続・大坂なおみ優勝で考える「人種」「国籍」問題2018/09/14 14:24

大坂なおみ(以下、なおみん)の全米オープンテニス優勝は、実に様々なことを考えさせてくれるいいきっかけになった。
続編として、二重国籍問題を中心にいくつかのことをまとめてみる。

「単一人種」であるという「日本人」の錯覚

イギリスのGuardianが面白い記事を書いていた。
世界のテニス界が全米オープンでセリーナ・ウィリアムズが主審のカルロス・ラモスに対して執拗な抗議をしたことについて議論している一方で、日本では大坂なおみの初めてのグランドスラム優勝で沸き上がっていた。

While the tennis world debated the merits of Serena Williams’ tirade against umpire Carlos Ramos during Saturday’s US Open final, Japan heaped praise on its first grand slam winner, Naomi Osaka.
'A new heroine': Japan celebrates first grand slam winner amid Serena row  Guardian 2018/09/10

おお、のっけからかなりシニカルな書きだし。

競技場に派遣された日本の記者たちの多くはウィリアムズとラモス主審のバトルにはほとんど言及せず、代わりに彼女の多国籍的な出自のことや、優勝が決まった今、まっ先に食べたいものは何かなんてことを訊いていた。彼女はそんな質問にも「カツカレー」なんて、しっかり一般受けするように答えていた。
The large contingent of Japanese journalists at Flushing Meadows largely ignored the Williams-Ramos spat, choosing instead to ask Osaka about her multicultural heritage, and what she would like to eat for her first meal as US Open champion. To which she gave the crowd-pleasing answer: katsu curry.
(同記事より)


イギリスらしい皮肉たっぷりの記事だが、世界は日本人や日本のジャーナリズムをこんな目で見ているということが学べる、いいサンプルだ。

ところで、今、サクッと「日本人」と書いたが、「○○人」とはなんだろうか。
同記事にはとても鋭いことが書いてある。
日本の社会は、そこで暮らす人びとが日本人という「単一人種」で構成されているという認識を持ちがちで、異人種との混血の人はあたりまえのように「ハーフ」と呼ばれてしまう。彼女の今回の優勝は、彼女の出身国である日本が、「日本人」というものの定義をより緩く、曖昧なものにしていくのではないかという期待を膨らませた。
Her victory has raised hopes that the country of her birth will adopt a more inclusive definition of Japanese identity in a society that often sees itself ? with increasing imprecision ? as racially homogenous, and where mixed-race people are routinely referred to as haafu (half).

終始皮肉たっぷりの言い回しの記事だが、いやはや、しっかり見ているなあと思う。

「二重国籍」問題の複雑さ

なおみんは現在、アメリカと日本の「二重国籍」状態である、といわれている。
いい機会(?)なので、国籍とはなんなのかについて、改めていろいろ調べてみた。

「国籍」というのは、法的には国家が認めるものだが、その考え方が国によってまちまちなのでややこしい。
まず、「血統主義」(親のどちらかの国籍が子の国籍となる方式。日本、ドイツ、イタリア、中国、韓国など)と「出生地主義」(出生した国の国籍が付与される。アメリカ、カナダ、フランス、ブラジルなど)という2つのまったく違う考え方、法体系が存在しているので、矛盾が生じる。
なおみんの場合は、父親がアメリカ国籍、母親が日本国籍だから、日本のような「血統主義」ではアメリカ人か日本人、ということになる。一方、アメリカのような出身地主義の考え方では、生まれたのは日本なのだから日本人、ということになる。
では、自動的に日本人ということになるのか、というと、そう簡単でもない。アメリカの法律では、両親のいずれかがアメリカ人で、アメリカ、アメリカンサモア、スウェインズ諸島に合計5年以上居住していれば、アメリカ国外で生まれていてもアメリカ国籍を取得できる。大阪の場合はこの例にあてはまるので、アメリカ国籍も持っている。
そもそも、4歳からずっとアメリカで生活しているわけだから、アメリカ国籍を持っていないと生活にも不便が生じる。アメリカ国籍を持つのは当然のことだろう。
というわけで、現在は「二重国籍」*1という状態なわけだ。

二重国籍に寛容なアメリカ

在日アメリカ大使館領事館の日本語WEBサイトに「二重国籍」について説明しているページがあるが、その冒頭にはこうある。
はじめに。。。
米国の最高裁判所は、二重国籍を“法律上認められている資格”であり、“二カ国での国民の権利を得、責任を負うことになる”と述べています。一国の市民権を主張することで他方の国の権利を放棄したことにはなりません。(Kawakita.v.U.S., 343 US 717 [1952]参照)

現行の法と方針
米国法は、出生により二重国籍を取得したアメリカ人や、子供の時に第二の国籍を取得したアメリカ人に対して、成人したらどちらかの国籍を選択しなければならないという特別な決まりを設けていません。(Mandoli v. Acheson, 344 US 133 [1952]参照) つまり、現行の米国国籍法は二重国籍について特に言及していません。

なおみんの場合、上の「子供の時に第二の国籍を取得したアメリカ人」に相当する。
そういう二重国籍状態*1で、アメリカではそれが特に問題にされることはないのだが、日本の法律では22歳までにどちらの国籍にするのか選ばなければならないということになっている。
その方法は2つあり、
  1. 日本以外の国の国籍を離脱する届け出をすることにより、自動的に日本国籍だけになる
  2. 日本の役所に日本国籍を選択する内容の「国籍選択届」を提出する
の2つだ。
(1) 日本の国籍を選択する場合
ア 外国の国籍を離脱する方法
  当該外国の法令により,その国の国籍を離脱した場合は,その離脱を証明する書面を添付して市区町村役場または外国にある日本の大使館・領事館(外務省ホームページへ)に「外国国籍喪失届」をしてください。離脱の手続については,当該外国の政府または日本に駐在する外国の公館(外務省ホームページへ)に相談してください。  
イ 日本の国籍の選択を宣言する方法
  市区町村役場または外国にある日本の大使館・領事館(外務省ホームページへ)に日本の国籍を選択し,外国の国籍を放棄する旨の「国籍選択届」をしてください。
  なお,この日本国籍の選択宣言をすることにより,国籍法第14条第1項の国籍選択義務は履行したことになりますが,この選択宣言により外国の国籍を当然に喪失するかについては,当該外国の制度により異なります。この選択宣言で国籍を喪失する法制ではない外国の国籍を有する方については,この選択宣言後,当該外国国籍の離脱に努めなければなりません(国籍法16条第1項)。
法務省WEBサイトより)

日本とアメリカの二重国籍者の場合、ほとんどの場合、(2)の方法を選ぶらしい。
というのも、日本の役所に「日本国籍を選びます」という届けを出しても、それは一種の「宣言」であり、アメリカ側で特に手続きをしない限り、アメリカ側では「二重国籍を“法律上認められている資格”であり、一国の市民権を主張することで他方の国の権利を放棄したことにはならない」といっているわけだから、アメリカ国内でアメリカ人として暮らす権利は維持できるからだ。
なおみんのように、生活の拠点がアメリカである以上、アメリカ国籍をわざわざ手続きまでして放棄することは考えられない。

*1 父親のレオナルド・フランソワ氏は出生地がハイチのジャクメル。出生地主義のアメリカ的にはハイチで生まれたのだからハイチ人でもあるということになるが、ハイチの国内法では日本同様に二重国籍を認めていないそうで、アメリカ国籍を取得した時点で自動的にハイチ国籍は喪失しているという解釈らしい。

二重国籍のメリットとデメリット

二重国籍状態は「いいとこどり」のようにとらえられることが多いが、実際にはデメリットも多い。
例えば税金。
アメリカの法律では、アメリカ市民は米国で源泉される所得だけでなく、外国源泉での所得もアメリカでの所得税対象になる
一方、日本の法律では、
 租税条約では、わが国と異なる規定を置いている国との二重課税を防止するため、個人、法人を含めた居住者の判定方法を定めています。
 具体的には、それぞれの租税条約によらなければなりませんが、一般的には、次の順序で居住者かどうかを判定します。
 個人については、「恒久的住居」、「利害関係の中心的場所」、「常用の住居」そして「国籍」の順に考えて、どちらの国の「居住者」となるかを決めます。
国税庁WEBサイト より)

我が国の所得税法では、個人の納税義務者を「居住者」と「非居住者」に、法人を「内国法人」と「外国法人」とに分けた上で、「非居住者又は外国法人(以下「非居住者等」といいます。)」に対する課税の範囲を「国内源泉所得に限る」こととされています。

?また、「国内源泉所得」を有する「非居住者等」がどのような「国内源泉所得を有するか、支店や事業所などの「恒久的施設」を有するか否か、「国内源泉所得」が「恒久的施設に帰せられる所得」か否かにより、課税方法が異なります。

?したがって「非居住者等」に該当した場合の課税がどのようになるかを考えるときは、「非居住者等」の収入がどの種類の「国内源泉所得」に該当するか、国内に「恒久的施設」を有するかどうか、さらに「国内源泉所得」が「恒久的施設に帰せられる所得」かどうかを確認することが必要です。
国税庁WEBサイト より)

……ということで、かなりややこしいことになりそうだ。
例えば、なおみんは今回全米オープンに優勝し、優勝賞金380万ドル(約4億2200万円)を得たが、アメリカの居住者として35%の所得税がかけられ、約1億4800万円はアメリカに納税しなければならない。
それだけでなく、アメリカの法律では「アメリカ国外で発生した収入」に関しても所得税をかけるというのだから、東レパンパシフィックなど日本国内の大会での獲得賞金、日本のテレビなどへの出演料、日本企業とのスポンサー契約料や広告出演料などなど、すべての収入にアメリカで税金をかけられる。
これはたとえなおみんがアメリカ国籍を捨てて、日本国籍のみにするという手続きを両国側にしたとしても、今の生活スタイル(フロリダが生活拠点)のままであれば「アメリカ居住者」として、アメリカの国籍所有者同様にかけられる税金なので、避けられない。
一方、日本国籍を選んだ場合、日本で「非居住者」とみなされれば日本側にはまったく税金を納めなくてもいいかというと、そう簡単ではない。非居住者と認められても「課税の範囲を国内源泉所得に限る」とされるだけだから、日本で稼いだ金は日本とアメリカとで二重に課税させられる可能性がありそうだ。
税金に関していえば「二重国籍」であろうがあるまいが、アメリカの「居住者」である限りは逃れられないということだろう。

「国籍」の意味が薄れていく現代社会

今回のなおみんの優勝や、少し前に話題になった蓮舫議員の「二重国籍」問題などで、「日本の法律では22歳までに国籍選択をしなければならない」ということはかなり知れ渡ったのだが、実際にはこの法律はほとんど機能していないようだ。
現外務大臣河野太郎氏は、かつて自身のブログでこの問題を取り上げた。
国籍法は、国籍に関するルールを決めているにもかかわらず、現実には正直者が馬鹿を見ることになっている。
自己の意思で外国籍を取得したら日本国籍は自動喪失するという規定も形骸化している。
きちんと法を運用するか、あるいは二重国籍を認めるように国籍法を改正するか、政治として結論を出す必要がある。
ごまめの歯ぎしり 「二人の日本人」 2008/10/8)

これに関連した国会答弁もあり、「法務省が2008年に行ったサンプル調査から割り出した推定では、22歳に達するまでに国籍選択をした人の割合は約1割。さらに、この期限までに国籍選択をしていないものに対して、法務大臣から催告が出された例は1件もない」そうだ。

この現状を鑑みても、「日本人」かどうか、なんてことを騒いでいることのほうがアホらしいというか、現代社会に合っていないといえるのだろう。

ちなみに、過去のノーベル賞受賞者のうち、南部陽一郎氏(2008年、物理学賞。アメリカ国籍)、中村修二氏(2014年、物理学賞。アメリカ国籍)、カズオ・イシグロ氏(2017年、文学賞。イギリス国籍)の3人は、日本の法律に従えば、外国籍を取得した時点で日本国籍は失っているはずだが、なぜか文科省は南部氏、中村氏は「日本人受賞者」として数に入れ、イシグロ氏は入れないという、これまた不可解なダブルスタンダードを使っている。
海外で活躍するためには、その国の国籍(市民権)を得られるのならそのほうが便利なので、合理的判断で海外国籍を取得する「日本人」は数多い。
2018年3月には、欧州在住の元日本国籍保持者らを含む「国籍法第11条改正を求める有志の会」が、国籍回復などを求める訴訟を東京地裁に起こした
今となっては、G8のなかで重国籍を認めていない先進国は日本だけであり、あのナショナリズムの権化のような韓国でさえ、2011年、限定的に重国籍を認める改正国籍法を公布したという。
韓国も日本同様、少子高齢化に悩む国の一つである。1997年からの10年間で韓国籍を離脱した人の数は17万人。韓国籍に帰化した人は5万人なので、差し引きで12万人が韓国外へ流出したという計算になる。さらに韓国国外で暮らす韓国系の人は700万人と言われており、この人たちを「よそ者」と排除するより積極的に呼び込んだほうが国家戦略的に有益だと判断したらしい。
国籍法について ほぼ毎日、やけっぱち君

大坂なおみをめぐる日米国籍争奪戦があった

なおみんはすでに「日本選手」としてテニスをプレーすることを選択し、そのように届け出ている。
しかし、その直前にはなおみんを自国選手にしたい日本とアメリカで「争奪戦」が展開されていたという。
日米両方の国籍を持つ世界127位の大坂なおみ(18)をめぐって、日米の争奪戦が勃発した。ツアーでは、日本選手として転戦。本人も日本代表を希望しているが、米国テニス協会(USTA)が今大会の活躍で強力なアプローチを仕掛けているという。
大坂なおみ日米争奪戦 両方の国籍、日本に秘策も 日刊スポーツ 2016/01/24)

↑これは2016年1月の記事。なおみんはすでに「日本人選手」として届け出を出して、ツアー転戦をしていたが、彼女の才能と将来性を見抜いた全米テニス協会が、今からでもアメリカ人選手として登録し直せないかと動いていたらしい。
古豪米国は世界女王のセリーナ、4大大会7度の優勝を誇るビーナスのウィリアムズ姉妹を除けば、スターが育っていない。USTAは、女子代表のフェルナンデス監督が大坂の父レオナルドさんに、すべての面倒を見ると約束したと伝えられる。
(同上の記事より)

しかし、日本側もバカではない。ちゃんと手を打っていた。
13年9月に有明で開かれた東レ・パンパシフィックで、予選に出場していた大坂に日本テニス協会(JTA)が手を差し伸べた。
今大会で大坂に同行する吉川真司代表コーチが「すごい才能」と報告。来日の度に、練習などの場を提供している。JTAの畔柳会長も「日本を代表する選手。全力でサポートする。彼女も日本を気に入っている」と説明。レオナルドさんも13年間、日本居住経験があり、無名の時から協力を惜しまなかったJTAに、恩義を感じている。
(同上の記事より)

吉川真司代表コーチがしっかり動いていなかったら、今頃なおみんはアメリカ選手としてプレイしていたかもしれない。
また、全米オープン優勝セレモニーでのアダムズ会長の失礼極まりない態度も、このときの恨み(全米テニス協会がなおみんにアプローチしたのに、なおみんが日本を選んだこと)があったのかもしれない、などと勘ぐってしまう。

ちなみに、今回なおみんの優勝で一躍脚光をあびたサーシャ・バジン(Aleksandar 'Sascha' Bajin)コーチはセルビア系ドイツ人だが、彼も現在はアメリカとドイツの二重国籍状態だと思われる。彼についてもいろいろ興味深いことがあるのだが、長くなったので、それは次回に譲ろう。

日本の原発は関空よりも孤立しやすい立地2018/09/08 19:23

美浜原発は海岸沿いの細い道と海を渡る橋の先にある

美浜原発は海を渡る橋の先


関西国際空港↑  ↓美浜原発

颱風チェービーが関西方面に与えた被害は凄まじかった。関空では滑走路が1つ海水に冠水して使えなくなっただけでなく、唯一と言ってもいいアクセスルートである橋にタンカーが衝突して壊れ、3000人以上が孤立した。
橋を渡らないと行けない場所に巨大空港というのはどうなのかと改めて思った人は多いと思うが、これを見てすぐに思い出したのは関西電力管内の原発だ。
橋を渡らないとたどり着けないとか、トンネルがいくつもある一本道しかアクセスルートがないという立地ばかりなのだ。
上に示したのは関西電力美浜原発の立地(Googleマップより)。

この美浜原発をかつて見学に行った人は、社員とのこんなやりとりを覚えているという。
社「非常用電源はこれだけたくさん準備しております」
見「で、非常用電源の燃料は何日分置いてあるんですか?」
社(書類を散々調べて)「1日分です」
見「2日目からどうするのですか?」
社「…………」
見「原発へは崖沿いの道とトンネル、細い橋でつながっていますが、船舶はお持ちですか?」
社「当社は1隻も持っていません」
見「非常時はどうするのですか?」
社「チャーターします」
見「非常時にチャーターできる船が近くにあるんでしょうか?」
社「…………」



大飯原発の立地↑ 



高浜原発の立地↑ 
こんな危なっかしい立地である日本の原発。福島第一・第二原発は例外的に比較的交通の便がいい場所に建っていたが、それでも外からの物資搬入さえままならなかった。バッテリーを運び込むことさえできず、最後は駐車場に停まっていた職員らの自家用車からバッテリーをかき集めて計測機器を動かそうとするという落語のような事態になっていた。
海岸沿いの崖っぷち道路、トンネル、海を渡る橋などを通らなければたどり着けない場所にある原発で事故が起きたとき、どう手当てするのか。お手上げ状態になることは目に見えている。
今の日本は、こういうお粗末な国なのだということを自覚した上で、我々庶民は、最大限の「危機管理」意識を持たないといけない、ってことなのだ。

北海道の地震が冬に起きていたら?

で、チェービーが去ったと思ったら、今度は北海道で最大震度7の地震が発生。北海道内の電力のおよそ半分を発電している苫東厚真火力発電所(厚真町)が大ダメージを受けて発電不能になり、一時は北海道内すべてが停電したという。これが冬だったら、一体何人が凍死していたことか。

北海道で震度7が観察されたのは記録が残っている限り初めてだというが、もはや日本列島は今まで数十年とは違う時間に突入している。地球全体が地殻変動期に入り、異常気象も日常的に起きるようになったと認識すべきだろう。その認識がきちんとできない人たちにこれ以上政治や企業経営を任せていると、本当にとんでもないことになる。

停電すれば原発も風力発電も止まる

北海道電力泊発電所も外部からの電源供給ができなくなり、非常用電源(ディーゼル発電機6台)に切り替わった。泊村の震度はわずか2だったが、北海道全体の送電系統がバランスを失い、一斉停電したからだ。
幸い、その後、砂川火力発電所3号機が再稼働したため、札幌の中心部や旭川の一部で電気が復旧し始めると同時に、水力発電所からの送電も使えることが分かり、泊原発にも電気が供給されるようになって事なきを得た。
泊原発の非常用電源の燃料は何日分あったのだろうか。一部報道では1週間分だというのだが、そんな程度でいいのだろうか。
「泊原発には3系統から外部電源が供給されていますが、北電の中で3つの変電所を分けていただけと思われる。北電全体がダウンしてしまえばバックアップにならないことがわかった。今回の地震で、揺れが小さくても外部電源の喪失が起きることを実証してしまった。『お粗末』と言うしかありません」
(岡村真・高知大名誉教授 地震地質学) 震度2で電源喪失寸前だった北海道・泊原発「経産省と北電の災害対策はお粗末」地震学者 Aera.com


で、この期に及んで「原発を止めているから北海道内で大規模停電が起きたのだ」などととんでもない無知を晒している人たちがいる。
止まっているから大ごとにならなかったのであって、稼働中の原発で外部電源喪失が起きたら、現場での緊張は比較にならないほど高まった。
また、原発反対派の人たちの中にも「だから風力や太陽光を増やすべきだ」と、これまた無知をさらけ出す人たちがいる。
風力発電は風だけで発電しているわけではない。外部電源が途絶えれば方向制御などができなくなり、風力発電そのものを止めるしかなくなる。実際、3.11のときには停電とともに風力発電所の風車はすべて止まり、長期間動かせなかった。
送電網の受給バランスを取るのは電力会社にとってもハイレベルな技術を要することで、不安定な風力や太陽光だけで送電を維持することはできない。火力や水力など、人為的に完全コントロールできる発電リソースが必須なのだ。
こうした基本的な知識もないままにいい加減なことを言う政治家や評論家の罪は深い。

収入の男女格差と日本企業の没落2018/08/30 14:01

Amazonでこんな本↓を買ってみたら、




↑こんなことが書いてあった。
ま~たまた~、極端なデータを得るための操作をしてるんじゃないの? と疑ったが、周囲に訊いてみると「そんなもんです」という答えばかり返ってくる。

アラサー女子:独身ひとり暮らし。病弱な母あり。正社員だがボーナスはなしで、給料は手取り14万円くらい。ということはもろもろ引かれる前は17万円くらいだから、12を掛ければ200万円ちょっとで、まさにこの収入帯。
数年前は、歯科衛生士の資格を取るために上京して学校に通うため、バイトを増やして頑張ってみたが、親が病気になって断念。その後、歯科衛生士は諦めて地元の企業に正社員で就職したが、手取り14万円では預金などできるはずもなく、空いている時間はバイト。

アラフォー女子:母子家庭で息子一人扶養。昼間は企業のパートで基本給14万5000円。休日勤務手当や通勤手当を入れて15万円弱。
そこから健康保険料7920円、介護保険料1256円、厚生年金保険料14640円、雇用保険料、所得税、住民税などもろもろ引かれる合計が約3万円。手取り12万円弱。当然やっていけないので、昼の仕事の後はそのまま夜の仕事に。

こういう人たちがしっかり保険料や年金や税金を納めていて、破綻寸前(実質、すでに破綻しているが)の年金、医療保険、介護保険制度をなんとか支えている。
その年金や保険を使って介護施設に入っている認知症老人たちは「自分たちが頑張って働いてきたおかげで今の日本の繁栄があるんだから、何もやましいことはない」と胸を張るが、「今の日本」は繁栄どころか、とっくに経済三等国に成り下がってしまっている。



30年前、この「時価総額ランキング上位50社」のうち、日本企業は32社で断トツトップだった。2位がアメリカで15社。中国企業は1社もなかったし、あのとき、30年後に日本企業が中国企業に抜かされるなんて想像していた人がどれだけいるだろうか。

それが平成30年の現在は、

アメリカ 31社
中国 7社
イギリス 2社
スイス 2社
フランス 2社
日本 1社
韓国 1社
香港 1社
台湾 1社
ベルギー 1社

……で、日本企業は政府が肝いりで支えているトヨタ自動車だけ。
30年前のトップ50社に入っていた日本企業の中には、消えてしまった銀行や原発を爆発させて地球を汚し、後始末もろくにできない電力会社やら、原発絡みで米国企業の巨額の負債を抱え込まされて優良部門を次々身売りしている企業やら、データ偽装で信用失墜の企業やらが並び……おごれる平氏久しからずを見事に実証している。
「株も土地も永遠に上昇を続ける」。今では耳を疑うような話だが、“山”の頂に登った当時は、国も金融機関もそう信じて疑わなかった。
これらの現象はバブルだったとわれわれは後に思い知らされるが、当時は「これこそが新しい時代」と錯覚していたのかもしれない。
ダイヤモンドオンライン 「昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る」 2018/08/20)


30年前といえば、今90歳の老人は60歳で定年を迎えた年、今80歳の老人は50歳で部下を多数使って異常な金銭感覚の中で仕事をしていたとき。
その記憶のままに惚けてしまい、今を生きる若い世代にオムツを替えてもらい、風呂に入れてもらう日々を送っている。
もっとも、それは十分な年金をもらっている老人たちの話で、全体を見ればそうではない老人のほうがはるかに多いのだろうが。

「石油文明はなぜ終わるか」を読む2018/08/11 11:37

「石油文明はなぜ終わるか」
先日知った「もったいない学会」のサイトにあったコラムや論文をいくつか拾い読みしていて、田村八洲夫という人が書いているものに特に興味を引かれ、感心もしたので、著書「石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換」をAmazonで注文した。
「状態=きれい」という古書を買ったのだが、届いた本はほとんどのページに鉛筆で書き込みがあって、付箋紙まで貼ってあった。どこが「きれい」なんだよとムッとしたが、まあ、これも「もったいない精神」のリユースだから我慢我慢と言いきかせながら読んでいる。
前半部分はエントロピーとエネルギーの基本的な話が中心なので読み飛ばす。類書がうちにはごまんとある。
興味深かったのは主に後半部分だ。
著者の田村八洲夫氏は、京都大学理学部地球物理学科~同大学大学院博士課程修了後、1973年に石油資源開発㈱入社~同社取締役、九州地熱㈱取締役社長、日本大陸棚調査㈱専務取締役、現在は川崎地質㈱技術本部顧問……という経歴で、地質学や資源物理学のプロ中のプロ。
それだけに、地下資源が今後どうなっていくかの予測や、現在いろいろいわれている新エネルギーに将来性はあるのかという話には説得力がある。

石油生産量ピークは2005年に終わっていて、現在はすでに減衰期

僕は当初「石油文明はなぜ終わるか」というタイトルに若干の違和感を抱いていた。石油は有限な資源なんだから、いつかは枯渇するのはあたりまえのことで、「なぜ」もなにもないだろうと思ったからだ。
しかし、この本の後半部分を読んで、自分も含めて、結局は「石油はいつかはなくなるけれど、自分が死んだ後の話だから、知ったこっちゃない」と思っている人がほとんどなんだろうなあと、改めて思い知らされた。
第6章「石油の代替エネルギー探し」の冒頭に、国際エネルギー機関(IEA)が2012年に発表した石油生産予測と、その予測がいかに甘いかを指摘したアントニオ・チェリエル(理論物理学)が提唱する「オイルクラッシュ」予測モデルを比較して、こうまとめている。
  • どちらの予測も、石油生産のピークは2005年に終わっていると認めている
  • IEAモデルでは、2005年の石油ピーク後に、開発油田、新発見油田からの生産量が年々増え続けることになっているが、そんなことは石油鉱業現場に携わったプロとしては到底考えられない。現実に、1980年代には世界の石油発見量と消費量の関係は逆転している
  • チェリエルのオイルクラッシュモデルでは、生産予測のプラトー(停滞期、生産量が変わらずに続く状態)は2015年くらいまでで、その後は衰退する一方
  • IEAモデルでは、従来型石油生産が減って石油消費は増える状態を、非在来型石油(シェールオイル、オイルサンドなど)やNGL(天然ガスから分離されるガソリン)で補うことになっているが、これらはエネルギー収支比(EPR)が低く、トータルで利用できる熱量が少ないので、従来型石油の減少分を補えない

85ページにその2つのモデルをグラフにしたもの(下図)が出ている↓

IEAによる石油生産予測とオイルクラッシュ生産予測モデルの比較 (『石油文明はなぜ終わるか』85ページより)


↑しかしこの図をよく見ると、左側の生産量ゲージの目盛りが一致していない。そこで同じ比率の目盛りにして、見やすいようにサクッと色もつけてみたのが↓これ

上図を生産量ゲージを同じ目盛りにして比較


注目すべきは、IEAも2015年以降、既存油田生産量(従来型石油生産量)が急激に減ることは認めていることだ。その上で、IEAは「新しい油田が見つかり、採掘技術も上がるし、オイルシェールなどもあるから大丈夫」といっている。
しかし、そんな予測は馬鹿げていて、全然「大丈夫じゃない」と、長年、地下資源採掘現場を見てきたプロが警告しているのだ。

エントロピーとEPR(エネルギー収支比)

エントロピーの低い在来型石油/ガスは、少ないエネルギーで生産できます。抗井掘削すれば自噴する勢いです。
一方、エントロピーの高いシェールオイル/ガスを生産するには、タコ足状に水平抗井掘削し、水圧粉砕で導通路を作り、薬物投入して石油/ガスの流動をよくして、すなわち大量のエネルギーを使って地下水汚染を起こして、環境の修復にエネルギーを追加使用しなければなりません。そのため、EPRが非常に悪くなります
(同書88ページより)

本書にはエントロピーEPRという言葉が何度も出てくる。エントロピーについてはすでにしつこいくらい書いてきたが、この言葉を聞いたり見たりするだけでアレルギー反応を起こす人がいるくらいで、なかなか理解してもらえない。
EPRも多くの人にとって耳慣れない、というか理解しようとさえ思えない言葉ではないだろうか。
そもそも違う意味での同じ言葉がこんなにあるのだ。

Wikiの「曖昧さ回避」ページに出てくる「EPR」

というわけで、まずはここでいうEPR(energy profit ratio または energy payback ratio)エネルギー収支比とは何かについて、簡単に確認しておこう。

エネルギーはどんなに巨大であっても、それを人間が生活に利用できなければ意味がない。
昨今さかんにいわれている未来像のひとつに「水素エネルギー社会」というのがあるが、水素は石油のように最初から固まって存在しているわけではなく、水を電気分解して得る。水を「電気」分解する際には当然電気エネルギーを使う。その電力をどこから得るのかが問題で、石油や石炭などの地下資源を燃やして得られる電力を使ったら意味がない。その電力をそのまま使ったほうがいいに決まっている。
要するに、「人間が利用できる形のエネルギー」を得るために投入するエネルギーというものが必ずある。得られるエネルギーより投入するエネルギーのほうが大きすぎれば意味がない。
その投入するエネルギーと得られるエネルギーの比率(「生産エネルギー ÷ 投資エネルギー」)がEPR(エネルギー収支比)だ。
当然、この比率が高いほど使いやすく有益なエネルギーということになる。
現代石油文明を支える一次エネルギーのEPRは10が限界で、それ以下になると文明を維持することはできない(使いものにならない)といわれている。
石油1を投入して作った掘削井で石油100を得られる油田なら、EPRは100÷1でほぼ100になる。一方、石油100に相当するオイルシェールを得るために石油を50使い、得られたオイルシェールを石油並みに精製するのにさらに50の石油を使ったとしたら、最後に得られたエネルギーが石油100に相当するとしても、それを得る段階ですでに石油100を使い果たしているわけで、EPRはほぼ1となり、石油文明を支えることはできない。
IEAが非従来型石油に期待しすぎているという批判は当然だろう。EPAを無視しているからだ。オイルシェールやオイルサンドに潜在的なエネルギーが秘められているとしても、それを利用するまでの過程で良質のエネルギーを大量に使ってしまったのでは、なんのために採掘しているのか分からない。

本書67ページに、インター・ディーラー・ブローカー Tulett Prebon Groupの報告書「Perfect Storm」(2013)のデータに地熱発電などのデータも加えた各一次エネルギーのEPR一覧が出ている↓
各エネルギーのEPR一覧
現代石油文明を維持するのに必要なエネルギーの質「EPR10以上」を---の境界線で示した


最近発見された石油のEPRが8と著しく低いのは、ほとんどが水深2000m以上の大水深海域での発見なので、採掘・精製までの投入エネルギーが高いからだ。
EPRはコストに直結する。太陽光発電のコストが高いのはEPRが低いからで、補助金・助成金をつけなければ他のエネルギーと競争できない。


もう一つ重要なのはエントロピーで、これは「乱雑さの度合」とか「汚れ」などと説明される。
太陽電池の原材料として一般的なシリコン(ケイ素)は、世界中に大量に散らばっているが、一か所にかたまって存在しているわけではないので、集めて精製して……という工程で大量のエネルギーを使う。これを「エントロピーが高い」状態という。
一方、掘削しただけで自噴してくるような油田は、エネルギーをかけずとも高いエネルギーを得られる物質が存在しているわけで、これを「エントロピーが低い」状態という。
物質やエネルギーは、利用すれば必ずエントロピーが増える(熱力学第二法則=エントロピー増大の法則)。石油を燃やして電力を得たりエンジンを動かしたりすれば、後には排ガスや熱などが残るが、それらは利用価値が下がる(エントロピーが増える)。
活動の結果出た廃物を再利用(リサイクル)するというのは、高エントロピーのものを低エントロピーにするわけで、その過程でさらに新たなエネルギーや資源が必要となる。
最終的には増えたエントロピーは地球の生物循環、水循環、大気の循環などに乗せて宇宙空間に熱として捨てるしかない。それを可能にする環境を失うと、地球上はエントロピーだらけとなり、あらゆる生命活動、生産活動は不可能になる(エントロピー環境論)。
だから、エネルギー資源のEPRを考える場合、投入エネルギーには、利用後に出た廃物を処理するためのエネルギーや環境を破壊しないための措置に必要なエネルギーも考慮しなければいけない。
上の一覧で原子力のEPRが5と評価されているが、放射性廃物の処分が不可能であり、その管理に半永久的に良質のエネルギーを投入し続けなければならないことを考慮に入れれば、5も怪しいし、そもそもエネルギーとして考えてはいけない。


さらには、シェールオイル/ガスの生産は、従来型油田のようなプラトー(同規模の生産量が持続する期間)がなく、米国最大のシェールフィールドの例で、1年目で69%、2年目で39%、3年目で26%にまで減衰しているという。そのため、通常は15年といわれるシェールオイル/ガスの設備償却期間を待たずに生産できなくなることもある、と。
そういうものに対して今後も生産量が増え続けるという予測はあまりに楽観的すぎる、というわけだ。
ちなみに上図で地熱はEPRが低く出ているが、一度設備投資すると、上図の左側に並ぶ地下資源のように枯渇の心配がほぼなく、永続的にエネルギーが得られる(プラトーが極めて長い)という長所がある。地産地消エネルギーとして有望だと考えられる所以だ。

とにかく、僕も含めて、漠然と「自分が生きているうちは大丈夫だろう」と思っている人たちは、石油がもう減産時期に入ったことだけは間違いないと認識しておかないといけない。若い世代、そしてこれから生まれてくる世代の人間は、確実に「石油が足りなくなる時代」を生きることになる。それを踏まえた上で、いい加減な楽観論を語る覚悟があるのか、ということだ。

石油文明の後の文明とは

では、石油がなくなっていくこれからの時代の文明はどんな形になるのか? 田村氏は様々なデータを踏まえながら、ザックリと以下のように論考していく。
  • 人類社会は、約1万年前に農業革命で森林エネルギーを使うことを覚え、約300年前の産業革命で化石燃料地下資源を利用することを覚えた。
  • 化石燃料の利用により食糧の増産が可能となり、人口が急増した。
  • 石油ピークを過ぎて、これからは化石燃料が減産していく時代になる。石油の次に天然ガスが、次いで2025年頃には石炭もピークに達する。
  • 石油ピーク後の各エネルギーのEPRは加速度的に低下し、使えるエネルギー(正味のエネルギー)が減少する。
  • 2055年には、石油と天然ガスの残存熱量が現在の森林が持つ熱量とほぼ同じくらいまで減る。石炭はまだ残っているが、石油が使えなくなると輸送コストなども上がるので、石炭のEPRが今のように高い水準を保てない。
  • 結果、18世紀半ばに起きた産業革命に始まる石油文明は、およそ300年で終焉を迎える。
  • 石油が使えなくなった時代の人口は、現在のおよそ3分の1くらいに減る
  • その後は森林エネルギーの利用に戻らざるを得ないが、石油文明時代に培った技術遺産があるので、自然エネルギーを利用した「科学的に進化した森林エネルギー」利用になっているはず。
  • そうした「進化した森林エネルギー」を利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている。

持続可能な社会とは

こうした現実を受け入れ、石油がなくなった後も人類がそれなりに平穏で安全な社会を構築し、そこそこ幸福な暮らしが営めるためにはどうすればいいのか。
ここからは、田村氏の言葉をいくつか抜き出してみる。
  • 持続可能な社会とは、モノの循環型社会だけでなく、地球の生態系の多様性が健全で、将来の世代にも引き継がれていく社会。
  • 工業的な大規模農業は、安い石油に依存しすぎている点、生態系に悪影響を与えている点、水を大量に利用する点で、今後は持続できない。
  • 放射性廃棄物の処理を将来世代に押しつけたり、工業的な大規模太陽光発電を各地に建設することも、持続可能社会の理念とは相容れない。
  • 持続可能な社会では、自然から一方的に収奪したエネルギー、資源に依存するのではなく、自然が循環してくれるエネルギーが基盤エネルギーとなる。
  • 利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然から学び、自然と共生する論理・心の持ち方に戻ることが決定的に重要。
  • 原発は、今廃炉を始めても、終了するときには化石燃料は減耗していてほとんど使えない。今止めなくていつ止めるのか。

これらはすべてまともな神経の識者たちから言い尽くされたことなのだが、どれだけ言葉を尽くして説明しても、なんとなく今の社会が永続的に続く、少なくとも自分が生きている間や自分の子どもの世代くらいまでは大丈夫だと思いこんでいる人がなんと多いことか。

田村氏は1943年生まれで今年75歳。僕は1955年生まれで今63歳。残りの人生の間に、石油が足りなくなり、石油を奪い合う阿鼻叫喚の世界を見ないで死ねるかもしれない。
でも、今、20代、30代の人たちはそうはいかないだろう。ましてや10代は相当厳しい世の中を生きなければならない。
その若い世代が、デタラメな政治を容認し、それどころか応援している人も少なくないことがやりきれない。

日本が何か特別な国であるかのように思い込むことは危険な要素を妊んでいるが、自分が生まれたこの日本列島という風土を愛する気持ちは自然なことだろう。
「愛国」を訴えるなら、「進化した森林エネルギーを利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている」ということの意味をもっと真剣に考えるべきだ。
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30代のときに書いたこの小説を思い出した。Kindle版。書名を検索したら、まっ先にこんなブログがヒットして驚いた

ワンセグケータイ裁判のデタラメ2018/07/28 22:53

「合法的集金稼業」に前のめりになっている弁護士事務所が増えた。テレビをつければその手のCMがわんさか流れてくる。
集金ターゲットが高利貸し業者ならまだいいのだが、IT弱者ともいえる高齢者を狙う手法もエスカレートしているようだ。
以前、「老人よ、弁護士とNTTとNHKから身を守れ」と題する日記を掲載した。これに関して、同様の被害を受けたので裁判を起こしているというかたからメールが来た。
僕が日記に書いたのは自分の例ではなく、親父の契約についてだから、契約締結時のいきさつやその後のことはよく分からない。しかし、メールのかたはご自分の契約のことで、したはずのないオプション契約を勝手に締結され、十数年間もクレジットカードから引き落とされていたという。このかたは海外に在住しており、明細が示されていない一括引き落としだったために気づくのが遅れたそうだ。
海外生活に入る前に結んだ契約時の書類も出てきて、相手方(プロバイダ)の説明がウソだらけであることも証明できているという。
「海外のマスコミも視野に入れ、なんとかこの事実を高齢者の方にも知ってもらい、自分が課金されているものの詳細をチェックするように働きかけたい」という。しかし、相手は巨大企業。個人で裁判を続けていくのは大変だろう。
日本の裁判所は、ワンセグケータイを持っているだけでNHKとの受信契約を結ばなければならないというトンデモ判決を出す。そういう国なのだ。
テレビを視聴できるワンセグ機能付き携帯電話の所持者に、NHKと受信契約を結ぶ義務があるかが争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(深見敏正裁判長)は26日、1審・さいたま地裁判決(2016年8月)を取り消し、「契約義務がある」としてNHK側の逆転勝訴を言い渡した。同高裁では別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており、控訴審ではいずれもNHKの勝訴となった。
「ワンセグ携帯 NHK逆転勝訴 義務認定3件目 東京高裁」 毎日新聞 2018/03/26)

「別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており」というのは、水戸地裁と千葉地裁で起こされた同様の裁判を22日に東京高裁が控訴棄却したことをさしている。
控訴していたのは50代と60代の男性で、どちらもテレビを所持していないのに、ワンセグ受信可能なケータイ端末を所持していたというだけでNHKとの契約を結ばされたというもの。
どちらの裁判でも、
  • ワンセグ機能付きの携帯電話を所持する=放送法が定める「受信設備の設置」にあたる
  • ワンセグ携帯ユーザーにNHKを受信する意思がなくても、受信契約の締結義務がある
とした。
家にテレビを持っていない中高年が、ケータイの小さな画面でわざわざワンセグテレビを見るとは到底思えない。
これがまかり通るなら、速度超過運転をする意思がなくても時速200km出せる自動車を所持しているだけで違法だとか、そういう話にもなるのではないか。

NHKを視聴しなくても契約義務が生じるという滅茶苦茶な論理の根拠となっている放送法第64条を改めて見てみよう。
【放送法第64条(受信契約及び受信料)】
第1項  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

ここには「設置」とある。
2016年8月26日のさいたま地裁判決では「ワンセグ機能付き携帯電話の所持は放送法上の受信機の設置にあたらない」として、原告勝訴となった。あたりまえの判決だろう。
しかし、上記、今年(2018年)3月26日の東京高裁では、このさいたま地裁判決を取り消し、放送法64条第1項の「設置」は備え置くだけでなく、携行も含む、という拡大解釈までしてNHKの逆転勝訴とした。ケータイを所持していることが「NHKを受信できる装置を設置した」ことになるというこの「解釈」を、はたしてどれだけの人が受け入れられるだろうか。
デジタル放送になって、テレビ受像器はB-CASカードなしでは受信できなくなった。放送法を現状に合わせて改定し、NHKもWOWOW同様、スクランブルをかけて放送すればいいだけのことだ。「公共放送」というのであれば、災害時の緊急放送などだけノンスクランブルで放送すればよい。現状ではNHK総合は、災害時にもL字枠に「死者○人」などと出すだけで、ドラマやスポーツ中継を流している。民放となんら変わらないのだから。

最近、こんな事例を知った。
東北のある町から大都市の大学に進学し、初めて都会のひとり暮らしを始めたばかりの女性の部屋に「NHKの契約はお済みですか?」と男が訪ねてきた。
女性はテレビを部屋に持っていなかったし、これからも持つつもりはなかったが、そう答えると、「携帯電話は持っているんじゃないですか?」と問い詰められ、ワンセグ受信が可能なケータイだったため、契約書、しかも銀行口座から自動引き落としする契約書にその場で署名捺印させられたという。
この話を聞いて、高齢者だけでなく、田舎から都会に出てきた若い女性なども集中的に狙われるのかと、暗澹たる気持ちになった。
社会正義とか公平公正などという言葉が通用しない日本の法律、法の運用。それを利用して非生産的なビジネスにしがみつく大企業やら弁護士事務所やら……本当に情けない国になってしまった。


↑これは私の「遺言」です

西日本豪雨被害は人災か2018/07/25 15:05

「合法的集金稼業」に前のめりになっている弁護士事務所が増えた。テレビをつければその手のCMがわんさか流れてくる。
集金ターゲットが高利貸し業者ならまだいいのだが、IT弱者ともいえる高齢者を狙う手法もエスカレートしているようだ。
以前、「老人よ、弁護士とNTTとNHKから身を守れ」と題する日記を掲載した。これに関して、同様の被害を受けたので裁判を起こしているというかたからメールが来た。
僕が日記に書いたのは自分の例ではなく、親父の契約についてだから、契約締結時のいきさつやその後のことはよく分からない。しかし、メールのかたはご自分の契約のことで、したはずのないオプション契約を勝手に締結され、十数年間もクレジットカードから引き落とされていたという。このかたは海外に在住しており、明細が示されていない一括引き落としだったために気づくのが遅れたそうだ。
海外生活に入る前に結んだ契約時の書類も出てきて、相手方(プロバイダ)の説明がウソだらけであることも証明できているという。
「海外のマスコミも視野に入れ、なんとかこの事実を高齢者の方にも知ってもらい、自分が課金されているものの詳細をチェックするように働きかけたい」という。しかし、相手は巨大企業。個人で裁判を続けていくのは大変だろう。
日本の裁判所は、ワンセグケータイを持っているだけでNHKとの受信契約を結ばなければならないというトンデモ判決を出す。そういう国なのだ。
テレビを視聴できるワンセグ機能付き携帯電話の所持者に、NHKと受信契約を結ぶ義務があるかが争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(深見敏正裁判長)は26日、1審・さいたま地裁判決(2016年8月)を取り消し、「契約義務がある」としてNHK側の逆転勝訴を言い渡した。同高裁では別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており、控訴審ではいずれもNHKの勝訴となった。
「ワンセグ携帯 NHK逆転勝訴 義務認定3件目 東京高裁」 毎日新聞 2018/03/26)

「別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており」というのは、水戸地裁と千葉地裁で起こされた同様の裁判を22日に東京高裁が控訴棄却したことをさしている。
控訴していたのは50代と60代の男性で、どちらもテレビを所持していないのに、ワンセグ受信可能なケータイ端末を所持していたというだけでNHKとの契約を結ばされたというもの。
どちらの裁判でも、
  • ワンセグ機能付きの携帯電話を所持する=放送法が定める「受信設備の設置」にあたる
  • ワンセグ携帯ユーザーにNHKを受信する意思がなくても、受信契約の締結義務がある
とした。
家にテレビを持っていない中高年が、ケータイの小さな画面でわざわざワンセグテレビを見るとは到底思えない。
これがまかり通るなら、速度超過運転をする意思がなくても時速200km出せる自動車を所持しているだけで違法だとか、そういう話にもなるのではないか。

NHKを視聴しなくても契約義務が生じるという滅茶苦茶な論理の根拠となっている放送法第64条を改めて見てみよう。
【放送法第64条(受信契約及び受信料)】
第1項  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

ここには「設置」とある。
2016年8月26日のさいたま地裁判決では「ワンセグ機能付き携帯電話の所持は放送法上の受信機の設置にあたらない」として、原告勝訴となった。あたりまえの判決だろう。
しかし、上記、今年(2018年)3月26日の東京高裁では、このさいたま地裁判決を取り消し、放送法64条第1項の「設置」は備え置くだけでなく、携行も含む、という拡大解釈までしてNHKの逆転勝訴とした。ケータイを所持していることが「NHKを受信できる装置を設置した」ことになるというこの「解釈」を、はたしてどれだけの人が受け入れられるだろうか。
デジタル放送になって、テレビ受像器はB-CASカードなしでは受信できなくなった。放送法を現状に合わせて改定し、NHKもWOWOW同様、スクランブルをかけて放送すればいいだけのことだ。「公共放送」というのであれば、災害時の緊急放送などだけノンスクランブルで放送すればよい。現状ではNHK総合は、災害時にもL字枠に「死者○人」などと出すだけで、ドラマやスポーツ中継を流している。民放となんら変わらないのだから。

最近、こんな事例を知った。
東北のある町から大都市の大学に進学し、初めて都会のひとり暮らしを始めたばかりの女性の部屋に「NHKの契約はお済みですか?」と男が訪ねてきた。
女性はテレビを部屋に持っていなかったし、これからも持つつもりはなかったが、そう答えると、「携帯電話は持っているんじゃないですか?」と問い詰められ、ワンセグ受信が可能なケータイだったため、契約書、しかも銀行口座から自動引き落としする契約書にその場で署名捺印させられたという。
この話を聞いて、高齢者だけでなく、田舎から都会に出てきた若い女性なども集中的に狙われるのかと、暗澹たる気持ちになった。
社会正義とか公平公正などという言葉が通用しない日本の法律、法の運用。それを利用して非生産的なビジネスにしがみつく大企業やら弁護士事務所やら……本当に情けない国になってしまった。


↑これは私の「遺言」です

異常気象よりも異常なことが起きている2018/07/17 21:06

7月8日未明、ワールドカップサッカー中継の画面

なぜメディアは気を緩めていたのか

西日本豪雨被害の凄まじさが、当初、首都圏をはじめ、東日本の人びとにはなかなか伝わらなかった。その一因は、テレビの報道があまりにもおざなりだったからだ。
深刻な被害情報が入ってきた7日から8日にかけて、NHKはサッカーワールドカップの中継画面にL字枠で「○人死亡○人安否不明」のテロップを出しっぱなし。その後も特番にはならず、『日曜討論 貿易摩擦・外国人材受け入れ』なんてやっていた。それ「今じゃないでしょ」。
民放も平然と長時間音楽特番を続けていたり、グルメ番組だのアニメだのを流していた。
テレビの報道が(被災地の地方局を含め)緊張感がなく、内容も薄かったのは、政府が本気で動かなかったから、ということも大きいだろう。
緊急災害対策本部が設置されていない段階で災害情報特番を組むことはないというのがテレビ業界の常識なのだろうか。
気象庁が異例の緊急記者会見を開いて警告を発した7月5日から政府が緊急災害対策本部を設置した7月8日までの4日間を時系列で振り返ってみよう。

7月5日
  • 北海道南西部を中心に早朝から大雨被害が続々発生。八雲町の道央自動車道で50mに渡って土砂崩れ。奥尻町でも土砂崩れが派生し80戸停電。岩内町で355世帯660人に避難勧告。
  • 西日本各地で大雨。9.30頃、兵庫県猪名川町で男性作業員3人が排水管に流され1人死亡。神戸市で約10万人に避難勧告。大阪府茨木市、神戸市などでも避難指示。午後の時点で、避難指示・勧告が出されたのは計3府県15市町の約20万人。
  • 神戸市灘区の神戸大で3階建て校舎の裏斜面で土砂崩れ。大学は避難勧告を受け、休校に。
  •  14.00 気象庁が緊急記者会見を開き、「8日にかけて東日本から西日本の広い範囲で記録的な大雨となる恐れがある。早めの避難を心がけてほしい」と発表
  •  15.30 内閣府が各省庁課長らを集て災害警戒会議を開く
  •  20.00 大阪、兵庫など3府県約20万人に避難勧告が出る
  •  そんな中、議員会館内で自民党議員約50人が「赤坂自民亭」なる酒宴を開き、20.30頃、安倍首相も参加。
  •  22.00頃 西村康稔官房副長官が酒宴の様子を写した写真をツイッターに投稿し、「和気あいあいの中、若手議員も気さくな写真を取り放題!まさに自由民主党」などとツイート。片山さつき議員も同様にツイッターに「今日は27回目の赤坂自民亭」「安倍総理初のご参加で大変な盛り上がり」などと写真入りで投稿
安倍首相の地元・山口の獺祭、大規模火災で被災しながら復活した新潟県糸魚川市の名酒・加賀の井、広島の酒・賀茂鶴などが振る舞われたが獺祭を飲めば「安倍支持」、賀茂鶴なら「岸田支持」など9月に迫った自民党総裁選を題材にしたジョークが飛び交った。ちなみに出席議員の大半は結局、獺祭と賀茂鶴の両方を飲む羽目になったという。
乾杯のあいさつは竹下亘総務会長が務め、「自民亭の女将」でもある上川陽子法相の発声で「万歳」をした。
「大炎上「赤坂自民亭」は何が問題だったか」 プレジデントオンライン
7月6日
  •  未明 京都府亀岡市の大路次川で車が水没しているのが発見され、下流で女性が遺体で見つかる。
  •  広島県安芸高田市で、川に流されて行方不明となっていた男性が死亡
  •  北九州市門司区で住宅が土砂崩れに巻き込まれ2人行方不明
  •  7.00頃 オウム死刑囚7人の死刑執行が始まる。テレビでは「今、また死刑が執行されました」とリアルタイムでトップ報道し、死刑囚の顔写真に「執行」とマークを打っていくなどの扇情的な演出。豪雨情報は二の次にされる
  •  10.00 気象庁が数十年に1度の災害を意味する「大雨特別警報」の可能性を示唆
  •  17.10 長崎、福岡、佐賀の3県に大雨特別警報
  •  19.40 広島、岡山、鳥取に大雨特別警報
  •  22.50 京都、兵庫に大雨特別警報。1日で8府県に大雨特別警報が発表される異常事態に。この時点で、死者・行方不明者は少なくとも100人を超えると報道される
  •  23.35 岡山県総社市下原の金属加工会社「朝日アルミ産業」の工場が爆発し、延焼や爆風で広範囲の建物に被害。少なくとも住民ら十数人がけが。浸水で原料が反応した可能性
7月7日
  •  10.01~10.16 政府が首相官邸で関係閣僚会議を15分間開く。安倍首相「人命第一の方針の下、救助部隊を遅滞なく投入し、被災者の救命・救助に全力を尽くしてもらいたい」
  •  11.35 首相が官邸を出て、11.49東京・富ケ谷の私邸着。その後終日来客なく、私邸で過ごす
  •  12.50 岐阜県に大雨特別警報
7月8日
  •  早朝5.00時点で、広島県で約82万世帯、約184万人に避難指示・避難勧告。岡山、岐阜など18府県で約92万世帯、約201万人に避難指示の継続(消防庁)
  •  5.50 高知、愛媛に大雨特別警報。最終的に、11府県で大雨特別警報が発表された
  •  岡山県倉敷市真備町(約8900世帯)で、付近を流れる高梁川支流の決壊で約4500棟が冠水。真備町の面積の27%にあたる約1200ヘクタールが浸水。倉敷市真備支所や公民館、学校も水没。朝の時点で建物の屋上などに1000人以上が取り残されているとの情報。自衛隊や消防などがヘリコプターやボートなどで救出活動
  •  8.00 非常災害対策本部(本部長・小此木八郎防災担当相)を設置。安倍首相は9.02から20分間、同会議に出席
  •  9.48~10.42 安倍首相、ポンペオ米国務長官の表敬を受ける
  •  正午時点で少なくとも死者68人・不明52人(読売新聞)と報道
  •  13.00~13.23 安倍首相、韓国の康京和外相の表敬を受ける
  •  14.16 官邸を出て私邸へ帰宅。以後、来客なく私邸内で過ごす

5日夜の「赤坂自民亭」での浮かれた写真が出席者自らの手でツイッターに投稿されたことで後に大炎上したわけだが、あれだけならまだ「あの時点ではこれだけ深刻な被害は予想できなかった」という言い訳もあったかもしれない。しかし6日の時点ですでに死者・行方不明者が100人を超えていると報道されているのに、非常災害対策本部を設置するのが翌々日というのはどういうことだろうか。
被害が深刻化する中でオウム死刑囚の死刑執行を行い、それが「電波ジャック」のようになってテレビの災害情報報道が追いやられたのも解せない。
7月3日、7人の死刑執行にはんこを押して命令を下した上川法務大臣が、死刑執行前夜に酒盛りに参加して万歳の音頭を取っていたという神経も信じられない。

とにかく税金の使い方をなんとかしてくれ

「国」とはなんだろう。「国を守る」とはどういうことだろう。
政府は13日の閣議で、西日本を中心とする豪雨被害の緊急支援のため、予備費20億848万円の拠出を決定した。麻生太郎財務相は閣議後の記者会見で「被災者の生活に不可欠な水、食料、クーラー、仮設トイレといった物資を緊急調達する」と使途を説明した。
時事ドットコム 2018/07/13

……ため息……。
20億円とはどのくらいの金額なのか?
自衛隊の10式戦車は1台10億円。この戦車2台分が20億円。
安倍政権下での内閣官房機密費、用途不明(領収書なし)は56億円
もんじゅ維持費(廃炉が決まっても、冷やし続けなければ爆発)が年間200億円。今までにもんじゅに投じた額は約1兆2千億円。
楢葉町の沖合約20キロの海上に「東北復興の礎に」と建てた出力2000kwと5000kw、7000kwの3基の風車と変電所の建設費が585億円
経産省によると、この3基の風車の設備利用率は、2000kw風車が34%、5000kw風車(運用開始の2017年2月以降)が12%、7000kw風車が2%。もちろん目安に達していない。(洋上風力、発電不調 福島沖・浮体式、商用化に暗雲 朝日新聞デジタル 2018/07/11)
これはテスト段階で、商用利用には至っていない。つまり、585億円かけて、まだ何にも役に立っていない。このまま計画凍結となれば、巨額の金を使って海に巨大なゴミを置いただけということになる。
たとえ、30%程度の設備利用率が達成できたとしても、投資額を発電「実績」で回収できるとは思えない。維持費もかかるし、修繕するのも洋上なら簡単ではない。
すべてが順調にいったとして、5000kw級の巨大風車が風次第で発電したりしなかったりを繰り返すのだ。発電能力が大きければ大きいほど、発電しないとき(風が吹かない or 暴風で止めるとき)の調整は火力発電所が担わなければならないわけで、火力発電の燃費が悪くなる。
そしてこの不安定な博打発電のために、すべての国民は再エネ賦課金を電気料金に上乗せさせられている。

……とまあ、こんなことやあんなことに使われた金額と比べての20億円という金額を噛みしめてみたい。
さらにいえば、「被災者の生活に不可欠な水、食料、クーラー、仮設トイレといった物資を緊急調達する」というが、そんなものは常に準備できていなければならない。
⇒これをぜひ読んでおきたい。
  • イタリアの避難所に被災後真っ先に届く1つめはトイレ。それも日本でよく見る昔の公衆電話ボックスのような狭いものではなく、車椅子対応のものもある広いユニット。
  • 2つめは巨大なキッチンカー。1台で1時間に1000食提供できる能力を持つキッチンカーで温かな食事を提供。
  • 3つめはベッド。最初は簡易ベッドが、1週間後くらいにはマットレスのある普通のベッドが届く。
  • これらの物資はコンテナに収納されて常に待機しているので、災害が発生したらすぐに運べる。コンテナなので屋外にそのまま置けるから、体育館などの施設が物資で埋まって混乱することもない。
イタリアの避難所に被災後真っ先に届く3つのものとは DIAMOND online リスク対策.com

普通に考えればあたりまえのことなのに、何度も大災害に見舞われながら日本はなぜこうした「あたりまえの対策」「合理的な行動」ができないのか。
日銀が買い支え続けて維持している株価も、もうすぐ出口を失い、破綻する。そうなると、もうどうにもならない「弱り目に祟り目」状態になる。そうなってから現政権が崩壊しても、その後始末は誰にもできない。
経済破綻、国土荒廃、人心混乱の中、日本は世界に向かって「助けてください」と泣きつく弱小国になり果てるだろう。 「赤坂自民亭」を非難するだけでなく、いつまで経っても学ばない、まともな税金の使い方をしない政治に一刻も早くNOを突きつけない限り、この国は思っているよりずっと早く崩壊する。

「道徳教育」が日本を滅ぼす2018/06/04 12:47

「育鵬社」の次に「よ」と入力しただけで、Google検索ではこんな予測検索ワードが表示された

教育現場破壊の問題では地方自治体の首長がいちばん怖い

imidasの「時事オピニオン」コーナーに、前文科省事務次官・前川喜平氏のロングインタビューが掲載されている。主に2020年から導入される予定の新しい学習指導要領についてのQ&Aだが、その内容がとても興味深く、かつ怖ろしいので少し紹介してみたい。

まず、学習指導要領の改定、見直しにあたっては、その前に「政治的な議論」や「圧力」があるという。
小中と同じように「高校でも道徳教育が必要だ」という議論。中には「徴兵制を導入して高校生も鍛え直すべきだ」なんてことを真顔で言う人もいるぐらいで、高校生のための道徳教育、あるいは日本人としての自覚を持たせる教育、愛国心教育みたいな内容を高校教育に織り込ませたいという声が、常に自民党の中にあるわけです。
新しい高校学習指導要領で導入される「公共」という教科などは、まさにそういう議論の中から出てきたものです。

質問者が、「前川さんご自身が愛知県の公立中学で講演をされた際に、自民党の国会議員が文科省に圧力をかけ、名古屋市教育委員会に講演内容などに関して質問し報告を要請したという事件がありましたよね」と話を向けると、こう答えている。
政治が教育に手を突っ込むというのは、大抵、こういうやり方なんですね、要するに「騒ぎ立てる」。今回のように国会議員が騒ぎ立てる場合も多いのですが、怖いのは地方議会ですよ。あと、もっと怖いのが地方自治体の首長です。教育委員会に圧力をかけて「右の教科書」を採用しようとしたりしますからね。
防府市の松浦正人市長が会長を務める「教育再生首長会議」という団体があるのですが、彼らは教育、特に教科書の採択は教育委員会でも、現場の教員でもなく、選挙で選ばれた自分たちが決めるべきだと主張しています。「新しい歴史教科書をつくる会」から分派した団体で、安倍首相直属の諮問機関「教育再生実行会議」の有識者委員でもある八木秀次・麗澤大学教授が理事長を務める「日本教育再生機構」とともに、育鵬社の教科書採択を広める活動を積極的に展開しています。

……と述べている。
公立学校というのはほとんどが県立や市立なのだから、自治体の長が国粋主義者だったりすれば、その地域全体の公教育がガラリと変わることもありえるわけだ。
名古屋市の教育委員会のように毅然とした態度をとれればいいが、そうではない自治体がたくさんあるだろう。

「育鵬社」の次に「よ」と入力しただけで、Google検索ではこんな予測検索ワードが表示された。中田前市長の「功績」だそうだ


ここでも出てきた「育鵬社の教科書」だが、ネットでこのキーワードを検索すると、ヒットするページの多くは、「育鵬社の教科書を採用しないのはけしからん」「日本の未来を引っ張っていく大人に育てるのは育鵬社の教科書しかない」といった主張を展開している。
どうも、この問題に関しては、冷静で具体的な議論がされず、右が~、左が~、というののしり合いになってしまっている印象を受ける。
そんな中で、ああ、これは冷静な議論だなあと感じたのは⇒この東洋経済ONLINEの記事だ。
2001年、いち早く育鵬社の教科書を採択して注目された東京都大田区教育委員会で委員長を務めた経験を持つ櫻井光政弁護士へのインタビュー。
櫻井氏はまず、

歴史教科書を選ぶ際に私が大事だと思うことがいくつかあります。まず、何が歴史を動かしたのかを客観的に観察していること。特に、誤りがなぜ起きたのかきちんと分析することが大事です。

という大前提を述べた上で、育鵬社の歴史教科書にはその視点が欠けていると、いくつかの例を挙げて説明している。

沖縄の問題に関しては、書いてある内容が正反対という印象を受けました。帝国書院は、日本軍によって食料を奪われたり、安全な場所から追い出されたりして犠牲になった住民の様子が書かれています。「最後の一兵まで戦え」という命令を残して自害した日本軍司令官の話もあり、犠牲者が増え続けた理由や責任の所在が分かります。
一方、育鵬社は、沖縄県民の献身的な働きや戦争の悲惨さを描いてはいます。しかし、命令が残っていたために被害が拡大したことには触れられていません。
私は、その戦争の中で立派に行動した人がいた、ということに触れるだけではいけないと思います。負けることが分かった時にどういう指揮を取るか、というのがとても大事で「最後まで戦え」という命令を残して自決するのはリーダーとしては失格ではないでしょうか。自分の美学に殉じるのはよいですが、残った者の命をどう考えるのか。特に非戦闘員の命をどう守るのか考えられない人は、指導者としては批判の対象になるものだからです。そういうことを学ぶのが「歴史」だと私は思います。
[採択相次ぐ!「育鵬社教科書」本当の問題点  「右・左」だけでなく、グローバル視点で課題] 東洋経済ONLINE 2015年6月3日


「自分で考える力」をつけさせるのが教育

話を前川氏のインタビュー記事に戻す。
前川氏も櫻井氏同様に、誤りがなぜ起きたのかきちんと分析することの重要性を強調している。
例えば「ワイマール憲法」という当時では世界で最も民主的な憲法の中から、なぜヒトラーのような独裁者が生まれたのか? こういう愚かなことを日本人だって繰り返さないとは限らないよという、そのことを学ぶってものすごく大事だと思うんです。(略) つまり害虫の巣を残しちゃった国(今の日本)と、完全に駆除した、あるいは、それを常に駆除し続けなきゃいけないと思っている人たち(今のドイツ)との違い。 それだけの痛恨の歴史を持っている国。ワイマール憲法がヒトラーを生み、ヒトラーがホロコーストをしでかして、とんでもない戦争で何千万人もの人を殺したと。そういうとんでもないことを、しかしそれに迎合し支持した国民がいたという……。それだけシビアな歴史観、民主主義観というのが常に彼らの中にはあって、その運用をいかに間違えないかということに対する意識が、常に一定のブレーキというか、必ず考えなければいけないプロセスとして残っているということなんですね。
imidas 前川喜平さんロングインタビュー

しかし、今の日本の教育は、子供に「なぜそうなったのかを考えさせない」「間違いを繰り返さないためにはどうするべきなのかを自分の頭で考える力をつけさせない」方向にどんどん進んでいると危惧している人は多いはずだ。
日大アメフト部事件はまさにそのことをはっきりした形で突きつけた。

こんなツイートを見つけた。

↑まさにこれ!

前川氏のインタビューでも、こう続く。
一方で、政治の側にはそういう「目覚めた主権者」は困ると言う人もいるわけです。(略) 最近の「公文書問題」などを見ても象徴的ですが、現実には「民はよらしむべし。知らしむべからず」みたいな社会に戻ろうとしていますよね。とにかく、真実を国民に伝えないようにしようと。その一方で、他国の脅威とか、ヘイトのような国民のネガティブな感情に訴えて、支持を勝ち取ろうという、ポピュリズム的な政治手法です。 基本的に、国民はバカだと思っているんですよ。だませると、最後までだまし通せると思っている。


日大事件でも、前監督や現理事長の言動を見ていると、まさに「国民はバカだ。最後までだまし通せると思っている」としか思えない。
今は騒いでいても、どうせそのうち忘れる、と。
実際、そうなっている。森友事件では、まだ渦中にありながら、佐川・財務相前理財局長らはさっさと全員不起訴になった。
こんなことが続けば、この国は間違いなく壊れ、また悲惨な状態に陥る。
そうならないように、人を育てるのが教育なのに、教育現場がどんどん壊されていくのは本当に怖ろしいことだ。

前川氏のインタビュー記事はこう結ばれている。
公教育は「国」のためではなく、一人ひとりの「個人」のためにあるはずです。ひたすら強いものに付き従うのではなく「自分で考える力」を身に着けた「目覚めた主権者」の存在なしに、本当の民主主義などありえないのですから。




↑これは私の「遺言」です

3万円の手作りクッキー2018/04/22 18:42

「ナイナイのお見合い大作戦!」という番組を見た。最後に女性たちが手に手に小さな包みや箱を持ち、「私が焼いたクッキーです。受け取ってください」みたいな感じで男性に差し出すシーンで、微妙な違和感を覚えた。男性が女性に、のときは全員が花束だったなあ。女性が男性に、の場合はクッキーとかなのか……。

手作りクッキーは特別なものである。愛情を込めて、大切な人のために焼く。
手作りクッキーを「食べてください」と渡される人は幸せだが、世の中には手作りクッキーをもらえない人もいっぱいいる。
そういう人はお金を出して市販のクッキーを買ったりする。地位のある人は、自分が買わずとも、人が高価なクッキーを買ってくれることもある。
でも、市販のクッキーは大量生産のコピーで、手作りクッキーとは違う。味がどうのという問題ではなく、「違う」。
だからみんな、手作りクッキーが好きだし、手作りクッキーを欲しがる。

ケースF:
「お忙しそうですね……」
「いろいろ大変だったけど、これからがウンコだから。手作りクッキーちょうだい」
「ダメですよ。ここはお仕事の場ですから」
「そんなに仕事したいんだ~。じゃあ、おうち行っていい?」
「そういうの、ほんとやめてください」
「きみんち行って、手作りクッキー食べて、ウンコして、クローズアップ現代見て、寝るか~?」

ケースY:
「手作りクッキー、お好きなんですか?」
「そうだね。でも、焼いてくれる人いなくてね」
「お寂しいですね」
「きみが焼いてくれる?」
「材料費と手間代で3万円いただければ」
「いいよ。じゃあ、それでお願いするよ」

さて、この2つのケースを、同じ「手作りクッキー」の話として同列に語っている人がいるが、全然違う話だと思うよ。



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選挙の「按分票」は廃止すべき2018/04/10 21:31

告示と同時にズラッと張り出された候補者ポスター

地方選挙の難しさ

一昨日の日曜日(2018/04/08)は日光市長選、市議会選の告示日で、近所の人や知人・友人たちの中にも、ポスター貼りの手伝いに動員された人たちがけっこういた。

市長選は4候補者の乱戦と伝えられているが、おそらく当選可能性があるのは2候補で、他の2候補はそれぞれ有力2候補の足を引っ張るという図式だろう。
2候補のうち、足の引っ張られ度合?が少なかった候補が勝つ……ということか。

市長選については、4人の立候補者が揃った公開討論会の動画を教えてもらったので見てみた。
長いので飛ばしながら、いちばん頭よさそうな人は誰か、うわべだけで話している人は誰か、性格悪そうなのは誰か、本気で政策を訴えている人は誰か……といった視点で見ていた。
有力候補の一人が「子育て支援政策」についてこんなことを言っていたのが印象的だった。

子育て支援は大切だが、子供はいずれこの地を離れていく。その後、また戻ってきたいと思える魅力のある町であるかどうかが重要。まずは大人が生き甲斐を持って生きていける町じゃないと、出ていった子供は戻って来ないから、人口減少は止まらない。
親が自ら楽しく生きる、生き生きと暮らす姿を子供に見せられなければ、子供はこの地に魅力を見いだせない。


……そんなような内容だった。
まったくその通り。
で、公開討論会でこういう視点での持論を主張できる人かどうか、というのも重要な判断材料だろう。
お題目みたいなことを並べているだけの人は、自分の頭でとことん考えていない。周囲の人との関係や、上(県や国)とのパイプ作りのテクニックだけで市政をやろうとしている。だから、選挙でも、自分がいかに国や県から利益誘導できる人間かをアピールする。
しかし、そういう手法では、これから先、通用しない。だって、国がこのザマなんだから。国全体がじり貧になっていくのは分かっている。その中で地方都市が生き残る戦略を立てなければいけないんだから、ある意味、国政担当者よりもずっと頭がよく、実行力のある人物でなければ地方行政は託せない。

一方、何をやるにも金は必要だ。
地域内の税収だけではやっていけないから、地方交付税や各種補助金はどうしても必要。しかし、それがほしいと尻尾を振るだけではダメで、うまくもらった上で、合理的に、有効に使いこなす「技術」が必要なのだ。
なるべく喧嘩せず、対立構図を作らず、したたかに相手(国や県や大企業)を取り込み、結果として今よりいい方向に向かう知恵と対人関係形成能力が政治家には不可欠。清濁併せ呑み、ゲームに勝つずるがしこさも必要なのだ。
いくら正論を述べていても、自己主張で終わるような人、いざ仕事をさせてみたら現実に対応できないような人(つまり僕のような人?)は政治家には向いてない。政治に直接参加しようとせず、何かやるにしても外野からのサポートや自分の持ち場をしっかり固めることに徹したほうがいい。

……とまあ、そういう視点で投票する市長候補者は決まった。

「按分票」は廃止せよ

さて、市議会選はさらに難しい。
今回は定数24に対して27人が立候補。つまり落ちるのは3人だけ。
前回は定数が28に対して30人が立候補した。落ちたのは2人だけ。

最後の1議席を2人、3人が争うという選挙。であれば、落ちそうな候補者の中で、この人よりはこの人のほうを残したい、という視点で選ぶのがいいだろう。ということで、前回の開票結果を改めて見たところ、驚くべきことに気づいた。
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~~~~~


↑一瞬、総得票数4455万4953票? って読んじゃいそうだけど、4万4554.(テン)953票で、最後の953は小数点以下なのだ。
得票総数…… 44,554.993
按分の際切り捨てた票数…… 0.007
無効投票数…… 1,169.000
投票総数…… 45,724.000


なんと、候補者30人のうち、12人もが小数点以下まである「按分票」をもらっている。
按分というのは、同じ姓の人が複数いるなどしたとき、姓しか書いていない票は誰に投票したか分からないので、可能性のある人に振り分けましょう、ということだ。
公職選挙法ではこう規定されている。
(同一氏名の候補者等に対する投票の効力) 第六十八条の二 同一の氏名、氏又は名の公職の候補者が二人以上ある場合において、その氏名、氏又は名のみを記載した投票は、前条第一項第八号の規定にかかわらず、有効とする
4 第一項又は第二項の有効投票は、開票区ごとに、当該候補者又は当該衆議院名簿届出政党等のその他の有効投票数に応じてあん分し、それぞれこれに加えるものとする。

この最初に出てくる「前条第一項第八号の規定にかかわらず、有効とする」の「前条第一項第八号」というのは、「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」は無効とする、という条項。
これだけでいいではないかと思う。
候補者の姓名を正しく書けないような投票のために、繁雑な按分票作業をするのは集計の効率を極端に悪化させるだけでなく、選挙の質を下げる。

前回の日光市議会議員選挙では、
ふくだ(2)、さいとう(5)、かとう(2)、やまこし(2) という姓の候補者が複数いた。このすべてで按分票が生じている。
さらには、1人しかいない「手塚」候補の票に小数点以下がついているのはなぜかと思って調べたら、齊藤正三候補は「しょうぞう」ではなく「まさみ」と読むことが分かった。手塚候補の氏名は手塚雅己で、届出名は「手塚まさみ」、一方、齊藤正三候補の届出名は「さいとう正三」。姓を平仮名表記にして届出たのは、齊藤正三氏だけが「齊」藤で、他は「齋」藤か「斎」藤だからか? (ちなみに「斉」は一斉、斉唱などの斉で、旧字体が齊。「斎」は書斎、斎場などの斎で、旧字体が齋。意味の違うまったく別の字

手塚候補にも按分票が入っているということは、姓を書かず、しかも名前を漢字ではなく平仮名かなんかで「まさみ」とか「まさみさん」と書いた投票用紙があったということだろう。
さいとう正三候補の得票数は1,451.478票。手塚まさみ候補の得票数は1,299.422票。1451:1299で1票を割ると0.528票と0.427票だから、手塚候補の小数点以下0.422とも微妙に違う。ということは「まさみ」だけの票は1票だけではなく2票以上あったのだろうか。いや、さいとう正三候補は「さいとう」と書かれた按分票がかなり入っているから、さらに計算はややこしくなる。そこで生じた小数点以下3桁目の微妙な違いなのだろうか……。
平仮名で「まさみ」とか「まさみさん」と書いた票は、ほぼ「手塚まさみ」候補の票であろう。「さいとう正三」という届出名の候補者に「まさみ」と書いて投票するとは思えない。
しかし、そういうこと以前の問題で、こんなしょーもない、ルールを守れない投票のために、当該候補者の得票数に応じて1票を小数点以下3桁まで計算しなければいけないというのは馬鹿げている。
再度いう。「按分票」の規定は廃止するべきだ。

こんな選挙は嫌だ!

さらに前回の日光市議選の最終得票結果を見ると、按分票にもならなかった無効票が1,169票もある。投票者総数が4万5724人だから、100人のうち3人近くの人が無効票。姓だけとかで判別できない「按分票」も含めたら相当数が「まともに記入されていない票」ということだ。

「按分票」がどのくらいあったのかは選挙結果発表では知ることができない。ぜひ知りたいものだ。無効票が1169票もあるくらいだから、按分票はもっとあるのかもしれない。だとしたら、どうしようもない民度の選挙だ。
選挙権は平等に──これはあたりまえのこと。しかし、最低限度のルールも理解できていないような票を「按分」までして有効にする必要はない。むしろ民主主義の劣化につながる。

それでも真剣に一票を投じた

市議会議員については、前回の結果を参考にして、落選しそうなラインにいる候補者に目をつけた。
その中で、この人よりはこの人を残したい……という選び方をしたいのだが、どういうわけか共産党と公明党以外は全員が「無所属」で、政党で選ぶこともできない。
そこで「会派」別議員名簿にアクセスした。
どうしようもない議員と同じグループは「同じ穴の……」で除外していけばいいかなという選別方法。しかし、そもそも個々の市議会議員のことをよく知らないから、会派の色もよく分からない。(だからこそ、ほとんどの人は「地元の人だから」とか「知り合いの知り合いだから」といった理由で投票してしまうのだろう。)

WEBサイトやフェイスブックアカウントを持っている議員には極力アクセスして人物像や政策を探ろうとしたが、呆れたことにまったくWEBにタッチしていない議員がいっぱいいる。
日光市のサイト内に議員名簿のページがあるのだが、メールアドレスや個人WEBサイトという項目があるにもかかわらず、アドレスやURLを明記している議員はたったの2名なのだ。どうしようもない。

……と、散々苦労した挙げ句に、市長は実質2候補の争いだろうから、この人にはなってほしくないという候補者ではないほうに。
市議会議員は落ちそうな候補者の中から、残ってほしいと思える人(その人が全候補者の中でベストだということではない)に。
決まったところで、期日前投票を済ませてきた。

今回は買い物のついでに行った。この出張所は初めて訪れた


家に戻り、車のタイヤ交換をしていたら、ケータイが鳴った。
「○○候補をよろしく、という電話です。友達なんです」
……あ~、さっき投票してきちゃったよ。その人にするか、もう一人にするかで悩んだけれど、こうこうこういう理由でもう一人のほうにしたよ、と説明した。

さてさて、結果はどうなることか。
前回選挙では、市長も市議も死に票になってしまったのだが……。


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