代替エネルギーなどというものはない ― 2012/01/04 22:29
■元旦『朝生』──本当はこういうことを話し合いたかったのに…… (3)
(←承前)
「代替エネルギー」なんてものはない
討論の最後には、今後のエネルギー政策をどうするのかというテーマが予定されていた。
これはものすごくストレスを感じるテーマで、この番組では到底まともには議論できないだろうと思っていた。
討論案にはこう書かれている。
それぞれに対する僕なりの見解を書いてみる。
「民主党政権のホンネ」なんてものはない。
なぜなら政党構成員があまりにも未熟で、エネルギー問題に対応できる力がないからだ。
これは自民党も同じなのだが、自民党には民主党よりも利権屋が圧倒的に多く、エネルギーコストとか環境負荷なんかどうでもいいから、儲かるような仕組みを作っていこう、という輩が主導権を握っていた。
民主党はトップにそれだけの悪知恵さえない。だから簡単に騙され、CO2大幅削減とか、「再生可能エネルギー」高額全量買い取りだとか、亡国の政策を正義の御旗のもとに振りかざし、その後、事実が少しずつ分かってきても引っ込みがつかなくなり、ぐずぐずになる。
政治家がどのくらい程度が低いかという例として、『裸のフクシマ』では、昨年5月末に結成された(正確にはずいぶん昔に話が持ち上がったままになっていたグループが「再結成」したということらしい)「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」のメンバーというのをここに記しておく。
たちあがれ日本:
平沼赳夫(会長)、中山恭子
自民党:
谷垣禎一、安倍晋三、山本有二、森喜朗(以上顧問)、山本拓(事務局長)、塩崎恭久、高市早苗
民主党:
鳩山由紀夫、渡部恒三、羽田孜、石井一(以上顧問)
国民新党:
亀井静香(顧問)
よ~く名前を覚えておこう。この人たちは未だに、原発は地下に作れば安全だなどというとぼけたことを真面目に主張しているのである。驚くべき話ではないか。
「今回の福島第一原発の1?4号機の事故ですが、仮に地下に立地していたのなら、地震には絶対強いです。そして、津波も取水口を封鎖してしまえばいいので、問題ありません。仮に地下でメルトスルーが起きても、中に(放射性物質を)閉じ込めることができるので、外には漏れません。それで、ロボットを使って作業をすると。そうすれば、今の福島のように宇宙服を着た作業員が、危険な作業をするということを避けることができます」(山本拓・自民党衆院議員 福井選出)
こういう人たちが日本の政治を動かしているのだ。
ちなみにこの会が昨年7月7日に開いた第二回の勉強会では、会場を震撼させるようなシーンがあったという。
// 会場の空気が凍りついたのは、「原子炉等が想定外の破損事故を起こしても、原子力施設周辺住民に放射線による被害を及ぼさない地下式原子力発電所について」と題して講演した京都大学名誉教授の大西有三氏(地盤工学)が質問を受けた時のことだ。参加議員に国際社会で「核燃料サイクルはどう変わっているか」と問われた際、「核燃料サイクルと言いますと?」と聞き返したのだ。質問議員が慌てて「プルトニウムを取り出してもう一度使うシステム」だと逆に答えると、「私はちょっとあの……我々がやっているのは一番最後に再処理して残った、これ以上は使えない処理です」という珍問答となった。(「核燃料サイクルを知らない専門家 地下原発議連、2回目の勉強会」 週刊金曜日7月15日号 まさのあつこ氏の記事より)//
お笑い作家でもこんな間抜けなやりとりは考えつかない。
……これが政治家の実態だ。
彼らにエネルギー問題を考える能力などあるはずがない。
次に言いたいのは、再生(可能)エネルギーなどというものは存在しないということだ。
エネルギーの総和は一定だし(質量保存の法則~熱力学第1法則)、エネルギーを利用すれば必ず廃物・排熱が出て、それは増える一方で減らせない(エントロピー増大の法則~熱力学第2法則)のだから。
まだ「自然エネルギー」という名称のほうがマシだが、世の中には自然ではないエネルギーというものはない。地球が得ているエネルギーはすべて太陽光由来のものだからだ。
化石燃料は太陽光エネルギーが形を変えて缶詰のように地下に貯蓄されたものだ。エントロピーが低く、とても利用しやすい。今、人類はその貯金を惜しげもなく使い続けている。そこが問題なのだ。
これに対して、原子力は異質で、自然由来のエネルギーとは言いきれないし、自然環境の中に渡して、地球の循環機構により処理することもできない。だからこそ「使えない」「使ってはいけない」と判断しなければいけないのに、処理できないまま、俺たちが生きている間はなんとかなるだろうと無責任に使い始めたことで悲劇が起きた。
で、そういう定義の問題は置いておくとして、風力や太陽光発電で化石燃料(を燃焼することによるエネルギー利用)を代替できるかと言えば、できるはずがない。化石燃料がゼロになれば風車も太陽電池も作れないのだから。
風力発電や太陽光発電が作りだすものは電力だけであって、地下資源のような原材料に相当するものは何も生み出さない。
発電の話に限って言っても、発電コストが高いというのはそれだけ石油などの資源を使うから高いのであって、実に単純な話なのだ。
このへんの話は、『裸のフクシマ』の最後のほうに書いたので、これ以上は繰り返さないでおこう。
もしかしてその議論になるかな、と思い、最低限用意しておいた資料を示しておく。
ひとつは、Googleで「風力発電 解列」というキーワードで検索すると上位に出てくる「風力発電機解列枠の検討について」という経産省が出している資料。
「解列」という言葉は耳慣れないかもしれないが、要するに「外す」「つながない」ということだ。
風力発電からの電力はあまりにも乱高下が激しく、送電系統を乱すため、送電系にその乱れを呑み込む余力がない(つまり、電力消費が少なく、少ない電力量しか流れていない)ときには、停電を避けるために風力発電からの電気を外す(止める)ということだ。これを「解列」という。
ここにはこう解説されている。
風力発電は,自然条件により出力が変動することから,電力系統への連系量が増大した場合,当該地域内の電力需給バランスが損なわれる可能性があります。
従って,風力発電機の連系に伴う周波数変動を抑えつつ,風力発電の導入拡大をしていく方策の一つとして,出力変動に対応する調整力が不足する時間帯に風力発電機の解列を条件に,新たな風力発電機の系統連系を募集するものです。
国は風力発電を増やせと言っているが、あんな不安定なものをつないだら停電の恐れが出てくる。
しかし、それでも増やせと言うのだから、送電系が対応できそうもない時間帯には最初から風力発電の電気を除外してしまう(外してしまう)ということにすればいい。大量の電気を消費しているときは、風力以外の発電からの電気がたくさん来ているので、そこにちょっとくらい風力からの変動の大きな電気が混じっても、誤差の範囲で対応できる。そういうことにすれば、風力発電はもう少し増やせますよ、と言っているのだ。
これがどれだけバカげた話か、普通の思考力の持ち主なら分かるだろう。
もともと大した発電量が期待できない風力発電だが、夜間などの電力消費が少ない時間帯に風力発電をつなぐと変動によって送電系が対応できず、停電してしまうから、恐ろしくて使えないと言っているのだ。
ちなみに、この「停電」は、電気が足りないから停電するのではなく、需要量変化に供給量を調整しきれずに送電系の機能が止まってしまうことで起きる。
ちなみに、2006年に欧州全域で発生した大停電では、風力発電が(1)非意図的に一斉解列し周波数低下を招き、(2)さらにその後自動再連係したことで出力調整に困難をきたした、と報告されている(電力系統研究会2007)。
『裸のフクシマ』にも示したが、横浜市が運営している1980kwのウィンドタービン「ハマウィング」の一日における発電変動量をグラフに表したものが最初に示した図である。
突出している時間帯でも定格出力の半分にも達しておらず、しかもその時間帯は真夜中だ。
風力発電推進派の人たちが書く文章には、「設備容量」という言葉が頻出する。
これは、どれだけの電力を発電する能力があるかという意味だが、風力発電の場合、最適な風が吹いた時間だけその発電能力を得られる。それより少しでも強ければ、危険だから止めてしまうし、少しでも風が弱くなれば、極端に発電量は落ちていく。結果として、「設備容量」の数字など意味がない。実際にどれだけ発電し、それによってどれだけの化石燃料が節約できたのかというデータを示さない限り、風力発電や太陽光発電が省資源に寄与したことにはならないが、そういうデータはおろか、もっと基本的な、実質発電量のデータさえ風力発電事業者は出してこない。
中国の風力発電に至っては、
世界風力エネルギー協会(GWEC)が2011年4月に発表した世界の風力発電集計によると、中国では昨年1年間で1890万kWの風力発電所が新設され、2010年末時点で合計設備容量は4470万kWに達した。
一方、国家電網公司が4月に公表した「風力発電白書」(「国家電網公司促進風電発展白皮書」)によると、2010年末時点で送電網に接続された風力発電所の合計設備容量は2956万kW。つまり、単純に計算すれば、1514万kWが送電網に接続されていないことになる。
建てただけで、1/3以上の風力発電施設は送電網に接続さえされていない、つまり建っているだけ、という信じがたいことになっている。
これは中国だけの事情ではなく、実は日本でも似たようなものだ。さすがにつないではあるが、解列は頻繁に起きて発電した電気を流していないし、故障や風況不良でまともに発電していないウィンドタービンがたくさんある。コストが合わない(直すとますます赤字になる)ために、事実上修理を断念されているものもある。
設備容量の数字がいかに虚しく、意味がないか、このことからもはっきり分かるだろう。
送発電分離については、是か非か、僕はまだ分からない。
分離しなければ電力会社の地域独占が絶対に解消できないのであればするしかないのではないかと思う。
しかし、送電網配備や電力分配というのは、究極の技術と合理性、コストパフォーマンスの追求が必要な事業だ。競争原理を導入することでそれが進むのならいいが、かえって無駄が出る、不安定要素を増やすのではないかという懸念もある。
本来なら、こういう事業こそ水道事業のように公営にして、国民がしっかり無駄遣いを監視しながら運営することが望ましい。ところが、役人は知恵を働かせてずるをする。無駄を行って私腹を肥やすテクニックばかり追求しているので、結果的に無駄だらけになる。そんなことなら民営化したほうがいい、となり、民営化すると、今度は正常な競争ではなく、国が補助金や許認可権を巡ってどんどん利権構造を作ってしまい、さらにひどいことになっていく……。
原子力ムラはまさにその最たるものだった。
だから、まずは送発電分離よりも前に、10電力会社の独占をどう解消するか、電力事業独占による利権構造をどう解体し、効率的な電力事業運営を組み直せるかという問題をクリアすべきだろう。その方法論の中で、送発電分離も論じられていくはずだ。
現時点では、どっちが完全に正しい、と言うだけの根拠を僕は持ち合わせていない。
省エネの可能性……これはもう、とてつもなくある。
ただし、省エネ製品に買い換えることがいいことだという単純な話にはならない。まだ使えるものをつぶして(ゴミにして)、省エネ新製品を導入したことで、トータルのエネルギー消費は増えることはいくらでもある。
そのへん、どこまで正直に、理想を掲げて産業が進んでいくのか、という問題だろう。
安易に補助金を注ぎ込むことで、この計算が分かりにくくなり、結果的にエネルギー浪費につながることはいくらでもありえる。
こうして書いていくと、結局最後は、各現場の人間がどこまで正直になれるか、タブーをなくして実力を発揮できる職場を保てるか、ということにつきるような気がする。
大量生産、大量消費による金のやりとりという尺度で幸福度や国の序列が決まるという考え方を一掃しない限り、絶対に問題は解決しない。
(←承前)
「代替エネルギー」なんてものはない
討論の最後には、今後のエネルギー政策をどうするのかというテーマが予定されていた。
これはものすごくストレスを感じるテーマで、この番組では到底まともには議論できないだろうと思っていた。
- 民主党政権のホンネとは?
- 再生エネルギーで代替可能か?
- 送発電分離のメリット、デメリット
- 省エネの可能性とは?
討論案にはこう書かれている。
それぞれに対する僕なりの見解を書いてみる。
「民主党政権のホンネ」なんてものはない。
なぜなら政党構成員があまりにも未熟で、エネルギー問題に対応できる力がないからだ。
これは自民党も同じなのだが、自民党には民主党よりも利権屋が圧倒的に多く、エネルギーコストとか環境負荷なんかどうでもいいから、儲かるような仕組みを作っていこう、という輩が主導権を握っていた。
民主党はトップにそれだけの悪知恵さえない。だから簡単に騙され、CO2大幅削減とか、「再生可能エネルギー」高額全量買い取りだとか、亡国の政策を正義の御旗のもとに振りかざし、その後、事実が少しずつ分かってきても引っ込みがつかなくなり、ぐずぐずになる。
政治家がどのくらい程度が低いかという例として、『裸のフクシマ』では、昨年5月末に結成された(正確にはずいぶん昔に話が持ち上がったままになっていたグループが「再結成」したということらしい)「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」のメンバーというのをここに記しておく。
たちあがれ日本:
平沼赳夫(会長)、中山恭子
自民党:
谷垣禎一、安倍晋三、山本有二、森喜朗(以上顧問)、山本拓(事務局長)、塩崎恭久、高市早苗
民主党:
鳩山由紀夫、渡部恒三、羽田孜、石井一(以上顧問)
国民新党:
亀井静香(顧問)
よ~く名前を覚えておこう。この人たちは未だに、原発は地下に作れば安全だなどというとぼけたことを真面目に主張しているのである。驚くべき話ではないか。
「今回の福島第一原発の1?4号機の事故ですが、仮に地下に立地していたのなら、地震には絶対強いです。そして、津波も取水口を封鎖してしまえばいいので、問題ありません。仮に地下でメルトスルーが起きても、中に(放射性物質を)閉じ込めることができるので、外には漏れません。それで、ロボットを使って作業をすると。そうすれば、今の福島のように宇宙服を着た作業員が、危険な作業をするということを避けることができます」(山本拓・自民党衆院議員 福井選出)
こういう人たちが日本の政治を動かしているのだ。
ちなみにこの会が昨年7月7日に開いた第二回の勉強会では、会場を震撼させるようなシーンがあったという。
// 会場の空気が凍りついたのは、「原子炉等が想定外の破損事故を起こしても、原子力施設周辺住民に放射線による被害を及ぼさない地下式原子力発電所について」と題して講演した京都大学名誉教授の大西有三氏(地盤工学)が質問を受けた時のことだ。参加議員に国際社会で「核燃料サイクルはどう変わっているか」と問われた際、「核燃料サイクルと言いますと?」と聞き返したのだ。質問議員が慌てて「プルトニウムを取り出してもう一度使うシステム」だと逆に答えると、「私はちょっとあの……我々がやっているのは一番最後に再処理して残った、これ以上は使えない処理です」という珍問答となった。(「核燃料サイクルを知らない専門家 地下原発議連、2回目の勉強会」 週刊金曜日7月15日号 まさのあつこ氏の記事より)//
お笑い作家でもこんな間抜けなやりとりは考えつかない。
……これが政治家の実態だ。
彼らにエネルギー問題を考える能力などあるはずがない。
次に言いたいのは、再生(可能)エネルギーなどというものは存在しないということだ。
エネルギーの総和は一定だし(質量保存の法則~熱力学第1法則)、エネルギーを利用すれば必ず廃物・排熱が出て、それは増える一方で減らせない(エントロピー増大の法則~熱力学第2法則)のだから。
まだ「自然エネルギー」という名称のほうがマシだが、世の中には自然ではないエネルギーというものはない。地球が得ているエネルギーはすべて太陽光由来のものだからだ。
化石燃料は太陽光エネルギーが形を変えて缶詰のように地下に貯蓄されたものだ。エントロピーが低く、とても利用しやすい。今、人類はその貯金を惜しげもなく使い続けている。そこが問題なのだ。
これに対して、原子力は異質で、自然由来のエネルギーとは言いきれないし、自然環境の中に渡して、地球の循環機構により処理することもできない。だからこそ「使えない」「使ってはいけない」と判断しなければいけないのに、処理できないまま、俺たちが生きている間はなんとかなるだろうと無責任に使い始めたことで悲劇が起きた。
で、そういう定義の問題は置いておくとして、風力や太陽光発電で化石燃料(を燃焼することによるエネルギー利用)を代替できるかと言えば、できるはずがない。化石燃料がゼロになれば風車も太陽電池も作れないのだから。
風力発電や太陽光発電が作りだすものは電力だけであって、地下資源のような原材料に相当するものは何も生み出さない。
発電の話に限って言っても、発電コストが高いというのはそれだけ石油などの資源を使うから高いのであって、実に単純な話なのだ。
このへんの話は、『裸のフクシマ』の最後のほうに書いたので、これ以上は繰り返さないでおこう。
もしかしてその議論になるかな、と思い、最低限用意しておいた資料を示しておく。
ひとつは、Googleで「風力発電 解列」というキーワードで検索すると上位に出てくる「風力発電機解列枠の検討について」という経産省が出している資料。
「解列」という言葉は耳慣れないかもしれないが、要するに「外す」「つながない」ということだ。
風力発電からの電力はあまりにも乱高下が激しく、送電系統を乱すため、送電系にその乱れを呑み込む余力がない(つまり、電力消費が少なく、少ない電力量しか流れていない)ときには、停電を避けるために風力発電からの電気を外す(止める)ということだ。これを「解列」という。
ここにはこう解説されている。
風力発電は,自然条件により出力が変動することから,電力系統への連系量が増大した場合,当該地域内の電力需給バランスが損なわれる可能性があります。
従って,風力発電機の連系に伴う周波数変動を抑えつつ,風力発電の導入拡大をしていく方策の一つとして,出力変動に対応する調整力が不足する時間帯に風力発電機の解列を条件に,新たな風力発電機の系統連系を募集するものです。
国は風力発電を増やせと言っているが、あんな不安定なものをつないだら停電の恐れが出てくる。
しかし、それでも増やせと言うのだから、送電系が対応できそうもない時間帯には最初から風力発電の電気を除外してしまう(外してしまう)ということにすればいい。大量の電気を消費しているときは、風力以外の発電からの電気がたくさん来ているので、そこにちょっとくらい風力からの変動の大きな電気が混じっても、誤差の範囲で対応できる。そういうことにすれば、風力発電はもう少し増やせますよ、と言っているのだ。
これがどれだけバカげた話か、普通の思考力の持ち主なら分かるだろう。
もともと大した発電量が期待できない風力発電だが、夜間などの電力消費が少ない時間帯に風力発電をつなぐと変動によって送電系が対応できず、停電してしまうから、恐ろしくて使えないと言っているのだ。
ちなみに、この「停電」は、電気が足りないから停電するのではなく、需要量変化に供給量を調整しきれずに送電系の機能が止まってしまうことで起きる。
ちなみに、2006年に欧州全域で発生した大停電では、風力発電が(1)非意図的に一斉解列し周波数低下を招き、(2)さらにその後自動再連係したことで出力調整に困難をきたした、と報告されている(電力系統研究会2007)。
『裸のフクシマ』にも示したが、横浜市が運営している1980kwのウィンドタービン「ハマウィング」の一日における発電変動量をグラフに表したものが最初に示した図である。
突出している時間帯でも定格出力の半分にも達しておらず、しかもその時間帯は真夜中だ。
風力発電推進派の人たちが書く文章には、「設備容量」という言葉が頻出する。
これは、どれだけの電力を発電する能力があるかという意味だが、風力発電の場合、最適な風が吹いた時間だけその発電能力を得られる。それより少しでも強ければ、危険だから止めてしまうし、少しでも風が弱くなれば、極端に発電量は落ちていく。結果として、「設備容量」の数字など意味がない。実際にどれだけ発電し、それによってどれだけの化石燃料が節約できたのかというデータを示さない限り、風力発電や太陽光発電が省資源に寄与したことにはならないが、そういうデータはおろか、もっと基本的な、実質発電量のデータさえ風力発電事業者は出してこない。
中国の風力発電に至っては、
世界風力エネルギー協会(GWEC)が2011年4月に発表した世界の風力発電集計によると、中国では昨年1年間で1890万kWの風力発電所が新設され、2010年末時点で合計設備容量は4470万kWに達した。
一方、国家電網公司が4月に公表した「風力発電白書」(「国家電網公司促進風電発展白皮書」)によると、2010年末時点で送電網に接続された風力発電所の合計設備容量は2956万kW。つまり、単純に計算すれば、1514万kWが送電網に接続されていないことになる。
建てただけで、1/3以上の風力発電施設は送電網に接続さえされていない、つまり建っているだけ、という信じがたいことになっている。
これは中国だけの事情ではなく、実は日本でも似たようなものだ。さすがにつないではあるが、解列は頻繁に起きて発電した電気を流していないし、故障や風況不良でまともに発電していないウィンドタービンがたくさんある。コストが合わない(直すとますます赤字になる)ために、事実上修理を断念されているものもある。
設備容量の数字がいかに虚しく、意味がないか、このことからもはっきり分かるだろう。
送発電分離については、是か非か、僕はまだ分からない。
分離しなければ電力会社の地域独占が絶対に解消できないのであればするしかないのではないかと思う。
しかし、送電網配備や電力分配というのは、究極の技術と合理性、コストパフォーマンスの追求が必要な事業だ。競争原理を導入することでそれが進むのならいいが、かえって無駄が出る、不安定要素を増やすのではないかという懸念もある。
本来なら、こういう事業こそ水道事業のように公営にして、国民がしっかり無駄遣いを監視しながら運営することが望ましい。ところが、役人は知恵を働かせてずるをする。無駄を行って私腹を肥やすテクニックばかり追求しているので、結果的に無駄だらけになる。そんなことなら民営化したほうがいい、となり、民営化すると、今度は正常な競争ではなく、国が補助金や許認可権を巡ってどんどん利権構造を作ってしまい、さらにひどいことになっていく……。
原子力ムラはまさにその最たるものだった。
だから、まずは送発電分離よりも前に、10電力会社の独占をどう解消するか、電力事業独占による利権構造をどう解体し、効率的な電力事業運営を組み直せるかという問題をクリアすべきだろう。その方法論の中で、送発電分離も論じられていくはずだ。
現時点では、どっちが完全に正しい、と言うだけの根拠を僕は持ち合わせていない。
省エネの可能性……これはもう、とてつもなくある。
ただし、省エネ製品に買い換えることがいいことだという単純な話にはならない。まだ使えるものをつぶして(ゴミにして)、省エネ新製品を導入したことで、トータルのエネルギー消費は増えることはいくらでもある。
そのへん、どこまで正直に、理想を掲げて産業が進んでいくのか、という問題だろう。
安易に補助金を注ぎ込むことで、この計算が分かりにくくなり、結果的にエネルギー浪費につながることはいくらでもありえる。
こうして書いていくと、結局最後は、各現場の人間がどこまで正直になれるか、タブーをなくして実力を発揮できる職場を保てるか、ということにつきるような気がする。
大量生産、大量消費による金のやりとりという尺度で幸福度や国の序列が決まるという考え方を一掃しない限り、絶対に問題は解決しない。
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