「日本製」神話なんてとっくに崩壊している2019/08/31 16:34

朝日新聞に「中国製か日本製か、誰も分からない」告発者が語る手法 という記事が載った。
ブロニカという時計販売会社が売っている腕時計は100%中国で組み立てているが、それを日本に持ち込んでから裏蓋に made in Japan の刻印を押している……という内容。
しかし、そんなのとっくの昔からどんな業界でもやっていることで、何を今さら……と思う。
中国の鰻を日本に輸入して、ちょっとだけ生け簀に放してから加工し、「日本産」として出荷するとか、そういうのはみんながすでに知っていること。
家電製品や衣料品なども、今やメーカーの本部がどこにあるかとかは関係なくて、工場は中国や東南アジアにある。もっとも、それらは正しく made in China や made in Malaysia などと記されている。だから、この腕時計の場合、正しく made in China と刻印するべきではないかということだと思うが、腕時計に「日本製」を要求するセンスがすでにずれている。正確な時刻を知りたければ、スマホがいつでも教えてくれる。腕時計はもはや時刻を知る道具ではなく、アクセサリーのカテゴリーに入るだろう。センスのよいデザインであっても made in China ならアクセサリーとしての価値が下がるというのであれば、それはもう裸の王様の世界というか、特殊な趣味の世界ということで、放っておけばいいのではないか。ブロニカの腕時計が made in Japan か made in China かなんて、ほとんどの人にとってはどうでもいいことだ。
そもそも「日本製」の信用度、made in Japan のブランド力って、今でもあるのだろうか。

「日本製」にわざわざドイツのブランド名を被せる

この腕時計の事例とは逆に、日本製なのにわざわざ海外ブランドを冠して商品価値を高めようとする例もある。
カメラのレンズなどはその典型で、日本製であっても、わざわざドイツに本部がある企業にライセンス料を支払って「ライカ」や「カールツァイス」というブランドを冠している。作っているのはコシナ、シグマ、タムロンなどの日本メーカーなのに、わざわざさらに金を払ってドイツのブランドを冠したほうが高級品のイメージが作れるということなのだろう。

日本のカメラメーカー・ヤシカはカール・ツァイスとブランドライセンス契約を結び、ヤシカが製造する高級機にカール・ツァイスのレンズ、カメラ本体にはコンタックスのブランドを使った。
そのヤシカが後に京セラに吸収されたため、京セラも引き続きコンタックスというブランド名を使っていた。
京セラがデジタルカメラ事業から撤退する寸前に、Finecam SL300R、Finecam SL400Rという、ボディが2つに分かれて回転し、レンズ部分の深さとボディの薄さを両立させる「スイバル」タイプと呼ばれるコンパクトデジタルカメラを発売したことがあった。このSL300R/400Rには、ほぼ同じ設計・仕様でコンタックスブランドのCONTAX SL300RT/400RTという革シボをあしらったお洒落な製品があって、価格は京セラブランドのFinecamの2倍くらいした。
スイバルタイプのコンパクトカメラは好きだったので、欲しかった1台だ。性能的には限りなく同じだと分かっていても、「CONTAX」のロゴとお洒落なデザインは確かに魅力的だったのを覚えている。これがまさに「ブランド」の力だろう。

デジタルカメラといえば、コンパクトデジカメの生産においてサンヨーのシェアが圧倒的だった時期がある(そもそも「デジカメ」はサンヨーの登録商標)。しかし、サンヨーが生産シェア世界一を誇っていた時期、そのほとんどは他社へのOEM供給だった。「サンヨー」のカメラでは売れないが、オリンパスやニコンのブランドをつけると売れる。
そのサンヨーもその後は消えていき、今ではコンパクトデジカメというジャンルそのものが消えてしまいそうな状況にある。

「ブランドイメージ」の難しさ

ブランドイメージがどう定着していくのか……実力通りなのか、PR戦略の賜物なのかというのは、興味深いテーマだ。

腕時計でいえば、カシオは、元は「安い電卓を作るメーカー」というイメージだったが、知らないうちに国外で腕時計のG-SHOCKシリーズが大人気になり、その人気が逆輸入されるような形で日本国内でもブランド力を持つに到った。
でも、日本で作っているのは少なくて、タイや中国製が多い。

世界で初めてラジカセを発売したといわれるAIWAは、当初、国内では二流メーカーと見られていて、安売り店でよく見かけるブランドという認識だったが、海外、特に中東などでは大変な人気と信用があった。
2002年ソニーに吸収され、2008年にはブランドそのものが消えてしまったが、2017年にソニーの下請け工場などをしていた秋田県の十和田オーディオという会社がソニーからAIWAブランドを譲り受けて自社製品開発を始めた。
個人的には、AIWAよりも「十和田オーディオ」のほうが高級で、いい音を出しそうな気がしてしまうのだが……。
アメリカにチボリオーディオという高級ラジオを作るメーカーがあって、かなりのお値段で売られている。今、私の目の前にあるミニマムオーディオセットのスピーカーユニット(8cm)にも「Tivoli Audio」の印字がある。チボリオーディオの高級ラジオのために作ったスピーカーユニットで、中国工場から流れてきたのを1個2100円で入手したものだが、とても気に入っている。
そのとき一緒に買った無印の10cmユニットは1個690円だったから、その3倍もする。このユニットにAIWAと印字されていたら2100円も出して買わなかった。でも「TOWADA AUDIO」と印字されていたら買ってしまったかもしれない。
で、実際には同じものになんのブランド名も印字されていなければ1個500円とか600円で入手できたのだろう。だから、Tivoli Audioという印字があることは「高級ラジオのメーカーが生産を依頼している工場で作られたスピーカーだから、変なものではないはずだ」という安心料のためにプラス1500円を出したことになるのかもしれない。それはそれで仕方がない。

海外向けにラジカセのAIWAブランドを復活させたのはいいことだが、それとは別に、高級オーディオブランドとしての「十和田オーディオ」が誕生したらもっと嬉しい。
↑690円の無印中国製ユニットと2100円のチボリオーディオの8cmユニット。後方は中国製のタンノイ
↓AIWAのミニコンポについていたスピーカーから外したウーハー。これと無印10cmユニットを交換して、フルレンジシステムに作り替えたらすごくいい音になった


ま、そんなこんなだから、今はもう、製造国やブランドは関係ない。怪しい中国製が日本の老舗ブランドの製品より高性能・低価格だったりすることは普通にある。もちろん、怪しい中国製が、しっかりダメダメで、すぐに壊れたり、設計がおかしかったりすることも多いわけだが。

シャープも東芝も、もはや「日本企業」ではない?

話を「日本製」のブランド力ということに戻そう。

液晶テレビが出始めたとき、大型家電店の液晶テレビ売り場に見に行ったことがある。どのメーカーの画面がいちばんきれいだろうとじっくり見て回った結果、国内メーカーのテレビよりもひときわきれいな画面だったのがサムスンのテレビだった。店頭用に輝度を上げていたのではないかといわれそうだが、それなら他のメーカー製品もそうしていたはずだし、輝度による見ばえではなく、色味の自然さや精細さが明らかに勝っていた。日本の家電メーカーへの信頼が一気に揺らいだ瞬間だった。
日韓戦争などと騒いでいるが、今、サムスンに勝てる日本の家電企業はどのくらいあるだろう。
冷静に現実を見ないと、気がついたときは取り返しがつかなくなる。

液晶テレビでは、一時期シャープがブランド力を持っていた。
シャープが三重県亀山市に、巨額の補助金(三重県から90億円、亀山市から45億円)を得て工場を作ったのは2002年のことだった。「世界の亀山」ブランドとして吉永小百合を起用したテレビCMなどで大々的にPRした結果、「液晶はシャープ」というブランド刷り込みに成功した。今でもその「亀山ブランド」を信じている人は多いのではないだろうか。
しかし……
亀山第1工場は2009年初頭より操業を停止。生産施設をすべて中国企業に売却し、建屋のみが残った状態となった。莫大な補助金を投入した工場が、わずか6年で操業停止して設備を売却と言う事態に、シャープは県から補助金約6億4000万円の返還を求められた。(Wikiより

液晶テレビ「アクオス」の生産拠点として2004年に稼働して以降、一時代を築いた“世界の亀山”ことシャープの亀山工場(三重県・亀山市)。テレビ事業が大幅に縮小してからも、生産ラインを一部売却し、スマホやタブレット向け中小型パネルの生産に乗り出すなど、形を変えながら存続してきた。
だが昨今、シャープを買収した台湾・鴻海精密工業が進める“分業体制”により、亀山工場の稼働率が大きく下がっていることがわかった。
シャープ「世界の亀山」液晶工場が陥った窮状 外国人労働者3000人解雇の裏に「空洞化」 東洋経済ONLINE 2018/12/19

シャープが栃木工場(栃木県矢板市)でのテレビ生産を2018年末に打ち切ると発表したのを受け、県や矢板市は情報収集に追われた。栃木工場は日本の家電産業が競争力を失うのに合わせて、段階的に生産規模を縮小してきた。
シャープ、テレビ生産停止 「遅かれ早かれ」地元は冷静 栃木工場の栃木県矢板市 日本経済新聞 2018/08/03


シャープといえば、かつてはNECやゼネラル、サンヨーなどと並んで、国内家電メーカーとしては二流のイメージがあった。
お金があるなら、ナショナル(現パナソニック)、東芝、三菱、日立、ソニーなどを買いたいが、少しでも安く買いたいから、シャープ、NEC、ゼネラル、サンヨーあたりでも我慢しよう……みたいな感覚は、今60代以上の人たちなら説明不要で理解してもらえるだろう。
そこからPR戦略で抜け出したシャープはうまいことやったなあ……と思っていたが、個人的には「液晶のシャープ」は信じていなかった。売り場で実際に見て、サムスンのテレビがいちばんきれいに映っていた印象が強かったし、テレビでいちばん重要なのは録画機能だからだ。
早くからテレビに外付けHDDをつけて、テレビ本体の操作だけで録画ができるようにしたのは東芝REGZAだった。「W録画」をするためにチューナーを2基、3基積んだ機種も作っていた。その頃、他社のテレビはDVDレコーダーやブルーレイレコーダーを売りたいがために、テレビだけで録画できる機能を搭載するのには抵抗を示していたが、東芝はそのタブーを破って、ユーザー本位の設計をしたといえる。
しかし、その東芝も、テレビ事業を受け持っていた「東芝映像ソリューション」が、株式の95%を中国のハイセンスグループに譲渡した。東芝のテレビブランド「REGZA」は今もあるが、もはや日本メーカーではなく中国のメーカーといえるだろう。

東芝はPC事業部門である東芝クライアントソリューション(TCS)が2018年にシャープの傘下に入り、Dynabook株式会社として再出発したが、シャープはすでに鴻海の傘下なのだから、実質、東芝が育てた「ダイナブック」というブランドを鴻海が傘下に収めたことになる。

シャープや東芝の没落は日本の工業製品神話崩壊を強く印象づけた。
特に東芝は、家電製造やノートPCの技術や設計のセンスは非常に優れていたのに、経営陣が原発ビジネスに傾いて、バカみたいな失策と大胆な不正を続けて取り返しのつかない事態にまで到った。真面目に家電に取り組んでいた社員たちは、さぞ悔しい思いをしていることだろう。

技術力の高い台湾で開発・設計を行い、コスト競争力の高い中国で生産・組立を行う「チャイワン」と呼ばれる分業体制が構築され、国を跨いで競争構造が急速に変化した。かつて業界を席巻していた日本の電子産業、AVメーカー各社が2000年代に市場シェアを一気に落とし衰退を見せた背景として、垂直統合・自前主義に陥ってこうした世界的な製造・物流インフラの流れを捉え切れなかった、などと各所で論じられた。
Wikiの「EMS(製造業)」の項より)

……まさにそういうことだろう。
経営陣の頭が昭和の高度成長期のままだったことが敗因だ。
鴻海はアップル社との提携関係が強く、iPhoneの部品などを供給している。日本のメーカーはアップルになれず、鴻海の支配下に組み込まれてしまった。
「下請け」で生き残るとしたら、中国や東南アジア諸国の労働賃金と競争しなければいけなくなるわけで、地方の雇用問題はさらに悪化する。
国内企業がアップル社の位置にいてこそ、国の経済レベルも保て、国内のあらゆる経済活動(生産分野に限らない)に金が回る余裕が出る。
今から逆転を図るのはあまりにも難しいと思うが、一刻も早くそのことに気がつかなければ、これから先、とんでもないことになる。
それなのに、企業の経営者だけでなく、政治・行政においても「勘違いジジイ」が相変わらず物事を決め、国の運命をミスリードし続けている。

腕時計が made in China なのか made in Japan なのかなんていう問題はどうでもいい。
そんな「不正」問題よりも、もっと大きな不正問題──国全体の行方を誤らせる危険に直結する不正(公文書破棄・隠蔽・改竄や政治権力者による大胆な不正優遇)を、メディアはちゃんと報道してほしいものだ。


「トンビがタカを生む」への違和感2019/07/29 15:05

TBS 『水曜日のダウンタウン』より
『水曜日のダウンタウン』で「トンビがタカを生むにも限界ある説 学歴バージョン」というのをやったところ、そこに登場した女子東大生の言葉が素晴らしいとネット上で話題になっている

この番組、私も見ていたが、モヤモヤするものが残った。

なぜタカのほうが「優れている」のか?

そもそも「トンビがタカを生む」ということわざそのものに、以前からずっと違和感を抱いていた。このことわざは、トンビはタカに比べて明らかに「劣っている」「つまらない存在」であるという大前提の上に成り立っているのだが、「トンビがタカより劣る」というのが分からないのだ。
容姿も習性も同じ猛禽類(タカ目タカ科)なのでそんなに差があるわけでもない。つまり、生物学的に劣っているとは思えない。オオタカはハト、カモ、カラスなど他の鳥類を襲って食うことも多いが、トビは動物の死骸を漁ることも多いので、食性としてはトビのほうがエコかもしれない。
タカは昔から鷹狩りなどで人間に利用されることがあるが、トンビは自由奔放に生きている印象がある。飛び方もゆっくり旋回してピ~ヒョロロとのんびり鳴き、世の中を泰然と俯瞰しているようなイメージで、個人的にはタカよりもトンビの生き方のほうが共感できる。

左がトンビ、右がオオタカ。どちらもWiki Commonsより)

ちなみに、タカは英語でホーク(hawk)、トンビはカイト(kite)。
hawkには「他人を食い物にする人、強欲な人、詐欺師、(紛争などで)タカ派の人、強硬論者、主戦論者」という意味もある。
タカ(hawk)派の対語はハト(dove)派だが、doveという言葉には「純潔」「無邪気」「優しい」という意味があるらしい。
これが同じハトでもpigeon となると、「だまされやすい人」「のろま」「まぬけ」といったニュアンスも加わるようだ。
ドロドロした政治の世界では、「ハト」に徹していても、タカに瞞されたり追い落とされたりする。
上空からじっくり下界を俯瞰しながら、妥協策(死骸でも食う)や折衷案を模索する余裕を見せる「トンビ派」というのも必要かもしれない。

ハヤブサはインコの仲間!?

言葉の持つ意味はともかく、名前のイメージというか「音」も、トンビ(kite)よりタカ(hawk)のほうが「かっこいい」ということはあるのだろう。
「ハヤブサ」になるとさらにカッコいい。小惑星探査機とんび とか 陸軍一式戦闘機とんび とか 新幹線とんび とかいうのはあまりイメージできないかもしれない。難しいもんだねえ。
しかし、その「ハヤブサ」は、ワシやタカの仲間ではなく、スズメやインコの仲間だったということがDNA研究で分かったという。
日本鳥学会は、外見などからタカやコンドルに近いとしていた猛禽(もうきん)類のハヤブサを「インコ、スズメの仲間」と変更。特別天然記念物のトキも、コウノトリ目からペリカン目に変わった。DNAの研究が進み、大きさや性格が異なる鳥たちの意外な間柄が分かってきた。
日本経済新聞 2013/03/19

ふう~~んん。

東大卒が中卒より優れているのか?

閑話休題。
この番組の企画「トンビがタカを生むにも限界ある説」の出発点は、学歴で日本最高評価とされている東大に入れる子の親もまた高学歴であろう。まさか中卒はいないだろう……というようなものだ。
「学歴バージョン」と断っているので、この企画そのものはまあ、いいとしよう。しかし、番組に登場した女子大学生の言葉に「感動した」というネット上の反応の言葉が、あまりにも「東大=すごい」を当然のことのようにとらえているのが気になった。
この女子学生の父親は高校中退なので最終学歴は中卒。
「お父さんはなんか落語家になりたかったそうです。今は全然落語家ではなくて、カメラマンやってます。自分が中卒だからこそ、結構私の勉強面を心配してくれたっていうか、『自分みたいになるんじゃないか』みたいな思いが強すぎて、『塾行かなくていいの? 大丈夫?』みたいな……」(略)「今の私があるのも親の育て方のおかげだし、多分トンビ側がタカにするかトンビにするかってのは決めてると思います」(同番組に登場した女子学生の言葉)

これに対して番組では「この娘は学歴だけでなく人格もタカ」と結論づけている。

……まあ、いいんだけど、やっぱりモヤッとしたものが残るんだよなあ。

個人的には、この学生の父親にすごく興味がある。
どんな経緯で落語家になりたいと思ったのか。今はカメラマンだそうだが、どんな仕事内容なのか(結婚式場専属で毎日記念撮影している人なのか、野生動物の写真を撮るために世界中を飛び回っているのか……?)。娘に対してはどんな思いを抱いているのか……などなど。

ネット上ではこの学生に対して様々な賞賛の声が上がったが、そんな中でも、
低学歴な親を「中卒トンビ親」ってネタにしてたからちょっと心配になったけど、うちの中卒トンビ親はひっくり返って笑ってたわ。
ぼくの親父中卒、お袋高卒、、、親父はヤンキーでした(苦笑) ただトンビとは思わねえっす! 学歴でトンビかタカかは決まらねえです。
……といった書き込みがあったのが、ホッとさせられた。

あの人もこの人も東大卒

ここから先は、東大に入りたくても入れなかった人間の僻みバイアスがかなりかかっていると思うが、ブツクサジジイになりきって書いてしまおう。
私が高校生の頃の東大は「優秀な人材が集まっている大学」というイメージだった。でも、今はだいぶ違う。
東大卒業の人たちが日本の舵取りをしているといわれる。では、国政の場での東大卒はどんな活躍をしているのかを思い浮かべると……、

複数の女性記者に「胸触っていい?」「手縛っていい?」とセクハラを繰り返していた福田淳一氏(元財務政務次官)は東京大学法学部卒。
「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」「おっぱい! おっぱい! オレは女の胸をもみたいんだ」の元経産省官僚(原子力安全・保安院保安課企画法規係長)・衆院議員(現職)の丸山穂高氏も東京大学法学部卒。
「このハゲ~!」で有名になった元厚労省官僚・元衆院議員(自民党女性局次長・青年局次長・国会対策委員会委員等、内閣府大臣政務官・東京オリンピック・パラリンピック競技大会担当、文部科学大臣政務官、復興大臣政務官)の豊田真由子氏は東京大学法学部卒でハーバード大学大学院修了。
森友問題の国会答弁で嘘を突き通し、国税庁長官に出世した佐川宣寿氏は東京大学経済学部卒。
森友問題当時の財務省理財局長だった迫田英典氏(元国税庁長官)は東京大学法学部卒。
加計学園問題で、獣医学部の新設認可を早めるよう前川喜平氏(当時文科省次官)に圧力をかけたとされる和泉洋人首相補佐官は東京大学工学部卒で工学博士。(ちなみに「圧力を感じた」と和泉氏の名前を挙げた前川氏も東大法学部卒)

では、政権の最上層部にいる首相と、首相の周りをガッチリ固めている面々はというと、

  • 安倍晋三 内閣総理大臣  成蹊大学法学部卒
  • 麻生太郎 副総理/財務大臣/内閣府特命担当大臣(金融)デフレ脱却担当  学習院大学政経学部卒
  • 菅義偉 内閣官房長官  法政大学法学部卒
  • 世耕弘成 経産大臣/産業競争力・国際博覧会・ロシア経済分野協力・原子力経済被害担当内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)  早稲田大学政治経済学部卒・米国ボストン大学コミュニケーション学部大学院修了
  • 萩生田光一 自由民主党幹事長代行/前内閣官房副長官兼内閣人事局長  明治大学商学部卒

……と、東大卒ではない。
その下で実働部隊として動いている内閣官房副長官4人のうち3人は東大卒(1人は慶應大卒)。
内閣総理大臣補佐官5人のうち3人は東大卒(他の2人は大分大と成城大卒)だ。

東大卒が「タカ」だとすると、そのタカを操る者は鷹匠だが、鷹匠グループは意外と東大卒は少ないのだね。

鷹狩りのタカは、主人(ボス)に忠実に飼い慣らされ、ボスのために獲物を襲う。襲う獲物は自分よりずっと弱い生きものたちだ。
トンビはそうした主従関係、従属関係からは自由で、悠然と空を飛び、すでに死んだ生きものも嫌がらずに食べて環境の掃除をする。
どっちか選べと言われたら、もちろんトンビの生き方を選びたい。
タカに生まれたとしても、鷹狩りのタカにはなりたくない。

この入江にひとり棲む鳶ひとり舞う   金子兜太

自分では、トンビでもタカでもなく、鳴きすぎのキジかなあ……と思ってる


「反社会的勢力」「反社」という言葉の怖ろしさ2019/07/25 21:06

吉本興業問題の報道や議論を見ていて非常に気になったのは、誰も彼もが(番組司会者、学者、弁護士、タレント……すべて)「反社会的勢力」「ハンシャ(反社)」という言葉をあたりまえのように使っていることだ。これは極めて危険なことではないのか。
「反社会的」とはなんなのか? さらには「集団」「組織」といわずに「勢力」といっているのはなぜなのか?
気がつくと、時の権力者に異を唱える者や集団を「反社条例」なるもので引っ捕らえて投獄できるような時代になりはしないのか?

「反社会」とはどういう意味なのか?

この言葉は、従来、暴力団、ヤクザと呼ばれてきた組織が巧妙に企業体の体をなしてきたために、「暴力団」といえないような組織が犯罪を犯している現状を鑑みて作られた言葉らしい。
しかし、ヤクザや暴力団の定義が変わってきたというのなら、単純に「犯罪集団」「犯罪組織」でいいではないか。
「半グレ」という言葉にも違和感を感じる。表向きがまともそうな企業業態であっても、裏で違法行為をしているなら、それは「半分」でも「グレー」でもなく、犯罪集団そのものではないか。
今回、吉本の芸人が犯罪集団の宴会に(相手が犯罪集団とは知らずに)呼ばれて、ギャラを受け取っていたということに端を発した騒動にしても、その宴会をしていたのは紛れもなく「犯罪集団」である。隠れ蓑にしていた企業体の名前で主催していたとしても、化けの皮が剥がれた時点で「犯罪集団」といえばいいだけのことである。
日本は法治国家であるはずだ。何よりもまっ先に、法を犯しているのかいないのか、が問われるべきである。

anti-social forces ?

そもそも「反社会」とはどういう意味なのか?
「社会に反する」ということであれば、「社会」とはなんなのか?

「反社会的勢力」を英訳すると Anti-Social Forces なんだそうだ。
しかしこの言葉の用例を検索すると、出てくるのは金融庁の文書などがほとんどで、一般的な英文の中で使われている用例がほぼ見つけられなかった。
では、「犯罪集団」を英語ではなんというのかと調べると、crime syndicate、 criminal syndicate という言葉が出てくる。
これなら分かる。英語でははっきりと「crime(犯罪)」という言葉を使っている。
なぜこう呼ばないのか? 「犯罪集団」「犯罪組織」なら漢字4文字で済むのに、「反社会的勢力」は6文字も使った上で、意味がよく分からない。

anti-social は「socialではない」という意味だが、そもそもsocialはどういう意味の言葉なのか。
Man is a social animal.(人間は社会的動物である。)……という使い方がいちばん分かりやすい。
social problems such as poverty and crimes(犯罪や貧困のような社会的問題)
a social movement called the anti-nuclear movement (反核運動という社会運動)
 といった使い方を見ても分かるように、social自体がよいとか悪いということではない。
「群をなす」「社交的」というニュアンスも強い言葉だ。
He has recently got anti‐social.(彼は最近つきあいが悪くなった。)

そういう言葉(social や「社会」)を使って犯罪者集団のことを指し示さなければならないのはなぜなのか?

「反日」という言葉にも似ている

「反社」という言葉は「反日」という言葉にも通じる曖昧さがある。
「反日」とはなにか?
Wikipedia にはこうある。
反日とは、日本の一部または総体に対して反対・反発感情・価値観を持って行われている教育・デモ・活動・外交、それを行っている人物・組織・国家に対して使われる言葉。

↑こんな定義をされてしまったら、「日本の一部」が何を指すのかによって、どんなものも「反日」になってしまう。実際、そうなってしまっているわけだが。
「反社」という言葉があたりまえのように使われるようになると、これと同じことになる。
「反日」の「日」が日本の現政権(日本の一部)である、ととらえると、その「日」は日本という「国」であり、日本の「社会」である、というようなことになりかねない。
この怖ろしさをしっかり自覚しなければいけないだろう。特に弁護士や法律家、ジャーナリズムに身を置く人たちには、この言葉が安易に広まることに対する警戒心をしっかり持ってほしい。

最後にこんな例文を見つけたので掲載しておきたい。
Never losing its antisocial nature, many rakugo acts were suppressed and forbidden during war.
(落語は反社会性が抜けず、戦時中に多くの演目が禁演落語として弾圧された)
Wikipedia日英京都関連文書対訳コーパス


「ブリーフ岡本」と「メロリンQ」2019/07/24 17:31

吉本興業のグダグダ問題──わざわざ取り上げるようなことではない、と思って書かなかったのだが、一私企業の内紛というだけでは済まされない問題もはらんでいるようなので、やっぱりちょっとだけ書いてしまう。

「闇営業」という言葉はやめるべき

オール巨人が「『会社を通さないだけの営業』は『直の営業』。『反社会的勢力相手の(分かった上での)営業』が『闇営業』で、別物」という趣旨のことを言って、業界では「今さら『闇営業』の定義を変えられたら困る」と大困惑している、という記事があった。
でも、オール巨人が言っていることこそ従来の定義なのでは? 芸人たちは所属事務所を通さない営業を「直(チョク)」と呼んでいて、自分たちで「闇営業」などと言っていたわけではない。
だから、今回の騒動は「所属事務所も黙認している直の営業に行ったら、その相手が犯罪者集団だったことがずっと後になって判明した」という話であって、それを読者や視聴者を煽るために「闇営業」という言葉を使ったメディアの「コンプライアンス」こそが糾弾されて然るべきだ。

契約書も交わしていないのだから「直」に何の問題もない

吉本芸人の場合、事務所と専属契約を交わしているわけではないらしいので、事務所を通さない仕事をすることになんら法的問題もない。
吉本興行側も、カラテカ入江を「売れていない芸人たちを世話してやってくれ」的なノリで利用していたフシがあるので、吉本と入江の関係も相互互恵関係だったと思われる。
「いっそ、プロモーターとして能力があるらしい入江が経営したほうがよほどうまくいくんじゃないの?」(隣で飲んでいる女性談)

「中田カウス問題」を放置している企業がコンプライアンス云々を語る資格なし

「反社会的勢力の問題と吉本興業の企業体質に芸人が不満を抱いている問題とは別の問題として分けて考える必要がある」などとしたり顔で語るコメンテーターがいるが、決して「別の問題」ではない。
吉本興業に限らず「興業」というより「興行」の世界がヤクザ社会と切っても切れない関係にあった歴史は打ち消しようがない。
かつては任侠団体が芸能界を仕切っていた。昭和33年に神戸芸能社と名を変えた山口組芸能部は、美空ひばり、田端義夫、山城新伍などの興業の実権を握っていた。その他、橋幸夫、坂本九、三波春夫、マヒナスターズ、舟木一夫など当時のトップスターのほとんどを手がけている。(「凄惨すぎるヤクザたちの争い3選!! ノンフィクションライターが選出」TOCANA
吉本は反社会的勢力の排除を徹底する考えを文書で示したが、在阪の芸能プロモーターは「どこまで本気か」と、こう首をかしげる。
「反社との関係が取り沙汰された、ベテラン漫才師の中田カウス(70)を厚遇している限り、解決になりませんよ」(「吉本興業 芸人の“闇営業問題” 遠因とささやかれる大物漫才師」サンデー毎日)

2007年1月には吉本創業家とその後の大崎体制を確立した現経営陣との間に「裏社会との結びつき告発合戦」ともいうべき騒動が起きた。
創業家当主だった故・林マサさんの夫で吉本の社長だった婿養子の故・林裕章さんは、生前、女性関係や金銭トラブルといったスキャンダルが絶えなかったが、五代目の名前をチラつかせてトラブル処理に奔走したのがカウスだった。
(略)
口火を切った「週刊現代」(講談社)の「吉本興業副社長”暴脅迫事件”一部始終」では、大崎氏が山口組系の男にホテルに呼び出され、元会長の子息の役員就任を要求されたと告発。これを受けて、マサさんが「週刊新潮」(新潮社)誌上で反論。手記「”吉本興業”は怪芸人『中田カウス』に潰される!」で、カウスが山口組との交流をチラつかせて経営にまで口を出し、「吉本最大のタブー」になっていると暴露した。(吉本興業がコンプライアンス徹底を誓うも、上方漫才協会初代会長・中田カウスの処遇に問題は? 本田圭

連日の吉本騒動に関する報道を見ていても、これだけ「反社会勢力」という言葉が飛び交いながら、「中田カウス問題」を口にする者は誰一人もいない。それだけ大きく根の深いタブーだということなのだろう。

企業の体をなしていない

7月20日の宮迫博之、田村亮の「手作り記者会見」は、日大アメフト部事件のときの加害選手が一人で受け答えした謝罪会見を思い出させた。
その後の吉本興行側の緊急記者会見は、さらに衝撃的だった。
最初に、雇われ弁護士で吉本社員の「マイクプルプル小林」(動揺すると手に持ったマイクが嘘発見器のごとく分かりやすく震え始めるので、私が命名)が、延々30分かけて事の経緯を話し始めた。ちなみに彼の、人形にはめ込まれたような目が誰かに似ていると思っていたのだが、国会で大ウソを突き通した功績で国税庁長官に出世した佐川宣寿氏の目と似ているのだった。

ようやく岡本社長が登場してからの30分くらいは、社長がまともな日本語を喋れないことにビックリさせられた。「なんじゃこりゃ?」と。
さらに辛抱強く見ているうちに、今度は笑うしかなくなった。コメディUKというか、モンティ・パイソンのシュールなコントを見ているような感じ。
何かわからないものが、ずっとすごい弱火ですごい焦げている(天竺鼠・川原
おそらくこれは相当な高等技術で全てを霧に包めるマヌーサみたいな魔法なんだと信じてる(元カリカ・家城

ニュース番組やその後のワイドショー番組で編集されたダイジェスト版しか見ていない人には分からないかもしれないが、日本語が通じない相手との会話をネタにした、尺無制限コントを見せられているようだった。
最初は「山根会長と組んで漫才すればいい」「いや、それだとWボケで収拾がつかないし、尺が足りなくてテレビ向きじゃないな」などといいながら見ていたのだが、最後はなんだか薄ら寒さを覚えてきた。
こんな企業が日本のテレビ局を牛耳っているのか……と。

社長は「悪人」ではない?

あの記者会見で日本中に衝撃を与えた岡本社長という人物はしかし、日大アメフト部の内田元監督や日大田中理事長などとは違う種類の人間のようだ。
「平気で嘘をつく政治家なんかに比べたら、悪人ではない。○○なだけ」という評は当たっていると思う。
ダウンタウンの元マネージャーということなので、それでググったところ、ツイッターやYouTubeなどにブリーフ一丁ででかいとら猫を抱いた不思議な動画が多数出てきた。
「ブリーフ岡本」とか「おかもっちゃん」などと呼ばれて、ダウンタウンの番組に出ていじられキャラ、キレキャラを演じていたらしい。
YouTubeで「ブリーフ岡本」を検索すると、当時の動画がいろいろ出てくる↓。

これを見て、ようやくあの記者会見の異様さの正体が分かった気がした。
ダウンタウンの芸がなぜそんなに持ち上げられるのかさっぱり分からなかったのだが、ここにある動画のようなものを見て面白がっていた人たちがいっぱいいて(笑いの感覚に地域差もあると思うが)、ダウンタウンがなぜか知らないうちに大御所みたいに持ち上げられて、それにテレビ局も乗っかって、いくつかの不祥事や事件もうやむやにされてきて……そういうのの延長線上に今の吉本王国があるんだ、と。
その象徴ともいうべきものが、2008年に行われた「キングオブコント」第1回目だった。松本人志が総指揮のような立場に持ち上げられて始まったこのイベントは、決勝戦の審査は予選リーグで敗れた決勝進出者6組の芸人たちが口頭で優勝にふさわしいチームの名を告げるというシステムだった。
このとき決勝リーグに残ったのは、バナナマン、ロバート、バッファロー吾郎、チョコレートプラネット、ザ・ギース、天竺鼠、TKO、2700(決勝戦1回目の得点順)の8組。
TKO(松竹芸能)、バナナマン(ホリプロコム)、ザ・ギース(ASH&Dコーポレーション)以外はすべて吉本の芸人だった。
Aリーグ最高点のバッファロー吾郎とBリーグ最高点のバナナマンが最終決戦を行い、残り6組が起立して口頭で「どちらが勝者にふさわしいか」を告げて、優勝者を決めるというこのひどい仕組みも松本が考案している。
誰の目にも芸が優れているのはバナナマンのほうだったが、6組のうちで「バナナマン」と口にしたのはザ・ギースだけだった。それも、苦渋に満ちた表情で言ったのが印象的だった。
いつから松本人志はこんな権力をもつようになったのか? と、驚いたものだった。

岡本社長は松本に言われれば汚れ役を素直にやる忠実な「大崎・松本ファミリーの番頭」であり、今の吉本興業は「松本閥」が仕切る胴元なのだな……と、そこまで理解したら、なんだか岡本社長が哀れに思えてきた。

マイクプルプル小林を見ていて、国会中継も思い出してしまった。
この図、今の日本の政治の世界とそっくりだ。
ありえないこと(たとえば公文書の改竄・破棄とか、逮捕状が出てまさに逮捕しようとしていた準強姦罪被疑者が、逮捕寸前で警視庁刑事部長からの命令で見逃されるとか……)が平気で「その世界のトップ」の間で行われ、それを制御する者がいない。システムがどんどん壊れていき、修整が効かなくなる。
メディアがそれを是正する役割を担っていないどころか、忖度し放題で、ますます取り返しのつかない状況にしている。
それを見ている国民(視聴者)もまた、「世の中(芸能界)ってこういうもんでしょ」という気分の中で生きていくことに満足しようと努力する。
腹を立ててもどうにもならない。あの世界のことは自分たちにはコントロールできないのだから……という諦観。

……そう気づいたら、シュールなコントとして笑っているだけでは済まないんだなあ、と、薄ら寒くなってしまったのだった。
そのとき隣からこんな声が。
「要するに、ダウンタウンと大崎会長と岡本社長が出て行って別会社を作ればいいんじゃないの?」
「!!」
そらそうだ。吉本にはお笑い文化に情熱を持って仕事をしている優秀な社員がたくさんいるという。だったら、その人的資産はそっくりそのまま残して、会社をダメにした現経営陣が独立し、松本興行でも松本組でもなんでもいいから、「ファミリー」的な会社を作って、好きなように興行の元締めをすればいい。
な~んだ。解決法は簡単だったね。

芸人の力はすごい

それにしても、宮迫博之のあの会見での渾身の演技(パフォーマンス?)といい、加藤浩次の正義感といい、田村亮の「いいやつ」ぶりといい、この世界でしぶとく生き残ってきた芸人たちの潜在能力や剛胆さはすごいなあと感心する。とても真似できない。
ただ忖度しまくる官僚や、秘書に平気で暴力をふるう官僚上がりの議員などよりよほど政治家に向いている。もちろん「勉強してくれたら」という条件付きだけれど。
……あ、それがメロリンQなのか!
メロリンQは今回の参院選でゲリラ戦法も身につけたし、まだまだ見応えのある舞台を見せてくれるだろうか。期待していいのかな? (でも、くれぐれも「刺客」には気をつけてね)


参院選2019まとめ 山本太郎のゲリラ戦法など2019/07/22 14:10

重度障害者の候補者二人が当選!
記憶が薄れないうちに、今回の参院選で「忘れてはいけないこと」をいくつかまとめておきたい。

投票所に足を運ぶ気力がない

投票率が48.8%で、50%を割ったのは24年ぶり。過去2番目の低さだというが、過去最低の44.52%は1995年の参院選で、このときはまだ期日前投票制度がなかった時代だから、実質、今回が過去最低といえる。ちなみに今回の期日前投票数は過去最高である。
要するに、国民の多くが、もはや投票所に足を運ぶだけの気力すらないほどに疲弊し、空虚感、無力感に支配された生活をしているということだ。

策士・山本太郎 ゲリラ戦を仕掛けて勝利

れいわ新選組を立ち上げた山本太郎は、比例区でおよそ98万票を獲得して、比例区の個人獲得票では断トツの1位になった。ちなみに2位、3位は自民党、公明党の候補者でどちらも59万票あまり。
しかし山本自身は重度障害を持つ候補者二人を「特定枠」に置いたために、れいわが獲得した2議席分の得票(224万票あまり)では届かず、断トツ1位得票者でありながら落選した。
このことをマスメディアは「山本太郎落選」と伝えるが、車椅子や介護者がいないと発言も移動もできない議員を二人も国会に送り込んだことは、歴史的な出来事である。
議場では投票の際に議員が階段を上らなければならないし、車椅子で着席できる仕組みもない。議場には議員本人しか入れないという現行ルールを改正しない限り、当選しても議員は議場にすら入れない。この「国会の場がそもそもバリアフリーになっていない」ことを、山本は国民に改めて知らしめた。
これは、巨大な敵に立ち向かうためのゲリラ戦としては見事な勝利である。

意図的に山本太郎を黙殺するマスメディア

選挙前に、山本の行動をしっかり報じているマスメディアはほとんどなかった。特にテレビは完全無視に近かった。
本来なら、重度障害者を立候補させるということが分かった時点で報道価値があるはずである。候補予定者本人に取材してしかるべきだろうに。
これは何に対しての「忖度」なのか?
前に言いましたが、選挙終わってから候補や政党や支援団体のことを特番で見せられてもどうしろと言うんですか?
遅いだろう! 全く役に立たない。メディアが公職選挙法の改正を大優先にしないなら、開票特番やめて全部アニメでいいです。オチはありませんm(__)m
デーブ・スペクターのツイッターより
まったくその通りである。

立憲民主党の「社民党化」「硬直化」を懸念する

れいわ新選組の健闘に対して、立憲民主党の魅力が一気に薄れたことが強く印象づけられた選挙でもあった。
自治労役員、野田内閣時の首相補佐官、郵政労組役員、NTT労組出身の情報労連組織内候補、私鉄総連局長。
↑これは立憲民主党比例区上位当選者5候補のプロフィールである。この5人までが10万票を超えた。この結果を見れば明らかなように、立民は候補者選びの段階で国民に魅力を発信できていない「個人の力」を引き出し、活躍させる土壌ができていないのだ。
テレビCMも下手すぎる。依頼している広告代理店が意図的に「ダサく」作って立民離れを仕掛けているのではないかと思うほどひどい。
要するに立民は「自己分析」ができていないのだ。
実働部隊として戦力になる候補者がいないわけではない。
原発問題で超人的な情報収集、データ解析能力を発揮してきたおしどりマコや、元NHK記者で、普天間基地問題の現場にも突撃取材を敢行する「元気な老人」小俣一平らは、議会に送り込めれば何人分もの起爆力を持っていたと思う。
しかし、おしどりマコは3万票に届かず、立民の比例区候補者(当選は8人)のうち12位、小俣は1万票すらとれずに同18位。
今回、NHKから国民を守る党が1議席を獲得したことが話題になっているが、立民は「今のNHKのあり方に憤りを感じている人は、ぜひ小俣一平氏に一票を投じてください。NHKの内実をいちばんよく知っているのは彼です」といったPRをすればよかった。
そういう戦略、小回り戦法ができないと巨大与党と渡り合えるはずがない。
「ならぬものはならぬ」「正々堂々と正面から挑む」とか言って、鎧甲冑に槍を持って新政府軍に突っ込んでいって討ち死にした会津藩みたいなことになる。それでは過去の社会党と同じ運命をたどることになりはしないか。
枝野代表は真面目さ、清廉さが売りだが、それだけでは「無党派層」を惹きつける求心力が足りない。合理性を持った策士や力技で動けるパフォーマーが必須だ。
山本太郎はその二役を一人でこなしたといえる。
マコ&一平は、次は衆院選でれいわから立候補してほしい。今の立民にいる限りは、活躍の場が与えられないまま歳だけ取ってしまうだろう。
ちなみにテレ東の選挙特番で、池上彰が山本太郎に「なぜ旧体制を守ろうとした新選組の名前を使うのか」みたいなことを言っていたが、戊辰戦争のことをよく分かっていないのではないか。
新選組(あのときは「新撰組」)は、東北戊辰戦争で会津藩の総大将となった西郷頼母(たのも)に「ゲリラ戦でなければ勝てない」と主張した。頼母はそれを拒否して「我々は正面から正々堂々と戦う」などと言って、最新兵器を持ちながらゲリラ戦を仕掛けてくる新政府軍に甲冑姿で突っ込んでいき、玉砕した。それではダメなわけで、「新選組」という名前はあながち間違ってはいないと思う。

若者を無理に投票所に引っぱり出さなくてもよい

18、19歳有権者の投票先は自民が41%でトップ。立憲が13.9%で2位。れいわは4番手の7.4%。 年代別では自民は20代、公明は10代で最も高く、立憲は40代まで、共産は50代までの得票率が全世代の平均値を下回り、ともに70代以上の得票率が最高だった。(時事通信より)
このままでは若い人たちに安心した社会を引き継がせられないと訴える野党が若い世代からは支持されておらず、ある程度歴史を見てきた高齢者たちが現政権に危機感を抱いて野党に投票しているというのは実に皮肉だ。
選挙のたびに、若い世代に「投票しましょう」と呼びかけるポスターやら広告を目にするが、もういいんじゃないか。
そんな呼びかけよりも、メディアが現実をきちんと伝える努力をすることが先だ。

「老後資金2000万円不足」騒動のトンデモぶり2019/06/13 20:30

そもそも「年金」とはどういうものか?

年金だけでは老後の生活が成り立たないので、「資産運用」の努力が必要──的な報告書を金融庁の「金融審議会 市場ワーキング・グループ」が出した(2019年6月3日)ことで、なにやら世間が騒然としているらしい。
不思議だなあと思う。そもそも「年金」とはどういうものなのか、多くの人が理解していないのではないだろうか。
個人で商売をしている人(我が家もそう)にとって「年金」というのは「国民年金」のことである。国民年金の保険料は現在、月額16,410円だそうだ。
これは「満20歳から満60歳まで40年間保険料を納める」ことになっていて、かつては保険料を25年以上納めていない人には受給されなかった。この「最低納付期間」は2017年から25年から10年に短縮されたらしい。
だから、それまで保険料を1円も払っていなかった人も、改心?して、50歳からでも10年間払い続ければ年金が支給されるが、その場合(10年間納付した場合)の支給額は月額16,235円らしい。 ということは、65歳でもらい始めて、10年間は「原価割れ」である。75歳になる前に死んでしまったら「原価割れ」だし、ましてや65歳になる前に死んでしまったら「丸損」だ。
40年間フルに納めると、年間779,300円(月額64,942円)支給される。16410円×40年間は787万6800円で、それを77万9300円で割ると10.1年になる。やはり75歳になる前に死んでしまうと「原価割れ」である。
つまり、年金のありがたみが生じるとすれば、それは75歳以降になって初めて訪れる可能性があるわけで、75歳まではなんのありがたみもないどころか、自分の本来の資産を減らすことになる。
しかもこれは、現在の保険料と受給額だから、今後、保険料は上がり、支給額は減っていくのは目に見えている。支給開始年齢が70歳になるという話もあり、ほぼ確実にそうなるだろう。
今でも、受給開始のお知らせが来たとき、葉書を返信しないと自動的に70歳まで自動的に毎月開始時期を遅らせるという姑息な手段がとられている。
従来のように60歳から支給してほしい場合は、支給額が30%割り引かれるというのもひどい。知り合いの美容室経営者は、それでも「いつ死ぬか分からないし、今とにかく金が足りないから」と、30%減の支給額を呑み込んで60歳受給開始にしたという。
月額約6万5000円(40年支払い続けて満額の場合)の70%は4万5500円だから、これで「元を取る」にはおよそ14年半。やはり75歳まで生きて、76歳から先にようやくちょっとずつプラスになる計算だ。

さらには、国民年金だけの夫婦の一方が年金受給前、受給中に死んでしまった場合、残された夫や妻は世帯として受け取れる(受け取っていた)年金が半分になってしまうことも留意しておくべきだろう。
「遺族基礎年金(かつて「母子年金」と呼ばれていた)」というものがあるが、遺族基礎年金は、18歳未満の子供がいる子育て中の家庭にしか支給されない。仮に年金保険料分をずっと貯蓄してきたとすれば、配偶者が死んでも貯金はそのまま相続できるが、それまで払い続けていた年金保険料は配偶者が死んだ時点で消えてしまう。
仮に60歳まで国民年金保険料を満額払い続けた夫婦の一方が受給前に死ぬと、残された夫 or 妻は、本来受け取れたであろう月額約13万円の年金が6万5000円になってしまうだけでなく、年金保険料分の金を預金していれば遺産として相続できたおよそ800万円が消えてしまうのだ。
実際にそういうケースはごまんとあるはずだ。

嫌な言い方をすれば、国民年金とは、80代まで長生きした人を、そこまでは生きられないかもしれない人たちのお金で支える制度だ。

年金は普通預金のように、入院や災害などの緊急時に引きだして使うということもできない。75歳以上長生きしたとしても、そのときは認知症になっていて、自分の金を自分で管理できなくなっている可能性も高い。

要するに、年金受給は「自分は長生きする」ことに賭けるギャンブル要素を含んでいる
あるいは、「原価割れ」の可能性が高いことを承知の上で年金保険料を払い続けるというのは、今の70代、80代の人たちの年金を支えるための義援金、もしくは嫌でも取られる税金のようなもの、ということになる。
年金というのはそもそもそういうものである。つまり「ギャンブル」であり「義援金」であり「税金」のようなものである。

問題の「報告書」の意図するもの

さて、今回奇妙な取り上げられ方をすることになった「高齢社会における資産形成・管理」 という報告書はどういう性格のものなのか?
これをまとめた委員21人のザックリした内訳は、大学教授が7人、投資会社の関係者やファイナンシャルプランナーなど金融関係企業、財界など、投資行動を呼びかける側の人たちが12人、弁護士と読売新聞社の論説委員が1人ずつという構成。
オブザーバーには、消費者庁、財務省、厚生労働省、国土交通省といった官庁の他、日本銀行、日本取引所グループ、日本証券業協会、投資信託協会、日本投資顧問業協会、信託協会、全国銀行協会、国際銀行協会、生命保険協会と、金融業界の組織が並んでいる。

で、冒頭にはこんな記述がある。
政府全体の取組みや議論に相互関連して、高齢社会の金融サービスとはどうあるべきか、真剣な議論が必要な状況であり、個々人においては「人生100年時代」に備えた資産形成や管理に取り組んでいくこと、金融サービス提供者においてはこうした社会的変化に適切に対応していくとともに、それに沿った金融商品・金融サービスを提供することがかつてないほど要請されている。
(略)
本報告書の公表をきっかけに金融サービスの利用者である個々人及び金融サービス提供者をはじめ幅広い関係者の意識が高まり、令和の時代における具体的な行動につながっていくことを期待する。

要するに「みなさんタンス預金や普通預金に溜め込んでいないで、もっとハイリターンな投資行動を考えてみませんか?」という呼びかけのようなものだと理解できる。

問題の「2000万円不足問題」はどこに書いてあるのかと探してみると、どうやら10ページ目の
収入も年金給付に移行するなどで減少しているため、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することとなる。

という部分、さらには20ページの、
老後の生活においては年金などの収入で足らざる部分は、当然保有する金融資産から取り崩していくこととなる。65 歳時点における金融資産の平均保有状況は、夫婦世帯、単身男性、単身女性のそれぞれで、2,252 万円、1,552 万円、1,506 万円となっている。なお、住宅ローン等の負債を抱えている者もおり、そうした場合はネットの金融資産で見ることが重要である。 (2)で述べた収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20 年で約 1,300 万円、30 年で約 2,000 万円の取崩しが必要になる
のことを言っているらしい。
ごくごくあたりまえのことを控えめに書いてあるにすぎない。
「月に約5万円不足するのを補うために蓄えが2000万円必要」という今回の試算を言い換えれば、「2000万円の蓄えがあっても30年で割ると一月あたりおよそ5万円にしかならない」ということだ。だからむしろ、厚生年金のない自営業者などからは、「2000万円ぽっちの蓄えで足りるわけないだろが~!」という反応がきそうなものだ。
だからこそ、多くの経済アナリスト、学者といった人たちが、今回の騒動について「なんでこれが炎上するんだ?」と驚いている。
⇒ここ とか ⇒ここ とか ⇒ここ とか……。

え? まさか年金だけで老後を安穏と暮らせるとでも思っていたの? そんな破天荒な人がいるの? しかもこんなにいっぱい? 日本ってそんなに国民の理解力が低い国だったの?……という驚き。

急速に進む格差社会化

今回の騒動の根底には「うちには2000万円なんて貯金はない!」という怒りがある。
それはそうだ。
こんなデータがある。還暦を迎える人の平均貯蓄額は2900万円 ただし67%が2000万円以下
PGF生命という企業が「還暦を迎える人」を対象に行った調査だそうだ。これによると、還暦を迎える人の貯蓄額は、
  • 100万円未満     24.7%
  • 100万~500万円未満   17.6%
  • 500万~1000万円未満  11.1%
  • 1000万~2000万円未満 13.9%
  • 2000万~3000万円未満 9.2%
  • 3000万~5000万円未満 8.7%
  • 5000万~1億円未満  6.9%
  • 1億円以上      8.1%
となっていて、断トツに多いのは「100万円未満」だ。国民の4人に1人は100万円の貯金すらないまま還暦を迎えている
平均貯蓄額2900万円という数字は、8%を超える「1億円以上の貯蓄がある」人たちが平均値を一気に引き上げているだけであって、この平均値が世の中の「平均的感覚」とはかけ離れていることが分かる。

さらに興味深いのは、上記は2019年の調査結果だが、わずか1年前の2018年の調査では100万円未満は20.6%、1億円以上は6.4%で、どちらもここ1年で増えている。中間層は軒並み減っているのに、だ。つまり、貧しい者はさらに貧しく、富める者はさらに富を増やすという格差社会化が急速に進んでいる

中高年の預金を狙う業界

富める者がさらに富を増やす仕組みこそが株売買などの「投資活動」だということは、誰もがなんとなく想像していると思う。
富める者はギャンブルの掛け金をでかくできるだけでなく、市場動向の情報収集などの技術も持っている。
餌食にされるのは、技術や知識がないのになけなしの資金を必死に注ぎ込む人たちだ。
だから、金融に通じている人たちの多くは、今回の「報告書」が、庶民がハイリスクハイリターンの投資話、詐欺まがいの金儲け話や節約術に駆り立てられるきっかけを作るのではないかと懸念していた。
(「人生100年時代」という)この言葉には、人生が長いことに伴い老後の生活費が足りなくなることに対する不安を喚起する力がある。従って、「人生100年時代」のお金の問題を解決するために、「資産運用をしましょう」、あるいは「専門家に(金融機関に)相談しましょう」という誘導によってマーケティングに大変使いやすいのだ。
 利幅の高い商品を売りつける際に不安を喚起するのは、医薬品や健康食品、生命保険など広い範囲で応用されているマーケティングの常道だ。
高齢者の資産運用、金融機関が悪用しそうな「4つの言葉」にご用心 山崎 元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)

まさにそうなのだが、この危険性に言及するマスメディアは今のところないように思える。
ちなみに、「炎上」と騒がれている件の報告書には、こんな記述もある。
近年、認知症の人の増加が顕著となっている。
(略)
これに起因する金融サービスにおける制限は多岐に渡るが、その一つに資産の管理が自由に行えない点が挙げられる。資金の自由な引き出しはもちろん、これまで資産運用を行ってきた場合でも、認知・判断能力に問題があり、本人意思が確認できないと判断された場合には一定の制限がかかりうる
認知・判断能力に支障がある者や障害者の生活や財産を守ることを目的とした制度の一つとして、成年後見制度がある。
(略)
国が策定した成年後見制度の利用を促進する計画に基づく環境整備が進んでおり、認知症の人も含めて、今後、成年後見制度を利用する者が増加することが予想される。後述する個人の金融資産の大半を高齢者が保有する状況に鑑みれば、同制度の利用増加に伴い、同制度の枠組みに入る金融資産が大きく増加していくことが想定される中、これらをどう管理していくかは重要な課題の一つと言える。
(6~7ページより

資産運用をしましょうと呼びかける性格の「報告書」の中にこういう記述があると、ゾッとさせられる。
深読みすれば、判断能力を失った金持ち老人が持っている金をどうやったら金融市場に引っ張り出せるか、という話にもとれないか。
ワーキンググループとしては、巧妙な言い回しで政府に対して「金を持っているボケ老人の資産をうまく引っ張り出すための法案を考えたらどうですか?」と示唆したのだろうか。しかし、金銭感覚が完全にずれている上に、それこそ「リテラシー」のない財務大臣は「こんな報告書読んでないし、受け取るつもりもない」などと答弁する始末。
ワーキンググループの面々もまとめ上げた官僚たちも、脱力したことだろう。

現状認識・貯蓄努力・合理的生活

さて、ここで話を終えてしまうと身も蓋もないので、最後に「こんな国、こんな時代に、どうやって幸福な生活を守るか」という技術論を少し。
最近、泣く泣くスマホ生活に入ったこともあって、無理矢理スマホに関連した話にしてみる。

まずは、今の日本は戦後高度成長期の日本とはまったく違うという認識から始めないといけない。
5G通信の時代が来ると、スマホ社会がどうということに留まらず、産業構造、社会システム、就労形態などが根こそぎ変わると言われている。そんな中、日本は5G技術からは完全に取り残され、蚊帳の外だ。
5Gの主要特許取得数では中国のファーウェイが断トツ1位で、2位以下はノキア(フィンランド)、サムスン電子(韓国)、ZTE(中国)、エリクソン(スウェーデン)と続き、米国クアルコムがようやく6位。
「技術立国日本」という思いこみはもはや幻想にさえならないのが現状だ。
ちょっとやそっとではこの惨状は回復できないということを頭に叩き込むことが必要だ。

次に、なけなしの個人資産をいかに守り抜くかということに集中しなければならない。
「絶対儲かる」なんていう話には「絶対」乗ってはいけない。
「株で儲ける」というのはギャンブルだが、ギャンブルは胴元以外はよほどの技術を持ったプロでなければ損をするようにできている。ゼロ金利時代に、虫のいい投資話などあるはずはない。
「投機、投資、資産運用はまったく違います」なんていうもっともらしい説明に負けて「これは投資ではなく資産運用だ」なんて思い込まされて手を出すと、なけなしの貯金も失ってしまいかねない。自信がなければ、普通預金を死守したほうが安全だろう。

そして最後は倹約、節約。
倹約というと苦しいイメージだが、「合理的な生活」と言い換えればいいだろうか。
電気料金を安くしませんかという勧誘電話セールスが頻繁にかかってくるようになったが、エネなんとかとかエコなんとかという商品を買わせようとか、太陽光パネルを設置しませんか的な商法は、知識がないなら話を聞くだけでも危ない。
一方で、電気の契約をガス会社などに切り替えて支払額を減らすことは簡単にできる。計算してみればいいだけだ。
通信費も、大手通信会社との契約をやめてmineoだの楽天だのIIJmioだののいわゆるMVNO(docomoやauなどの無線通信インフラを借り受けて、音声通信やデータ通信のサービスを提供する事業者)に乗り換え、契約形態を自分の生活に合わせたものにするだけで、不便を味わうことなく月額数千円は節約できる。
住む場所そのもの、家の形態などライフスタイルを根本的に考え直せば、劇的な生活費軽減ができ、幸福度も上がるかもしれない。

……というわけで、今回の「炎上騒動」は、財務大臣はじめ、政治家たちの異次元な無知・無責任・倫理観の欠如を浮き彫りにさせ、これ以上盲目的に堪え忍んでいたら茹でガエルになっちゃうよ、という警告を発する役割を果たした点では、まあ、よかったのかもしれない。

この国の「総合的国力」がよい方向に向かうことは当分期待できない。となれば、無能で倫理観も理解力もない政治家に文句を言うエネルギーは他者に任せ、自分の生活を死守する技術を学ぶことに時間と頭を使ったほうがいいのだろう。
というわけで、この話はここで終了!

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「世界陸上」における日本選手の歴史2019/05/31 13:47

陸上競技の世界最高峰大会は、オリンピックよりも世界陸上選手権かもしれない。
名誉やニュース性ではオリンピックのほうが上かもしれないが、参加選手数や優勝者の記録レベルでは世陸のほうが上だ。特に、最近では真夏に開催されるオリンピックより、世陸のほうが競技コンディションがよいので、真の「世界最高レベル」が見られる可能性が高い。

というわけで、世陸における日本選手のメダル獲得歴史を振り返ってみた。

1987年 ローマ

   メダルなし

1991年 東京

  • 谷口浩美  金 男子マラソン (2時間14分57秒)
  • 山下佐知子  銀 女子マラソン (2時間29分57秒

1993年 シュツットガルド

  • 浅利純子  金 女子マラソン (2時間30分03秒)
  • 安部友恵  銅 女子マラソン (2時間31分01秒)

1995年 イエテボリ

   メダルなし

1997年 アテネ

  • 鈴木博美  金 女子マラソン (2時間29分48秒)
  • 千葉真子  銅 女子10000m (31分41秒93)

1999年 セビリア

  • 市橋有里  銀 女子マラソン (2時間26分33秒)
  • 佐藤信之  銅 男子マラソン (2時間14分07秒)

2001年 エドモントン

  • 室伏広治  銀 男子ハンマー投げ (82m92)
  • 土佐礼子  銀 女子マラソン (2時間26分06秒)
  • 為末大  銅 男子400mハードル (47秒89)

2003年 パリ

  • 野口みずき  銀 女子マラソン (2時間24分14秒)
  • 末續慎吾  銅 男子200m (20秒38)
  • 室伏広治  銅 男子ハンマー投げ (80m12)
  • 千葉真子  銅 女子マラソン (2時間25分09秒)

2005年 ヘルシンキ

  • 為末大  銅 男子400mハードル (48秒10)
  • 尾方剛  銅 男子マラソン (2時間11分16秒)

2007年 大阪

  • 土佐礼子  銅 女子マラソン (2時間30分55秒)

2009年 ベルリン

  • 尾崎好美  銀 女子マラソン (2時間25分25秒)
  • 村上幸史  銅 男子やり投げ (82m97)

2011年 テグ

  • 室伏広治  金 男子ハンマー投げ (81m24)

2013年 モスクワ

  • 福士加代子  銅 女子マラソン (2時間27分45秒)

2015年 北京

  • 谷井孝行  銅 男子50km競歩 (3時間42分55秒)

2017年 ロンドン

  • 荒井広宙  銀 男子50km競歩 (3時間41分17秒)
  • 小林快  銅 男子50km競歩 (3時間41分19秒)
  • 多田修平、飯塚翔太、桐生祥秀、藤光謙司  銅 男子4×100mリレー (38秒04)

日本選手は初期の頃、マラソンで優勝者を3人出している(谷口、浅利、鈴木)。
特筆すべきは個人のトラック競技でメダルをとっている千葉真子(銅 女子10000m、1995年 アテネ)、為末大(銅 400mハードル、2001年 エドモントンと2005年 ヘルシンキ の2回!)、末續慎吾(銅 男子200m、2003年 パリ)だろうか。
あと、メダルには届かなかったが、8位入賞までを見ると、
  • 1991年 東京 7位 高野進 男子400m 45秒39
  • 1997年 アテネ 8位 弘山晴美 女子5000m 15分21秒19
  • 1999年 セビリア 4位 弘山晴美 女子10000m 31分26秒84
  • 2005年 ヘルシンキ 6位 原裕美子 女子マラソン 2時間24分20秒
                 8位 弘山晴美 女子マラソン 2時間25分46秒
  • 2017年 ロンドン 7位 サニブラウン・A・ハキーム 男子200m 20秒63

……といったあたりが印象的だ。
ヘルシンキの女子マラソンで6位の原裕美子はその後、競技の成績ではなく、あんなことで有名になってしまったし、弘山晴美はトラックでもマラソンでも結果を出している(3大会で3度入賞!)のに、オリンピック代表選考レースでは悲劇を味わった。
逆に、高橋尚子は優勝確実と言われた1999年の世陸セビリア大会は、代表に選出されていたが脚の怪我で欠場。世陸での成績は1つも残していないが、翌2000年のシドニーオリンピックの金メダルで歴史にも人々の記憶にも名を残すことになった。
競技レベルではどちらも世界最高レベルなのに、世陸とオリンピックの「格差」がいかに大きいかを改めて感じさせられる。

スポーツも、世界最高レベルで競い合えるのはほんの一握りの人たちの、人生におけるごく短い時間。その時期を過ぎた後の人生をどんな風に生き抜くか。一度、「世界レベル」を味わい、死闘を繰り広げた人たちにとっての「その後」はどんなものなのだろう。
見ているだけの我々は、ただ単に競技というドラマに興奮する時間を与えられるだけだが……。

オリンピック陸上競技にまつわる名レースTOP52019/05/31 11:09

昭和30(1955)年生まれの私は、来年まで生きていれば「東京オリンピック」をリアルタイムで2回見る世代になる。
そこで、オリンピックにまつわる、忘れられないシーンのTOP5はなんだろうと思い浮かべてみた。
こうなった↓

5位:1992年のバルセロナ五輪男子マラソン

谷口浩美の「こけちゃいました」……靴を踏まれて飛んだ靴を探して履き直していたロスタイムと、その後の追い上げタイムを計算すると、踏まれていなければ間違いなく谷口の優勝だった。そうなっていれば、谷口はオリンピック陸上フィールド以外の種目で日本人初の金メダルという名誉を得て、歴史に名を残していた。
「オリンピック陸上フィールド以外の種目で日本人初の金メダル」は、8年後に高橋尚子が成し遂げたが、あのシーンを見たときも「谷口があのとき靴を踏まれなかったらなあ……」と思ったものだ。

4位:2000年1月の大阪国際女子マラソン

この大会は9月開催のシドニー五輪女子マラソン代表選考レースの1つだった。弘山晴美は、陸連から1万メートルでの出場を促されていたが「マラソンで出場」と拒否し、出場。しかし、ゴール直前リディア・シモンに抜かれ、2位に。2時間22分56秒は世界歴代9位(当時)・日本歴代3位(当時)の好記録でゴールしながら代表になれなかった。(前年のセビリア世界陸上で2時間27分02秒で市橋有里が2位入賞してすでに内定していたため。市橋の2時間27分02秒は生涯自己ベスト)

3位:1995年の東京国際女子マラソン

アトランタオリンピック代表選考レース。残り5キロという地点でトップ集団を走っていた浅利純子(ダイハツ)が、前を走る吉田直美(リクルート)の靴のかかとを踏んで、浅利、吉田、そして後ろにいた後藤郁代(旭化成)がもつれて転倒。1人、転倒を免れた原万里子(万引きで有名になってしまった選手とは別の「原」)がここぞとばかりに独走態勢に入ったが、ゴール直前で追い上げてきた浅利に逆転された。吉田は靴が脱げ、履き直さなければならず、3人の中でいちばん痛手を負ったが追走してトップと10秒差の4位に。靴を履き直すタイムロスは10秒以上あったので、踵を踏まれなければ吉田が優勝していただろう。
浅利が「転倒に負けず逆転勝利。オリンピック代表に」という物語を美しく飾るため、転倒時のスロービデオは、その後、二度と流されることはなかった。

2位:1964年東京五輪男子マラソン

ぶっちぎりで優勝したアベベ・ビキラ(エチオピア)に大きく遅れて競技場に2位で入ってきたのは円谷幸吉(陸上自衛隊)。しかし、ゴール直前でイギリスのベイジル・ヒートリー(当時の世界最高記録=2時間13分56秒保持者)に抜かれて3位に。その後、体調不良や鬱状態になり、自殺。
ほとんどの日本人にとって、円谷の最後の姿は東京オリンピックで銅メダルを取ったときの映像になってしまった。
ちなみに、1936年ベルリンオリンピックで田島直人(三段跳・金、走幅跳・銅)、孫基禎(マラソン・金)、南昇竜(マラソン・銅)、原田正夫(三段跳・銀)、西田修平(棒高跳・銀)、大江季雄(棒高跳・銅)の後は、1964年東京オリンピックまでの間の陸上全種目で日本人選手が取ったメダルはゼロ。1964年東京オリンピックでも、陸上のメダルは円谷のマラソン銅メダルだけである。(※孫基禎と南昇竜は日本占領下の朝鮮の選手)

1位:1987年12月、ソウル五輪代表選考会の福岡国際マラソン

12月の福岡国際で一発選考と言われていたのに、怪我で出場を断念した瀬古利彦(ヱスビー)に対して陸連は「3月のびわ湖で好成績なら選ぶ」と、急遽方針を変更。怒りの中山竹通(ダイエー)は「自分なら這ってでも出ますけどね」と発言。レース当日は5mの強風とみぞれで異常な寒さ。その中を中山はいきなり飛び出して、ずっと14分台で飛ばし、中間点では1:01:55。35キロ地点まで当時の世界記録を49秒上回るハイペースを続け、最後に失速するも2位以下に2分以上の大差をつける2時間8分18秒で圧勝。ゴール後は「とにかく寒くて身体が動かなくなった」と。
中山の異常なペースに惑わされ、有力視されていた谷口浩美(旭化成)は2:12:14の6位。宋猛(旭化成)は途中リタイヤで「お茶が温かかった」の名言。あのときの中山ほどかっこよかったランナーはいないなあ。
このレースはスタートからゴールまで完全録画して、その後何年も持っていたのだが、ビデオデッキの時代ではなくなり、引っ越しも何度もしたために、ビデオテープは全部処分してしまった。残念。

……と書いてきたら、あれ? 全部マラソンだ。しかも、オリンピック本番レースは2つしかなくて、あとは選考会レースか。
優勝した選手よりも強烈な印象を残した「敗者」たち。……あたしって、やっぱり表舞台に立てない性格なのだろうか。

五輪陸上競技日本選手メダリスト

で、オリンピックの陸上競技でメダルをとった日本選手のリストというのを見たら、思っていたよりずっと少ないのだね。
戦後は、マラソン以外でメダルをとるのは考えられない状況で、だからこそQちゃんが出てきたときは驚いたんだなあ。

1928(昭和3)年 アムステルダム大会
織田幹雄:三段跳 金
人見絹枝:800m 銀

1932(昭和7)年 ロサンゼルス大会
南部忠平:三段跳 金・走幅跳 銅
西田修平:棒高跳 銀
大島鎌吉:三段跳 銅

1936(昭和11)年 ベルリン大会
田島直人:三段跳 金・走幅跳 銅
孫基禎:マラソン 金
原田正夫:三段跳 銀
西田修平:棒高跳 銀
大江季雄:棒高跳 銅
南昇竜:マラソン 銅
※マラソンの孫基禎、南昇竜は日本占領下の朝鮮の選手
──ここまでが戦前。戦後は……

◆1948年 ロンドン、1952年 ヘルシンキ、1956年 メルボルン、1960年ローマの4大会連続でメダルなし

1964(昭和39)年 東京大会
円谷幸吉:マラソン 銅

1968(昭和43)年 メキシコ大会
君原健二:マラソン 銀

◆1972年 ミュンヘン、1976年 モントリオール、1980年モスクワ(不参加)、1984年 ロサンゼルス、1988年ソウル大会の5大会連続でメダルなし

1992(平成4)年 バルセロナ大会
有森裕子:マラソン 銀
森下広一:マラソン 銀

1996(平成8)年 アトランタ大会
有森裕子:マラソン 銅

2000(平成12)年 シドニー大会
高橋尚子:マラソン 金

2004(平成16)年 アテネ大会
室伏広治:ハンマー投 金
野口みずき:マラソン 金

2008(平成20)年 北京大会
塚原直貴末續慎吾高平慎士朝原宣治:4×100mリレー 銀

2012年(平成24)年 ロンドン大会
室伏広治:ハンマー投 銅

2016(平成28)年 リオデジャネイロ大会
山縣亮太飯塚翔太桐生祥秀ケンブリッジ飛鳥:4×100mリレー 銀
荒井広宙:50キロ競歩 銅

4x100mリレーでメダルをとるというのがどれだけすごいことか分かるなあ。

『そこまで言って委員会』出演の結果……2019/05/03 20:17

やはり地上波テレビの宣伝効果はすごかった

先日、「関西ローカル」の『そこまで言って委員会』という番組にゲストで呼ばれて大阪まで行った。
関西ローカルといっても、日本全国で放送されないのは関東広域と福井、福島、青森、岩手、山形だけ。日曜の午後1時台の番組なのに視聴率は常時10%以上を記録しているらしい。
栃木は関東広域に属しているので放送されていない。ただ、放送日翌日から1週間、ネットブラウザで普通に見られるし、TVerでもやっている。
どんな編集になったのか確かめるために、Amazon Fire TVにTVerアプリを入れて居間のテレビで見られるようにした。……あら、簡単だ。
放送を録画して見るという普段のスタイルと違い、CMスキップができないが、これってむしろ放送局側にとっても、スポンサー重視になって好都合なのでは? 地上波番組が放送日後1週間、いつでも好きな時間に見られるというのはいいね。しかも、放送エリアではない番組も見られる。
こうなると、テレビの視聴方法というのもどんどん次第に変わっていくんじゃないだろうか。

↑TVerアプリは無料でインストールできる  ↓普通にテレビで見られるようになった。

それにしても驚いたのは、地上波テレビの宣伝効果の大きさだ。
番組ではVTRも使って『医者には絶対書けない幸せな死に方』(講談社プラスα新書)の紹介をしてくれたのだが、発売後1年以上経っている本だし、関東広域では放送されないし、多少なりとも売り上げに結びついてくれればいいな、という程度の気持ちだった。
ところが、放送直後、Amazonの書籍売り上げで8万位くらいだったこの本が、夜には本全体の21位(!)にまでジャンプアップしていた。

放送直後の15時時点では79299位だったのが、19時には21位に。その後順位を下げたが、それは在庫切れ表示になってしまったからのようだ。↑


ノンフィクション部門ではなんとTOP10入り↑


まさに嬉しい悲鳴というやつだが、残念なことにこの「在庫切れ。入荷未定」表示は変わらないままついに10連休に突入してしまった。
出版社内在庫はあるということだったのだが、取り次ぎが間に合わないまま10連休に……なんとももったいないことだ。
楽天など、他のネット書店でも同じ。やれやれ。
5月3日現在、Amazonではようやく入荷予定日時が表示され、注文可能になったようだ。
注文を躊躇っていたかた、再度ポチお願いします。

父のネット葬 2019/03/112019/03/19 11:27

親父が日光の施設にいたときに描いた男体山の絵

3.11が命日に

2019年3月11日 月曜日。
朝、デイホームの施設長から電話。ベッドの中で電話に出た。
「訪問看護師さんを呼びました。お父様、肩で息をしているので……」
「分かりました。今から行きます」

いよいよ……かな、と、ここ数日は毎日、親父の様子を見るたびに覚悟はしていた。
前々日の土曜日は施設でのウクレレ教室(ボランティアで毎月行っている)の日だったが、親父ももう意識朦朧としていてウクレレもなにもないだろうし、スタッフにしても状態が悪くなった親父や義母の介護でウクレレどころじゃないだろうし……ということで、一旦は施設に電話して断った。
施設長が出て「分かりました」と答えたが、その後、「お父様、今日は息子さんがウクレレ教室で来るので、すでに車椅子に移って待ってますよ。最後に演奏聞かせられたらよかったのに」と言う。
ええ~。それじゃあ、行かないわけにいかないじゃん……というわけで、EWIとウクレレを持って出かけ、『MISTY』、『枯葉』、『上を向いて歩こう』などをEWIで吹いた。
親父は何も言わなかったが、演奏が終わった後、拍手の代わりにそっと両手を合わせた。
スタッフのシバニャン(施設長の娘さん)から「拝むんじゃなくて拍手でしょ」と言われていたが、今思えば、あれは精一杯の意思表示だったのだろう。
あのとき行って演奏してきてよかったな、と思いながら、施設に向かう。
でもこのときはまだ、これから先があるだろう、少なくとも今日ということはないだろうと思っていた。

施設に着いて、親父の部屋を覗くと、早い間隔での喘鳴。想像していたより切迫していた。
そこに看護師さんが到着。体温、呼吸数、心音、肺の音、血圧などを測る。
このままもうよくなることはないだろうということは分かった。それでもまだ、「今日はまだないだろう」という気がしていた。
こういう状態でも耳は聞こえていることが多い、というので、部屋にあったラジカセに、持ってきたCD『So Far Away たくき よしみつ Songbook1』を入れて再生する。
1曲目の「流れてしまった時は戻せないし 変わってしまった心も隠せない……」という出だしの歌詞が、作った40年前とはまったく違う意味を持って頭に入ってくる。
その後、隣の部屋で看護師さん、施設長と僕の3人で、これからのことを話し合う。
このまま「見守る」ことの最終的な確認、とでもいうか……。

看護師さんが最後に書いた連絡メモ

それが終わって、看護師さんが「では、一旦戻ります」ということで、玄関を出る前にもう一度部屋を覗くと「あ……止まってる?」と言った。
まさに息を引き取る瞬間だった。
僕は脈を確認されている親父をただ見守るだけだった。
部屋にはCDの11曲目『Orca's Song』が流れている。

Set me free, rushing waters fall fast away.
Go with me to a deep blue world way beyond.

All the unhappy ones go rushing by,
far and so far away they'll go.
Can you hear me cry, see my eyes,
feel my hands, and share all my heartache?
Let me go, please I only want to go.

(Orca's Song より)

ああ、なんというタイミングなんだろう。この歌は、こういうことだったのか……と思った。

辛かったこと、悲しかったことはすべて、はるか遠くへ押し流されていく
あなたには私のこの叫びが聞こえますか? 私の目が見えますか?
私の両手を感じ取れますか? この心の痛みを分かち合ってくれますか?
さあ、もう行かせてくれ  私はもう旅立ちたいんだ

本当に、僕がそう歌っているのを聴きながら、親父は旅立った。

……なんだかあまりにできすぎていて、嘘みたいだ。

すぐには「死」を実感できなかった。呼吸が楽になってスヤスヤ寝はじめたように見えてしまう。
……楽になってよかったね、とか、そういう気持ちでもない。ただただ「え? そうなの?」という、スポンと何かが抜け落ちたような感覚。

この瞬間にも、施設スタッフは他の入所者やデイサービス利用者をトイレに誘導して介助したり、昼食を作ったりしている。入所者、利用者はすぐそばの居間でくつろいでいるが、誰も親父が今死んだことには気づかない。ソファで横になっていたり、テレビを見ていたり……。
義母も、いつものようにテレビを見ている。

主治医の院長は数十分で駆けつけるだろうとのこと。
妻に電話して告げると、やはりまだ先だと思っていたようで、驚いていた。
死化粧用のお洒落な服を探して持ってきてくれと伝えた。

主治医の院長が来て、死亡確認。死亡診断書を書いてもらう。
いくつかやりとりして「老衰ということでいいですか?」「はい」……と。
大腿骨骨折の手術自体は想像以上にうまくいっていたので、骨折が死因にはならない。骨折する前からどんどん状態が悪くなっていたので、文字通り「老衰死」なのだ。
家でみんなに最後まで親切にしてもらいながら老衰で死ねるなんて、今ではごく少数の人しかできない「幸せな死に方」だ。
すごいことなんだよなあ、と改めて思うが、そのときはまだポーッとしていて、そこまでは考えられなかった。

死亡診断書の死因欄に「老衰」と書いてもらえる人は少ない。

葬儀屋さんをどこにするかとか、目の前のことも、あれだけ準備していたのに、気持ちがふわふわしたままで、テキパキとは動けない。

院長が帰るために車に乗り込んだとき、助手さんが洋服一式を持ってやってきた。帰り際の院長にお礼を述べ、見送る。
持ってきたのは冬物のジャケットとズボン。僕が何かのために持っていた新品のシャツとネクタイ。
部屋に戻り、スタッフが親父に服を着せた。最後は僕がネクタイを結んだが、きれいにまとまらず、やり直した。
まだ身体は柔らかく、着替えさせるために身体を横向きにさせたりするのを手伝ったとき、蒲団に手を置いたが、背中の下が温かいので驚いた。

スタッフに着替えをしてもらった親父。ネクタイだけ、僕が結んだ。


お昼なので、スタッフは忙しく台所で食事の準備をしている。その仕事の合間をぬって、みんな親父の部屋に来て、身体をさすり、最後のお別れの言葉を言う。
「今日はこれから忙しくなるから、二人とも今ちゃんと食べておいて」と、スタッフが僕らの分も昼食を作ってくれた。

施設スタッフが用意してくれた昼食を二人でいただく。

葬儀社の手配などがあるので、一旦家に戻る。
ここがいいだろうと決めていた業者があるのだが、施設によく花を持ってきてくれる(営業?)お花屋さんが葬儀社もやっているというので、そこも含めて3件ほど候補を選び、ネットでもう一度調べてから電話。最初に施設で教えてもらった花屋さんに電話して、結局、そこで決めて、残り2件には電話しなかった。

後から分かったが、シンプルな火葬式をするために大切なのは、きちんとした霊安室を自前で持っているかどうかが重要かもしれない。業者によってはトランクルームみたいなところを借りているところもあるようだし。
今回お願いした花屋さんは、最近自前の霊安室を作ったので云々というようなことを電話で言っていて、そのときはピンとこなかったのだが、後から、ああ、こういうことか、と分かった。

2時半までにはご遺体を迎えに行きますということなので、助手さんと二人で再び施設に。
スタッフと話をしながら待っているところに霊柩車到着。
スタッフや僕も手伝って、ストレッチャーにのせて、霊柩車へ。

今どきの霊柩車。ナンバーが「南無南無」なので分かるだけ。

手続きのために僕らもそのまま霊柩車の後ろについて、花屋さんの霊安室に向かう。

花屋さんは、完全に葬儀社に特化していた。ROOM1 ROOM2 とある立派な部屋が霊安室だった。

ここで葬儀もできてしまうな、というくらい立派な霊安室。


ここで申込書に記入して、死亡届や火葬許可などの手続きのために認め印を1つ預ける。火葬は早ければ明日の2時半でできそうだが、決まったら連絡するということで、一旦、デイホームに戻る。

ホームはいつもの日常で、入居者もデイサービス利用者も何かあったとは気づかないまま過ごしている。
すぐ隣で僕らが葬儀の話などを普通にしているのだが、誰も気にとめない。
みんな自分の世界、半分夢の中のような閉じた世界に住んでいるんだなあ、と思った。

家に戻り、葬儀屋さんからの連絡を待っていたが電話がないので、日課となっている近所の老犬を連れての散歩。
地蔵堂まで行って、いつもとは少し違う気持ちで地蔵や如意輪観音像を見た。

今日の散歩はここを目的地にしようと決めて歩き始めた。

2019/03/12

一夜明け、昼前に駅に到着した叔父夫妻を迎え、4人で行川庵に行き、昼食をとった。
ここの厨房で働いているご町内のWさん(僕らより年上の女性)と目が合い、「いらっしゃい~」と声をかけられる。
Wさんは僕が毎日近所の老犬を連れて散歩しているとき、ちょうど仕事を終えて家に戻ってくるタイミングなので、よくすれ違う。毎回、必ず車を停めて、窓を開け、「レオ~。元気~?」「ライチェル~。よかったね~」と声をかけてくれる。
火葬の時間が迫っているので、急いで5合盛りの蕎麦と天ぷら2皿を食べていると、「これはWさんからです」と、思いもかけぬ蕎麦だんご2皿が差し入れされた。
叔母が甘い物好きだそうで大喜び。

4人で5合盛り。


なんとか4人でしっかり平らげ、霊安室へ向かう。


霊安室で。



日光市がやっている火葬場は山の中にある。友引の日は休みだそう。明日が友引だということは後から知った。友引の前、気候もいい時期だからか、空いていた。

火葬場。


施設から施設長と看護師の資格も持っている経理担当のフサさんが来てくださっていた。
スタッフの一人・シバニャンが、親父に「いちばん好きな食べ物は?」と訊いたときに、迷わず「オムライス」と答えたそうで、フサさんはシバニャンが今朝親父のために作ってくれたオムライスを持ってきていたが、「食べ物はお棺には入れられません」と断られて、そのまま持ち帰ったみたいだった。(僕は気づかず、後から妻に聞いた)
骨の中にはチタン合金の人工骨頭があった。骨壺には入れられませんというので、「珍しいものだから」と、無理を言って熱いのに風呂敷に包んで持ち帰ることにした。
高価なパーツなのだが、体に入っていた時間は短かったね。
骨になった親父を骨壺に入れて外に出ると、駐車場にはうちの車以外、1台も停まっていなかった。
静かだ。


叔父夫妻を連れて家に戻り、親父の思い出話などをしながら、朝、買っておいたいちご大福を食べた。
夕方、駅まで叔父夫妻を送って別れた。

これからいろいろな事務処理などがあるので、取り寄せなければならない書類などを確認しはじめる。
手元にある膨大な書類、施設との契約書や介護用品のレンタル契約書、保険証、介護計画書、お薬手帳……これ、全部、この瞬間に必要なくなったのだと思うと、なんだか不思議な気がする。

自分のほうが絶対長生きすると信じきっていたお袋は10年前に先に逝った。
自分の身体もかなり弱ってきたと自覚した頃だっただろうか、一度だけお袋に「よしみつはここまで育ててもらったんだから、パパのことは最後までちゃんと面倒みなさいよ」と言われた。
そのときは、こんなに大変な、というか「複雑な」ことだとは思わなかった。
「ちゃんと死ぬ」「ちゃんと死なせる」ことがこんなに難しいことだとは……。

でも、最後の最後は、見事だったね。
命日は日本中の人が忘れない3.11。僕がラジカセにセットしたCDが演奏し終わる前に、Set me free... と聴きながら。

ありがとう、親父。
親父と約束していた 「YouTube葬」 


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