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『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』

『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』

(2012/04/20発売 岩波ジュニア新書本)…… 3.11後1年を経て、経験したこと、新たに分かったこと、そして至った結論
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裸のフクシマ

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)

(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。
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福島第一だからまだ助かったという話2012/04/23 13:53

玄海原発の立地
■こんな場所に建てた時点で稼働させる資格なし■ 元東電社員という人たちが、次々に原発犯罪を告発している。
木村俊雄さんに続いて、医師・小野俊一さんも積極的に発言している。
遅ればせながら、小野医師の講演動画を見てみた(※下のほうに貼り付けました)。
それはちょっと誇張では? と思うような箇所もあったが、いろいろな視点を提示してくれる有意義な内容だ。
例えば、玄海原発、美浜原発の立地図を見せて、「こんなところで連鎖事故が起きたら人が近づけないから対処不能でしょ。福島第一はそういう意味では海岸に一列に並んでいて(陸側から容易にどの号機にもアクセスできるから)理想的な配置」と述べているところ。
まったくその通りだ。
美浜にしても玄海にしても、進入路である橋が落ちたり、半島の付け根が高濃度汚染されて人が近づけなくなればまったくのお手上げ状態。1Fのような同時進行形事故が起きたら離れたところからなす術なく見ているしかない。
ということは暴走するに任せるまま。その後どうなるかは想像したくもない。
こんな場所に作ってしまったということ自体がダメなわけで、ストレステストだのなんだのと言っている以前に、ロケーションからして失格。
小野医師に言わせれば「いちばんきれいに建てられている」福島第一があんなことになったのだから、他の原発は論外ということになる。どの原発も再稼働なんてありえないでしょ、と。
再稼働を議論していること自体がおかしい。

↑美浜原発の立地(Google Maps より クリックで拡大)


↑玄海原発の立地(Google Maps より クリックで拡大)

どちらも根っこが細い半島の先に位置している。1Fのような同時進行事故が起きた場合、高線量に汚染された場所を通らないと原子炉に近づけなくなるため、お手上げになる。

そもそも、地震大国日本に原子力発電所を建ててはいけないということを福島第一の事故は教えている。
↓これは小出裕章氏の著書『子どもたちに伝えたい──原発が許されない理由』のカバーだが、巨大地震の巣の上に原発を平気で建てている国は日本くらいだということを如実に示している。

↑クリックで拡大

地震大国日本に原発を建て続けてきて、まともな保守管理もしなかったことは「国家犯罪」だが、全世界に放射能をばらまいてしまった今、日本は「犯罪国家」になったのだ。


長野県県立高校入試問題数学の問題はよい問題2012/03/30 16:18

これが元の問題
放射能問題ばかり続いて、このブログも内容的にかなり辛くなってきたので、ここでちょっと頭の体操というか、息抜きの話題をひとつ。
こんな算数?の問題。
問1 「周囲が12cmの丸い蓋があります。この縁のスタート地点Aからアリが毎秒2cmの速さで蓋の周縁をぐるっと回り、10秒後に止まりました。この10秒の間に、出発点から直線距離でいちばん離れた地点(蓋を隔ててちょうど正面の地点)を2回通過しました。2回目に正面地点に来たのは何秒後で、そのとき何cm動いたことになるでしょうか?」

……図にするとこんな感じ↓



簡単ですよね?
円周が12cmで、秒速2cmで動くのだから、1周は6秒。正面の位置(時計の6時地点から見れば12時の位置)に来るのは半分の6cmだから3秒後と9秒後ですね。
では次の問題。

問2 「今のアリの動きをグラフで表すと下図のようになります。y は進んだ距離(cm)、x は経過時間(秒)です。このグラフ上で、アリが2回目に出発点からいちばん離れた地点(正面地点)を通過するときの時間と進んだ道のりを表す点の座標を求めなさい」

こういうことですね↓(赤い点線が2回目に出発点の正面に来るポイントを表している)


中学生になると、算数から数学というものに変わるんですが、多くの場合、数学教師が算数と数学の違い、考え方の違いをきちんと教えないまま、ただ教科書に出てくる例題を解いて見せて、丸暗記させるということをします。その結果、一気に数学嫌いの生徒が増えます。
数学は代数と幾何に大別できますが、代数の考え方というのは、文字通り「数」の代理をさせる言葉を学ぶというか、数学という言語の文法を教えるものだと僕は思っています。
定数とか変数という概念。式の中に数を「代入する」という方法論。
上の問2は、小学生までに習っていた算数とは違う世界にこれから入っていきますよ、という、優しいオリエンテーションのような問題ですね。
中学に行って最初に習った代数が一次関数でした。
y=ax あるいは y=ax+b という式で表せる、斜めに一直線に伸びるグラフと一緒に学んだあれ。
こんな基本的なことさえも、今の僕は忘れていますが、これを書きながら少し思い出してきました。

で、平面の座標というのは、x軸とy軸の二次元で表せる、なんてことも一緒に学びました。
今までは「ここから東の方向に200mくらいのところかなあ」なんていう言い方しかできなかったのを、「この地点をx,y=0 として、北がy,東がx、単位をmとすれば、x=202,y=3の地点」なんて言い方ができるようになる。これも、算数から数学に進んだ証だったわけですね。
この問題はそれを思い出させているような問題。
答えは「9秒後に6mの位置」なので、 x=9,y=6 です。

問3 「上の図で、xが6以上10以下のとき、つまりアリが2周目に入って10秒後に止まるまでの間のy(スタート地点からの道のり)をx(スタートしてからの時間)で表しなさい」


どんどん数学っぽく?なってきました。
アリは毎秒2cmで動いているので、動いた道のり(y cm)と時間(x 秒)は y=2x で表せます。
ただし、円周上を回っていて、y(出発点からの道のり)は元に戻るとゼロリセットするということなので、6秒でゼロに戻されます。だから、2周目に入ったときのy(出発点からの道のり)は、x(時間)から6秒の分を引けばいい。
つまり、xを「x-6」にすれば2周目の式になります。毎秒2cmは変わらないから、xの代わりに(x-6)を入れて y=2(x-6) 。カッコを外すと、y=2x-12 ですね。

……数学をすっかり忘れている僕も、このへんまではなんとなく思い出せました。

問題はさらに続きます。

問4 問1のアリと同時に、同じ場所からテントウムシがアリとは逆方向に毎秒3cmの速さで動き始め、アリと同じように10秒後に止まりました。このとき、テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの「残りの道のり」を y とします。例えば、1秒後には 3cm 進んでいて、残りは 12-3 で 9cm ですから、x=1 のとき、y=9 です。
図で表せばこんな感じですね↓

さて、このとき、テントウムシの1周目、つまりテントウムシがスタートして4秒後までの間の、yとxの関係式を表しなさい。


これも簡単ですね。y はさっきのアリとは違って、出発点からの道のりではなくて、出発点に戻るまでの残りの道のりですから「12-3x」です。y=12-3x をきれいにして、答えは y=-3x+12 
よく覚えていないのですが、確か、y=ax+b という形が一次関数の基本だったような……。だから、これが美しい形で書いた答えでしょう。

問5 「アリとテントウムシは10秒後に止まるまでに4回すれ違います。4回目にすれ違うのは出発して何秒後でしょうか」

小学校でやった(今はやらないのかも?)「旅人算」の一種ですね。
A地点とB地点を互いの出発点に向かって同時に出発した太郎と花子が何秒後にすれ違うか、という問題。ここではさらに凝っていて、太郎も花子も、相手が出発した場所まで行ったらそのまま戻ってくるという往復運動を続ける……と。
円周上を逆方向に回る二人がすれ違うというのは、直線上を行ったり来たりしている二人がすれ違うのと似ています。すれ違う場所はちがってきますが、すれ違う時間ポイントは同じ。
でも、こういうのを算数で考えるととてもやっかいなので、数学(この場合は一次関数)という便利な方法でやれば簡単ですよ……ということを教えている問題ですね、これは。

さて、この問題では、アリもテントウムシも10秒後には止まります。
アリは最初に見たように、1周6秒なので、10秒で1周と3分の2動きます。テントウムシは1周4秒なので、10秒で2周半するわけです。
で、「すれ違う」というのはどういうことかというと、アリにとっての出発点からの道のりと、テントウムシにとっての出発点までの残りの道のりが一致したとき、ということだと気がつきます。
それを気づかせるために、わざわざ1つ前の問題で「テントウムシが周回して出発点に戻ってくるまでの残りの道のりを y とします」というのが出てくるではないですか。嬉しいヒントがあったんですね。出題者はとっても親切な人のようです。

テントウムシにとっての「残りの道のり」は、逆方向に進んでいるアリにとっては進んでいる道のりだから、これが一致するときがすれ違うときになります。
これをグラフで表すと、こんな感じになります↓



黒の直線がアリで、緑の線がテントウムシです。これらが交わる点(ピンクの○で囲った点)でアリとテントウムシはすれ違うわけです。
グラフにすると、なるほど、確かに10秒後に両方が止まるまでの間に4回すれ違うことになっています。

文系の僕としては、いきなり4回目を考えるのは怖いので、1回目から順番に見ていきます。
テントウムシが最初に1周するまでにアリとすれ違う時間を考えると、この前の設問で出した y=-3x+12(テントウムシ) と アリの y=2x を並べて、yが一致したときのxが答えになるはずです。
-3x+12=2x だから、5x=12 x=12/5 つまり2.4秒後に最初にすれ違う……と。
次は2回目。
グラフを見ても分かるように、テントウムシの2回目の出発点は4秒後で、そこから最初と同じ下降線を描きます。この線をy軸まで伸ばしていくと12の2倍の24のところで交わるはずですから(上の三角形が相似形なので)、式を書くなら、
 y=-3x+24 でしょうか。
これと1回目のy=2x(アリ)をイコールで結ぶと、2x=-3x+24 5x=24 x=24/5 で、4.8秒後だ~、っと。
 次、3回目。
 テントウムシはまだ2周目の途中で、今の y=-3x+24 のまま。しかし、アリは1周終えてゼロリセットされています。最初の設問で問われた6秒後から10秒で止まるまでのアリの式は y=2x-12 でした。これをイコールで結ぶから、-3x+24=2x-12 ⇒ 36=5x ⇒ x=36/5 で、7.2秒後です。
 いよいよ4回目。
 テントウムシは3周目に入っています。y=-3x+36 ですね。アリは変わらず2周目です。y=2x-12。これをイコールで結んで、2x-12=-3x+36 ⇒ 5x=48 ⇒ x=48/5 で、9.6秒後。

……ほんとかしらと、グラフと照合してみると、大体全部合っていそうです。多分、合っているだろう……というのが文系人間の僕が精一杯考えた解答であります。

問6 「アリが出発してから7秒後にテントウムシとすれ違うためには、テントウムシは秒速何cmで動けばいいですか」

テントウムシが秒速3秒で動いたとき、7.2秒後に3回目のすれ違いをすることはすでに計算済みです。これを7秒後に修正すればよさそうですから、やはり3回目のすれ違いでしょう。
すれ違い3回目の式は、アリは y=2x-12 でした。テントウムシは y=-3x+24 でした。
この 「3x」の 3(毎秒3cmの3)をa(毎秒a cm)にして、x(経過時間)が7(秒)になるときのa(秒速)を出せばいいわけです。
そのように代入すると、14-12=-7a+24 ⇒ -7a=-22 a=22/7  小数にすると、3.1428571428571428571428571428571 ……ほぼ円周率に同じ。
おお~、ちょっとお洒落な答えですね。

……以上が、今年長野県の県立高校入試数学で出題された問題の一部を、言い方を変えて表したものです。
元の問題は冒頭の図のようになっていますが、よく読むと、この問題は円柱など必要なく、また「平行になる」は、「この円柱を真上から見たときに2点が重なる、一致するということと同じ」であることはすぐに分かります。
円柱も平行も一種の「引っかけ」というか、数学的な表現に変換されているだけで、基本は時計算とか旅人算。つまり、「数学的な表現」を読み解けば、ここに書いたような小学生の算数の問題になるわけです。
算数で解こうとすれば難しいのですが、数学の基礎をちゃんと学び取っていれば、誰でも解ける問題です。(問題量が多すぎてじっくり解いている時間がない、というような批判は別。全体の問題量が適切かまでは見ていません。あくまでもこの問題が難しすぎるのかどうかということだけを考察しています)

簡単に言える内容なのに、わざわざ円柱だの平行だのという言い方に変えているのは難問奇問を作為的に作っていてけしからん、という批判が出るかもしれません。しかし、それは「数学的表現とはどういうものか」という基本的なことを学んでいるかどうかを見るにはとてもいい方法です。
例えば、将来、何かの装置を作るとき、このような円筒状の両端で逆方向に違う速度で回るベアリングとか歯車とかの設計をすることがあるかもしれません。そのとき、計算上、円柱を考える必要はないのだ、と分かるかどうかというのはものすごく基本的なことで、技術者や設計者に問われる基礎力です。
そんなことも気がつかないような頭の人に、重要な装置や機械を設計し、運用させることはできません。

ここで話を放射能事故に戻します。

東電や保安院の記者会見を見ていて、多くの人は「この人たちって、難しい入試を突破して、偏差値の高い大学に入って、優秀な成績で卒業してこの仕事に就いたんでしょうに、なんでこんなにバカなのかしら」と不思議に思ったに違いありません。
昨日、たまたまフェイスブックで「長野県の県立高校入試問題における数学の問題が超難問で、受験生が泣いている」という話題を見つけたのですが、すでにネット上では、教科書に載っていないようなこんな難問を出すべきではないという論がたくさん書き込まれているようです
あげくは、 //県教組では、現行の学習指導要領を逸脱していると判断し、15日になって県教委に抗議し、外部評価を行うよう申し入れた// なんて記事まで出てきました。

バッカじゃなかろか。

そんなとんでもない問題ではないことは、ここに説明したとおり。むしろこれは、 y=ax+b という一次関数の基本さえ理解していれば誰でも解ける「いい問題」なのです。しかも、「数学的表現」を一般的な意味合いに読み替えて直観的に把握する能力も問われています。
この問題を評して「数学の問題というよりは国語の問題」と言っている人がいましたが、ある意味そうかもしれません。
つまり、数学とはどういう学問なのか、その「精神」を知らせることが本当の教育ではないのか、というテーマを表現しているのですね。
数学って、一見難しいように思えても、噛み砕いて考えればどうということのないことも多いんだよ。しかも、一度数式を作ってしまうと後はあてはめるだけで簡単に答えが出てくるから便利なんだよ、ということを教えている。
しっかりした教育哲学を持った人が作った問題だと思います。
数学が苦手な生徒でも、頭を使えば必ず解けるということがすごく重要です。その意味において、この問題はとてもいい問題なのです。

ちなみに僕は高校生ですでに数学を捨ててしまい、大学は数学が入試科目にない私立文系のみを受けました。
実は、この問題を解いているときも、y=ax+b なんて忘れていたし、このaがマイナスになるとグラフが右下がりのグラフになるという超基本的なことさえすっかり忘れていました。問題を解きながら、そういえばそんなことを教わっていた気がするなあ……という程度の記憶がゆるやかに甦ってきてちょっと嬉しくなったりもしました。理系の人からはバカにされそうですが、ほんとにそれほどひどい落ちこぼれなのです。
そんな僕でさえ、考えれば解けるのですから、ましてや現役で数学を学んでいた中学生が解けないはずはありません。

教科書の例題を丸暗記して定期試験で点を取るタイプの生徒、定期試験の点を取る要領だけを身につけた生徒は面食らうかもしれません。しかし、そういう生徒、「想定内の問題だけ勉強すればいい」という根性の生徒が点を取れるようなパターン化した試験問題こそ、官僚バカ、学者バカ、バカ政治家たちを量産する、悪い試験問題といえるでしょう。
頭の使い方を鍛えないで、「想定外でした」なんていう嘘を平気でつくような図太さだけは身につける。日本の将来を背負う子供たちが、そんな大人に育っていくのではたまったものではありません。

この問題を見て、考える前に泣き出すだとか、この後の科目を投げちゃうなんていうのは、数学以前に、人間の芯の強さとか、根性とかが足りないわけで、それもまた問題だと思います。
入試を楽しむくらいの力量、余裕を持ってくれよ。これから先の人生、いっぱい大変なことがあるんだから、この程度のことでめげてたらやっていけないよ、と言いたいのです。

……あ~、何十年ぶりかで数学のエッセンスを楽しませてもらった気分です。この問題の作者に感謝!

もしかして、この問題の作者は、ヤマゲン先生みたいな人かもしれないなあ。

いわき市民のヨウ素内部被曝が隠されていたわけ2012/03/14 17:49

セシウム(青)とヨウ素(赤)の拡散分布ははっきり分かれた

いわき市はヨウ素131で汚染された

隠された「福島最大の都市」の初期被曝

『裸のフクシマ』(講談社)に詳しく書いたが、私は3月26日に避難先の川崎市から川内村の自宅に「自主一時帰宅」した。避難が長期化しそうなのと、いつ立ち入りができなくなるか分からないので、重要な荷物などを回収してくることが目的だった。

 守谷SA:0.33μSv/h。(川崎市の仕事場の倍以上だが、まだまだどうということはない)
 日立北IC付近、通過している車の中で1.08μSv/h(このへんはトンネルが続くのだが、トンネルに入ると一気に下がり、0.1~0.5μSv/hくらいに一気に下がる)
 関本PA:1.6μSv/h
 いわき湯ノ岳PA通過:2μSv/h(時速80kmくらいで走行中の車の中でこれだけ上がった。その後、いわきジャンクションから磐越道に入るところまでは高かったが、磐越道を西に折り返すように進むにつれ、線量はどんどん下がっていった)
 差塩PA:0.5μSv/h
 小野ICで降りると線量は一気に下がり、町の中では0.3μSv/hくらい(驚くほど低くて拍子抜けした)

……とこんな状況だった。
その後、何度も常磐道を通ったが、他の地域の線量に比べると、いわき市はぐんぐん下がって、数か月後には首都圏とあまり変わらない程度になっていた。
3月下旬のときに高かったのはなんだったのだろうと、ずっと気になっていたのだが、1年経って放送されたNHKのETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』を見てその謎が解けた。
セシウムとヨウ素では、汚染地帯が正反対だったというのだ。

↑青いのがセシウム、赤いのがヨウ素131

これは文科省データだけで証明できている。ただ、文科省データは別々に計測地点と数値だけを出しているから、このようにきれいに可視化されず、気がつく人は少なかった。

番組では、独立行政法人海洋研究開発機構の2人の研究者などがまとめたヨウ素131の拡散状況が公開されていた。


いわき市を通過して茨城、栃木、群馬方向に流れていったという。
セシウムとヨウ素の拡散状況がこれだけ違ったのは、放出時期とそのときの風向きによるものだろう。あのとき、風は大半が東に、つまり海側に流れていったので、放射性物質もほとんどが太平洋に流れていってくれたが、ちょっと風向きが変わっていただけで首都圏が飯舘村並みに汚染されていた可能性もあるのだ。

で、問題はいわき市などに降ったヨウ素131による内部被曝だ。
ヨウ素131は半減期が8日だから、もはや痕跡は残っていない。今からホールボディカウンターを使ったところで出ない。
空中を流れていったのだから、風下にいた人たちは微粒子ごと体内に吸い込んでいる。
その初期被曝でどれだけ健康に問題が出るのかは分からない。ヨウ素の放射能がすでに消えてしまっているのだから、今からできることはない。
1年前にDNAが壊されたとすれば、その後の自然修復に期待するしかない。
いわき市は今はもうほとんど汚染されていないと言ってもいいので、今から避難してもあまり意味はないだろう。くよくよせず前向きに行動し、栄養のあるものを食べて、よく眠り、傷ついたDNAを修復することがいちばんかと思う。

いわき市民に避難地区と同レベルの「精神的損害補償」を支払うと4000億円/年

いわき市は福島県最大の都市だから、ここでシビアなヨウ素131被曝があったと認めてしまうと、賠償問題などが今とは桁違いに膨れあがる。
避難していた精神的障害への賠償という名目で避難区域の人たちには10万円/月が支払われているが、同様にいわき市の人たちに、「状況を知らされないまま初期被曝をさせられ、その恐怖を今後ずっと抱え続けることへの精神的障害」への賠償を行ったらどれくらいの金額になるのだろうか。
いわき市の人口は約34万人。避難地域並みに1人10万円/月の「精神的損害補償」を支払ったら、ひと月で340億円。1年で4000億円を超える。
当然、セシウム汚染がひどかった福島市や郡山市など、中通りの人たちの精神的苦痛も無視できないから、その人たちにも全員10万円/月を支払えば、軽く兆を超える賠償金が必要になる。
福島県全体なら約200万人だから、月に2000億円、年2兆4000億円……。
だから国も東電もひたすら都市部の汚染には目を向けないようにさせているのだろう。
都市部の汚染は数値的に明らかなのに、国民やマスコミの目を都市部よりも原発周辺の過疎地に向けることで、賠償問題が大きくなることを防ごうとしている。

せめて今からできることは、これから出てくるかもしれない子供の甲状腺癌の兆候を見逃さないようにしっかり見守る態勢を作ること。兆候が出たらすぐにできうる限りのケアを施せるように準備すること。せめてそのくらいはしっかりやってもらわないと。


青がセシウム汚染、赤がヨウ素131汚染。はっきり分かれている


(独)海洋研究開発機構の研究者がまとめたヨウ素131の流れ


ヨウ素131の拡散シミュレーション(1)


その2 まず南方向に流れ出した


その3 いわき市を直撃してさらに南へ


風が東寄りに代わり、茨城・栃木へ


宇都宮あたりもヨウ素131はかなり飛んできた


日光や南会津もかなりやられた。そして群馬に……

※いずれもNHK 『ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』 より

■講演会 「災害とコミュニティ ~震災後、原発30km圏内で起きたこと」

●日時 2012年3月24日 午後1.30~3.30
●場所 富士見市立ふじみ野交流センター(最寄り駅 ふじみ野)
●講師 たくき よしみつ
●参加費 無料
●定員50人・要申込 tel:049-261-5371 (ふじみ野交流センター)

代替エネルギーなどというものはない2012/01/04 22:29

ハマウィングの一日における発電変動
■元旦『朝生』──本当はこういうことを話し合いたかったのに…… (3)

(←承前)

「代替エネルギー」なんてものはない



討論の最後には、今後のエネルギー政策をどうするのかというテーマが予定されていた。
これはものすごくストレスを感じるテーマで、この番組では到底まともには議論できないだろうと思っていた。


  • 民主党政権のホンネとは?
  • 再生エネルギーで代替可能か?
  • 送発電分離のメリット、デメリット
  • 省エネの可能性とは?


討論案にはこう書かれている。
それぞれに対する僕なりの見解を書いてみる。

「民主党政権のホンネ」なんてものはない。
なぜなら政党構成員があまりにも未熟で、エネルギー問題に対応できる力がないからだ。
これは自民党も同じなのだが、自民党には民主党よりも利権屋が圧倒的に多く、エネルギーコストとか環境負荷なんかどうでもいいから、儲かるような仕組みを作っていこう、という輩が主導権を握っていた。
民主党はトップにそれだけの悪知恵さえない。だから簡単に騙され、CO2大幅削減とか、「再生可能エネルギー」高額全量買い取りだとか、亡国の政策を正義の御旗のもとに振りかざし、その後、事実が少しずつ分かってきても引っ込みがつかなくなり、ぐずぐずになる。

政治家がどのくらい程度が低いかという例として、『裸のフクシマ』では、昨年5月末に結成された(正確にはずいぶん昔に話が持ち上がったままになっていたグループが「再結成」したということらしい)「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」のメンバーというのをここに記しておく。

たちあがれ日本:
平沼赳夫(会長)、中山恭子
自民党:
谷垣禎一、安倍晋三、山本有二、森喜朗(以上顧問)、山本拓(事務局長)、塩崎恭久、高市早苗
民主党:
鳩山由紀夫、渡部恒三、羽田孜、石井一(以上顧問)
国民新党:
亀井静香(顧問)

よ~く名前を覚えておこう。この人たちは未だに、原発は地下に作れば安全だなどというとぼけたことを真面目に主張しているのである。驚くべき話ではないか。
「今回の福島第一原発の1?4号機の事故ですが、仮に地下に立地していたのなら、地震には絶対強いです。そして、津波も取水口を封鎖してしまえばいいので、問題ありません。仮に地下でメルトスルーが起きても、中に(放射性物質を)閉じ込めることができるので、外には漏れません。それで、ロボットを使って作業をすると。そうすれば、今の福島のように宇宙服を着た作業員が、危険な作業をするということを避けることができます」(山本拓・自民党衆院議員 福井選出)

こういう人たちが日本の政治を動かしているのだ。

ちなみにこの会が昨年7月7日に開いた第二回の勉強会では、会場を震撼させるようなシーンがあったという。
// 会場の空気が凍りついたのは、「原子炉等が想定外の破損事故を起こしても、原子力施設周辺住民に放射線による被害を及ぼさない地下式原子力発電所について」と題して講演した京都大学名誉教授の大西有三氏(地盤工学)が質問を受けた時のことだ。参加議員に国際社会で「核燃料サイクルはどう変わっているか」と問われた際、「核燃料サイクルと言いますと?」と聞き返したのだ。質問議員が慌てて「プルトニウムを取り出してもう一度使うシステム」だと逆に答えると、「私はちょっとあの……我々がやっているのは一番最後に再処理して残った、これ以上は使えない処理です」という珍問答となった。(「核燃料サイクルを知らない専門家 地下原発議連、2回目の勉強会」 週刊金曜日7月15日号 まさのあつこ氏の記事より)//

お笑い作家でもこんな間抜けなやりとりは考えつかない。

……これが政治家の実態だ。
彼らにエネルギー問題を考える能力などあるはずがない。

次に言いたいのは、再生(可能)エネルギーなどというものは存在しないということだ。
エネルギーの総和は一定だし(質量保存の法則~熱力学第1法則)、エネルギーを利用すれば必ず廃物・排熱が出て、それは増える一方で減らせない(エントロピー増大の法則~熱力学第2法則)のだから。
まだ「自然エネルギー」という名称のほうがマシだが、世の中には自然ではないエネルギーというものはない。地球が得ているエネルギーはすべて太陽光由来のものだからだ。
化石燃料は太陽光エネルギーが形を変えて缶詰のように地下に貯蓄されたものだ。エントロピーが低く、とても利用しやすい。今、人類はその貯金を惜しげもなく使い続けている。そこが問題なのだ。
これに対して、原子力は異質で、自然由来のエネルギーとは言いきれないし、自然環境の中に渡して、地球の循環機構により処理することもできない。だからこそ「使えない」「使ってはいけない」と判断しなければいけないのに、処理できないまま、俺たちが生きている間はなんとかなるだろうと無責任に使い始めたことで悲劇が起きた。

で、そういう定義の問題は置いておくとして、風力や太陽光発電で化石燃料(を燃焼することによるエネルギー利用)を代替できるかと言えば、できるはずがない。化石燃料がゼロになれば風車も太陽電池も作れないのだから。
風力発電や太陽光発電が作りだすものは電力だけであって、地下資源のような原材料に相当するものは何も生み出さない。
発電の話に限って言っても、発電コストが高いというのはそれだけ石油などの資源を使うから高いのであって、実に単純な話なのだ。
このへんの話は、『裸のフクシマ』の最後のほうに書いたので、これ以上は繰り返さないでおこう。

もしかしてその議論になるかな、と思い、最低限用意しておいた資料を示しておく。

ひとつは、Googleで「風力発電 解列」というキーワードで検索すると上位に出てくる「風力発電機解列枠の検討について」という経産省が出している資料。
「解列」という言葉は耳慣れないかもしれないが、要するに「外す」「つながない」ということだ。
風力発電からの電力はあまりにも乱高下が激しく、送電系統を乱すため、送電系にその乱れを呑み込む余力がない(つまり、電力消費が少なく、少ない電力量しか流れていない)ときには、停電を避けるために風力発電からの電気を外す(止める)ということだ。これを「解列」という。
ここにはこう解説されている。


  風力発電は,自然条件により出力が変動することから,電力系統への連系量が増大した場合,当該地域内の電力需給バランスが損なわれる可能性があります。
  従って,風力発電機の連系に伴う周波数変動を抑えつつ,風力発電の導入拡大をしていく方策の一つとして,出力変動に対応する調整力が不足する時間帯に風力発電機の解列を条件に,新たな風力発電機の系統連系を募集するものです。



国は風力発電を増やせと言っているが、あんな不安定なものをつないだら停電の恐れが出てくる。
しかし、それでも増やせと言うのだから、送電系が対応できそうもない時間帯には最初から風力発電の電気を除外してしまう(外してしまう)ということにすればいい。大量の電気を消費しているときは、風力以外の発電からの電気がたくさん来ているので、そこにちょっとくらい風力からの変動の大きな電気が混じっても、誤差の範囲で対応できる。そういうことにすれば、風力発電はもう少し増やせますよ、と言っているのだ。
これがどれだけバカげた話か、普通の思考力の持ち主なら分かるだろう。
もともと大した発電量が期待できない風力発電だが、夜間などの電力消費が少ない時間帯に風力発電をつなぐと変動によって送電系が対応できず、停電してしまうから、恐ろしくて使えないと言っているのだ。
ちなみに、この「停電」は、電気が足りないから停電するのではなく、需要量変化に供給量を調整しきれずに送電系の機能が止まってしまうことで起きる。
ちなみに、2006年に欧州全域で発生した大停電では、風力発電が(1)非意図的に一斉解列し周波数低下を招き、(2)さらにその後自動再連係したことで出力調整に困難をきたした、と報告されている(電力系統研究会2007)。

『裸のフクシマ』にも示したが、横浜市が運営している1980kwのウィンドタービン「ハマウィング」の一日における発電変動量をグラフに表したものが最初に示した図である。
突出している時間帯でも定格出力の半分にも達しておらず、しかもその時間帯は真夜中だ。

風力発電推進派の人たちが書く文章には、「設備容量」という言葉が頻出する。
これは、どれだけの電力を発電する能力があるかという意味だが、風力発電の場合、最適な風が吹いた時間だけその発電能力を得られる。それより少しでも強ければ、危険だから止めてしまうし、少しでも風が弱くなれば、極端に発電量は落ちていく。結果として、「設備容量」の数字など意味がない。実際にどれだけ発電し、それによってどれだけの化石燃料が節約できたのかというデータを示さない限り、風力発電や太陽光発電が省資源に寄与したことにはならないが、そういうデータはおろか、もっと基本的な、実質発電量のデータさえ風力発電事業者は出してこない。
中国の風力発電に至っては、


 世界風力エネルギー協会(GWEC)が2011年4月に発表した世界の風力発電集計によると、中国では昨年1年間で1890万kWの風力発電所が新設され、2010年末時点で合計設備容量は4470万kWに達した。
 一方、国家電網公司が4月に公表した「風力発電白書」(「国家電網公司促進風電発展白皮書」)によると、2010年末時点で送電網に接続された風力発電所の合計設備容量は2956万kW。つまり、単純に計算すれば、1514万kWが送電網に接続されていないことになる。





建てただけで、1/3以上の風力発電施設は送電網に接続さえされていない、つまり建っているだけ、という信じがたいことになっている。
これは中国だけの事情ではなく、実は日本でも似たようなものだ。さすがにつないではあるが、解列は頻繁に起きて発電した電気を流していないし、故障や風況不良でまともに発電していないウィンドタービンがたくさんある。コストが合わない(直すとますます赤字になる)ために、事実上修理を断念されているものもある。
設備容量の数字がいかに虚しく、意味がないか、このことからもはっきり分かるだろう。


送発電分離については、是か非か、僕はまだ分からない。
分離しなければ電力会社の地域独占が絶対に解消できないのであればするしかないのではないかと思う。
しかし、送電網配備や電力分配というのは、究極の技術と合理性、コストパフォーマンスの追求が必要な事業だ。競争原理を導入することでそれが進むのならいいが、かえって無駄が出る、不安定要素を増やすのではないかという懸念もある。
本来なら、こういう事業こそ水道事業のように公営にして、国民がしっかり無駄遣いを監視しながら運営することが望ましい。ところが、役人は知恵を働かせてずるをする。無駄を行って私腹を肥やすテクニックばかり追求しているので、結果的に無駄だらけになる。そんなことなら民営化したほうがいい、となり、民営化すると、今度は正常な競争ではなく、国が補助金や許認可権を巡ってどんどん利権構造を作ってしまい、さらにひどいことになっていく……。
原子力ムラはまさにその最たるものだった。
だから、まずは送発電分離よりも前に、10電力会社の独占をどう解消するか、電力事業独占による利権構造をどう解体し、効率的な電力事業運営を組み直せるかという問題をクリアすべきだろう。その方法論の中で、送発電分離も論じられていくはずだ。
現時点では、どっちが完全に正しい、と言うだけの根拠を僕は持ち合わせていない。

省エネの可能性……これはもう、とてつもなくある。
ただし、省エネ製品に買い換えることがいいことだという単純な話にはならない。まだ使えるものをつぶして(ゴミにして)、省エネ新製品を導入したことで、トータルのエネルギー消費は増えることはいくらでもある。
そのへん、どこまで正直に、理想を掲げて産業が進んでいくのか、という問題だろう。
安易に補助金を注ぎ込むことで、この計算が分かりにくくなり、結果的にエネルギー浪費につながることはいくらでもありえる。

こうして書いていくと、結局最後は、各現場の人間がどこまで正直になれるか、タブーをなくして実力を発揮できる職場を保てるか、ということにつきるような気がする。
大量生産、大量消費による金のやりとりという尺度で幸福度や国の序列が決まるという考え方を一掃しない限り、絶対に問題は解決しない。

白河や会津が怒るのは当然 バカの極致「文科省原子力損害賠償紛争審査会」2011/12/14 11:20

賠償金支払い対象の23市町村と汚染度合は一致していない

8万円/40万円の追加賠償金の根拠は何か?

福島第一原発爆発・汚染「事件」をめぐって国や県がやっていることはとことん滅茶苦茶で、『裸のフクシマ』に書いた通りだが、今もまだまだでたらめが続いている。
最近では、12月6日に文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(能見善久会長)が求めた「警戒区域、計画的避難区域などを除く福島県の23市町村を対象に全住民に1人あたり8万円、妊婦と18歳以下の子どもに1人あたり40万円」という賠償金問題。
この賠償金は「自主避難への賠償」ということらしい。30km圏内や「緊急時避難準備区域」、「計画的避難区域」などは命令を下して避難させたのだから、それに対する補償をするが、それ以外の地域では逃げようが留まろうが知ったことではない、というのが今までの国や東電の賠償姿勢だった。
これではいけないので、自主的に避難した人たちにも賠償しましょう、ということらしい。
しかしこの賠償金は、決められた23市町村では、逃げた逃げないに関わらず全住民に一律で支払われる。であれば、支払われる根拠は、避難しなければならないほどの放射能汚染への恐怖心、不安、ストレス、現実の健康被害、そして、経済的打撃(農産物など一次産業への被害はもちろん、放射能汚染によって様々な職場、職業で従来通りの経済活動継続が不可能になったこと)などに対しての損害賠償と考えるのが適切だろう。
であれば、今回の23市町村の選定はまったく実情に合っていない。

該当する23市町村とは、
福島市、二本松市、本宮市、桑折町、国見町、大玉村、郡山市、須賀川市、鏡石町、天栄村、石川町、玉川村、平田村、浅川町、古殿町、三春町、小野町、相馬市、新地町の19市町村と、いわき市、田村市、伊達市、川俣町の4市町(すでに補償金が支払い開始されている緊急時避難準備区域など以外)の合計23市町村だ。
福島県の土地勘がないかたがたにはピンとこないだろうから、文科省が発表している土壌汚染マップに重ね合わせて表示してみる。以下のピンク色の線の内側が該当地域だ。


一目瞭然で分かるが、白河市などは、かなり汚染されているにも関わらず外されていて、汚染の度合いが低い石川町や玉川村、平田村、浅川町、古殿町、小野町などは入っている。
汚染の度合とはまったく合致していないのだ。
白河市がいちばん分かりやすいが、白河市で「自主避難」した市民は、12月1日の時点で126世帯286人。数が少ないから外したとでも言うのだろうか。白河市の鈴木市長は「市内でも放射線量が高い地域がある。子どもの健康被害を心配する親も多いのに、自主避難者が少ないから賠償金が出ないというのはおかしい」と主張している。当然だ。
会津は概ね汚染の度合が低かったが、南会津町の南部などは結構やられていて、石川町、玉川村、平田村、小野町あたりよりひどい。
そもそも、「福島」というレッテルを貼られて農産物などが売れなかったり、浜側からの被災者を受け入れて苦労していることは会津も同じなのだ。
猪苗代町も外されたが、原発立地でさんざん電源交付金などの恩恵を受けてきた人たちを豪華リゾート施設に受け入れ、住民がボランティアで炊き出しをした挙げ句に、一部の「避難者」から「毎日同じものを食わせるな」「飯がまずい」などと文句を言われた猪苗代町の人たちは、今、どう思っているだろうか。
今まで我慢してきた怒りが爆発しているはずだ。
お上や、現場を知らない学者たちがこういうバカな施策を次々に出してくるたびに、福島はずたずたにされる。
子供が3人いる5人家族を例にとれば、賠償金は136万円(40万円×3+8万円×2=136万円)になる。136万円がもらえるもらえないの差は大きい。
もとより、被害の度合は人によって大きく違い、補償の不公平は避けられないのだから、補償するなら福島県内全域というようなくくりでやるしかないのは分かりきったことなのに、この無神経さ、間抜けぶりはなんなのだろう。
無論、放射能汚染被害を被っているのは福島県の住民だけではない。
栃木県、宮城県、群馬県、茨城県などでは、石川町や平田村などよりずっと汚染がひどい地域がある↓。


宮城県丸森町の保科郷雄町長も、「空間放射線量が丸森より低い福島県内の自治体が該当しているのに、福島でないというだけで、我慢しなければならないのは納得できない」と声を上げている(河北新報記事)

あったりまえの話だ。
もう、話題にするのも嫌になる。

福島県は県民を見殺しにした2011/10/16 11:39

県が調査・計測していたデータには、3月12日時点ではっきりと汚染がシルされている

国より早く3月12日朝に、県は自ら空間線量を調査し、北西方面大汚染を知っていた!

朝日新聞に前田基行記者が『プロメテウスの罠』という記事を連載している。
その中の「防護服の男」と題されたセクションにこういうシーンが出てくる。
浪江町津島地区に住んでいた菅野(かんの)みずえさん(59)が、3月12日の夕方、自宅の前で防護服を着た二人の男を見つける。男たちは切迫した表情で「なんでこんな所にいるんだ! 頼む、逃げてくれ。放射性物質が拡散している」と叫んだが、すぐにどこかへ去っていった。

この記事は現在ネット上のあちこちに転載されている。例えば⇒ここ で読める

この記事の中に、驚くべき記述があった。

//福島県は、事故翌日の3月12日早朝から、各地域の放射線量を計測している。

同日午前9時、浪江町酒井地区で毎時15マイクロシーベルト、高瀬地区では14マイクロシーベルト。
浪江町の2地点は、ほかの町と比べて、異常に高い数値を示した。
1号機水素爆発の6時間以上も前で、近くには大勢の避難民がいた。

これらの数値は、6月3日に経済産業省のHPに掲載された。
しかし、HPにびっしり並ぶ情報の数字の中に埋もれ、その重大さは見逃された。//


最初これを読んだときは、時系列が間違っているのではないかと思った。
3月12日早朝といえば、1号機が水素爆発する前のことだ。その時点ですでに15μSv/hなどという数値が観測されていた? しかもそれは県が計測していた? 何かの間違いではないかと思ったが、本当だった。
この元データは、文科省ではなく経産省のサイトに今も置いてある。普通にはなかなか見つけられないような場所で、最初からそこにあると知らなければまず気がつく人はいないだろう。
⇒これ だ。

冒頭の画像はその一部である。(クリックで拡大)
翌3月13日には、南相馬市原町区、小高区の数か所で計測限界の30μSv/hを振り切るとんでもない数値が計測されている。
経産省のサイトに掲載されたのが6月3日。それまで3か月近くこのデータは隠されていたことになる。
重要なのは、この計測は国ではなく福島県が行っているということだ。
文科省がサーベイカーを出して原発から北西20km地点に走ったのは3月15日夜のことだ。県はそれより3日も早く、1号機が水素爆発する前に、県内が大変な放射能汚染をしていることを自らの調査で知っていたのだ。

県は3月11日の時点ですでに国からSPEEDIのデータを受け取っている。しかし、そのデータは隠されてしまった。
隠したものの、相当慌てて、3月12日に大熊町、富岡町、浪江町などで放射線量計測を始めたのだろう。結果、すでに取り返しがつかないほどの放射性物質漏れがあることが分かった。
それでも県は、原発の周辺自治体に何の指示も出さなかった。
しかも、この、重大な放射能漏れを日本でいちばん早く察知していたであろうデータを隠してしまった。
これはもう、未必の故意による殺人罪に匹敵する犯罪と言える。
福島県は、県民の命を守るつもりがハナからなかったのだ。

 

自主検査さえ禁じられ廃棄された「川内村唯一の収穫米」2011/10/07 13:58

6月14日、たった1枚だけ作付けされた秋元さんの田圃(川内村)

「復活の米」の末路


僕が暮らしている福島県川内村(面積は千代田区の17倍。人口は3000人弱、家は約1000戸)で、ただ一人、田圃1枚だけに今年、米を作付けした秋元美誉(よしたか)さんのことは、すでに多くのメディアが報じてきたので、ご存じのかたも多いと思う。

あえて田1枚コメ作り 放射能の影響「自ら試す」 川内(河北新報、5月23日)

「調べなきゃ分かんねえ」 コメ作って食べる農家の意地(朝日新聞、9月29日)

万感の稲刈り25アール 準備区域解除の福島・川内(河北新報、10月3日)

コメ農家「放射能との闘い」 福島30キロ圏(神戸新聞、10月4日)


これ以前に紹介された記事のほとんどはすでにネット上から消えている。
テレビでも、NHK『ゆうどきネットワーク』、福島放送の震災特番(9月10日放送)他、何度も取り上げられた。
詳しくは、
「自然山通信ニシマキのかわうち通信」10月5日『復活の米の末路』に出ている。ぜひ読んでいただきたい。

今までの経緯をまとめると、


4月8日:
 枝野幸男官房長官が、イネの作付け禁止について、土壌中の放射性セシウム濃度が土1キログラムあたり5000ベクレルを超える水田とする基準を発表。農林水産省が、原発の半径30キロ圏内に加え、この基準で作付けを禁じる方針を打ち出した。
4月6日に県内の農地計70地点の土壌調査結果を公表したが、5000ベクレルを超えていた水田は飯舘村内の2地点だけだった。

4月22日:
福島第一原発から半径20kmの警戒区域に加え、同日発表された計画的避難区域、緊急時避難準備区域でも原子力災害対策特別措置法に基づき、今季のイネの作付けが禁じられた。農水省と福島県が協議して決めたもの。該当区域には水田が約1万ヘクタールあり、福島県全体の水田の8分の1に相当。

8月10日:
改正食糧法第4条により、農水省の「省令」として「出荷制限の対象となった区域で生産された米は、出荷・販売を禁止し、廃棄処分を義務づける」という指示が出された。

10月3日:
川内村で唯一、自主検査のために田圃1枚だけ作付けした秋元美誉さんが米を収穫。
その後、村や県の職員らが入り、全部その場で破棄させた。
検査用に一部のサンプルは持ち去られたが、その検査をどこがいつまでにどのように検査して、どう公表するかは不明。秋元さんの「自分の手で検査機関に持ち込み、自分でもちゃんと結果を直接に知りたい」という唯一の望みが絶たれた。


この「廃棄処分を義務づける」という省令の原文はネット上では見つけられなかったが、農水省のサイトに出ている「米の放射性物質調査に関するQ&A」というページに以下のように解説されている。
----------------------------------------------------
「米の放射性物質調査に関するQ&A」
 の最後の部分より抜き書き:

Q:出荷制限の実効性は、どのように確保されるのですか。

1) 出荷制限の対象となった区域で生産された米については、食糧法省令の改正により、出荷・販売を禁止し、廃棄処分を義務づけることとしています。

2) 併せて、米は長期保存が可能なことも踏まえ、出荷制限に関わる損害賠償の請求とリンクさせるなどにより、出荷制限の対象となった区域で生産された米の隔離・処分が確実に行われるよう、国・都県・市町村・関係団体が一団となった取り組みを推進することとしています。

Q:出荷制限となった米の処理は、どのように行われるのですか。

1) 出荷制限の対象となった区域で生産された米については、隔離・処分が確実に行われるよう、国・都県・市町村・関係団体が一団となった取り組みを推進することとしています。

2) 具体的には、これらの関係者が共同して、米を関係都県・市町村の管理の下で集約した上で、環境省等から示された方針も踏まえて行われる関係都県の指示に従って、適切に廃棄を行うこととなります。

----------------------------------------------------

汚染の可能性がある米は一粒たりとも外には出させないという強い決意による省令と評価することもできるかもしれないが、この「隔離」という言葉を根拠に、現場では農家が自分の手で育てた作物を自分で調べる権利さえ奪われてしまったのだ。
お上を信じろ、自分では一切余計なことはするな、ということか。
省令の原文が見つからないので、省令が自主権作用の米をも手元に残さず奪うことを意図しているのか、それとも実行した役人が「隔離」という文言を拡大解釈しての行動だったのかはよく分からない。

農家にとって、というよりも、土と農に生きる人間にとって、「自分の食うものは自分で作る」「他人様に売る作物の品質は自分で徹底的に責任を持つ」という2点は、基本中の基本であり、農家の魂とも言える。それさえも許されないとなれば、生きる意味を奪われるに等しい。

一方で、30km圏外の田圃(福島市、伊達市、郡山市、本宮市、二本松市など)では、事前の土壌調査で秋元さんの田圃より明らかに汚染状況がひどいことが分かっているにも関わらず、なんら制限はなく今年も米が作付けされ、収穫されている。
例えば、本宮市の某地区(稲作農家120軒)では、地区内の土壌調査をしないまま作付けをした。
そのうち3軒は「五百川」という早場米(収穫時期の早い品種)をやっている農家だったが、8月25日に収穫され、その米を福島県が抜き取り調査したところ、2つは「検出せず」、1つがセシウム12ベクレル/キログラムという結果だった。
国の基準値は500ベクレル以下だし、玄米での12ベクレルは白米にしてしまえばほぼゼロだから、事実上食べるのになんの問題もない(TBS『震災報道スペシャル 原発攻防180日の真実』9月11日放送)。
しかし、本宮市は春の時点で福島県が行った農地土壌汚染調査報告(2011年4月6・12日発表)では、8地点で調査して平均が3227ベクレル/キログラムで、そこそこ高い(以下は4月に発表された土壌汚染調査でのセシウム検出値の一部)。

----------------------------------------------------
 川内村  1地点:1526ベクレル
 郡山市  10地点:875~3752ベクレル(平均2424ベクレル)
 福島市  1地点:2653ベクレル
 伊達市  8地点:1635~4086ベクレル(平均2634ベクレル)
 二本松市 10地点:897~4601ベクレル(平均2713ベクレル)
 本宮市  8地点:1020~4984ベクレル(平均3227ベクレル)
----------------------------------------------------

国が示した安全基準は土1kgあたりセシウム5000ベクレル以下だが、5000ベクレルを超えたのは、飯舘村の7箇所と浪江町南津島(28957ベクレルで計測地点中最高値。ここはテレビ番組で有名な「ダッシュ村」のあるところ)の合計8地点。
その他の計測ポイントではすべて5000ベクレル以下だった。
川内村で作付けができないなら、もっと線量が高い福島市、郡山市、伊達市、二本松市、本宮市などの農地でも作付けはできないはずだが、これらのエリアは線量が高くてもなんの制限もなく、実際に作付けを行ってきた。本宮市の某地区(稲作農家120軒)でも、空間線量からも周囲の土壌汚染調査の結果からも、そこそこ汚染されていることがはっきりしているにも関わらず、事前調査をしないまま作付けは行われ、調査は収穫時期に数件サンプリングしただけなのだ。
それで、3軒調査して2軒がND(検出せず)、1軒が12ベクレルだから、この地区はOKだということで出荷されていくのであれば、福島県全域では、事実上ノーチェックで出ていく米が相当数あるということになる。
この程度の調査で安全宣言をしている一方で、お上が検査するのを待っていたら来年の作付けにも影響するし、自分で調べるしかない、と行動した農家の「自主検査」は禁じて、全量廃棄させたというのは、どう考えても整合性がない。
なによりも、農家にとっていちばん大切な「おいしく安全な作物を作る」という魂を踏みにじることは、農業をしていく根本的な精神を破壊することだ。

秋元さんの田圃は、村で暮らす人間だけでなく、多くの人たちにとって最後の砦であり、希望だった。
そこで穫れた米が、耕作者自身の手に一粒も残すことが許されず廃棄処分されたという事態は、まさに「とどめの一撃」になった。
ご本人もショックで多くを語らず、知らない記者からの電話取材になどはもはや一切答えていないらしい。
国が相手ではどうにもならないと諦め、村をこれ以上悪者にするわけにもいかないと、口をつぐむことに決めたのだろう。これ以上の報道はしないでほしい、とも言っているそうだ。
収穫まで、秋元さんのもとには、村や県から何度も役人がやってきて、「やめてください」「指示に従ってください」と頼んだが、秋元さんは「出荷はしない。自分で調べるために作っている」と言って譲らなかった。
それがここに来て、村は「あれは秋元さんに依頼して調査用の米を作ってもらったのだ。サンプルはしっかりいただいて、しかるべき検査機関に回した。残りは省令にのっとり、きっちり一粒残らず処分した」ということにしたいらしい。
そうすることで、村や県が悪く言われることもないし、秋元さんがこれ以上孤立することもなくなる、と。

なんだかもう、怒りを通り越して、ただただ虚脱感に包まれるばかりだ。
こんな状態で、何をどう頑張れというのだろうか。
村の職員も可哀想だと思う。
役場の平職員としては、上から命じられたことをするしかない。心情的にやるせないことなのに、やらなければならない職員もまた、大変な被害者だと思う。

「復活の米」は幻だった。
自分で作ったものを自分で食べる、あるいは調べることさえ禁じられては、もはや福島に生きることはできない。


☆なお、来週発売の『裸のフクシマ』には、作付け禁止について「福島県は、20km圏内の一律警戒区域指定に加えて、30km圏内+「計画的避難区域」のすべての作付けをやめろという指示を出した」と書きましたが、正確には、

//福島県は国(農水省)と協議の上で、農水省が決定した「20キロ圏の警戒区域に加えて、同日発表された計画的避難区域、緊急時避難準備区域でもイネの作付けを禁じる」という指示を該当地区自治体に発した。//

……です。


裸のフクシマ

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)

(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。
驚愕の事実とメディアが語ろうとしない本音の提言が満載。
第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛

今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う  ■立ち読み版は⇒こちら

   

「除染」は幻想を捨てることから始まる2011/09/26 21:57

■完全な「除染」なんてできない と結論されたリポート

山内知也 神戸大学大学院海事科学研究科教授が、「放射能汚染レベル調査結果報告書 渡利地域における除染の限界」というリポートを発表した。

「渡利小学校通学路除染モデル事業が8月24日に実施されたが、報告された測定結果によれば、各地点空間線量は平均して「除染」前の 68%にしか下がっていない」
「除染作業の実態は側溝に溜まった泥を除去したということであって、コンクリートやアスファルトの汚染はそのままである。道路に面した住宅のコンクリートブロック塀や土壌の汚染もそのままである。一般に、除染は広い範囲で実施しなければその効果は見込めない。今回の計測において通学路の直ぐ側の地表で 20 μSv/h に及ぶ土壌の汚染があった」


などとして、

「文字通りの『除染』は全く出来ていない。Cs-134 の半減期は2年、Cs-137 のそれは30年である。したがって、この汚染は容易には消えず、人の人生の長さに相当する。そのような土地に無防備な住民を住まわせてよいとはとうてい考えられない」

と結論づけている。

渡利地区に人を「住まわせてよいかどうか」という判断は簡単にはできないが、「除染」について多くの人が抱いている幻想を打ち砕く内容であることに間違いはない。

報道では「早く住民が戻れるように国が全力を挙げて除染に取り組むべし」といった論調が目立つ。そう言っておけばいちばんの安全牌だということだろうが、具体的な内容に踏み込まないで、単純化された正義として「除染事業」が暴走することを恐れる。
この問題を論じるためには、大前提として、「放射性物質を消滅させる技術は存在しない」という認識を全国民が持つことから始めなければならない。しつこいようだが、除染というのは、放射性物質を「移動」か「拡散」させることであって、消せるわけではない。
屋根に付着したセシウムを洗い流せば、屋根から流れ落ちたセシウムが付近の地表や排水に流れ込むから、排水枡や雨樋の出口などでは除染後にむしろ線量が高くなるのはあたりまえのこと。前出の「放射能汚染レベル調査結果報告書~」でもそうした結果を報告している。
では、除染──特に都市部の除染が簡単にはできないということを認めた上で、何を優先的にするべきなのか。
このリポートを書いた山内教授のように「そのような土地に無防備な住民を住まわせてよいとはとうてい考えられない」と結論づけるなら、そこから先、具体的にどうすればいいのか。
まず、そのような場所に、

1)住んではいけないので強制的に退去させる
2)住むか住まないかは住人の判断に委ねる

という選択肢がある。

1)の場合は、低線量被曝をしてもいいから今の場所に住み続けるという「権利」を奪うことになる。その結果、ストレスや経済苦で死期を早める人のほうが、放射線が原因で死ぬ人よりはるかに多いことははっきりしている。特に高齢者はそうだ。
それでも住民を強制的に退去させることは正しいことなのか。正しいとするなら、何を基準に線引きをするのか。(空間線量の数値だけでよいのか)

1)の場合も2)の場合も、住民がそこを出て新しい場所で生活をするための支援・賠償をしなければならない。その場合の支援はどうするのか。
例えば、豪邸に住んでいた金持ちと安アパート暮らしの貧乏人に対する支援(賠償)額に差をつけるのか、それともその人が所有していた不動産の価値には関係なく、一律で金を支払うのか、という問題が出てくる。
さらには、子供のいる世帯と大人だけの世帯では差をつけたほうがいいという考え方も当然出てくる。

事業所を失う場合や、移転した場合、事業そのものができなくなる場合の補償はどうするのか。
例えば、何十年もかけてその地区で信用を得て生徒数を増やしてきた学習塾などは、他の場所に移転しても同じ事業をすぐに始めることは不可能だ。温泉宿とかプロパンガス配給、新聞配達店など、その場所でしか営めない事業はたくさんある。
そうした個別の対応は到底不可能だと分かっているからこそ、国は「除染をして戻りましょう」と言っているのではないか。
出ていく決断をした人たちが、「効果が薄い除染などに税金を注ぎ込むくらいなら、移転費用として補償金を出せ」と考えるのは当然のことだ。

あまりにも問題は深刻かつ複雑。本気で検討し始めたらとんでもない金額の話になってしまうし、福島県が消滅しかねない。
その結果と言うべきか、現時点では、都市部の住民に対する補償はほとんどされていない。話題にすることも避けられている印象がある。
このまま「除染」だけが公共事業として進められると、本来、賠償を受けるべき住民たちの財産は踏み倒されたまま、税金が新たなビジネスに注ぎ込まれて、そこで儲ける者が出現するだけということになりかねない。

空間線量というのは、現時点では地表や建造物、植物などに付着したセシウムから出ているガンマ線(正確にはセシウムはベータ線を出して放射性バリウムになり、その放射性バリウムがガンマ線を出して安定バリウムに変わる。その過程で放射されるガンマ線)の数値がほとんどだ。排水溝などで飛び抜けて高い数値が出るという場合は、たいていはベータ線も一緒に計っている。ベータ線は空気中ではせいぜい1メートル程度しか飛ばないので、地表から1メートルの高さで測っている場合はベータ線の影響はほとんど数値に出ない。
これらを外部被曝した場合のことを指して、一部の「専門家」は、安全だ、まったく問題ない、と主張している。
外部被曝だけであれば実際そうかもしれない(そうではないかもしれないが)。
だからこそ、空間線量だけの議論に持ち込まれてはいけないのだ。
問題は放射線を出している物質を体内に取り込んでしまい、体内で被曝し続ける内部被曝。中でもいちばん恐ろしいのはプルトニウムを吸い込んで肺に付着させることだが、プルトニウムが本当に拡散していないのかどうか、信用できそうなデータがなかなか出てこない。このことのほうが問題だ。プルトニウムの検出には高価な機器と手間(長い検査時間)を要するからだが、まずはこれに金を注ぎ込んで徹底した調査をしなければ、どれだけの危険が存在しているのか分からない。
食品の検査態勢がまったく手薄であることも明白で、検査態勢強化のために金を惜しんではならない。
優先順位をつけるとしたら、そっちではないか。
もし、微量であってもプルトニウムやストロンチウムが広範囲に飛び散っているということが分かったら、それらを体内に取り込んで内部被曝するかどうかは、くじ引きのようなものになる。ほとんど防ぎようがない。空間線量が高い場所では放射性物質が多いわけだから取り込んでしまう確率も高くなるが、低いから安全だということにはならない。量の問題以前に、取り込むか取り込まないか、○か×かという問題になってくるからだ。
土やアスファルト、コンクリートの表面を剥いで移動させたりする作業をすれば、何かに付着して動きを止めていたプルトニウムをまた空中に舞い上がらせ、それを吸い込む危険性も増すだろう。
プルトニウムはアルファ線を、ストロンチウムはベータ線を出すが、これらは例の「ホールボディカウンター」でも検出できない。つまり、セシウムよりずっと危険な核種を体内に取り込んでしまっているかどうか、知る術がない。
となれば、それが原因で死んだとしても証明ができない。
何から何まで分からないのであれば、内部被曝の確率を下げるためには、もうもうと粉塵を巻き上げながら道路の表面を大規模に剥がし始めた福島になど暮らしたくない。ひたすら福島から遠くで生活するしかない、という結論に達する。
子供を福島から遠ざけたいと思うのは、親としては当然のことだろう。
この危険回避には金がかかる。つまり、できる人とできない人がいる。
命を守れるかどうかは金次第という世界。

原子力エネルギーを使うのはやむをえないという考え方は、こういう不平等社会を「仕方がない」と思う人たちの考え方だ。そういう考えの人たちが「除染」を熱心に口にするときは、注意したほうがいい。
 
裸のフクシマ

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)

(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。
驚愕の事実とメディアが語ろうとしない本音の提言が満載。
第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛

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放射性物質を含んだ土の「中間」貯蔵などありえない2011/09/09 11:50

「中間貯蔵施設」という欺瞞


「除染」という言葉が飛び交っているが、最初に断っておきたい。
 放射能は、焼して消滅させるとか、薬をかけて中和させるということは一切できない。 
 放射能を消す科学技術は存在しない。
 できるのは「拡散」か「移動」だけ。あとはひたすら時間が経って放射能が減るのを待つしかない。
「拡散」というのは、一か所に高濃度で溜まっていると危険だから、広く薄く拡散させたほうがまだ危険性が減るという考え方。「移動」は、危ないものが町の真ん中や公共施設付近にあるよりは、どこか人の近づかないような辺鄙な場所に移動させたほうが安全だ、という考え方。

 細野原発担当相が、「福島県内に核汚染物質中間貯蔵施設を建設することをお願いすることはやむをえないが、最終処分場は福島県外に」云々ということを発言したことで、佐藤雄平福島県知事が態度を硬化させたと報じられている。
 ここに出てくる「汚染物質」とは、主に「放射性物質を含んだ土壌」をさしていると思われる。警戒区域などで倒壊した家屋の瓦礫なども含まれるだろう。
 こうしたゴミは、本来原発から出てくる高濃度放射性廃棄物(現実には「廃棄」できないので単に「廃物」と呼ぶべきだという話もあるが……)のように、キャスクに封印されていたりガラス固化処理されているわけではない。ほとんどはダンプカーの荷台に積まれてどど~っと降ろされる類のものだ。そうしたゴミに「中間」とか「永久」という、高濃度核廃棄物処分(これも正確には「処分」できないが)と同じような言葉を使っていることは欺瞞以外のなにものでもない。
 ここで言う「中間処理施設」とうのは、一般の産廃場とあまり変わらない。概念図を見ても、コンクリート壁やシート、ベントナイト(水を吸収する粘土状の物質。ネコのトイレ砂などにも使われている)で放射性物質の浸み出しをある程度防ぐだけで、基本的には「埋めてしまえ」という発想のものだ。
 将来、ここからわざわざもう一度土や瓦礫を掘り起こして他の場所に移動させるなどということはありえない。もしやったとすれば、移動先で同じことを繰り返すだけだ。
 そもそも放射性物質は時間と共に放射能が低下していくのだから、早い時期の貯蔵場所のほうが危険性が高い。「中間」だからまあいいでしょ、という話ではない。
 
 一方で、学校などの公共施設で、いわゆる「除染」作業を徹底的にやることは必要だし、すみやかにやらなければならない。出たゴミを運び出さなければどうしようもないのだから、それをひっそり溜め込む場所が必要になることは自明のことだ。
 その場所を福島県内に作ることは、移動距離や費用から考えて、あるいは、「すでに汚染されてしまっている土地は有効利用が極めて限られているのだから、そういう場所に運ぶのがいちばんいい」という理由から当然と言えば当然だろう。そこに感情論を持ち込んでも解決できない。
 
 それを認めた上で、次のことは言っておきたい。

1)除染作業は、「効果」を最大限に発揮できる方法、範囲で行うべき
2)これを原発に代わる新たな利権ビジネスにしてはいけない

 これが守られないと、日本の国土は今よりひどいダメージを受けかねない。経済力もしかり。
 
 例えば、空間線量が1μSv/hに満たないような森林を軒並み「除染」名目で伐採してしまうのは、効果の点からいってバカげている。
 ところが、もともと原発にぶら下がってきた浜通り地域を中心に、福島県内ではすでに、仕事になればなんでも受け入れたいというムードが強まっている。
 はいやりましょう、と、地元は諸手を挙げて引き受ける。下請け・孫請け・三次受け・四次受け……という、原発作業員の「人夫出し」と同じ構造が復活して、本来の「除染」という目的とは違う「雇用が作り出せればそれでいい」という理由で進められる。
 そうなったときの福島は、もう「再生」も「復興」もない。ただのビジネスゲームの場として投機マネーや税金が投入される賭博場と化すだろう。
 そこに生きて幸福を得られると思わなければ、人は他の場所に移動していく。人が心豊かに住めない場所で、いくら巨大な金が動いたとしても、「豊かな場所」と呼べないのは言うまでもない。

 放射性物質を含むゴミを置く場所を福島県内に作ることは仕方がないと認めるには、いくつもの条件がある。
 まずは「中間貯蔵」などという欺瞞は一切口にするな。
「放射能で汚れたゴミをここに永久に置かせてください」と正直に言え。
 次に、その規模を最小限に抑えられるような効果的方法を必死で探せ。一切の無駄・利権を排除せよ。
 
 児玉龍彦博士(東大アイソトープ総合センター長)も、7月27日の衆議院厚生労働委員会参考人説明で訴えていた。その最後の部分を、ほぼそのまま紹介したい。

「国策として、土壌汚染を除染するために、民間の力を、技術を結集してください。
 東レだとかクリタだとか、さまざまな化学メーカー。千代田テクノとかアトックスというような放射線除去メーカー。それから竹中工務店なども、放射線の除染などに関してさまざまなノウハウを持っています。こういうものを結集して、直ちに現地に除染研究センターを作ってください。
 今のままだと、何十兆円という金額がかかるだのと、利権がらみの公共事業になりかねないという危惧を、私はすごく持っております。国の財政事情を考えたら、そんな余裕はまったくありません。
 どうやって除染を本当にやるか。7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に 国会は一体何をやっているのですか!」

 この「利権がらみの公共事業になりかねないという危惧」の意味をきちんと分かった人は少ないと思う。
 残念ながら、原発担当大臣や新しい総理大臣も分かっていない、あるいは分かっていても、今までの流儀でいくしかないと思っているに違いない。

裸のフクシマ

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(たくき よしみつ・著)

(2011/10/15発売 講談社 単行本)…… ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。
驚愕の事実とメディアが語ろうとしない本音の提言が満載。
第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
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報道されない「被災者格差」問題2011/09/01 18:18

ここにきて、避難所にボランティアで入っていた人たちからいろいろな話が伝わってくる。
双葉町の避難所となったリステル猪苗代(豪華リゾートホテル)では、「被災者」が、猪苗代町の地元の人たち中心のボランティアが炊き出しで出した食事に対して、
「こんなまずい飯が食えるか」
と文句を言って、不要な軋轢を生んだという。
同じ双葉町住民の避難所となった旧騎西高校にボランティアで入っていた人たちは、避難してきた人たちが、
「自分たちは、一生、国と東電が面倒みてくれる」
「原発敷地内の草取りは時給2,000円だった。今さら時給800円でなんて働けるか」
といった会話をしているのを聞いてショックを受けたという。

無論、こんな人たちは例外で、ほとんどの人たちが苦労していることは分かっている。しかし、こうした発言は人伝えでどんどん広がっていく。
彼らは自分たちの言葉がどれだけ周囲の人たちに衝撃を与えているか理解していない。その意識のズレに気づいていないことが、まさに「原発依存体質」の証明なのだ。

ビッグパレットは福島県内最大の集団避難所になっていたが、8月31日で閉所になった。
テレビのインタビューに「寂しくなるねえ」と答えていた人たちは、それが視聴者にとってどれだけ違和感のある言葉なのかに気づいていない。
避難所周辺のパチンコ店は連日大盛況。駐車場にはぴかぴかの新車が何台も見うけられた。義援金や東電からの仮払金で新車に買い換えたという人が少なくなかったという。
避難所内ではものが溢れていて、食器や寝具、衣類なども大量に配られた。それらを何度も受け取って、自分の車に積んで村の家に運び込んでいる人も多かった。
村に残っている人たちは、ものを満載した車で時折戻ってくる隣人に、「避難所は天国だよ。なんにもしなくても毎日飯が食えるんだから。今からでもおいでよ」と言われたと、情けなさそうに語っていた。

川内村では、「緊急時避難準備区域」解除になった後も村が出した「自主避難指示」をそのまま有効だとして続けるのだそうだ。
「帰っても安全だという担保が取れないうちは戻れない」と言うが、村の子供たちは川内小学校より放射線量の高い郡山市の小学校に間借りしている。
川内村の中心部の放射線量が高くて危険だというなら、福島県内に住める場所はほとんど残っていない。少なくとも中通りにはない。

ところで、「義援金」は国や県を通じて各自治体に渡っているが、そこから先、被災者にどう分配するかは自治体が決めている。

●双葉町の場合

【一次配分】:原発避難指示世帯に対して一律40万円(国:35万円、県:5万円)
【二次配分】:3月11日時点で双葉町に住民登録があった人、および住民登録はないが町内に生活の実態があった人に対して世帯員一人あたり25万円(国:21万2000円、県:3万8000円)

●川内村の場合
【村に直接届いた義援金の分配】
3月11日現在、川内村住民基本台帳に登録していた人一人あたり5万円

【国・県からの義援金 一次配分】
3月11日現在、東京電力福島第一原子力発電所から30kmの圏内に居住していた世帯(全域該当だが、別荘や空家などは対象外)に対して一世帯40万円(国義援金・35万円、県義援金・5万円)

【国・県からの義援金 二次配分】
川内村住民基本台帳および外国人登録名簿に登録されていた人、1人あたり28万円。
川内村住民基本台帳登録のない場合で、3月11日現在居住していて第1次配分金の該当になった世帯は1世帯として28万円。

これに加えて、東電からの仮払い補償金が、一次で100万円(一世帯あたり)、二次で一人最高30万円支払われる。
 
……つまり、家が壊れていなくても、家族が全員生きていても、例えば5人家族なら
双葉町で415万円(義援金一次:40万円、二次:25万円×5人で125万円。合計165万円。東電から一次:100万円、二次30万円×5人で250万円。全部で415万円)
川内村で455万円(義援金一次:40万円、二次:28万円×5人で140万円、村から5万円×5人で25万円、合計205万円。東電から一次:100万円、二次30万円×5人で合計250万円。全部で455万円)

が渡っている。
双葉町では1人あたり83万円、川内村では1人あたり91万円という計算になる。

これに対して、自殺者が出た相馬市玉野地区(30km圏外で東電からの仮払金なし)ではどうなのか。

●相馬市の場合

【一次配分】
国義援金
 死亡義援金: 死亡者、行方不明者ともに、一人あたり35万円
 見舞金: 全壊・全焼=35万円/世帯、半壊・半焼=18万円/世帯

県義援金
 見舞金として一世帯あたり一律5万円

日本財団からの弔慰金・見舞金
 死亡者、行方不明者ともに一人あたり5万円

【二次配分】
 死亡・行方不明・全壊: 国56万円、県10万円(行方不明者は必要な調査完了後に振込み)
 半壊: 33万円(国28万円、県5万円)

 ……ということで、相馬市では死者や家屋の全半壊がない世帯へ渡ったのは、県義援金の見舞金一世帯あたり5万円しかない。5人家族なら一人あたり1万円だ。
相馬市玉野地区は飯舘村や福島市の霊山に隣接しており、線量は川内村中心部などよりずっと高い。
この汚染のひどかった飯舘村で酪農をしていて、住所は相馬市にあった人が自殺したことはニュースになったが、彼は妻と子供がフィリピンに逃れ、一人、自宅に戻ってきた後は、原乳出荷停止になり、毎日、搾った牛乳を捨てていた。この世帯には東電の仮払金も支払われていないから、5万円だけなのだ。

豪華リゾートホテルに避難して「飯がまずい」と文句を言っていた家族には数百万円が渡る一方で、避難先もなく、汚染された土地に残って毎日牛乳を捨てていた酪農家一家のように、30km圏外で無指定地域に住んでいた家族は、どれだけ汚染がひどくても、仕事や生活基盤を奪われて金が出ていく一方だとしても、現時点では5万円しか受け取れていない。これから農業や漁業などの被害に対する補償交渉を進めていくとしても、その前にみんな疲弊しきってつぶされてしまう。

さらに言えば、東電の二次仮払金は、家に戻ってきた時期が遅かった人には30万円支払うが、早く戻ってきた人には10万円しか支払わないとされている。

4月10日までに家に戻った人は10万円
5月10日までに家に戻った人は20万円
6月10日までに家に戻った人、まだ帰れない人には30万円

早く帰ってきた人というのは、老齢の親を抱えていたり、家畜の世話をしなければいけなかったり、消防などの公益業務に従事していた人たちが中心で、この人たちは誰もいなくなった村で自力で(自腹を切って)頑張ってきた人たちだ。
そういう人たちには少なく、避難所で毎日衣食住を世話してもらっていた人たちには多く払うというのだ。
逆ではないか。
実質、家に戻ってきていた人たちでも、仮設住宅やリゾート型避難所に申し込んで、ときどきそこに戻って無料の食事にあずかっていたり、市内のアパートを借りて「みなし仮設」(福島県の場合、月額最高8万円まで支給)に認定してもらい、別荘や事務所代わりに利用している人がたくさんいる。こうした人たちもみな「まだ家に戻っていません」ということで申請している。
そもそも、この期間、家に戻っても戻らなくても、みな本来の仕事や生活以外のことで追われて大変な日々を過ごしている。

現在、村で唯一開いている店と言ってもよいコンビニの経営者一家は、仕入れのトラックが入ってこなかった時期、郡山市内の市場で仕入れたわずかな商品を店に並べて、村に残っている人たちのために頑張った。
若旦那は、避難先の埼玉県から川内村まで今も通っている。
もちろん、動けば動くほど大赤字だが、村の中心で店を開いているという責任感からの行動だ。
他にも、自分は家に戻って仕事を続けていても、子供たちを県外の線量の低い場所に避難させるために毎日遠方まででかけて受け入れ先探しや手続きに追われたり、移転先を探し回ったり、仕事探しに明け暮れたり……。
みなそれぞれに大変な目にあっている。
こんな時期に「いつ家に戻れたか」と訊いていること自体がバカげている。誰一人、まともな状態では戻れていないのだから。

現場を知らない役人や企業人たちが机の上でもっともらしく線引きしたり基準を決めたりしている図には辟易する。
いちいち腹を立てていてもきりがないので、自力で動ける範囲内で自分の生活を、人生を守っていくしかない。
それが今のフクシマの姿だ。

   
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