川内村に一時帰宅してきた2011/03/28 14:11

第一原発の現場に向かう名古屋市消防特殊部隊
3月26日、川内村の自宅に一時帰宅してきた。

家を出たのは朝の8時少し前。
首都高が混んでいて、守谷SAに着いたのは9時10分くらい。
持参したガイガーカウンターは、デフォルトで0.3マイクロシーベルト/時を超えると鳴動するのだが、まず、バイブレーションはうるさいし電池も消耗するので切ってしまっていた。警告音のみにしてあったガイガーカウンターが、首都高を走っているときから鳴りっぱなし。
これではどうしようもないので、警告音が鳴る閾値をデフォルトの0.3から0.9に上げた。
守谷SA:最高値が0.46
その後、海側に近づくにつれ、数値はあがり、鳴りっぱなしになるので、何度も警告音の閾値を上げて設定し直す。
友部SA:0.33
日立北:1.08
このへんはトンネルが連続するが、トンネルに入ると一気に下がって0.12~0.52くらいになる。
関本PA:1.62
いわき湯ノ岳PA:2.04
いずれも外に出たわけではなく、通過している車の中(外気導入は当然OFFにしている)での計測値。
いわき市は海沿いだから高いのだろう。いわきJCTで磐越道に入るまではずっと高めだった。
磐越道に入って内陸側に走るにつれ、数値が下がっていく。
差塩PA:0.45
小野町:0.29

小野町でガソリンを補給したいとスタンドを探したが、ほとんどが閉鎖。開いているスタンドには車の列。補給できないまま、鬼ヶ城経由で川内村に向かう。
いつも使っている小野富岡線が工事で通行止めになったまま原発事故が起きてしまったので、このままだと当分通れない。鬼ヶ城を回ると10km以上遠回りになる。こんなときに……。
雪がちらつき始めて不安が高まる。予報では一日中晴れるはずだったのに。
鬼ヶ城付近は雪が積もっていて、スタッドレスでも何回か滑った。ここでガイガーカウンターの数値は一気に上がり、5を超える。最高値は5.6マイクロシーベルト。
山を越えて標高が下がると数値も下がる。
荻:3.02~1.04
川内村に入ると一気に下がり、0.89。

最初に元広域消防のSさんの家に行った。
昨日、ビッグパレット避難所にいる役場の総務係長(うちのお隣さん)とケータイで話し、うちの近所ではS田さんが残っていると知ったからだ。Sさんはうちの入り口にある田圃の主で、よく立ち話をしている仲。
困ったことに、空がかき曇り、雪が激しくなってきた。雪に濡れながら、ガソリンと救援食料をSさん宅に運び入れた。
Sさんは、一度は避難したものの、老齢の親を抱えているため戻ってきたという。年寄りには避難所の集団生活は辛い。トイレや風呂も自由にならないし、床の上に寝泊まりでは、たちまち体力や神経が消耗する。実際、すでにあちこちの避難所でお年寄りが何人も亡くなっていると報道されている。
それなら、放射性物質による被曝がどうのよりも、いつも通りの家の生活に戻ったほうがずっといいという判断だろう。僕も、S田さんの立場だったらそうするに違いない。
村には電気が来ている。水はもともと水道がなく、全戸が井戸か沢水利用だから、電気さえ来ていれば水も普通に出る。
店がすべて閉まっているので、プロパンガスは手に入らないだろうが、多くの家には薪ストーブがあるので、燃料が尽きても薪で煮炊きはできる。
大きな問題は2つ。まずは通信の遮断で誰とも連絡が取れないこと、情報が入らないこと。居残っている人たちが、お互いに誰が残っているのかも分からない。
もう一つはガソリンが手に入らず、移動ができないこと。近所の家で、誰が残っているか確認して回ることもできない。
小野富岡線が工事で通行止めのまま放置されたので、小野町に出るのも往復60km。富岡側は当然シャットアウトだから、一番近い店(大越か小野町あたりか)に行くにも、往復でガソリン5~6リットルは消費する。
都会の人たちの車が動かないというのとはわけが違う。
総務係長の話では、「ガソリンさえあれば移動ができるので避難する」という家には20リットルずつ配給が完了したとのことだったが、Sさんに訊くと、やはりガソリンはないという。
東北人は大人しく忍耐強い人が多いので、こんなときでも他の人たちのことを考え、「ガソリンよこせ」と強く言わないのだろう。自主避難の呼びかけに応じていないことで、声を上げられないのかもしれない。
「近所で困っている人たちの間で分配してください」とお願いして、自然山通信さんから提供されたガソリン40リットルと、自前で買いそろえて持参した救援物資を全部Sさんに託した。

我が家に戻り、最初にしたのは野良猫シロやしんちゃんのご飯の補給。シロもしんちゃんも顔を見せなかった。次に、お隣のジョンの小屋の中に、ドッグフード一袋を入れてきた。
それから改めて家の内外を点検しつつ、持ち出せなかったものを積んだり、いろいろ。今回は事前にTO DOリストを作っておいたので、それを見ながら作業をする。

そうこうするうちにも雪がどんどん積もってきて、家の周囲は真っ白になった。

今回いちばん悩んだのは、車のタイヤをどうするかだった。スタッドレスを履いたままなのだが、このまま長期間ここに戻れないとなると、スタッドレスのまま春になり夏になる。できることならノーマルタイヤに交換してからここを離れたいと思ったのだが、雪が降り、積もり始めている。ノーマルタイヤに履き替えたら、雪の積もった鬼ヶ城の峠でスリップして動けなくなる恐れもある。
それに、タイヤ交換は重労働なので、放射性物質を不必要に吸い込むのも怖い。這いつくばったり息を切らしたりしながら、泥のついたタイヤを扱うのだから。タイヤには放射性物質が付着しており、地面には放射能を帯びた雪が積もり、ぐちゃぐちゃになっている。こんな環境で汚れ仕事はしたくない。
一度、二度、三度考えて、やはりやめようと思ったのだが、最後、何度目かに考え直して、えいやっとやることにした。
この程度のこともできないようなら、これから先が思いやられる。線量計は2.0μシーベルト弱。これなら福島市内や郡山市内より低い。絶対に大丈夫と言いきかせながら、タイヤ交換を始めた。
今まで何度もやってきたタイヤ交換だが、今回の作業時間は最短記録だろう。
怪我だけはしないようにと注意しながら作業を進めた。やりながら、放射性物質だらけの事故現場で、今、作業をしている人たちの恐怖を、改めて思い知った。
こんなに放射線量が低い場所でさえ、雪が降る中、外にちょっと出るだけで怖いのだ。
マスクをしても、眼鏡が曇って何も見えなくなるので結局はマスクを外すしかない。
原発労働者もみんなそうだという。ゴーグルをしていると曇って何もできないから外してしまうのだと。
衣服に雪や泥をつけるといけないと分かっていても、実際には這いつくばったり、濡れるのもかまわずに外で動いたりしなければならない場面が出てくる。そのときは、結局そうしてしまう。
原発の現場での作業がどれだけ怖いことか。必死になるあまりに長靴を履かず、溜まった水がくるぶしに入ってくるくらいのことはいくらでも起きるだろう。それを不注意だとか準備が甘いなどと責めることはできないなと、ホイールボルトを外したり締めたりしながら思った。

そうこうするうちに雪が通り過ぎ、晴れ間が出てきた。
積もり始めていた雪も見る見る溶けていく。ほっとする。

家を後にする前、改めて池などを確認。
池に近づくとガイガーカウンターがピピピっと鳴る。水の中に放射性物質が溶け込んでいるという意味だろう。雪の表面に近づけても鳴る。
家の外は概ね2マイクロシーベルト、家の中は1マイクロシーベルト前後。恐れる線量ではないが、いい気持ちはしない。
後から確認したが、郡山合同庁舎入り口での計測は3.06マイクロシーベルト(27日時点)あり、これは川内村の我が家周辺で記録した最高値より高い数値。皮肉なことだが、川内村村民が避難している郡山市より、村の中のほうがずっと放射線量が低い可能性がある。
要するに、ここ川内村での放射線量は、現時点では全然大したことはない。塵を吸い込むのは嫌だが、多少吸い込んでも、まあ、問題が出るような量ではないだろう。ここ2週間でいっぱい勉強させられたので、今は冷静にそう判断できる。
しかし、こういう情報や理解は、ネットが使えるから得られる。自分に「大丈夫だ」と言いきかせられる。冷静になるためにも、村の通信が完全に遮断されている状態は一刻も早くなんとかしてもらわないといけないのだが、NTTは怖がって修理作業をしないのだという。
なんという意識の低さ。通信インフラは命をつないでいる。それを守るのが自分たちの仕事だという使命感が欠如しているとしか思えない。

帰り際、近所の一軒に広域消防に勤めているIさん一家が残っていることが分かった。お隣のジョンも勝手にそこに居着いていた。
Iさん曰く、「通信は故意に遮断されているんじゃないかと思う」。
なるほど、そう疑いたくもなる。地震が起きた翌日12日の午後まで、ネットも電話もつながっていたのだから。なぜ地震から丸一日経ってから使えなくなったのか。しかも2週間も経過して、なぜ復旧していないのか。
「故意に遮断しているんじゃないか」と疑わざるをえないほど、取り残された住民は疑心暗鬼になっているのだ。
この件の真偽は分からないが、確実に言えることは、川内村に限らず、原発周辺の地域では、放射性物質汚染で死ぬ住民はいなくても、物資が届かなかったり、インフラが回復しなかったり、ストレスの増大で疲弊したりということが積み重なって死ぬ人がいっぱいいるということだ。
いちばん弱い人たちから順番に倒れていく。現実に、入院患者や老人たちは、原発事故の後に死んでいる。

28日になって、政府は「20km圏の人は一時帰宅もやめてほしい。リスクが大きすぎる」などと言いだしたが、放射線量の数値や原子力安全委員会がSPEEDIとやらで解析した放射性物質拡散マップを見れば、同心円上の距離に関係なく危険地帯と安全地帯があることは明らか。それでも20km圏内が危ないというのであれば、政府の発表とは別に、再臨界などの深刻な事態悪化もありえると言っているに近い。
付近住民は、放射能の恐怖を抱えながらも、もっと深刻なストレスや疲労による死という危険と闘っているのだ。20km圏のリスクが高いなどと言っている前に、まずはNTTをはじめとしたインフラ事業者や物流関係者の尻を叩いて、通信や燃料補給を回復させることを急ぐべきである。
周辺住民は政府が考えているほどバカではない。ずっと複雑な戦略を練りながら、毎日を生き抜いている。

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