少子化社会は格差社会か?2014/11/03 16:05

週刊現代2014年8月16・23日号記事より
最近は週刊誌など滅多に買わないのだが、だいぶ前に余っていた図書券で気まぐれに買った週刊現代(2014年8月16・13日合併号)に興味深い記事があったのを見つけた。
「資産10億円を約束されて生まれてくる子供たち ──人口減少社会とは不平等社会のことである」というタイトル。
現代のように、子供を持たない家庭が増えてくると、金持ち層は親戚(両親の兄弟など)の遺産まで転がり込んでくることがある。一方で、貧困層では、両親が生活力のなくなった親や兄弟の分まで面倒を見なければならず、自分の子供に教育費をかけられない。子供に渡るべき親の稼ぎが外に流出していき、子世代はさらに貧困にあえぐ。その結果、少子化が進めば進むほど富裕層と貧困層の格差は拡大する……という話。(上の図 Clickで拡大)
なるほど。
以前にちょこっと紹介した「オレオレ詐欺は金持ち層のマネーロンダリングではないか説」も興味深かったが、この視点も、それはそうだなあと思った。

まあ、実際にはそんなに単純ではないだろう。
金持ちは余裕があるから子供を作れる。子だくさんの金持ちというのはあまりいないが、自分の資産を受け継がせる「相続人」として確実に一人二人は子供を作ろうとする。
一方、貧困層には後先考えずにできちゃった婚とかも多いから、やっぱり子供を作る。しかも早い人は十代など若い時期に子供を作るから、その子がまた若いときに親世代同様できちゃった婚で子供を作って……という連鎖で子供が増える。
周囲を見渡してみると、お金がなくて、先のことを考えるインテリ中間層あたりがいちばん子供を作らないような気がする。
結果、世間知らずのまま権力を握ってしまう危険な金持ちと、それをなんとなく容認したり、あげくは崇拝したりする底辺層が増える。


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これは総務省統計局が発表している日本の人口ピラミッド図。見ると、改めて戦後ベビーブーム、第二次ベビーブームというのが大きな塊を形成していることが分かる。
昭和22年~昭和24年(1947~1949年)生まれの人たちを「団塊の世代」などと呼ぶ。この3年間だけで出生数合計は約806万人もいる。
平成22年~平成24年(2010~2012年)生まれは合計で約306万人。これだけ違う。

少子化そのものは言わば自然の摂理、いや、正確には社会に適合しようとする本能とも言える。
戦争で日本人が数百万人死んだ(国の愚策に殺された)。人口が数百万人減った戦後、物資が少ない中でも子供を作って人口を埋め戻そうとしたのも人間の本能だろうし、今のような閉塞感に押しつぶされそうな社会で子供を作る余裕なんてとてもない、というのも自然な気持ちだ。
少子化対策しなければ、と騒いでいるのは金持ちである。自分たちにサービスを提供する底辺層の若者人口が減っては困ると、これまた「本能的に」動いているのだろう。


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これは同じ資料からで、今の女性は何歳くらいで子供(第一子)を生むのか、という図。
30~34歳の世代がいちばん多い。
かつては出産適齢期は二十代前半と言われていたが、二十代前半より三十代後半で第一子を産む女性のほうがずっと多いことも分かる。



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次にこれを見ると、「子供を作る人」は減っているのに、「子供を3人以上作る人」は逆に増えていることが分かる。
都道府県別出生率は1位が沖縄県、それに宮崎県、島根県、熊本県、長崎県、鹿児島県、鳥取県、福井県……と続き、逆に低いのは東京都、京都府、北海道、神奈川県、奈良県、大阪府、埼玉県、千葉県……の順になっている。
都市部と北海道や北東北で低く、南で高い。

首都圏の出生率は低いのに人口は都市部集中が進むわけで、これは地方で生まれた人たちが労働力として都市部に流れていくことを意味している。

ここでもう一度最初の「少子化が格差社会を加速化させる」話を考えてみよう。

  • 都市部で生まれる子供には金持ち層が含まれ、その子たちは生まれながらにして親や一族の資産を受け継いでいる。
  • 都市部での出生率は低いが人口は集中している。これは地方で職にありつけない人が流れ込んできているから。
  • 都市部に流れた地方出身の若者たちは、子供を作る余裕などない。彼らは都市部では子供を作れないから、子供のいる家庭を持ちたいと思えば地方に戻るしかない。
  • 地方に残っている若い世代はできちゃった婚をして子供を作り、場合によっては多人数の子供を作る。
  • その子供たちが都市部へ流れていく。
……これのループが今の日本の社会構造なのだろう。

次に、都市部で生まれながらにしてかなりの資産を受け継いで育った子供たちがどのような大人になっていくのかを考えてみる。
このことについても週刊現代の同記事は触れている。
鬼頭宏 上智大学経済学部教授(日本経済史・歴史人口学)が、フランスの経済学者・トマ・ピケティの『21世紀の資本論』で論証した「過去2000年間、資産収益率は常に経済成長率より高く、今後はその差が拡大していく」という論を紹介した部分。
資産収益率とは、地代、金利、株の配当など、資産が生み出す価値の指標。
経済成長率は、労働者が労働によってどれだけの所得を獲得できるかの指標、だという。
平たく言えば、「働いて得る金より不労所得のほうが常に高額であり、効率がよい」ということだ。
同記事では、経済アナリスト・森永卓郎氏のこんな指摘も紹介している。
大金持ちは「働いたら負け」という価値観を持っている。
時給1万円の仕事と言われれば、労働者にとっては夢のような金額かもしれないが、その時給で1日8時間、年間300日労働をしたとしても年収は2400万円。1日14時間、年間365日休みなしで働いたとしても約5000時間にしかならないから5000万円。
つまり、年収5億円、10億円という人たちは、資産を使って稼ぐのであって、働いて稼げる額はたかだか知れている

金持ちは働いて金を得るという発想がない。金が金を生むということを学びながら大人になっている。
労働者は「費用」という数字でしかないから、できるだけ安く働かせて大きな利益を生むことを考える。
労働者一人一人が送る人生などどうでもいい。労働者の家庭などどうでもいい。そんなものは収益につながらないから。
しかし、少子化が進んで、労働者、特に安く使い捨てできる若者が減りすぎるのは困る。そこで「少子化対策担当相」などという大臣まで作って、労働人口を担う底辺層にアピールする。

たまらないのは、こうした「働かない金持ち層」がやりたい放題やれるシステムを支えているのが、富裕層に利用されている地方の労働層だということだ。金持ちが金持ちのための政権維持に汲汲とするのではなく、貧乏人たちが金持ちの腐敗政権をいじましく支えている。選挙のたびに「日頃お世話になっている○○さんに言われたから、一票入れてきたよ」と投票所に足を運ぶ。

出生率が高いのに人口は減っていく地方都市を地盤にしている政治家たちの顔ぶれを見よ。
彼らに投票している人たちと、都市部に子供たちを安価な労働力として送り出している家庭はほぼ一致している。
いい加減、利用されるだけ、瞞されるだけの人生を見直そうではないか。

ちなみに左の表はしんぶん赤旗に掲載された「政治資金で飲み食い 麻生副総理資金管理団体 クラブ・料亭・すし店…3年で6000万円」と題された記事より転載。3.11直後、麻生副総理資金管理団体が2011年4月1日付けで支払った飲み食い代金の一覧だそうだ。

日刊ゲンダイにも同様の記事が載っている。
安倍首相の資金管理団体「晋和会」の2010~2012年分の収支報告書をみると、「行事費」という名目で多額の飲食代を計上。その規模は3年間で3000万円近い。
「2009~2011年の3年間にキャバクラやクラブなど女性の接客を売りにする店に計59件、総額127万円を政治資金から支出していたのです。下戸の首相本人は一度も参加せず秘書らが通っていたようですが、安倍サイドはメディアの指摘を受け、慌てて報告書から支出を削除。秘書らに全額返納させました」(地元政界関係者)


麻生副総裁についても、
「オフィス雀部」という六本木の有限会社への支出を3年間で計22回、総額1805万5000円も計上
「六本木の会員制サロンを経営する会社で、麻生大臣はその店の“太い客”。経営者の女性は麻生大臣と過去に愛人関係にあったことを認めた、と6年前に週刊誌で書かれたこともある。ちなみに安倍首相も店の常連です」(自民党関係者)
なんだそうである。