軽自動車こそ究極のエコカーである2018/11/07 10:21

「笑点」メンバーの着物の色ってどっかで見たなあと思っていたら……これだった

製造と廃棄の段階での環境負荷

X90を手放した心痛と悔しさから逃れるため、代わりに我が家の一員となった17万円のアルトラパン4WDを目一杯愛す方向に頭を切り換えている。

世の中、ハイブリッドカーや電気自動車が「エコカー」と持ち上げられ、極端な優遇税制を受けたりしている。しかし、今さらいうまでもないことだが、化石燃料や金属資源の節約、環境負荷の軽減という意味では軽自動車こそが真のエコカーである。

自動車が環境に与える負荷は、主に
  1. 製造する段階でどれだけのエネルギー資源や金属などの地下資源(特にレアメタル類)を使ったか
  2. その自動車が走ることでどれだけのエネルギー資源を消費したか
  3. その自動車が走ることでどれだけ環境を汚染し、道路などの公共資産を傷めたか
  4. その自動車を廃棄する段階でどれだけの資源(特に金属)を失い、環境を汚染、破壊したか

ということで計算することになる。
ところが、ハイブリッド車や電気自動車については、上記の2と3しか取り上げられず、1と4の視点がほとんど抜け落ちている。
さらには、作られた自動車でどれだけの仕事ができたか(人力などを節約できたか)もあまり論じられない。

エコカーと呼ばれる車の多くは価格が高く、庶民にとっては高嶺の花だ。実際、所有している人たちはそこそこの所得がある人たちであり、用途もレジャーや買い物などが多い。
一方、公共輸送に使われるバスやトラックなどはもちろん、毎日走り回っている営業車の類、プロパンガスを交換している2トン車やエアコンやボイラーの修理のために回っている軽バン、農家にはなくてはならない軽トラがハイブリッドカーや電気自動車である、という社会にはなっていない。
なぜなら「エコカーは高くつく」からだ。

田舎では必須の軽自動車にも、ハイブリッドや電気自動車はほとんどない。(現時点では、スズキに小規模なハイブリッド車があるだけ)
ハイブリッドは、従来のガソリンエンジンの他に高性能バッテリーとモーターを積んで、走行状況に合わせ、モーターがエンジンをアシストするというものだ。しかし、自動車として究極までに軽量化・高効率化された軽自動車は、エンジン本来の性能を徹底的に効率化させることですでに従来の常識を覆すような高燃費を実現している。それを多少上回る程度の燃費改善のために、モーターやリチウムイオンバッテリーという重くて高価なパーツを軽自動車に組み込むメリットが見出しづらい。
軽自動車のユーザーはもとより経済性最重視だから、通常の(ガソリンエンジンのみの)軽自動車との価格差を燃費の差で埋めることは相当難しいであろうことを理解している。
しかし、軽自動車というのは常に「無理をして」ギリギリの設計をしてきた車だから、最小限のモーターアシスト機構をうまく組み入れられれば、さらに進化する可能性が普通車よりあるかもしれない。スズキはすでにその領域に入ってきたような気もするので、期待もしている。

石油よりもレアメタルが先に枯渇する

ハイブリッドカーや電気自動車でいちばん懸念されるのは、稀少金属を大量に使っていることだ。
初代プリウスにはニッケル水素バッテリーが使われていたが、ニッケルの可採年数(採掘可能な残り年数)は約40年という(経産省「諸外国の資源循環政策に関する基礎調査」より)
現行プリウスには、グレードによってリチウムイオンバッテリーも使われているが、リチウムはチリやアルゼンチンなど、極めて限られた地域に偏在している稀少金属だ。
仮に全世界の自動車保有台数の 50% を環境低負荷自動車(HV + PHV と EV をそれぞれ50% の割合とする)にすると、約790 万 t の金属リチウムが必要ということになる。この金属リチウム量は、次章で示す金属リチウムの推定埋蔵量に迫る量になる。
「リチウム資源の供給と自動車用需要の動向」河本 洋、玉城わかな)

いずれにしても、このまま自動車にモーター駆動用の二次電池を積むことを続けていれば、石油の枯渇よりも金属資源の枯渇のほうが早くなるだろう。石油はまだなんとかあるけれど、ニッケルもリチウムももうなくなりそうなので高性能電池はもう作れません、という時代が来る。わずかに残されたレアメタルの価格は急騰し、さらには争奪で戦争にもなりかねず、燃費向上がどうのという話どころではなくなる。
ハイブリッドや電気自動車万歳という風潮には、こうした現実的な予測がまったく欠けている。
燃料電池車などは論外で、そもそもエネルギー収支の点からやる意味がまったくない。水素エネルギー社会が到来するなどというのは補助金目当ての詐欺PRでしかない。

頻繁に新車に乗り換えることこそ環境破壊

環境負荷を減らしたいなら、自動車を製造する~使う~廃棄するという全課程での資源消費を極力少なくし、環境に有害な物質を極力出させないことだ。
少ないエネルギー、資源で、大きな代替労力を得られる車こそが「エコカー」を名乗っていい。
残念ながら、現時点ではハイブリッド車も電気自動車も「エコカー」とは言い難い。
日本で生まれた軽自動車という規格は、世界に類をみないユニークなものだった。「ガラ軽」と呼んだ人がいたが、まさにそうかもしれない。しかしこれは、極めてよい意味でのガラパゴスだ。
軽自動車は高級車に比べればいろいろな点で快適ではないし非力だが、効率よく仕事をして、環境への負荷も少ないという点では極めて優れている。
田舎暮らしではどうしても車が必要だから、「申し訳ないけれど車を使わせてもらってます。でも、環境負荷は最小限にしたいので、軽自動車、しかも中古車を徹底的に長く乗ります」という生き方がいちばん合理的で社会倫理的だろう。
今回、理由はどうであれ、そういう「軽自動車文化」に仲間入りできたと思い、X90を手放す苦しさを軽減させることにした。
X90も廃車ではなく、ちゃんと次のオーナーが決まっている。この乗り換えで、新しく製造された車が増えたわけではない。すでに製造され、十分に仕事をして元を取ったであろう車が入れ替わるだけだ。

……とまあ、例によってぐだぐだ能書きを垂れながら、15年間連れ添った珍車X90に別れを告げるのであった。

「不条理社会」に生きる2018/11/07 09:47

X90のメーター 22年前の車だが、まだ6万キロ台 なぜこれに重税をかける

「明らかな悪法」が作られ、まかり通る

増税でのいじめに耐えきれず、22年前に作られ、うちに来てから15年経つスズキ X90という珍車?をついに手放すことになった次第については表の日記に詳しく書いた。

車を大切に長く使うと増税という非合理、不条理に憤っているだけでは免疫細胞が死んでしまう一方なので、ここで「なぜこんな非合理が許されるのか」を人間の心や社会構造という面から改めて考えてみた。

この悪法が成立した裏には、自動車メーカーの利益を守るために、まだまだ乗れる自動車を早く手放させて新車を買わせようという意図があることは明白だ。
ある業界や企業の利益誘導のために、公共の利益を害することを押し進める。そのためには大きな嘘をつく。嘘を信じ込ませるために、メディア、教育、情報社会などに働きかけ、あらゆる手段を駆使する。……こうしたことを平気でできる人間をAタイプとしておく。
Aタイプにも、金儲け依存症、権力志向、世の中を動かす自分の能力に酔いしれる自己陶酔型などいろいろありそうだが、とにかくこのタイプはバカではないし、行動力もある。ザックリ言えば「エリート」と呼ばれる人たちに属する。

次に、「エリート」と呼ばれるグループには属しているが、自分では方向性を見つけようとせず、上からの指示に従い、自分の生活レベルや地位を守ることに専念するタイプの人たちがいる。これをBタイプとしておこう。
Bタイプは当然Aタイプよりも数は多いし、現場での戦力という意味で、Aタイプにとって不可欠な道具だ。実行部隊の隊長だから、頭脳や実行力はAタイプより優れていることも多いだろう。
AタイプにしろBタイプにしろ、自分たちがやっていることが公共の利益や地球環境の保全・持続という面では明らかに悪行であることは十分理解している。それでも悪行を続けるのは、結局のところ、自分、あるいはせいぜい自分の家族という極めて狭い範囲の生活レベルやステータスを、人生において最も大切なこと、最上位の価値だと信じているからだ。
自分が死んだ後のことなども考えない。自分が死んだ3分後に地球が破滅して全生物が滅んでも、自分はもはやそこにはいないし、感知できないのだから関係ないと思うような極端なサイコパスも混じっているかもしれない。

次に、AタイプやBタイプに言いくるめられ、嘘を本気にしてしまう人たちがいる。これをCタイプとしておこう。
社会を構成している人の多くはCタイプである。
例えば、「ハイブリッド車や電気自動車などの『エコカー』に乗り換えることが環境負荷を下げることになる」と本気で信じている人はたくさんいる。官僚にはあまりいないかもしれないが、政治家には結構いる。だから車を長く乗り続ける人には増税という不条理・非合理な法律が野放しにされている。
同様に「次に到来するのはクリーンな水素社会だ」とか「原発は必要悪であり、資源のない日本には欠かせない技術である」などと主張するCタイプの人たちがいるが、AタイプやBタイプと違って本気でそう思い込んでいるのがやっかいだ。
Cタイプの知性はとてもゾーンが広い。学歴や人格も関係ない。「人間的にはとてもいい人」は、このCタイプにいちばん多い。
政治家にはCタイプがとても多い。
しかも「困ったCタイプ」ばかりだ。いわゆる「いい人」は政治のようなドロドロした世界ではのし上がれないから。
偏狭な信念を持っていて、現実を正確に分析できない人。頭がよくないのに家柄や成り行きで権力を得てしまったために、取り巻きの説明を鵜呑みにして、それが自分の知力だと勘違いしている人。単純に頭が悪くて、政界の中の保身、立ち回りだけで精一杯な人。そんな人たちがいっぱいいる。

こう見ていくと、世の中の不条理、非合理は、

  • 自分が死んだ後のことはどうでもいいというAタイプが考案し、社会がそう動くように仕掛ける。
  • 本当は違うんだけど、上から言われたから仕方がないという生き方のBタイプが粛々と押し進める。
  • 深く考えようとしない、あるいはだまされたまま変な信念を持っているようなCタイプが、悪行を許容したり実行に加担したりする。
……という構造で生まれ、定着してしまうということが分かる。
「それはおかしい」「あまりにも非合理だ」と異を唱え、正論を述べる人たちの力は及ばない、ということなのだろう。

現代人が知らなければいけない「条理」「合理」とは

僕はよく「不条理」とか「合理性」といった言葉を使うが、ここで「条理」「合理」とは何かを改めて考えてみる。

条理:物事がそうなければならない当然の道理・筋道
合理:物事の理屈に合っていること

世の中には様々な条理、合理があるが、現代社会を生きる人間にとって、生命や幸福な生活を守るための基本的な条理、合理は次のようなことだと思う。
  1. 地球上で生物が活動できるのは、水の循環をはじめとする物質循環が存在し、増大したエントロピーを熱に変えて宇宙に捨てる仕組みがあるからである
  2. 物質循環を支えているのは水、植物層、動物層の健全さと多様性である
  3. 地球環境は有限であり、地下資源は使えば枯渇する
  4. 現代文明は石油を筆頭とする「地下資源文明」であり、化石燃料や金属資源(特に稀少金属資源)は極力無駄に使わないようにすることが文明の寿命を延ばすことに直結する
  5. 人間の幸福感は、物やエネルギーの大量消費によって保障されているわけではなく、工業生産やエネルギー消費を減らしても精神的な豊かさを増やす方法はいくらでもある
  6. 今の社会を少しでも長く平和な状態に保つには、人工的なエネルギーや生産に過度に依存せず、精神的幸福感を維持・増大させる生活スタイルに変えていくことが必須である

現代社会の「不条理」「非合理」は、これらの命題に明らかに反していることであるのに、嘘や情報コントロール、権力者からの圧力によって押し進められることで生じている。
さらにやっかいなのは、上に示したような基本的な「条理」「合理」が社会の中で共有されていないことだ。

上の(3)はほとんどの人が理解はしている。でも、(1)と(2)を理解していない人が多い。学校でもちゃんと教えていない。
(4)は分かったつもりでいて、実は分かっていない人が多い。特にエネルギー収支については考えていない、あるいは間違った理解をしている人が実に多い。
(5)(6)は表向き賛同するものの、自分が生きている間はなんとかなるだろうと思って、真剣には向き合おうとしない。

この傾向はすべてのタイプの人にあてはまるが、CタイプよりはBタイプ、BタイプよりはAタイプの人のほうが、これらすべての条理・合理を本当は理解している。理解している上で無視し、自分の利益を最優先させることが自分にとっての条理・合理だと信じている。

社会が「数」の力で動くとすれば、Cタイプが圧倒的に多い以上、Aタイプの支配を崩せない。
崩せるとしたら、Aタイプを許さない超人的な人物が登場したり、Bタイプの中で大きな意識革命が起きてAタイプに反旗を翻したり、Cタイプの中で条理・合理を理解する人たちが増えていき、社会の軌道修正を求めていくことだろう。しかし、そんなシーンは、少なくとも僕が生きているうちには見ることはできない。不条理・非合理はますます増えていくに違いない。
そんな社会の中で、自暴自棄にならず、どう生き抜いていけばいいのかを考え、試行している人たちもいる。ついでだから、Dタイプとでもしておきますか。
DタイプはA~Cタイプに比べれば社会を変えていく大きな力にはなりにくい。無害だけれど、個人主義というか、幸福感至上主義のエゴイストみたいなところがある。
やはり、社会を動かしているのはA~Cタイプの人たちだ。
……と、ここまで考えてくると、「人間社会」というものが少しだけ見えてくるし、その中で生きていくしかない自分というものにも、静かに向き合える気がする。

テレビドラマより分かりやすい善悪劇

東京電力の旧経営陣3人(勝俣恒久、竹黒一郎、武藤栄)が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判は、2018年10月末現在、第33回公判まで進んでいる。
その内容が、NHK NEWS WEBの特別ページにまとめられている。
他に、元朝日新聞記者の添田孝史氏が書いているLevel 7 News「公判傍聴記」(添田孝史)というシリーズがよくまとまっていて読みやすい。まるで法廷ドラマを見ているようだ。
これを『下町ロケット』みたいなノリでテレビドラマ化してくれないものだろうか。
こういうの↓をそのまま脚本にするだけでいいから。


高尾氏ら現場の技術者は、2007年11月からずっと対策の検討を進めていた。「対策を前提に進んでいるんだと認識していた」と高尾氏は証言した。それが2008年7月31日、わずか50分程度の会合の最後の数分で、武藤副社長から突然、高尾氏が予想もしていなかった津波対策の先送りが指示される。高尾氏は「それまでの状況から、予想していなかった結論に力が抜けた。(会合の)残りの数分の部分は覚えていない」と証言した。今回の公判のクライマックスだった。
添田孝史 第5回公判傍聴記

この時期の東電「裏工作」で最も悪質なのは、先行する他社の津波想定を、自分たちの水準まで引き下げようとしていたことだろう。
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高尾氏は、武藤氏の指示のもと研究者への説得工作も行っていた。2008年10月ごろ、秋田大学の研究者に面談した際の記録には「長期評価の見解を今すぐ取り入れないなら、その根拠が必要でないかとのコメントがあった」「非常に緊迫したムードだったが、(東電の方針を)繰り返し述べた」と書かれていた。大組織のサラリーマンの悲哀を感じさせる記録だった。
同・第6回公判傍聴記


高尾氏の証言を聞いていると、2007年以降の福島第一原発は、ブレーキの効かない古い自動車のようだった。
ブレーキ性能(津波対策)が十分でないことは東電にはわかっていた。2009年が車検(バックチェック締め切り)で、その時までにブレーキを最新の性能に適合させないと運転停止にするよ、と原子力安全委員会からは警告されていた。ところがブレーキ改良(津波対策工事)は大がかりになると見込まれ、車検の日に間に合いそうにない。そこで「あとでちゃんとしますから」と専門家たちを言いくるめて車検時期を勝手に先延ばしした。「急ブレーキが必要になる機会(津波)は数百年に一度だから、切迫性はない」と甘くみた。

一方、お隣の東北電力や日本原電は車検の準備を2008年には終えていた。それを公表されると、東電だけ遅れているのがばれる。東電は「同一歩調を取れ」と他社に圧力をかけて車検を一斉に遅らせた。

そして2011年3月11日。東電だけは予測通りブレーキ性能が足りず、大事故を起こした。
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東北電力は、土木学会が2002年にまとめたマニュアル(津波評価技術、土木学会手法、青本とも呼ばれる)では想定していない貞観地震をバックチェック最終報告には取り入れていた。長谷川昭・東北大教授の「過去に起きた最大規模の地震を考慮することが重要であり、867年貞観地震の津波も考慮すべきである」という意見をもとにしていた。貞観地震を想定すべきかどうか、土木学会で審議してもらう必要がある、などとは考えていなかった。

日本原電も、土木学会手法(2002)より大きな茨城県の想定(2007)を取り入れていた。その採用にあたって、やはり土木学会の審議が必要とは考えていなかった。「土木学会に時間をかけて審議してもらう」と言ったのは、東電だけなのだ。
同・第7回公判傍聴記


15.7mより低い想定値にすることは出来ないか、それによって対策費を削ることができる可能性がないか検討するために、土木学会を使って数年間を費やす方向が決められ、大学の研究者への根回しが武藤氏から指示された。

最終バックチェックに、地震本部の予測を取り込まないと審査にあたる委員が納得してくれないだろう。武藤はその可能性を排除するため、有力な学者に根回しを指示した。「保安院の職員の意見はどうなる」という検察官の問いに、「専門家の委員さえ了解すれば職員は言わない」と山下氏は答えていた。

2009年6月に開かれた保安院の審議会で、専門家から東電の津波対応が不十分という指摘がされたことについて、土木調査グループの酒井氏は「津波、地震の関係者(専門家)にはネゴしていたが、岡村さん(岡村行信・産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長、地質の専門家)からコメントが出たという状況」と関係者にメールを送っていたことも、公判で明らかになった。水面下で進めていた専門家へのネゴ(交渉)に漏れがあり、公開の審議会で問題になったと白状していたのだ。
同・第24回 公判傍聴記


……テレビドラマにでもしない限り、ほとんどの人は永遠にこういう問題には目を向けない。
でも、もしテレビでドラマ化したりすれば、それを見た人たちは「あ~あ、どうせそういうことでしょ」という気持ちを強めるだけで、ますます社会が劣化、弱体化、無気力化していくのかもしれない。

国が相手なら、とにかく金は入る


で、その福島では、今まさにこんなことになっている。
経済産業省の実証研究として福島県沖に設置された国内最大規模の洋上風力発電施設が、最大出力7000キロワットでの運転をほとんど実施できていないことが(2018年6月)21日、明らかになった。
(略)
実証研究は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から間もない11年度に始まった。丸紅を中心に、三菱重工業や東大などで構成するグループが受託した。国は18年度までに計585億円の予算を計上し、2000キロワット、5000キロワットの2基を含む計3基を福島県沖20キロの太平洋上に設置した。
2018/06/21 時事ドットコム

政府が東京電力福島第一原発事故からの復興の象徴にしようと福島県沖に設置した浮体式洋上風力発電施設3基のうち、世界最大級の直径167メートルの風車を持つ1基を、採算が見込めないため撤去する方向であることが26日、分かった。商用化を目指し実証研究を続けていたが、機器の不具合で設備利用率が低い状態が続いていた。
(略)
実証研究は福島県楢葉町沖約20キロに設置した風車3基と変電所で12年から実施しており、これまでに計約585億円が投じられている。問題となっているのは出力7000キロワットの一基で、建設費は約152億円。15年12月に運転を開始したが、風車の回転力を発電機に伝える変速機などで問題が続発。17年7月からの1年間の設備利用率は3.7%に低迷しており、新規洋上風力の事業化の目安とされる30%に大きく届かなかった。

 今年8月には経産省が委託した専門家による総括委員会が「初期不具合や解決に至らなかった技術的課題があり、商用運転の実現は困難」「早急に発電を停止し、撤去の準備を進めるべき」と指摘。風車の解体場所として、関連企業の工場に近い淡路島沖か、製造した三菱重工業の長崎造船所の二案を軸に検討に入っている。撤去には建設費の一割程度かかるとみられるという。
2018年10月27日 東京新聞

実際の発電実績データは⇒こちら

この金の使い道、到底「合理的に」考えたとは思えない。
洋上風力の問題点は数々ある。これが実利を追求するプロジェクトであれば数百億かけてやる企業などない。
失敗したと簡単にいっているが、これで請け負った企業が損をしたわけではない。しっかり金は入って「儲かった」のだ。

実用性がないことを承知の上で、巨額の税金を注ぎ込んでもらうために提案した⇒Aタイプ
馬鹿げているよなあ~、大金を海に捨てるようなもんだよなあ~と思いつつも、現場で指揮を執った実務部隊⇒Bタイプ
「それはいい! 福島復興のシンボルになるし、環境にも優しい」と乗せられた政治家や行政⇒Cタイプ

……そういうことだ。

日本の原発は関空よりも孤立しやすい立地2018/09/08 19:23

美浜原発は海岸沿いの細い道と海を渡る橋の先にある

美浜原発は海を渡る橋の先


関西国際空港↑  ↓美浜原発

颱風チェービーが関西方面に与えた被害は凄まじかった。関空では滑走路が1つ海水に冠水して使えなくなっただけでなく、唯一と言ってもいいアクセスルートである橋にタンカーが衝突して壊れ、3000人以上が孤立した。
橋を渡らないと行けない場所に巨大空港というのはどうなのかと改めて思った人は多いと思うが、これを見てすぐに思い出したのは関西電力管内の原発だ。
橋を渡らないとたどり着けないとか、トンネルがいくつもある一本道しかアクセスルートがないという立地ばかりなのだ。
上に示したのは関西電力美浜原発の立地(Googleマップより)。

この美浜原発をかつて見学に行った人は、社員とのこんなやりとりを覚えているという。
社「非常用電源はこれだけたくさん準備しております」
見「で、非常用電源の燃料は何日分置いてあるんですか?」
社(書類を散々調べて)「1日分です」
見「2日目からどうするのですか?」
社「…………」
見「原発へは崖沿いの道とトンネル、細い橋でつながっていますが、船舶はお持ちですか?」
社「当社は1隻も持っていません」
見「非常時はどうするのですか?」
社「チャーターします」
見「非常時にチャーターできる船が近くにあるんでしょうか?」
社「…………」



大飯原発の立地↑ 



高浜原発の立地↑ 
こんな危なっかしい立地である日本の原発。福島第一・第二原発は例外的に比較的交通の便がいい場所に建っていたが、それでも外からの物資搬入さえままならなかった。バッテリーを運び込むことさえできず、最後は駐車場に停まっていた職員らの自家用車からバッテリーをかき集めて計測機器を動かそうとするという落語のような事態になっていた。
海岸沿いの崖っぷち道路、トンネル、海を渡る橋などを通らなければたどり着けない場所にある原発で事故が起きたとき、どう手当てするのか。お手上げ状態になることは目に見えている。
今の日本は、こういうお粗末な国なのだということを自覚した上で、我々庶民は、最大限の「危機管理」意識を持たないといけない、ってことなのだ。

北海道の地震が冬に起きていたら?

で、チェービーが去ったと思ったら、今度は北海道で最大震度7の地震が発生。北海道内の電力のおよそ半分を発電している苫東厚真火力発電所(厚真町)が大ダメージを受けて発電不能になり、一時は北海道内すべてが停電したという。これが冬だったら、一体何人が凍死していたことか。

北海道で震度7が観察されたのは記録が残っている限り初めてだというが、もはや日本列島は今まで数十年とは違う時間に突入している。地球全体が地殻変動期に入り、異常気象も日常的に起きるようになったと認識すべきだろう。その認識がきちんとできない人たちにこれ以上政治や企業経営を任せていると、本当にとんでもないことになる。

停電すれば原発も風力発電も止まる

北海道電力泊発電所も外部からの電源供給ができなくなり、非常用電源(ディーゼル発電機6台)に切り替わった。泊村の震度はわずか2だったが、北海道全体の送電系統がバランスを失い、一斉停電したからだ。
幸い、その後、砂川火力発電所3号機が再稼働したため、札幌の中心部や旭川の一部で電気が復旧し始めると同時に、水力発電所からの送電も使えることが分かり、泊原発にも電気が供給されるようになって事なきを得た。
泊原発の非常用電源の燃料は何日分あったのだろうか。一部報道では1週間分だというのだが、そんな程度でいいのだろうか。
「泊原発には3系統から外部電源が供給されていますが、北電の中で3つの変電所を分けていただけと思われる。北電全体がダウンしてしまえばバックアップにならないことがわかった。今回の地震で、揺れが小さくても外部電源の喪失が起きることを実証してしまった。『お粗末』と言うしかありません」
(岡村真・高知大名誉教授 地震地質学) 震度2で電源喪失寸前だった北海道・泊原発「経産省と北電の災害対策はお粗末」地震学者 Aera.com


で、この期に及んで「原発を止めているから北海道内で大規模停電が起きたのだ」などととんでもない無知を晒している人たちがいる。
止まっているから大ごとにならなかったのであって、稼働中の原発で外部電源喪失が起きたら、現場での緊張は比較にならないほど高まった。
また、原発反対派の人たちの中にも「だから風力や太陽光を増やすべきだ」と、これまた無知をさらけ出す人たちがいる。
風力発電は風だけで発電しているわけではない。外部電源が途絶えれば方向制御などができなくなり、風力発電そのものを止めるしかなくなる。実際、3.11のときには停電とともに風力発電所の風車はすべて止まり、長期間動かせなかった。
送電網の受給バランスを取るのは電力会社にとってもハイレベルな技術を要することで、不安定な風力や太陽光だけで送電を維持することはできない。火力や水力など、人為的に完全コントロールできる発電リソースが必須なのだ。
こうした基本的な知識もないままにいい加減なことを言う政治家や評論家の罪は深い。

「石油文明はなぜ終わるか」を読む2018/08/11 11:37

「石油文明はなぜ終わるか」
先日知った「もったいない学会」のサイトにあったコラムや論文をいくつか拾い読みしていて、田村八洲夫という人が書いているものに特に興味を引かれ、感心もしたので、著書「石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換」をAmazonで注文した。
「状態=きれい」という古書を買ったのだが、届いた本はほとんどのページに鉛筆で書き込みがあって、付箋紙まで貼ってあった。どこが「きれい」なんだよとムッとしたが、まあ、これも「もったいない精神」のリユースだから我慢我慢と言いきかせながら読んでいる。
前半部分はエントロピーとエネルギーの基本的な話が中心なので読み飛ばす。類書がうちにはごまんとある。
興味深かったのは主に後半部分だ。
著者の田村八洲夫氏は、京都大学理学部地球物理学科~同大学大学院博士課程修了後、1973年に石油資源開発㈱入社~同社取締役、九州地熱㈱取締役社長、日本大陸棚調査㈱専務取締役、現在は川崎地質㈱技術本部顧問……という経歴で、地質学や資源物理学のプロ中のプロ。
それだけに、地下資源が今後どうなっていくかの予測や、現在いろいろいわれている新エネルギーに将来性はあるのかという話には説得力がある。

石油生産量ピークは2005年に終わっていて、現在はすでに減衰期

僕は当初「石油文明はなぜ終わるか」というタイトルに若干の違和感を抱いていた。石油は有限な資源なんだから、いつかは枯渇するのはあたりまえのことで、「なぜ」もなにもないだろうと思ったからだ。
しかし、この本の後半部分を読んで、自分も含めて、結局は「石油はいつかはなくなるけれど、自分が死んだ後の話だから、知ったこっちゃない」と思っている人がほとんどなんだろうなあと、改めて思い知らされた。
第6章「石油の代替エネルギー探し」の冒頭に、国際エネルギー機関(IEA)が2012年に発表した石油生産予測と、その予測がいかに甘いかを指摘したアントニオ・チェリエル(理論物理学)が提唱する「オイルクラッシュ」予測モデルを比較して、こうまとめている。
  • どちらの予測も、石油生産のピークは2005年に終わっていると認めている
  • IEAモデルでは、2005年の石油ピーク後に、開発油田、新発見油田からの生産量が年々増え続けることになっているが、そんなことは石油鉱業現場に携わったプロとしては到底考えられない。現実に、1980年代には世界の石油発見量と消費量の関係は逆転している
  • チェリエルのオイルクラッシュモデルでは、生産予測のプラトー(停滞期、生産量が変わらずに続く状態)は2015年くらいまでで、その後は衰退する一方
  • IEAモデルでは、従来型石油生産が減って石油消費は増える状態を、非在来型石油(シェールオイル、オイルサンドなど)やNGL(天然ガスから分離されるガソリン)で補うことになっているが、これらはエネルギー収支比(EPR)が低く、トータルで利用できる熱量が少ないので、従来型石油の減少分を補えない

85ページにその2つのモデルをグラフにしたもの(下図)が出ている↓

IEAによる石油生産予測とオイルクラッシュ生産予測モデルの比較 (『石油文明はなぜ終わるか』85ページより)


↑しかしこの図をよく見ると、左側の生産量ゲージの目盛りが一致していない。そこで同じ比率の目盛りにして、見やすいようにサクッと色もつけてみたのが↓これ

上図を生産量ゲージを同じ目盛りにして比較


注目すべきは、IEAも2015年以降、既存油田生産量(従来型石油生産量)が急激に減ることは認めていることだ。その上で、IEAは「新しい油田が見つかり、採掘技術も上がるし、オイルシェールなどもあるから大丈夫」といっている。
しかし、そんな予測は馬鹿げていて、全然「大丈夫じゃない」と、長年、地下資源採掘現場を見てきたプロが警告しているのだ。

エントロピーとEPR(エネルギー収支比)

エントロピーの低い在来型石油/ガスは、少ないエネルギーで生産できます。抗井掘削すれば自噴する勢いです。
一方、エントロピーの高いシェールオイル/ガスを生産するには、タコ足状に水平抗井掘削し、水圧粉砕で導通路を作り、薬物投入して石油/ガスの流動をよくして、すなわち大量のエネルギーを使って地下水汚染を起こして、環境の修復にエネルギーを追加使用しなければなりません。そのため、EPRが非常に悪くなります
(同書88ページより)

本書にはエントロピーEPRという言葉が何度も出てくる。エントロピーについてはすでにしつこいくらい書いてきたが、この言葉を聞いたり見たりするだけでアレルギー反応を起こす人がいるくらいで、なかなか理解してもらえない。
EPRも多くの人にとって耳慣れない、というか理解しようとさえ思えない言葉ではないだろうか。
そもそも違う意味での同じ言葉がこんなにあるのだ。

Wikiの「曖昧さ回避」ページに出てくる「EPR」

というわけで、まずはここでいうEPR(energy profit ratio または energy payback ratio)エネルギー収支比とは何かについて、簡単に確認しておこう。

エネルギーはどんなに巨大であっても、それを人間が生活に利用できなければ意味がない。
昨今さかんにいわれている未来像のひとつに「水素エネルギー社会」というのがあるが、水素は石油のように最初から固まって存在しているわけではなく、水を電気分解して得る。水を「電気」分解する際には当然電気エネルギーを使う。その電力をどこから得るのかが問題で、石油や石炭などの地下資源を燃やして得られる電力を使ったら意味がない。その電力をそのまま使ったほうがいいに決まっている。
要するに、「人間が利用できる形のエネルギー」を得るために投入するエネルギーというものが必ずある。得られるエネルギーより投入するエネルギーのほうが大きすぎれば意味がない。
その投入するエネルギーと得られるエネルギーの比率(「生産エネルギー ÷ 投資エネルギー」)がEPR(エネルギー収支比)だ。
当然、この比率が高いほど使いやすく有益なエネルギーということになる。
現代石油文明を支える一次エネルギーのEPRは10が限界で、それ以下になると文明を維持することはできない(使いものにならない)といわれている。
石油1を投入して作った掘削井で石油100を得られる油田なら、EPRは100÷1でほぼ100になる。一方、石油100に相当するオイルシェールを得るために石油を50使い、得られたオイルシェールを石油並みに精製するのにさらに50の石油を使ったとしたら、最後に得られたエネルギーが石油100に相当するとしても、それを得る段階ですでに石油100を使い果たしているわけで、EPRはほぼ1となり、石油文明を支えることはできない。
IEAが非従来型石油に期待しすぎているという批判は当然だろう。EPAを無視しているからだ。オイルシェールやオイルサンドに潜在的なエネルギーが秘められているとしても、それを利用するまでの過程で良質のエネルギーを大量に使ってしまったのでは、なんのために採掘しているのか分からない。

本書67ページに、インター・ディーラー・ブローカー Tulett Prebon Groupの報告書「Perfect Storm」(2013)のデータに地熱発電などのデータも加えた各一次エネルギーのEPR一覧が出ている↓
各エネルギーのEPR一覧
現代石油文明を維持するのに必要なエネルギーの質「EPR10以上」を---の境界線で示した


最近発見された石油のEPRが8と著しく低いのは、ほとんどが水深2000m以上の大水深海域での発見なので、採掘・精製までの投入エネルギーが高いからだ。
EPRはコストに直結する。太陽光発電のコストが高いのはEPRが低いからで、補助金・助成金をつけなければ他のエネルギーと競争できない。


もう一つ重要なのはエントロピーで、これは「乱雑さの度合」とか「汚れ」などと説明される。
太陽電池の原材料として一般的なシリコン(ケイ素)は、世界中に大量に散らばっているが、一か所にかたまって存在しているわけではないので、集めて精製して……という工程で大量のエネルギーを使う。これを「エントロピーが高い」状態という。
一方、掘削しただけで自噴してくるような油田は、エネルギーをかけずとも高いエネルギーを得られる物質が存在しているわけで、これを「エントロピーが低い」状態という。
物質やエネルギーは、利用すれば必ずエントロピーが増える(熱力学第二法則=エントロピー増大の法則)。石油を燃やして電力を得たりエンジンを動かしたりすれば、後には排ガスや熱などが残るが、それらは利用価値が下がる(エントロピーが増える)。
活動の結果出た廃物を再利用(リサイクル)するというのは、高エントロピーのものを低エントロピーにするわけで、その過程でさらに新たなエネルギーや資源が必要となる。
最終的には増えたエントロピーは地球の生物循環、水循環、大気の循環などに乗せて宇宙空間に熱として捨てるしかない。それを可能にする環境を失うと、地球上はエントロピーだらけとなり、あらゆる生命活動、生産活動は不可能になる(エントロピー環境論)。
だから、エネルギー資源のEPRを考える場合、投入エネルギーには、利用後に出た廃物を処理するためのエネルギーや環境を破壊しないための措置に必要なエネルギーも考慮しなければいけない。
上の一覧で原子力のEPRが5と評価されているが、放射性廃物の処分が不可能であり、その管理に半永久的に良質のエネルギーを投入し続けなければならないことを考慮に入れれば、5も怪しいし、そもそもエネルギーとして考えてはいけない。


さらには、シェールオイル/ガスの生産は、従来型油田のようなプラトー(同規模の生産量が持続する期間)がなく、米国最大のシェールフィールドの例で、1年目で69%、2年目で39%、3年目で26%にまで減衰しているという。そのため、通常は15年といわれるシェールオイル/ガスの設備償却期間を待たずに生産できなくなることもある、と。
そういうものに対して今後も生産量が増え続けるという予測はあまりに楽観的すぎる、というわけだ。
ちなみに上図で地熱はEPRが低く出ているが、一度設備投資すると、上図の左側に並ぶ地下資源のように枯渇の心配がほぼなく、永続的にエネルギーが得られる(プラトーが極めて長い)という長所がある。地産地消エネルギーとして有望だと考えられる所以だ。

とにかく、僕も含めて、漠然と「自分が生きているうちは大丈夫だろう」と思っている人たちは、石油がもう減産時期に入ったことだけは間違いないと認識しておかないといけない。若い世代、そしてこれから生まれてくる世代の人間は、確実に「石油が足りなくなる時代」を生きることになる。それを踏まえた上で、いい加減な楽観論を語る覚悟があるのか、ということだ。

石油文明の後の文明とは

では、石油がなくなっていくこれからの時代の文明はどんな形になるのか? 田村氏は様々なデータを踏まえながら、ザックリと以下のように論考していく。
  • 人類社会は、約1万年前に農業革命で森林エネルギーを使うことを覚え、約300年前の産業革命で化石燃料地下資源を利用することを覚えた。
  • 化石燃料の利用により食糧の増産が可能となり、人口が急増した。
  • 石油ピークを過ぎて、これからは化石燃料が減産していく時代になる。石油の次に天然ガスが、次いで2025年頃には石炭もピークに達する。
  • 石油ピーク後の各エネルギーのEPRは加速度的に低下し、使えるエネルギー(正味のエネルギー)が減少する。
  • 2055年には、石油と天然ガスの残存熱量が現在の森林が持つ熱量とほぼ同じくらいまで減る。石炭はまだ残っているが、石油が使えなくなると輸送コストなども上がるので、石炭のEPRが今のように高い水準を保てない。
  • 結果、18世紀半ばに起きた産業革命に始まる石油文明は、およそ300年で終焉を迎える。
  • 石油が使えなくなった時代の人口は、現在のおよそ3分の1くらいに減る
  • その後は森林エネルギーの利用に戻らざるを得ないが、石油文明時代に培った技術遺産があるので、自然エネルギーを利用した「科学的に進化した森林エネルギー」利用になっているはず。
  • そうした「進化した森林エネルギー」を利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている。

持続可能な社会とは

こうした現実を受け入れ、石油がなくなった後も人類がそれなりに平穏で安全な社会を構築し、そこそこ幸福な暮らしが営めるためにはどうすればいいのか。
ここからは、田村氏の言葉をいくつか抜き出してみる。
  • 持続可能な社会とは、モノの循環型社会だけでなく、地球の生態系の多様性が健全で、将来の世代にも引き継がれていく社会。
  • 工業的な大規模農業は、安い石油に依存しすぎている点、生態系に悪影響を与えている点、水を大量に利用する点で、今後は持続できない。
  • 放射性廃棄物の処理を将来世代に押しつけたり、工業的な大規模太陽光発電を各地に建設することも、持続可能社会の理念とは相容れない。
  • 持続可能な社会では、自然から一方的に収奪したエネルギー、資源に依存するのではなく、自然が循環してくれるエネルギーが基盤エネルギーとなる。
  • 利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然から学び、自然と共生する論理・心の持ち方に戻ることが決定的に重要。
  • 原発は、今廃炉を始めても、終了するときには化石燃料は減耗していてほとんど使えない。今止めなくていつ止めるのか。

これらはすべてまともな神経の識者たちから言い尽くされたことなのだが、どれだけ言葉を尽くして説明しても、なんとなく今の社会が永続的に続く、少なくとも自分が生きている間や自分の子どもの世代くらいまでは大丈夫だと思いこんでいる人がなんと多いことか。

田村氏は1943年生まれで今年75歳。僕は1955年生まれで今63歳。残りの人生の間に、石油が足りなくなり、石油を奪い合う阿鼻叫喚の世界を見ないで死ねるかもしれない。
でも、今、20代、30代の人たちはそうはいかないだろう。ましてや10代は相当厳しい世の中を生きなければならない。
その若い世代が、デタラメな政治を容認し、それどころか応援している人も少なくないことがやりきれない。

日本が何か特別な国であるかのように思い込むことは危険な要素を妊んでいるが、自分が生まれたこの日本列島という風土を愛する気持ちは自然なことだろう。
「愛国」を訴えるなら、「進化した森林エネルギーを利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている」ということの意味をもっと真剣に考えるべきだ。
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30代のときに書いたこの小説を思い出した。Kindle版。書名を検索したら、まっ先にこんなブログがヒットして驚いた

北朝鮮とキューバ 「ポストソ連」政策の差2018/08/06 16:23

前回のまとめ(まっとうな社会論かを見極める判断基準)の内容はエントロピー環境論をかじった人たちには至極あたりまえのことだろう。
ひとつ、ん?! と思ったのは次の部分だった。
北朝鮮とキューバは、ソ連崩壊によって、石油ショートを初めて突然に経験しました。
北朝鮮は、専制的な執政の下で、従来の農法を踏襲しました。キューバは石油ショートを認識したとき、有機農法への移行という解決法を持ち合わせていました。政府の政策、科学者と農民の共働で有機農法と地産地消に努め、餓死を出すことなく平和的に文明の転換に成功しました。


そうか! と一瞬食いついたが、すぐに冷静になった。
有機農法への移行が完全解決策であるというように鵜呑みにはできないだろうし、過剰な幻想を抱くのも危険だろう。
キューバの農業改革については以下のような指摘もある。
「平和時の非常時」において、当面の外貨収入の増大をもたらす観光の推進、外国投資の誘致、外貨所持の自由化といった政策では経済危機の本格的な対策としては不十分であり、政府は、94 年から生産力を解放して、生産を増大するため、市場機能を導入した種々の経済改革政策を開始した。海外資本の積極的な誘致、各種自営業の拡大、国営農場の協同組合生産基礎組織(UBPC)への改編、農産物の自由市場の創設、工業製品の自由市場の創設、飲食自営業の承認、銀行制度改革、税制改革、企業改革などが推進された。しかし、カストロ議長は、急進的な経済開放から引き起こされるかもしれない経済混乱に乗じて米国の介入が予想されるとして、市場機能の導入には極めて慎重な態度を取っている。製造業、小売業において限られて業種で個人営業は認められているものの、小規模私企業は認められていない。

こうした経済危機の中で、食糧生産が、経済活動の第一の目標に置かれた。危機の 5 年間で国民の食料摂取は、30%減少した。政府は、乏しい外貨の中で、食料輸入を最優先におくとともに、食料の増産政策を進めた。激減した農業機械、石油燃料、化学肥料、化学農薬、化学除草剤を補うために、国内で利用できるものは何でも代替資材とされた。大規模農場は解体されて、協同組合生産基礎組織(UBPC)に改編されるとともに、農場の規模を 10 分の 1 程度にダウンサイズし、牛耕が行われ、バイオ肥料、バイオ農薬が使用されるようになった。このように、キューバにおいて、有機農業は、食料生産を維持するという歴史的事情から追求することを余儀なくされた農法の一手段であり、目的ではない
キューバの有機農業を論じるときには、この観点を失うと有機農業の現実を過度に美化することになりかねない。
「キューバにおける都市農業・有機農業の歴史的位相 」新藤通弘 『アジア・アフリカ研究』2007年第2号)

有機農業が目的化されると、再エネ信仰のような宗教になってしまいかねないのは確かだろう。しかし、現実に、北朝鮮とキューバの人たちのどちらが今、幸せそうに暮らしているかどうかを見れば、キューバのほうが国の運営に成功していることは誰の目にも疑いがない。
要するに、一国のリーダーが知性と理想と献身の精神を持ち、合理的な判断をできるかどうかが問われているのだ。
それを考えるサンプルとして、北朝鮮とキューバは実に分かりやすい。
そして、いうまでもなく、日本はその意味においては最悪レベルの国の一つになっており、戦後に蓄積した財産を急速に失っている。

↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

もったいない学会とエントロピー学会2018/08/06 16:21

前出の「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は、FIT(再生可能エネルギー固定価格買取)制度を用いた今すぐの移行ではありません  地球温暖化対策として、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる不条理なFIT制度を用いた今すぐの再エネの利用・拡大が、科学の常識を無視してやみくもに進められています」という文章は、「NPO法人 もったいない学会」というグループのサイトにあった。
もったいない学会の正式名称は「石油ピークを啓蒙し脱浪費社会をめざすもったいない学会」というらしい。
理事会名簿を見ると、
名誉会長:石井吉徳(東京大学名誉教授)
会長:大久保泰邦(産業技術総合研究所)
副会長:松島 潤(東京大学准教授)
……とあり、大学人や環境工学系企業の役員などで構成されているようだ。
なんだかエントロピー学会に似ているなあ、そういえばエントロピー学会は今でもあるのだろうかと検索したら、存在はしていた。室田武教授もまだ名を連ねていた。

僕の人生にいちばん影響を与えた本は、『資源物理学入門』(槌田敦、NHKブックス)と『エネルギーとエントロピーの経済学』(室田武、東洋経済新報社)だというのは、何度か書いているのだが、エントロピー環境論を知る前と後とでは、本当に人生観が変わった。
『マリアの父親』が「小説すばる新人賞」を受賞し、出版されたときは、まっ先にお二人に謹呈本を送った。するとすぐにお二人ともていねいな読後感想を書き送ってくださった。以後、今でも年賀状のやりとりは続いている。
 

上記登場する人たち(経産省グループの頭のいい人たちや「もったいない学会」に参加しているような学者やインテリ層)は、エントロピー環境論は理解しているだろう。その上で、合理性を無視して保身・出世のために事実を歪めて動く人たちと、真面目に真実を訴え続ける人たちがいるわけだ。
ほとんどの人たちはこの、生きていく上で最も根源的な「リアル社会の摂理」ともいうべき仕組みを理解していないし、知る機会も与えられていない。
どんなに努力しても、社会一般レベルでの理解度は深まらないのではないか。
となると、世間に向けて「こうなんですよ」と理屈を説明するよりも、(菅直人のような)理解していない政治家を啓蒙するほうが、成果は上がるのかもしれない。ルールを作るのは政治家たちなのだから。
では、政治家を啓蒙することができる人たちとは誰か。
本来は官僚たちがその役割を担わなければいけないのだが、魂がない、保身スキルだけ長けていく官僚が出世する。やはりその方向でも期待はまったくできないということか。脱力。

「もったいない学会」という名称はとってもダサいが、おそらく「エントロピー」という言葉を出しただけで多くの人に敬遠されてしまう経験を重ねたための苦肉の策なのだろう。ジレンマはよく分かるが、そこまで想像すると、やはり脱力してしまう。
「分かっている人たち」が集まって、その中で「そうなんだよね~」とやりとりしていても、ほとんどの人たちは耳を傾けないどころか目も向けない、気づかない、存在すら知らない。テレビのワイドショーやニュース番組もどきで言っていること、新聞のそれらしい評論が世の中の事実だと思っている。
でもまあ、脱力しているだけでは、ここまで書いてきた意味もないので、この「もったいない学会」のサイトで見つけたいくつかの注目される内容を列挙しておきたい。

太陽光発電の優遇は根拠がない

再エネ発電設備の実用化での効用を比較するには、この設備容量に設備の種類別の稼働特性ともみなされる年間平均設備稼働率の値を乗じて与えられる発電量kWhの値の実測値が用いられなければなりません。再エネ電力の利用・拡大で、設備稼働率の値が70 % 程度とされている地熱発電や中小水力発電などに較べて、稼働率の値がその1/6 程度の太陽光発電の利用の効果が、発電量ではなく、発電設備容量の値で評価された上で、FIT制度での最も高い電力の買取価格を設けて、優先的に、その利用・拡大が図られていることは、FIT制度の適用で、政府が太陽光発電事業者を特別に優遇していると言わざるを得ません。まさに、この国のエネルギー政策の混迷を象徴的に表していると言ってよいでしょう。
「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は~」久保田宏、平田賢太郎

「水素社会」など到来しない

輸送機関のEV化は移動機関「オール電化」である。しかし、長距離輸送の航空機と船舶の電動化はあり得ない。陸上自動車の燃料も石油代替の電力、「EVカー」である。それは日本において、原発の再稼働と水素社会のキャンペーンになっている。EVカーのエネルギー経済性を検討するまでもない。水素社会プロジェクトでは、地方で生産の再生可能エネルギーで水素製造し、EVに供給する迂回利用が滑稽にも真面目に語られている。利欲に染まった日本の支配層の視野はどこまで狭窄なのだろうか。原発も水素も石油インフラ依存の燃料であり、「EVの時代」はそんなに遠くない時期、恐らく21世紀半ばまでに安い石油が大幅に減耗し、石油代替エネルギーの経済性が破綻して、石油文明の存続が立ち行かなくなるともに終焉しよう。

日本国民の生活と五穀豊穣の国土の再生は、「大都市集中から地方再分散」、「都市の地方支配から都市と地方の共栄」にガラッと変えることにある。そのためには、ロボット・AI、IOTの正しい活用、大量に産まれる「技術的失業者」の希望ある地方移住が必要である。
「自動車EV化」は石油文明終焉の表れ 田村八洲夫)

田村氏の視点で注目すべきは、ロボットやAIを否定せず、「ちゃんと使え」と提言していることだ。これにはまったく同意する。
単にノスタルジックな田園風景賛美や江戸時代浪漫吹聴では現代社会が抱える問題は解決しない。
台風の進路を正確に予想できるコンピュータがありながら、なぜ経済政策はマヌケでデタラメなものばかりになるのか? それはコンピュータを正しく使おうとしていないからだ。目的が「多くの人びとが無理なく平和、幸福に暮らせる社会の実現」ではなく、支配層の保身や私利私欲になっているからだ。コンピュータがこんな使われ方をするなら、AIが合理的にコントロールする社会のほうがよほどまともだろう。

まともな社会像かどうかを見抜く

さらに田村氏は、
まっとうな社会論かを見極める判断基準は、
  • ①石油代替エネルギーによって、現代社会のかたちを維持しようとする社会像か
  • ②石油に替わるエネルギーの質に合わせて、文明のかたちが決まるとする社会像か
である。(当然、②が「まっとう」)
……という大前提を提示した上で、よく見る「ポスト石油社会」像の弱点や矛盾点を次のように指摘している。(要約)
≪太陽エネルギー社会論≫
太陽光エネルギーで、自動車、業務・家庭、電力等で使われている石油量(石油使用量の67%)300万バーレル/日を代替しようとすると、7億kWの発電設備、5,000?のパネル面積が必要。太陽光発電設備の大工業的な製造、リサイクルには効率的な石油燃料が必須。太陽エネルギーは、地産地消型自然エネルギーと考えるべき。

≪水素社会論≫
水の電気分解によって得られる(「二次エネルギー」である)水素ガスを化石燃料代替エネルギーにしようとする発想が根本的に間違っている。水を電気分解する膨大な電力は、何から作るのか。現実性がまったくない。

≪低炭素社会論≫
「地球温暖化人為論=CO2排出削減論」は主として原子力発電の推進で今の石油文明を継続させようという論になりがち。原子力発電には化石燃料が必要不可欠なので矛盾している。(しかも原子力を利用した後にできる廃物処理が不可能なので論外)

≪循環型社会論≫
大量生産・大量消費・大量廃棄の浪費社会から脱却し、資源循環を効率的に行って3R社会に転換しようする論。3Rは、リデュース、リユース、リサイクルの順に重要だが、実際には、経済成長に貢献しうるとしてリサイクル産業が重視されすぎている。エントロピーの高い廃物や廃棄物を有用物に加工するために良質なエネルギーを多量に使うのはナンセンス。金属等の資源の浪費をある程度抑えられても、多くの場合、石油等の化石燃料は節減されない。エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)を無視したリサイクル論はかえって資源浪費につながる。

≪持続可能社会論≫
石油に依存する二次エネルギーの利用や産業・交通に依存できなくなってからの社会は、自然が循環してくれるエネルギーを基盤にするしかない。いいかえれば、高エネルギー浪費型の現代社会から、もったいない精神による「低エネルギー文明」に移行するしかない。そのためには、利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然の性質を学び、自然と共生する論理・心の持ち方に、戻ることが決定的に重要。
「ポスト石油の文明社会論  現代石油文明の次はどんな文明か」 田村八洲夫


上記内容のコラムの筆者・田村八洲夫氏が書いた本『石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換』。本日到着


↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

太陽光発電は実際にはどれだけ発電しているのか?2018/08/06 16:16

私は太陽光発電を全否定しようとしているわけではない。送電施設を作ることが難しい or コストが合わない僻地などでは当然有効かつ必須なものだろうし、近年、ソーラーパネルの性能が上がっていることも確かだろう。
では、ソーラーパネルはどの程度進歩しているのか?
最近の効率や耐久年数をちゃんと教えてくれるデータを探していたら、こんなページに行き着いた。
「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は、FIT(再生可能エネルギー固定価格買取)制度を用いた今すぐの移行ではありません(その1) 地球温暖化対策として、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる不条理なFIT制度を用いた今すぐの再エネの利用・拡大が、科学の常識を無視してやみくもに進められています」(東京工業大学名誉教授 久保田宏、日本技術士会中部本部・事務局長 平田賢太郎)
このWEBページの論文の中にはいろいろな試算データが出てくるが、中でも目を引いたのは、「FIT制度を適用した再エネ電力の導入で、年間平均設備稼働率の計算値が100 % を超える非常識なデータを資源エネルギー庁が発表しています」という部分。

「日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー経済統計要覧2017」(一般財団法人省エネルギーセンター)というものがある。

ここに出てくるデータを検証していくと、非常に不可解なことがたくさんあるのだという。
たとえば、
1)FIT制度の適用認定を受けた設備のなかの運転しているものの比率
 という数値。これは認定を受けた設備の何パーセントが実際に稼働しているのかという数値だが、太陽光発電の場合、2012年は8.3%。2015年は34.1%となっている。認定を受けながら実際には稼働していない太陽光発電所のほうが多いということが分かる。FITでの買い取り価格が高い年度に認定だけ取っておいて、実際に設備投資するのは様子見しているところが多いわけだ。

2)2015年度の太陽光発電の発電設備容量3,284 万kW、発電量 793.8 k?という数値をもとに太陽光発電の年間平均設備稼働率の値を計算すると、11.9%となる。同様に2011年~2014年度の設備稼働率を計算してもまったく同じ11.9%となる。5年間、年間平均設備稼働率がまったく同じ数値というのは不自然ではないか。
同様の計算を風力発電や廃棄物+バイオマス発電についてもしてみると、やはり年度に関係なく、それぞれ19.9%、66.9%と出る。この数値は一般に公表されている再エネ電力の設備稼働率の数値とほぼ一致する。
つまり、ここに示されている再エネ電力の発電量数値は実測値ではなく、あらかじめ各再エネ電力に対して、それぞれに固有の年間平均設備稼働率の値を推定して計算した数値としか考えられない。

3)さらには、ここに出ている「固定価格買取制度認定設備容量・買取量」の値を、各再エネ電力種類別の認定設備容量と運転設備容量の比率(認定した設備のうち実際に稼働しているものの比率)、運転中の再エネ発電設備の種類別の「年間平均設備稼働率」を使って計算すると、「年間平均設備稼働率」の値が100%を大きく超える年度があるというのだ。



詳しくは上記のリンクをたどって読むことができるが、これが本当だとしたら、再エネ論議のベースとなる公のデータそのものが信用できないというゆゆしき事態になってしまう。


「日本エネルギー経済研究所」「省エネルギーセンター」とは?


この話が本当だとすれば、そういう内容のデータ本の編纂をした「日本エネルギー経済研究所」、出版元である「一般財団法人省エネルギーセンター」とはなんなのだろうか、と気になる。
Wikiなどによれば、
「日本エネルギー経済研究所」は「エネルギーと環境、および中東の政治経済に関する研究・調査などを行う日本の研究所」で、元資源エネルギー庁所管の財団法人。2005年に財団法人中東経済研究所と合併し、2012年に一般財団法人になったそうだ。
理事長の豊田正和氏は1973年通商産業省入省、元経済産業審議官、元内閣官房参与。専務理事の大谷豪氏は、1978年東京電力入社、元東京電力理事兼ロンドン事務所長。他の理事もみな経産省とのつながりがあり、経産省の外部機関みたいなものだろう。

「省エネルギーセンター」は、省エネ推進等の受託事業、エネルギー管理士試験などを実施する法人で、2012年までは経済産業省資源エネルギー庁所管の財団法人だった。いわゆる「省エネ大賞」授賞事業も管轄している。
現会長の藤 洋作(ふじ ようさく)氏は、京都大学工学部電気工学科卒業後、関西電力に入社。1989年に同社取締役、2001年に同社代表取締役社長就任。2014年に原子力発電環境整備機構(NUMO)副理事長就任……という経歴。

お名前を検索すると、⇒こんな記事もあった。

このへんまで調べた時点で、強烈な脱力感に襲われて、これ以上なんやかや書く気力が失せてしまった。
頭のいい人たちが都合のいいようなデータを作り、メディアはそれをそのまま流し、いわゆる「意識高い系」みたいな人たちがしたり顔でエネルギー論をぶち上げる。そんな構図の中で、一体どれだけまともな議論ができるだろうか。


↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

真夏は太陽光発電の効率が落ちる2018/08/06 16:06

京都市メガソーラー航空写真(Googleマップより)
表の日記には1ページで書いたのだが、長文になったので、こちらブログ版では何回かにトピックを分けてUPする。

今年の夏は異常な暑さで、我が家の周辺では雨もほとんど降っていない。これだけ強烈に晴れていればさぞソーラー発電も頑張っているだろうと思いがちだが、実際にはそうではない。
1年のうちで、太陽光発電からの発電量がいちばん多い月は5月だという。なぜ日照時間の多い8月ではないのかというと「8月は暑すぎるから」。
太陽電池は「パネル温度が高くなるほど発電効率が低下する」のだ。
温度が上昇すると、電流は若干上昇するのですが、電圧の低下の方がそれよりもはるかに大きいため、温度が高くなるほど電流×電圧=電力は低下し、発電効率が落ちるということになります。

日射量の増大により発電量が順調に増えているように見えますが、その裏で、実は太陽電池パネルの温度上昇により電圧が低下し、発電効率は下がっているのです。
「太陽電池パネルの温度と発電電力」 ㈱ラプラスシステム提供 太陽光発電モニタリング基礎講座 より)


太陽光発電システムのメーカーが計算式まで示してきちんとこう説明している。

他にも、
ソーラーパネルは外気温や日射で発電面が熱されることで出力(日射を電力に変換できる能力)が落ちます。真夏の気温の高さはあなどれず、条件次第では冬場より発電量が落ちる可能性も少なくありません。
太陽光発電総合情報「太陽光パネルの温度と損失係数 夏と冬では発電量逆転の可能性も?」

など、太陽光発電システム導入を進めているサイトでも、この事実はきちんと説明されている。

それなのに、菅直人の惚けかたはエスカレートしていて、
なぜ前代未聞の猛暑なのに電力不足が生じないのでしょうか。それは太陽光発電が普及したからです。
「太陽光発電が猛暑の電力不足を救う」 政治に市民常識を 菅直人Officialブログ 2018/08/02

などと、根拠のない妄言をはき続けている。この人が残したFIT制度導入という悪法のおかげで日本の国土が破壊され続けているのに、未だに基本的なことも学んでいないだけでなく、能天気、無責任、非科学的な言葉を吐き続ける。立憲民主党にとっていちばんの老害、地雷ではないか。

真夏のソーラーパネルといえば、2年前には住宅のそばに建てられた太陽光発電所のおかげで熱中症になったという訴訟があってメディアでも取り上げられた。この手の苦情、訴えはその後も全国で増えている。
「ソーラーパネル 気温上昇」で検索すると、ソーラーパネルとヒートアイランド現象との関係について調べようと試みた研究論文がヒットした。
この論文の「結論」部分にはこんな記述がある。
各種表面からの顕熱フラックス*を、日射量に対する比で比較するとソーラーパネルは草地や屋上緑化よりも大きく、草地や屋上にソーラーパネルを設置することで、周辺の温熱環境へ影響を与えることが懸念される。
また、今後の課題として、ソーラーパネルのヒートアイランド現象の影響についての対策が必要であると考えられ、ソーラーパネル設置時における顕熱フラックスの算出等のシミュレーションによる検討が必要であり、今回の結果を活用したモデル化が望まれる。
太陽光発電パネルの熱収支特性の評価に関する研究 野村洋平、日本工業大学研究報告 第45巻 第1号 (平成 27年6月)収録)
*顕熱フラックス:温度の高いところから低いところへ輸送されるエネルギー


↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

死んだゴルフ場がメガソーラーというゾンビとして甦る2018/08/03 16:20

京都市メガソーラー航空写真(Googleマップより)

土砂崩れを招く大元の原因は?

ニュース番組で、京都市の山が土砂の不法投棄でとんでもないことになっているというのをやっていた。


他人の土地(山)に土砂を不法投棄しているというのだが……


不法に捨てられた土砂が雨で流れて、麓の住民に土砂災害の危機が……というのだが、そもそもその土砂はどこから運ばれてきたのか?
ドローン映像で一瞬映った周囲のメガソーラーらしき光景が気になったので、Googleマップの航空写真で確認してみたら、すごいことになっていた。

一瞬映し出されたドローン映像にはソーラーパネル群が映っていた



Googleマップで航空写真を見ると、こんなことになっている↑

このメガソーラーの場所はもともとは「伏見桃山ゴルフコース」(京都市伏見区小栗栖山口町)というゴルフ場だった。
経営は(株)伏見桃山ゴルフクラブ。昭和38(1963)年設立の会社で、ここが京都市伏見区にある大岩山に9ホールのゴルフ場を造って開業したのが昭和42(1967)年。しかし、経営が立ちゆかなくなり、平成13(2001)年にゴルフ場の土地・建物を米国外資系のファンド会社、マハリシ・グローバル・ディヴェロップメント・ファンド(日本支店は栃木県那須塩原市)に売却し、その後は運営のみを行っていたが、平成20(2008)年に自己破産を申請。以後、(株)新伏見桃山ゴルフクラブ、伏見桃山ゴルフコース(株)と、マハリシ社から運営受託した会社はいくつか変遷するが、平成26(2014)年6月にゴルフ場閉鎖。土地所有者であるマハリシ・グローバル・ディヴェロップメント・ファンドは土地を売りに出し、以後、あっという間にメガソーラーになった。

そして、
投棄や無許可造成で崩落防止工事中だった土砂が西日本豪雨で崩れ、住宅街に迫った京都市伏見区の大岩山のふもとでは、住民たちが次の豪雨への不安を募らせている。26日には市議会委員会でも取り上げられ、市も台風12号に備えて緊急会議を開催。
毎日新聞 2018/07/27 台風接近「頭上に爆弾」 不法投棄土砂に不安
 
……と、冒頭のテレビニュース報道などにつながっていく。

山を切り拓いてゴルフ場を造った時点でダメだが、その後もよろしくない。ゴルフ場ならまだ草も生えていただろうが、ソーラーパネルを敷き詰めたことによって、土壌がさらに弱くなり、表土が簡単に流出するようになっただろう。
こうなると、資金がない自治体などは対応できず、ひたすら逃げの姿勢になる。

市は今年1月、住民からの通報を受けた調査で違法な盛り土を確認し、業者に崩落防止工事を指導したが、住民には何の説明もなかった。崩落防止工事でも大量の土砂が運び込まれてきたが、住民たちは「まだ不法投棄が続いているのか」と思っていた。
(略)
今後の避難のあり方についても、市は25日まで「住民が自主的に」と回答するなど鈍かった。市防災危機管理室は26日になって「土砂が堆積(たいせき)し、崩れる危険は高まっている。避難勧告などを出す基準を現状より引き上げなければならない。早急に現地を調査する」としたが、自治会の男性(75)は「(毎日新聞などの)報道を受け、ようやく重い腰を上げた」と話した。
毎日新聞 2018/07/27 台風接近「頭上に爆弾」 不法投棄土砂に不安
 

「後は野となれ山となれ」という言葉があるが、ここまで壊してしまうと、簡単には野や山には戻らない。

狙われる経営難ゴルフ場、倒産するソーラー業者

メガソーラー建設を目論む業者にとっては、経営破綻しているゴルフ場は格好のターゲットだ。邪魔な樹木はほとんどないし、相手は経営破綻しているから土地を買い叩ける。その後は「建て逃げ」。

⇒ここに、某ゴルフ場会員権販売会社が独自調査した「ゴルフ場跡地を利用してメガソーラー事業に参入する企業増加 全国閉鎖・廃業・営業停止中ゴルフ場」というリストがある。
膨大な数のゴルフ場がのっていて驚かされた。

私が住む栃木県内やお隣の白河あたりのゴルフ場だけを拾ってみただけでも、↓これだけある。
平成24年
  • 7月02日 福島空港GOLFCLUB(福島)・売却 サニーヘルス(株)
  • 9月23日 ガーデンバレイカントリークラブ(福島)・閉鎖 永和電力(台湾企業)
平成25年
  • 1月 星の郷G&H烏山 競売に出る
  • 1月17日 ロイヤルカントリークラブ(栃木)・ゴルフ場練習場跡地 (株)染宮製作所・オーナー
  • 2月01日 鬼怒川カントリークラブ(栃木)、閉鎖中の9Hに建設 (株)鬼怒川温泉ゴルフ倶楽部
  • 3月05日 黒磯カントリー倶楽部(栃木)・閉鎖 不明
  • 5月15日 那須ちふり湖カントリークラブ(栃木)の隣接地 鹿島建設(株)
  • 5月17日 グランディ那須白河ゴルフクラブ(福島)の隣接地 リゾートトラスト(株)
  • 5月20日 野澤ゴルフガーデン(栃木、ショートコース)跡地 (株)大林組の子会社
  • 6月21日 ディアレイク・カントリー倶楽部(栃木)の遊休地 オリックスグループ
  • 6月27日 SK白河ゴルフ倶楽部(福島)・閉鎖 (株)東京プロパティマネジメント
平成26年
  • 1月20日 那須小川ゴルフクラブ(栃木)の18Hを閉鎖 (株)タカラレーベン
  • 1月20日 新・ユーアイゴルフクラブ(栃木)・閉鎖 (株)オーイズミ
  • 3月5日 JGMゴルフクラブ益子コース(栃木)・閉鎖 不明
  • 6月2日 星の郷ゴルフ&ホテル烏山(栃木)・閉鎖 上海電力日本(株)(中国)
  • 6月2日 ITC白川CC(福島)・18H計画頓挫、跡地 上海電力日本(株)(中国)
  • 6月23日 コリーナGC(栃木、18H計画頓挫)・跡地 京葉プラントエンジニアリング(株)
  • 7月1日 グリーンウッドCC(福島、閉鎖)・跡地 (株)グリーンウッドCC
  • 8月5日 東宇都宮CC(栃木)・閉鎖/新里見CC(茨城)・閉鎖 (株)ケン・コーポレーション
  • 8月28日 随縁CC鬼怒川森林C(栃木)・閉鎖 不明
  • 9月10日 那須野ヶ原CC(栃木、パブリック、27H)・9H (株)那須野ヶ原カントリークラブ
  • 10月23日 ユニオンエースGC(埼玉、27H)・9H閉鎖 IP秩父ソーラー発電合同会社
  • 宇都宮CC(栃木)・遊休地 (株)宇都宮ゴルフクラブ
  • 11月25日 サットンヒルズCC(茨城)・閉鎖 エネルギープロダクト(株)
  • 12月7日 西那須野CC(栃木)・遊休地 SBエナジー(株)
  • 12月12日 ロイヤルCC(栃木、36H)・18Hを閉鎖 不明
平成27年
  • 9月14日 ファイブエイトGC(栃木)・閉鎖 不明
  • 12月20日 サンモリッツCC(栃木)・閉鎖 JGA国際エナジー(株)
平成28年
  • 9月1日 トミーヒルズGC栃木C(栃木)・閉鎖 不明
  • 9月9日 白河国際CC(福島)36H中の18H (株)一条工務店
  • 9月20日 日刊スポーツGC(仮称名、群馬)・頓挫跡地 安中ソーラー
  • 9月21日 ケントスGC(栃木)・閉鎖 不明
  • 9月21日 西の郷CC(福島)・閉鎖 J・R・E(株)
平成29年
  • 1月17日 福島石川CC(福島)、27H中21H閉鎖 不明
  • 10月30日 新白河ゴルフ倶楽部(福島)・閉鎖 不明

行末の企業名は転売先だが、中国などの外資系企業もある。
ソーラー発電所を建てた後はどうなるか? 発電事業を引き受けた企業は実績が上がらなかったり、買い取り価格が下がったりすれば投資額を回収できずに倒産に追い込まれる。しかし、設備を納入したメーカーや施行した土建業者は、その後がどうなろうと利益確定で儲かる。これが「建て逃げ」だ。
京都の伏見桃山ゴルフコース跡地に作られたメガソーラーから5kmほど東の伏見区醍醐陀羅谷には、2013年に閉鎖した京都国際カントリー倶楽部跡地に関西最大級というメガソーラー「京都・伏見メガソーラー発電所」(事業者:京セラTCLソーラー合同会社、設計?施工:三井住友建設株式会社)ができているが、ここにソーラーパネルを納入した唐山海泰新能科技有限公司(HTソーラー)は中国河北省の企業らしい。⇒ここで空撮動画も公開しているので、どのくらいの規模なのか実感できる。

「京都・伏見メガソーラー発電所」 Googleマップより


で、建設会社や設備メーカーは建てた時点で儲かるが、発電事業を引き受けた事業者はこれから先、厳しい道が待っている。
昨年7月に帝国データバンクが発表した「第3回 太陽光関連業者の倒産動向調査」という調査報告書の冒頭にはこうある。
太陽光関連業者の倒産が急増している。 2012 年7月に始まった「再生可能エネルギー固定価格買取制度」(FIT)を機に市場が急拡大した太陽光発電だが、その後、買取価格が連続して引き下げられたことなどでブームは沈静化。この間、太陽光関連企業の倒産が目立つようになっている。

2006 年1月から 2017 年 6 月までの太陽光関連業者の倒産件数は、251 件に達した。(略)
2017 年上半期(1-6 月)の太陽光関連業者の倒産は 50 件と倍増(前年同期比 2.2 倍)、一時は爆発的に市場が拡大した太陽光関連の落ち込みを映し出す結果となった。現在の増加ペースからみて、2017 年通年では 100 件を超えてくる可能性もある。
(略)
これまで、太陽光関連業者の倒産は訪問販売業者やオール電化住宅の販売業者、また設置工事業者などが多かった。その大勢に変わりはないものの、負債額上位には太陽光パネルやセルなどの製造業者も増えている。産業構造に目に見える変化が生じつつあり、関連事業者の苦境は続くだろう。
(帝国データバンク 「第3回 太陽光関連業者の倒産動向調査」

倒産した企業の中で負債額のトップは特定規模電気事業者(PPS)の日本ロジテック協同組合で、負債額162億8200万円。
2位は環境共生型マンションに特化した中古マンション買取・再販業者のシーズクリエイト(株)で、負債額114億4200万円。
3位は中国資本の太陽光発電パネル製造業者(株)ZEN POWERで、負債額52億円。
発電業者、ソーラーパネル付きマンションを売買していた不動産屋、そしてソーラーパネル製造業者までもが大型倒産しているのだから、事態は深刻だ。
巨大企業は、グループ内企業にパネルの卸し販売をさせたり建設業者がいたりして、発電をしなくても建て逃げ利益が出るようにしているのだろうが、こんなビジネスが長続きするわけがない。
そして、この手の「ソーラーバブル」が終わらないうちは、国民は高額な再エネ賦課金をもぎ取られて苦しみ、日本の国土は荒らされ続け、次世代への負の遺産が増え続ける。

税金を投入して不合理な事業を押し進めた結果、国土が荒廃し、経済も疲弊する。
エコエコ詐欺に加担する悪法を作った政治家たちの罪は深い。

↑これは私の「遺言」です

西日本豪雨被害は人災か2018/07/25 15:05

「合法的集金稼業」に前のめりになっている弁護士事務所が増えた。テレビをつければその手のCMがわんさか流れてくる。
集金ターゲットが高利貸し業者ならまだいいのだが、IT弱者ともいえる高齢者を狙う手法もエスカレートしているようだ。
以前、「老人よ、弁護士とNTTとNHKから身を守れ」と題する日記を掲載した。これに関して、同様の被害を受けたので裁判を起こしているというかたからメールが来た。
僕が日記に書いたのは自分の例ではなく、親父の契約についてだから、契約締結時のいきさつやその後のことはよく分からない。しかし、メールのかたはご自分の契約のことで、したはずのないオプション契約を勝手に締結され、十数年間もクレジットカードから引き落とされていたという。このかたは海外に在住しており、明細が示されていない一括引き落としだったために気づくのが遅れたそうだ。
海外生活に入る前に結んだ契約時の書類も出てきて、相手方(プロバイダ)の説明がウソだらけであることも証明できているという。
「海外のマスコミも視野に入れ、なんとかこの事実を高齢者の方にも知ってもらい、自分が課金されているものの詳細をチェックするように働きかけたい」という。しかし、相手は巨大企業。個人で裁判を続けていくのは大変だろう。
日本の裁判所は、ワンセグケータイを持っているだけでNHKとの受信契約を結ばなければならないというトンデモ判決を出す。そういう国なのだ。
テレビを視聴できるワンセグ機能付き携帯電話の所持者に、NHKと受信契約を結ぶ義務があるかが争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(深見敏正裁判長)は26日、1審・さいたま地裁判決(2016年8月)を取り消し、「契約義務がある」としてNHK側の逆転勝訴を言い渡した。同高裁では別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており、控訴審ではいずれもNHKの勝訴となった。
「ワンセグ携帯 NHK逆転勝訴 義務認定3件目 東京高裁」 毎日新聞 2018/03/26)

「別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており」というのは、水戸地裁と千葉地裁で起こされた同様の裁判を22日に東京高裁が控訴棄却したことをさしている。
控訴していたのは50代と60代の男性で、どちらもテレビを所持していないのに、ワンセグ受信可能なケータイ端末を所持していたというだけでNHKとの契約を結ばされたというもの。
どちらの裁判でも、
  • ワンセグ機能付きの携帯電話を所持する=放送法が定める「受信設備の設置」にあたる
  • ワンセグ携帯ユーザーにNHKを受信する意思がなくても、受信契約の締結義務がある
とした。
家にテレビを持っていない中高年が、ケータイの小さな画面でわざわざワンセグテレビを見るとは到底思えない。
これがまかり通るなら、速度超過運転をする意思がなくても時速200km出せる自動車を所持しているだけで違法だとか、そういう話にもなるのではないか。

NHKを視聴しなくても契約義務が生じるという滅茶苦茶な論理の根拠となっている放送法第64条を改めて見てみよう。
【放送法第64条(受信契約及び受信料)】
第1項  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

ここには「設置」とある。
2016年8月26日のさいたま地裁判決では「ワンセグ機能付き携帯電話の所持は放送法上の受信機の設置にあたらない」として、原告勝訴となった。あたりまえの判決だろう。
しかし、上記、今年(2018年)3月26日の東京高裁では、このさいたま地裁判決を取り消し、放送法64条第1項の「設置」は備え置くだけでなく、携行も含む、という拡大解釈までしてNHKの逆転勝訴とした。ケータイを所持していることが「NHKを受信できる装置を設置した」ことになるというこの「解釈」を、はたしてどれだけの人が受け入れられるだろうか。
デジタル放送になって、テレビ受像器はB-CASカードなしでは受信できなくなった。放送法を現状に合わせて改定し、NHKもWOWOW同様、スクランブルをかけて放送すればいいだけのことだ。「公共放送」というのであれば、災害時の緊急放送などだけノンスクランブルで放送すればよい。現状ではNHK総合は、災害時にもL字枠に「死者○人」などと出すだけで、ドラマやスポーツ中継を流している。民放となんら変わらないのだから。

最近、こんな事例を知った。
東北のある町から大都市の大学に進学し、初めて都会のひとり暮らしを始めたばかりの女性の部屋に「NHKの契約はお済みですか?」と男が訪ねてきた。
女性はテレビを部屋に持っていなかったし、これからも持つつもりはなかったが、そう答えると、「携帯電話は持っているんじゃないですか?」と問い詰められ、ワンセグ受信が可能なケータイだったため、契約書、しかも銀行口座から自動引き落としする契約書にその場で署名捺印させられたという。
この話を聞いて、高齢者だけでなく、田舎から都会に出てきた若い女性なども集中的に狙われるのかと、暗澹たる気持ちになった。
社会正義とか公平公正などという言葉が通用しない日本の法律、法の運用。それを利用して非生産的なビジネスにしがみつく大企業やら弁護士事務所やら……本当に情けない国になってしまった。


↑これは私の「遺言」です

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