「老後資金2000万円不足」騒動のトンデモぶり ― 2019/06/13 20:30
そもそも「年金」とはどういうものか?
年金だけでは老後の生活が成り立たないので、「資産運用」の努力が必要──的な報告書を金融庁の「金融審議会 市場ワーキング・グループ」が出した(2019年6月3日)ことで、なにやら世間が騒然としているらしい。不思議だなあと思う。そもそも「年金」とはどういうものなのか、多くの人が理解していないのではないだろうか。
個人で商売をしている人(我が家もそう)にとって「年金」というのは「国民年金」のことである。国民年金の保険料は現在、月額16,410円だそうだ。
これは「満20歳から満60歳まで40年間保険料を納める」ことになっていて、かつては保険料を25年以上納めていない人には受給されなかった。この「最低納付期間」は2017年から25年から10年に短縮されたらしい。
だから、それまで保険料を1円も払っていなかった人も、改心?して、50歳からでも10年間払い続ければ年金が支給されるが、その場合(10年間納付した場合)の支給額は月額16,235円らしい。 ということは、65歳でもらい始めて、10年間は「原価割れ」である。75歳になる前に死んでしまったら「原価割れ」だし、ましてや65歳になる前に死んでしまったら「丸損」だ。
40年間フルに納めると、年間779,300円(月額64,942円)支給される。16410円×40年間は787万6800円で、それを77万9300円で割ると10.1年になる。やはり75歳になる前に死んでしまうと「原価割れ」である。
つまり、年金のありがたみが生じるとすれば、それは75歳以降になって初めて訪れる可能性があるわけで、75歳まではなんのありがたみもないどころか、自分の本来の資産を減らすことになる。
しかもこれは、現在の保険料と受給額だから、今後、保険料は上がり、支給額は減っていくのは目に見えている。支給開始年齢が70歳になるという話もあり、ほぼ確実にそうなるだろう。
今でも、受給開始のお知らせが来たとき、葉書を返信しないと自動的に70歳まで自動的に毎月開始時期を遅らせるという姑息な手段がとられている。
従来のように60歳から支給してほしい場合は、支給額が30%割り引かれるというのもひどい。知り合いの美容室経営者は、それでも「いつ死ぬか分からないし、今とにかく金が足りないから」と、30%減の支給額を呑み込んで60歳受給開始にしたという。
月額約6万5000円(40年支払い続けて満額の場合)の70%は4万5500円だから、これで「元を取る」にはおよそ14年半。やはり75歳まで生きて、76歳から先にようやくちょっとずつプラスになる計算だ。
さらには、国民年金だけの夫婦の一方が年金受給前、受給中に死んでしまった場合、残された夫や妻は世帯として受け取れる(受け取っていた)年金が半分になってしまうことも留意しておくべきだろう。
「遺族基礎年金(かつて「母子年金」と呼ばれていた)」というものがあるが、遺族基礎年金は、18歳未満の子供がいる子育て中の家庭にしか支給されない。仮に年金保険料分をずっと貯蓄してきたとすれば、配偶者が死んでも貯金はそのまま相続できるが、それまで払い続けていた年金保険料は配偶者が死んだ時点で消えてしまう。
仮に60歳まで国民年金保険料を満額払い続けた夫婦の一方が受給前に死ぬと、残された夫 or 妻は、本来受け取れたであろう月額約13万円の年金が6万5000円になってしまうだけでなく、年金保険料分の金を預金していれば遺産として相続できたおよそ800万円が消えてしまうのだ。
実際にそういうケースはごまんとあるはずだ。
嫌な言い方をすれば、国民年金とは、80代まで長生きした人を、そこまでは生きられないかもしれない人たちのお金で支える制度だ。
年金は普通預金のように、入院や災害などの緊急時に引きだして使うということもできない。75歳以上長生きしたとしても、そのときは認知症になっていて、自分の金を自分で管理できなくなっている可能性も高い。
要するに、年金受給は「自分は長生きする」ことに賭けるギャンブル要素を含んでいる。
あるいは、「原価割れ」の可能性が高いことを承知の上で年金保険料を払い続けるというのは、今の70代、80代の人たちの年金を支えるための義援金、もしくは嫌でも取られる税金のようなもの、ということになる。
年金というのはそもそもそういうものである。つまり「ギャンブル」であり「義援金」であり「税金」のようなものである。
問題の「報告書」の意図するもの
さて、今回奇妙な取り上げられ方をすることになった「高齢社会における資産形成・管理」 という報告書はどういう性格のものなのか?これをまとめた委員21人のザックリした内訳は、大学教授が7人、投資会社の関係者やファイナンシャルプランナーなど金融関係企業、財界など、投資行動を呼びかける側の人たちが12人、弁護士と読売新聞社の論説委員が1人ずつという構成。
オブザーバーには、消費者庁、財務省、厚生労働省、国土交通省といった官庁の他、日本銀行、日本取引所グループ、日本証券業協会、投資信託協会、日本投資顧問業協会、信託協会、全国銀行協会、国際銀行協会、生命保険協会と、金融業界の組織が並んでいる。
で、冒頭にはこんな記述がある。
政府全体の取組みや議論に相互関連して、高齢社会の金融サービスとはどうあるべきか、真剣な議論が必要な状況であり、個々人においては「人生100年時代」に備えた資産形成や管理に取り組んでいくこと、金融サービス提供者においてはこうした社会的変化に適切に対応していくとともに、それに沿った金融商品・金融サービスを提供することがかつてないほど要請されている。
(略)
本報告書の公表をきっかけに金融サービスの利用者である個々人及び金融サービス提供者をはじめ幅広い関係者の意識が高まり、令和の時代における具体的な行動につながっていくことを期待する。
要するに「みなさんタンス預金や普通預金に溜め込んでいないで、もっとハイリターンな投資行動を考えてみませんか?」という呼びかけのようなものだと理解できる。
問題の「2000万円不足問題」はどこに書いてあるのかと探してみると、どうやら10ページ目の
収入も年金給付に移行するなどで減少しているため、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することとなる。
という部分、さらには20ページの、
老後の生活においては年金などの収入で足らざる部分は、当然保有する金融資産から取り崩していくこととなる。65 歳時点における金融資産の平均保有状況は、夫婦世帯、単身男性、単身女性のそれぞれで、2,252 万円、1,552 万円、1,506 万円となっている。なお、住宅ローン等の負債を抱えている者もおり、そうした場合はネットの金融資産で見ることが重要である。 (2)で述べた収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20 年で約 1,300 万円、30 年で約 2,000 万円の取崩しが必要になる。のことを言っているらしい。
ごくごくあたりまえのことを控えめに書いてあるにすぎない。
「月に約5万円不足するのを補うために蓄えが2000万円必要」という今回の試算を言い換えれば、「2000万円の蓄えがあっても30年で割ると一月あたりおよそ5万円にしかならない」ということだ。だからむしろ、厚生年金のない自営業者などからは、「2000万円ぽっちの蓄えで足りるわけないだろが~!」という反応がきそうなものだ。
だからこそ、多くの経済アナリスト、学者といった人たちが、今回の騒動について「なんでこれが炎上するんだ?」と驚いている。
⇒ここ とか ⇒ここ とか ⇒ここ とか……。
え? まさか年金だけで老後を安穏と暮らせるとでも思っていたの? そんな破天荒な人がいるの? しかもこんなにいっぱい? 日本ってそんなに国民の理解力が低い国だったの?……という驚き。
急速に進む格差社会化
今回の騒動の根底には「うちには2000万円なんて貯金はない!」という怒りがある。それはそうだ。
こんなデータがある。「還暦を迎える人の平均貯蓄額は2900万円 ただし67%が2000万円以下」
PGF生命という企業が「還暦を迎える人」を対象に行った調査だそうだ。これによると、還暦を迎える人の貯蓄額は、
- 100万円未満 24.7%
- 100万~500万円未満 17.6%
- 500万~1000万円未満 11.1%
- 1000万~2000万円未満 13.9%
- 2000万~3000万円未満 9.2%
- 3000万~5000万円未満 8.7%
- 5000万~1億円未満 6.9%
- 1億円以上 8.1%
平均貯蓄額2900万円という数字は、8%を超える「1億円以上の貯蓄がある」人たちが平均値を一気に引き上げているだけであって、この平均値が世の中の「平均的感覚」とはかけ離れていることが分かる。
さらに興味深いのは、上記は2019年の調査結果だが、わずか1年前の2018年の調査では100万円未満は20.6%、1億円以上は6.4%で、どちらもここ1年で増えている。中間層は軒並み減っているのに、だ。つまり、貧しい者はさらに貧しく、富める者はさらに富を増やすという格差社会化が急速に進んでいる。
中高年の預金を狙う業界
富める者がさらに富を増やす仕組みこそが株売買などの「投資活動」だということは、誰もがなんとなく想像していると思う。富める者はギャンブルの掛け金をでかくできるだけでなく、市場動向の情報収集などの技術も持っている。
餌食にされるのは、技術や知識がないのになけなしの資金を必死に注ぎ込む人たちだ。
だから、金融に通じている人たちの多くは、今回の「報告書」が、庶民がハイリスクハイリターンの投資話、詐欺まがいの金儲け話や節約術に駆り立てられるきっかけを作るのではないかと懸念していた。
(「人生100年時代」という)この言葉には、人生が長いことに伴い老後の生活費が足りなくなることに対する不安を喚起する力がある。従って、「人生100年時代」のお金の問題を解決するために、「資産運用をしましょう」、あるいは「専門家に(金融機関に)相談しましょう」という誘導によってマーケティングに大変使いやすいのだ。
利幅の高い商品を売りつける際に不安を喚起するのは、医薬品や健康食品、生命保険など広い範囲で応用されているマーケティングの常道だ。
(高齢者の資産運用、金融機関が悪用しそうな「4つの言葉」にご用心 山崎 元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)
まさにそうなのだが、この危険性に言及するマスメディアは今のところないように思える。
ちなみに、「炎上」と騒がれている件の報告書には、こんな記述もある。
近年、認知症の人の増加が顕著となっている。
(略)
これに起因する金融サービスにおける制限は多岐に渡るが、その一つに資産の管理が自由に行えない点が挙げられる。資金の自由な引き出しはもちろん、これまで資産運用を行ってきた場合でも、認知・判断能力に問題があり、本人意思が確認できないと判断された場合には一定の制限がかかりうる。
認知・判断能力に支障がある者や障害者の生活や財産を守ることを目的とした制度の一つとして、成年後見制度がある。
(略)
国が策定した成年後見制度の利用を促進する計画に基づく環境整備が進んでおり、認知症の人も含めて、今後、成年後見制度を利用する者が増加することが予想される。後述する個人の金融資産の大半を高齢者が保有する状況に鑑みれば、同制度の利用増加に伴い、同制度の枠組みに入る金融資産が大きく増加していくことが想定される中、これらをどう管理していくかは重要な課題の一つと言える。
(6~7ページより
資産運用をしましょうと呼びかける性格の「報告書」の中にこういう記述があると、ゾッとさせられる。
深読みすれば、判断能力を失った金持ち老人が持っている金をどうやったら金融市場に引っ張り出せるか、という話にもとれないか。
ワーキンググループとしては、巧妙な言い回しで政府に対して「金を持っているボケ老人の資産をうまく引っ張り出すための法案を考えたらどうですか?」と示唆したのだろうか。しかし、金銭感覚が完全にずれている上に、それこそ「リテラシー」のない財務大臣は「こんな報告書読んでないし、受け取るつもりもない」などと答弁する始末。
ワーキンググループの面々もまとめ上げた官僚たちも、脱力したことだろう。
現状認識・貯蓄努力・合理的生活
さて、ここで話を終えてしまうと身も蓋もないので、最後に「こんな国、こんな時代に、どうやって幸福な生活を守るか」という技術論を少し。最近、泣く泣くスマホ生活に入ったこともあって、無理矢理スマホに関連した話にしてみる。
まずは、今の日本は戦後高度成長期の日本とはまったく違うという認識から始めないといけない。
5G通信の時代が来ると、スマホ社会がどうということに留まらず、産業構造、社会システム、就労形態などが根こそぎ変わると言われている。そんな中、日本は5G技術からは完全に取り残され、蚊帳の外だ。
5Gの主要特許取得数では中国のファーウェイが断トツ1位で、2位以下はノキア(フィンランド)、サムスン電子(韓国)、ZTE(中国)、エリクソン(スウェーデン)と続き、米国クアルコムがようやく6位。
「技術立国日本」という思いこみはもはや幻想にさえならないのが現状だ。
ちょっとやそっとではこの惨状は回復できないということを頭に叩き込むことが必要だ。
次に、なけなしの個人資産をいかに守り抜くかということに集中しなければならない。
「絶対儲かる」なんていう話には「絶対」乗ってはいけない。
「株で儲ける」というのはギャンブルだが、ギャンブルは胴元以外はよほどの技術を持ったプロでなければ損をするようにできている。ゼロ金利時代に、虫のいい投資話などあるはずはない。
「投機、投資、資産運用はまったく違います」なんていうもっともらしい説明に負けて「これは投資ではなく資産運用だ」なんて思い込まされて手を出すと、なけなしの貯金も失ってしまいかねない。自信がなければ、普通預金を死守したほうが安全だろう。
そして最後は倹約、節約。
倹約というと苦しいイメージだが、「合理的な生活」と言い換えればいいだろうか。
電気料金を安くしませんかという勧誘電話セールスが頻繁にかかってくるようになったが、エネなんとかとかエコなんとかという商品を買わせようとか、太陽光パネルを設置しませんか的な商法は、知識がないなら話を聞くだけでも危ない。
一方で、電気の契約をガス会社などに切り替えて支払額を減らすことは簡単にできる。計算してみればいいだけだ。
通信費も、大手通信会社との契約をやめてmineoだの楽天だのIIJmioだののいわゆるMVNO(docomoやauなどの無線通信インフラを借り受けて、音声通信やデータ通信のサービスを提供する事業者)に乗り換え、契約形態を自分の生活に合わせたものにするだけで、不便を味わうことなく月額数千円は節約できる。
住む場所そのもの、家の形態などライフスタイルを根本的に考え直せば、劇的な生活費軽減ができ、幸福度も上がるかもしれない。
……というわけで、今回の「炎上騒動」は、財務大臣はじめ、政治家たちの異次元な無知・無責任・倫理観の欠如を浮き彫りにさせ、これ以上盲目的に堪え忍んでいたら茹でガエルになっちゃうよ、という警告を発する役割を果たした点では、まあ、よかったのかもしれない。
この国の「総合的国力」がよい方向に向かうことは当分期待できない。となれば、無能で倫理観も理解力もない政治家に文句を言うエネルギーは他者に任せ、自分の生活を死守する技術を学ぶことに時間と頭を使ったほうがいいのだろう。
というわけで、この話はここで終了!
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