IOC利権独占路線での五輪の末路が東京20202021/04/08 15:56

2020年3月、ギリシャで点火された東京五輪用の聖火。トーチの「火種」は古い映画フィルムだった?

誤解だらけのオリンピック史

今年、1年延期された東京五輪が開催されるかどうか極めて怪しい中、異様な聖火リレーが始まった。
森喜朗の「(沿道の密を避けるためには)有名人は田圃を走ったらいい」発言あたりからすでに「何のためにやるんだ?」という当然の疑問が上がっていたが、丸山達也島根県知事の「県内での聖火リレー中止要請もありえる」発言、さらには大音量で音楽を流し、車上でDJ風の男が踊り、沿道の観衆に向けて大声で叫ぶ異様な光景がネットで広まって、SNSでは広告コンボイを出しているスポンサー企業の製品購入ボイコットを呼びかける書き込みまで現れた。

この救いがたい末期症状を見て、「今のオリンピックは商業主義に堕してしまって本来の意義が薄れている」「商業五輪は1984年のロサンゼルス五輪が始まりだ」という声をよく聞くが、どちらも誤解が多く含まれている。

森喜朗発言騒動のおかげで、我々世代が「近代オリンピックの父」として教えられたクーベルタンが、実は「オリンピック競技は男性によって保有されるべきだ」「男性の参加しているすべてのフィールド競技への女性の参加を禁止する」といった発言をするゴリゴリの性差別主義者だったことや、聖火リレーは五輪を政治利用したいナチスの発明で1936年のベルリン五輪から始まっていることなどを改めて知ることになった。
このように、オリンピックの歴史は正しく教えられず、歪められ、美化されて我々庶民に刷り込まれてきたが、「1984年ロス五輪が商業主義五輪の始まり」という悪者イメージの喧伝も間違いである。
ネット上で様々な情報、記録を集めていけば分かるが、今回はそれを分かりやすくまとめてみようと思う。

開催都市立候補がなかった時代

多くの人が忘れている、あるいは知らずにいるが、そもそも、あのとき開催都市に立候補したのはロサンゼルスだけだった。
それまでの五輪を振り返ると、

1968年メキシコシティー大会:黒人隔離政策を続ける南アフリカに抗議してアフリカ諸国がボイコットを表明。旧ソ連など東欧勢も同調して南アは不参加に。大会開催直前にソ連は民主化を進めるチェコスロバキアに侵攻。ようやく開催された大会では、陸上男子200mで優勝したトミー・スミスと3位のジョン・カルロスの2人が表彰台で黒い手袋をして片手を突き上げてアメリカの黒人差別に抗議して物議を醸す。

1972年ミュンヘン大会:大会終盤にさしかかる11日目にパレスチナの過激組織が選手村のイスラエル選手団を襲撃。西ドイツ(当時)の政府が射殺命令を下したSWATと銃撃戦の末、選手団、犯人合わせて14人が死亡するという五輪史上最悪の事件が勃発。

1976年モントリオール大会:南アフリカの人種差別政策を巡る問題が再発。中国は台湾参加に抗議してボイコット。当初3億2000万ドルの予算が15億ドルに膨れあがり、大会は10億ドルの大赤字を計上。これが尾を引いて、カナダはその後長いこと財政悪化に苦しんだ。

モントリオール五輪と同じ1976年に開かれることになっていたアメリカ・デンバーの冬季大会は、市民から環境破壊や経費負担への懸念・批判が凄まじく、1972年10月に実施された住民投票で大会開催が返上されるに至った。(代わりにオーストリアのインスブルックで開催された)

……こうした問題山積の大会が続き、もはや世界のどの都市もオリンピックなど怖くてできない、と考えるようになっていた。
もはや五輪の歴史もこれまでか、という状況で、ロサンゼルスだけが「じゃあ、うちがやろうか」と申し出たのだ。
しかもロサンゼルス市が立候補したというよりは、名乗りを上げたのは南カリフォルニア・オリンピック委員会(SCCOG)という民間の任意団体だった。
同委員会はIOCに対して、「我々が五輪のために完全に民間の組織委員会を設立し、税金を一切投入せず、民間資本だけで独自に大会を組織・運営するという条件を飲むなら引き受ける」と迫った。
王族や元アスリートなど、セレブの集まりみたいなIOCはそれを聞いてビックリ仰天。そんな事態はまさに「想定外」で、とんでもない、と拒否しようとしたが、双方が立てた弁護士団が揉めに揉めた挙げ句、渋々その条件を呑んだ。他に候補地がない以上、拒否すればオリンピックは開けないわけで、条件提示交渉では最初からロス側が優位に立っていた。

徹底した節約と競争原理を働かせた金集め

開催を引き受けた南カリフォルニアオリンピック委員会は、民間「企業」としてロス・オリンピック組織委員会(LAOCC)を設立した。
その組織委員長は一般公募した。条件は「①40歳から55歳までの年齢で、②南カリフォルニアに住み、③自分で事業を始めた経験を持ち、④スポーツが好きで、⑤経済的に独立しており、⑥国際情勢に通じている」という6つ。
応募してきた数百人の中から、コンピュータが選び出したのはピーター・ユベロスという当時42歳の旅行代理店社長だった。
ユベロスはポケットマネーから100ドルを出して口座を開き、小さなオフィスを借り、電話1つに相棒1人で立ち上げた会社を北米第2位の規模にまで育て上げた。その手腕と経歴が評価されての抜擢だった。
組織委員会委員長になったユベロスは、すぐに自分の会社を売却し、大会運営準備に専念した。
基本方針は徹底的な節約と金集め
無駄な金は一切使わない。既存の施設を徹底的に利用する。企業から金を集めまくる。
金集めの面では、マーケティング部長として採用したジョエル・ルーペンスタインが大いに手腕を発揮したという。
メイン会場は1932年のロス五輪当時の競技場を改修。選手村は大学(UCLA)の寮を活用。組織委員会事務所もUCLAのキャンパス内に間借りし、事務局職員は大会直前になっても46人だけ。運営会議は同大学の教室で行い、役員らもマイカー通勤。
大赤字となったモントリオール五輪は、628社のスポンサー企業がついたが、そこからの収入総額は700万ドルにすぎなかった。それなら、大金を出せる企業に絞ったほうがいいと考えた結果、「1業種1社」に限定する方法を考案。これによって、清涼飲料水部門ではコカコーラとペプシがスポンサー契約を争い、競り勝ったコカコーラの契約金は1260万ドルにまで上がり、コカコーラ一社でモントリオール大会の628社分を軽く上回る協賛金を得ることができた。
テレビ放映権料も「放送権料2億ドル以上、プラス放送設備費7500万ドルを前払い」という、それまでの常識をはるかに超えた金額を提示して3大ネットワーク(ABC、NBC、CBS)などに入札制で競わせた。結果ABCが2億2500万ドルの放送権料+7500万ドルの放送設備費で競り勝った。これらの契約金は前払いされたので、ギリギリまで銀行に寝かせて利息を稼いだ。
聖火リレーも3mを1ドルで売って、誰でも金を払えば走れるようにした。これにはさすがにIOC側が「聖火の冒瀆だ」と抵抗したが、押しきって聖火リレーだけで1090万ドルもの収益を生んだ。
その結果、大会は2億1500万ドルの黒字を計上。その黒字のうち60%が米国オリンピック委員会に、40%が南カリフォルニアに寄付され、スポーツ振興にあてられた。

ロス五輪方式をIOCが盗んだ

ロス五輪の成功を見て、ああ、こうやればオリンピックは儲かるのかと知ったIOCは、以後、あらゆる利権を独占するようになった。
先頭を切ってIOCの体質を変えていったのがファン・アントニオ・サマランチ IOC第7代会長だった。
それまでのIOCは、貴族、王族、元アスリートなどのセレブが集まるサロン的な性格が強く、政治やビジネスに長けた人材は少なかったが、サラマンチはロス大会の手法を丸ごとIOC利権として組み入れ、オリンピックの商業化を加速させた
例えばテレビの放映権料については、ロス五輪のときにIOCがロス・オリンピック組織委員会(LAOCC)と結んだ契約では、組織委員会が3分の2、IOCが3分の1を得るという内容だったが、ユベロスの組織委員会側は「放送設備費の7500万ドルは放送権料ではない」として、2億2500万ドルの3分の1だけをIOC側に支払った。
これに腹を立てたIOCは、以後、「IOCの署名がない契約は一切認めない」として、オリンピックに関わるすべての権益をIOCの完全管理下に置いた。
結果、ロス五輪以降の五輪では、開催地側はIOCに運営に関わるすべての権益を握られ、交渉もできなくなっていった。
1988年のカルガリー冬季大会とソウル夏季大会からは、テレビ放映権はサラマンチ会長率いるIOCが開催地大会組織委員会に代わり契約主体になった。
オリンピックの放映権料の大半はアメリカNBCが支払っている。残りを欧州放送連合(EBU)、日本ではNHKと日本民間放送連盟加盟各社で構成されるジャパンコンソーシアム(JC)が支払っているが、日本の場合、IOCが日本向けの放映権販売を電通に委託していて、JCは電通から放映権を購入しているという。
この構図からも、日本のテレビ局がオリンピックに対してマイナスイメージとなるような報道はしにくくなっていることがよく分かる。
例えば、今回の東京2020の聖火リレーでは、聖火ランナーの前方で騒音をまき散らして進むスポンサー企業の広告コンボイ(トラック集団)に批判が集まったが、その映像を流したテレビ局は皆無である。そればかりか、東京新聞の記者がスマホで撮影してYouTubeにUPした動画も、東京新聞が、
IOCのルールに則り、動画は28日夕方までに削除します。このルールは「新聞メディアが撮影した動画を公開できるのは走行後72時間以内」というもので、2月に報道陣に伝えられました。今回の件で抗議や圧力があって削除するものではありません。
とのコメントと共に削除してしまった。
それに対しては江川紹子氏が「聖火リレー報道規制IOC「ルール」に法的根拠はあるのか」と題して疑問を呈している。
この記事の中で江川氏からインタビューを受けた曽我部真裕・京都大教授の「一般人やフリーランスにIOCのコントロールは効かないが、報道機関はコントロールができるから、でしょう」という言葉を、我々一般庶民はしっかり噛みしめる必要があるだろう。

放映権だけでなく、一業種一企業に絞ったスポンサー企業契約も、IOCが権利を統括しているので、開催地の組織委員会が自由に采配できるわけではない。
例えば、我々1964年の東京オリンピックを生で見ていた世代には、シンプルなデザインながら重厚な聖火台の印象が強く残っているが、あの聖火台は埼玉県川口市の鋳物師によって作られた。町工場の職人が腕をふるって素晴らしい五輪遺産を作った物語を日本人は世界に誇れたのだが、今回、あの聖火台は撤去されてしまっている。新しく聖火台をどこかで作っているのかどうか分からないが、その聖火台を製作した工場がオリンピックのスポンサー企業になっていなかった場合、自分たちが聖火台を作ったのだということを公表することができないらしい。中小企業や個人営業の職人さんが五輪開催にどれだけ腕をふるっても、それを認めてもらえない。そんなオリンピックにどんな夢や希望を託せるというのだろう。

IOC利権独占路線での五輪の末路が東京2020

消滅寸前だったオリンピックを救ったのは1984年のロス五輪であり、ピーター・ユベロス組織委員長やジョエル・ルーペンスタイン マーケティング部長らが実現した革新的運営モデルの成功だった。
それを見て、それまでは貴族的なサロン体質が色濃く残っていたIOCを超国家的独占企業に作り替え、世界のスポーツ界を支配したのがサラマンチ会長、ということだろう。
ロス五輪のようにやればオリンピックは儲かる、と分かった後、オリンピック開催地に立候補する都市は増えた。
1996年の開催地には、アトランタ(アメリカ)、アテネ(ギリシャ)、トロント(カナダ)、メルボルン(オーストラリア)、マンチェスター(イギリス)、ベオグラード(ユーゴ)の6都市が、2000年の開催地にはシドニー(オーストリア)、北京(中華人民共和国)、マンチェスター(イギリス)、ベルリン(ドイツ)、イスタンブール(トルコ)の5都市が最終的に立候補した。まさに「ロス以前、ロス以後」でガラッと変わった。
しかし、IOC委員に対して金で票を買う動きも出てきて、2002年のソルトレークシティ冬季大会では、招致をめぐって賄賂が飛び交い、多くのIOC委員が追放される事件にもなった。
今回の東京2020でも、同じように「賄賂で票を買った」疑惑が出ているのは周知の通りだ。

ここまで見てくるとはっきり分かる。東京2020は、手本としなければいけないロス五輪の成功に何も学ばないどころか、IOCが歪めた商業オリンピック路線の悪い部分だけを増殖させた……ということになるだろう。

最後に、1984ロス五輪と2020東京五輪の比較を簡単にまとめてみよう。

候補地立候補
ロス1984:他に立候補する都市はなかった。立候補したのは市ではなく民間団体。ロサンゼルス市議会は、税金を一切投入しないことを決議。
東京2020:2011年の東日本大震災、原発爆発直後、2016年開催地招致にすでに一度落選していた東京が、再立候補を表明。石原慎太郎都知事はすでに乗り気でなく、次期都知事選にも出ないつもりだったが、森喜朗に「それでは息子の伸晃の立場がなくなるぞ」と迫られて「その代わりに伸晃をよろしく」という経緯で……。

IOCに対しての姿勢
ロス1984:「完全に民間の組織委員会を設立し、税金を一切投入せず、民間資本だけで独自に大会を組織・運営するという条件を飲むなら引き受ける」と交渉し合意させる。
東京2020:電通が2013年、東京五輪招致委員会の口座に約6億7000万円を寄付として入金した銀行記録をロイターが伝える。さらに、東京五輪招致委員会はシンガポールのコンサルタント会社、ブラックタイディングス社への計2億円超を含め、海外に送金した総額が11億円超に上ると報じられる。招致委員会は、森喜朗元首相が代表理事・会長を務める非営利団体「一般財団法人嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター」にも約1億4500万円を支払っているが、同団体はすでに解散している。
フランス検察は、東京五輪の招致をめぐる疑惑の贈賄側としてJOC竹田恒和前会長(招致委理事長)を捜査対象にする。武田氏はJOC、IOC役職を辞任。

五輪組織委員会
ロス1984:委員長はピーター・ユベロス(就任時42歳)。一般公募。事務所は大学(UCLA)構内に間借り。職員数は大会直前の最大時で46人。会議は大学の教室で行い、役員も含めて職員は全員マイカー通勤。
東京2020:委員長は森喜朗(就任時76歳)。下村博文五輪担当相と竹田恒和JOC会長、東京都の秋山俊行副知事が都内で3者会談を行い要請を決め、森元首相が受諾。事務所は虎ノ門ヒルズなど数か所。虎ノ門ヒルズの8階(フロア面積は982坪、3,246.3㎡)の1フロアを丸々借りている家賃だけで月に4,300万円。2016年時点での事務所家賃総額は月額6000万円と報じられた(サンデー毎日 2016年11月6日号)。職員数は2021年4月1日時点で3929人。大会時には当初計画通り8000人規模となる見通し(時事com)。

メイン会場と選手村
ロス1984:メイン会場は1932年のロス五輪で使用した競技場を改修。選手村はUCLA学生寮を活用。
東京2020:メイン会場は1964年の東京五輪で使用した国立競技場を壊して新築。一度決まったザハ案が白紙に戻るなどゴタゴタ続き。選手村は晴海の都有地18ヘクタールに14~18階建ての宿泊棟21、約3900戸を新築。大会後は宿泊棟を改修し、新設する50階建ての超高層2棟とともに約5600戸を分譲・賃貸住宅として供給する予定だったが、現在は大会が延期された上に開催そのものが危ぶまれており、住宅として購入契約した人たちとのトラブル続出。ゴーストタウンのようになっているが、コロナ感染者隔離施設として利用する案はまったく無視され続けている。

収支
ロス1984:支出 5億3155万ドル。収入 7億4656万ドルで、2億1500万ドルの黒字。
東京2020:支出 組織委による昨年末の発表(バージョン5)では1兆6440億円だが、最終的には3兆円を下らないのではないかとの予測も。


東京五輪をここまで惨めで情けないものに追い込んだのは決してコロナだけではない。歴史に学ばず、利権まみれ、不正だらけの手法を増長させてきた者たちの罪である。
東京五輪が開催されようとされまいと、これまでの悪行と腐敗した精神を根本的に反省し、日本が今からでも世界のスポーツ界や国家・宗教を超えた平和運動のためにできることは何かという困難な課題に真摯に向き合う覚悟を持たない限り、東京2020は永遠に汚点としてだけ語り継がれることになるだろう。
(主な参考文献)
オリンピックにおけるビジネスモデルの検証──商業主義の功罪(永田 靖 広島経済大学経済学部准教授)
「オリンピックとスポーツ放送権ビジネスと国際社会」(大野俊貴)
ヴァーチャル大学「まっちゃま」
オリンピック・パラリンピックのレガシー(笹川財団)
聖火リレー報道規制IOC「ルール」に法的根拠はあるのか(江川紹子 2021/04/03)
東京五輪、やれなさそうでもやろうとしている スポーツ評論家・玉木さんが語る政治との関係 (京都新聞社 2021/01/21)
東京オリンピック・パラリンピック 招致からこれまで【経緯】(NHK 2020/04/20)
東京五輪・パラ組織委職員3929人 大会時は8000人規模へ(時事.COM 2021/04/01)
森氏が組織委員会会長に就任 正式に受諾(産経ニュース 2014/01/14)



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バート・バカラックと添田啞蝉坊2021/04/01 11:38

92歳になったバカラック
NHKの「ららら♪クラシック」でバカラックの特集をしていた。
バカラックのメロディを聴くと、それだけで涙が出る。こんなメロディを自分は作れるだろうかと悩んだ若い頃を思い出すからだろうか。
平気でオクターブ飛ぶようなメロディ。それなのに不自然さはなく、快感が生まれる。コードを鳴らしながらメロディを書くという作曲法では決して生まれそうもないメロディ。それでいて、コードはメチャメチャ凝っている。

バカラックの音楽にしびれているというわけではない。ディオンヌ・ワーウィックの歌い方は好きじゃないし、アレンジもなんだか紅白歌合戦用の大袈裟な味みたいでしっくりこない。
歌詞もひどい。ハル・デビッドとなぜ組んでいたのか理解できないくらい能天気な歌詞。
でも、バカラックが書いたメロディにはとことんしびれる。

バカラックのような、あるいはバカラックを超えるようなメロディを書きたい。そう思い続けてきたが、60代後半になった今、自分のメロディ創成能力が著しく落ちてしまったことは認めざるをえない。
若いときのように、何かの拍子でパッと出てきたメロディがいいメロディだった……ということがなくなってしまった。
だから、今はすごく時間をかけて作曲している。一つ一つの音を何度も何度も確認しながら、譜面に書いてみて、数日してそれを聴き返して、こんなんじゃつまらない、この音はこっちのほうがいい、この音符は減らして伸ばしたほうがいい……とか、そういう作業を延々繰り返しながら仕上げている。
それでも、緻密に作ったからいいメロディになるわけではなく、むしろ、勢いのない、ありがちなメロディだなあ……と思いながら、最後は、捨てるよりは形にしておこう、と思い直して、録音する……。

バカラックは92歳になったそうだ。
1928年5月12日生まれだから、27歳年上。生きていれば親と同じ歳だ。もうすぐ彼は93歳になり、私は66歳になる。
現在のバカラックへのインタビュー映像を見たが、さすがに生気がない。それでもしっかりと言葉を選びながら、今でも作曲していると言いきる。
すごく時間をかけて一曲を仕上げるという話が印象的だった。それは歳を取った今だからそうなのか、若いときの傑作群もそうして生まれたのか、そこが知りたい。
『サンホゼへの道』のようなメロディが瞬間的に生まれたのではなく、何日も格闘した結果生まれたのだとしたら、私の今までの認識が違っていたことになる。ああいうメロディは、時間をかけてリファインしてできるものではないと思っていた。

時間をかけてあんなメロディにたどり着くことがありえるだろうか? ありえるのなら、私が知らない世界がまだある、ということなのかもしれない。

添田唖蝉坊

歳を取って脳が劣化してきたというだけでなく、今の社会があまりにもひどいので、正気を保つだけで精一杯になっている、というのも大きな問題だ。
ふざけた話で埋め尽くされる毎日。そこに何かを発信することがとても虚しい。
しかし、黙っていられない性分に生まれついているため、なんだかんだと(今もこうして)文章を書いてしまう。
バカラックのメロディの素晴らしさに涙するのは、ああいう価値を共有できる世の中にまた戻るのだろうか、という思いからかもしれない。
残された時間が限られている以上、くだらないものを相手にせず、ひたすら自分にとって価値の高いと感じられるものに挑戦しながら死にたいと思う一方、今の世の中で何かを発信する方法をあれやこれやと考えてしまう。この中途半端さで、人生を棒に振っているんだと分かっているのに。

私は、生まれたときの名前は「添田能光」だった。
4歳の頃、両親が離婚し、実母は旧姓の「細野」に戻したため、母親に引き取られた私は「細野能光」になった。
幼稚園で、ある日、園児たちの前で「そえだくんは今日からほそのくんになりました」と言われたのを、今でも覚えている。
その後、母親は再婚し、私は再婚相手の養子になったため「鐸木能光」になった。

母親は父方の細野家が群馬県の伊勢崎町(現・伊勢崎市)で2番目に裕福な蝋燭問屋だったことや、母方の祖母が「白河城最後のお姫様」(幕府老中・阿部正外の娘)だったこと、再婚相手である夫の祖父が鐸木三郎兵衛であることなどを幼い私に何度か教え込もうとしたが、私の父方である添田家のことはまったく口にしなかった。
私の実父の写真などもすべて処分されていて、私は実父が死んで一周忌の席に呼ばれるまで、実父の顔を知らないまま大人になった。

自分の父方のルーツに興味を抱いたのは30代後半くらいだろうか。父方の叔母(実父の妹)がわざわざ戸籍謄本を取って送ってくれた。

実父の実家は多分、今は建築業で、実父の母方には医療関係の遠い親戚がいるようだ。
もちろん交流はない。

閑話休題。
で、その「添田」という姓は福島県南地域ではかなり多い姓なのだが、添田姓で有名になった人物を捜すと「添田唖蝉坊」という演歌師(明治5=1872-昭和19=1944年)が出てくる。
相当面白い人物だったようだが、遠い祖先ということはないだろう。
でも、唖蝉坊が現代に生きていたらどんな「演歌」を歌っただろうという想像を、だいぶ前(20年くらい前?)からしていた。
やってみようかと何度か思ったが、その度に「いやいや、それは俺の役割ではないし、合ってない」と思い、やめた。
しかし、「どうせもう長くないのだから」という心の中の囁きに、一度だけ耳を傾けてみた。
唖然とするほどくだらない世の中に、ひねくれまくった形で主張する「某」人物。添田唖然某。


タヌパックバーチャルバンドのメンバーにも声をかけて、こんなのをやってみた↓

腐ったガスは抜かないとね。国中に充満して、みんなおかしくなってしまう。元から絶たないとダメ! 消えろ~!

ベースのテンキチは素直だから、何にでも真面目につき合ってくれる。いいやつだ。
ニャンニーニョは太鼓を叩ければどんな曲でもご機嫌。つき合いやすいやつだ。

唖然某はその後も、ときどき酔っ払って小さな毒を吐くが、ただのため息として消えていく。
オモテナシ節

何を見せられているんだ? 何を見せられているんだ?
人が消えた町の中に 立派な駅前だけ作り
作り笑顔で著名人とやら ゆっくりたらたら走ってる
何を見せられているんだ? 何を見せられているんだ?
どこかで見たような気がしたら ああ、あの「桜を見る会」か
作り笑いの著名人とやら 誰かを囲んで はい、ポーズ
何を見せられているんだ? 何を見せられているんだ?
世界の国からコンニチハ それもかなわず開き直って
わけの分からんショータイム これが日本の「お・も・て・な……」
いわせね~よ! とツッコむやつは カメラの前には出られません
アベノマスクして自粛忖度 裏ばっかりで表なし
お化けみたいな オモテナシ節
悪夢が続くオモテナシ節

イヤイヤ節

ソーシャルディスタンスとりましょう なんですかその横文字は
「社会的距離」ってなんですか? 「打ち解けた距離」ってなんですか?
間隔とらなきゃイヤイヤ~ こっち見て喋っちゃイヤイヤ~
ああ、そういうことですか それがソーシャルディスタンス?
毎日起きるとこの世界が 狂った社会のまんまです
こんな世界で合っているのか? いつまで続く悪い夢
間隔とらなきゃイヤイヤ~ それ以上近づいちゃイヤイヤ~
マスクの向こうに隠された あなたの顔も忘れそう
侃々諤々議論はしても 何も生まれぬ無力感
唖然呆然仰天愕然 人間なんてラララララ
そろそろ気づいていい頃だ こんな社会はおかしいと
時を戻そう そろそろ気づこう 基本が狂っていたのだと
コロナコロナと騒ぐより 社会の土台を見直して
コツコツ変えていかなくちゃ ウイルスにさえ笑われる
こんな社会はイヤイヤ~ こんな人生イヤイヤ~
霧の中で 目を凝らすのだ このまま死ぬのはイヤイヤ~

明治大正の頃と違って、今はこうした「演歌」を作る唖蝉坊や川上音二郞(文久4=1864-明治44=1911年)のような人物は現れない。
つまらないねえ。



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オーストラリアでCOVID-19死者が少ない理由は?2021/03/02 22:17

先日の全豪テニスで、海外からやってきた選手やスタッフへの防疫体制の徹底ぶりに驚いた。
飛行機はすべてチャーター機を用意し、空港到着後の検査で一人でも陽性反応者が出ると、その者と同じ飛行機に乗っていた全員を2週間ホテルに完全隔離する。それも、一切部屋から出さないという徹底ぶり。
それ以外の選手も、コートでの練習2時間を含む1日5時間までの外出のみが許され、実質24時間監視されていた。
期間中は毎日検査を行い総数は約3万件に達した。
こうした2週間の隔離終了後に、一部の選手が隔離期間を過ごしたホテルの従業員にコロナ陽性者が出た。そのため、わずかでも接触可能性がある者は陰性が完全証明されるまで外出禁止となり、予定されていた前哨戦は全試合中止になってしまった。
それだけ徹底した管理をしても、市民からは大会開催反対の声が強く上がっていたという。
ようやく2月8日に大会が始まったが、その後、開催市であるメルボルンにある入国者の隔離用ホテルの滞在者やスタッフなどから、イギリス型変異ウイルスが確認されるや否や、州全体で12日夜から5日間、外出制限を導入した。12日夜は、メイン会場のロッド・レーバー・アリーナでは男子3回戦、フリッツ(米)対ジョコビッチ(セルビア)が行われていたが、午後11時30分になると試合を一時中断して会場を無観客にした。この処置に、フリッツ選手は「馬鹿げている!」と怒りまくっていた。

こうしたニュースを見て、オーストラリアってそこまでやるのかと驚いたわけだが、オーストラリアのコロナ感染状況については以前から不思議に思っていた。
人種構成はイギリスやアメリカなどとそれほど変わらないのに、なぜ死者が少ないのだろう、ということだ。

worldometers.infoの最新データ(2021/03/02時点)を見ると、オーストラリアの状況はこうだ。

■オーストラリア
人口:約2570万人
検査総数:約1441万人
死者総数:909人
感染者数累計:28,986人
100万人あたり死者数:35
100万人あたり検査数:562,609
100万人あたり感染者数:1,128人

これを日本と比べてみる。
■日本
人口:約1億2622万人(豪の4.91倍)
検査総数:約825万人(豪の0.57倍)
死者総数:7,887人(豪の8.68倍)
感染者数累計:432,773人(豪の14.9倍)
100万人あたり死者数:62人(豪の1.77倍
100万人あたり検査数:65,916(豪の0.12倍
100万人あたり感染者数:3,435人(豪の3倍

人口100万人あたりの死者数は35人は、日本の62人よりも少ないのだ。
ちなみにイギリスは同・1805人、アメリカは1587人で、オーストラリアの35人と比べて2桁も違う

COVID-19で重症化する割合は、DNA的な要素など「ファクターX」が関係しているのではないかということはだいぶ前から言われている。
では、オーストラリアの人たちは「ファクターX的」に米英の人たちよりコロナで重症化しにくいのか?
それを見るために、「死者数/感染者数」を出してみると、

死者数/感染者数
オーストラリア:0.03136
イギリス:0.02940
日本:0.01822
アメリカ:0.01799

……となり、どの国も桁が違うというほどは違わない。むしろオーストラリアでは「感染して死ぬ人」の割合はイギリス、日本、アメリカより多いのだ。

人口密度が違うとはいえ、徹底した防疫体制、検査数の多さが、感染者数を抑え込み、結果として死者数も抑え込んでいると考えるしかないだろう。

日本はオーストラリアと比べてどうなのか? あるいはお隣の韓国と比べるとどうなのか?
比較してみた。
オーストラリア
100万人あたり死者数:35
感染者数累計/検査数:0.0020
死者数/検査総数:6.3
死者数/感染者数:0.031

日本
100万人あたり死者数:62
感染者数累計/検査数:0.0524
死者数/検査総数:9.6
死者数/感染者数:0.018

韓国
100万人あたり死者数:31
感染者数累計/検査数:0.0135
死者数/検査総数:2.4
死者数/感染者数:0.018

やはり、オーストラリア人は「感染したら重症化して死ぬ確率がアジア人より高い」が、徹底した検査と防疫体制で感染そのものを抑え込んでいるので死者数が少ない、ということが見えてくる。
また、日本と韓国では同じ東アジア系なので、コロナによる「死にやすさ」は変わらない(「死者数/感染者数」がほぼ同じ)が、検査体制や感染対策の違いで人口あたりの死者数に倍の開きが出ている、と考えられる。

それにしても、である。
全豪テニスのあの徹底的な防疫体制、隔離方針と同じレベルのものを日本がオリンピックでできるとは到底思えない。
できないのが分かりきっているので、「2週間隔離は求めない代わりにスマホアプリで管理」などと素っ頓狂なことを言い出す始末。
世界は今の日本をどう見ているだろうか。



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菅正剛氏スキャンダルで浮かび上がった「電波利権」とは何か2021/02/27 22:20

テレビが言えない地デジの正体(2009年刊)
 菅首相の長男・菅正剛氏が総務省幹部らを接待していたというスキャンダルで、メディアは連日騒いでいる。
 しかし、そもそもなぜそういうことが起きるのかという「電波利権」の構造について解説してはくれない。テレビ局や新聞社にとって、いちばん公にしたくないことだからだ。
 電波利権とはどういうものなのか?
 2009年に上梓した『テレビがいえない地デジの正体』という本(ベスト新書)を読み返してみた。
 元原稿がファイルとして残っていないのだが、下書き段階のものがあった。出版されたときの文章はかなり変わっているし、データ(数字)も十数年前のものになっているので、ポイントをおさらいしながらまとめてみる。

田中角栄と電波利権の始まり

 地上波(UHFやVHF電波)放送は、電波が一定範囲しか届かない、あるいは、隣接する放送局は混信を避けるために十分に間隔をあけた帯域の電波を使うと決められている「不便さ」が、むしろ特別な権益を生み出す。特定地域の視聴者を簡単に「囲い込む」手段になるからだ。
 これにより、地方局は地元企業のテレビ広告を一手に独占できるだけでなく、ローカルニュース送信によって、情報を意のままにコントロールすることもできる。
 テレビ創生期、各地の有力者たちは、こぞってテレビ局を開設したがった。一度、放送免許を得てしまえば、半永久的に、莫大な権益を持つことになるからだ。
 地方テレビ局の誕生には、田中角栄が大きく関係している。
 田中は1957年、39歳の若さで岸内閣の郵政大臣に就任した。
 このとき、日本のテレビ局は、NHKが11局。民放は日本テレビ、ラジオ東京(TBS)、北海道放送、中部日本放送、大阪テレビの5局しかなかった。他にフジテレビとNET(現テレビ朝日)に予備免許が下りていたが、放送はまだ始まっていなかった。
 こんな状況で郵政大臣に就任した田中は、各県ごとに利権を一本化し、一気に34の地方局に放送免許を出した
 一旦開局すれば、テレビというメディアは巨大な利権を生む。かくして、政界と放送局は当初から密接な関係を保ってきた。錦の御旗のように使われる「報道の自由」というスローガンだが、テレビ放送においては、スタート時点からすでに危ういものだったのだ。なにせ、お上から免許が下りないと放送事業は始められないのだから。
 今では考えられないが、地方局のニュースでは、地元出身の政治家が「お国入り」するたびに映像付きで紹介した。これほど強力な選挙運動はない。
 一時期、田中は選挙区のある新潟放送で、「国政報告」の形を取った30分のテレビ番組を2つも持っていた。これに類したことは、田中だけでなく、全国で普通に行われていた。

4大ネットワークはこうしてできた

 現在の4大ネットワーク(JNN、NNN、FNN、ANN)の編成にも政治が大きく関与している。
 1972年、首相になった田中角栄は、全国のテレビ局を大胆に再編成することに乗り出した。これは、無視できない巨大メディアに成長したテレビを傘下におさめたいという大手新聞社の戦略に応えるものだった。
 1973年12月、朝日、読売、毎日の3大新聞社が首脳会談を行い、テレビ局ネットワークと新聞資本を再編成・統一することで合意した。これにより、東京放送(TBS)の新聞資本は毎日新聞社のみに。それまで東京放送(TBS)の準キー局だった大阪の朝日放送は朝日新聞社系列下に。その代わり、毎日放送(MBS)がTBS系列(JNN)に。毎日放送とネットワーク提携していたNET(日本教育テレビ。現テレビ朝日)は朝日放送のネット(ANN)に……といった大幅な再編成が成立した。
 現テレビ朝日の前身であるNETは、設立した1957年時点では、日本経済新聞社、東映、旺文社などが中心株主で、免許交付の条件は「教育番組を50%以上、教養番組を30%以上放送する」というものだったが、1973年には「総合局」の免許が交付され、朝日新聞社が大幅に株式を買い増しして、事実上「朝日系列」に組み入れることに成功した。
 新聞社とテレビ局が完全に系列化することは、ニュース配信時などには情報をすばやく共有でき、取材も連携が取れるといったメリットもあるが、複数の視点による報道、報道が政治権力から独立するという観点からはデメリット、危険性もはらんでいる。
 テレビの不正を新聞社が暴く、あるいはその逆のことができにくい
 放送免許という首根っこを押さえられている放送局が追及しづらい政府のスキャンダルを、新聞社が先陣を切って報道するということもしづらくなる。
 地デジ化を巡る報道などはその端的な例だった。テレビ局の利権に直接関わる問題だけに、新聞も大きく扱わないし、扱ったとしても、問題の核心には迫らず、表面的な報道に終始する。
 新聞社とテレビ局の完全系列化は、報道の基本精神を脅かす危険なものだったと言えるだろう。

携帯電話料金がテレビ局を支えている

 放送局や携帯電話会社にとって、特定の電波帯域を使える権利は大変な資産であり、莫大な利権が発生する。
 では、一旦電波帯を割り当てられた放送局にとって、電波は「ただ」なのだろうか?
 日本では、1993年5月までは実質「ただ」だった。
 1993年5月からは、「電波利用料」というものが導入され、すべての「無線局」は、電波を利用するための利用料金を支払わなければならなくなった。
 この「無線局」というのは、放送局も入れば、携帯電話の利用者(携帯電話端末)も該当する。携帯電話の電波利用料は1台あたり年間140円(当初は540円。その後420円になり、2008年10月より250円、現在は140円)。携帯電話会社が利用料金に組み入れて徴収し、まとめて支払っている。
(2017年度に携帯電話事業者が支払った電波利用料の総額はNTTドコモが167億円、KDDIが114億円、ソフトバンクが150億円だった)。
   一方、テレビ局が使っている電波帯域は非常に広いが、2005年度以前には、年額わずか2万3800円だった。これに対して、携帯電話は当初一律1台540円で、個人で使う携帯電話機1台とテレビ局の電波使用料が44倍しか違わない。つまり、テレビ局の電波使用料が携帯電話機利用者44人分でしかないという、とんでもない料金制度になっていた。
 2005年度からは、使用する電波の帯域幅や地域の人口密度、出力などを考慮した算出法になったが、それでも全国のテレビ・ラジオ局が支払っている電波利用料は携帯電話事業者が支払っている電波利用料に比べれば極端に安い。
 2015年の電波使用料内訳を見ると、携帯電話キャリアのNTTドコモ 201億円、KDDI 131億円、ソフトバンク 165億円に対して、公共放送のNHKが約21億円、日本テレビ系列は約5億円、TBS系・フジテレビ系、テレビ朝日系、テレビ東京系は約4億円で、テレビ局が支払った電波利用料は利益に対して1%未満という微々たるものだった(Wikiより)。

電波利用料がどう使われているのかも不透明

 電波利用料は、「総合無線局監理システムや電波監視システムの整備・運用、周波数逼迫対策のための技術試験事務、携帯電話の過疎地での基地局維持・設置」などに使われることになっているが、2001年度からは地デジ化のために巨額が使われた。テレビ局のことを、なぜ携帯電話利用者が負担しなければいけないのかという疑問の声があったが、結局は押し切られた。
 ついでに言えば、電波利用料の一部は、総務省の出先機関で、美術館のチケット代や野球のボール代など、職員のレクリエーション費にも使われていた。2008年5月、民主党の調査で分かったものだが、民主党の指摘を受けて調査した総務省の発表によれば、計11ある地方総合通信局のうち6つの通信局で、チケット代、ボール代、ボーリングのプレー代などが支出されていたという。民主党の調査では、他にもラジコン購入費や職員のレクリエーションに使った貸し切りバス費用などもあるという。
 これに対して、増田寛也総務相(当時)は、「法律上書いてある」ことで、法的には問題がないとの考えを強調した。

英国BBCを蹴ってグリーンチャンネルを入れた総務省

 BSの電波帯再編における利権争奪戦にまつわる話をさらにまとめると、2009年、BSのアナログハイビジョン放送(NHKが2チャンネル、WOWOWが1チャンネル持っていた)を廃止して、空いた帯域にデジタル放送を入れるという再編時、フルハイビジョンなら6チャンネル分、標準画質なら24チャンネル分が空くことになった。それに加えて新規にBS19という「空き地」へ、18企業・団体から合計22チャンネル分の応募があったが、総務省は英国BBCや米国ディズニー社を落として、スターチャンネル、アニマックス、グリーンチャンネル、Jスポーツなどを「合格」とした
 グリーンチャンネルは「財団法人競馬・農林水産情報衛星通信機構」というところが運営しているが、これは農水省、総務省共同管轄委託放送事業者。日本中央競馬会の関連法人でもある。
 グリーンチャンネルはすでにスカパー!で放送をしていたが、このBS格上げによって、一気に価値の高い「BS委託放送事業者」になった。
 その一方で、英国BBCが「家族層向けのドキュメンタリーやドラマなど娯楽番組の有料チャンネル放送をしたい」という申請は蹴ったのだ。
 これによってどれだけの日本国民が良質の番組を見る機会を失ったことか! ああ、BBC!! 『モンティパイソン』や『グレートブリテン』見たかったよ!! BBC制作のドキュメンタリーが東京五輪問題をどう扱ったのか見たかったよ!!

 今回話題になった菅正剛氏関連のスキャンダルでは、東北新社傘下の「囲碁将棋チャンネル」のBS入りに疑惑の目が向けられたが、こうした不透明な決定は今に始まったことではないのだ。

地上波はローカル放送にして全国ネット番組はBSやネット経由で流せ

 放送事業者選定の不公正感もひどいが、電波帯域の無駄使いも目に余る。
 現在、BSでは広帯域を使う4K放送が始まっているが、内容をしっかり見てほしい。通販番組やら大昔のドラマの再放送(当然画質は粗い)を平気で流している。
 そもそも4K放送など必要なのか? NHKの朝ドラなどはハイビジョン画質と4K放送を同時に流しているので、BSの4Kチャンネル対応チューナーを内蔵したテレビがあるなら見比べてみてほしい。画質の差など分からないし、目を凝らして多少の差が分かったとしても、それがなんだ、という話だ。大切なのは番組内容の質だろうが。
 今回、菅正剛氏が関わる接待スキャンダルで注目された「囲碁将棋チャンネル」は、かつての標準画質のままの番組を流しているので、最後に余ったスロットに割り当てられたのはある意味当然なのだが、それだってもっと違う活用法がある。
  BSのハイビジョン画質1チャンネル分の帯域は、昔の標準画質なら3チャンネル分送信できるのだから、4対3画面時代の再放送をしているのはもったいない。かつての標準画質番組を再放送する専用の狭い帯域のチャンネルとして設けてくれたほうが「囲碁将棋チャンネル」よりは多くの視聴者が喜ぶだろう。囲碁将棋番組はネットでのオンデマンド配信に向いている内容であり、BSでリアルタイム放送する意味はない。

 長くなってきたのでそろそろまとめたい。

 この拙著で私が主張したかったのは、
  • テレビ放送をデジタル放送に移行するのはいいとして、なぜ「地上波」でやる必要があるのか。BSやケーブルテレビ、インターネット回線を使えば全国どこでも同じ数のテレビ局が見られるのに、わざわざ「地上波」にして地域格差をつけるのは利権保守以外の目的は考えられない。
  • 電波は公共財なのだから、裏で変な取り引きをせず、入札や電波利用料をすべて公開して、視聴者の利益を守れ
 ……ということだ。
 10年以上経っても、何にも変わっていない。

 7万円の接待で何を食ったかなんてどうでもいい。総務省とメディアのズブズブ関係によって、我々はもっと大きな損失を被っているのだ。

オマケ:顛末記

 この本は、校了して、印刷所で印刷が始まる直前の部数決定会議で、出版社の社長が突然「なんでこんなくだらない本を出すことになったんだ?」と激怒し、いまさら出版停止にはできないならと、部数を極端に減らした。2000だったか3000だったか忘れたが、とにかく当時の新書の刷り部数としてはありえないような数。書店にまともに並ぶのも難しい数で、まるで「売れては困る」というような異様な決定だった。
 さらには、担当編集者は出版直後に編集部を外されて異動になり、その後、退職してしまった。
 私のせいで熱心な若手編集者の人生まで狂わせてしまい、その後は本を出版することがすごく怖くなったものだ。
 担当編集者は、「何か圧力があったとは思いません。単純にこんなものは売れない、という言われかたでした」と説明していた。
 そうかもしれない。内容を知った政府筋から社長に圧力がかかった、などということはないだろう。単純に「なんでこんな売れそうもない本を出すんだ」ということだったのだと思う。

 10年以上経っても、人々が「与えられたもの」だけを受け入れ、消費していくという社会風潮は変わっていないわけで、電波利権の闇をどうにかしよう、などという本よりも、ゲームの攻略本や有名人のゴシップとか、金儲けの本とか、健康法の本とか、韓国・中国憎しみたいな本が売れる。
 ただでさえ本が売れなくなった時代に、物書きはどう生き延びるか……。そういうことも、今はもう深刻に悩んではいない。
 「一人に向かって」。一人が見えなければ「自分に向かって」、やれることをやる、という心境かなあ。



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地震で出てきた週刊プレイボーイと原発爆発後の10年2021/02/14 21:30

2012年3月19日号の週刊プレイボーイ
昨夜遅く(23時過ぎ)、大きな地震があった。
久しぶりに長く、かなり揺れたので、3.11のときの感覚が甦った。
幸い、棚からものが落ちたりギターケースが倒れたりしただけで、大した被害もなく収まったと思っていたが、一夜明けたら、仕事部屋の本棚が大きく歪んで、崩壊寸前になっているのが分かった。
壁に打ち込んでいたビスがすっぽ抜けて、大きな隙間ができている(↑)。

その隙間から週刊プレイボーイが出てきた。

なんでこんなものが? と引っぱり出してみた。何か楽しい写真でものっているのかとパラパラとめくっていくと、自分の写真と目が合ってビックリした。

すっかり記憶から消えている。改めて発売日を確認すると2012年3月のものだ。ということは、日光に引っ越してきてすぐの頃だなあ。

扉の写真は記者に撮られているが、いつどこでインタビューされたのか記憶にない。
改めて記事を読んでみた。3ページしかないので、ものすごく小さな字で組んであり、読みづらい。
 作家のたくき よしみつが7年近く住んだ福島県川内村を離れたのは昨年の3月12日、福島第一原発1号機の爆発映像がテレビに映し出された直後のことだった。
 自宅は原発から25km地点。心臓がバクバクした。放射能被曝の危険が迫っていた。
「逃げるぞ!」
 妻にそう告げると、身の回り品をザックに詰め、車で神奈川県川崎市の仕事場にたどり着いた。
……記事はそんな風に始まっている。

その後の展開について短くまとめると……、
  • 3月26日に線量計を手にして荷物を取りに一度村に戻ったが、実際、村の中の線量は村民が避難した郡山市内より低かった。
  • 地震による被害はほとんどなく、プロパンガスも井戸水も電気も使える。友人たちも村に戻り始めていたので、一緒に村を立て直すことに協力できないかという思いで、4月末に村に戻った。
  • 「失望はしていませんでした。いや、むしろ川内を魅力ある村へと再生させるチャンスかもしれないとさえ思っていたんです」
  • それまでの村は、多くの人が隣町にある福島第一原発、第二原発に関係する仕事をしていて、原発依存度が高かった。そのため、村本来の魅力である豊かな自然を生かして新しい産業やビジネスを興そうという動きが起きなかった。
  • 一方で、大規模風力発電施設、ゴルフリゾート、産業廃棄物処理場などの誘致話には熱心で、その都度、村では賛成派・反対派に分断されていがみ合い、自然環境がじわじわと壊されてきた。
  • そうした空気から脱却して、今度こそ本当の自立した村を作り上げるチャンスではないかと、主に移住者たちと話し合った。
  • しかし、そんな意気込みはすぐに消えた。東電からの補償金・賠償金バブルのようなことが起きて、多くの村民が、「村に戻ったら金がもらえなくなる。それなら今のまま、金をもらい続けて郡山と村を行き来する二重生活を続けたほうが楽だ」と考えるようになってしまったからだ。
  • 補償金の後は、除染ビジネスバブルのようなことも起きた。そっとしておけばまだしも、わざわざ内部被曝の危険を冒すような除染はすべきではない。
  • このままではどうにもならないと判断して、あちこち移転先を捜した末に、日光へ引っ越した。

……といった内容。


この記事や、講談社から出した『裸のフクシマ』という本のおかげで、多くの人たちから非難され、攻撃されたのを思い出す。

現在、川内村は、双葉郡の中ではいち早く立て直しに成功した村として知られる。よくここまで持ち直したな、と思う。隣接する町村に比べて汚染度合が低かったこともあるが、村長の手腕によるところが大きい。
清濁合わせて飲み込んで、難しいバランスをとりながら、着地点を探る。それが政治家の腕であり、求められる資質、精神性なんだと思う。
今、国のトップにいる政治家たちは、あまりにも欲ボケ、権力ボケ、金ボケしすぎている。

記事の最後にはこうある。
原発マネーでシャブ漬けのままでは、いくら帰村宣言をしても川内村の復興はおぼつかない。「原発ぶら下がり症」を克服するには、まず、この原因を作った東電や保安院、原子力委員会、原子力安全委員会、原子力機構などの原発村を解体して人間をすべて入れ替えることが必要です。

これを読んで、今の東京五輪組織委員会の騒動にも同じような構図があると改めて感じた。
「五輪マネー」にトンチンカンな期待をする人たちが、税金を好き放題使って社会を壊していく。その結果、オリンピックは本来の意義、素晴らしさを失い、統制不能の巨大怪物になってしまった。
東京五輪2020は、中止にするにしても、無理矢理無観客開催を強行するにしても、運営する組織のトップは大変な非難に晒され、あらゆる種類の困難に直面する。それを受け止めた上で、なんとか後始末を進め、その後の社会にさらなる悪影響を及ぼさないよう必死に努力しなければならない。それができるような、賢く、タフで、豪腕なリーダーがいるだろうか?
原発爆発後の10年を振り返れば、今からいい方向に軌道修正していける可能性は限りなく低いだろうと、絶望的な気持ちにならざるを得ない。

原発が爆発して、世界中に放射性物質をばらまいた直後の日本で、五輪開催に手をあげ、「復興五輪」だのというお題目をぶち上げた人たち。その傲慢さと無恥を、天はこれ以上許してくれるのだろうか。

今回の地震は、3.11や原発爆発を経験しながら、そこから何も学ばないどころか、開き直って今まで以上の傲慢・強欲な社会を作ってしまったこの国への、天からの最後の警告なのではないかと感じた。
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