小林賢太郎はむしろ日本の危機を救った2021/07/24 17:45

これぞ小林賢太郎ワールド
1か月前くらいからは、さすがに誰もが「今から中止はもうないんだろうな」と思っていただろうが、本当に東京五輪が強行開催されてしまった。
しかも、開会式の音楽作曲担当者が辞任したり、息つく間もなく次から次へと問題噴出。トドメは、開会式前日に、開会式の演出総監督的立場にいた小林賢太郎が電撃解任されるというトンデモな事件まで起きた。

昨夜、開会式を見た。
以下、長い文になりそうなので、最初にひとつ結論的なことをいえば、

開会式に関しては、バッハと橋本聖子の中身の薄っぺらな長演説とIOCがねじ込んできたPR動画さえなければ、ほぼ満点といえる出来のものだった。
まさかこれほどのものを小林賢太郎の指揮の下に用意していたとは、想像できなかった。

以下、私がそうした気持ちになるまでのことを、なるべくていねいにまとめておきたい。(文中敬称略)

「言葉選び」を間違えた、はまさにその通り

まずは開会式前日に起きた、総合演出担当・小林賢太郎の電撃解任劇について触れないわけにはいかない。

ラーメンズのファンである私は、小林賢太郎の才能や作風については一通り知っている。人格や人生哲学まではよく知らないが、それでも「反ユダヤ主義者」とか「ナチのホロコーストを揶揄したコント」という報道はにわかに信じられなかった。
件のコントは20年以上前のもので、まだDVDもなく、VHSビデオテープで売られていたものの中に収録されていたという。
ネット上に出回っていたのですぐに確認した。
当時NHKの子供向け番組として有名だった『できるかな』の登場人物、ノッポさんとゴン太くんに分したラーメンズの二人が、番組のネタを考える企画会議風の会話をしている、という構成。

文字おこしすれば、こうだ。
片桐仁(ゴン太くん風):来週、何やるか決めちゃおうね。そういうことはちゃんとやんなきゃダメだから。何やる、何やる?

小林賢太郎(ノッポさん風):ああ、じゃあ、トダさんがさ……ほらプロデューサーの。「作って楽しいものもいいけど、遊んで学べるものもつくれ」って言っただろ?

片桐:ああ、ああ(頷く)。

小林:そこで考えたんだけど、野球やろうと思うんだ。今までだったらね、新聞紙を丸めたバット。ところが今回は、ここに「バット」っていう字を書くんだ。今までだったら、ただ丸めた紙の球。ここに「球」っていう字を書くの。そしてスタンドを埋め尽くす観衆。これは人の形に切った紙とかでいいと思うんだけど、ここに「人」って字を書くんだ。つまり文字で構成された野球場を作るっていうのはどうだろう?

片桐:ああ、いいんじゃない?

小林:ねえ!

片桐:じゃあ、ちょっとやってみようか。ちょうどこういう人の形に切った紙いっぱいあるから……

小林:あ、本当? ああ~! あの「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」やろうって言ったときのな。

片桐:そーうそうそうそうそう! トダさん怒ってたなあ。

小林:「放送できるか!!」ってな。

コントはこの後も続いて、二人は実際に紙で作った小道具を使った「野球」を始める。つまり、このコントのテーマはホロコーストとは何の関係もない。
文字や言葉で世界を構築する、というような実験に、子供の心を持った二人が挑んでいくという構成の中で、何か笑いが生まれないかという実験的なコントだった。
コントの出来そのものは、他の小林作品に比べてよくないし、それこそ小林がアドリブ的に口にしてしまった「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」というフレーズが致命的だったこともあるだろうが、ラーメンズの公式な(?)作品集には収録されていない。
小林がこの台詞を挟み込んだのは、子供というのは時としてとんでもなく無知で残酷なことを言う、ということから笑いが生まれるのではないか、という計算からだ。だからこのフレーズに対するオチでも、プロデューサーが「放送できるか!」と怒鳴ったということにしている。

もちろん「子供の無邪気さと残酷さは紙一重で、笑えないこともあるよね」というこのネタにこのフレーズを使ったことは大きな間違いで、他にもっといい「言葉選び」ができたはずだ。
元NHKプロデューサーは、自身のフェイスブックの中で「1995年に起きたマルコポーロの廃刊事件からヒントを得たのかもしれない」と書いていたが、小林がそこまで計算してこのフレーズを口にしたとも思えない。おそらく反射神経的な、瞬間的な判断ミスだったのだと思う。

確信は持てないのだが、私は過去にこれを見ているような気もする。
はっきりした記憶ではないのだが、そのときも「え? なんでそんな台詞をここで入れる?」と驚き、観客から笑い声が上がることにも違和感を感じたように思う。小林賢太郎ともあろう才人が、そんな大きなミスをするのか、残念だな、と。
全然違う! と突っ込まれることを承知で喩えてみれば、ボルトが2011年の世界陸上100m決勝で派手にフライングしたときの残念さにも似ている。おいおい、ここでそれはないだろ! という残念さと後味の悪さが。

……と、長々と説明してきたが、今回の「事件」に関しては、あまりにも事実を知らないまま得意げに論評している人たちが多いので、敢えて、こうして検証してみた。

怖ろしい時代になった

このミスがどれだけ致命的で、情けないものだったのかを誰よりも知っているのは小林自身だろう。
しかし、今回の「事件」の本質はそこじゃない。20代のエネルギーに満ちた時期に犯した一度のミスで、人生を丸ごとつぶされる公開処刑のようなものを見せられた我々の恐怖のほうだ。

五輪組織委の橋本聖子会長が小林賢太郎の解任を発表したのは7月22日昼前だが、そこに至るまでの経緯があまりにも急、かつ不透明だ。
様々な情報を整理してみると、
  • 21日夜:ネット上で芸能ニュースサイトなどがラーメンズの件のコントを取り上げ「五輪開会式演出・小林賢太郎にホロコーストいじりの過去」という論調で配信
  • 22日1時過ぎ:ツイッター上で、あるユーザーが「東京五輪競技大会開会式及び閉会式制作・演出チームのメンバーに選出された【小林賢太郎氏】の【ユダヤ人】に関する過去の発言について……中山防衛副大臣@iloveyatchanに相談させて頂きました。すぐにご対応くださるとのことです」と投稿
  • 22日2時17分:中山泰秀防衛副大臣がこれに対して「ご連絡頂きありがとうございました。早速サイモンウィーゼンタールセンターと連絡を取り合い、お話をしました。センターを代表されるクーパー師から、以下のコメントがありましたので、ご報告します」と返信
  • 22日3時10分 中山防衛副大臣がサイモン・ウィーゼンタール・センターの抗議文を掲載
  • 22日未明 サイモン・ウィーゼンタール・センター(以下SWC)が「SWCは東京五輪開会式ディレクターによる反ユダヤ主義の台詞に抗議する」と題した抗議文を掲示
  • 22日昼前 五輪組織委橋本聖子会長が会見を開き、小林解任を発表。その際「関係者からの指摘を受けて、早朝に確認した。すぐに協議するように指示したが、それまでは申し訳ないがまったく情報が取れていなかった」と述べる
  • 22日午後 菅総理が記者団からの取材に対して「言語道断。まったく受け入れることはできない」などと答える

(以下、ニュースソースの一部)

橋本会長は会見の際、記者から「それは中山氏の指摘か」と問われ、「違います」と否定したそうだし、中山副大臣は、自分がSWCに伝えたときはSWC側はすでにこの問題を知っていて、抗議文を作成していた、と言っている。
どちらの言葉にも嘘はないとしても、防衛副大臣が政府や組織委に確認もとらず、一民間人からのツイッターを受け、独断で米国の一民間団体に「通報」したことは間違いないのだ。
これこそ「言語道断」であり、国の信用・イメージを失わせる行為だろう。
この国は一体どうなっているのか。
さらに言えば、今回のことで「国際的な認識がない」としたり顔で論評している人たちにも、裏返しの薄っぺらさを感じる。
それは、言葉にできないほどひどい形で殺された人たちの気持ちを「自分がそうだったら」という想像力を持って、共感して発言しているのか、と言いたくなるのだ。
単に「ユダヤ人虐殺問題は国際的にはこうこうで……」という「知識」を持っている自分は教養人で、おまえとは違うんだ、みたいな上から目線、優越感で発言しているんじゃないかと感じることがある。
人の心は、単純には分析できない。どんな人も、心の奥には、自分でも制御できない悪魔的なもの、愚かなもの、未熟なものがある。
問題はそれをどう扱うか。制御するための教養や技術を持っているか、ということ。
20代の自分を振り返ってみれば、とてもそこまでの教養や技術を持ち合わせていなかったし、いっぱい地雷を踏んできた。無名の人間だったから、地雷の爆発も小さくてすんだというだけのことだ。

小林賢太郎が演出チーフになるまでの経緯

そもそも小林賢太郎は、いつどういう経緯で五輪開会式の総合ディレクターという役割を担うことになったのだろう。
発端は2019年12月のことだった。
2020年に開催される『東京パラリンピック』の開会式の演出をケラリーノ・サンドロヴィッチ、閉会式を小林賢太郎が手掛けることと、式の出演者を一般公募することが発表された。
出演者の募集は12月10日からスタート。式の「主役」となるリーディングキャスト、演出内容にあわせてパフォーマンスするオリジナルキャスト、集団群舞のパートでパフォーマンスするマスキャストをオーディションで選出する。審査員には佐々木宏、栗栖良依、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、小林賢太郎、中井元らが名を連ねる。
東京パラリンピック開会式の演出はKERA、閉会式は小林賢太郎 出演者募る ぴあニュース 2019/12/09

このときはオリンピックではなく、パラリンピックの閉会式担当で起用されたということが分かるが、すでに、その後「オリン『ピッグ』問題」で辞任することになる佐々木宏の名前がある。
佐々木が小林の才能を買って、自分が率いるチームに引き入れようとしたことが分かる。

そこで、さらに前まで遡って確認していくと、次のような流れが見えてきた。

  • 2018年7月 東京五輪開閉会式演出の総合統括に狂言師の野村萬斎の就任が決定
  • ⇒野村の下、演出チームとして映画監督の山崎貴、映画プロデューサーの川村元気らが参加
  • ⇒これに森喜朗が注文をつけ、2016年リオ五輪閉会式で安倍マリオを仕掛けた佐々木宏や椎名林檎ら、リオのメンバーをねじこむ
  • ⇒その後、実質チームリーダーが山崎貴→野村萬斎→MIKIKOとコロコロ代わる。野村萬斎を降ろしたのは森が主導
  • ⇒2019年6月 MIKIKOが実質上の総合演出責任者になる
  • ⇒2019年12月 東京パラリンピックの開会式の演出をケラリーノ・サンドロヴィッチ、閉会式を小林賢太郎が手掛けることが発表される。二人を誘い入れたのは佐々木宏
  • ⇒2020年 東京五輪がコロナで1年延期が決まる
  • ⇒2020年4月 組織委がMIKIKOによる開会式演出案をIOCに提示。IOCは大満足であると伝える
  • ⇒2020年5月11日 MIKIKOが電通の代表取締役から責任者の交代を通告される。後任は佐々木宏
  • ⇒2020年12月 当初の演出チーム解散を発表。組織委は「コロナ禍に伴う式典の簡素化を短期間で進めるため権限を一本化する」として佐々木体制を認める
  • ⇒佐々木はMIKIKOを排除し、IOCが絶賛したMIKIKO案を自分の手柄のようにパクリ、音楽担当に小山田を呼ぶ
  • ⇒2021年3月 佐々木が「オリンピッグ」発言で辞任。その直後、開会式演出の実質的責任者だったMIKIKOが、自身に連絡がないまま、新たな責任者が任命されていたとして辞任
  • ⇒残った小林賢太郎が演出リーダーに押し上げられる?

……という流れだったらしい。



つまり、小林が総合演出の立場に押し出されたのは今年の春以降で、わずか3か月ほどで、ゴタゴタ続きの現場を立て直し、グチャグチャになっていたであろう開会式演出をまとめ上げなければならなかったわけだ。
しかも、この時期にはすでに「五輪はできないだろう」という見方が強く、世論も五輪中止・再延期が7割を超え、再延期が事実上不可能なことを踏まえれば、中止の可能性が非常に高かった。
短期間で演出案をまとめ上げても、MIKIKO案がすっ飛んでしまったように、闇に葬られる可能性があったのだ。

そんな状況でまともな演出などできるはずはない、と、私を含め、多くの人が思っていただろう。
無観客が決まったのもギリギリだったし、これはもう、世界からのリモート映像をつなぎ合わせて「ゆく年くる年」みたいな構成にするとか、アニメのキャラを総動員したチャラいものになるのがオチだろう……と。

こんな感じかな? と思っていた(画像はワシントンポスト紙のWEBサイトより)


想像をはるかに超えていた開会式演出

7月14日、五輪開会式、閉会式の制作・演出チームが発表された。
スタッフのトップに「Show Director 小林賢太郎」の名があった。

私は小林が開会式演出を引き受けたことを知って、複雑な思い……いや、正直にいえば、ちょっとガッカリした。
小林は、ラーメンズが実質活動を終了した後も、NHKのBSで毎年、オリジナル作品を発表する特番を持たせてもらったり、いろいろな公演の演出や脚本を手がけたりしていた。しかし、私としては「なんだか偉くなってしまい、つまらなくなってしまったな」という感想を持っていた。
ラーメンズの相方・片桐仁も、テレビ番組にちょこちょこ出ていたが、やはり小林と組んでいたときのような爆発的な魅力は失せていた。彼らの名前や姿を見るたびに、ラーメンズはもう復活しないのか……という思いだけが残る。
で、挙げ句の果てには、佐々木宏の後始末を引き受けたのか……と、残念な気持ちになったのだった。

しかし、開会式が始まった途端「え?!」と目を凝らした。

オープニングシーンからして、これはもう小林賢太郎ワールド全開ではないか。しかも、とても思想性があり、これはどういう意味が込められているのだろう、と、何度も見直したくなる。

オープニングで、一人黙々とランニングマシーンでトレーニングする女子アスリートを演じたのは、現役の看護師・津端ありさ。ボクシング女子ミドル級で五輪出場を目指していたが、コロナ禍で世界最終予選が1年延期された末に中止になり、チャンスを失ったという。
諦めてうなだれる彼女の回りで乱舞する赤い衣装のダンサーたちと、赤いリボンでの表現──赤い筋がアスリートの体内を流れる血潮にも、人々を襲うコロナウイルスにも見える。心の葛藤と身体の葛藤をこんな風に表現できるのかと唸ってしまった。

後半で登場したパントマイムの が~まるちょば(HIRO―PON)とGABEZ(ガベジ)が演じた「動くピクトグラム」も、これこそまさに小林賢太郎のアイデアに違いないと分かる演出。コバケンがいなければあのシーンは生まれなかっただろう。

これぞ小林賢太郎の世界! と思わせた「動くピクトグラム」


よくもまあ、あれだけの短時間、ゴタゴタ、バカな介入の嵐という多重苦を乗り越えてここまでやれたものだと、感動するしかなかった。

小林賢太郎がいなかったら

ここで「もし、小林賢太郎がいなかったらこの開会式はどうなっていたのだろう」と想像してみた。
ある程度、形はできても、心に訴えるものがない、空疎なものになっていたのではないか。
世界中から「ああ、やっぱりね」「アニメキャラにダンス? ハイハイ。今の日本がオリンピックやると、こういう感じなんだろね。分かる分かる」的な評価をされていたのではないか。
開会式の前に散々傷つけられた日本人の誇りや自信が、開会式の中身でさらに決定づけられてしまったのではないか。
また、防衛副大臣らの愚かな破壊工作のおかげで、ショー部分は全部カット、入場行進とスピーチと聖火点灯だけ、となっていたら、いくつも開いた傷口に塩を塗り込まれるような結果になっていたのではないか。
選手たちも白けに白け、自棄を起こしてつまらぬ問題を起こす輩が出てきたりしたかもしれない。

しかし、蓋を開けてみたら、そういう開会式ではなかった。
IOCの図々しいPRビデオと、橋本、バッハ両会長の薄っぺらな上に長いだけの演説がなければ、ほぼ満点をつけてもいいような演出内容だった。

国民の7割以上が疑義を感じているオリンピック。開会式まで3か月もないというタイミングで演出を指揮するように言われた小林はどんな気持ちでこれを引き受けたのだろう。
どんなに頑張っても、大会は中止になって、仕事は闇から闇へと葬り去られるかもしれない(実際、MIKIKO案がそういう運命をたどったことを小林は見ているはずだ)。
やれたとしても、かつてのファンから「ラーメンズも権力側に囲われたか。がっかりだぜ」と背を向けられるかもしれない。

中止にならなかった以上、関係者ができることは、残された時間と金と一人一人の努力で傷を最小限にすることしかない。
こんな現場は嫌だと言って逃げることはできる。そして多くの人たちと一緒になって、五輪ヤクザや政治家たちによって汚しに汚されたこのイベントを冷ややかに見ていることもできる。
しかし、別の解があるのではないか?
どんな理由であれ、これだけ問題を抱えた五輪の開会式は世界中から注目される。そんなステージはこれからさき二度と訪れないかもしれない。
であれば、自分が持っている力を全力でぶつけてみるのも、表現者としての「解」ではないか。
この葛藤は参加する選手たちも同じだろう。
小林はそう思って、この困難極まりない仕事に取り組んだのかもしれない。

その結果、日本のボロボロになった誇りと精神状況が、かなり救われた。ギリギリのところで「防衛」できた。
私はそう思う。
実際、この私は、開会式を見て、様々なことを改めて学ばされた。

何よりも、必死に仕事をした若者を平気で見殺しにする国家権力者……という図式を生々しく学ばせてもらえた。
「人生の一時期不適切な冗談をネタにしていたけれど、その後それを改め、人を傷つけないお笑いの道を歩み、事が起こってこのコメントを出す人を、言語道断と言って叩ける人はどれほど立派なのかと思います。またこの人を多少なりとも擁護しない日本政府は何なのかと思います」
(米山元知事 小林賢太郎氏解任に怒り「この人を多少なりとも擁護しない日本政府は何なのか」 スポニチアネックス 2021/07/22
……という、米山元新潟知事の言葉は、もっともである。

文化とか芸術とかとほど遠い「別の地平」にいる権力者が「言語道断」などと言っているが、あんたは彼に「救命された」ってこと、死ぬまで分からないんだろう。

長くなったので、このへんでキーボードから離れよう。

最後に一言だけ。
ラーメンズのファンとしては、あの黄金コンビが復活して、「無観客開会式ごっこしようぜ」みたいなコントをしてくれることを夢想している。

「ここに新聞紙を人形に切ったやつがあるから、これを来賓席に並べてさ」
「会長にはお菓子のおもてなしを忘れないようにしないとな」
「甘露飴ならあるよ」
「おお、それはいいな。あと、コカコーラは全種類用意な」
……

(文中敬称略)



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熱海の土石流は「犯罪事件」である2021/07/12 20:20

NHK「クローズアップ現代」より
NHK 「クローズアップ現代・カメラが捉えた脅威 緊急報告・熱海土石流」より(映像は今回の現場ではなく、過去に起きた京都の事例からのもの)
デタラメな太陽光発電所、風力発電所の建設がどれだけこの国を壊しているか、日本のメディアは、実態を絶対に伝えようとしない。
「再生可能エネルギー」という言葉が聖なる言葉になってしまっていて、不都合なニュースを最小限に伝えるときも「地球温暖化対策のために再生可能エネルギーの普及は不可欠ですが……」みたいな枕詞をつける。
不可欠でもなんでもないし、今のようなことを続けていたら、資源小国の日本は取り返しのつかないことになる。いつまでこんなバカなことをやり続けるつもりなのか。

熱海市で起きた「土石流」事件では、数十人の死者・行方不明者が出た。
原因は明らかで、
  • 沢の上流の谷に残土や産廃を投棄して埋めてしまったこと
  • 山の尾根筋を削って太陽光発電パネルを敷き詰めたこと
の2つだ。
しかし、メディアは「盛り土」という言葉を繰り返すばかりで、問題の本質を意識的に避けている感がある。
「原因はまだ特定できませんが……」というフレーズを繰り返す。

テレビには連日、「専門家」と呼ばれる人たちが入れ替わり立ち替わり登場するのだが、言うことが全部違う。
崩れた場所に見えている黒い土を指して「これが火山灰起因の本来の固い地層」という人がいるかと思えば、「火山灰土がこんなに黒いはずはないので、何か脂分を含んだ残土や産廃起因ではないか」という人もいる。どちらも「地質学者」なのだそうだ。

すぐ隣のソーラー発電施設は、当初、わざとテレビの画面に映らないようにしていたフシがある。
ようやく原因の一つである可能性に触れた学者が現れたが、案の定、その後、この説をフォローする報道はマスメディアからはほとんど出てこなかった。
別の学者はそのソーラー発電所脇に亀裂のような凹みがあるのを指して、「隣の盛り土が崩れたので引っ張られるようにして亀裂が生じている」と解説していた。
……いや、これはおそらく崩落の前からあったものだろう。今回のことでえぐれが広がっているとしても、だ。
田舎に暮らしている人ならみんな知っている。山に道を造れば、大雨が降ったときに流れる水で土がえぐれ、溝が掘られるのだ。そこを水が流れていって、どんどんえぐっていく。
だから、川内村に住んでいたときは、自分で私道の脇に雨水の通路を掘っておかなければならなかった。何もしないと道の真ん中を雨水が流れて溝が掘られてしまうため、車が通れなくなるのだ。
それを、ずっと前からその道の奥に棲んでいる人に言われて、道の横にシャベルで側溝を掘り、それが埋まらないように、ときどき掘り起こしていた。
こういう水の逃げ道がないと、道や斜面が大規模に崩落する。
都会の「専門家」って、そういう基本的な生活感もないままに理論だけで勝手に推理するような人が多いのだなぁと、改めて思った。
南伊豆の風車被害を見に行ったときも、現地の住民に教えてもらった。風車を建てるために山に道を造ったため、そこが雨水の道になってしまって土砂が上から流れてきて被害が生じた、と。
それで、慌てて「沈砂池」を道路の横に造ったけれど、たちまちそこも埋まってあふれてしまった、と。

山にウィンドファームやメガソーラーを作るな!

これは全国の風力発電・太陽光発電建設現場で起きている典型的な公害なのだが、メディアはほとんど報道しない。
私が2011年まで住んでいた川内村に隣接する滝根小白井ウィンドファームでも、建設中から降雨後の泥水流出がひどく、下流の夏井川では岩魚や山女が産卵できなくなり、夏井川漁協が事業者に補償を求めた。

↑風力発電施設工事のとき、大量の泥水が海や住宅地に流れ込んだため、対策として作られた「沈砂池」。しかし、大雨の後はこれもたちまちあふれてしまい、さらにもう一つ作る羽目に。写真は2010年1月、南伊豆にて


土木学会特別上級技術者の塩坂邦夫氏は、今回の熱海土砂詐害事件について、周辺の宅地開発・メガソーラー建設で、山の尾根が伐採され、土も削られたことで保水力が失われ、雨水の流れ道も変わってしまったことも一因、と指摘した。
それに対して、難波喬司・静岡県副知事(元・国土交通省大臣官房技術総括審議官)は、「そんなに広い地域の水が集まっていれば大洪水になっているはずだ」として塩坂氏の見解を否定した、という(盛り土崩落、宅地開発影響か 2021/07/09 時事通信社)

↑TBS『ゴゴスマ』で、自らのチームがドローンで撮影した映像を元に、今回の崩落原因を推理する塩坂氏。
ソーラーパネル設置のために削られた尾根は崩落現場より上にあり、ソーラーの建設道路が雨樋のように雨水を流すことになった可能性が指摘された。


崩落現場のすぐ隣りの尾根を削って建設された太陽光発電所。


塩坂氏はその後、7月9日には静岡県庁で記者会見し、「周辺の宅地開発で尾根が削られて水の流れが変わり、従来の範囲よりも広い地域から大量の雨水が盛り土一帯に流れ込んだ」と結論づけた。

現地調査に基づき「人災だ」と見解を公表した地質学者の塩坂邦雄さん(76)は9日、県庁での記者会見で、造成で尾根が削られたことによって雨水の流れ込む範囲(集水域)が変化、盛り土側に雨水が流入した結果、土石流を誘発したと分析した。
(略)
 塩坂氏は、盛り土付近の造成で尾根が削られたことにより、逢初川の集水域よりさらに北部にある、鳴沢川の集水域約20万平方メートルに降った雨も、盛り土側に流れ込んだと分析している。造成地側から盛り土側に水が流れた跡も確認したという。
(略)
河川の流域の一部分を別の河川が奪う地理的現象で、造成によって水の流れが変化し、逢初川よりも北部の鳴沢川に流れ込むはずの雨水が、谷を埋めた盛り土に流入。雨水が逢初川側に流れ込んだと主張した。
2021/07/09 熱海土石流 造成が誘発した人為的な「河川争奪」地質学者が指摘 毎日新聞

熱海の土砂災害を引き起こした背景は「モリカケサクラ」と同じ構図

山の頂上や尾根を伐採すると保水力や地下水脈が変わってしまい、土砂災害の原因となる、というのは、広く知られたことである。
それなのになぜ、国や熱海市は尾根筋の伐採・掘削や谷への残土・産廃の投棄を放置してきたのか。

マスコミが触れようとしないので、ネットで検索するしかない。
すると、すぐに答えが出てきた木下黄太氏のブログ記事三品純氏の記事にしっかり書かれていた。

まず、谷に残土や産廃を投棄して埋めた張本人は小田原市では悪名高い不動産業者。
その社長は自民党系の同和団体である「自由同和会神奈川県本部」会長。
ネット上には、2014年、自民党本部で行われた自由同和会中央本部第29回全国大会で議長を務めるこの社長の写真もあって、背景には安倍晋三首相(当時)が「日本を、取り戻す」というスローガンと共に大写しされたポスターが何枚も並んで写っている。

あの辺りの山を無理矢理切り崩して、まず先に道を作っていったんです。
道を作る時に、図面が先にあるわけではなくて、こういう感じがいいんじゃないかみたいな感じで現場で緩く決めていって、それで道ができていくような流れです。その後で測量部の人がやってきて、測量して図面を書くという流れでした。計画がきちんとあるわけではなくて、むしろやったことを、後付で図面を作ってるという話です。まあ適当なんですよ、本当に。
とにかく道路を作れば、その先でまた森を崩して平地を作るみたいな状態です。
だからものすごく土砂が出るんですよ。
そうした現地での開発で出た土砂が捨てられた土砂の大半であったと思います。
木下黄太のブログ 2021/07/09 元社員への取材内容から抜粋)

↑こうしたことは、日本全国の山でごく普通に行われている。私も川内村時代には、そうした現場をたくさん見てきた。
とにかく、山を伐採し、削って平らにすれば、雨水は行き場を失い、土砂と一緒に流れていく。あたりまえのことなのだ。

テレビや新聞が意識的に避けているとしか思えない、これらの記事を読んでいくにつけ、気持ちが悪くなり、ただでさえ体調不良の昨今、見ないでおきたいという思いも強くなる。
しかし、どうもこのままうやむやにされてしまう可能性も出てきたので、議事録や登記簿などからはっきり分かっていること、信用できそうな記事から、ものすごくざっくりとこれまでの経緯をまとめると、↓こうなる。
  • 2006年9月  小田原市の不動産会社S社が伊豆山赤井谷一体を買取りで取得
  • 2007年頃~ 同社は麓側から徐々に工事道路を建設し、尾根筋を伐採、造成し始める
  •       並行して、谷に造成工事で出た土やビル解体などで出た産廃を投棄して埋め始める
  • 2007年7月  台風4号による降雨で、同社が所有し、宅地開発をしていた伊豆山七尾にある熱海市の水道施設調圧槽が同社所有の山林地からの土砂、流木により一部埋没。市は同社に対して土砂、流木の排除対応処理を文書で依頼するも、同社は応じず放置。市議会で問題になる。市議会の建設公営委員会での質疑応答にて、市の担当者は「(相手が)同和系列の会社でございまして、ちょっと普通の民間会社と違いますので……」という答弁。
  • 2009年6月  市議会で再度、同社の危険な開発行為問題について質疑応答あり。この時期、同社は宅地開発を諦めていた様子。熱海市内のホテル解体工事で出た産廃なども谷に埋めていたことを、同社の元社員が証言
  • 2009年11月 同社社長が小田原駅前に所有していたビルの一室を、違法風俗店と知りながら本来の家賃を上乗せして貸していたとして、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)容疑で神奈川県警に逮捕される。
  • 2011年2月22日 熱海市が同社所有の赤井谷の土地を差し押さえ。
  • 2011年2月25日 不動産、建設関連を複数所有するZ社の社長が買取り。面積は周辺一帯で合計約40万坪。
  • 2013年8月~10月 Z社傘下の複数の会社がZ社が買い取った伊豆山周辺の土地での太陽光発電所建設を申請し認可される。


このZ社の社長は、1989年、1985~87年までの3年間の所得20億4,000万円を8億3,000万円余と過少申告。所得税5億1,200万円を脱税したとして逮捕されている。さらには2004年にも、2003年12月期までの5年半で約4億円の所得隠しを指摘されていたことで摘発され、追徴課税されている。他にも関連会社がアスベストの不法投棄事件とか、もういろいろと……。

ほんとに気分が悪くなってきたので、もうやめたい。
どれもネット上を検索すれば簡単に読めるデータや記事なので、知りたい人はどうぞ探してみてほしい。
現代日本が抱えるさまざまな問題が、これでもかというほど、分かりやすく浮かび上がってくる。



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バッテリー交換をしながら考えた日本の将来2021/06/06 15:41

パナソニックから「超納豆」に交換

その「国産ブランド」はどこ製?

17万円のラパンにつけているパナソニックのバッテリーがすぐに放電してしまうので、思いきってサイズの大きい韓国製バッテリーに交換した。
今までは60B19L。今度はバッテリー受け皿からはみ出る65B24L。 サイズがでかくなった分、バッテリーが上がりにくくなったはず。能力も60から65にちょっと上がっているし、これでだいぶ安心できるかな。

SuperNatto(「超納豆」??笑)という怪しげなブランドに不安を感じる人も多いかもしれないが、プジョーにつけたやつがもう3年くらい問題ないので、信用している。
ネットショッピングでは、韓国電池という会社が作っているアトラスというブランドのバッテリーがよく売れていて、評判もいい。自動車メーカー、農耕機メーカーなどが採用している例も多く、今や世界的なブランドなのだが、値段は国産ブランドのものよりずっと安い。
自動車用バッテリーといえば、昔はGSバッテリーが圧倒的な「一流」ブランドだったが、知らないうちにYUASAに吸収合併されていて、その後、パナソニックも吸収された。

GSバッテリーの歴史
  • 1895年 島津源蔵、日本で初めての鉛蓄電池を製造
  • 1908年 商標「GS」使用開始
  • 1912年 蓄電池工場(新町今出川)を建設
  • 1917年 日本電池(株)を設立、電気自動車「デトロイト号」を2台アメリカから輸入
  • 2004年 日本電池とユアサコーポレーションが株式移転により、持株会社である株式会社ジーエス・ユアサコーポレーションを設立
  • 2016年 パナソニック(株)の鉛蓄電池事業を譲受し、商号を(株)GSユアサ エナジーに変更

今はもう、GSもYUASAもパナソニックも、同じ経営母体になってしまったわけだ。株式会社GSユアサエナジーは、パナソニックというブランド名はそのまま残している。出光ZAXIAはそのOEM製品。

タイヤもそうだが、日本以外のアジアンブランド製品が「安かろう悪かろう」という時代は完全に終わっている。
我々高齢者世代は、なかなか頭の切り替え、というか、一度植えつけられた「国産=高品質・高性能」というイメージを捨てることが難しいのだが、東芝もパナソニックも、今ではブランド名だけが残り、実体は外国企業資本だったり、ほぼ中国製だったりする。
昔のブランドイメージは一旦リセットして考えないといけない時代なのだなあ。

「政治主導」でますますじり貧になる「技術大国」

最近、自動車製造業界では、半導体不足で工場生産がストップする事態が起きている。
今や世界的戦略物質である半導体の業界においても、日本はまた失敗を重ねようとしている。
5月21日、自民党は「半導体戦略推進議員連盟」(甘利明会長)なるものを設立した。
税金を投入し、「政治主導」で半導体産業を強くしていくというのだが、それがそもそも日本の「経済安全保障」を危うくさせているという指摘がある。
「日の丸半導体」はひいき目で見ても、世界を制する兆しは見えない。
 白物家電と同じく80年代には世界市場シェア50%を占めていたが、韓国や台湾に次々と追い抜かれ、今や2021年第1四半期の売上高ランキングにおいても、日本企業は15位にキオクシアが入るのみ。
自民党・半導体議連設立の10日後、経産省は、半導体受託製造で世界最大手の台湾企業TSMCが日本で実施する先端半導体の研究開発を支援し、5年間で190億円を拠出すると発表した。
税金ももらえるし、日本企業の技術に対して情報収集やリクルートもできる。うまくいけば、鴻海がシャープを傘下にしたように、技術力がありながらも経営に苦しむような日本企業を手中におさめることができるかもしれない。韓国としのぎを削るTSMCにとって何かしらのメリットがあると判断したということだ。いずれにせよ、彼らの頭には、「日本の半導体の国際競争力を高めてやろう」なんて発想が1ミリもないことは間違いない。
世界では「保守系政治家」は国益や国内企業の保護がまず第一なので、アメリカなど大国からの介入を嫌うのが普通だが、日本では「親米保守」という、愛国なんだか売国なんだかよくわからない人々が政治を動かしている。
そうなると当然そのしわ寄せは経済、つまり民間企業に押しつけられる。

これまで日本が半導体産業にやってきたことや、コロナのワクチン政策を見れば明白だが、「やることなすこと日本を衰退させていく政策」が量産されていくという今の政治システムを変える必要がある
DIAMOND ONLINE 2021/06/03 台湾TSMCを巻き込む「日の丸半導体復活」構想が、日本の衰退を早める理由 窪田順生

韓国や中国の大手半導体メーカーの中には、複数の企業が、東京やその周辺(川崎や横浜)に半導体関連の「研究所」を既に設置している。日本で研究を行う建前になってはいるが、実際の目的は、日本国内の企業や大学研究室からの技術情報収集(あるいは少額の研究資金を提供した協業)、装置・材料の調達、日本企業に勤務する技術者のリクルートのいずれかあるいはすべてだろう。
日経XTWECH 2021/03/02 TSMCの日本工場は幻、日本企業の自助努力なくして半導体再興なし 服部 毅
 
どれだけ失敗すれば分かるのだろう、と呆れる。

日本を代表する企業である東芝が今のような惨めな状況になった最大原因はなんだったのか。
みんな忘れてしまっている。というか、メディアもしっかり報道しなかったから、国民のほとんどはその問題を知ってもいない。
東芝が2006年に社運をかけて傘下に収めた原発プラント大手、米ウエスチングハウス(WH)。その決断は10年余りの時を経て、日本を代表する名門電機メーカーとしての東芝を債務超過に転落させるという惨憺たる結果を招いた。東芝は2年間で1兆円近い原発関連の損失を計上、昨年の医療機器子会社の売却では事足りず、看板のフラッシュメモリー事業まで手放す可能性が現実味を帯びている。
ロイター 2017/02/15 原発で誤算、東芝の「失われた10年」 優良事業相次ぐ身売り

1兆円をどぶに捨てた米ウェスチングハウス(WH)の失敗をきっかけに東芝の凋落は始まり、何かといえば官僚が無責任に口先介入、資金不足につけ込んで侵食した外資が揺さぶりをかけ、経営陣に当事者責任が見られないまま、医療、半導体と付加価値の高い事業分野から切り売りしていった。その結果、鉄道インフラ、水力・火力発電、エレベーター、レジシステムなど多彩だが成長分野の核になる事業がない、という将来に展望を描けない企業となった。
現代ビジネス 2021/04/29 東芝の悲惨すぎる末路…なぜ“外資の草刈り場”となってしまったのか 伊藤博敏

……これがかつて「技術大国日本」と呼ばれた日本の姿だ。

庶民ができるせめてもの防衛術とは?

私たち世代はこの悲惨な状況に心を痛めながらも、もうすぐ死んでしまうので、地獄の底までは見届けないで済むかもしれない。
しかし、若い世代の人たちは、真剣に自分の将来を見据えて生き残り作戦を練らなければならない。

Super Nattoブランドのバッテリーを企画・輸入・販売している南進貿易株式会社は、福岡市にある自動車整備工場社長の息子が2010年にオートバイ用バッテリーの輸入販売をしようと設立した。創業してすぐ、海外から直接、独自ブランドでバッテリーを仕入れようと決意して今に至るという。この10年で確実に成長し、経営も軌道に乗っているようだ。
しかし、今は国産ブランド品より、中国や韓国、台湾製の製品のほうが概ね安いが、そのうち逆転するのではないか。円安で、日本の労働賃金はどんどん下がり、アジアの他の国々が日本の工場で製品を生産したほうが安くつく、なんてことになるだろう。
いや、すでにそうなってきているのだ。
アニメの制作現場なんかは、急速に中国に乗っ取られつつあるという。日本の職場があまりにも低賃金の地獄環境だから。
既に「日本のトップ級以外のスタジオは、単価が安いけど質が悪いので発注できない」(中国の配信大手)という声も出始めている。中国の求人サイトによると、アニメーターの平均月収は杭州が3万4062元(約52万円)で、北京では約3万元(約45万円)だった。
「これまでは中国が日本アニメの下請けだったが、もはや逆転している」
プレジデントオンライン 2021/04/06 「日本人なら中国人の3分の1で済む」アニメ制作で進む"日中逆転"の深刻さ 日本が中国の下請けになっている 中藤 玲

IT関連もそうだ。力のある者は、さっさと日本に見切りをつけて、仕事の場を海外に移している。ネット時代の現代では、別に移住しなくても、日本にいながら海外企業の下で働くことはできるしね。

若い人たちにアドバイスできるとすれば、とにかく英語と技術力を磨くことだ。ボ~ッと生きていたら、地獄のような人生しか待っていないよ。








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東京五輪2020契約書のトンデモ度2021/05/27 16:02

「ぼったくり男爵」が強気なわけ

今月初め、米国ワシントンポスト紙に掲載されたサリー・ジェンキンス氏(スポーツジャーナリスト)のコラム "Japan should cut its losses and tell the IOC to take its Olympic pillage somewhere else" が話題になった。
「国際オリンピック委員会(IOC)のフォン・ボッタクリ男爵と金ぴかイカサマ師たちの間では、いつの間にやら、日本を自分たちの足置き台として使おうということで決まっていたようだ。」と始まるこのコラム、日本では「ぼったくり男爵」という言葉だけが広まった感があるが、そこに書かれている内容を、アスリートも含めて、多くの人が読むべきだと思う。
原文は⇒こちらだが、幸い、クーリエジャポンのサイトに日本語での全訳が載っている。⇒こちら
ごく一部だけ抜き出してみる。
東京での夏季五輪開催が国益を脅かすのなら、日本の指導者たちはIOCに対し、略奪(plunder)はよその公国(duchy=公爵が支配する領土)へ行ってしてくれと言うべきである。
フォン・ボッタクリ男爵、別名トーマス・バッハIOC会長とそのお供の者たちには悪癖がある。それは自分たちをもてなすホストに大散財をさせることだ。まるで王族が地方にお出ましになったとき、そこの小麦が食べ尽くされ、あとに残るのが刈り株だけになるときのような話だ。
五輪マスト・ゴー・オンと横柄に言い張れるIOCの神経はいったいどうなっているのか。
その答えは、IOCの権力の源泉であるオリンピックの開催都市契約にある。これはIOCがいかに高圧的な組織であり、なぜ五輪開催都市が深刻な負債を抱えることになるのかを明らかにする文書である。
こんな「不平等条約」があっていいのか? その契約書全文も、今は日本語訳で全文が読める。⇒こちら

2013年9月7日にブエノスアイレスにおいて締結されたこの契約書は、IOC(ジャック・ロゲ会長、リチャード・キャリソン財務委員会委員長)と東京都(猪瀬直樹・都知事)、JOC(竹田恆和・会長)の間に交わされたもので、この4名の署名がある。

この契約書は80ページ以上にも上るので、そんなものは読んでいられないと言われそうだが、序文だけでも読んでみてほしい。
序文を読むだけでも、この契約の中身が相当危険なものであることを感じ取れるだろう。
オリンピック憲章に基づき、IOC は、オリンピック・ムーブメントの最高の権威であって、これを主導し、また、オリンピック競技大会は、IOC の独占的な財産であって、IOC はこれに関するすべての権利とデータ(特に、組織、運営、利用、放送、記録、表現、複製、アクセス、流布に関する、あらゆる形態、手法またはメカニズムのすべての権利であるが、これらには限定されるわけではない)を、 既存のものか将来開発されるものかを問わず、全世界を通して永続的にこれを所有する。

全てのオリンピック資産に関するあらゆる権利、およびそれらを使用する全ての権利は、営利目的、商業目的、または宣伝目的のための使用を含むがそれのみに限らず、独占的に IOC に帰属する。IOC はその権利の全部あるいは一部を、単独または複数の当事者に対して、IOC の定める条件および条項により、自ら単独の裁量にて使用の許諾をすることができる。

こんな文言を含んだ長い序文の後に、契約内容がズラッと書かれているのだが、開催都市・開催国がいかに屈辱的な立場を呑まされているかが、これでもか、というくらい並んでいて、目眩がする。

前述のコラムの筆者サリー・ジェンキンス氏は、一例としてこう述べている。
「医療サービス」に7ページが割かれており、開催国は五輪関係者として資格認定を受けた人全員に対し、「無料」で医療を提供しなければならないとされている。現地の病院に五輪関係者専用の病室を用意することもそこには含まれる。東京の組織委員会によれば、IOCの要求に応じるために約1万人の医療スタッフを振り向けなければならないという。

契約書には確かにこう書かれている。
保健サービス:開催都市、NOC、および OCOG は、開催都市および開催国の関係当局を通じて、本大会に関連する医療/保健サービスのあらゆる事項について責任を負うものとする。
開催都市、NOC、および OCOG は、IOC から受けたすべての指示に従い、本国への送還を含む必要かつ適切な医療/保健サービスのすべての施策の確実な実施について責任を負う。
医療サービスは、本大会のために開催国に滞在中発生したあらゆる症状について、IOC が指定する一部カテゴリーの資格認定を受けた人々(選手、チーム役員、その他のチームスタッフ、技術委員、メディア、放映権を持つ放送機関、オリンピックのスポンサー/サプライヤー/ライセンシーのほか、IOC、IF、各国の国内オリンピック委員会の代表および職員が含まれるが、これらには限定されない)に対し、無料で提供するものとする。これらのサービスの範囲とレベルは IOC の書面による事前承認を必要とする。医療/保健サービスに関するさらなる詳細は、「医療サービスに関するテクニカルマニュアル」および「財務に関するテクニカルマニュアル」に示されている。

日本では、大会期間中に選手村で感染が広がったら、とか、選手だけの特権のように報じられているが、この契約書を読む限り、選手やチーム役員だけでなく、オリンピックのスポンサー、サプライヤー、メディアスタッフも含まれ、さらに念押しのように「これらには限定されない」とまで記されている。ものすごく曖昧かつ広範囲の「関係者」すべてが、五輪開催に関係して日本国内に滞在していたときの「あらゆる症状」について、無料で医療提供されることを保証しなければいけない。しかもその細かな内容についてはIOCが決定権を持っているというのだ。
これはもう、IOCは開催国の法律や国内事情に関係なく超法規的権力を握っていると言っているようなものだ。

これだけではない、例えば選手村の規定では、
OCOG(大会組織委員会)は、OCOG 単独の費用負担により、オリンピック選手村とその他の適切な宿泊施設を、IOC がその単独の裁量にて決定する期間中、すべての必要なサービスと共に提供する。
OCOG は、IOC がその単独の裁量にて決定する正式に資格認定を受けた選手およびチーム役員に対して、オリンピック選手村とその他の適切な宿泊施設における部屋と食事を、それらが利用可能な期間中、無料で提供するものとする。

となっていて、これが「お・も・て・な・し」ということか……と思うわけだが、その後にはさらに、
OCOG は、「オリンピック競技大会におけるアクレディテーション(資格認定)-ユーザーズ・ガイド」および「宿泊に関するテクニカルマニュアル」にて示されるように、放映権を持つ放送機関とオリンピックのスポンサーを含む、資格認定を受けたすべての者に十分かつ適切な宿泊施設を提供する責任を負い、かつ提供するものとする。
これらの資格認定を受けた者へのホテルまたはその他のタイプの宿泊施設の割当ては、大会基本日程に従い、IOC の書面による事前承認を必要とする。

新しく計画され建設されたホテルなど、本契約に基づき、IOC またはその他 IOC が承認した取決めによって具体的な価格が設定されていない場合には、本大会に参加する資格認定を受けた者のホテル客室、会議室、メディア村の部屋や関連するサービスの上限価格は、開催都市の申請書または立候補ファイルに記載された同等の品質、立地、サービスを持つホテルおよび部屋の料金を超えないものとする。開催都市の申請書または立候補ファイルに具体的な料金が記載されている場合で、これらの料金が上昇した場合、OCOG がその上昇分を支払う財務上の責任を負う
……などと事細かに書かれている。
要するにホテルの料金も「IOCが認定した価格以上になったら、差額は大会組織委員会が支払うこと」になっているのだ。

この調子で、大会開催に関して外国から入ってくる物品、機材、動物などには、「専属の入国・関税局、またはそれと同様の組織の創設を含む、必要なあらゆる手段を取る」とか、「開催国において支払われるべき関税、その他の税、または類似の金銭的負担を課せられることなく、迅速かつ簡易な方法で適切かつ必要な就労許可を得られるようにする」(12. 一定の人物、物品、動物に関する入国手続)

税金についても、
「開催都市および/または OCOG は、それらが源泉徴収税、関税、付加価値税、その他の間接税であるかにかかわらず、また現在あるいは将来のものであるかにかかわらず、本大会に関連して生じた収益に関して、(略)IOCまたは上記の当該第三者のいずれかが受け取った支払いについて、開催国、スイス、その他の管轄地域に支払わなければならない場合、IOC または上記の第三者が、適用される税金の支払後、当該税金が課せられないとしたら受け取れたはずの金額相当額を受け取れるように、開催都市または OCOG(あるいは、該当する債務者)が金額を上積みして支払うものとする。」
「開催都市および OCOG は、IOC または当該第三者が開催国で直接税および/または間接税の支払いを義務付けられる場合、当該直接税および/または間接税が請求されなかった場合と同じ状況になるように、状況に応じて、IOC または当該第三者に対して、彼らが開催国で負担されうる直接税および/または間接税を補償するものとする。」

……と、日本国内だけでなく、IOCがスイス(IOCの本部はスイス、ローザンヌにある)に支払うべき税金分も日本の五輪組織委員会が負担しろ、と言っている。

もっと驚くのは、オリンピック以外のイベント開催に関してまで口を出していることだ。
「IOC の書面による事前承認なしに、本大会期間中と本大会の前後の1週間に、開催都市自体、その近隣、あるいは他の競技会場で、本大会の計画、組織、資金調達および運営の成功、または本大会の一般公開やメディア報道に影響を与える可能性のある主要な公的または民間のイベント、会議、その他の会合を開催しない。」

組織委員会は、運営を進めるために何をやるにしても、いちいちIOCに事前の許可を得る必要があることも明記している。

「IOC の書面による事前承認なしに、本大会に関連して、OCOG と(政府組織または非政府組織かを問わず)国内、地方、または地元の組織との間でいかなる契約も締結しない。」
「IOC の書面による事前承認なしに、本大会に関連して、OCOG と(政府組織または非政府組織かを問わず)国際的組織、超国家的組織、あるいは外国政府との間で、交渉を実施したり、契約を締結したりしない。」

……とまあ、何様のつもりだ的内容が、これでもかこれでもか、と並んでいるのだ。

そして、駄目押しのように、
理由の如何を問わず IOC による本大会の中止または IOC による本契約の解除が生じた場合、開催都市、NOC および OCOG は、ここにいかなる形態の補償、損害賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄し、また、ここに、当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断から IOC 被賠償者を補償し、無害に保つものとする。OCOGが契約を締結している全ての相手方に本条の内容を通知するのは OCOG の責任である。

……と記している。
要するに、どんな事態になってもIOCは責任をとらない。開催国側がすべて後始末しろ。IOCには絶対に損をさせるな、という内容である。
こんな内容の契約書が21世紀の現代に存在しうるのか? と驚いてしまった。

これが「ぼったくり男爵」の中身である。

「切る」べきは代々木公園の木ではない

この内容を踏まえた上で、改めてジェンキンス氏のコラム全文を読んでほしい。すべて理解できるようになるはずだ。

コロナがあってもなくても、こんなオリンピックを「平和の祭典」と呼ぶことはできない。
ジェンキンス氏が言うように、
オリンピックは前々から深刻な病弊を抱えており、いまの東京の窮状も、その病弊の表れと言っていい。五輪は、関係者全員を痛みと疲労の極限まで追い込むイベントと化しており、
強欲と法外なコストのせいで、五輪は開催国にとって重大災害と同じくらいの負担を強いられるイベントになっている
のだ。

最後に、このところIOCと東京五輪についてはキレッキレのコメントを連発しているデーブ・スペクター氏のツイッター。


そう。どんなに苦しくても、痛みを伴っても、「IOCを切れ」。
日本はぼったくり男爵の「duchy」(貴族が支配する領土)ではない! とIOCと世界に向かって宣言し、行動するしかない。
これが唯一の答えだ。



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伊藤アキラさんの想い出2021/05/24 15:31

伊藤アキラさんから届いた2019年の年賀状

人生の師がまた一人……

今朝(2021/05/22)は、ネットニュースを見ていてショックを受けた。
「この木なんの木」「パッ!とさいでりあ」など多くのCMソングや歌謡曲を生み出した作詞家、伊藤アキラ(いとう・あきら、本名・伊藤皓)さんが15日、急性腎不全で死去した。80歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
(読売新聞 2021/05/22)

先日、伊藤さんの盟友ともいえるかたからの手紙で、「1月15日に恒例の“勉強会”終了後の夜中、伊藤さんが就寝中に身体が動かせず悪銭苦闘しているのに奥様が気づかれて、救急車で病院へ搬送され、脳梗塞とてそのまま入院。現在もリハビリ治療中」と書かれていて心配していた。
脳梗塞としては軽いほうらしいが、長期戦になるのではないかとも書かれていた。

今、確認したら、その手紙の消印は3月3日だった。「長期戦」という言葉をなんとなくそのまま鵜呑みにしていたかもしれない。まさかこんなに急なことになるとは……。

コピーライター養成講座

伊藤さんと初めて言葉を交わしたのは大学生(多分1年生)のときだから、50年近く前のことだ。
ソングライターとして身を立てようとしていた私は、大学に入るとすぐ、ヤマハの作曲教室と宣伝会議のコピーライター養成講座の受講を始めた。
コピーライター養成講座は、作詞の力を伸ばしたいと思ってのことだったが、講師陣の中に伊藤アキラさんの名前があったことが大きい。樋口康雄さんの作品にいくつか詞を書いていて名前を知っていた。当時は伊藤さんがCMソングの作詞で超有名な作詞家だということは知らなかったのだ。
授業は輪講で、伊藤さんの授業は1回だけだった。
伊藤さんは講師としてはサービス精神がなくて、「どうせ私の授業など明日になれば誰も覚えていないでしょう」「質問は? などと言っても、毎年、手を上げる人はいませんし」などと、かなりつっけんどんな授業だった。
そこで私は、授業が終わっても教室に残り、伊藤さんに一人で話しかけた。
樋口康雄さんのファンで、樋口さんがいると思って上智に入ったら、すでに中退した後でガックリした、とか、樋口さんのデビューアルバムにも作詞されてますよね、『ABC』とか……と言ったら、すかさず「あれは私じゃなくて岡田冨美子さんです。私は『愛のひとこと』と『アダムとイブも』です」と言われ、あ~、いきなりやっちまった!と焦ったのを覚えている。
その後も、しつこく地下鉄の駅までくっついて話しかけ続けた。
伊藤さんはちょっと迷惑そうな顔をしながらも、話にはつき合ってくださった。

津田沼の自宅に帰るというので方向は正反対。駅で別れて、そのままになった。

再会は15年くらい経ってから。ニフティの電子会議室でだった。
1990年くらいだろうか。まだWindowsは3.1で、インターネットもほとんど普及しておらず、電話回線に2400bpsくらいのモデムをつないでピーガーと「ダイヤルアップ接続」して文字だけをやりとりするもの。
誰かが書き込んで、それに誰かがコメントして、コメントツリーが続くというのはツイッターなどと同じだが、なにせピーガー接続の時代だから、今のSNSのような即応性はない。
そこで、「森トンカツ」を作ったのは私だ、というようなことを書いたことがあって、それを見つけた伊藤さんがコメントをつけてきた。
私は「森トンカツ」誕生秘話を細かく書いて、伊藤さんはしっかり信じてくださった。
それで「一度、私の事務所に遊びに来ませんか」という流れになったように記憶している。
それが30年くらい前のこと。
伊藤さんの事務所は当時、銀座にあって、ものすごく立派なオフィスだった。
そこで再会した私は、コピーライター養成講座のときのことを話して「あのときは失礼しました」と詫びたのだが、伊藤さんは「そんなことありましたか。覚えてないなあ。私、そんなに怖い印象でしたか? まあ、あの頃はそうだったかなあ……」と苦笑していた。
養成講座の講師時代とはうってかわって、終始柔和な笑顔の紳士という印象で、ほんとに同じ人なのかと思ったほどだった。

Homework~しゅくだい

それからは伊藤さんのほうからもときどき声をかけていただき、私に音楽出版社の人を紹介するためにミニ食事会のようなものを用意してくださったり、なぜそこまで? と、不思議に思うほどよくしていただいた。
川内村時代にも一度、「東京に出てくることがあれば一献」と、わざわざお店を予約してごちそうしていただいたこともある。

KAMUNAの『Homework』という曲も、伊藤さんに「これは現代の童謡にもなるようなメロディを意識したんです」と聴かせたところ、「これは素晴らしい。ぜひ、歌詞をつけて子供でも歌える歌にして」と言われ、その際、子供が歌うには一か所難しいところがあるから、そこを直して……などともアドバイスをいただいた。
部分転調のところだな、と、すぐに分かった。KAMUNAはジャズテイストだから、その部分転調はワンポイントのお洒落だけど、確かに子供が歌うには難しいかな、と思って、その部分を修正したものを送った。
「歌詞は?」と言われたので、「実は、伊藤さんにつけていただけないかなあ……なんて図々しい思いがちょこっとありまして……」と、自分の助平心を白状したところ「そうですか。じゃあ、宿題ということにさせてください」と、サラリとかわされてしまった。
ああ、やっぱり言い出すのではなかった、と後悔したものだ。

何年かして、自戒の念も込めて(?)自分で歌詞を書いた。↓


ドミソの歌

『ドミソの歌』を作ったときは、「これはすごい。すでにスタンダードナンバーの風格があります。しかし2番の歌詞が難しそうですね。特にファとラが。たくきさんのことだからもうできているでしょうが」と言われ、
「え? 1番だけでいいと思っているんですが」
と返信したら、
「1番だけじゃもったいないでしょ。ぜひ2番を作ってください。たくきさんならできる!」とティモンディ高岸みたいな励まされ方をして、予定外の2番まで作ったのだった。
そのときの日記がどこかに残っていたはず……と思って捜したら、⇒これだった。

伊藤さんに「2番も!」と言われなければ、『ドミソの歌』は1番だけで終わっていたのである。
日記にも書いたように、2番の歌詞はちょっと「教条的」な感じもあって好きではない。伊藤さんも同じことをおっしゃっていたけれど「こっちのほうがウケはいいでしょうね」とも。

2番がついた『ドミソの歌』↓

固定ド音感の人には、Cスケールの譜面でGスケールの演奏が流れて「ドミソドシラソファ……」と歌っているのが耐えられないほど気持ちが悪いらしいが、ドレミというのは「階名」なのだから、移動ドがあたりまえなのだ。ジュリー・アンドリュースが映画の中で歌っている『ドレミの歌』もCスケールじゃないしね。

このときのやりとりを読み返したいと思ってメールボックスの「friends」というフォルダを遡ったら、2015年6月前半より前のメールは全部消えてしまっていた。
その後、最後のメールは……と捜していたら、どうやら2018年の10月26日付けのものが最後かもしれない。
「たくきさん。ご無沙汰しています。この度は最新CDをお送りいただき、ありがとうございました。」
……と始まる、結構長いメール。
「ONアソシエイツの大森昭男さんが今年3月になくなり、少人数での偲ぶ会をやり、やれやれと思ったら、井上鑑さんが「みんなで追悼文集をつくろう」と言い出し、先月限定100部が発行できました。結局、なんやかんやで半年かかりました。 これが今年の「主な仕事」かなあ? いやはや。」
……という一節があって、本当に高齢者にとっての時間の流れは切ないと痛感した。

ドックマン

そういえば、伊藤さんの作詞で、僕が曲をつけたCMソングがあったはず……と捜してみたら、見つかった↓。

↑これはニフティがきっかけで伊藤さんと再会する前に作った。音源もそのときのものだ。MIDIが登場して間もない頃で、ローランドのD50というシンセサイザーとMT32という安い音源だけで作っている。「小説すばる新人賞」受賞より前だから、30代前半くらいだろうか。30年以上前。
当時、レコードデビューに失敗してどん底にいた私は、CMソングの仕事がしたくて、あちこちのCMソング制作会社にデモテープを送りまくっていた。
そんな中で、ある会社から連絡があって、小田急線・南新宿駅そばの雑居ビルを訪ねた。
古くて、半分廃墟みたいなビルで、そこの一室が事務所だったが、約束の時間に訪ねていってドアベルを鳴らしても反応がない。
何度もベルを鳴らし、ドアをノックし、声をかけ続けたら、ようやく中から呻くような声で「ああ~?」と声が聞こえた。
「今日、○時にお約束いただいたたくきです」と告げても、数秒はねぼけて分かっていないようだった。
廊下で10分くらい待たされた後にようやく中へ通された。狭くて散らかった部屋には、着替えや食器も見えていて、どうも社長はここに寝泊まりしているらしかった。
そこで「これに曲つけてみて」と渡されたのがこれ。「詞:伊藤アキラ」とあって、ああ、伊藤さんの詞だ、とすぐに気づいた。
こんな事務所とはつき合わないほうがいいな、と思ったのだが、伊藤さんの詞だったので、なんとか作ってみた。
ドックマンという栄養剤のCMソング。
結局、このデモテープを渡した後、社長からの連絡は途切れてしまい、知らないうちに会社ごと消えていたようだ。

その話も、伊藤さんと交流するようになってから話したことがあったが、「へえ~、そんなことがありましたか。それはそれは……」と笑ってらした。

なんだかな~、の出来だし、テープからファイルに起こすこともせず、ずっと忘れていたけれど、考えてみると、伊藤さんの歌詞に僕がメロディをつけた唯一の作品なのだなあ、しかも幻の……。
そう思って、昨日はこれがどこかに残っていないかと何年も放置したままのDATテープラックから捜しだして、苦労してファイルに書き出して、何度か聴いていた。

シンプル イズ ベスト

伊藤さんから学んだ最大のことは「詞は考えすぎちゃいけない」かな。
直接そう言われたわけではないのだが、伊藤さんのお仕事ぶりを見ていて、そう学んだのだった(もちろんいい意味で言っている)。
私の最大の欠点は、何事も考えすぎて、ダラダラ長くなり、かえって伝わる力が弱くなっていくこと。
平衡を求めて修正作業を続けていくと、つまらない着地になりがちで、感動として伝わらない。
メロディは瞬発力がなくなった分、ひたすら細かく修正していく作業に切り替えているけれど、歌詞はやりすぎないほうがいい。
なんか文章としては変だけど、シラッと歌ってしまえば分からないかも……ま、いっか……という感じでやめておく。そのくらいのほうが言葉の鮮度が落ちずに、人に伝わっていくのかもしれない。
難しいバランスだけど……ね。

私の「年末状」を受け取っている人は知っているように、小さな紙面にギッチギチに写真と文字が詰め込まれている。
一方、伊藤さんから毎年届く年賀状は正反対で、余計なものが一切ない。それでいてインパクトがある。
例えば2016年は申(さる)年だったが、伊藤さんから届いた年賀状は秀逸だった。

↑これだけ。余計なことは一切書いてない。

2019年の年賀状はこうだった↓

軽妙洒脱というのはまさにこういうことを言うのだろうなあ。

私には死ぬまで真似できないだろう。
死に方くらいは、パッとさいでりあ~♪ と逝きたいところだが……。
そんなことを今からウダウダ悩んでいるようでは、到底無理そうだ。

月と流れ星

結局、伊藤さんとは一度も仕事をしたことがない。
それなのに、伊藤さんは一方的に私を気にかけてくださり、何度もさりげなく助け舟を出してくださった。
分厚い御著書や作品集CDも送っていただいたし、2011年夏の最後のKAMUNA上智ライブにも来てくださった。
あのときは樋口康雄さんもいらして、席でバッタリ顔を合わせて「あれ?」「あ……」なんてぎこちなく挨拶を交わしたとのこと。(というのも、樋口さんが美女と一緒だったので、気を使って離れた席に座ったのだそう)

伊藤さんに年齢を尋ねたことはなかったが、今回、記事で14歳しか離れていなかったことを知り、ちょっと驚いた。もう少し上の年代だと思っていたのだ。
創作をする者にとって、加齢との闘いはきつい。
歳を取ってから名曲を残した作曲家というのはいるだろうか。ベートーベンは聴力を失った晩年に交響曲第9番『運命』を書いたというが、没年は56歳で、今の私より10歳も若い。

文筆は、時間をかけてていねいに何度も何度も書き直すことで対応できるが、それでも最近は、誤字脱字、書き間違い、おかしな文章などが頻発して、見直し、書き換えをしているだけで1日が終わる。
音楽はスポーツのような瞬発力が必要なので、肉体(脳も含めて)の劣化は致命的にきつい。
メロディが浮かんだときには無理をしてでも(早朝トイレに起きたときとかでも)なんとか書き留めて、その後、譜面に少し書いては休み、しばらく寝かせて、数日後にまた気力がちょっとでもあるときに見て、しつこく書き直す、という方法に切り替えている。
バカラックも、何度も何度も書き直しながら曲を書いていたというので、そういう方法ならまだやれるのではないかと思って。

ひと月くらい前から「ミレミファソーファーミー」というモチーフから始まる曲を作るべく、少しずつ作業している。
伊藤さんのことを思い出しながら、「歌詞が先にあったほうが楽なんだよなあ」なんて、詞も同時につけていた。
『流れ星の歌』というタイトルを仮でつけて、ほぼできあがったかな、なんて思っていたタイミングで飛び込んできた伊藤さんの訃報だったので、なおさらショックを受けたのだった。
『流れ星の歌』はこれから仕上げるつもりだが、これが最後の作品、なんてことにならないよう、もう少しあがいていくつもり。

伊藤さんが、私たちの身近にあり、誰もが知っている「月」だとすれば、私は曇り空の向こう側を地球に向かって落ちていく宇宙の塵のようなものだろう。塵でも地球に落ちるときは一瞬光を放つ。でも、その光は一瞬で消えるし、その瞬間を見ている人は少ない。ましてや太陽が出ている時間や、曇りや雨の夜には見ている人もいない。そんな人生であっても、卑屈にならず、精一杯燃えながら落ちていきたい。……そんなことを考えながら、最後の仕上げにかかろうと思う。

伊藤アキラ先生。
こんな私と長い間つき合ってくださり、ご指導くださり、ほんとうにありがとうございました。



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