「小4なりすまし事件」雑感2014/11/30 12:13

なりすましや絵作りの手法と技術について

「10歳の中村」を名乗るネットユーザーが作った「どうして解散するんですか?」というサイトが「小学4年生が作ったとは思えない」と疑惑の目で見られ、すぐに「偽装」がばれて、書いた本人(20歳の大学生)が陳謝するという騒動があった。
書いたのはNPO法人「僕らの一歩が日本を変える」の代表・青木大和氏(20歳)。
彼は、「僕の軽率な言動により、関係のない多くの方に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」と謝罪し、「僕らの一歩が日本を変える」の代表を辞任した。
これに対しては、多くの人たちが様々な反応をしている。
中でも、
「文章は世の中を動かせない」 (小田嶋 隆)
と、
「青木大和の焦りなどについて」 (宇佐美典也)
は、対照的で興味深い。
愛があるかないか、あるいは文章に表れるストレス指数のサンプルとでもいうか……。

ちなみに、僕は青木大和という名前に見覚えがあった。最初にこの事件を知ったとき、「あれ? もしかしてあの彼?」と気づいた。
今年出した『デジタル・ワビサビのすすめ 「大人の文化」を取り戻せ』(講談社現代新書)の中に、彼と「スーパーIT高校生」(当時)Tehuくんの対談(東洋経済ONLINE)(2014年1月2日)の一部を引用したのだった。
元記事は⇒ここ(前編)⇒ここ(後編)に今でもあるので読める。
一部を紹介すると……、
青木:(略)オレはデモなんかしても社会は変わらないと思っています。

Tehu:ホント、意味のあるデモって何?

青木:オレもそれがわからないから、デモが起きると絶対見に行くんだけど、参加者の年齢層がめちゃくちゃ高いんだ。見た感じ、定年すぎた人たちっぽくて、そのあたりって世代的に叫びたい世代じゃん。みんな時間を持てあましていて、鬱憤を晴らしに来てるんじゃないのかなって思う(笑)。

Tehu:政治家からそう見なされてもおかしくないよね。だからこそ、石破さんが「テロ行為だ」と言ったわけで。

青木:若い人にもぜんぜん響いてない。友達と「デモのニュース見た」という話はするけど、実際に行こうってヤツはやっぱりいなくて、結局、そこ止まり。少数の中で回していて、果たして意味があるのかな。そこを自分は変えていきたいんです。
でも、若い人はデモには行かないけど、ツイッターで思いを書く人はたくさんいるよね。

Tehu:いるいる。

青木:ということは、若者は政治に関心がまったくないわけじゃなくて、関心はあるんだけど、その発散場所がたぶんわからないんです。とくに、オレたち10代なんてまだ選挙権がないから、「選挙権を行使しろ」と言われてもできないし、「政治家になれば」って言われても、被選挙権もないわけで。それなら、そういう環境を自分たちがつくっていくしかない。

Tehu:(略)そもそも20歳未満は選挙権もないから、議員さんにとっては無視したって何の影響もない。それについてはどう思う?

青木:めちゃくちゃ憤りがある。結局、選挙に勝つためには、選挙権を持っている人に会ったほうがいいわけです。でも、政治ってその場その場ではなくて、10年後、20年後、30年後の社会を描いていくために、コツコツ積み上げないといけないものでしょ。若い人の意見をないがしろにするのは、先を見ていないってことだよね。

Tehu:だね。

青木:ただ、そういう現実を嘆いているだけでは仕方がないから、政治家が若者の話を聞いてくれるような環境を自分たちでつくらないといけない。自分たちも若者の意見をきちんと言わないといけない。それがいますごく求められていると思います。

Tehu:ボクは何か発言すると、大人から「若造のくだらない意見だ」とdisられることもあるんだけど、一方で、活発な若者の多くが団塊の世代を敵視しているのも違和感がある。「老害廃絶」って。

青木:オレらが求めていることはそうじゃないんだよね。よく「世代間対立」といわれるんだけど、別にオレらはオレらで思いがあるし、お年寄りはお年寄りで思いがあるわけだから、お互いに意見を出し合って妥協点を探ればいいと思う。
また、メディアも世代間対立を煽りたがるんだ。オレが「高校生100人×国会議員」の討論会を開いたときも、記事のタイトルで“若者が老人にモノ申してる”感を出そうとする。あれはやめてほしい。
いろいろな大人と接してきて感じるのは、60代以上のおじいちゃん、おばあちゃん世代って、意外とオレたちに優しいんですよ。孫世代だから。逆にオレらの親世代や30代ぐらいの人たちのほうが厳しい目を持っている。

Tehu:ボクらを「ゆとり世代」というのも、そこらへんな気がする。50歳ぐらいまでかな。
とはいえ、お年寄りと仲良くしても、ボクらとは意見がぜんぜん違うんだから、お年寄りに政治を任せてしまってはいけないわけです。

青木:いやあ、そうです。

……こんな感じの対談。読んでいてとても面白かった。
こんな高校生たちがいるのだと知って、かなりびっくりしたものだ。

ちなみに、『デジタル・ワビサビのすすめ』に引用したのは次の箇所だ。
Tehu:いま政治的に不安定なこともマズいですよね。総理は「若者がんばれ」って言うけどさ。

青木:政治がうまくいかなかったら、みんなバイバイじゃないですか。「おまえら、がんばれ」ってオレら背中叩かれるだけ。え? もう手札ないじゃん、みたいな。

Tehu:もちろん、ボクらもがんばるけどね。

青木:むちゃくちゃがんばりますよ、オレらは。

Tehu:だけど、あなたたちもがんばりなさいよって。50代、60代の逃げ切り世代にも、ちょっと責任を負わせたいわけです。

Tehu:でも、いまの10代は自分の意見を堂々と言う人が多いけど、大人とコネクションを作らないよね。ボクらは作ってるけど、ほかの10代は大人と手をつなぎにいくヤツがあんまりいない。

青木:横のつながりばっかり意識して、縦のつながりを持とうとしないよね。横のつながりのまま、ステップアップしていこうとしている。オレは横と縦がマッチングして、初めて先が見えてくると思っているんですよ。横だけでつながっていても前に進まないけど、大人と組んで縦にもつながると、三角形になって一気に進む。

──10代が横だけでつながるのは、目的よりも仲間意識が最優先ということ?

青木:そうです。だから、学生の間で発展途上国支援が異様に流行るんです。それって、横のつながりだけでできるから。縦につながらずに横でグループになって、発展途上国に行って「手伝います」って言えばできちゃう。しかも、それって上から目線なんです。「オレらがやってやる」って。
 そういう活動を就活でアピールしたりするのが、もうナンセンスで……。本質的に社会を変える意識がないんですよ。学生団体も横だけのつながりでサークル化しちゃってる。
(略)何かしたいという意識はあるんだけど、小さいコミュニティの中でちょっと有名になればそれでいい。ツイッターのフォロワーが1000人ぐらいだと、「あの人、マジすげえ」みたいな。オレは10年後、20年後の社会をオレらが担っていくんだから、社会をどうしたいかという話をしたいのに、みんなそういうことは考えていない。本当に社会を変えたいと思っている人がなかなかいない分、Tehu君と話が合うんです。

Tehu:やっぱり大人と手をつながないとダメですよ。

本にも書いたが、二人がこんなふうに自分たちの世代へのダメ出しもしていたことがとても新鮮だった。
横に(同世代の仲よしサークル的に)つながっているだけではダメで、世代を超えた縦のネットワーク作りが必須だ、というのだ。

これを読んでいて「予備知識」があったために、今回の事件は「ああ、あの子がやらかしたか~」という印象で、僕自身は、彼をぼろくそに言うなどという気持ちはまったく抱かなかった。
だって、まだ20歳になったばかりなのだ。自分が20歳のときはどうだったかを思い出せば、とても偉そうなことは言えない。

一方で、僕と同い年の安部晋三首相が、自身のフェイスブックで「批判されにくい子供になりすます最も卑劣な行為」と取り上げたことで、「一国の首相が20歳の一個人に対してわざわざコメントするようなことか」「大人げない」「首相のほうがよほど子供っぽい」などなど、これまた批判が噴出した。
複数のメディアでもこのことが取り上げられた後は、この書き込みを削除してしまったが、その後も、安部晋三アカウントのフェイスブックでは、
意見の内容や意見を述べる人の立場に嘘や偽りがあってはなりません。このことは、大人でも子供でも、どのような世界のどのような場面にあっても変わらぬ普遍の原則です。いっとき人を欺き出し抜くようなことはできても、結局『詭道は正道にかなわぬ』ものです。
それでも、好奇心や見栄に負けて過ちを犯してしまったら、行動を改めればよい。
小学4年生と偽った大学生も「そのアイディアやエネルギーを強くて明るい将来に向けてほしい」と心から願います。
などと書いている。

あ~、やってらんないなあ~。

……なんか、引用しているだけでアホらしくなってきたので、このへんでやめよう。
それでも一言だけ言うなら……:

この「安部晋三」というアカウントのフェイスブックを、安部晋三自身がキーボード叩いて書いていると思っている人って、どれくらいいるのかなあ……。

「なりすまし」っていっても、いろんなレベルのがあるよね。
僕は若い頃タレントや脚本家のゴーストライターとしての仕事をいくつかやったが、その中の一人は今、政治家になっている。
イザヤ・ベンダサン という「ユダヤ人」が書いた『日本人とユダヤ人』という本が300万部という驚異的なベストセラーになったこともある。
このイザヤ・ベンダサンという「筆名」を「さあ、ウンコをしよう、という意味だ」と看破したのは故・遠藤周作氏だったかな。
あの当時、親父が山本七平氏に講演依頼をしにいくというので、3畳くらいのスペースに古書を積み上げた「山本書店」についていったこともある。「絵作り」ってこういうことなのかと、感心したものだ。

若い青木大和くんはなりすましの手法や絵作りの技術が未熟だった。でも、少なくとも彼は、小学4年生として書いた「どうして解散するんですか?」という文章も、それが引き起こした騒動に対するお詫び文も、自でキーボードを叩いて書いている(と、僕は信じている)。

もう一度言うよ。
「安部晋三」というアカウントのフェイスブックを、安部晋三自身がキーボード叩いて書いていると思っている人って、どれくらいいるのかなあ……。

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