収入の男女格差と日本企業の没落2018/08/30 14:01

Amazonでこんな本↓を買ってみたら、




↑こんなことが書いてあった。
ま~たまた~、極端なデータを得るための操作をしてるんじゃないの? と疑ったが、周囲に訊いてみると「そんなもんです」という答えばかり返ってくる。

アラサー女子:独身ひとり暮らし。病弱な母あり。正社員だがボーナスはなしで、給料は手取り14万円くらい。ということはもろもろ引かれる前は17万円くらいだから、12を掛ければ200万円ちょっとで、まさにこの収入帯。
数年前は、歯科衛生士の資格を取るために上京して学校に通うため、バイトを増やして頑張ってみたが、親が病気になって断念。その後、歯科衛生士は諦めて地元の企業に正社員で就職したが、手取り14万円では預金などできるはずもなく、空いている時間はバイト。

アラフォー女子:母子家庭で息子一人扶養。昼間は企業のパートで基本給14万5000円。休日勤務手当や通勤手当を入れて15万円弱。
そこから健康保険料7920円、介護保険料1256円、厚生年金保険料14640円、雇用保険料、所得税、住民税などもろもろ引かれる合計が約3万円。手取り12万円弱。当然やっていけないので、昼の仕事の後はそのまま夜の仕事に。

こういう人たちがしっかり保険料や年金や税金を納めていて、破綻寸前(実質、すでに破綻しているが)の年金、医療保険、介護保険制度をなんとか支えている。
その年金や保険を使って介護施設に入っている認知症老人たちは「自分たちが頑張って働いてきたおかげで今の日本の繁栄があるんだから、何もやましいことはない」と胸を張るが、「今の日本」は繁栄どころか、とっくに経済三等国に成り下がってしまっている。



30年前、この「時価総額ランキング上位50社」のうち、日本企業は32社で断トツトップだった。2位がアメリカで15社。中国企業は1社もなかったし、あのとき、30年後に日本企業が中国企業に抜かされるなんて想像していた人がどれだけいるだろうか。

それが平成30年の現在は、

アメリカ 31社
中国 7社
イギリス 2社
スイス 2社
フランス 2社
日本 1社
韓国 1社
香港 1社
台湾 1社
ベルギー 1社

……で、日本企業は政府が肝いりで支えているトヨタ自動車だけ。
30年前のトップ50社に入っていた日本企業の中には、消えてしまった銀行や原発を爆発させて地球を汚し、後始末もろくにできない電力会社やら、原発絡みで米国企業の巨額の負債を抱え込まされて優良部門を次々身売りしている企業やら、データ偽装で信用失墜の企業やらが並び……おごれる平氏久しからずを見事に実証している。
「株も土地も永遠に上昇を続ける」。今では耳を疑うような話だが、“山”の頂に登った当時は、国も金融機関もそう信じて疑わなかった。
これらの現象はバブルだったとわれわれは後に思い知らされるが、当時は「これこそが新しい時代」と錯覚していたのかもしれない。
ダイヤモンドオンライン 「昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る」 2018/08/20)


30年前といえば、今90歳の老人は60歳で定年を迎えた年、今80歳の老人は50歳で部下を多数使って異常な金銭感覚の中で仕事をしていたとき。
その記憶のままに惚けてしまい、今を生きる若い世代にオムツを替えてもらい、風呂に入れてもらう日々を送っている。
もっとも、それは十分な年金をもらっている老人たちの話で、全体を見ればそうではない老人のほうがはるかに多いのだろうが。

「ボラG」尾畠春夫さんフィーバー雑感2018/08/19 10:48

トンボにも祝福されるボラG (テレビの画面より)
スーパーボランティア爺さん、略して「ボラG」──尾畠春夫さんの登場で、テレビ局スタッフが色めき立つ、の図。
昨日(15日)、起きて階下に降りていくと、妻がいきなりこう言った。
「あの子、見つかったのよ」
「え? 見つかったって、無事だったの?」
「そうなの。で、見つけたのがなんかすごいキャラの人で、しばらくテレビは大変よ」

そのときは当然、状況を呑み込めなかったが、午後、テレビに登場したど派手な格好の爺さんを見て納得。なるほど、これはしばらくはテレビが追いかけ回すことになるな、と。

発見までの経緯を簡単にまとめると、
  • 12日 10.30amくらい:藤本理稀くん(1歳)が、滞在中の曽祖父宅から祖父(66歳)と兄(3歳)で出発したが、途中でぐずったため、祖父は一人で戻らせた。その後、後発の母親たちとすれ違わなかったということで行方不明になったことが判明。
  • 12日 11.30:山口県警柳井署が山口県周防大島町役場を通じて行方不明の通報を受ける。ただちに90人態勢で捜索開始するが見つからず。
  • 13日 140人態勢に増やして朝から捜索。溜池、側溝、古井戸、空き家などに重点を置く。ヘリコプターや、体温を感知するセンサーが付いたドローンを使って上空からも捜索。ちなみにこの日が失踪児の2歳の誕生日。以後、マスコミでは「2歳児」と報じられる。
  • 14日 周囲のすべての山にまで捜索範囲を広げ、数十人ずつの捜索班で捜索。しかし手がかりさえも得られず。
  • 14日 9.30am頃、ボラGが大分県日出(ひじ)町の自宅を軽バンで出発。夜遅く、現地入り。すぐに失踪児の母親などに状況を訊く。その際、「私が見つけた場合は必ずしっかり抱きしめて、この手でご家族に手渡しします」と約束。母親らから聞いた話も入れて、翌朝からの捜索ルートを策定。車中泊。
  • 15日 6.30am頃、ボラG、車中泊した愛車軽バンを出発。すぐに失踪児の祖父に会ったので「私が見つけた場合は必ずしっかり抱きしめて、この手でご家族に手渡しします」と昨夜、母親にしたのと同じ約束をし、山へ向かう。そのおよそ20分後、700mほど離れた山中で失踪児を発見する。

……と、こういう経過だった。
その後は、
  • 15日 失踪児を抱きかかえて下山する途中で警察の捜索隊と行き会う。驚いた警官が引き渡しを求めるも「嫌です。私が直接手渡しすると約束した。口約束も契約だ。罪に問われようが、なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」と拒否。その後、ど派手な服装の爺さんが警察の捜索隊を引き連れたまま毛布にくるまれた子どもを抱いて下山した姿を見たマスコミが大騒ぎ。
  • 失踪児を母親の手に引き渡した後は、ずっとマスコミの取材攻勢に答える。
  • 「家に入って、風呂に入って食事をしてください」という家族の申し出を断る。
  • 15.59頃 地元柳井警察署長から感謝状を手渡される。その後、愛車に乗って一般道を運転し、大分の自宅へ。16日未明に到着。
  • 16日 朝からテレビの生中継ハシゴに応える。息つく暇もなく、午前と午後のほぼすべてのワイドショーに登場。

発見した15日午後1時過ぎからインタビューが始まるが、名前と生年月日を書いた紙を横に掲げて映すなど、ほとんど容疑者のような失礼な扱い



15日、ボラGが現地を出ると、各局テレビクルーがボラGの自宅に先回りして留守宅を映し出すという異常さ



朝から各局のワイドショーにずっと出ずっぱりのボラG。それなのに「グッディ」(フジ)は、昨日から続いている同じ質問を繰り返す。ボラG、連日ほとんど寝ておらず、自らの運転での長距離移動の後なのに、文句も言わずに同じ質問に答え続ける。それでも合間にちょっとずつ違うジョークを入れるサービス精神も



その他、概要はほぼ語り尽くされているので、あとは雑感を箇条書きしておく。こんな事件だった、メディアはこうだったということを後になって思い出すための備忘録として。

  • 13日の140人態勢に増員しての捜索。制服を着た捜索隊は、5人も6人も固まって藪を棒でつついたりしている。側溝や海を捜索というのは「遺体発見」前提のやり方でしょ。なぜ先に山へ入らない?
  • 14日の捜索で、ようやく山に入ったらしいが、ますます「遺体発見」を想定しているように思える。ボラGのように呼びかけながら捜索したのか?
  • で、テレビメディアは母親が拡声器で呼びかけるシーンに群がり、最重視で流す。
  • 15日、3日目となり、生きて見つかるとは思っていなかったのだろう、各局ワイドショーも別のネタを用意してた。発見されたとしても遺体発見なら番組の中では引っ張れないからと、気を抜いて構えていたに違いない。
  • そこにまさかの発見の報。慌てて「成人男性と一緒にいるところを発見」などと誤報を打つ記者もいたらしい。
  • ボラGが警察官らを引き連れて下山したときの映像は、テレビクルーや記者たちがあまりに失礼だったので、一瞬しか流れなかった。
  • 15日、午後いちばんで始まったボラGへのインタビュー。ボラGは最初のほうで何度も「マサく~ん、マサく~んと呼びながら」など、名前を間違えていた。そのとき、振り回していた右手の先にトンボがしばらくとまるという奇跡のシーンがあったが、せっかくのこのシーンを「マサく~ん」をカットしたいために切ってしまった局があった。くだらん忖度だ。
  • 15日、始まったインタビューを生中継できたワイドショー番組はテレ朝だけだったのに、せっかくの独占生映像チャンスを、中途半端にぶつ切りにして、スタジオで用意していた「煽り運転への対処」などというネタを続けた。ディレクターはセンスがないな。
  • 「警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」の名言を、わざわざカットして編集していたワイドショーが多かったが、Abema TVだけがそれをトップタイトルにした。同じテレ朝系でも、こっちはセンスあるなあ。
  • あれだけしつこい取材攻勢に嫌な顔をせずに答え続けたボラG。その姿に「あれは非難の嵐に晒されるであろう失踪児の祖父や、父親が出てこない複雑な事情を抱えているらしい家族への配慮だ。自分がマスコミの取材を一手に受けることで、失踪児の家族の負担を激減させた。アフターケアまで万全で、まさにスーパーボランティア」という賞賛の声が上がっていた。本当にそこまで計算していたのかもしれない。すごい人だ。
  • 1歳児の手を放しただけでなく、来た道を通り過ぎているのを見ているのに、その先を左に曲がって家に戻るだろうと思って見届けなかった祖父は、やはり軽度認知症か一種の発達障害なのだろう。しかし、普段は人畜無害の人。それを全部見抜いて、ボラGは家族のことまで「あの子はいい家庭に育っていると感じた」などと言って予防線を張っていた。
  • 失態の警察にも「みんな清い人たちばかりだった」とフォロー。とことんアフターサービスが完璧。
  • 失踪児の祖父(ちょっと顔が宋猛に似ている)は66歳。78歳(10月には79歳)のボラGより一回りも年下なのだなあ。
  • ボラGの78歳は、あの「山根明は歴史の男です」「世界でカリスマ山根と呼ばれている」と自画自賛したあの人と同い年なんだなあ。
ネット上の呟きで印象に残ったものもいくつか拾ってみた。
マザー・テレサも星野仙一も天に召されて 尊敬する人がいなくなってたけど
出てきた
(ぬん)

神隠しみたいだねって話したら母が
「居らんくなったのが12日で見つかったのが15日でしょ? 盆さんで還ってきたひとたちと遊んで盆が終わるけんお前は帰れって帰して貰ったじゃないだあか」 って言ったのすごい納得した。
(詞葉)

インタビュー中、手にトンボがとまってるのを見て、今まで良い行いをされてるから自然界のいろんな神様がこの人を導いたんかな?って思った。
(ぽん)

尾畠さんがインタビューを受け始めた時、尾畠さんの手にトンボがとまりました。きっとご先祖様がありがとうと来られたのですね。
(Mahalo)

「周防の国で、神隠しにあい3日間行方がわからなくなった童を、噂を聞きつけ海を越えてやってきた翁が、わずか半刻で見つけた」と書くと、まるで昔話のようだ。
(村上賢司)

人のために何かしたいな?って思いはあるけど。
自己満足の域を超えてなかったなぁって気づかされる。
人のためにが駄目なんだな。
自分のためにやっていると言う精神
(らぴたん@お気楽主婦)

ボラG、警察に引き渡さなかった本当の理由を、ミヤネヤではチラッと吐露したらしい。かつて、同じように失踪した子が発見されたとき、母親が追いかけるのを振り返りもせず、警察がさっさと連れ去ったのを見ていたようなことを。なるほどなあ。
納得。
ブルーシートで隠す、感謝状の用意とかはものすごく早いんだよね。警察は。そういう風にマニュアル化されてしまっているんだろう。
そのくせ、大声で呼びながら探すとかはしないで、何人も固まって黙々と藪を棒で突っついたりしている。
でも、ボラGは警察を非難しない。むしろ、警察はだらしないですねと言いたげなマスコミに対して「現場にいた人たちはみんな清い心の人たち」だったとフォローする。
あらゆる点で、自分ではなく他人が幸せになるために、という行動原理で動いている。知れば知るほど、ほんとにすごい。

今何がいちばん大切なのか。自分の頭で考え、合理的に判断し、自分の責任で行動する。そして無私の精神。あらゆる現場で忘れられていることを、ボラGは1人で強烈に見せてくれた。
日大アメフト部事件のMくん単独記者会見の姿と並んで、今年テレビを通じて日本中の人に感動を与えた、数少ないすばらしいシーンだった。

「石油文明はなぜ終わるか」を読む2018/08/11 11:37

「石油文明はなぜ終わるか」
先日知った「もったいない学会」のサイトにあったコラムや論文をいくつか拾い読みしていて、田村八洲夫という人が書いているものに特に興味を引かれ、感心もしたので、著書「石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換」をAmazonで注文した。
「状態=きれい」という古書を買ったのだが、届いた本はほとんどのページに鉛筆で書き込みがあって、付箋紙まで貼ってあった。どこが「きれい」なんだよとムッとしたが、まあ、これも「もったいない精神」のリユースだから我慢我慢と言いきかせながら読んでいる。
前半部分はエントロピーとエネルギーの基本的な話が中心なので読み飛ばす。類書がうちにはごまんとある。
興味深かったのは主に後半部分だ。
著者の田村八洲夫氏は、京都大学理学部地球物理学科~同大学大学院博士課程修了後、1973年に石油資源開発㈱入社~同社取締役、九州地熱㈱取締役社長、日本大陸棚調査㈱専務取締役、現在は川崎地質㈱技術本部顧問……という経歴で、地質学や資源物理学のプロ中のプロ。
それだけに、地下資源が今後どうなっていくかの予測や、現在いろいろいわれている新エネルギーに将来性はあるのかという話には説得力がある。

石油生産量ピークは2005年に終わっていて、現在はすでに減衰期

僕は当初「石油文明はなぜ終わるか」というタイトルに若干の違和感を抱いていた。石油は有限な資源なんだから、いつかは枯渇するのはあたりまえのことで、「なぜ」もなにもないだろうと思ったからだ。
しかし、この本の後半部分を読んで、自分も含めて、結局は「石油はいつかはなくなるけれど、自分が死んだ後の話だから、知ったこっちゃない」と思っている人がほとんどなんだろうなあと、改めて思い知らされた。
第6章「石油の代替エネルギー探し」の冒頭に、国際エネルギー機関(IEA)が2012年に発表した石油生産予測と、その予測がいかに甘いかを指摘したアントニオ・チェリエル(理論物理学)が提唱する「オイルクラッシュ」予測モデルを比較して、こうまとめている。
  • どちらの予測も、石油生産のピークは2005年に終わっていると認めている
  • IEAモデルでは、2005年の石油ピーク後に、開発油田、新発見油田からの生産量が年々増え続けることになっているが、そんなことは石油鉱業現場に携わったプロとしては到底考えられない。現実に、1980年代には世界の石油発見量と消費量の関係は逆転している
  • チェリエルのオイルクラッシュモデルでは、生産予測のプラトー(停滞期、生産量が変わらずに続く状態)は2015年くらいまでで、その後は衰退する一方
  • IEAモデルでは、従来型石油生産が減って石油消費は増える状態を、非在来型石油(シェールオイル、オイルサンドなど)やNGL(天然ガスから分離されるガソリン)で補うことになっているが、これらはエネルギー収支比(EPR)が低く、トータルで利用できる熱量が少ないので、従来型石油の減少分を補えない

85ページにその2つのモデルをグラフにしたもの(下図)が出ている↓

IEAによる石油生産予測とオイルクラッシュ生産予測モデルの比較 (『石油文明はなぜ終わるか』85ページより)


↑しかしこの図をよく見ると、左側の生産量ゲージの目盛りが一致していない。そこで同じ比率の目盛りにして、見やすいようにサクッと色もつけてみたのが↓これ

上図を生産量ゲージを同じ目盛りにして比較


注目すべきは、IEAも2015年以降、既存油田生産量(従来型石油生産量)が急激に減ることは認めていることだ。その上で、IEAは「新しい油田が見つかり、採掘技術も上がるし、オイルシェールなどもあるから大丈夫」といっている。
しかし、そんな予測は馬鹿げていて、全然「大丈夫じゃない」と、長年、地下資源採掘現場を見てきたプロが警告しているのだ。

エントロピーとEPR(エネルギー収支比)

エントロピーの低い在来型石油/ガスは、少ないエネルギーで生産できます。抗井掘削すれば自噴する勢いです。
一方、エントロピーの高いシェールオイル/ガスを生産するには、タコ足状に水平抗井掘削し、水圧粉砕で導通路を作り、薬物投入して石油/ガスの流動をよくして、すなわち大量のエネルギーを使って地下水汚染を起こして、環境の修復にエネルギーを追加使用しなければなりません。そのため、EPRが非常に悪くなります
(同書88ページより)

本書にはエントロピーEPRという言葉が何度も出てくる。エントロピーについてはすでにしつこいくらい書いてきたが、この言葉を聞いたり見たりするだけでアレルギー反応を起こす人がいるくらいで、なかなか理解してもらえない。
EPRも多くの人にとって耳慣れない、というか理解しようとさえ思えない言葉ではないだろうか。
そもそも違う意味での同じ言葉がこんなにあるのだ。

Wikiの「曖昧さ回避」ページに出てくる「EPR」

というわけで、まずはここでいうEPR(energy profit ratio または energy payback ratio)エネルギー収支比とは何かについて、簡単に確認しておこう。

エネルギーはどんなに巨大であっても、それを人間が生活に利用できなければ意味がない。
昨今さかんにいわれている未来像のひとつに「水素エネルギー社会」というのがあるが、水素は石油のように最初から固まって存在しているわけではなく、水を電気分解して得る。水を「電気」分解する際には当然電気エネルギーを使う。その電力をどこから得るのかが問題で、石油や石炭などの地下資源を燃やして得られる電力を使ったら意味がない。その電力をそのまま使ったほうがいいに決まっている。
要するに、「人間が利用できる形のエネルギー」を得るために投入するエネルギーというものが必ずある。得られるエネルギーより投入するエネルギーのほうが大きすぎれば意味がない。
その投入するエネルギーと得られるエネルギーの比率(「生産エネルギー ÷ 投資エネルギー」)がEPR(エネルギー収支比)だ。
当然、この比率が高いほど使いやすく有益なエネルギーということになる。
現代石油文明を支える一次エネルギーのEPRは10が限界で、それ以下になると文明を維持することはできない(使いものにならない)といわれている。
石油1を投入して作った掘削井で石油100を得られる油田なら、EPRは100÷1でほぼ100になる。一方、石油100に相当するオイルシェールを得るために石油を50使い、得られたオイルシェールを石油並みに精製するのにさらに50の石油を使ったとしたら、最後に得られたエネルギーが石油100に相当するとしても、それを得る段階ですでに石油100を使い果たしているわけで、EPRはほぼ1となり、石油文明を支えることはできない。
IEAが非従来型石油に期待しすぎているという批判は当然だろう。EPAを無視しているからだ。オイルシェールやオイルサンドに潜在的なエネルギーが秘められているとしても、それを利用するまでの過程で良質のエネルギーを大量に使ってしまったのでは、なんのために採掘しているのか分からない。

本書67ページに、インター・ディーラー・ブローカー Tulett Prebon Groupの報告書「Perfect Storm」(2013)のデータに地熱発電などのデータも加えた各一次エネルギーのEPR一覧が出ている↓
各エネルギーのEPR一覧
現代石油文明を維持するのに必要なエネルギーの質「EPR10以上」を---の境界線で示した


最近発見された石油のEPRが8と著しく低いのは、ほとんどが水深2000m以上の大水深海域での発見なので、採掘・精製までの投入エネルギーが高いからだ。
EPRはコストに直結する。太陽光発電のコストが高いのはEPRが低いからで、補助金・助成金をつけなければ他のエネルギーと競争できない。


もう一つ重要なのはエントロピーで、これは「乱雑さの度合」とか「汚れ」などと説明される。
太陽電池の原材料として一般的なシリコン(ケイ素)は、世界中に大量に散らばっているが、一か所にかたまって存在しているわけではないので、集めて精製して……という工程で大量のエネルギーを使う。これを「エントロピーが高い」状態という。
一方、掘削しただけで自噴してくるような油田は、エネルギーをかけずとも高いエネルギーを得られる物質が存在しているわけで、これを「エントロピーが低い」状態という。
物質やエネルギーは、利用すれば必ずエントロピーが増える(熱力学第二法則=エントロピー増大の法則)。石油を燃やして電力を得たりエンジンを動かしたりすれば、後には排ガスや熱などが残るが、それらは利用価値が下がる(エントロピーが増える)。
活動の結果出た廃物を再利用(リサイクル)するというのは、高エントロピーのものを低エントロピーにするわけで、その過程でさらに新たなエネルギーや資源が必要となる。
最終的には増えたエントロピーは地球の生物循環、水循環、大気の循環などに乗せて宇宙空間に熱として捨てるしかない。それを可能にする環境を失うと、地球上はエントロピーだらけとなり、あらゆる生命活動、生産活動は不可能になる(エントロピー環境論)。
だから、エネルギー資源のEPRを考える場合、投入エネルギーには、利用後に出た廃物を処理するためのエネルギーや環境を破壊しないための措置に必要なエネルギーも考慮しなければいけない。
上の一覧で原子力のEPRが5と評価されているが、放射性廃物の処分が不可能であり、その管理に半永久的に良質のエネルギーを投入し続けなければならないことを考慮に入れれば、5も怪しいし、そもそもエネルギーとして考えてはいけない。


さらには、シェールオイル/ガスの生産は、従来型油田のようなプラトー(同規模の生産量が持続する期間)がなく、米国最大のシェールフィールドの例で、1年目で69%、2年目で39%、3年目で26%にまで減衰しているという。そのため、通常は15年といわれるシェールオイル/ガスの設備償却期間を待たずに生産できなくなることもある、と。
そういうものに対して今後も生産量が増え続けるという予測はあまりに楽観的すぎる、というわけだ。
ちなみに上図で地熱はEPRが低く出ているが、一度設備投資すると、上図の左側に並ぶ地下資源のように枯渇の心配がほぼなく、永続的にエネルギーが得られる(プラトーが極めて長い)という長所がある。地産地消エネルギーとして有望だと考えられる所以だ。

とにかく、僕も含めて、漠然と「自分が生きているうちは大丈夫だろう」と思っている人たちは、石油がもう減産時期に入ったことだけは間違いないと認識しておかないといけない。若い世代、そしてこれから生まれてくる世代の人間は、確実に「石油が足りなくなる時代」を生きることになる。それを踏まえた上で、いい加減な楽観論を語る覚悟があるのか、ということだ。

石油文明の後の文明とは

では、石油がなくなっていくこれからの時代の文明はどんな形になるのか? 田村氏は様々なデータを踏まえながら、ザックリと以下のように論考していく。
  • 人類社会は、約1万年前に農業革命で森林エネルギーを使うことを覚え、約300年前の産業革命で化石燃料地下資源を利用することを覚えた。
  • 化石燃料の利用により食糧の増産が可能となり、人口が急増した。
  • 石油ピークを過ぎて、これからは化石燃料が減産していく時代になる。石油の次に天然ガスが、次いで2025年頃には石炭もピークに達する。
  • 石油ピーク後の各エネルギーのEPRは加速度的に低下し、使えるエネルギー(正味のエネルギー)が減少する。
  • 2055年には、石油と天然ガスの残存熱量が現在の森林が持つ熱量とほぼ同じくらいまで減る。石炭はまだ残っているが、石油が使えなくなると輸送コストなども上がるので、石炭のEPRが今のように高い水準を保てない。
  • 結果、18世紀半ばに起きた産業革命に始まる石油文明は、およそ300年で終焉を迎える。
  • 石油が使えなくなった時代の人口は、現在のおよそ3分の1くらいに減る
  • その後は森林エネルギーの利用に戻らざるを得ないが、石油文明時代に培った技術遺産があるので、自然エネルギーを利用した「科学的に進化した森林エネルギー」利用になっているはず。
  • そうした「進化した森林エネルギー」を利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている。

持続可能な社会とは

こうした現実を受け入れ、石油がなくなった後も人類がそれなりに平穏で安全な社会を構築し、そこそこ幸福な暮らしが営めるためにはどうすればいいのか。
ここからは、田村氏の言葉をいくつか抜き出してみる。
  • 持続可能な社会とは、モノの循環型社会だけでなく、地球の生態系の多様性が健全で、将来の世代にも引き継がれていく社会。
  • 工業的な大規模農業は、安い石油に依存しすぎている点、生態系に悪影響を与えている点、水を大量に利用する点で、今後は持続できない。
  • 放射性廃棄物の処理を将来世代に押しつけたり、工業的な大規模太陽光発電を各地に建設することも、持続可能社会の理念とは相容れない。
  • 持続可能な社会では、自然から一方的に収奪したエネルギー、資源に依存するのではなく、自然が循環してくれるエネルギーが基盤エネルギーとなる。
  • 利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然から学び、自然と共生する論理・心の持ち方に戻ることが決定的に重要。
  • 原発は、今廃炉を始めても、終了するときには化石燃料は減耗していてほとんど使えない。今止めなくていつ止めるのか。

これらはすべてまともな神経の識者たちから言い尽くされたことなのだが、どれだけ言葉を尽くして説明しても、なんとなく今の社会が永続的に続く、少なくとも自分が生きている間や自分の子どもの世代くらいまでは大丈夫だと思いこんでいる人がなんと多いことか。

田村氏は1943年生まれで今年75歳。僕は1955年生まれで今63歳。残りの人生の間に、石油が足りなくなり、石油を奪い合う阿鼻叫喚の世界を見ないで死ねるかもしれない。
でも、今、20代、30代の人たちはそうはいかないだろう。ましてや10代は相当厳しい世の中を生きなければならない。
その若い世代が、デタラメな政治を容認し、それどころか応援している人も少なくないことがやりきれない。

日本が何か特別な国であるかのように思い込むことは危険な要素を妊んでいるが、自分が生まれたこの日本列島という風土を愛する気持ちは自然なことだろう。
「愛国」を訴えるなら、「進化した森林エネルギーを利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている」ということの意味をもっと真剣に考えるべきだ。
Amazonで買えます。ぜひご一読を



30代のときに書いたこの小説を思い出した。Kindle版。書名を検索したら、まっ先にこんなブログがヒットして驚いた

北朝鮮とキューバ 「ポストソ連」政策の差2018/08/06 16:23

前回のまとめ(まっとうな社会論かを見極める判断基準)の内容はエントロピー環境論をかじった人たちには至極あたりまえのことだろう。
ひとつ、ん?! と思ったのは次の部分だった。
北朝鮮とキューバは、ソ連崩壊によって、石油ショートを初めて突然に経験しました。
北朝鮮は、専制的な執政の下で、従来の農法を踏襲しました。キューバは石油ショートを認識したとき、有機農法への移行という解決法を持ち合わせていました。政府の政策、科学者と農民の共働で有機農法と地産地消に努め、餓死を出すことなく平和的に文明の転換に成功しました。


そうか! と一瞬食いついたが、すぐに冷静になった。
有機農法への移行が完全解決策であるというように鵜呑みにはできないだろうし、過剰な幻想を抱くのも危険だろう。
キューバの農業改革については以下のような指摘もある。
「平和時の非常時」において、当面の外貨収入の増大をもたらす観光の推進、外国投資の誘致、外貨所持の自由化といった政策では経済危機の本格的な対策としては不十分であり、政府は、94 年から生産力を解放して、生産を増大するため、市場機能を導入した種々の経済改革政策を開始した。海外資本の積極的な誘致、各種自営業の拡大、国営農場の協同組合生産基礎組織(UBPC)への改編、農産物の自由市場の創設、工業製品の自由市場の創設、飲食自営業の承認、銀行制度改革、税制改革、企業改革などが推進された。しかし、カストロ議長は、急進的な経済開放から引き起こされるかもしれない経済混乱に乗じて米国の介入が予想されるとして、市場機能の導入には極めて慎重な態度を取っている。製造業、小売業において限られて業種で個人営業は認められているものの、小規模私企業は認められていない。

こうした経済危機の中で、食糧生産が、経済活動の第一の目標に置かれた。危機の 5 年間で国民の食料摂取は、30%減少した。政府は、乏しい外貨の中で、食料輸入を最優先におくとともに、食料の増産政策を進めた。激減した農業機械、石油燃料、化学肥料、化学農薬、化学除草剤を補うために、国内で利用できるものは何でも代替資材とされた。大規模農場は解体されて、協同組合生産基礎組織(UBPC)に改編されるとともに、農場の規模を 10 分の 1 程度にダウンサイズし、牛耕が行われ、バイオ肥料、バイオ農薬が使用されるようになった。このように、キューバにおいて、有機農業は、食料生産を維持するという歴史的事情から追求することを余儀なくされた農法の一手段であり、目的ではない
キューバの有機農業を論じるときには、この観点を失うと有機農業の現実を過度に美化することになりかねない。
「キューバにおける都市農業・有機農業の歴史的位相 」新藤通弘 『アジア・アフリカ研究』2007年第2号)

有機農業が目的化されると、再エネ信仰のような宗教になってしまいかねないのは確かだろう。しかし、現実に、北朝鮮とキューバの人たちのどちらが今、幸せそうに暮らしているかどうかを見れば、キューバのほうが国の運営に成功していることは誰の目にも疑いがない。
要するに、一国のリーダーが知性と理想と献身の精神を持ち、合理的な判断をできるかどうかが問われているのだ。
それを考えるサンプルとして、北朝鮮とキューバは実に分かりやすい。
そして、いうまでもなく、日本はその意味においては最悪レベルの国の一つになっており、戦後に蓄積した財産を急速に失っている。

↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

もったいない学会とエントロピー学会2018/08/06 16:21

前出の「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は、FIT(再生可能エネルギー固定価格買取)制度を用いた今すぐの移行ではありません  地球温暖化対策として、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる不条理なFIT制度を用いた今すぐの再エネの利用・拡大が、科学の常識を無視してやみくもに進められています」という文章は、「NPO法人 もったいない学会」というグループのサイトにあった。
もったいない学会の正式名称は「石油ピークを啓蒙し脱浪費社会をめざすもったいない学会」というらしい。
理事会名簿を見ると、
名誉会長:石井吉徳(東京大学名誉教授)
会長:大久保泰邦(産業技術総合研究所)
副会長:松島 潤(東京大学准教授)
……とあり、大学人や環境工学系企業の役員などで構成されているようだ。
なんだかエントロピー学会に似ているなあ、そういえばエントロピー学会は今でもあるのだろうかと検索したら、存在はしていた。室田武教授もまだ名を連ねていた。

僕の人生にいちばん影響を与えた本は、『資源物理学入門』(槌田敦、NHKブックス)と『エネルギーとエントロピーの経済学』(室田武、東洋経済新報社)だというのは、何度か書いているのだが、エントロピー環境論を知る前と後とでは、本当に人生観が変わった。
『マリアの父親』が「小説すばる新人賞」を受賞し、出版されたときは、まっ先にお二人に謹呈本を送った。するとすぐにお二人ともていねいな読後感想を書き送ってくださった。以後、今でも年賀状のやりとりは続いている。
 

上記登場する人たち(経産省グループの頭のいい人たちや「もったいない学会」に参加しているような学者やインテリ層)は、エントロピー環境論は理解しているだろう。その上で、合理性を無視して保身・出世のために事実を歪めて動く人たちと、真面目に真実を訴え続ける人たちがいるわけだ。
ほとんどの人たちはこの、生きていく上で最も根源的な「リアル社会の摂理」ともいうべき仕組みを理解していないし、知る機会も与えられていない。
どんなに努力しても、社会一般レベルでの理解度は深まらないのではないか。
となると、世間に向けて「こうなんですよ」と理屈を説明するよりも、(菅直人のような)理解していない政治家を啓蒙するほうが、成果は上がるのかもしれない。ルールを作るのは政治家たちなのだから。
では、政治家を啓蒙することができる人たちとは誰か。
本来は官僚たちがその役割を担わなければいけないのだが、魂がない、保身スキルだけ長けていく官僚が出世する。やはりその方向でも期待はまったくできないということか。脱力。

「もったいない学会」という名称はとってもダサいが、おそらく「エントロピー」という言葉を出しただけで多くの人に敬遠されてしまう経験を重ねたための苦肉の策なのだろう。ジレンマはよく分かるが、そこまで想像すると、やはり脱力してしまう。
「分かっている人たち」が集まって、その中で「そうなんだよね~」とやりとりしていても、ほとんどの人たちは耳を傾けないどころか目も向けない、気づかない、存在すら知らない。テレビのワイドショーやニュース番組もどきで言っていること、新聞のそれらしい評論が世の中の事実だと思っている。
でもまあ、脱力しているだけでは、ここまで書いてきた意味もないので、この「もったいない学会」のサイトで見つけたいくつかの注目される内容を列挙しておきたい。

太陽光発電の優遇は根拠がない

再エネ発電設備の実用化での効用を比較するには、この設備容量に設備の種類別の稼働特性ともみなされる年間平均設備稼働率の値を乗じて与えられる発電量kWhの値の実測値が用いられなければなりません。再エネ電力の利用・拡大で、設備稼働率の値が70 % 程度とされている地熱発電や中小水力発電などに較べて、稼働率の値がその1/6 程度の太陽光発電の利用の効果が、発電量ではなく、発電設備容量の値で評価された上で、FIT制度での最も高い電力の買取価格を設けて、優先的に、その利用・拡大が図られていることは、FIT制度の適用で、政府が太陽光発電事業者を特別に優遇していると言わざるを得ません。まさに、この国のエネルギー政策の混迷を象徴的に表していると言ってよいでしょう。
「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は~」久保田宏、平田賢太郎

「水素社会」など到来しない

輸送機関のEV化は移動機関「オール電化」である。しかし、長距離輸送の航空機と船舶の電動化はあり得ない。陸上自動車の燃料も石油代替の電力、「EVカー」である。それは日本において、原発の再稼働と水素社会のキャンペーンになっている。EVカーのエネルギー経済性を検討するまでもない。水素社会プロジェクトでは、地方で生産の再生可能エネルギーで水素製造し、EVに供給する迂回利用が滑稽にも真面目に語られている。利欲に染まった日本の支配層の視野はどこまで狭窄なのだろうか。原発も水素も石油インフラ依存の燃料であり、「EVの時代」はそんなに遠くない時期、恐らく21世紀半ばまでに安い石油が大幅に減耗し、石油代替エネルギーの経済性が破綻して、石油文明の存続が立ち行かなくなるともに終焉しよう。

日本国民の生活と五穀豊穣の国土の再生は、「大都市集中から地方再分散」、「都市の地方支配から都市と地方の共栄」にガラッと変えることにある。そのためには、ロボット・AI、IOTの正しい活用、大量に産まれる「技術的失業者」の希望ある地方移住が必要である。
「自動車EV化」は石油文明終焉の表れ 田村八洲夫)

田村氏の視点で注目すべきは、ロボットやAIを否定せず、「ちゃんと使え」と提言していることだ。これにはまったく同意する。
単にノスタルジックな田園風景賛美や江戸時代浪漫吹聴では現代社会が抱える問題は解決しない。
台風の進路を正確に予想できるコンピュータがありながら、なぜ経済政策はマヌケでデタラメなものばかりになるのか? それはコンピュータを正しく使おうとしていないからだ。目的が「多くの人びとが無理なく平和、幸福に暮らせる社会の実現」ではなく、支配層の保身や私利私欲になっているからだ。コンピュータがこんな使われ方をするなら、AIが合理的にコントロールする社会のほうがよほどまともだろう。

まともな社会像かどうかを見抜く

さらに田村氏は、
まっとうな社会論かを見極める判断基準は、
  • ①石油代替エネルギーによって、現代社会のかたちを維持しようとする社会像か
  • ②石油に替わるエネルギーの質に合わせて、文明のかたちが決まるとする社会像か
である。(当然、②が「まっとう」)
……という大前提を提示した上で、よく見る「ポスト石油社会」像の弱点や矛盾点を次のように指摘している。(要約)
≪太陽エネルギー社会論≫
太陽光エネルギーで、自動車、業務・家庭、電力等で使われている石油量(石油使用量の67%)300万バーレル/日を代替しようとすると、7億kWの発電設備、5,000?のパネル面積が必要。太陽光発電設備の大工業的な製造、リサイクルには効率的な石油燃料が必須。太陽エネルギーは、地産地消型自然エネルギーと考えるべき。

≪水素社会論≫
水の電気分解によって得られる(「二次エネルギー」である)水素ガスを化石燃料代替エネルギーにしようとする発想が根本的に間違っている。水を電気分解する膨大な電力は、何から作るのか。現実性がまったくない。

≪低炭素社会論≫
「地球温暖化人為論=CO2排出削減論」は主として原子力発電の推進で今の石油文明を継続させようという論になりがち。原子力発電には化石燃料が必要不可欠なので矛盾している。(しかも原子力を利用した後にできる廃物処理が不可能なので論外)

≪循環型社会論≫
大量生産・大量消費・大量廃棄の浪費社会から脱却し、資源循環を効率的に行って3R社会に転換しようする論。3Rは、リデュース、リユース、リサイクルの順に重要だが、実際には、経済成長に貢献しうるとしてリサイクル産業が重視されすぎている。エントロピーの高い廃物や廃棄物を有用物に加工するために良質なエネルギーを多量に使うのはナンセンス。金属等の資源の浪費をある程度抑えられても、多くの場合、石油等の化石燃料は節減されない。エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)を無視したリサイクル論はかえって資源浪費につながる。

≪持続可能社会論≫
石油に依存する二次エネルギーの利用や産業・交通に依存できなくなってからの社会は、自然が循環してくれるエネルギーを基盤にするしかない。いいかえれば、高エネルギー浪費型の現代社会から、もったいない精神による「低エネルギー文明」に移行するしかない。そのためには、利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然の性質を学び、自然と共生する論理・心の持ち方に、戻ることが決定的に重要。
「ポスト石油の文明社会論  現代石油文明の次はどんな文明か」 田村八洲夫


上記内容のコラムの筆者・田村八洲夫氏が書いた本『石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換』。本日到着


↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

太陽光発電は実際にはどれだけ発電しているのか?2018/08/06 16:16

私は太陽光発電を全否定しようとしているわけではない。送電施設を作ることが難しい or コストが合わない僻地などでは当然有効かつ必須なものだろうし、近年、ソーラーパネルの性能が上がっていることも確かだろう。
では、ソーラーパネルはどの程度進歩しているのか?
最近の効率や耐久年数をちゃんと教えてくれるデータを探していたら、こんなページに行き着いた。
「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は、FIT(再生可能エネルギー固定価格買取)制度を用いた今すぐの移行ではありません(その1) 地球温暖化対策として、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる不条理なFIT制度を用いた今すぐの再エネの利用・拡大が、科学の常識を無視してやみくもに進められています」(東京工業大学名誉教授 久保田宏、日本技術士会中部本部・事務局長 平田賢太郎)
このWEBページの論文の中にはいろいろな試算データが出てくるが、中でも目を引いたのは、「FIT制度を適用した再エネ電力の導入で、年間平均設備稼働率の計算値が100 % を超える非常識なデータを資源エネルギー庁が発表しています」という部分。

「日本エネルギー経済研究所編;EDMCエネルギー経済統計要覧2017」(一般財団法人省エネルギーセンター)というものがある。

ここに出てくるデータを検証していくと、非常に不可解なことがたくさんあるのだという。
たとえば、
1)FIT制度の適用認定を受けた設備のなかの運転しているものの比率
 という数値。これは認定を受けた設備の何パーセントが実際に稼働しているのかという数値だが、太陽光発電の場合、2012年は8.3%。2015年は34.1%となっている。認定を受けながら実際には稼働していない太陽光発電所のほうが多いということが分かる。FITでの買い取り価格が高い年度に認定だけ取っておいて、実際に設備投資するのは様子見しているところが多いわけだ。

2)2015年度の太陽光発電の発電設備容量3,284 万kW、発電量 793.8 k?という数値をもとに太陽光発電の年間平均設備稼働率の値を計算すると、11.9%となる。同様に2011年~2014年度の設備稼働率を計算してもまったく同じ11.9%となる。5年間、年間平均設備稼働率がまったく同じ数値というのは不自然ではないか。
同様の計算を風力発電や廃棄物+バイオマス発電についてもしてみると、やはり年度に関係なく、それぞれ19.9%、66.9%と出る。この数値は一般に公表されている再エネ電力の設備稼働率の数値とほぼ一致する。
つまり、ここに示されている再エネ電力の発電量数値は実測値ではなく、あらかじめ各再エネ電力に対して、それぞれに固有の年間平均設備稼働率の値を推定して計算した数値としか考えられない。

3)さらには、ここに出ている「固定価格買取制度認定設備容量・買取量」の値を、各再エネ電力種類別の認定設備容量と運転設備容量の比率(認定した設備のうち実際に稼働しているものの比率)、運転中の再エネ発電設備の種類別の「年間平均設備稼働率」を使って計算すると、「年間平均設備稼働率」の値が100%を大きく超える年度があるというのだ。



詳しくは上記のリンクをたどって読むことができるが、これが本当だとしたら、再エネ論議のベースとなる公のデータそのものが信用できないというゆゆしき事態になってしまう。


「日本エネルギー経済研究所」「省エネルギーセンター」とは?


この話が本当だとすれば、そういう内容のデータ本の編纂をした「日本エネルギー経済研究所」、出版元である「一般財団法人省エネルギーセンター」とはなんなのだろうか、と気になる。
Wikiなどによれば、
「日本エネルギー経済研究所」は「エネルギーと環境、および中東の政治経済に関する研究・調査などを行う日本の研究所」で、元資源エネルギー庁所管の財団法人。2005年に財団法人中東経済研究所と合併し、2012年に一般財団法人になったそうだ。
理事長の豊田正和氏は1973年通商産業省入省、元経済産業審議官、元内閣官房参与。専務理事の大谷豪氏は、1978年東京電力入社、元東京電力理事兼ロンドン事務所長。他の理事もみな経産省とのつながりがあり、経産省の外部機関みたいなものだろう。

「省エネルギーセンター」は、省エネ推進等の受託事業、エネルギー管理士試験などを実施する法人で、2012年までは経済産業省資源エネルギー庁所管の財団法人だった。いわゆる「省エネ大賞」授賞事業も管轄している。
現会長の藤 洋作(ふじ ようさく)氏は、京都大学工学部電気工学科卒業後、関西電力に入社。1989年に同社取締役、2001年に同社代表取締役社長就任。2014年に原子力発電環境整備機構(NUMO)副理事長就任……という経歴。

お名前を検索すると、⇒こんな記事もあった。

このへんまで調べた時点で、強烈な脱力感に襲われて、これ以上なんやかや書く気力が失せてしまった。
頭のいい人たちが都合のいいようなデータを作り、メディアはそれをそのまま流し、いわゆる「意識高い系」みたいな人たちがしたり顔でエネルギー論をぶち上げる。そんな構図の中で、一体どれだけまともな議論ができるだろうか。


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真夏は太陽光発電の効率が落ちる2018/08/06 16:06

京都市メガソーラー航空写真(Googleマップより)
表の日記には1ページで書いたのだが、長文になったので、こちらブログ版では何回かにトピックを分けてUPする。

今年の夏は異常な暑さで、我が家の周辺では雨もほとんど降っていない。これだけ強烈に晴れていればさぞソーラー発電も頑張っているだろうと思いがちだが、実際にはそうではない。
1年のうちで、太陽光発電からの発電量がいちばん多い月は5月だという。なぜ日照時間の多い8月ではないのかというと「8月は暑すぎるから」。
太陽電池は「パネル温度が高くなるほど発電効率が低下する」のだ。
温度が上昇すると、電流は若干上昇するのですが、電圧の低下の方がそれよりもはるかに大きいため、温度が高くなるほど電流×電圧=電力は低下し、発電効率が落ちるということになります。

日射量の増大により発電量が順調に増えているように見えますが、その裏で、実は太陽電池パネルの温度上昇により電圧が低下し、発電効率は下がっているのです。
「太陽電池パネルの温度と発電電力」 ㈱ラプラスシステム提供 太陽光発電モニタリング基礎講座 より)


太陽光発電システムのメーカーが計算式まで示してきちんとこう説明している。

他にも、
ソーラーパネルは外気温や日射で発電面が熱されることで出力(日射を電力に変換できる能力)が落ちます。真夏の気温の高さはあなどれず、条件次第では冬場より発電量が落ちる可能性も少なくありません。
太陽光発電総合情報「太陽光パネルの温度と損失係数 夏と冬では発電量逆転の可能性も?」

など、太陽光発電システム導入を進めているサイトでも、この事実はきちんと説明されている。

それなのに、菅直人の惚けかたはエスカレートしていて、
なぜ前代未聞の猛暑なのに電力不足が生じないのでしょうか。それは太陽光発電が普及したからです。
「太陽光発電が猛暑の電力不足を救う」 政治に市民常識を 菅直人Officialブログ 2018/08/02

などと、根拠のない妄言をはき続けている。この人が残したFIT制度導入という悪法のおかげで日本の国土が破壊され続けているのに、未だに基本的なことも学んでいないだけでなく、能天気、無責任、非科学的な言葉を吐き続ける。立憲民主党にとっていちばんの老害、地雷ではないか。

真夏のソーラーパネルといえば、2年前には住宅のそばに建てられた太陽光発電所のおかげで熱中症になったという訴訟があってメディアでも取り上げられた。この手の苦情、訴えはその後も全国で増えている。
「ソーラーパネル 気温上昇」で検索すると、ソーラーパネルとヒートアイランド現象との関係について調べようと試みた研究論文がヒットした。
この論文の「結論」部分にはこんな記述がある。
各種表面からの顕熱フラックス*を、日射量に対する比で比較するとソーラーパネルは草地や屋上緑化よりも大きく、草地や屋上にソーラーパネルを設置することで、周辺の温熱環境へ影響を与えることが懸念される。
また、今後の課題として、ソーラーパネルのヒートアイランド現象の影響についての対策が必要であると考えられ、ソーラーパネル設置時における顕熱フラックスの算出等のシミュレーションによる検討が必要であり、今回の結果を活用したモデル化が望まれる。
太陽光発電パネルの熱収支特性の評価に関する研究 野村洋平、日本工業大学研究報告 第45巻 第1号 (平成 27年6月)収録)
*顕熱フラックス:温度の高いところから低いところへ輸送されるエネルギー


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死んだゴルフ場がメガソーラーというゾンビとして甦る2018/08/03 16:20

京都市メガソーラー航空写真(Googleマップより)

土砂崩れを招く大元の原因は?

ニュース番組で、京都市の山が土砂の不法投棄でとんでもないことになっているというのをやっていた。


他人の土地(山)に土砂を不法投棄しているというのだが……


不法に捨てられた土砂が雨で流れて、麓の住民に土砂災害の危機が……というのだが、そもそもその土砂はどこから運ばれてきたのか?
ドローン映像で一瞬映った周囲のメガソーラーらしき光景が気になったので、Googleマップの航空写真で確認してみたら、すごいことになっていた。

一瞬映し出されたドローン映像にはソーラーパネル群が映っていた



Googleマップで航空写真を見ると、こんなことになっている↑

このメガソーラーの場所はもともとは「伏見桃山ゴルフコース」(京都市伏見区小栗栖山口町)というゴルフ場だった。
経営は(株)伏見桃山ゴルフクラブ。昭和38(1963)年設立の会社で、ここが京都市伏見区にある大岩山に9ホールのゴルフ場を造って開業したのが昭和42(1967)年。しかし、経営が立ちゆかなくなり、平成13(2001)年にゴルフ場の土地・建物を米国外資系のファンド会社、マハリシ・グローバル・ディヴェロップメント・ファンド(日本支店は栃木県那須塩原市)に売却し、その後は運営のみを行っていたが、平成20(2008)年に自己破産を申請。以後、(株)新伏見桃山ゴルフクラブ、伏見桃山ゴルフコース(株)と、マハリシ社から運営受託した会社はいくつか変遷するが、平成26(2014)年6月にゴルフ場閉鎖。土地所有者であるマハリシ・グローバル・ディヴェロップメント・ファンドは土地を売りに出し、以後、あっという間にメガソーラーになった。

そして、
投棄や無許可造成で崩落防止工事中だった土砂が西日本豪雨で崩れ、住宅街に迫った京都市伏見区の大岩山のふもとでは、住民たちが次の豪雨への不安を募らせている。26日には市議会委員会でも取り上げられ、市も台風12号に備えて緊急会議を開催。
毎日新聞 2018/07/27 台風接近「頭上に爆弾」 不法投棄土砂に不安
 
……と、冒頭のテレビニュース報道などにつながっていく。

山を切り拓いてゴルフ場を造った時点でダメだが、その後もよろしくない。ゴルフ場ならまだ草も生えていただろうが、ソーラーパネルを敷き詰めたことによって、土壌がさらに弱くなり、表土が簡単に流出するようになっただろう。
こうなると、資金がない自治体などは対応できず、ひたすら逃げの姿勢になる。

市は今年1月、住民からの通報を受けた調査で違法な盛り土を確認し、業者に崩落防止工事を指導したが、住民には何の説明もなかった。崩落防止工事でも大量の土砂が運び込まれてきたが、住民たちは「まだ不法投棄が続いているのか」と思っていた。
(略)
今後の避難のあり方についても、市は25日まで「住民が自主的に」と回答するなど鈍かった。市防災危機管理室は26日になって「土砂が堆積(たいせき)し、崩れる危険は高まっている。避難勧告などを出す基準を現状より引き上げなければならない。早急に現地を調査する」としたが、自治会の男性(75)は「(毎日新聞などの)報道を受け、ようやく重い腰を上げた」と話した。
毎日新聞 2018/07/27 台風接近「頭上に爆弾」 不法投棄土砂に不安
 

「後は野となれ山となれ」という言葉があるが、ここまで壊してしまうと、簡単には野や山には戻らない。

狙われる経営難ゴルフ場、倒産するソーラー業者

メガソーラー建設を目論む業者にとっては、経営破綻しているゴルフ場は格好のターゲットだ。邪魔な樹木はほとんどないし、相手は経営破綻しているから土地を買い叩ける。その後は「建て逃げ」。

⇒ここに、某ゴルフ場会員権販売会社が独自調査した「ゴルフ場跡地を利用してメガソーラー事業に参入する企業増加 全国閉鎖・廃業・営業停止中ゴルフ場」というリストがある。
膨大な数のゴルフ場がのっていて驚かされた。

私が住む栃木県内やお隣の白河あたりのゴルフ場だけを拾ってみただけでも、↓これだけある。
平成24年
  • 7月02日 福島空港GOLFCLUB(福島)・売却 サニーヘルス(株)
  • 9月23日 ガーデンバレイカントリークラブ(福島)・閉鎖 永和電力(台湾企業)
平成25年
  • 1月 星の郷G&H烏山 競売に出る
  • 1月17日 ロイヤルカントリークラブ(栃木)・ゴルフ場練習場跡地 (株)染宮製作所・オーナー
  • 2月01日 鬼怒川カントリークラブ(栃木)、閉鎖中の9Hに建設 (株)鬼怒川温泉ゴルフ倶楽部
  • 3月05日 黒磯カントリー倶楽部(栃木)・閉鎖 不明
  • 5月15日 那須ちふり湖カントリークラブ(栃木)の隣接地 鹿島建設(株)
  • 5月17日 グランディ那須白河ゴルフクラブ(福島)の隣接地 リゾートトラスト(株)
  • 5月20日 野澤ゴルフガーデン(栃木、ショートコース)跡地 (株)大林組の子会社
  • 6月21日 ディアレイク・カントリー倶楽部(栃木)の遊休地 オリックスグループ
  • 6月27日 SK白河ゴルフ倶楽部(福島)・閉鎖 (株)東京プロパティマネジメント
平成26年
  • 1月20日 那須小川ゴルフクラブ(栃木)の18Hを閉鎖 (株)タカラレーベン
  • 1月20日 新・ユーアイゴルフクラブ(栃木)・閉鎖 (株)オーイズミ
  • 3月5日 JGMゴルフクラブ益子コース(栃木)・閉鎖 不明
  • 6月2日 星の郷ゴルフ&ホテル烏山(栃木)・閉鎖 上海電力日本(株)(中国)
  • 6月2日 ITC白川CC(福島)・18H計画頓挫、跡地 上海電力日本(株)(中国)
  • 6月23日 コリーナGC(栃木、18H計画頓挫)・跡地 京葉プラントエンジニアリング(株)
  • 7月1日 グリーンウッドCC(福島、閉鎖)・跡地 (株)グリーンウッドCC
  • 8月5日 東宇都宮CC(栃木)・閉鎖/新里見CC(茨城)・閉鎖 (株)ケン・コーポレーション
  • 8月28日 随縁CC鬼怒川森林C(栃木)・閉鎖 不明
  • 9月10日 那須野ヶ原CC(栃木、パブリック、27H)・9H (株)那須野ヶ原カントリークラブ
  • 10月23日 ユニオンエースGC(埼玉、27H)・9H閉鎖 IP秩父ソーラー発電合同会社
  • 宇都宮CC(栃木)・遊休地 (株)宇都宮ゴルフクラブ
  • 11月25日 サットンヒルズCC(茨城)・閉鎖 エネルギープロダクト(株)
  • 12月7日 西那須野CC(栃木)・遊休地 SBエナジー(株)
  • 12月12日 ロイヤルCC(栃木、36H)・18Hを閉鎖 不明
平成27年
  • 9月14日 ファイブエイトGC(栃木)・閉鎖 不明
  • 12月20日 サンモリッツCC(栃木)・閉鎖 JGA国際エナジー(株)
平成28年
  • 9月1日 トミーヒルズGC栃木C(栃木)・閉鎖 不明
  • 9月9日 白河国際CC(福島)36H中の18H (株)一条工務店
  • 9月20日 日刊スポーツGC(仮称名、群馬)・頓挫跡地 安中ソーラー
  • 9月21日 ケントスGC(栃木)・閉鎖 不明
  • 9月21日 西の郷CC(福島)・閉鎖 J・R・E(株)
平成29年
  • 1月17日 福島石川CC(福島)、27H中21H閉鎖 不明
  • 10月30日 新白河ゴルフ倶楽部(福島)・閉鎖 不明

行末の企業名は転売先だが、中国などの外資系企業もある。
ソーラー発電所を建てた後はどうなるか? 発電事業を引き受けた企業は実績が上がらなかったり、買い取り価格が下がったりすれば投資額を回収できずに倒産に追い込まれる。しかし、設備を納入したメーカーや施行した土建業者は、その後がどうなろうと利益確定で儲かる。これが「建て逃げ」だ。
京都の伏見桃山ゴルフコース跡地に作られたメガソーラーから5kmほど東の伏見区醍醐陀羅谷には、2013年に閉鎖した京都国際カントリー倶楽部跡地に関西最大級というメガソーラー「京都・伏見メガソーラー発電所」(事業者:京セラTCLソーラー合同会社、設計?施工:三井住友建設株式会社)ができているが、ここにソーラーパネルを納入した唐山海泰新能科技有限公司(HTソーラー)は中国河北省の企業らしい。⇒ここで空撮動画も公開しているので、どのくらいの規模なのか実感できる。

「京都・伏見メガソーラー発電所」 Googleマップより


で、建設会社や設備メーカーは建てた時点で儲かるが、発電事業を引き受けた事業者はこれから先、厳しい道が待っている。
昨年7月に帝国データバンクが発表した「第3回 太陽光関連業者の倒産動向調査」という調査報告書の冒頭にはこうある。
太陽光関連業者の倒産が急増している。 2012 年7月に始まった「再生可能エネルギー固定価格買取制度」(FIT)を機に市場が急拡大した太陽光発電だが、その後、買取価格が連続して引き下げられたことなどでブームは沈静化。この間、太陽光関連企業の倒産が目立つようになっている。

2006 年1月から 2017 年 6 月までの太陽光関連業者の倒産件数は、251 件に達した。(略)
2017 年上半期(1-6 月)の太陽光関連業者の倒産は 50 件と倍増(前年同期比 2.2 倍)、一時は爆発的に市場が拡大した太陽光関連の落ち込みを映し出す結果となった。現在の増加ペースからみて、2017 年通年では 100 件を超えてくる可能性もある。
(略)
これまで、太陽光関連業者の倒産は訪問販売業者やオール電化住宅の販売業者、また設置工事業者などが多かった。その大勢に変わりはないものの、負債額上位には太陽光パネルやセルなどの製造業者も増えている。産業構造に目に見える変化が生じつつあり、関連事業者の苦境は続くだろう。
(帝国データバンク 「第3回 太陽光関連業者の倒産動向調査」

倒産した企業の中で負債額のトップは特定規模電気事業者(PPS)の日本ロジテック協同組合で、負債額162億8200万円。
2位は環境共生型マンションに特化した中古マンション買取・再販業者のシーズクリエイト(株)で、負債額114億4200万円。
3位は中国資本の太陽光発電パネル製造業者(株)ZEN POWERで、負債額52億円。
発電業者、ソーラーパネル付きマンションを売買していた不動産屋、そしてソーラーパネル製造業者までもが大型倒産しているのだから、事態は深刻だ。
巨大企業は、グループ内企業にパネルの卸し販売をさせたり建設業者がいたりして、発電をしなくても建て逃げ利益が出るようにしているのだろうが、こんなビジネスが長続きするわけがない。
そして、この手の「ソーラーバブル」が終わらないうちは、国民は高額な再エネ賦課金をもぎ取られて苦しみ、日本の国土は荒らされ続け、次世代への負の遺産が増え続ける。

税金を投入して不合理な事業を押し進めた結果、国土が荒廃し、経済も疲弊する。
エコエコ詐欺に加担する悪法を作った政治家たちの罪は深い。

↑これは私の「遺言」です

ワンセグケータイ裁判のデタラメ2018/07/28 22:53

「合法的集金稼業」に前のめりになっている弁護士事務所が増えた。テレビをつければその手のCMがわんさか流れてくる。
集金ターゲットが高利貸し業者ならまだいいのだが、IT弱者ともいえる高齢者を狙う手法もエスカレートしているようだ。
以前、「老人よ、弁護士とNTTとNHKから身を守れ」と題する日記を掲載した。これに関して、同様の被害を受けたので裁判を起こしているというかたからメールが来た。
僕が日記に書いたのは自分の例ではなく、親父の契約についてだから、契約締結時のいきさつやその後のことはよく分からない。しかし、メールのかたはご自分の契約のことで、したはずのないオプション契約を勝手に締結され、十数年間もクレジットカードから引き落とされていたという。このかたは海外に在住しており、明細が示されていない一括引き落としだったために気づくのが遅れたそうだ。
海外生活に入る前に結んだ契約時の書類も出てきて、相手方(プロバイダ)の説明がウソだらけであることも証明できているという。
「海外のマスコミも視野に入れ、なんとかこの事実を高齢者の方にも知ってもらい、自分が課金されているものの詳細をチェックするように働きかけたい」という。しかし、相手は巨大企業。個人で裁判を続けていくのは大変だろう。
日本の裁判所は、ワンセグケータイを持っているだけでNHKとの受信契約を結ばなければならないというトンデモ判決を出す。そういう国なのだ。
テレビを視聴できるワンセグ機能付き携帯電話の所持者に、NHKと受信契約を結ぶ義務があるかが争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(深見敏正裁判長)は26日、1審・さいたま地裁判決(2016年8月)を取り消し、「契約義務がある」としてNHK側の逆転勝訴を言い渡した。同高裁では別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており、控訴審ではいずれもNHKの勝訴となった。
「ワンセグ携帯 NHK逆転勝訴 義務認定3件目 東京高裁」 毎日新聞 2018/03/26)

「別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており」というのは、水戸地裁と千葉地裁で起こされた同様の裁判を22日に東京高裁が控訴棄却したことをさしている。
控訴していたのは50代と60代の男性で、どちらもテレビを所持していないのに、ワンセグ受信可能なケータイ端末を所持していたというだけでNHKとの契約を結ばされたというもの。
どちらの裁判でも、
  • ワンセグ機能付きの携帯電話を所持する=放送法が定める「受信設備の設置」にあたる
  • ワンセグ携帯ユーザーにNHKを受信する意思がなくても、受信契約の締結義務がある
とした。
家にテレビを持っていない中高年が、ケータイの小さな画面でわざわざワンセグテレビを見るとは到底思えない。
これがまかり通るなら、速度超過運転をする意思がなくても時速200km出せる自動車を所持しているだけで違法だとか、そういう話にもなるのではないか。

NHKを視聴しなくても契約義務が生じるという滅茶苦茶な論理の根拠となっている放送法第64条を改めて見てみよう。
【放送法第64条(受信契約及び受信料)】
第1項  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

ここには「設置」とある。
2016年8月26日のさいたま地裁判決では「ワンセグ機能付き携帯電話の所持は放送法上の受信機の設置にあたらない」として、原告勝訴となった。あたりまえの判決だろう。
しかし、上記、今年(2018年)3月26日の東京高裁では、このさいたま地裁判決を取り消し、放送法64条第1項の「設置」は備え置くだけでなく、携行も含む、という拡大解釈までしてNHKの逆転勝訴とした。ケータイを所持していることが「NHKを受信できる装置を設置した」ことになるというこの「解釈」を、はたしてどれだけの人が受け入れられるだろうか。
デジタル放送になって、テレビ受像器はB-CASカードなしでは受信できなくなった。放送法を現状に合わせて改定し、NHKもWOWOW同様、スクランブルをかけて放送すればいいだけのことだ。「公共放送」というのであれば、災害時の緊急放送などだけノンスクランブルで放送すればよい。現状ではNHK総合は、災害時にもL字枠に「死者○人」などと出すだけで、ドラマやスポーツ中継を流している。民放となんら変わらないのだから。

最近、こんな事例を知った。
東北のある町から大都市の大学に進学し、初めて都会のひとり暮らしを始めたばかりの女性の部屋に「NHKの契約はお済みですか?」と男が訪ねてきた。
女性はテレビを部屋に持っていなかったし、これからも持つつもりはなかったが、そう答えると、「携帯電話は持っているんじゃないですか?」と問い詰められ、ワンセグ受信が可能なケータイだったため、契約書、しかも銀行口座から自動引き落としする契約書にその場で署名捺印させられたという。
この話を聞いて、高齢者だけでなく、田舎から都会に出てきた若い女性なども集中的に狙われるのかと、暗澹たる気持ちになった。
社会正義とか公平公正などという言葉が通用しない日本の法律、法の運用。それを利用して非生産的なビジネスにしがみつく大企業やら弁護士事務所やら……本当に情けない国になってしまった。


↑これは私の「遺言」です

西日本豪雨被害は人災か2018/07/25 15:05

「合法的集金稼業」に前のめりになっている弁護士事務所が増えた。テレビをつければその手のCMがわんさか流れてくる。
集金ターゲットが高利貸し業者ならまだいいのだが、IT弱者ともいえる高齢者を狙う手法もエスカレートしているようだ。
以前、「老人よ、弁護士とNTTとNHKから身を守れ」と題する日記を掲載した。これに関して、同様の被害を受けたので裁判を起こしているというかたからメールが来た。
僕が日記に書いたのは自分の例ではなく、親父の契約についてだから、契約締結時のいきさつやその後のことはよく分からない。しかし、メールのかたはご自分の契約のことで、したはずのないオプション契約を勝手に締結され、十数年間もクレジットカードから引き落とされていたという。このかたは海外に在住しており、明細が示されていない一括引き落としだったために気づくのが遅れたそうだ。
海外生活に入る前に結んだ契約時の書類も出てきて、相手方(プロバイダ)の説明がウソだらけであることも証明できているという。
「海外のマスコミも視野に入れ、なんとかこの事実を高齢者の方にも知ってもらい、自分が課金されているものの詳細をチェックするように働きかけたい」という。しかし、相手は巨大企業。個人で裁判を続けていくのは大変だろう。
日本の裁判所は、ワンセグケータイを持っているだけでNHKとの受信契約を結ばなければならないというトンデモ判決を出す。そういう国なのだ。
テレビを視聴できるワンセグ機能付き携帯電話の所持者に、NHKと受信契約を結ぶ義務があるかが争われた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(深見敏正裁判長)は26日、1審・さいたま地裁判決(2016年8月)を取り消し、「契約義務がある」としてNHK側の逆転勝訴を言い渡した。同高裁では別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており、控訴審ではいずれもNHKの勝訴となった。
「ワンセグ携帯 NHK逆転勝訴 義務認定3件目 東京高裁」 毎日新聞 2018/03/26)

「別の裁判長らも22日に契約義務を認める判決を2件出しており」というのは、水戸地裁と千葉地裁で起こされた同様の裁判を22日に東京高裁が控訴棄却したことをさしている。
控訴していたのは50代と60代の男性で、どちらもテレビを所持していないのに、ワンセグ受信可能なケータイ端末を所持していたというだけでNHKとの契約を結ばされたというもの。
どちらの裁判でも、
  • ワンセグ機能付きの携帯電話を所持する=放送法が定める「受信設備の設置」にあたる
  • ワンセグ携帯ユーザーにNHKを受信する意思がなくても、受信契約の締結義務がある
とした。
家にテレビを持っていない中高年が、ケータイの小さな画面でわざわざワンセグテレビを見るとは到底思えない。
これがまかり通るなら、速度超過運転をする意思がなくても時速200km出せる自動車を所持しているだけで違法だとか、そういう話にもなるのではないか。

NHKを視聴しなくても契約義務が生じるという滅茶苦茶な論理の根拠となっている放送法第64条を改めて見てみよう。
【放送法第64条(受信契約及び受信料)】
第1項  協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

ここには「設置」とある。
2016年8月26日のさいたま地裁判決では「ワンセグ機能付き携帯電話の所持は放送法上の受信機の設置にあたらない」として、原告勝訴となった。あたりまえの判決だろう。
しかし、上記、今年(2018年)3月26日の東京高裁では、このさいたま地裁判決を取り消し、放送法64条第1項の「設置」は備え置くだけでなく、携行も含む、という拡大解釈までしてNHKの逆転勝訴とした。ケータイを所持していることが「NHKを受信できる装置を設置した」ことになるというこの「解釈」を、はたしてどれだけの人が受け入れられるだろうか。
デジタル放送になって、テレビ受像器はB-CASカードなしでは受信できなくなった。放送法を現状に合わせて改定し、NHKもWOWOW同様、スクランブルをかけて放送すればいいだけのことだ。「公共放送」というのであれば、災害時の緊急放送などだけノンスクランブルで放送すればよい。現状ではNHK総合は、災害時にもL字枠に「死者○人」などと出すだけで、ドラマやスポーツ中継を流している。民放となんら変わらないのだから。

最近、こんな事例を知った。
東北のある町から大都市の大学に進学し、初めて都会のひとり暮らしを始めたばかりの女性の部屋に「NHKの契約はお済みですか?」と男が訪ねてきた。
女性はテレビを部屋に持っていなかったし、これからも持つつもりはなかったが、そう答えると、「携帯電話は持っているんじゃないですか?」と問い詰められ、ワンセグ受信が可能なケータイだったため、契約書、しかも銀行口座から自動引き落としする契約書にその場で署名捺印させられたという。
この話を聞いて、高齢者だけでなく、田舎から都会に出てきた若い女性なども集中的に狙われるのかと、暗澹たる気持ちになった。
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