大坂なおみの父親は映画監督 動画を発見2018/09/13 14:34

大坂姉妹も出演していた映画「Selfish Love」(YouTubeより)

こんな魅力的な一家のファンにならないのは損だぞ

大坂なおみが二重国籍だの、日本語が話せないだのということがまだネット上では書き込まれているが、彼女はすでに「日本選手」としてテニスをプレーすることを選択し、そのように届け出ている。
父親のフランソワ氏(Leonard Maxime Francois)は、ハイチという中南米でも最貧レベルの弱小国出身でありながら、ニューヨーク大学で学んだ後、13年間日本に在住。日本では「駅前留学」でお馴染みのあの英会話教室の講師などをしていた。生徒たちからは「大阪弁の英語の先生」として慕われていたそうだ。
また、自身が監督やプロデューサーをつとめた映画作品もある。
こんな映画を制作していたらしい↑ なおみんパパ



娘たちが出演している映画もある

冒頭のシーンなどに大坂姉妹も登場している↓

↑小さくて読みづらいが、editor, executive producerとして MAXIME FRANCOIS(なおみんパパ)、producer Tamaki Osaka(なおみんママ)、Based on a story written by MAXIME FRANCOIS のクレジットもある。監督・編集だけでなく原作も書いている!

映画のクレジットを見ても、まりとなおみの姉妹はテニス選手として登録する前から「Mari Osaka」「Naomi Osaka」と、母方の姓を名乗っていたことが分かる。それも父親の意向であることは間違いない。

パパは規格外の自由人、ママは自由すぎる夫を経済面でもどっしり支え、お姉ちゃんは福士加代子に似てチャーミング。こんな素敵な一家のファンにならないなんて、損だよなあ。
「東京五輪で金メダルだ」とか、「日本人らしい仕草で……」とか、どうでもいい、というか、偏狭さを露呈しているだけで恥ずかしいぞ。

(国籍問題についての長い説明も加えたロングバージョンは⇒表の日記に書きましたので、興味のある方はどうぞ)

大坂なおみの快挙で改めて考えさせられたこと2018/09/12 11:11

ブーイングが起き、帽子で顔を隠す大坂とほくそ笑むアダムズ会長(白い服の女性)
テニスの全米オープン2018は、女子シングルスで大坂なおみ選手が「日本人初」のグランドスラム優勝という快挙を成し遂げ、世界中をわかせた。
まさかここまで強くなっていたとは! と驚かされると同時に、勝負以外のところで様々なことを考えさせられたので、雑感としていくつかまとめておきたい。

名前の付け方は難しいし、大事だね

優勝後の記者会見の中で、スペイン訛りの強い記者が大坂にこんな質問をした。
「あなたは大阪生まれで、姓がOsakaだけれど、なんかおかしくないですか? 父親はハイチ人*でしょう? 父親の姓を名乗るべきでは?」
 *実際にはハイチ出身のアメリカ人
これに対してなおみんは笑ってこう答えた。
「じゃあ、2014年から使い古しているジョークを言うわね。いいかしら。大阪で生まれた人はみんなOsakaっていう姓なのよ。いぇ~い!」
記者はビックリして「え? 本当に?」と応じたので、今度はジョークが通じなかったと知ったなおみんのほうがビックリして、
「ノ~~~~~! そんなわけないでしょ。母親の姓が大坂なのよ。母親の姓を名乗っているだけ」と真面目に答えなければならなくなった。
そのときの動画と記事は⇒こちら
大坂なおみといえば「日本に住んでいないし、日本語も話せない日本人選手」としてよく話題にされるが、名前にはカタカナが入っておらず、浪花のおばちゃんのような堂々とした名前だ。
逆に、陸上のサニブラウン・アブドル・ハキームは福岡県生まれで日本で育った*1ので日本語ネイティブだが、名前は全部カタカナ*2で日本の片鱗がまったくない。
*1その後、都内の城西大学附属城西中学校・高等学校に進学している
*2姓はサニブラウンで、アブドル・ハキームはガーナ人の祖父がつけた。アブドルは「司る人」、ハキームは「賢い」という意味だという

サニブラウンは英語がうまく喋れないまま渡米して、2017年9月からフロリダ大学に留学しているが、なおみんとサニーの名前と日常言語の逆転現象を考えるととても興味深い。

ちなみに、大坂なおみには「まり」という姉がいるが、まりもなおみも父親(レオナルド・フランソワ氏)がつけたという。先見の明があったというか、妻が強かったのか、これは大きなポイントだったと思う。

おじいちゃん登場

なおみんの母親・大坂環(たまき)さんは北海道根室出身で、環さんの父親・大坂鉄夫さんは現在根室漁協の組合長。鉄夫じいちゃんは4歳で渡米した娘一家との交流は普段あまりないようだが、なおみんがBNPパリバ・オープンの女子シングルスでツアー大会初優勝を果たした後、メディアの前で会見に応じた。
それまでは人前に出てこなかったのだが、出てきたのは「孫が可哀想になった」からだという。
大坂氏は、孫であるなおみ選手が大活躍している一方で、ネット上では「日本語が喋れない」「日本人選手には見えない」などのコメントが散見されることに「日本にルーツがあるということを知ってほしいという思いがあった」と語った。
大坂なおみの祖父が記者会見を開いた「憂慮すべき」理由 Asa-jo

今回、全米オープンの表彰式でなおみんが受けた理不尽な扱いの裏には、父方がハイチ、母方が日本であることに対しての差別意識が存在していたと思うが、日本でも同様の攻撃をする人たちが少なからずいたことも忘れてはいけないだろう。

ネット上でもテレビでも何度も登場したこの家族写真はとてもいい雰囲気だ。姉は誰かに似ているなあと思っていたが、福士加代子だと気づいた。父親はなんとなくベン・ジョンソンに似ている

全米オープンを制した後でも、日本のテレビ局はなおみんの言葉にカタカナのテロップ表示をつけるなどして、批判を受けている
今回の事件を批評する前に、まずは日本にいる我々の側にもこうした意識が隠れているのではないかと自戒しておきたい。

表彰式スピーチでの「I'm sorry」の意味は?


うちではWOWOWの生中継を録画しておき、数時間後にすべてを見たので、一体何が起きたのかは分かっている。
しかし、報道で切り取られた画面や寸評にしか接していない人も多いと思うので、簡単にことの流れをまとめておく。

  1. 第1セットを6-2という予想外の差で取られたセリーナがどんどん苛立っていく
  2. 第2セット序盤、セリーナのコーチが観客席でサインを送るような仕草をしていたのを主審が見て、セリーナ側に警告を出した(禁止されているコーチング違反)
  3. それに対してセリーナがぶち切れして、主審に食ってかかる
  4. その後もゲームを落として、ラケットをコートに叩きつけてぐにゃぐにゃに破壊
  5. それに対して主審が再び警告を出し、この時点で警告累積(2回目)でセリーナに1ポイントペナルティ。次の大坂のサービスゲームを15-0から始めさせる
  6. これに対してセリーナがさらにぶち切れて、主審に執拗に詰め寄る。会場からもブーイングの嵐。大坂のサービスゲームがなかなか始められない。
  7. その後もコートチェンジの際にセリーナは主審に抗議を続けて、「You are liar!」という叫び声が会場にまで聞こえる。
  8. 主審を侮辱する行為に対して、主審は1ゲームペナルティを与える。セリーナはさらにぶち切れで、試合を監督する主任レフェリーや運営責任者までコートに呼ばれる。その間、大坂はじっと待っている。
  9. 大坂のサービスゲーム1つがセリーナへのペナルティでやらずに勝ちとされ、スコアが5-3となる。次がセリーナのサービスゲームだったが、会場が異様な雰囲気に。大坂はこのゲームでの勝負を避けて、セリーナに40-0で勝たせる。
  10. その後の大坂のサービスゲームで勝って、6-4で第2セットも取り、優勝。
  11. セリーナは大坂をハグして勝利をたたえるも、主審とは握手を拒否し、まだ「私に謝れ」と言い放つ。
  12. 異様な雰囲気のまま始まった優勝セレモニーでは、司会者は顔をこわばらせたままで、ブーイングを収めようとしない。
  13. しかも、あろうことか、マイクの前に立った全米テニス協会(USTA)のカトリーナ・アダムズ会長*3は、「今回は私たちが期待していた終わり方ではありませんでしたね。でも、セリーナ、あなたはチャンピオンの中のチャンピオンです。母親となった彼女はすべての人びとから尊敬されるべき模範です」と、なおみんへの賛辞ではなく、セリーナへの賛辞でスピーチを始めた*4
  14. ブーイングが収まらない観客を前に、なおみんは「すみません。みんなが彼女(セリーナ)を応援していたのは分かっています。こんな終わり方でごめんなさい」*5と謝る羽目になった。
……本当に腹立たしいが、こういうことが現実に起きていたのだ。

*350歳、シカゴ出身。プロ選手時代の最高順位は67位。全米オープンでの最高成績は3回戦
*4“Perhaps it’s not the finish we were looking for today, but Serena, you are a champion of all champions. This mama is a role model and respected by all.”
*5“I’m sorry, I know that everyone was cheering for her and I’m sorry it had to end like this.”

このなおみんの「I'm sorry」の訳をめぐって、日本ではちょっとした論争が起きた。
試合後のインタビューでは涙ながらに「みんな彼女(ウィリアムズ)を応援していたのは知っていた。勝ってごめんなさい。セリーナとプレーするのが夢だった」と話した。ウィリアムズ選手は「なおみ、おめでとう」とたたえた。
「勝ってごめんなさい」大坂冷静さ貫く 悲願の全米初制覇  日本経済新聞 2018/09/09

これに対して、フリーアナウンサーの草野満代氏は、ラジオ番組の中で「勝ってごめんなさい、は日本メディアの誤訳だ」と指摘した。

他にも、英語に堪能な人たちから、このI'm sorry. は、「ごめんなさい」ではなく「残念です」「ガッカリです」と訳すべきだというコメントがネット上にはあふれた。
「残念です」であれば、謝罪ではなく、むしろこんなひどい試合にしてしまった人たちにがっかりさせられたという抗議のニュアンスが強まる。
普通に考えれば、この場面でのsorryは当然そうなるだろう。しかし、実際の場面を何度見ても、また、試合後のいくつかのインタビューでの受け答えを聞いても、なおみんのsorryには抗議のニュアンスは一切なく、むしろ「ごめんなさい」に近いsorryだったのだろうと判断できる。
なおみんは試合前から、優勝インタビューでのスピーチ草稿を用意していたという。もしかすると、セリーナファンが多いことが分かっている観客席に向けて、ジョークっぽく「みんなセリーナを応援していたんでしょ。知ってるよ。でも勝っちゃって、ごめんねごめんね~」と、U字工事のノリで言うつもりだったのかもしれない。まったく同じ言葉でも、まともな優勝セレモニーなら、笑顔でこの言葉を言えたはずだった。
セリーナがあんな風にみっともなく自滅(英語メディアは「メルトダウン」と表現していた)しなくても、あの試合内容だったら、間違いなくあのままなおみんの圧勝だっただろう。
その権利を奪ったセリーナ、アダムズ会長、観客らの罪はとてつもなく深い。

セリーナよりも罪が重いアダムズ全米テニス協会会長

セリーナの行動があまりにも子どもっぽくて礼儀知らずなのは当然だが、それ以上に許せないのはカトリーナ・アダムズ全米テニス協会会長の態度だ。
スピーチの冒頭が「Perhaps it’s not the finish we were looking for today.」なのだ。最初はセリーナの態度を諫めてこう言ったのかと思ったが、その後、セリーナを散々持ち上げたあげく、なおみんにはほんの数秒の「おめでとう」という言葉だけで優勝トロフィーを渡したひどい態度を見て驚いた。
これがテニス協会の会長? どうなっているんだ、と。
これについては、日本のメディアはほとんど触れていない。アメリカのメディアがしっかり非難していることが救いではある。
これほどまでにスポーツマンシップに反した事件があっただろうか。
(略)
全米テニス協会会長カトリーナ・アダムズは、表彰式を勝利者を軽んじ、ウィリアムズを持ち上げることで始めた。彼女のエゴイズムこそ厳しく糾弾されるべきなのに。
NEW YORK POST 2018/09/08 It's shameful what US Open did to Naomi Osaka, Maureen Callahan
It’s hard to recall a more unsportsmanlike event.

Here was a young girl who pulled off one of the greatest upsets ever, who fought for every point she earned, ashamed.

At the awards ceremony, Osaka covered her face with her black visor and cried. The crowd booed her. Katrina Adams, chairman and president of the USTA, opened the awards ceremony by denigrating the winner and lionizing Williams ── whose ego, if anything, needs piercing.

あろうことか、アダムズ会長はその後もUS Openの公式ツイッターアカウントで、セリーナが表彰式で観客に「ブーイングはもうやめよう」と呼びかけた行動を褒め称えるコメントを出している。
盗っ人猛々しいとはまさにこのことだ。
セリーナがこのときに発した言葉を一言一句たがわず書いておこう。
"I don’t want to be rude, but I don’t want to interrupt. I don’t want to do questions. I just want to tell you guys, she played well, this is her first Grand Slam.
I know you guys were here rooting and I was rooting too, but let’s make this the best moment we can and we’ll get through it. But let’s give everyone the credit where credit is due and let’s not boo anymore. We’re going to get through this and let’s be positive.
Congratulations Naomi. No more booing"

「野暮なことは言いたくないし、みなさんの気持ちに水を差すようなこともしたくない。物議を醸すこともしたくない。でも、みなさん、聞いて。彼女はよくやったわ。しかもこれは彼女にとって初めてのグランドスラム優勝なのよ。
みなさんが私の応援のためにここに来てくれたってことは分かってる、私もそのつもりだった。でも、この場をベストな瞬間にしましょうよ。収めて先に進みましょう。
誰に対しても、お手柄はお手柄として認めてあげましょう。
ブーイングはダメ。私たちはこれを乗り越えていける。前向きになりましょう。もうブーイングはなしよ」

なんという傲慢さ。
自分が頂点に立ち、賞賛されるのが当然だったけれど、そうならなかった。でも私たち(we)はこれを乗り越えて前に進みましょう、と言っているのだ。とてもスポーツの話とは思えない。
これをアダムズ会長は「すばらしい」と褒めあげているのだ。
表彰式が始まったときにブーイングが起こり、なおみんが泣きだしたとき、アダムズ会長は少し顔を背けてニヤッと笑っている。下の動画でも確認できる。

そして、全世界を驚かせたシーン……。
She turned to Williams. “I’m really grateful I was able to play with you,” Osaka said. “Thank you.” She bowed her head to Williams, and Williams just took it ─ no reciprocation, no emotion.

大坂はウィリアムズに向き直り言った。「あなたと試合ができて本当に感謝しています。ありがとうございます」
彼女はウィリアムズに向かってお辞儀をしたが、それに対してウィリアムズはなんの感情も反応も示さなかった。
It's shameful what US Open did to Naomi Osaka , Maureen Callahan

差別問題は日本でもアメリカでも悪化している?

今回の事件についてかなり分かりやすく紹介・解説しているブログがあった。
そこにこんな記述がある。
今回のセレモニーを見て、私の好きなアメリカはどこにいってしまったんだ!?と率直に悲しくなってしまったのです。

私が小学校から高校まで向こうで生活していた時は「有色人種や異国民に対する差別や区別の意識が完全になくなるまで、まだ何十年もかかるだろうけど、良い方向に来ている」と感じていました。毎年少しずつ改善していたからです。
特に努力を重ねて成功を収めた者には惜しみない賞賛の拍手を送るのがアメリカ人の素晴らしいところでした。
それは一体どこにいってしまったのでしょう。
まるで時代が後退しているかのようです。

最近、米国に住む2世、3世の友人からも「差別的な問題が増えた。子どもが酷いことを言われた」と聞くことが多くなってきました。その肌感を証明するかのような出来事が今回のトロフィーセレモニーだったのではないかと危惧しています。

全て政治につなげる訳ではありませんが、やはり世の中の風潮というのは政治やリーダーの考え方に染まっていくのかと憂いを抱いてしまうのです。
松田公太 to the next satage 「大坂なおみ 全米オープン 優勝!日本選手初の偉業!」 2018/09/10)

そう。まさにそれ。いちばん気になったのは「それ」なのだ。
今回のことも、もしセリーナの相手がハレプ(ルーマニア、白人)、ウォズニアツキ(デンマーク、白人)、ケルバー(ドイツ、白人)らであったら、ここまでひどい表彰式にはならなかったのではないだろうか。
ビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹にしても、テニス界で強くなっていくまでにどれだけの差別を受けたか分からない。アダムズ会長も黒人の血が入っており、ウィリアムズ姉妹よりずっと前の時代にプロテニス選手としてやっていた。成績もパッとしていないし、そんな黒人女性が全米テニス協会の会長(女子だけではなく、男女合わせての協会)に成り上がるまでの苦労は大変なものだっただろう。
子供のときにDVを受けた人が大人になって同じようにDVを行う親になりやすいという説はよく聞くが、差別を受けて苦労した人が大人になって成功し、権力や名声を得たときに、自分よりもっと弱い立場の人間を差別する人間になっているというのでは悲しすぎる。

性差別? それを主張したいなら別の場でやれ

一部では、セリーナがあれだけ切れたのは、最初のコーチング警告について、男子プレーヤーなら咎められないのに、女子プレーヤーだから警告を受けた。性差別だという主張をしたのだ、と擁護している。
往年の名選手ビリー・ジーン・キングまでもが、
When a woman is emotional, she’s “hysterical” and she’s penalized for it. When a man does the same, he’s “outspoken” & and there are no repercussions. Thank you, @serenawilliams, for calling out this double standard. More voices are needed to do the same.

女性が感情的になると「ヒステリック」だといわれ、罰を受ける。男性が同じことをすると「ずけずけものを言う」と評され、問題にされない。このダブルスタンダードに声を上げてくれてありがとう、セリーナ・ウィリアムズ。彼女に続くことが必要よ。

ツイッターに書き込みワシントンポスト紙に寄稿までしている。
I understand what motivated Williams to do what she did. And I hope every single girl and woman watching yesterday’s match realizes they should always stand up for themselves and for what they believe is right. Nothing will ever change if they don’t.

私はウィリアムズがなぜああいう行動を取ったか理解できる。そして、昨日の試合を観ていたすべての女性たちに、自分が正しいと信じるもののために立ちあがるべきだと分かってほしい。そうしなければ何も変わらないのだから。
Billie Jean King: Serena is still treated differently than male athletes Washington Post 2018/09/09

何を言っているんだと思う。
それをやるなら試合の外でやりなさい。
昨日のセリーナの行動はそういう問題以前のことであり、こんな低次元の主張を繰り返していたら、本当に性差別と戦っている人たちにとってもマイナスにしかならない。
傲慢になって正しいことが見えなくなる人間は、人種や性に関係なく存在しているということを思い知らされる。

同じ女子テニス界のレジェンドでも、マーガレット・コートはこう言っている。
"It's sad for the sport when a player tries to become bigger than the rules.

選手がルールより偉くなろうとすることほど、スポーツにとって悲しいことはない
Serena Williams tried to become bigger than the rules - Margaret Court Sporting News 2018/09/09

少し補うなら、セリーナやアダムズ会長のひどい傲慢さに比べ、なおみんの言動は本当に素晴らしかったが、それを「日本人らしさ」だとことさら持ち上げるのも危険なことだ。魅力的な性格の人間は、人種に関係なく存在する。
「なおみは素晴らしい」だけでいいのだ。

口直しにこんなのを

ここで終わるとほんとに残念すぎるので、最後、口直しにこんな動画も貼り付けておこう。
今年5月に公開された日清のCM。これには元ネタがある。↓これ


上の動画は現在再生120万回超え。下の動画は661万回超え。
日清が「おおさか」と「おおさこ」をかけてパロディ動画のCMを作ったときは、「大迫」のほうが圧倒的に知れ渡っていたわけだが、これからは逆転するだろう。
それにしても、この高校サッカーチームの監督やなおみんのコーチ陣はいいよなあ。昨今、日本スポーツ界の話題といえばパワハラ問題ばかりだったから、この動画を見てホッとしましょうか。

日本の原発は関空よりも孤立しやすい立地2018/09/08 19:23

美浜原発は海岸沿いの細い道と海を渡る橋の先にある

美浜原発は海を渡る橋の先


関西国際空港↑  ↓美浜原発

颱風チェービーが関西方面に与えた被害は凄まじかった。関空では滑走路が1つ海水に冠水して使えなくなっただけでなく、唯一と言ってもいいアクセスルートである橋にタンカーが衝突して壊れ、3000人以上が孤立した。
橋を渡らないと行けない場所に巨大空港というのはどうなのかと改めて思った人は多いと思うが、これを見てすぐに思い出したのは関西電力管内の原発だ。
橋を渡らないとたどり着けないとか、トンネルがいくつもある一本道しかアクセスルートがないという立地ばかりなのだ。
上に示したのは関西電力美浜原発の立地(Googleマップより)。

この美浜原発をかつて見学に行った人は、社員とのこんなやりとりを覚えているという。
社「非常用電源はこれだけたくさん準備しております」
見「で、非常用電源の燃料は何日分置いてあるんですか?」
社(書類を散々調べて)「1日分です」
見「2日目からどうするのですか?」
社「…………」
見「原発へは崖沿いの道とトンネル、細い橋でつながっていますが、船舶はお持ちですか?」
社「当社は1隻も持っていません」
見「非常時はどうするのですか?」
社「チャーターします」
見「非常時にチャーターできる船が近くにあるんでしょうか?」
社「…………」



大飯原発の立地↑ 



高浜原発の立地↑ 
こんな危なっかしい立地である日本の原発。福島第一・第二原発は例外的に比較的交通の便がいい場所に建っていたが、それでも外からの物資搬入さえままならなかった。バッテリーを運び込むことさえできず、最後は駐車場に停まっていた職員らの自家用車からバッテリーをかき集めて計測機器を動かそうとするという落語のような事態になっていた。
海岸沿いの崖っぷち道路、トンネル、海を渡る橋などを通らなければたどり着けない場所にある原発で事故が起きたとき、どう手当てするのか。お手上げ状態になることは目に見えている。
今の日本は、こういうお粗末な国なのだということを自覚した上で、我々庶民は、最大限の「危機管理」意識を持たないといけない、ってことなのだ。

北海道の地震が冬に起きていたら?

で、チェービーが去ったと思ったら、今度は北海道で最大震度7の地震が発生。北海道内の電力のおよそ半分を発電している苫東厚真火力発電所(厚真町)が大ダメージを受けて発電不能になり、一時は北海道内すべてが停電したという。これが冬だったら、一体何人が凍死していたことか。

北海道で震度7が観察されたのは記録が残っている限り初めてだというが、もはや日本列島は今まで数十年とは違う時間に突入している。地球全体が地殻変動期に入り、異常気象も日常的に起きるようになったと認識すべきだろう。その認識がきちんとできない人たちにこれ以上政治や企業経営を任せていると、本当にとんでもないことになる。

停電すれば原発も風力発電も止まる

北海道電力泊発電所も外部からの電源供給ができなくなり、非常用電源(ディーゼル発電機6台)に切り替わった。泊村の震度はわずか2だったが、北海道全体の送電系統がバランスを失い、一斉停電したからだ。
幸い、その後、砂川火力発電所3号機が再稼働したため、札幌の中心部や旭川の一部で電気が復旧し始めると同時に、水力発電所からの送電も使えることが分かり、泊原発にも電気が供給されるようになって事なきを得た。
泊原発の非常用電源の燃料は何日分あったのだろうか。一部報道では1週間分だというのだが、そんな程度でいいのだろうか。
「泊原発には3系統から外部電源が供給されていますが、北電の中で3つの変電所を分けていただけと思われる。北電全体がダウンしてしまえばバックアップにならないことがわかった。今回の地震で、揺れが小さくても外部電源の喪失が起きることを実証してしまった。『お粗末』と言うしかありません」
(岡村真・高知大名誉教授 地震地質学) 震度2で電源喪失寸前だった北海道・泊原発「経産省と北電の災害対策はお粗末」地震学者 Aera.com


で、この期に及んで「原発を止めているから北海道内で大規模停電が起きたのだ」などととんでもない無知を晒している人たちがいる。
止まっているから大ごとにならなかったのであって、稼働中の原発で外部電源喪失が起きたら、現場での緊張は比較にならないほど高まった。
また、原発反対派の人たちの中にも「だから風力や太陽光を増やすべきだ」と、これまた無知をさらけ出す人たちがいる。
風力発電は風だけで発電しているわけではない。外部電源が途絶えれば方向制御などができなくなり、風力発電そのものを止めるしかなくなる。実際、3.11のときには停電とともに風力発電所の風車はすべて止まり、長期間動かせなかった。
送電網の受給バランスを取るのは電力会社にとってもハイレベルな技術を要することで、不安定な風力や太陽光だけで送電を維持することはできない。火力や水力など、人為的に完全コントロールできる発電リソースが必須なのだ。
こうした基本的な知識もないままにいい加減なことを言う政治家や評論家の罪は深い。

「そんなコト考えたことなかったクイズ」のダメなトコ2018/09/01 12:14

番組放送画面より
「平成生まれ3000万人!そんなコト考えた事なかったクイズ」(朝日放送)というのが8月28日のゴールデンタイムに3時間枠を使って放送され、物議を醸した。
ネットでさんざん取り上げられているので、今さら書くのもアホらしいと思いつつ、「いや、突っ込むのはそこじゃない」というところばかりが批判されている気がするので、モヤモヤを吐き出してみる。

結論を先に言えば、この番組がひどいものになった原因は、
  • 「そんなコト考えたことなかった」という着眼点はいいのに、無理矢理「平成生まれは~」ともっていった制作姿勢がダメだった
  • 制作側にも「そんなこと考えたことないし、考えてもしょうがない。私は言われた仕事をこなすだけ」というスタッフが多かった
  • 企画した上のほう(昭和生まれのPやD)が「それは視聴者には難しすぎるからカット」を連発したので、問題の練り込みは雑に、解説部分は間違いだらけでグダグダになった
……ということだと推察する。
言い換えれば、無気力・無教養・傲慢の合わせ技だ。
以下、具体的に見ていきたい。

この番組の意図と見どころについて、番組紹介サイトにはこう書かれている。
昭和生まれにとっての当たり前は平成生まれに通用するのか?
それを検証するため、昭和生まれの芸能人たちが「平成生まれでもさすがに知っているだろう」ということをクイズで出題していくバラエティ!

で、どんなクイズ(質問)が出されたかというと、
  • (1)牛肉は牛の肉。豚肉は豚の肉。ではトリ肉は何の肉?
  • (2)ご飯に梅干しが乗った弁当を一般的に何と呼ぶ?
  • (3)車はガソリンで動いているが、電車は何で動いている?
  • (4)家庭で使うガスは元々地球上のどこにあるもの?
  • (5)トイレのウンチはどこを通り、どこへたどり着く?
  • (6)雲から降る雨は、そもそもどこの水?
  • (7)夜に輝く月。どうして光ってる?
  • (8)1年に366日ある年を何という?

……というもの。

で、ネットで叩いていた人たちの代表的ないい分をまとめると、
  1. 常識のない人は年齢に関係なくいる。「平成生まれは常識がない」という括りが先にある番組制作意図が許せない
  2. 鶏肉と漢字で書けばいいものをわざと「トリ肉」と表記して「鳥の肉」という答えを誤答だとするのはおかしい
  3. あんな常識問題を間違えるはずがない。台本があるヤラセだ

というのが代表的だった。
1 は至極ごもっとも。「こういう子どもに育てた昭和世代の親こそ恥ずかしい」という声もあった。それもごもっとも。
2 は……どうでもいい。この問題を見たら普通、出題者の意図が分からないはずはないし、「鳥」と答えている子はムキになって「スズメとかニワトリとかツバメとかいっぱいいて、その全般みたいな……」と答えていた。別の子は「焼き鳥屋さんとか行ったらスズメとか出てくるじゃないですか」と言っていた。さらに別の子は「一種類なんですか?」とムキになって反論していた。
ネットにいっぱい出てくる「問題が悪い」の声は、まさにこの子と同じで、ニワトリと答えさせたいならちゃんと「鶏肉」と書くなり、「スーパーやコンビニで売っている唐揚げに使われている肉は」と、限定した問いかたにしない番組制作者のほうがバカだ、というもの。それも分かるけれど、まあ、大した問題じゃない。問題の作り方が雑だな~、で終わり。
多分、この人は番組制作側の思惑通りの答えを出したのだと思う
3 については微妙なところ。見直してみても、台本があって、わざとウケ狙いの答えを書かせていたと思えるシーンは少なかった。反論していた子たちの表情や声のトーンで分かる。

番組制作側のスタッフに教養がない

僕がこの番組を見ていて心底ガックリきたのは、解答席に座っていた若い世代(現役大学生や大学合格歴のある人たち)の解答内容がひどかったことよりも、番組を制作している側の教養のなさと、仕事の雑さだ。

ここで改めて、各問題と番組内で「正しいとされた答え」を見てみる。
  • (1)牛肉は牛の肉。豚肉は豚の肉。ではトリ肉は何の肉? ──A:ニワトリ
  • (2)ご飯に梅干しが乗った弁当を一般的に何と呼ぶ? ──A:日の丸弁当
  • (3)車はガソリンで動いているが、電車は何で動いている? ──A:電気
  • (4)家庭で使う都市ガスは元々地球上のどこにあるもの? ──A:地中
  • (5)トイレのウンチはどこを通り、どこへたどり着く? ──A:下水道を通り下水処理場へ
  • (6)雲から降る雨は、そもそもどこの水? ──A:海
  • (7)夜に輝く月。どうして光ってる? ──A:太陽の光を反射している
  • (8)1年に366日ある年を何という? ──A:閏(うるう)年

これを見て、明らかにおかしいのは「雲から降る雨は、そもそもどこの水?」という問題。「どこの水」という問いかたがおかしいし、答えが「海」なのもおかしい。


言うまでもなく、上空に上がっていく水蒸気の元は海の水だけではない。海は広大だから、その割合は大きいとしても、陸から立ち上るものもある。
そもそもこの問題は「水循環」「物質分解」という、地上のあらゆる生命活動を支えているシステムを理解するために重要な問題であり、「雨は海の水が蒸発してまた戻ってくる」と単純に思い込まれたら困る。
地上で行われる生命活動、生産活動、自然現象などで増えたエントロピーが、生態系や大気の循環、水循環によって最終的には熱に変わり、その熱が水蒸気にのって上空に運ばれ、冷やされて水蒸気(水)だけが雨や雪になって戻ってくる際に、エントロピーが熱として宇宙に捨てられている、という仕組みを理解できていないから、間違ったエコロジー信仰、自然エネルギー信仰、リサイクル神話が生まれる。
世代に関係なく、現代人が最も知らなければならない「雨が降る」仕組みこそが「地球で生きていくことを可能にしているシステム」なのだということをないがしろにして、単純に「雨の元は海の水」などという解説にしてもらっては困る。

↑これは正しい

5の「ウンチの行方」にしても、下水道がなかった時代のトイレはどうだったのか、下水道がない地域で水洗トイレを実現するにはどうすればいいのか、下水処理場で使われるエネルギーはどこから得ているのか、といった重要な話が全然出てこない。
トイレのウンチはみんな下水道に流れていく、その後は処理場でうまく処理してくれているはず……という思考こそが、「そもそもの原理、仕組み、道筋を知ろうとしないダメ頭」ではないのか。

せっかくの派生問題解説の内容がひどかった

3時間枠の番組で「クイズ」の問題数が8つだけだったのは、そこから派生する様々な問題、疑問を解説するコーナーに時間を取っていたからだ。
それ自体はいいのだが、内容がひどかった。
例えば、
「車はガソリンで動いているが、電車は何で動いている?」という問題の答えは「電気」でまあいいだろう。「石炭」と答えた人が多数いたが、これなどは確かにヤラセくさかった。だから、問題によってはヤラセがあったのでは? わざと間違えてウケを狙うタレントがいたのでは? という疑惑は残る。
でも、電気の解説のところで、直流・交流という言葉を敢えて避けていたり、日本の東と西で周波数が違うとか、そういう身近なことは説明しようとしていなかった。「電気はプラスからマイナスに流れます」だけでは、かえって理解が難しい。
また、電車は電気で動くが、その電気はどうやって得られるのかというエネルギー政策の話こそ、現代人が今いちばん知らなければいけないことだが、そういうことはまったく触れない。石炭を燃やす火力発電で得られている電気であれば、「電車は石炭で動く」ともいえるのだから。
なんのために「追加解説」の時間を取っているのか。

「夜に輝く月。どうして光ってる?」という問題では、月が自分で光っているという答えを期待しての出題だということはすぐに分かる。実際、そう答えた子が何人かいた。

ああ、我が母校……

しかし、「あたたかいから」「家の光が集まって光ってる」「白いから」といったすごい答えは、番組制作サイドも想定外の「収穫」だったのではないか。
これにも「構成作家がウケけそうな答えを考えて渡してる」「『恒星』って漢字をちゃんと書ける子が、月を恒星だと思っているわけがない」といったヤラセ説をたくさん見た。
そうだろうか? 「家の光が集まって光ってる」は「地球上の照明が月に反射して光っている」といいたいらしいのだが、文になっていないくらいひどい答えで、構成作家が考えた答えとは思えない。「白いから」「あたたかいから」も、発想の次元が違うというか、いわゆる「ウケ狙い」の答えとは違う種類(想定外のトンデモ)のものだと感じる。
ただし、國學院大學の男性タレント(らしい)の「月にいる微生物が光っている」はウケ狙いだろう。さすがに見抜かれたのか、しっかりスルーされていた。収録時にはいじってみたものの、受け答えや演技が下手すぎて白けたから編集でカットされたのかもしれない。
で、それはそうとして、説明で「月は1か月に1度地球の周りを回る」はいくらなんでも雑すぎる。

いくらなんでもこれはまずいでしょ

ここでも太陽暦と太陰暦の話は出てこなかったし、月の自転周期が約27.3日といった解説はしない。それだと視聴者には難しすぎると思っているのか。

このあまりにも雑すぎる番組構成にこそ、いちばんガックリさせられた。
おそらく……、
  1. 今の若い世代は常識がない、と、昭和世代のプロデューサーあたりが考えてこの番組を企画した。平成も終わってしまうことだし、こんなのはどうだ、というノリで思いついたのかもしれない。かつての「クイズ!年の差なんて」(フジテレビで1988年~1994年に放送)のアイデア元である「おっちゃんVSギャル」(朝日放送で1986年~2000年まで放送)あたりの焼き直し企画として浮上したのだろう
  2. 制作にあたっては、「平成」=常識がない 「昭和」=理屈っぽい といったパターンに組み込める絵作りをすればいいくらいに考えていたが……
  3. それだけだと一方的だから、保険として「昭和世代でも考えたことがなかったそこから先の……」的な部分を付け加えておこうか、と編成会議で決まる
  4. しかし、ごくあたりまえの解説でさえ、上のほうから「それは視聴者には難しすぎるから」とストップがかかり、解説部分はポイントがぼけてしまい、かえって分かりづらくなる
  5. そもそも番組を作ったのは外注の制作会社で、スタッフはむしろ平成生まれの若い世代が多かった
  6. 若いスタッフは、エキストラの仕出しやモデル事務所、タレント養成所などに声を掛けて大学生、大学卒の平成生まれをかき集めるといった「作業」や「手配」はできるが、番組の内容については上から与えられた仕事をこなすだけで、自分の頭で裏どりとか、校閲ができない。そこまでやってはいけないとさえ思っている
  7. かき集められた解答者の中には、ただ目立ちたいだけでわざとボケ解答を書くようなタレント志望のお調子者もいた
  8. 番組を企画した昭和世代のテレビ局正社員は無責任で、きちんと最後まで番組の出来を見ていない
……というようなことではないのかな。
結果、テレビ番組を作る現場の無知・無責任・傲慢の三重構造を見せつけられ、今の日本の劣化を証明したような怖ろしい番組になっていた。
繰り返すが、「そんなこと考えたことない」という視点はよかったのだ。ちゃんと考えるくせをつけようよ、と促す番組になっていれば、評価はガラリと変わっただろう。でも、「そんなこと考えたことない」人は世代に関係なくいる。制作スタッフにも結構いた。
ネットでは「平成生まれをひとくくりにして馬鹿にしたいトリ頭の昭和世代こそ、時代に合わせられない可哀想なやつら」みたいな炎上の仕方だったが、世代の断絶感を無用に煽るだけ、あるいは、昭和世代が築いた不正義・不条理の社会に生きていかなければならないストレスを抱えている若い世代の神経を逆なでしただけの結果になっていてやりきれない。

2000年の上智大学でのテスト


ここまで書いて、昔作った「現代の常識チェックテスト」というのを思い出した。
最初は百合丘時代、近所の母親たちに依頼されて、小学校でエコロジー教室的な講演をしたときに用意したものだが、同じものを、数年後、上智大学(外国語学部英語学科)の非常勤講師を引き受けたとき、最初の授業で教室の学生たちに配ってやらせた。
こんな内容だった。

■現代の「常識」チェックテスト


※まず、現時点での自分の知識、感覚だけで答え、( )に書き込みなさい。次に、少しでも自信がなかった項目については、インターネットや本などの資料で調べ、その結果分かった答えをその右に別の色で書き込みなさい。


 ◆次の命題に、「その通り=○」「それは違う=×」「分からない=△」で答えなさい。

1)洗剤は植物性原料のものが安心である。(  )
2)原子力発電は蒸気でタービンを回し発電する。(  )
3)紙おむつは高級パルプでできている。(  )
4)牛乳パックは再生紙原料としては不向きである。(  )
5)石油はやがて枯渇するから、その前に太陽光発電や風力発電など、非化石燃料で得た電気エネルギーを使う文明に切り替える必要がある。(  )
6)地球が温暖化すると南極の氷が増える。(  )
7)豆腐に「消泡剤」を入れると長持ちする(  )
8)「洗濯用」石鹸と「洗顔用」石鹸では製造方法が違う。(  )
9)味噌汁1杯を台所の流しに捨てると風呂桶7杯分の水で薄めなければ海が汚れる。(  )
10)一般に、合成洗剤を使っている家の生活排水と石鹸を使っている家の生活排水では、合成洗剤を使っている家の生活排水のほうがBOD値は低い。(  )


 ◆次のものを知っていますか? 「ある程度説明できる=○」「単語として見たこと(聞いたこと)がある=△」「今初めて目にする=×」

1)グリセリン脂肪酸エステル (  )
2)ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸塩 (  )
3)ソルビトール(ソルビット)(  )
4)亜硫酸塩 (  )
5)亜硝酸塩 (  )
6)脂肪酸カリウム (  )
7)エデト酸塩(  )
8)MOX燃料 (  )
9)モンサント(  )
10)エントロピー (  )


これは2000年よりも前、つまり「前世紀」に作った問題だ。当時は、こういうテーマに興味を持つ主婦層もいたのだが、今はどうだろう。
まあ、こういう内容だと、地上波テレビでは使えないってことは分かる。……いろんな意味でね。
電力会社やケミカル会社はテレビにとって安定したスポンサーだし、「専門的すぎて一般視聴者には分からない」とはねつけられるからね。

「男前豆腐」と「海老名メロンパン」2018/08/30 14:41

男前豆腐店の「やさしくとろけるケンちゃん」

「波乗りジョニー」は男前豆腐店の商品ではなかった

豆腐にタレを掛けたら「男」の文字が浮かび上がった。男前豆腐店のロゴなのだが、このタイプの豆腐(一人前のボート型の充填豆腐)、少し前までは「波乗りジョニー」という商品名だったと思った。
妻がずいぶん前から男前豆腐店の豆腐は美味しいと言って贔屓にしていたのだが、なぜか最近は全然買わない。単純に高いからかなと思っていたのだが、「波乗りジョニー」は高額な商品ではない。
で、気になったので「男前豆腐」を調べてみたら……かなりビックリするような結論が待っていた。
商品開発に携わった代表取締役社長の伊藤信吾は茨城県の三和豆友食品に在籍時、単価を低く抑えようとする豆腐業界の経営には未来はないとし、単価は高いが品質も高い、と言う方針で商品の開発を開始する。これら商品がヒットを収め、2005年、「男前豆腐店株式会社」を設立。同年9月、倒産した大手豆腐メーカーの京都工場を買い取り、京都府南丹市へ移転する。
(Wikiより)


なるほどなるほど、と思う。
しかし、話はここで終わらなかった。

「男前豆腐」という名前の商品は、男前豆腐店と三和豆水庵(旧・三和豆友食品)で製造されている。また「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」という名前の商品は、三和豆友食品で製造されていた。
これは、男前豆腐店代表取締役社長の伊藤信吾が、実父が経営していた三和豆友食品に勤務していた際に、これらの商品を開発した事による。「ジョニー」とは伊藤信吾の愛称であり、今までにない豆腐を作る思いからこの商品名となった。
その後伊藤は2005年に男前豆腐店株式会社を設立し独立した~(同上)


……という。
要するに、男前豆腐は、現男前豆腐店伊藤信吾社長が、父親が経営していた豆腐製造会社(旧・三和豆友食品)に勤めていたときに考案した名称で、「ジョニー」は伊藤氏の愛称だった。
伊藤氏の独立後もいろいろあって、現在では「波乗りジョニー」を発売している三和豆友食品と、ジョニーの愛称を持つ伊藤社長が経営する男前豆腐店とは何の関係もない
男前豆腐店は三和の「ジョニー」とはっきり区別するためか、自社製品の商品名から「ジョニー」を一掃し、今では「ケンちゃん」シリーズにしている。なんとテーマソングもある。
一方、三和豆友は、男前豆腐の産みの親である伊藤氏が独立していなくなり、伊藤氏の父親も退任している今でも「男前豆腐」という商品名の豆腐を作り、伊藤氏の愛称であった「ジョニー」の名を冠した商品も作っている。実にややこしい。
「男前豆腐」「男前豆腐店」「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」の商標は、男前豆腐店社長個人で登録済みだそうだ。男前豆腐店側は「三和豆友食品株式会社の製造する『男前豆腐』『波乗りジョニー』は、男前豆腐店製造の豆腐とは製造方法、使用原料もまったく異なる」と表明している。

しかしまあ、ここまで調べてスッキリした。
妻があるときから波乗りジョニーを買わなくなったのはなぜなのか……。確かめたところ「明らかに味がおかしい商品があったから」という。
製造過程での瑕疵がある商品だったらしい。以来「男前豆腐」に対する信頼を持てなくなったようだ。一度は評価していた会社なのに……という裏切られ感が大きかった分、ますます買わなくなったのではなかろうか。
しかし「波乗りジョニー」は「男前豆腐店」の豆腐ではなかったのだ。

↑ここに写っているのは男前豆腐店の商品「やさしくとろけるケンちゃん」である。「特濃ケンちゃん」を食べてみたいものだが、残念ながら我が家がよく利用するスーパー「さがみや」には売っていないようだ。(仕入れてくれ~)
ちなみに、「さがみや」には「やさしくとろけるケンちゃん」も「波乗りジョニー」も置いてあるのでややこしい。

「海老名メロンパン」は埼玉で作られていた



先日、圏央道外回り線の厚木PA売店で、「焼きたてメロンパンの48時間売り上げ個数世界一でギネス認定」みたいなPOSが嫌でも目に入るように設置されているコーナーに積み上げてあったメロンパンを1つ買った。
海老名SAのメロンパンのことはどこかで聞いたことがあるような気がしていたので、そのときは単純に、「ああ、これがそうか。ここは海老名ではなく、お隣の厚木PAだけれど、海老名のメロンパンが有名になったので、ここにも持ってきて売っているのか」と思った。230円はいくらなんでもぼりすぎだろと思いつつも、ちょっと迷った末に、試しに……と1個買ってみたのだった。
ビニール袋に入っているのでここで焼いたものではないことは明らかだったが、海老名からここまで運んでくるのに剥き出しでは運びづらいし、衛生上の問題もあるからだろうと思った。しっかり歩けなくなった義母のトイレ休憩で、妻はそちらにかかりきり。そんな状況だったので、裏のラベルをしっかり確かめることもしなかった。

で、このメロンパン、車内で食べることはなく、家に持ち帰って食べたのだが、袋から出した途端に違和感を感じた。
表面はベタッとして、メロンパン特有のサクサク感がまったくない。なんというか、黄色い黴がついて変色した鏡餅のような感じなのだ。
「外はサクサク、中はふわふわしっとり」というのが売りのはずが、逆で、外はベタベタ、中はボソボソ。味もお世辞にもうまいというようなものではなく、人工的な味付け感がたっぷり。
結局、全部食べる気がしなくなり、半分ほどは捨ててしまった。我が家で食べ物を捨てるなどということは滅多にない。よほどまずいか、身体に悪そうだと感じたときのみのことである。
焼き上げてから時間が経っていたから、ということは当然ある。しかし、ラベルに記載されている「消費期限」は明日である。
なぜこれが大人気なのか? もしかして「海老名のメロンパン」人気に便乗した「偽物」なのではないかと思い、一旦ごみ箱に捨てた包装ビニールを拾い上げて裏のラベルを確認すると↓

圏央道厚木PA(外回り)で売られていた「海老名メロンパン」のラベル↑

……なんと、製造しているのは埼玉の工場で、販売者の住所は東京都。しかし、名称はしっかり「海老名メロンパン」となっている。
海老名SAの厨房で焼き上げたメロンパンをここにも運んできて売っていたわけではないのだった。

しかし、海老名で作られていないメロンパンに「海老名メロンパン」と名づけて「ギネスで世界一認定」というPOSをつけて売っていていいのか? そんな商法が許されるのか? 元祖海老名メロンパンから訴えられないのか? と、疑問がどんどん出てきたので、ネット上を検索して少し調べてみたところ、驚くべきことが判明した。
まとめると、

……とまあ、こういうことだったのだ。
だから、「ぽるとがる」ブランドではない「海老名メロンパン」が堂々と「ギネス世界一」というPOSを立てて売られているし、埼玉県の工場で作られて厚木まで運ばれてきても「海老名メロンパン」と名乗れる。
要するに日本中のあちこちで「海老名メロンパン」という名称のメロンパンが大量に作られ、売られている。となると、焼き上げてからの時間や原材料の品質にバラツキが出てくるのは当然だろう。

結果、今では「海老名のメロンパンは有名な下り線のではなく、上り線のほうがうまい」という評もある
海老名SA上り線でメロンパンを売っているのは箱根ベーカリーと成城石井だが、どちらも「箱根メロンパン」「成城石井自家製」として売っており、「海老名商法」ではなく、味と品質でまともな勝負をしているようだ。

そもそも海老名SA下り線「ぽるとがる」のメロンパンが人気になったのは、観光バスのガイドや運転手の休憩所に無料で提供したことがきっかけだという。
同社(西洋フード・コンパスグループ株式会社)が着目したのが「バスガイドの口コミ力」だった。
 バスガイドやバス運転手が集う休憩スペースに海老名メロンパンを試食用に提供した結果、観光バスの車内でバスガイドが「海老名SAの名物はメロンパンです」などとアナウンスするケースが相次ぎ、観光客がメロンパンを求めて、売り場に殺到したという。
 日本の“大動脈”とされる東名高速の海老名SAには、全国から観光客やドライバーが集まっており、その人気ぶりは口コミによって、一気に全国に波及したのだった。
「海老名メロンパン」48時間で2万7503個販売、ギネス認定 産経ニュース 2018/06/19)


これは綾小路きみまろが売れたのと同じ手法。(彼は自分の漫談を入れたカセットテープを高速道路のSAで、観光バスガイドに無料で配りまくった)
しかしまあ、ここまでは一種のサクセスストーリーとして「なるほど」と納得できる。

海老名の「ぽるとがる」で売られているメロンパンも埼玉産だった!

食べ物はあくまでも味と品質が命。特に「おいしいパン屋さん」という言葉に人びとが一般的に抱くイメージは、頑固な職人さんが真面目に研究と努力を重ねてコツコツと売っている街の小さなパン屋さん、とか、田舎の夫婦が作る伝説のパンとか、そういうものだろう。数が売れればいいというものではない。
ギネス記録の名目は「48時間以内で最も多く売れた焼きたて菓子パンの数」というものだ。
そもそも48時間で2万7503個というと、1時間で573個、1分で約10個という計算だ。となると、そんなペースで売れるものが「焼きたて」であるはずもない。この2万7503個全部が海老名SAの「ぽるとがる」の焼き窯で焼かれたのだろうか? はたまた、海老名SA下り線だけの売り上げ数字なのだろうか? ちょっと信じられない。

厚木PAで売られている「海老名メロンパン」を作っている工場をGoogleマップで見てみたら、サンフレッセという巨大な工場だった。公式サイトの企業概要を見ると社員数590名。パートを入れた数なのかどうかは分からないが、とにかく「でっかい工場」だ。工場内の直売所は地元でも大人気で、オープンと同時に行列ができるらしい。きっと、この工場で作られた「焼きたて」のパンは美味しいのだろう。ちなみにここの直売店ではメロンパンは100円とか70円で売られているらしい。多分、大きさは「海老名メロンパン」よりも小振りなのだろうが、もしかしたらそっちは美味しいのかな、とも思った。
しかし、この工場から厚木PAまではおよそ100kmの道のり。おそらく都内の各企業社員食堂や売店などにも配送しているだろうから、もちろん店頭に並んだときは「焼きたて」ではない。真夏の高温多湿下でもなんとかもつようにするためには、いろいろな添加物も加えなければならなくなるだろう。

で、さらにネット検索していくと、なんと!海老名SAの「ぽるとがる」で売られている「海老名メロンパン」も、埼玉の工場で作られたものだということが分かった。
こちらの方のブログには、海老名SAで買った「海老名メロンパン」の写真、レシート、裏のラベルすべての写真がクリアに載せてあって、裏のラベルは、今回僕が厚木PAで買ったものと同じだった。

つまり、海老名SAの「ぽるとがる」で売られている「海老名メロンパン」も、埼玉のサンフレッセ工場で作られたものなのだった。これで「48時間に2万7503個」の謎も解けた。巨大工場で大量に作っておいたものを運んできて売ったのだろう。

……今回この日記を書き始めたときは、厚木PAで売られていた「海老名メロンパン」は、海老名SA下り線の「ぽるとがる」で売られているメロンパンとは違うものだと思っていた。だから、気を使ってラベルにぼかしまで入れていたのだが、このブログの写真こちらのツイッターを見て、そうした配慮も馬鹿馬鹿しくなってきた。
一体「海老名SAのメロンパン」とはなんだったのか? もはや海老名SAは関係なくなってしまって(「どこそこの○○」ではなく)、ヤマザキのランチパックはおいしい、セブンイレブンの冷凍ラーメンはおいしい、という口コミと同じ規模の話なのだと分かった。(実際、セブンイレブンの冷凍ラーメンは美味しいと思う。正しい企業努力の成果だろう)
しかし、真相を知るにつけ、せっかく有名になった「海老名のメロンパン」の商品価値を、なぜこんなことまでして下げてしまうのだろうかと、つくづく不思議に思う。
そして、口コミ、行列、「ギネス」だの「三つ星」だのの情報に弱い日本人ということを、改めて痛烈に考えさせられたのだった。
一言でまとめれば、現代日本の食文化は「貧乏くさくなった」。
自分が暮らす日光には、有名なベーカリーブランドがあって、お土産に買っていく観光客もいるが、直売所で一度買ってみたところ、全然美味しくなかった。しかも高い。
一方、たった一人のパン職人が作る小さなパン屋さんがいろいろあり、どこも美味しい。
正しい食文化を守る個人商店、職人さんたちへの感謝の気持ちが、さらに強まった一件だった。

鹿沼からおばちゃんが運転する移動販売車で日光まで売りに来るパン屋さんのパンにはよくお世話になっている。感謝

収入の男女格差と日本企業の没落2018/08/30 14:01

Amazonでこんな本↓を買ってみたら、




↑こんなことが書いてあった。
ま~たまた~、極端なデータを得るための操作をしてるんじゃないの? と疑ったが、周囲に訊いてみると「そんなもんです」という答えばかり返ってくる。

アラサー女子:独身ひとり暮らし。病弱な母あり。正社員だがボーナスはなしで、給料は手取り14万円くらい。ということはもろもろ引かれる前は17万円くらいだから、12を掛ければ200万円ちょっとで、まさにこの収入帯。
数年前は、歯科衛生士の資格を取るために上京して学校に通うため、バイトを増やして頑張ってみたが、親が病気になって断念。その後、歯科衛生士は諦めて地元の企業に正社員で就職したが、手取り14万円では預金などできるはずもなく、空いている時間はバイト。

アラフォー女子:母子家庭で息子一人扶養。昼間は企業のパートで基本給14万5000円。休日勤務手当や通勤手当を入れて15万円弱。
そこから健康保険料7920円、介護保険料1256円、厚生年金保険料14640円、雇用保険料、所得税、住民税などもろもろ引かれる合計が約3万円。手取り12万円弱。当然やっていけないので、昼の仕事の後はそのまま夜の仕事に。

こういう人たちがしっかり保険料や年金や税金を納めていて、破綻寸前(実質、すでに破綻しているが)の年金、医療保険、介護保険制度をなんとか支えている。
その年金や保険を使って介護施設に入っている認知症老人たちは「自分たちが頑張って働いてきたおかげで今の日本の繁栄があるんだから、何もやましいことはない」と胸を張るが、「今の日本」は繁栄どころか、とっくに経済三等国に成り下がってしまっている。



30年前、この「時価総額ランキング上位50社」のうち、日本企業は32社で断トツトップだった。2位がアメリカで15社。中国企業は1社もなかったし、あのとき、30年後に日本企業が中国企業に抜かされるなんて想像していた人がどれだけいるだろうか。

それが平成30年の現在は、

アメリカ 31社
中国 7社
イギリス 2社
スイス 2社
フランス 2社
日本 1社
韓国 1社
香港 1社
台湾 1社
ベルギー 1社

……で、日本企業は政府が肝いりで支えているトヨタ自動車だけ。
30年前のトップ50社に入っていた日本企業の中には、消えてしまった銀行や原発を爆発させて地球を汚し、後始末もろくにできない電力会社やら、原発絡みで米国企業の巨額の負債を抱え込まされて優良部門を次々身売りしている企業やら、データ偽装で信用失墜の企業やらが並び……おごれる平氏久しからずを見事に実証している。
「株も土地も永遠に上昇を続ける」。今では耳を疑うような話だが、“山”の頂に登った当時は、国も金融機関もそう信じて疑わなかった。
これらの現象はバブルだったとわれわれは後に思い知らされるが、当時は「これこそが新しい時代」と錯覚していたのかもしれない。
ダイヤモンドオンライン 「昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る」 2018/08/20)


30年前といえば、今90歳の老人は60歳で定年を迎えた年、今80歳の老人は50歳で部下を多数使って異常な金銭感覚の中で仕事をしていたとき。
その記憶のままに惚けてしまい、今を生きる若い世代にオムツを替えてもらい、風呂に入れてもらう日々を送っている。
もっとも、それは十分な年金をもらっている老人たちの話で、全体を見ればそうではない老人のほうがはるかに多いのだろうが。

「ボラG」尾畠春夫さんフィーバー雑感2018/08/19 10:48

トンボにも祝福されるボラG (テレビの画面より)
スーパーボランティア爺さん、略して「ボラG」──尾畠春夫さんの登場で、テレビ局スタッフが色めき立つ、の図。
昨日(15日)、起きて階下に降りていくと、妻がいきなりこう言った。
「あの子、見つかったのよ」
「え? 見つかったって、無事だったの?」
「そうなの。で、見つけたのがなんかすごいキャラの人で、しばらくテレビは大変よ」

そのときは当然、状況を呑み込めなかったが、午後、テレビに登場したど派手な格好の爺さんを見て納得。なるほど、これはしばらくはテレビが追いかけ回すことになるな、と。

発見までの経緯を簡単にまとめると、
  • 12日 10.30amくらい:藤本理稀くん(1歳)が、滞在中の曽祖父宅から祖父(66歳)と兄(3歳)で出発したが、途中でぐずったため、祖父は一人で戻らせた。その後、後発の母親たちとすれ違わなかったということで行方不明になったことが判明。
  • 12日 11.30:山口県警柳井署が山口県周防大島町役場を通じて行方不明の通報を受ける。ただちに90人態勢で捜索開始するが見つからず。
  • 13日 140人態勢に増やして朝から捜索。溜池、側溝、古井戸、空き家などに重点を置く。ヘリコプターや、体温を感知するセンサーが付いたドローンを使って上空からも捜索。ちなみにこの日が失踪児の2歳の誕生日。以後、マスコミでは「2歳児」と報じられる。
  • 14日 周囲のすべての山にまで捜索範囲を広げ、数十人ずつの捜索班で捜索。しかし手がかりさえも得られず。
  • 14日 9.30am頃、ボラGが大分県日出(ひじ)町の自宅を軽バンで出発。夜遅く、現地入り。すぐに失踪児の母親などに状況を訊く。その際、「私が見つけた場合は必ずしっかり抱きしめて、この手でご家族に手渡しします」と約束。母親らから聞いた話も入れて、翌朝からの捜索ルートを策定。車中泊。
  • 15日 6.30am頃、ボラG、車中泊した愛車軽バンを出発。すぐに失踪児の祖父に会ったので「私が見つけた場合は必ずしっかり抱きしめて、この手でご家族に手渡しします」と昨夜、母親にしたのと同じ約束をし、山へ向かう。そのおよそ20分後、700mほど離れた山中で失踪児を発見する。

……と、こういう経過だった。
その後は、
  • 15日 失踪児を抱きかかえて下山する途中で警察の捜索隊と行き会う。驚いた警官が引き渡しを求めるも「嫌です。私が直接手渡しすると約束した。口約束も契約だ。罪に問われようが、なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」と拒否。その後、ど派手な服装の爺さんが警察の捜索隊を引き連れたまま毛布にくるまれた子どもを抱いて下山した姿を見たマスコミが大騒ぎ。
  • 失踪児を母親の手に引き渡した後は、ずっとマスコミの取材攻勢に答える。
  • 「家に入って、風呂に入って食事をしてください」という家族の申し出を断る。
  • 15.59頃 地元柳井警察署長から感謝状を手渡される。その後、愛車に乗って一般道を運転し、大分の自宅へ。16日未明に到着。
  • 16日 朝からテレビの生中継ハシゴに応える。息つく暇もなく、午前と午後のほぼすべてのワイドショーに登場。

発見した15日午後1時過ぎからインタビューが始まるが、名前と生年月日を書いた紙を横に掲げて映すなど、ほとんど容疑者のような失礼な扱い



15日、ボラGが現地を出ると、各局テレビクルーがボラGの自宅に先回りして留守宅を映し出すという異常さ



朝から各局のワイドショーにずっと出ずっぱりのボラG。それなのに「グッディ」(フジ)は、昨日から続いている同じ質問を繰り返す。ボラG、連日ほとんど寝ておらず、自らの運転での長距離移動の後なのに、文句も言わずに同じ質問に答え続ける。それでも合間にちょっとずつ違うジョークを入れるサービス精神も



その他、概要はほぼ語り尽くされているので、あとは雑感を箇条書きしておく。こんな事件だった、メディアはこうだったということを後になって思い出すための備忘録として。

  • 13日の140人態勢に増員しての捜索。制服を着た捜索隊は、5人も6人も固まって藪を棒でつついたりしている。側溝や海を捜索というのは「遺体発見」前提のやり方でしょ。なぜ先に山へ入らない?
  • 14日の捜索で、ようやく山に入ったらしいが、ますます「遺体発見」を想定しているように思える。ボラGのように呼びかけながら捜索したのか?
  • で、テレビメディアは母親が拡声器で呼びかけるシーンに群がり、最重視で流す。
  • 15日、3日目となり、生きて見つかるとは思っていなかったのだろう、各局ワイドショーも別のネタを用意してた。発見されたとしても遺体発見なら番組の中では引っ張れないからと、気を抜いて構えていたに違いない。
  • そこにまさかの発見の報。慌てて「成人男性と一緒にいるところを発見」などと誤報を打つ記者もいたらしい。
  • ボラGが警察官らを引き連れて下山したときの映像は、テレビクルーや記者たちがあまりに失礼だったので、一瞬しか流れなかった。
  • 15日、午後いちばんで始まったボラGへのインタビュー。ボラGは最初のほうで何度も「マサく~ん、マサく~んと呼びながら」など、名前を間違えていた。そのとき、振り回していた右手の先にトンボがしばらくとまるという奇跡のシーンがあったが、せっかくのこのシーンを「マサく~ん」をカットしたいために切ってしまった局があった。くだらん忖度だ。
  • 15日、始まったインタビューを生中継できたワイドショー番組はテレ朝だけだったのに、せっかくの独占生映像チャンスを、中途半端にぶつ切りにして、スタジオで用意していた「煽り運転への対処」などというネタを続けた。ディレクターはセンスがないな。
  • 「警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」の名言を、わざわざカットして編集していたワイドショーが多かったが、Abema TVだけがそれをトップタイトルにした。同じテレ朝系でも、こっちはセンスあるなあ。
  • あれだけしつこい取材攻勢に嫌な顔をせずに答え続けたボラG。その姿に「あれは非難の嵐に晒されるであろう失踪児の祖父や、父親が出てこない複雑な事情を抱えているらしい家族への配慮だ。自分がマスコミの取材を一手に受けることで、失踪児の家族の負担を激減させた。アフターケアまで万全で、まさにスーパーボランティア」という賞賛の声が上がっていた。本当にそこまで計算していたのかもしれない。すごい人だ。
  • 1歳児の手を放しただけでなく、来た道を通り過ぎているのを見ているのに、その先を左に曲がって家に戻るだろうと思って見届けなかった祖父は、やはり軽度認知症か一種の発達障害なのだろう。しかし、普段は人畜無害の人。それを全部見抜いて、ボラGは家族のことまで「あの子はいい家庭に育っていると感じた」などと言って予防線を張っていた。
  • 失態の警察にも「みんな清い人たちばかりだった」とフォロー。とことんアフターサービスが完璧。
  • 失踪児の祖父(ちょっと顔が宋猛に似ている)は66歳。78歳(10月には79歳)のボラGより一回りも年下なのだなあ。
  • ボラGの78歳は、あの「山根明は歴史の男です」「世界でカリスマ山根と呼ばれている」と自画自賛したあの人と同い年なんだなあ。
ネット上の呟きで印象に残ったものもいくつか拾ってみた。
マザー・テレサも星野仙一も天に召されて 尊敬する人がいなくなってたけど
出てきた
(ぬん)

神隠しみたいだねって話したら母が
「居らんくなったのが12日で見つかったのが15日でしょ? 盆さんで還ってきたひとたちと遊んで盆が終わるけんお前は帰れって帰して貰ったじゃないだあか」 って言ったのすごい納得した。
(詞葉)

インタビュー中、手にトンボがとまってるのを見て、今まで良い行いをされてるから自然界のいろんな神様がこの人を導いたんかな?って思った。
(ぽん)

尾畠さんがインタビューを受け始めた時、尾畠さんの手にトンボがとまりました。きっとご先祖様がありがとうと来られたのですね。
(Mahalo)

「周防の国で、神隠しにあい3日間行方がわからなくなった童を、噂を聞きつけ海を越えてやってきた翁が、わずか半刻で見つけた」と書くと、まるで昔話のようだ。
(村上賢司)

人のために何かしたいな?って思いはあるけど。
自己満足の域を超えてなかったなぁって気づかされる。
人のためにが駄目なんだな。
自分のためにやっていると言う精神
(らぴたん@お気楽主婦)

ボラG、警察に引き渡さなかった本当の理由を、ミヤネヤではチラッと吐露したらしい。かつて、同じように失踪した子が発見されたとき、母親が追いかけるのを振り返りもせず、警察がさっさと連れ去ったのを見ていたようなことを。なるほどなあ。
納得。
ブルーシートで隠す、感謝状の用意とかはものすごく早いんだよね。警察は。そういう風にマニュアル化されてしまっているんだろう。
そのくせ、大声で呼びながら探すとかはしないで、何人も固まって黙々と藪を棒で突っついたりしている。
でも、ボラGは警察を非難しない。むしろ、警察はだらしないですねと言いたげなマスコミに対して「現場にいた人たちはみんな清い心の人たち」だったとフォローする。
あらゆる点で、自分ではなく他人が幸せになるために、という行動原理で動いている。知れば知るほど、ほんとにすごい。

今何がいちばん大切なのか。自分の頭で考え、合理的に判断し、自分の責任で行動する。そして無私の精神。あらゆる現場で忘れられていることを、ボラGは1人で強烈に見せてくれた。
日大アメフト部事件のMくん単独記者会見の姿と並んで、今年テレビを通じて日本中の人に感動を与えた、数少ないすばらしいシーンだった。

「石油文明はなぜ終わるか」を読む2018/08/11 11:37

「石油文明はなぜ終わるか」
先日知った「もったいない学会」のサイトにあったコラムや論文をいくつか拾い読みしていて、田村八洲夫という人が書いているものに特に興味を引かれ、感心もしたので、著書「石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換」をAmazonで注文した。
「状態=きれい」という古書を買ったのだが、届いた本はほとんどのページに鉛筆で書き込みがあって、付箋紙まで貼ってあった。どこが「きれい」なんだよとムッとしたが、まあ、これも「もったいない精神」のリユースだから我慢我慢と言いきかせながら読んでいる。
前半部分はエントロピーとエネルギーの基本的な話が中心なので読み飛ばす。類書がうちにはごまんとある。
興味深かったのは主に後半部分だ。
著者の田村八洲夫氏は、京都大学理学部地球物理学科~同大学大学院博士課程修了後、1973年に石油資源開発㈱入社~同社取締役、九州地熱㈱取締役社長、日本大陸棚調査㈱専務取締役、現在は川崎地質㈱技術本部顧問……という経歴で、地質学や資源物理学のプロ中のプロ。
それだけに、地下資源が今後どうなっていくかの予測や、現在いろいろいわれている新エネルギーに将来性はあるのかという話には説得力がある。

石油生産量ピークは2005年に終わっていて、現在はすでに減衰期

僕は当初「石油文明はなぜ終わるか」というタイトルに若干の違和感を抱いていた。石油は有限な資源なんだから、いつかは枯渇するのはあたりまえのことで、「なぜ」もなにもないだろうと思ったからだ。
しかし、この本の後半部分を読んで、自分も含めて、結局は「石油はいつかはなくなるけれど、自分が死んだ後の話だから、知ったこっちゃない」と思っている人がほとんどなんだろうなあと、改めて思い知らされた。
第6章「石油の代替エネルギー探し」の冒頭に、国際エネルギー機関(IEA)が2012年に発表した石油生産予測と、その予測がいかに甘いかを指摘したアントニオ・チェリエル(理論物理学)が提唱する「オイルクラッシュ」予測モデルを比較して、こうまとめている。
  • どちらの予測も、石油生産のピークは2005年に終わっていると認めている
  • IEAモデルでは、2005年の石油ピーク後に、開発油田、新発見油田からの生産量が年々増え続けることになっているが、そんなことは石油鉱業現場に携わったプロとしては到底考えられない。現実に、1980年代には世界の石油発見量と消費量の関係は逆転している
  • チェリエルのオイルクラッシュモデルでは、生産予測のプラトー(停滞期、生産量が変わらずに続く状態)は2015年くらいまでで、その後は衰退する一方
  • IEAモデルでは、従来型石油生産が減って石油消費は増える状態を、非在来型石油(シェールオイル、オイルサンドなど)やNGL(天然ガスから分離されるガソリン)で補うことになっているが、これらはエネルギー収支比(EPR)が低く、トータルで利用できる熱量が少ないので、従来型石油の減少分を補えない

85ページにその2つのモデルをグラフにしたもの(下図)が出ている↓

IEAによる石油生産予測とオイルクラッシュ生産予測モデルの比較 (『石油文明はなぜ終わるか』85ページより)


↑しかしこの図をよく見ると、左側の生産量ゲージの目盛りが一致していない。そこで同じ比率の目盛りにして、見やすいようにサクッと色もつけてみたのが↓これ

上図を生産量ゲージを同じ目盛りにして比較


注目すべきは、IEAも2015年以降、既存油田生産量(従来型石油生産量)が急激に減ることは認めていることだ。その上で、IEAは「新しい油田が見つかり、採掘技術も上がるし、オイルシェールなどもあるから大丈夫」といっている。
しかし、そんな予測は馬鹿げていて、全然「大丈夫じゃない」と、長年、地下資源採掘現場を見てきたプロが警告しているのだ。

エントロピーとEPR(エネルギー収支比)

エントロピーの低い在来型石油/ガスは、少ないエネルギーで生産できます。抗井掘削すれば自噴する勢いです。
一方、エントロピーの高いシェールオイル/ガスを生産するには、タコ足状に水平抗井掘削し、水圧粉砕で導通路を作り、薬物投入して石油/ガスの流動をよくして、すなわち大量のエネルギーを使って地下水汚染を起こして、環境の修復にエネルギーを追加使用しなければなりません。そのため、EPRが非常に悪くなります
(同書88ページより)

本書にはエントロピーEPRという言葉が何度も出てくる。エントロピーについてはすでにしつこいくらい書いてきたが、この言葉を聞いたり見たりするだけでアレルギー反応を起こす人がいるくらいで、なかなか理解してもらえない。
EPRも多くの人にとって耳慣れない、というか理解しようとさえ思えない言葉ではないだろうか。
そもそも違う意味での同じ言葉がこんなにあるのだ。

Wikiの「曖昧さ回避」ページに出てくる「EPR」

というわけで、まずはここでいうEPR(energy profit ratio または energy payback ratio)エネルギー収支比とは何かについて、簡単に確認しておこう。

エネルギーはどんなに巨大であっても、それを人間が生活に利用できなければ意味がない。
昨今さかんにいわれている未来像のひとつに「水素エネルギー社会」というのがあるが、水素は石油のように最初から固まって存在しているわけではなく、水を電気分解して得る。水を「電気」分解する際には当然電気エネルギーを使う。その電力をどこから得るのかが問題で、石油や石炭などの地下資源を燃やして得られる電力を使ったら意味がない。その電力をそのまま使ったほうがいいに決まっている。
要するに、「人間が利用できる形のエネルギー」を得るために投入するエネルギーというものが必ずある。得られるエネルギーより投入するエネルギーのほうが大きすぎれば意味がない。
その投入するエネルギーと得られるエネルギーの比率(「生産エネルギー ÷ 投資エネルギー」)がEPR(エネルギー収支比)だ。
当然、この比率が高いほど使いやすく有益なエネルギーということになる。
現代石油文明を支える一次エネルギーのEPRは10が限界で、それ以下になると文明を維持することはできない(使いものにならない)といわれている。
石油1を投入して作った掘削井で石油100を得られる油田なら、EPRは100÷1でほぼ100になる。一方、石油100に相当するオイルシェールを得るために石油を50使い、得られたオイルシェールを石油並みに精製するのにさらに50の石油を使ったとしたら、最後に得られたエネルギーが石油100に相当するとしても、それを得る段階ですでに石油100を使い果たしているわけで、EPRはほぼ1となり、石油文明を支えることはできない。
IEAが非従来型石油に期待しすぎているという批判は当然だろう。EPAを無視しているからだ。オイルシェールやオイルサンドに潜在的なエネルギーが秘められているとしても、それを利用するまでの過程で良質のエネルギーを大量に使ってしまったのでは、なんのために採掘しているのか分からない。

本書67ページに、インター・ディーラー・ブローカー Tulett Prebon Groupの報告書「Perfect Storm」(2013)のデータに地熱発電などのデータも加えた各一次エネルギーのEPR一覧が出ている↓
各エネルギーのEPR一覧
現代石油文明を維持するのに必要なエネルギーの質「EPR10以上」を---の境界線で示した


最近発見された石油のEPRが8と著しく低いのは、ほとんどが水深2000m以上の大水深海域での発見なので、採掘・精製までの投入エネルギーが高いからだ。
EPRはコストに直結する。太陽光発電のコストが高いのはEPRが低いからで、補助金・助成金をつけなければ他のエネルギーと競争できない。


もう一つ重要なのはエントロピーで、これは「乱雑さの度合」とか「汚れ」などと説明される。
太陽電池の原材料として一般的なシリコン(ケイ素)は、世界中に大量に散らばっているが、一か所にかたまって存在しているわけではないので、集めて精製して……という工程で大量のエネルギーを使う。これを「エントロピーが高い」状態という。
一方、掘削しただけで自噴してくるような油田は、エネルギーをかけずとも高いエネルギーを得られる物質が存在しているわけで、これを「エントロピーが低い」状態という。
物質やエネルギーは、利用すれば必ずエントロピーが増える(熱力学第二法則=エントロピー増大の法則)。石油を燃やして電力を得たりエンジンを動かしたりすれば、後には排ガスや熱などが残るが、それらは利用価値が下がる(エントロピーが増える)。
活動の結果出た廃物を再利用(リサイクル)するというのは、高エントロピーのものを低エントロピーにするわけで、その過程でさらに新たなエネルギーや資源が必要となる。
最終的には増えたエントロピーは地球の生物循環、水循環、大気の循環などに乗せて宇宙空間に熱として捨てるしかない。それを可能にする環境を失うと、地球上はエントロピーだらけとなり、あらゆる生命活動、生産活動は不可能になる(エントロピー環境論)。
だから、エネルギー資源のEPRを考える場合、投入エネルギーには、利用後に出た廃物を処理するためのエネルギーや環境を破壊しないための措置に必要なエネルギーも考慮しなければいけない。
上の一覧で原子力のEPRが5と評価されているが、放射性廃物の処分が不可能であり、その管理に半永久的に良質のエネルギーを投入し続けなければならないことを考慮に入れれば、5も怪しいし、そもそもエネルギーとして考えてはいけない。


さらには、シェールオイル/ガスの生産は、従来型油田のようなプラトー(同規模の生産量が持続する期間)がなく、米国最大のシェールフィールドの例で、1年目で69%、2年目で39%、3年目で26%にまで減衰しているという。そのため、通常は15年といわれるシェールオイル/ガスの設備償却期間を待たずに生産できなくなることもある、と。
そういうものに対して今後も生産量が増え続けるという予測はあまりに楽観的すぎる、というわけだ。
ちなみに上図で地熱はEPRが低く出ているが、一度設備投資すると、上図の左側に並ぶ地下資源のように枯渇の心配がほぼなく、永続的にエネルギーが得られる(プラトーが極めて長い)という長所がある。地産地消エネルギーとして有望だと考えられる所以だ。

とにかく、僕も含めて、漠然と「自分が生きているうちは大丈夫だろう」と思っている人たちは、石油がもう減産時期に入ったことだけは間違いないと認識しておかないといけない。若い世代、そしてこれから生まれてくる世代の人間は、確実に「石油が足りなくなる時代」を生きることになる。それを踏まえた上で、いい加減な楽観論を語る覚悟があるのか、ということだ。

石油文明の後の文明とは

では、石油がなくなっていくこれからの時代の文明はどんな形になるのか? 田村氏は様々なデータを踏まえながら、ザックリと以下のように論考していく。
  • 人類社会は、約1万年前に農業革命で森林エネルギーを使うことを覚え、約300年前の産業革命で化石燃料地下資源を利用することを覚えた。
  • 化石燃料の利用により食糧の増産が可能となり、人口が急増した。
  • 石油ピークを過ぎて、これからは化石燃料が減産していく時代になる。石油の次に天然ガスが、次いで2025年頃には石炭もピークに達する。
  • 石油ピーク後の各エネルギーのEPRは加速度的に低下し、使えるエネルギー(正味のエネルギー)が減少する。
  • 2055年には、石油と天然ガスの残存熱量が現在の森林が持つ熱量とほぼ同じくらいまで減る。石炭はまだ残っているが、石油が使えなくなると輸送コストなども上がるので、石炭のEPRが今のように高い水準を保てない。
  • 結果、18世紀半ばに起きた産業革命に始まる石油文明は、およそ300年で終焉を迎える。
  • 石油が使えなくなった時代の人口は、現在のおよそ3分の1くらいに減る
  • その後は森林エネルギーの利用に戻らざるを得ないが、石油文明時代に培った技術遺産があるので、自然エネルギーを利用した「科学的に進化した森林エネルギー」利用になっているはず。
  • そうした「進化した森林エネルギー」を利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている。

持続可能な社会とは

こうした現実を受け入れ、石油がなくなった後も人類がそれなりに平穏で安全な社会を構築し、そこそこ幸福な暮らしが営めるためにはどうすればいいのか。
ここからは、田村氏の言葉をいくつか抜き出してみる。
  • 持続可能な社会とは、モノの循環型社会だけでなく、地球の生態系の多様性が健全で、将来の世代にも引き継がれていく社会。
  • 工業的な大規模農業は、安い石油に依存しすぎている点、生態系に悪影響を与えている点、水を大量に利用する点で、今後は持続できない。
  • 放射性廃棄物の処理を将来世代に押しつけたり、工業的な大規模太陽光発電を各地に建設することも、持続可能社会の理念とは相容れない。
  • 持続可能な社会では、自然から一方的に収奪したエネルギー、資源に依存するのではなく、自然が循環してくれるエネルギーが基盤エネルギーとなる。
  • 利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然から学び、自然と共生する論理・心の持ち方に戻ることが決定的に重要。
  • 原発は、今廃炉を始めても、終了するときには化石燃料は減耗していてほとんど使えない。今止めなくていつ止めるのか。

これらはすべてまともな神経の識者たちから言い尽くされたことなのだが、どれだけ言葉を尽くして説明しても、なんとなく今の社会が永続的に続く、少なくとも自分が生きている間や自分の子どもの世代くらいまでは大丈夫だと思いこんでいる人がなんと多いことか。

田村氏は1943年生まれで今年75歳。僕は1955年生まれで今63歳。残りの人生の間に、石油が足りなくなり、石油を奪い合う阿鼻叫喚の世界を見ないで死ねるかもしれない。
でも、今、20代、30代の人たちはそうはいかないだろう。ましてや10代は相当厳しい世の中を生きなければならない。
その若い世代が、デタラメな政治を容認し、それどころか応援している人も少なくないことがやりきれない。

日本が何か特別な国であるかのように思い込むことは危険な要素を妊んでいるが、自分が生まれたこの日本列島という風土を愛する気持ちは自然なことだろう。
「愛国」を訴えるなら、「進化した森林エネルギーを利用するのに、雨量が多く森林面積も多い日本の風土は向いている」ということの意味をもっと真剣に考えるべきだ。
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30代のときに書いたこの小説を思い出した。Kindle版。書名を検索したら、まっ先にこんなブログがヒットして驚いた

北朝鮮とキューバ 「ポストソ連」政策の差2018/08/06 16:23

前回のまとめ(まっとうな社会論かを見極める判断基準)の内容はエントロピー環境論をかじった人たちには至極あたりまえのことだろう。
ひとつ、ん?! と思ったのは次の部分だった。
北朝鮮とキューバは、ソ連崩壊によって、石油ショートを初めて突然に経験しました。
北朝鮮は、専制的な執政の下で、従来の農法を踏襲しました。キューバは石油ショートを認識したとき、有機農法への移行という解決法を持ち合わせていました。政府の政策、科学者と農民の共働で有機農法と地産地消に努め、餓死を出すことなく平和的に文明の転換に成功しました。


そうか! と一瞬食いついたが、すぐに冷静になった。
有機農法への移行が完全解決策であるというように鵜呑みにはできないだろうし、過剰な幻想を抱くのも危険だろう。
キューバの農業改革については以下のような指摘もある。
「平和時の非常時」において、当面の外貨収入の増大をもたらす観光の推進、外国投資の誘致、外貨所持の自由化といった政策では経済危機の本格的な対策としては不十分であり、政府は、94 年から生産力を解放して、生産を増大するため、市場機能を導入した種々の経済改革政策を開始した。海外資本の積極的な誘致、各種自営業の拡大、国営農場の協同組合生産基礎組織(UBPC)への改編、農産物の自由市場の創設、工業製品の自由市場の創設、飲食自営業の承認、銀行制度改革、税制改革、企業改革などが推進された。しかし、カストロ議長は、急進的な経済開放から引き起こされるかもしれない経済混乱に乗じて米国の介入が予想されるとして、市場機能の導入には極めて慎重な態度を取っている。製造業、小売業において限られて業種で個人営業は認められているものの、小規模私企業は認められていない。

こうした経済危機の中で、食糧生産が、経済活動の第一の目標に置かれた。危機の 5 年間で国民の食料摂取は、30%減少した。政府は、乏しい外貨の中で、食料輸入を最優先におくとともに、食料の増産政策を進めた。激減した農業機械、石油燃料、化学肥料、化学農薬、化学除草剤を補うために、国内で利用できるものは何でも代替資材とされた。大規模農場は解体されて、協同組合生産基礎組織(UBPC)に改編されるとともに、農場の規模を 10 分の 1 程度にダウンサイズし、牛耕が行われ、バイオ肥料、バイオ農薬が使用されるようになった。このように、キューバにおいて、有機農業は、食料生産を維持するという歴史的事情から追求することを余儀なくされた農法の一手段であり、目的ではない
キューバの有機農業を論じるときには、この観点を失うと有機農業の現実を過度に美化することになりかねない。
「キューバにおける都市農業・有機農業の歴史的位相 」新藤通弘 『アジア・アフリカ研究』2007年第2号)

有機農業が目的化されると、再エネ信仰のような宗教になってしまいかねないのは確かだろう。しかし、現実に、北朝鮮とキューバの人たちのどちらが今、幸せそうに暮らしているかどうかを見れば、キューバのほうが国の運営に成功していることは誰の目にも疑いがない。
要するに、一国のリーダーが知性と理想と献身の精神を持ち、合理的な判断をできるかどうかが問われているのだ。
それを考えるサンプルとして、北朝鮮とキューバは実に分かりやすい。
そして、いうまでもなく、日本はその意味においては最悪レベルの国の一つになっており、戦後に蓄積した財産を急速に失っている。

↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

もったいない学会とエントロピー学会2018/08/06 16:21

前出の「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は、FIT(再生可能エネルギー固定価格買取)制度を用いた今すぐの移行ではありません  地球温暖化対策として、電力料金の値上げで国民に経済的な負担を強いる不条理なFIT制度を用いた今すぐの再エネの利用・拡大が、科学の常識を無視してやみくもに進められています」という文章は、「NPO法人 もったいない学会」というグループのサイトにあった。
もったいない学会の正式名称は「石油ピークを啓蒙し脱浪費社会をめざすもったいない学会」というらしい。
理事会名簿を見ると、
名誉会長:石井吉徳(東京大学名誉教授)
会長:大久保泰邦(産業技術総合研究所)
副会長:松島 潤(東京大学准教授)
……とあり、大学人や環境工学系企業の役員などで構成されているようだ。
なんだかエントロピー学会に似ているなあ、そういえばエントロピー学会は今でもあるのだろうかと検索したら、存在はしていた。室田武教授もまだ名を連ねていた。

僕の人生にいちばん影響を与えた本は、『資源物理学入門』(槌田敦、NHKブックス)と『エネルギーとエントロピーの経済学』(室田武、東洋経済新報社)だというのは、何度か書いているのだが、エントロピー環境論を知る前と後とでは、本当に人生観が変わった。
『マリアの父親』が「小説すばる新人賞」を受賞し、出版されたときは、まっ先にお二人に謹呈本を送った。するとすぐにお二人ともていねいな読後感想を書き送ってくださった。以後、今でも年賀状のやりとりは続いている。
 

上記登場する人たち(経産省グループの頭のいい人たちや「もったいない学会」に参加しているような学者やインテリ層)は、エントロピー環境論は理解しているだろう。その上で、合理性を無視して保身・出世のために事実を歪めて動く人たちと、真面目に真実を訴え続ける人たちがいるわけだ。
ほとんどの人たちはこの、生きていく上で最も根源的な「リアル社会の摂理」ともいうべき仕組みを理解していないし、知る機会も与えられていない。
どんなに努力しても、社会一般レベルでの理解度は深まらないのではないか。
となると、世間に向けて「こうなんですよ」と理屈を説明するよりも、(菅直人のような)理解していない政治家を啓蒙するほうが、成果は上がるのかもしれない。ルールを作るのは政治家たちなのだから。
では、政治家を啓蒙することができる人たちとは誰か。
本来は官僚たちがその役割を担わなければいけないのだが、魂がない、保身スキルだけ長けていく官僚が出世する。やはりその方向でも期待はまったくできないということか。脱力。

「もったいない学会」という名称はとってもダサいが、おそらく「エントロピー」という言葉を出しただけで多くの人に敬遠されてしまう経験を重ねたための苦肉の策なのだろう。ジレンマはよく分かるが、そこまで想像すると、やはり脱力してしまう。
「分かっている人たち」が集まって、その中で「そうなんだよね~」とやりとりしていても、ほとんどの人たちは耳を傾けないどころか目も向けない、気づかない、存在すら知らない。テレビのワイドショーやニュース番組もどきで言っていること、新聞のそれらしい評論が世の中の事実だと思っている。
でもまあ、脱力しているだけでは、ここまで書いてきた意味もないので、この「もったいない学会」のサイトで見つけたいくつかの注目される内容を列挙しておきたい。

太陽光発電の優遇は根拠がない

再エネ発電設備の実用化での効用を比較するには、この設備容量に設備の種類別の稼働特性ともみなされる年間平均設備稼働率の値を乗じて与えられる発電量kWhの値の実測値が用いられなければなりません。再エネ電力の利用・拡大で、設備稼働率の値が70 % 程度とされている地熱発電や中小水力発電などに較べて、稼働率の値がその1/6 程度の太陽光発電の利用の効果が、発電量ではなく、発電設備容量の値で評価された上で、FIT制度での最も高い電力の買取価格を設けて、優先的に、その利用・拡大が図られていることは、FIT制度の適用で、政府が太陽光発電事業者を特別に優遇していると言わざるを得ません。まさに、この国のエネルギー政策の混迷を象徴的に表していると言ってよいでしょう。
「化石燃料枯渇後の再生可能エネルギー(再エネ)に依存する社会への移行は~」久保田宏、平田賢太郎

「水素社会」など到来しない

輸送機関のEV化は移動機関「オール電化」である。しかし、長距離輸送の航空機と船舶の電動化はあり得ない。陸上自動車の燃料も石油代替の電力、「EVカー」である。それは日本において、原発の再稼働と水素社会のキャンペーンになっている。EVカーのエネルギー経済性を検討するまでもない。水素社会プロジェクトでは、地方で生産の再生可能エネルギーで水素製造し、EVに供給する迂回利用が滑稽にも真面目に語られている。利欲に染まった日本の支配層の視野はどこまで狭窄なのだろうか。原発も水素も石油インフラ依存の燃料であり、「EVの時代」はそんなに遠くない時期、恐らく21世紀半ばまでに安い石油が大幅に減耗し、石油代替エネルギーの経済性が破綻して、石油文明の存続が立ち行かなくなるともに終焉しよう。

日本国民の生活と五穀豊穣の国土の再生は、「大都市集中から地方再分散」、「都市の地方支配から都市と地方の共栄」にガラッと変えることにある。そのためには、ロボット・AI、IOTの正しい活用、大量に産まれる「技術的失業者」の希望ある地方移住が必要である。
「自動車EV化」は石油文明終焉の表れ 田村八洲夫)

田村氏の視点で注目すべきは、ロボットやAIを否定せず、「ちゃんと使え」と提言していることだ。これにはまったく同意する。
単にノスタルジックな田園風景賛美や江戸時代浪漫吹聴では現代社会が抱える問題は解決しない。
台風の進路を正確に予想できるコンピュータがありながら、なぜ経済政策はマヌケでデタラメなものばかりになるのか? それはコンピュータを正しく使おうとしていないからだ。目的が「多くの人びとが無理なく平和、幸福に暮らせる社会の実現」ではなく、支配層の保身や私利私欲になっているからだ。コンピュータがこんな使われ方をするなら、AIが合理的にコントロールする社会のほうがよほどまともだろう。

まともな社会像かどうかを見抜く

さらに田村氏は、
まっとうな社会論かを見極める判断基準は、
  • ①石油代替エネルギーによって、現代社会のかたちを維持しようとする社会像か
  • ②石油に替わるエネルギーの質に合わせて、文明のかたちが決まるとする社会像か
である。(当然、②が「まっとう」)
……という大前提を提示した上で、よく見る「ポスト石油社会」像の弱点や矛盾点を次のように指摘している。(要約)
≪太陽エネルギー社会論≫
太陽光エネルギーで、自動車、業務・家庭、電力等で使われている石油量(石油使用量の67%)300万バーレル/日を代替しようとすると、7億kWの発電設備、5,000?のパネル面積が必要。太陽光発電設備の大工業的な製造、リサイクルには効率的な石油燃料が必須。太陽エネルギーは、地産地消型自然エネルギーと考えるべき。

≪水素社会論≫
水の電気分解によって得られる(「二次エネルギー」である)水素ガスを化石燃料代替エネルギーにしようとする発想が根本的に間違っている。水を電気分解する膨大な電力は、何から作るのか。現実性がまったくない。

≪低炭素社会論≫
「地球温暖化人為論=CO2排出削減論」は主として原子力発電の推進で今の石油文明を継続させようという論になりがち。原子力発電には化石燃料が必要不可欠なので矛盾している。(しかも原子力を利用した後にできる廃物処理が不可能なので論外)

≪循環型社会論≫
大量生産・大量消費・大量廃棄の浪費社会から脱却し、資源循環を効率的に行って3R社会に転換しようする論。3Rは、リデュース、リユース、リサイクルの順に重要だが、実際には、経済成長に貢献しうるとしてリサイクル産業が重視されすぎている。エントロピーの高い廃物や廃棄物を有用物に加工するために良質なエネルギーを多量に使うのはナンセンス。金属等の資源の浪費をある程度抑えられても、多くの場合、石油等の化石燃料は節減されない。エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)を無視したリサイクル論はかえって資源浪費につながる。

≪持続可能社会論≫
石油に依存する二次エネルギーの利用や産業・交通に依存できなくなってからの社会は、自然が循環してくれるエネルギーを基盤にするしかない。いいかえれば、高エネルギー浪費型の現代社会から、もったいない精神による「低エネルギー文明」に移行するしかない。そのためには、利欲のために自然を支配する論理ではなく、自然の性質を学び、自然と共生する論理・心の持ち方に、戻ることが決定的に重要。
「ポスト石油の文明社会論  現代石油文明の次はどんな文明か」 田村八洲夫


上記内容のコラムの筆者・田村八洲夫氏が書いた本『石油文明はなぜ終わるか 低エネルギー社会への構造転換』。本日到着


↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です

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