers.info より

モンゴルが他のアジア諸国と違うのは、それまでずっと感染者がゼロに近かったのに、感染者、死者が出ると直ちにワクチン接種を開始し、ものすごいスピードで摂取率を上げたことだ。
広い国土に人口が332万人程度という、極端に人口密度が低い国だからできたという面があるが、それにしても徹底している。

↑ごく短期間で、すでに国民の半数以上がワクチンを接種している。

同国は、今年に入って「一戸 一人」PCR検査実施キャンペーンを始め、その後すぐ、2月23日からワクチン接種をスタートさせる計画を立て、実行に移した。
国立感染症センターの倉庫にワクチン保管室が設置され、1月には-70度の冷凍機を26台(18万人分収蔵可能)を購入。
感染リスクの高い保健分野の医療従事者、警察をはじめとする公務員、高齢者、基礎疾患のある人を優先とすることも決められた。(montsame 2021/02/18
肝心のワクチンは、2月22日に、アストラゼネカ(製造はインド血清研究所)15万本、シノファーム(中国医薬集団)製30万本が到着。それらはインド政府、中国政府が無償提供。さらにはロシア製のスプートニクVも3月第一週に到着。
シノファームとスプートニクVについては世界保健機関(WHO)の許可が下りていない3月5日の段階で、モンゴル保健省が独自の判断で承認して接種を開始した。
その他、COVAXプログラム(WHOの途上国向け新型コロナウイルスワクチン共同購入枠組み)も利用してファイザーやモデルナのワクチンも使用しているらしい(その割合などは非公表)。
ワクチン接種費用のために世界銀行からおよそ5000万ドルの融資も受ける予定。
ワクチン以外では、4月10日から外出禁止令を発令し、全国民に1人当たり一律30万トゥグルク(約1万1,400円)を給付(情報元は「ビジネス短信」など)……と、とにかく徹底している。

モンゴルはモンゴロイド系人種の代表といえ、日本人とはHLA型をはじめ、遺伝子要因がかなり共通していると思われる。そのモンゴルが目下アジアにおいて最もワクチン接種率が高いわけで、今後、感染者数、死者数がどのように推移していくのか、注視している。
ワクチンの効果か、すでに感染者数は減ってきているようだ。
このまま一気に減っていけばいいのだが、もし、なかなか下がりきらずに死者も一定レベルで出続けるようなことになれば、日本にとっても相当怖ろしいことになる。

ワクチン接種率の推移。上からモンゴル、ルクセンブルク、インド、世界平均、日本 (Our World in Data より クリックで拡大

自己防衛を徹底するしかない

日本は残念ながら、ワクチン接種のシステムも滅茶苦茶だし、政府は問題の核心を直視せず、政局がどうのとか、政権維持がどうのという関心しかない。
この状況がすぐに改善されることは不可能なわけで、国民はひたすら冷静に状況を分析し、自分でできる感染防止策を続けるしかない。
もう飽き飽きしているとは思うが、極力人混みには出ない、人がいる場所ではマスクをする、といったことを続けるしかないだろう。
パニックや偏見で行動することがいちばん危険であり、社会状況を悪化させる。
そうなると、コロナそのもので健康を損なうよりはるかに怖ろしく、息苦しい社会になっていく。
それを避けることは、我々一人一人がしっかり意識を持って行動することで可能なはずだ。


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アジアにおけるワクチン接種率2021/05/17 15:54

モンゴルのCOVID-19死者数の急増(worldometers.infoより)
昨日(2021/05/16)、COVID-19の感染率、死亡率や、ワクチン接種とその効果と不安材料に関する報道について、いろいろ危惧する点がある、ということを書いた。
何度も追記して長くなってしまったし、公開後に新たに知ったデータなどもあるので、ここで、問題点別にまとめなおしてみたい。
(2021/05/19~ さらに改稿)

「大阪はインドより死者数が多い」は本当だが……

まず、アジア圏(特に東アジア)の諸国では欧米諸国より1桁も2桁も死者数が少ないこと(ファクターX)を無視した報道が多い。
例えば、最近「大阪のCOVID-19死者数はインドより多い」という発言が話題になっている。確認すると、大阪府のCOVID-19による累計死者数は1958人(5/17時点)で、人口100万人あたりにすると約223人。インドは191人。確かに「インドより多い」とは言える。
ちなみに、5月8日時点ではそれぞれ192人対174人だったから、どちらもここ9日間で一気に増えている。このまま増え続けると、コロナだけでなく、他の病気や怪我でも適切な対応をしてもらえず命を落とす確率が増えるという怖ろしい事態が待っている。
この「インドより多い」という表現は、インドはCOVID-19死者数が飛び抜けて多い国だというイメージのもとで語られているフシがあるが、実際にはインドの人口あたり死者数は世界100位前後で、累積死者数では「飛び抜けて死者が多い国」とは言えない。
しかし、現在のインドの死者数増加スピードは凄まじく、
インドは、新規感染の平均報告数で世界でも最多となっている。世界で報告される1日の新規感染者の約2人に1人の割合を占める。 (ロイター COVID-19 TRACKER
だそうだ。
また、インドは感染者数はやや減少傾向になっているようだが、ネパール、日本は増えたままなかなか減らない。


日本政府最大の失策は水際対策の失敗と状況把握の遅れ

人口300万人以上の国の、人口100万人あたりのCOVID-19死者数順位は、

ハンガリー(3027人)、チェコ、ボスニア、ブルガリア、北マケドニア、スロバキア、ベルギー、スロベニア、イタリア、ブラジル、ペルー、イギリス、ポーランド、クロアチア、アメリカ、スペイン、メキシコ、ポルトガル、フランス、ルーマニア、コロンビア(1583人)……の順(worldometers.info 2021/05/17時点での集計より)。

多くの日本人はイメージできていないと思うのだが、東欧諸国がものすごく多い
インドの197人は欧米諸国より1桁低い。日本は91人でインドの半分くらいということになっているが、インドは人種的にはアーリア系が多く、日本を含めた東アジア諸国(モンゴロイド系が多い)とは「ファクターX」的な要因がかなり違うであろうことも頭に入れておかなければならない。
ちなみに、韓国は37人、オーストラリアは35人、タイは8人、ニュージーランドは5人、台湾は0.5人、ベトナムは0.4人……で、アジア、オセアニア圏の国では日本の死者数は非常に多い
「日本は欧米諸国に比べて非常に少ない」ではなく「アジア諸国の中ではインド、インドネシア、フィリピン、ネパールの次に多く、韓国の倍以上、香港の3倍以上、台湾の180倍以上の割合で死者が出ている」と伝えるのが正しい。
東アジア諸国で死者が少ないのは人種的(HLA=ヒト白血球抗原型など遺伝子関連の)要因が「ファクターX」になっているのだろうということは、今では世界中の研究者が考えている。しかし、オーストラリアやニュージーランドは人種的には欧米諸国に近いので、イギリスやアメリカ並みに死者が出ていてもおかしくなさそうだが、日本よりずっと少ない。
これは両国とも島国であるという特質を生かして、水際対策を徹底し、感染拡大防止策もしっかりやってきたことが成功しているのだろう。
同じ島国の日本はそれがユルユルだった結果、もはや手遅れ状態になってしい、他国よりも遅れた今になって危機が増大していることも、メディアはしっかり伝えなければならない。

ワクチンですべて解決となるかはまだ分からない

メディアは「日本のワクチン接種率1.1%でOECD中最下位」といった報道をしたがる。
OECDは「経済協力開発機構」のことで、現在37か国が加盟している。しかし、その37か国中、アジアの国は日本と韓国だけである。
では、COVID-19の死者が欧米より極端に少ないアジア諸国のワクチン接種率は現在どのくらいなのだろうか。
日本経済新聞社が「チャートで見るコロナワクチン 世界の接種状況は」というデータをまとめてくれている。それによると、アジア諸国では、

国:100人あたりの接種回数(多い順)
  1. モンゴル:72.8回
  2. ブータン:63.1回
  3. シンガポール:55.0回
  4. 中国:25.3回
  5. 香港:24.4回
  6. インド:12.9回
  7. 韓国:8.6回
  8. ネパール:8.6回
  9. インドネシア:8.3回
  10. マレーシア:5.9回
  11. 日本:4.8回
  12. ミャンマー:3.3回
  13. タイ:2.9回
  14. フィリピン:2.4回
  15. ベトナム:0.9回
  16. 台湾:0.8回
……となって、日本はやはり下から数えたほうが早い。
しかし、よく見ると感染防止対策を絶賛され、実際に死者数も100万人あたり0.5人しかいない台湾が最下位なのだ。
日本が100人あたり4.8回なのに対して台湾は0.8回。5分の1以下である。
それなのに100万人あたりの死者数は日本が91人に対して台湾は0.5人。日本は台湾の182倍である。
台湾やモンゴルは今までほぼ完全に感染を押さえ込めていたが、ここにきて、おそらく変異株の影響があるかと思うが、急に感染者、死者が出てきたため、急遽ワクチン接種政策を進めている。

↓国:100万人あたりの死者数(累積)、100人あたりの接種回数、100万人あたりの検査数
  1. インド:197人、12.9回、226,213人
  2. インドネシア:174人、8.3回、56,252人
  3. フィリピン:173人、2.4回、113,832人
  4. ネパール:169人、8.6回、93,640
  5. 日本:91人、4.8回、103,731人
  6. モンゴル:62人、72.8回、850,497人
  7. ミャンマー:59人、3.3回47,540人
  8. マレーシア:58人、5.9回、320,936人
  9. 韓国:37人、8.6回、182,298人
  10. オーストラリア:35人、11.1回、681,057人
  11. 香港:28人、24.4回、1,965,735人
  12. タイ:8人、2.9回、116,148人
  13. ニュージーランド:5人、7.9回、416,339人
  14. シンガポール:5人、55.0回、1,772,663人
  15. 中国:3人、25.3回、111,163人
  16. ブータン:1人、63.1回、957,402人
  17. 台湾:0.5人、0.8回23,948
  18. ベトナム:0.4人、0.9回31,514
(↑青字は日本よりワクチン接種率が低い。緑字は日本より検査数が少ない。)
これを見る限り、ワクチン接種率と死者数は比例していないように見えるが、ワクチン接種開始前に医療崩壊などで一気に死者が出たケースが多いだろうから、累積の死者数との比較ではなく、今後の動向を注視しなければならない。

モンゴルの今後の動向が気になる

特に気になったのは、昨年まで死者数ゼロだったモンゴルが、ここにきて突然、感染者数も死者数も増え始めたことだ。

モンゴルの新型コロナ感染者数↑と死者数↓の推移グラフ。(worldometersinfoより


モンゴルが今までCOVID-19での死者ゼロだったのは、草原地帯などが多く、人口密度も低い国内にウイルスが入ってきていなかったからだろう。それが一気に感染が広がったことの背景には、何らかの変異株が入ってきて、今までの均衡を破ったのではないかと疑う。同じモンゴロイド系人種の国でのことだけに、今後どうなっていくのかが非常に気になる。
モンゴルは感染者が出てきた今年2月から急遽ワクチン接種に乗り出し、急ピッチで接種人口を増やした。上記データによれば、目下人口100人あたりの接種回数は72.8回で、アジア圏諸国の中でも断トツトップである。そのため、感染者数は減ってきているが、今後、もし感染者数や死者数が下がりきらずにあるレベルでダラダラ続くとしたら、日本にとっても大きな不安材料になる。

医療体制の改革と水際対策の徹底が急務

これらのデータから読み取れることは、ファクターXがほぼ同じ国であれば、死者が増えるかどうかは、感染拡大を抑えられるか、医療崩壊を防げるかにかかっているということだ。
つまり、COVID-19で重症者・死者を出さないための最大の施策は水際対策の徹底と感染防止の努力、そして医療崩壊を防ぐことだろう。
マスクをするとか密を避けるといった努力は国民一人一人の意識で対処できるが、水際対策や医療体制のほうは国民サイドではどうにもならない。
水際対策、感染防止策がこれだけルーズな国で10万人規模の入国者が大都市に集まる東京五輪を開催するのは、世界に対して無責任だと非難されても仕方がない。
最近、スポーツ競技会開催における感染防止策として「バブル」方式という言葉をよく聞くようになった。
競技会開催中、選手を「泡(バブル)」の中に包み込むように外部との接触を完全遮断するというものだ。
チームごとにホテルのフロアを貸し切り、食事も練習も別時間、別空間にして混じらせない。ホテルの各フロアには警備員を配置して選手や関係者が無断で出入りしないように見張る。
しかし、オリンピックのような大規模な大会でこれが可能だろうか? 仮にできたとしても、それはもはや「平和の祭典」「国や人種の垣根を越えた国際交流の場」とはほど遠い、囚人の護送のような風景になってしまう。
そんな大会にわざわざリスクを冒してまで出たくないと、出場を拒む選手も続出するだろう。そうなれば「世界最高レベルのスポーツ大会」でもなくなる。
こうした視点での議論もあまりなされていない。
オリンピックを中止しろ、いやそれはヒステリーだ、といった二項対立を煽るのではなく、きちんと「開催できる可能性と条件」「この状況下で強行する意義」について、データに基づいた論理的議論をしてほしいものだ。

認知症高齢者、基礎疾患のある高齢者へのワクチン接種を再考せよ

最後に、前回も書いたことだが、特養などの介護施設に入っている認知症の超高齢者に「機械的に」ワクチンを打つのは人道に反すると私は思っている。
前回も掲載したが、厚労省が公開している「新型コロナワクチン接種後に死亡として報告された事例の一覧(令和3年2月17日から令和3年5月7日までの報告分)」の中に見られる、認知症や心不全、脳梗塞歴を持つ高齢者の死亡例をもう一度見てほしい。
  • 102歳 女 2021年4月12日接種 4月16日死亡 基礎疾患:誤嚥性肺炎、慢性心不全(大動脈弁狭窄症兼閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症)、マインベース・テオロング・アムロジピン・テルミサルタン(を内服) 死因:誤嚥性肺炎、気管支喘息、心不全
  • 90歳 女 2021年4月20日接種 4月22日死亡 基礎疾患:心臓病、高血圧、大動脈解離(H24)、心房細動(R3)、脳梗塞、骨粗しょう症、バイアスピリン、リセドロン等内服 死因:急性心不全、心筋梗塞等
  • 101歳 女 2021年4月23日接種 4月26日死亡 基礎疾患:高齢、高度アルツハイマー型認知症 死因:心肺停止
  • 90歳台 女 2021年4月19日接種 4月20日死亡 基礎疾患:不明 死因:老衰
  • 92歳 女 2021年4月26日接種 4月28日死亡 基礎疾患なし 死因:老衰
  • 91歳 女 2021年4月27日接種 4月27日死亡 基礎疾患:アルツハイマー型認知症、慢性心不全・陳旧性心筋梗塞(3年以上前)、胆のうドレナージ術後(2021年1月) 死因:心肺停止
稀ではあるが、新型コロナワクチンの副反応の中でもいちばん危険だと疑われているのは、抗体反応と関係して血栓ができ、心不全や脳卒中などを起こして急死するというものだ。それなのに、ただでさえ抵抗力のない超高齢者にワクチンを機械的に打つのは、どう考えても間違っていると思わざるをえない。
例えば、終末期にある認知症高齢者が大腿骨骨折した場合、手術を受けさせるべきか、誤嚥性肺炎を悪化させて口から食事が取れなくなったとき、経管栄養を施すべきか。そうした難しい問題に完全な正解はない。本人がすでに判断力を失い、寝たきりに近い状態の場合、医師や家族が代わりに決断しなければならない。本人がいかに苦しまず、穏やかな終末期を過ごせるかを考え抜いた末に決めなければならない。
そうした苦労を無視するかのように、「国が早くワクチンを打てと言っているから打つ」という姿勢はどうなのか。介護や医療現場の思考停止につながりかねないのではないか。

また、日本でワクチンの副反応と疑われる死亡例や重篤化例が目立つのは、欧米人と同じ量を打っていることも一因になっているのではないかという指摘をする医師もいる。副反応の重さや報告例は1回の接種の量に比例するというデータもあるそうで、平均体重が欧米人よりも軽い東アジアの人たちには欧米での量と同じでは過剰なのではないかというものだ。確かに、超高齢で体力もなく、体重も軽い人がほとんどの高齢者施設入所者などに大柄な欧米人と同じ量をそのまま打ってしまっている現状は問題がありそうだ。
終末期にある高齢者たちが、ていねいな介護のもとで穏やかな終末期を過ごす権利を奪われるようなことにならぬよう、慎重な対応が求められる。
ともかく、医療従事者を含めて、ワクチン接種は自由意志に基づくという大原則の厳守、ワクチン差別をさせない広報と共に、早急に考えてほしい課題である。



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